※このSSには独自の設定やキャラの崩壊、グロテスクな表現が含まれています。そういった展開が苦手な方はご注意ください。 ※先に今までの話を読んでおく事をお勧めします。 昔々ある所に、とても小さな村がありました。 村は土地が痩せ細っているので、野菜を作る事が出来ません。 なので村の人達は、いつもお腹を空かせていました。 そんなある日の事でした。 真っ白な羽を6枚つけた可愛らしい女の子が村にやって来たのです。 女の子は自分を天使と名乗り、村の人にこう言いました。 自分が村を豊かにするので、代わりに仲良くしてほしいと。 村の人達は、そんな事出来る訳がないと言いました。 ところが女の子が不思議な魔法を使うと、見る見るうちに村では野菜が育ち始めました。 すると村の人は大喜び。 女の子は天使様と呼ばれ、村の人達にとても大切にされました。 天使様はそれにとても喜び、村に次々と恵みを与えます。 その度に村の人達は天使様に感謝しました。 ところがそんなある日、天使様が自分の世界へ帰らなければならない日がやって来ます。 天使様は村の人達に別れを告げると、自分の世界に帰ろうとしました。 しかし村の人達は、もう天使様のお力を貰えなくなると焦りました。 それどころか今ある天使様の与えた恵みも、なくなってしまうかもしれません。 すると村の人達は、帰ろうとする天使様に襲いかかりました。 そして天使様に酷い事をすると、暗い倉庫に閉じ込めてしまったのです。 天使様は余程ショックだったのか、人形のように動かなくなってしまいました。 しかし村の人達は出してほしかったら魔法の使い方を教えろと言い、天使様に何度も酷い事をしたのです。 そんなある日、突然天使様は泣き出しました。 泣いていたのですが、笑っていました。 何日も何日も泣きながら笑っていました。 これには村の人達も、困り果てます。 天使様が何も言わなければ、魔法の使い方は分かりません。 これでは天使様を閉じ込めた意味がないのです。 すると村の人達は、天使様の中に魔法の源があるのではと考えました。 そして天使様をバラバラにして、その中にある魔法の源を手に入れようとしたのです。 その後、天使様がどうなったのかは分かりません。 ただその村は次の日の朝、人も家も木も何もかも消えてしまっていたそうです。 「………う〜ん…」 その日も博麗神社の巫女、博麗 霊夢は朝早く目を覚ました。 今日も境内の掃除から一日が始まる。 まずは着替えをし朝食を取ると、霊夢は箒を持って神社から飛び出して来た。 「…………え?」 しかし外の景色を見て、霊夢は唖然とする。 なんとそこには、奇妙に3つに分かれた空が広がっていたのだ。 一つは里の方を中心に広がる、蒼い月が浮かぶ星空。 一つは太陽の畑の方を中心に広がる、金色に輝く皆既日食。 そしてもう一つは妖怪の山を中心に広がる、真っ赤に染まった黄昏空だった。 「……またどこぞの馬鹿が異変を起こしているのね」 博麗の巫女として、異変が起きているなら解決しなければならない。 それが博麗の巫女の務めというものだ。 霊夢は深い溜め息を吐き、箒を戻しに神社へ入る。 戻した箒の代わりに祓い棒と陰陽玉を取ると、まずは里へと向かって行った。 「……!!」 だがいざ空に飛び出してみると、凄まじい気が空を覆い尽くしている事に気付く。 それこそ3つに分かれた空の正体、溢れ出た気による錯覚だ。 明らかに今までのどんな妖怪よりも、膨大かつ強大な気。 さすがの霊夢も、思わず身震いをしてしまった。 「今回の異変の主は、とんでもなさそうね……」 やがて暫く飛び続けると、里の様子が見えて来る。 星空なので真っ暗かと思いきや、意外と月の光が強く里は昼間のように明るい。 霊夢は気の主は何者なのかと考えつつ、門の前に立ち見張りに声をかけた。 「博麗 霊夢よ。里周辺の空の様子がおかしいから見に来たんだけど」 「ああ、どうぞ。今、開けますよ。でもあれは天使様の影響なんです」 「天使様?」 「詳しい事は里に入って、直接お会いした方が分かりやすいかと」 そう言って見張りは門を開ける。 するとそこには、冬の田園風景が広がっていた。 その中を霊夢は歩いて移動する。 やがて里の中心に辿り着くと、何やら講演のようなものが行われていた。 「いいですか、里の皆さん。貴方達は今、恐ろしい悪しき者の脅威に晒されています。  私は皆さんを導く為に、こうして遥々幻想郷にやって来たのです」 講演の舞台には、里の人間が大勢集まっている。 その大衆の奥からは、女性の声が聞こえて来ていた。 しかし此処からでは姿は見えない。 霊夢は近くにいる人に話しかけ、状況を確認する事にした。 「ちょっといい?」 「あ、霊夢さん」 「あれは何をしているの?」 「何でも里に危機が迫っているから、すぐに逃げろって言うんですよ。確かに空もおかしくなってますからね。  でも里の周りの蒼い月は、天使様が作り出してるそうです。天使様が言うには、あの日食が危ないとか」 「里の反応は?」 「話を信じてる奴は大体半分ぐらい。残りは今のところ実害もないし、すぐには動けないといった感じですね」 「そう、ありがとう」 どうやら蒼い月の気の主は、今演説をしている女性のようだ。 里にいながら避難を呼び掛けるだけなところを見ると、特別害はなさそうに思える。 だが里から人を追い出し、乗っ取ろうとしている妖怪かもしれない。 霊夢は宙に浮かび上がると、声の主の許へと飛んで行った。 「……ですから今すぐにでも私の言う通りに……あら?」 「…………貴方は……」 「お久しぶりですね、霊夢」 霊夢の視界に映り込む声の主。 それは霊夢も一度、手合わせした事のある相手だった。 「サリエル……」 蒼い服と髪。 白い6枚の翼。 奇妙な紋様の刻まれた杖。 まさに霊夢が魔界に行った時に立ち塞がった天使、サリエルの姿そのものだ。 「どうして……貴方が此処に……」 「里の人間に脅威を知らせる為です」 サリエルと霊夢が出会ったのは、まだ霊夢が修行中の頃まで遡る。 その頃の霊夢は相手の力を計れる程、霊力を使いこなせていなかった。 だからこそ今、霊夢は驚いている。 サリエルという天使が、これ程までの力を持っていた事に。 「……………………」 明らかにレミリアや神奈子以上。 いや、紫すら越えるだろう凄まじい魔力が感じ取れた。 昔の自分は当時の実力で、こんな相手に勝負を挑んでいたのかと思うとゾッとする。 あの時は間違いなく手加減されていたのだろう。 「……サリエル様? 何故、貴方が此処に!?」 そこへやって来たサリエルを知る、もう一人の人物。 幻想郷縁起の著者である、稗田 阿求だ。 阿求はサリエルの姿を見ると、その場にがっくりと座り込んでしまう。 「まさか……こんな日が訪れるなんて……遂に動き出すのね、三幻想が……」 「三幻想? 何よ、それ」 聞き慣れない言葉に、霊夢は思わず聞き返す。 すると阿求は、はっとして霊夢から目を背けた。 「………私からは何も言えないわ。口止めされてるの、妖怪の賢者に」 「………………」 「じゃあ、あたしが代わりに答えてあげちゃおっか?」 そう言って民衆を掻き分け、姿を現す真っ赤なスカートの女性。 それは霊夢にとって、またしても懐かしい者との再会だった。 「ち〜っす。霊夢、久しぶり〜」 「貴方、神玉?」 かつて魔界と地獄に向かおうとした霊夢に襲いかかった妖怪、神玉。 数年ぶりに出会った彼女は、昔と変わらない姿で霊夢の前に姿を現した。 「覚えててくれたんだ〜。マジ感激〜」 「ええ……ある意味、個性的だったから…」 「あたし〜、これからサリエルさんに言われて命蓮寺? てとこに説明しに行くんだよね。  霊夢も詳しい事、聞きたかったら来ればいいんじゃない? みたいな」 それだけ言うと、神玉は命蓮寺に向かって歩いていく。 「…………三幻想、か」 後に残された霊夢は、阿求の言葉を思い出していた。 三幻想。今まで聞いた事もない呼び名。 そして妖怪の賢者が、態々口止めする程の何か。 どうも今回の異変は今までとは違う、ただならぬものを感じる。 一旦、情報を集めてから動くのが得策かもしれない。 そう考えると、霊夢は神玉の後に付いて行こうとする。 しかしある事に気付くと、サリエルの方に振り返り一つ尋ねた。 「ねぇ、貴方それどうしたの?」 「……それ、ですか?」 「それよ、それ。頬のシップ」 霊夢はツンツンと、サリエルの左頬を指差す。 するとサリエルはにやりと笑って、こう答えた。 「…………ただの…怪我ですよ」 「!! ………そ、そう」 普通に考えれば何事もない、ただの返答。 だが霊夢には、その赤い瞳の奥に妙な光が灯ったのが見えた。 サリエルはこちらに何か隠しているのかもしれない。 しかし博麗の勘が、それ以上入り込んではいけないと言っている気がして霊夢に追及を思い止まらせた。 「………………」 阿求の言っていた三幻想。 突如、里にやって来たサリエルの真の狙い。 そして空を覆う気の主の正体。 まだこちらには分からない事だらけだ。 兎に角、今は情報がほしい。 霊夢は再び歩き出すと、神玉の後を追いかけて行った。 異変解決に動いているのは、何も霊夢だけではない。 日食の闇に包まれた太陽の畑に、禍々しく建つ不気味な塔。 その中で異変調査にやって来た霧雨 魔理沙と東風谷 早苗は、風見 幽香と弾幕勝負を繰り広げていた。 だが戦況は、圧倒的に幽香の優勢。 二人はボロボロになりながらも、余裕すら感じさせる幽香と戦っていた。 「威勢良く向かって来た割には、大した事ないわね」 「おいおい、まだ勝負は始まったばかりだぜ? ラスボスにあっさり勝っちゃ、面白くないだろ」 「私達はまだ全力を出してはいません! これが本気だと思わない事です!」 「口先だけは達者ね」 しかし二人共、まだまだ気持ちでは負けていない。 すると幽香は傘を開き、二人に向かって熱線弾幕を放とうとする。 そこへ階下から新たに二人やって来ると、弾幕を放ち幽香に応戦した。 「断迷剣『迷津慈航斬』!」 「傷魂『ソウルスカルプチュア』」 「お、お前達は……」 現れたのは魂魄 妖夢と十六夜 咲夜。 それぞれ主の命令で、異変の調査にやって来たのだ。 そのまま妖夢が襲いかかる熱線弾幕を打ち消すと、咲夜がナイフを投げ幽香に反撃をする。 「ぐっ!」 あまりにも唐突に現れたその増援に、幽香は不意を突かれ被弾した。 だが幽香は傘を閉じると、接近戦に切り替えて向かって来る。 それを四人は、じっと身構え迎え撃とうとした。 「!!」 ところがその瞬間、突如音を立て崩れ出す天井。 天井は大量の瓦礫となって床に落ち、砂埃を巻き起こす。 同時に上から飛び出して来る二つの影。 その二つの影は、一つは床に降り立ちもう一つは幽香を踏み付け着地した。 やがて崩壊と砂埃は治まり、影の正体が明らかになる。 しかしそれは四人が見た事もない者だった。 「こ〜ら、幽香〜。見張りはあんたの仕事でしょ? 上になんか汚物みたいな天狗が入って来たわよ?  当然、処分しといたけどさぁ……ああいう雑魚はあんたが片付けるべきでしょ? 分かってるの、クズ」 胸元の大きな赤いリボン。 同じく赤いリボンでポニーテールに結ばれた金髪の髪。 真っ白な一対の翼。 それはまるで天使のような姿をした少女だった。 「で、何? あんた、やられてるの? だっさ! 使えない上に弱いとか最低。あんたゴミね、ゴミ」 だがその瞳と言動は、とても天使とは思えない程禍々しい。 特に瞳は日食のように怪しげに光り、見る者に異様な不気味さを感じさせる。 そこへやって来る、もう一つの影の主。 それはメイド服を着た少女だった。 「姉さん、それぐらいにしておいたら?」 そう言ってメイドの格好の少女は、天使のような少女を止める。 すると天使のような少女は頬を膨らませて、不快そうな表情を浮かべた。 「何よ、あんた幽香を庇うの? あんまり調子に乗んなよ、クソビッチ!」 「そうじゃなくて、お客さん」 「え?」 その言葉に天使のような少女は、きょとんとして魔理沙達の方へ振り向く。 途端に禍々しい気が、魔理沙達の方へと向かって来た。 「うぐっ!」 その凄まじさに、思わず四人は口を押さえる。 こいつは普通の妖怪じゃない。 明らかにもっと恐ろしい何かを秘めている。 そのおぞましく禍々しい気に思わずたじろぐ四人。 しかしそんな事はお構いなしに、天使のような少女はにこにこ笑って近寄って来た。 「人間! 人間じゃない! 凄い凄い、よく来たわね! ようこそ、私の夢幻塔へ!  建てたばかりで、まだ何もないけど寛いでいってね! ああ、私は幻月。この夢幻塔の主よ。  で、こっちが夢月。私の双子の妹。………え〜と、お客さんが来た時ってどうすればいいんだっけ?」 「お茶でもよそったらどう?」 「そうね! さすがは私の妹、冴えてるわ! お茶………幽香の首でも浸ければいいのかな? お茶っぽいし」 「ダメよ姉さん、お客さんに出す物にゴミなんか入れちゃ。そこはハーブとかにしましょう」 「そ、そっか……。ああ、待たせちゃってゴメンね! おら! 幽香さっさとハーブ出せ!」 そう言うと天使のような少女、幻月は倒れる幽香を蹴り飛ばす。 そのまま転がりぐったりと横になる幽香を、何度も何度も蹴り続けた。 「……がっ! ………あぐっ! …………!」 幽香は必死に抵抗しようとするが、幻月の攻撃の前に成す術もなくやられ続ける。 次第に弱っていき抵抗らしい抵抗も出来なくなっていく。 だがそれでも幻月は攻撃を止めようとしない。 遂に大量の血を吐くと幽香はぴくりとも動かなくなるが、それでも尚幻月は幽香を蹴り続けた。 「お、おい……」 「そもそも、あんたみたいなゴミクズを誰が拾ってやったと思ってんのよ。あ〜あ、こんなに使えないなんて。  これならあの時、ビービー泣いてる雑魚妖怪に力なんか与えなきゃよかった」 「……やめろよ……幽香、死んじまうぞ……」 「昔のあんたはまだよかったわ。花を苛める連中に復讐してやる〜って、意気込んでたもの。  でも今のあんたは何? 自分の苗床を守る事に必死で、入って来た奴を適当に襲って逃がすだけ。  貧弱になったものねぇ。今のあんたには魅力を感じないわ。もういい、あんたなんかいらない。死ぬなら死ねば?」 「おい! やめろよ!」 「………ん?」 普段の幻想郷ではありえないような惨い仕打ちに、堪え切れなくなり声を張り上げる魔理沙。 その声に反応して幻月は何事かと振り返る。 そして魔理沙達を見ると、はっとして慌て出した。 「もしかしてハーブティー嫌いだった? ゴメンね、そこまで気が回らなくて」 「………………」 「………ところで、私達は空がおかしくなった原因について調査してるの。何か知らないかしら?」 「空?」 すると幻月は手を顎に当て考え出す。 そこへメイドの格好の少女、夢月がやって来てぼそりと呟いた。 「もしかして日食の事じゃない?」 「ああ、あれ? あれは私の気が漏れ出してるだけよ」 「……そう。つまりこの異変は貴方を倒せば治まるのね」 途端に咲夜は幻月にナイフを向ける。 その様子に、他の三人はビクっとして一歩下がった。 何せ今まさに目の前で、幽香を殺そうとするような相手だ。 怒らせれば何をして来るか、分かったもんじゃない。 しかし異変の元凶ならば、倒すのが自分達のするべき事。 三人は警戒しながらも、恐る恐る武器を構えた。 だが幻月はナイフをじっと見たまま動かない。 やがてゆっくりと魔理沙達の方を見ると、気味の悪い笑みを浮かべ出した。 「私と……やろうって言うの? ………………ヒヒ……イッヒヒヒ! ヒヒヒヒャヒャヒャッ! いいじゃない!  やろう! やりましょう! 私も貴方達と遊びたくて、態々こんな所に塔を建てたのよ!」 幻月は楽しそうにくるくると回りながら、四人と距離を取りポケットに手を突っ込む。 すると中から出て来たのは、真っ黒な26枚のスペルカード。 それを手に取ると、幻月はそのうちの一枚を四人に突き付けた。 「見て! 凄いでしょ! 幻想郷ではスペアカード……だっけ?」 「スペルカードよ、姉さん」 「そうそう、それよ。そのスペルカードで戦うって言うから、こうして作って来たの!  ねぇ、貴方達は平行世界って知ってる?」 「……平行………世界?」 「そう、この世界には様々な可能性が満ち溢れているの。一人の人間にしたって別の世界では別のその人が別の人生を送る。  貴方達も別の平行世界では、今とは違った暮らしをしているのよ」 「…………何が言いたいの?」 「ヒヒヒッ! そう焦らないで。私にはその平行世界を覗く力がある。  だから貴方達が別の世界で、どんな生活をしてるかも知ってるの。……知りたい?」 「………………」 「興味なさそうね。でも私のスペルカードが模すのは、その平行世界の幻想郷の住人。  直接、私が戦うと人間は簡単に死んじゃうから手加減って訳よ」 「…………嘗められたものね」 「ヒャッハハハッ! そうじゃなきゃ面白くないわ! ビビりさんに興味はない! 強気に向かって来る人間を  ボッコボコにしてやるのが、ゾクゾクするのよ! 俗従『ザ・フール』!」 宣言と同時に、幻月はスペルカードを上に放り投げる。 途端にスペルカードは禍々しく光り、凄まじい量の邪気を放ち始めた。 邪気は質量を持つ程に濃く、どす黒い粘液となって部屋中に飛び散っていく。 それはやがて一ヶ所に集まると、人の形へと変化し始めた。 「…………あのシルエットは……」 「どうやら、私がよく知っている者のようね」 集まった邪気は、頭と腰に計4枚の蝙蝠のような翼を持つ姿へとなる。 その邪気で作られた妖怪は、魔理沙達目掛けて勢いよく突っ込んでいった。 「なっ!」 「速い!」 慌ててかわそうとする四人だったが、思った以上に邪気の妖怪は素早い。 そのまま邪気の妖怪は逃げ惑う四人に突っ込むと、逃げ遅れた魔理沙を掴み上げる。 そして突っ込んで来た勢いのまま飛び上がると、邪気を銃の形に変化させたものを魔理沙のこめかみに突き付けた。 「お、おい……弾幕勝負って……」 「魔理沙ッ!」 このままでは魔理沙が危ない。 急いで飛び上がり、三人は上空の魔理沙を助けに向かった。 三人は邪気の妖怪の周りを取り囲むように、三方向から同時に弾幕を放つ。 「『三魂七魄』!」 「『殺人ドール』!」 「『サモンタケミナカタ』!」 すると弾幕は邪気の妖怪に命中し、爆発を起こしてぐちゃぐちゃに吹き飛ばした。 邪気の妖怪が倒された事で解放される魔理沙。 ところが突然放された為に、床に尻から落ちてしまう。 それに魔理沙は目に涙を浮かべて、尻を擦りながらぶつぶつと文句を言い出した。 「……いたた……助けるなら最後までやってくれよ……」 「すみません。手一杯だったので」 「…………ていうか私に当たったら、どうするんだよ!」 「大丈夫よ。当たらないように撃ったから」 「お前等なぁ…」 「静かにして。まだ終わってないわ」 そう言って咲夜は前方を指差す。 そこには再び形を成そうと、吹き飛んだ邪気が集まり出していた。 時期に邪気は、また四枚羽の姿へとなるだろう。 それは結構な威力で攻撃を撃ち出したつもりの三人には、予想外な出来事だった。 「……あれでまだ、倒されないなんて……」 「凄い凄い! 私のスペルカードを撃ち破るなんて貴方達、強い人間なのね!」 しかし幻月は拍手をしながらやって来ると、再生しようとした邪気を踏み潰す。 途端に邪気は蒸発し始め、残った僅かな邪気はスペルカードへと姿を変えた。 「貴方達、私が戦った人間の中で3番目に強いわ! キヒヒヒヒッ! 楽しくなってきたわ! どんどん次、行きましょ!」 幻月はそのまま別のスペルカードを手に持ち、四人の前に立ち塞がる。 その様子に魔理沙は、慌てて意義を唱え出した。 「ちょっと待てよ! お前、弾幕勝負のルール知ってんのか!?」 「え? 手加減して直接殴らなければいいんでしょ? やってるじゃない」 「……お前……」 「イッヒヒ! ましてや私が使っているのは、貴方達を模した夢幻妖怪! 私自身は弾幕すら放っていないわ!  それでも強いって言うなら、貴方達が弱すぎるのよ! キヒヒッ!」 馬鹿にしたような態度で、幻月は歯を見せてにやにや笑う。 それに歯軋りを立てる魔理沙の肩を、ポンと咲夜は優しく叩いた。 「相手のペースに呑まれちゃダメよ。……向こうは本気でかかって来てほしいそうじゃない。  ならこちらはいつも通り、冷静に相手の攻撃を撃ち破って行きましょう。……本気でね」 「あ、ああ。そうだな」 「キヒャヒャヒャヒャッ! 嬉しいわ、人間! もっと私を楽しませて! もっと無様に足掻いてみせて!  貴方はどんな表情で死ぬのかしら!? 貴方はどんな言葉を最期に残すのかしら!?  さぁ、惨たらしく苦しみ絶望して死んで! 怠熊『ジ・エンプレス』!」 すると再びスペルカードを放つ幻月。 今度は赤子の集合体のような姿に邪気は変化した。 「な、なんだありゃ!?」 「あれも平行世界の妖怪…なの?」 そんな事を言っている間に、赤子の中から本体と思わしき部分が飛び出て来る。 その本体は凄まじい冷気を放って、四人に襲いかかって来た。 「なっ……こいつっ!」 「ううぅ………これでは……近付けません!」 四人を襲う猛吹雪のような冷気。 それは寒さで四人の体力を、どんどん奪っていく。 飛び道具は冷気に流されてしまい、接近戦はとても出来そうにない。 窮地に追い込まれた四人。 そこへ壁を突き破り、鎌が夢幻妖怪を狙って飛んで来た。 そのまま夢幻妖怪に突き刺さり、冷気を止めさせる鎌。 その後に続くように、鎌が開けた穴から二人の妖怪が飛び込んで来た。 「幽香ちゃん!」 「助けに来たわよ!」 「……エリー……くるみ……」 穴から現れたのは2m近くありそうな大女と、小柄で蝙蝠のような翼を生やした少女。 二人に名前を呼ばれると、幽香は力無く反応する。 その姿を見ると大女のエリーと、小柄な少女のくるみは幻月を睨み付けた。 「貴方……幽香ちゃんに何をしたの!」 「別に? ただ蹴っただけだけど?」 「……よくも幽香ちゃんに酷い事を……」 「酷い? まだ酷い事なんてしてないわよ?」 「!! …兎に角、貴方を倒して幽香ちゃんを助けるわ!」 「私を倒す? 雑魚のくせに生意気な。あんた達には、これで十分よ! 色蜥『コイン』!」 そう言って幻月は先程の夢幻妖怪をスペルカードに戻し、他のスペルカードを発動させる。 出て来たのは頭にキノコの生えた帽子を被った、何やら小さな球体が繋がっている夢幻妖怪だった。 夢幻妖怪は口を開くと、やたらと長い舌を伸ばす。 その舌はエリーに向かって伸び、腹部に深々と突き刺さった。 「うぐっ…!」 「エリー!」 「……大丈夫よ! こんなものぉ!」 ところがエリーは怯むどころか、舌を掴み思いっきり振り回す。 途端に夢幻妖怪は勢いよく、空中に浮かび上がった。 「くるみ!」 そしてくるみに声をかけると、掴んでいた舌から手を放す。 その勢いでエリーの体から舌が抜け、夢幻妖怪は宙に投げ出された。 「任せて!」 声に応えるとくるみは全身を羽で覆い、まるで弾丸のような姿になる。 そのまま回転し空中の夢幻妖怪に突っ込むと、その体をぐちゃぐちゃにし吹き飛ばした。 「どんなもんよ!」 「あの程度の相手に勝っても、大した自慢にはならないわよ〜! 次はちょっと強めにいくわ。蝕蛸『ザ・ラヴァーズ』!」 だが幻月は次々とスペルカードを切り替えていく。 次に出て来たのは、再び小さな球体が繋がっているが今度は8本の触手を持つ夢幻妖怪だ。 夢幻妖怪は右腕と右脚の触手でくるみに、左腕と左脚の触手でエリーに襲いかかる。 「なっ! ちょっと!」 「は、放しなさい!」 途端に触手は見る見るうちに二人に絡み付き、四肢を引っ張り動けなくしてしまった。 更に触手は二人の腕と脚から、どんどん体の方に伸びていく。 「ど、何処触ってんのよ! や、やめ……」 「嫌ああぁぁ! 放して! あ、あああぁぁ!」 「あ〜、こらこら。あんた、すぐそういう事する。私が命令した事以外やるなって。ぶっ殺すぞ!? あぁ!?」 しかし幻月が威圧すると、夢幻妖怪は大人しく二人を拘束するだけにした。 それを確認すると、幻月は二人を放置したまま魔理沙達の方へ向かって行く。 そこへそれまで無表情で立ち続けていただけの夢月が、幻月に近付いていき問い掛けた。 「姉さん、あの二人はどうするの?」 「ああ、幽香共々用済みね。本当、あいつらには失望したわ。まさかここまで使えないとはねぇ〜。  こないだもっといい玩具見つけたし、殺しちゃってもいいかなぁ〜。……………そうだ。夢月、あんたにあげるわ」 「私に?」 「ほ〜ら。こないだあんたのペット、うっかり逃がしちゃったじゃない? 何だっけ? あの気持ち悪い……蝦?」 「蟹よ。それにペットじゃない。あれは私が作った妖怪の試作品。上手く出来てたけど、もう特に用はなかったわ。  第一うっかりじゃなくて、姉さんが気持ち悪いって言って放り投げたんじゃない」 「そうだっけ? まぁ、いいわ。兎に角、代わりにあげる。あの蛸出しっ放しにしとくから、バラすなり好きにしたら?」 「分かったわ」 「さ〜て。待たせたわね、人間!」 夢月との話が終わり、幻月は魔理沙達に向かって大声を出す。 冷気のダメージにより凍り付き、思うように動けずただ見ているだけだった魔理沙達。 彼女達は突如投げ掛けられた、その声にビクっとして振り返った。 「私、そろそろ貴方達が絶望するところが見たいの。いいでしょ? いいよね! 双霊『ソード』!」 すると幻月は更にスペルカードを発動させてくる。 今回出て来たのは、二つの頭と楽器を持つ夢幻妖怪。 その夢幻妖怪は、トランペットとキーボードで演奏をし始めた。 「!!」 だが演奏されるのは凄まじい不協和音。 おぞましい旋律に、魔理沙達は思わず耳を塞ぐ。 しかし精神を掻き乱す夢幻妖怪の演奏は、耳を塞いでも聞こえて来る。 次第に魔理沙達は冷静さを失い、まともな判断が出来ない状態に追い込まれていった。 「さ〜て、そろそろ頃合いね。どいつから殺してあげよっかな〜。イヒヒッ! そうだ! 夢月、アレ出しなさいよ!」 「分かったわ」 夢月は幻月の言葉に小さく頷くと両手に邪気を集め、それを仮面の形に変化させる。 やがて仮面を全部で4つ作ると、幻月に手渡した。 その禍々しい仮面に嫌なものを感じ、魔理沙達は表情を強張らせる。 幻月はそんな魔理沙達を見て、とても嬉しそうにした。 「な、何だよそれ……」 「知りたい!? これはねぇ、あんた達をじわじわ嬲り殺す為の道具よ」 「!!」 「キヒッ! ただねぇ!? ただ、もの凄〜く苦しめながら時間をかけて殺すの〜!  頭を砕いて目玉を抉り出して舌を引き千切りって鼻を削げ落として爪を剥がして指を潰して臓物を引き摺り出して  そんでその傷口に塩とか砂とかまぶしてそれよりもっともっともっとぐちゃぐちゃのぐちゃぐちゃでイッヒヒヒッ!  …………ねぇ、鬼ごっこしましょ! 私が鬼ね! 捕まえたら、こいつを被せてあげるから……精々必死に逃げ続けな!」 そう言って幻月は、気味の悪い笑みを浮かべて魔理沙達に向かって行く。 「え? ちょ、ちょっと待って…」 「何してるの、早苗! 逃げるわよ!」 「あ、はい!」 冷静さを失い恐怖に支配された魔理沙達には、兎に角逃げる事しか出来ない。 魔理沙達は慌てて階段まで走り出すと、急いで階下に逃げ出していった。 そんな魔理沙達を追い掛けて、幻月も階段を下りていく。 「ヒャハハハハッ! 逃げろ逃げろ〜! つっかまえちゃうぞ〜!」 そのまま走り去る幻月を見送ると、夢月はエリーとくるみの方へと振り返った。 「さて、貴方達はどうしようかしら」 「…………うぅ……」 身動き出来ず、夢月をじっと睨み付ける事しか出来ない二人。 その瞳には、うっすらと悔し涙が浮かんでいる。 そこへボロボロの幽香が、床を這いながら夢月の許へにじり寄って来た。 「……待って……エリーとくるみを……殺さないで……」 「………幽香ちゃん……」 やがて夢月の足下まで辿り着くと、幽香は必死に頼み込む。 その様子を、夢月は相変わらず無表情で見下ろしていた。 すると何やら考え込んだ後、ぼそりと一言呟く。 「………………幽香、貴方に命令を下すわ」 「!! ………分かったわ」 それがどんな命令であれ、幽香には従うしか他に選択肢がなかった。 「……幽香ちゃん……私達の為に………」 その頃、霊夢は神玉を追って命蓮寺にやって来ていた。 中では聖 白蓮を始めとする、命蓮寺のメンバーが顔を揃えている。 そんな白蓮達の前に、ゆっくりと座る霊夢と神玉。 それを見届けると白蓮は、一息吐いて言葉を紡ぎ出した。 「それで、お話というのは…」 「ああ、それそれ。実はさぁ〜、里の人間を避難させる為に聖輦船を貸してほしいだよね〜」 「聖輦船を……ですか」 「ほら、この寺って元々船だったんでしょ? それを使って一気に魔界に行けないかなってさ」 「………それはいいのですが、まず何が起こっているのか詳しく説明してくれませんか?」 「ああ、え〜と……何処から話しゃいいのかな〜」 白蓮の問い掛けに、回答に困り果て神玉は腕を組む。 するとそこへ、一人の女性が命蓮寺にやって来た。 「じゃあここからは私が説明するよ」 「貴方は…」 「先輩!」 その姿を見るや否や、一気に表情が明るくなる神玉。 頬に星型のタトゥーを入れたその女性は、神玉の隣に座ると霊夢の方へ振り向いた。 「久しぶりじゃん。あれから暫くだけど、随分ロックになったねぇ」 「エリス、貴方まで来ていたのね」 「私がいなくて誰が会場を盛り上げるのさ」 大きな蝙蝠のような翼の少女、エリスはそう言って霊夢に笑いかける。 そして白蓮達を見ると、顎に手を当てながら話を始めた。 「さて、幻想郷で説明するなら最初に三幻想の話をしないとねぇ」 「そうよ。そもそも三幻想って何なのよ」 「……幻想郷は幻想の者達の世界ってのは知ってるよね? ただ直接、幻想郷には存在しない幻想存在もいる訳さ。  幻想郷には隣接した世界が幾つかある。そこに三幻想は住んでいるのさ」 「天子や衣玖みたいなものね」 「でも三幻想はそこらへんの妖怪とは訳が違う。その昔、幻想郷が出来た時に三幻想は語る事を禁じられた存在なんだよ」 「………何故?」 「強すぎたのさ。折角、幻想郷を創っても畏怖がすべて奪われては妖怪達には堪ったもんじゃない。  だから幻想郷では、その存在を秘密にされたんだ。閻魔や天人どころの強さじゃないからね」 「……………」 「私達、魔界の住人にとっては普通に知っている存在さ。だから三幻想は幻想郷だけの呼び名。  そしてそれを知る妖怪も、殆どいない。幻想にして幻想に忘れられた存在、だから三幻想」 「……今回の異変には、その三幻想が絡んでいるのね」 「そう、そして私達のリーダーであるサリエル様もその一人。  空がおかしくなったのは強すぎる三幻想の気が、幻想郷に流れ込んでいるからさ。別に実害があるものじゃないよ」 どうやら今回の異変は、三幻想を倒さない事には解決しないらしい。 だが倒したところで溢れ出した気は、収まるものなのだろうか。 そう考え、霊夢はエリスに問い掛ける。 「……それで三幻想を倒せば、この空は元に戻るの?」 「えっ……………ぷっ! あはははは!」 ところがエリスは突然笑い出してしまう。 神玉以外の者達は、何事かときょとんと眺める。 するとエリスは笑い涙を拭きながら、霊夢を見て話し出した。 「い、いいよ霊夢! 最高にロックだ! ………でもそれだけじゃあダメだ。技術が足りない。  霊夢は幻想郷最強なのかもしれないけどさぁ、それだけじゃまだ足りないんだよ。  三幻想は幻想郷のレベルを超越してる。あんたの実力じゃ出会い頭にお陀仏さ」 「な、何よそれ……」 「それだけとんでもない存在なんだ。だから逃げろって言ってるんだよ。勇気と無謀は違う。三幻想には誰も敵わない。  次元が違うんだ。三幻想同士がぶつかったら、里なんか一瞬で消し飛んじゃうよ」 「……あの、一つよろしいですか?」 そこへ白蓮が手を上げ話に入って来る。 「どうぞ」 エリスはにっこりと笑って、白蓮に手を差し出した。 「三幻想の残りの二人は、何者なのでしょうか。警戒するにしても誰だか分からなければ、しようがありません」 「それはちょっと違う。そもそも三幻想がいるのは魔界、地獄、夢幻世界なんだ。つまり三幻想は各世界最強の存在。  出会った時点で死んじゃうのさ。……………けど、まぁ知識はあった方がいいよね。分かった、教えてあげる。  まずサリエル様。サリエル様は魔界の天使、死を司り輪廻転生を操る。故に無限。無限のサリエル。  次に地獄の矜羯羅。地獄の管理者にして、星を司り亡者を地獄に縛り付ける。故に力。力の矜羯羅。  でも矜羯羅は滅多に動かないから、会う心配はしなくていいと思うよ。最後に……こいつが一番ヤバい奴さ。  夢幻世界の幻月。夢幻世界を創り出し、夢を司り人を狂わせる。故に狂気。狂気の幻月。  幻月に会ったら死を……いや、死より恐ろしい破滅を覚悟した方がいい。あいつはいかれてる」 エリスの話に息を呑む白蓮達。 その様子にエリスは、穏やかな笑みを浮かべて静かに口を開く。 「何も今すぐ襲って来る訳じゃない。ただ時期に幻想郷は戦場になる。だから避難が必要なんだ」 「…………分かりました。聖輦船は用意しておきます。あと私達の方からも、里に避難を呼び掛けてみます」 「よろしく頼むよ」 それだけ言うと、エリスは神玉を連れて立ち上がる。 「!! ………あ、足つった……」 そしてふらふらと足を引き摺りながら、命蓮寺から出て行った。 後に残された霊夢は、エリスの話を考え直す。 三幻想は全員、一度戦った相手だ。 今の話じゃ幻月とは難しいが、せめて矜羯羅とは話が出来るかもしれない。 そう考え、霊夢は地獄に向かってみようと考える。 「ちょっと……調査に行くわ」 「気を付けてくださいね」 「大丈夫よ」 霊夢はそのまま命蓮寺を後にし、地獄を目指して飛んで行った。 その様子を寺の近くの茂みから覗く者がいる。 先程、寺から出たエリスと神玉だ。 二人は飛んで行く霊夢の後ろ姿を確認すると、茂みの中を歩いて行く。 「マジちょろいッスね、先輩」 「これで計画通り上手く進めば、里の人間共は全員魔界に行く。そしたら………私達がステージに立ち、暴れる番さ。  私はこれから下準備をするから、上手く里の連中を導いてやりなよ? 幽幻魔眼」 エリスはそう神玉と茂みの中の5つの瞳に話すと、そのまま茂みの闇の中に消えて行った。 霊夢が地獄を目指して飛び立ってから数時間後。 里ではサリエルの言葉を信じて逃げるか、まだ様子を見るかで話し合いが行われていた。 命蓮寺も脱出の準備をしているという事で、里にはサリエルを信じる人間が増えて来ている。 しかしいきなり現れた者を簡単に信用していいのかという意見も、まだまだ里にはあった。 「これ以上会議に時間を取られては、脱出も間に合わなくなる。そろそろ答えを出すべきだと、私は思うが……」 集会場に集まった里の男達に混ざって、上白沢 慧音は意見を述べる。 その提案に周りの男達も、頷き賛同の意思を示した。 それを受けて里の長老と思わしき、長い髭を蓄えた老人が口を開く。 「それではこれより多数け…うぐおっ!?」 ところがそこへ突然襲いかかる地響き。 同時に見張りの男の大声が、里中に響き渡った。 「敵襲! 敵襲だ!」 「なんだって!?」 その言葉に反応し、急いで集会場を飛び出す慧音。 すると何やら里の東門の方から、次々と人が逃げ出して来ていた。 「……くっ! もしや魔界の者達が言っていたのは、これの事か!」 もう三幻想の攻撃が始まったと言うのか。 慧音は人の流れに逆らい、東門へと向かって行く。 やがて見えて来る東門の姿。 そこには門を斬り落とし里に入って来た謎の侵入者が、畑道を堂々と歩いていた。 「!! 何者だ!」 咄嗟に剣を取り出し、慧音は侵入者に身構える。 その侵入者は奇妙な狐の面を被り、陰陽師のような格好をしていた。 更に手には見覚えのある、二本の刀を握っている。 慧音はそれが何なのか、一つだけ心当たりがあった。 「その刀………楼観剣と白楼剣じゃないのか? あれは魂魄家の物の筈。何故お前が…」 「愚かしい。人とはこれ程までに理解力の低い者なのでしょうか。実に嘆かわしい……」 「……そ、その声は………」 「私は偉大なる神に仕える神官。神は里を滅ぼせと、人間に罪を償わせろと申しておられます。  貴方は半獣のようですが、人間を庇うのであれば同罪です。我らが神の命により、その魂奉げてもらいましょう」 「罪……だって?」 すると狐面の女は、刀を振り慧音に襲いかかる。 慌てて慧音は剣を構え、喉元に迫ったその一撃を防ぎ切った。 狐面の女はそんな慧音を見て、余裕を感じさせる声色で喋り出す。 「やるようですね」 「お前の言う事が何なのかは分からん。だが里に手を出す事は私が許さん!」 「愚かな。里を滅ぼす事は神が決めた運命なのです。貴方は神に逆らうつもりですか?」 「そんな神に従う道理はない!」 「何処までも愚かな方だ。自分達が罪人だと言う事が、理解出来ないのですね。嘆かわしい。  しかし貴方一人が戦ったところで、運命が変わるとでも?」 その瞬間、里の西門の方から爆音が響き渡って来た。 まさかこいつは囮で、他に仲間がいたのだろうか。 思わぬ事態に、西門を確認しようと後ろを向く慧音。 だが狐面の女は、そんな隙だらけの慧音に斬りかかって来た。 「し、しまっ…」 すでに刀は、慧音の喉元に迫って来ている。 今から反応したのでは間に合わない。 慧音は、一撃を覚悟し咄嗟に目を瞑る。 ところがその斬撃は、ある人物によって受け止められた。 「慧音!」 「……も、妹紅!?」 その人物、藤原 妹紅は狐面の女の刀を炎で止める。 実は妹紅は何やら里が騒がしかったので、何かあったのではと駆け付けてくれていたのだ。 そのまま斬撃を受け流し、妹紅は狐面の女を蹴り飛ばす。 そして背中の炎を燃え上がらせると、空高く飛び上がっていった。 「西門は私に任せろ! 慧音はそいつとの戦いに専念してくれ!」 「すまない!」 そう言うと妹紅は慧音にその場を託し、西門を目指して飛んで行く。 西門に向かうなら、妹紅の方が早く着けるだろう。 それより自分は、目の前の敵をどうにかしなくては。 そう考え慧音が正面を向くと、狐面の女が歩いて向かって来ていた。 「……加勢してもらわなくてよかったのですか?」 「問題ない。お前は私が此処で食い止めるからな!」 「自分の実力が分からないとは……本当に貴方は救えない」 それに慧音は再び剣を構え、狐面の女と戦いを始める。 一方で妹紅は全速力で飛んで行き、西門へと辿り着いていた。 「………酷い有様だなぁ」 しかしそこに広がっていたのは、荒らされた門や畑。 耕された土は吹き飛ばされ、あちらこちらに散らばっていた。 幸い冬場なので畑に出向いていた者はおらず、犠牲者は出ていないようだ。 だが里の人達が一生懸命耕した畑を滅茶苦茶にされ、妹紅は怒りで頭に血が上っていた。 「一体誰がこんな事を……」 「あ〜らら、まだ残ってる人がいたの〜」 「!!」 その時、突如上空から聞こえて来た謎の声。 妹紅は慌てて声の主を探し、月が輝く空を見上げる。 するとそこには舞踏会にでも出るかのような格好をして、箒に腰かける仮面の女の姿があった。 「あ〜ら、レディを下から覗くなんて破廉恥ですわよ?」 「これはお前がやったのか!」 「誰がやったかは大した問題ではありませんわ。すべては神の御意志のままに。起こるべくして起こった必然ですわ」 「ふざけた事を!」 「所詮は人間、私達の高貴な理想は理解出来ないようですね。  ですが神のお力を一目見れば、忽ち己の無力さと愚かさを思い知る事となるでしょう」 「やる気か……受けて立つ!」 「あら、下賎ですこと。貴方に私達の創る理想郷を生きる資格はありませんわ。此処で消えなさい」 そう言って貴族面の女は、袖からミニ八卦炉を出し熱線を放つ。 それを妹紅はかわすと宙に飛び上がり、貴族面の女に向かって行った。 「遂に……始まってしまった……」 阿求は里の中心に避難しながら、戦いの衝撃と爆音に身を震わせている。 恐らく襲撃は三幻想の誰かによるもの。 ならばその一人であるサリエルも動く筈なのだが、何故か先程から姿が見えない。 これは三幻想の仕業ではないという事なのか。 それとも… 「!!」 そこへ響いて来る、ズドンという新たな倒壊音。 聞こえて来たのは北門の方だ。 まさか新手の襲来か。逃げながらも警戒する阿求。 そんな阿求等里の人間達に更に追い打ちをかけるように、見張りの者の声が里中に木霊して来た。 「南門、敵襲だ! とても持ち堪えられそうにない! 撤退する!」 その声とほぼ同時に、爆散する南門。 此処からでは何が起こったのか、完全には把握出来ない。 しかしこれだけははっきりと分かる。 遂に里の守りの四つの門が、すべて破壊されてしまったのだ。 「囲まれた………」 どの門にも正体不明の襲撃者がいる。 更にそのうち二人は、防衛を突破し自由に動ける状態だ。 もう里の人間に逃げる場所はない。 里の中心に辿り着いた阿求は、その混乱した状況を目の当たりにした。 「すでに慧音さんと妹紅さんは戦闘中だ! ならば我々が戦うしかあるまい!」 「しかし門を守る為にあらゆる手を尽くしてみたが、どれも効果がなかった。今、動いても無駄死になるだけでは……」 「なら黙って殺されるのを待てと言うのか!」 怒号を上げる里の男達。 神に祈りを奉げる里の女達。 泣き叫ぶ幼い子供達。 最早、里の団結は崩壊しきっていた。 「皆さん! 落ち着いてください!」 そこへ声を張り上げる、一人の女性。 里の人間の関心が一気に女性へと集まる。 するとその女性、白蓮は里の人間に向かってぺこりと頭を下げた。 「すみません。侵入者の調査に時間をかけ、遅れてしまいました。しかしもう大丈夫です!  里は私達、命蓮寺が命に代えても守りきってみせます!」 その言葉を合図に、白蓮の許に現れる5人の命蓮寺のメンバー。 彼女達は白蓮に跪き、その指令を待つ。 白蓮はそっと目を瞑り悲しそうな表情をすると、彼女達に指令を出し始めた。 「………本来はルールに基づき穏便に対応するべきなのですが……相手が本気な以上、止むを得ません。  戦闘を許可します。里を襲う侵入者を………止めて下さい」 白蓮のその言葉を待っていたと言わんばかりに、命蓮寺のメンバー達はにやりと笑う。 そして大声で、 『了解!』 それだけ言うと各門へ走り去っていった。 それを里の男達は、心配そうに見送る。 「……本当に大丈夫なんですか? 聖さん」 白蓮はそんな男達に、不安そうな表情を浮かべて振り返った。 「確かに心配です。殺生には染まってほしくはないのですが……」 その丁度同時刻、東門付近。 そこでは慧音が全身傷だらけになりながらも、狐面の女と戦っていた。 慧音はすでに限界まで体力を消耗しており、荒い呼吸を繰り返しながらも必死に立ち続けている。 対して狐面の女は焦りすら見せずに、冷酷な眼差しを仮面の隙間から向けていた。 「いい加減、諦めたらどうですか? 貴方の実力では私には敵いませんよ」 「………断る! 私は里を見捨てたりはしない!」 「……そうですか。では最初に神の裁きを与えるのは貴方にしましょう」 そう言って刀を鞘にしまい、狐面の女は居合いの構えを取る。 「随分と穏やかじゃないわね。スペルカードルールはどうしたの」 だが突如現れた妖怪の言葉に、狐面の女は警戒し構えを解いた。 そして話しかけて来た妖怪、雲居 一輪へと視線を向ける。 その姿を確認すると、狐面の女は問い掛けに答え出した。 「あれは幻想郷を守りつつ、決闘で勝負をつける為のルールでしょう? 私達が従う理由はありません」 「幻想郷がどうなっても構わない、と」 「私達が目指す理想郷は、こんなちっぽけな箱庭ではないのです。貴方達とは着眼点からして違うのですよ」 「…………貴方達が話の通じない相手でよかったわ。これで姐さんを後悔させなくてすむ」 すると一輪は法輪をぐるぐると回し出す。 その間に入道の雲山は、慧音を摘み上げ安全な所に避難させた。 やがて法輪は形状がはっきりと見えない程、高速で回転し始める。 一輪はそんな法輪を、勢いよく狐面の女に投げ付けた。 「何かと思えばそんな物……所詮は人間を庇う妖怪ですか」 余裕たっぷりといった様子で、狐面の女は飛んで来た法輪を刀の鞘で弾く。 しかし鞘は法輪にぶつかった途端、真っ二つに斬れてしまった。 そのままブーメランのように、一輪の許に戻っていく法輪。 それは一輪の指で止まると、チャクラムのように変化した姿を周囲に曝した。 「……ほう」 「今日は派手に暴れるわよ?」 真剣な眼差しで、狐面の女と対峙する一輪。 だが命蓮寺が送り込んだ妖怪は、彼女だけではなかった。 そのうちの一人が、貴族面の女と戦う妹紅の許へやって来る。 しかし妹紅は、すでに疲労困憊の状態だった。 「……はぁ……はぁ……」 「うふ、うふふふふふふふ! あと何回死んだら貴方は倒れるのかしら?」 そんな妹紅を見下ろして、貴族面の女は嘲り笑う。 完全に相手のペース。今の妹紅に勝ち目はない。 それが分かっているのか、貴族面の女はすでに勝利を確信している。 だがそこへ突然、巨大な影が映り込んで来た。 「あら?」 影の正体を確める為、貴族面の女は上を向く。 するとそこには、真っ直ぐ落ちて来る巨大な錨の姿があった。 「えええぇぇぇぇ!?」 「イヤッッホォォォオオォオウ!!」 どう考えても自然に落ちて来た物ではない巨大な錨。 その上には、一人の妖怪の姿も見える。 何処の誰だか知らないが、こちらに敵意のある相手なのは明らかだ。 貴族面の女は、その錨をかわし事無きを得た。 しかし錨と共に落ちて来た妖怪、村紗 水蜜は錨を片手で担ぎ上げるとにやりと笑う。 そして妹紅の方へ振り向くと、親指を立てその白い歯を輝かせた。 「私、推参ッ! 貴方が妹紅!? 此処は私に任せて先に行け!」 「………あ、ありがとう……」 とりあえずお礼を言い、妹紅は手を頭の後ろに当てお辞儀する。 それに文句を言おうとした貴族面の女の言葉を、村紗は大声で喋り出して遮った。 「さて、お客様! 当船にご乗船いただき、本日は誠にありがとうございます!  当船は間も無く地獄に向けて出港いたします! 忘れ物などないよう、お気をつけください!」 「な、何なんですの貴方…」 「指差し確認! 準備OK! 目指すは勝利! 出発進行!」 そう言うと村紗は錨をぶんぶん振り回して、楽しそうに貴族面の女に向かって行く。 「よく分からないが、慧音を助けに行くなら今のうちだな」 その隙に妹紅は、東門へと飛び立って行った。 慧音と妹紅が戦っていた東門と西門に対し、北門と南門の守りは里の人間によるものしかない。 簡単に里の防衛を突破して、二人の仮面の女がまんまと里に侵入してしまう。 だがそちらにも命蓮寺の刺客が、勢いよく向かって来ていた。 「あっははは! な〜んだ、簡単じゃん! これならボク一人で十分だったよ!」 畑道を進みながら、南門を撃ち破った仮面の女は高らかに笑う。 その格好は、まるで道化のようで顔には白黒の道化の仮面をつけていた。 「にひひひひ! そんなに楽勝だったなら、私とも一戦やってみない?」 そんな道化面の女に小屋の上から話しかける妖怪、封獣 ぬえ。 ぬえはにやにやと笑いながら道化面の女の前に立つと、何か思うところがあるのかジロジロ女を見始めた。 「……あら? 貴方、どっかで会ったかしら。なんか見た事あるような……」 「え〜? ボク、君と会った事なんてないよ〜? 気のせいじゃないかな〜」 「……確かに気は完全に別人ね。………他人の空似かな? 仮面で顔も見えないし。  …まぁ、別に誰だっていいのよ。私は悪い奴を倒さなくちゃいけないの。だから大人しくやられなさい」 「ボク、悪い奴じゃないよ。正しい事をしているよ。ボク達神官は神様の為に、人間の魂を一生懸命集めているんだよ」 「へぇ〜、それってご褒美でも出るの? なら私と一緒ね。私も聖のご褒美がほしくて戦ってるの。  でもご褒美って何かな〜。美味しい南蛮菓子だといいな〜。カステイラとか金平糖とか〜……」 「そんな小さな話と、ボク達のする事を一緒にしないでほしいね。ボク達は理想郷を創る為に頑張ってるんだよ。  ボク達の神様が創る、素晴らしき理想郷の為にね!」 「………あっそう。でも私は興味ないわ。あんた達の理想なんて、私が分からなくしてあげる!」 そう言ってぬえは三叉槍を取り出し、道化面の女に突き付ける。 しかし道化面の女は、訳分かんないといった感じに首を傾げ出す。 そのままピョンと後ろに跳ぶと、三叉槍の間合いから距離を取った。 「どうして邪魔をするの? ボクの邪魔をするって事は、神様に背く事なんだよ? それが分からないの?」 「神様? そんな奴の事なんか知らなーい。だって私、他人に命令されるの大っ嫌いだもの! にひひ!」 「なら仕方ないね。ボクが魅せる奇跡のショーで、神様に従わない悪人共を排除しなくちゃねぇ!」 途端に道化面の女は、自分の周りに竜巻を起こす。 それにぬえはにやりと笑って、道化面の女へと向かって行った。 「………………」 一方で崩壊した北門を抜け、最後の仮面の女は里の中心に向かって進む。 周囲の家は彼女により壊され、無残な姿を曝している。 その道中に、二人組の妖怪が待ち受け立ち塞がった。 「やあ、侵入者。随分里を荒らし回ってるようじゃないか」 「……お前達は……」 「何が目的かは知りませんが、これ以上の横暴は許しません」 二人組の妖怪、ナズーリンと寅丸 星は 南米部族のような格好で、儀式用の仮面をつけた女を睨み付ける。 「悪いがここまで暴れてもらっては、こちらもそれ相応の対応をし…」 「がああああぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁ!!」 「!!」 だが儀式面の女は突然凄まじい大声を上げ、こちらを威圧して来た。 「何故だ! 何故人間を守る、妖怪! お前達には妖怪達の怨みの声が聞こえないのか!?」 「何なんだ、君は。いきなり騒がしい」 「恨みの声? 一体何の事を…」 「分からないのか! 今まで多くの妖怪達が、人間に退治と言われ不当に葬られてきた!  妖怪だけじゃない! 様々な生物が人間の犠牲になって来た! それらの怨念が私に語りかけるのだ!  人間を滅ぼしてくれ、我々の怨みを晴らしてくれとな!」 「はぁ……」 「我らが神は、そんな者達の仇を取ってくれる! 人間を血祭りに上げ、屍の山に変えてくれる!  故に私も神の理想郷の為に働くのだ! それが分からないお前達は、妖怪の裏切り者だ!  お前達、裏切り者にかける情けなどない! 私がこの場で屍に変えてくれる!」 すると儀式面の女は、何処にしまっていたのか夥しい量のナイフを投げて来る。 「ふん、くだらない」 しかしそれをナズーリンは二本の薙刀を、星は槍を取り出し薙ぎ払った。 「そんなものが聞こえるのは、君が怨霊に取り憑かれているからさ」 「死者の為に生者を危険に曝す事は出来ません! 貴方は私達が止めます!」 「それがお前達の正義か!? そんな悪しき思想は私が叩き潰してやる!  我らが神の創り出す理想郷に、お前達の居場所など存在しないのだ!」 各門で戦闘を始める命蓮寺の妖怪達。 白蓮は彼女達を信じ、里の人間の保護を優先していた。 「まだ避難していない人はいませんか? 怪我をしてる人はいませんか? 気付いた人は、すぐに知らせてください」 里の人間に呼び掛けて、白蓮は状況を確認する。 その冷静な対応は、里の人間の動揺も次第に取り除いていった。 そこへ、一人の妖怪が歩いてやって来る。 「……貴方は確か…」 「幽香さん!」 それは里にも度々、買い物に訪れていた幽香だった。 強力な見知った妖怪の登場に、里の人間達の間で歓迎の声が上がる。 「幽香さんがいれば百人力だ!」 「これで里は救われる!」 「あんな連中は、一網打尽だ!」 そんな里の人間達の反応を受けて、白蓮も彼女が味方なのだと判断した。 「貴方が幽香さんですね。私は聖 白蓮、命蓮寺の創立者です。今は少しでも味方が多い方がいい。手を貸してくれますか?」 そう言って白蓮は、幽香にそっと手を差し出す。 だが幽香は俯いたまま、何も喋らない。 「……どうかしましたか?」 その瞬間、突然幽香は傘を白蓮に突き刺そうとして来た。 それを咄嗟に、白蓮は指で挟んで止める。 そして哀しそうな表情を浮かべて、幽香に問い掛け始めた。 「すみません。何か気に障る事でも、言ったでしょうか? しかしこのような抗議の仕方は、よろ…」 「五月蝿い」 しかし幽香は、ぼそりとそう呟き傘を手放し殴りかかる。 白蓮は掌で拳を受け止めると、その手を握り幽香の攻撃を止めた。 その光景に遅れて起こる、里の人間達のどよめきの声。 だが徐々に事態を呑み込むと、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。 「何故ですか……。何故このような事を……」 幽香に必死に問い掛ける白蓮。 「ご託はいらないわ。ただぶっ潰すのみ」 しかし幽香は白蓮の手を払い除けると、右手を振りかぶり殴りかかって来た。 それを白蓮は受け流し、幽香に向かって走り出す。 「幽香さん………」 ただ一つだけ白蓮の心に引っ掛かっているのは、幽香が感情を押し殺しとても辛そうな瞳をしている事だった。 白蓮が幽香と戦い始めた頃、東門では一輪が狐面の女を追い詰める。 高速で飛び交い、様々な角度から襲いかかるチャクラム。 それは狐面の女の体力を、徐々に奪っていった。 「普通の人間だったら、とっくにバラバラになっていたわね」 「な、何故このような……」 嘗めていた相手に圧倒され、狐面の女は信じられないといった様子で立ち尽くす。 だがそれでも狐面の女は、刀を構え一輪に向かって行く。 その様子に一輪は溜め息を吐くと、再びチャクラムを飛ばし攻撃した。 「くっ!」 一輪の攻撃は刀に防がれ、当人には当たらない。 しかしその一撃はすでに何回も攻撃に堪えて来た、楼観剣と白楼剣にひびを入れた。 「ば、馬鹿なっ!」 「………姐さんは血生臭い話を嫌う。今、逃げるなら許してあげるけど……どうする?」 いくら悪党と言えど止めを刺したとなれば、白蓮は大層悲しむだろう。 白蓮を傷つけたくない、そう思い一輪は情けをかけてやろうと撤退を提案する。 だが狐面の女は仮面の隙間からキッと睨み付け、一輪に刀を突き付けた。 「私に勝ったつもりですか!? 貴方達のくだらぬ思想などが、我らが神の理想に及ぶ筈がなのです!」 「……ん?」 その言葉に眉をピクっと動かす一輪。 訝しげな表情を浮かべながらも、気丈に振る舞おうと冷静に聞き返す。 「私達の思想がくだらないってのは、一体何を見て判断してるの?」 「ふん、私達は知っているのです。貴方達があの僧に連れ従い、平等などと謳っている事を。  全くもってくだらない! 私達、神に仕える神官のみが理想郷での自由を許されるのです!  貴方達妖怪に、ましてや罪人たる人間に自由などありません。神の為に奴隷として働く事が、貴方達の運命なのです。  それなのに平等などとは嘆かわしい。自分達が如何に穢れた身か理解していない、愚か者の考えですよ!」 「おい、黙れよ」 すると一輪は、恐ろしい形相で狐面の女を睨み付けた。 「姐さんが愚か者? あんた達に何が分かる。姐さんがどれだけ周りを想い、大切にしてくれてるかを!  私だって何も皆が皆、姐さんの理想を理解出来るとは思ってない。でもねぇ!  あんたみたいな自惚れた輩に、姐さんの思想にケチをつける資格はない! 雲山! 捻り潰すわよ!」 一輪はそう言うと、チャクラムを右腕に引っ掛け雲山をそこに集め出す。 そのままどんどん集めていくと、一輪の右手は高密度の雲に覆われ巨大な拳となった。 巨大な拳は雲故の軽さと、入道故の馬鹿力を備え持っている。 見た目にはアンバランスながらも、その強大な拳が放つプレッシャーは尋常ではなかった。 「姐さんを馬鹿にした事、たっぷり後悔させてやるッ!」 その巨大な拳を振りかざし、一輪は狐面の女に向かって行く。 圧倒的威圧感、そして揺れ動く大気が恐怖となり狐面の女に襲いかかった。 「こんな……事が……」 「吹き飛べえええぇぇぇぇぇ!!」 「ざ、罪人めが!」 最早、余裕などありはしない。 狐面の女は無我夢中で刀を振るう。 しかし巨大な雲の拳相手に、ひびの入った刀では敵う筈がない。 拳は刀を叩き折ると、その勢いのまま狐面の女を空高く殴り飛ばした。 更に一輪は宙を舞う狐面の女の真下に立ち、拳を豪快に振り上げる。 その拳はもの凄いスピードで何十発もの拳を繰り出しながら、落ちて来る狐面の女に向かって行った。 「ぐっ、妖怪……なんぞにいいぃぃぃ!」 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァ!!」 無数の拳が無防備な狐面の女を、容赦なく殴り続ける。 徐々にその体は骨が砕け内臓が飛び出し、ぐちゃぐちゃになっていく。 やがて一輪が拳を振り終えると、ただの肉塊となった女が地面に落ち四散した。 「……あ……ぁぁ…」 その凄まじい光景に、離れた場所で見守っていた慧音は開いた口が塞がらない。 「慧音ー!」 そこへ飛んで来る妹紅。 慧音の無事を確認すると、肉塊を見て一輪に話しかける。 「……助けてもらっておいてこんな事言うのもなんだが、お前達は殺生を認めないんじゃなかったのか?」 すると一輪は返り血で真っ赤に染まった顔を向けて、にっこりと笑ってみせた。 「確かに命蓮寺は殺しはしない主義よ。でも命どころか魂もない人間を倒す事は、果たして殺しと言うのかしら?」 一方、西門での戦いは空中戦へと舞台を移していた。 「さあ呼っべ〜♪ その名を呼っべ〜♪ ああ〜ぼく〜ら〜のキャプテン・ムラサ〜♪」 陽気に錨を振り回し、村紗は貴族面の女に殴りかかる。 だが貴族面の女は、ギリギリのところで攻撃をかわし続けていた。 「まったく乱暴な妖怪は嫌いですわ! もっと美しく魅せるような攻撃は出来ないんですの!?」 「錨の曲線美が分からないか?」 「分かりたくも、ありませんわ!」 そう言って何処かへ飛んで行ってしまう貴族面の女。 まさか逃げるつもりなのだろうか。 残された村紗は追いかけようとするも、そのスピードには付いていけない。 そうこうしている間に、貴族面の女の姿は見えなくなってしまった。 「敵前逃亡? 困ったなぁ。……そう言えばぬえの水飴、まだ残ってるかなぁ」 すでに戦いの事は忘れ、違う事を考え出し村紗は涎を垂らす。 ところがそこへ遥か彼方から飛んで来る一筋の光。 それは逃げた筈の貴族面の女が放った、一直線に村紗を狙ったレーザーだった。 「へ? 何の音…うぐっ!?」 レーザーは村紗の不意を突き、その心臓を綺麗に射抜く。 大ダメージを受け、力無く地面に落ちて行く村紗。 その体は落下中に液体に変わると、服と錨だけを残して消えてしまった。 「うふ、うふふふふふふふ! 最後に勝つのは神の御加護のある私、それは最初から決まっていた事なのですわ!」 そこへ貴族面の女が飛んで来て、高らかに勝利宣言をする。 村紗は消滅した。もう邪魔者はいない。 あとは里を襲撃し、人間共を滅ぼすだけだ。 仮面の口元に手を当て、貴族面の女はくすくす笑う。 しかしそんな彼女の耳に、何処からともなく陽気だが不気味さを感じさせる声が聞こえて来た。 「舟幽霊がこんなにあっさり死ぬと御思いで? 舟幽霊の本場は海、一度転覆してからが本当の船旅でございます。  さぁ地獄への愉快な船旅、此処からは海底目指して一直線です!」 すると突然、貴族面の女を取り囲むように発生する水の壁。 それはドーム状に広がって、貴族面の女の頭上を覆う。 そのまま下側にも伸びていくと、出口を塞ぎ閉じ込める。 明らかに普通じゃない水の動きに、貴族面の女は動揺を露わにした。 「な、何ですの……これ」 慌てて貴族面の女は、ミニ八卦炉から熱線を放つ。 だが相手は液体。熱線を放出した瞬間は穴が開くものの、すぐに塞がり水の牢獄を作り続ける。 どう考えても何者かの意思で動いている水、その正体に貴族面の女はふと気が付いた。 「まさか…!」 上を見る貴族面の女、その視界に映り込んだのは液状化した村紗の上半身だった。 何を隠そう、この水すべてが村紗本人だったのだ。 液体となった村紗の体は透き通っており、ゆらゆら揺れながら背景の夜空をその身に映し出す。 更に下半身は海月の傘のように変化していて、貴族面の女を閉じ込める水の檻を作り出していた。 液体の体は弾幕も熱線もすり抜ける。 まさに対弾幕使い用の牢獄という訳だ。 「お客様ー! 当船は途中下船は受け付けておりません! 大人しく海底への旅をお楽しみくださいませ!」 そう言って村紗は、傘の中に水を流し込んで来る。 下方が塞がっている為、水は傘の中に溜まっていく一方だ。 忽ち傘は水でいっぱいになり、中にいた貴族面の女は水中に放り出された。 「……私を溺死させるおつもりで? お生憎様! 私に水責めは通用しませんことよ!?」 しかし貴族面の女は何ともなさそうに、水を掻き分け脱出を試みる。 それは仮面の者達が、呼吸を行っていないが故の行動。 ところが泳ぎ続ける貴族面の女は、段々妙な重圧を感じ始める。 同時に何故だか前になかなか進まなくなって来た。 「どういう……事ですの…?」 「あー、お客様。それは水圧でございます。時期に当船は海底へ、人体も潰れる強水圧の世界へ参ります。  衝撃に備えてお待ちくださいませー!」 「!!」 海底の水圧ともなれば、生身の体など一溜まりもない。 村紗の言葉に、急いで貴族面の女は脱出しようと慌て出す。 だが今更焦っても、もう手遅れ。 少しづつ強くなる水圧が、その肉体をじわじわと押し潰していった。 やがて村紗の旅も終わりを告げる。 「……………間も無く当船は港に到着いたします。足下にご注意のうえ、お降り下さい」 その言葉と同時に、傘の中身を水ごと空中に解き放つ村紗。 赤黒く染まった水の中で揺れるかつて人だったものは、そのまま地面に叩きつけられ原形を留めない程ぐちゃぐちゃになった。 「ご乗船、ありがとうございましたー!」 四つの門で行われた戦いは、南門でも決着に向け動いて行く。 ぬえはにやにやと不敵に笑いながら、畑道を道化面の女目掛けて走り出していた。 「奇跡ッ!」 しかしただでやらせてくれる程、相手も生易しくはない。 道化面の女は向かって来た、ぬえの足下を狙って霊力の爆発を起こした。 「うにゃー!」 不意の一撃に対処出来ず、ぬえは派手に転んでしまう。 そのままゴロゴロと、ぬえは畑道を転がっていく。 その隙を狙って、道化面の女は弾幕を仕掛けて来た。 ところがぬえはそれを見るや否や、翼を地面に突き刺し急停止する。 そして弾幕をかわし道化面の女に足を向けると、足を蛇に変化させて襲いかかっていった。 「んなっ!」 唐突に向かって来る二匹の蛇に、対応が間に合わず道化面の女は喰らい付かれる。 するとぬえは足を空高く振り上げ、道化面の女を持ち上げ出した。 蛇に噛まれた患部を引っ張られ、痛みから抵抗出来ない道化面の女。 そんな彼女を一気に振り降ろして、ぬえは勢いよく地面に叩きつけた。 「にひひ! にひひひひ!」 「な、何者なんだよぉ! 君はぁ!」 「今も昔も、これからもずっと正体不明よ!」 そう言うとぬえは足を元に戻し、ぴょんと跳ねて立ち上がり三叉槍を舌で舐める。 「うん、甘い! やっぱり水飴を塗っておいて正解だったわ!」 その三叉槍をくるくると回しながら道化面の女に近付くと、にやにやしながら突き付けた。 「にひひひひ! どうするどうする〜? 正体不明と、どうやり合う〜?」 「ううぅ………斯くなる上は!」 道化面の女はその言葉と同時に、竜巻を起こして空中に舞い上がる。 空高く聳える塔のような竜巻。 その上に浮かび上がると、道化面の女はぬえを狙って弾幕を放って来た。 「奇跡ッ! 奇跡奇跡奇跡ッ!!」 「ああ〜、さすがに飛ぶには風が強いか〜」 ぬえは弾幕をかわしながら、そう呟く。 如何せん、この暴風の中では空を飛んで上を目指すのはきついだろう。 だからと言って上空の相手に、弾幕で対抗するのは分が悪い。 相手に空を飛ばさせず、自分は上から攻撃出来る。 まさに空間を支配した無敵の戦術、の筈だった。 だがぬえは弾幕をかわし切ると、堂々と竜巻に突っ込んでいく。 その様子に一瞬ビクッとした道化面の女だったが、すぐに余裕に満ちた声色でぬえを馬鹿にし出した。 「無駄だよ、無駄! 飛ばされておしまいさ!」 確かに普通に向かって行けば、風に吹き飛ばされてるところだっただろう。 しかしぬえは地面に翼を突き刺すと、体を固定して少しづつ竜巻の中に入っていった。 「なっ……そんな!」 あれなら飛ばされずに、竜巻に近付く事が出来る。 このままでは竜巻の中心に入られてしまう。 慌てて弾幕を放ち、道化面の女はぬえを止めようとする。 だが突き刺していない翼を巧みに操り、ぬえは弾幕を弾き飛ばした。 そして遂にぬえは、暴風の中心の無風空間に辿り着く。 すると真上の道化面の女を指差し、いつものにやにや笑いをして飛び上がった。 「う、うわあああぁぁぁ! く、来るなああぁぁ!」 無風空間の中ならば、外の竜巻などお構いなしに自由に飛べる。 徐々に、にやにや笑いながら迫るぬえ。 それに道化面の女は必死に弾幕を放って、ぬえを撃ち落とそうとして来た。 しかし先程と同じように、翼ですべて弾かれてしまう。 やがてぬえは道化面の女のすぐ傍まで近付く。 同時に手を虎に変えると、飛び上がった勢いのまま道化面の女に突き刺した。 「ぐがあっ!?」 腹に食い込んだ一撃は、仮面の隙間から血を滴らせる。 だがぬえは更に追撃と言わんばかりに、6枚の翼を蛇に変えて来た。 「ま、待って! 命だけは助けて!」 その様子に、慌てて命乞いをする道化面の女。 「命って………貴方達、もう死んでるじゃない」 しかしぬえはきょとんとしてそう言うと、蛇を道化面の女の体内に潜り込ませ内側から喰い破った。 途端に消え去る竜巻の塔。 ぬえは動かなくなった道化面の女を放り捨てると、三叉槍を舐めてまたにやにや笑い出した。 「はい、おしまーい。じゃあご褒美を貰いに行きましょっと! にひひひひ!」 各門で行われた防衛線。 それも残るは此処、北門だけとなった。 「……何故だ! 何故当たらない!」 儀式面の女は大量のナイフを投げ、ナズーリンと星を攻撃する。 だがその攻撃は、すべて軌道がずれてかわされ続けていた。 「…………分からないのかい?」 その状況に焦る儀式面の女に、見下した態度でナズーリンは声をかける。 儀式面の女は強い殺気を放ち睨み付けるが、全く気にする事無くナズーリンは星の方を見た。 「星には財宝を集める力があってねぇ……本来はその通りの能力なんだけど、何とかと鋏は使いようと言うだろう。  この能力を応用すれば、財宝になり得る貴金属を好きな場所に吸い寄せる事が出来るんだ。  君のナイフも銀だろう? なら何百本投げようとも私達には当たらないさ」 「ナズーリン、貴方さりげなく私の事を馬…」 「言葉の綾だよ、星」 そう言ってナズーリンは、得意気に儀式面の女を見る。 儀式面の女は怒りで腕を震わせながらも、押し殺したような低い声で呟いた。 「……最初から……こちらの手を読んでいたのか」 「あっははは! 馬鹿みたいだねぇ、君は!」 途端に大声で嘲り笑うナズーリン。 そしてにやりと笑って、儀式面の女の問いに答えた。 「君達は門を壊して里に入って来る時に、最低でも一回は攻撃を繰り出している。  その攻撃の放つ気から本人がどれ程の力で放っているか、またどれ程の余力を残しているか。  最高出力及び能力の系統を調べる事は、さほど難しくはない」 「馬鹿なっ! 一発の攻撃だけで、しかも直接見ずにそこまで調べる事など…」 「出来るさ。気の波長から相手の能力を導き出す事など、子鼠達を介してでも造作もない事さ。  そして調べた結果、君達の能力は私達の誰かとそれぞれ相性が悪い事が判明した。  それさえ分かれば簡単さ。もっとも相性のいい相手をぶつけて、完封してやればいい。  気付かなかったかい? 刀に対し、明確な実体のなく斬れない雲の拳。  熱線に対し、爆発や熱源に強い水で出来た檻。奇跡に対し、不意を突きにくい正体不明。  すべて私の算段通りと言う訳だ。それからこれは、こちらの事情によるものだが君達の正体も調べさせてもらったよ。  本体は仮面、宿主はすでに死んでいる。仮面の主が裏で手を引き、死体を操っている。こんなところだね。  だがそれさえ分かれば十分さ。おかげでこちらは『殺し』をせずに君達を全力で叩き潰せる」 「あ、ありえん……」 「君は私を誰だと思っているんだ? 賢将の名は伊達じゃないぞ?」 そこまで話すと、ナズーリンは星に合図を送る。 するとそれまで黙っていた星は、凄まじい妖力を放ち始めた。 その妖力はジジジと音を立て、周囲の小石もカタカタと震え出す。 やがて星自信もバチバチと音を立て光り出し、そのまま光に包まれていった。 「……何を…」 「見てれば分かるさ」 光はどんどん大きくなり、輝きそのものも強くなっていく。 そして突然弾け光が治まると、そこにはバチバチと毛を逆立てる猛獣が鎮座していた。 「………ぁぁ……」 「ところで賢将が賢い将軍の事なのは知っているかい?」 そう言うとナズーリンは猛獣の上に飛び乗る。 途端に猛獣の背中から流れ出す霊力。 それはナズーリンに纏わりつくと鎧と兜へと変化した。 その鎧と兜が固定されてるか、キチンと確認するナズーリン。 確認が終わり問題がない事が分かると、高らかに薙刀を振り上げ大声を出した。 「さぁ、星! そして同胞達よ! 聖と聖の守りたい者の為に、共に戦おうじゃないかぁ!」 その言葉に賛同するように、何処に潜んでいたのやら次々と鼠の群れが現れる。 鼠達はナズーリンを囲むように陣を組むと、振られた薙刀を合図に一斉に儀式面の女に襲いかかっていった。 「くっ…! 鼠などに!」 そうは言っても、これだけの数の鼠に群がられれば一溜まりもない。 何とか動きを止めようと、儀式面の女は襲い来る鼠にナイフを投げる。 「星!」 「グオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!」 しかし猛獣、星が咆哮を上げるとナイフは近くの瓦礫に張り付いてしまった。 そこへ向かって来る鼠の大群。 「……ま、まだだ!」 だが儀式面の女は瞬間移動して、鼠の群れの突進を回避した。 「そう、君の能力は時間を止め移動する事だったな」 そのまま瞬間移動を繰り返し、儀式面の女は鼠をかわしつつナズーリンに迫っていく。 そして遂に星の足下まで、鼠に捕まる事無く辿り着いた。 「だが生憎、私に探し当てられないものは……ないっ!」 そう言って突如、薙刀を振り下ろすナズーリン。 そこには瞬間移動で現れたばかりの儀式面の女が立っていた。 「があっ! ば、馬鹿な……!」 不意を狙ったつもりが、逆に薙刀の一撃を喰らい怯む儀式面の女。 今の攻撃は明らかに、出た瞬間を狙って来た。 あんな一瞬で反応するのは、こちらの動きを読んでなければ不可能。 いや、そんな筈がない。 もしかしたら、たまたま適当に振り下ろしただけかもしれない。 そう考え儀式面の女は時間を止め、別方向から攻撃しようとした。 しかしナズーリンの薙刀は、今度も儀式面の女が出た瞬間に振り下ろされる。 偶然が二度も続くなど、そうそうある事じゃない。 相手は完全に、こちらの一手先を読んでいる。 読心術か、はたまた未来予知か。 いずれにせよ今の自分に勝てる相手ではない。 最早、儀式面の女には一旦逃げるしか手がなかった。 「逃がすか!」 だがナズーリンは追撃に走り出す。 勢いよく星の前に飛び降りるナズーリンに、咆哮を上げ能力を使う星。 その力を受けてナズーリンは、一気に加速し儀式面の女に迫っていった。 「ぐっ! おのれ! 裏切り者があぁ!」 そのまま逃げる儀式面の女に追い付くと、ナズーリンは薙刀を振る。 しかし儀式面の女は手に持ったナイフで薙刀の攻撃を弾き返した。 お互い両手を使い、相殺に終わったかのように見えた攻撃。 だがナズーリンは牙を剥くと、儀式面の女の腕に喰らい付き噛み千切る。 「ぐがああああぁぁ! あ、ありえん……この私が……」 更にそこへ後ろから走って来た星の牙が、儀式面の女に喰らい付こうとしていた。 「は、ははは……はーっはっはっは! 幻月様、万歳!!」 程なくして辺りに響く骨の砕ける音。 その音のすぐ傍でナズーリンは鎧を脱ぎ、じっと月の光る空を見つめていた。 「……この気……この禍々しい力……こいつらの主は私達が敵う相手じゃないと言う事か……」 里の中央広場、元々は避難場所だった地。 そこでは今、白蓮と幽香が激闘を繰り広げている。 幽香が拳を振るえば、白蓮はそれを華麗に受け流す。 熱線を放出すれば、手刀を振り真っ二つに切り裂いてみせた。 「………………」 そんな白蓮を、幽香は不快そうに睨み付ける。 別に攻撃が通らないから、機嫌が悪い訳ではない。 それより先程から白蓮が一度も攻撃して来ない事が、幽香にとっては不愉快なのだ。 妖怪なら未だしも人間に嘗められるなど、幽香のプライドが許さない。 幽香は白蓮をじっと睨みながら静かに、しかし強い殺気を放って口を開いた。 「なんでやり返さないの? 手加減のつもり?」 白蓮はそんな幽香の問い掛けに、そっと目を閉じる。 やがてゆっくり瞳を開くと、幽香をじっと見てこう答えた。 「ならば何故、貴方はそんなに辛そうな目をしているのですか? 貴方も本当はこんな事、望んでいないのではないですか?」 「!!」 その言葉に幽香は、わなわなと腕を振るわせる。 そして白蓮に向けて熱線を放出する構えを取ると、感情を露わにして大声を張り上げた。 「貴方に何が分かるって言うの! 何も知らないくせに勝手な事言わないで!」 途端に膨大なエネルギーが、白蓮目掛けて飛んで行く。 それを白蓮は手刀で切り捨て、幽香に真剣な眼差しで語りかけた。 「確かに私は何も知りません。だからこそ事情があるなら話してほしいのです!  何故戦わなければならないのか、お互いに話し合えば争いは避けられる筈なのです!」 幽香を説得しようと、一生懸命訴えかける白蓮。 だが幽香は歯を噛み締めると、近くの家に熱線を放とうと構え出した。 そこにいたのは逃げ遅れた小さな子供、恐らく騒動で親と逸れたのだろう。 子供は怪我をしたのか、頬を押さえながら怯えた目で幽香を見る。 このままでは無関係な子供が巻き込まれてしまう。 焦る白蓮に幽香は大声で怒鳴り付けた。 「何もかも綺麗事で済ませられると思ったら大間違いよ! 力がなければ、戦わなければ何も守れない!  貴方が私と戦おうとしなければ、里の人間が死ぬ事になるのよ!」 恐怖に怯え、子供はその場に座り込んでしまう。 間も無く熱線は放出される。迷っている時間はない。 白蓮は咄嗟に幽香の右腕を払い熱線の軌道を逸らすと、右手で腹目掛けて貫手突きを繰り出した。 「うぐっ!」 幽香の柔らかい腹に、深々と突き刺さる白蓮の右手。 堪らず幽香は口と腹を押さえて後退りする。 しかし尻もちを突くと、その場で咳き込み白蓮を睨み付けた。 「……何よ………出来るじゃない……」 「だ、大丈夫ですか? ………どうして戦わなければいけないのですか。  もっと他の方法でも守りたいものを守る事は出来る筈です」 「………甘いのよ、貴方。どんな理屈も圧倒的な暴力の前では意味を成さない。  貴方の力では、あの悪魔を止める事なんて出来やしないのよ」 「……三幻想が……絡んでいるのですね……」 「…………私はあの悪魔のおかげで強くなれた。だからあの悪魔には誰も敵わない事を誰よりも知ってる。  あの悪魔を、幻月を止められるのは三幻想だけよ。貴方達が足掻いたところで、どうにもならない。  従うしか………他に方法がないのよ………」 「………大丈夫です。私達には三幻想の一人、サリエル様が付いています。ですから貴方も…」 そう言って白蓮は幽香に手を差し伸べようとする。 だが幽香はふっと鼻で笑うと、真剣な眼差しで白蓮を見た。 「貴方は何も分かっていない。サリエルが味方? 違うわ、根本から間違ってる。あの女は、いえ三幻想は…」 「喋り過ぎよ、幽香」 ところがそこへ突如飛び込んで来る淡々とした声。 その声の主を探そうと、白蓮は辺りをキョロキョロとする。 「うぐあぁぁ!」 しかし悲鳴に驚き前を向くと、そこには巨大な鋏に腹を貫かれた幽香の姿があった。 鋏は大地にいつの間にか流れ出した、邪気の中から飛び出している。 その思わぬ事態に、口を手で覆う白蓮。 だが幽香は貫かれながらも、自身の後ろへと視線を向けた。 「な………」 「ぐっ………む、夢月……」 途端にその言葉に反応するかのように、幽香の背後に集まり出す邪気。 それは徐々に深い闇を作り出すと、その闇の中から白い仮面が姿を現した。 白い仮面は幽香の方を向くと、先程の淡々とした声で喋り出す。 「所詮は姉さんに捨てられたゴミクズね。まさか人一人殺す事も出来ないなんて。姉さんが失望するのも分かるわ」 「……くっ!」 「……………………」 しかし白蓮は、その仮面が何処か悲しそうな表情をしている事が気になっていた。 笑っているようで泣いている。 不気味だが同時に持ち主の心を現しているかのような仮面。 きっとこの仮面の主も、何処かで苦しんでいるのだろう。 白蓮はそんな事を思いながら、幽香の無事を心配している。 すると幽香に夢月と呼ばれた仮面の主は、大きな溜め息を吐いて呟いた。 「もういい。私の配下に雑魚は必要ない。貴方みたいなゴミクズは不用品よ」 「ま、待って! エリーは!? くるみは無事なんでしょうね!?」 そんな夢月に幽香は縋り付くように叫ぶ。 「…………………貴方、何を言っているの?」 「えっ」 だが帰って来た答えは、無情なものだった。 「私は貴方に命令を下しただけ。誰も従えば二人を助けるなんて言ってないわ」 「………そ、それじゃあ…」 「すぐに同じ所へ送ってあげる」 「………………む、夢月うううウゥぅぅぅううウウウううゥぅぅゥゥぅぅゥウううウうぅぅゥゥぅ!!」 夢月の言葉に、この世のものとは思えない凄まじい叫び声を上げる幽香。 その瞳からは真っ赤な涙が流れ出していた。 しかし夢月は淡々とした口調を崩さない。 「耳障りよ。少しは姉さんを楽しませてから死になさい」 そして鋏から大量の邪気を噴き出させると、幽香の体内に流し込んでいった。 「が、あぐっ……ぎ………ギやあアアァァぁああぁァぁぁァあアアアあアアぁァァァ!!」 夥しい量の邪気に体を侵食され、幽香は悲鳴を上げ苦しみ悶える。 だが夢月はそんな事はお構いなしに、どんどん邪気を流し込んでいった。 次第に邪気は体中に溜まり、内側から透けて幽香の肌をどす黒く染める。 更に行き場を失った邪気は幽香の体を乗っ取り、強制的に巨大化させていった。 「……………これは……」 止めどなく溢れる大量の邪気は、幽香をどんどん巨大化させていく。 それは家よりも門よりも高くなっても、尚治まる気配を見せない。 やがてようやく巨大化が止まると、幽香は四つん這いになって白蓮を睨み付ける。 その姿は数百mはありそうな、どす黒い巨人と化していた。 「それだけの質量があれば、雑魚でも少しは戦えるでしょ? 花らしく最期くらいは姉さんを魅せなさいよ」 そう言い残して消えて行く白い仮面。 残された白蓮は、巨大な幽香を前に茫然としていた。 「さすがに……私もどうしたらいいのやら………あの、幽香さ…」 「グガアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!」 邪気に乗っ取られた幽香に、もうまともな会話は成立しない。 ただ内側から、邪気の思うがままに操られ暴れ狂うのみ。 最早戦って倒すしかないが、この大きさの相手にどう立ち向かうべきか。 しかし幽香はそんな立ち尽くす白蓮に、一切の躊躇なく手を振り下ろして来た。 「!!」 あんな巨大な一撃を受ければ、簡単に潰されてしまう。 白蓮はすんでのところで攻撃をかわし無事、事無きを得る。 だが地面を叩いた衝撃で地響きが起こり、同時に襲いかかった突風が白蓮を吹き飛ばしてしまった。 「あ〜れ〜」 「聖!」 そこへ飛んで来て、白蓮を受け止める村紗とぬえ。 「姐さん! こっちは終わったわ! 里の人達も慧音達が集め直してる!」 「どうやらあとは、こいつだけみたいだ。で、これは何がどうなってるんだ?」 更に一輪と星とナズーリンも合流し、命蓮寺のメンバーが一ヶ所に集まった。 「それが……夢月という方が幽香さんをあんな姿に……」 「これはまた……近くで見ると尚更デカい」 「そして黒いです」 「で、エロい」 「君達は何を言ってるんだ」 「さすがに雲山も、あれに対抗出来るような大きさと密度になるのはちょっと……」 「さて、どうしたものかねぇ」 「あーあ、もう帰って飴舐めたい。……ってあれまずいんじゃない!?」 「へ?」 ぬえの言葉に、幽香の方へ振り向く命蓮寺のメンバー達。 そこには白蓮達を狙って、幽香が熱線の放出準備を始めていた。 あの巨体から熱線が放たれれば、自分達はおろか里も一瞬で吹き飛んでしまう。 何とか放出前に止められないかと、命蓮寺のメンバー達は慌て出した。 「と、兎に角攻撃だ! 何か怯ませられるような攻撃を…」 「ダメ! 全然効いてない!」 「錨、沈める!? 船なら止まるわよ!?」 「船止めてどうするんだ! 攻撃を止めるんだよ、攻撃を! ぶつけろ!」 「うっしゃー! イヤッッホォォォオオォオウ!! ………効いてない……」 「じゃあ私は攻撃を正体不明にする!」 「分からなくしてどうするのよ!」 「ううー! 一輪が殴ったー!」 「そんな事してる場合か!」 「ナズーリン、熱線が………」 「えっ? ………あ」 しかし健闘虚しく放たれる熱線。 その凄まじい閃光が、白蓮達に襲いかかって来た。 『う、うわぁー!』 「ギャーギャー五月蝿いわね……おちおち寝てもいられないわ」 ところがそんな面々を、冷たい風が吹き付ける。 同時に白蓮達の前に、突如現れる真っ赤なカーテン。 それは膨大なエネルギーの熱線を、いとも容易く防ぎ切る。 そしてバラバラに飛び散ると、その影にいた女性の姿を露わにした。 「あ、貴方は……」 「まったく……この時期はナーバスになってるのに……」 その女性とは秋 静葉、八百万の神の一柱にして紅葉の神。 真っ赤なカーテンの正体は、静葉が巻き起こした落ち葉の壁だったのだ。 静葉は白蓮達に背中を向けたまま、囁くように話しかける。 「それで……私はあの騒がしいのを、どうにかしたいんだけど……問題ないでしょ?」 「いや、そりゃやってくれるなら嬉しいけど…」 「なら問題ないわ」 そう言うと静葉は幽香に向かって飛んで行った。 「姉さん、ファイトー!」 その後ろ姿を妹の秋 穣子は、張り切って応援して送り出す。 そんな穣子の応援に、静葉はそっと親指を立てた。 「貴方は戦わないのね……」 そのまま幽香の頭目指して、どんどん静葉は飛び上がっていく。 「グギャアアアアアアアァァァァァァァ!!」 だが幽香もただでは近付かせてくれない。 腕を大きく振りかぶると、静葉を薙ぎ払おうと一気に手を振りかざして来た。 「あ、危ない!」 「鬱陶しいわねぇ……邪魔よ」 しかし静葉は動揺する事無く、大量の落ち葉を自分の周りに集め出す。 それを突き破る幽香の手。 だがそこには静葉はおらず、落ち葉だけが風に乗ってひらひらと舞い出した。 では肝心の静葉は何処へ行ったのか。 その答えはなんと、振り終えた幽香の手の上だった。 静葉は足場代わりの手を思いっきり蹴り、再び空中に飛び出していく。 そして一気に飛び上がると、遂に幽香の額へと辿り着いた。 しかし静葉は幽香の眉間を人差し指で突いただけで、降りて来てしまう。 だが静葉が地面に降り立つと、幽香の体に異変が起こり始める。 「グ……ガ………アアア……」 なんと静葉に突かれた部分が、木の幹のように木質化していたのだ。 木質化は徐々にその範囲を広げていき、全身に広がっていく。 すると静葉は戦闘で散らばった落ち葉を集め、空高く巻き上げ始めた。 まるで真っ赤な龍のようになり、空に運ばれていく無数の落ち葉。 それはやがて霊力による制御を失い、空中で四散する。 その落ち葉は風に揺れてひらひらと舞いながら、ゆっくりと鮮やかに地面に落ちていった。 「終焉こそ我が喜び、散りゆく花こそ美しい。さぁ、降り注ぐ紅の雨の中で眠るがいい」 そう言うと静葉は一枚だけ手に持った落ち葉を放し、穣子達の許へと歩いて行く。 その後ろでは全身に木質化の広がった幽香が、何枚もの落ち葉に包まれ物言わぬ樹木と化していた。 「カッコいい! カッコいいよ、姉さん!」 目をキラキラさせながら、穣子は静葉を出迎える。 里を襲って来た者達は全員倒された。 それに星もほっと胸を撫で下ろし、穏やかな表情を浮かべて白蓮に話しかける。 「とりあえず脅威は去ったみたいですね………あら?」 しかし白蓮は悲しそうに、そっと幽香に手を合わせていた。 「……出来る事なら話し合いで解決したかったです。どうか安らかにお眠りください」 襲って来た相手の為に手を合わせるなんて、おかしな奴だと言う者もいるかもしれない。 だがそれが、白蓮が様々な人や妖怪に好かれる所以でもあるのだ。 「別に死んだ訳じゃ…………ん?」 そこへ何処からか聞こえて来る拍手の音。 その場にいた全員が、音の主を探し始める。 すると半壊した家屋の屋根の上に、エリスが腰かけて手を叩いていた。 「いや、お見事。いいライヴだったよ。ただ私の趣味じゃあないけどね」 「エリスさん………貴方、今まで何処に…」 「ただの野暮用さ」 白蓮の質問をはぐらかし、エリスは家屋から飛び降り白蓮達の前に降り立つ。 そこへやって来る慧音と妹紅。 二人はその場にいる者達の顔を見ると、走って来て荒くなった呼吸を落ち着かせて口を開いた。 「侵入者はどうなったんだ?」 「私達が全員倒しちゃったよー」 「そうか、こっちも何とか全員無事だ。怪我人はいたが、死者は出ていない」 「そいつはよかったねぇ! 大団円じゃないか!」 そう言って楽しそうに、エリスは星のステッキをくるくる回す。 そんなエリスに、命蓮寺のメンバー達は次々と不満を口にし出した。 「貴方、里が危ないって時に野暮用って…」 「それで誰か死んだの? 今、誰も死んでないって言ってたじゃないか。私が出る幕はなかったって事だよ」 「結果論じゃない? それ」 「あんた達から見たらね。私は最初から、あんた達ならやれるって思ってたよ?」 「聞こえはいいですが、要するに助ける気など最初からなかったと」 「やだなぁ、そんな事どうだっていいじゃん。終わりよければすべてよしだよ。あんた達、真面目すぎ。クラシックだよ」 「………クラシック?」 「そう、お上品なクラシック。いい演奏だ。感動的だな。だが綺麗過ぎる。もっとロックに行けないかなぁ。  私だったら幽香が攻撃して来た段階で、殺すよ」 「なっ!」 「だって敵だよ? 何を躊躇う必要がある。それとも敵を殺すのに、特別な理由が必要なのかい?」 「……あんた…」 「考え方の違いって奴だよ。私は私のロックを貫く。だから私のやり方が気にいらないなら、私に頼らないようにしな」 するとエリスはステッキをしまい、何処かへと歩いて行く。 その途中ナズーリンの傍を通る瞬間、そっとナズーリンのポケットにある物を入れ耳元で囁いた。 「あんたは何処となく他の連中とは違う、ジャズなソウルを感じるよ。  だからこいつは私からのプレゼント。もし聖を殺したくなったら、こいつを使いな」 「!!」 その言葉に殺気を放って、ナズーリンは振り返る。 しかしエリスは何事もなかったかのように、別れの挨拶代わりに片手を上げて歩いて行ってしまった。 それを見て慌ててポケットの中身を確認するナズーリン。 そこには小さなビンに入れられた、真っ赤な液体が入っていた。 「………………」 ナズーリンは歯を食い縛り、ビンを投げ捨てようとする。 だがもし空気感染する細菌だったりしたら、不用意に開けるのは危険だろう。 それに毒なら他の活用法もあるかもしれない。 そう考えナズーリンは、そっとビンをポケットに戻した。 「あの女……一体、何が狙いなんだ?」 里へ襲いかかって来た仮面の者達。 その裏で手を引いていた夢月は、夢幻塔の最上階で白い仮面を介して戦況を確認していた。 やがて被っていた白い仮面を外すと、幻月の方へと振り向く。 その幻月は退屈そうにロッキングチェアに座って、ゼンマイ式の蟲の玩具で遊んでいた。 「幽香が負けたわ」 「窓から見りゃ分かる。それにあんなゴミクズに殺られる人間じゃないでしょ」 夢月の報告に、幻月は興味なさげにロッキングチェアを揺らす。 そこへ一羽の小鳥が窓から入り込み、幻月のすぐ傍でさえずり始めた。 「ピーチクパーチクうぜえんだよ!」 そんな小鳥に、幻月は高速の弾幕を放つ。 弾幕は見事に命中すると、小鳥を跡形もなく消し飛ばしてしまった。 「鳥は嫌いなのよ」 そう言って幻月は、蟲の玩具をポケットにしまい立ち上がる。 そのまま部屋の出口へ向かって行く幻月に、夢月は相変わらずの無表情で話しかけた。 「姉さん、何処へ?」 「決まってるでしょ〜? 里に遊びに行くのよ」 すると幻月はそっと手を上げ、三人の妖怪を呼び出す。 途端に現れた三人の妖怪は、幻月の前に跪いた。 「あんた達は矜羯羅の所行って、喧嘩吹っ掛けて来なさい。どうせそうでもしないと動かないでしょうからねぇ。  ただし博麗の巫女がいない時にするのよ。あいつは私が直々に、じわじわ時間をかけて嬲り殺す!」 幻月の言葉を受け、三人の妖怪は一斉に飛び出していく。 その後に続くように、幻月は気味の悪い笑みを浮かべて部屋から出て行った。 「さぁ夢月、行きましょ。本当に面白くなるのは、これからよ。キッヒヒヒッ!」 里で数々の戦いが繰り広げられていた丁度その頃、霊夢は中有の道を突き進んでいた。 地獄までの道のりは遠く、もう数時間は飛び続けている。 やがてようやく見えて来る三途の川。 そこでは凄まじい弾幕勝負が行われていた。 「………何してるの?」 「れ、霊夢! やっぱり来てくれたわね! 力を貸してくれない!?」 「高いわよ」 「今はそれどころじゃない!」 弾幕勝負を挑んでいたのはパチュリー・ノーレッジと、その使い魔である小悪魔。 対して待ち構えるのは、 「霊夢、まさか貴方まで地獄に入ろうなどと考えてはいないでしょうね」 幻想郷の閻魔、四季 映姫その人だった。 「困ったわ。パチュリーに協力する理由が出来てしまった」 「生者が閻魔の許可もなしに、地獄に行こうなど言語道断! そう、貴方達は少し身勝手過ぎる。  物事には順序があり、人はやがて朽ち果てるもの。貴方達も自然の流れに従い、死した時に地獄を訪ね…」 「それじゃあ遅すぎるのよ!」 「………ならば言う事は決まっています。即刻、立ち去りなさい! 此処は生者の来るべき地ではありません!」 そう言って映姫は霊気を発し、霊夢達を威圧する。 「そうはいかないわ。異変を放置するのは、博麗の巫女の尊厳に関わる。邪魔するなら閻魔でも容赦しないわよ」 しかし霊夢も負けじと、映姫に祓い棒を向け身構えた。 お互い一歩も引かぬ様子で、じっと睨み合う霊夢と映姫。 「止めぬか、戯けがっ!」 ところがそこへ謎の声が響く。 同時に突如、空中に小さな月のようなものが現れた。 「………何処かで見た事あるような……」 その光景に霊夢は小首を傾げる。 だが他の者達は緊張した面持ちで、その月をじっと見つめていた。 やがて月の内側から、すり抜けるようにして女性が上半身を出して来る。 その女性は霊夢を見ると、手に持った扇子で口を覆いながら言葉を紡ぎ出した。 「霊夢か、久しいのう。もう会う事もないかと、思うておうたぞ」 「貴方は確か…」 「菊理媛様!」 すると映姫が二人の間に、割って入って来る。 そしてその女性、菊理の前で必死に頭を下げ始めた。 「申し訳ございません! すぐにこの者たちを追い返し…」 「よい。頭を上げい、ヤマザナドゥ」 「し、しかし…」 「妾がよいと言っておるのじゃ。何か不服か?」 「い、いえ! 滅相もございません!」 「ならば退いておれ」 「はい!」 そのまま映姫はのびている小野塚 小町を掴んで、裁判所の方へと飛んで行く。 残された霊夢とパチュリーと小悪魔は、凄まじい霊力を感じさせる菊理を前にたじろいでいた。 そんな霊夢達に、菊理はにこやかに話しかける。 「して霊夢よ。地獄に何の用じゃ? 事と次第によっては、手を貸してやらなくもないぞ?」 「え、ええ………実は私、矜羯羅に用があって…」 「霊夢!」 ところがそこで、突然パチュリーが声を張り上げた。 「何よ。貴方の用件は後にしてくれない?」 「そうじゃない! そうじゃなくて………」 霊夢の言葉に、パチュリーは顔を真っ青にしながら菊理の方を指差す。 何事かと霊夢が振り向くと、何やら菊理が手をわなわなと震わせていた。 やがて菊理は怒気を孕んだ静かに、されで恐ろしい声で言葉を紡ぐ。 「……今、何と申した……」 「………え?」 「今、何と申したと訊いておる!」 その怒号と共に、菊理は膨大な霊気を辺り一帯に放出した。 途端に周囲は滅茶苦茶になり、地面は捲れ上がり川は荒れ狂う。 その霊気は、霊夢達にも襲いかかっていった。 「ぐっ! ……こんな………気だけで……!」 まるで台風のような凄まじい霊気に、霊夢達は必死に飛ばされないよう耐え忍ぶ。 しかし菊理は怒りを露わにして、霊気を放出し続けた。 「事も有ろうに矜羯羅殿を呼び捨てとな!? いくらお主でも許しておけぬぞ、霊夢!  そもそも矜羯羅殿は地獄の最高管理者! お主等が容易く会えるような御方ではないわ!」 最早怒り心頭に発して、周りの事など見えていない菊理。 そんな霊気の嵐の中、霊夢はある事が気になり菊理に話しかけた。 「ちょっと待って! 私は矜羯羅…さんに会った事があるわ! あれは…」 だがそれが、余計に菊理を怒らせてしまう結果となる。 「戯けがっ! あれは妾の作った愛が…幻影じゃ! お主等が矜羯羅殿に会おうなど百万年早いわ! 出直してまいれ!」 「ちょっ………あああー!」 そして菊理は霊気を一気に放出すると、霊夢達を吹き飛ばしてしまった。 「ふん! ………………あの時は、よくも壊しおってからに……」 そのまま霊夢達は、中有の道へと落ちていく。 それを確認すると誰もいなくなった三途の川で、菊理は大きな溜め息を吐いた。 やがて菊理は地獄の門を作り出し、門を開いて二人の配下を呼び出す。 「魅魔、神玉。里に行きサリエルの配下を見張れ。泳がせておきサリエルが現れ次第、始末するのじゃ」 その言葉に応えるように、門の中から現れる菊理の配下。 「私にやらせるからには、やり方は私流でやらせてもらうよ」 足のない緑の長髪の女性、魅魔と 「承知いたした、菊理媛様」 陰陽師のような格好をした男性、神玉の二人だ。 二人は菊理の命を受け、霊夢達を通り越し勢いよく里へ向かって行く。 だが菊理は、そんな二人を訝しげな表情で見送っていた。 「………狸共め。お主等の考えなど、すべてお見通しよ。精々、妾の手の上で踊るがいいわ」 まさか裏でそんな事が起こっているとは知らずに、里では避難の為に次々と人が聖輦船に乗り込んでいく。 先程の襲撃を受けて、里の殆どの人間が避難が必要だと判断したのだ。 その様子を人数を数えながら見守る慧音と星とナズーリン。 そこへ荷車を押しながら、一人の男がやって来た。 「貴方は……」 「里が危ないと聞いて何か出来ればと思って来たけど……どうやら遅かったみたいだね」 男は香霖堂の店主をしている半妖、森近 霖之助だ。 彼は荷車を慧音達の前に止めて、荷台にかけたシーツを取る。 そこには幾つもの砲台などの武器が積まれていた。 同時に荷車の後ろから、数人の妖怪が姿を現す。 「それにしても……この惨状は酷いなぁ」 それは緑髪と触覚が印象的な蛍の妖怪、リグル・ナイトバグ。 「そこら中、滅茶苦茶ね……。犠牲者が出てないといいんだけど」 背中に大きな翼を生やした夜雀、ミスティア・ローレライ。 「うわー」 金髪に赤いリボンを付けた妖怪、ルーミア。 「人形は………無事なの?」 小柄で赤と黒のドレスを身に纏った少女、メディスン・メランコリーの四人だ。 彼女達四人は里での騒動を聞き、状況が気になり霖之助と共にやって来た。 しかし想像以上に荒れている里の姿に、全員思うところがあるようだ。 一方で慧音は荷台に並ぶ近代兵器の数々に驚く。 そして霖之助に近寄ると、真剣な眼差しでぎゅっと手を握った。 「いや、まだ何があるか分からない。今は少しでも戦力は多い方が心強い。  里を代表して、私から礼を言わせてもらおう。態々駆け付けてくれてありがとう」 「そんな……僕はただ武器を持って来ただけで…」 「……ふ〜ん、そっちとくっつくの」 その様子を何やらいい雰囲気だと、にやにやしながらミスティアは見守る。 そんなミスティアを余所に、リグルとメディスンは奇妙な形の大木と化した幽香の前に立った。 「幽香……」 もう幽香は何も語らないし、動く事もない。 だが死んだ訳じゃない。今も確かに此処にいるのだ。 そんな変わり果てた幽香の姿に、リグルとメディスンはそっと涙を流す。 その涙を拭くと二人は、幽香の前に花の種を植え去っていった。 「それじゃあね、幽香」 「また……会いに来るから」 「待ちなよ」 そこへ立ち塞がる星とナズーリン。 何事かとこちらを窺うリグルとメディスンに、二人は手を差し伸べた。 「君達も乗りなよ。そもそも命蓮寺は妖怪の為の寺だ。君達を拒む理由はない」 「幻想郷が戦場になれば、力の弱い妖怪は危険に曝されます。貴方達も共に避難を」 星とナズーリンの言葉に、リグルとメディスンはお互いに顔を見合す。 そして改めて二人の方を見て質問を投げ掛けた。 「いいの? 私達、妖怪がいると人間は嫌がるんじゃない?」 「何を言っているんですか。私達だって妖怪ですよ」 「………………」 するとリグルはミスティアとルーミアを呼び、話し合いを始める。 そのまま話し合う事、数十秒。 四人の中で話が纏まると、四人は星とナズーリンの方に振り向き答えを出した。 「じゃあお言葉に甘えさせてもらう事にするよ」 「戦闘の際は、微力ながら手助けするわ」 「私は……人形を守るだけ」 「わーい、船旅だー」 その言葉に、にっこりと笑って星は四人を聖輦船に案内する。 ナズーリンは、そんな妖怪達を見てふっと笑う。 やがて里の人間が全員乗り込んだのを確認すると、ナズーリン自身も聖輦船に乗り込んでいった。 「まるでノアの方舟だな」 その頃、聖輦船の内部では村紗が操縦席に座り発進準備に取りかかっていた。 幾つもの航海計器が光を放ち、村紗がボタンを押す毎に付いたり消えたりする。 そこへ一輪がやって来て、操縦席を覗き込み村紗に話しかけた。 「どう? 上手く飛べそう?」 「問題ない問題ない。ただ魔界に行くには高度が必要だから、聖に浮力を上げる準備をするよう言っておいてよ」 「分かった」 そう言って一輪は、操縦席を離れようとする。 だがふと思うところがあり、計器を弄る村紗に微笑みながら一言呟いた。 「随分、楽しそうね」 その一言に村紗はくすりと笑う。 そして振り返らずに計器の画面を見ながら、落ち着いた様子で返事をした。 「そりゃまぁ、船を動かすのは久しぶりだからね。船長としては腕がなるってもんよ!  …………本当の事を言うと、また皆で航海出来るのが嬉しいんだ。聖を助けに行った時みたいにさ。  やっぱり私は船が好きなんだよ。昔いろいろあったけど、また大海原を冒険したいって思ってる。  ……魔界に海はあるのかなぁ。あったら私、皆を乗せて舵を取りたい。  聖にも一輪にも皆にも、これが私なんだって………キャプテン・ムラサなんだって見せつけたいんだ。  そんで船の上でパーティをしよう。皆でわいわい騒いで楽しい宴にしよう。  全員生きて魔界に行って、無事を祝ってパーティをするんだ。そう考えたら、わくわくしちゃってさぁ」 一輪はそんな村紗の話を最後まで黙って聞き、にっこりと笑ってこう応える。 「海、あるといいわね」 そのまま白蓮に話を伝えるべく、一輪は操縦席を後にした。 一方で菊理に吹き飛ばされた霊夢達は、中有の道で暫し休憩を取っている。 凄まじい霊気の影響で、パチュリーは見た目以上に消耗していたのだ。 「……はぁ……はぁ……」 「大丈夫ですか? パチュリー様」 「平気よ、小悪魔。それより……早く戻らないと……」 「そんな体じゃ無茶ですよ」 「……ねぇ、いくつか訊いてもいい?」 しかし霊夢には先程から気になる事が山ほどある。 パチュリーを気遣う小悪魔には悪いが、何か知っているなら話してもらう他あるまい。 そんな霊夢の心情を察したのか、小悪魔は諦め気味に返事をした。 「……分かりました。では…」 「ダメよ、小悪魔」 だがその言葉を遮るパチュリー。 そんなに秘密にしたい事でもあるのだろうか。 霊夢がそう考え訝しげな表情を浮かべていると、パチュリーはふらふらと立ち上がり歩き始めた。 「話すなら……少しでも進みながらじゃないと……時間がないわ……」 しかしすぐにふらつき、倒れそうになってしまう。 すると小悪魔はパチュリーに慌てて駆け寄り、そっと支える。 そしてパチュリーが体勢を立て直すと、前に回りしゃがみ込んだ。 「おぶっていきます。乗ってください」 「………悪いわね」 「私は貴方の従者ですから」 「…………ありがとう」 「ぱ、パチュリー様ぁ!?」 「どうしたの? 顔が赤いわよ」 「だ、大丈夫です! 行きますよ、霊夢さん!」 小悪魔はパチュリーをおぶると、そう言って元気よく走り出す。 霊夢もその後に付いて行き、里を目指して飛んで行った。 その途中、霊夢は小悪魔に問い掛ける。 「……それで訊きたい事なんだけど、菊理は一体何者なの? あの映姫に命令するなんて、ただ者じゃないみたいだけど」 「え? 霊夢さん、菊理媛が誰だか知らないんですか?」 「何よ」 霊夢の質問に唖然とする小悪魔。 そんな彼女を、不機嫌そうに霊夢は睨み付けた。 途端に小悪魔は霊夢から目を逸らし、呟くような声で話を続け出す。 「……菊理媛は地獄の獄卒達を束ねる獄卒長。閻魔とは直接の上下関係こそありませんが、遥かに格上の相手です。  元々地獄の神ではなく、大昔に現れ実力で伸し上がったそうです。何でも前獄卒長を、傷一つ負わずに退けたとか」 「………そんなとんでもない奴だったのね……」 「どうも地獄王、矜羯羅に特別な感情を抱いているそうです。それで矜羯羅に対する言葉には酷く敏感なところが……」 「ああ……それで」 「……こんな筈ではなかったのですが……元々望みは少なかったですけど」 「そうよ。貴方達は何をしようとしてたの」 そこで思い出したように、霊夢は小悪魔に問い掛けた。 その言葉に小悪魔がパチュリーの方を向くと、パチュリーは無言で頷く。 それに応えるように頷き返すと、小悪魔は霊夢の顔を見て話し出した。 「私達は三幻想の一人である、矜羯羅に動いてもらおうとしたんです」 「……何故?」 「…………その様子だと三幻想の事は知っているようですね。では能力については?」 「……力、無限、狂気。そこまでなら……」 「それで十分です。………何か気付きませんか?」 「…………………!! まさか…」 「そうです。三幻想の能力は三竦みになってるんです。  力はあらゆる者を屈服させるが、無限は不死身故に何度倒しても立ち上がる。  無限は如何なる攻撃でも死ぬ事はないが、狂気に蝕まれてしまえば不死も無意味。  そして狂気はすべての者を狂わすが、圧倒的な力の前では成す術なく倒されてしまう。  この三竦みの関係こそが三幻想と関わる上で、もっとも重要なんですよ。  今、幻想郷には幻月がいます。それによりサリエルの配下である魔界の住人も数名、里にやって来ました」 「待って。何故サリエル達が来るの? 狂気に無限は相性が悪い筈でしょ?」 「………サリエルの目的は私には分かりません。何らかの勝算があるのか、それとも戦わなければならない理由があるのか。  ただしエリスには気を付けてください。あの女は人間を助けるつもりなんて、これっぽっちもない」 「……どうしてそんな事が分かるの」 小悪魔の確信を持った口振りに、疑問を抱く霊夢。 すると小悪魔はくすりと笑い、笑みを浮かべて口を開いた。 「何言ってるんですか。私もエリスも悪魔ですよ? 魔界じゃ一時とはいえ仲間だったんですから」 「………一時?」 「そう、あの女は姉妹を二度裏切った」 途端に先程までとは一変、冷たい目をして小悪魔は続きを話す。 「霊夢さんは悪魔がどうして生まれるか知ってますか? 吸血鬼や魔女ではなく、魔界の種族としての悪魔が」 「…………………」 「悪魔って言うのは、魔界のルールを破り禁忌を犯した魔界人の事なんです」 「ルールを……破った?」 「そうです。魔界の神が決して破ってはいけないとした、最大の禁忌」 そこで小悪魔は牙をチラつかせて、にやりと笑った。 「私達は人間や魔界人の魂を喰ったんです」 「………………」 その言葉を緊迫した面持ちで霊夢は聞く。 小悪魔はそんな霊夢を見ると、真面目な表情で再び話し始めた。 「元々魔法に長けた素質を持つ魔界人、それが別の魂を取り込めば力は更に増す。  ですが強大な力と引き換えに、魔界人は悪堕ちし悪魔となるのです。  私達、悪魔となった者は罰せられる。大抵の場合は力を封じられますが最悪の場合、創り直される事も……。  ですから私達は独自の組織を築き、契約者を探し魂を集め力を高めていたんです」 「貴方、弱いじゃない」 「…………余計なお世話です。まだ良質な魂に巡り合えていなかったんですよ。……今となってはどうでもいい事ですが」 そう言うと小悪魔は小さく溜め息を吐く。 そして今度は歯を食い縛り、苛立った表情を見せた。 「ですがエリスは悪魔となり組織に所属しておきながら、仲間を裏切りサリエルにアジトを密告したんです。  そしてあの女は、まんまとサリエルの配下となった。何人もの仲間が捕まったって言うのに!  あの女は自分の利益の為なら仲間も簡単に切り捨てる、そういう女なんですよ!」 声を荒らげて小悪魔はそう叫ぶ。 だが霊夢は極めて落ち着いた様子で、冷静に小悪魔に問い掛けた。 「エリスの事は分かったわ。それで矜羯羅を呼び出そうとしてたのは何故?」 「……………貴方が振ったんじゃない……」 ぼそりとそう呟く小悪魔。 すると小悪魔の背にいたパチュリーが、ゆっくりと口を開いた。 「それは私から説明するわ。三幻想は自分が苦手とする相手を潰そうと動いている。  潰す目的はそれぞれ違うけど、それだけは全員変わらないわ。  ……もっともサリエルを狙っているのは、矜羯羅ではなく菊理だけど。  だから私達は矜羯羅と交渉し、サリエルではなく幻月を倒してもらおうと思ったの。  ……でもそもそも菊理が通してくれる筈ないわよね。菊理は個人的にもサリエルを敵視しているし。  でもサリエルが何を考えてるか分からなくても、幻月を放置するのが一番危険なのよ」 「………エリスも言ってたわね。そんなに危険なの? 幻月は」 その言葉にパチュリーは、身を乗り出し霊夢に近付く。 そのまま下で慌てる小悪魔を余所に、真剣な面持ちで言葉を紡いだ。 「私達は幻月がやろうとしてる事を知ってる。幻月の目的、それはねぇ  幻想郷の消失。つまり霊夢、貴方を殺して博麗大結界を破壊する事よ」 その頃、里では脱出の準備が終わり聖輦船は魔界に向けて動き出そうとしていた。 白蓮は聖輦船の甲板に立ち、その時を静かに待っている。 「結局サリエル達は見つからなかったわね」 そこへ訪れる静葉と穣子。 二柱は白蓮の斜め後ろに立ち、甲板からの風景を眺める。 「はい。………しかし次の襲撃がいつ来るか分からないので、避難を優先させる事にしました」 そんな二柱に、白蓮は申し訳なさそうに笑いかけた。 「いいと思うわ。エリスも自分達を頼るなと言っていたし、本当に避難を呼び掛けるだけなのかもしれない。  それにサリエル達は魔界からやって来た。態々待たなくても、自力で帰れる筈よ」 静葉はそう言って白蓮に微笑みかける。 すると聖輦船中に、村紗の声でアナウンスが入った。 『お客様、当船は間も無く出港いたします。衝撃…はありませんが、一応気をつけてお待ちください』 そのアナウンスの直後、ふわりと浮かび出す聖輦船。 揺れもなく、少しづつ高度を上げていく。 やがてある程度の高度に達すると、大きな霧笛を鳴らし前に進み出した。 「…………霧笛なんて付いていたでしょうか?」 「ああ、私が付けたの」 白蓮の疑問への答えと共に、一輪は船内からやって来る。 後ろには大きな飴を舐めながら、ぬえも一緒に付いて来ていた。 「村紗が楽しそうだったから、つい………まずかった?」 「いえ、構いませんよ」 「にひひ! 聖は太っ腹だもんね!」 「あんたは調子に乗るな!」 「うあー!」 そんな一輪とぬえのやり取りに、静葉と穣子もくすりと笑う。 「仲がいいのね」 『何処がー!』 それに二人揃って反論した瞬間、突然村紗のアナウンスが聖輦船中に響き渡った。 『緊急事態発生! 緊急事態発生! 前方に空間の歪みを発見! これより旋回する! 総員衝撃に備えよ!』 どうやら何か問題が発生したようだ。 同時に大きく揺れ動く聖輦船。 白蓮達は振り落とされないように、必死に手すりにしがみ付いた。 そして白蓮達の目の前で、突如開く巨大な空間の穴。 その中から、これまた巨大な戦艦が姿を現した。 「……こ、これは一体……」 幻想郷ではありえない規模の巨大戦艦に、茫然とする白蓮。 その巨大戦艦内部には、数人の女性が乗り合わせている。 男装の女性に、三つ編みおさげの少女。白衣の女性に着物の女性、更に唾の広い帽子の少女。 そんな巨大戦艦の操縦席に座る少女は聖輦船を見つけると、楽しそうに中央の椅子に座る女性に話しかけた。 「空間移動成功! 目標確認! 御主人様、噂の小舟だぜ!」 「ええ、よくやったわ。……さて魅魔、取り引きの内容を確認するわよ。  私は妖怪を捕まえ、私達の世界に連れて行きたい。貴方は魔界の住人を襲い、サリエルとかいうのを誘き寄せたい。  その両方が乗り合わせている、あの船を襲えばお互いの為になる。それでいいのね?」 そう言って話しかけて来る女性、岡崎 夢美に魅魔はにやりと笑い返事をする。 「ああ、あんた等の好きに暴れてくれて構わないよ。こっちはサリエルさえ出てくりゃ、何でもいいからねぇ」 その言葉に船内は賑わい、活気付き始めた。 「ふっふっふ、遂に学会に私の力を見せる時が来たようね。さぁ、ちゆり! 派手なの一発お見舞いしなさい!」 「了解!」 すると先程楽しそうにしていた少女、北白河 ちゆりはノリノリで運転席のレバーを引きボタンを押す。 途端に巨大戦艦、可能性空間移動船からエネルギー砲が飛び出しレーザーを放って来た。 「あ、危なっ!」 それを村紗は舵を取り慌ててかわす。 そこへ戦艦からスピーカーを使い、夢美は大声で呼び掛けて来た。 『あー、そこの小舟。私は比較物理学科教授、岡崎 夢美。  貴方達の中に妖怪及び魔法使い、魔界人がいる事は分かっている。素直に投降せよ。さすればこれ以上の攻撃はしない』 その夢美の言葉に、ざわめき出す聖輦船内。 しかし村紗はマイクを取ると、これまた大声で夢美に反論した。 『それは出来ない! この船は法力で飛んでいる! 飛倉を扱えない人間だけでは、墜落してしまう!』 『なら大人しく撃墜されなさい』 だが夢美はそう言い、そちらの事情などお構いなしと言わんばかりに攻撃して来る。 まさに絶体絶命の聖輦船。 ところがその時、突然聖輦船からレーザーが放出され可能性空間移動船を攻撃した。 「な、何事ですか!?」 本来、聖輦船には攻撃能力はついていない。 まさか一輪が霧笛と一緒に、何か付け加えたのだろうか。 そう考え白蓮は、レーザーの射出口を探す。 そんな白蓮の耳に届く静葉の声。 「…………!! あいつよ!」 それに反応して静葉の指差す方を見ると、そこには聖輦船にへばり付く5つの目玉があった。 5つの目玉、幽幻魔眼は可能性空間移動船目掛けて5本のレーザーを放つ。 可能性空間移動船がそれに対抗するべくレーザーを撃つと、お互いにぶつかり相殺された。 「あれは……一体……」 「待たせたね!」 そこへ砲台を動かしながら霖之助が現れる。 そのまま砲台を船の縁に付けると、照準を合わせトリガーを引き砲撃を放った。 更に他の妖怪達も砲台と共にやって来る。 やがて船の縁は砲台で埋まり、次々と砲弾を撃ち出していった。 「………兵器で私に敵うと思ってるの?」 しかし夢美からしてみれば、この状況は面白くない。 目的が達成出来ないのもそうだが、何より魅魔に嘗められるのは癪なのだ。 上から目線の魅魔の事だから、こちらが苦戦していればそれだけ付け上がる。 他人に馬鹿にされるのは、教授としてのプライドが許さないのだ。 夢美は中央の椅子に腰かけたまま頬杖を突くと、他の乗組員に声をかける。 「総員かかれ! 抵抗勢力を叩き潰してしまいなさい!」 その言葉を受けて、五人の乗組員が操縦席から飛び出していった。 うち三人は階段を駆け上がり甲板へ、うち二人はスロープを下り格納庫へ急ぐ。 そして三人側が甲板に辿り着くと、三人のうちの一人がスナイパーライフルを取り出し甲板に付けた。 その女性はスナイパーライフルを固定し、砲台を狙って引き金を引く。 途端に放たれた弾は、レーザーの嵐を掻い潜り砲台に命中。 中の電子機器を綺麗に撃ち抜き爆発させた。 「ぐっ……一つやられた!」 隣で爆発した砲台を見て慌てる霖之助を余所に白衣の女性、朝倉 理香子は更なる標的へと照準を合わせる。 照準が次の砲台に合うと同時に放たれる弾。 だがその弾は、聖輦船を守るように舞い上がった落ち葉によって防がれた。 「静葉さん!」 「防御は任せて!」 その落ち葉の主である静葉は、更に落ち葉を操り理香子の弾から船を庇う。 何発撃ち込まれようとも、次々に防ぎ切る無数の落ち葉。 それを見て理香子は舌打ちをし、ぶつぶつと小声で呟き始めた。 「………どいつもこいつも、くだらぬ力ばかりを……」 「退いて退いて〜」 そこへ理香子を押し退けて、三人のうちの一人が打ち揚げ筒を手にやって来る。 打ち揚げ筒を持つ着物の女性、小兎姫は花火の玉を作り出すと打ち揚げ筒に入れて撃ち出した。 「た〜まや〜」 打ち揚げ筒により撃ち出された玉は、夜空を空高く昇っていく。 やがて空中で爆発し無数の火の粉となると、聖輦船目掛けて大量に降り注いでいった。 「くっ!」 静葉ご自慢の落ち葉の盾も、炎が相手では役に立たない。 止むを得ず退く静葉。 それに代わって妹紅が飛び上がり、無数の花火弾幕に向かって行く。 「炎は任せろ!」 そして勢いよく炎を燃え上がらせると、自身の炎と花火の火の粉をぶつけて消し飛ばした。 それを見た小兎姫は、うっとりした表情を浮かべる。 「ああ、今の炎いい……美しいわ。やっぱり弾幕は美しくなくちゃ。でも私の弾幕は、もっと美しい。  あの円形に広がる炎の輝きは芸術的かつ官能的であり非常にエクスタシーなその美しさは数字で表すなら  3.14159265358979323846264338327950288419716939937510  58209749445923078164062862089986280348253421170679…」 「あんたは大人しく帰ってなさい」 「は〜い」 そのまま小兎姫は理香子の言葉を受け、船内へと入っていった。 代わりに大きな手荷物を投げ、三人の最後の一人が勇ましく立つ。 手荷物の中からはバラバラのドラムセットが飛び出し唾の広い帽子の少女、カナ・アナベラルの周りに浮かび出した。 「私の弾幕は激しいわよ」 そう言うとカナは、撥を霊力で操りドラムを叩きまくる。 すると音に合わせて、上空から凄まじい量の弾幕が落ちて来た。 弾幕は真っ直ぐ聖輦船を狙って、まるで隕石のように降り注いでいく。 いや、量を考えればむしろそれは流星群に近かった。 「な、何だよありゃあ……」 「さすがに……数が多すぎるわね」 その膨大な量の弾幕に、静葉と妹紅も思わずたじろぐ。 そんな二人を追い越して、四人の妖怪が空の弾幕目指して飛び上がっていった。 「数が多いなら皆で戦えばいい!」 「此処は私達が受け止めるわ!」 リグルは蟲、ミスティアは音、ルーミアは闇、メディスンは毒の弾幕で無数の弾幕相手に立ち向かう。 勇敢に戦いを挑む彼女達の姿を見て、静葉と妹紅も負けてられないと弾幕を放ち始めた。 そこへ船内に戻った小兎姫により、可能性空間移動船の縁に並べられた打ち揚げ筒が一斉に花火弾幕を撃ち出す。 「あっちは私がやる。静葉はリグル達の援護を頼む」 「分かったわ」 妹紅はそう言うと、花火の群れへと炎を纏って突っ込んで行った。 空を飛ぶ二つの船体。 その間を飛び交う砲弾とレーザーの嵐。 花火が撃ち上がり隕石が降り注ぐと、それに対抗して炎と落ち葉が宙を翔ける。 幻想郷の空で起こる激しい攻防。 その凄まじい光景を、白蓮は茫然と眺めていた。 「…………何故こんな……」 相手を見れば、乗組員は半分以上人間に見える。 何故人間と戦わなければならないのだろうか。 何故それほどまでに、人は妖怪を拒むのだろうか。 すべての生物は等しくこの地に産まれ落ちた仲間だと言うのに。 「私が……寺にいた頃と、人間は変わっていない……」 そっと人知れず涙を流す白蓮。 しかしふとある事に気がつくと、慌てて船体の方へと振り向いた。 「船が……揺れていない?」 今まさに戦闘中の聖輦船。 だがその船体は、目的地に真っ直ぐと飛び続けていた。 本来、回避行動を取るなどで多少の揺れは生じる筈。 しかし今の聖輦船は、相手の攻撃に全く反応せずに突き進んでいた。 それがつまり何を意味するか。 「まさか……」 この船は自動操縦に切り替わっている。 白蓮は咄嗟にそう判断した。 そして戦闘中に自動操縦に切り替える理由。 それは操縦席で何らかのトラブルがあった以外、考えられない。 「村紗……?」 嫌な予感が脳裏を過ぎり、白蓮の頬を冷や汗が伝う。 だがそこに何処からともなく、刃が振るわれ白蓮に襲いかかって来た。 「!!」 しかし白蓮はギリギリのところで、刃の射程から離れてかわす。 同時に跳びながら体を捻り、刃の主へと振り返った。 だがその刃の主の姿に、白蓮は驚愕する。 「な、何故………」 それは刃の主が、二本の薙刀を手に持つナズーリンだったからだ。 ナズーリンはにやりと笑うと、白蓮に向かって薙刀を振るった。 白蓮はその攻撃をかわしながら、必死にナズーリンに話しかける。 「どうしてですか! 何故このような事を!」 しかし白蓮の問い掛けに応えたナズーリンの言葉は、あまりにも予想外のものだった。 「………聖………聖なのか……?」 「ナズー……リン?」 「……そうか………私は……聖と戦っているんだな……」 「…………何を…」 「頼む、私を………倒してくれ……」 「なっ!」 ナズーリンの言葉に白蓮は驚き、声を上げる。 だがその間にも、ナズーリンは薙刀を振るい襲いかかって来ていた。 「そ、そんな事出来る筈がないじゃないですか!」 「………分かっている………分かっているが、体が言う事を聞かないんだ。視界も……歪んで……音も……おかしく聞こえる。  このままでは……私は聖を………傷つけてしまう……!」 「そんな……」 「だから頼む………私を……止めてくれ!」 更に別方向から、白蓮を狙って拳が飛んで来る。 咄嗟に白蓮がかわすと、そこに立っていたのは一輪だった。 「一輪まで……」 「………ごめんなさい………あんなに恩を受けたのに……こんな事………。だ、ダメなの!  理性が………持って行かれそうになって……正気を保つのに精一杯で…………自分で自分を止める事が出来ないの!」 「……………」 「お願い、姐さん……。私達を倒して。………もう………限界が……!」 そこへ飛んで来る槍。 その持ち主、星は白蓮を攻撃しながら槍を拾って振り回し始めた。 「傷つけられないなら………せめて船から降ろしてください。……私達がいれば………聖だけでなく、里の人も危険に……」 「星……」 「………お願い……します」 「……出来ません。……きっと、きっと何か解決策が……………」 しかし白蓮の首に突き付けられた錨と三叉槍が、その言葉を途切れさせる。 後ろを振り返るまでもない。 背後に立っているのは、間違いなく村紗とぬえだ。 「……私、おかしくなったみたい……。錨で…人の頭をかち割る事ばかり……頭に浮かんで来て  ………他の…大切だった筈の事が……どうでもよくなっちゃう………。  ひ、聖……助けて………。私……このままじゃ………里の人達を殺してしまう!」 「にひひひひ! ち、違う……。こんな事やりたくないのに……聖をバラバラにする事ばかり考えて……  それで…それでそんな事………………私、気持ちよくなってる! 人を殺す事、考えて興奮してる!  私……私、違うのに! ………嫌…………こ、壊れちゃう……私に…これ以上変な事考えさせないで!」 そのまま二人は勢いよく武器を振り上げ、白蓮の頭目掛けて振り下ろそうとする。 「させるか!」 だがそこへ駆け付けた慧音と穣子が、村紗とぬえを殴り飛ばしその暴挙を止めた。 「聖! 逃げてください!」 しかし今度は、星が槍を手に向かって来る。 「やめるんだ!」 それを霖之助が羽交い絞めにして止めると、上空から二つの影が飛び降りて来た。 「助けに来たよ!」 そう言って二つの影、リグルとメディスンは聖輦船に向かって降りて来る。 そしてその勢いのまま、リグルはナズーリンを蹴り倒しメディスンは一輪を押し倒した。 「しっかりしろ! 一体どうしたんだ!?」 慧音は大声で、取り押さえられて尚暴れる命蓮寺のメンバー達に話しかける。 するとリグルの下敷きになったナズーリンが、瞳孔の開ききった目を小刻みに震わせ呟き始めた。 「……ダメ…なんだ………。これは……私達にどうにか出来るようなものじゃない………。  体の内側から…じわじわと何かに蝕まれていくんだ…………。わ、私達も……時期に正気を失う……。  あの時! 里を襲った幽香のように! 私達も理性を失い見境なく暴れ狂ってしまうんだ!」 「そんな事は私達がさせない!」 「無理なんだ! ………これは…そんな単純なものじゃない……。蝕まれている私達が一番分かるんだ。  恐ろしく危険な何かが……私達の中にいる。この原因を…取り除く方法を…………私達は…知らない……」 「……くっ! 何か方法はないのか!」 原因不明の暴走に治療法が見つからず、押さえつける事しか出来ない慧音達。 その様子を可能性空間移動船の中から観察していたちゆりは、にやりと笑って夢美に報告した。 「御主人様! あいつら、なんか揉め出したぜ!」 「そう、今がチャンスね。ハッチオープン! 里香、イビルアイΣ起動よ!」 『了解なのですー!』 途端に可能性空間移動船の底部が開き、中から巨大な黒い目玉のようなものが出て来る。 紫の大きな翼に、高いエネルギーが具現化された天使の輪。 その目玉、イビルアイΣの姿は聖輦船からもはっきりと確認出来た。 「な、何ですか…あれは……」 「こんな時に新手か! 誰か動ける者はいないのか!」 「無理だよ! 押さえ込むだけで精一杯だ! 静葉も妹紅もミスティアもルーミアも戦ってる! 他に戦える人なんて…」 そこで全員の視線が、白蓮へと向けられる。 白蓮はキョロキョロと辺りを見ると、自分を指差して周りに尋ねた。 「私…ですか?」 「頼む! 君しか戦える人がいないんだ!」 「しかし……」 霖之助の言葉に、心配そうに命蓮寺のメンバー達を見る白蓮。 このまま彼女達を置いて、戦いに出て大丈夫なのだろうか。 そんな白蓮を安心させようと、慧音は声を張り上げた。 「お前の仲間は私達が必ず助ける! だから私達を信じて戦ってくれ!」 「!! ……………分かりました。お願いします!」 大丈夫、この人達になら任せられる。 白蓮は決心すると、イビルアイΣに向かって飛んで行く。 その後ろ姿を慧音達は、ナズーリン達を押さえつけながら見守っていた。 「ほう、頑張っておるのう。その調子でサリエルめの計画を打ち砕くがよい」 幻想郷の空を舞台にした、船体同士の砲撃戦。 その光景を菊理は、地獄から見物していた。 「しかし……相変わらず乱暴な奴よ、魅魔め。あれでは里の人間に被害が及ぶやもしれんかろうて」 そうぶつぶつ不満を口にしながらも、菊理は映像を食い入るように見つめる。 そこへ何やら三途の川から、爆発音が響いて来た。 「…………また侵入者か……」 どうやら今度の客は、あまり友好的ではないようだ。 自身の体の入った月を操り、三途の川へと瞬間移動する菊理。 するとそこには三人の妖怪を前にして、ぐったりと倒れる映姫と小町の姿があった。 その様子に菊理は呆れた表情を浮かべる。 「お主等は昼寝が好きよのう。…………で、まさか此処が地獄の入口と知らぬ訳ではあるまいな?」 そう言うと菊理は冷たい目で、三人の妖怪を睨み付けた。 同時に指をパチンと鳴らし、映姫と小町の傍に小型の月を出現させる。 その月は二人を中に取り込むと、裁判所へと飛んで行った。 だが三人のうち二人は、にやりと笑って菊理に余裕を見せつける。 「知っておるのじゃー! 知った上でこうしておるのじゃー!」 一人は水色の着物を身に纏った少女、左城宮 則紗。 「あたし等はあんたじゃなくて、地獄の中に用があるんだよ!」 もう一人は逆立った髪と鉢巻きが印象的な女性、鈴木山 蝶子だ。 二人は背後で一人沈黙を守り続ける、河城 みとりを余所に不敵な笑みを浮かべる。 それに菊理は、露骨に不快そうな顔をした。 「妾が黙って通すと思うておるのか?」 「力づくで通してもらうのじゃー!」 「………身の程を知らぬ戯け共が」 「思い知るのは、あんたの方かも知れないよ?」 菊理に対して、強気な姿勢を崩さない二人。 そして一気に菊理目掛けて、走り出していった。 「鈴木山ー! 妾に続くのじゃー!」 「合点承知ぃいい!!」 その言葉と共に、則紗はピッチフォークを取り出しぶんぶんと振り回す。 途端にその影が菊理の傍まで伸びて行き、実体化し直接襲いかかって来た。 影は則紗の動きに合わせて、ピッチフォークを連続で突き刺して来る。 「遅いわ!」 しかし菊理は瞬間移動をし、影による攻撃をかわし切った。 そこへ鈴木山はチェーンソーを振り、菊理に斬りかかっていく。 「もらったぁああ!!」 「ええい、騒がしい!」 それも瞬間移動で菊理はかわした。 不意を狙った一撃をかわされ、鈴木山は舌打ちをする。 そんな事はお構いなしに、菊理はそのまま瞬間移動で空中に出現すると何やら両手を向かい合わせ始めた。 途端に両手の間で、真っ白な光が煌き出す。 徐々にその光は強くなっていき菊理の手の中で光球となると、その手を放し光球を宙に解き放った。 すると光球は瞬く間に破裂し、辺りに強烈な閃光を炸裂させる。 「うおあー!?」 「くあっ!」 その凄まじい霊力の閃光に、則紗と鈴木山は吹き飛ばされていった。 「帰れ妖怪め。お主等に負ける程、年老いてはおらぬわ!」 「……うぐ…」 全く攻撃の当たらない菊理を前に、たじろぐ則紗と鈴木山。 「………何をしている」 そんな二人の許へこれまで微動だにしなかった、みとりが歩いてやって来た。 みとりは真っ赤な瞳を冷たく光らせ、地に這い蹲る二人を見下ろす。 その態度に則紗と鈴木山は、揃って文句を口にし始めた。 「五月蝿いなぁ! じゃああんたが戦えよ!」 「そうじゃそうじゃー!」 「……………使えない奴らめ」 そう言うとみとりは、道路標識を2本手に取る。 そしてその標識を、あろう事か則紗と鈴木山に突き刺した。 二人は信じられないといった様子で、みとりを睨む。 「な………何を……!」 「………どういう……つもりだ……!」 「…………………」 だがみとりは黙ったまま、突き刺した標識を強引に引き抜きしまう。 途端に傷口からは、夥しい量の血が流れ出す。 程無くして二人は傷口からの出血による失血で絶命した。 「………………」 やがて二人の魂は体から抜け出し、三途の川を彷徨い出す。 それをみとりは捕まえると、思いっきり齧り付き呑み込んでしまった。 菊理はその行動に、訝しげな表情を浮かべる。 「………お主の仲間ではなかったのか?」 「……………私に仲間などいない。今も昔も、これからも」 しかしみとりは臆する事無く、標識を菊理に向け戦闘意思を明らかにした。 だが菊理は表情を崩さずに、じっとみとりを睨み続ける。 その何処までも冷静な眼差しは、みとりから感じる異様な気を真っ直ぐ見据えていた。 「ならば何故、幻月に従う。お主等からは、あの女の魔力を感じるぞ」 「……私達は別の平行世界から呼ばれて来た。私達の存在する幻想郷、そこで幻月の理想に惹かれてついて行く事を決めた」 「あの悪魔の理想が、か?」 「………幻月は幻想郷を滅ぼそうとしている。その先にあるのは自分達の理想郷を創るという壮大な夢。  私は……幻月の創る理想郷が、どのようなものなのか興味がある。そして私も自分の理想郷を創り出す。  干渉される事のない、私だけの誰にも邪魔されず自由で独り静かで豊かな理想郷を……」 「ならば辺境にでも籠っておれ。地獄をお主の勝手な理由で踏み荒らす事は、妾がさせぬ」 「…………邪魔をするなら貴方を倒して、私は私の理想郷を目指す事にする」 するとメキメキと音を立てて、みとりの姿が変わっていく。 背中からは蝙蝠のような翼が生え、腕は新たに4本生えて来る。 更に肌は真っ白に染まり、瞳はその紅をより深く禍々しく光らせていた。 その現象に菊理は心当たりがある。 本来は魔界人が魂を喰らった際に起こる現象。 そもそも魔界人以外は、魂を取り込む方法自体知らない筈のもの。 言ってしまえば禁術。魔界と言う深淵の中でのみ、伝えられる罪深き魔法。 だからこそ、この状況は幻月が干渉した事で起きたイレギュラーな事態と言えるだろう。 故に菊理は自分の知る、その現象の名を口にした。 「……悪堕ちか……」 「すでにこの身は穢れた身、今更堕ちる事など恐るるに足らず」 「……………愚か者め」 みとりは菊理の言葉に無表情で応えると、6本の腕を使って標識を6本持つ。 そのうちの4本の標識を地面に突き刺すと、同時に辺りに強大な妖力が広がっていった。 妖力は菊理をも呑み込み、そのまま三途の川中を覆い尽くす。 みとりはそれを確認すると、じっと菊理を睨み付けた。 「上下左右、前後に空間移動。あらゆる移動を私は禁止する」 「………そうか。なるほど、厄介な能力よ」 菊理は先程から、ぴくりとも動かない月を見てそう呟く。 こいつの能力は相手の行動制限。 それが魂を喰らった事で、神をも縛るほどに強化されたのだろう。 そんな考えを巡らす菊理に、みとりは突き刺していない2本の標識で襲いかかる。 しかし菊理は、自身の上半身を月の中に入れ防御体勢を取り出した。 「そんな守りで防ぎ切れるものか」 そこへ思いっきり2本の標識を投げ付けるみとり。 標識は菊理目掛けて真っ直ぐ飛んでいき、月に深々と突き刺さった。 途端にぴしりと音を立ててひびが入り、徐々にその範囲を広げていく。 やがて月全体にひびが走ると、月は音を立てて崩壊し始めた。 同時に中から菊理が飛び出して来る。 「…………よもや……この姿を他者に見せる日が来ようとは……」 その姿は車椅子に腰かけた、病弱そうな女性のものだった。 「………まさか、歩けなかったとはね」 「生まれた時からこの身だと、不便に感じる事もない。お主にどうこう言われるほど、悲観すべき状況ではないわ」 「……………同情する気はない。邪魔者はすべて叩き潰す」 「望むところよ。やれるものならやってみい!」 菊理の言葉に、みとりは月と共に落ちて来た2本の標識を拾って向かって行く。 「同じ手が何度も通用すると思うな、戯けがっ!」 だが菊理は目を見開き、その瞳から真っ赤なレーザーを撃ち出した。 「ッ!!」 真っ直ぐ高速で突き進む2本のレーザー。 それはみとりの6本の腕を消し飛ばし、そのまま地面に刺さる標識をも破壊する。 途端に標識によるみとりの能力が途絶え、菊理は自由の身となった。 同時に菊理は扇子を開き、その先に紫の炎を灯す。 「地獄の炎は狂瀾怒濤、立ち昇る火柱は容貌魁偉。跳梁跋扈なお主の思想、屍山血河に消してくれる!」 そして炎にふっと息を吹きかけると、炎は凄まじい業火となりみとりに襲いかかっていった。 「ぐっ……がああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 そのまま迫って来た業火に呑まれ、みとりの体は炎に包まれる。 肉を焼き尽くし骨を溶かし、それでも尚燃え盛る業火。 仕舞いにはみとりの魂すら燃やし、その存在を完全に焼失させた。 「……………愚か者め。地獄の力は抜山蓋世、お主の理想の踏み台には役不足よ」 燃え盛る炎を背に、菊理はそう呟き車椅子を動かす。 やがて菊理が去った事で治まる炎。 そこにはまるで最初から何もなかったかのように、ただ茶色い地面だけが広がっていた。 一方で聖輦船の甲板では、慧音達が命蓮寺のメンバー達を押さえつけている。 すでに一部のメンバーはまともに喋れない程、侵食は進んでいた。 何か解決策はないかと考えてはいるものの、妙案は全く浮かんで来ない。 そうしている間にも症状は悪化するばかりで、慧音達はどうしたものかと途方に暮れていた。 「おい! しっかりしろ! 気を確かに持て!」 「ぐぎぎ……が、ぎあアアぁァぁ!」 「何も…出来ないのか!」 もう殆ど正気を失いかけている村紗を見て、慧音はそう嘆く。 自身の能力で歴史を喰えば、一時的に進行を止める事は出来るだろう。 しかし肝心の原因となっている歴史が、どれなのかが分からなくては手の施しようがない。 ただ必死に、暴れる村紗を押さえる事しか出来ない慧音。 そんな慧音達を見て、ナズーリンは蝕まれつつある思考を一生懸命巡らした。 「………………………」 原因は恐らく仮面の者達との戦闘。 それぞれ何らかの形で、あの者達の持つ何かに触れてしまったのだろう。 ナズーリンは今更ながら、自身の軽率な行動を後悔する。 ところがその時、ある言葉が脳裏を過ぎった。 最初は悪意ある一言としか思えなかったあの言葉。 だが今ならはっきりと分かる。 あの言葉は、こうなる事を予想していたからの言葉だったのだと。 『もし聖を殺したくなったら、こいつを使いな』 「リグル………私のポケットに……ビンが入っている………。そいつを使え!」 「わ、分かった!」 ナズーリンの決死の一言に、リグルは大きく頷き蟲達に合図を送る。 その指令を受けて、蟲達はナズーリンのポケットからビンを取り出して来た。 それを受け取るとリグルは、ナズーリンに問い掛ける。 「それで……これをどうすればいいの!」 「お、恐らくは………あははははは! だ、ダメだ! もう……限界が………ゲェアハハハハハハハ!」 「そんな……」 ところがナズーリンは症状の進行により、正気を失ってしまう。 最早、理性を持たずに薙刀を滅茶苦茶に振り回すナズーリン。 その様子にリグルが困り果てていると、一輪に追いかけられながらもメディスンが駆け寄って来た。 「リグル! 私に任せて!」 「……分かった! お願い!」 もしかしたら毒物に詳しいメディスンなら、これが何でどうすればいいのかも分かるかもしれない。 そう考えてリグルはビンを持った手を、開いた足の間に下げる。 それをメディスンはスライディングでくぐりながら、すれ違い様にビンを受け取った。 ビンを渡すと、リグルは向かって来た一輪を思いっきり蹴り倒す。 その隙にメディスンは中の液体を飲み込み、頭をぐるぐると回し始めた。 「!! ……そういう事か。皆! 一旦、船の中へ!」 そこでリグルは大声で、慧音達に呼び掛ける。 「何か、いい手が見つかったのか!?」 「……上手くいくかは分からない。けど此処はメディスンに任せて、私達は避難を!」 その言葉に慧音達は、押さえていた命蓮寺のメンバー達を放し走り出した。 解放された事で、逃げて行く慧音達に襲いかかる命蓮寺のメンバー達。 その前に、メディスンが一人勇敢に立ち塞がった。 徐々に迫って来るナズーリン達の刃。 しかしメディスンは恐れずに、じっと待ち構える。 やがて攻撃がメディスンのすぐ傍まで迫ったその瞬間、 「キヒアーッ!」 メディスンは口を開き真っ赤な霧を放出した。 その頃、白蓮はイビルアイΣと戦闘中。 強大な破壊力を持つイビルアイΣの弾幕の数々に、白蓮は苦戦していた。 「……はぁ……はぁ……」 「随分と頑張るようですが、それもここまでなのです! 空間隔離装置、起動なのですー!」 「なっ!」 するとイビルアイΣの運転手である里香の言葉と同時に、白蓮の周りに透明な壁が出現する。 透明な壁は白蓮が触れようとすると反発し、弾幕を当てると打ち消されてしまう。 周囲を囲まれ逃げ場を失う白蓮。 そこへイビルアイΣの弾幕が、空間をすり抜け襲いかかって来た。 「行け行けなのですー!」 無数の弾幕が、逃げ場のない白蓮を襲う。 だが白蓮は強い魔力を手に集めて、必死に弾幕を払い除け身を守った。 「なかなかやるのです。でもあたいのイビルアイΣの力は、こんなものではないのでーす!」 しかし里香は更に出力を上げ、白蓮を狙って攻撃し続ける。 襲いかかる弾幕の雨霰。 その猛攻に次第に白蓮も消耗していき、遂にイビルアイΣの弾幕を喰らってしまった。 途端に周囲を包んだ煙の中から、白蓮はボロボロの姿を覗かせる。 それでも白蓮は必死に立ち向かおうと、血を流しながらもイビルアイΣに身構えた。 「……う………あ……」 だが受けたダメージは非常に大きい。 「なんと! イビルアイΣの攻撃を受けて、まだ息があるとは! これは教授が欲しがる訳なのです!」 それを見た里香は空間隔離装置を解除し、イビルアイΣの瞳にエネルギーを集め出す。 「でもでも! あんたはあたいが、消し炭にしてやるのですー! 超亜空間爆撃砲、射出!」 そしてエネルギーを一気に放出すると、凄まじい爆発が蛇のように白蓮を目指して起こり始めた。 「!!」 爆発は連続で発生し、徐々に白蓮へと近付いて来る。 普通に飛んだのでは逃げ切れない。 かといって相殺するのは、攻撃が攻撃だけに不可能だ。 最早、残された手は一つしかない。 そう判断した白蓮は、そっと目を閉じ息を吸い込む。 しかしそこへ迫る連鎖する爆発。 それに向かってカッと目を開くと、白蓮は膨大な魔力を放ち輝き始めた。 「超人『聖白蓮』!」 青白いオーラを身に纏い、じっと襲い来る弾幕に身構える白蓮。 その弾幕がぶつかる手前まで来た次の瞬間、白蓮は一瞬でイビルアイΣの前から姿を消した。 「なっ! ワープした!?」 里香は慌てて白蓮の姿を探そうと、イビルアイΣを旋回させる。 「まさか生身でワープなんて…うぎゃあ!?」 ところが突然、強烈な一撃がイビルアイΣに撃ち込まれた。 「い、いつの間に………ぎゃああ!」 更に続けて二発三発と、正体の見えない攻撃は続く。 恐らくはワープを繰り返して、死角から襲って来ているのだろう。 里香はそう考えると、レーダーの電源を点け白蓮の現在位置を調べ出した。 「もう不意打ちは喰らわないので……え、えええぇぇぇー!?」 だがレーダーに映し出されたのは、とんでもないスピードで動き回る敵の表示。 それはレーダー画面内を縦横無尽に飛び回り、数秒の間に何十回もイビルアイΣに接触している。 そのスピードは天狗よりも更に速く、明らかに普通の人間の出せる限界を越えていた。 「そ、そんな馬鹿なー!」 こんなにも高速で動き回る相手には、空間隔離装置も超亜空間爆撃砲も当たらない。 里香が手出し出来ずにいる間に、白蓮は次々と攻撃を叩き込んでいった。 やがて画面に表示される、機体損傷率が50%を越えた事を知らせる警告文。 止むを得ず里香は緊急脱出装置のボタンを押し、イビルアイΣから離脱した。 「覚えていやがれーなのですー!」 そのまま可能性空間移動船へと飛んで行く里香を、白蓮は見届ける。 そして運転手のいなくなったイビルアイΣに近付くと、手を振り上げ手刀を繰り出した。 「いざ、南無三――!」 途端に真っ二つになるイビルアイΣ。 白蓮がその場から飛び去ると、空中で大爆発を起こし吹き飛んだ。 しかしそんなものには目もくれず、一目散に白蓮は聖輦船へ向かって行く。 「お願いです……どうか無事でいてください……」 頭に浮かぶのは命蓮寺のメンバー達の姿。 大丈夫だとは思うが、万が一何かあっては一大事だ。 そう考え慌てて戻って来た白蓮が、聖輦船へと辿り着く。 そこにはぐったりと倒れる命蓮寺のメンバー達の姿があった。 「そんな…………星! 村紗! 一輪! 雲山! ナズーリン! ぬえ! ………こんな事って……」 まさかこれ以上は持ち堪えられないと判断され、殺されてしまったのだろうか。 横たわる命蓮寺のメンバー達に、慌てて駆け寄り抱きかかえる白蓮。 その瞳には涙が溢れ、ボロボロと流れ落ちていく。 涙は星に滴り落ち、その頬をすーっと濡らす。 すると星の眉がぴくんと動き、ゆっくりと目を開き出した。 「星!!」 「……………すみません。……もう、大丈夫です」 その言葉を聞くや否や、白蓮はぎゅっと星を抱き締める。 「よかった……本当によかった!」 そのままわんわんと泣き出す白蓮に、残りのメンバー達も次々に目を覚ました。 「………どうやら……あの女に助けられたようだ……」 起き上がりながらナズーリンは、そう呟き頭を掻く。 相変わらずあの女、エリスの目的は分からない。 だがエリスの渡した液体のおかげで、正気に戻って来れたのも事実だ。 しかし今は、そんな事を考えている場合ではない。 何せまだ危険は去っていないのだ。 「……………さて、私達も……遅れを取り戻さないとね!」 そう言ってナズーリンは、ふらつきながらも立ち上がる。 それに応えるように、残りのメンバー達も白蓮の心配を余所に起き上がり砲台のトリガーを引き始めた。 そんな聖輦船とは対照的に、可能性空間移動船では夢美の怒号が飛び交う。 「里香! 負けるのが早過ぎよ!」 「だって〜」 「だっても弱点武器もないわ! まったく……貴方が勝ってれば大人しく投降させる事も出来たのに!」 夢美は大声で文句を言いながら、地団太を踏んでいた。 そのまま中央の椅子へと向かって歩いて行く。 そして何処からか取り出したマントを羽織ると、椅子に不機嫌そうに座ってちゆりに指示を出した。 「もういいわ、私が直接叩く。ちゆり! 脱出用ゲートを開きなさい!」 「OK! グッドラック御主人様!」 ちゆりがご機嫌にボタンを押すと、夢美の真上に穴が開く。 そこへ椅子ごと勢いよく吸い込まれていくと、夢美は甲板へと飛び出した。 すると夢美はマントの裏に隠しておいたロケットエンジンを、体にしっかりと固定する。 それがキチンと装着されたのを確認すると、エンジンに点火し明るい夜空へと飛び立って行った。 「さあ、私の科学魔法の力を思い知るがいい!」 そう言うと夢美は空を飛びながら、ある装置のスイッチを入れる。 途端に辺りに広がっていく奇妙な魔力。 その影響は、すぐに目に見える形で現れ出した。 「!!」 突如ガクンと揺れ、ゆっくりと下降し始める聖輦船。 何事かと慌てる乗組員を余所に、どんどん高度を落としていく。 「ちょ、ちょっと私見て来る!」 急いで村紗は状況を確認する為、運転席に戻ろうとする。 だが更に強い魔力が流れて来ると、村紗達は一斉に床に押さえつけられた。 「な、何!?」 「体が……重い…!」 全身が鉛のように重くなり、自由に身動き出来なくなる白蓮達。 そこへロケットエンジンで飛んで来た夢美が、ゆっくりと着地して聖輦船に乗り込んで来た。 「どう? 私の科学魔法の威力は」 「ぐっ……」 どうやらこの異常な現象は、目の前の女によるものらしい。 這い蹲りながらもキッと睨み付ける村紗達を、夢美はにやりと笑って見下ろす。 そんな夢美に攻撃を仕掛ける命蓮寺のメンバー達だったが、放った弾幕はすぐに床に落ち夢美には一発も届かない。 それを見ていた夢美は、突如奇妙な光る剣を取り出す。 その剣を白蓮の首筋に近付けると、他のメンバー達を眺めながら口を開いた。 「本来なら生け捕りにしたかったけど………貴方達が悪いのよ? 大人しく投降しないから、こういう事になるの。  まぁ、でも一人ぐらいなら早めの解剖だと思って楽しませてもらう事にするわ」 そのまま夢美は光る剣を、白蓮の首に当たるギリギリまで近付ける。 するとバチバチと音を立て、剣は白蓮の首筋をじわじわと焼き始めた。 途端に騒ぎ始める命蓮寺のメンバー達。 その危機的状況に、白蓮本人も恐怖し冷や汗をだらだら流す。 そんな白蓮の心は死の急接近に、動揺しきって冷静さを失っていた。 「……や、やめて…………死にたくない……助けて……」 「後悔はあの世でしなさい」 必死の命乞いも聞き届けられず、夢美は無慈悲に剣を振り上げ白蓮の首を狙う。 「やめろー!」 ところがそこへ一人の妖怪が飛び込み、夢美を思いっきり押し倒した。 「なっ!」 「聖を虐めるなー!」 その妖怪とは何故かこの状況でも自由に動き回れている、ぬえだった。 ぬえは夢美を取り押さえようと、羽を操り襲いかかる。 しかし光る剣を振りかぶると、 「邪魔よ!」 「うぐあっ…!」 夢美はぬえを真っ二つに斬り裂いてしまった。 「ぬ、ぬえ? …………ぬえぇぇー!!」 白蓮は上半身と下半身に分かれてしまったぬえを見て、大声で泣き叫ぶ。 他のメンバー達も信じられないといった表情で、その惨状を茫然と見つめていた。 だがそんな白蓮達などお構いなしに、夢美は光る剣を振り白蓮の前に立つ。 その姿は白蓮達からは、恐ろしい無慈悲な悪魔のように見えた。 「予定とは違うけど、まぁいいわ。これで私に逆らうと、どうなるか分かったでしょ。  大人しく投降しなさい。さもなくば全員此処で標本になるわよ」 直接攻撃は自由に動けない為、無謀に近い。 だからと言って、弾幕も真っ直ぐ飛ばずに落ちてしまう。 最早、何も出来ないのだろうか。 白蓮達の中に絶望が広がっていく。 するとそこへ何処からともなく、氷の塊が夢美目掛けて飛んで来た。 「誰?」 それを苦もなく弾き飛ばす夢美。 その視線の先には、自信満々で笑う妖精の姿があった。 「あたい!」 『ち、チルノだー!?』 妖精の正体、それこそ氷精チルノ。 助っ人としては、あまりにも頼りなさすぎる存在だ。 何故どうやって此処まで飛んで来たのか、多くの者が疑問を浮かべる。 一方でチルノの友達のリグルは、その姿を見て声を上げた。 「今まで何してたの! 何処にもいないから、心配してたんだよ!」 「えへへ……なんか凄い事になってるって聞いたから、あたいも認める最強を呼びに行ってたんだ!」 その時、突然大きく揺れる聖輦船。 見れば下に、氷のレールが敷かれているではないか。 下降を続けていた聖輦船は、そのままレールに乗り滑り出す。 同時にチルノはにっと笑うと、高らかに声を張り上げた。 「あたい最強ー!」 「嘗めた真似を……!」 その光景に夢美は歯軋りをし、明らかに苛立った様子を見せる。 これでは折角あと一歩まで追い詰めたのに、全部台無しではないか。 夢美は光る剣を手にチルノをキッと睨み付けると、邪魔者を始末するべく飛び立って行った。 しかしチルノは楽しそうに、船の裏へと飛び去っていく。 それを追い掛けて、夢美も甲板を後にした。 「………………そうか。羽のある奴には効かないのか」 飛び去る二人を見ながら、ナズーリンはそう呟く。 その耳に悲痛な叫び声が飛び込んで来ると、そっと声の主である白蓮の方へ振り返った。 「ぬえ! しっかりしてください! ぬえぇ!」 瀕死のぬえを抱きかかえようと、動かない体を必死に伸ばす白蓮。 その懸命な呼び掛けも虚しく、ぬえはどんどん弱っていく。 他のメンバー達も一生懸命声をかけるが、最早ぬえの命は風前の灯火だった。 「死んじゃ嫌だ! 皆で魔界に行くんだ! ………誰が欠けても……ダメなんだよぉ……」 「……あんた、よく姐さんを守って………立派だったわ」 「せめて……せめて自由に動けたら抱きかかえてあげられたのに………」 少しづつ近付く仲間の死に、涙を流し悲しむ命蓮寺のメンバー達。 するとぬえは、ぼそりと何かを呟き始めた。 「………ずっと……皆に言いたかった事………あるの……」 「!! 何ですか!?」 「……………こんな私でも……仲間って言ってくれて………ありがとう………。  ……本当は………とても嬉しかったのに………今まで…………素直に言えなくて………………ごめ………ん………」 それだけ言うと、ぬえはにっこりと笑い眠りにつく。 「…………ぬえ………」 その最期に命蓮寺のメンバー達は、ボロボロと涙を流し続けていた。 甲板でそんな事が起こっていたその頃、聖輦船の下では夢美がチルノを追いかけ回している。 「ちっ! ちょこまかと!」 氷のレールの柱の間を、華麗にすり抜け飛び続けるチルノ。 それを夢美は光る剣を振り回し、柱を壊しながら追いかけていた。 如何せん此処は相手の作り出したフィールド。 地の利は当然チルノにある。 結果距離は縮まらないどころか、どんどん開いていくのだった。 「くっ……埒が明かないわねぇ……」 ただでさえ無数の柱のせいで見通しが悪い。 その上こちらが柱を砕く際には、チルノの姿は完全に見えなくなる。 かと言って柱の間を飛ぶのは、ロケットエンジンの旋回能力では難しい。 次第に苛立ちも募っていく。 これ以上、相手の鬼ごっこに付き合ってやる理由もない。 そう考え夢美は急停止すると、エネルギー砲をチルノの飛んでいる方へ向けて構えた。 「纏めて消し飛ばしてやるわ!」 そう言って夢美は、徐々にエネルギーを溜めて行く。 チャージが終われば強大な弾幕で、妖精など一撃で終わりだ。 妖精に負ける要因など、万に一つもない。 だがそんな夢美の驕りは、一人の妖精により脆くも崩れ去る。 「……ぐっ!」 突如、背後から飛んで来た苦無弾幕。 それは夢美の背中の反幻想重力装置に、綺麗に突き刺さり停止させる。 途端に辺りに広がっていた魔力は途絶え、再び浮かび始める聖輦船。 夢美は計画を邪魔された怒りと溜めていたエネルギーを、苦無弾幕の主にぶつけようと振り返った。 「!!」 しかしそこには誰もいない。 いや、いないだけならまだよかった。 振り返った後の夢美の背後、その背中が当たりそうな程の至近距離で鎖のじゃらりという音がしたのだ。 敵は真後ろにいる。 だが振り返る事は出来ない。 何故なら首筋に当てられた刃が、こちらの行動を制限しているからだ。 そこへ刃の主の、小さく消え入りそうな声が静かに響く。 「動かないで。間違えて首を落としてしまう」 ぼそりと呟いたその言葉の直後、刃の主は夢美のロケットエンジンのエネルギータンクに一撃を叩き込んだ。 「しまっ!」 刃の主の一撃により、徐々に下がり始めるエネルギーメーター。 このままではエネルギーがなくなり時期に墜落してしまう。 さすがにこんなところで、死ぬつもりはない。 夢美は慌てて可能性空間移動船へと、逃げ帰っていった。 「あれ〜? あいつ、何処行っちゃったんだろ〜」 そこへ夢美が追って来ない事に気付き、引き返して来たチルノがやって来る。 そんなチルノに夢美を追い払った妖精は、にっこりと微笑みかけた。 「どうしたの、チルノちゃん」 「あれ? 大ちゃん、来てたの? さっき赤い人がいたんだけどさぁ……大ちゃん知らない?」 「その人なら帰っちゃったよ」 「なーんだ、あたいのスピードにびびっちゃったのか!」 「そうなのかなぁ」 「それより一緒に行こ! これから凄い事になるよ!」 外での激戦とは裏腹に、その女性は可能性空間移動船の中で静かに待機している。 「しかし………退屈だな」 刀を手に持つ男装の女性、明羅は弾幕戦が不得意な為船内で侵入者を迎え撃つ事にしていた。 しかし待てど暮らせど、侵入者は現れない。 向こうに乗り込んで来る気はないのだろうか。 そんな事を考え明羅が欠伸をしていると、船内にカランコロンという音が響いて来た。 「ようやくお出ましか」 可能性空間移動船の乗組員に、下駄を履いている者はいない。 ならば音の主は侵入者に間違いないだろう。 待ち侘びたその気配に、不敵な笑みを浮かべ刀を抜く明羅。 そして自信満々に、音のする方へ向かって走っていった。 「私の妖刀の錆になるがいい!」 やがて見えて来る赤と青の瞳の光。 明羅はその光の主の妖怪に向かって、自慢の刀で斬りかかった。 ところが謎の妖怪は跳び上がり、明羅の斬撃を華麗にかわす。 そのままふわりと、振り終えた明羅の刀の上に舞い降りた。 「何っ!?」 「…………………」 すると謎の妖怪は無言で右手を振り、刀の上を走り出す。 その先にいる明羅の頭を踏み付けると、思いっきり蹴り倒して船内を飛んでいってしまった。 「ぐっ……お、おのれ……逃げるのか!」 そんな妖怪を追いかけようと明羅は立ち上がる。 だがその背後で突如、凄まじい轟音が鳴り響いた。 「な、何!?」 音に反応して振り返った明羅の視界に入ったもの。 それは真っ二つに斬れ、夜空を覗かせた船の廊下の姿だった。 「馬鹿な………」 原因は明羅の斬撃ではない。 そもそも明羅の刀は、船には当たっていない筈だ。 しかしこうして船は斬れている。 ならば原因は一つしかない。 先程の妖怪が、こちらに一切妖気を感じさせる事無く斬り捨てたのだ。 「……………………」 だが刀身など全く見えなかった。 可能性があるとすれば、あの右手を振った動作。 しかしあんな一瞬で、こんな一撃を叩き込めるものなのだろうか。 もしかしたらあの妖怪は、凄腕の剣士なのかもしれない。 謎の妖怪の正体を考え、明羅は顎を擦る。 だが轟音を立てて船が傾き出すと、それどころではないと明羅は慌てて走り出した。 「夢美ー! 大変だ夢美ー!」 可能性空間移動船の廊下を、大急ぎで走る明羅。 そのまま明羅は勢いよく、運転席へと飛びこんでいく。 そこでは夢美とちゆりと里香が、モニターを真剣に覗き込んでいた。 「夢美、今…」 「分かってる! 分かってるから少し黙って! ………ちゆり、どう?」 「ダメダメ! 動力部を斬り落とされた! 今は非常電源でもってるけど、もう長くはもたな…」 更にそこへ追い打ちをかけるように、凄まじい揺れが夢美達を襲う。 途端に爆発するモニター。 もう船内からの状況確認は出来そうにない。 夢美達はこの一大事の原因を調べるべく、甲板へと飛び出していった。 「………な、何これ……」 そんな夢美達の前に広がる光景。 それは巨大な穴を開け金属片をばら撒きながら飛ぶ、可能性空間移動船の姿だった。 穴の向く先には、ぐるぐると回りながら飛ぶ一つ目の紫色の妖怪が見える。 恐らくは明羅を退け、可能性空間移動船に致命傷を与えた犯人だろう。 しかし追おうにも、最早これ以上の飛行が不可能なのは誰が見てもすぐに分かる。 止むを得ず夢美は新しいロケットエンジンを体につけ、ちゆりに大声で指示を出した。 「ええい、もうやけくそよ! ちゆり! 総員に脱出命令! 私は最後に一発、お見舞いしてやるわ!」 「ええ!?」 そう言って夢美は勢いよく飛び出していく。 残されたちゆり達は、とりあえず甲板の向こうで戦闘中のカナ達の許へと走っていった。 「見てなさい……コケにされたまま、引き下がれるものか」 夜空を全速力で飛び、夢美は空高く舞い上がる。 やがて聖輦船の遥か上空まで上がると、一つのビットを飛ばし何かの装置を動かし始めた。 「反物質制御装置、起動!」 夢美が力強く装置のボタンを押すと、ビットの周囲に奇妙なラインが現れる。 それは少しづつ形を成していき、暫くすると空中に巨大な十字架を作り上げた。 十字架は周囲を舞う塵に触れると、一瞬で塵を分解する。 夢美は装置を動かして、その十字架を聖輦船に向けて真っ直ぐ突き落とした。 「私の物にならないのなら、この場で何もかも消し飛んでしまえぇぇぇー!」 聖輦船目掛けて一気に落ちて来る十字架。 その姿を見た聖輦船の乗組員達は、十字架が放つ凄まじいエネルギーに危機感を覚えていた。 「これは……直撃したら船が消し飛ぶ程のエネルギーです! 何か手を打たなくては……」 「そんな事は分かってる!」 「だから今も弾幕、撃ってるんでしょ!」 「………だけど効いてるようには思えないんだよねぇ……」 十字架の放つ強大なエネルギーには、星達の攻撃も効果がない。 いくら弾幕を飛ばそうとも、十字架に触れた途端消滅してしまうのだ。 その間にも、どんどん迫って来る十字架弾幕。 そこへカナ達の攻撃が収まった事で、弾幕を防いでいた四人も帰って来た。 「『火の鳥 −鳳翼天翔−』!」 「『狂いの落葉』!」 「『夜雀の歌』!」 「『ナイトバード』!」 四人は十字架に弾幕を放ちながら、聖輦船へと着地する。 だが十字架は全くの無傷で、怯む事無く聖輦船との距離をどんどん縮めて来た。 もう他に打つ手がない。 誰もが諦めかけたその時、聖輦船の下からひょっこりとチルノと大妖精と多々良 小傘が飛び出して来た。 「びっくりした!?」 「あんた達……」 「チルノ、無事だったんだね!」 「へへ〜ん! 皆、安心していいよ! なんてったって、あたいが呼んだ最強が来てくれてるからね!」 そう言って高らかに宣言するチルノ。 その様子を乗組員達は、何を言ってるんだという表情で見る。 するとそこへ急に押し寄せて来た強烈な寒波。 あまりの寒さに乗組員達は、ぶるぶると身を震わせ始めた。 「な、何だ!?」 「最強ー!」 次第に寒波は冷たさを増し、遂には吹雪を巻き起こす。 吹き付ける雪で真っ白に染まる視界。 その中で風上に立つ、何者かの後ろ姿が乗組員達の目に飛び込んで来た。 「お前は……」 「最強! 最強!」 聖輦船の屋根に立ち、純白のマントを棚引かせる。 真っ白な帽子に、薄紫のウェーブのかかった髪。 吹雪を物ともせず立ち続ける彼女を、人はレティ・ホワイトロックと呼んだ。 「ごめんなさい。私が出て来ると寒いでしょ?」 「……いや、来てくれて嬉しい。だがあの弾幕はさすがにどうにも……」 「別に弾幕そのものを止める必要はないわ」 「えっ!?」 「妹紅」 慧音の問い掛けを聞き流し、レティは妹紅に呼び掛ける。 その言葉に妹紅は、何事かと思いながら屋根の上へとやって来た。 そんな妹紅にレティは、聖輦船の後ろに張り付いた巨大な氷塊を指差す。 「あれを吹き飛ばしてくれる? お願いするわ」 それだけ言うと、屋根の上からゆっくりと降りて行った。 「何だか分からないが、思いっきりやればいいんだな!」 妹紅はレティに言われた通りに、氷塊目掛けて爆炎を飛ばす。 そのまま真っ直ぐ飛んでいき、直撃して氷塊を一気に溶かす炎弾。 途端に氷は水蒸気となり、凄まじい熱風を発生させた。 それに吹雪の勢いも合わさり、聖輦船は一気に加速する。 スピードが増した事で、十字架の落下位置から逃げ切る聖輦船。 やがて目標を失い地面に突き刺さる十字架を余所に、風を切り空高く浮かび上がっていった。 「………助かった、のか?」 「やった! やったよ! 助かったんだ!」 「凄い! 凄いわレティ! 貴方のおかげよ!」 「さすがレティ! 頭の良さまで最強ね!」 ピンチを脱した事で、一斉に沸き上がるレティへの絶賛の声。 それにレティは顔を赤らめて、にっこりと穏やかな笑みを浮かべた。 「………私は凄くないわ。妹紅のおかげよ」 「そんな事ないさ。私じゃあんな方法は考え付かなかった。お前の機転と能力があったからこそだ」 「…………そう? ……よかった。私、人間に褒められるのって慣れてないから………その……ありがとう」 「あたい! レティ呼んだの、あたいだからね! あたいも褒めていいよ!」 「おお、偉いぞ」 「えへへ〜」 「………もしかしてさっきの氷のレールって、レティさんの力があったから……」 「あ、バレちゃった?」 次第に見えて来る魔界の入口も相まって、和やかに賑わい出す乗組員達。 そんな中ナズーリンは、ただ一人隅で俯く白蓮の許へと歩み寄った。 「………………………」 白蓮はぬえの亡き骸を、ぎゅっと抱きしめている。 このまま無事に魔界に着いても、もうぬえが帰って来る事はないだろう。 それを考えると白蓮は、脱出を手放しで喜ぶ事が出来なかった。 「…………魔界に着いたら立派な墓、建ててあげよう」 その背中を優しく叩くナズーリン。 「………はい」 白蓮はじっと目を瞑り、静かにそう呟いた。 空の月に開く魔界への入口。 その中へと、聖輦船は飛び込んでいく。 同時に魔界から流れ込む膨大な魔力。 それは人のいなくなった里へと吸い込まれていった。 「………やっと来たか」 無人の里でただ一人、里の中心に立ち尽くすエリス。 彼女がにやりと笑い指をパチンと鳴らすと、里に向かって来た魔力は地面に染み込んでいった。 途端に里中の地面が一斉に光り出す。 それは里全体にいつの間にか書き込まれていた、巨大な魔法陣の光だった。 「オープニングアクトの出番は終わりだ。ここからはヘッドライナーのライヴステージ。  時期にロックな大物アーティストが、ライヴステージにやって来る! 開演時間まで数刻足らず!  さぁ! これから始まる最高にロックなステージを楽しもうじゃないかぁ!」 そう言ってエリスはステッキで魔法陣を叩き、その光をより強く輝かせる。 蒼く輝く魔法陣は凄まじいエネルギーを放って、エリスの長い髪を美しく棚引かせた。 To Be Continued…