[登場人物] 長:片目のゆっくり。千匹を超えるゆっくりの群れの長。黒い。 参謀:パチュリー種。ゆっくりの群れの参謀。太い。 参謀補佐:キメェマル種。ゆっくりの群れの参謀補佐。キモい。 レイム マリサ 群れのゆっくりたち 村長 村人A 村人B 村人たち 語り──罪のあるなしに関わらず、理由にあるなしに関わらず、     人間かゆっくりかその他諸々が、死んだり死なれたり、     殺したり殺されたりするかもしれない。そんな、そういう、     そういったお話。どこにでもあるありふれたお話。 幕が上がる。舞台中央に粗末な箱がおいてある。遠くで鳥の鳴き 交わす声がする。森の近くである。 舞台上手からマリサ種が通りかかる。逆さにした帽子を器用に頭に載 せている。中には木の実や茸などの収穫物。採集の帰りのようだ。鼻歌 をしている様子から、たいそうな成果であったことがうかがえる。  上機嫌のために箱を大して気に留めず、チラリと視線を走らせて、 そのまま舞台袖へと行きかけ……視線を再び箱へと戻す。  首をかしげてしばし見つめるが、また前方へ向き直り帰路につく。 と思いきや、湧き出した好奇心に負け、帽子を置いて箱に走り寄る。 箱を開け、中をのぞき込む。 マリサ──一体これは何なのぜ? ゆぅ? ゆ、ゆゆっ?!  マリサ、驚きの声を上げようとして、慌てて口をお下げで押さえる。 キョロキョロと辺りを見回し、舞台袖へと駆けていく。自分の帽子を 置き忘れるほど、気が動転している。 そこへ偶然現れたレイム。二匹は衝突する。 マリサ・レイム──ゆわっ! レイム──な、何、そんなに急いで? 全然ゆっくりしてないよ。      ゆっくりにあるまじき行為だね。 マリサ──(語気を荒らげて、しかし、声を潜めて)そんなことより      大変なのぜ、レイム! レイム──「そんなこと」なんて簡単に片付けないでね! マリサが      ゆっくりしてなかったせいで、レイムの玉のようなお肌が      傷物にされるとこだったんだよ。 マリサ──いいから、ちょっと見るのぜ。見るのぜ。 レイム──そんな暇ないよ。れいむはこれからアリスとお忍びデート      なんだよ。みんなに秘密のラブラブちゅっちゅ。ゆぷぷっ。 マリサ──既に秘密じゃなくなってるのぜ。とにかく! 見てみるのぜ。      重大事件なのぜっ。(とレイムを箱の方へ引っ張っていく) レイム──重大なはずないよ。レイムとアリスの愛の叙事詩よりもね。  レイム、マリサに促されて渋々と箱の中をのぞき込む。  中のものを認識し、コロンと後ろに倒れる。起き上がって声を上げ ようとする口を、マリサに押さえられる。マリサ、「しーしー」と静粛 を求めるジェスチャー。 レイム──(マリサに口を開放されて)なっ(大きな声だったので、      再び口を押さえられる) マリサ──起こしたら、まずいのぜ。 レイム──な、なんなの、あれ。ゆっくりできるけど、ゆっくりできないよ。 マリサ──マリサたちじゃ判断つかないのぜ。偉い人を呼んでくるのぜ。 レイム──偉い人? マリサ──取締役のゆっくり。誰かいないのぜ? レイム──(遠くを見て、気づく)ゆっ? マリサ──ゆっ? レイム──あっち、見て、マリサ。 マリサ──(指し示す方を向く)ゆっ、あれは。 レイム──間違いないよ。さんっ(呼びかけようとしてマリサに口を      押さえられる。静粛を求めるジェスチャーに、同じ動作を      して同意を示す) 二匹──(小さな声で)さんっぼー。  レイムとマリサ、遠くにいる者の反応を見るが、気づくはずもない。 レイム──だめっ。 マリサ──あんな遠くで、こんな小さな声じゃ当たり前のぜ。 レイム──呼びに行こうっ。  二匹、小さな声で「参謀、参謀」と連呼しながら下手へ退場。  後には箱が残される。種々の鳥の声が鳴き交わされている。  上手よりこっそりと顔を出すゆっくりがいる。キメェマル種。群れの 参謀補佐である。 誰もいなくなったのを確認すると、サササッと箱に近寄り、のぞき込む。 参謀補佐──おお。これは、これは。美味しそうですね。  参謀補佐、左右に揺れたり、箱の周りを一回転したりとせわしない。 やがて向こうからの気配を察し、上手へ消える。 入れ替わるように下手からレイム・マリサ・参謀が現れる。 レイム──こっち、こっち。 マリサ──とにかく見てほしいのぜ。 参謀──目上の相手にはちゃんと敬語を使わないといけないわ、マリサ。     せめて「です・ます」を付けないと。 マリサ──とにかく見てほしいんですぜ。 参謀──……まあ、いいけれど。それにしてもさっきから何があったか     説明しないのはよくないわね。 レイム──箱があったんだよ。です。 マリサ──中にすごいものがあったのぜ。ます。 参謀──後で教育が必要ね。言葉の使い方も説明の仕方も。 マリサ──たくさん説明するより一回見た方がいいのぜ。 レイム──びっくりしていってね! 参謀──まったくもったいぶって。そんなに驚くようなことなのかしら。 参謀、箱の中をのぞき込む。そこにあるものを認識し、コロンと後ろ に倒れる。ぶつかりそうになった二匹は慌てて飛び退く。 参謀──な、なにあれ。 マリサ──やっぱり驚いたのぜ。 レイム──びっくりするよねー。 参謀──生きてる、のよね?  マリサとレイム、コクコクとうなずく。参謀、箱の中を再びのぞき込む。 じっと見つめて分析。 参謀──血色は悪くない。呼吸も規則的。少し衰弱しているみたいだけど、     概ね健康ね。 レイム──元気? 参謀──どうかしら。(髪の毛で中のそれを突っつく)  火の付いたように赤ん坊の泣き声が響きわたる。三匹、慌てる。 レイム──あ、赤ちゃん泣いちゃったよ! マリサ──ゆっくりと同じなのぜ! うるさいのぜ! 参謀──ど、どうしよう。二人はあやしたりできないの? レイム──ゆっくりの赤ちゃんはしたことあるけど! マリサ──人間の赤ちゃんは無理なのぜ!  赤ん坊の泣き声はますます盛大になる。三匹はあたふたと箱の周りで 右往左往する。  参謀、意を決して箱の中へ顔を向ける。   参謀──(髪の房で顔を隠して)いないいない、バァーっ! 赤ん坊の泣き声、止まる。三匹、固唾を呑んで見守る。  赤ん坊が「ヒッ」と一瞬声を上げるのに、三匹はビクつくが、 その後「キャハハハ」と朗らかに笑う赤ん坊に、安堵の息をつく。 レイム──上手くいったね。 マリサ──上手くいったのぜ。 参謀──良かったわ。 レイム──ゆふふ、笑ってるよ。かわいいね。  レイムが赤ん坊に触れようとすると、「だぅだぅ」とやや怒った様子 の声が。レイム、慌てて離れる。 マリサ──威かくされてるのぜ。  参謀がのぞき込むと「キャハハ」と笑い声が上がる。 レイム──参謀のことが好きみたいだね。 マリサ──懐かれてるのぜ。お母さんだと思われてるのかも。 参謀──あら、そんなこと。 レイム──きっとおっきくて丸っこいママだったんだね! 参謀──(剣呑な雰囲気で)……どういうことかしら。 レイム──(参謀の怒気に気づかず)そのままだよ。ふくよかで、      ぽっちゃりした、存在感のある、ぶっちゃけおデブな      お母さんだったんだよ。きっと参謀みたいな……(ようやく      殺気を察知する)ゆ、ゆゆっ?! 参謀──レ〜イ〜ム〜。 レイム──レ、レイム、用事思い出したよ。さ、さ、さよならっ! 参謀──待ちなさいっ。  下手へ逃げるレイムを追いかける参謀。残されたマリサは下手と 箱を交互に見るも、二匹を追って退場していく。 誰もいなくなったのを見計らい、上手から参謀補佐が顔を出す。 入念にキョロキョロと視線を巡らせる。「行ったか?」の声に「はい」 と返事をする。  上手から、参謀補佐と長が登場。箱へと近づく。 長──これがそうか。 参謀補佐──ええ。見てください。  二匹、箱の中をのぞき込む。 「だーだー」と赤ん坊が楽しそうに声を上げる。 長──ふむ、参謀補佐の言った通りだな。 参謀補佐──でしょう。 長──とても美味しそうだ。 参謀補佐──はい。これだけ状態のいいものはありませんよ。 長──人間の赤ん坊を食べる機会などほとんどないからなあ。    まさに僥倖。天に感謝せねばなるまい。 参謀補佐──人間を食べること自体は珍しくはありませんけど、       ほとんどが成人ですからね。 長──肉の臭みや柔らかさを考えた場合、幼年と壮年では雲泥の差がある。    羊肉と同じだな。 参謀補佐──ええ。おお旨い旨い、となること間違い無しです。 長の舌を満足させることができそうで、お呼びしたかいが       ありました。 長──口実だろう? 参謀補佐──え? 長──俺の舌を満足させるというのはさ。 参謀補佐──いやあ、まさかそんな…………やっぱりバレましたか。 長──そんな殊勝なキャラだったら、参謀補佐には据えてないさ。    常に薄汚い策謀を巡らしてくれないとな。そう、例えば、参謀に    ごちそうを横取りされないように、より上の立場の黒ん坊を巻き    込むとかな。 参謀補佐──いやははは、参謀は見てのとおり、色気より食い気です       からね。二人で山分けすると指先一本ほどしかもらえない       かもしれませんし。それなら平等に三等分するのがいいか       と考えまして。 長──(笑う) 参謀補佐──(笑う) 長──ネタとしては面白い。が、実際は笑えない事態になるかもな。  参謀補佐、首をかしげて言葉の真意を聞こうとするが、赤ん坊の むずがる声に長が顔を向けたので、そちらにつられる。 長──おやおや、放っておくわけにはいかないか。参謀補佐、頼む。 参謀補佐──私があやすんですか? 長──俺の魅力は幼女にはわからないだろうしな。 参謀補佐──その件に関してのコメントは控えさせてもらいますが……       まあ、子供をあやすことについてはお任せください。       参謀補佐、箱に向かって身構える。自信をうかがわせる笑み。 参謀補佐──(顔を伏せて)いないいない……おお、怖い怖い(きめぇ       丸シェイク)。 火の付いたように泣き出す赤ん坊。大音響が辺りに満ちる。 参謀補佐──あ、あれ。おかしいですね。子供たちには人気だったの       ですよ、肝試し大会で。 長──その特長がいかんなく発揮されたな。  参謀補佐、慌てふためいて何とかしようとするが、どうにもできない。  やがて騒ぎを聞きつけたのか、参謀・レイム・マリサが戻ってくる。 レイム──あっ、長だ。 マリサ──参謀補佐もいるのぜ。 参謀──二人とも、何をやってるんですか! 長──いや、大したことじゃない。参謀補佐のキモくてウザい魅力を    たーんと味わってもらおうと思ってな。 参謀補佐──幼女にはわからなかったようですがねぇ。おお、無理解       無理解。 参謀──ふざけたこと言わないでください! まったく、トラウマに     なったらどうするんですか。(赤ん坊をあやしにいく) 参謀補佐──そんな先のこと気にしてどうするんですかね。 参謀、赤ん坊を髪の房で撫でながら、「よしよし」と笑顔を向ける。 ほどなくして、赤ん坊の泣き声は止み、笑い声が上がる。 長──見事な扱いだ。 レイム──やっぱりお母さんみたいだね。 参謀──それじゃあお湯を用意して身体を洗いましょうか。 参謀補佐──下ごしらえですか。 参謀──え? 参謀補佐──え? 参謀──ああ、それから傷があったりしたら、薬草も必要ね。 参謀補佐──香味野菜で風味を付けるのですね。 参謀──え? 参謀補佐──え? 参謀──とにかく慎重に、丁重にね。 参謀補佐──ん? ええと? あれ? まさか、飼う気なんですか? 参謀──飼うって、そんな言い方はないでしょう。保護するだけよ。  参謀補佐、うろたえて長のの方を見る。長、「言ったとおりだろう」 とでもいうように皮肉な笑みを浮かべる。 マリサ──長も参謀補佐もどうかしたのかぜ。 長──出荷するはずの豚がペットになってしまって動揺しているのさ。  参謀、ジロリと長を見る。長、身をすくめる。 参謀──それから、この子、多分お腹もすいているだろうから、ミマ種     にお願いして練乳をもらってきた方がいいわね。 長──そうだな、腹も減ったし、クリームの他に塩と酢も用意しようか。 参謀──おしゃぶりとか必要かしら。それともおもちゃとか、子守唄? 長──よく加熱した油とか入り用かな。あるいは刺身とか、ユッケ?  参謀、キッと長をにらむ。長、即座に飛び退く。 参謀──あら、どうして距離を取るんです? 私から。 長──いや、一定以上離れてないと極めて危険だと、本能が告げるんだ。 参謀──そうですか。 長──そうなんだ。 参謀──うふふ。 長──ははは。  参謀はにじり寄り、長は後ろに下がる。どちらからともなく駆け出し、 そのまま舞台上手へと退場。 参謀補佐──あー……。 レイム──行っちゃったねー。 マリサ──どうするのぜ、これ(赤ん坊を見る)。 参謀補佐──とりあえずは参謀の言われた通りにしましょう。 マリサ──参謀補佐はそれでいいのぜ? 参謀補佐──構いませんよ。長には考えがあるようですし。ああ、それと。 レイム──ゆ? 参謀補佐──先ほどから二人は敬語を使わなすぎです。罰が付きますよ。 レイム・マリサ──ゆがーん! 参謀補佐──さあさ、赤ん坊を運んでください。それからバシバシ働い       てもらいますからね。それら労役が罰となります。 レイム──た、ただ働きっ?! 参謀補佐──当然です。 マリサ──トホホのぜ。 レイム──ゆぅん、とんだものを見つけちゃったよ。  レイムとマリサ、箱を運んで参謀補佐の後をついていく。三匹、舞台 下手へと退場。  やや間をおいて、長と参謀が舞台上手から戻ってくる。軽快に動く長 に対して、参謀は息を切らしている。 参謀──ゼェ……ハァ……。 長──頭脳労働タイプとはいえ、もう少しは体力の欲しいところだな。 参謀──ハァ、これでも、ハァ、パチュリー種の、ハァ、中では… 長──「これでもパチュリー種の中では体力はあるほうです」か。    それで良しとするわけにはいかんよ。お前さんは群れを治める    立場なのだからな。 参謀──ハァ、ハァ、そ、そうですか。 長──そうさ。いざというときには不眠不休で群れ全体の動きを把握し、    指示を出さなくてはならない。自ら戦う事態だってあるだろう。 参謀──それは、まあそうですけれど。 長──自分の立場、わかっているかい? 参謀──ええ。 長──嘘をつけ。  参謀、息を呑む。長、隻眼を細めて参謀を見つめる。 長──飼育、保護、育児。呼び方は何でも構わないが、お前さんはどう    いう意図で、あの幼児を扱おうとしているのかな。 参謀──私は、その、 長──たくさんのゆっくりが死んだなあ。特に幼齢の。特にパチュリー    種の。救えなくて後悔している。反省している。悲しんでいる。  参謀、言葉を返そうとして返せない。口を意味なく開閉するだけ。 長──人間の幼児を救うことで、自分の気持ちを救おうというのかな?    それでは、その結果は如何なるものになるのか見えているかい?    死んだゆっくりの死因は食料が足りないことからくる栄養失調。    あの幼児が捨てられた理由も食糧難からだろう。事情はどこも    同じだからな。 参謀──余裕は、ない…… 長──ああ、手間も食料もちょっとでも割けば、それだけゆっくりも    死ぬという理屈さ。お前さんは自分を救うために、より自分を    追い詰める行動をすることになるな。火あぶりになっている自分    を助けるために必死で息を吹きかけて、より火勢を強めるような    ものだ。  長、軽く笑う。参謀、顔を伏せる。 長──自分一人だけが不利益を被るならまだいいが、群れ全体が不利益    になることをやらかされたのではたまらないな。いやはや、全く。    私情を公務に絡めるのを一概に悪いとは言わないがね、群れの    方針に反するのは勘弁願いたい。統制が取れなくなる。それも    参謀がやらかしてしまうのはね。  長、顔を伏せたままの参謀を見つめる。沈黙。  長、その場から離れてゆく。背中越しに参謀に話しかける。 長──わかっているかい? いや、どうあれわかってもらうよ。赤ん坊    の処遇、お前さんが決定してくれ。それがお前さんの課題になる。    いや、罰かな。      長、舞台下手へと去る。舞台が暗くなり、残された参謀に光が当てら れ、やがて参謀が静かに顔を上げるところで暗転。  暗転の中、ゆっくりたちの足音が聞こえてくる。  溶明。  舞台中央、赤ん坊の収められた箱を、マリサとレイムが頭に載せて運 んでいる。 レイム──(息を切らしながら)ゆふぅ、ゆふぅ。 マリサ──(息を切らしながら)ぜぇ、なのぜぇ。 レイム──あ、あとどれくらいなのぉ? マリサ──さ、さっきの山を越えたから、多分もう少し掛かるのぜ。 レイム──たっ大変だよぉ。マリサ、ちゃんと持ってるぅ? マリサ──持ってるのぜ。レイムこそちゃんと合せるのぜ。  箱が揺れ、二匹は慌てる。何とか落ち着き、再び歩を進める。 レイム──ゆぅ、中身がキノコとか果物だったら良かったのに。この倍      くらいの重さでもいいよ。さっきのイノシシでもね。 マリサ──ホントのぜ。気を遣うから疲れるのぜ。 レイム──揺らしちゃダメだよ、マリサ。 マリサ──モチのロンのぜ。万一泣かせでもしたら、太っちょママさん      から折檻のぜ。  上手から現れる参謀。レイムとマリサは気づかず、談笑を続ける。 レイム──怒りの「ぼでぇーぷれす」が炸裂するかもね。 マリサ──母の愛は重いのぜ。 レイム──ペタンコになっちゃうよ。 マリサ──甘いのぜ。あの大きさと重さだったら、ペタンコどころか、      跡形も残らないのぜ。 レイム──おお、こわいこわい。 マリサ──こわいこわいのぜ。  二匹、笑う。 参謀──(二匹の近くで)何が怖いのかしら。  レイムとマリサ、突然の参謀の声に驚く。箱を落としそうになるのを 見て、参謀も驚く。三匹して箱を支え、事なきを得る。 レイム──ゆふぅ〜。 マリサ──間一髪のぜ。 参謀──(胸をなでおろす) レイム──まったく参謀は、脅かしっこ無しだよ! 参謀──あなたたちが原因でしょう。気持ちが浮ついてるわよ。 マリサ──はい、のぜ。 レイム──ごめんなさい。 参謀──自分たちの任務、理解しているのかしら。 レイム──それはもちろんだよ! みんなで遠足! 参謀──集団で遠征よ。訓練なの。探索も兼ねてるわね。大した理由な     く群れが動くはずないでしょ。 マリサ──物資の円滑な運搬も理由の一つのぜ。 参謀──そうよ。あなたはわかっているみたいね。 マリサ──でも、さすがに疲れたのぜ。運ぶの、さっき仕留めたイノシ      シじゃダメかなのぜ? 参謀──ダメよ。あなたたちは「それ」の専属。今回の遠征がなければ     運ばなくって良かったものだけど。 マリサ──トホホ。 レイム──それにしてもイノシシさんが襲ってくるなんてね。 参謀──よほどお腹が空いていたみたいね。横から最後尾のゆっくりを     狙ってきたのは驚いたわ。 レイム──返り討ちにしたけどね。逆にこっちの食料が増えることにな      ったよ。 参謀──ヨダレ、出ているわよ。 レイム──ゆぅっ!(ヨダレをふく)仕方ないよ! だってお腹すいた      んだもの。(箱を見て)これがお弁当だったらなあ。 参謀──指の先さえかじらないようにね。長の意向は「生きる価値の無     い人間以外はできるだけ食べない」だから。 マリサ──うーっ、マリサも腹減ってきたのぜぇ。イノシシ食いたいのぜぇ。 レイム──イノシシさーん、早くレイムのお腹に飛び込んで来てね!       早くていいよ!  舞台上手から巨大なイノシシの頭がヌゥと現れる。 レイム──ゆぎゃぁああああ! マリサ──な、何なのぜ?! 参謀──(口をあんぐり開けている)  イノシシの首を棒にくくって掲げた参謀補佐が登場。 参謀補佐──失礼ですねえ。そんなにキモいですか、私の顔。 参謀──あなただったの。何やってるの? 参謀補佐──さっきイノシシの血抜きが終わったんですよ。で、首の       の方は先頭に持っていけと、長が。 マリサ──長が? レイム──何で? 参謀補佐──さあ。参謀は見当つきますか? 参謀──いいえ、あんまり。 参謀補佐──そうですか。まあ命令ですから、ともかくも先頭に行って       きます。では失礼。おお、重い重い。 参謀補佐、舞台下手へと去る。 レイム──ゆぅう、びっくりしたよ。突然生首が出てくるんだもん。 マリサ──いや、レイムも生首なのぜ。 レイム──イノシシさんは別腹なんだよ! 参謀──別腹……? 参謀補佐──あ、言い忘れてました。  参謀補佐、唐突に舞台下手から再登場。やはりイノシシの首と一緒に 現れたので、三匹は驚きの声を上げる。 参謀補佐──赤ん坊、列の最後尾より更に後ろに控えさせといてください。 参謀──え? 参謀補佐──長からの命令、その二です。いえ、これからちょっと騒が       しくなるのでね、赤ん坊が泣いてはいけませんから。では、       改めまして、失礼。  参謀補佐、舞台下手へと退場。三匹、顔を見合わせる。暗転。  暗闇の中、ザワザワと交わされる声。 スポットを当てられた参謀補佐、舞台上手から登場。あちこちに視線 を巡らせながら中央へ向かって移動していく。 参謀補佐──ふむふむ。なるほど、面白い。四方を険しい山々で隔絶さ       れた集落は特有の風習なり何なりがあると言いますが、そ       ういった雰囲気にあふれてますね。見れば見るほど面白い。       これは来たかいがありました。 参謀補佐、あちこちに向けていた視線を前に固定。 参謀補佐──あ、どうもどうも。所要ありまして、遅れてすみません。       参謀補佐のキメェマルです。  溶明。村の中。参謀と参謀補佐、箱に寄り添うレイムとマリサがいる。  向かい合って、村長他、村人たち。 村人A──いやあ、ようこそおいでくださいました、このようなヘンピ      な村に。何のおもてなしもできませんが、ゆっくりしていっ      てください。 参謀補佐──ええ、ありがとうございます、村長さん。 参謀──(村人Aの隣を示し)村長はこちらの方。 参謀補佐─あ、すみません。ずいぶんとお若いので。 村長──みんな若いですけどね。  一同笑い。 村長──(キメェマルを見て)それで、この方が群れを治めて? 参謀──いえ、群れの長は別にいて……参謀補佐、長は? 参謀補佐──ちょっと花摘みに。 レイム──この辺りにお花畑があるの? レイムも行きたいよ! マリサ──タンポポとかチューリップとか美味しいのぜ! 参謀──どちらもこの季節、咲いてないわよ。それにそういうこと     じゃなくてね…… 参謀補佐──便所です。うんうんです。 参謀──もうちょっとデリカシー! あからさま過ぎるでしょ! マリサ──ブリブリ、モリモリのぜ。 レイム──おお、臭い臭い。 参謀──あなたたちも乗らない! 村長──あははは、にぎやかでよろしいことですね。 参謀──すみません。すぐ出ていきますから。 村人A──遠慮は要りませんよ。休まれていかれては? 参謀──訓練の途中に立ち寄っただけですから。それにあれだけの数     がぞろぞろ入ってきたらやはり迷惑でしょう。 村人B──いえいえ、そんなことは。 参謀──それに先ほど狩りをして気が立ってますし。 村長──ああ、あのイノシシですか。立派なものですねえ。あんな巨大     な獣とやりあって無事だったんですか? 参謀補佐──負傷者はゼロですね。 村長──ほほぉ。 参謀補佐──楽々とはいきませんでしたけど。 村長──ああ、それで気が立っている。さっきの歌も? 参謀補佐──凱歌のことでしょうか。やかましくてすみません。テンシ       ョン上がりまくってるのですよ。 村人A──いやあ、久しぶりに威勢のいいのを聞けて、活気が出ます。 参謀──そう言っていただけるとありがたいです。ところで例の件なの     ですが。(箱を見る) 村長──ええ、それはもちろんお任せください。皆様の温かい気持ちを     十二分に理解した上で、丁重に扱わせていただきます。 参謀──よろしくおねがいします。では、私たちはこれで帰ります。 村長──はい、道中お気をつけください。 参謀──ありがとうございます。 参謀補佐──もう来ることはないとは思いますが、いつでも気にかけて       ますよ。 村人B──はい。ではごきげんよう。 レイム──じゃーねー。赤ちゃんにも、じゃーねー。(と箱に向かって      投げキッス) マリサ──(背を向けて)さよならは言わないのぜ。(振り向いて)グ      ッバイなのぜ。 村人A──さようならー。  箱を残し、参謀たちが舞台上手へと退場。  村人たち、相手が立ち去るのを見届けてから箱に駆け寄る。中をのぞ く目の光は、異様な輝き。  暗転。  暗闇の中、鳥の泣き交わす声が次第に聞こえてくる。  舞台中央にサス、その下で長と参謀補佐が話をしている。 参謀補佐──ところで、何故に立会いの場に来られなかったので? 長──適当な場所が見つからなくてね。 参謀補佐──花摘みの? 長──花摘みの。いやあ、催しながら探すのは苦労したよ。 参謀補佐──そこらでしてくれば良かったのでは。 長──乙女に対し、それはないだろう。群れの代表としての品位も問われる。 参謀補佐──はあ、品位、ですか。 長──何か言いたそうだな。まさか俺には品位の欠片もないとか? 参謀補佐──いえ、あえて何も言いませんが。ところで『悪魔の証明』       って知ってます? 長──酷い言われようだ。 参謀補佐──で。 長──ん。 参謀補佐──実際のところは何をしておられたので? 長──村の中を探索させてもらってた。 参謀補佐──あのまま一人で行ってしまわれたのですか。ずるいです       ねえ。次は私も誘っていただけますか。 長──単独の方が都合良くてな。今回は土産話で勘弁してくれ。 参謀補佐──面白いものが見つかりましたか。 長──うん。牛舎を覗いてきたんだが、ゆっくりの皮があった。きれい    にはぎ取られていたよ。 参謀補佐──おお、怖い怖い。私たちも食べられていたかもしれませんねえ。 長──それを防ぐための示威行為さ。あれだけ物々しくやれば、うかつ    に手は出せないだろう。こちとら曲がりなりにも妖怪だしな。 参謀補佐──わざとらしいくらいに有効的な態度を見せていましたね。       他には何を見つけましたか。 長──めぼしい物はそれくらいだな。 参謀補佐──それだけですか。 長──事物は一つでも、見方によってはいくらでも深く、面白くなるさ。    お前さんはあの村に何を見た? 参謀補佐──村長を見間違えてしまいました。 長──見間違えたか。……よく見ているな。 参謀補佐──ええ、皆さんお若く、そして似たようなお顔でした。 長──つまりは。 参謀補佐──近親婚がかなり深刻ですね。そりゃ早死にもしますよ。       血が濃すぎるんです。 長──クローン並みに同じ造形にもなるしな。 参謀補佐──けれど、赤ん坊は重宝されるでしょうね。新しい血です。       村の延命には欠かせない存在となるのですから。ただ、複       数相手の性交を強制される可能性はあるのですけど。 長──その可能性はあるな。別の可能性も考えられるが。 参謀補佐──平穏無事、幸福満点な人生ですか? 長──心にも無いことをスラスラ言うのは感心しないな。 参謀補佐──おお、非礼、非礼。それは長の特権でしたね。 長──そういうことだ。で、話を戻すがな、先ほど述べたゆっくりの皮、 参謀補佐──何です? 長──内側にべっとりと人間の血がついていた。既に黒く固まっていたが。  参謀補佐、意味を推し量るように怪訝な顔をするが、やがてあることに思い当たり、目を見開く。 参謀補佐──まさか。 長──何だと思う。 参謀補佐──『牛の首』の飢饉バージョン。 長──ああ、恐らくそうだ。 参謀補佐──参りましたね。しかし、そうだとしたら、赤ん坊がやがて       祭りの中心となったとしたら、 長──村人たちの腹の足しになるだろうな。十分ありうることだろう、    なにせ誰しもがお腹と背中をくっつけてる状態だ。 参謀補佐──我々が饅頭の群れとして襲われることは警戒していました       が、これはなんともはや…… 長──ま、いずれにせよ俺たちの手を離れたんだ。どうにもならんし、    どうでもいいさ。 参謀補佐──参謀は、 長──うん? 参謀補佐──参謀は知っているのでしょうか。もしくは感づいて? それとも何も、 長──理解しているさ。  長の言葉と同時に、舞台上手側に新たなサス。その下に参謀。遠くを 見ている。 長──していないはずがない。俺の下で働き、お前さんの上に立ってい    る彼女だぞ。ナマナカな目なぞ持っとらんよ。今話したこと程度    は、他の材料からでも察知しきってるさ。 参謀補佐──それでいながらあの態度を……そんな、本当に? 長──お前さんと同じでとぼけてるのさ。知った上で知らない態度を取    っている。大したポーカーフェイスだよ。無論、そうでもなけれ    ば、参謀は務まらないとも言えるが。 参謀補佐──因果な立場ですねぇ。 長──他者の人生に気を遣えるほど、こちらに余裕はない。割り切るし    かないさ。 参謀補佐──参謀は割り切りましたか。 長──表面だけでなく、心の奥においてまで、か? さあな。しかし、    最後には必ず割り切るさ。そうしなければいけないことは理解    しているんだ、参謀という立場にふさわしくな。 参謀補佐──(間)因果な立場ですねぇ。 長──ま、ともかく、今は仕留めたイノシシに舌鼓を打とう。久しぶり    のごちそうだ。参謀補佐も楽しみだろう。 参謀補佐──中身、イノシシのままでしょうね。 長──保証はしかねるな。 長と参謀補佐が笑い合う中、ゆっくりと二匹に当たるサスが消えてゆく。  参謀、遠くを見つめている。やがて、静かに正面に向き直る。  ──幕── 黒ゆっくり9(了) 過去作 黒ゆっくり1 fuku2894.txt 黒ゆっくり2 fuku3225.txt 黒ゆっくり3 fuku4178.txt 黒ゆっくり4 fuku4344.txt 黒ゆっくり5 fuku5348.txt(改訂版 fuku5661.txt)(改々訂版 74.txt・yy0248.txt・8.txt) うやむや有象無象 fuku5493.txt 黒ゆっくり6 fuku5662.txt 樽の中のれいむ fuku6569.txt 都市の一角で fuku6886.txt 黒ゆっくり7 75.txt・yy0249.txt・10.txt 黒ゆっくり7注解? 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