白銀の月が、紅魔の館を照らし出す真夜中。 地下の奥深くに在る大図書館で、知識と日陰の少女、パチュリー・ノーレッジは、 とっておきの魔導書を片手に、引き締まった面持ちで虚空を見つめていた。 「小悪魔」 「……はい」 「分かっていると思うけど、くれぐれも油断しないで。  ……貴女が狙うのは紅美鈴、および十六夜咲夜。  レミリア・スカーレットおよびフランドール・スカーレット、  十六夜咲夜は私が討つ」 「かしこまりました」 「……出来れば、フランドールが地下室に幽閉されているうちに実行したかったわね。  館内のである気が許可されているのは厄介だけれど……準備は万端。  行くわよ、小悪魔」 パチュリーの計画。 それは、レミリアを討伐後、代わってこの館を支配することであった。 彼女は知識人であり、また、賢者でもあった。 ゆえに、その計画に隙は無い。 図書館のドアが開かれる。 そこに立っていたのは、紅美鈴。 会話を聞かれていたかどうかなど、確かめる必要はない。 瞬時に判断を下して、パチュリーの魔力を与えられた小悪魔は、超高速で大玉弾を発射した。 美鈴は、悲鳴を上げてそれを避ける。 「うわあああ! 何でですかっ! 計画に混ぜてくださいって頼みに来たのにっ! ちょっと!」 だてにパチュリーの従者と、司書を兼業している小悪魔ではない。 油断大敵、とその頭に刻み込まれた小悪魔は、大玉弾を弾幕に変えて攻撃する。 しかしそれは、美鈴の背後に居たらしいフランドールによって相殺された。 「……予想外の展開だけど、やれるわね、小悪魔?」 「無問題です、そちらはお願いいたします、パチュリー様!」 天井に無数の魔法陣を展開し、そこから流水状の光線を落とす。 対するフランドールは、自身を紅い魔力で覆い、炎獄の槍をその手に握り、パチュリーめがけて特攻する。 しかしそれは、瞬時に構築された魔法障壁によって阻まれた。 「私たちの計画を邪魔させるわけにいかないわね」 魔法障壁から、色とりどりの光弾が放たれる。 「計画? 美鈴を殺してどうする気なのっ!」 障壁代わりの魔法陣が、フランドールを守る。 「小悪魔! パチュリー様っ! お話、聞いてくださいよぉ!」 一方、半泣き状態で、なんとか防御する美鈴。 「その子に恨みは無いわ、私にとって邪魔なのは、レミリアだけ!」 途絶えぬ光弾。フランドールの飛躍。 「なら美鈴を殺さなくて良いでしょ! って言うか、お姉様を殺すならぜひ協力するわ!」 飛躍することで一時的に光弾から逃げ延びる。 フランドールが結界を構築するには、その一瞬で十分だった。 美鈴もなんとか小悪魔の攻撃をしのぎ、自身を“気”の結界で守る。 「それは本当?」 「でも、当主はパチュリーがやってね」 「最初からそのつもりよ」 「ぜひよろしくおねがいしまっ……て、小悪魔は攻撃をやめてくださいっ!」 「油断は大敵ですから」 結界で防御態勢を取ったままの全員が、同様の判断を下した。 結界――もとい移動用のバリアはそのままに、レミリアが茶会を楽しんでいるであろう屋上へ向かう。 廊下を翔ける彼女らの前に立ちふさがる影一つ。 銀髪を揺らす完全で瀟洒な従者、十六夜咲夜。 「レミリア討伐前に、あの従者を葬らなくてはね」 「ごめんね咲夜、天国で幸せになれますように」 「……咲夜さん、せめて安らかにお眠りください」 「……悪魔がこう言うのも変でしょうが……アーメン!」 魔力を纏って特攻する4人を目前に、十六夜咲夜は一瞬の判断を下す。 宣言の無い、ザ・ワールド発動。 時の止まった世界で、咲夜が構築するは幾重にも連なる頑丈な結界。 そして、時は動きだす! 「私が銀のナイフを所持しているのは、レミリア・スカーレットを討つためです!  ……今まで、騙されたふりを、洗脳されたふりを続けてきましたが。  私の両親があの憎き悪魔に殺されたことを、私は忘れていないっ!」 結界は、戦闘のためのものではない。 言葉が伝わる程度の時間を稼げれば、それで十分だったのだ。 「なるほど、貴女も仲間だったというわけね!」 「その通りです、パチュリー様! ……ついでに、給金が無いと云う恨みもございます!」 「そうですか、歓迎しますよ、咲夜さん!」 「よかったわ、咲夜を殺さなくて済むのね!」 「まあ、私も少し……同じ従者として、咲夜さんにあこがれていましたから、良かったです」 言いながら、5人の少女たちは飛翔する。 すさまじい勢いはそのままに、紅魔館を突き抜けて、急上昇。――屋上へ。 「小悪魔との時間を邪魔され、ストーカーされたこの恨み!」 「パチュリー様との時間を奪われ、陰で虐められたこの恨み!」 「両親の敵! そして、給金の怨み!」 「現場の苦労も知らずに、よくも好き勝手、我儘言ってくれましたね! この、恨み!」 「495年にわたり幽閉され、在ること無いこと言いふらされた、この怨み!」 「「「「「いま、ここに晴らす!!」」」」」 色とりどりの光弾と、ナイフ弾が交差し、収束してゆく。 その太さは、どこぞの白黒の魔法使いが放つファイナルスパーク15本分程度だろうか。 思わず噴き出した紅茶とともにそれに飲み込まれたレミリアは、漆黒の翼を焼かれ、 なんとか脱出しようと足掻く。 長い長い時間。長い長い苦痛。 永遠に続くかと思われたそれを、吸血鬼の頑丈さで耐えきって。 紅の魔力を両手に宿し、空を仰ぎ見た彼女の時間が、奪われる。 気づけば、視界はナイフに埋め尽くされていた。 成す術も無く、無数のナイフに貫かれる。 まるで針山のごときその身に在る“目”が、破壊の少女に囚われて。 蝙蝠一匹残すことなく、レミリアは爆死した。 「改めてよろしくお願い致します、パチュリーお嬢様。  “魔女の狗”――十六夜咲夜に御座います」 「よろしくお願いいたします、パチュリーお嬢様」 「よろしくお願い致します。姉は当主を追われた……私もまた、パチュリー様の、従者」 「私はとくに変わりませんね、門番の紅美鈴を、今後ともよろしくお願いいたします」 「私は……これからは司書、ですね。改めて、よろしくお願いします、パチュリー様」 その場に居る全員が、跪く。 「よろしくね、咲夜。  それから小悪魔……あなたもまた、今までと変わらず、大切な従者よ。  美鈴も、今後ともよろしく頼むわ。  そして……フランドール。貴女に敬語は似合わない、今まで通りにお願いするわ。  でも今度は、親友になりたいわね。……これまで苦しんだ分、幸せを手に出来ることを祈るわ」 その輝きで以って少女たちを濡らす白銀の月は、 まるで、新たな主の誕生を祝福しているようだった。