(この作品は続きものの完結編です。読んでないとイミフ。  どうしても年内には回収してあげたかったので…蛇足もいいところ・か・も?) 前々作 ttp://thewaterducts.sakura.ne.jp/cgi-bin/up/src/fuku8935.txt 前作  ttp://thewaterducts.sakura.ne.jp/cgi-bin/up/src/fuku9014.txt 肉人形〜夢〜 家。 そう。ここは、家だ。 人形が沢山ある、変な家だ。 ―――かつて此処には一人の少女が住んでいた。 人形を愛する、美しい少女だった。 今は、いない。 出て行ってしまった。 家具も、服も、食料も、 大事な大事な人形たちも、 命くらい大事にしていた人形作りの道具も、 全部全部、置いていってしまった。 家は荒れている。 訪れるものもなく、掃除するものもない。 たまに来るとすれば森で迷った人間か、たまたま通りがかった妖精くらい。 人間は、家に人が住んでいないと知ると適当に物色して、やがて人形を怖がって逃げていく。 妖精は、人のいない家を興味半分で探索し、遊び飽きると帰っていく。 そんな闖入者も、人妖問わず"あるもの"を見てぎょっとする。 床に広がる、赤黒い何かの跡。 人は腰を下ろして目を近付け、妖精は傍まで飛んできて、それを凝視する。 そして、ほぼ例外なく嫌悪感を露わにし、ある者は小さく悲鳴を上げる。 ――それは、血溜まりだ。 人が死ぬには十分すぎる量だと一目で分かる、おぞましい血の痕跡。 いや、致死量などと遠まわしな事をいう必要はない。 実際にここで、一人の人間が死んだ。 時間が経ち、とっくに黒ずんで固まってしまった血。 一人の人間の少女が流した血。 霧雨魔理沙の血。 ―――私の、血。 でも私にはもう血は一滴も流れてはいない。 何故なら。 私の体は、血の通わぬ人形だから…だ。 ---------------------------------------------------------------------------------- 『蓬莱を怒鳴らないで頂戴!……質問に、応えて!魔理沙!!』 『あなたの欲していた魔理沙は、ここに在るわ。あなたのために、私はここにいるわ。  私は、この手で、あなたにしあわせを―――』 『アリス ヲ キズツケルナー!』 『アリス!?ちょっと…これ、は?』 『霊夢…魔理沙が……蓬莱がぁ……っ…!』 『うわあああああああああああああああああああああ!!!!!』 『ちょっ…アリス? アリスっ!?』  ………… …… … ---------------------------------------------------------------------------------- ………。 今となっては、過ぎ去った事だ。 私の体は――人形を愛する少女と、その人形によって壊された。 私の不動の視界は、私(正確には私の体をした別人)が、頭を半分吹っ飛ばされて血を撒き散らす姿を 鮮明に捉えた。 自分の姿なのにまるで他人事のように思えた。 私の体が倒れて、片方だけになった目が、はっきりと開かれていて、その目から、口から、 血 ち 赤い血が 赤い あかい 血が、 血が、 あかい赤いあかいあかいまっかなあかい あかあかかあかあああああああああ―――― ―――― ------------------------------------------------------------------------------------------------------------ やめよう 私は思考を無理やり打ち切った。 いけない。いけない。 もう、何度同じ事をしてこうなったか。 …これでも落ち着いたほうだと思う。 最初の頃――自分の体がああなったのを見た後――は酷かった。 目の前で自分が死んだのに、自分はこうしてそれを見つめ続けているという矛盾。 その事に混乱し、"赤"に取り込まれて沈んだ意識を取り戻すのに長い時間を要した。 そのため、家主であるアリスが何時いなくなったのか。それすらも見ることが出来なかった。 自分が自分を取り戻した時(正気とは言えない)、彼女の気配はなかった。 自分を構う可能性がある唯一の存在が消失した時の絶望は、計り知れなかった。 しかしどれだけ望んでも、足掻いても、体は動かず、声も出せない。 どんなに頑張っても"あの時"に蓬莱が見せたような自律行動は取れなかった。 きっと自分がこの体の本来の持ち主ではない事が原因なのだろう。 動けないと悟ると、できることは限られている。 こうして物を考え続ける事と、ただ前を見続け、音を聞き続けるだけ。 主のいない、静まり返った室内。 耳に聞こえるのは外から聞こえる風の音、木々の立てる音、鳥や獣の声、妖精たちの笑い声。 刻々と自分だけが時間だけが過ぎていく中、自分だけが取り残されているという感覚。 自分はここだ。だれか助けてくれ。 何度もそう心で叫んだ。 だが心の声を聴けるものなどそうはいない。 地底には居たが、此処になど来るわけがない。 たすけてくれ! ここはいやだ! うごけないんだ! だれかきづいてくれ! ここにいるぞ! だれでもいい!なんでもいい! きてくれ!わたしをなんとかしてくれ! たすけて! ここからだして! ――――やがて私は"それ"すらも試みなくなった。 否、"それ"の意味合いが変わった。と言うほうが正しい。 だれかきてくれ ここにきてくれ おわりたい もういやだ わたしはおわりたい おわらせてくれ こわしてくれ きっとそれでおわれるんだ こわして しなせて しにたい しにたい ------------------------------------------------------------------------------------------------------------ それにしても不思議なものだ。脳味噌がないのに普通に物を考えられる。 私の体の脳には間違いなく私の記憶情報が有ったことは、私の姿になった者の言動で確信できた。 であるにも関わらず、肉体から切り離されて人形に押し込められた私には、ちゃんと霧雨魔理沙としての記憶がある。 記憶するのは脳ばかりではない…ということか。 紅魔館の、パチュリーの図書館に行けば答えがあるのかも知れない。 今となっては無理な話だ。 …動けないせいか、余計な事を考えることが多くなった。 それしかする事がないのだから当然なのだが。 いっそのこと壊れてくれればいいのに、それが出来ずに今に至っている。 死のうと思ってもできないのだから仕方がない。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------- そうして私は、少女が居なくなった時のことをもう一度考える。 私が目覚めた時には、もう少女の姿はどこにもなかった。 ついでに倒れていた自分の体も何処かへ消えていた。 部屋が時の流れの中で汚れ始め、少女に吹き込まれた魔力で自動的に動いていた人形が次々に止まり、 彼女達によって灯されていた明かりが消え、いよいよ人の住んでいた痕跡が希薄になり…… 廃屋と呼ばれるのに十分な姿になるのにどれだけの時間があっただろうか。 窓が開いていたため雨風は入り放題だったから室内の汚染・劣化は余計に早かった。 私のこの体が、窓寄りにあったら今頃どうなっていただろうか。 窓辺にあった綺麗な洋服を着た人形が、雨風で見る影もなく汚れ、落下して砕け散っている姿を見ながら思う。 ああなったら自分は死んだだろうか。 それとも砕けた状態でなおもそのまま在り続けただろうか。 血塗れの人形は、誰の目にも留まったが、誰の手にも取られることはなかった。 誰が好んで拾おうか。 いっそ死を嗅ぎつけた火車に拾われて、旧灼熱地獄の火にでもくべてくれたらいいのに… 時折そんな詰まらないことを夢想する。 私の魂はここに在るのだから、死神も拾いに来てくれればいいのに… たまにそんな下らないことを願う。 さみしい。 さみしい。 慣れてきてはいたが、動けないまま延々と過ごす日々は辛い。 話すこともできず。視線を動かす事もできず。体を横たえている床の感触も感じられず。 ただ目に耳に入ってくる情報だけを受け続ける。 嬌声も、悲鳴も、泣き声も、全部ぜんぶ伝わってくる。 こわい。 こわい。 嗚呼。誰か。誰でもいい。何者でもいい。 この苦しみから、この辛い"今"から、私を解き放ってくれ。 何でもいい。どんな方法でもいい。どうせ痛くも痒くもない。ただただ心が痛い。 終わらせてくれ。 死なせてくれ。 楽にしてくれ。 消してくれ。 私を私を私をわたしを、わたしを、 人形になった霧雨魔理沙という名前のニンゲンだったわたしを ころしてくれ 「…だそうです」 「いやよ。馬鹿じゃないの?」 ……? 話し声?…人? わたしを、壊してくれるのか? 「"私を壊してくれるのか?"ですか。物凄くネガティブな思考ですね」 「私には分からないけど…そんなに酷いの?」 「死にたいそうです」 「………」 足音が近づいてくる。 「さ、遅くなったわね」 !!? 長らく動かなかった視界が、急に揺れ動く。 動きは激しい。視界がぶれにぶれる。 やめてくれ。気持ち悪い。 この体では吐くことも酔うこともないが、なんとなく気持ち悪い。 「久しぶり…って、うっわ!なにこの黒い汚れ」 「血ですよそれ」 「げっ」 すごく嫌そうな声がした。逆さまになっているので相手の顔が見えない。 だれだ。 持ち上げるのはいいが、なんで逆さにしているんだ。 まさか足を持っているんじゃなかろうな。取れたらどうするんだ。 「――さん。ちゃんと持ってあげてください。足が取れる、だそうです」 視界がぶらぶら揺れ動くせいで最初の部分を聞き逃した。 「大丈夫。大丈夫。アリスの作った人形はこのくらいじゃ壊れないわよ」 アリス。ありす。ああ、あの子の名前だ。 いまどこにいるのだろう。 そういえばなんでものが聴こえるんだろう。聴覚…というか神経、ないよな。 「あ、余裕はありそうですね。人形なのになんで耳が聞こえるんだろうとか今更なこと考えてます」 こら。そこ。余計なことを言うんじゃない。というか何で私の考えが分かる。 「当然です。私は覚り妖怪ですから。お忘れですか?」 覚り?さとり? なんだ。だれだ。だれだ、お前ら。 「誰だ、だそうです。相当もうろくしてますよ、この人」 「あん?私を忘れるなんていい度胸ね」 うおっ。急に回すな。 視界がまた回って、回って――――  !!! 「苦労したのよ。魔界で引きこもりに成り下がったあの子から話を聞くのは」 見覚えのある顔がある。 「魔界に行くにも前使った道は無くなってるし?  仕方なく白蓮のところの船を拝しゃ…借りようと思ったら妙な依頼は来る。  そしたら墓地に神霊が湧くわ。変な霊廟は見つけるわ。仙人どもが復活するわ。  大変だったのよ」 どうして自分を『高い高い』しながらそんな愚痴っぽい話をするのか。 それにしても、久しぶりに顔を見た。 あの後、あいつの様子を見に来た時以来じゃないのか。 「すごく驚いてますよ。顔を見せてなかったんですか?」 「仕方がないじゃない。あんたがあの魔理沙と入れ替わってるなんて知らなかったんだもの。  てっきりアリスが殺しちゃったと思ったんだから!」 最後のほうが怖かった。声大きい。 何だ今更。 私は人形なのに。 今更、何をしに来たんだ。 ああ、そんなことより、私をこわしてくれ、れい――「霊夢殿!ここかっ!?」 !! 聞き覚えのない声がする。 どたどたと騒がしい足音と共に誰かが家の中に入ってきた。 「遅いわよ。なにやってたの?」 …知らない顔が視界に入る。銀髪の…男? 「二人だけで森をずんずん進むからだ。お陰で我は迷子になったぞ!」 あ、声からすると女か。なんだか怒っているようだが… 「ぬああ!なんだこれは。人形だらけではないか!  ……うおあ!なんだこの血の跡は!事件か!殺人事件だな!?」 見たことのない妙ちくりんな格好をしたそいつが、室内の様子を見て勝手に騒いでいる。 今までで一番元気がいい驚き方だ。おかげで気分も損なわない。 「褒められてますよ、布都さん」 「何?…誰が?…ん、まさか人形に?」 布都と呼ばれたそいつは不思議そうな顔をして紫色の女を見ている。 …ああ、思い出した。そこの紫色のやつ、地底のさとりじゃないか。 「遅いですよ」 さとりは不満げだ。すまんすま―――うわっ!視界が!また霊夢か! 振り回すな!バラけたらどうする! 「よし。回収!」 人の話を聴け!相変わらずだなこいつ! 「振り回すな、ですか。少し元気が出てきたようですね」 「随分と汚い人形だな。というか血塗れではないか。かわいそうに」 布都は表情がコロコロ変わるやつだ。 「さとりのおぬしに心が読めるということは、この人形は生きておるのか?」 さとりに話しかけながら、こっちを不思議そうに眺めてくる。 こちらが血塗れである事に嫌悪感を抱かないらしい。 「血に塗れているけど気にしないのか、だそうです」 さとりが私が思ったことを勝手に代弁する。 「こやつとて好きで血を被ったわけでもあるまい」 同情、というより思ったままを口にしている感がある。 ごしごし。 「ぬう。流石にちょっと拭いた程度では取れぬな」 「優しいのねあんた」 「ふふん。物は大事にせねばな」 どや顔なんて久しぶりに見た。誰が物だ。 …何というか、表裏のなさそうなやつに思える。これは伝えるなよ? 「…ふっ」 さとりはこっちを見下しながら、意地の悪い笑みを浮かべてみせた。 さすがは嫌われ者の集う地底にでっかい屋敷を構えて住んでいる妖怪だ。性質が悪い。 それにしても可笑しな出来事だ。 一度に3人もやってきて、これまで誰も触れなかった私に構ってくる。 今更なんだというのだ。私は夢でも見ているのか。 いや、そうに違いない。 こんな私を誰が構うというのか。 そう。きっとこれは夢なのだ。 現実の自分は、今もこの薄汚れた廃屋の片隅に、血に塗れて一体で転がっているのだ。 「これは夢に違いない…だそうですよ。霊夢さん」 「はぁ?何寝惚けたこと言ってるのよ」 だからなんで私を持ち上げるんだ。 「ここを何処だと思っているの。 夢も夢。不思議の夢の幻想郷よ?」 ――――。 「呆然としてますね」 「あっそ…さ、こんな辛気臭い所に長居は無用。さっさと帰るわよ、魔理沙」 は? って、こら!抱きつくな! 「抱きつくな、だそうです」 「ん?落としたら大変でしょ?」 この無神経め。 こんな薄汚い私を抱いてどうしようっていうんだ… 「こんな超絶汚らしい私めを抱いてどこへ行きなさるのですか?だそうです」 おいこら脚色するなそこ。 「どこって、魔界よ、魔界。神綺に言って元に戻してもらうのよ!」 お前も突っ込めよ…って、 は? 「アリスの方はしばき倒したけど、まだ会えてないのよアイツに!  まったく、ウチの暇潰しをこんなにした責任、絶対取らせるんだからね!」 お前は何を…ってもう歩き出してるし。 何ニヤニヤしてるんだ、さとり。 なんだその良かったですねみたいな視線。 「魔界だと!?我も行くぞ!其処は魔物が跳梁跋扈するおぞましき世界と聞いておる。是非にこの目で見ておきたい!」 なんでこいつはこんなに元気なんだ。 「ついでに紫も連れて行くわよ。人形と人間の器と魂の境界を弄ってもらうから」 あの胡散臭いのまで絡むのかよ… 「魔界ですか。面白そうですね。お空とお燐とこいしも連れて行きましょうか」 遠足気分かよ!…こっち見てニヤニヤすんな! ……あーもう、どうでもいい! 好きにしてくれ!                                        〜完〜 (オマケ)---------------------------------------------------------------------------------------------------- 「布都」 「ん?なんだ?」 「ここにある人形、舟で運んでくれる?」 「―――えっ?」 おいおい…何百体あると思っているんだ。 布都も同じ事を考えているのか、霊夢の言葉に呆然としている。 「! ま、まさかこのために我を呼んだのか?」 「正解」 霊夢の返答に『ガーン』という表現が似合う顔をする布都。 哀れな奴。 さとりがくすくすと笑っている。知ってたなこいつ。 「くっそー!謀ったな!謀ってくれたな!我を謀(たばか)りおったな!  ならば望み通り呼んでくれるわ!人形ども!おぬしらを一網打尽にしてくれる!」 悔しがっているがあまり凄みがない。 「布都さん。手荒な真似は駄目ですよ。アリスさんが持って帰ってと言って――」 「出でよ!天の磐舟!」 さとりの話を全く聞かずに布都が叫んだ。 ? 霊夢が慌てている。 「あっ!馬鹿、こんな室内で――――ー がっっしゃあああああぁぁぁぁんんんんん!!! これはひどい。 家を突き破って舟が降ってきた。 「…………あーあ」 「やってしまいましたね」 「…す、すまぬ」 人形たちに被害はなかったが、アリスの家は無残にも半壊した。