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『ご利用は計画的に』 作者: 穀潰し
「よう、邪魔するぜ」
上空から風を巻き起こし降りてきたのは特徴的な黒白の衣装を纏った少女。俗に言う魔女スタイルの霧雨魔理沙。いつもと変わらないその姿にため息を一つ漏らす。
「邪魔するなら帰ってほしいんだけど」
魔理沙が訪れた場所―――博霊神社―――の巫女、博麗霊夢は箒を動かす手を止めず声だけを彼女に放る。知り合いとしてはあまりの態度、しかし魔理沙は何も言わず、くすりと悪戯っ子の笑みを浮かべると勝手知ったるように石畳を進む。
「何度見てもここは閑古鳥が鳴いてるな。これじゃ神社というより廃屋だな」
「ワビサビがあるといってくれるかしら」
「寂びしかないだろう」
拝殿の縁側へと腰掛ける魔理沙。座っていい場所じゃないわ、という霊夢の言葉も何処吹く風、彼女が休憩用に準備していたお茶や煎餅に勝手に手をつけ始める。
その姿をじっと見つめる霊夢。本来なら長い小言の一つでも飛んでくると思っていた魔理沙は急に居心地の悪さを感じた。
「な、なんだ? もう口付けちゃったし……返せなんて言わないわよな?」
「……返せと言ったら返してくれるの?」
「無理だ」
「でしょうね。でもまぁ、一応言っておくわ、その内返してもらうわよ」
「へいへい」
呆れたように肩を竦める霊夢。流石に気まずく感じたのかそっぽを向いて口を動かす魔理沙。それでも手を付けた物は全部片付けるあたり肝が据わっているというか太太しいというか。
「……しかし食べ物もそうだけど、あんたって人から盗った物の一つでも返したことってあるの?」
「あー……」
呆れたような口調の霊夢に、魔理沙は言葉を濁した。
人懐っこく、誰にでも好かれる魔理沙。その立場を利用して―――というのは少々言葉が悪いが、魔理沙は特定の人物に対して借金を抱えている。
それは文字通り金額であったり、勝手に持って言った商品であったりと様々だがそれらに共通して言えることはひとつ。
何一つとして返却されていないことだ。
「まぁ、あれだ。死ぬまでには返すつもりだ」
遠まわしに返却は無理と言いつつ、他人の食べ物に手を出す魔理沙。蔑称である泥棒魔女もこの姿を見る限り否定できない。
「別に金子じゃなくてもいいでしょ。あんたがいろんな所から持っていった物はかなりの数になるわ。しかも殆どが売り物とか貴重品、それらのうち幾らかでも返却すれば、今後また借りるとき少しはハードルが低くなるでしょ?」
「ハードルなら飛んで越えるから幾ら高くても問題ないぜ。それよりお茶のお代わりあるか?」
「……」
霊夢の皮肉も何処吹く風、魔理沙は彼女が自分用に準備しいてたお茶菓子を片付けるとお代わりを催促する。もはや何を言っても無駄だと理解し、止めていた箒を動かし始める霊夢。
彼女に相手されなくなったことに気づいたのだろう、魔理沙も縁側から下りると神社の中へと消えていく。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……なにお札を懐に入れようとしているのよ」
「懐じゃない、帽子の中だ」
「盗ることを否定するべきだと思うんだけど」
「否定したら盗れないだろ」
何を馬鹿なことを言っているんだ、と言外に語る魔理沙に頭痛を感じた霊夢が溜息一つ。ややあって言葉を吐き出した。
「魔理沙、外の世界にはこんな怪談話があるのを知ってる?」
「?」
「ある夜、人間が一人、堀で釣りをしていた。その日は妙に霧の濃い日でちょっと先は見えないほどだった。しかしそんな日だからこそ魚も油断してたのね、随分と釣れるのよ。魚篭はあっという間に一杯、満足した男は帰路に着こうと重い腰を上げたわ。その時よ、奇妙な声が聞こえたのは」
「……声?」
「か細い声で『おいてけ』と聞こえた。初めは男も気の所為だと思った。でもそっと耳を澄ませると確かに聞こえてくる。男は途端に気味悪くなりだした。それもそうよ、少し先も見えない霧の夜、誰が好き好んで男に声をかけるわけ?」
「それは幽霊の仕業だな。具体的に言うとあの腹ペコ亡霊とか」
茶化す魔理沙の言葉。しかし霊夢はそれを肯定も否定もせず話を続ける。
「男が狼狽えている間にもどんどん声は近くなってくる。いよいよ男はその場から駆け出した。でも駄目ね、どんなに走っても声は着いてくる。『おいてけ、おいてけ』って」
「自分としつこい声だな。山彦だってそこまで続かないだろう」
「もうどうしようもないと思ったのね、男は手に持っていた物を放りだして死物狂いで走った。ふと気付くと声は止んでいた。助かったと男は思ったわ。勿論男に放り出した物を取りに戻る勇気はなかった。だから次の日、明るくなってから男は昨日と同じ場所に行ったんだ。そこで男が目にした物は何だと思う?」
「何だ? 落し物って貼紙でもされた釣り道具でも置いてあったのか?」
「だったら平和だったんだけどね。男が見たものはバラバラに引き千切られた魚篭と釣竿、そして魚だったわけ」
「……ふぅん、随分と勿体ないことをする犯人だな」
「だからね、魔理沙」
何てこと無いように笑う魔理沙の肩にぽんと霊夢は手を置くと。
「おいてけ」
一言言い切った。
その言葉にしばし硬直する魔理沙。ややあって彼女は。
「……あはははははははははははっ!!」
吹き出した。何がツボには嵌ったのか、腹を抱えひいひいと笑い転げる。
「ふふ、だ、駄目だ霊夢。せ、せっかくの怪談が笑い話になってぶふぅ!!」
そこまで言葉を紡いで再び笑い転げる魔理沙。本人としては至極真面目に話しただけに、この反応に頬を掻く霊夢。
「笑い転げるのは構わないけど、あんたも気をつけたほうがいいわよ。何せあんたの知り合いにはこの手の話を実行できる連中が多いんだから。そしてあんたは常に『魚を釣り上げた男』と同じ状況にいる」
「私は男と違って力が使えるし、それに幽霊や亡霊、妖怪の仕業ならむしろ相手しやすいぜ。心配はご無用だ」
未だ小さく笑い続ける魔理沙。確かに彼女は多数の異変を解決してきた実力があるし、人間として見るならば魔力も異常と言っていいだろう。使える技もバリエーションに飛んでいるし、その一つ一つも決して力不足という訳ではない。確かに一山幾らの妖の類なら危機に陥るどころか暇潰し程度にもならないだろう。
「私が言っているのはそういうことじゃないわ。借りた物……あんたの場合は奪った物だけどそういう物は所有者の変更がなされていないのよ」
しかしそんな魔理沙の余裕を否定する霊夢。聞き慣れない言葉に先ほどまでのお巫山戯の雰囲気をかき消す魔理沙。
「……所有者?」
「ええ。物に魂が宿るという類の話を聞いたことはないかしら。あれは何も眉唾じゃない。本当にあるのよ。そういうことが」
「眉唾だぜ」
「……あんたに分かりやすく言うなら紅魔館のメイドがいる。これはあそこの吸血鬼の所有物。さて、あんたがこのメイドを『借りていった』として使うことが出来る?」
「あんな物騒なメイドなんてこっちから願い下げだけど……まぁ、真面目に答えると絶対無理だな。それこそレミリアが咲夜に命令でもしておいてくれないと」
「そういうことよ。そしてこれは何も人間や妖怪みたいに有機物だけに限った話ではないわ。本来貸し借りという行為は相互の納得の上での行為。『貴方を貸すからあの人の役に立って来てね』と『借りるから役に立ってくれ』という意識が貸し借りされる物に宿って初めてその効力を十分に発揮できるのよ。あんたのように無理矢理持って行くだけでは効力をひきだすどころか使用することすら不可能でしょうね」
「酷い言われようだぜ」
「まぁ……使用できないならまだましよ。所有者の元から無理矢理引き離された『物』は元の所有者の場所へ戻ろうとするし、所有者も取り戻そうとする。その結果がさっきの怪談話ね」
「……霊夢の小言はいつも長過ぎるぜ。何処かの説教閻魔じゃないんだし、もう少し纏めることは出来ないのか?」
「無理やり持っていくのは感心しないし、無許可で持っていったのなら早く返した方が身の為よ」
「なるほど、そりゃわかりやすい。だが断る」
霊夢の話を鼻で笑う魔理沙。霊夢自身もこんな話で魔理沙が考え直すとは思っていない。
だから彼女は忠告をするだけに留めた。結局の所、最後に選択するのは本人なのだから。
「まぁお茶請け程度にはなったかな。じゃあな、霊夢」
そう言い残すと引き止める間もなく空へと飛び出す魔理沙。嵐のような彼女に、霊夢も疲れたような溜息を隠せない。
「……直せないから癖って言うけどねぇ」
家へと帰宅した魔理沙。霊夢のお茶を頂いた後、彼女は図書館や古物店へとお邪魔(と言う名の窃盗)してきた。ほくほく顔の彼女は夕食の支度もそこそこに今日の戦利品を物色する。
「今日のお茶はちょっと薄かったかなぁ。さてと、適当に引っつかんできたんだけどこれは……魔道書だけど私の専門外だな、こいつは外れか。これは……玩具のナイフじゃないか。こーりんの奴、なんでこんな物商品棚に飾ってたんだ? こっちはただのガラス瓶、調合薬、鉱石、ショゴス……」
とは言え目についた物を適当に掻払ってきた為品目に節操がない。何とか使えそうな物を探しているうちに、外は何時しか月が中天を過ぎ、草木も眠る丑三つ時となった。
「お、もうこんな時間か。明日はアリスのところに邪魔しなきゃならないしもう寝るか……」
ふと時計を目にして自分が随分と熱中していたことに気づいた魔理沙。若い彼女にとって徹夜の一つや二つ苦でもないだろうが、それでも進んでやろうとは思わない。
と、ふあぁぁと欠伸を噛み殺した彼女の耳に。
―――――……けぇ―――――
何かが聞こえた。
ドキリ、と鼓動が早くなる。すばやく懐に手を伸ばし周囲に鋭い視線を送る。
妙な気配は一切無し。
飛び回った後での夜更かし、疲れのよる気のせいか。
緊張の糸を張り詰めたまま、魔理沙はすぐにでも動き出せるよう体中に力をこめ。
ふと彼女は今日霊夢から聞かされた話を思い出した。
――――無理矢理持って行くのは感心しない――――
魔理沙の頬を、一筋の汗が伝った。決して暑さが原因ではないそれは彼女の動揺を表している。
待て待て待て。あんな話、眉唾ものの怪談話のはず。実際に起こるわけなんてない。
必死で否定する魔理沙。しかし幸か不幸かこの場には彼女の考えを肯定してくれる人物は存在しない。
つまり彼女がいくら内心で否定しようともそれは彼女の強がりに過ぎないのだ。
「……ぉ」
一体どれ程硬直していたのだろうか。小さな声一言だすにも多大な労力を必要とした。そしてその声をもらした瞬間。
「……ぷはぁ!!」
体中の緊張が解けられた。盛大に息を吐きつつ床にへたりこむ魔理沙。何時の間にかびっしょりとかいた汗によって特徴的な魔女服は張り付き、不愉快この上ない。
「……はは、なに怖がってたんだが」
しかしそれより彼女にとっては安堵の方が大きかった。先程までの自身の無様な行為に苦笑を浮かべる。
魔女が幽霊を怖がってちゃ話にならない。
今回は霊夢からおかしな話を聞いていたから変に考えてしまっただけ。冷静に考えれば気配も感じないような妖相手に何を恐れることがある。
汗で張り付いた前髪をかきあげ、魔理沙は不適に鼻で笑った。
とりあえず切羽詰った問題はこの不快感だ。早いところ湯を浴びて床につこう。
そう考え魔理沙は湯殿へと足を向けた。
――――……てけぇ――――
「……」
「……な、なんだよ?」
「……さっき迄居た霖之助さんから言われたわ。これはちょっとした異変じゃないのかって。もしくは何か仕掛けられているんじゃないかって」
「人の善意を異変扱いするなよ」
「そうね。ちょっとした異変じゃないわね。立派な異変よね」
「おい」
のんびりとお茶を啜っていた霊夢の傍らにはガラクタの山。なんと昨日魔理沙が諸々から持って行った品々が、そのままそっくり彼女の元へと送られてきたのだ。
送ってきた人物は幻想郷にて古道具屋を営む森近霖之助。彼は昨日魔理沙に盗まれた品が今日になって急に返却されたことに違和感を抱き、こうして霊夢の元へと送ってきたのだ。
『霧雨魔理沙が持って行く=二度と手元に帰って来ない』の図式が出来上がっている状況で、目の前で起きていることは俄には信じ難い。現に霊夢自身も当初こそ夢だと思ったのだろう、彼女の頬が若干赤くなっている。
いい加減我慢できなくなった痛みで漸く目の前の事態が夢でないことを納得した霊夢は、次にこの事態を引き起こした原因を探ろうと頭を回転させ。
それほど時間をかけずに手を打った。
「……ひょっとして昨日の話が怖くなったの?」
「!? ち、違うぜ!!」
上擦った声は図星の証。そのおかしな様子に、しかし笑みは全く浮かべず、言葉を続ける霊夢。
「でもね魔理沙、たぶん皆が返して欲しいのはこれだけじゃないと思うわ」
「わ、わかってるよ。ただその……今はこれだけしか」
「……手遅れになる前に、ね。それより、さっきの霖之助さんの話はまだ続きがあってね、彼はこうも言っていたわ。『幸い持っていかれた物はガラクタばかりだし、魔理沙に譲るよ』って。よかったわね、これらはあんたの物よ」
「え? いや、いいよ。よく考えたら使い道なんてないわけだし」
「……いいの? よく考えたほうが懸命よ。何せこいつらの所有者はあんたになっているんだから」
しつこく確認してくる霊夢に、魔理沙はこれで少しはツケも帳消しになると軽口を叩く。そんな彼女をじっと見つめ、ついで傍らに投げ出された品物を見つめ、霊夢はふむと頷いた。
「まぁこれらは預かっておくからいつでも『連れて帰って』ね」
「だからいいって言ってるだろ。まぁとにかくこれで昨日の声も……」
「声?」
「な、なんでも無いぜ!! じゃあな!!」
そう言い残し神社をあとにする魔理沙。その後ろ姿を見つめていた霊夢はふと目を逸した瞬間に、傍らに有った饅頭が減っていることに気がついた。
「利子は高いわよ」
諦めたような口調で彼女はそうとだけ言った。
その後アリスの家へとお邪魔し、お茶をご馳走になってきた魔理沙。もちろん手土産は博麗神社より『貰ってきた』饅頭だった。
同じ職業同士話は弾み、気づけば晩御飯までご馳走になり、魔理沙は帰路へと着いていた。
「やっぱアリスの飯はうまいな……今度から食糧難になったら集りに行こうかな」
他人の物は自分の物、自分の物は自分の物。彼女の頭の中に有るのはそんな考えだ。
もちろん彼女とて力尽くで無理矢理奪っていくほど傲岸ではない。ただ心のどこかに『顔見知り同士なら多少の無礼も許されるだろう』という甘い考えがあることも確かだ。
そしてその考えが行き過ぎる時もある。
「それにしてもこーりんやパチュリーの所から取って来た物、何処にしまったかなぁ……」
食後の運動もかねて歩きながら、考えるのはそんなことばかり。霊夢から聞かされた話と、何より昨日聞こえた奇妙な音の所為で、微妙に魔理沙の内心も晴れない。
「ああでも、冷静に考えればこーりん達が霊夢に頼んで仕込んだ悪戯とも思えてきたし……それだとまんまと罠に引っかかるのもなぁ」
考えが浮かぶ度にそれを打ち消して、思考の迷路に迷い込む魔理沙。
「……あれ?」
ふと気づけば彼女は見覚えの無い道を歩いていた。夜の明かりといえば月に頼るしかない幻想郷だ。そんな場所で見覚えの無い場所に出たとなれば、それはもう立派な迷子。
辺り一面鬱蒼と茂る林。ひっそりとした空間には魔理沙一人。鳥も動物も風鳴音すら聞こえない。
しぃん、と無音の空間。まるでそこだけ防音の結界を張ったよう。
妙な居心地の悪さに、ぶるり、と身を一つ震わせる魔理沙。ふと、彼女は自分の呼吸音が妙に荒くなっていることに気がついた。
やべぇやべぇ、と一度空から周りを確認しようと箒に跨った魔理沙の耳に。
――――……てけぇ――――
「!?」
聞こえた。しかもこの前よりはっきりと。
ドキリと心臓を跳ね上げ、周囲を見渡す魔理沙。もちろん自分以外に姿など無い、
だが今度ばかりは気のせいで済まない。何せ彼女には声が聞こえる原因があるのだから。
「で、出てこいよ!! 今日は逃げも隠れもしないぜ!!」
少しどもりながらも、威勢よく声を張り上げる魔理沙。いつの間にかその手にはミニ八卦炉が握られている。
原因に心当たりがある以上備えはしておくもの。当たって欲しくない予感が当たったのは歓迎できないが、逆に考えればここで声の正体が仕留めることができる。
どんな奴だろうが焼き払ってやるぜ。
唇の端を吊り上げた魔理沙。それに応えるように彼女を襲ったのは。
てけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ――――――――
「―――!?」
音だった。
聞こえて来るどころの話ではない。まるで頭の中に直接流れ込んでくる音の奔流に声にならない声を上げて耳を押さえる魔理沙。
五月蝿いという表現などでは全く足りない。もはや痛いとまでいえる音の洪水。自身の上げている絶叫さえ聞こえない。
しかし、脳を直接殴られるような衝撃にガチガチと歯を鳴らしながらも魔理沙は八卦炉を握り直すと。
「―――!!」
何かを叫んだ。同時に八卦炉から眩いばかりの光。彼女の十八番である高出力の魔力砲が放たれたのだ。
大木の一本や二本なら軽々と飲み込む光の塊。それを発する八卦炉を横薙ぎする魔理沙。追従する光砲が360度全周を焼き払う。
「―――はぁっ!! はぁっ!! はぁっ!!」
荒い息をついて地面にへたり込む魔理沙。いつの間にか声は聞こえなかった。未だにガンガンと耳鳴りは続くが、それでも押し潰さんばかりの声に比べれば可愛いものだ。
へへっ、と小さく笑った魔理沙は傍らに倒れていた箒を掴むとその上に跨る。
声の正体は結局分からなかったが、さっきの砲撃で仕留められた様だ。これでこれからも借り物生活に戻れる。
声を招いた原因を知りながらそれを一切直そうとしない魔理沙。また声が聞こえたらふっ飛ばせばいい。そんな単純に考えているのだ。
だから。
――――てけぇ……――――
「う……わぁぁぁああぁああぁあああっ!!
声はやまない。彼女が気づくまで。彼女が『全ての物を元有った場所に返す』まで。
次の日には家にあった略奪品を根こそぎ返却してきた。
声は返却できなかった。
その次の日にはアリスやパチュリー直伝の強力な結界を張った。
すぐ背後で声が聞こえた。
その次の次の日には呪術の一種だと考え、その解決法を探った。
一切効果は無かった。
その次の次の次の日には声を無視することに決めた。
一日中声が聞こえた。
その次の次の次の次の日には家を飛び出し、紅魔館へとお邪魔した。
魔理沙にだけ声が聞こえた。
その次の次の次の次の次の――――。
ドンドンドンッと扉を叩き破らんばかりの音が霊夢の耳に飛び込んできた。その音にただ目を細め訪問者を迎え入れる霊夢。
訪問者は予想通り魔理沙。憔悴して苛立ちに染まった彼女の表情を見るに、何があったか凡その予想は付く。
そしてそれを肯定する言葉が彼女の口から漏れた。
「もう……もう、いい加減にしてくれよ!!」
怒声とも泣き声ともとれない悲痛な声。
「何なんだよ毎日毎日毎日!! 借りたものは全部返した!! それなのに……それなのに何でまだ声が聞こえるんだよ!!」
「魔理沙」
子供のように癇癪を起こす魔理沙。その姿に霊夢は傍らにあった物を掴む。
「寝ても覚めてずっと聞こえてくる!! 何なんだ、何なんだよ一体!! 全部返した筈なのに!! もう私の家には何も残っていない筈なのに!! なんで!? なぁ霊夢、何でまだ声が聞こえるんだよ!? 何か呪いなのか!?」
霊夢がなにを掴んだかも気づかず、彼女に掴みかかる魔理沙。そんな彼女に冷めた視線を送る霊夢。
「いいえ、あんたに呪いなんて一切懸けられていない」
「じゃあ何でだ!? もう全部、全部返した……」
「返せてないわよ。まだあんたが盗って行った物は残ってる」
取り乱す魔理沙に平然と冷静に言葉を紡ぐ霊夢。
「!? 何だ!? それは何なんだよ!! 教えてくれ!! なぁお願いだから、教えてくれよ!!」
「それはね」
縋ってくる魔理沙の背中に優しく手を回す霊夢。それと同時に。
「食べ物、よ」
魔理沙の腹部にナイフが突き立った。
「……ぇ?」
先ほどまで泣きじゃくっていた表情から一片、魔理沙は呆然と霊夢を見上げ、ついで自身の腹部へと視線を下ろして。
「な、んだ、よ、これ……」
それだけを呟く。それは何時しか返却した筈の玩具のナイフ。ただの樹脂製のはずのそれが、本物と変わらない切れ味を有していた。
呆然と腹部を抑える魔理沙。やがてカクンと、糸のきれた人形のように膝を付き床へと倒れ込む。
「おっと」
寸前で霊夢に抱き止められた。
自分で刺しておいて助けてくれるのか。
混乱でロクな思考が紡げない魔理沙の脳は、単純にそう思う。
だが。
「何時か言ったでしょう、『その内返してもらう』って」
温度の篭らない声でそう言った霊夢は刺さったままのナイフの柄へと手をかける。
ぐっと力を込める。そして刺さっているからこそ、その力が掛かる方向を理解した魔理沙。
「ま……ぇ、ゃめてぇ、れい……」
力なく否定の言葉を紡ぐ魔理沙に霊夢は。
「出来ない相談ね」
「っぁ゛!? あぎゃぁぁあ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛ぁっ!!」
ナイフを刺さったまま引き下ろした。ブチブチと嫌な音をたて魔理沙の腹部を切り裂いていくナイフ。玩具で人間の腹部を引き裂くという、本来なら有り得ない行為が平然と行われる。
その異常事態を理解してか、はたまた痛みからか、獣のような絶叫を上げる魔理沙。ただ痛みと混乱によって暴れるその姿。
どこにそんな力が残っていたのか、それとも動物としての生存本能か、はたまた痛みによる反射的な動きか、魔理沙の手足が暴れる。
それらで身体を打ちすえながらも尚霊夢は手を止めない。十分な傷口が出来た所でナイフを放り出すと。
「取り出させてもらうわよ」
至極冷静な声で魔理沙の傷口へ手をかけた。
「!?!?!? や゛め゛や゛め゛や゛め゛や゛め゛や゛め゛ぃぎゃぁあぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
咆哮。新たに拭き出す血を浴びながらも、霊夢は傷口を広げる。もはや魔理沙から声は出ない。
ミチミチ。ブチブチ。
ゴボゴボと内蔵出血に溺れながら、最後の抵抗か魔理沙の手が霊夢の髪をつかみ。
ぱたり、床へ落ちた。
それを意にかえさず霊夢は淡々と作業を推し進め。やがて目的の物を見つけると。
「これで、返却完了よ。魔理沙」
世間話でもするような軽さで言い放ち、内蔵を取り引きずり出した。それを傍らへ置くと、ふと彼女は思い出したかのように手を打ち。
「ああ、そうそう。しばらく預かってたけどこれ、あんたに返すわね」
そう言い放つと、傍らに落ちていたナイフを再び魔理沙の身体へと突き立てた。
ぞぶり、と容易く突き立つそれを目にして霊夢が唇の端を歪める。
「だから言ったでしょう? 『物は所有者の元に戻りたがる』って。置いてけだけじゃなくて、連れてけって聞こえなかったかしら?」
にたり。
食い物だってタダじゃねぇ。
まずは此処までお読み頂き有難うございます。筆者の穀潰しです。
元ネタは怖い話『おいてけぼり』。
普段何気なくしている行動が、実は相手にとって不快なことだとしたら。
親しき仲にも礼儀あり、そして物の貸し借りはしっかりと。
手緩い感は否めませんが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
>先任曹長殿
あまりにも返却が滞っているので一括返済取立てとなりました。
返済能力をよく考えてご利用ください。
>4様
有難うございます。『穀潰しと言えば自業自得』と言われるようになりたいです。
>6様
最大の賛辞有難うございます。仲が良い様で何処か冷めている、それが東方だと思うのです。
>7様
一応食べる予定ですが……そのあたりの妖怪に売りつけてもいいですね。
>8様
有難うございます。今回はちょっと初心に帰ってみました。
>9様
悔い改めたら許されるなんてハッピーエンドじゃないですか。
よく言います『馬鹿は死ななきゃ治らない』って。
>10様
ある意味もっとも手を出してはいけないものですからねぇ……
私の中では一番失礼だと思うのです。
>11様
原作でも二次作でも友人とかを一番躊躇い無く殺しそうなのって霊夢ぐらいですよね。
穀潰し
- 作品情報
- 作品集:
- 1
- 投稿日時:
- 2011/09/21 09:15:36
- 更新日時:
- 2011/09/28 23:10:19
- 評価:
- 11/15
- POINT:
- 1140
- Rate:
- 14.56
- 分類
- 霧雨魔理沙
- 博麗霊夢
- 一応自業自得シリーズ
- 返信
今までのツケを清算しようとしても、
手に負えないまでに利子が膨れ上がっていたのですね。
ケジメはしっかりとつけられてしまった、と。
魔理沙おいしいです。
恨み骨髄であろう
そして食べ物の恨みは怖い