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『東方飢餓録 @ 命蓮寺編』 作者: box&変ズ
八雲紫がこんにゃくゼリーを喉に詰まらせて死んだ!!
幸い幻想郷の崩壊は免れたが、本来幻想入りなど有り得なかった災害が、次々に楽園
へ降りかかっていく!!
日照り、冷害、ext…その先にあるのは―――――――
飢餓、そして無情なる死!!
これは、絶望する楽園の住人達と、崩壊していく幻想郷、それらの一端を記した記録で
ある!!
◆ ◆ ◆
「皆さん、仏の御心の下に歩んで生きましょう」
白蓮が説法を終えると、一気に拍手喝采が飛んでくる
「それでは、いただきましょう」
その一声で、命蓮寺に集う大量の人々、妖怪達が一斉に目の前の食事に手をつけ始
めた
「聖、やはりこの量は…」
「何を言うのです星、皆さんがつらい今だからこそ、我々も耐えねばなりません」
星と白蓮、二人の前にあるのは、茶碗に盛られた子供の手のひらでつかめるほどの
粟、そして雀の涙ほどの漬け物だった
いくら人間より丈夫な妖怪とて、この量で一日二食は堪える
「しかし姐さん、ご主人の言うことも最もだと思うぞ」
「流石にこれはまずいよ、姐さん」
「白蓮―お腹空いたぞ」
ナズーリン、一輪、ぬえもそれに続く
「だが、船になった時のための非常食まで出払っているんだ、これ以上の食糧は望
めないぞ」
村紗がそれに待ったをかける
が、やはり少ないと思っているのはどちらも変わらない
と、そのときだった
突然、白蓮が立ち上がった
「…聖、どちらへ?」
白蓮を怒らせてしまったのかと、恐る恐る問う星
が、すぐにそれが勘違いであったことに気付く
「星、ナズーリン、一輪、ぬえ、村紗」
白蓮は怒ってなどなかった
むしろ、聖母そのものような、柔らかく暖かい笑みを湛えていた
「私のをあげましょう、少ないですが、少しはお腹の足しにもなるでしょう」
白蓮は呆気にとられている星達を後目に、その場を去っていく
「待ってください!」
聞き慣れない声に振り向く白蓮が見たのは、命蓮寺に身を寄せる人妖達だった
白蓮が不思議そうな顔をしていると、彼らは自分達に用意された膳を聖に向かって
出した
「白蓮様、良かったらどうぞ…」
「…………!!」
一瞬固まっていた白蓮だったが、すぐにいつもの穏やかな微笑みを浮かべた
「ありがとうございます、ですが、それはあなた方のためにあるもの、気にせず食
べるべきです」
「ま、待ってください、聖!」
目の前にいる人妖達とは違う声に、振り向く白蓮
その向いた先には、さっき量が少ないとこぼしていた星達が、6人分の食事を差し
出しながら頭を下げていた
白蓮は、変わらぬ微笑みのまま、差し出された食事を1人分だけ受け取った
◆ ◆ ◆ ◆
この史上まれに見られる異変の発生から3ヶ月
度重なる災害により、幻想郷は忘れ去られた者達の楽園から強き者達だけが生き残
り、力が全てを支配する生き地獄となっていく中、唯一命蓮寺だけが前と変わらぬ
体制で地獄を渡り歩いていた
災害が起き始めた直後から、白蓮の主導で避難民を命蓮寺に受け入れていたのであ
る
そこだけは、数少ない食糧を人妖分け隔てなく分け合い、明日の希望を信じて生き
ていく、まさに白蓮の望んだ理想郷であった
――――――少なくとも、これまでは
◆ ◆ ◆ ◆
「それでは、いただきましょう」
その声が終わるか終わらないかの内に、人妖達は獣のように目の前の食事に手をつ
け始めた
「星、ナズーリン、大丈夫ですか?」
「ええ…大丈夫…だと思います…多分」
が、それに答える星の声は弱々しく、誰がどうみても衰弱し、痩せていた
「申し訳ない、私とご主人が不甲斐ないばかりに」
「……私に責めることはできません」
そう呟く白蓮の目の前には、明らかに一月前の半分ほどしかない食事があった
無論、他の人妖達のそれも、同様の有り様である
異変により作物が不足し、幻想郷全体が慢性的な飢餓に見舞われていたが、ここ命
蓮寺においては、ナズーリンのダウジングと星の「財宝が集まる程度の能力」で賄
うことが出来ていた
しかし、本当の異変は今から3週ほど前から始まったのであった
妖怪達の力が、日に日に激減していったのだ
身体能力は衰え、能力や弾幕は大きく制限されていく
そんな彼女らの姿は、もはやただの人間と変わりなかった
各方面からの噂では、現実と幻想の結界が壊れ、幻想郷から幻想そのものが失われ
ていることが原因らしい
が、妖怪のように存在そのものが幻想ではない人間はまだ影響が少ないらしく、
元々人間から妖怪になった白蓮も制限はあるものの、魔法を使うことはできた
だが、白蓮の魔法は、彼女に高まり溢れる生命力を与えることはできても、彼女の
目の前の飢餓に苦しむ人妖達をどうかすることはできなかった
結果、星とナズーリンに僅かに残った能力を酷使させているのだ、白蓮は申し訳な
いの一言では表せないような思いを抱えていた
「星、ナズーリン、私の分を差し上げましょう」
「で、ですが、聖…」
「あなた達の方が私遥かに多く働いてくれています、あなた達にはそれを食べれる
権利があります」
「聖………」
躊躇うようにうつむく星
その後、もう一度白蓮の顔を見る
柔らかな笑みに僅かに混じる、やつれた表情
「………ありがとうございます」
「…………こちらこそ」
そう言って、2人が自らの膳に手を付け始めたのを見ると、白蓮はホッとしたよう
に微笑んだ
そして、彼女自身の胃袋には何も入れずに、その場を去っていった
その姿を追う者は、誰もいなかった
◆ ◆ ◆ ◆
ほどなくして、白蓮の足が大広間の障子の前で止まる
そして、白蓮は障子が壊れんばかりの勢いで、障子を開け放った
「……………っ!!!」
そして、白蓮の目に飛び込んだのは―――――――
縛り上げられた無名の一妖怪
それに憎悪と怨鎖のこもった眼差しを向けながら、取り囲む人間達の姿
白蓮の目指す、人妖平等に暮らせる世界
それに真正面から相反する光景だった
「聞いてでてくれば………」
「これはどういうことですッ!!!」
それはいつもの白蓮のそれではない、確かに怒りが込められた叫び
それに対し、集まった人間達を代表するように、1人の男が前に出た
「簡単に述べましょう、白蓮様」
その男は、極めて冷たく、素っ気なく言い放った
「この妖怪は、空腹ゆえに我々の同胞を襲い、喰らったのです」
「ッ!!!!」
白蓮ははっきりと感じた
自らの喉がカラカラに乾いていくのを
言い出そうとした言葉が何も出せないのを
「さあ、諸君!!」
代表と思われる男が声を上げた
「この哀れで憎たらしい、愚かな妖怪を、どうしようか!!」
「殺せ!」
「ぶっ殺せ!」
「死刑!!」
「死刑だ!」
「死刑!!」
「死刑!!」
「死刑!!」
「死刑!!」
「死刑!!」
「死刑!!」
「死刑!!」
「死刑!!」
「死刑!!」
「まっ、待ってくださ」
「白蓮様」
「やはり人間と妖怪は分かれる物なのです」
「ではそろそろ刑の執行を…」
「よし、やれ」
その一声で、大量の人間たちが、手に手に獲物を持ち妖怪に群がっていく
「…………………ッ!!」
頭を殴られ
胴を抉られ
腕を切られ
足を刺され
全身に鮮やかな紅を振りまきながら、妖怪は断末魔の叫びを上げる
白蓮は、何もできなかった
1人の人間が放った包丁が、妖怪の左胸に突き刺さり、鮮血が盛大に宙を舞う
紅い体液が白蓮にも飛び散り、彼女の頬を伝う
白蓮は、何もできなかった
そのとき、白蓮の心中にある何かに、音を立てて亀裂が走った
大きな、大きな亀裂が
◆ ◆ ◆ ◆
「……ぬえ、やはりここはまずいんじゃないか」
「大丈夫だよ、村紗ぁ」
ぬえと村紗は、暗く狭い縦穴を這っていた
ぬえが先行して進み、村紗がそれに続く
「ほら、ここだよ」
2人が縦穴から這い出た先、そこには同様に暗い空間が広がっていたが、ただ広い
わけではない。
何かが詰まった麻袋が、少し詰まれていた
ずばり言えば、そこは人間たちの食糧庫だった
「食糧庫にこんな抜け道があったとは……」
「でしょ?私に感謝してよね」
「だが、やはり泥棒は………」
「元々こうしなきゃいけないのは人間たちのせいでしょ、だから良いの」
「………………………」
数日前のことである
とある妖怪が人間を食べてしまい、そしてその報復として人間たちにその妖怪が惨
殺されたのである
この事件を引き金に、白蓮の説得もむなしく命蓮寺は人間と妖怪の区域に別れてし
まった
ぬえは特にそんなことに興味はない
が、ぬえにとって厄介だったのは、人間と妖怪の食料を分ける際に妖怪達から明ら
かに半分以上の量の食料をふんだくっていったことにあった
人間側の代表の言い分が
「アンタら妖怪なんだから食料くらいもんだいないだろ?」
要するに妖怪という理由だけで食料をもっていかれたのである
「今じゃ妖怪だって、食べなきゃ死んじゃうのにさ、本当、勝手だよ」
「………確かに、そうかもな………」
だが、生きるために人を襲い物を盗る自分達妖怪とて、自分勝手のは変わらないの
ではないか
そう、村紗は心中思ったが、数ヶ月ほど満たされていない空腹感の前にそれを打ち
消した。
「それじゃ、念のため私が先行するよ、しばらくしたらついてきて」
こっくりと頷く村紗
それを一別した後、ぬえは薄暗い食糧庫を進み始めた
そして、余ったスペースに置かれた資材で視界が悪い中を少しずつ進む2人
ぬえが進み、村紗がそれに追いつき、またぬえが進む
そして、またぬえが進もうとしたときだった
「ぐああああああァァァッッッ!!??」
「ぬえッ!?」
突然、薄暗い闇に悲鳴が響いた
とっさに、村紗は物陰からぬえの様子を窺う
対泥棒用の罠を暗闇の中踏んでしまったぬえの右足に、鉄の牙が容赦なく食らいつ
き、深々と、痛々しくその存在感を放っていた
「ぬえ、今行く……」
「待って………村紗………」
ぬえの呻くような呼び声に、一瞬足が止まる村紗
「人がっ……来る…から………隠れて………て…っ」
村紗の口からふざけるな、と声が出掛かったが、その頃には、ぬえの悲鳴を聞いた
門番の足音が聞こえ始めていた
やむを得ず村紗は物陰に隠れた
「おい貴様!泥棒妖怪だな!」
程なくしてぬえの下にたどり着いた3人の屈強な門番たちが、ぬえを囲んでいた。
2人は槍を、もう一人は鉈を手にしている
「おい貴様、どこから入ってきた」
「………………」
ぬえは、無言で痛みに歪む顔を門番たちから背けていた
「黙ってないで答えろ!」
「いや、まて」
尋問する1人を、別の1人が制止する
「捕まえた妖怪を煮るか焼くかは俺達門番に権利があるんだよな?」
「ああ、そうだが」
「だったら、俺の故郷の形式に則ろう」
その言葉に、他の門番だけでなく、ぬえも首を傾げた
しかし、それに続いたのは―――――――――――
「俺の故郷では、盗人は右手を切られる」
「は?」
気づけば、尋問の最中だと言うのに、ぬえは思わず声を出してしまっていた
目の前の言動が、それほど現実離れしていた
「その場でか?」
「そう言うことだ」
「そいつは中々趣味が良いな」
「早速やろう」
「えっ、ちょっと待っ」
ぬえの言葉など最初から聞こえてないかのように、2人の男がぬえを羽交い締めに
する
「よし、いくぞ」
ざくっ
「いぎゃあああああァァァッッッ!!!」
ぬえは、一瞬何が起きたかわからなかった。
ただ理解したのは、目の前の男が鉈を振り下ろしたこと、そしてぬえの右の二の腕
から全身に暴れまわっている信じられないくらいの痛みだった
「むーん、骨が邪魔だなあ」
鉈を持った男は、2人にしっかり持ってろよ、と言うと、ぬえの腕の4分の1ほど
の深さの切り傷にまた鉈を添えた
そして、
ざしゅっ
「い″い″いいィィィッッ!!??」
ごりゅっ
「あぎゃああああああァァァッッ!!!!」
ばきっ
「があ″あ″ああァァァッッッ!!!!」
「よーし、あと最後の一発だ」
そして、ほとんど骨まで断ち切られているぬえの腕への、最後の一撃
ざしゅっ
一つの肉片が、鮮血を宙に舞わせた
「は?」
ぬえを羽交い締めにした2人の男達は、見た
目の前の前の男の首が、鮮血を宙に舞わせたあと、床に血化粧を飾ったのを
「貴イイィィ様らあああァァァッッ!!!!」
そこには、紅く染まった錨を持ち、鬼のような表情の村紗がいた
「まっ、まさか仲間っ…」
動きだそうとした1人が言葉を紡ぎ終わらぬ内に、村紗は重い錨を捨て、男の顎を
蹴り飛ばした。
そして間髪入れずに両手を振り上げる
「死″ね″えええェェェッッッ!!!」
そして弱体化したとはいえ、微弱になら使える妖力で、錨を生成し上段に構える
そしてそれを、驚き戸惑っていた最後の1人の頭に叩き込んだ
「まだだッッ!!ぬえが受けた痛みは、こんなんもんじゃないッッ!!」
そう叫びながら、村紗は何度も錨を振り下ろす
白いセーラー服がいくら紅に染まろうが、狂人のようにひたすら、死体に錨を振り
下ろす
「ぐぞッ!ぐぞッッ!!ぐぞッッッ!!!ぐぞおおおォォォォッッッ!!!!」
と、そのときだった
「村………紗ぁ…………」
「ッッ!!!」
虫の息であるぬえの、羽音より小さい小声に反応しぬえに駆け寄る村紗
「ぬえッ………ぬえェェッ!!」
血濡れのぬえを抱きしめる村紗
彼女は、蹴りながら、振り下ろしながら、抱きしめながら泣いていた
「ぬえ……ごめんよ………私が………私が止めていれば……………」
どすっ
「………………え?」
村紗は自分の左胸に違和感を覚えた
彼女の左胸から、一本の槍が生えていた
「野郎……よくも仲間を殺りやがって……化け物め」
彼は、村紗に蹴られた男だった
村紗の胸から、槍が引き抜かれる
「………がはっ」
村紗はそのまま、ぬえに折り重なるように倒れた
「ぬ………え………」
「村…………紗…………」
それが、彼女達の最期の言葉だった
◆ ◆ ◆ ◆
「星………私は………」
「聖、あまり自分を責めないでください」
2つの中々に大きい石の前で、白蓮と星が話しをしていた。
彼女達が話しているのは、先日の村紗とぬえの一件である。
白蓮は、自分が人間をまとめられなかったせいだと考えていたのだ。
「聖、あなたを少々頑張りすぎです!」
「………そうですね。」
にっこりとする星に釣られて白蓮もいつものように微笑みを浮かべる。
が、どこか力のない微笑みだったのは、彼女を良く知っている者から見れば明らかだった。
「ぬえ……村紗…………こんな簡単な墓で申し訳ありません」
白蓮はそう、目の前の2つに告げ、手を合わせ目をゆっくりと閉じた。
星もそれに続く。
しばしの沈黙。
「星、先に本堂の方に戻ってなさい」
「えっ………」
沈黙を破る第一声。
星は自分が何かうっかり変なことをしたのかと、急いで白蓮の顔色を窺おうとした。
が、白蓮はぬえと村紗の方を向いていて、ちょうど星には窺えぬ角度だった。
「聖……何か用事でも……?」
「いえ……もう少し2人の側にいてあげようと思うのです。」
「ですが……」
そのセリフを、星は言いかけて、急いで飲み込んだ。
白蓮の声は、静かに震えていた。
「……わかりました聖、では私はこれで。」
2人の間には、それで十分だった。
星は、風に乗って微かに聞こえる、小さな小さな嗚咽を背に、本堂へ戻って行った。
◆ ◆ ◆ ◆
「くそっ……人間達め!」
星の前よりずっと細くなった腕が、音を立てて狭い個室を揺らした。
「何で……何であんな人間達のために、聖が辛い思いをしなきゃならないんです!」
「落ち着くんだ、ご主人」
その可憐な顔いっぱいに、憎しみの色を浮かべる星を、ナズーリンがなだめる。
「忘れたのかご主人、聖の教えは―――――」
「そんなことはわかっていますッッ!!」
「落ち着けと言ってるのが解らないのかッ!ご主人ッッ!!」
小さな賢将の、力強い一喝。
「………すみません、ナズ」
星に冷静さを取り戻させるには、十分であった。
「解れば良いんだ、だが、何故そこまで人間達を憎む?」
「………人間と妖怪が、寺の中で別れてるのは言うまでもないですね?」
ああ、と頷くナズーリン。
別れた内の妖怪側を取り仕切っているのはここにいる2人である。
解らないはずもなかった。
「ですが、それでも人妖平等の立場なのが……」
「聖か」
しかし、と星は続ける。
「いつも人間の方に説法に行く聖が、どんな仕打ちを受けているか知ってますか?」
「出ていけ、魔女。そう、言われるんですよ」
「罵声を浴びせる者、徹底的に無視する者。色々いますけど、」
「説法を聞いてくれるような人達も、聖が近づいただけで逃げるのです……」
「それでも、聖は微笑んでいるんです!」
「何度歩み寄ろうとしても、迫害される!これじゃあ、封印される前と同じじゃあないですか!」
「…………予想はしていたが、ここまでとは」
間を挟むように、ナズーリンは大きく溜め息をついた。
「卑怯なのです、人間達は!」
ここまで怒り狂っている星が、人間に牙を剥かない理由。
それはあくまで、人間が「正しいこと」をしているからである。
人間を襲った妖怪がいた。返り討ちにした。
貴重な食糧を盗もうとした妖怪がいた。袋叩きにした。
何も悪くない、正当な理由である。
妖怪から食糧をふんだくるのも、今では妖怪とて人間と大差ないと言うことを除けば、理にかなっている行為である。
とどのつまり、大義名分がないのだ。
行動を見ず、言葉だけを見るなら、悪いのは全て妖怪になってしまう。
正直に言えば、聖のためを第一に考える星にとってはどうでも良いことだった。
が、星には必要だったのだ。人間達を皆殺しにした後、それについて聖に納得してもらうための、大義名分が。
「ああ、ナズ……私は一体どうすれば……」
とうとう怒るのにも疲れ、うなだれる星。
「……ご主人、君は本当に聖を気にするのだな」
「………ええ、言われるまでもなく」
下を向く星の頬が、わずかに朱に染まる。
その様子を一瞥すると、ナズーリンは星に背を向けた。
「ナズ…どこへ行くのですか?」
「ご主人、今夜だ」
思わず、「今夜?」とつぶやく星に、ナズーリンは言い直した。
「今夜、本堂にありったけの妖怪を集めてくれ」
「……!!………ナズーリン、一体何を……?」
「待てば海路の日和有り、と言うじゃないか!」
ナズーリンは、それ以上何も言わず、その場を去っていった。
その瞳に、強い決意と、濁りきった何かを秘めて。
◆ ◆ ◆ ◆
「……こっちだ、一輪」
腕を引く人影、腕を引かれる人影。
その2つが、わずかな夕日の残光の下、本堂から大分離れたあばら屋に向かっていた。
辺りには他に動くものも無く、虫の音と風の音ばかりがかすかに響いていた。
「ナズーリン、こんな誰もいない所で、話しとは何ですか?」
「ああ……聖やご主人…できれば他の妖怪にも秘密にしたいことなんだ」
あばら屋のさらに薄暗い物陰、そこで2人は足を止めた。
「今聖には食糧探しを頼んでいるから良いが、やはりご主人がどこで聞いてるか解らないからな」
「だからといって、このような人間達との境界線ギリギリに来なくても……」
と、一輪は、ナズーリンが見慣れない風呂敷を持っていることに気づいた。
「おや、ナズーリン、それは?」
「今から見せよう」
そう告げると、ナズーリンは風呂敷を広げ始める。
「一輪、すまないが、これは少々慎重に扱わなければならないんだ、取り出し終わるまでそっちを見張って居てくれないか?」
「ええ、わかりました」
若干首を傾げながら、ナズーリンに背を向け辺りを見張る一輪。
少しの間、2人の間に沈黙が漂う。
「ナズーリン、そろそろ良いですか?」
少したち、一輪はナズーリンに問う。
返事がない。
「……ナズーリン?」
いい加減長くないか、そう思いながら一輪は振り向こうとした。
その、瞬間だった。
ざしゅり
一輪は、聞き慣れない音を聞いた。
それは
ナズーリンの持った短刀が、一輪の喉笛をかっ裂いた音だった。
一輪は、驚愕の表情を浮かべながら、声も出せずに崩れ落ちた。
「何故、といった表情をしているな」
血濡れの短刀を握り、自身も返り血に濡れながら、小さな賢将はひどく冷静に話し始めた。
「我々妖怪には、大義名分が必要なんだ、人間達が罪を犯したと言う名のな」
「だから一輪、君は妖怪のナズーリンに殺されるんじゃない、人間達の……いや、正しくは私が人間達からくすねた短刀で殺される」
「即ち、君は人間に殺されたことになるわけだ」
「許してくれとは言わない、だが恨むなら、愚かで浅ましい人間達を恨んでくれ」
が、それに答える者はいない。
一輪の体からは、既に多くの熱が奪われ始めていた。
「……聞く者はいない、か」
静かに呟くナズーリン。
が、それでも彼女はその語りを止めなかった。
まるで、一種の懺悔のように。
「だが、これでは不十分だ」
「1人だけでは自殺と言われる可能性もある」
「あと1人、あと1人必要なんだ」
「自殺には多く、心中には少ない、2人という数字がな」
そう呟くと、ナズーリンは―――――――――――
持っていた短刀の切っ先を、彼女自身の首筋に突きつけた。
「……ご主人」
これから、ナズーリンは死ぬ。
彼女の愛した主人、寅丸星のために。
が、ナズーリンは知っている。
彼女の主人が見ているのは、彼女ではなく聖白蓮ただ一人ということを。
彼女の主人が憎んでいるのは、「人間」ではなく「聖を苦しめる人間」だということを。
「………ご主人」
もう一度、呼ぶ。そして、
「…………君の幸せが、私の幸せだ」
ナズーリンは、思い切り短刀を突き出した。
人気のない、寂しいあばら屋の物陰。
物言わぬ屍が、2つ有った。
◆ ◆ ◆ ◆
「寅丸様!見つかりました!」
「本当ですか!?」
大量の妖怪がひしめく本堂の中、その報せを聞いて表情を変えた妖怪が、1人。
星である。
一枚障子を隔てた外は、中とは対照的に静まり返り、夜の帳に包まれていた。
しかし、一向にナズーリンと一輪が帰ってこなかった。
「待てば海路の日和有りと言うだろう?」
その台詞が、星の頭から離れなかった。
「して、2人はどこに?」
「そ、それがーーーーーーーーー」
「2人とも、すでに何者かに殺されていてーーーーーーーーーーー」
「何を、言ってるのですか?」
星は、何かを考ようとした。
何も、考えられなかった。
「ナズーリン様も、一輪様も、人間達の物と見られる短刀で、殺害されたようでし
てーーーーーーーー」
星は、段々見えなくなっていく。
聞こえなくなっていく。
感じられなくなっていく。
星の体が、それらに拒絶反応を示していた。
「おそらく人間達の仕業かとーーーーーーーーーーーーーーー」
「「待てば海路の日和有りと言うだろう?」」
悲しい事に、星は理解してしまった。できてしまった。
2人の間にあった、全てを。
「あの、寅丸様?」
「嫌あああああああああああああああッッッ!!!」
「!?」
何事かと、驚く妖怪。
「くっ……くそっ……人間が…………人間なんかがいるからあああああ!!!」
ざわめく妖怪達。
が、戸惑う彼らを尻目に、星は叩き付けるように叫んだ。
「殺す……殺してやるぞ、人間どもを!!」
♦ ♦ ♦ ♦
「何ですか……これは……!?」
頼まれていた野草摘みを終え、命蓮寺に帰ってきた白蓮。
だが、彼女を待っていたのは、目を覆いたくなるような惨状であった。
おびただしい程の、屍の群れ。
ピクリとも動かないそれらの間を、仲間の姿を求めて白連は進む。
「っっ………!!!」
本堂へと続く道に建つ、あばら屋。
ナズーリンと一輪が、血にぬれて倒れていた。
無論、ピクリとも動かない。
「…………………………。」
白連は、何も発せなかった。
彼女は、しばらく静かに手を合わせると、走り出した。
白連は、一刻も早く星の安否を確かめたかった。
「お願いです……無事でいてください……!」
そして、本堂への道を、大分駆けた頃だった。
「ああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッッッ!!!」
「今のは!?」
白連の耳をつんざく、この世の物とは思えぬ断末魔。
倉庫の方から響いた、それの元に走る白連。
そこに、いたのはーーーーーーーーーーー
「しょ、う?」
それに対し、星、ではなく星だった物は、ぐしゃりと地面に崩れ落ちてるのみだっ
た。
「おい、白連だぞ」
星を八つ裂きにした人間たちの一人が気づく。
「あいつも妖怪だ、殺っちまおう」
「そうだ、やらなきゃ殺られる」
「覚悟しろ、化け物!」
人間達は、白連に武器を向けた。
白連は、何の表情も見えない虚ろな顔で、一言呟いた。
「南無三」
静かに、ただ静かに。
♦ ♦ ♦ ♦
「……………………………。」
気づけば、白連は本堂にいた。日は高く昇りーーーーーーーーーーーー
白連の両手は、真っ赤な血で輝いていた。
「……………私は、やってしまったのですね。」
おぼろげな、彼女の記憶。
それは、命蓮寺内の全ての生物を、その強力な魔力を帯びた肉体で皆殺しにして
いったものだった。
人間も、妖怪も、平等に。
「……………………………………。」
もはや、彼女には、生きている目的も、資格も無かった。
それは、彼女自身が一番良く知っていた。
何も語らぬ白連。
その右手に、膨大な量の魔力が注がれていく。
ただの魔女など、簡単に吹き飛ばしてしまう程の。
白連は、ふと上を向いた。
戦いでボロボロになり、見る影も無い仏像があった。
そして白連は、口を開いた。
「所詮、人妖の平等も、仏の道もーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーー幻想だったのですね」
そして、彼女の右手が、彼女自身の急所を貫いた。
そして、だれもいなくなった。
end
初めまして、おはようごさいます、こんにちは、こんばんは
念のため全部。
この作品は、
作文「box」
編集、調整「変ズ」
の2人組でお送りしました。
そのため、コメントも別々にどうぞ。
「box」
ここまで読んで下さりありがとうございました!
初投稿というまだまだ完全な状態にはほど遠い作品ですが、どうか生暖かい目で見守って下さい。
我々は、合作と単独を繰り返す予定ですのでこのシリーズもまったり進みますが、最後までたどり着き対たいと思います!
…………飢餓と言うより「飢餓が原因の惨劇」なのは、みんなには内緒。
「変ズ」
細かいことは気にしないでいただきたい。
box&変ズ
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2011/10/12 14:21:13
更新日時:
2011/10/15 15:38:52
評価:
5/20
POINT:
580
Rate:
8.07
分類
東方飢餓録
命蓮寺
出オチ
妖怪の力が失せ、人間の心がすさめば、ほれ、この通り。
理想論者の末路。
論ずるよりもまず行動。
食わねば、死ぬ。
殺さねば、死ぬ。
ほらね、簡単でしょ。
誰の名前が入ってるのか知らないが
。
次回にも期待。
なんか昔こういう話ありましたよね。確か紫が魚の骨のどに刺して死ぬやつが。
まあ内容はまるでちがうものなのですが……それはさておき、外の世界から逃げ出した分際で外を見下し楽園気取ってる幻想郷がこのように末期社会化する話は実に胸がすっとするものです、いいぞもっとやれ。
白蓮の言ってる事はこの状況では「食料もそれを手に入れる方法もないけど皆で分け合いましょう」っつうまさに全滅まっしぐらの提案だし、こうなって当然ですよね。
今後とも楽しみにしてます、がんばってください!!
>>1さん
確かに無理矢理感が…話作りは難しいですね
>>3さん
ありがとうございます!
>>NutsIn先任曹長
いつも作品を読ましてもらってます!これからも頑張って下さい!
>>6さん
変ズは簡単に言えば相談役です。一人だと暴走してしまうので…
>>8さん
つい話をだらだら続けるだけになるのは、反省はしてますがいつもうまく行かなくて…
今後の課題です
>>10さん
アッ-----------------!
指摘ありがとうございます
完全に忘れてました
>>11さん
確かにこれだと読みにくいので、修正しました
>>12さん
ありがとうございます
>>16さん
わざわざ長文でお褒め頂き光栄です!
是非次作で逢えることを願います!
匿名評価の方々、ありがとうございました
次作にご期待下さい!
命蓮寺の連中は好きだからショックだ……。
本当に人間と妖怪の共存は不可能なのでしょうか