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『Eternal Full moon 第10話』 作者: イル・プリンチベ
―44― 式神契約
「体が痛いよぉ…、誰かに助けてよぉ…」
大失敗に終わった『月都万象展』から1カ月も姫様に虐待をされたせいであたしは全身が傷だらけになっていた。人間より頑丈に出来てるとはいっても、つねに“釣り耳”されっぱなしで過ごしてたんじゃ傷の修復が間に合わないのさ。おかげであたしは全身が悲鳴を上げるぐらい痛くてたまらないのに、誰もあたしに救済の手を差し伸べてくれる人がいないってことが悲しすぎるよ。あたしはみんなに好かれている幸運を招く因幡の白兎筈だと思っていたのに、実は誰よりも嫌われていたと考えてしまうといてもいられなくなるほど辛いね。
「出してよぉ!誰か、あたしをここから出してよぉ!」
あたしはここから出してもらうために扉を叩きながら精いっぱい叫んでみたんだけど、ここにいる住人達は残念ながら誰もあたしのことを助けてくれない。酷いったらありゃしないよ!あれだけ姫様とお師匠様とれーせんのために頑張ったのに、こんな扱いをされるなんてさ。
「姫様、お師匠様、れーせん、みんな!あたしを助けてよ!」
姫様とお師匠様とれーせんに『月都万象展』が大失敗に終わった責任を取らされた事を改めて思い出したよ。やっぱり姫様やお師匠様やれーせんみたいな尊き月の民の方々は、私のような穢れた地上の兎はなんかどうでもいいと思っているみたいだね。現にこんな扱いをされているんだからさ。
「あたしは姫様のために頑張ったのに、こんな仕打ちを受けるなんてあり得ないよぉ!」
あたしは尊き月の民の連中の財布扱いされている事と、責任を転嫁されてお仕置きされた事がどうしても許せなかったので、仕返しをしてやろうと本気で思ったね。どうしてかっていうと、人の物を勝手に奪い取るだけでなく、そのくせ自分のせいで失敗してもあたしに責任をなすりつける扱いをされることにこれ以上我慢できないんだ。
「くそっ!くそっ!くそっ!」
何も出来ない自分が悔しくて、権力に従わざるを得ない自分が腹ただしくて、何か事がある度にいつも地べたに這いつくばらされて、いつも馬鹿にされ続けている自分が情けなくて悲しくて悔しくてたまらない。いくら悔し涙を流しても流し足りないぐらいさ!いつもいつも姫様に無理難題をけしかけられて何とかしようと必死になって頑張っているけど、それをやったとしてもほぼ必ず失敗することが解っているのに、それでも無駄としか言いようのない努力を強いられることが馬鹿馬鹿しくったらありゃしないね。
「この借りはいつか返してやる!お前たちの天狗の鼻をへし折ってやるから、首を洗って待っていろっ!」
憎たらしい月人どもに地獄を見せてやるならあたしはなんだってやってやる!あたしの命一つであいつらを破滅に追い込めるなら、地獄の悪魔でも何でも取引をしてやるさ!どうせこのままあいつらに殺されるんだったら、あの胡散臭い“ゆかりん”と組んで一泡吹かしてやろうじゃないの。
「“ゆかりん”!あたしを助けてよ!同じ地上の妖怪が、憎き月の民に虐待されているんだよ!」
普段だったら絶対会いたくない“ゆかりん”でも、この現状を脱するためだったら絶対に会わなくてはならない存在に変わってしまうから驚きだ。普段であれば腹の奥底が読めない困った妖怪なんだけど、こういうときはこれ以上ないほど頼りになる偉大な妖怪なのさ。
「八雲様。目先の欲望に目がくらんでしまい、月人どもに懐柔してしまうという過ちを犯したあたしを許して下さいませ!」
あたしだってそれなりの意地があるんだから、タダでは倒れるわけにはいかないのさ。いや、タダで倒れちゃいけないんだ!今まで散々地べたを這い付くばると言う屈辱を受け続けたんだから、せめて一回でもいいからあいつらをひれ伏してやろうじゃないの。地上の民を舐めてもらっちゃ困るね。
「私が信頼ならないと思われるのでしたら、“悪魔の契約書”で私の命を賭けさせていただきますので、どうかこの哀れな因幡の白兎にどうかご慈悲を」
今更“ゆかりん”に助けを求めるのはある意味自殺行為に等しい代物だという事は解っているんだけど、こんな薄暗くて狭い空間に閉じ込められ続けたら吸血鬼の妹みたいに気が触れてしまうのは嫌なので、生き延びるためにはこの際何でもやってやるつもりでいたんだよね。
「八雲様、あたしの忠誠心を信じてくださいませっ!」
あたしは幸運を招く因幡の白兎なんだから、人間も妖怪もみんなあたしのことを愛してくれるのさ。現に今までやってきたちょっとした悪戯だって、みんな最初は物凄く怒っていても後で笑って許してくれるのがお約束の筈なんだ。いままで迷いの竹林で筍狩りをしている人間を落とし穴に落としたり、財布に入っているなけなしのお金をあれこれ口実をつけてかすめ取ったり、人間達の畑で人参を何千本以上もらったりしたってこれといった問題はないじゃないか。
そんなあたしを見捨てておくわけにはいかないんだから、ここで“ゆかりん”がスキマから颯爽と登場してあたしのことを救ってくれるのがお約束。そうだ、あたしはみんなに愛されている兎の妖怪さ!ちょっとした悪戯をしたってみんな笑って許してくれるし、妖怪退治をやっている巫女と魔法使いと風祝だって本気で退治してこないし、人里の人間達はあたしを兎鍋にして食べてやろうなんて不届きなことを考えていないんだ。幻想郷において兎狩りの対象になるのは、普通の兎かあたし以外の妖怪兎なのは今も昔も変わらないことなんだから、あたしはこれからもずっと幻想郷のみんなに愛される存在であることに変わりない事に間違いはない筈だよ。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!みんなのアイドル“ゆかりん”参上!」
やっぱりあたしはこんなところで死ぬことがないことを証明する証として、スキマから颯爽と姿を現したのは、長く伸ばした金髪にこれまたリボンをいっぱいつけて、紫色を基調としたフリルとリボンをいっぱいあしらった派手なドレスを身にまとい、右手には日傘を、左手にはこれまた一際派手な扇子を持っているあいつイコール“ゆかりん”イコール八雲紫だった。相変わらず神出鬼没で何を考えているのかさっぱりわからなくて非常に困った奴なんだけど、今のあたしにとって“ゆかりん”の存在はこれ以上ない有難い存在なんだ。
「八雲様、どうかこの哀れな因幡の白兎であるあたしを救ってください!」
あたしは“ゆかりん”に助けを求めた。というよりそれ以外できなかったのだけど、このまま朽ち果てるよりも生き延びたいという願いがあるので、地獄の悪魔でも何でもいいから手を結んでしまった方がいい。それをやったが故に取り返しのつかないことになったとしても、最低最悪な今の状況を何とかするにはこれ以外方法がないんだからさ!
「あら、御挨拶ね」
“ゆかりん”は口元に扇子を当てながらにやついているから、誰がどう見てもその仕草一つ一つが胡散臭すぎてたまらない。あたしみたいな弱小妖怪じゃ、幻想郷で最強を誇る妖怪の“ゆかりん”には到底太刀打ちできないのが悲しい現実さ。
「あら?因幡の白兎が血で真紅に染まってるじゃない。一体何があったのかしらね」
“ゆかりん”はあたしが月人どもに拷問され続けた姿を見てそう言ったんだけど、あの眼は全てを知っているとしか思えないね。
「八雲様、聞いて下さいませ。実は月人どもに無理やり忠誠を誓わされ、『月都万象展』を開催するための強制労働を強いられたのですが、『月都万象展』が大失敗に終わったのでこのように責任を取らされ、挙句の果てに一か月以上拷問を受け続けさせられてしまった所存でございます!」
「あの時『月都万象展』を開催するビラを配っていた時に八雲様と会ったのですが、あれは私の本意でやったわけではありませんから、どうかこの愚かな弱小妖怪である私の忠誠心を信じてください!」
あたしは今言った事を信じてもらうために土下座をしてから“ゆかりん”に真実を述べたんだけど、それでもどういうわけか“ゆかりん”は私に向かって軽蔑のまなざしを向けているんだ。
「う〜ん、どうしましょう。信頼ならない“詐欺兎”の言うことほどあてにならないものはないのよね」
しかもあたしのことを“詐欺兎”と呼んできただけでなく、あたしの言ってることが全くもって信頼できないと言ってきやがったので、立ち上がることが出来ないぐらい大きなショックを受けたよ。
「そんな!“詐欺兎”だなんて、いくらなんでも酷すぎます!」
あたしは“ゆかりん”に詐欺兎と言われた事に抗議をしたんだけど、
「私があなたを“詐欺兎”っていう理由がわかる?」
逆に“ゆかりん”はあたしが何故詐欺兎と呼ばれる理由はなにか言いたそうだったよ。なんていうか、その、考えている事が胡散臭すぎるから、やっぱりどんな時でも相手にしたくないね。あたしの考えている事を見抜かされていると思うと、気味が悪くて仕方ないよ。
「あなたは私に忠誠を誓うと言っておきながら、今まで一度たりとも私に従う素振りを見せてこなかったじゃないの」
確かに“ゆかりん”の言う事は事実で、あたしは口先だけで忠誠を誓うと言ってきたし、今まで滞納している税金を払う事をしなかった。
「私に従うのか、月人どもに従うのか、それとも誰にも従わないのか。あなたの心はどこにあるのでしょう?」
あたしが忠誠を誓っているのはあたしだけで、誰が相手だろうがしったことじゃない。永遠亭にいるのは“ゆかりん”達に税金を支払いたくないがためにいるのであって、そうじゃなかったらあのいけ好かない月人どもと一緒にいるわけじゃないんだからさ。
「本当に私に従うなら、今まで滞納している税金を今すぐ納めておくべきなのよね」
“ゆかりん”は、口は笑っていても目は笑っていないんだ。だって、あたしに今すぐ滞納している税金を納めろと脅迫してくるんだからさ!あの独特の胡散臭さと威圧感が混じった視線で睨まれたら、そりゃ誰だって圧倒されて何も言えなくなってしまうよ!
「八雲様。今から税金を納めさせていただきますので、どうか私のことをお許しになって下さいまし」
もちろんあたしはこんなところでは死にたくないから、“ゆかりん”に税金を支払うことにしたね。生き延びるためだったら何でもやるというのがあたしの信条だから、それぐらいの出費は安いものだと思うんだ。問題は輝夜に全財産を奪われたから、支払いに使うお金がないってことなんだけど。
「本当に私達に忠誠を誓うのですから、その証としてあなたの資産の7割を頂くとするわ。今までの滞納金と今月の分を全部含めておけば丁度総額30億円支払ってもらう事になるのよね」
あ〜あ、とうやられちゃった。“ゆかりん”はスキマを展開し、あたしの口座をいじくりまわしているんだ。これであたしは今まで生きてきて始めて税金という奴を支払わされる事になっちゃったよ。今までコツコツ積み重ねてきた資産をたった一言ではぎ取られるんだから、眩暈がして倒れそうで仕方ないね。月人には全財産を奪われた上に虐待を受けるだけでなく、“ゆかりん”にもとどめと言わんばかりに税金を毟り取られるんだから、ここ最近のあたしは厄日続きで死にそうな気分さ。
「あれ?あなたの口座の残高はカラッポじゃないの。どうしてスッテンテンになったのかしら?詐欺兎の癖にお金がないなんておかしいわね」
“ゆかりん”はあたしに疑いの眼差しを向けてきた。嫌だなぁ…、下手なことを言ったらこの場で殺されそうだし、かといってお得意の嘘をついてもすぐバレるっぽいから、この場をしのぐためにはちゃんと真実を言わなきゃダメだ。
「それは、その…」
実際会った事を言おうとしたけど、やっぱりいうのは凄く怖くて抵抗があるからどうしてもどもってしまうんだ。
「どうしてこうなったか、ハッキリ言ってみなさい」
それでも“ゆかりん”は胡散臭さが混じった妖怪特有の鋭い目であたしを睨みつけると、一切の容赦することなく全財産をどう使ったのかを聞き出してくるんだ。ああ、怖いったらありゃしないね。最強の妖怪の恐さと底なしの胡散臭さが合わさっているんで、さっきからあたしは圧倒されっぱなしなんだよね。
「も、申し訳ございません!実は、この間“月都万象展”を開催するための資金として、あたしの全財産を蓬莱山輝夜の奴に奪われてしまったのです」
あたしはこの間永遠亭で開催した『月都万象展』の開催資金として、全財産を蓬莱山輝夜に理不尽に奪われた事を“ゆかりん”にアピールしたんだ。許してくれると信じてね。
「そうなのね、そんな事酷い目にあったのですね。だったら今ここで可哀相な貴女の存在を抹消すると致しますか。これ以上酷い目に会いたくないのでしたら、私があなたの解釈役を務めてもよろしくてよ」
“ゆかりん”はこういう奴だったことをすっかり忘れてた!あ、あたし、こ、殺されるっ!冗談じゃないよ!あたしはもっともっと生き延びて、自由を謳歌していたいんだ!どんなことがあってもあたしは絶対に自殺をしたくはないし、ましてや“ゆかりん”に介錯をされたくないって!
「や、八雲様っ!あっ、あっ、あたしの命をかけて忠誠を誓わせていただきますっ!いえっ、誓わせて下さいませっ!これからはあたしに二心があるような行為をすれば、その場で殺しても構いませんのでどうか命だけは助けてください!」
「もしこれが許されるのでしたら、今後は私を八雲様の式神としてボーダー商事を繁栄させるために身命を賭ける一心で職務を邁進したい所存でございます」
あたしは誰かの手によって非業の死を遂げさせられたくないから、生き延びるための最終手段として“ゆかりん”の式神になることにしたんだ。以前の文々。新聞で“ゆかりん”が九尾の狐の式神を虐待していた記事があったことを思い出したから、絶対に選択肢から外しておきたい生き方なんだけど、この際手段を選んでいられないから仕方ない。ひょっとして、あたしって大バカ者なの?だって“ゆかりん”の式神として生きていれば、始めから月人どもに地べたにはいつくばされるという酷い目にあう事なんてないんだからさ。
「ふ〜ん、私の式神になりたいっていうのね。式神になりたいっていうなら私は大歓迎なのですが、式神になっちゃったら私の道具としての存在になるから、もう二度と私に歯向かうような行動はとれなくなってしまうわ。貴女は本当の本当の本当の本当にそれでいいのね!?もう一度考え直した方がいいわよ?」
“ゆかりん”はあたしが式神になるといったんだけど、式神になってしまったらもう二度と自由を謳歌することが出来ないので、一応考えなおすように言ってきたんだ。
「あなたの心の奥底に強烈な野心があるみたいだけど、式神になってしまえばそれはもう二度と叶わぬ夢なのよ。だから、よく考え直しておきなさいな」
たしかに“ゆかりん”の言う通りで、もう二度とあたしが脱税をしたり犯罪行為が出来なくなったりするのは正直言って痛いけど、弱小妖怪でしかないあたしがこれから生き延びるためには“ゆかりん”の式神になるのも仕方ないと思うんだよ。
「八雲様のお傍に仕えることが出来るのであれば、恩を仇で返す卑劣極まりないことをどうして考えるのでしょうか?」
今あたしが言っている事は嘘偽りがない事だから、もう二度と“ゆかりん”に対し反逆行為を抱くことなんてないんだ。
「本当に式神になるのね。それじゃ早速この“悪魔の契約書”にサインをして頂戴」
“ゆかりん”はスキマを展開してから一枚の紙切れを取りだすと、それをあたしに手渡してきたんだ。なんとそれは、“ゆかりん”の式神になるという内容が書かれた“悪魔の契約書”で、一度契約してしまうと違反する行為をすれば死に到る事が記載されているんだ。
「八雲様、この契約書に私の名前と指印を押させていただきます」
普通だったらこんな契約書をすぐにサインする愚行を犯す真似はしないんだけど、今のあたしの状況は死の危険が迫っているので、迷わず“ゆかりん”の式神になることにしたのさ。それ以外助かる方法がないってことが悲しい現実なんだけどね!
「あたしが八雲様に忠誠を誓う証として、永遠亭の最新情報をお伝えいたします。月人どもは本気で幻想郷を転覆させるために竜神様と八雲様を排除する計画を企てておりまして、八意永琳が幻想郷全体を覆う毒ガスを作るといった事をこの耳でしかと聞きつけましたので間違いはありません!」
拷問を受け続けている時に永琳の奴が幻想郷じゅうに毒ガスをブチ撒くとぬかしやがったので、あたしはそれを阻止するために“ゆかりん”に言っておくことにしたんだ。“ゆかりん”は幻想郷を誰よりも愛しているから、絶対あいつらを排除しようとする筈だ。いや、しなきゃいけないだろうね。
「確かに幻想郷の秩序を乱す輩を放ってはおけないから、何とかして撃退するしかありませんね」
“ゆかりん”は急に怖い顔をすると、あいつらの毒ガスをブチ撒く計画の対策を練りだしてしまったみたいだ。
「そうだ!貴女には私の式神となったのですから、ここから逃がしてあげないといけないわね。必要な時には招集をかけるから、それ以外は好きにしてもいいわよ。うちの藍と橙も基本的にそうしているし、私って結構放任主義なのよね」
いきなりあたしをここから逃がすように言ってきた。“ゆかりん”ときたら、急に話題を変えるからどうしていいかわからなくなってしまう。式神は基本的に野放しにしていて自分は放任主義であり、招集をかける時以外は自由を与えているようだ。ただし、強烈な拘束がかかっている事は間違いないみたいだけど、ここで死んでしまうよりはずっとマシだね。
「もうそろそろ朝になって月人達が目を覚ますから、こんなところから早くお逃げなさいな」
“ゆかりん”が私を永遠亭から逃げ出せるようにしてくれたのか、物置の入口の鍵が掛かっていなかったかのように勝手に扉が開いてしまった。どう考えても、こんな悪さをする妖怪に逆らうものじゃないよ!“ゆかりん”相手だったら、仏陀の掌で逃げまわることしか出来ない孫悟空みたいに惰弱で矮小な存在なんだろう。その気になればいつでもいつでも殺せるっていうのが、これ以上ないぐらい嫌みったらしいったらありゃしない。
「生き延びたいならいっこくの早く逃げておきなさい。うふふふふ」
“ゆかりん”は足元にスキマを展開すると、地面に沈むようにどこかに消えさってしまった。どうせならあたしも一緒に逃がしてくれればいいのに、全力で走れない手負いの状態で逃げろというはいくらなんでも酷すぎやしないだろうか。やっぱりあたしのご主人様はとんでもなく薄情な奴だ。これからどうやって付き合っていけばいいのかわからないけど、今は永遠亭から逃げ出す事が最優先だよ。あいつらに見つかったら、あたしの命は間違いなくない筈だからね。
―45― 豪雨の中の逃走
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
あたしが永遠亭を脱兎のごとく逃げ始めた時、迷いの竹林一帯は物凄い豪雨に覆われていたんだ。下手をしたら風に飛ばされそうで怖いんだけど、逆に自分の手を汚す事が大嫌いな月人どもの追手もこんな劣悪な天候じゃ絶対にやってくるわけがないと思うから、今ここで頑張っておいて逃げきることに専念しようかな。手負いの状態じゃなくてもまともに走れない劣悪な天候だけど、今のあたしは濡れた兎みたいで凄くみっともなくて嫌になっちゃうんだ。ていうかあたしは兎の妖怪だったね、あははははっ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
鈴仙に気づかれたら最後、あたしはもう二度と迷いの竹林から逃げ出せなくなるから、日が昇りきる前に何とかしてここを脱出するしかないんだ。
「きゃああああっ!」
倒れた竹に足が挟まってあたしは盛大に転んでしまった。ああ、もう!こんな急いでいる時に、余計なタイムロスを食うわけにはいかないっていうのに、肝心な時に嗅ぎってこんな事が良く怒るのが腹ただしいったらありゃしない。
「痛っ…」
どうやら左足の膝をスリムいてしまったみたいだ。今まで迷いの竹林でこけた事がないあたしがこんなポカをやらかすなんて信じられないよ。ただでも残り少ない体力がさらに消耗してしまうのは嫌になっちゃうったらありゃしない。
「はぁ…、はぁ…、はぁ…、はぁっ…」
あたしは永遠亭から出ていってどれだけ走っただろう?ずいぶん長い距離を走ったんじゃないかと思うけど、実際は大した距離を走っていないみたいだ。でも、あたしはここに長く住んでいるからなんとなくわかるんだけど、もう少しで迷いの竹林から脱出することが出来ると思うんだ。れーせんが迷いの竹林から出られなくなるようにする悪さをしていない限りはね。
「はぁっ…、やっと出口に着いた!あたしは生き延びられるっ!」
さらに迷いの竹林内を走り回ったあたしは、やっと出口にたどり着くことが出来た!これであの憎たらしい月人どもの拷問から解放されると思うと、あたしは生きている事がどれだけ幸せであるかを十二分に感じ取れたんだ。
「あーあ、今のあたしって、まるで濡れた兎のように惨めだね。本当に嫌になっちゃうったらありゃしない」
誰が迷いの竹林にこんなに激しい雨を降らせているか知らないけど、後でそいつをとっちめなきゃ気が済まないよ。おかげであたしはこんなにボロボロになってしまったんだからさ。
「これからどこに行こうかな?」
あたしは永遠亭という根城を失ったのだから、そこらにいるホームレス妖怪と何ら変わらない身分になってしまった。“ゆかりん”の住み家があるといわれるマヨイガにも連れて行ってもらってないし、これからは三度の食事が保障されるどころか雨風をしのげる場所すらない。幻想郷であたしを嫌っている奴は月人以外いないから、他の妖怪にも人間にもおすぁれたり退治されたりすることは絶対にないのが唯一の救いなんだよね。
―46― 許させざる行為
なんとか迷いの竹林から逃げだせたあたしは、お腹が空いたので食料を求めて人参畑を目指しているんだ。ここの人間はあたしが人参を盗んでも笑って許してくれるから、気兼ねなくいけるってわけなのさ。
「あったあった!しばらくぶりの人参だっ!これであと100年は生き残れるっ!」
人参はあたしのような妖怪兎にとって重要なエネルギー源で、一本食べればだいたい100年は妖力が尽きないで済むんだ。ただし、激しい拷問を受けるなどのイレギュラーがあれば別なんだけどさ。
「もう我慢できないっ!」
あたしは地面に埋まっている人参を一本脱ぎ取ると、土を振り払う事を忘れ食べ始めようとしたんだ。拷問を受け続けてた時からまともに食事をとっていないから、これぐらい仕方ないよね。
「この“詐欺兎”めっ!今までおらの畑から人参を奪いおって!今日こそとっ捕まえてやるぞ!皆の集、こいつをやっちまうぞ」
この畑を所有しているとぬかす人間のおっさんがいきなり叫びだすと、あらかじめ待ち伏せしていた大勢の人間達があたしを退治しようとしてきた。みんな竹槍や刀や火縄銃なんかの武器を持っているんだけど、今の手負いの状態のあたしじゃこいつらから逃げ切るので精いっぱいだろうね。今のあたしには妖弾を放ってこいつらを襲う余力なんてないし、たぶん逃げ切ることで精いっぱいだと思うんだ。
「この“詐欺兎”めっ!俺からだまし取った金を返せ!」
「お前の悪戯で死んだ父さんの命を返せ!」
「タケノコ狩りをしたうちの爺さまを落とし穴に落としたのはお前だろう!今日こそ爺さまの敵を取ってやるっ!」
「お前の賽銭詐欺で引っ掛かった我々の怒り、とくと味あわせてやろうぞ!」
「あんたが仕掛けた罠でうちの主人が死んでしまったんよ!どうしてくれるんよ!」
「以前おいらがお前と人参と交換したカラー兎は、ただ白兎を絵の具で染めてるだけじゃないか!なんていう代物を飼わせてくれるんだこの“詐欺兎”め!」
人間達はあたしを包囲して逃げ出せなくしてきた上に、これ以上ない罵倒を飛ばしてきやがったんだ!人間どもに退治されるわけにはいかないから、とりあえずあたしは命乞いをすることにしたんだ。
「悪かったよぅ。もう二度と“賽銭詐欺”や“カラー兎”の販売や、ブービートラップを仕掛けたりしないから、許しておくれよ」
畜生!今回はあたしが悪いという事で手を引いてあげるけど、今度はあんたらを死にたくなるほど後悔させてやるよ。今は泣いて謝るのはあたしの方だけど、今度はあんたらが謝る番だから今から覚悟しておきな。悪いのは騙す方じゃ無く騙される愚かな人間なんだ!だから、あたしはこれっぽちも悪くないってことさね。
「あたしを許してくれたら、みんなに幸運を授けてあげるから、これで手を引いて欲しいんだよ」
ああ、なんてことだ!無力な人間に土下座をするなんて、月人どもにひれ伏すよりずっと屈辱的で仕方ないよ。そもそも人間は私よりはるかに目下の存在なんだから、ここで手を引いておくのが筋ってもんさ。それにしても、“詐欺兎”って言われるとあたしの心がズタズタにされるように痛むから仕方ない。“ゆかりん”や月人どもに言われるのも辛いのに、さらに人間達に言われてしまうのだから心臓が止まりそうでたまらない。
「お前の言うことなんて信頼できないんだよ、この“詐欺兎”めっ!」
「とにかく今までの損害をしっかり払ってもらうからなっ!」
「そんなことはどうでもいいから、うちの主人の命を返しておくれ!」
「死んでしまった爺さまを生き返らせろよ、この“詐欺兎”めがっ!」
「賽銭詐欺で今まで奪ってくれた分をしっかり返してもらうからな!」
「それっ、この“詐欺兎”を退治してやる!」
人間達はあたしが謝っているのを無視して、信じられないことに退治してきやがったんだ!石ころや手裏剣やクナイなんかの飛び道具をあたしにめがけて投げつけてくるんだ。妖怪の体は頑丈に出来ているんだけど、やっぱりこういった飛び道具をぶつけられるのは正直に言うと痛くてたまらないんだ。
「やめて!あたしが悪かったって言ったろう?だから、そんな酷い事をしないでおくれよ」
人間と妖怪という種族間の違いはあっても、今まで同じ地上に住む仲間にあからさまに激しい攻撃を受けた事がないから、人間達が放つ弾幕を喰らうよりあたしを攻撃するという行為がどうしても信じられなくて、走るどころか立つことすらままならないほどショックだったよ。だから、誠心誠意をこめて人間どもに謝ったんだ。あたしが生き延びるためにね。
「この“詐欺兎”!悪いと解っているんだったら、なんで我々を騙そうとしたんだ!」
「ちゃんと今まで受けた損害は保証してもらうからな!なぁ、“詐欺兎”や」
「お前が悪さをしなかったら、こんな事にはならんかったのだよっ!この“詐欺兎”めがっ!」
「“詐欺兎”、お前の言ってることは信頼ならんからなぁ」
あたしが必死になって謝っているっていうのに、人間どもはあたしを許してはくれないどころかより一層攻撃を激しくしてきたんだからたまらないね。いくらなんでもこれ以上の攻撃を受け続けることに耐えきれなくなっちゃったから、あたしは脱兎のごとく逃げることを選択するしかなかったよ。だって、人間どもは本気であたしを殺そうとするんだからさ!
「待てー!この“詐欺兎”」
「“詐欺兎”、これでもくらえっ!」
「おとっつあんの敵、今日こそ討ってやんよ!」
あたしは必死になって血路を開こうとするんだけど、次から次へと追手が迫って来るわ、激しい罵声を飛ばしてくるわ、生意気にも挟みうちという汚い計略を使ってくるわで、人間達の包囲網からなかなか逃げ出せずにいたんだ。いや、むしろあたしの方が追い詰められているような気がしてならないんだ。これも妖怪兎の本能がそう言ってるんだからさ。
「なんとか振り切ったかな?」
あれから30分以上も走り続けたあたしは、なんとか不埒な人間どもの追手から逃げきったんだ。人間どもはあたしに敬意を払い匿うべきなのに、逆に退治しようとするから礼儀を知らないと見えるね。こうなったらあの場にいた人間どもから全財産を巻き上げないと気が済まないし、そうしてやろうじゃないの!
「ここに香霖堂があるってことは、魔法の森の入口に差し掛かるって事だね」
ここは魔法の森の入口付近だってわかったのは、如何わしい品物を売っている香霖堂が見えたからなんだ。ここの店主は救いようのない馬鹿で、道具の名前がわかるのに使い道がわからない外界で作られた品物を売っているんだけど、あんまり品物が売れていないのにまだこの商売を続けているんだから、あたしだったら確実に失敗をするとわかっている商売を絶対にしないね。
「あははははっ、やっぱり人間どもは愚かだねぇ!あたしが人間だったら、ここに罠を仕掛けたり逃げられないように包囲したりするんだけどねぇ」
あたしは生意気にも“妖怪兎狩り”をしやがる人間を馬鹿にせざるを得ないのは、妖怪兎は人間と比較にならない位足が速くて、今のあたしみたいに手負いの状態でもその気になれば人間如きが捕まえきれないからさ!
「これからしばらくの間ここを住み家にしよう。瘴気が気になるけど、我慢すれば何度かなるでしょ」
生活環境は劣悪で評判の魔法の森だけど、今のあたしが身を隠せそうなのはここいがい以外ないから傷を癒そうとした森に入ろうとしたその時、
ズボッ!
「あっ!」
あたしは誰かが仕掛けた思われる落とし穴に嵌まってしまったんだ!穴底に竹槍なんかが仕組まれてなかったからまだ良かったんだけど、4メートルぐらい深く掘られた衝撃を全身で受けちゃったもんだから見動き一つもとれなかくなってしまったのさ。
ダンッ!
「ぎゃああああっ!痛いよう!誰だい、こんなところに落とし穴を掘ったのは!?」
ああ、情けないったらありゃしない!人間風情の罠にいとも簡単に引っかかってしまうなんて、妖怪兎にリーダーでいられなくなっちゃうじゃないか。もし今のあたしの醜態が兎の仲間達に見られたら、間違いなくあたしはヒエラルキーの頂点から最下層に一気に転落するだろうね。落とし穴に落とされた衝撃は凄まじく痛いから、妖怪兎の頑丈な体をもってしても落とし穴から脱出して逃げ出すどころか、立ち上がることさえできなくなってしまったんだ。今のダメージを回復するのにだいたい二日三日はかかるんだから、やられたその後すぐに何とかなる代物じゃないよ。
「みんな、“詐欺兎”が罠にかかったぞ!」
「この“詐欺兎”を退治するぞ!」
「いんや。ここで退治するんじゃなくて、後で生けどりにして人里の市中引き回しにして、その後斬首刑で処刑してその後兎鍋で食ってやろうじゃないか」
「ローストラビットも捨てがたいんだがな」
「いや、ここはシンプルに焼き兎で」
「兎カレーでもいいんじゃないかしら?」
「うちら、散々こいつに騙されたじゃん!?ザマーミロって感じ?レアアイテムの兎の足をゲットしてもいいんじゃね?」
「今日こそ父さんの恨みを晴らしてやるっ!」
「これでやっとあなたも報われるわ!」
「おらたちの人参を返せ!」
「今日こそわいの銭を返してもらいまっせ!」
「“詐欺兎”。おまんにはさんざん騙されたから、もう二度と悪さをしないように退治をしないといかんぜよ。なぁ、皆の集!」
「おうよ!今日こそこの罪人をひっ捕らえてやるっ!」
「君は僕の店の品物を勝手に持ってくれたから、この始末をどうにかしないといけないんだ。もちろん、ちゃんと保証をしてくれるよね?」
真上から人間達の声がしたから、空を見上げてみると落とし穴もまわりに人間どもがあたしを囲むようにしていたんだ。朝日が差し込んでいたから、あたしを退治しようというけしからん奴の顔が見れないのが腹ただしくて仕方がない。ああ、もうダメだ。もう、逃げれないね。足を完全にやられちゃったから、今のあたしじゃ立ち上がって逃げ出すなんてことは出来ない。
「ああっ、あああ…」
しかも人間どもはあたしのことを“詐欺兎”と呼んで勝手に罪人扱いしてきただけじゃなく、“兎鍋”や“ローストラビット”や“焼き兎”や“兎カレー”にしてあたしのことを食べようとしてくるんだ。それだけで飽き足らずあたしの足を頂戴しようという輩までいる始末だから、人間って奴らはもうどこまでも強欲なんだから呆れてしまうね。
「誰か、あたしを助けてよう」
今のあたしはどこにも退路がなく四面楚歌っていう極めて絶望的な状況で、誰かの助けがなかったら到底逃げ切れる状態じゃないんだ。妖弾を放って人間を追い払うができないのは、月人どもに拷問を受け続けてきたせいで妖力の大半を失っていて、さっき人間達の追手から逃げのびるのに申し訳程度に残っている妖力を使ってしまったんだ。あたしは“ゆかりん”の式神なんだから、式神のピンチはご主人様が救ってくれると信じている。“ゆかりん”がさっそうと姿を現し、この場にいる不埒な人間どもを襲ってくれるはずだとあたしは願っているし、そうでなきゃいけない筈なのさ。だって、あたしは幻想郷のみんなに愛され続けている存在である因幡の白兎なんだから。
あたしが助けを求めても、誰もやってきてくれなかった。
「おい“詐欺兎”!今日こそお前のことを退治してやる!これでもくらいなっ!」
ビュン!
カヅッ!
あたしの額に石ころが当たると、痛みを抑えるために手を拭ってみたら、そこから血が出ていた。妖怪の体は頑丈に出来ていても、攻撃を受けてしまえば痛いことには変わりない。
「“詐欺兎”は死んだほうがマシだ!」
ビュン!ビュン!ビュン!ビュン!
「ぎゃあああっ!痛いよう!」
人間どもはあたしに石ころを投げつけてきた!滅茶苦茶痛いったらありゃしないよ!こんな状態じゃなかったら石ころなんて余裕で避けられるのに、今のあたしはまともに動けないから、少しでもダメージを受けなくするためにしゃがみ込んで防御をするしか選択が与えられていないのが悲しいったらありゃしない。
「よし!この詐欺兎を捕獲するぞ」
「「「「「おー!!!!!」」」」」
“兎狩り”をやっている人間のリーダー格があたしをひっ捕らえるために号令をかけると、他の人間達は命綱をつけて落とし穴にやってきたんだけど、罠にはまって身動きが取れなくなってしまった時点でそれをやっても良かったんだよ。自慢の足が使い物にならなくなった時点であたしのような妖怪兎は、他の妖怪に襲われて捕食されるか人間に退治されるかのどちらかなんだ。兎のリーダーのあたしがこんな子供っぽい姿をしているのは、妖怪兎は妖怪としての格と戦闘能力が低く妖怪の中でも弱小妖怪ってことを意味するんだ。これはくだらない余談なんだけど以前は蟲も強い妖怪の象徴だったのに、リーダーのリグルがあんな子供っぽい姿をしているのは、今の幻想郷では蟲の力が著しく弱体化していて今の蟲は妖怪兎と同様に弱小妖怪でしかないのさ。
「あたしを逃がしてくれるなら、今あんたらがやった事を忘れてあげるよ。もう悪さはしないから、なんとかしておくれ」
あたしは最後の望みとして人間達に命乞いをしてみることにしたんだ。真心から訴えれば、きっと人間達はあたしを逃がしてくれる事を信じてる。あたしがこんな酷い目にあったのは、自分が今まで嘘を平気でつくという悪さをしてきたからなんだろう?だったらこれからは“賽銭詐欺”や“偽カラー兎販売”や“架空請求”なんていう犯罪行為は絶対にしないよ。竜神様に誓ってもう二度と嘘はつかないから、あたしの事を信じておくれ!
「お前の言ってることなんか信頼できないな、この“詐欺兎”が!」
「そう言ってまた平気で嘘をつくんだろう?」
「ある程度たったら、また悪さをするに違いないな!」
「自分が悪かったって認めるなら、今までの落とし前はどうしてくれるんだい?」
だけど人間達はあたしの事を信じてくれないから、いよいよあたしの事を押し倒してから取り押さえてしまい、結界が施されている縄で縛りあげてからあたしの口に猿轡をして何も言えなくしまったんだ。
「ふぐー!ふぐー!」
あたしが人間達にごめんなさいと言っても、残念ながらそれはもう届かなくなってしまった事が悲しくてならない。まぁ、こうなってしまったのも『自業自得』だと思うと笑うと笑うに笑えないよ。
あたしが人間達に詐欺を働いて巻き上げたお金は、輝夜の奴に没収されちゃったもんだから『悪銭身につかず』って諺がこれ以上あたっている物はないと痛感させられたんだよね。
「皆の集!この“詐欺兎を”人里に連れて処刑するぞ!」
リーダー格の人間のおっさんはあたしを人里に連行してから処刑をすると言ってきたので、いよいよあたしも死ぬ時が近いんだなって始めて悟ったんだ。確かにあたしは人間達からお金や物を奪ってきたし、悪戯感覚で掘った落とし穴に人間が引っ掛かったのを見てほくそ笑んだものさ。
そのあたしがこのようにあっけなく籠の中に閉じ込められてしまい御用となったのは、人間達が仕掛けた落とし穴という罠にはまってしまった事が決定的要因なんだなと思うけど、あたしがお得意の罠であたし自身が引っ掛かってちゃ世話ないよね。
―47― 介錯人との接触
「こら“詐欺兎”、大人しく牢に入れっ!」
牢番があたしの事を思いきり蹴とばしてきた。
「ぎゃあああああっ!!!!!」
あたしは退魔結界が施されている縄を全身で縛られているだけでなく、これまた退魔結界が施されている足枷を取り付けられているから、牢屋の壁まで吹っ飛ばされてしまったのさ。
人里に強制連行されたあたしは、大逆罪を犯した罪人として中央の広場に晒される屈辱を受けただけでなく、人里に住む人間だけでなく一部の妖怪達に罵倒されたり石ころを投げつけられたりされてから、牢屋に放り込まれる始末だった。
人里に来たのはもうすぐ夕方だったから、あたしを処刑するの人間達の事情で明日の正午に決まったんだけど、もったいぶらずにさっさと殺してほしかったよ。人間どもはあたしを処刑するのはいつでもできると思っているんだから、強者の余裕をこれ以上ないぐらいあたしに見せつけているわけよ。
こんなに苦しい思いをするんだったら、必死になって生き延びるよりさっさと死んでしまった方が良かったと思うね。どっちに転んでも殺されるしかなく幸せになれないって解っているのに、失敗する前提の努力や挑戦をするなんてこれ以上馬鹿馬鹿しく愚かじみた事はないじゃないか。あたしも月に行った吸血鬼達と同じで、これ以上ないぐらい無益なことをやり続けたんだからさ!
あたしは牢屋を見渡すと申し訳程度に外が見えたので、空を見ると見事な満月が浮かび上がっていたんだ。ああ、今日は例月祭の日だった事を思い出した。今頃兎の仲間達はどうしているだろうか?月人はどうでもいいから、同じ地上の兎の仲間達に会いたかったのだけど、人間どもは縄と足枷をしているじゃ物足りないのか、牢屋全体に退魔結界が施されているお札や陰陽玉を置くという最大限のもてなしをしやがったので、牢屋を蹴破って逃げ出すことなんて到底出来る代物じゃなかった。
「てゐ、久しぶりだな」
あたしが牢屋で寝ていると、誰かが呼ぶ声がしたので起きてみるとそこには藤原妹紅の姿があった。
「も、妹紅じゃないの!あたしに会いに来るなんて、一体どういうつもりだい!?まさか、あたしの事を逃がしてくれるっていうの!?」
迷いの竹林で長く付き合ってきた友人が人里にやってくるなんてあり得ないから、あたしは流石に驚きを隠せなかったよ。
こうやって夜も遅くにわざわざやってきてくれたのは、あたしの事を逃がしてくれるというんじゃないかなという希望があったのさ。
「私がお前に会いに来たのは他でもない。兎の丸焼きになって食われるか、兎鍋になって食われるかのどちらかを聞きに来ただけだ」
「お前に与えられた選択は二つに一つだ。さぁ、どちらにする?」
だけど妹紅はあたしの事を逃がしてくれるという都合のいいことを言ってくれるわけでなく、兎鍋として食われるか兎の丸焼きとして食われるかのどちらかを選べと言ってきた。
「あたしと妹紅は友達だろう?友達が困っているのを見たら、普通は助けてくれるっていうのが筋じゃないかい」
兎鍋にもなりたくないし兎の丸焼きにもなりたくないから、あたしは妹紅に命乞いをしてみたよ。みっともないと思えるけど、最後の希望に望みをかけてみたい心境なんだよ。
「それとこれはまた別問題だ。今の私は人里の人間側の使者としてやってきているわけで、お前を助けたくても助けれない立場なのだからな」
「仮に私がお前を逃がしでもしたら、逆に私が大逆罪となって人里から追放されるだけでなくひっそり生きることも許されなくなるだろう。だから私はお前を助けてやれんのだよ」
「私個人の見解ではお前は退治する必要はないのだが、お前は人里の人間達に甚大な被害を与える有害な妖怪だと認識したのだ」
「それにお前は多くの人間を騙し多くの財産と命を奪ってきたのだから、こうなるのは当然といえば当然だ」
「だから兎鍋で食われるか兎の丸焼きで食われるか、どちらか一つを選択することだな。お前が決められないというなら、仕方ないから私が決めてやろう」
だけど妹紅は人里の人間側の使者としてきているのだから、公私混同をしてくれるわけがないってことさ。
「すまないけど妹紅、あたしじゃ決めるに決められないから妹紅が決めておくれよ」
殺されてから“兎鍋”や“兎の丸焼き”で食べられるのというのは、あたしら妖怪兎にとって最大の恥辱であることは間違いないのだから、自分から進んで鍋か丸焼きかを選べと言われても絶対に出来はしないんだ。
「それじゃ、兎鍋にして食ってやろう。私が決めたから文句はないだろう?」
そしたら案の定妹紅はあたしを“兎鍋”で食べると言ってきたんだ。辞めてくれって言いたかったんだけど、決めてくれた妹紅に感謝したかったからあたしは頷いておくことにしたのさ。
「最後の晩餐だ。これでも食っておけ」
あたしが“兎鍋”で食べるという事を決めた妹紅は、袖の下から人参を3本差し出してくれた。その気持ちが嬉しかったんだけど、明日死ぬと解っている以上どうしても食べる気にならなかったのさ。
「どうした、お前の好物じゃないか?なんで食わないんだ、腹が減っているんだろう?」
確かに人参はあたしの大好物で何本食べても食べ足りないぐらい大好きなんだけど、死を目前とした身じゃ食べる気分にはなれなかったから、
「明日死ぬと解っているのに、食べろと言われても食べる気にならないよ」
人間どもに兎鍋で食われると解っているから、せっかく妹紅が持ってきてくれた人参にどうしても目を向けることが出来なかったのさ。
「そうか…、それも無理はないな。じゃあ最後に、辞世の句や誰かに遺言を伝えておきたい事があるか?」
妹紅はあたしに遺言があったらそれを告げると言ってくれたので、誰に何を伝えようか一瞬迷ったのだけど、永遠亭に住んでいる月人どもと妖怪兎の仲間達にあたしの死を伝えたかったので、
「そうだね。明日、あたしが死ぬことを姫様とお師匠様とれーせんと兎の仲間達に伝えてほしいんだ。ついでにあたしがどのような処刑をされたかちゃんと伝えてくれればこれ以上何も言う事はないね」
ハッキリ言ってしまうと、あたしは永遠亭に住んでいやがる月人どもが大嫌いだけど、あたしの訃報をどうしても伝えてなくちゃいけないと思ったのさ。あの月人どもはあたしが死んでも絶対に線香を手向けるどころか涙一つも流すわけがないのに、実際にあたしが死んだと聞いてどんな反応をみせるか気になって仕方ないっていうのが本音のところさ。いい反応が見れることなんて全く期待しちゃいないけどね。
「わかったよ。たぶんあの輝夜の事だから、お前が兎鍋で食われて死んだと聞いてもなんとも思わないだろうよ」
やっぱり妹紅はうちの姫様の性格を知り尽くしているから、あたしが予想していた通りの答えを出してくれたんで、ある意味ホッとせざるを得なかったのさ。
「てゐ。最初からずっと気になっていたんだが、いつものお前だったら往生際が凄まじく悪いから、こんなチャチな牢屋を壊しての脱獄する筈なのに、やけに大人しいじゃないか。一体どうしたっていうんだ?」
妹紅はどうしてあたしが牢屋を破壊して脱獄しないのかを聞いてきた。あたしが大人しくしてるなんて絶対にあり得ないから、気になって仕方ないんだろうね。
「暴れても逃げ出しても殺されるのは変わりないんだから、失敗すると解っているのに無駄な抵抗をするなんてこれ以上馬鹿なことはないよ。それに、もう言うことなんてないからあたしを一人にしておくれ」
あたしの体は全身がボロボロで思うように動けないのに、おまけに退魔結界を施されているから脱獄を試みても絶対にうまくいくわけがないんだよ。成功する可能性がゼロと解ってるのに、無駄な努力をするなんてあたしは絶対に考えられないんだ。無駄な抵抗はしない方が身のためさ。
「そうか…、お前がそう言うならそうなんだろうよ。無駄だと解っていても必死に努力する姿勢は評価されてしかるべきだと私は思うんだがな」
妹紅はあたしが言った事を否定すると、
「丁度私も家に帰るつもりだから、これでお前との今生の別れだ。迷いの竹林での腐れ縁もこれで終わりかと思うと、妙に悲しい気分になって仕方ない」
いきなり神妙な顔つきをしてから、あたしと奇妙な友人関係の終わりを悲しみながら牢屋から去っていったのさ。
―48― 処刑
「おらっ、詐欺兎!時間だから、出ろ!」
あたしは衛兵に無理やり牢屋から追い出されてしまったのは、今日の正午で人里の大広場で公開処刑をされるためなんだ。しかも大の男が4人がかりでさ!
「今日でお前との縁が切れると思うと、俺は嬉しくて仕方ないんだ。わかるか、“詐欺兎”」
「お前の首を刎ねるその時が楽しみなんだ。なぁ、“詐欺兎”」
「おい“詐欺兎”!今までの恨みを晴らさせて貰うからな」
「“詐欺兎”。お前の事は未来永劫罪人として語り継いでやるからな」
衛兵たちはあたしを容赦なく罵倒してきた。やっぱり、“詐欺兎”って呼ばれるのは凄く辛いね。打撃で攻撃されるより罵倒される精神攻撃をもらうと、心臓にナイフを刺されるより遙かに堪えるんだからさ。
あたしはこいつらに何も言いたくなかったし、何も言えなかったよ。今あたしが思い浮かべている事は、今まで多くの人間やあたしより力のない妖怪相手の財産を奪ってきたけど、これもあたしが生きるために仕方なくやってきた事が現実なんだ。
竜神様という強大なバックを持つ八雲紫には逆らえないし、かといって迷いの竹林に勝手に住みついた月人どもを追い払う力はないって事を理解してほしいね。でも、あたしが言っても誰も信頼してくれないんじゃ、あまりにも残念で悲しくてやるせない気持ちになるよ。
あたしはそんな事を考えながら人里の中央広場に強制連行されたんだけど、やってくる道中のお約束として人里の人間達に石ころを投げつけられたり、汚い言葉をぶつけられたりしていたのさ。あたしは多くの人間達に恨みを買っていたと思うと、こうなるのも当然といえば当然かな。こりゃ、身から出た錆っていうやつだね。
「皆の集。これより罪人の処刑を行う!」
あたしが人里の中央広場に来た時に長老があたしの処刑を始めると言いだした。
「こい、“詐欺兎”!」
長老があたしの処刑を宣言すると、衛兵に首根っこを掴まされたままあたしはギロチン台のあるステージに連れていかれてしまった。肉体と精神に攻撃を受け続けちゃったから、あたしの眼はすでに見えないんで、まともに歩けてるかどうかわからないのさ。
あたしは人間達に退魔結界が施されている縄を全身に縛られた上に、これまた妖怪脱力の法力が籠められている手枷に加え、とどめといわんばかりの妖力を吸収する鉄球付きの足枷がおまけで付いてくるという丁重なもてなしをしてくれたから思うように動けない。体がボロボロだっていうのに、ここまでする必要はないんじゃないかと感じてしまわざるを得ない。
「“詐欺兎”。ここで引導を渡してやるからな!」
「お前の肉は俺達が美味しく食べてやるから、有り難く思うんだな」
「お前のような悪さをする奴は退治しないと俺たちの生活が脅かされるんだ!」
「どうだ?怖いか?怖いだろう?自分が一方的にやられるってことはよ!」
衛兵達はあたしをギロチン台に固定してしまうと、自分たちの持ち場に戻ってしまった。長老の支持があれば駆けつけれるような体制を取っているんだろうね。
「この“詐欺兎”の首を刎ねよ!」
長老があたしの首をはねるように衛兵達に命令すれば、キロチン台に設置されている刃があたしの首元めがけて落ちていくと、
ジュバシッ!!!!!
鈍い音をたててあたしの首が空高く舞い上がったところで意識を失ってしまった。ああ、これであたしは、とうとう死んでしまったってわけ。これからサボタージュに走る死神に絡まれてから閻魔さまに地獄行きを命ぜられると思うんだけど、地獄に行くとこになっても今までやってきた事がやってきた事だから文句を言える筋合いはないね。
―49― アフターライフ
「源さん。こいつを兎鍋用に食べやすく解体してくれないか?」
長老が肉屋の源さんに解体してくれと依頼したら、
「わかりやしたぜ長老。こいつは兎の中でもでかいもんですから、ちょいと待ってくださいな」
源さんはあたしの死体の解体ショーをその場で行うと、一口大の大きさに切りわけてから野菜がたっぷり煮込まれている鍋の中に放り込んでしまったのさ。
あたしの肉が入っている兎鍋は人里の人間達に振る舞われてしまったので、五体をバラバラにされても再生できる妖怪の身体でもこうなってしまったら再生はできなくなっちゃうんだ。もっとも、兎鍋というあたしみたいな妖怪兎にとって最も屈辱的な食われ方をされちゃう時点でアウトなんだけどね。
姫様とお師匠様とれーせんはたぶん間違いなくあたしより酷い目にあうだろうね。死んだ時点で初めてわかるんだけど、姫様は永遠に死に続けるだろうし、お師匠様は永遠に穢れた地上の人間達の命を救わなきゃいけないだろうし、れーせんはあたしみたいに理不尽に働かされて一人淋しく死んでしまうんだろうね。
あたしもそれ相応に悪いことをしているから、こんな惨めな死に方をしてしまったんだけど、月人の方々は死んでも死にきれないぐらい痛めつけられると思うんだ。だって、自分の都合だけで人の命を簡単に奪っちゃったり、自分が可愛いがために他人を平気で犠牲にしてきたりしてきたんだから、それ相応の報いは受けて当然だろうね。どうであれ、ある意味あたしもこいつらとあんまり変わりないのが嫌で仕方ないね。
死んで初めて痛感したのは、あたしは自分の手で相手を操っていたというより、相手の手で操られているってことさ。あたし以外の誰かがピエロを演じていれば面白いから笑ってやれるのに、ピエロ役を演じていたのはあたし以外の他の誰でもないんだから、流石に笑うに笑えないよ。誰かを振り回しているつもりでも、実際は誰かに振り回されていたんだからさ。
―あとがき―
とうとうてゐをリタイアさせてしました。このやり方はどこかおかしいのではないかという意見もあると思いますが、その点に関しては作者である私の意向でありなおかつ仕様であることをご理解して頂けたら有難いかなと思います。この時点でこの「Etarnal Full Moon」を終わられてもいいかなと考えておりますが、輝夜と永琳とウドンゲの末路を書ききらないと読者様が納得いかないと思いますので、次回をもって最終回にしたいと思います。
イル・プリンチベ
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2011/10/13 11:37:04
更新日時:
2011/10/13 20:37:04
評価:
6/14
POINT:
790
Rate:
11.64
分類
因幡てゐ
永遠亭
ブラック企業
これがえいてるに待ち受けているであろう無様な最期といい対比になるよう期待しつつ、最終話を待ちます
てゐが今までゲラゲラ笑ってみていたものは、他でもない、自分自身だったのですね。
因果応報。
ウドンゲ、永琳、そして輝夜。
彼女達に幻想郷はどういった異種返しをするのか、今から楽しみでなりません。
てゐが可哀想…ww
残りの連中にも気合の入った末路を与えてやってほしいと思います。
まあ、月の民連中はこんな綺麗にはいかないだろうけどね。
そういえば、前に「スポーツチーム組めなさそう」と後書きにありましたが、個人的にはボードゲームも出来なさそうな気がします。
何かと難癖つけてルール無視するんだろうな。
腹八分で・・・ww