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『人を思いやる心』 作者: 山蜥蜴
痛みも苦しみも悲しみも絶望も感じる事無く、文字通りの瞬殺。
観測されない事象は起こっていないのと同じ。
ならば、苦しむ事無く死ねば、その苦しみは無かった事に等しく、
それ以降の生で感じるかも知れなかったあらゆる苦しみを感じる事もなくなる。
同じく、楽しみも得られないが、果たして生きていて得られる楽しみと苦しみ、どちらが多いのだろうか。
朝早くから嫌な思いをして起き出して、嫌な思いをして仕事場へ行き、嫌な思いをして働き、草臥れ果てて帰宅する。
それで一日の大半が潰れ、寝るまでの僅かの間自分のしたい事をする。
そして眠り、嫌な翌朝を迎える。
月に何度かは一日中休むという事も出来よう、労働中にも何がしかの楽しみは見出せよう。
そうだとした所で果たして苦楽の割合はどうだ?
隠居すれば、貯えさえあれば好きな事をして過せるのは確かだが、果たして隠居した時その体は?
最早若かった日々の様には動かず、罅割れ、皺が寄り、醜く垂れ下がる。
そうなった後に「好きな事」?ほとんどは手遅れになっている。巫山戯るな。
だから、そうなる前に途切れさせる。
一切の苦しみを感じさせずに。
無論、中には働く事が苦でないという聖人君子の様な者や、自分の望む仕事に就けたから楽しめるという者も居よう。
遺産やその他の幸運により、労働と無縁で文字通り「一生遊んで暮す」者も居るだろう。
彼らについては、素直に私の非を認める。謝罪する。真に申し訳ない。
だが、やはりこれも割合の問題。
そういう恵まれた者と疲弊する者、どちらの方が多いだろうか?
無論、疲弊する者だ。
最大多数の最大幸福を尊重すべしと言ったのは誰だったか。
残念ながら、私は幸福を与える能力を持たないので最大多数に最大幸福を実現する事は不可能だ。
だが、幸運な事に私は不幸を破壊する事が出来る。
つまり、最大多数の最小不幸ならば実現出来るのだ。
少数派の恵まれた者、苦楽の、楽の割合が大きい者には、途絶される不幸があろう。
だが、多数派の疲弊する者は、それ以降の苦を感じずに済む。
そうだ、私は生物にとっての最大の不幸、「死」すらその者の主観から破壊出来る。
観測、つまり一切完全完璧に自覚されない死はその者を襲わなかったのと等しい。
その者本人にとっては。
無論、その死を家族や友人知人が知れば悲しむだろう。それは不幸だ。
だから、その者の家族や友人知人も、一切の死や不幸を観測する前に破壊し、苦から逃さなくてはならない。
その家族の、家族や友人知人、そのまた家族や友人知人、そのまたまた家族や友人知人、そのまたまたまた家族の友人知人、その…
関連する全てを。
いや、自分に関係の無い人間の不幸を嘆く事の出来る、心の優しい人間も世の中には存在する。
不幸に触れて、不幸になる可能性のある全てを、観測が起こる前に破壊しなくてはならない。
少なくとも、破壊した者達が受ける筈だった苦の総量を、破壊し損ねた者達が死の観測により得る苦の総量が下回るまでは。
でなくては、私は大量殺人を犯し、甚大な不幸を生み出しただけの最低の存在だ。
一度始めれば、途中で止まる事は出来ない。
止まれば観測される危険がある。
一度広まれば、鼠算式に観測が、不幸が広まる。
だから、一晩でやらざるを得なかった。
いくつかミスもあったが、概ね成功したように思う。
先程話した基準、「苦の総量」で言えば、私が破壊した苦は、私が生んだ苦を遥かに上回るはずだ。
無論、あれほどの破壊を行った私は断罪されるべきであり、私は苦を受けるだろう。
その分を含めても、最大多数の最小不幸は実現される程の量、私は「苦から開放」したはずだ。
それが人里を音も無く襲い、そこに済む人々の全てを「苦から開放」した者、
フランドール・スカーレットの証言だった。
「じゃあ、これはあなたがやったと認めるのね?」
「ええ。認めるわ」
「馬鹿な事をしたわね。一度にこれ程の人間を失った幻想郷はきっと崩壊するわ」
「そうね。でも、幻想郷が滅びて、苦を感じる者と今回苦から開放された者。どちらが多いかしら」
「……。数でしか物を考えられないの?」
「量的快楽主義者なの」
「……あれってそういう意味だったかしら?」
「まぁ、うろ覚えだからちょっとニュアンスが違うかもね」
「こんな事をして、あなたには何か利する所があったの?」
「満足を得たわ。膨大な苦を破壊したという」
「これからあなたには、酷く苦しい死に方をしてもらおうと思っているけれど……」
「構わないわよ。結局は主観の問題。
私は『大勢の苦を破壊するという良い事をした。その為に自己犠牲を厭わない私は素晴らしい』
そういう自己満足を抱えて『酷く苦しい死に方』をするつもり。苦しい程に、私の中で私は美化される」
「……そう。狂っている事を自覚している狂信者の性質の悪さはそこかも知れないわね。何か言い残すことは?」
「この後、幻想郷は崩壊するのよね?その時、きっとあなたは外界の常識に曝されて苦しんで死ぬでしょう?
あなたも解放してあげようか?」
「結構。私はそういう逃げは嫌いなの」
「それ、私と同じ、主観の自己満足よ」
「そうかも知れないわね。じゃあ、さようなら」
空間に奇妙な切れ目が入り、
それに飲み込まれた彼女は長い時間をかけて多大な苦痛を受け、
そして何ものにも侵されない満足を抱えて破壊されていった。
自殺のニュースを聞くたびに思います。
家族や友人の悲しみを考えなかったのかと。
無理心中のニュースを聞くたびに思います。
妻や子を殺して、兄弟や父母、義父母、その他の親戚の悲しみを考えなかったのかと。
結局産まれてしまった以上、最善を尽くして生きるか、誰からも憎まれる程の悪になるしかないのかと思うと、面倒くさくて堪らない。
って感じの厨二病を作者の代わりにフランちゃんに発症してもらったというお話。
新参です!と言っても通るんじゃないかって位の投稿間隔の上にド短編失礼。
思えば椛メイン以外を書いた──この短さと内容で『書いた』というのも心苦しいけれど──のは初めてだ。
────2011年11/05コメ返信────
1.NutsIn先任曹長さん ■2011/11/03 23:48:13
お久しぶりです。何時もながら見事な即応コメントぶりですな。
私は小心者なのでコメントの時は誰に対しても大抵無記名なのでアレですが、曹長さんの作品の椛を見る度に嬉し恥かしいというかなんというかうひょう!
XでもYでもなくZ軸の幸福を見出すのは非常に素晴しいと同時に難度の高い物だと思います。創作というのもZ軸の一地点かも知れませんね。
このフランは在る意味では、幸福を時間でも量でもなく質で考えて、その「別室の自分の幸福」の為に、他者の幸福を時間と量で考えて切り売りしたのでしょう。
ゆかりんも四角い頭を丸くして、仰るとおりに幸福と不幸の自覚の境界なり満足と不安の境界なり弄って幽閉してやれば、効果的だったかも知れませんね。
きっと彼女は彼女で、それが何の解決にもならないとしても、推敲に詰まった原稿用紙を丸めて投げ捨てるように、自己満足の為にフランを滅茶苦茶に破壊したかったのでしょう。
フランが主観で満足したとしても、その満足を紫が観測しなければフランの満足は紫にとっては無かったのと同然、とわざとフラン式に考えて
「口ではあんな事を言っていたが、苦痛に耐え切れずに、下らない満足の為に行った馬鹿げた行為に無限の後悔を抱えて破壊された」と紫はあえて満足しました。
3.んhさん ■2011/11/04 19:53:17
自殺はきっと自分の周囲の人間を悲しませる、と思いついてしまった時点で自殺では主観の満足は得られないとフランちゃんは考えていました。
その周囲の悲しみを死後の自分は観測しないけれど、後顧の憂いを予測しながらの自殺は苦痛だと結論しました。
突然、自分が完全な不意打ちで痛みも恐怖も無く殺されるとしたら、きっと彼女は満足するでしょう。満足も何も、それを観測出来ないので感想の聞き様もありませんが。
4.名無しさん ■2011/11/04 20:17:12
独善に過ぎないと割り切ってしまって、「自己満足の為だ」と良いながらボランティアでもすれば周りもフランちゃん(ツンデレ扱いされるでしょうが)も幸せだったでしょうね。
そこで極論に走っちゃうフランちゃんウフフ
5.ギョウヘルインニ ■2011/11/05 05:14:13
もし私が10分のスピーチをするなら1週間の準備が必要だ。15分なら3日、30分なら2日、しかし1時間のスピーチならもう準備が出来ている。
と、博士号を持つ唯一のアメリカ大統領のウッドロウ・ウィルソンという人物が言ったそうです。
文章は同じ内容ならば短くする事こそが難しいという意味との事。
無論、小説やSSは政治家が主張を伝える事が目的のスピーチとは正反対の娯楽であるので、形容や比喩による装飾をしてこそ意味の出てくるものだとは考えておりますが、
今回の私の作品の場合はフランの気違った思想がメインの為、スピーチ式に考えて出来るだけ短くしました。
となると、短くを心がけてるのにこの長さかよプギャーと言われてしまいそうですが。
■匿名での評価の方、批評を有難う御座いました。
山蜥蜴
- 作品情報
- 作品集:
- 1
- 投稿日時:
- 2011/11/03 14:24:26
- 更新日時:
- 2011/11/05 20:44:50
- 評価:
- 5/9
- POINT:
- 550
- Rate:
- 12.78
- 分類
- 自称量的快楽主義者
- 2011年11/05コメント返信させて頂きました
相変わらず私の作品の椛は貴方の作品をリスペクトしたものです。
なるほど、滅びこそ幸福という絶対的変質的思考を嗜好する破壊者の善行というわけですか。
長きに渡る苦痛では、彼女を壊せない。
長きに渡る生存は、長きに渡って彼女を幸せにするのだから。
量の多い少ない、時間が長い短いといった尺度で見るのを止めてみては。
スカラーではなく、ベクトルを変更してみては。
偏向された価値観。
幸福と不幸の境界をいじって、自分のしでかした行為で長きに渡って苦しめるというのは。
非道な行為に悦を感じる自分自身に長きに渡って恐怖させるというのは。
人生に疲れた時は私もフランちゃんに幕を下ろして貰いたい。
少なくとも宇宙レベルでは繋がっている。