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『東方飢餓録 A 紅魔館編』 作者: box&変ズ
「み、みんなっ、逃げろぉぉぉっ!」
森の外れの小道、草木も眠る丑三つ時だと言うのに、辺りは眩しいくらいに月光に包まれていた。
照らされて浮かび上がるのは、20はいるであろう屈強な男達。
皆一様に、恐怖そのものに追い立てられるように駆けていた。
彼らは人里のプロの猟師たち。
この辺りで多くの人間が妖怪の餌食となっていることを受けて、その元凶の討伐にやってきたのだ。
だが、彼らはそれを見た瞬間、持っていた猟銃など放り出して逃げ始めた。
夜の帷のように黒い翼を持った少女と、その傍らの従者を、知っていたから。
「咲夜、あまりすぐ殺しては駄目よ、味が落ちるわ」
「かしこまりました、お嬢様」
彼女たちはそう話したが、当然猟師たちの耳には聞き取っている隙はない。
が、彼らは足を止めざるをえなかった。
気づけばメイド服の従者が彼らの前に立っていて、物言わぬ剣山となった何人かが、音をたてて大地に倒れ伏したからだ。
再び立ち上がることは、無い。
「楽しい夜になりそうね」
月光をバックに、鮮血が舞った。
◆ ◆ ◆ ◆
八雲紫が、こんにゃくゼリーを喉に詰まらせて死んだ。
彼女はそのときスキマの狭間にある自宅にいたそうだから、本当に死んだとすればそれを見た人物もそこから出れないはずなのだが、起き始めた災害の前にしては誰もが、無理にも信じるしかなかった。
ここ、紅魔館の住民たちも、それは例外ではない。
「今夜は豊作だったわ」
「ええ、1ヶ月は捕らなくても大丈夫です」
そう、と呟くと、レミリアは紅茶に口をつけた。
「こうしてると信じられないわね、幻想郷が変わってしまったなんて」
「仰る通りですわ」
堂々と狩りが出来るのは嬉しいけれど、との付け加えに、咲夜は微笑みながら置かれたカップにまた紅茶を注いだ。
「美鈴は何か言っていた?」
「ええ、妹様がお嬢様と寝たいと駄々をこねてたと」
簡単な会話が終わり、2人の間に静寂が流れる。
どちらともなしに、気づけば2人はバルコニーの上に浮かぶ月を見上げてた。
と、しばらくして咲夜が首を動かした。
その瞳に映っていたのは、紅魔館から人里へ続く道、そしてその上を紅魔館に向かって近づいてくるおびただしい数の松明だった。
「……お嬢様、あれを」
「ええ、解ってるわ」
レミリアの真っ黒に染まった翼が静かにはためき、その小さな体が僅かに地を離れ浮き上がる。
「咲夜、美鈴とパチェを呼びなさい。フランは館から出してはダメよ」
「お嬢様は?」
「先に行くわ、後から来なさい!」
その言葉を放ち終わると同時に、レミリアの身体は、翼を広げ真夜中の夜空に飛び出して行った。
「(夜が明ける前に片を付ける、紅魔館には近づけさせない!)」
夜の帝王が、大空を舞う。
どこか、日常への名残惜しさと、虚しさをその瞳に湛えながら。
◆ ◆ ◆ ◆
「咲夜…今なんて……?」
「改めて、申し上げます……」
柄にもなく、時を止めることも忘れてレミリアの部屋に飛び込むように入った咲夜。
その口から出てきた言葉に、レミリアは思わず聞き返していた。
「………1月に1度来るはずの人間が来ません」
八雲紫の死から1月ほどの頃、それまで噂に懐疑的だった紅魔館の住民たちは、嫌にでも現実を叩きつけられることとなった。
「………っ!まさか本当にあのババアはっ……!」
「…………おそらくは、もはやこの世を去ってるかと」
畜生!と、レミリアが机を叩く。
吸血鬼用に頑丈に作られている机が、ミシミシと軋む。
「ヤツからの食糧が無くなったら、私たちは間違いなく干上がるわ!」
妖怪の山や地霊殿などの1つの町規模の組織ならまだしも、紅魔館は戦力は多いとはいえただの洋館1つ、貯蓄がなくなれば終わりである。
さらに、魔女や仏門にでも入ってる者ならともかく、吸血鬼は物を食べる。
「咲夜……私たちは……どうすれば良いのかしら…?」
「……………」
咲夜は一瞬何かを言いかけ、その言葉を飲み込んだ。
が、数瞬後、躊躇うように口を開いた。
「………人里……」
「……人里の、人間を襲うしか……ありません………っ!」
咲夜が残酷な答えを出したのか。
レミリアが、暴力を望む吸血鬼として、その答えを選んだのか。
いいや、少なくとも彼女らは平穏を望んでいた。
が、「生きるために」殺戮を行おうが、ただ暴力的衝動のままに殺戮を行おうが、行われる者たちからすれば同じだった。
そして、人間と吸血鬼の泥沼の殺し合いが始まった。
◆ ◆ ◆ ◆
「何!?フランがいなくなった!?」
八雲紫が死んでから3ヶ月、人里を襲うようになってから2ヶ月。
夜行性のレミリアが夕方に起きた直後、美鈴が駆け込んできたのだ。
「はい!私が起こして差し上げようとベッドを開けたらもぬけの空でっ……申し訳ございません、お嬢様!」
「……あなたは悪くない」
「お嬢様………」
一瞬、美鈴の表情が明るくなったが、
「第一、あなたが失敗するのはいつものことでしょう」
やはり気落ちした表情に落とされるのであった。
「そんなことより、フランはどこへ行ったのよ!もし人里のヤツらにでも出くわしたらどうするの!美鈴!」
「あだだだ、肩を揺らさないで下さい、肩が外れます!」
癇癪を起こしたレミリアを、美鈴は無理やり引き剥がす。
「とにかく、1月前の戦闘から、お互い表立っての諍いはないじゃないですか」
「それは食糧が足りてるからで……」
「それに、お嬢様と対等以上の実力を持つ妹様が、そうそう簡単に退治されませんよ」
「今説教してるのは私の方よ」
すみませんでした……と美鈴は若干沈んだ声で謝る。
その心中には「クビ」の2文字がちらついていた。
「とにかく、今は待ってることしかできないわ」
「ええ、そのうちお戻りになりますよ」
あなたはよほど虐められたいみたいね。
そんな呟きとともに美鈴の首がロックされる。
「ちょっ、私何かいいまsくぁsmぁtたzryyyyッッ!!??」
が、美鈴をロックしてるレミリアの方は、全くの上の空だった。
「(フラン……お願いだから、無事に帰って来て………)」
運命を操る程度の能力。
操ると豪語してるものの、俗に勘や虫の知らせのようなものなのだが。
レミリアは、単なる胸騒ぎではない何かを感じてた。
「……あれ、お嬢様」
「いつもより微妙にロックが緩くありませんか?」
「だから何dちcluりにb@exggggggッッ!!??」
◆ ◆ ◆ ◆
「うーん、ここが人里なのかしら」
夜の人里。
昼なら大量の人間が往来する大通りに、1人の少女がポツンと1人で歩いていた。
「大好きなお姉様にプレゼントを探しに来たのに」
その黄金色の髪の少女―――――フランドールは、彼女の姉のためにプレゼントを探しに来たのだ。
が、人里は静まり返っていた。まるで何もかも死に絶えてしまったかのように。
「誰かあ、いないのー?」
嘘のように静まり返った人里の中で、フランの無邪気な声だけが寂しく響く。
「……何もないなら帰ろうかな………」
そうして、誰も応えることが無いとわかったフランは、帰る為に外れの方の広場に足を踏み入れたのだった。
ここで、あえて彼女の名誉のために付け加えるならば、彼女がけして愚かだったとは言えなかったことは確かである。
フランドールは、レミリアが教えなかったから、知らなかっただけだった。
今の「人間」がどれほど恐ろしい存在かを。
「え?」
フランが広場の中央に入った瞬間。
身を潜めていた大量の狩人が、弓や猟銃、それぞれの得物を彼女に向けていた。
「撃てェェッ!!」
その内の誰かの叫んだ号令、それが引き金となった。
「痛ィッ!?」
奇襲を喰らったフラン、彼女が最初に知覚したのは痛みだった。
「(何で!?いつもこのぐらいへいちゃらなのに!?)」
平常の時よりはるかに感じられる、激痛。
フランには何故いつもと違うのかはわからなかったが、少なくともフランの防御本能を目覚めさせるには、充分すぎた。
「なっ……何すんのよッ!!」
瞬間、幻想郷の中でもトップクラスに位置する強烈な弾幕が放たれる。
「みんな死んじゃえええぇぇぇッッ!!」
が、すぐに散開してかわす狩人たち。
それを見て弾幕はさらに激しさを増す。
「(何で!?何で当たらないの!?ちゃんと狙ってるのにッ!)」
募る焦燥感とは裏腹に、フランの弾幕はいつもより正確さと濃密さを失っていた。
むしろ、狩人たちからの正確なカウンターが、動き回るフランの速度を削いでいく。
「こうなったら……ッ!!」
と、フランは弾幕を放つのを止め、その手のひらに魔力で作られた烈火そのものである剣、レーヴァテインを生み出す。
「(この距離なら……ギリギリ凪払える!)」
そして、次の瞬間には、フランの身体は砲弾のように飛び出してく。
「死いぃぃねぇぇッ!!」
瞬間、レーヴァテインの紅い切っ先が、狩人を
凪払わなかった。
「(………え?)」
変わりにレーヴァテインが灰にしたのは、ただ1人の狩人の頭髪の先の何本かだった。
そして、必殺の一撃が空振りに終わったフラン。
彼女の目の前には、無数の銃口と矢尻が彼女の下に飛び出したいとうずうずしていた。
そして、
「い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」
上がる悲鳴。いや、叫び。
身体中を蜂の巣にされ、フランはグチャリと倒れた。
「案外楽に倒せたな」
「待ち伏せして奇襲かけたしな」
「いや、それ差し引いても何か弱かった」
話し声と共に人間たちが近づく。が、あまりの痛みと混乱に、フランはそれに気づけない。
「痛い゛……痛い゛よぉ゛、助゛け゛てお゛姉様゛…………」
涙を流し、失禁しながら血まみれで呻くフランを見下ろしながら、人間たちは話す。
「間違ってこいつを殺すなよ、こいつを使って本命を誘き出すのが目的なんだから」
もし、仮にフランが幻想郷の真の異変、妖怪の弱体化に気付いていれば、勝てていたかもしれない。
しかし、その変化はまだ僅かだった。
気づくことに労し、戦闘では致命的になるほどの僅かな変化。
それが、フランの敗因だった。
そして悲しいかな、世界に「もし」は無いのだった。
「それなら、本命のお姉様とやらが喜ぶように、きれいに化粧してやろうぜ」
「ああ、死なない程度にやっとけ」
◆ ◆ ◆ ◆
「美、鈴、これ、は?」
「門゛のっ……門の゛前にっ、落ぢでいでっ」
テーブルの上に、1つの箱があった。
それを見て、
パチュリーは、黙って目を反らしていた。
咲夜は、怒りを押し殺すように、血がにじむほど拳を握りしめていた。
美鈴は、もはや幼子のように、泣き喚いていた。
レミリアは、呆然としながらも、途切れ途切れの言葉を紡いでいた。
「何、なのよ、これ、」
彼女たちの前にあるのは、1つの箱。横には、「人里から紅魔館へ」と書かれたそれには――――――――
「何、で、こんな、物が、入ってる、のよ、」
―――人型の形をした、2本ずつの腕と足。
そして、
「何故あの子の翼が入ってるのよおおおぉぉぉッッ!!!」
とても翼らしくないと言われてきた、フランドールの物である宝石のような翼が、やはり2本入っていた。
「殺すッ!殺してやるッ!皆殺しだッ!」
「お嬢様!間もなく夜が明けます!止めて下さい!」
美鈴!泣いてないでお嬢様を止めて!と、咲夜の怒号が飛ぶ。
「う゛ぅ……妹様ぁ…」
「気持ちは分かるけどしっかりして!クビにするわよ!」
だが、美鈴に声は届かない。
「咲夜、ああなったレミィは誰も止められないわ」
「それでも止めなきゃならないんです、パチュリー様!」
玄関の扉を開けて飛び立とうとするレミリアに、咲夜はすがりつくように引き止めた。
「放しなさい」
「いいえ、離しません」
「殺すわよ」
「死んでも離しません」
瞬間、レミリアの右手が払われる。
そして、動きに一瞬遅れ、強烈な破壊音をあげて、咲夜の身体がノーバウンドで吹き飛ばされる。
「………死んでないでしょうね」
パチュリーの場違いな呟きが漏れる。
レミリアは周囲を一別すると踵を返して紅魔館を出ようとした。
しかし、
「お嬢……様……ッ!」
数瞬後には、時を止めた咲夜が、またレミリアの腕を掴んでいた。
「今度は手加減しないわ」
どこまでも殺意と怒りを込めた眼。
だが、咲夜はそれと同等の凛とした眼で、真っ直ぐにレミリアを見つめた。
「お嬢様」
レミリアの身体が、僅かにたじろぐ。
「今はまだ、行かないで下さい」
「私、だって、妹様をこんな風にしたヤツらが、憎いです」
「でも、それで、お゛嬢様までっ、いな、くなったら、」
完璧なメイドの物だった筈の声が、段々と崩れてく。そして、
「私は……私゛はどうしたらい゛い゛んですかっ………!!」
「咲夜……」
気付けば、ある1つの眼は憂いが怒りを諫め、もう1つの眼からは、小さな雫が、静かに道を作っていた。
「………ごめんなさい、咲夜」
白く小さな手が、扉の取っ手からそっと離れた。
◆ ◆ ◆ ◆
「……行くんですか?咲夜さん、お嬢様」
「ええ」
一夜?が明け、レミリアと咲夜は再び扉の前に立っていた。
「……美鈴、パチェ、後をよろしくね」
「はい!」
「大丈夫、自爆用の魔導書は用意してあるわ」
「不吉なこと言わないで下さいよ!」
「じゃあ、行くわよ、咲夜」
咲夜がええ、と返そうとした時だった。
「お嬢様、咲夜さん!」
「私、今日は白黒が来ようが、鬼巫女が来ようが、死んでも門を守りますから!」
「だから、必ずですよ、必ず、帰って来て下さい!」
「………当たり前よ、美鈴」
そっぽを向きながら、レミリアは応えた。
彼女たちの間には、それで充分だった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ところで美鈴」
レミリアたちの姿が、夜の闇に消えたのを見て、パチュリーは口を開いた。
「バルコニーの方の戸締まりを見に行ってくれないかしら、館の防備を少しでも高めたいわ」
「了解しました、パチュリー様!」
美鈴は、元気さが有り余ったように、力強く返事をすると、パチュリーに背を向けてバルコニーへ歩いていく。
パチュリーはその様子を見て、静かに微笑むと、手元の攻撃用の魔導書を開いた。
◆ ◆ ◆ ◆
「ねえ、咲夜」
「いかが致しましたか?」
「私、怖いの」
間もなく人里に空から侵入するという直前。
咲夜は、僅かに目を見開いた。
「そんな気弱なお嬢様は見たことがありません」
「………怖いのよ」
「もしかしたら、私のせいで、フランも、美鈴も、パチェも、そしてあなたも、全て失ってしまうんじゃ無いかって」
「それでも、私は構いません」
今度は、レミリアが目を見開く番だった。
「いえ、他の皆さんだって同じことを言うでしょう」
「それでも、私が良くないの」
「お嬢様」
「私たちを、信じて下さい」
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに、その一言は放たれていた。
レミリアは軽く目を閉じると、肩をすくめて小さく微笑んだ。
「参ったわ、咲夜」
「何がですか、お嬢様」
「あなたのその目つきを見たら、何も言い返せないもの」
見た目に反し、長い時を生きてきたレミリアにはわかった。
咲夜の「本気」さが。
「………どういうことですか?」
「何でもないわ、行くわよ」
◆ ◆ ◆ ◆
「着きましたね」
「まだ、気づかれてないわね」
人里の上空。
吸血鬼とその従者は、入り口の、人間の密集してる部分を見下ろしていた。
「先手必勝よ」
レミリアの手のひらに、おびただしくも禍々しい魔力が集まり、形を成していく。
彼女の十八番、「スピア・オブ・ザ・グングニル」
弾幕勝負など関係ない、最大出力である。
「逝きなさい」
瞬間、禍々しいほどに紅い槍が、人里に向けて、音を振り切って放たれる。
爆炎が辺りを吹き飛ばし、多くの命を刈り取る。
この時点で、初めて人間たちは、上空に佇む吸血鬼に気づいた。
「………思うように力が出ない……」
レミリアは、自らの僅かな不調を自覚すると、咲夜に言った。
「咲夜、私のフォローを頼むわ」
「………珍しいですねお嬢様」
「あなたを信じてるからよ」
咲夜が、え?、と聞き返す前に、レミリアは地上へ急降下を初めていた。
地上に降り立つと同時に、叩きつけるように広範囲に弾幕をばらまく。
しかし不調によって密度の薄い弾幕であり、人間たちが散開するだけで当たらなくなってしまう。
が、それがレミリアの狙いだった。
「迂闊ね、私はフランとは違くてよ」
瞬間、散開した人間たちの喉笛が、次々にレミリアの爪に裂かれていく。
人間たちは、慌ててそれぞれの得物の照準をレミリアに向ける。
が、その時には、彼らの目の前にレミリアはいなかった。
代わりにいたのは、彼らに向かって放たれてる無数のナイフだった。
「咲夜、ありがとう」
「光栄ですわ」
返す刀でレミリアはグングニルを生成すると、投げずに、一閃する。
一瞬で多くの人間が魔槍の餌食となった。
◆ ◆ ◆ ◆
「これで終わりよ!」
戦闘開始から1時間と少しばかりたとうとしていた。
逃げだそうとした人間の一団に、巨大な魔力の塊「スカーレットシュート」が叩き込まれ、ついに人里の自警団は全滅したのであった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「このぐらい、傷に入らないわ」
2人はそう言葉を交わすが、けして軽傷とは言えない生傷が、ありありと刻まれていた。
「さて、あとはフランを」
探しに行きましょうか。
そう続く筈だった言葉が、断たれる。
「………新手でしょうか」
2人の視線は、ある1点を見ていた。
そこに現れた人影を。
「………人里のワーハクタク……か……?」
青基調とした服装に、すらりと伸びた身体。
それは、人里の守護者、上白沢慧音だった。
が、何やら様子がおかしかった。
「おいワーハクタク、今更真打ちの登場なの?」
長く美しかった髪は見る影もなく乱れていて、真っ直ぐだった眼の周りは赤く腫れていて、その瞳は光を失っていた。
慧音は、肩を落としまるで廃人のように壁に寄りかかりながら、大きな麻袋を引きずるように持っていた。
「……私は人里なんてどうでもいい………今から人里を出る……」
何?、とレミリアは眉をひそめた。
前にあった時から余りにも慧音が豹変してるからだ。
「……お前らの捜してるやつはこの奥だ…………」
よろよろとさまようように歩きながら、慧音はレミリアに言った。
「………それと、僥倖だったな……人里の戦力の大半は今は出払ってる………今お前らが殺したので全部だ………」
レミリアに情報を話す慧音。
レミリアは、明らかに困惑の色を隠せなかった。
「……あなた、何があったの?」
その問いに対し、慧音はレミリアたちに背を向けながら答えた。
「………1人の蓬莱人が、正気を取り戻さなくなっただけさ…………」
「何千回と人間達の食糧にされてな」
「「…………ッ!」」
それは、悪魔と言われるレミリアも、完全なメイドである咲夜ですら、嫌悪感を抑えられずにはいられない話だった。
「私はもう……何も信じられなくなっただけだ」
その時、2人は見た。
慧音の持っている麻袋が、僅かに、ピクリと動いたのを。
2人はそれで、全てを理解した。
「……そう………達者でね」
「……まて…」
そして慧音は何かを話そうとしたが、結局、「いや、何でもない」と呟いて、また廃人のように歩き始めた。
「………行きましょう、咲夜」
「…………ええ、お嬢様」
◆ ◆ ◆ ◆
レミリアは、慧音の言っていた建物の、最も奥の部屋を開けた。
そして、そこには、
「……お姉………様……?」
「フ……ラン………!」
達磨と化したフランが、転がされていた。
「フラン!」
フラン有り様は酷いものだった。
四肢と翼がもがれているのは勿論、残った胴体や顔にも無数の裂傷、殴打の跡、陵辱の痕跡が生々しく残っていた。
当然止血などしておらず、生きているのが不思議ほどの血液が、部屋そのものを紅く染めていた。
そして、レミリアはフランに駆け寄ると、
パァンッ!
「……え?」
唸りをあげて、フランにビンタした、そして、
「勝手に出て行って!死んじゃったらどうするの!」
天まで届くような声で、フランを叱責した。
「お姉…様……ごめん…なさい……」
「まったく!心配かけさせて……」
「お姉様、それ以上は……!」
と、レミリアを止めようとする前に、咲夜は気づいた。
「本当に゛っ……死゛んじゃったら゛っ……どうすんのよっ………」
彼女はぐちゃぐちゃに泣き崩れていた。
「うああああァァああ!!!フランァァァァン!!!!」
「お姉様ああああ!!!!」
そこから先は、言葉など必要なかった。
レミリアは、フランを抱きしめながら泣き、フランは、レミリアに抱きしめられながら泣いた。
「………ここに私が入るのは、野暮というものですね」
咲夜は、ハンカチを取り出して、目尻に浮かぶ熱いものをそっと拭き取った。
◆ ◆ ◆ ◆
「………そろそろ人里を離れている頃か」
深い森の中。
少なくとも、何の戦闘技術も持ち合わせない人間が来る場所でない所。
慧音は、麻袋を下ろすと、糸の切れた人形のように木に寄りかかり、譫言のように1人呟いていた。
正確には、2人だが。
「あいつらは、人間を嫌ってたし、憎んでる、人間が恐ろしく醜い存在か知ってる、偉いことだよ」
「でもな、少しだけ、理解が足りないんだよ、妹紅」
麻袋が、芋虫のように震えた。
「私は「誰も」信用できないと言ったのに、まるで聞いてないんだ」
「まあ、きっとすぐわかるだろう」
「お前も、そう思うだろ、妹紅?」
麻袋の中身は、
「あー」
と、平らで透明な声を出した。
◆ ◆ ◆ ◆
「もう少しよ、フラン」
「………ええ、お姉様」
紅魔館に続く道を、フランを抱えたレミリアと、咲夜が歩いていた。
夜明けは近い。
が、それを差し引いても、もう紅魔館は目前だった。
「フラン」
「なあに、お姉様」
「パチェに頑張って魔法で腕とかくっつけてもらって、傷跡も治したらね、」
「したら?」
「大きなパーティーを開きましょう!」
「本当!?」
「ええ、そのときは咲夜、頼むわよ」
「かしこまりました」
3人とも、無傷でも何でもない。
それでもそこは実に幸福感に満たされた空間となっていた。
「ほら、ようやく門よ」
他愛もない会話の間に、彼女たちは門についていた。
しかし
「美鈴、開けてちょうだい」
返事が、ない。
「門が開いてますね………」
3人は門をくぐり、中庭に入る。そして、そこには
「パチェ?」
「あら、ようやく帰ってきたのね」
殆ど外にでない筈のパチュリーが、中庭に立っていた。
「一体どうしたって言うの?」
「レミィ、今教えてあげるわ、それはね、」
「こういうことよ」
「お嬢様ああああァァァ!!!!」
それは、突然だった。
館、門、中庭のあらゆる所から無数の矢が飛来し、レミリアを趣味の悪い針山にした。
「パ、チュリー………」
しかし、レミリアは再び立ち上がった。
「あら、運が良かったわね、抱き抱えてた妹が盾になってくれたなんて」
「パチュリィィノーレッジィィィ!!」
「遅いわ」
レミリアが飛翔し、パチュリーに突撃しようとしたが、直前にパチュリーの放った「プリンセスウィンディネ」に逆に叩きのめされる。
「パチュリー様、一体何故こんなことを!!」
「見て解らないのかしら?」
「私は裏切ったの、あなたたちを」
そんなセリフと同時に、弓矢を構えた人間たちがぞろぞろとパチュリーの周りに出てくる。
「1月前くらいに誘いがきたのよ、私は殆ど人間を食べなくて良いし、レミィと友達と言うよりレミィの本と友達だったし」
「計画は簡単だったわ、妹様をそそのかして家を出させた所を攫う」
「そしてそれを囮にレミィと咲夜が出てったら、後は門番を後ろから倒して人間たちの本隊を迎えれば終わりですもの、思わず笑っちゃうわ」
「くそっ!……くそっ!!」
レミリアが絶望し、悔しさと怒りの涙を流そうとしたそのときだった。
「お嬢様、気を確かに」
咲夜の静かな声が、彼女の耳を震わした。
「お嬢様、私が囮になります」
「え!?」
突然の、一言。
「馬鹿なことを言わないで!なら私が……」
「お嬢様!!!」
「後を、頼みます」
瞬間、咲夜は無数のナイフを人間たちに投げつけていた。
そして、返す刀放たれる矢を、時を止めて間一髪で避ける。
「お嬢様、早く!!」
レミリアは、反射的に上空へと身を翻していた。
「何を企んでるのか知らないけど、やらせはしないわ!」
パチュリーがレミリアに向かって魔導書を構えた。
が、次の瞬間には時を止めて接近した咲夜に押し倒されていた。
「邪魔は……させません!」
◆ ◆ ◆ ◆
結局最期まで、咲夜の眼差しには勝てなかったなあ。
場違いにも、レミリアは自然とそんなことを考えていた。
そして、ある程度の上空まで飛ぶと、身を翻し、地上を覗く。
下では、咲夜が横腹を魔法で吹き飛ばされたのにも関わらず、未だにパチュリーにしがみついて妨害していた。
もう紅魔館は終わりだろう、とレミリアは思った。
門番も時期頭首も死亡し、メイド長も致命傷を負った。
しかし、レミリアにはどうしても許せなかった。
例え先に手を出したのがこっちだとしても、妹を拷問と陵辱にあわせた人里の自警団。
そして、裏切り者のパチュリー。
自分の命を引き替えにしても、それらを消し炭にしなければ気が済まなかった。
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォッ!!!」
雄叫びとともに、レミリアの手にグングニルが生成される。
平時のそれを、何十倍にも巨大にしたものが。
地上では慌てて紅魔館から人が引いて行くが、レミリアにそれを逃すつもりはない。
魔力、生命力の枯渇により、レミリアの翼の先やつま先からが灰になって散り、それに比例してグングニルがさらに禍々しさを増す。
そして、
「見なさい!これが!」
それは、
「紅魔館であり!」
放たれた。
「レミリア・スカーレットよ!!!」
瞬間、
世界の終わりかと思われるほどの轟音とともに、全てが灰になった。
一匹の吸血鬼が、力無く落下していく。
かつては紅く美しい館があり、いまは灰だけが舞っている場所に。
ちょうど、そのとき、日が昇った。
吸血鬼は、僅かに微笑むと、大地とキスをする前に灰になって消えていった。
後に残ったのは、まっさらな灰だけだった。
そして、誰もいなくなった。
end
「box」
某業界では朝昼夜すべてこれらしいので、
「おはようございます」
少々遅くなった第二弾です
今後もローペースですが、よろしくお願いします
ついでに述べると、変ズは普通の作家で言う編集です
今回も盛大に役に立ってくれました
・・・濃厚なグロシーンを頼まれたのに書き忘れちゃったけど・・・
最後になりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました!
今後ともよろしくお願いします!
box&変ズ
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2011/11/11 13:23:34
更新日時:
2011/11/11 22:23:34
評価:
8/10
POINT:
840
Rate:
15.73
分類
東方飢餓録
紅魔館
ラブもヘイトもありゃしねぇ!!
んっく!! 反吐が出そうになった!!
ハングリー精神の暴走ってヤツか!?
連環の運命は断ち切れなかった。
未来を見通す能力は、確かに、破滅を予言していた。
理解していたはずなのに……。
諦めるなんて、できない!!
ガッツを見せろ!!
弾幕を喰らえっ!!
命の限り戦えっ!!
隙を見て、親友を罠に嵌める魔女など笑止千万!!
鬼畜上等!! 紅魔館の意地を見よ!!
展開が似合いますね。パチェが裏切る理由がよくわからなかったけど、このままやりあい続けたら紅魔館の方が負けると思ったんでしょうか。
もこたんもかわいくてよかったなあー
慧音もそりゃ人間に絶望するよな。
いい作品でした。
時として人間は妖怪よりも恐ろしい存在になるのですね。
あと、このシリーズのラスト「そして、誰もいなくなった」で固定なのね