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『ニンゲンのもつ煮込んでない弁当782kcal』 作者: sako
「はぁ…お腹すいた…」
きゅるるるる、とお腹の虫さんが可哀想な鳴き声をあげています。私の耳にはそれがなんだか抗議の様に聞こえました。『インフラを整えろー』『安心して暮らせるようにしろー』『税金を安くしろー』いいえ、もっと暴徒手前の民衆が叫んでいるような、そんな声です。『飯食わせー』
「はぁ…お腹すいた…」
きゅるるるる。
お腹の中の虫こと民衆の声は時が立つにつれ大きくなるばかりです。いま、お腹王国で大衆アンケートで『今一番、お国に解決してほしいことといえば?』という質問に対し『食糧事情』という答えがおおよそ100%の確率で返ってくることでしょう。
「はぁ…お腹すいた…」
きゅるるるるる。
『私の体内食糧事情解決法』民主主義ならそのまま議題に提出すれば確実に可決、即日施行されそうな法です。けれど、残念ながら私の身体は君主制です。施行することが不可能なので私は市民の声をはねのけます。
「はぁ…お腹すいた…」
きゅるるるるるるるる。
このまま民衆の声を無視し続ければ暴君、暗君として名を馳せれそうですがそれも難しい話。私とて出来れば身体の細胞という細胞に暖かなおかゆを振舞ってあげたいところです。ですが、残念ながら私という名の王国は絶賛財政難。自国内で食料を生産できない我が国はこうなってしまっては存亡の危機に瀕することになります。
「はぁ…お腹すいた…」
きゅるるるるるるるるるるるるるるるる。
食料自給率0。エンゲル係数が先日まで100%だった我が国は一昨日食べたトッポで一気に零まで下落。にっちもさっちもいかない状況です。その点トッポはすごいですよね。最後までチョコぎっしりなんですもの。
「はぁ…お腹すいた…」
きゅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる。
弁明するようですが、普段はこんなことはありません。お小遣い帳もきちんと付けていますし貯金もしていました。もっともそれはこの一ヶ月で全て取り崩してしまいましたが。けれどそれは決して私自身が無駄遣いしただとかギャンブルや株、FXに手を出して失敗したというのではなく私がひもじいのには免れなかった理由があるからです。そう、友情というお金などよりも尊きものを守るために必要だったのです。
「はぁ…お腹すいた…」
きゅるるるる。
原因は一ヶ月前、親友のチルノちゃんが里の人間に喧嘩を吹かっけているのが始まりでした。よせばいいのに彼女はいかにもガラが悪そうな連中に食って掛かっていたのでした。『なんやとコラ』『シバクぞ』『アァ?』頭の良さではチルノちゃんとどっこいなのでしょうが残念ながら相手はチルノちゃんのちからが10PだとしたらSTRが2000ぐらいありそうなパワーファイターばかりでした。ワンパンでチルノちゃんが\ピチューン/するビジョンが私にも見えました。このままでは拙い、と私はチルノちゃんの前に躍り出ました。チルノちゃんをマミる(マミる――動詞。聖徳王が復活し危機に瀕した幻想郷の妖怪たちを助けるために佐渡より二ツ岩マミゾウがやってきたことから。助けにきた、助太刀にきた、の意味)ためです。
『すいません。この子バカなんです。どうかこれで許してください』
悪漢相手に私は臆することなくすっと千円札三枚を差し出しました。慰謝料の相場は知りませんがこれだけだせばキチガイでもない限り金の光に目が眩んでこちらの言うとおりにしてくれるはず。だというのに…
『あ、こんなはした金で俺らの気ぃが収まるとでも思ってんのか!?』
『ひやぁぁぁぁぁ』
悪漢さん共はそう声を荒げました。やはり、あの時は断腸の思いでも五千円を渡しておくべきだったのでしょうか。ともあれ、既に過去を語っているのですから全ては後の祭り。悪漢の一人が手を上げ全く関係なかった私まで殴られそうになった瞬間…悪いのはチルノちゃんだけで殴られればいいのはチルノちゃんだけでいいのに、と目をつむった瞬間…
『おい、まぁ、まてよ』
別の悪漢が腕を振り上げていた彼を諌めました。地獄に仏。こんなカンダタの系譜に連なるクソどもの中にも話が通じる真人間がいたのだとその時は一瞬だけ感心しました。けれど、彼は続けて瞳をぎらつかせながら私にこう言ってきたんです。
『嬢ちゃん、お友達を助けたいんだろ。だったら、お金より俺はもっと欲しいものがあるんだけどな…』
ここでそれは何です、なんて問い返したのが私の人生最大の失敗でしょう。悪漢さんは顔をニヤニヤにやけさせながら『俺ら、心が傷ついちまったからよ、嬢ちゃんに慰めて欲しいんだ。その体でな…!』そう言って来ました。私はその時やっと悪漢の真意に気が付きましたがもう後の祭りでした。腕を掴まれるとそのまま引き寄せられ、羽交い締めに暗がりへと連れ込まれてしまいました。その後のことは書きたくありません。それでも断片的にでも記せば――ヤニ臭い口でディープキスされた、半年前に買ったブラがきつくなり始めたおっぱいをなんども揉みしだかれた、このあと一週間ぐらいお風呂に入る時しみてしまうほどお股を傷つけられた、体中の穴という穴に男たちの欲望を吐き出された、と言ったところでしょうか。もう思い出すのも嫌です…
あまつさえあの外道どもはぐったりして起き上がれなくなった私から財布を奪っていきました。楽しんだんですからむしろ私にお金を払うべきでしょうに!
チルノちゃんはあの後、何故か男たちとの4Pが終わってから私の前に現れました。謝罪の言葉でも出るのかと思えば彼女の口から出た第一声は、
『どうしたの?』
でした。
謝罪どころか自分が私のお陰で助かったことも分かっていないような口ぶりでした。いいえ、それが事実なのでしょう。私は怒るのを通り越し呆れ返りそのまま地球を一周してきてまた怒りに戻ってきました。キレないわけがないじゃないですか。私は立ち上がると身体の汚れを拭うことなく無言でチルノちゃんを殴り始めました。殴打です殴打。チルノちゃんは『どうしたんだよ』とか『やめろ』とか言いましたが私の手は止まりませんでした。その時私は衝動に突き動かされていたといいますか、兎に角手が止まらなかったのです。
やがて、チルノちゃんは私の下で血と涙と鼻水で汚れ、腫れ上がった顔を歪めながら『ごめんなさいごめんなさい』と嗚咽を漏らし始めました。そこでやっと溜飲が下がり私はチルノちゃんを赦してあげる気になったのです。こう見えて私は寛大な心の持ち主なんです。ですが、当然、お財布と私の純潔は戻ってきません。そう考えるとまた無性に腹が立ってきたのでまた私はチルノちゃんを殴打し始めました。
それが私が無一文に近い原因です。
チルノちゃんはその後、土下座して百回ほど一句一語間違いなく『オツムが悪く愚鈍で幻想郷中の両生類のクソを集めた程度の価値しかない私を助けていただき有難う御座いました。この御恩は一生忘れません。今後、私めは貴女様を見かける度に人通りの多い往来であろうと馬糞の上だろうと膝まずき深く頭を下げようと思います。それをもって謝意とさせていただきますぞんじます。重ね重ね本当に申し訳ございませんでした』と謝らせたので赦してあげることにしました。
しかし、当然ながら寛大な心と懐の温まり具合は比例しません。世の不条理です。無一文、と言いましたが正確には二百五十二円がお財布に残っている状況です。オケラ、という訳でもありません。ですが、そんなはした金じゃ週刊少年ジャンプも買えません。第一、ジャンプじゃお腹は膨れません。チルノちゃんに慰謝料を請求するという手も考えましたが、あの子が幻想郷経済で使える貨幣を持っているとはとても思えませんでした。『お金をよこせ』と言って金束子でも掴まされた日には幻想郷に私という猟奇殺妖精者が誕生しかねません。私はお天道様の下を歩いて生きていきたいのです。その為にはナニハトモアレ、この空腹を諫めなければいけないのです。
「はぁ…お腹すいた…」
本日幾度目か、本文開始から八度目の呟き。そろそろ私はお腹すいたマイスターになれそうです。なったところでお腹は膨れませんが。
「はぁ…お腹すいた…」
「そうなのかー」
記念すべき九度目の呟きをしたところでそんな独り言に相づちがかかり、思わず私はわっ、と声を上げてしまいました。目を開ければそこにはお友だちのルーミアちゃんが私の顔を覗きこむように立っていました。
「お腹すいてるのか?」
「うん、そうなの」
私は立ち上がってそう応えました。動いたひょうしにかまたお腹がきゅるるるる、と声を上げます。恥ずかしくなって思わず私は顔を赤くしてしまいました。
「そうなのかー」
けれど、ルーミアちゃんはそういつもの口癖をしながら朗らかに笑ってくれました。ええ、やっぱりこういうのが親友、と呼べる相手なのでしょう。人のレイプの原因を作っておきながら素知らぬ顔で私の前に現れるナンバーナインとは違います。
「私もすいてるんだー。なにか食べるものあったらちょーだい」
前言撤回。コレも阿呆です。ホームレスに乞食してどうするんですか。ゼロからなにかをもらおうとしたらマイナスですよマイナス。数学じゃないんですから。これ以上、減らし様がないじゃないですか。
「いや…うん、ルーミアちゃん。私もお腹すいてるの。食べ物もってたら自分で食べるでしょ。ルーミアちゃんもそうでしょ」
このおつむが弱い子に私は窘めるよう教えてあげます。うう、常識以前のことを教えている気がしてたまりません。ところがルーミアちゃんは小首をかしげて『そうかなー』と言いました。
「わたしはごはん持ってたら大ちゃんにもあげるよ。二人で食べれば二人ともお腹いっぱいになるから」
「ルーミアちゃん…」
ルーミアちゃんの言葉に私は想わず涙腺を緩めてしまいました。なんて心が清らかな子なんでしょう。それに比べあの人が悪漢どもに暗がりに連れてこまれようとしていたのに助けてもくれなかったクソは本当にクズ妖精ですね。
「そうだ!」
と、私が汚物について考えていたところ、ルーミアちゃんが不意に声を上げました。どうしたのでしょう。私はルーミアちゃんに真意を問いかけます。
「町外れにうるとら…? があったよね。そこに行こう」
色々と安いんだ、とルーミアちゃん。しかし、私はまだその『うるとら』なるものが一体何なのか想像が付かないでいます。うるとら…うるとら…光の巨人、ではないでしょう。
「ルーミアちゃん。うるとら、ってなに?」
幾ら考えても思い付かないので尋ねます。ルーミアちゃんは首を捻った後、うんとね、と思い付いたであろう言葉を次々と羅列し始めました。
「籠があって、ごはんとかおかしがあって、走り回ったり弾幕ごっこしたりしちゃいけなくて、お金を払ってね…それでね…そうおトイレの紙も売ってたよ」
「えっと、つまり…」
ルーミアちゃんの話を統轄するにどうやら商店を指す言葉のようです。加えて恐らくはルーミアちゃんが間違って口にしたであろう『ウルトラ』という言葉。答えは…
「それってスーパーマーケット、だよね」
「うん、そのうるとらすーぱー」
わはー、とルーミアちゃんは応えてくれました。どうやら私の推理は当りだったようです。
「うん、そう言えば確かに町外れに出来てたよね。私、行ったことないけれど」
出来た当時はそこそこ話題になっていた食品を基本とする総合商店です。特集記事が組まれた文々。新聞も読んだことがあります。
「そこ行こうよ」
すっ、とルーミアちゃんは私に手を差し伸べてきました。けれど、私は素直にその手を取ることが出来ませんでした。何故なら私の手持ちの財産はたった二百五十二円。ドルに換金すれば現在のレートで3$と23¢です。コーヒー代にすらなりません。
「ごめんね、ルーミアちゃん、私、お金も持ってないの」
「だいじょうぶだよ」
そう断る私の手を無理矢理取ってルーミアちゃんは歩き始めました。無下に振り払うわけにも行かず私は付いていきます。
「なにかアテがあるの…? ルーミアちゃん、お金持ってるとか」
「お金? もってるよーさんびゃくえんぐらい」
世間じゃそれは持っていないと言うんです、そんな言葉が喉から出そうになりました。それを飲み込んだのは偏に友情と、そして地味に自分がルーミアちゃんよりも貧乏だという事実を知ったからです。いえ、四捨五入すれば私もさんびゃくえんぐらい持ってますからノーカンです。
その後も、私は再三、『大丈夫なの?』とルーミアちゃんに問いかけましたが応えは決まって『だいじょうぶだいじょうぶ』でした。具体的な説明を求めているのですがどうやらそれに答えるだけの言葉をルーミアちゃんは持っていないようです。ただ、言葉の端から察するになにか安くてボリュームのある物が件のスーパーでは売られている様なのですが…
そうこうしている内にスーパーに辿り着きました。
『総合マーケット ゆかりストア』
妖怪の賢者さんが創ったそうで、商品も人間向け、というよりは妖怪向けだと聞いたことがあります。実際、お店に訪れているのは垢舐めや唐傘、入道など魑魅魍魎ばかりです。私は少し怖くなって歩調を落としてしまいますが、腐っても妖怪の一角なのかルーミアちゃんは気後れせずお店の方へと近づいていきます。
「ルーミアちゃ…」
掠れいるような私の声は自動ドアの開く音にかき消されてしまいました。足を踏み入れたスーパーの中、そこは…
「あれ?」
存外、普通のお店でした。
立ち並ぶ棚にはこれでもかと商品が詰め込まれ、その種類はお野菜やお肉は元より完成品であるコロッケやサラダまで。ジュースやお菓子も目が眩む程様々な種類が取りそろえられ、お箸や洗剤、ルーミアちゃんが言ったようにトイレットペーパーまで売っていない物は売れない物だけだと言わんばかりに置かれていました。そして、驚くべきはそのお値段。なんと1.5リットルのジュースが僅か99円で売っているじゃありませんか。見たことも聞いたこともない無銘メーカーのパチモンくさいジュースですけれど。
「やったね、ルーミアちゃん。ここなら私の少ないお小遣いでも買えるよ」
「ふふ、喜ぶのは早いのだ」
ぎゅっと手を握りしめた私にルーミアちゃんはそんな風に演技がかかった不敵な笑みを向けてきました。どういうことでしょうと疑問符を浮かべる私の手を引き、店の奥の方へと連れて行くルーミアちゃん。店の奥はお総菜コーナーのようです。出来合の食品がパックに入れられ並べられていますがはてさて…?
と、私はその一角に紫色の趣味の悪いエプロンを身につけた従業員であろう金髪のおばさんを見つけました。手になにか持っています。シールの台紙…? 従業員のおばさんはどうやら商品にそのシールをぺたぺたと貼っているようでした。アレは、とジッと目を懲らすとシールには『半額』という何とも胸ときめく言葉が踊っているではありませんか。
「そうか!」
私は声を上げます。
お総菜の多くは完成品であるが故に痛むのが早く、売れ残った場合は他の多くの商品と違い破棄しなければいけないと聞いたことがあります。お店はそれを防ぐために値切ってでも売り上げにしようという販売方法をとることがあると。きっとあれがそうなのでしょう。シールを貼っているのはどうやらお弁当のようです。普通ならそこそこ値段のはる商品ですが、それが半額ともなれば私の全財産でも届く距離っ! そしてボリューム・味共に絶対に満足のいく内容に決まっている事でしょう。
「いこう、ルーミアちゃん。売り切れちゃうよ」
「あ」
それまで私を掴んでいてくれたルーミアちゃんの手を離し、私ははやる気持ちを抑えきれずお弁当コーナーまで駆け出そうとします。駆け出そうとしました。出来ませんでした。
「あいたっ!?」
駆け出すことが出来なかったのは私の前に急に壁が現れたからです。鼻を強かにぶつけ尻餅をつく私。だいじょうぶ、とルーミアちゃんが倒れた私を起こしてくれます。
「もうなに…?」
鼻を擦りながら顔を上げる私。鋭い双眸がそんな私を睥睨していました。ヒッ、と思わず短い悲鳴を上げてしまいます。
「ハーフプライスラベリングタイム中だ。抜け駆けはルール違反だぞ」
そう窘めるよう、裏では脅すような言葉を口にする壁…いえ、白狼天狗。背を向けて私の前に立ち、しかも、抜き身の刀剣を構えているような威圧感を全身からはなっています。
「えっと…」
しかし、私にはこの方がそうする理由がまったくわかりません。ルール違反? 何のことでしょう。助けを求めルーミアちゃんの方へと視線を向けると彼女も白狼天狗さんと同じく理由は分っているようで「そうだよ。半額神が貼り終るまでまたないと」なんて言ってきます。もう、訳が分りません。
「ううっ…」
それに加え私は僅かに怖気のような物を感じ取りました。まるで銃弾飛びかう戦場を匍匐で進んでいるような。いえ、それは平行世界の私です。ですが、感じとしては間違いありません。立ち上がって店内を見回してみればそこらかしこにこの白狼天狗さんと同じく鬼気迫る面持ちの妖怪たちが立っています。みんな一様にチラシをぼんやりと眺めたり興味なさげに棚の商品を手に取ったりしているのですが、明らかに全員、ある一箇所に意識を集中しています。
と、その集中がにわかに乱れました。同じく騒がしくなる店の入り口付近。そちらに顔を向ければどうやら二人組の客が入店してきたようなのですが…
「わーい、間に合ったよ」
「妹様、あまりはしゃがれてはお店の迷惑になりますよ」
二人組はメイドと小さな女の子でした。いいところのお嬢さまなのでしょうか。着ているものが私なんかとは一桁…いえ三桁は違いそうです。はつらつとした良家のお嬢さまとお付きのメイド。物語の中のような組み合わせに思わず私は顔を綻ばせますが、どうやら回りは違うようです。
「赤十字…だと!?」
白狼天狗さんは何故か緊張した面持ちで僅かに身体を震わせながらそう呟きます。えっと…ルビは<ブラッディ・クロス>で宜しいんでしょうか?
店内はまるで大スターのコンサートの前のようにざわついていいます。「嘘だろ」「あのロリが…?」「赤十字」なんて思わせぶりな台詞がそこらかしこから聞こえてきます。言葉の裏には一様に畏怖の二文字がありありと見えています。みんなあんな小さな女の子が恐ろしいのでしょうか?
「ふふっ、アレが赤十字か」
「相手にとって不足なしだね」
そこへまったく別種の声が上がりました。不敵で挑発的、自信と喜びに満ちた声です。はっ、と白狼天狗さんがそちらに振り向くのに釣られ私も声が上がった方へと目を向けました。はたしてそこにいたのは二人の鬼でした。
一人は店の棚よりも大きな背丈をしたがっしりとした体つきの女性です。額から立派な一本角を生やし、腕を組んで仁王立ちしています。
もう一人は私と同じぐらいの背丈の女の人です。ですが、その体つきはとても子供とは見えない程しっかりとしています。大人をそのまま縦に縮めたような体つき。こちらはねじれた二本の角を頭の横から生やし、腰に手を当てたっています。
どちらも顔に不敵な笑みをはりつけジッとお菓子コーナーの前ではしゃいでいるあの女の子に視線を注いでいるではありませんか。
「ストレングス2、テクニカル1っ…まさか奴らまで…」
恐ろしげな声を零す白狼天狗さん。まるで鬼を目の前にしているようです。いえ、あのお二人は鬼なのは確かですけれど、どちらも私の目には優しそうな方に見えるのですが。
そんなこんなしている間に場の緊張は限度なく高まっていきます。チラシや店の商品を手にしていた客たちはそれを手放し、ある者は短距離走のクラウチングスタートの構えをとり、ある者はまるで今から居合い斬りでもするように腰を屈め、またある者はコキコキと肩や指を鳴らし始めています。一体、なにが始まるというのでしょうか。
はっ、とそんなお客さん達が一心に注意を向けるお弁当コーナーに目を向ければ半額シールを貼り終えたのか金髪のおばさんの姿が見えませんでした。何処でしょうと視線を彷徨わせるとすぐに見つけることが出来ました。店の一角に目立たないように配置された両開きの扉、バックヤードに通じる扉の前です。店員さんは非常にゆっくりとした動きで戸をあけ、店の奥へと入っていこうとしている処でした。いえ、ゆっくりと見えたのは私の目の錯覚でしょう。店員さんがそんなことをする理由がないからです。開かれた扉の向こうに私はこちらを覗きこむ無数の目を見たような気がしました。それも恐らくは幻覚でしょう。そして、店員さんが店の奥へと消える直前…
「おい、ヒヨッコ。危ないから下がっていろ。妖精のガキには過ぎた場だ。だが…もし、お前が餓えていて、そして貧していて、なにをしてでも半額の弁当を欲しているなら…進め。その気持ちがある限り、お前はヒヨッコじゃなく狼の一員になれるのだからな」
「え?」
えーっと、一体、なにを言い出すのでしょうこの厨二病白狼天狗は。狼なのは貴女でしょうに。私は妖精の大ちゃんです。ですが、ルーミアちゃんには白狼天狗さんの言っていることが分っているようで私の肩に手を置いた後、ぐっと親指を立ててみせて、
「おたがいがんばろうね」
などと言ってきやがりました。ますますもって疑問符が大増殖します。一体、どういうことなのでしょうか。私の疑問に答えてくれる方はこの場にはおらず、そうして戦いのゴングが鳴り響くよう、バックヤードの扉が閉まりきりました。
そして、
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
猛る裂帛と共に誰も彼もが吶喊を開始し始めたではありませんか!
まるで古代の戦争のように飛び道具も陣形も武器さえなく素手のままに敵陣目がけて突撃していくお客さん達。その目指す先にある物…それは言うまでもなく今や半額商品が並べられたお弁当コーナーではありませんか。
「ふんっ! 喰らえ!」
先行した木人が身体にブレーキをかけつつ、振り返り様に右ストレートを放ちます。腰の入った見事な一撃。けれどそれを木人に追随するよう走っていた河童が寸前で躱し、カウンターのブローを腹部に叩き込みます。ひしゃげ曲る木人の身体。それを捨て置き先頭に躍り出た魚人は瞬間、上から落雷のように振ってきたこなきじじいのボディプレスによって押しつぶされます。
その後方では百眼とのっぺらぼうが防御を捨てた殴り合いを繰り広げています。百眼は身体の瞳が潰れるのも厭わず、のっぺらぼうは顔面が元からあるのかないのか分らない程ぐちゃぐちゃになりながらも全て全力の一撃を繰り出しあっていました。
ドシン、という大きな物音に振り返れば多腕の巨人、ヘカントケイルが同じく巨人一つ目入道に阿修羅バスターをかけているではありませんか。しかもアレは改良型! 阿修羅バスター唯一の抜け道だった首さえもしっかりと抑えた完成形。さしもの入道もあの一撃には耐えられなかったようで、そのまま床の上でぴくぴくと痙攣しています。
いきなりのバトル展開。これは一体どういうことなのでしょう。
と、
「とったぞーッ!」
乱闘が繰り広げられている一角から声が上がります。見れば猫又(男)が半額弁当をまさに勝者のトロフィーの如く掲げているではありませんか。その首を締め落とそうと絡みついていたろくろ首は失敗したかと言わんばかりに項垂れ、そのまま脱力し猫又(男)から離れていきます。つまりコレは…
「そう、争奪戦だ。半額弁当のな」
そう私の思考に続いて説明を入れてくれたのはあの白狼天狗のお姉さんでした。小柄な身体を生かし、回りから繰り出される乱打を軽やかに躱しつつも正確無比なカウンターを加え次々に他の客を倒していっています。私に説明する余裕さえあるのですからそこいらの妖怪では歯が立たないのでしょう。
「半額弁当の、争奪戦」
自分で口にしたところで私ははっ、とこの争いの真意に気がつきました。そうです。この私のように貧困と飢えに苦しむ妖怪、妖精は大勢いるのです。そして、その数に対しあの喉から手が出る程欲しい半額弁当の数は余りに少ない。結果、そこに争いが生じるのです。ですが、それは我先にといった浅ましく見苦しい物では駄目なのです。餓えてなお孤高、貧してなお錦。喩え貧乏やっていようとも妖怪、妖精としての誇りを忘れぬ為に彼らはああして一定のルールを作り、そうして、半額弁当を手に入れた者には空腹を満たすだけではない栄光を、敗れた者には悔しさを、けれど、次こそはと熱意を滾らせる想いを、争いを繰り広げることによって作っているのです。これは確かに太古の戦です。勝者の栄冠、という文字が英雄、勇者にのみ与えられていた太古の。その再現に他ならないのです。
「へぇ、やるねぇ。名無しの狼」
「ッ!?」
並み居る雑魚を鎧袖一触にしていた白狼天狗さんの前に小柄な影が躍り出ます。あの小鬼さんです。一体、どうやって近づいたのでしょう。白狼天狗さんの手足が届く範囲には一撃を見舞われた者の屍しか存在し得ぬというのに。白狼天狗さんもその事に驚いているようで一瞬、動きが止ります。
「テクニカル1っ! 技の一号と謳われた貴様、ここで屠す!」
「うひひ、やってみなネームレス。私を倒せば二つ名の一つや二つ授けられるかも知れないよ」
「いざ尋常に!」
ぶん、と舞い落ちてきた紅葉さえも断つような速度で白狼天狗さんは手刀を放ちます。続けて同回し蹴り、そこから二連撃。全てが流れる動作でまるで激流が如き猛攻を繰り出します。ですが…
「くっ! それが噂に名高い酔拳か!」
「うひゃひゃひゃ、酔えば酔う程強くなる、酔八仙拳。その奥義をとくと味わえ」
その攻撃の全てはゆらゆらと昆布か柳の様に揺れる小鬼さんにすべて躱されてしまいます。小鬼さんの動きは言葉の通りまるで酔っているようです。いえ、実際に酔っていうような。小鬼さんの顔はかなり赤く、眼は虚ろです。
「このッ! 破ァ!」
「うにゃ、甘い甘い!」
白狼天狗さんが繰り出した渾身のサマーソルトキックをなんなく躱すと小鬼さんは着地の隙を狙い足払いをかけ、更に追い打ちに転んでしまった白狼天狗さんを踏みつけます。間髪、ガードが間に合い、転がり間合いをとり立ち上がろうとする白狼天狗さん。そこへまるで倒れる様な千鳥足で一気に小鬼さんは間合いを詰めてきます。体勢もままならないまま眼を見開く白狼天狗さん。抱きつくようなしな垂れた動作、けれど、合板を撃ち貫く鋭さで小鬼さんは白狼天狗さんに攻撃をしかけます。防御。迎撃。回避。白狼天狗さんの動作は力強く正確。ですが、それを上回る変幻自在さでもって巧みに軽い一撃一撃を与えていく小鬼さん。白狼天狗さんの顔が苦渋に歪みます。小鬼さんの攻撃、一発一発は軽く受けてもダメージは小さそうに思えますがそれを何発も受け続ければ…それは攻撃されている本人が一番よく分っているのでしょう。防御だけでは負けてしまう。けれど、小鬼さんの攻撃にはつけいる隙が微塵も…
「今だッ!」
いえ、ほんの一瞬。カミソリの刃しか通らぬような僅かな隙間を白狼天狗さんは石のような忍耐力と水滴の集中力でもって突いたのです。防御から一転、渾身の一撃を放つ白狼天狗さん。
「のあ、危なっ! でも、甘いっ!」
それを寸前、白狼天狗さんの動作を上回るカミソリの刃さえも通さぬ精密さでもって回避する小鬼さん。繰り出された拳を身体を屈めて躱し更に腕を掴み、続く動作で肩口から白狼天狗さんに体当たりします。それだけの簡単な動作。だと言うのにその一撃で体当たりを受けた白狼天狗さんはおろかスーパーの建物自体が揺れました。回りで我関せずと乱闘していた他の客達も一瞬、我を忘れ見入ります。
「渾身の一撃には渾身の一撃をもって返すよ」
残心。息を吐き、そうして体勢を調える小鬼さん。遅れてどさり、と全身の糸が切れたよう白狼天狗さんは膝を付きました。その服の全面はまるで破砕槌の一撃でも受けたようにボロボロになっています。
「それじゃあ、リベンジを期待してるよ名無しの狼さん」
そのまま小鬼さんは軽やかな足取りで未だに固まっているみんなを余所に半額のお弁当を一つ手に取りました。名実共にこの勝負は小鬼さんの勝ち。白狼天狗さんの敗北で終わったということです。
「さて、アイツの方は…っと。アッチはアッチで熱そうな勝負になってるみたいだねぇ」
半額弁当片手に店内をざっと見回す小鬼さん。その眼がある方向で止ります。遅れて私もそちらに視線を向ければもう一つの激闘が開始されようとしている処でした。
「よぉ、赤十字。こうして戦う日を待ち望んでいたぜ」
「私はそんなヘンな名前じゃないよお姉さん。でも、うん。楽しみなのは私も一緒かな」
向かい合い対峙しているのは小鬼さんの片割れ、一本角の鬼のお姉さんとメイド付の女の子でした。ともすれば先生(体育)と生徒にさえ見えるような組み合わせ。ですが、二人の対峙に一気に店内に一食触発の空気が満ちます。まるでガンマン同士が早撃ちの勝負を始めようとしているような。いいえ、間違いではありません。他の客達の攻撃を受け満身創痍だった河童がついに力尽きて倒れました。帽子が脱げパリーンと頭の皿が割れます。それが合図でした。
「噴ッ!!」
人体力学的な最適化も先人の教えたる構えもなにもない完全に力任せの一撃が鬼のお姉さんから繰り出されます。その勢いやたるや、土石流に乗って流れてきた巨木もかくや、という程でした。あんな小さな身体にあれ程の一撃を受ければどうなるか…想像し、出てきたイメージは暴走するトラックにはねられたように店の外まで吹っ飛んでいくあの子の姿でした。
「ちょいや!」
そのイメージを裏切る出来事が私の目の前で起りました。鬼のお姉さんが繰り出した一撃を女の子はまるで自身を木の葉に変えたようにひらりと躱したではありませんか! いいえ、まだ続きがあります。木の葉のように、と形容したのは女の子の避ける動作が二次平面的な動きだけではなかったからです。拳圧が生み出した風に吹かれるようひらりと身体を捻りながら軽くジャンプした女の子はそのまままっすぐに伸びたお姉さんの腕に両手両足を絡ませて抱きついたではありませんか。まるでお猿さんのようです。しかし、そんなかわいいものではないことを私は我が眼を持って知ることになるのです。
「じゃあ、いっくよぉ! えいっ!」
ばきり、と太い木の枝を無理矢理折ったような音が店内に響きました。同時にホースの口を摘んで勢いよく水を噴出させたような音も。ただし、水の色は紅でしたが。
「ぐっ!?」
見ればお姉さんの腕は肘が曲ってはいけない方向にひん曲がり、更に肉が裂けそこから勢いよく出血しているではありませんか。
「へぇ、アレが通り名の由来になった<ブラッディ・クロス>。幼児特有のぽっこりとしたお腹を起点に極める強力な腕挫。あらぬ方向に曲った腕と噴き出す鮮血が十文字を描くことからダブルネーミングされたという赤十字の必殺技…」
今度の解説役は小鬼さんのようです。どうやら倒してしまった相手の役目も引き継がなくてはならないのもルールのようです。
「うぁ…あ、あ…私の、腕が…!?」
鬼のお姉さんの出血はすぐに止りましたが、腕の方は駄目なようです。巌のように固く握られていた五指は今や力なく無為に開かれています。あれではリンゴを握ることさえ今は難しいでしょう。肘を破壊され、そこから先を動かすことが出来なくなっているのですから。片腕をああも簡単に壊されたとあってはこれは早々に勝負あった、かも知れません。
「なんてなッ!」
「えっ?」
否。そんなはずはありませんでした。鬼のお姉さんは女の子が抱きついたままの壊れた腕を振り上げるとそのまま無造作に床へとたたきつけました。土埃が舞い、一瞬、視界不良に陥ります。
「ふん、片腕一本で決着が付くなら安いモノ…流石の威力だけど、その程度でこの“力の二号”は倒せないよ!」
もうもうとたちこめる粉塵の中から立ち上がりその巨躯を見せたのは鬼の姉さんでした。への字に折れ曲がった腕がぶらぶらと揺れています。その肘から先は鮮血に塗れ、とても痛々しそうでした。けれど、鬼のお姉さんはその痛みさえ心地よいのか口端を釣り上げ粉塵の中から立ち上がったもう一つの影に目を向けます。
「ぷはー、びっくりした」
「おっ、流石だな。これくらいじゃくたばらないか」
女の子もまたあの床板を砕き土埃を舞い上げるような一撃で持っても倒しきれなかったようです。多少はダメージを受けているようには見えますがまだ十分に戦えるのでしょう。そのまま鬼のお姉さんと向かい合うと腰を低くして腕を軽く広げました。小柄な身体だというのにその格好は力道山やスタン・ハンセンを思わせるプレッシャーに満ちています。対する鬼のお姉さんもヒョードルやアンディ・フグが如き威圧感を全身からはなっています。第二ラウンドのゴングは必要ありませんでした。
「轟ッ!」
ハンマーの様に勢いよく拳を振り下ろす鬼のお姉さん。女の子はバックステップでそれを躱します。床に叩きつけられた拳に女の子は待ち時間なく掴みかかろうとします。その頭上に、断頭台の斧のような一撃が振り下ろされました。折れた腕です。肩の力だけでお姉さんはその攻撃を放ったのです。まさか二連撃が来るとは読めていなかったのか、女の子はその鉄鞭のような強力な一撃を受けてしまいました。案の定、跳ね飛ばされたようにスーパーの床の上を転がる女の子。それに追いつき鬼のお姉さんは更に追撃を加えようと足を振りかぶります。サッカーボールを破裂させる強力無比な足蹴。それが、
「っ!?」
「ちぇっ!」
外れました。いいえ、外したのです。お姉さんが足を繰り出したのと同じタイミングで女の子は掴みかかろうと腕を伸ばしていたのです。殴られ、床を転がっている状態でも相手の四肢を掴もうとするその獰猛さはピラニアに匹敵すると言えるでしょう。それを瞬前で察したお姉さんの感も、ハヤブサもかくやという反応です。
そのままお姉さんは血の雫を床に残しながらゆっくりと後ろに下がります。女の子は立ち上がってから服に付いた埃を払い、また腰を低くし両手を広げた構えをとります。また、対峙する二人。正し今度はどちらかといえば女の子の方が攻勢のようでした。何故ならば下手な攻撃はそのまま女の子に十字固めを決められる隙になりえるからです。それは先程の追撃で十分にわかりました。小鬼さんならその酔っ払っているような不思議な動きで女の子の掴みかかる動作を躱せるかも知れませんがお姉さんの攻撃といえば実直な打撃のみ。並の、いえ、並以上の相手でもそれが十二分に通用するのでしょうがこれは相性が悪すぎます。そのままお姉さんは山の中で熊さんに出逢ってしまったかのようにじりじりと後ろに下がり始めました。それに滲み寄る女の子。隙をさらせば相手の攻撃に合わせてでもなく関節技を決めに行くつもりなのでしょう。そのまま二人は同じ間合いを保ったまま一区画分程を移動しました。このままではいつかお姉さんの背がお店の壁について追い詰められて終わりになることでしょう。
「ふっ!」
いいえ、違います。お姉さんは不敵に笑みを浮かべると不意に踵を返しました。向かう先は…まさかの、
「あっ、ずるい!」
お弁当コーナーです。
そう、この戦いはただの殴り合いではないのです。殴って相手を倒しただけでは勝利ではないのです。半額弁当をその手に掴んでこその勝利。ならば逆説。相手を倒さずとも半額弁当を手にすれば…? ソレは即ち、試合としての勝ちです。勝負には負けたかも知れませんが、それがこの場でのルール。女の子はずるい、と叫びましたがこれもまた立派な戦略なのです。慌てて女の子は駆けだしたお姉さんを追いかけ走り始めますが追いつける筈がありません。今度こそ勝負あった…
「かかったな!」
いいえ、まだです。まだ、勝負は終わっていません。試合も。走り始めたかに見えた鬼のお姉さんは更にもう一度反転すると腰を低く落とし身構えました。あっ、と驚きの声を上げて女の子も立ち止まろうとしますが、その勢いは殺しきれません。姿勢が崩れます。最初からこのつもりだったのでしょう。その隙を突いて鬼のお姉さんは踏み込むと同時に強力な足蹴を女の子目がけ放ちました。分厚い鍋の底をハンマーで思いっきりひっぱたいたような衝撃に店内の空気が一瞬、帯電します。蹴り上げられる女の子の身体。つま先が身体に突き刺さりくの字に折れ曲がります。カハッ、と女の子は口から血を吐き出しました。あの一撃を受ければ内蔵にとんでもないダメージが至るのは当然。むしろ身体を貫かれなかっただけマシというべきなのでしょうか。お姉さんの機転と破壊力が女の子の関節技を上回った。ということなのでしょうか。ただの脳筋ではなかったようで…す?
「痛っ…でも、もらった」
否。否否否、否っ!
この期において今だ女の子の腕は獰猛さを失っていた訳ではなかったのです。自らの身体が高々と浮き、身体の形が変る程の一撃を受けてなお関節技をかける隙を狙っていたのです。しまった、と鬼のお姉さんの顔が驚愕に歪むが時既に遅しです。女の子はお姉さんの足に抱きついたまま裏側へと回り込み自分の両足を伸ばし、交差させ膝十字を極めます。更に腕はただ単に抱きつくだけでなく右手でお姉さんの足の甲側を左手を足首の後ろに回し同時にアキレス腱にもダメージを与えます。ぼきり、とぶちり。痛々しい音が店内に響き渡り中空に十字が出来上がります。今度こそ…
「づぁぁぁぁぁぁぁぁ! なぁ・めぇ・るぅ・なぁ・!!」
!?
脚撃の勢いで宙に飛び上がっていたお姉さんは呻るような声を上げ着地。その顔は苦渋と憤怒、激痛を耐える為かまさしく鬼の様を晒していました。そして、執念も。着地の衝撃を殺すために折り曲げられた無事な方の足は更にスプリングの様に縮みます。危ないと、幼い本能が悟ったのでしょうか、女の子はお姉さんの足から離れようとしますが間に合いません。限界まで瞬発力を溜め込まれた無事な足はそのまま引き絞りに絞った弓矢を放つように一気にその力を解放します。
「怒ォ離ィ矢ァァァ!!」
大跳躍。撃ち出された砲弾が如き勢いを持ってお姉さんは破壊された足を高く上げたまま天井まで、近くではありません、天井まで跳躍します。それは一度目の交戦の再現。足にしがみついたままの女の子を天井へと叩きつけたのです。
「まだまだ! 宇ォ裏ィ阿ァァァ!!」
けれど、ただの一度では先程の焼き直し。どうせまた女の子は苦もなく立ち上がってくる事でしょう。お姉さんは砕けた天井に張り手を喰らわすと重力に引かれる以上の速度を持ってして地に足付こうとしました。当然、その下には女の子の小さな身体があります。
ドン、と今度は幻想郷中が激震(ゆれ)たのではと思えるような衝撃が走りました。強力な運動エネルギーはそれだけで爆弾に等しい破壊を巻き起こします。爆発したように粉塵が舞い上がる店内。暴煙に阻まれ勝負の行方は分りませんが…いえ、これは見るまでもないでしょう。遅れて獣でもかくやといわんばかりの甲高い悲鳴が聞こえました。次いで煙が晴れ、そうして飛び込んできた光景を…私は疑わずにはいれませんでした。
「がッ…あし、が…」
「危なかったぁ…」
お姉さんの膝の上にちょこんと座っている女の子。ですが、腰掛けているのは膝の表側ではなく裏側。お姉さんの足はまるで組み立て間違えて後ろ前になってしまったガンプラの様になっていました。膝が後ろ、踵が前に。無論、お姉さんの身体はプラモデルではありません。見ればお姉さんの足は太股の部分でまるで雑巾でも絞ったかのように百八十度捻られているではありませんか。肉皮が裂け骨が飛び出し、見るからに痛々しい有様。にわかには信じがたいですが、床に叩きつけられると悟ったあの女の子が天井から床まで落下する僅かな時間の間にお姉さんの足を捻ったのでしょう。
「くっ…この…」
「うん、おねーさんは私が戦った中でたぶん、二番目に強かったよ」
片腕片足。それぞれを破壊されそれでもなお闘争心が失せぬのか、お姉さんは苦痛を堪えるよう歯を食いしばりながらもすぐ傍にいる女の子に手を伸ばそうとします。けれどこの距離。密着する間合いならば完全に女の子の独断場です。
伸びてきた手を逆にとり、そのまま女の子はするりと木登りでもするようお姉さんの腕に抱きつき、腕を絡ませ腕挫を極めました。捻りを加えて。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
悲鳴と共に撒水のように血が散ります。ブラッディ・スクリュー、と小鬼さんが呟きます。
「吸血貴族紅種サブミッション秘奥義…初めて見た。とんでもなくえげつない技だね…」
さしもの小鬼さんもあの技のすさまじさに気押されているのでしょうか、こめかみから汗を一滴流しています。そうこうしている間にもお姉さんの足掻きと女の子の攻撃はまだ続いているようでした。逃げようとしてか、それとも別の考えがあるのか片足だけで足し上がろうとするお姉さん。その足に矢張、絡みつき四肢を交差させ、捻りを加え完全破壊を極める女の子。もはや使い物にならぬ程、お姉さんの身体は破壊し尽くされています。
「ほんとう、おねーさん強かったよ。強敵だね。お姉さまが教えてくれたの。強敵は必殺技を持って倒すのが礼儀だからって。だから、」
喰らえ、と女の子はその小さな口を開いて言いました。
四肢を破壊され、跪くお姉さん。既に壊す場所はないでしょうに。いいえ、もう一つだけあります。女の子は何とか身体だけを立たせているお姉さんの後ろに回り込むととぅ、と軽く跳躍しました。そして蝙蝠マークの可愛らしいドロワーズを聴衆の眼に晒すことも厭わずに大足をひろげ、まだまだ細い両の太股でお姉さんの頭を後ろから挟み込みました。まさか、と私が思うより早くそのまま女の子は上半身を右回転、下半身を左回転。そこに大きな捻れが産まれます。
「えいやっ!」
更にツイスト。女の子の回転はお姉さんの身体にも伝わります。まるで竜巻です。巻き込むもの全てを破砕分断かき混ぜて壊す、強力なツイスター。都合二回転半分廻されお姉さんの身体は無惨にも捨てられた雑巾のようになってしまいました。
「ういなー!」
カンカン、と試合終了のゴングを自分の口で鳴らし、女の子はふらつきながらも勝者として両手を挙げます。身体はボロボロで口回りには自分が吐いた血がべっとりと付いていますが、その手には煌めかんばかりの半額弁当があります。
よかったですね妹様、とそれまで何処にいたのでしょう、メイドさんがいつの間にか傍らに立っているではありませんか。
「えへへ。お弁当は今度もめーりんにあげようね」
「はい。あの門番も喜ぶことでしょう」
って、勝ち取ったお弁当を人にあげちゃうんですか!
私のつっこみも虚しく、レジの方へ歩いて行く二人。まぁ、つっこみは心の声なのであのお二人に聞こえなくても当然ですが。
「って、そんな場合じゃない。私もお弁当を、半額弁当をとらないと…!」
はっ、と陳列棚の方へ視線を向けます。幸いなことにたった一つだけですがお弁当が残っていました。後はあそこまで何とかして辿り着かないと。
「ううっ、でも…」
しかし、足はまるで床に蝋付けされたように動きません。当然です。あんな限界バトルを見せられてしまったのですから。か弱い力しか持たない私にあんな餓狼伝とか北斗の拳に出てもやっていけそうな連中の相手が出来るはずがありません。もう、ここは諦めるしか…
そう項垂れ始めた時、私はいつまで経っても最後に残っているお弁当が誰にも持っていかれないことに気がつきました。あれ、と店内を見渡せばそこに広がっているのは…うめき声を上げ床に伏している妖怪たちばかりです。店の端っこの方で未だに掴み合いの勝負をしている狼男とのづちがいましたが、完全に勝負に夢中でお弁当のことには気がついていないようです。どうやら、今回は余りに激戦だったため勝ち残った人よりも半額弁当の方が数が多かったのでしょう。私は横断歩道を渡るように左右を確認した後、まるでスリでもするように最後に残った半額弁当を手に取り一目散にレジへと走っていきました。
「あ、こっちだよー大ちゃん」
「もーやっと見つけた」
お弁当を買い、店の外に出てそれから更に数十分、やっとの事で近所の公園のベンチに座っているルーミアちゃんを見つけました。戦いの最中で見失ってしまっていましたが、どうやら先にお店を出てしまっていたようです。最初はやられてしまったんじゃないかと心配して、お弁当コーナーの回りをもう一度探したりしたのですが、ナニワトモアレ無事で良かったです。
「うわっ、ルーミアちゃん、それ半額のお弁当」
「えへへ、がんばって取ったんだ」
朗らかに笑うルーミアちゃん。その鼻の頭には絆創膏がぺたりと、張り付けられています。私は見ていませんが彼女もまた小鬼さんやあの女の子のように激闘を制してこのお弁当を手に入れたのでしょう。いつもは『あー、頭の弱い子だな』と思っていたルーミアちゃんの顔が今この瞬間に限っては凛々しくさえ見えます。
「大ちゃんも取ったんだね」
「うん。まぁ。漁夫の利、だけどね」
「グフ乗り? ノリス・パッカード?」
「ラルの方がイメージ強いかな」
他愛ない会話をしつつルーミアちゃんの隣に腰を降ろします。
「あれ、そう言えばルーミアちゃん。どうしてお弁当食べてないの?」
「うん? それは大ちゃんを待ってたからだよ。やっぱり、お弁当はみんなで食べるのがいちばん、おいしいんだから」
「ルーミアちゃん」
ルーミアちゃんの言葉に思わず視界が揺らぎます。私なんてあと五分して見つからなかったらさっさと食べて帰ろうなんて思っていたのに。ほんとうに友達思いの良い子ですルーミアちゃんは。それに比べてあの氷精。死ね。クソが。くたばれ。新聞の一面にデカデカと載るような死に方をしろ。
「さっ、はやくたべよー。わたしおなかぺこぺこだよ」
「えへへ。私も。それじゃあ、さっそく…」
いただきまーす、と言ってからお弁当の蓋を開けました。そう言えば、取るのに夢中でお弁当の中身までは確認していませんでした。いえ、この際、幕の内だとかトンカツだとかそんな大それた内容は願いません。梅干しと白米だけで十分です。出来れば煮物なんかも欲しい処なんですけれど。胸をときめかせ、開いたばかりのお弁当の中身を覗きこんだ私の眼に飛び込んできたのは…
「え?」
手、でした。
ハンド。右手。肌色のグローブなんかじゃありません。れっきとした人の手でした。鉈でぞんざいに切った断面図を晒した手首の先からがまるごと。それが白米の上にどどーんと乗せられているではありませんか。
「えっと…ルーミアちゃん」
「ふぁんふぁのだー?」
隣にいるルーミアちゃんの方へぎぎぎ、と顔を向けると既に彼女は口いっぱいにお弁当の中身をほおばっている処でした。お腹から引き摺り出して恐らくはそのままの、加熱処理もなにもされていない腸を。ぐーの手で握った箸の先には人の目玉が突き刺さっています。あ、私のお弁当にも同じ物が普通なら香の物を入れるスペースに入っています。
「えっと…これなに?」
「(もぐもぐごっくん)なにって…おべんとうだよ」
「人肉じゃねーかッ!」
怒りにかられついつい私はお弁当をてか右手を地面に叩きつけてやりました。あー、もったいないと声を荒げるルーミアちゃん。
「なんでこんな不気味なモンがスーパーで売ってるんですか! あり得ないでしょ! しかも、半額で! いえ、半額はこの際、どうでもいいです! ギザ・ありえねぇーっしょ!」
思わず言葉遣いが乱れてしまいます。そんな私の反応が信じられないのかルーミアちゃんは小首をかしげます。
「だって、」
「だって?」
「あそこ、ようかいさんせんもんのうるとらだよ」
派手にぶっ倒れる私。そう言えばそうでした。そりゃ、店内に妖怪さん(或いは妖怪じみたメイドさん)しかいませんわね。
「…もしかして大ちゃん、ニンゲンって食べられないの?」
「食べれませんよ! 私は妖怪じゃなくって妖精なんです! 妖精ってのはもっとこうマカロンとか生チーズケーキとかなめらかプリンとか黄金バウムとか、そういう女子力の高い物食べて生きてるんですよ!」
力説。しかし、ルーミアちゃんはいつものように「そーなのかー」と分っているのか分っていないのか、そんな風に口にするだけでした。
もはや立っているだけの気力もなくなり、私はその場に倒れます。
「ううっ…お腹すいた…」
記念すべき十度目の呟きはけれど、虚しくも夜風に流され消えていきました。
END
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2011/12/23 01:36:49
更新日時:
2011/12/23 10:36:49
評価:
10/18
POINT:
1200
Rate:
12.89
分類
大妖精
ルーミア
半額弁当
こんなに良い子がレイプされるのに、頭の悪い子はのうのうと生きているなんて、理不尽極まりない。
でもすごいよね、この作品最後までチョコぎっしり。
大ちゃんが割と本気で悲惨なのに笑えて面白かったです。ボコられるチルノもご馳走さまでした。
レイプにも負けず頑張って生きて欲しい
頑張れ大ちゃん。弁当を定価で買えるその日まで。
たかが半額、されど半額。
命を賭けて真剣に戦う彼女たちを決して笑うことなど誰一人できないでしょうね。
こんだけインパクト抜群の展開が連続してるのにまるで不自然な流れに感じさせないとか、本当凄い技術だと思います!!
空腹を戦闘力に転化できる最強の狼「調停者」も、きっと弁当の中身見て涙を流したんだろうな
ベン・トー見てみたくなりましたb