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『【己が使命を捨て去り欲望に傅く聖人】/【かつての使命を切り捨て宿望に殉ずる魔人】』 作者: sako
「ぎゃ…て…ぎゃ…て…」
闇という水で満たされた地下墓地、カタコンベ。
滴り落ちる水音に混じり何かのうめき声のようなものが石壁にこだましていた。
甦った亡者か、それとも屍肉を喰らう悪鬼か。力なきその声は怨嗟にも似た響を持っていた。
「はら…そー…ぎゃ…て…」
声は幾度も同じ音を繰り返している。けれど、繰り返すその度に声からは力が失せてきていた。まるでひび割れた器から水が漏れ出すように、徐々に出はあるが確実に。このままではあと、十を数えずして声は消えることになるだろう。
「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空…眠ってはいけません!」
そこに力強い声が重なる。消え入りそうだった声の主とは違いはっきりとした意思が感じられる声。消え入りそうな声の主を励まそうとする声。
だが…
「ぎゃー………て……はら、………そー…ぎゃ……て……………………………」
励ましの言葉は届かなかったのか、弱い声はそのまま消え入ってしまった。小さな灯火が風に晒されふっ、と掻き消えたように、あまりにもあっけなく。
「駄目です!! 眠っては! 起きるのです! 起きてしっかりと手に力を入れて! そうでないと…」
もう一つの声が強く激しく呼びかける。耳をつんざくような大声。それが石壁に反響するのだから雄鶏の朝鳴きよりも確実な目覚ましになるだろう。けれど、虚しいかな。悲痛なその叫びは、九度目を数えた激励と叱咤の声はついぞ彼女には届かなかった。深い深い眠りの淵へと堕ち込んでいく彼女の耳には、深い深い暗闇の底へと落ち込んでいく彼女の耳には。
ガチャン、と何かしら大掛かりな機械じかけが動く音が聞こえ、次いで何か大きなものが真っ逆さまに落ちていく風を切る音が聞こえた。それから一拍の間を置き、バシャン、と水面に石を投げ込んだような音が最期に聞こえてきた。それで終わりだった。暫くして鼻を摘みたくなるような臭気が立ち上ってきた。刺激臭。強烈な酸に何かが融かされる臭い。
「あ、ああああ…響子、響子ッ!!」
一人分の嗚咽が石壁にこだまする。一人分。山彦と同じ仕組。一人分の声。そこに威勢のいい、本殿から聞こえてくる読経をよく理解もせずに取り敢えず音だけを真似していた見習いの彼女の声は含まれていなかった。
「うあぁぁ…あぁぁ…」
むせび泣きは薄暗い地下室に絶えず響き続ける。喪われた命を嘆くよう、己の無力さを悔しむよう、そして、滅せねばならぬともとも滅しきれぬ怨敵への絶意が、嗚咽となってむせび出る。
「あら残念。やっぱり、睡眠欲には勝てないものですわね」
そこに更に別の第三の声が割って入った。嘲りを含んだ黒い声色。きっ、と床に額してむせび泣いていた僧侶は顔を上げた。
「貴様…ッ!」
仏門に帰依するものとしてはあってはならぬ怒り。だが、仕方なかろう。御仏の心を理解し、救えぬ者を救おうとした彼女でさえも阿修羅に成り果ててしまう程の仕打ちを受けてしまったのだから。
地下墓地の一室。ここは本来、失敗したキョンシーの廃棄する場所だった。廃棄場といってもとても登ることの出来ないなめらかで細い縦穴の底に何でも溶かす酸が貯めこんであるだけの場所だ。失敗作を穴の上から落として肉も骨も金属部品も強化プラスチックも何もかも溶かしてしまうという乱暴な廃棄場。その縦穴の口を塞ぐよう簡素な床板がしかれていた。いた、過去形だ。それも今は外れている。機械じかけで簡単に外れるようになっていたのだ。仕掛けは単純なものだ。天井からぶら下がっている棒。それを引っ張れば、けれど、体重をかけ引っ張り過ぎないようちょうどいい具合に引っ張り続けていれば床板はぴったりと穴を塞いでいてくれる。つい、手を放してしまったり、思わず体重をかけてしまえば仕掛けが動き出してガコン、と床板が外れ奈落の底への口が開く仕組みだった。天井からぶら下がっている棒を引っ張り続けていればそうはならない。引っ張り続けていれば。廃棄場の上に作られた処刑場に入れられた彼女が棒を引っ張り続けていれば。五日間。それを手助けするため、僧侶は鉄格子の向こう側から声をかけ続けていた。三日三晩、それを超え四日目まで。手出し無用。それ以前に拘束されていては声をかけることしかできなかったが。敵の思惑通りだったがそれに抗うよう。声を張り上げ、船をこぐ彼女の目を覚まさせるために、時に励まし、時に怒鳴り、そして、初めて直接、経を教えながら、共に読経し。彼女が眠ってしまわぬよう起こし続けていた。五日目まで起きていれば助けてやる。そういう約束だった。
失敗したが。
「そう怖い顔をしないでくださいな。負けて悔しいのはわかりますけれどね」
オホホ、と更にもう一つの鉄格子の向こうから羽衣をまとった女が笑う。生気のない青白い顔。いや、それ以前にその表情からは普通の人間とは何かが違う雰囲気を、反吐が出そうな邪悪さを感じずにはいられなかった。
僧侶は立ち上がると女めがけ、鉄格子があるのを忘れているような勢いで走り、詰め寄った。体当たり。がしゃん、と鉄格子が揺れる。強かに打ち付けた体の痛みも、けれど、敵を前にした燃え上がる怒りの前には霧吹きで大火事に水を吹きかけた程度の鎮圧効果しかなかった。
「絶対に、絶対に許さない…!」
「許さない? どの口でそんなことを言うんですか? お前達は私たちに何をされようと文句は言えない立場ですのに」
女は鉄格子に顔を近づける。鉄格子に追いすがるよう身体を寄せている僧侶に。恋人の距離。否。檻の中に閉じ込められた猛獣を観察する距離。口端を歪め、眼を見開き、肩をすくませ女は笑む。微笑、嬉笑、哄笑の類ではない。嘲笑。無様、哀れ、見窄らしく、惨めなものを見て堪えきれず笑ってしまう様。檻の中の僧侶に女はそんな卑しい感情を向けているのだ。
睨み返す僧侶が怒り心頭なのは当たり前だろう。だが、その口からは怒声も罵声も怨嗟の声出てくることはなかった。ただ、悔しそうに唇を自ら血が滲むほど噛付けているだけだ。
「ッ……!」
僧侶は確かに理解しているのだ。女の言うことがなにも間違ってはいないということを。自分に許されているのは黙りこくって、憤りと恨みを込めた瞳を鉄格子の向こうにいる相手に向けることだけ。怒鳴り散らし、脱走を企て、反逆することは許されない。相手のなすままにされる他ないのだ。
何もできない僧侶の心中を察してか、女は声を殺し肩を震わせた。
「ええ、そうです、そうですよ。それでいいんですよ負け犬」
より高みから見下すよう、女は牢から一歩離れ、顎を上げ顔を傾けてみせた。
負け犬――その言葉に僧侶は何よりも憤りを覚えた。だが、事実だ。僧侶は負けたのだ。戦いに。それも大きな。負ければ己の命だけでは済まぬほど多くを喪ってしまう戦いに敗れたのだ。そう…
「貴女は負け犬。我々に、豊聡耳様に敗れたのですから――聖白蓮!」
敵・霍青娥に名を呼ばれ聖白蓮は口端から血を流すほど強く唇を噛みしめた。憤りも敵意も湧くが、何も言い返せないのだ。この凄惨たる仕打ちの原因は全て、己の敗北に起因するが故に。
◆◇◆
「っ…!」
深夜の命蓮寺境内。そこでは一昼夜、激しい戦いが繰り広げられていたが、ついに侵攻側の総大将、聖白蓮が地に伏したことで決着が付いた。
「手こずりましたが――」
倒れた総大将の顔に影が差す。白蓮は瞳だけを動かし、影を睨み付けるがそれだけだ。身体は動かない。当然だ。半身は血に塗れ、身体のうちで傷、打ち身、火傷を負っていない場所などなきに等しく、骨、内臓に至るまでダメージを受けている。並の人間なら既に死んでいるような重傷だ。不老不死の身体を得ている白蓮とてこれほどの傷を受ければ動けずとも当然だ。
いや、動けない程度ならまだマシだろう。まだ意識が残っているのだから。
白蓮から離れた寺の各所。そこに普段なら境内を掃除し、参拝客を案内し、読経する仲間達が無惨にも倒れていた。ある者は白砂に埋もれ、ある者は屋根に空いた穴に身を投じ、またある者は大木の枝に引っかかり、ぴくりとも動かないでいる。誰も彼もが手ひどい傷を負い意識を失っている。無事な者は一人とていなかった。
命蓮寺は完全に敗北していた。
「――これで終わりです、聖白蓮」
神子率いる大祀廟の面々に。
命蓮寺と大祀廟が何故争っているのか。それをここに仔細に記す必要はないだろう。妖怪を庇護し、御仏の教えを広めようとする命蓮寺側と妖怪を滅ぼし、宗教を民衆の規範のみに留めようとする大祀廟側。火と水どころの関係ではない。どうあっても両組織の方向性は相容れぬもの。戦いは避けられなかったのだ。
先に仕掛けたのは寺側であった。いや、仕掛けざるをえなかった、と言うべきか。太子達は白蓮達と戦争するため、けれど、先に手を出したのは向こうだという大義名分を手に入れるために様々な裏工作を行っていたのだ。悪い噂を流布し命蓮寺の社会的地位の下落させ、『治安維持』の名目の元、大規模な妖怪退治を行い、さらには命蓮寺関係者の暗殺を企てた。それ以外にも明確な証拠はなく、けれど、明らかに大祀廟の手によるものと分るいくつもの妨害が行われていた。こうなっては幾ら仏門に帰依している命蓮寺側とあっても黙っているわけにはいかなかった。元より神子達と違い妖怪たちが支持基盤である命蓮寺は大義や対面をそれほど注視しなくてもよいのだ。むしろこれで踏ん切りが付いたと、戦いの火ぶたは切って落とされたのだった。その結果は――この有様ではあるが。
地に伏し、闘志は失わずともそれでも指の一本も動かせぬ白蓮の前に立つ神子。その身体は傷はおろか埃一つ付いていない。白蓮とは真逆。千四百年以上前、弟の死に直面し、己自身の死に脅え不死身の肉体を得るために魔道を身につけた僧侶ではあったがその力は十人の話を聞くとも称される神子の能力の前では無力だった。太子の後方に控えるその同胞達もまた大した傷を負っていなかった。
否、或いは命蓮寺側の戦力が伴っていればここまで一方的な戦いにはならなかったであろう。命蓮寺側にはもう二人、強力な妖怪とその助っ人がいた筈だったのだ。封獣ぬえと二ッ岩マミゾウ。共に数千の齢を重ね歴史にさえその名を刻む大妖怪だ。だが、その二人はこの戦いに参戦していなかった。命蓮寺と大祀廟、両陣営の戦いが繰り広げられる直前、二人は巫女や現人神、魔法使いと半霊の手によって退治されてしまっていたのだ。実は霊夢ら四人がマミゾウたちを退治した事でさえ太子達の策略の一部だったのだが。
一騎当千の戦力を二つも失い、それ以外にも事前に様々な妨害を受けていた命蓮寺側に為す術はなかった。一人が敗れ、一人が倒れ、一人が伏し、敗走さえ許されず寺は瞬く間に制圧されてしまった。もはや如何な知将、策略家であろうとこの戦況をひっくり返せることはできないだろう。
「くっ…」
鋭い目で太子を睨み付ける白蓮。眼力だけで人を射殺せそうなほど鋭い視線だったが神子は毛の先ほども感じていないようで眉ひとつ動かすことはなかった。
「太子様、止めを。こやつは我らの怨敵です」
自分が担当していた敵を倒し終えた布都が神子の傍らに立つ。同じく屠自古も。仏教を忌み嫌う二人の目は白蓮に負けじと鋭い。
「……」
布都の言葉を聞き入れるよう神子は腰に佩いた七星剣の柄に手をかけた。無駄なのない優美とさえ称せる動きで剣を鞘から抜き放つや否や、太子は己の聖剣を雷光の速度で地に伏す大僧侶の顔へと振り下ろした。
「ッ! 太子様!」
斬撃の音に次いで叫んだのは布都であった。その理由は語るまでもない。
「…何故、ですか」
脳天めがけ振り下ろされたかに見えた七星剣の切っ先はけれど、白蓮のうなじの辺りに指一本程度の隙間さえ開けず停止していた。白蓮の身体に新たに傷が刻まれた形跡はない。そのことについて誰よりも大きな疑問を抱えたのは寸前まで己の死を覚悟していた白蓮の方であった。
「布都、私はこの者の処刑を今は行わないことに決めた」
白蓮に剣を突きつけたまま、そう神子は変え様のない事実を述べるよう、たった今しがた決めたことを仲間たちに告げた。えっ、と驚きの声が布都や屠自古から上がるのも無理はない。
「…やはり、以前のように仏教をご利用なさるおつもりなのですか?」
神子に問いかける布都。神子がかつての計画を再開させるつもりなのでは、と思ったのだ。だが、布都の考えに反して神子は首を横に振るった。
「いえ、違います。よろしければ彼女にはストッパーになっていただこうかと思いまして」
「成る程。いや、しかしそれは…」
布都は神子の説明に一度は理解を示しつつも、すぐに不服そうに眉を潜めた。説明をつい省いてしまうという神子の悪い癖も長い付き合いである布都ならば簡単に理解できる。
神子は一瞬だけ布都に向けていた視線を再び白蓮の方に戻し唇を真一文字に結んだ。
「どうです聖白蓮。決して悪い話ではないと思うのですが」
「話が…見えてこないのですけれど」
そう半ば呆れつつ半ば怒りを隠そうともせず言い返す白蓮。ここでやっと神子は白蓮が自分の話についてきていないことに気がついた。これは失敬、と小馬鹿にしたような様子も見せず至ってまじめな口調で神子は頭を下げる代わりに目蓋を伏した。
「要は我々の仲魔にならないか、と言っているのですよ聖白蓮。私は貴女の力をかっている。人の身でありながら多くの凶悪な妖怪たちを統べるその人望、かつては多くの民衆を欺いていたという演技力、そしてその強力な法力。貴女は私にスカウトされるに足る人物だ」
どこか喜ばしげに白蓮に言い聞かせる神子。その目に偽りは見えない。否、腹の底の底ではどうか分からないが少なくとも神子の口から出た言葉はこの場では真実だった。
「どうです。我々の仲間になりませんか。もし、手をとってくれるというのであればこの寺は潰しません。貴女のお仲間も助けてあげましょう。我々は人の側なので…まぁ、止めることはできませんが妖怪退治もなるべくは控えます。どうです。悪い条件ではないでしょう」
「……」
眉をひそめる白蓮。当然だ。神子の話はあまりに白蓮にとって都合がよすぎる。目の前にいる自分に剣を突きつけている女は聖人ではあるがかと言って御仏のように寛大であるとは首を捻っても思えないのだ。白蓮がいぶかしむのも無理はない。こんな提案を持ちかけてくるには何か必ず裏がある筈だと白蓮は考える。
「ストッパー、と言いましたね」
「ええ、はい」
「つまりそれは私に妖怪たちの監察役になれ、ということですか」
そう低く唸るような声で神子の考えを推測する白蓮。ええそうです、と頷く神子。ついで理解が早くて助かる、とも。
つまり、神子は白蓮に仲間になった暁にはその地位を利用して妖怪たちの行動を制限しろと言っているのだ。妖怪の多くは自己中心的な風来坊。その行動を制限しようと頭ごなしに抑えつけた所で暴走するのが目に見えている。しかし、それも妖怪たちからの人望が厚い白蓮が行えばある程度は角が立たずスムーズに行えることだろう。ストッパーとはそのことだ。加え力が強すぎて制御しきれない妖怪も自分を通じて罠にかければ退治は容易だろう、と白蓮はそこまで考えた。
「……冗談ではありません。私は命蓮寺が僧、聖白蓮。抑圧され虐げられている妖怪たちの開放を目指す者です。それを妖怪撲滅を掲げる貴女達に与し、あまつさえその手伝いをするなど言語道断。決して頷くものですか!」
白蓮は血まみれの身体を何とか起こしそう吠えた。己の身体を省みぬ怒気が全身をかけめぐっているのか。肉体を凌駕する精神活動に、けれど神子は何故か意地の悪い笑みを見せた。
「決して…? そうですか。その割には躊躇い、のようなものが私には貴女から感じ取れましたが…?」
「な、何を馬鹿な!」
神子の言葉に怒鳴り返す白蓮。だが、その語気は心なしか先ほどのものより幾分弱く感じられた。
「私に嘘が通じるとお思いですか聖白蓮。いえ、嘘というと語弊がある。私は十人の話を同時に聞き理解し、それが長じて声を聞いた相手の産声から断末魔まで、その心中から本人さえも気づかぬ隠された真意まで聞く耳を持っているのですよ。ええ、貴女からは強く強く一つの声が聞こえてきますよ。『死にたくない。死にたくない』と」
笑みを顔に形作る神子。それに食ってかかるよう、当然白蓮は反論した。
「それは…と、当然のことでしょう! 生きているものならば皆、死にたくないと思うはずです!」
「そうでしょう。ですが貴女の場合はそれにもう一言が頭に付いている。『提案を受ければ少なくとも死なないで済む』と」
「……」
「貴女の目的、というのは自分の生死の前では考慮されない問題のようですね。いえ、それが普通ですよ、普通」
「出鱈目を言うなッ!!」
強烈に吠える白蓮。だが、その声の大きさは寧ろ否定しきれぬからこその負け惜しみ故のようにさえ聞こえた。荒い息をつき、痛みに耐えながらも神子を睨み付ける白蓮。対し神子は平静を保っている。七星剣を動かし白蓮の喉元に突き付ける。
「そんなデマに私は乗りません。無論、貴女の誘いにも!」
断言するよう白蓮は叫ぶ。はたして、その言葉は誰に向けてのものだったのか。
神子は目を閉じ軽くため息をつくと一言だけ、残念です、と呟いた。次に目蓋を開いた時、神子の瞳は既に一仕事をやり終えた者の目になっていた。終わった、と心を落ち着かせた者の目だった。既に神子の中で白蓮の勧誘の交渉は決裂し、なかったことになっているのだろう。既に終った話だと。
軽く溜め息をつく神子。今度こそ白蓮の急所を剣先がなぞるかに思えた。寸前、
「お待ちください豊聡耳様」
神子の手を止める声がかかる。神子以外の全員が声が聞こえてきた方に視線を向ける。ぬっ、と闇から滲みだしてきたように一人、女がそこに立っていた。霍青娥だ。青娥は足音も立てずに神子の傍らまで歩み寄ると夜空に浮かぶ三日月のように唇を曲げた。
「青娥めにひとつ提案があります」
「何でしょう」
青娥はすぐに説明せずそれはですね、ともったいつけたように断わりを入れて神子に耳打ちした。話を聞き終え、ふむ、と頷く神子。
「……いいでしょう、聖白蓮。青娥に諭されて私も少し、考えを改めることにしました」
何を思ったのか剣を収める神子。
「己の本心を切り捨ててでも己の目的を果たしてみせる。貴女のその心意気は立派なものです。もしそれが事実であると証明できるのなら…貴女の処刑を取りやめるのもやぶさかではありません」
「……また訳の分らないことを言って私を弄するつもりですか」
「いいえ。そうですね、言うなれば根性試し、ですよ」
◆◇◆
そして場面は再び冒頭へと戻る。
「しかしまぁ…」
鉄格子に手をかけながら青娥は檻の向こうの白蓮に微笑みかける。古井戸を覗きこんだような底の見えなさが伺える笑みだった。
「残念でしたね。もう少しでしたのに」
「……」
親の敵を見る目で青娥を睨み付ける白蓮。残念、とは酸の溜まった縦穴へと落ちていった響子のことだろう。だが、青娥の声はまるで本心からそう言っているようには聞こえなかった。当たり前だ。響子を惨たらしい方法で処刑したのは他でもない青娥なのだから。
捕えられた白蓮であったがすぐに処刑されるということはなかった。だがそれは神子の慈悲という訳ではなく、むしろより凄惨な目に逢わせるという目論見があったからに過ぎない。神子は白蓮に殺さぬ代わりに一つ自分の言葉――『己の本心を切り捨ててでも己の目的を果たしてみせる』をその場限りの出鱈目でないことを証明して見せろと言った。根性試しとはその事。生存、を含む本心、本能を切り捨て自分が救いたいと願う妖怪たちを救ってみせろと言ったのだ。
その最初の一人は響子だった。切り捨てろ、と言われたのは身体を休息させる欲求。睡眠欲だった。五日間、眠らずに過せれば新入りの坊主見習いを助けてやる。そういう試練だ。
もっとも白蓮とてそれが単なる建前で神子達がよりえげつない方法で自分たちを処刑しようとしていることなどすぐに理解した。理解したがかといってどうすることも出来なかった。生殺与奪の権利はいまや自分の手にはなく全て神子が握っているからだ。戦いに敗れた自分には文句を言う筋合いさえ残されていない。白蓮は言われるままに勝ち目のない戦いに再び挑まされているだけに過ぎないのだ。
「眠るな、と言うのはなかなか難しいですね。私も昔は勉強中、ついうたた寝をしてしまったものです。思わず机に額を打ち付けてしまったり、墨で顔を汚してしまったりと…あっと、私ったらお恥ずかしい話を…おほほ」
試練…いや、処刑の趣向はすべてこの霍青娥が請け負っていた。この邪仙は並の精神の持ち主ならむしろ投げ出したくなるような処刑法の立案、というものをむしろ新しい遊びでも考えるよう嬉々として提案していった。古くから処刑方法については中世ヨーロッパと双璧をなすむごたらしさを誇っていた支那の産まれ故か、それとも生来の嗜好なのか青娥が思い付いた処刑はサド侯爵が諸手を挙げて喜ぶような内容であった。
「まぁ、でも、他にお仲間はまだいらっしゃるじゃないですか。次こそ成功させてくださいね」
こほんと咳払いし、まるで励ますように青娥は白蓮にそう告げた。その目は完全に自分の尾を追いかける犬畜生を見る目であったが。
「さぁ、次のお仲間を助けに行きましょう。妖怪を助けるのが貴女の目標、なのですから」
がちゃり、と青娥は牢の鍵をあけた。どうぞ、と寧ろ丁寧すぎて嫌味がましい態度で白蓮に外に出るよう促す。そうして、こちらですと先行するよう歩き始めた。白蓮はそれについていく。腕が後ろで拘束されているものの白蓮は首や身体に縄をかけられているわけではなかった。辺りには青娥一人しかおらず一見すればここから逃げ出すことも不可能ではないように思えた。しかし、実際の所それは不可能だろう。先の戦いと四日間の不眠不休で白蓮の体力は限界に達している。はっきり言ってこうして歩いているだけでも相当きつい状況だ。加え奇跡を可能にする魔力も底をついている。今の白蓮はそこいらのただの人間以下の力しか残されていないのだ。そんな弱々しい力しかない状況でこの邪仙やその配下であるキョンシー、そして一千四百年の時を経て甦った尸解仙どもの手から逃れられるとはどう楽観視しても思い描けぬだろう。いいや、それ以前に今ここで白蓮が逃げ出すと言うことは即ち寺の仲間を見捨てると言うことでもあるのだ。それこそとってはならぬ選択肢であった。
「あ、そうだ」
と、不意に先行する青娥が足を止めた。踵を返し白蓮と向き合う。
「その格好では少々、お仲間を助けるには不便なんですよね。少しお色直ししましょうか」
言って青娥は腕を伸ばした。身の危険を感じた白蓮は身構えるが遅い。青娥は襟を掴むとそのまま真下に向け白蓮の法衣を破いた。
「っ、何を!?」
「だから、お色直しですって」
青娥は何処からか小さなナイフを取りだすとそれで更に白蓮の下着も切り裂き始めた。大きな胸が拘束から解放され、股間の茂みが露わになる。殆ど全裸同然、いや、中途半端に袖や裾が残っているせいで一層、卑猥な感じがする格好にさせられた。拘束されているため身体を隠すことも出来ない。白蓮は羞恥に顔を赤らめた。
「さぁ、こっちですよ」
白蓮の霰もない姿に満足げに頷くと青娥は再び歩き始めた。赤い顔で奥歯を噛みしめる白蓮。こんな格好にさせて今度は一体何をさせようと言うのだろうか。かと言って青娥に尋ねるような気にはなれず白蓮はこれまで通り黙ってついていくしかなかった。
「三大欲求の一つ、性欲」
「え?」
そんな白蓮の疑問を読み取ったのか歩きながら振り返りもせず青娥はそんなことを話し始めた。
「繁殖のための欲求ですが、生殖の回数を増やすためなのでしょう。その行いに快楽を感じられるよう人間の身体は作られています。多くの人はそれを愛故…と考えているでしょうが、中にはただひたすらに快楽を求めてしまう人もいます。貴女が信奉する仏教を始め多くの宗教ではそれを悪徳として捉えています」
「また訳の分らないことを…」
「原始宗教では薬物を使い多数の男女でまぐわうような行事も催されるようですが…それはどちらかと言えばやはり一族・部族間の結束を強めるためのもの。無意味に快楽だけを求めるというのは唾棄すべき淫蕩な行いなのです」
まぁ、でも、と青娥は足を止めた。その前には一つ頑丈そうな扉があった。
「気持ちのいいことというのはなかなかやめられませんね。私も夫と離婚した後、身体が疼いてしかたなかった時がありましたから」
「なんなのですか。一体、なんの話をっ!」
がちゃり、と大きな音を立て青娥は戸を開いた。内外の気圧の差か、部屋中の生暖かい空気が勢いよく流れ出してきた。何か香でも焚いているのだろうか。明らかに通路とは違う臭いを白蓮の鼻は感じ取っていた。
さっ、と促され青娥に続き白蓮は薄暗い部屋の中へと入った。入りたくない、と身体は強く否定したがそれはできない相談だった。戸を開けた時に感じ取った香の臭いはいよいよもって強くなり、さらには別種の香りも鼻についた。思わず顔をしかめる白蓮。汗を煮詰めたが如き臭気が息を詰らせたのだ。それは淫臭だった。愛を疎かにした唾棄すべき淫蕩なる香り。そんな臭いで満ちた部屋ではたして白蓮がそこで見たものは、
「ッ――ナズーリン、一輪っ…!?」
まぐわいあう二匹の牝だった。
六、七畳ほどの家具も何もない部屋の真ん中で命蓮寺に勤める二人は裸に近いような格好のまま抱き合っていたのだ。ただ単に身を寄せ合っていた、というのではない。二人の唇は絶えずつかず離れずを繰り返し貪るよう舌を絡ませあい口唇に吸い付き唾液を交換していた。すりあわされる胸はまな板の上でのたまう蛸を思い起こさせた。そうして、股間部分、そこに白蓮は有り得ぬものを見つけ目を丸くした。
「なんですか、それは…」
赤くいきりたち濡れ光る剛直。グロテスクな造形をした男性器がそこにあったのだ。ナズーリンと一輪は女性だ。そんなものが生えている筈はない。世にはふたなりなる両性具有も存在しているがなんども一緒に湯浴みしたことのある白蓮は二人の股にソレがあることなど見たこともなかった。
「まさか!」
二人の股間に何故そんなものがあるのかその理由に思い当たり白蓮は責めるよう青娥を睨み付けた。
「陰陽の合致は道の極意です。陰中の陽。陽中の陰。分析心理学においてアニマ/アニムスと表現されるものはなにも精神に置いてというだけではありません。後天的に身体に異星の特徴を顕現させ究極の一に至る、という手段もあります」
そう出来のいい弟子にものを教えるよう丁寧な口調で説明する青娥。その裏に悪意があることは隠しきれないでいるが。
「まぁ、彼女らの場合はそんな深遠なる目的とは無縁です。ただ、貴女の力量を見極めるためだけにつけさせてもらいました。おちんちん」
言って青娥はいまだに我関せずと快楽を貪り合う二人に歩み寄った。腕を伸ばし小柄なナズーリンの身体を無理矢理に引っぺがすと間髪入れず一輪の身体を蹴りつけた。ぐもった悲鳴。そこでやっと二人は部屋に来訪者があったことを知った。
「えっ…ひじ、きゃっ!?」
悲鳴はナズーリンのもの。青娥はナズーリンを一輪から引きはがした後、更に床に押しつけ白蓮に見せつけるよう無理矢理大きく両足を開かせたのだ。すりこ木棒の様にまっすぐにいきりたつ陰茎。その下には枝に実った枇杷の様に陰嚢が二つ、ぶら下がっていた。では、ナズーリンの局部は完全に男性化しているかと言えばそうではない。陰嚢の裏に隠れるよう確かに女性器も存在していた。ただし、幼子のそれのように無毛の秘裂は無惨にも黒染めの強固そうなより糸によって縫い合わされていた。なっ、と白蓮が言葉を失っているのを尻目に青娥は次に足蹴された腹部を押さえ横たわっている一輪の足を持ち上げてみせた。そこにはナズーリンと同じく縫合された女性器があった。
「なんてことを…っ」
「なんてこと? むしろ感謝して欲しいぐらいですけれど。見ての通り、この二人に植え付けた魔羅は非常に強力な淫欲を呼び起こすようになっています。ああ、でもまだマシな方ですね。かろうじて理性が残っていますから。ほんと射精する前で良かったですね。ほら、男って一回、がっつき始めると際限ないですからね。ああ、僧侶の貴女はそんなこと知りませんか。それとも実は男性信者を夜な夜な寝所に呼び寄せなんて…ああ、話がずれましたね。まぁ、この魔羅もそれと一緒と言うことです。一度果てれば理性は融解し腰を振るだけのサルになってしまいます」
身を起こし白蓮と向かい合う青娥。
「そうなってしまっては余りに哀れですから私は二人に二つ、防護柵を設けさせてもらいました。一つは縫い合わせた御陰。もう一つは女陰に挿入しなければこの男性器は果てないように呪いを施していました。それには男性、としては矢張女性の膣内に精を放ちたいと思うものだという考えも含まれています。つまり…」
青娥は左手で輪をつくり、ピストルの形にした右手の人差し指を輪の中にゆっくりと差し込む真似をした。そうして、輪の中に人差し指が根本まで入ったところで爆発を示すよう両手を広げてみせた。胸くその悪くなる行為に白蓮は身体を軋ませるほどの怒りを覚える。
「今度の試練はそういうルールです。期限は三日ぐらいですかね。それほど我慢していれば陰嚢が精を作りすぎて腐り落ちてしまうようにできていますから。それともう一つ、仮に射精させてしまっても色狂いになるだけだ、とは思わない方がいいですよ。精とは生。生き物が生きるためのエネルギー。それを只ひたすらに放ち続けるようになるのですから、結果は…推して知るべしです。お仲間の木乃伊なんてご覧になりたくはないでしょう。ああ、でも仏教には即身仏なるものもありましたね」
下らぬ事を言いながらこれで説明は終えたと青娥は牢から出て行く。見送り代わりに白蓮は視線を向けることすらしない。ナズーリンと一輪は羞恥か、それとも性交の邪魔をされたせいなのかは分らないが顔を赤らめたまま小さく打ち震えていた。
「あ、あの…聖」
「正座」
「えっ」
「正座しなさいと言ったのです!」
唐突に怒鳴り声を上げる白蓮。普段は温和な彼女からは考えられないような怒声だった。一瞬、二人はあっけにとられたがすぐに言われたとおり床の上に正座した。その様子を見てから白蓮も腰を下ろした。
「話は聞いていたでしょう。どうやら我々は三日ほど耐えねばならぬようです。その…貴女たちの苦しみは私では理解できないでしょうが、どうか耐えてください」
「聖…」「姐さん…」
絞り出すような白蓮の懇願に二人は勇気づけられ、幾分か理性を取り戻したようだった。先は長いが何とか耐えていけそうだ。そんな希望が湧いてでる。
「あ、そうそう。香が切れそうなのを忘れていました」
その希望を打ち砕くよう戸も窓もない壁から唐突に青娥が姿を現した。三人が驚きに目を見開いているのを尻目に青娥は部屋の隅にあった愛合する男女を象った卑猥な造形の香の蓋を開け、何か蝋の様なものを二欠片ほど中に放り込んだ。蓋をし暫くしてから黄みがかった煙が香炉から立ち上り始める。えもいえぬ香りが再び部屋の中に充満し始めた。
「…あんなものに利き目はありません。さぁ、経を唱えましょう。御仏の教えの前には色欲など風前の灯火です」
「は、はい」「姐さん、それって消えないって意味じゃ…」
戸を振わせる三人の力強い読経が聞こえてきた。
「色不異空。空不異色。色即是空。空即是色…」
これで何ループ目だろう、とほんの一瞬だけ一輪は考えた。長年行ってきた修行の中では一夜、経を唱え続けた事はあったが今回のこれはその時の回数を当に超えているように思われた。戦いに敗れ捕えられみょんなものを植え付けられてから数日。既に時間の感覚はない。それでもこうして経を唱え続けていられるのは恐らく、皮肉にも股間に植え付けられた魔羅のせいだろう、と一輪は思った。滾るように熱い股座は、成る程確かに活力たり得ているのだ。男性の力強さは身体の構造がどうのこうの以前にこれのお陰か、と納得した。雲山もこの力にあやかっていたのかと既に亡き相棒に一輪は想いを馳せる。大祀廟の面々との戦いで敵の亡霊の強力な電撃によって四散されてしまったのだ。相棒を喪ってしまった悲しみと共にその記憶も甦ってくる。寡黙にして厳格、けれど、優しさを秘めていた男だった。その巌のように固く握りしめられた拳になんど助けられたことか。姐さんを復活させる際にも様々な面で支えになった。頼りになる男、とは彼を指す言葉だろう。成る程、あのたくましい腕と豊かな顎髭は父性の表れだ。ならば、母性を内に秘める女としてあの腕に抱かれるのも…
「想行識。亦復如是。舎利子。是諸法空相……っ」
思考が乱れる。雲山と一輪はパートナーでありそんなラブロマンスをかき立てるような間柄では一切なかった。一輪は雲山に絶対の信頼を寄せていたが、それは男女間の愛なるものとは別のものだ。彼を求めたことなど一度もなかった。まずい、と一輪は奥歯を噛みしめる。身体がどうしようもなく他人を求めているのが分る。沸き上がる色欲がありもしない愛を形作ってしまったのだろう。意識すると更にそれが悪化した。
「不生不滅。不垢不浄。不増不減。是故空中ッ…!」
声に力を込め雑念を払おうとするがそれは難しい。既に喉は枯れ果てまともに声が出せないからだ。加え、実のところ心折れ欲求に破れそうになったことなどこれが一度目ではない。既に忘却の彼方だが何度も何度も何度も一輪は燃え上がる身体の疼きを憶え他者との性的接触を求めてしまっているのだ。それは相棒であった雲山だけには厭きたらず、参拝客の内で見かけた美男子の横顔や、新入りだった響子が井戸で身を清めている姿を見た時などに及んだ。まずい、まずい、と理性は警鐘を鳴らし続けるが股間の疼きはいよいよ持って耐え難いものになってしまっている。
「無色無受想行識…っ、無眼耳鼻舌身意…クソ…」
助けを求める様、同じ部屋に閉じ込められていたナズーリンの方へ視線を向けた。その先で一輪は絶望的な光景を目にする。
「はっ…はっ…はっ…はっ…」
一心不乱にそそり立つ陰茎を己の手で擦るナズーリンの姿だった。既に経を唱えることを止め、荒々しく短い間隔で呼吸を繰り返し、半開きの口から涎を垂らし、目を見開いたまま浅ましく男根を握りしめ腕を上下させ手淫をしている。赤く腫上がった鈴口からは淫水が留処なく溢れ、陰茎全体をべたりと濡らしていた。いや、それ以外にも男根を濡らす液体があった。血だ。余りに激しく擦っているためかそれともいきすぎた怒張のせいか、ナズーリンの男性器は傷を負っていたのだ。痛々しい有様。おぞましく理性の欠片もないナズーリンの様子に彼女をよく知る者ならば悪心さえ覚えかねないだろう。けれど、一輪はその様を見てうらやましいとさえ思ってしまった。一輪が我に返った理由は己の生唾を飲み込む音を聞いたためだった。
「姐さん…っ」
止めなければ、そう考えた。だが、自分では無理だとも考えた。下手に手淫にふけるナズーリンに意識を向ければ自分もその虜にされてしまうと思ったからだ。それに敬愛する白蓮の一喝ならばナズーリンも自分の愚かな行為を止めると思ったのだ。けれど、呼び声は届かなかった。
「すぅ…すぅ…」
規則正しく、けれど、ナズーリンのものとは違い落ち着いた呼吸。しずかに閉じられた目蓋。意気に合わせ上下する肩。白蓮はどうやら力尽きて眠ってしまっていたらしい。無理もない話だ。四日間、響子を眠らせまいと頑張っていたのだ。それから更に三日も起きていろなどと…いかな超人・聖白蓮といえど無理な話だった。そもそも白蓮はその力の大半を今は失っているのだ。ただの人間風情が一週間近く不眠不休で経を唱え続けていただけでも奇跡じみた行いだっただろう。
もっともその苦行も今の一輪の心にはまったく届いていなかったが。
「あね、さん…っ」
同音ではあるが先程の呼びかけとはまったく異なる呟きを一輪は漏らした。敬愛する白蓮への呼びかけ。今や敬うという字は外れ一輪は白蓮に愛だけを感じていた。否。それさえも超えている。血走った目を見開き見つめているのは白蓮の裸体だ。見事な出来映えの西瓜を思わせるような大きな乳房。丸みを帯びた身体。玉汗を浮かせる肌。船をこぐ愛らしい仕草。そして、ピッタリと閉じられた両の太股の間からはみ出ている潤いを帯びた茂み。ごくり、と乾ききった喉を潤すため一輪は生唾を再び飲み込んだ。今度はその音を耳にはしなかったが。
「姐さんっ!」
もはや耐えきれなかった。一輪は叫び、まるで猛獣が獲物に飛びかかるよう眠っていた白蓮に迫った。
「なっ…むぐっ」
押し倒された衝撃で目を覚ます白蓮。何事かと確認するより先に唇を防がれた。
「あねさんあねさんあねさんあねさんあねさん…」
砂漠で遭難したものがオアシスを見つけたように激しく白蓮の唇に吸い付く一輪。白蓮は暴れるが後ろ手に拘束されている上に体力はもはや限界で抵抗らしい抵抗はできなかった。両肩を抑えつけられ、いいように蹂躙される。口唇を割って侵入する一輪の舌。流し込まれる他者の唾液。流石に嫌悪感はなかったが兎に角やめさせなければと白蓮は酷い焦りを覚える。けれど、呼びかけようにも唇は防がれていた。
「っう…!?」
と、稲妻に打たれたよう背骨を駆け登ってくる快感に白蓮は身体を強張らせた。一輪の股間にそそり立つ剛直が白蓮の秘所に触れたのだ。まだ、挿入ってはいない。だが、亀頭の先でわずかに撫でられただけで神経が暴走するような快楽を覚えた。白蓮の身体もまた部屋の隅で揺蕩う淫香にやられているのだ。早鐘を打つ心臓。乳首や秘所の疼き。異様な寂しさを覚える心。火照る身体。白蓮もまた牝の身体となっていたのだ。
「くうっ…一輪、やめなさ…っ」
それでもまだ自分に襲いかかってきている淫欲の虜のように我は失っていない。白蓮は腰を左右に振り一輪の剛直から逃れようとした。入れられることだけは避けたかった。入れられてしまえば、一輪の剛直は精を放つ事ができるという。もし、精を放てば一輪の理性はこんどこそ完全に消滅しあさましき淫獣になりはててしまう。腰を振り精液を放ち続けるだけの化物に。そして、それはすなわち一輪の死にも繋がるのだ。それだけはなんとしてでも避けなければならない。白蓮は強姦魔に襲われた様に必死で抵抗した。だが…
「んっ、あぁ…ああ!」
再び電撃が走る。今度のものは耐え難く、白蓮の口から漏れたのは悲鳴ではなく嬌声だった。押さえつけるためか、一輪の手が白蓮の秘所に触れたのだ。いや、触れたなどと言う生やさしい言葉では説明できない。手の平でぴんとその存在を誇示する陰核を押しつぶし、親指を潤いを帯びた茂みの奥の女の孔にへと押し入れた。その動きは偶然だったかも知れないが直接性器を触られたのだ。否応がなしに昂ぶっていた身体は牝の反応をしてしまう。艶めかしく白蓮は身を捩り、そのまま固まってしまう。まるで牡を受け入れるように。そして。
「あっ…あ、ああああ!」
今度こそ白蓮は悲鳴を上げた。ついに密林の奥底の蜜壷がいきりたつ肉槍に貫かれてしまったからだ。
「ひぃ…ふぅ…ひぃ…ふぅ…!」
肉壁を割り、苦もなく挿入される一輪の剛直。異物を体内に突き入れられる感覚に白蓮は怖気を憶えずにはいられなかった。白蓮とて処女ではないがもう千数百年以上、この身体は異性を…いや、男性器を受け入れていないのだ。白蓮はおぼこに等しいのだ。喩え相手が仲間とは言え怖気を憶えるのも無理はない話なのだ。だが、それ以上に…
「っう…ああっ、だ、だめぇ…」
躰は快楽を憶えていた。桃色の火花を散らす神経。知らずの内に漏れる嬌声。よがり狂う身体。意識が揺蕩い微睡む。ともすれば眠りに落ちるよう快楽をこころよく受け入れそうになる。一輪の一突き毎にそれは強くなっていく。一輪の腰の動きは激しく、いきりたつ剛直は固く、白蓮の膣壁に多大な快感を与えていた。淫猥な水音が響き、一輪の温かさが伝わる。快楽を甘んじて受け入れそうになる。
「くぅ…だめ、だめです…いち、りんっうう…あぁ…」
過剰に分泌される脳内麻薬の副作用か、今や白蓮の身体は麻痺したようにまったく動かなくなってしまった。否、身体がついに快楽を受け入れてしまったのだろう。わずかなりに、絶壁の縁に指をかけるように理性が残っているのは声だけだった。それでも喉から絞りでるのは嬌声混じりのとてもそうとは聞こえない否定の言葉だった。そんなもの荒々しくそして浅ましく腰を前後させる一輪の耳には届かなかった。一輪はもう白蓮の身体を押さえつけるようなことはしていなかったが逃げ出すのは無理なようだった。
「っ…ナズ…リン…たすけぇっ…ひぅ…」
その時、辛うじて残っていた白蓮の理性がこの部屋にはもう一人、自由に動ける人物がいることを思い出した。ナズーリンだ。白蓮は助けを求める様、掠れた声を上げ何とか頭を持ち上げナズーリンの方に視線を向けた。
「あ……」
「ハァ…ハァ…」
だが無下なるかな。そこにいたのはやはり淫欲に支配された一匹の獣だった。他者の交わりを見て自分も、と思ったのだろう。ナズーリンは見開いた目を血走らせたまま四足歩行で白蓮と一輪に近づいてきた。そのまま腰を振る一輪の後ろから抱きつくよう身を寄せるナズーリン。荒々しく貫かれる裂所に白蓮はもう一つ、別の熱を感じだ。
「まさかっ…だめ、いいえ、無理、無理ですナズーリン! やめ、やめてくだ…………あ」
既に一輪のモノを受け入れている淫孔に無理矢理ナズーリンの剛直が侵入する。ナズーリンの肉棒は一輪のソレが退かれた際にできた僅かな隙間に押し入り、肉を裂いて徐々に侵入していく。ひぎ、と流石に快感を余所にやり己の秘所が裂ける痛みに苦悶の声をもらす白蓮。淫液に朱が混じる。破瓜、などとは比べものにならない痛み。通常、女陰は二本もの男根を受け入れるようにはできていないのだ。
「かは…っ」
それでも白蓮の女性自身は二つの剛直の侵入を許してしまった。押し入られたのだ。開ききった女性器に二本の男性器が出し入れされる。交互に、などとはとても現せない。ナズーリンと一輪は競い合うよう我先にと出し入れを繰り返した。
「あ…ああ…あ、」
もはや快楽など微塵もない。ただただ蹂躙され犯し尽され物の様に扱われるしかないのだ。目を見開き、浅い呼吸を繰り返しながらも仲間に強姦される白蓮。瞳の光は当に消え失せてしまっていた。故にか。
「ううっ、あああっ!」「ひぃんんんっ…ぅ」
膣内に二人同時に精を放たれても何の反応も示さなかったのは。剛直が引き抜かれた時、淫液と血液と精液が混じった物が口を開けたままの膣孔からどろりと溢れ出した。透明と朱と白が混じる痛々しい有様。がだ、それで終わりではなかった。むしろ、始まりだ。
「――――――――――――――ッ!!!」
声にならぬ声を上げる獣。淫獣。性欲に支配されしモノ。そこからの二人…二匹の動きは今までが前戯だと言わんばかりに荒々しいものだった。がっつくよう、勢いよく相手は元より自らの身体も厭わぬよう力任せに腰を打ち付ける。その動作を四度、五度と繰り返したところでまた陰茎は爆ぜた。元服を迎えたての青年のような無尽の精だった。更にそのローテーションを二、三度も繰り返すと二人は射精しながらなお挿入を繰り返すようになった。それほどの精が一握りほどの陰嚢二つに溜まっているのかと疑うほどの射精量だ。いや、溜まっているのではない。放出しているのは精ではない生だ。白蓮を犯す二人の顔は最初こそ激しい運動に赤くなっていたが徐々に血色が悪くなり、浅黒い色をし始めた。呼吸も間隔がまるで出鱈目になり目蓋は深い眠りにつくよう落ち始めてきた。それでもなお腰の動きだけは荒々しさを保っていた。ぱしぃーん、ぱしぃーんと汗で湿り気を帯びた肉と肉が打ち付けられる音が響き渡る。射精。射精。射精。白蓮の膣にバケツリレーをするように精が注ぎ込まれていく。許容範囲をオーバーしまるで妊娠したかのように膨れあがる白蓮の下腹部。白蓮自身がそのおぞましい身体の変化を目にしなかったのはせめてもの幸いか。既に白蓮の意識は淫蕩の果てに沈み込んでいた。白目を剥き、呆けたように口を開けながら気絶する白蓮。そんなかつて敬愛していた大僧侶を二人は無惨にも昏睡姦し続けた。
◆◇◆
「もしもし豊聡耳様」
古風なダイヤル式の電話を手に仙界におわす神子に連絡を取る青娥。すぐに電話口からはもしもし、という声が返ってくる。
「首尾は上々です。程なくして聖白蓮の精神は完全に崩壊することになるでしょう」
嬉しそうに結果を報告する青娥。その様子は試験で良い点をとった子供のようでさえある。電話口の神子も満足気にそうですか、と応えた。
「これであとは聖白蓮を殺せばその肉体は我々の思うがままです。キョンシーとして蘇らせ傀儡として使役できるようになります」
ニタニタと青娥は下衆な笑みを浮かべる。そうそれこそが凄惨たる責め苦を白蓮に与えている本当の理由だ。青娥が神子に耳打ちした内容は処刑した白蓮の遺体をキョンシーとして蘇らせ意のままに操るというものだった。こうすれば仲間に加えるなどという裏切られる可能性が残る手段より確実に白蓮の言動を、しいては妖怪たちをコントロールできるとふんだのだ。
ただし、それにはひとつ、問題があった。それは聖白蓮の精神の強さだった。千数百年、法界に封じられて尚健常を保っていた精神。御仏の教えを学び更に人ならざる者を救おうとする強い意志。普通の人間ならば死ねばその精神の力というものは失われるが白蓮のように強力な精神力を誇るものは肉体の死程度ではその力が消え失せることはないのだ。
蘇った死者が、その体内に残っていた残留思念のせいで暴走する、などという話はなにも道教の秘術・キョンシーに限った話ではない。無論、青娥はその残留思念を封じ込めたり霧散させるような方法も心得ているが相手はかの大僧正、聖白蓮だ。生半可な方法でキョンシー化したところでほぼ確実に暴走…下手をすれば自我すら取り戻しかねないことは簡単に予測できた。だからこそ青娥は肉体より先に精神の処刑を神子に訴えでたのだ。精神を破壊し肉体を空っぽに、それから息の根を止めキョンシーとして復活、使役する。それがこの責め苦の真の目的だ。
そうしてそれは青娥の予想では九割方完了していた。目の前で仲間を見殺しにさせ、信頼していた仲間に犯させる。かの聖人と言えどこれならば心に大きなトラウマを刻むことができるだろう。
「報告する点は以上です。もはや成功したも同然、と言っても過言ではないでしょう」
青娥は神子にその結果を報告しながらも自分の頭の中で要点をチェック、その成果に満足気に頷いてみせた。
「さて、それでは豊聡耳様、最後の仕上げを行なってまいりますわ。次の報告は完了報告になることでしょう。しばし、お待ちください」
よろしく頼む、そう言う神子の言葉を聞きとってからガチャリと青娥は受話器を下ろした。顔には既に一仕事やり終えたかのような安堵の色が浮かんでいた。
「ははぁ…これはまさしく酒池肉林の宴、その跡ですね」
白蓮たちを閉じ込めていた部屋の戸を開いて青娥は鼻を押さえながらそう感想を漏らした。部屋の中は息が詰まるほどの臭気…汗と精液。涎と愛液。それに尿。そして、涙。この部屋には人の体から出るありとあらゆる液体の匂いで満ちていた。全て床に伏す裸の牝たちが垂れ流したものだった。
三人は身体を重ねあわせた状態で横たわっていた。一番上に小柄なナズーリン。その下に一輪。一番下に敷かれているのが白蓮だった。青娥は白蓮の側に近づくとその頭をつま先で軽く蹴った。ううんっ、と寝ぼけたような声が白蓮の口から漏れる。どうやら死んではいないようだが上にかかっている肉布団をどけない限りは目を覚ましそうになかった。
「芳香。宮古芳香っ」
仕方なくパンパン、と手を打ち鳴らす青娥。程なくして規則正しい跳びはねるような足音と共に彼女が最も愛用するキョンシーが現れた。
「はーい、せいがー。なんだー?」
「この邪魔なゴミクズをどけて聖白蓮を起こしなさい」
「うぉー、女の人が三人も裸で寝てる! ここはヌーディストビーチか! 裸族の聖地か! ところでヌーディストビーチってなんだろ?」
「……いいから早く言われたとおりにしなさい」
「ひじりびゃくれん、ってどいつだ? 一番上の小さいの?」
「一番下の大きいのです。さ、上のはぞんざいに扱っていいですから」
「ぞんさ…」「いいから早く」
「あいあいさー」
やっと言われたとおりのことをし始める芳香。やりだせば仕事は早かった。怪力を誇るキョンシーだからだ。力なくぐったりとしているナズーリンと一輪の身体を文字通り枕でも投げ飛ばすよう軽く放り投げてどかし、白蓮の身体を起こす青娥。そこで芳香は動きを止め、疑問符を浮かべながら青娥に視線を向けてきた。
「どうやって起こすの? 殴ればいいの?」
「それは間違いではありませんが貴女がやると聖白蓮が死にかねませんね。それにはまだ早い」
仕方ないですね、と青娥は何やら小枝を束ねたような物を取り出した。その先に仙術で火をつけ立ち上ってきた煙を白蓮に嗅がせる。
「ごほっ、ごほっ…な、何?」
「おはようございます聖白蓮。良いお目覚めですね」
どうやらそれは気付け薬だったようだ。火を消し、薬をしまう青娥。白蓮はまだ半覚醒状態だったのか、気分悪そうに目蓋を開閉させた。
「っ、あ……これは」
そして自分が置かれている状況を理解する。子宮を満たす白濁の重さ。擦過傷と裂傷に痛む膣。気怠い下半身。そして、異物感。白蓮が自分の股に目を向ければ両腿の間に萎びた海鼠の様なものが落ちていた。根本から千切れた男性器だ。何故そんなものがと疑問符を浮かべ、やっと白蓮は現状の全てを把握した。
「ナズーリンっ、一輪っ!」
首を回し辺りを探す。程なくして大切な仲間は見つかった。芳香が投げ捨てたため壁際に二人は横たわっていた。その裸身を白蓮は仔細に観察する。股間部分、女体にはあるまじきモノが、なかった。二人の身体に植え付けられた男性器が取れていたのだ。
よかった。これで二人はあの獣の様な淫欲から解放される、と安堵に肩の力を抜く白蓮。
「…ナズーリン? …一輪?」
その安堵は間違いだった。白蓮も間違いに気がつく。壁際に倒れているナズーリンも一輪もおかしげな格好をしていた。ナズーリンは頭を真下に首を酷く曲げた状態で倒れている。一輪の方は右腕を自分の下に左腕を捻りながらだらしなく伸ばしていた。その足はあらぬ方向に曲っていた。両者ともとても寝苦しい格好をしている。いいやそれ以前に二人とも骨が折れているではないか。骨が折れればその痛みで気絶などできないだろう。だと言うのに二人はぴくりとも動かない。ぴくりとも。まったく。まるで死んでいるように。まるで。まるで?
「あっ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
絶叫が室内に響き渡る。それも白蓮の息が続くまでだった。それ以上、叫び声が上げられなくなると白蓮はうずくまるよう深々と頭を垂れた。まるで亡くなった仲間に黙祷を捧げるように。
「あぁ、残念でしたね。やはり生きとし生けるものはすべて生殖の欲求には逆らえないようにできているのでしょう。我々のように仙道を極めでもしない限り」
慰めるよう震える白蓮の肩に手を置きながらそう言う青娥。だが、その顔には軽薄そうな笑みが張り付いていた。この上なく邪悪に満ちた笑みが。
「まぁ、まだもう一人、お仲間がいますよ。最後の試練ぐらいは何とかクリアしてみせて欲しい処ですが」
身を起こし、今度はあからさまに挑発的な事を青娥は口にする。だが…
「……」
「あら?」
白蓮は何も反応らしい反応を見せなかった。青娥がちょっと、と肩を叩いても何も起きない。気絶しているわけではなかった。項垂れた格好のまままるで卵のように黙し続けているのだ。にゃり、と青娥はえくぼを作るほどの満面の笑みを浮かべた。続け様に三人、仲間が惨たらしい方法で殺されたことにより精神が限界に達しているのだろう。青娥の笑みは計画通りに事が運んだからだ。後は芳香にでも首の骨を折らせれば聖白蓮キョンシー化計画はほぼ終了する。何百、何千とキョンシーを作ってきた青娥が最後のワンステップ、白蓮をキョンシーとして甦らせる行程を失敗することなどあり得ない。計画は終了したも同然だった。ならばさっさと芳香に白蓮を殺すよう命令を下そう。
「芳香」
「はいはーい」
そう考えたところで青娥の心に邪な影が差してきた。先程言ったとおり、捕えた命蓮寺メンバーはもう一人生き残っているのだ。無論、その最後の一人についても青娥は趣向を凝らした惨たらしい処刑方を考えていた。このままさっさと白蓮を殺してしまえば、それは実行されずにお蔵入りになってしまう。それは少々もったいないと思ったのだ。
「聖白蓮の枷を外して立たせてあげなさい。最後の仲間の元へ連れて行ってあげないといけませんからね」
はい、と元気よく返事し力任せに枷を外す芳香。ついで無理矢理に白蓮を立たせる。
「さぁ、歩きなさい聖白蓮。もう一人、仲間が残っていると言ったでしょう」
「……」
白蓮は一応、立つには立っているが青娥の言葉には無反応だ。その態度が気に入らなかったのか青娥は唇を尖らせた。
「そうですか。もう、これ以上、仲間の命を救うための無駄な努力をしたくないとうなら結構です。試験はこれで終了とさせて貰いましょう。ええ、これでお終い。そして、本当に残念と言いますか、可哀想ではありますが貴女の最後のお仲間は殺してしまわなければなりません。ええ、むしろ殺してくれと懇願する様な目に逢わせてから、ね」
「っ…貴様」
ほう、と驚いたような顔をする青娥。ついでやはり、と笑む。あの程度では白蓮の精神を完全に壊すには至らなかったのだ。もう一押し、最後の一欠片を完全に砕き粉みじんにする必要がある。取っておいた最後の処刑は無駄にならずに済んだのだ。
「こちらです聖白蓮。お仲間がお待ちですよ」
先に出口に向かい、エスコートするよう戸を開ける青娥。だが、連れて行かれる先はダンスフロアなどではなく処刑場だ。感情…といっても怒ただ一つだけだが、を取り戻した白蓮は青娥を睨み付けながらふらつく足を一歩、前に出した。
「さぁ、こちらです。こちらに最後のお仲間が貴女をお待ちしております」
青娥が案内した場所にあったのは牢だった。ただし、響子を処刑するために簡易に作った鉄柵の牢などではなかった。格子にはびっしりと幾重にも護符が張り付けられていた。入り口となる場所には鋳造の鬼面のレリーフが取り付けられている。それも内側に。決して中にいる者を外には出させないという意匠。否、実際にその通りの加護があるのだろう。幾重にも張り付けられた護符も同様。青娥の仙術によりこの牢はアルカトラズもかくやというほど堅牢なものになっているのだ。
これまた無理に開けるのならば爆薬が必要そうな強固な鍵を外す青娥。と、白蓮は牢の中から聞こえてきた低く呻るような声に僅かに眉を顰めた。
「中にお仲間がいます。今度は…そうですね、丸一日耐えれば仲間とご一緒に貴女も解放して差し上げますわ」
そう実行する気のない説明を口にする青娥。白蓮も聞いてはいないようだった。青娥に続き牢の中に入る。牢の中に入れば唸り声はいよいよ持って耳に五月蠅く、さらに鉄鎖が擦れ合う音も聞こえてきた。ついでに僅かに潮の香りも。何処かで嗅いだことのある匂いだと朧気に白蓮は思った。
「そうそう。中に閉じ込めている子にはここ十日ほど、まともにごはんをあげていません。いえ、ちょっと前にお水を与えてあげたのですけれどね、水は水でも塩水…海水でして、そんなもの口に入れても喉が渇くだけで。そう言う訳でこの子はそうとうお腹が減っているみたいですから、気をつけてくださいね」
言って牢の外に出た青娥はがしゃり、と鍵を閉めた。入れ替わるよう牢の奥の暗がりから誰かが四つん這いの格好で出てくる。猛獣でも入れているのか、と白蓮は身構えた。それならば檻の頑丈さも理解できる。だが、暗がりからのそりとその姿を表したのは…
――グルルルルル
ボロボロの衣服。見開かれた金色の瞳。唸り声を上げる喉。さらけ出された鋭い犬歯。床板を引掻く鋭い爪。一匹の餓えた虎――寅丸星だった。
「しょ、星っ…」
身構えながらも声かける白蓮。だが、星は反応を示さなかった。唸り声を上げ、まさしく獣の動きでゆっくりと白蓮に近づいていく。
「ま、待ちなさい。私です、聖です…」
思わず後ろ退る白蓮。だが、すぐにその背は鉄格子に触れてしまう。じゃらじゃらと鉄鎖を引きずりながら白蓮に滲み寄る星。まるで白蓮の声は聞こえていないようだった。その時、はっ、と聖は部屋の隅に何かゴミのようなものが打ち棄てられているのに気がついた。ボロボロになった服だ。セーラー服とキュロット。それらはバケツをぶちまけたようにぐっしょりと濡れていた。水蜜だ。水蜜の物、ではない。水蜜自身だ。舟幽霊である彼女を形作っているのは血肉ではなく海水である。青娥が星に飲ませた水とは水蜜自身だったのだ。その事実に気がつき、ごくり、と白蓮は喉を鳴らした。
「落ち着きなさい星。そ、そうです読経です読経。経を読んで心を落ち着かせて…」
無意味だと覚りながらも白蓮はそんな言い訳じみた言葉を口にしてしまう。そんな言葉が届くわけはないのだ。既に星は仲間一人を食い殺しているのだ。つまり当に理性のタガは外れ、かつて白蓮が調伏する以前、いや、その時以上の獣性に星は支配されてしまっているのだ。
「っう…」
星は唸り声を上げるのをやめ身を縮めた。ばね仕掛けのような動作。白蓮は息を飲み己の死を覚悟する。瞬間、
――ガゥ!!
爆ぜる勢いで星は白蓮に飛びかかろうとした。だが、その鋭い爪や牙は白蓮まで届かなかった。星の首に取り付けられた枷から伸びる鎖は鉄格子に届くほど長くはなかったのだ。
「た、助けて…助けてください…っ!」
助かった、そう息つく間もなく白蓮は鉄格子の外に身体を向けると隙間から腕を伸ばし、芳香を連れそそくさと離れようとする青娥の背中にそう声をかける。
「お、お願いします。な、なんでも貴女達の言うことを聞きます。だ、だからここから出して下さい、お願いします!」
恥も外聞もなにもかもない懇願だった。出れるわけがないのに胸を鉄格子に押し付け、少しでも猛獣と化した星から離れようとしている。憐れみさえ覚えるような必死さ。それに胸打たれたわけでも無いだろうがぴたりと青娥は足を止めた。
「駄目です。貴女は自分の命より哀れな妖怪たちを救うことを優先したのでしょう。だったら、その子に食い殺されるというのはまさしく妖怪を救うものとしての本懐じゃないですか。ホラ、貴女の大好きな仏教にも飢えた虎にその身を捧げたお坊様のお話があったでしょう。それと同じですよ。先人に倣い目指すのが仏教でしょう。ああ、素晴らしい自こ犠牲の精神じゃないですか。私は仏教徒ではありませんがその行いが尊いことはわかりますよ」
思ってもいないことを口にし、それじゃあその身を犠牲に聖人となって下さい、と青娥は振り返りもせず別れの挨拶を告げた。歩みだした足はいくら白蓮が叫ぼうとももう止まることはなかった。
「まっ、待って、おね、お願いだから…うわぁ…うわぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
鉄格子を激しくゆする白蓮。だが、それはびくともしない。この牢は仮に彼女の力が十全に発揮できたとしても破壊できぬほどの強固さを誇っているのだ。今の白蓮では百年揺さぶり続けたろころで格子は一センチの歪みさえできないであろう。
――グルルル、ガゥ!
「ひぃ!!」
すぐ真後ろに獣の叫びと鋭い爪の風切り音を感じ恐る恐る白蓮は振り返った。見れば先程より明らかに星は白蓮に近づいているではないか。首枷から伸びる鎖の終着点、壁の留め金が半ば外れかかっていた。鉄格子と違いあちらは釘で打ち付けているだけなのだろう。星が勢いをつけて飛びかかれは外れるのは当然だった。
「しょ、星…や、め………………っう、――ごめんなさい」
かん、と釘が飛び飢えたけものは自分たち妖怪を救おうとしていた僧侶に飛びかかった。牢の内側から血飛沫が飛び、それは廊下の壁も汚すほどの勢いだった。
◆◇◆
「ん? 電話とやらか」
事務室で書き物をしていた布都の耳にベルの音が届いた。はっ、と顔を上げる屠自古を制し、よい我が出る、と立ち上がった。鳴っている電話は上座の席…神子の机の上に備え付けられているものだった。
「はい、もしもしなのじゃ」
『ああ、その声は…んっ、物部さまですね。青娥、です』
「おお、青娥か。どうしたのじゃ」
受話器を取り話しかけると電話口からそんな声が聞こえてきた。布都達がいる場所は仙界であり、現世とは次元を異にする場所だ。仙界と現世は行き来は自在ではあるが、命蓮寺地下の墓地でキョンシーの製造をしている青娥と連絡を取り合えうためこうして電話が設けられているのだ。世の中便利になったものじゃのうと布都は年寄りじみた感想を思い浮かべた。
『いえ、その豊聡耳様はおられますか?』
「太子様か。いや、今は人里の道場へ指導に行ってるが?」
そろそろ帰ってくるはずじゃが、と布都は壁にかけられた時計の文字を読みながら言った。
『そうですか。よかった…ひぅん』
「ん?」
『いえいえ、なんでもありません。それでしたら豊聡耳様にご伝言をお願いできないでしょうか』
「おお伝言か。よいぞ」
布都は受話器を肩で抑えると机の上に置いてあった紙と筆を手に取った。大丈夫じゃぞ、と電話口の青娥に言う。
『それでは…聖白蓮の処刑は完了しました、これよりキョンシーとして蘇らせる作業に入ります、と伝えて下さい』
続いてその作業には一週間ほどかかります、と電話口から聞こえてきた。それを聞いてふむ、と布都は持っていた筆を元の位置に戻した。
「なんじゃ、それだけか」
わざわざメモをとるほどの内容でもなかったからだ。
「しかし、まぁ、やっとか。敵ながら聖白蓮もなかなかあっぱれな奴じゃったのう」
『え、ええ、そうですね。すばらし…すばらしく強力な力をもつ方でした』
「ふふん、じゃが道教と太子様の戦略の前には奴もひとたまりもなかったようじゃの。ふふん。あ奴を完全に葬り去れずキョンシーとして蘇らせるところはちょっと不満じゃが…まぁ、仕方あるまい。妖怪撲滅の暁には奴も奴の信奉する仏教も不要になるじゃろうから、その時こそあ奴の本当の最期よ。のう青娥」
『ええ、そう、そうですわね』
オホホホ、と作り物っぽい笑い声が聞こえてきた。つられてかかんらかんらと布都も大笑いしてみせた。仕事中だった屠自古がギロリと布都を睨みつけたのも無理はない。
「それじゃあ青娥。確かに太子様に伝えて…おっ」
そろそろ電話を切ろうと締めの言葉にかかった処で布都は声を上げた。自分たちがいる事務室に近づく足音が廊下から聞こえてきたのだ。程なくして戸が開かれ神子が現れる。
「おお、青娥。タイミングよく太子様がご帰還なされたぞ。太子様、青娥からです。謀の報告だそうで」
「青娥から? おかしいですね。この時間、私が道場に行っているのは知っているでしょうに…」
外着を屠自古に手伝ってもらい脱ぎながらもはて、と疑問符を浮かべる神子。青娥は居ないと分かっている相手に連絡を入れるような非効率なことをする仙人ではないことを神子は知っているからだ。
「うむ。ついに聖白蓮の奴を完膚なきまでに殺した、とのことじゃ。青娥も一刻も早く太子様に報告したかったのじゃろう」
「……成る程」
納得したのか、頷き自分の机のところまで歩き、布都から受話器を受け取る神子。もしもし、と受話器に話しかけるがヘッドフォン越しに聞こえてきたのは…
「あれ、切れてる?」
不通を示すツーツーという静かな音だけだった。暫くの間、相手の居ない電話を持ちながら小首を傾げる神子。
「青娥もせっかちな奴じゃのう。直接、太子様にご報告すれば良かったのに」
腕を組んで非難するような言葉を眉をしかめて言う布都。ガチャリと神子は受話器を電話に戻した。
「まぁ、これで長かった命蓮寺との戦いも終わりですな。これで枕を高くして眠れますの太子様」
「そうですね」
神子は何か腑に落ちない様な顔をしていたが青娥なら問題ないか、と自分の席に腰を下ろした。既に命蓮寺と聖白蓮の件についてはほぼ決着が付いているのだ。終った仕事よりもこれからのことを考えねば、と神子は筆を手に取った。既に青娥からかかってきた電話のことなど頭の片隅に追いやられていた。
◆◇◆
「上手くいったようですね」
「ひぅん♥ は、はいぃ♥」
激しい吐息と水音がその部屋には繰り返し響いていた。乱雑に道教の品や仙術に使う道具、キョンシーの材料、化学薬品や標本などが置かれたその部屋の最奥、ごちゃごちゃとした机に二人の女が一つの椅子に腰掛けていた。椅子に腰掛けている女の膝の上にもう一人が座っている。否、二人の女では語弊がある。正しくは一人の牝と一人の魔性、と言うべきか。二人の格好は裸に近く、下に座る女が上に座る女の身体を抱いていた。片方の腕は顔の方へと回りこみ首筋や耳の付け根ををやさしく撫でている。逆の手は上の女の胸元へと伸び痛いほど怒張した頂を小豆でも弄るように弄んだり、餅を練るよう乳房を揉みし抱いている。上の女は下の女に敏感な部分に触れられる度に嬌声を漏らし、恍惚とした笑みを浮かべていた。そして、上に座る女の股、普段は茂みに隠されているそこは今や開拓し尽くされ大きくいやらしく口を開いていた。いきり立つ陰核。愛液と汗で濡れる陰毛。そうして陰唇を大きく広げ喜び咥えているのは怒張する男根であった。張形、などではない。血の通った脈打ち熱を持ち、精を放つ男根である。それが下に座る女の股から伸びているのだ。
「びゃ、白蓮さまぁ、そ、そろそろ、そろそろイかせてくださぁい♥」
振り返り、接吻を求めながら甘ったるい猫なで声で求めたのは誰であろう青娥であった。熱に浮かされたようにうるおいを帯びた瞳には理性の光なく、浅ましく弛緩しきった顔にはあの邪悪ながらも知性を感じさせる表情は残っていなかった。完全に淫欲に堕落した牝の顔をしていた。そうさしめたのはありえぬことに星に喰い殺された筈であった聖白蓮その人であった。
「ふふっ、よろしい。あの豊聡耳の神子を見事騙した褒美です」
いいや、その女は聖白蓮にして聖白蓮にあらず。かの者は聖人ではなく魔神であった。金色の瞳。鋭く伸びる犬歯と爪。股座の魔羅。全身から立ち上る恐ろしいほど力強い生命力は人ならざる者の現れだった。
話はわずかに時を遡る。
白蓮を飢え理性を失った星と同じ牢に閉じ込めた青娥は一旦、実質に戻ってきたが腰を落ち着ける間もなくまた牢のところへ戻ろうとした。よくよく考えれば星に白蓮の身体全てを喰いつくされてしまっては元も子もないことに気がついたのだ。
「私としていたことが、うっかりしていました」
「せがーのばかー」
「それはこの地球上でもっとも貴女だけには言われたくない台詞ですね」
芳香を連れ牢の前まで戻る。鉄格子越し、暗がりの中、倒れた白蓮に覆いかぶさり身体を揺らしている星の姿が見えた。夢中で食事中なのだろう。青娥達が来たことに気がついている様子はなかった。今ならば、と青娥は考える。
「芳香。あの虎を殺しなさい。ただし、静かに、気付かれぬよう殺るのですよ」
牢の鍵を静かに開け中に芳香を入れるとすぐにまた鍵をかける青娥。これでもし、芳香が星に逆襲されても自分だけは助かるという算段だ。もしそうなったら芳香を自爆させればいい。二重三重に防護策を張り巡らせる。だが…
「うぉー死ねーって…アレ?」
静かにと言いつけられたのに声を上げ星の首を絞めにかかる芳香。阿呆が、と青娥は目を覆ったがどうやら上手くいったらしい。芳香の曲がらぬ腕はがっしりと星の首を捉えていた。だったら、後はそのまま首の骨を折るなり気道を握り潰すなりすれば容易く星を殺せるはずだった。けれど、芳香はそうはしなかった。いや、出来なかったと言うべきか。何故ならば…
「せーがー、コイツもう死んでるよー。うん? 死んでる奴を殺せってどゆこと? どう殺せばいいのー?」
「なんですって!?」
慌てて鉄格子をすり抜け牢の中に入る青娥。ほれ、と星の体を自分が言っていることは嘘ではないと証明するために青娥に見せつける芳香。たしかに、この有様ではわざわざ首筋を触って脈を確かめたり、鼻先に手を近づけて呼吸の有無を調べる必要はないだろう。星の身体は内臓がごっそりと抜き取られていたからだ。
「ねー、せーがー、これってどういう…アレ?」
と、芳香の手から掲げていた星の亡骸が落ちた。星の体が重すぎてつい手を滑らせたように。しかし、それは有り得ない話だった。怪力を誇るキョンシーがたかだか五十キロそこらの肉塊なんぞを重いと感じる筈はないからだ。ならば実際は星の体が重かったと言うよりはそれを持ち上げていた芳香の力が抜けていったと答えるべきだろう。その性能が低下したと。原因は破損。痛覚のない芳香ではあったが自分の胸元に違和感を憶え視線を下げた。そこに見えたのは血肉に塗れた白い連結帯だった。それは背骨、というものでしかも自分のものだとついぞ芳香は理解できないままその機能を完全に停止させられた。背面から胸を突き破り飛び出した背骨は首が繋がったままの状態で一息に引き抜かれたのだ。さしものキョンシーもこうあっては二度目の死を迎えざるをえない。文字通り骨抜きにされ芳香の身体は星の体の隣に並ぶよう倒れた。
「なっ、え…? よしか…? え?」
なんだなんだ、一体何が起こっている。さしもの青娥も混乱の極みにあった。まるで事態が理解できないでいる。どうして星は死んでいる。何故芳香は殺されてしまった。やったのは誰だ。そもそも聖白蓮は。様々な疑念が脳内を渦巻くがそれよりも先に青娥は身の危険を感じ、恐怖に任せるままに逃げだそうとした。
その腕を、
「何処に行くつもりですか?」
むんず、と捕まれる。
「ヒィ…!」
短く悲鳴を上げる青娥。とっさに自分の能力、壁をすり抜けられる程度の能力を発揮しようとした。自身の行動を阻む壁を通り抜ける能力。腕を掴まれても通常ならそれはすり抜けることができる。だが、青娥を掴む腕はそれを許しはしなかった。青娥の能力を上回る魔力、そして、絶対に逃がさぬという強靱な想いが込められていたからだ。為す術もなく鉄格子に押さえつけられる青娥。はたして、芳香を殺し、今こうして青娥を押さえつけているのは…
「逃がしはしませんよ邪仙。因果応報、です」
聖白蓮であった。薄ら笑いを浮かべ、全身で青娥を押さえつけている。ただ、その雰囲気は牢に閉じ込めた時とは何処かが違って感じられた。精神的・肉体的に追い詰められたが故の抜き身の錆び付いた刀身が如き鬼気はいまやすっかり消え失せ村正のような妖刀じみた雰囲気が全身から滲み出ているのだ。どういうことだと恐れ戦きながらも青娥は考え、白蓮の口から僅かに血の臭いが漂ってきているのに気がついた。
「ま、まさか…」
「そう。お腹が空いていたのはなにも星だけじゃない。私もここに連れてこられてからまともに食事を与えられていなかったですから」
ぺろり、と口回りについた血を舐めとる白蓮。
「でも、どうして…貴女の力は今は…さっきまでただの人間のソレと変らなかったはず…」
「ええ、その時の私自身の力はそこいらの町娘と変りませんでした」
それでどうやって襲いかかってきた星を逆に食べる、ことができたというのだ。あの妖怪は命蓮寺の中では一番手強い相手だったことを青娥は思い出す。策を弄しなければこちら側にも被害が出るような強敵だったのだ星は。いくら飢えで理性を失っているとは言えただの人間が倒せるような妖怪ではないことは敵である青娥が一番よく知っている。
「そう言えば一つ、説明するのを忘れていましたね。私は魔力の供給を外部から取り入れることで行っているということを」
「それは…まさか…」
ごくり、と喉を鳴らす青娥。まさかまさか、と取り返しのつかない己のミスにおののく者の態度だ。
「ええ、私は普段は周りにいる妖怪たち…星やムラサ、一輪やナズーリン、響子たちの身体から漏れ出した妖気を魔力として取り入れているのです。それは空気のような物。日常生活とこの生を長らえさせるだけならそれで十分ですが…直接摂取すれば」
ニコリ、と白蓮は微笑み自らの下腹部を撫回す。そこは色欲に狂った仲間たちにさんざん犯され、腹が膨れ溢れ出すほどの精を注ぎ込まれた場所だ。
「精液は空気などよりよほど濃い。それをたらふく注がれれば私の身体も十全に回復する。ましてや血肉なら…」
この体を作り替える事さえ可能です、そう白蓮は震える青娥に囁きかけた。
「仲間を、仲間を喰らって生き延びた、ということですか。ハハハ、ご、ご自分で自分の目的を破棄しましたね外道。貴女は哀れな妖怪たちを救うといっておきながらその実、自分の為だけに妖怪たちを助け仲間に引きれていたんだ。外道め。は、吐き気を催す邪悪め!」
「……」
罵り声を上げる青娥。だが、その声は誰の耳にも強がっているようにしか聞こえなかった。逆上させ、その隙に逃げ出そうと目論んだのだろう。けれど、後ろから返ってきた言葉は青娥を唖然とさせるものだった。
「ええ、そのとおりですよ。私は私の健康と長生きのために彼女ら妖怪を助けているのです。御仏の教え? 哀れな妖怪たちを救う? そんなもの建前に決まっているじゃないですか」
「っう…」
「ああ、いえ。違いますね。ええ、確かに貴女達に捕らえられこうして酷い目にあわされるまで私自身、それは本当のことだと、妖怪たちを救うことこそ私の使命だと思っていました。本心からね。でも、気付かされたのですよ。他でもない貴女のお陰でね邪仙。やはり、私は死にたくないのですよ。もっともっと長く、永遠に、そう永劫の果てにある末世までずっとずっと生きていたいのですよ。けれど、それはやはり生半可な覚悟では駄目だったのでしょう。着飾った建前なんてものを捨てさって一心不乱に恥も外聞もクソも何もかも捨てさって、仲間の精を吸い血肉を喰らい、敵には容赦しないような覚悟が」
貴女のお陰で気づくことができました、そう菩薩の声色で悪鬼が如き目的を青娥に語って聴かせるかつて聖白蓮だった魔人。
「この身体はぐっすりと眠りたらふく食べ、今や十全を超えて十二全です。そうですね、後は…」
「ヒッ、な、何っ!?」
掴んでいた青娥の腕を自らの股間の方へ持っていく白蓮。青娥は無理矢理押し付けられた手の平に焼き鏝のような熱さと青臭い液体の粘り気を感じ取った。
「偶然ですけれど、これも私の血肉とさせて頂きましたので、貴女で筆おろしをさせてもらいましょうか。睡眠欲、食欲は解消済みですから、あとは性欲をね」
青娥の着物の裾を捲り上げそれを押し当てる白蓮。切っ先から淫水をとめどなく流すそれは陰茎だ。千切れた後も白蓮の膣内に残っていたナズーリンか一輪のもの。それも白蓮は吸収していたのだった。あるいは生き延びるためにより強く、完全である両性偶有にならんと無意識に想った結果かも知れなかった。陰茎は完全に白蓮の支配を受けており、一度果てれば持ち主を性的欲求の奴隷にするという仕組みも女の胎内でなければ果てれぬという呪いも無効化されていた。
「イヤッ、やめろ! やめろォ!!」
「ふふっ、ここは地下墓地なのでしょう。いくら叫んでも聞いているのは物言わぬ死体だけ。さぁ、私が味あわされた屈辱、その十分の一でも受け取りなさい」
白蓮は青娥の下着を無理矢理脱がせると濡れる亀頭で尻たぶの間や股をこすりつけ始めた。そこから先、地下牢には悲鳴が、しばらくすれば嬌声が響き渡ったのは言うまでもない。
そして場面は再び青娥の研究室に戻る。
あれから数刻をかけて白蓮は青娥を犯し抜いた。しかもそれはナズーリンや一輪が自分にした乱暴で己の欲望をぶちまけるだけのものではなく、ある種の陰湿な拷問じみた責めであった。口や菊門に精を注ぎ、胸元や両手、顔を白濁に染め上げても白蓮は亀頭の先や指で撫でこそすれ青娥の女自身にはほとんど手を出さなかった。それは青娥が自ら求めるようなことを口にしだしても変わらず、白蓮は無尽の体力と魔技とさえ称せそうな巧みな指使い舌使いを用いて徹底的に、その精神をも含め犯し尽くした。やっと、その怒張を潤いに潤った蜜壷に突き入れたのは青娥が床に垂れ流した白蓮の排泄物を自ら進んで四つん這いになって舐め始めるほど屈服させてからだった。人智を超えた魔の責めにさしもの邪仙も一匹の淫らな牝に成り下がったのだ。
「ひゃん♥ うふっ♥ あへっ…っ♥」
椅子に肩肘をついて座る白蓮の上でだらしなく舌を伸ばし、半ば白目を向きながらも浅ましく腰を上下させる青娥。口づけを求め、白蓮がぞんざいにそれに応えても青娥は莫大な恩賞を与えられたかのように感涙を流し始めた。完全にその精神は白蓮にかしずいていた。元より白蓮はその威と信念をもって猛虎や船幽霊を調伏してきた過去を持つ。多少手法が違えど相手をかしずかせることには長けているのだ。
「ひゃぁ、あはっ♥ びゃ、びゃくれんさまぁ♥ せいがは、せいがはそろそろイってしまそうですぅ♥」
「ええ、どうぞ。気をやりなさい。貴女がイケば私も出してあげますから」
「はっ、はいぃ♥ めいいっぱい腰振りますから、どうか、どうか青娥の中に精液を、たくさん…お出しになってくださいましっ♥」
椅子がきしむほど激しく腰を上下させる淫婦。唾棄すべき浅ましさだが、当の本人の目には恐悦至極とさえ称せるほどの輝きが浮かんでいた。
「イキ、イキますぅ、あは、アハハハハハハハハハっ♥」
どすん、と尻もちをつくような勢いで青娥は腰を落とした。同時に天を仰ぐ様、顎を上げ、完全に白目を剥く。突き刺していだ白蓮の怒張も一瞬、膨らんだかと思うとその鈴口からホースの口を絞ったかのような勢いで精を放った。
「逝きなさい、邪仙」
白濁を注ぎこむ青娥に愛を囁くよう耳につぶやく白蓮。その両の手は交差するよう青娥の頭を掴んでいた。左手で頭の右側を。右腕で頭の左側を。その位置を正すよう白蓮は両の腕を動かした。青娥の頭部を鷲掴みにしたまま。勢い余ってもう一回転するほど。ブチリ、グチャリ、バキリ。肉と骨と腱と菅が引きちぎれる音が聞こえる。力を失い、自らの机の上に伏す青娥。その身体は絶頂の余韻か、小刻みに痙攣していた。
「さて…」
椅子から立ち上がる白蓮。萎えてなお見事な大きさを誇る陰茎が青娥の女陰からずるりと抜ける。支えを失い床の上に崩れ落ちる青娥の身体。なんとはなしにそれを見やってから白蓮は手にしたままだった青娥の頭を無造作に机の上に置いた。青娥の生首は気をやった時の表情そのままだった。
「これからどうしましょうか。取り敢えず、着るものを…ん?」
なんとはなしに机の上に目をやり、並べられていた書籍の一つに注目する白蓮。手に取り、その本のタイトルを確認する。
「キョンシー製造法、著:霍青娥。ですか。安直なタイトル。ああ、でも、案外、中身は私でも理解できるよう簡単に纏められているのですね」
ふむ、と考えこむ白蓮。本を元の位置に戻したときには当面何をするかは決まったようだった。
「右の頬を叩かれたら左の頬を差し出しなさい…では、少し意味合いが違いますね。目には目を、歯には歯をでしょうか。兎に角、やられたことはやりかえす。因果応報。豊聡耳の、せいぜい、首を長くして待っていなさい。貴女が私にしようとしたこと、私の仲間たちにしたこと、すべてお返ししますから」
まずは、と首を引きちぎり殺した邪仙に目を向ける。取り敢えず身体さえあればキョンシーは自分にも作れることは他でもない青娥が著した本に書いてあった。取り敢えず最初の一人目は青娥だ、次いで屠自古、布都、と指折り数えて憎き敵たちの顔を思い浮かべる白蓮。
「復讐するは我にあり、ですよ」
ははははは、と魔人の笑い声が地下墓地の一室に響き渡った。
END
作品情報
作品集:
2
投稿日時:
2012/01/19 14:26:12
更新日時:
2012/01/19 23:26:12
評価:
11/20
POINT:
1310
Rate:
14.05
分類
白蓮
神子
青娥
命蓮寺メンバー
大祀廟メンバー
ふたなり(地味に玉付)
後執拗な青娥の拷問がエロくて良かった
ふたなりは玉付が至高
確かに、眠たくなると致命的なミスをしますね。
性欲。
フタナリ玉付きにして、さらに女性器封印とは……。
悪魔か、貴方は!!
そして食欲。
ゾンビが唯一持っているもの。
生ける屍同然の白蓮に相応しい。
三台欲求を無くしたわけではなく、封印していただけだったのですね。
青娥の焦らしプレイが聖の三重封印を解除しちまった。
相手を堕としたつもりが、本来の力に利子をつけて解き放った、と。
その白蓮の姿はまさに超人を超えた魔人!!
まあ、どうせ妖怪の賢者様や異変解決人達には敵わないでしょうがね。
万全の策をとりつつも、些細なミスで立場逆転されてしまう小物っぷり。
これ以上の人材は中々望めますまい…。当分は彼女から目が離せません。
産廃に限らず、今後の活躍が気になるところです。
「は、吐き気を催す邪悪め!」でちょっと笑ってしまった。
でも確認するまでも無いくらい青娥の実力を信用してる所は萌えました!
タイトルはそのまま結末を表していたのですね……。
犠牲は多いものの見事な逆転でした。
白蓮さんナイス演技です!
ところで飢えた虎が海水を摂取した時の状況を詳しく…!
読む者を引きずり込む様な淫猥な文章
恥ずかしくも無いですが、息子が起立してしまいました。
このまま、奴隷の様に扱われる聖様を嬉々としてみていたら
最後の聖様の変貌と事実を言う姿に鳥肌が立ち、笑みがこぼれました。
相変わらず、本職の方に匹敵するような文章力に感服いたしました。
てか、一部の産廃の作者様たちは、そこらの小説家よりも、文章力が高いのは気のせいなのだろうか・・・
個人的に、性悪説的な感じで、みーんな悪いとこあるだろうから、そん中では白蓮頑張ったなーと思いました。
人によって、各キャラの強さというもののは変わりますね
神主は、あまり断言しないし・・・
大多数の意見反映という考えでいえば最強議論ランキングで月が最強でしょうが・・・
睡眠、性欲、食欲の試練をコンプリートした聖はもう敵無しでしょうね。
この聖ならワンパンで幻想郷の大概は沈められますね。
しかし精神をへし折るための責め苦が、逆に聖に力を与え、当初の自分を思い出させるとはなんという皮肉。
神子達の野望のさらに上を行く聖のエゴがなんとも痛快です。
青娥の台詞一つ一つがまさに名言で、彼女が動く度ワクワクさせて頂きました。
いやぁ、やっぱり聖は最強なのが似合いますね。
あと堕ちた娘々が可愛すぎ。
このまま神霊廟側も神子以外壊滅すると考えると諸行無常感が漂う