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『Eternal Full moon 第11話(最終回)』 作者: イル・プリンチベ

Eternal Full moon 第11話(最終回)

作品集: 2 投稿日時: 2012/01/23 08:46:41 更新日時: 2012/01/23 17:46:41 評価: 11/17 POINT: 1170 Rate: 14.06
―50― 永遠亭式責任転嫁






 時をてゐが処刑される前日に戻しておく事にしよう。永遠亭の月人達は『月都万象展』が失敗に終わった責任をてゐに擦り付け、罰という名目で激しい拷問をすると共に自らの暇を持て余す余興としていたのである。


 今日もてゐに拷問をしてどんな反応をするか楽しみにしている輝夜は、上機嫌で拷問場所である物置に向かい扉を開けたのだが、玉兎更生用の拷問具である“釣り耳”でぶら下がられている筈のてゐの姿はなかったことに驚いてしまうと、


 「うひゃあああああっ!た、大変よっ!」


 「永琳!鈴仙!今すぐ来なさいっ!てゐが脱走してるじゃないのっ!」


 従者で教育係の八意永琳とペットの玉兎である鈴仙・優曇華院・イナバを慌てて呼び出す始末であった。


 「「姫様、何事ですか!?」」


 輝夜の招集命令がかかったので、永琳と鈴仙は慌てててゐの拷問場所のある物置にやってくると、声をハモらせて輝夜に何があったのかを聞き出した。


 「あんた達、何やってんのよっ!あいつが逃げ出せないようにあんた達が結界を張っておいたのに、どうしてあの“詐欺兎”がここにいないのよっ!?」


 「結界を張ったのは永琳でしょ!?いつもいつも肝心な時に限って本当に使えないからウンザリしちゃうわ!」


 従者が現状を把握していないことに我慢の限界点を通り越してしまった事で、数多の男を魅了し続けたと言われる輝夜の美貌はどこへやら、顔を真っ赤に染めて鬼のような形相へと変貌を遂げてしまった。


 我儘し放題で育った輝夜の悪癖として、物事が自分の思い通りにならないとすぐに癇癪を起し、我を取り戻すまで誰かに八つ当たりをし続けるも、いつも永琳と鈴仙が理不尽なまでに謝罪をしなくては治まらないのである。


 「ひ、姫様、申し訳ございませんでした。もう二度とこのような失態をいたしませんのでどうかお許しを…」


 永琳は輝夜につまらないポカをしない事を誓う為に土下座をして謝罪すると、


 「お師匠様は悪くありません!責任があるのは見張りの役割をこなせなかった私ですので、どうか姫様、罰をあたえるならお師匠様ではなくこの愚かな玉兎である私にしてくださいませ!」


 鈴仙も永琳にならって土下座をして、弟子の自分が師匠の代わりに罰を受けると輝夜に訴えたのだが、


 「姫である私に向かって口答えをするなぁ!この、役立たずでタダ飯ぐらいのクソ玉兎めがあっ!!!!!」


 ドガッ!!!!!


 「うっ…」


 輝夜は責任に全てが永琳にあると思ってるので、永琳を庇った鈴仙の態度が気にくわないために平伏している玉兎を思い切り蹴り飛ばしてしまった。


 「弟子は師匠に似るっていうけど、役立たずなところもまんま似ていて嫌になっちゃうわ!」


 輝夜は自分の思い通りにならないとすぐに癇癪を起してしまうために、相手が自分に非がある認め謝罪をしてもまともに相手にしない気性を持っている。


 「姫様、あの“詐欺兎”のことなど忘れて、地上を侵略する作戦を立ててはいかがかと…」


 永琳はこんなところで仲間割れをするよりは、自分たちの悲願であり幻想郷を自分たちの支配下に収める作戦を立てることに時間を割いた方がいいと輝夜に提案したのだが、


 「えーい、五月蝿いっ!」


 「誰に向かって何を言ってるのかわかっているの!?私は月の都の姫よ!?私に逆らったり物言いをしたりしたら、死罪になって当たり前じゃない!!!!!そんな当たり前のことがわからないなんて絶対にあり得ないわっ!」


 ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!
 ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!
 ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!ドガッ!


 すっかり怒りで我を忘れた輝夜は永琳の提案など聞く耳持たずという姿勢を取っているために、惨めに地べたを這いつくばっている永琳を何度も何度も蹴り飛ばす。


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 息が切れるまで永琳を蹴り飛ばした輝夜は、地べたに平伏しきっている永琳に向かって軽蔑のまなざしを向けてから、


 「こんな程度でくたばるなんて、“月の頭脳”も地に落ちたものね。こんなんだからいつまでたっても、地上のクズどもを排除できないんだわ!」


 永琳の顔に唾を吐きつけてからすぐに自分の部屋へと戻ってしまった。それを目の当たりにした鈴仙は、癇癪を起した輝夜を諫めることが出来なかった為に、永琳をサンドバックにさせてしまった事に申し訳ないと思ったので、


 「お師匠様、大丈夫ですか!?」


 永琳の出血を抑えるために応急処置を施そうと試みたのだが、


 「うるさいっ!」


 バシッ!


 「ウドンゲがあいつをちゃんと見張ってなかったからこうなったじゃないっ!」


 バシッ!


 「あなたが自分の役割をちゃんとやれてないから、私があなたの代わりに責任を取らなきゃいけないのよ!?そこのところわかっているつもりなの!?」


 バシッ!


 「それにウドンゲときたら、私の下で何年も修業をしているのにどうしてこんなに出来が悪いの!?何度も何度も同じことを丁寧に教えても、全く覚えないんだから嫌になっちゃうじゃない!全く出来の悪い弟子を持つと、師匠は心労が絶えないっていうのは本当のようね」


 バシッ!


 「そもそもこんなあり得ないことになったのは、あの時私の張った結界を地上のクズどもに解除されたのは、ウドンゲが無能だったからでしょう!?」


 バシッ!


 「それなのにウドンゲときたら、いつもいつも私の顔に泥を塗ってばかりだから、本当にお仕置きをしなきゃいけないわ!」


 バシッ!


 起き上がるとすぐに鈴仙を振り払うと、こぶしを握り締めてひたすら鈴仙の顔を殴りつけながら罵倒をする永琳であった。


 「お、お師匠様。申し訳ございません…」


 血反吐と鼻血と涙を噴出しながら永琳に謝罪する鈴仙だが、


 「謝って済む問題じゃないでしょう!」


 鈴仙の謝罪を一切受け付けるどころか逆に突き放してしまう永琳は、鈴仙の腹に狙いを定め蹴り飛ばす。


 ドガッ!


 「しばらくそこで反省してなさいっ!」


 てゐの拷問を行った物置の奥まで鈴仙を蹴り飛ばした永琳は、今回の失態の責任を鈴仙に擦り付けて、懲罰として物置に閉じ込めておくことにする。


 扉に南京錠をかけて物理的な方法だけでなく、絶対に逃げ出せないように結界を張っておく事で、二重三重の防波堤を築くことにしておいた。もちろん、鈴仙を“釣り耳”で再教育を施しておくとともに身動きさせない事も忘れない。


 「ぎゃああああああっ!!!!!うぎゃああああああっ!!!!!お師匠様っ!!!!!御免なさい、御免なさい、御免なさい!!!!!全て私のせいです!!!!!私が悪うございましたっ!!!!!」
  

 鈴仙がいくら悲痛の声を上げてもそれは決して永琳に届く事はない。なぜなら、月人の永琳にとって、玉兎は月の民であって月の民であらずという考えを持っている。


 月面戦争後に地上に戻ってきた博麗霊夢は暢気そうに『月の民はみんな幸せそうだった』という事を語っていたが、実際のところ本当の意味で幸せそうな暮らしをしているのは月の民でも官職についている支配層または都に住むことが許される富裕層であり、それ以外は代々貧困に苦しむ有様だという事があまりにも知られていない。なぜなら、どのような世界でも遊びながら得られるエネルギー源など存在せず、計り知れない重い税を課せられた平民達はおろか玉兎や奴婢は休むことを許されずひたすら働き続けてきた事によって成り立っている代物なのだ。これが何かというと、八雲紫が追い求めていた月の都の技術はまがい物にすぎないことを意味するのである。


 八意家という月の都で薬学を修めたことで知られる名家に生まれ、非常に裕福なこともあってか幼いことから英才教育を施されたとともに、一族の中でも抜群の才能に恵まれ天才と呼ばれた永琳は、月人(輝夜を始めとした王族)>>>絶対に越えられない壁>>>月人(自分や弟子の豊姫や依姫のような支配層)>>>絶対に越えられない壁>>>月人(都に住める富裕層)>>>絶対に越えられない壁>>>月人(地方都市および農村部に住んでいる中間層)>>>絶対に越えられない壁>>>月人(スラム街に住んでいる貧困層や奴隷として酷使されている最下層民)=玉兎>>>どんなことがあっても絶対に越えられない壁>>>>>>>>>>>>地上の民および地底の民(地上の人間も妖怪もこのカテゴリーに属する)>>>>>>>>>>>>どうあがいても絶対に越えられない壁>>>>>>>>>>>>>>>地上の存在する下等生物という感覚が当たり前であるが故に、同じ月人でも自分のような支配層以外の存在はどのように扱っても問題ないと認識している。


 そのため月の都にいた時の永琳は数多くの玉兎を実験台にして犠牲にした過去があり、玉兎である鈴仙を潰しても何ら問題がないと考えているのだ。


 もちろん輝夜の教育係を担当したのは永琳だから、月の都の姫であった輝夜が傲慢不遜な態度を誰に対しても取るのは当然である。子宝に恵まれなかった父王が大切に育ててきたために、我儘し放題が許された事も忘れてはならないのもそれに拍車をかけてきた事も忘れてはならない。


 そして鈴仙が永琳の抗議をしないのは、月の都において玉兎は人間に逆らってはならないと教育を施されたために、間違って人間(月の民の支配層)に手を挙げてしまえばその場で殺されても文句は言えない立場にあるのだ。






―51― 妹紅の訪問






 てゐが死んだ翌日の話だ。


 「ふぅ、やっと永遠亭に着いた」


 紅白のリボンを自慢の白銀の髪の毛にいっぱい付けていて、白い長そでのシャツとサースペンダー付きのズボンを穿いた可愛らしい少女は、割と大きな屋敷の前に辿り着くなりウンザリとした表情を浮かべた後にため息をついてしまった。


 「輝夜の奴に会いに行くのは気が引けるんだが、てゐの依頼もあるから仕方ないな」


 屋敷の前で立ち止まっている少女の名前は藤原妹紅で、永遠亭に住む輝夜という名の少女と犬猿の仲であるために入るのを躊躇している。


 「あの姫様の事だから私のいうことなんて絶対信じはしないだろうが、一応てゐが死んだのは真実だという事を証明させるために、今日発行されたばかりの文々。新聞と案山子日報を見せないといかん」


 妹紅は右手に持っている大きな箱と左手に持っている二冊の新聞を見てから、


 「ここまで来て引き返すのもアレだし、たとえ門前払いされようが輝夜にあわんと気が済まんよ。まぁ…、なんというか…、できればここに行くのはできる限り避けて通りたかったんだが、受け持った仕事だから仕方ないといえば仕方ないか」


 「おーい、輝夜!私だ、藤原妹紅だ。そこにいるんだったら返事をしろよ!」


 今度は例の如く怒鳴りつける感じで輝夜を呼び付けても全くもって音沙汰がないので、今度は従者達を呼び付けてみたのだが全くもって反応がなかった。

 
 「おーい!誰かいないのか!?永琳でも鈴仙でも誰でもいいから、早く輝夜に取り次いでくれないか」


 嫌々ながらここまで来て引き返すのもなんだと考えた妹紅は、輝夜を呼び出すために永琳や鈴仙を始めとした従者達をひたすら呼び付けてみるも、永遠亭の住人達は誰一人たりともやって来なかった。


 「お前が大好きな“スイーツ”をいっぱい持ってきたぞ!みたらし醤油がかかった団子に、あんこがいっぱい入った饅頭に、栗がたっぷり入った羊羹や、最近里で流行っているショートケーキやチョコレートケーキやチーズケーキが欲しくないのか!?」


 厄介極まりない相手をおびき寄せる“切り札”として、妹紅は右手に持っている大きな箱を高く持ち上げるなり、輝夜が大好きな甘いお菓子が入っている事をアピールしてみた。


 「仕方ないな。今日は輝夜がいないという事で帰らせてもらうとするか」


 いつまでたっても輝夜がやって来ない事に待ち切れなくなった妹紅は人里に帰ろうと試みた瞬間に、


 「なんであんたがここにいるのよっ!この、穢れきった竹林ホームレスめっ!」


 黒髪を床まで届く長く伸ばし、桃色と赤の十二単を着た一人の少女の怒鳴り声をあげながら玄関にやってきた。なんとこの黒髪の少女は客人である妹紅をもてなすどころか、逆に軽蔑のまなざしをしてから“竹林ホームレス”と罵ってから、お菓子の入った箱を自分に渡してからすぐ帰るように促しているではないか。


 「おっ、輝夜か。やっと会えたな」


 相変わらず傲慢極まりない態度をする輝夜を殴りつけてやろうかと思った妹紅だったが、今ここで殺し合いをしたらてゐの依頼を果たせないので、怒りをグッとこらえておくことにした。


 「今日私が永遠亭にやってきたのは、てゐの言伝を何が何でも言わなきゃならん事があるからなんだ。そうでないとこんな辺鄙な所にやってくる気はしないよ」


 輝夜の機嫌を取るために妹紅は右手に持っている“スイーツ”が入った箱を一つ取り出してから輝夜に手渡すと、


 「こんな事をする義理はないと思うんだが、てゐが自分が死んだ事を是非ともお前に伝えてほしいという依頼を受けたんだよ」


 「それに私も長居をするつもりはないから安心しろ」


 妹紅は黒髪の少女を輝夜と呼んでから、自分の要件を果たしてからさっさと帰ることを輝夜に伝えるのだが、


 「あんたは私に用事があるって言うけど、私はあんたに用事なんてないからさっさと帰って頂戴!」


 「私に嘘の情報を教えて永遠亭を乗っ取ろうと企んでいるんでしょう!?」


 「それにこんな程度の物で私を懐柔するつもり?笑わせないで頂戴!」


 輝夜は憎たらしい妹紅を罵るだけ罵ってから、奪い取った箱を地面に叩きつけてしまうのだった。


 「わかったってば!さっさと帰ればいいんだろう!?」


 わざわざ高いお金を支払って買ったお菓子を地面に叩きつけられた有様を目の当たりにした妹紅は、これ以上輝夜と話し合う事に意味をなさないと思い永遠亭から去ることを決意した。


 「もう二度と来ないで頂戴!もし来たら、二度と生き返らない位殺しきってやるから覚悟なさい!」


 永遠亭から去っていく妹紅に対し輝夜はさらに罵倒をするも、


 「それは私も同じだよっ!お前は物分かりの悪い奴だって知っていたが、まさかここまで酷いとは思わなかったよ!」


 門前払いをされた妹紅は殺し合いをせず、あえて捨てゼリフを穿いて新たな家がある人里へと向かっていったのである。






―52― 帰り道の道中







 「はぁ……、無駄に疲れた……。こうなる事は解っていたとはいえ、永遠亭なんて行くんじゃなかった」


 「家に帰ってさっさと寝るとするか」


 やっぱり永遠亭なんて気易くいくもんじゃなかった!妹紅は永遠亭から人里への帰り道の際に激しい後悔の念を抱いている。


 「藤原さん。お疲れのようですね」


 突然後ろから凄まじく胡散臭い年増の女の声がしたので、


 「誰だ!」


 妹紅は警戒を込めて半ば戦闘態勢をとりながら振り向いてみると、


 「はろ〜。みんなのアイドル“ゆかりん”の登場ですわ」


 なんとそこには右手には愛用の日傘を携え、紫色をベースとした生地にフリルをいっぱいあしらった派手なドレスを身にまとい、長く伸ばした金髪には赤いリボンをいっぱい付けていて、フリルとレースとリボンをつけた帽子をかぶった妖怪が姿を現したではないか。


 この妖怪こそが幻想郷最強とも呼ばれる力を持つ八雲紫で、“境界を操る程度の能力”というとんでもない力を持ち、その上頭脳明晰で何を考えているかわからないために、いつの間にか紫の策略にはめられていると思うと気が気でないので、誰もまともに相手をしたがらない厄介な存在である。

 
 「なんだ、八雲様ですか。いつも以上に胡散臭すぎて驚きましたよ」


 背後からやってきた相手が八雲紫だと知ると妹紅は妙な安堵感を覚えたのだが、それとともにここ最近接触する機会がやたらと多すぎるので何とも言えない不安を感じている。 


 「あら、御挨拶ね」


 「たまたまこうして出会えたのですから、ここは世間話でもしましょう?」


 あからさまに偶然を装う紫であったが、妹紅は「それちゃうねん!お前がやってることは必然的やんか!」と関西出身の芸人のようなツッコミを入れたくなるも、余計な事を言うと恨みを買って排除されてしまう恐れがあるので、あえて何もなかった素振りを見せるのだった。


 「里の生活はなれたかしら?」


 紫は人里での暮らしに不自由していないかと妹紅に聞き出すと、


 「大丈夫ですよ。里の人間達とはうまくやってます」


 妹紅は竹林で暮らしていたころよりいい暮らしが出来ている事を紫に報告するのだった。

 
 「そう…、それは何よりだわ。最近人里で何か変わった事がなかったかしら?」


 妹紅が人里に適応出来たことの安堵した紫は、里の人間達が変わった動きをしているかどうかを聞き出したら、


 「そうですね。たぶん八雲様はご存じだと思うのですが、あの悪さをする“詐欺兎”をとっ捕まって、昨日の正午に里の人間達が“兎鍋”にして食べたってことぐらいですかね」


 妹紅は里の人間達が“詐欺兎”と悪名名高い因幡てゐを捕獲して、昨日の正午に処刑した後に兎鍋として振る舞われた事を話すのだった。


 「もちろん知っているわ。やっとあの“詐欺兎”がお亡くなりになったものですから、幻想郷では知らないものはいません事よ。あそこの月人以外は」


 てゐの死を式神の藍から聞いていたが、里の人間である妹紅から聞き出せたので、より信憑性の高いものだと確信したために、


 「うふふふっ、いい気味だわ。自分にとって少しでも都合が悪くなったら平気で主を裏切る奴だから、里の人間達に兎鍋で食われて死ぬのが丁度いいのよ」


 気味の悪い笑みを浮かべながら喜び始める始末だった。


 「健康マニアで物凄くしぶとい“詐欺兎”でも、“兎鍋”で食われたらもう二度と復活はできないでしょう。これで私の胸にあるしこりが落ちたから、久々に枕を高くして寝れるわ」


 「里の人間達は農作物を荒らす外敵を排除できたし、私にとって霊夢達に“詐欺兎”の退治をさせる手間と余計な報酬を支払う必要がなくなったんですもの。たぶんみんな幸せな気分になれるでしょうね」


 紫も本気でてゐの事を亡き物にするために、悪さを働いた妖怪退治を生業としている霊夢や魔理沙や早苗に退治させようかと考えていたところだったが、このような朗報が入ってくるとは思ってもみなかったのだ。


 「妖怪兎にとって一番屈辱的なのは料理して食べられる事ですので、幻想郷の人間達が好きな“兎鍋”にされるっていうのであれば、解体される時に受ける物理的なダメージと“兎鍋”や“詐欺兎”というフレーズで受ける精神的なダメージの両方を受けてしまえば、間違いなく二度と復活することはできないでしょう」


 蓬莱人である妹紅は、長年行ってきた修行によって妖術を身につけているために、並大抵の妖怪なら容易に退治できる腕を持っている。現に襲いかかってきた妖怪を逆に返り討ちにした実績があるのだ。


 幻想郷の妖怪の中でもてゐのような妖怪兎は下級妖怪のカテゴリーに入り、逃げ足が速い以外これといった驚異的な能力を持っていないために、逃げる前に強力な精神攻撃が決まればほぼ確実に退治することが出来て、死んだあとにその肉を食べるという最も屈辱的な行為をすれば、もう2度と復活する事は不可能であることを知っているのである。


 「あの“詐欺兎”の鍋は美味しかったかしら?あ〜あ、“ゆかりん”も食べたかったな。“詐欺兎”の肉を使った兎鍋」


 てゐの肉を使った“兎鍋”はさぞや美味かろうと思った“ゆかりん”は、憎きてゐの肉を使った“兎鍋”を食すことが出来た妹紅を羨ましがったのだが、


 「そうですね。見た目はあれでも年だけは無駄にとっているから、やっぱり若い兎と違って肉はかなり硬い上に旨味が凄まじく少ないから、お世辞にも美味しいとはいえる代物ではなかったですね」


 明後日の方向を向いた妹紅は“ゆかりん”に対し、てゐの見た目は子供でも年を取った妖怪兎の肉はかなり硬くてあまり美味しいものではなかったと言ったら、


 「なんとなくわかるわぁ。脂身のない肉ってパサパサして美味しくないもの。人間だって脂ぎった奴の肉は脂臭い上にくどい代物だし、かといって痩せ過ぎだったら肉に脂身がない分パサついてるもの。“もこたん”にこれは言うべきではないでしょうけど、人間の肉は若い女でなおかつ処女に限るわ」


 一週間後の方向を向いた“ゆかりん”は妹紅に同調するような感じで答えた。


 「この間、あの“詐欺兎”の様子を見るために永遠亭に忍び込んだんだけど、どういうわけか月人どもに激しく拷問されてたのよね。びっくりしちゃったわ」


 「話しかけてみるとただ死にたくないだけの理由で、自分から進んで私の式神になりたいと言ってきたのよ。あの時驚かすつもりが逆に驚かされちゃったのよ」


 「あいつはどんなことがあっても誰に対しても絶対に忠誠を誓うわけがないから、式神にさせるふりをして申し訳程度の体力を回復させて、私に忠誠を誓う内容を書いてある“悪魔の契約書”にサインをさせたの」


 てゐの様子を見るために永遠亭の忍び込んだ所、激しい拷問を受けていたために月人達を見限って紫の派閥に所属しようとしていたので、若干の体力を回復させた変わりに絶対反抗しないという内容が書かれた“悪魔の契約書”にサインをさせた“ゆかりん”であった。


 「月人どもはあいつが逃げれないようにわざわざ結界を張っていたけど、あんなもの私にとって子供騙しみたいなものよ」


 「もちろん逆らったら、その場で即死と。よくわかります」


 “ゆかりん”は胡散臭いながらも冷徹で残酷さを感じる笑みを浮かべていたので、『ああ、妖怪って本当に怖いなぁ、出来る限り接触したくないなぁ、下手に逆らわない方がいいなぁ』と改めて痛感させられた妹紅であった。


 「これでいつでもあいつを殺せるようになったけど、人間達に恨みを買っていたから逆に人間達に退治をされて食われたのね。私が余計な手を下すまでもなかったわ」


 「あれだけ悪さを働いていたら、それも当然ですよ。私に直接の被害はなかったのですが、もし少しでも被害があれば即座に退治をしていますね。もちろん、“兎の丸焼き”にして食べますが何か問題でも?」


 妹紅にとっててゐの存在はそこまで驚異的ではなく、かといって自分にとってさほど害があるわけではないのであえて退治をしていないのだが、被害が驚異的であれば“兎の丸焼き”にして食べてやろうと考えていた。


 「“賽銭詐欺”を始めとして、人参を中心として野菜を勝手に奪う“農作物荒らし”や、迷いの竹林にやって来た人間を落とし穴に落とす“兎狩り落とし”をやらかしてくれたから、そりゃ恨みを買っても仕方ないですよ」


 長年の付き合いという事もあって多少の悪さは放置していた妹紅であったが、里の人間達の立場で考えると“賽銭詐欺”や“農作物あらし”や“兎狩り落とし”などの被害が甚大で生活に多大な悪影響を与え、その上悪戯感覚で仕掛けた罠によって大切な家族を失う事があったために、これ以上てゐを野放しにはできないという見解を持っている。妹紅はてゐがこのような死に方をしたのは、自業自得以外何物でもないと思っているのだ。


 「ああ、そうそう。“詐欺兎”の依頼で輝夜の奴に自分が死んだ事を伝えてほしいと言われて永遠亭に寄ったんですが、連中の機嫌が凄まじく悪かったのでお菓子だけ奪われて門前払いをさせられましたよ。いやー、アレには本当に参りました」


 「機嫌を取るために高いお菓子を買ったというのに、あいつときたら私の顔を見るなり私から“スイーツ”の箱を奪い取ってからそれを全部地面に叩きつけたましたよ。私なりに最高の接待の準備をしたつもりですが、全くもって相手にされませんでしたわ。まさに取りつく島がないっていうのはこういう事を言うんですね」


 永遠亭に行くことになった目的を紫に話した妹紅だが、自分が持ってきた“スイーツ”を地面に叩きつけられてからさんざん罵倒された挙げ句の果てに門前払いをさせられて話にならなかった事を告げると、


 「酷いわ、“もこたん”が可哀相じゃない。折角用意した“スイーツ”を台無しにするなんて、いくらなんでもやりすぎにもほどがあるわ」


 「何よりも“もこたん”の気持ちを台無しにするなんて、“ゆかりん”は信じられない!」


 我々外界とは違って幻想郷では、“スイーツ”に使われるは食材だけでも高価で希少価値が高く、その高級食材をふんだんに使った“スイーツ”は幻想郷の妖怪達にとって何よりのご馳走で、なおかつ接待や交渉などで相手に差し出すことによって出した側の誠意を示すことを意味するからだ。クッキーなどの類いの焼き菓子も悪くはないが、賞味期限がシビアなケーキなどの生菓子のほうがより望ましい。ガトーショコラやカスタードプディングやアイスクリームなどの果物を使わないお菓子も捨てがたいが、イチゴが乗っかったショートケーキや季節の果物をふんだんに使ったタルトやロールケーキは絶大な支持を得ている。


 もちろん“ゆかりん”も神奈子や白蓮との争いを避けるための交渉をする時に、最高級の食材をふんだんに使った“スイーツ”を差し出したことにより、お互いが良好な関係を築いてきた事も忘れてはならない。幻想郷の秩序を保つために輝夜と永琳に対しても“スイーツ”を送って誠意を示したのだが、自分が地上を支配して当たり前だと考えている輝夜は、“ゆかりん”が差し出した“スイーツ”を床に叩きつけたのだ。これが何を意味するかというと徹底抗戦を表すとともに相手の顔に泥を塗る行為なので、先程妹紅があれほど輝夜に対して怒るのも無理はないというよりは当然なのである。


 “ゆかりん”が過去に輝夜と永琳にした交渉のないような具体的にどのようなものだったのか説明すれば、ボーダー商事を経由して竜神に税金を納めることを条件に迷いの竹林一帯の支配権と八意診療所を幻想郷の公的医療機関として認めるというものであったが、地上の民に対して軽蔑意識を持っているともに幻想郷を支配して当然だと考える月の民の輝夜と永琳はもちろんこの条件を受け入れるわけがなく、その出来事が発端となって他の地上の面々との関係を悪化させてしまう始末だった。


 これでは永琳がいくら地上の民に薬を売りつけようとしても、当然の如く売れる筈もないために生活が困窮していくのは必然的で、ここ最近華美な暮らしが出来たのはてゐが蓄えてきた財産を没収した事によってもたらされているものなので、もしこれがなければ今頃輝夜達は永遠亭の宝物庫にある高価なレアアイテムをバーゲンセールで手放す事を強いられていただろう。


 「でも、霊夢だったら落ちてるお菓子でも平気で食べちゃうわ」


 「そしていつものようにお腹を下して寝込んでしまうの。そして、いつも看病をしなくちゃいけないのは私」


 「そう考えるだけでも頭が痛くなっちゃう。なんで私が霊夢の保護者みたいに振る舞わなきゃいけないのかしら」


 輝夜が“スイーツ”を地面に叩きつけた事で、ハイエナの如くそれを食べて食当たりで苦しむ霊夢の姿を思い浮かべてから、付きっきりで霊夢の面倒を見ないといけない事に憤りを感じてしまう紫だった。


 「霊夢は妙に保守的なところがあって、変えなきゃいけない部分がある忠告しても絶対に変えようとしないのよ。この間心筋梗塞になったのは、鬼や天狗や河童みたいにお酒に強くないのに、毎日のように大量にお酒を飲み過ぎた事とジャンクフード中心の杜撰な食生活を取ってきた事が重なり合ったからああなったのよ」


 何度地面に落ちてる食べ物を食べてはいけないといくら教えても、お賽銭の収入に完全に依存しきっている霊夢は、少しでも食費を抑えるために賞味期限切れの弁当を食べるのは日常茶飯事で、お供え物を口にしたり地面に落ちている食べ物を口にしたりすることでさえ一切躊躇をしない。


 「ああ、八雲様の苦労が良く分かりました…。私じゃこんな奴の面倒なんて見切れませんよ」


 「それじゃ、私は家に帰って不貞寝でもしましょうかね」


 自分だったら霊夢の面倒なんか見きれないと思った妹紅は、自分が紫の立場だったらすぐにさじを投げだしてしまうだろうと考えてしまったのである。急いで永遠亭に行って“スイーツ”の処分に行かなくてはならないと考えたが、輝夜と顔を合わすのも嫌だと思ったのと同時に霊夢がそこまで意地汚いわけがないと考えてしまったために人里にある家に帰って行くのだった。






―53― 霊夢の素敵なティータイム




 

 てゐが死んだ2日後の話だ。よって、妹紅とゆかりんが雑談をしていた翌日である。


 「まったくもう!今日の収穫はさっぱりじゃない!どいつもこいつも私をナメやがって!許せない!ムカつくったらありゃしないわ!もう!」


 心筋梗塞を患っていた霊夢はしばらくの間療養していたが、やっと完治に至ったので久々に妖怪退治を励むのだが、弱小妖怪達から奪った金品はわずかなものだったためにどうしても苛立ちを隠せない始末である。


 博麗神社の帰り道の道中で、たまたま迷いの竹林を通りかかった時だった。


 「この匂い、間違いない!久しぶりにスイーツを食べれるじゃない!」


 「くんくんくんくん。くんくんくんくん。これはショートケーキにチーズケーキにチョコレートケーキ!お団子に饅頭に栗羊羹まであるわ!」


 「もう誰にも“スイーツ”を譲るなんていう惨めな思いをしたくないわ!」


 霊夢の甘い物を嗅ぎ分ける嗅覚だけは抜群の精度を誇り、その点に関しては妖怪や神様などの人外のクリーチャーより一層化け物じみた面がある。何よりも食べ物を食べることにおいて凄まじい執着心を持っている霊夢なのだ。特に“スイーツ”であれば、普通の食べ物の比ではない。


 善は急げと言わんばかりに、霊夢は大好物の“スイーツ”をお腹いっぱい食べるという目的を甘い匂いがする発生源へと向かっていくのであった。邪魔をする奴はたとえ友人だろうが身内だろうが容赦なく殺しかねない勢いを感じさせるので、霊夢の姿を見た野良妖怪達は自分の身の危険を感じて逃げ出してしまうのである。


   ―少女移動中―


 「誰よ!こんな酷いことをする奴は!もったいないじゃないの!」


 霊夢が甘い匂いの発生源をたどっていくうちにたどり着いたのは、輝夜達月人が住む永遠亭の玄関前だった。


 もちろん輝夜が犯人であることなど知る由もないが、お菓子の形はぐちゃぐちゃになっていても霊夢にとってどれも食べれるレベルにある。


 「地面に落ちてる程度で食べられなくなるわけがないじゃないの!食べ物を粗末にするという贅沢は敵にきまってるでしょう!ましてやこれほどの高級品を台無しにするなんて信じられないわ!」


 「それでは食材の神様と調理の神様と私に施しをしてくださる神様に感謝して、私はこの“スイーツ”を食べれることに有り難味を持っていただきます!」


 落ちているお菓子に手を合わせると、真っ先に大好物のチーズケーキをハイエナの如く食べ始める霊夢であった。あまりの嬉しさに歓喜の涙を流すのは言うまでもない。


   ―少女食事中―


 「ゲプッ!ふぅ…、美味しかったわ。ちょっと生クリームとケーキの生地が酸っぱかったような気がしたけど、たぶん気のせいよね」


 「うぷっ!どこかで“スイーツ”がお腹いっぱい食べれるところがないかしら?そして“スイーツ”を多く食べれる大会が開催されるなら絶対に参加したいわね。うえっぷ!」


 霊夢が地面に落ちているお菓子を食べ始めて一時間もたたぬうちに、妹紅が輝夜達3人の月人の機嫌を取るために用意したお菓子は、案の定霊夢の胃袋に納まってしまったではないか。フードファイターとして鍛え上げれば、たぶん間違いなく大成する素質を持っていると思われる。


 幻想郷の少女たちにとって、これらの甘いお菓子はなによりのご馳走である。アリス・マーガトロイドが人形劇で大成功を収めた時や、東風谷早苗が守屋神社の信仰を増やせた時や、十六夜咲夜が自分の給料代わりに買ったお菓子を独り占めした時など、頑張った自分へのご褒美として用意するものだ。


 それだけではない。森近霖之助が霧雨魔理沙と交際するための誠意として用意したり、聖白蓮が八坂神奈子とのこじれきった関係を修復するために使ったり、八坂神奈子と洩矢諏訪子が“河童のエネルギー革命”を起こすために、古明地さとりと共同プロジェクトを組むための交渉に使ったり、博麗神社周辺に地震を起こして神社を破壊した比那名居天子が謝罪の証として周辺住人のみんなに用意したりと、何かと重要な局面で使う最重要アイテムでもある。


 「ゲプッ!今日は凄く運がいいわね。だって、タダでスイーツが食べられたんだもん。何よりタダほどいいものってないじゃない!ウエップ!」


 霊夢は3人分のスイーツを1人で食べきってしまうと、上機嫌になった証しとして極上の笑みを浮かべてから下品にゲップをしながら博麗神社へと帰ってしまうのだった。


 「私は妖怪退治を売りとしている巫女なのに、どうして妖怪どもが神社にやってくるのかしら?わけがわからないわ」


 その後の霊夢がどうなるかといえば、当然の如く食中毒に当たってしまったために2週間以上も寝込むことになり、猛烈な吐き気と下痢に襲われたために死ぬ寸前まで衰弱しきってしまうのだがそれはまた別の話である。


 「見せしめとして、今度本気であいつらを退治しなきゃいけないわ!」


 何故このようなことになってしまう要因としてあげられるのは、霊夢が博麗神社の信仰を増やす努力をしていない事を表しており、里の人間たちの信仰がない状況がずっと続いたためにお賽銭収入はほぼ無いに等しい。それに伴って収入がないが故に道端に落ちている食べ物を口にすることで飢えをしのぐしかないのだが、痛み切った食べ物を食べてしまった事により食中毒を起こして苦しむという負の連鎖が出来上がってしまったのだ。


 こうなったのは自助努力を怠った霊夢に非があるのだが、肝心要な霊夢は全て自分に対し敵対する勢力のせいにするのはいつものことなのだ。






―54― 輝夜と永琳の侵略計画




 

 妖怪兎のリーダーだった因幡てゐが、里の人間達に捕まって処刑された後に兎鍋として食われてから1週間後である。


 ここは永遠亭。月の都で離れた月人達が住まう屋敷で、また患者として来訪してきた地上の人妖達をぞんざいに扱う八意診療所が存在する場所でもある。


 「永琳。そろそろ例の計画を実行したいと思うんだけど、地上のクズどもを殲滅する薬はできたかしら?」


 永遠亭の名目的主である蓬莱山輝夜は、自分の従者であり教育係の八意永琳がいる八意診療所に入ってくると、以前に制作を依頼した凶悪な化学兵器が完成したかどうかを聞いてきたのだった。


 「姫様、お喜びくださいませ。例の薬は完成させておきました!これでいつでも地上の下衆どもを殲滅出来るでしょう」


 「それに私は天才ですので、こんな程度の薬を作るのは朝飯前です」


 月の頭脳としての誇りと自らを天才と名乗る永琳は自分が博愛する主の輝夜に呼ばれると、真紅の壺を輝夜に差し出してから自信満々の笑みを浮かべて答えるのだった。


 「よくやったわ永琳。やっと私達が地上の全てを手に入れれるのよね!これで私達の悲願がかなう日がやってくるわよ!」


 輝夜は永琳を労う為に両手で握りしめると嬉し涙を流し始めてしまったが、


 「いえいえ姫様、これからがすべての始まりです。私達に仇なす穢れきった地上の連中に粛清をしなくてはならないのです」


 永琳は自分たちの手で地上を支配するには、地上を支配するすべての生けとし生きる者のすべてを滅ぼさなくてはならないことを知っているので、この化学兵器が完成させただけでぬか喜びするわけにはいかなかった。


 「そうだったわ。でも私達2人と鈴仙だけじゃ戦力的に厳しいものもあるから、その点は何とかしなきゃいけなわよね」


 自分たち以外まともな戦闘要員がいないことを誰よりも知っている輝夜は、自分たちの盾となりなおかつそれなりに役に立つ戦闘員が必要であると永琳に指摘したら、


 「姫様、その点はご心配しないで下さいませ!あらかじめウドンゲと一緒に、地上の兎どもにドーピングを施して“強化兎”にしておきましたので、これで我々が数的不利になる事は御座いません」


 永琳は永遠亭に住まうすべての地上の兎達を弟子の玉兎である鈴仙・優曇華院・イナバとともに、応順でなおかつ優秀な戦闘要員である“強化兎”に改造して数的不利を解決したと言うと、


 「ああ、アレね。永琳が月の都でやってたアレね!」


 輝夜は“強化兎”が何を意味するかを知っているので、永琳にこれ以上ない笑顔で返すのだった。 


 「玉兎を“強化兎”にするのは少しばかり抵抗がありますが、地上の兎だったらいくらやっても問題ありません」


 やはり永琳は生粋の月人なので、地上で生を受けた者に対し軽蔑視しているので、てゐを始めとした地上の兎達の事はどうなってもいいと考えているのだ。


 永琳は数多くの玉兎をスペースデプリにぶつかって死亡させる扱いをしてきたのだが、実際のところ永琳に改造実験を施されるも失敗作として排除された玉兎が数多くおり、もしそれが明るみになると永琳は月の都の法を犯した事により永久追放されるのを恐れて事実を闇に葬ってきたのである。


 「そうよね。地上の兎たちなんてどうなったっていいじゃないの!あいつらなんて、いてもいなくても変わらないんだから、死んでも私達の損害はゼロで済むもの。やっぱり永琳って天才だわ!」


 輝夜は月の都の姫として生を受け、月人特有の教育を受けてきたために地上の民を差別視する考えを持っているのは当たり前のことである。そして輝夜に教育を施したのが永琳なのだから、こういった偏った考えを持つのも仕方がないだろう。






―55― 強化兎と死体処理






 永遠亭の地下に設けた秘密の研究所に鈴仙・優曇華院・イナバは注射に如何わしい薬物を入れると、檻に閉じ込められている変わり果てた姿となった地上の兎に対し軽蔑した視線で眺めている。


 「流石お師匠様です。みんな強力な妖気を放っていますから、これで私が最前線で戦う必要はないでしょう」


 鈴仙はワザと注射の針から薬物を少し出すと、妖怪兎に慣れていない普通の兎を見つめてから、


 「うわ〜、嫌だなぁ〜。“強化兎”は強いことは強いんですけど、自分がなれと言われたら絶対なりたくないですね」


 「だって一度この姿になったら、死ぬまで戦い続けなきゃいけないし二度と元通りの姿に戻れないんですものね」


 出来ることなら自分は“強化兎”になりたくないと思っている鈴仙だが、自分以外の兎だったら“強化兎”になっても構わないと考えている。


 かつて鈴仙は戦闘中に仲間を見捨てて地上へと逃げだしたのは、仲間意識の高い玉兎の例外として仲間意識が極めて薄く、自分の命さえ助かればいいと思っているからだ。


 「痛いのは最初だけです。後は楽になりますからね」


 これから“強化兎”に変貌を遂げると思われる普通の兎を取り押さえると、背中に注射を打ちこんだのだった。


 「これに耐えれたらあなたはエリートの仲間入りですが、もしこれに耐えれなかったらいらない子なんですよ」


 鈴仙は薬物を投入されてしまった普通の兎を檻の中に放り込むと、そいつは全身の苦痛を何とかしようと必死になって暴れ出してしまった。


 「フギィィィィィィィッ!!!!!!」


 そいつは兎らしかぬ咆哮をあげると、体が虎並みに大きくなってから毛が白から銀色に変色して、額から一本の角が生えた後に前足の爪と牙が伸び始めてから、背中から大きな蝙蝠の羽が生え始めてしまうのだった。


 「ホワァァッッァシャアァアァアアァアァアァッ!!!!!!」


 赤かった目がすっかり青くなるとそいつは口から氷の息を穿きだすと、普通の人間であれば聞いただけで身の毛がよだつ雄叫びを上げてしまった。つい先ほどまでは可愛らしい因幡の白兎だったそいつは、普通の概念では生み出されることがあり得ないと思われる見るもおぞましいクリーチャーへと変貌を遂げたのである。


 これこそが永琳の開発した“強化兎”そのもので、兎の名残として大きな両耳と短い尻尾が残っているのが特徴だが、兎達の意思を問わずこのような処置を施したのだから、明らかに非道徳的な産物であると考えられる。


 「これでやっと100羽成功しました。お師匠様にお仕置きされずに済むと思うと、なんだかホッとしますね」


 鈴仙は100羽ほど妖怪兎と普通の兎を“強化兎”に変化させたので、永琳に強化兎を100羽作ることを言いつけられており、ノルマを達成できなければとんでもないお仕置きを施されるどころか、下手をすれば自分も“強化兎”に改造されると思っているからだ。


 そのために一万羽ほどの兎が犠牲になっている事を忘れてはならないが、玉兎である鈴仙にとって地上の兎は同類であってない存在なので、兎達がいくら死のうが問題ないという見解を持っている。


 「今日はいっぱいゴミが出ました。面倒臭いんだけど、処理をしないとお師匠様に怒られるから、やんないといけないからやっておこう」


 一万羽ほどの兎を“強化兎”にする作業を終えた鈴仙は、右手の人差し指を薬物の効力に耐えきれなくて力尽きた地上の兎の亡骸でできた山に向けると、玉兎特有の爆発力が極めて高い弾幕を放ってしまったのだった。


 ドガーン!!!!!


 研究所に爆風が舞い命を落としてしまった兎達は塵と化してしまうも、月の都の技術が施された金属を使用しているので研究所が破壊されることがない。


 失敗作の処理を済ませた鈴仙は手のひらをマスク代わりにしてから浄化スプレーを研究所全体にまき散らし終えると、不思議なことに月の民が嫌う穢れが消えてなくなってしまったのである。


 「これで後片付けは終わりました。急いで姫様とお師匠様に報告しなきゃ」


 手っ取り早く死体処理を終えた鈴仙は、慌ただしく師匠の永琳がいる診察室に歩みを進めるのであった。何故そうするかというと、自分がノルマを達成した事を褒めてもらいたいという要求があるのだ。






―56― 出陣






 鈴仙は永琳にいい報告をしたい一心で研究所を疾風の如く飛び出して書斎に辿り着くと、敬愛するする師匠が扉の先にいると思ったので、踊り出してしまうようなノックし始めるのであった。


 トントン。


 「誰かしら?」


 永琳の書斎の入口に妙に心地よく感じるノックをする音が響いたので、永琳は誰か来たのか問いかけると、


 「お師匠様、私です。鈴仙でございます」


 扉の外から聞こえた声は永琳にとってかわいい愛弟子の玉兎である鈴仙だったので、


 「ああ、ウドンゲね。一体どうしたというのかしら?入ってもいいわよ」


 永琳は弟子のウドンゲに書斎に入ることを許可したら、


 「失礼します」


 鈴仙は永琳に深く会釈をするとそのまま書斎に入るのだった。


 「お師匠様、お喜びください!“強化兎”は100匹作ることが出来ました」


 鈴仙は得意げに永琳に強化兎を100羽作れた事を作れた事を報告したのだが、


 「たった100羽しか出来ないなんて、やっぱり地上の兎は使い物にならないわね。まぁ、死んでも構わない戦闘員がいるといないでは全然違うから、いないよりはまだマシってところね」


 “強化兎”がたった100羽しか出来なかった事にあからさまに不満な永琳だったが、とりあえず使い潰しが効く戦闘員が確保出来たので、とりあえずこれで良しと割り切る事にした。


 「永琳。使い捨てできる戦闘員がいるなら、これから地上を侵略するために動くわ!思い立ったが吉日、善は急げっていうじゃないの!」


 永琳の書斎にいた輝夜は鈴仙の報告を聞いたら、地上を自分の支配下に治めるために旗揚げすることを宣言した。


 「姫様、その通りでございます!我々の悲願をかなえるためにやらなくてはならないですし、長期戦になれば死なない我々でも劣勢は避けられませんので、手始めに命蓮寺と魔法の森と人里を抑えるべきかと存じます」


 「それから紅魔館、博麗神社、妖怪の山、地底都市、冥界、三途の川、地獄の裁判所、天界の順番に攻め落とした方が望ましいかと思いますが、姫様はどう思われますか?」


 永琳も今まで理不尽な持久戦を強いられたのが我慢ならなかったので、今までの憂さを晴らすべく速攻戦を仕掛けると共に、それぞれの拠点を攻め落とす順番を輝夜に検索するのを忘れなかった。


 「それでいきましょう。近い方から攻め落とすのがセオリーだし、遠くからやろうとしても挟みうちにあえば私達の劣勢は避けられないじゃない」


 「鈴仙、こっちに来なさい」


 輝夜は永琳の提案に同意すると、鈴仙をそばに呼び寄せたのだった。


 「鈴仙。あなたには強化兎80羽を与えるから、それで人間の里を攻め落としなさい!巫女や魔法使いや風祝が来ようが、強力な力を持った妖怪や神だろうが容赦なく抹殺すること、わかったわね!?」


 「人里に着いたら、最初にこの薬を全部まき散らしなさい!これで穢れきった地上の人間どもを排除できるわ」


 輝夜は自軍の先鋒を鈴仙に決めると、永琳は鈴仙に人里にやってきたら最初に特製の毒薬を使う事を指示したのである。


 「かしこまりました!それでは行って参ります」


 鈴仙は威勢良く輝夜と永琳に返事をすると、今まで月人2人に軽蔑視されてきた事を見返して自分のことを認めさせてやりたい思いがあったので、勢いよく書斎を飛び出してしまったのである。


 「私と永琳はそれぞれ“強化兎”を80羽率いて、最初に命蓮寺を攻め落としましょう。あそこはそこそこ手ごわい妖怪がいるけど、住職の聖白蓮以外は凡庸の域をでない筈だから、今の私達の戦力があれば余裕で陥落させれるでしょう」


 輝夜は永琳に最初に侵略する場所を命蓮寺にすることを決定して、今の自分たちの戦力があれば余裕で勝てると言いきってしまうと、


 「私もそうした方がいいと思います。凡庸な妖怪どもはともかく、住職の聖白蓮は少々厄介で倒すのは少し面倒ですが、絶対に負けることのない相手であることに変わりはありません」


 永琳も同様の見解を持っていたのか、命蓮寺を陥落させるために最大の障害である聖白蓮の存在を取り上げるも、自分たちの敵ではないと見ているのであった。


 「そうとわかれば善は急げよ!永琳、出陣するわよ!」


 永琳の助言を得た輝夜は、鈴仙に後れを取るなと言わんばかりに永琳にも出陣を促してしまうのだが、


 「姫様。あの薬はすべての生き物を排除する威力がありますので、“強化兎”80羽を永遠亭の守りにつかせて、私達2人は“絶対安全カプセル”に避難しておきましょう」


 永琳は輝夜に自分たちまで毒ガスの被害を受けるのは避けたいと考えているので、災害対策用の絶対安全カプセルに避難しておく事を進めると、


 「そうね。私が手を下す必要なんて始めからないし、月の都の姫である私が汚れ役をやる必要なんてあり得ないものでしょう」


 「鈴仙の代わりなんていくらでもいるんだし、ペットはまた補充すればいいもんね。次の私のペットになる奴は、もっと私に応順でなおかつ優秀な奴だったらいいわ」


 輝夜も始めから自分が痛い目にあうのが嫌だと考えているので、自分以外の誰かに面倒事をなすりつけて物事が自分の思い通りになればいいと考えている。月人にとって玉兎は消耗品でしかない存在で、今まで使っていた玉兎が壊れてしまったとしても、壊れた玉兎をポイ捨てしてからまた新しい玉兎を補充すればいいだけの話である。つまりこれが何を意味するかというと、月人にとって月人以外の命は全くもって価値がないという事を示すのだ。


 



―57― 非常なる処置






 幻想郷と外界の狭間で竜神は幻想郷の住人達の様子をくまなく見ているが、絶対に看過してはならないとみたのは、輝夜達がいよいよ幻想郷を我が物にしようとするための行動を取っていたためである。


 「わしも必要以上に無駄な殺生をしたくないから、八雲を使って迷いの竹林一帯の支配権をあたえるとともに八意診療所を幻想郷の公的医療機関として認める代わりに、幻想郷の支配者たるわしに土地税と所得税を支払えば良かったのだ。このようにあいつらに税を納めさせる理由は、今の幻想郷の体制が崩れないようにしているのであって、決してわしの財布に収めるというわけではないがな」


 「わしはあいつらが納めた税を使って、幻想郷の生きもの全てが生きていけるように施しているつもりだ」


 「荒れた大地に恵みの雨を降らし農作物が作れる環境に変え、秋の収穫をより充実させたものにすることで力無きものを飢えさせないようにしていたり、人間達の手によって破壊された自然を修復する手助けをしたり、何よりもすべての生き物が暮らしていけるような環境を作り上げてきたりしているのだ」


 「もちろん、迷いの竹林に住んでいるお前達も例外ではないのに、なぜそれが解らんというのだ!?」


 竜神は輝夜達月人が地上へ逃亡したのを見て、罪人であると解っていても地上の民であることに変わりはないので、他の地上の民と同様に生きていけるように施しをしていたのである。


 「この大地を穢れあるものと認識し、幻想郷を支配するために毒薬を使ってすべての生き物を亡き物するとはな」


 「しかも、自分たちの戦力が少ないことを理由に罪のない地上の兎達まで巻き込んでしまうだけでなく、使い物にならないという事だけで殺してしまうとは堕ちるとこまで堕ちたものだ」


 幻想郷の最高神とあがめられる竜神は、輝夜と永琳が地上に毒ガスをブチ撒く計画を立てていると同時に鈴仙が地上の兎を“強化兎”に改造作業をしている様子を逐一観察している。


 「本当はこのような残酷なことはやりたくはないのだが、こいつらを止めねばより多くの命が奪われるのだから仕方ないか…」


 「最初に八雲との交渉を無碍にしたことがすべての発端だと思うが、地上で生きていくと決めたのだから地上のルールに従えばよかったのだ。そうすれば、あの“詐欺兎”を死なせずに済んだのだが、逆に死なせてしまった事で逆に自分の首を絞めることになるとは思いもするまい」


 八雲紫に命じて月人達を地上の民として生きていけるようにしてきた竜神であるが、月の都の姫でありプライドが物凄く高い輝夜にとって地上の妖怪の代表である八雲紫との交渉はとても受け入れられる代物ではない。月の都から追放されるまでプリンセスとして生きてきた輝夜と月の頭脳として権勢を誇っていた永琳が他の地上の民を見下すのは当然であり、


 「姑息に生きていくのであれば、“詐欺兎”がもたらす“幸運”を生かすべきなのだが、悲しい哉、あいつらは“詐欺兎”の能力を最大限に生かし切れていない。まぁ、もっとも、あの“詐欺兎”は誰に対しても決して忠誠を誓う事はないがの。そんなに力のある奴じゃないし、やっている事がわしから見たらものすごく滑稽に見えてしまうので多少遊ばせておいてもいいのだが、里の人間たちの作ってきた農作物を荒らし続けてきたために退治されたのだろう。こうなったのは自業自得としかいいようがないんだがのう」


 竜神はこれ以上の慈悲を輝夜達に施すのは無駄かと思ったので、鼻から黄金色のブレスを吐き出すとあっという間に太陽のように光り輝く雲が迷いの竹林一帯覆ってしまった。


 「死にたくても死ねないお前らは、生き続けることなくひたすら死に続けるのがいいのかもしれん。罪というものは決してなくなる代物ではなく、重ければ重いほど死んでからもずっと背負い続けていくしかないのだ」


 迷いの竹林一帯に光り輝く雲が覆いきるのを確認した竜神は、


 「やれやれ。あいつらは地上の民を穢れているというが、自分たちの心がそれより穢れきっているのに気付いていないとは、何とも言いようがないぐらい哀れだろうな」


 「あいつらは自分達が酷い目にあってきたと言ってるのだが、本当の意味で酷い目にあうのはこれからなのだ。こうでもしないと自分の罪の重さを知る事はないといえ、わしもそれをわからせるためとはいえずいぶんと酷い事をしたものだが、これも皆のためにやらざるを得なかったと割り切るしかないか」


 輝夜達がかつてやってきた事は、歪みきった人格が形成されたためによってもたらされているのを竜神は知っているので、侮蔑と同情の入り混じった視線をぶつけてから幻想郷から去っていった。




―58― 地獄の業火




 ザーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!
 ザーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!


 鈴仙が人里に向かってから2時間経過してから、迷いの竹林一帯を夕焼けのように赤い雲が覆われると、物凄い勢いで雨が降り始めてしまったではないか。


 ザーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!! ザーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!
 ザーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!! ザーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!
 ザーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!! ザーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!
 ザーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!! ザーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!


 この雨は不思議なことに草木につくと、物凄い勢いでそれを燃やしていくではないか。しかも炎がこの雨に触れるたびにより勢いを増してしまうのだからわけがわからない。もちろん、永遠亭の屋根に雨による水滴がつくのは当然なので、あっという間に火の勢いが強くなってしまう。


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 「永琳、この変な雨は何かしら!?地面に落ちると勢いよく燃え始めるじゃない!これが何なのかを説明して!このままじゃ、永遠亭が火の海になるわよ!今すぐ何とかしなさいってばっ!!!!!」


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 雨が降っているのに何故か永遠亭を燃やしているという超常現象に驚いてしまった輝夜は、永琳に向かってこれが何を意味する問いただすと共に火を消すように命令したのだが、


 「姫様、申し訳ございませんがこの私でさえ解りません!」


 “月の頭脳”と呼ばれ長年生き続けて経験豊富な永琳であっても、これを目の当たりした事がないので何と答えればいいのかわからない始末だった。自分は冷静であると自覚しているのだが、このような超常現象を目の当たりにした事はなかったのですっかり冷静さを欠きそうになっている自分に驚きを隠せずにいた。


 「何でわからないのよっ!いいから早く答えなさいってばっ!」


 永琳はこの現象が何なのかわからないと言ったのだが、輝夜にとってその答え方は全くもって納得できる代物ではなかったのでさらに問いただす事にした。そうしているうちに火の勢いは一向に衰えるどころかさらに勢いを増していく。


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 「解らないものを解らないと言うのが、何か問題あるというのですか!?」


 流石の永琳もこの超常現象をなんと答えればいいのかわからなかったので、輝夜に対し解らないものを解らないと答える以外できなかった。賢人といえども知らないものは知らないし、答えようがないものは答えることはできない。


 「私が永琳に解らないから教えてといったのに、永琳ときたら「なんでこんな程度の問題が解らないのですか!?」と怒鳴ってから私を殴ったじゃない!」


 「私が間違ったり解らないと言ったりしただけで激しく罵る癖に、永琳はいつもすぐに逆ギレしながら言い逃れしようとするんだから、人に物を教える資格なんてないんじゃない!?」


 輝夜は永琳の対応に納得できなかったので永琳の事を激しく非難したが、


 「そんなことより今は“緊急避難カプセル”に入らないと!」


 輝夜の相手をしているうちに炎は凄まじい勢いで広がっていたので、永琳は輝夜を殴りつけたい気持ちを押し殺して永遠亭の地下室にある“緊急避難カプセル”に入り込むように言った。死なない蓬莱人の身体であると解っていても、こんなところで死に続けてたまるかと思った永琳である。


 「入る前に焼け死んじゃうわよっ!」


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 あっという間に永遠亭は炎で染め上げられてしまったので、もはや地下室にたどり着くまで間に合う状況でなくなってしまった。


 「姫様、急ぎませんと!」


 永琳は輝夜に“緊急避難カプセル”のある地下室に急いで行くように促した。この時点で迷いの竹林はすでに火の海で染まっている。


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 そうこうしているうちに火の勢いはさらに増してしまう。先程まで迷いの竹林を燃やしている炎は永遠亭にまで広がり、最早逃げるに逃げられない状況に陥ってしまった。


 「そんなことぐらい言われなくたって解ってるわよっ!」


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 輝夜は怒りを露にして地下室へと向かっていったのだが、屋敷全体が火の海で包まれている有様でもう身動きが取れなくなっている有様だった。

 
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 「ああ、もう!一体何がどうなっているの?もう地下室に行けなくなっちゃてるじゃない!一体どうすればいいのよっ!」


 「もう玄関まで行けなくなってるわ!このまま焼け死ねというの!?冗談じゃないわ!」


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 焼け死ぬのはごめんだと言わんばかりに中庭の池に飛び込もうと試みた輝夜と永琳だが、大きな池も炎柱をたてるほど激しく燃えているので水をかぶる事ができなくなっており、もし池の中に入れば確実に火だるまになって死に続けてしまうのだが、かといって永琳の書斎に戻る事も出来ないので進むことも戻る事も出来なくなってしまい、最早廊下で立ち往生するしかなかった。


 「永琳、今すぐこの火を消しなさい!私の着物に付いたわ!早くなんとかしてよっ!熱い!熱い!熱い!助けて、永琳!」


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 輝夜の着物に火の粉がつくと、あっという間に輝夜の前進は火で覆われてしまった。輝夜の着物は月の都の技術で作られているので、すべての属性の態勢を大幅に引き上げられているために並大抵の炎では燃え尽きることがない筈なのだが、この炎は月の都の技術をはるかに上回る威力を誇る事がわかる。


 「嫌ああああああっ!熱い熱い熱い!早く水を持って来なさいっ!こんなところで死にたくないわよっ!」


 火だるまになった輝夜は永琳に水を賭けて火を消せと命令したのだが、


 「姫様、無理です!」


 この状況において永琳が出来ることといえば、自分が火だるまにならないように帽子を団扇変わりにして仰いで風を起こし火の粉を追い払う事だけで精いっぱいで、輝夜を助けることは最早無理難題に等しい有様であった。


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 「ぎゃああああああっ!」


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 「助けて永琳!このままじゃ焼け死んじゃうよ!ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 「あああああっ!あああああああっ!!!!!」


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!

 
 「永琳助けてっ!嫌、絶対嫌よ、こんな最悪な死に方、絶対したくないわっ!きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


 永琳が輝夜を助けれないと言ったと同時に、輝夜の着物についていた炎が一段と勢いを増してしまった。こうなったら最後、輝夜は全身に火傷を負いながら死に続けるしかない。仮に呼吸が出来たとしても炎が灰に入り火傷をしてしまえば、まともに息が出来なくなるので窒息死は避けて通れない。もちろん火傷により全身が強烈な痛みを感じることで、その痛みによるショックのダメージが致死量に達してしまうのは言うまでもない。


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


 火傷によるダメージが致死量に達した輝夜の身体から血が飛び散ってしまうと、それが火の粉をまとい永琳に飛び移ってしまったら、永琳の服も輝夜と同じ感じで燃え上がってしまう。


 永琳は着物に付いた火を必死になって消そうとするも、かえって火の勢いは増してしまったために永琳はあえなく火だるまと化してしまう。


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 「熱い!熱い!熱い!ウドンゲええええ!早く戻って来なさいいいいいっ!!!!!早く私を助けろっ!!!!!ぎゃあああああああああああああああああああっ!!!!!」


 弟子の鈴仙を呼んで助けを求めようとするも、すでに鈴仙は人里へと向かっているので輝夜と永琳を救済するために奔走することは決してない。仮に鈴仙が輝夜と永琳を助ける動きがあったとすればそれは奇跡以外の何物でもないのだが、世の中そんな都合よく出来ている代物ではないので、永琳はあっけなく火だるまになってしまい輝夜と同様に焼け死んでしまう以外許されていないのだ。


 「おわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
 

 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 蓬莱人の輝夜と永琳は何度も何度も蘇生し続けると同時に悲鳴を上げながら死に続けるも、一体何度断末魔をあげたのかもはや想像できないぐらい無残な死を遂げ続けただろうか。


 満月の日に行う例月祭で自分たちの罪を償い続けてきた2人だが、この炎はそんな2人に対しそんな程度でお前たちの罪は許されないのだと言わんばかりに容赦なく燃やし続ける。


 自らの行為によって数多くの命を奪ってきた輝夜と永琳だから炎に包まれて死に続けるのは、地上に逃げるために月の都の使者たちと永琳の理不尽な実験で殺された玉兎達とかつて輝夜に求婚を求めて恥をかかされた5人の貴族たちとその身内にとって当然であると見ていい。


 ここまで輝夜と永琳が死に続けるのはかつて殺された物たちの残留思念があるのかは定かではないが、2人は数多くの恨みを買ってきたことは事実なのである。もちろん、永遠亭の警備につかせている何の罪もない20羽の“強化兎”達も、輝夜と永琳の巻き添えを受けたために“焼き兎”となって悲痛な断末魔を上げる始末だった。






―59― 同じ過ちを繰り返す鈴仙






 鈴仙は永遠亭の先鋒として“強化兎”80羽を率いて人里に向かう道中であり、たった今丁度迷いの竹林の出口の中間点に差し掛かっているところだった。


 「私たちは穢れないエリートの兎よっ!地上の奴らなんかに劣るわけがないわっ!」


 「私達は誰!?」


 「月の都の姫君であらせられる蓬莱山輝夜様の従者として認められた妖怪兎よ!」


 「相手は誰?!」


 「穢れきった地上の凡庸な人間と妖怪どもじゃない!」


 「穢れない私達が負ける?」


 「負けるわけがないじゃない!絶対私達が勝つのよ!!!!!」


 「この手で地上を穢れない大地にするのが私達の悲願!」


 「穢れある存在をすべて抹消するのが私達のなすべきことだわ!」


 「これは聖戦よ。この穢れきった大地を浄化するために!!!!!」


 「相手は穢れきった地上の逆賊で、私達は神聖なる月の都の舞台なのよ!!!!!」


 「私達は穢れなき月の都の姫君であらせられる蓬莱山輝夜様に認められた兎の兵で、私達は絶対的な正義でどんな巨悪な存在にも負けることがないのよっ!!!!!」


 「いくわよっ!地上の穢れを完全に排除するために私達は戦うっ!そして、聖戦の後には食卓に兎が無くなるために戦いでもあるのよっ!!!!!」


 鈴仙は“強化兎”達の士気を上げるために“因幡の大号令”をかけると、


 「フギャアアアアアッ!」


 「ガアアアアアアアッ!」


 輝夜と永琳と鈴仙の命令に絶対従うように洗脳をされた“強化兎”達はそれに呼応したかのように咆哮を上げたので、“因幡の大号令”の効果は絶大であると鈴仙は感じ取ることが出来た。


 それと当時にこれだけ強大な戦力を有していながら今回のミッションを成功させれなかったら、自分はどうしようもないぐらいに救いようがなく“月の頭脳”と呼ばれる師匠の八意永琳の弟子を名乗れないと思う鈴仙である。


 “因幡の大号令”をかけて士気向上されたと同時に、いつも薄暗くやや冷え込んでいる迷いの竹林は、照明がついたかのように明るくなったと共に真夏の用に全身から汗が噴き出してしまうほど熱くなれば、


 ザーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!


 いきなり空から雨が降りだしてしまい鈴仙を始め“強化兎”80羽全員は“濡れ兎”になってしまったと同時に、地面の草木は物凄い勢いで燃え始めてしまった。


 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!
 ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!


 雨が降っているのに火が付く現象は普通ではありえない。だが現実に起こっているのは“燃える水”の雨が迷いの竹林一帯に降っていて、あたり一面を容赦なく燃やしつくしている事である。


「みんな落ち着いて!」


「私の言うとおりに動けがいいのよっ!」


「だから急いで人里に向かうのよっ!」


 鈴仙は“強化兎”達に落ち着くように指示を下すも、


 「「「「「「ギャアアアアアアッ!」」」」」」


 「「「「「「フグワアアアアアッ!」」」」」」


 “燃える水”の雨を直で浴びた“強化兎”達は、自分の体毛に火がついてしまい火傷を負い“兎の丸焼き”になる痛みに耐えかね、毛に付いた火を消すために地べたを転がりながら必死にもがきなら火を消そうとするも、火の勢いは衰えることなくさらに勢いを増して黒焦げになってしまう有様であった。


 「ひ、怯むなっ!あなた達は私についてくればいいのよ!」


 鈴仙は“強化兎”達を我に返そうとするも時すでに遅し。火を消そうと躍起になるもすでに焼け石に水となっており、哀れな同胞たちは次々“兎の丸焼き”として命を落としてしまう。


 永琳の薬によって“強化兎”に変貌を遂げたのは地上の兎であるが、鈴仙のような玉兎とてゐのような地上の兎はDNA配列がわずかに異なるのだが、永琳の薬は玉兎用に作られた物を地上の兎に与えた事で、火を見ることで体がすくんで身動きた取れなくなるだけでなく、体毛に火が付くと一気に燃えて“焼き兎”となってしまうという致命的な欠陥を抱えていた。


 「「「「「「ハグワアアアアアッ!」」」」」」


 「「「「「「フギュワアアアアッ!」」」」」」
 

 「こんな程度の火で死ぬわけがないでしょう!?」


 鈴仙は愛用のブレザーで火の雨から身を守れていたが、“強化兎”達は戦闘能力が著しく強化されているも、もともと地上の妖怪兎や妖怪に慣れてない普通の兎から改造されたが故に、火を見ると動物の本能として足がすくんで身動きが取れなくなったり錯乱状態に陥ったりしていた。


 「「「「「「ハギュアアアアアッ!」」」」」」


 「「「「「「ホギュェワアアアアッ!」」」」」」


 “強化兎”はその真価を発揮することなく次々と“火の雨”に当たってしまった事で、見るも無残な“焼き兎”となったことで次々と断末魔をあげる始末だった。玉兎用の薬を地上の兎に与えてしまったこと自体がそもそもの誤りであるが、その点に関し一切の配慮をしなかった月人達に非があるだろう。


 「ひっ、ひいいいいいっ!」


 「いっ、嫌あああああっ!」


 自分が連れてきた80羽の“強化兎”が皆焼け死んでしまったので、鈴仙はかつて数多くの仲間が死んで地上へ逃走した戦いを思いだしてしまった。そう、鈴仙にとって、絶対に思いだしたくないあの忌々しい出来事である。数多くの仲間達が自分の助けを求めていたのに、あまりの恐さで地上へと逃げだしてしまったが故に多くの仲間達を死なせてしまったあの戦いを思い出さずにはいられなかった。


 鈴仙はこの状況を何とかして脱するための底力を出すために、博愛する主人である輝夜と尊敬する師匠である永琳との楽しかった思い出を思いだそうとしたのだが、思い出した事はいつも輝夜に理不尽に殴られることや、永琳に新薬の実験台扱いされるなどの嫌なことしか思い出せなかったので、一つしかない自分の命を賭けてまで、極めて高いリスクを賭けてまで蓬莱人である輝夜と永琳を助けに行く必要はないと思った。


 「いっ、嫌ああああああっ!嫌ああああああっ!し、死にたくないっ!死にたくないっ!死にたくないっ!」


 「もう二度と姫様に殴られたくないっ!絶対にお師匠様に実験台扱いされたくないっ!生きていたい!生きていたい!生き延びていたい!絶対に生き延びてやるっ!うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


 忌々しい出来事を思い出した事で精神的ダメージを負ってしまった鈴仙は、“焼き兎”になってしまった“強化兎”達と同じく完全に戦意を失ってしまい、血路を開くために涙と糞尿をまき散らしながら脱兎の如く迷いの竹林から“脱兎の如く”逃げ出してしまう有様で、今回の作戦のために新調しておいたブレザーとミニスカートは火の雨によってすっかり焼けてボロ布同然に成り下がってしまった。


 ―玉兎逃走中―


 あたり一面が火で覆い尽くされた迷いの竹林を走る。


 自分が助かりたいが故に仲間を見捨てて走る。


 火傷を負いながらも走る。


 主人も師匠も仲間達の事も忘れてただひたすら走る。


 忌々しい過去を振り切るために走る。


 今を生きるためにひたすら走る。


 これからどうなるかわからないが走る。


 逃げる、逃げる、逃げる。

 
 ひたすら逃げる。


 走るのは逃げるため。


 私は脱兎のごとく逃げる。


 私は脱兎。


 臆病で卑怯などうしようもない弱い脱兎。


 私は私を変えれない。


 なぜならそれが私自身なのだから。


 ―玉兎逃走完了―


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…。何とか、逃げきった…。でも、もうこれ以上走れない…」


 迷いの竹林から脱兎の如く逃げ出した鈴仙は、自分の命が助かった事に安堵をおぼえたのだが全身に受けた火傷のダメージが大きかったので、今ここで“兎狩り”をする人間達や妖怪退治を生業としている巫女や魔法使いや風祝などに出会ってしまえば、呆気なく御用となってしまうだろう。


 「ここはどこだっけな?ここに湖があるってことは…」


 あたり一面を見渡すと、氷の妖精が他の妖精を弾幕ごっこで苛めているのだが、今の鈴仙には妖精たちが何をしているのか把握できる余力すらなかった。


 「も、もうダメ…。姫様、お師匠様。無能な私を許して下さいませ…」


 2度ある事は3度ある。解っていても同じ過ちを繰り返す。自分の張られた“卑怯で臆病な癖に主人には調子いい事を言う”というレッテルは決してなくならない。鈴仙は自分のふがいなさを誰よりもわかっており、もう2度とこんな事を繰り返してはいけないと頭では理解しているものの、いざ危機的な状態に陥ってしまうと、過去に仲間を見捨てて逃げた過ちをまたやってしまうのである。今回は80羽の仲間達だけでなく、主の輝夜と師匠の永琳をも裏切る行為をしてしまったのだから、玉兎の軍人生命はこれで閉ざされたと言っても過言ではない。なぜなら、いくら鈴仙に再教育を施したところで、また同じ過ちを繰り返してしまうのが関の山であり、臆病で卑怯な鈴仙の本質はどんなことがあっても変えることが出来ない。


 玉兎の鈴仙・優曇華院・イナバは仲間を見捨てて逃げる運命を背負っている。過去には綿月豊姫と綿月依姫と同じ玉兎の仲間達を見捨てて、今も主の蓬莱山輝夜と師匠の八意永琳と無理矢理“強化兎”にした地上の兎達全員を見殺しにした。死んだ仲間達は鈴仙を許さないので、もう二度と取り返しは付かない。






―60― 玉兎回収






 てゐが死んで8日後の話だ。


 「あれっ?こんなところに妖怪兎が倒れている。それにしても臭うわね」


 湖の近くで気を失って倒れている鈴仙を見つけたのは、人里のある方角からやってきたのはメイド服を着た少女だった。


 この少女の外見の特徴は、頭にカチューシャをかぶり、銀色の髪の毛をあまり伸ばしていないが揉み上げを三つ編みでまとめている。割と大柄でスタイルも良いうえに可愛らしさと美しさを兼ね備えているので、友人に俺の彼女はこんなに可愛くて美人だと自慢したくなるのだが、彼女の事を少しでも知っていれば軽々しくナンパを試みることが出来ない。


 そう。彼女は悪魔の舘と呼ばれる紅魔館のメイド長である十六夜咲夜である。時を止めるという人間企画外の能力を持つだけでなく、ナイフ投げの達人で20間先にある物を命中させることが出来るので、下手なことをすればナイフでメッタ刺しにさせる恐れがあるからだ。主のレミリア・スカーレットに対し絶対の忠誠を誓っているために、スカウトをしても効果はない。


 「丁度いいわ、連れて帰りましょう。今日のおゆはんはお嬢様が大好きな兎鍋にしようかな?ちょっと臭うのが難点だけど」


 逃げ足の速い妖怪兎を捕獲するのは非常に困難であるが、何らかの理由で身動きが取れなくなっている場合は別だ。


 「でも今日は月一恒例のカレーの日ですから、兎鍋は明日以降になるわね。でも、兎肉を使ったカレーも悪くはないけど、臭う肉を使うのはちょっとねぇ…」


 「これで明日のおゆはんは兎鍋確定ね。貴重な玉兎の肉を使う兎鍋ですから、お嬢様と妹様もきっとお喜びになる筈ですわ」


 咲夜はすっかり意識を失っている鈴仙を俵で抱えるように肩に持ちあげようとした時に、


 鈴仙のまとっているブレザーとスカートから血と汗と汚物が混ざった染みに気づくと、それが臭いのもとであると察したのである。


 「あっ、こいつ。失禁してたから臭ったのね!このままこいつを持って言ったら私のメイド服まで臭っちゃいそうだから、念のために洗浄しておかないといけないわね」


 ―玉兎洗浄中―


 咲夜は時を止めてから里の子供が持ち忘れたと思われるバケツに湖の水を汲んで、上半身は汗と血で下半身が汗と血と汚物で汚れている鈴仙の軍服と肌着と下着を脱がしてしまうと、汚物の汚れが酷いスカートは使い物にならなかったのだが、ボロキレに成り下がったブレザーとワイシャツならまだ使い物になると思ったので、それを雑巾のかわりにして一気に血と汗と汚物で汚れている鈴仙を無理矢理“洗浄”してしまった。


 「ふぅ、これでよし!火傷をしていたから、これで起きてしまうんじゃないかと心配していたんだけど、相当精神的なダメージが大きいから目を覚ます事はなかったみたい」

 
 咲夜は生まれたままの姿になった鈴仙を肩に担いでから両手に買い物袋をもつと、自分の職場兼住居がある紅魔館の方へと飛び去ってしまったのである。鈴仙の来ていたブレザーとワイシャツとミニスカートと下着はその場に置いたままにしておいたが、もう雑巾にもならない位に血と汗と汚物で汚れていたので、特に問題はないと咲夜は考えたのである。


 逃げ足の速い妖怪兎を捕獲するのは非常に困難であるが、何らかの理由で身動きが取れなくなっている場合は別だ。完全に気絶している今の鈴仙ならば咲夜のような特殊能力を持った人間でなくても、捕獲して解体作業を済ませるのは極めて容易である。なぜなら、玉兎を含めた妖怪兎は妖怪の中でもお世辞にも戦闘能力は高いとはいえず、共通事項として自らの特殊能力を最大限に生かしきる事が出来ていないのだ。鈴仙・優曇華院・イナバが“狂気を操る程度の能力”を有していても、スペルカード戦はおろか殺し合いに近い実戦において他の妖怪達にやや負け込んでしまうのは、自らのポテンシャルを生かし切れていない事と実戦経験が圧倒的に不足していることがあげられる。


―玉兎連行完了―


 「ここは誰?私はどこ?」


 鈴仙が脱兎の如く迷いの竹林から逃げ出して霧の湖付近で意識を失い倒れてしまったのだが、気づいた時には見知らぬよう館らしき建物のベッドの上に寝かされていた。


 「あら、気付いたのね。あなた、1週間の間ずっと寝ていたのよ?」


 「無事でよかったわね」


 「出来ればこの紙にあなたのサインをしてほしいの。そうしたら、ここがどこかを教えてあげるわ」


 メイド服を着た少女は鈴仙に対し備え付けのテーブルに紙切れと万年筆を差し出してから、紙切れに自分の名前を書けばここがどこであるか教えると言ってきた。


 「ううっ、確か私は、月面基地所属の第88部隊所属の狙撃部隊長である鈴仙・優曇華院・イナバで、階級は大尉であり、今は永遠亭の兎のリーダーを務めているのであります」


 あまりにも胡散臭いやり方だったのだが、こうしなければここがどこだかわからないので、仕方なくベッドに備え付けられているテーブルの上に載せてある紙切れに万年筆を使ってサインをする鈴仙であった。


 「教えてくれてありがとう。ここは悪魔の住む舘の紅魔館よ」


 メイド服を着た少女はここが悪魔の住む舘の紅魔館であることを教えると、


 「はっ、こんなところにいちゃいけないっ!早く姫様とお師匠様に会わないとっ!」


 我に返った鈴仙は顔を蒼白させると、慌ただしく紅魔館から飛び出し輝夜と永琳のもとに行こうと試みたのだが、


 「ダメよ。今日からあなたはメイドとして働いてもらうんだから、メイド長である私の許可なしに勝手に外出されちゃ困るのよね」


 メイド服を着た少女は鈴仙の肩を掴んでから、メイドである鈴仙にはメイド長である自分の許可なく外出を禁止していると言ったので、


 「無礼者、そこをどけっ!私は誇り高き月の都の軍人で、月面基地所属の第88部隊所属の狙撃部隊長である鈴仙・優曇華院・イナバ少尉だっ!」


 自分は月の民で誇り高き玉兎の軍人であることを思い出した鈴仙は、自分の正式名称と所属と階級を、メイド服を着た少女に教えることにしてからそこをどくように言った。


 「でも、今のあなたはうちのメイド服を着ているわよ。軍人さんだったらそれ相応も格好をしていて、実績に基づいた勲章をつけている筈なのに、どこからどう見ても軍人さんでなく紅魔館のメイドでしょう?」


 それでもメイド服を着た少女は退こうとしないばかりか、今の鈴仙は紅魔館のメイド服を着ていると言ったので、ふざけるなと鈴仙は言いたかったのだが自分が着ている服を確認すると、いつも愛用しているブレザーとミニスカートの軍服ではなく紅魔館のメイド服であった。


 「それにあなたはこの書類にサインをしたじゃない。実はこれ、紅魔館のメイドとしての労働契約を結ぶ“悪魔の契約書”だから、違反する行為をしたらその場で絶命するのでよろしくね」


 「それと契約期間はあなたが死ぬまでだから、出来る限り頑張って頂戴」


 メイド服を着た銀髪の少女は、鈴仙に紅魔館のメイドとしての労働契約を結ぶ“悪魔の契約書”にサインをさせただけでなく、鈴仙が死ぬまでが契約期間であると言いつけてしまったので、


 「ふ、ふざけるなっ!これでもくらえっ!」


 何故自分が地上の民の下で働かなくてはならないんだと思った鈴仙は、ベッドから飛び出してからすぐにメイド服を着た銀髪の少女に指先を向け銃弾の形をした弾幕を放とうしたのだが、どういうわけか弾幕が放てなくなってしまった事に驚きを隠せずにいた。


 「あっ、そうそう。重要なことを言い忘れてたわ。あなたはなにがあっても私達に絶対に服従しなきゃいけないからそこのところよろしくね」


 弾幕がでない鈴仙を軽蔑のまなざしで見つめたメイド服を着た少女は、


 「それにたった今からあなたと私は上司と部下の関係になったわ。もちろん、私が上司であなたが部下だから、自分の立場をわきまえて行動なさい」


 「あなたに自己紹介をする必要はないみたいだけど、改めて紹介するならば私の名前は十六夜咲夜でここのメイド長をやっているの。あなたが私を呼ぶ場合は呼び捨てではなくメイド長か名字か名前の下に“様”づけすること。わかったわね!?」


 自分の名前を十六夜咲夜と名乗り、鈴仙は今日付けで自分の部下になった事を言いつけると、呼び捨てで呼ぶ事を禁止して“メイド長”か名前の下に“様付け”で呼ぶように命令してきた。


 「冗談じゃないわっ!なんで私がメイドにならなければいけないのよっ!それにお前が私の部下なるのが筋であって、穢れた人間ごときが私に命令するな!」


 「死ねっ!このクソメイドがっ!」


 鈴仙は玉兎としての誇りがあるので、地上の人間である咲夜の部下になる事を拒絶した証として、弾幕で攻撃できないなら肉弾戦ならと言わんばかりにとび蹴りを放ち、腹ただしい咲夜を捕えたと思ったその時、


 「はぁ…、メイドとして本格的に教育しなくちゃいけないみたいね」 


 背後から咲夜の声がしたと同時に、


 ドガッ!


 「ぎゃあああああっ!!!!!」


 鈴仙は背後からかかと落としを頭で直撃しまったために、豚のような醜い悲鳴を上げながらみっともなく尻もちをついてしまうと、メイド服のやや短めのスカートから寝ている間に履きかえられていたと思われる純白のドロワーズを晒してしまった。


 「これからは私の言う事を聞かないと、痛い目に遭うってことを体に刻みこんであげる!」


 バシッ!


 咲夜は鈴仙を侮蔑の眼差しを向けて上から見下ろすと、ここで自分に逆らったら取り返しのつかないぐらい痛い目に遭うという事を体に刻みこませるために、鈴仙の頬にビンタをしてしまった。


 「ぐはっ!!!!!」


 まさか地上の民にすぎない咲夜にぶたれると思ってもみなかった鈴仙は、勢い余って地面に這いつくばされてしまったために、地上の民に見下されるという玉兎として最も屈辱的な行為を受けてしまった。


 「もう一度言うわ、あなたは死ぬまでずっと私に絶対服従すること。いいわね?」


 「いいから早く返事をしなさい!」


 地べたに這いつくばっている鈴仙に早く答えを出すように求めた咲夜だが、


 「嫌だと言ったらどうするつもりなの?」


 地上の民の言いなりになってたまるかと思っていう鈴仙だが、下手に嫌だといったらどうなるかわからないので、もし自分が従わなかったらどうなるかを聞いておくと、


 「そんなの解りきってるじゃない?あなたがメイドとして働くのを嫌だと言うなら、今日のおゆはんをあなたの肉を使った兎鍋にするわ」


 「“うさみみメイド”として働くか、切腹をすることを許すけど、あなたの亡骸を“玉兎鍋”として食べられるか。あなたに残された選択肢は2つに1つよ。さあ、どっちにするか、好きな方を選びなさい」


 凍りつく笑顔を見せた咲夜は鈴仙に、“うさみみメイド“として働くか、誇り高き自決を許すかわりに”玉兎鍋“として食われるかのどちらかを選択することを求めてきた。生きるか死ぬかどちらかを選べと言ってるのだが、玉兎である鈴仙にとって、地上の民の下で働き続けるという屈辱を受けながら惨めに生きるか、誇りを持った自決を許されても自分の亡骸は”玉兎鍋“にされて、残った骨はゴミ扱いされてはかを作ってもらえないという耐えがたい扱いを受けるかのどちらかなので、鈴仙にとって究極の選択肢を強いられているものなのだ。


 この回答を聞いて鈴仙は本気で咲夜を殺すつもりで襲いかかる事が出来なかったのは、襲いかかろうとしても襲いかかれないという“悪魔の契約書”の効果が発動した事によって身動きがとれなってしまったためである。


 こんなところでメイドとして働くなんて絶対に耐えられない!と思った鈴仙は、咲夜を殺せないなら月に都の軍人として誇りがあるので、思い切って自決をしようと思ったのだが、窓に格子が取り付けられているので飛び降り自殺はできないのと、縄やナイフなどの刃物が一切ないので首つり自殺や切腹もすることはできず、かといって博愛する師匠の薬を持っていないために服毒して自決を図ることすらできなかった。つまり鈴仙に与えられた選択肢は、紅魔館のメイドとして惨めに働くしか残されていないのである。


 「わかり…………、ました…………」


 たった今、月の都の玉兎の軍人である鈴仙・優曇華院・イナバは死んだ。存在そのものもは死んでいないが、地上の民である咲夜に投降した時点で誇り高く軍人ではなくただのメイドに成り下がってしまったのだ。もちろん、当の本人はそんなことを認めはしないが、こうなってしまった時点で剣を鍬に持ちかえ、戦う事を破棄してしまった騎士や武士に等しいだろう。






―61― メイドとして適応できない鈴仙の最後



 


 鈴仙は“悪魔の契約書”で無理やりメイドとしての契約を結ばされたあの日から、“誇り高き月の都の軍人”から紅魔館で働く“ウサ耳メイド”に成り下がってしまったのだ。咲夜は基本的に鈴仙の事を信頼していないので、どこかにいる死神みたいなサボタージュに走らせないために常にそばにいて鈴仙の様子を逐一監視している。


 「なにこれ、もっと丁寧にやりなさい!やり直しよ、やり直し!」


 この日は鈴仙が雑巾がけをした後に咲夜は細かいスキマに小指をなぞると、埃がいっぱい付いていたのでそれを鈴仙の鼻先につけてから、丁寧な仕事をしろと言わんばかりに睨みつける。


 「遅いっ!緩慢な動きをしてたら日が暮れるわ!あなたには次の仕事が待っているのよ!それにそんなに洗剤を使うなって前から言ってるのに、どうして箱に入ってる洗剤を全部使うのよ!?」


 とある日は咲夜が鈴仙にほかのメイド達の制服を洗濯させているのだが、どうも鈴仙の動作が緩慢に見えてしまうので早く済ませるように煽りだしてしまう。


 「何やっているのよっ!パーティに出すハムなんだから、ちゃんと厚さを同じにしなきゃいけないのに、ムラがあって使い物にならないじゃないのっ!」


 また別の日は咲夜が鈴仙にパーティに出すハムを切らせているのだが、厚かったり薄かったりとムラがあるために使い物にならないと酷評してしまった。


 兎にも角にも鈴仙のメイドとしての仕事ぶりはお粗末としか言いようがなく、その度に他のメイドたちに余計な仕事を増やしてしまう代物だったので、鈴仙がポカをするたびに咲夜が頭を抱えながら怒鳴り散らしてしまう始末だった。


 「うわ〜、咲夜さん怖いなぁ。まさに“鬼のメイド長”って感じね」


 「私達には優しく丁寧に教えてくれるのに、あの“ウサ耳メイド”だけはパワハラ三昧でしょ」


 「何か因縁でもあるんじゃないの?そうとしか思えないわ」


 「そうよね、絶対何かあったに違いないわ。咲夜さんに酷いことしたんじゃないかとか言いようがないわ」


 「でも、あの“ウサ耳メイド”は私達の足を引っ張るから、どこに行っても役立たずのレッテルをはられてクビにされ続けるわよ。あいつと同じグループだったら、お昼寝とおやつ抜きを強いられるもの」


 「あれだけ使えない奴はそうそういないわ。あいつは脱走癖がありそうだから、たぶん前の職場も逃げ出してるんじゃないかしら」


 「そうよね。与えられた仕事ですら平気で投げだしているんだから、絶対そうとしか言いようがないよねぇ。」


 「それにしても咲夜さんはよく耐えてるわね。私が咲夜さんだったら、あの“ウサ耳メイド“とナイフでメッタ刺しにしてると思うの」


 「それは同意するしかないわね」


 「私達って、始めてここの仕事をしたときもあそこまで酷くなかったよね?」


 「言いきれないけど、たぶんあそこまでは酷くなかったと思うの」


 同じ職場にいる妖精メイド達も鈴仙の仕事ぶりを見て、咲夜に怒鳴られるのは当然であると思っていると共に、自分達は初めてメイドの仕事をしても、皆揃ってここまで役立たずではなかったと考えてしまうのである。


 「あいつは休憩時間になるといつも一人でいるじゃない。私達がここの職場に馴染めるように話しかけているのに、全く聞こうとしないんだから嫌になっちゃうわ」


 「そうよね。この間私が話しかけてみたんだけど、口元は動いているのに何を言ってるか聞き取れなかったもの。あの時はどうすればいいのかわからなくなっちゃった」


 「確かにお嬢様は凄く強気で我儘な面があるけど、基本的に優しいからここの職場でメイドをやっていて良かったなって思う時があるのよね」


 「あれだとお嬢様を怒らせちゃうかもしれないわ。態度もふてぶてしいし、何よりもコミュニケーションがまともに取れてないもの」


 「仕事もやる気はないし、やることなすことすべていい加減だもの。そのくせポカをしても自分が悪いと思ってないから、見ているこっちでさえ腹が立ってくるわよ」


 同僚である妖精メイドたちの雑談でもわかるように、紅魔館の職場内において鈴仙の評判は悪い。全く同僚たちとコミュニケーションはとらないわ、まともに仕事はできないわ、その上誰に対しても態度も悪いのだから必然的に嫌われる立場に陥るのだが、鈴仙にとって自分は無理矢理紅魔館のメイドにさせられたのであり、高貴な月の民である下賤な地上の民とまともに話す気がないので、このような態度を取っても問題ないと考えているが、知らず知らずのうちに自分の状況が悪くなっている事に気づかない鈴仙であった。
 

 「咲夜。この“ウサ耳メイド”は使えるかしら?明日、文が取材にやってくるから、その時に“接客デビュー”をさせるつもりなんだけど、大丈夫よね?」


 いつものように咲夜が鈴仙にもっとまともな仕事をするように怒鳴りつけた直後に、紅魔館の当主であるレミリア・スカーレットが意味深な笑みを浮かべながらいきなり姿を現してから鈴仙の事を“ウサ耳メイド“と呼び付けると、今の紅魔館にとって役に立つかどうかを咲夜に聞いてきたのである。


 鈴仙は今までレミリアを含め地上の民を軽蔑してきたが、間直でレミリアを見ると吸血鬼特有のカリスマを肌で感じたことによりすっかり威圧されてしまったので、機嫌を損ねる真似をしたら殺されるのではないかという恐怖で襲われてしまう。


 月面戦争でレミリアは自分の主であった綿月依姫にさんざん打ち負かされたと聞いたが、いざ自分がレミリアと戦いを挑んでも勝ち目は全くない上に、何も出来ないまま徹底的に殺されてしまうだろうと思った。


 綿月依姫が勝てたのは、月は地上の6分の1の重力しかなく、月特有の穢れがないという環境だったために、依姫が完全ホームという最高の条件で戦いを挑めたのであって、地上で依姫が地上で戦いを挑めば、6倍の重力を受けるとともに地上特有の穢れた空気を吸ってしまうので、依姫が逆に地上の穢れに汚染され力を発揮できないのではないかと考えた鈴仙である。


 永夜異変の時もそうだ。万全の準備をしていたにも関わらず、巫女を始めとした数人の人間と妖怪達の手によって、永琳が張った結界はもろくも崩れ去ったのだ。月でやればこんな地上の民どもに負けることがないと思っていたが、地上では月の重力の6倍もあって穢れある劣悪な環境のせいで自分の実力を最大限に発揮できないために、完全アウェーの条件で戦いを挑んだ自分達が負けるべくして負けたのだと考えるしかない。


 「お嬢様。申し訳ありませんが、この“ウサ耳メイド”は掃除すらまともにできませんので、とても“接待デビュー”をさせるなんて無理にも程があります!」


 「掃除は雑で遅くていつもバケツをひっくり返して余計な仕事を増やすわ、洗濯をやらせてもまともに汚れが取りきれてないですし、料理の仕込みをやらせても貴重な食料を台無しにしたりするわで、ハッキリ言ってしまうと妖精メイド以下の能力しか持っていないので戦力外通告を宣言したくなります」


 「接待を任してしまうと、お客さまに対して粗相をやらかしてくれる筈ですので、ここは起用しない方が望ましいがよろしいかと」 

 
 恐怖の対象である吸血鬼のレミリアに対し、メイド長の咲夜は自分の意見を堂々と主張しているのだから、鈴仙にとってこのメイド長の発言権は相当強いものだと理解した。自分の命が危ないという直感があったので、一刻も早くここから逃げ出すべきだと考えた。


 「ふーん、使えないんだ。妖精メイド以下じゃどうしようもないみたいだけど、“兎鍋”で食べても面白くもなんともないし、かといって無駄に遊ばせておくのもなんだからフランの遊び玩具にでもしといておこうかな」


 鈴仙が紅魔館で“ウサ耳メイド”として働いて3カ月経過したある日に、レミリアは妖精メイドたちの影口をさりげなく聞いていたのだが、鈴仙に対する咲夜の評価を聞いてこのままにしておくと職場深刻な状況をもたらすと考え、仕方なく愛する妹の玩具にすることを決断した。


 「お嬢様の仰せでしたら、私はそれに従うまでです」


 咲夜は博愛する主人であるレミリアに鈴仙の働きぶりを報告したのだが、レミリアの事だからたぶん間違いなく知っていてこの裁量を取ったのだと思ったので、我慢しなくてはいけないと思ったのにも拘らずついニヤニヤした表情を浮かべたのである。


 「咲夜、何がおかしいの?ニヤニヤしちゃって気持ち悪いわよ?」


 レミリアは如何わしい素振りを見せた咲夜に釘を刺さずにはいられなかったのだが、


 「いえ、なんでもありません。余計な他意などございませぬゆえ、お気になさらないで下さい」


 咲夜はそんなレミリアに対して平静を装っておくことだった。


 「何でもないんだったら、この役立たずの“ウサ耳メイド”とフランの部屋に連れて行きなさい」


 咲夜本人が問題ないと言った事を信用したレミリアは、使い物にならない役立たずの“ウサ耳メイド”にすぎない鈴仙を“気が触れた”妹の“遊び相手”にしておくことを決めると、紅魔館の地下にある妹の部屋に連れていくよう指示した。


 「承知いたしました」


 「あなた、もう掃除をしなくてもいいわよ?そのかわりに、新しい持ち場で仕事をしなさい」


 咲夜にとって主であるレミリアの命令は絶対なので、いい加減な掃除に終始している鈴仙に掃除を止めるように促してから、新しい職場についていくように言ってしまった。


 「どこに連れていくっていうんですか?まさか、私を兎鍋にして食べるつもりじゃないでしょうね!?」


 鈴仙にとって掃除の仕事を解放されたのは望ましいことだったが、ここは悪魔の住む舘の紅魔館なので、もしかしていよいよ兎鍋で食われるのではないかと咲夜に聞き出す始末だった。


 「いいから黙ってついて来なさい!私はあなたの質問に答える必要はないのよ」


 いつの間にか視界が真っ暗になったと同時に全身が縄で縛りつけられた感触を覚えた鈴仙であったが、一瞬にして全身を拘束されたのは咲夜の特殊能力が発動したためである。


 「ひっ、ひいいいいいっ!!!!!」


 鈴仙がいくら暴れても縄は決してほどけず、ただ咲夜の手によってどこかに連行されるしか選択肢はなかったのである。
 

―玉兎連行中―


 やっと咲夜の足が止まったので、次に配属される自分の職場に付いたということもあってか鈴仙は妙な安堵感を覚えた。炊事や洗濯や掃除よりずっと楽であればいいと願わずにはいられなかったのだが、そんな都合のいい話など存在するわけがないことに気付いていなかったのである。


 コンコン。


 咲夜は地下室にある大きな扉をノックすると、


 「誰?」


 部屋の住人だと思われる可愛らしい少女の声が返ってくるではないか。


 「妹様、咲夜でございます。今日は大事なの要件がありますので、ぜひともお部屋に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」


 部屋の住人に対し妹様と言った咲夜は、凄く大事な要件があるために入室の許可を得ようと試みる。


 「入ってもいいよー」


 あっけなく入室の許可を得れた事によって、つい拍子抜けしてしまいそうな雰囲気がそこに流れていた。


 「それでは失礼致します」


 「咲夜。大事な要件って一体何なの?」


 「それでございますなら、お嬢様から妹様に快気祝いの贈り物としてこの“ウサ耳メイド”を送るよう言われましたから、今日から妹様の好きになさっても良いと仰ってました」


 いつの間にか自分の眼隠しと縄をほどかれた事によって自由の身になった鈴仙だが、七色の宝石が付いた独特な羽を生やした少女に抱きつかれてしまった。


 「うわあっ!本物の“ウサ耳メイド”だっ!可愛い〜!!!!!」


 独特の羽を生やした吸血鬼の少女は鈴仙の頬に擦り寄せるのだが、鈴仙にとっていきなり飛び付かれただけでなく頬を擦り寄せられた事が馴れ馴れしいと気持ち悪さを感じたので、


 「は、放せ!」


 吸血鬼の少女を振り払おうとしたのだが、自分より小柄なのに力が強いので粘着テープのようにベッタリくっつかれたままだ。


 「咲夜。実はというと私、うさちゃんを飼ってみたかったんだ!後でお姉さまにお礼を言わなきゃいけないわね」


 そしてこの吸血鬼の少女はペットとして兎を飼ってみたいという願望があるのがわかったが、まさか自分がペットとして飼われるとは思ってもみなかったので、確実に誇り高き月の都の軍人としての輝かしい日々を送れず地上の民の言いなりになる屈辱を受けるなら、いっそうのことこの場で自害をしてしまおうと思わずにはいられない鈴仙であった。


 「そうでございますか!妹様がここまで喜ばれているのですから、私も妹様の笑顔を見れましたので本当に嬉しく思っています」


 咲夜もこの吸血鬼の少女が凄く喜んでいるので、主が喜びは自分の喜びであると考えているようだが、ペットとして飼われる身に成り下がってしまった鈴仙にとってこの現実は受け入れれる代物ではないのだ。


 「始めまして!私、フランドール・スカーレットって言うの、よろしくねっ!今日からあなたは私のペットだから、なんかいい名前をつけてやらなきゃいけないわね」


 吸血鬼の少女はいきなり鈴仙を解放すると、子供らしいお辞儀を見せてから自分の名前はフランドール・スカーレットと名乗り始めてから、鈴仙は自分のペットなので新しい名前を与えると言いだしてしまったではないか。


 「私は月面基地所属の第88部隊所属の狙撃部隊長である鈴仙・優曇華院・イナバで、階級は大尉だっ!誇り高き月の都の軍人である私の名前を変えるという不届きな下賤な地上の民でしかない貴様のペットになるつもりはないっ!」


 鈴仙はどうしても軍人である誇りを捨てれないために、自分の正式な名前と所属先と階級を言ってから、吸血鬼風情のペットになってたまるかと怒鳴り散らしてしまった。


 「妹様。こいつは役に立たない癖にプライドだけは高く、いつもふてぶてしい態度を取ってくるのは仕様ですので、そこのところはお気になさらないで下さいませ」


 咲夜は鈴仙が誰に対しても尊大な態度を取るのは当たり前なので、その点に関しては気にしないでほしいと願い出たのだが、


 「咲夜はそう言って許してくれるみたいだけど、私は生意気な態度を取る奴が嫌いだから二度と取れなくしてあげるね!キュッとして…、ドカ〜ン!」


 フランドールにとってペットが飼い主に不遜を働くことは許されないと考えているので、ペットがご主人様である自分に歯向かってきた事に我慢がならなかった為に、悪魔的教育の一環として右手にエネルギーを集中してそれを思い切り握り締めてしまった。


 ボカーン!!!!!

 
 ブシャアアアアアアッ!!!!!


 爆発音がなったと当時に鈴仙の全身が吹き飛んでからまもなくして、フランドールの部屋中に血の雨が降り注いでしまったではないか。咲夜は自分のメイド服が鈴仙の真紅の血で汚れてしまったことでフランドールの恐ろしい能力が発動したのだと理解した。


 「あ〜あ、また壊しちゃった。左腕だけを壊すつもりだったのに、まだ上手く手加減が出来ないから嫌になっちゃうな」


 フランドールは鈴仙の左腕だけを壊すつもりだったが、微妙な加減が出来ずに全身を粉みじんにして壊してしまった事にウンザリしてしまった。


 「構わないですよ。どっちにしろ妹様に“廃棄処分”の依頼をするつもりでしたので、お気になさらないで下さいませ」


 鈴仙を殺してしまった事に後悔していたフランドールに対し咲夜はフォローを入れるが、どっちにしろ役立たずの“ウサ耳メイド”の鈴仙の“廃棄処分”をフランドールに依頼する事になると思っていたので、ただそれが前倒しになっただけであって問題はないと言っておいた。


 「そっか!なら気にしなくてもいいんだよね!良かった、またお姉さまに怒られると心配してたんだよ」


 咲夜が問題ないと言った事によってフランドールは安心しきった表情を浮かべると、


 「お嬢様に“ウサ耳メイド”は妹様にまで無礼を働いたと報告しておきますので、どうかご安心してくださいませ」


 咲夜はレミリアの性格を知っているので、たぶんこうなる事を予測した上でフランドールのもとへ配属させたのだと個人的に推測したのだが、それをレミリアに言うと癇癪を起してしまうので自分の胸の奥にしまっておくことにした。


 この日を持って鈴仙・優曇華院・イナバは長きにわたる逃亡生活を終えたのだが、その亡骸は塵と化してしまった事によって決して墓に埋めてもらえなくなってしまったのである。月の都において許されざる行為をした罪人だったとしても、その亡骸を簡素な墓に埋めてもらえるだけでもずっとまともな扱いを受けていると思わざるを得ないだろう。


 玉兎は過酷な戦闘を強いられるために月の都から逃亡して安住の地と思われる地上に逃げ出すも、地上は月の都と違うレベルで危険にさらされる環境にあり、永遠亭にたどり着くまで“兎鍋”に食われる危機を迎えそうになったりもすれば、女に飢えたならず者に犯されて穢れきってしまいそうになったりもすれば、妖怪退治を生業としている者に殺されそうになったりもしたのだ。


 鈴仙・優曇華院・イナバは仲間を見捨てた時点で非業の死を遂げる事を定められたのかもしれないが、仮に仲間を見捨てなかったとしてもその戦いで戦死を遂げてしまっただろう。月の民といえども玉兎に生まれてしまった時点で、奴婢とそう変わりないために貧困に苦しむ運命を歩まなくてはならない事がすでに決めつけられており、奴婢の身分から脱出するためには科挙を受けて軍人になる以外すべがないのだが、仮に軍人になったとしても過酷な訓練をし続けることによって命を落としたりもすれば、仮に実戦に参加して戦功をあげようとしてもいつの間にか戦死したりするもの珍しくはないのだ。皮肉なことに彼女の人生がどうなるかに関しては、戦おうが逃げようが最終的に彼女は必ず血を流す事が約束されているのである。つまり、どちらを選んでも死ぬしかない。それが早くなるか遅くなるかの差だが、鈴仙は卑怯者として罵られてきたものの、その生き方を選択せざるを得ないのはなんとも哀れとしか言いようがなく、なによりも月の都の社会事情に絶大な影響を受けてきたためせいとしか言いようがないのである。






―62― 仇敵との邂逅





 紅魔館で鈴仙が非業の死を遂げてから3カ月と一週間時を逆戻らせるとしよう。


 鈴仙が人里を制圧しようと出陣したあの日に、竜神の鼻息によって輝夜と永琳が永遠亭で焼け死に続けたのだが、あれから1カ月もの間迷いの竹林は燃え続けていたので、新聞記者の射命丸文と姫海棠はたてなどの好奇心あるものは迷いの竹林に訪れてその有様を幻想郷じゅうに知らせるも、何が原因なのか調べ当てることが出来なかったのはこれだけの大規模の火災にも関わらず他の地域に被害が及ばなかったためである。


 「ひ、姫様…。姫様はご無事ですか?」


 やっと火事が治まり、迷いの竹林にある竹は全て灰となってしまったが、決して死なない蓬莱人の八意永琳はリザレクションを何度も何度も繰り返す事で生き延びてきたが、来ていた服はすべて燃え尽きてしまったために生まれたままの姿で横たわっている。


 「え、永琳…。私は生きているわよ…。でも、今回ばかりは本当に死んでしまうそうだったような気がするの」


 同じく決して死ねない蓬莱人の蓬莱山輝夜も、幾多のリザレクションを繰り返してきた事によって何とか生き延びてきたのだが、永琳と同様に生まれたままの姿で横たわっているのは、今回の火災によって月の都から持ってきた財産をすべて失った事を意味するのだ。


 「なんで私達がこんな目に会わなきゃいけないの!それもこれも月の都の姫である私を認めない穢れきった地上のクズどもが悪い!」


 理不尽な死に方をさせられ続けた事に我慢がならない輝夜は、胸の奥底から溢れてくる憤りのない怒りの矛先を穢れきった地上の民のせいにすることにした。いや、そうでもしなければ月の都の姫である自分の面子が台無しになってしまうからである。屈辱を受けた悔しさの余り輝夜は、瞳を兎の眼のように真っ赤にして泣き続けているのだから。


 「姫様。私達二人がいれば再起をすることが出来ますので、態勢を立て直し次第また旗揚げをすればいいことであって、それまでは身を潜め耐え続けるほかありません」


 「この屈辱を晴らすまでは、死んでも死にきれないじゃないですか!とりあえず人里に忍び込んでおけば、あの忌々しい妖怪どもに襲われる心配はないでしょう。いつかこの地上を我らの支配下におくその日まで、耐えて耐えて生き延び続けなくてはならないのです」


 永琳も冷静に振る舞いながらも悔しさを押し隠す事が出来ずにいたので、輝夜と同様に目を真っ赤にしながら悔し涙を流している。


 「そうよね!諦めたらそこまでっていうじゃない!私はあきらめないわよ、地上を支配して穢れない場所にするその日までっ!」


 輝夜は永琳に自分たちの悲願である地上を支配して穢れない場所にするまでは、何度でも再起を図ることを宣言してから地べたから立ち上がろうとしたその時に、


 「ゲームセットですわ」


 胡散臭そうな女の声がどこからか聞こえてくると、地べたに這いつくばっている輝夜と永琳の真上にスキマが現れてから、フリルなどの装飾が施された紫色の派手なドレスを身にまとい、長く伸ばした金色の紙にたくさんのリボンを付け、頭の上に赤いリボンが付けられた奇妙な帽子をかぶり、右手にはこれまた派手な日傘を、左手には美しいながらも派手な扇子をもち、気色悪い笑みを浮かべている幻想郷最強の妖怪と謳われるアイツが姿を現したではないか。


 「残念ですが、もうあなた達の人生は終わってしまったのです」


 この妖怪こそ輝夜と永琳の最大の政敵である八雲紫本人で、地上の有力者たる妖怪達を自分の派閥に取り込んで一大勢力を築き上げ、事実上竜神になり替わり幻想郷を支配している憎たらしい奴である。


 「なんであんたがここに来るのよっ!」


 輝夜は不倶戴天の敵に対し威嚇と非難を込めて罵倒してから、


 「人の人生を終わらす権利なんてあなたにはないでしょう!」


 永琳も自分たちの人生の終了を告げた紫を激しく怒鳴りつけて非難したのだが、


 「あら、御挨拶ですわ」


 そこは輝夜と永琳の野次を気にしないで軽くあしらうのは、幻想郷の妖怪の中で最大の力を持つ八雲紫だ。


 「幻想郷を支配することなど考えずに、そこそこの税金を支払ってもらえば、迷いの竹林一帯を支配するとともに八意診療所を幻想郷の公的医療機関にしておけば、それなりの生活が出来たでしょうに」


 「“月の頭脳”を名乗る八意さんだったら、地上は竜神様の支配下だという事を受け入れたんでしょうけど、そちらの姫様がそれを拒絶されたのですからこうなってしまうのは必然的だったのです」


 胡散臭い笑みを浮かべ続けている紫は、生まれたままの姿で地べたに這いつくばっている輝夜と永琳に大人しく自分の言う事を聞けば、全てを失わずに済んだのだというアピールをさりげなくしてから、


 「あなた達に会いたいというお方がいるのですが、いくらなんでもその姿じゃ可哀相ですからこうしてあげるとしましょうか」


 左腕に持っている扇子を輝夜と永琳に向けると、なんと今まで灰で汚れた姿だったのが瞬時に輝夜は桃色と赤を基調とした着物を、永琳にいたっては赤と青のナースキャップとおそろいのユニフォームを着せられていたのである。


 「それでは、私、八雲紫がプロデュースする“スキマツアー”にご案内いたしますわ」


 「行先は“地獄の一丁目”となりますが、あなたたちに発言権と拒否権は一切ありませんので、遠慮なく楽しんでくださいね」


 輝夜と永琳は紫に対し何を考えているのか聞こうとするも、紫は気味の悪い胡散臭い笑みを浮かげながら、息つく間を与えずに2人の足元にスキマを展開して“地獄の一丁目”に送りつけることにした。


 ―スキマツアー中―


 「これでよし。さてと、厄介な仕事を片付けた事だから、霊夢にセクハラし博麗神社に行きましょうか」


 紫は輝夜と永琳をスキマ送りするという面倒な仕事を終えると、後はお楽しみタイムという事で、博麗神社に住んでいる13代目の巫女である博麗霊夢にセクハラしに行くことに決めた。


 「確か今日の霊夢は生理2日目で凄く機嫌が悪そうだから、いつもよりからかい甲斐があると思うわぁ」


 「霊夢ったら、またお腹を下したからトイレに駆け込んで下痢便をするのね。辛そうに下痢便を漏らす霊夢もなかなか萌えの要素ありだわ」


 幻想郷全体を管理している紫は何を考えているか定かではなく、霊夢の生理の周期まで正確に記憶しているのだから、他の人妖にとって秘密も隠し事何もあったものではない。いつものように膨らみが目立ち始めた乳房を揉むのと、大きくなり始めた桃のようなお尻を撫でて、気持ち悪がられて挙げ句の果てに激しい弾幕の嵐を頂戴するのが紫にとって何よりも楽しみなのだ。


 



―63― 最後の審判






 紫の手によってスキマ送りされた輝夜と永琳は、どこに存在するかわからない得体の知れない異次元空間らしき場所に強制連行されてしまった。


 ドスン!


 「ううっ!あの八雲紫めっ!今度会ったら本格的にとっちめてやるわ!」


 異次元空間に送り込まれた輝夜は、着地に失敗して尻もちをつきながら紫の事を罵っているではないか。


 ドスン!


 「痛っ!それにしてもここはどこかしら?八雲紫を後でフルボッコにしないと気が済まないのは当然として、早くここから脱出する方法を見つけないと…」


 永琳も輝夜と同じく盛大に尻もちをついてしまうも、あたり一面が真っ白で遠近感が解らなくなってしまう場所の存在を知らないので、必死に平静を保とうとしながらどうすればこの異次元空間から逃げ出せるのかを考えている。

 
 「お主らが来るのを待っていたぞ」


 この異次元空間に凶悪な威圧感を感じる声が輝夜と永琳の脳に直接響き渡ると、


 「だっ、誰なのよっ!名を名乗りなさいっ!」


 「無礼者っ!私をこんな扱いにしていいと思っているのっ!私はね、月の都の姫である、蓬莱山輝夜様よっ!」


 「私と永琳を元にいた世界に戻しなさいっ!これは命令だから、絶対従わないと許さないわよっ!」


 得体の知れない異次元空間に放り込まれた上に、誰だかわからない相手に自分達が来るのを待っていたと言われたので、輝夜は全身から冷や汗を流しながら必死に恐怖に耐えている。
 

 それでも輝夜は自分が月の都の姫で、最も尊い身分であると虚勢を張りながらも言ってのけるのは、今まで自分が月の都の姫であるという生き方しか出来なかったためにあるのだ。


 「姫様に対し無礼を働くとは何事かっ!」


 「私は“月の頭脳”と呼ばれた八意永琳で、こちらにおわす方は月の都の姫君であらせられる蓬莱山輝夜様だ!」


 「地上の民の分際で、私だけならいざ知らず、姫様に対して狼藉を働くとは何事かっ!」


 永琳も自分が月の都の姫である輝夜の教育係で、“月の頭脳”と呼ばれた過去の栄光に寄りすがって生きていくしかなかった為に、輝夜と同様に虚勢を張りながらそいつを威圧するのだった。


 「はっはっは!お前たちは最高だ!いや、今まで話してきた奴よりずっと面白いぞ」


 輝夜と永琳を威圧したそいつは急に上機嫌になると、輝夜と永琳は得体の知れない気味の悪さを感じてしまったので、


 「あ、あんたは何者なのよっ!名を名乗りなさいっ!」


 あまりの恐さを精いっぱいの虚勢で隠し通す姿を見せた輝夜は、そいつを威嚇しながら名を名乗るようにけしかけてしまえば、


 「姫様の命令に従わぬかっ!」


 永琳も全身の震えを押し隠しながらも、そいつに輝夜の命令を聞くように促すのだった。


 「よかろう。そなたらの望みどおりに、わしが誰だか教えてやろう」


 そいつはこの異次元空間に姿を現したのだが、手と足が付いた蛇のような姿をしていて、太さは樹齢数千年をはるかに上回り、その前身の長さは覆うぐらいの代物だったではないか。


 「ああ。あああああっ!」


 輝夜はそいつの姿を見ただけで凶悪なほどの威圧感を察してしまったために、全身に震えが着てしまっただけでなく、すっかり腰を抜かして立ち上がれなくなってしまった。


 「ひいいいいいいっ!」


 永琳にいたっては、そいつの姿を一目見ただけで自分が逆出ししても敵うわけがないと本能的に察してしまったことで、立ち上がる気力もなくしてしまったためにただ大人しく座りこむ始末だった。


 「わしじゃよ。地上の人間達と妖怪達が幻想郷の最高神と崇めている竜神で、お前たちとはかねてから話したい事があるから八雲にスキマ送りをさせてここに連れて来させたのだ」


 しかも輝夜と永琳を驚愕させるのは、あの憎き八雲紫にスキマ送りをさせてここに連れて来させた張本人がここにいるということだ。


 「お前達が地上の妖怪達と共に手を取り合う日を待っていたんだが、お前たちときたら地上に馴染むことをしない上に、あろうことに地上をこの手に収めようとするために毒薬を巻いて幻想郷のすべての生き物を殲滅するのを見たんで、わしはどうしても放っておけなくなったからお前達を犠牲にする事で地上の生き物たちを守るしかなかったのだ」


 そいつは自らを竜神と名乗ってから、地上の妖怪達と手を取り合う日を待っていた事を告白したのだが、輝夜と永琳が地上の人妖を全て殲滅しようとしていたのを見て、そうはさせないと言わんばかりに、迷いの竹林一帯を火の海に変えることで最小限の被害に食い止めたと言ったのである。


 「無礼者っ!あんたのせいで、私はすべての財産を失ったのよ!この責任をどう取ってくれるのよっ!」


 「そんなくだらない理由で私を何度も殺すなんて、地上の下人どもは何を考えているのかさっぱり理解できないわっ!」


 「あんたわかってる?私は穢れなく尊い月の都の姫よっ!普通は私を守るためだったら、どんなことをしても許されるべきだと思うし、地上の民なんぞ切り捨ててもいいじゃないのっ!」


 輝夜にとって竜神の取った裁量は当然納得のいかないものなので、自分たちの住み家で迷いの竹林にあった永遠亭と、月の都から持ってきた貴重なレアアイテムなどの財産をすべて失っただけでなく、何度も地べたに這いつくばされて殺された屈辱を味あわされたので、恐怖を必死に払いながら竜神を激しく罵倒した。いや、幼い時から大事にされ続けてきたために、我儘し放題で育ってきた輝夜にとってそういう生き方しか出来ないと言った方が正しいのではないだろうか?


 「本来地上のあるべき姿は、地上の人妖どもは我々月人に支配を託すべきなのに、まがい物の神である竜神ごときを崇拝して、私達を愚弄するとはあってはならない筈だわっ!」


 「しかもあろうごとに、地上の穢れきった妖怪の下につくなんて、穢れなく尊い我々が地べたに這いつくばされる屈辱を受け入れろとは何事かっ!」


 「それなのにあなたたちときたら、私達に迷いの竹林一帯の支配権と八意診療所を幻想郷の公的機関として認める代わりに、上げた収益の割合に基づいて税を納めるようにけしかけてくるなんて、どう考えたってあり得ないわよっ!」


 永琳も月の民としての英才教育を施されたことによって、地上の民は月の民に従って当然だという考えがあるために、迷いの竹林一帯の支配権と八意診療所を幻想郷の公的機関として認める証として、ボーダー商事を経由して竜神に税金を納めるやり方が納得いくわけがなく、地上の民は月人の自分達に貢物を送って当たり前だと思っている。


 「はっはっはっはっ!あ〜っはっはっはっは!」


 輝夜と永琳の言い分を聞いた竜神は何を思ったのか、いきなり涙を流しながら腹を抱えて笑いだす始末だった。


 「この無礼者っ、何がおかしいのよっ!」


 輝夜は自分の主張をここまでコケにされた事がなかったので、顔を真っ赤にしながら竜神を怒鳴りつけたのだが、


 「お前たち、本当に最高だな。気に入ったぞ!この期に及んで虚勢を張り続けるとは、わしも感動したぞい。もう怒る気も失せたから、これ以上説法を施す気もないから安心するがいい」


 地上の妖怪達は竜神を見るなりひれ伏した挙げ句の果てに盛大に失禁をするというのに、輝夜と永琳はいつもと変わらず尊大な態度を取っていたので、自らのアイアンティディーを守るために虚勢を張っていると解っていても、絶対的に格上の相手にすら強気の態度を取る輝夜と永琳が可愛らしく感じてしまう龍神であった。


 「お前たち2人は“蓬莱の薬”を飲んでいなかったらとうの昔に死んでおったのだが、あの危険極まりない“蓬莱の薬”を飲んでしまったために、死ねない身体になってしまったために今日まで存在し続けてきたのだった」


 「どの世界でも“蓬莱の薬”に準ずるものを飲むという事は輪廻転生を拒否することあので、多くの人を殺めるより罪が重いという事は共通しておるから、お前たちの罪は何をどうしようが取り返しも付かないほど重いと言っておくぞ」


 「お前達が薬物を使って“強化兎”とやらにされた兎達はわしが一度殺してしまったのだが、忌々しい合成獣の姿から元通りに転生するよう処置を施したので安心するがいい」


 「地獄の閻魔、すなわち幻想郷では四季映姫がやるべき仕事だが、決して死なないお前たちの事だけは裁けないから、地獄の閻魔に変わってわしが直接お前達を裁くとしよう。お前たちの罪は凄まじく重いから、有罪で地獄行きなのは確定だと言っておく」


 竜神は閻魔に変わって蓬莱人である輝夜と永琳を裁くことにしたが、今までやらかしてきた悪行を一つ残らず見てきたので、あらかじめ地獄行きは確定していると言っておいた。


 「蓬莱山、お前は“蓬莱の薬”を飲んで不老不死の身体になったために、姫の位から廃位されて月の都から地上へと流刑されてから、罪が赦され月に戻る時に迎えに来た使者を皆殺しにしたではあるまいか。そして地上では自らの我儘を通すために、他の人妖達を振り回していっただろう?」


 「もしお前が“蓬莱の薬”なんぞを飲まなかったら、17歳の時に不治の病にかかり20歳になるまえに死んでいたので、地上の育ての親の翁と媼やお前に求婚してきた者たちを不幸にするだけでなく、あの藤原妹紅を蓬莱人にならず普通の人間として生涯を全うする筈だった」


 「このとおりお前の我儘が発端で多くの命を失う事になってしまったのだが、他でもなく八意の人生をも大きく変えてしまった事を忘れてはならんな。どっちにしろ八意は月の都で政変がおこり失脚して地上に逃亡することになるのだが、失意の中で死ぬことになる事が定められていたのだ」


 「それにお前は事あるたびに自分の事を月の都の姫であると言うが、月の都ではお前を姫の座から“廃位”して罪人にしたというのに、それでもまだ自分の事を姫であると信じて疑わないようだな」


 “蓬莱の薬”を飲むという事はどの世界でも取り返しのつかない重い罪だという事を述べた竜神は、輝夜が今までやってきた悪行を1つ残らず語りだしてしまっただけでなく、本来であれば輝夜は月の都で夭折してから永琳は月の都から追放され地上で非業の死を遂げることを述べた竜神だが、


 「うるさいっ!うるさいっ!うるさいっ!うるさいっ!私は月の都の姫である蓬莱山輝夜よっ!」


 輝夜は今まで意識的に忘れてきた自らの悪行を思い出されてしまったのと、自分が“蓬莱の薬”を飲まなかった世界を脳裏に焼きつけられ、自分が病魔に苦しみ非業の死を遂げる瞬間を何度も何度も見せつけられてしまうと、どうしても正気を保つために喚き散らさずにはいられなかったのである。


 「はっはっは!罪人の癖にわしを笑わせてくれるとは思ってもみなかった。今のお前は姫でなくただの罪人でしかないのだがな」


 今もなお月の都の姫であると名乗ってきたのだが、竜神が自分の事を罪人と侮辱することに我慢がならなかったのだが、確かに月の都から地上へと追放された時に“罪人”の刻印を背中に押された忌々しい記憶を思い出さざるを得ない輝夜であった。


 「八意、お前も蓬莱山にそそのかされて“蓬莱の薬”を作り、地上へと逃亡するために月の都の使者たちを皆殺しにしただけでなく、自らの知的好奇心を満たすために数多の数の玉兎を事故死させるという嘘の申告をしてきただろう?」


 「蓬莱山が月の都に戻る時にお前は月の使者たちを皆殺しにして地上に逃亡したのだが、使者達は皆家族を養っている立場なので、一家の大黒柱を失った家族達は貧困に苦しみながら生活をしていたのだ!」


 「憎しみの連鎖は消えないというが、使者の子供たちは苦労の末に科挙を合格するのだが、お前の弟子である綿月姉妹と敵対する派閥に属するのは、お前の事を慕う綿月姉妹に行為など持てるわけもなく、ましてやお前達を討伐していない事に反感を覚えている事にお前が気付いていないのか!」


 「そしてお前が“蓬莱の薬”を作った責任を八意家の者がお前に変わって取るのだが、お前の両親と兄弟は皆処刑されてしまっただけでなく、親族達も皆官職を剥がれたのを知らぬのか!」


 竜神によって永琳はこの忌々しい記憶を思い出させられていて、正気を保つために頭を振り回しながら必死になって耐えるも、


 「だまれっ!私は月の頭脳と呼ばれた八意永琳で、姫様の教育係を務めてきたのよっ!それにあの者たちは姫様と私の事を捕えようとしたから、返り討ちにしてやっただけなので特にこれといって問題ないわ!」


 「それに“月の頭脳”と誉れ高い私だけがいれば八意家はいつでも再興出来るし、他の連中は私と違って先天的に持った素質と後天的に持った努力がないから、別にいてもいなくても構わないクズに等しい存在なのよ」


 才色兼備であることを意識している永琳は、輝夜を逃がすために仕方なく月の使者を皆殺しにしたのであって、自分に変わって犠牲になった親戚一同は自分と違って凡庸な連中なので、存在そのものが間違っていると竜神に言うのであった。


 「蓬莱山、八意よ。お主らの手を見るがいい。罪人の証として両手が血塗られているではないか!」


 竜神は自分の罪を認めない輝夜と永琳に怒りを通り越し呆れの境地に辿り着いて、ため息をしてから2人の手は罪人であることを表すために両手が血で染まっていた事を気付かせようとしたのである。


 「なっ!何これっ!」


 「ええい!私は罪人などではないっ!」


 輝夜と永琳は自分達が罪人であることを認めていないので、血塗られた両手を見て服で血を取ろうとするのだが、血は止まるどころか2人の服を真紅に染めてしまうではないか。


 「そして今回の一件だ。あの危険極まりない毒薬を撒こうとしたのだが、わしが未然に食い止めたので退治には至らなかったが、お前達は事もあろうに自分の手を汚さず玉兎にそれをさせようとした事が浅ましくて仕方ない」


 「お前たちの事は月の都にいたことからよく知っている。こういうのもなんだがいてはいけない存在だというのはお前たちの事をよく表す言葉であることに間違いないだろう」


 竜神は輝夜と永琳を軽蔑のまなざしを込めて見つめると、


 「私達のどこが悪いって言うのよっ!私は月の都の姫だから、下賤な愚民どもは私にひれ伏さなきゃおかしいでしょう!」


 「この世の全ては私達月の民のものであって、地上や地底の穢れきったクズどもは抹消されてしかるべきだわっ!」


 輝夜と永琳の存在を全否定した竜神に対し、月人2人はどこまでも自分達の言動を正当なものであると主張するし続けるのであった。いや、そうすることでしか自分の存在を保てれないと言った方が正しいのかもしれないだろう。


 「はぁ…、本当にどうしようもない奴らじゃ。輪廻転生が出来ないこいつらはだれがどうやっても改心させれないのだから、ひたすら死なせ続けさせることで罪を償わせるしかないのかもしれんのう」


 「蓬莱山輝夜と八意永琳は月の都でも地上でも罪を犯したのだから、2度と消えない罪人の刻印を押してやろうではないか」


 改心の見込みがない輝夜と永琳の相手をしていたらきりがないので、竜神は罪人の刻印を月人2人に押すことを決めると瞳を一段と強く輝かせてしまったではないか。


 「ぎゃあああああああああっ!!!!!いっ、いやああああああああああっ!!!!!」



 「ひぎいいいいいいいいいいっ!!!!!いぎゃああああああああああっ!!!!!」


 輝夜と永琳の背中と額に“罪人”と書かれた焼印を押される痛みが襲いかかったので、血の涙と悲鳴を上げながら背中と額を交互に地面にこすり付ける醜態を晒す有様だった。こんな姿を見られたら、プライドが凄まじく高い2人であれば自殺をしても可笑しくないのにそれが出来ないのは、“蓬莱の薬”を飲んで不老不死の身体になってしまったためである。


 ちなみに“罪人”の刻印を体に刻みこまれてしまえば、すべての戦闘能力と特殊能力を失ってしまうので、どんなに強力な妖力を持つ八雲紫のような大妖怪でも、特殊能力のない普通の人間と何ら変わらなくなってしまうだけでなく、死ぬまで罪人として罵られながら残りの生涯を過すしかないので、死なない蓬莱人である輝夜と永琳であれば決して終わることのない償いを強いられることになってしまうのだ。


 「蓬莱山輝夜。お前は何をさせても救いようがないぐらい役に立たないのだが、やれることといえばせめて地上の妖怪達を飢えさせない程度だから、妖怪達の腹を満たし一人でも襲われる人間を減らす事で罪を償うしかないだろう。お前は社会の厳しさを学ばないといけないので、最初で最後の職場はファミリーレストランの“星熊園”だから、残りの生涯を地底で過ごすがいい」


 「八意永琳。お前は月の都で医学を学んだのだから、その能力だけは残してやったので、病魔に苦しむ地上の民を一人でも多く救うのだ。さんざん自己都合で他の人間や玉兎を殺めてきたのだから、そんなお前が罪を償うとすれば、“八意診療所”を人里の外れで開業して地上の民の命を救う以外あるまい」


 “罪人”に成り下がった輝夜と永琳に最後の判決を下した竜神は、


 「そういうわけだから、さっさと自分の職場で働かんかい!」


 竜神は今なお地べたで這いつくばっている輝夜と永琳の足元にスキマを開けると、それぞれの新たは職場に強制連行してしまったではないか。


 “蓬莱の薬”を飲むおよび作るという事次第が取り返しのつかない罪であれば、自らの都合を通すために邪魔な存在を排除したり、他の誰かを犠牲にしたりして何かを成し遂げる行為をし続けた輝夜と永琳であれば、本当の意味で罪を償うというのは自らに犠牲にして何らかの形で痛みを伴わなければならないのだが、例月祭でいくら祈祷をしても己の身を削ってまで何かをしているわけないので、それは形だけの行為でしかないという事を認識しておかなければならないのだ。


 『目には目を、歯には歯を』という言葉があるが、相手の命を奪えば自分の命を対価にして支払わなければならないのに、輝夜と永琳は自分の手によって殺してきた者の遺族に対しそれ相応の代償を支払っていないのだから、月に向かって黙とうをしている程度では罪を償っているとは決して言えないだろう。






―64― 食肉加工され続ける輝夜の最後






 輝夜は竜神によって地底にある“星熊園”に強制連行されたのだが、“星熊園”は鬼の四天王の一人である星熊勇儀が経営している外食産業のうちの妖怪専用の居酒屋で、人間の肉を使ったメニューが数多くあり値段も割と手頃でなおかつ味も良いと評判があり、“河童のエネルギー革命”以降は売上を劇的に伸ばしているので本店がある地底都市から地上へ進出をしているのだが、もちろん幻想郷最大の勢力を誇るボーダー商事の子会社でもある。


 「さっきからやめなさいって言ってるでしょう?私は月の都の姫である蓬莱山輝夜よ!あなた達みたいな穢れきった地底の民ごときが、まともに話すどころか見ることさえ許される身分じゃないってことぐらい解らないの?」


 「それに私をこんな格好させるなんて何様のつもり!?今すぐ縄を外せこの下人どもめっ!」


 竜神によって地底にある“星熊園”に送り込まれた輝夜だが、自分が罪人であるという現実が受け入れられずにいるので、全身を縄で拘束されているだけでなく自分の着ている服を引っぺがしている地底の民に向かって激しく罵倒しているではないか。


 バギッ!


 「ぎゃあっ!」


 「罪人は黙ってろ」


 星熊園の正社員の一人で釣瓶落としのキスメは、罪人に成り下がりながらも暴れまわっている輝夜の腹に殴りつけると、


 ドガッ!


 「ぐはっ!」


 「喜べ罪人!竜神様はキチガイのお前に罪を償う機会を与えてくださったんだから、血の涙を流して感謝するんだな」


 地べたに這いつくばされているという醜態を晒している所に、同じく星熊園の正社員で土蜘蛛の黒谷ヤマメに腹を蹴り飛ばされてしまう輝夜であった。


 「お前、今までずっと引き篭っていたってな!私達が世の中の厳しさを教えてやるから覚悟しておくんだな」


 “星熊園”の社長である星熊勇儀は、倒れこんで地べたを這いつくばっている輝夜に追い打ちをかけるために顔に向かって唾を吐きつけてきた。


 悔しい。なんで私がこんな穢れきった地底の妖怪どもにひれ伏さなきゃいけないのだろうか。輝夜は地べたに這いつくありながらも勇儀とキスメとヤマメを睨みつけたのは、月の都の姫である誇りを捨てたら自分の存在は死んだと同然だと思ったので、体は壊されても心だけはどんなことがあっても折れてたまるかという気持ちがあるために、あえてこのようなふてぶてしい態度を取ったのだ。いや、取らざるを得なかったと言った方が正しいだろう。


 「おお、やるねぇ。私らに眼つけるたぁ、いい度胸してるじゃないか!でもな、本当にお前さんが恐ろしい目に遭うのはこれからなんだよ」


 「今から覚悟しておくがいいさ、虚勢を張れるのも今のうちなんだからよ。でもお前さんのその強気な性格は気にいったよ。出来ることなら立場云々関係なく勝負してみたかったけど、もうそれが2度とできないのが残念で仕方ないねぇ」


 輝夜に睨まれても勇儀はその強気で好戦的な性格を気に入ったのか、本当に身も心も折れるのはこれからだという事を言ってから、鬼という好戦的な気質を持っているために余計なしがらみを忘れてひと勝負言ってみたいと思ったのだが、罪人の刻印を押されたためにもはやそれが出来ない事を惜しんでいた。


 「今日からここがお前の職場だ。仕事を辞めることは一切許されてないし、そもそもお前には人権は存在しないから、ただ私たちの言いなりになっていればいいんだ」


 輝夜は地底の妖怪達に“星熊園”の工場らしき建物に連れて来られると、強制的に工場見学をさせてから人が一人で生活できる個室にぶち込まれたのだが、普通の人間が断末魔を上げながら次々解体されていくのを見させられたので、圧倒的弱者に成り下がった事を気づかされると、自分もこうさせられる恐怖感と嫌悪感によってたちまち吐き気を催しその場で戻してしまうのであった。


 「おいおい。こいつゲロ吐いちゃいましたよ」


 ヤマメは輝夜がゲロを吐いている事に気づくと、


 「仕方ないなぁ。私が汚物を片付けておきますよ」


 キスメは輝夜の吐いた汚物を処理することを試みると、掃除用具の入ってるロッカーめがけて飛び去って行くのであった。


 「どうだい、工場見学はなかなか楽しいだろう?こうやって最初に人肉を解体してから、次に食べやすい大きさに切りわけたり味付けしたりするなどの加工をして、その次に店頭で出す料理をここで作って1人分に分けてレトルトパウチの袋に入れてから、最後は鮮度を保つためにクーラーボックスに入れてそれぞれの店舗に送るってわけよ」


 「だけどお前さんのことだから見学だけじゃ物足りないだろうから、特別に人肉の解体工程にずっとついてもらうとするよ」


 “星熊園”の社長の勇儀は輝夜に工場見学をさせてから、自慢の人肉料理が製造される工程を大まかに説明してから、実際に輝夜に最初の工程である人肉解体工程で働くように言ったしまったのである。


 「冗談じゃないわっ!なんで私があんたらのために働かなきゃいけないのよっ!それに私が解体する肉はどこにあるのよ!?」


 この期に及んで輝夜は往生際が悪いために、自分が莫大な権力を誇る月の都の姫でだという生き方しか出来ないので、製造ラインの作業者に成り下がる事を拒絶した。


 「おいおい、この期に及んで何寝ぼけた事を言ってるんだよ。解体する肉はここにあるじゃないか」


 勇儀は意味深な笑みを浮かべてからラインに流す素材がここにあるというのだが、輝夜は勇儀に言っている意味がわからないのでそれがどこにあるのかわかっていないようだ。


 「どこに私が解体しなきゃいけない肉があるって言うのよっ!それを説明してくれないと何をすればいいのかわからないでしょう!」


 輝夜は勇儀の言っている言葉の真意を理解していないので、ラインに流す素材の在処を教えるように言いつけるのだが、


 「はっはっはっ!あ〜はっはっは!当たり前のことを私に言わせるなんて、お前は相当頭が悪いようだなぁ。解体する肉はお前さんの肉以外ないじゃないか!」


 勇儀は輝夜がまだ自分がどうなるかわかっていないので、あまりの愚鈍さに侮蔑の意味を込めて腹を抱えて笑いだしてしまうのである。


 「パルスィ、出番だ!こいつを解体工程に連れていっていいから、好きなように料理しちまえっ!」


 勇儀は素材でしかない輝夜を製造ラインに投入すると、解体工程の責任者である橋姫の水橋パルスィに引き渡すなりどのような扱いをしても問題ないと言ってのけた。


 「無礼者、私を誰だと心得るっ!私は月の都の姫である蓬莱山輝夜なの!あんたらみたいな地底の穢れきった妖怪どもの分際で、私をこのような扱いをしてタダで済まされると思うなよっ!」


 勇儀は製造工程に投入する素材を輝夜以外存在しないというと、輝夜は今なお自分の事を罪人ではなく月の都の姫である誇りを捨てていないために、自分に対し不用意な扱いをしたらただでは済まされないと言ったのだが、


 「何バカなことを言ってるのかしら、勘違いも程々にしておきなさいよね。今のあなたはお姫様じゃなくてただの罪人なんだから、どんな理不尽な扱いをされても文句を言えた立場ではないの」


 “罪人”でしかない輝夜はパルスィにまな板に乗せられるも、必死に暴れまわってこんなところで殺されてたまるかという意地を見せるも、体力的に普通の人間でしかない今の輝夜にとって妖怪であるパルスィの腕力に敵うわけがなかったために、左腕だけで取り押さえられてしまった。


 「その証拠にほら、額と背中に“罪人”という刻印が押されるでしょう?本当ならば存在そのものを抹消されてもおかしくないのに、“蓬莱の薬”を飲んだ真性のキチガイだからいくら殺したって殺しきれないのよね」


 パルスィは輝夜の首を無理やり背中の方へ曲げると、“罪人”と書かれた刻印をあからさまに見せつけてから“蓬莱の薬”を飲んだ愚か者はいくら殺しても問題ないと言ってのけるではないか。


 「“蓬莱の薬”を飲んだ罪人の癖に、地上にくるなりやりたい放題やれる暮らしをしている事が妬ましくて妬ましくてたまらないのっ!」


 パルスィは大きな包丁を右手に持ってからベロで刃先を舐め回しながら輝夜を威圧すると、 


 「おっ、始まったぜ!パルスィの“解体作業”の時間だ」


 勇儀が半ば興奮しながらパルスィの“解体作業”という名のショータイムが始まると宣言してしまえば、


 「社長。いつ見ても“解体作業”をしているパルスィは迫力がありますね」


 キスメも“解体作業”をしているパルスィがいつもより迫力があることを指摘したら、


 「おうよ、鬼の私でも今のパルスィは怖くて仕方ないね。怖いねぇ」


 勇儀は自分が鬼で上位の妖怪であると解っていても、この時のパルスィはとんでもなく驚異的な存在であると認めてしまうと、


 「私も“解体作業”をしているパルスィには近寄りたくないですよ」


 ヤマメに至っては“解体作業”中のパルスィにはどんなことがあっても近寄りたくないと言いだす始末であった。 


 「どうせ私はあなたと違って底辺育ちで不細工の上にダサくてキモいから、いつも彼氏にも見捨てられる惨めな女だから、美人でスタイルが良くて、みんなに愛されて我儘いっぱいでいられるあなたの存在が妬ましいっ!」


 パルスィは右手に持った大きな包丁を輝夜の左足に妬みと恨みを込めて切りつけると、


 「ぎゃああああああっ!!!!!」


 輝夜は左足を力任せに切りつけられた痛みに耐えられなくなったので、涎と涙を流しながら絶叫したのだが、


 「あなたは月の都のお姫様だから生まれながら勝ち組に生まれたのに、私ときたら生まれながらに負け組の穢れきった地底の妖怪で、どんなに努力をしてもどうにもならない現状が妬ましいっ!」


 パルスィは輝夜の生い立ちを遊戯からあらかじめ聞いていたので、何の苦労も知らない小娘に全ての妬みと恨みをこめながら輝夜の左腕を包丁で切断する。至極当然の話だがまな板は輝夜の血で染めあげられてしまう。


 「ぎゃああああああっ!!!!!」


 左足の次に左腕を失った痛みによって絶叫し続ける輝夜だが、“星熊園”の従業員の妖怪達は人間の苦痛を込めた叫び声を聞いたことによって喜び出す始末だ。


 この日から輝夜は月の都の姫でなくただの解体される人肉に成り下がったのだが、時間の経過とともに徐々に抵抗する意識を失っていき、やがて自ら進んでまな板に乗るよう調教を施されたのである。


 輝夜の肉は幻想郷の妖怪達の腹を満たしたために、不用意に人間を襲う妖怪が少なくなったという事に伴い妖怪退治もそれと同様に少なくなったのだ。人間を捕食するために襲いかかってもどうせ報復を受けて退治されるのであれば、わずかな金を出して輝夜の肉を食べた方がずっと賢いという事が証明されてしまった。


 これによって妖怪退治を売りにしている博麗神社の巫女はますます困窮していくことになるのだが、これも時代の流れがもたらした変化であり、人間と妖怪が共存する幻想郷において以前から抱えていた問題が解決されることになろうとは思いもしない話だ。


 蓬莱山輝夜は自分の我を通してきたことで多くの命を奪ってきたが、自分の命が奪われ続けることによって新たな命を育むことになるとは何とも皮肉としか言いようがないのだが、自由気ままに生きてきた代償としてこれからもずっと拘束され続ける時間を過ごさなければならないと考えれば、取り返しのつかない事をしでかした罪人だったとしても哀れな結末を迎えてしまったのではないだろうか。


 


―65― 地上の穢れに適応できない永琳の最後







 迷いの竹林にあった“八意診療所”は人里に移転する形で存在し続けるのだが、今までと違うのは診療時間が365日24時間休みなく受け付けている事もあって、永琳の望む望まず関係なく絶えず患者がやってくるではないか。


 我々外の世界の医師は人材不足の傾向があり、36時間ずっと働かなくてはならない過酷な現実があるのだが、幻想郷は永琳のような特殊技術および特殊技能を持った人材が圧倒的に不足しているために、ほぼ休みなく常にひたすら診察をしなくてはならない有様である。


 八意診療所で仕事をしているうちに、かつて永遠亭に住んでいた因幡てゐが人里の人間達に捕まって処刑された後に兎鍋で食われた話と、弟子の鈴仙・優曇華院・イナバが紅魔館でメイドとして働くも当主のレミリアとその妹のフランドールの怒りを買ってしまったことで死んでしまった話と、かつて自分が盟主として掲げ上げた蓬莱山輝夜が“星熊園”で奴隷のような働かされ方をしているという噂話を患者から聞くことになったので、永琳は


 「やっと終わった…。少しだけ休もう」


 今日も“八意診療所”に地上の民の患者が来訪してきたのだが、永琳にとって地上の民の相手をするという事はそれだけでも苦痛なのに、ましてや月の都の医療技術を使って患者を治療しなければならないという屈辱を甘んじて受けるしかない今の自分を酷く恥じていた。


 「月の都にいた頃が楽しかった…。あの時は数多くの弟子にも恵まれていて、豊姫や依姫みたいな凄く優秀な弟子もいたけど、今頃みんなどうしているかなぁ…。豊姫はいつも桃を食べ過ぎるから、糖尿病を始めとした成人病を患っていないだろうか?依姫は玉兎の稽古が厳しすぎるから、恨みを買ってしまったために寝首を掻かれないだろうか?でも豊姫と依姫をあんな風にしたのはたぶん私のせいだと思うと、物凄く申し訳ない気持ちになってしまう私は変だろうか?」


 永琳は夜空を見ると今日はたまたま満月の日だったので、どうしても懐郷的な気分になって月の都にいた楽しかった日々を思い出すと、鉄の女である顔はどこへやらすっかり目が潤んで涙が頬を伝っているではないか。


 「あんなことしていなければ、政治面のリーダーである丞相や軍事面のリーダーである元帥は当然として、絶対月の都の王になって政敵どもを失脚させるだけでなく政治体制を新たなものに変えていた筈なのに、おそらく姫様の教育係を任命された時点で、私の描いていた人生設計の歯車がずれてしまったとしか考えられないわ」


 「でも、その考えは間違いだった。私が王になったら、月の都は未曽有の混乱を招いてしまうだけでなく、平民や奴婢達が中心となって政変を起こさせてしまった挙げ句の果てに、私だけでなく私の事を信じてくれた者をすべて犠牲にしてしまうでしょう」


 かつての永琳は自分が王になれる才能をもっていることを信じて疑わないので、誰よりも天性の素質に恵まれた自分ならば姫の教育係で終わらず、政治面や軍事面のリーダーに昇進するだけではなく月の都の王にまでなれる筈だと考えていたが、もし自分が王位につけば、月の都は混乱した挙げ句の果てに政変がおこるのではないかと勘繰ってしまった。


 「私は使えるべき盟主を間違ったのかもしれない。いや、姫様と出会った時点でこうなることが定められていたのでしょう」


 永琳の人生を大きく狂わす元凶となった蓬莱山輝夜その人は、誰よりも我儘なために何事も自分の思い通りにならなければすぐ癇癪を起こす厄介極まりない性格をしているのだが、王から輝夜の教育係を任命された時点で永琳の人生は月人の誰もが羨む出世街道を順風満帆に歩むことがなくなり、地上で身を隠しながら暮らしたりもすれば、外界から幻想郷に辿り着いた挙句の果てに自分達が月の都の追手から逃げるために“永夜異変”を起す行為をしたので、あまりにも破天荒極まりない人生を歩むことになったと考えてもいい。


 「あの時八雲紫が提示してきた条件を受け入れていれば、多くの物を失ったとしても私達は地上で確実に生き延びれたと思うと、姫様に正しい教育をしてあげられなかったせいで世紀の暴君を私自身の手で生みだしてしまったんだわ」


 「それだけじゃないわ!ウドンゲが月の都から地上へと逃亡させてしまったのも、てゐを始めとした地上の兎達をも巻き込んで命を奪う原因を作ったのもすべて私だ」


 輝夜が“蓬莱の薬”を飲むという凶行をさせたのも、鈴仙が月の都から地上へと逃亡してしまったのも、てゐを始めとした兎達が死んでしまった原因となったすべての出来事の発端となったのは、ほかでもなく永琳自身であることにある事に気付いてしまったのだが、あまりにも遅すぎたとしか言いようがない。


 「私は土地税と所得税を支払い続けるかわりに、迷いの竹林一帯の支配権と八意診療所の権利を認めてもらう事で満足していれば、このように何もかもを失うという酷い目に遭わずに済んだのですが、あの時交渉を打ち切ろうとした姫様を諫めることが出来なかったのは私が誰よりも愚かだったのでしょう」


 八雲紫が永遠亭にやってきて、輝夜と永琳に交渉したあの日を思い出した。もし、あの条件を受け入れていれば、今のように何もかもを失い強制労働されることなくそれなりの暮らしを送る事が出来たので、周りの事や後先を全く考えずに決断を取ったことを激しく悔やむ永琳であった。


 かつての永琳は、自分と異なり考えを持った月の民や、穢れきった地上の民の存在は抹消してしかるべきだと考えていたが、本当にいてはいけない存在はほかでもなく自分以外あり得ないと思ったので、傲慢な癖に愚かな自分を排除するために作った毒薬を机の引き出しから取り出すと、約壺の蓋を開けてからためらいもなく毒薬を一気飲みしてしまったではないか。


 永琳は毒薬の効果によって首を両手で絞め大粒の涙を流しながら苦しむのだが、こんな程度では自分の罪は償いきれないと考えてしまうのだが、願わくはいっそうのことならばこの場で朽ち果てて地獄の裁判所にいる閻魔さまに裁かれて楽になりたいという事を希望するのだが、“蓬莱の薬”を飲んでしまって輪廻転生の輪から外れてしまった永琳に与えられているのは終わりない苦痛以外何物でもないので、朽ちることのない肉体と永遠に付き合っていかなればならないのだ。


 「ガハッ!」


 永琳は速効性の毒薬を飲み切ったことで吐血をして息絶えてしまったが、“蓬莱の薬”を打ち消せる薬など存在するわけではないので、またすぐに“リザレクション”をして復活するので意味などないのである。自分の罪が計り知れなく重いと悟ったために何らかの形で責任を取らなければならない義務感が働いたので、このような行為に走らせてしまったのだが、今の永琳に出来ることは竜神様に言われたように自分の罪を償い唯一の方法は、奪った以上の命を救うという事しかない。


 永琳は満月の日にはいつも“例月祭”をして自分たちの罪を償ってきたのだが、自分が殺めてしまった月の使者の遺族やスペースデプリで死なせてきた玉兎の遺族に対して何もしていないために、自分達は本当の意味で罪を償っていない事を悟ったのだが、もし、自分が彼らの立場であれば経済的な保障や社会的な補償をなどを求めるだろうとリザレクションしながら真剣に考えるも、たとえそれをしたとしても絶対に許されることではないために蓬莱人である自分は、“罪人”のレッテルを常に張られ続けながら惨めに生き続けるしかないことに気づかされた。


 八雲紫達の支配体制は全てにおいて正しいわけではないが、それ以前は治安が極めて悪く跳梁跋扈したそれは酷い環境だったので、人間が妖怪を退治したり妖怪が人間を襲い捕食したりして敵対した相手を殺めても何の問題なかったのだが、それではいけないという事で権力者達が結託することで幻想郷という環境に秩序をもたらしたという功績は大きい事を忘れてはならない。そのやり方に問題があれば異を唱えるのは健全であると言いきれるのだが、輝夜達は月の民であることをいいことに地上の民を見下したために周り全体を敵にしてしまったために、自らの言動によって自分の首を絞めてしまう状況を作ってしまったのだ。


 永琳が出来ることはただ一つ。月の都から離れ地上で暮らしていくのであれば、月の民という事を忘れ地上の民として生きていく以外ないだろう。幻想郷の者だろうが外の世界の者だろうが、地球という星にいる時点で地上の民であることに変わりないので、みんな揃って地べたを這いつくばりながらも日々を懸命に生き、たとえ寿命が尽きても輪廻転生の輪から外れていなければ、再び新たな命を授かってから子孫を残しやがて死ぬ事を繰り返していくのである。寿命は短い生き物だったとしても命は何よりも尊いものであり、一瞬の流れ星のように消え去ってしまうものがあったとしても、それを軽んじることは絶対にあってはならないのである。
―あとがき―






 かなり長かった “Etarnal Full Moon”も今回で終わらせる事にしました。そして最終回を完成させるのに予想以上時間がかかってしまったので、ここまで遅くなった事をこの場を借りてお詫びいたします。非常に無駄に長いあとがきを読んでもらうのも難ですが、このあとがきを読んでいただければイル・プリンチベというSS作家の考え方と“Etarnal Full Moon”というお話をより深く理解できるのではないかと思いますので、ぜひとも読んでいただければ感無量です。


 ブラック企業物の執筆作業は他のSSと決定的に違うのは、自分の好みの性癖を遠慮なくブチ撒けれるタイプのSSとは間逆の作品で、劣悪な状況を覆せない立場に置かれた主人公の心境に合わせて、これまた救いようのない弱者の立場を変えることが出来ない怒りや、今を生き延びるだけで精いっぱいで明るい未来が全く見えない不安や、出来る限りの努力をしてみても変わることがない虚しさを私なりに表現していますので、執筆作業をしていて物凄く辛いものがありました。


 “Etarnal Full Moon”のシナリオの流れを構想して、執筆作業をしてからなんとか全11話を完成させてから投稿するにいたってなんと一年以上もかかってしまいました。もっと早いペースで投稿するべきだという読者様の希望に答えれなかった自分の力不足を痛感したのですが、作者である自分だけでなく読者様にも納得がいくような終わり方を練り上げていったために、この作品を仕上げるために一年という割と長い期間を費やすことになりました。


 そしていざこの“Etarnal Full Moon”の第一話を投稿してみると、当初の私が想像していた以上に多くのコメントを頂けたので、これは下手な真似は出来ないとプレッシャーを感じたと共に、なんとしても読者様の期待に出来る限り応えなくてはならないと思いました。そのためにシナリオをもう一度練り直す必要にさし迫られたのですが、それがあったからこそより面白いSSになったのではないかと思うと、これはこれでありかなと考えました。


 そして何よりも、前作の“隷属する血液”よりワンランク以上の作品にしたいというSS作家としての私個人にささやかな願望がありましたので、この作品の執筆作業は想像以上に大変であったと同時にものすごくやりがいがあったのは事実ですし、たとえ読者の皆様がこの“Etarnal Full Moon”を失敗作であると評価をされても、この作品を執筆して完成させた経験が次回作以降にも生きると信じております。


 ブラック企業物の構想をする際に東方Projectの公式設定を再確認するのですが、どう考えても輝夜はとんでもなく悪い奴だという事を改めて認識したので、このお話でも救いようのない悪い奴に仕立て上げたつもりです。永琳も輝夜と同様に決して許されない悪党ですし、ウドンゲに至っては仲間の危機を顧みず自分の命が可愛い故に地上へと逃げたゴミクズですので、この“Etarnal Full Moon”ではより一層最低最悪な奴に仕立て上げました。


 そんな輝夜達に同居をしているてゐを始めとして地上の妖怪兎は、逆に他の地上の妖怪達から異端扱いされている気がしないでもないので、この“Etarnal Full Moon”においててゐは、自分の都合によって輝夜達と紫達との間を裏切り続ける素振りを見せても、基本的にどこか浮いていても自分の野心を実現するために姑息ながらも希望の見えない明日を夢見て懸命に生き延び続ける存在として描くよう気を配ったつもりです。


 誰だって鈴仙みたいな臆病で卑怯な部分があれば、輝夜みたいに我儘で傲慢な顔もあれば、永琳みたいに相手を上から見下す残忍さを抱えていれば、てゐみたいに狡猾に振る舞う部分を抱えている筈ですし、筆者である私もそれらの部分をどこかで兼ね備えていると感じてなりません。


 神主は儚月渉のあとがきで、『輝夜達は月人どものプライドの高さが嫌になって幻想郷に来ているのかも』と言われておりますが、本当に輝夜達が月の都が嫌であれば地上の民として他の幻想郷の面々とより多くの交流をしておかしくないのに、必要以上に自分たちの方から進んで地上の民にコミュニケーションを取ろうとする痕跡がほとんど見られないので、おそらく輝夜達永遠亭に住んでいる月の民は地上の民を穢れた存在だと見下しているに違いないと私は思うのです。もし、輝夜達が地上の民に軽蔑意識を持っていなかったならば、人里へ移住していてもおかしくない筈ですし、仮に永遠亭に住み続けていたとしても、里の人間達が八意診療所に来やすいように迷いの竹林の通路の整備を試みてもおかしくないのですが、そうしていない時点で何かが引っ掛かるのは私だけではないでしょうか?


 何故てゐが輝夜達とくっついたの理由が公式で語られていないのですが、私個人が予測できる範囲内であれば幻想郷の妖怪達の権力争いが絡んでいると思います。たぶんお互いにとって何らかの要因が利害一致したために、地上の妖怪であるてゐは月の民の輝夜とあえて手を結んだのかもしれないでしょう。儚月渉でのてゐのセリフに『わたしゃ、賢い月の御仁についてよかったよ』というものがありますが、ある意味紫達の勢力に対する敵対発言として解釈できるかもしれません。私個人の見解となりますが、どう見てもてゐは全面的な信頼をすることが出来ない相手だと思いますので、このお話では自分以外の誰も信頼していないとともに誰からも信頼されていない立場として描きました。


 肝心要のシナリオの内容として絶対やってみたかった事はたくさんあって、どうしても没にせざるを得なかった部分が存在しますが、その中でもどうしてもやりたいと考えていたのを箇条書きでまとめるとこうなります。


   ・兎角同盟が兎狩りを撃退しようとするもあっけなく返り討ちにあってしまう“兎狩り狩り”。

   ・海のない幻想郷でこれは絶対に食材を集めることが無理だとしか言いようのない“寿司パーティ”。

   ・これまたやることなすことがハチャメチャでて、ゐが理不尽な形で責任を取らされる“月都万象展”。

   ・人里の人間達に兎狩りにあって捕獲されたてゐがギロチンで処刑されてから“兎鍋”で食われる末路。

   ・鈴仙が紅魔館でメイドとして働かされるも、当然の如く失格のレッテルをはられ妹様によって引導を渡されてしまう結末。

   ・輝夜はリザレクションし続けることによって、地上の妖怪達にその肉を食われ続けるという悲惨な結末。

   ・永琳は自分がすべての発端だと気付き激しく後悔するも、事はすでに取り返しがつかなくなってしまったために、悔やんでも悔やみきれずにこれからを過ごさなければならないという最低な結末。
  
 ・月の民のみなさんと何かと因縁がある“ゆかりん”を凄まじく胡散臭いキャラにする事。


 最終回を執筆しているうちに以前から実験的に試したい“スイーツ”に関するアイデアが思い浮かんだので、我々が住む外界と違って幻想郷の環境では“スイーツ”の食材が手に入れにくいのではないかと思い、権力争いが複雑に絡む状況において接待用に使えるものであれば面白いのではないかと考えたので、やらなくてもいいかもしれない部分かもしれませんが作者の権利としてあえて採用することに至りました。


 産廃創想話に投稿するお話ですから、程度はどうであれエログロ描写がないといかんというものがありますが、典型的な残虐描写であれば東方キャラを“物理的”に痛めつけるやり方が主なものとなります。


 確かに一方的に痛めつけられる肉体的苦痛は辛いものがありますが、本当に残虐な殺し方を考慮すれば“物理的”なダメージを与えてあっけなくとどめを刺すのではなく、“物理的”な要素を合わせて時間をかけてゆっくり“精神的”に痛めつけるような形で殺してやった方がより酷いものであると私は考えております。


 究極の残虐描写はというものは、相手の肉体と精神の両方を徹底的に破壊してもう2度と立ち上がらせなくすることにあるのが私の信条であります。東方キャラは人外のクリーチャーが圧倒的に多く、公式設定でも妖怪達は“物理的”な攻撃よりも“精神的”な攻撃の方が有効であると幻想郷求聞史記にも書かれていますから、てゐの心を傷つけるという意味であえて“詐欺兎”という言葉を強調してみました。


 良くも悪くも私ことイル・プリンチベというSS作家は、ブラック企業というシリーズものを読者の皆さまに認識させることが出来たと思いますが、これと同じことばかりしていたらSS作家としての成長が見られないと痛感しましたので、よほどのことがない限りもう二度とブラック企業シリーズを投稿する事はないと思います。それでもブラック企業シリーズを読みたいという読者様のリクエストがあるならば、新しいブラック企業物を産廃創想話に投稿させて頂くことになりますので、その時は暖かくも面白くなければ容赦なく非難して下されば嬉しい限りですね。


 何故ブラック企業物を出さない理由が何かと言うと、同じ系統のSSばかり繰り返し続けるのは新たな挑戦を挑むことを否定する行為でしかなく、より良い作品を生み出すための創意工夫を破棄する悪でしかないからです。最初はそれが凄く魅力的に感じたとしても、何度も同じことを繰り返していればいくら苦労して作り上げたものだとしても、それは色褪せて感じてしまうのではないかという点と、何よりも私自身が現状に満足しきって新たなものを生み出せなくなってしまう恐れがあるからだと思います。


 これは私個人の考えとなりますが折角SSを執筆するのであれば、“革新的かつ攻撃的なSS”を作り上げたいと考えておりますので、またブラック企業物を投稿し続けるという事は“保守的かつ守備的なSS”を投稿することになり私の信念に反する行為となりますので、“保守的かつ守備的なSS”を執筆して投稿し続けて満足することしか出来なくなれば、SS作家を引退することを真剣に検討しなくてはならないでしょう。それを避けるためにはいろいろな面で改善をする必要がありますし、何よりも“革新的かつ攻撃的なSS”を高いレベルで作り上げるならば、“固定概念にとらわれない発想転換力”と“引き出しを増やす努力”と“前の作品よりレベルと引き上げてやろうという意志”と“新たな挑戦を挑む勇気”と“失敗と非難を受け入れる謙虚さ”が絶対に必要になってくると思います。

 
 次回作以降はどういった系統の作品を執筆するか全く見当がつかない上に、天の邪鬼でひねくれ者の私が投稿する作品なので当然といえば当然ですが、読者様が望む作品より118°か298°ぐらいのズレが出てくることが容易に予測できると思いますのであまり期待しない方がいいのですが、どうせやるからにはより面白いSSを作り上げたいと真剣に考えておりますので、一話完結ものであったとしても今の私が出来ることを精いっぱいやって、この“Etarnal Full Moon”より“革新的かつ攻撃的”で読者も皆さまをいろいろな意味であっと驚かせるSSを投稿したいと切に願っております。


 最後に東方Projectを作り上げた神主様と、私のしがない作品を発表する機会を与えてくださったWATERDUCTSの管理人様には最大限の敬意を送りたいですし、そして何よりもこの作品を最後まで読んでくださった読者の皆様に感謝の気持ちを伝えたいと思います。そして非常に長いあとがきを含めこの作品を最後まで読んでくださって、誠にありがとうございました。
イル・プリンチベ
作品情報
作品集:
2
投稿日時:
2012/01/23 08:46:41
更新日時:
2012/01/23 17:46:41
評価:
11/17
POINT:
1170
Rate:
14.06
分類
永遠亭
ブラック企業
最終回
簡易匿名評価
投稿パスワード
POINT
0. 150点 匿名評価 投稿数: 5
1. フリーレス 名無し ■2012/01/23 21:34:46
乙です、ご苦労様でした。
因幡、鈴仙、八意、蓬莱山、その末路たっぷり堪能しました。

次は118°、298°と言わず、一回転半ぐらいしてもいいんではないでしょうかwww
2. 100 名無し ■2012/01/23 21:35:35
>>1です。点数忘れ、すみません。
3. 90 NutsIn先任曹長 ■2012/01/24 00:22:22
無事……、だか知りませんが、ようやく完結しましたね。ご苦労様。

乱痴気騒ぎの代金としては、妥当ですね。
辛さなど知らずに我がまま三昧。
薬師として幻想郷に尽くせば評価は変わったのに、暴君メーカーとなったし。
危機に対して逃げてばかりの負け犬人生。
義理も人情もなく、打算で立ち回って結局破滅。

よくもまぁ、ここまで永遠亭が存続したものですよ。
運が良かっただけのようですが。

愚か者ばかりだと言っている月の罪人が一番愚かだと分かったこの作品。
元から救いはないとは思っていましたが、蓬莱人は永遠に救われない存在ですからね。
死ぬことはないですが、何気に霊夢も死線をかいくぐっているような……。

ロクデナシ共が碌でもない目にあってくれて、溜飲が下がりました。

一応言っておきますが、点数が満点でないのは、誤字の分をマイナスさせていただきました。
4. 100 名無し ■2012/01/24 16:31:11
永琳が三話でつぶやいてたうわ言ってなんだったんだろ、ってずっと思ってたんですが、この終わりを見てあれは普段自覚してない真実や本心を夢に見てたんだろうな、と思いました。切ない。
輝夜はともかく、鈴仙とてゐはなんとかなってほしかった。境遇ゆえに捻じ曲がらざるを得なかった的な部分あるし、自身を省みても同情できてしまう。
以前の紅魔館モノと決定的に違う点として、この有様を見ても私は永遠亭の連中を見限ることができませんでした。彼女らは救われるべき要素のまるでないゴミクズと認識してはいるのですが、こんな結末にならないよう、もっとなんとかできたんじゃないか、もっとうまくやれたんじゃないか、もっと幸せになれたんじゃないか……そんな気持ちがとめどなく溢れます。
うまく言えないのですが、「救われて欲しかった」というのではなく「救われるような連中になってほしかった」と言うか……「救われてもいいような連中になるチャンスがこいつらにはあったんじゃないか」という、なんとも言えぬ思いがあります。
それはやはり、あらゆる面においてクズでありながらも時折人間味を見せる彼女たちに、共感できる部分が私の中にあるからでしょう。誰でも永遠亭の連中のような一面をもっているとあとがきで書かれていますが、まさにその通りだと思います。彼女らを私はまったく無関係の連中と思えなかった。
この結末に悲しみを抱くことはなく、かといって胸がすくでもなく、なんともいえぬ独特の空しさが心にのこる、実に産廃らしい名作でした。長きにわたる執筆お疲さまです。今後の作品にも期待しています。
あああと、儚月抄の後書きは私もわけわかんねぇと思いました。輝夜小説抄ラストでおもいっきり地上見下してたやん。月の民のプライド丸出しだったやん。
6. 100 木質 ■2012/01/25 22:56:21
超大作、本当にお疲れさまでした。
地上の民を見下すその高過ぎるプライドが故に、破滅の道を真っ直ぐに向かって行った月の住人達と、
月の住人が持つ強力な力にかしずき、どんな扱いにも耐えて、しかし結局報われることが無かった詐欺兎の物語。
たっぷりと堪能させていただきました。

我儘放題の輝夜、その輝夜を甘やかし続けた永琳、飼い主を絶対としてその他を見下し増長を続けた鈴仙。
まさに因果応報という言葉がぴったりの結末でした。

里の人間に迷惑をかけ続けたてゐ。
結局最後まで信じられる者も、信じてくれる者も出来ないまま迎えた最期は、嘘つきに相応しい末路だと感じました。
素晴らしい作品をありがとうございます。
7. 100 んh ■2012/01/25 23:25:25
鼻息なのかあれw
とまあそれはさておき長期連載お疲れ様でした。なるべく個人的な話に留めないで大きな話を入れようする構成はとても好みでした。
てゐはどこか嫌いになれない終わりでしたが、鈴仙はとても気持ちのいい最期でした。何か言う機会さえ与えられずってのがいい。
輝夜も永琳も最後まで清清しいクズっぷりでしたが、やっぱり読んでみて龍神様が一番のクズだと私は思います。
8. 90 名無し ■2012/01/26 01:51:18
完結お疲れ様でした。
屑には因果応報を。すっきりしました。
ここの龍神様はおじいちゃんなのかおばあちゃんなのか。

>儚月抄
…プライドが嫌になったとかなら、そもそも永夜抄の一件なんて起こってないでしょうに。紫ら地上の住人と関わらなかったことがきっかけになった、という印象(幻想郷が結界で区切られてることを知らなかった)。というか、月から追放された身の癖に、よくも月の民を名乗り続けられるものだ。
9. 80 名無し ■2012/01/26 03:03:30
月人関係は話に整合性を持たせてまとめられなかっただけだろうから
あんま深く考えないほうがいいと思う
なんか最初はわざとかってくらい誤字があることや文体に違和感感じたりしたけど
最後まで読んでみると結構おもしろかった
12. 100 名無し ■2012/01/27 21:45:30
ブラック企業シリーズ大好きです!長編完結お疲れ様&おめでとうございます。
てゐとうどんげと輝夜はざっまぁwwwwwでしたが、最後の永琳が物語に悲しい華を添えていますね。

言いたいことはほとんど諸兄方が仰っているので、私も輝夜料理食べたいとだけ言っておきます。
15. 60 名無し ■2012/02/12 02:01:11
この作品の永遠亭の扱いには何も異論はないが、儚月の紫やロケット組も
これと同じ程度の扱いはされるべきだったと思う。
16. 100 名無し ■2012/02/13 19:05:11
永遠亭の罪科を真直ぐに突き刺すことが許されるこの場と、作者さまのSSには本当溜飲がさがります。
場所によっては「姫を守るために死者を殺したんだもん、仕方ないけど悲しいね」などと、どう考えても血が通った人間とは思えない、東方キャラをディスらないためだけの詭弁を聞くこともあるので、このSSで言われるような犠牲者たちの心が分からないのは本当にゴミクズだと思うのですが、それを真っ正直にいうとなぜかこちら側が非難されるという状況に陥るので、やはり産廃は素晴らしいと思うと同時に作者さまのSSとそれを書き上げ完結させるという努力と向上心に責任感なども合わせて感動するしかないのだ。
17. 100 奈々氏 ■2012/04/04 19:25:22
遅くなってしまいましたが、完結乙です。
この永遠亭の面々は救いようのないクズ揃いで最期には相応の報いを受けたにもかかわらず単純な勧善懲悪、あるいは悪党を倒せば全てが解決するというような単純な話でもなかったところが印象的でした。
悪事を働いた者は当然裁かれるべきですが、悪事を働く人妖がでてくる原因を社会から取り除かない限りは、同じことが繰り返されるのでしょうね。
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