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『僕が恋したきれいな足の女性-ヒト-』 作者: sako
白く長い足が私の分身にふれる。
それだけで女人の裸体を見ようとも甘い言葉で囁かれようとも優しく撫でられようとも萎えたままだった息子は活力に満ちる。蛇が鎌首をもたげるよう立ち上がり、存在感を大きさを増す。鈴口から珠の雫が浮き上がる。
背骨を駆け登る快感に、私は堪らず嘆息を漏らした。それを苦しみゆえと勘違いしたのか、はっと足は私の局部から離れた。ついで、申し訳ございませんと深々と頭を下げられる。
ああ、違う違う、あまりに気持ちが良くてつい声が漏れてしまったのだと私のほうが弁明するような言葉をかけた。それで納得してくれたのか足による愛撫は再開する。ぎこちない動き。手と違い思うように動かせず、またどうすればいいのかわからないといったその様がむしろ愛おしい。
けれど、やはりそれだけでは足の動きは単調だ。まるでぬるま湯に浸かり続けているような心地よさしか伝わってこない。妻の頑張りはありがたいものだけれど、それだけではかゆいところへ手が、この場合は足だが、が届かない。
私はこうしてくれ、ああしてくれ、と指示を出す。それにつれまだ見習いの踊り子のようだった足の動きが桧舞台で舞う巫女のように巧みで淀みなく、そして素晴らしいものに変わる。
私もその動きに応えるよう昂ぶる。いよいよもって愚息は固くなり、火をつけた炭のように熱くなる。堪え切れずまた私は嘆息を漏らした。見れば必死に足を動かす妻の顔も桃に染まり、見え隠れする両股の間の秘所には水の煌きがあった。妻も昂ぶっているのだろう。
私と共に心地よさを感じていてくれる。そのことが何よりも嬉しく、また、私の妻に対する愛おしさを大きくさせた。愛が衝動を加速させる。愛が感情を高ぶらせる。今、この一時だけは女人とまともにまぐわえぬ己の奇異さも忘れされる。息子を扱く足の動きも激しさを増す。あまりの快楽に熱に浮かされたようになる。
そうして、私は妻の名を叫び、果て――――
「うっ、屠自古さん…っ!」
そこで神子は目を覚ました。
目を開けてまず飛び込んできたのは暗闇で、目が慣れてきても見えたのは天井の木目だけだった。はて、私は一体、とまだ夢見心地の様子で身体を起こし、辺りをうかがうよう視線を左右に向ける神子。見慣れた内装の部屋。当たり前だ。ここは自分の寝室。いつものように床につき、いつものように明かりを消して、いつものように眠ったのだ。目覚めれば自分の寝室なのは考えるまでもなく当然なのだろう。つまるところ先程のはやはり夢で、と極めて理論的に神子は考えて納得した。
「まぁ、そうですよね。だって、妻の足は…」
口に出さずともよい言葉ではあったが、なんとはなしにつぶやいてしまう神子。それで今度こそ完全に目が覚めたのか、神子は自分の体の異常を察した。
「ん?」
股のあたりに感じる気持ちの悪さ。根巻きや下着が水分を帯びて重くなり、陰毛が肌に張り付いているのが分かる。これは…と眉をしかめながら神子は自分の股へと手を伸ばした。根巻きの合わせ目から手を差し入れる。指先にどろりとした粘り気のある液体を感じた。
「まさか…」
政務に失敗したときとてそんな顔はしないであろうに。悔いるよう恥じるよう神子は激しく肩を落とした。ため息を付いた後には自嘲げな笑みさえ浮かんでいた。
「尸解仙となっても生理現象からは逃れませんか…」
ハハ、と乾いた笑いを浮かべながら汚れた自分の手を見つめる神子。そこに…
「ん…神子さま、どう…なさったのですか?」
すぐ側から寝ぼけたような力なき声がかけられる。あわわ、と慌てて汚れた方の手を神子は後ろに隠した。
「いえ、なんでもありませんよ屠自古さん」
声をかけたのは神子と同じ布団で眠っていた彼女の妻、曽我屠自古であった。眠そうに半開きの目を開閉させながらも神子を見つめてくる。
「あ、ああ、そうです。ちょっと、厠に行こうと思いまして。すいません。起こしてしまって」
「いえ…」
そう神子が言い訳を口にし、返事をした所で屠自古の口からは規則正しい寝息が聞こえてきた。眠ってしまったのだろう。ほっ、と胸を撫で下ろす神子。
「ああ、いや、本当に行ったほうがいいですね」
安息も束の間、言い訳代わりに口にした言葉が実は妙案であったことに気が付き神子は今度は屠自古を起こさぬようにと静かに布団から抜けだした。その後も、足音を殺して部屋の外に出る。それでもついピシャリと戸を閉めてしまったのは股間の気持ち悪さを早く拭おうと焦ったからか。
「……ん?」
その音でか、屠自古が再び目を覚ました。
「神子さま…?」
今度はもう少し覚醒しているようだった。神子が出ていった方の戸に視線をやり、どうしたのだろうと眉をひそめる。
「ん、みょんな匂いが…」
その時、屠自古は部屋にほのかに漂うその匂いに気がついた。晩夏の頃に咲く栗の花のような…生乾きの烏賊の姿干しのような…その匂いに。それが何の匂いなのかに気が付き屠自古はなんとも言えない微妙な顔をした。困っているような、恥ずかしがっているような、そんな顔。彼女の心中も同じくただの一言では表せないものになっている事だろう。
「……」
少しだけ考えて屠自古もまたもぞりと布団からはい出た。
「ハァ…」
彼女にしてはあり得ぬほど酷い落胆のため息を漏らす神子。厠にではなく風呂場に隣接する脱衣所に駆け込んでから都合五度目のため息だった。
「この神子、一生の不覚っ…」
ともすれば腹を切りかねん程の無念さに神子は顔を歪める。生まれが武士たちの時代より先でよかった。
「まぁ、生理現象です。とやかく言っても仕方ありません。おしっこに行きたくなったり、ついおならがでちゃうのと一緒です。とっとと綺麗にしてしまいましょう」
うんうん、と頷き自分に言い聞かせるよう一言一句はっきりと口にする。それほど神子は落ち込んでしまっているのだ。だが、こうして自分自身を慰めるような言葉を口にしても身体は重い枷でも取り付けられているように殆ど動かなかった。棚に手をかけたまま、またため息を漏らす。どうやら落ち込み具合は深刻なものの様で、神子が立ち直るには時間経過による自然治癒以外利き目がありそうなものはなかった。
それでもなんとかもそもそと神子は身体を動かし始めた。愚鈍な動きで兎に角服を脱ごうと手をかける。結び目を解いて着物を脱ぐ。薄いまな板の様な胸が露わになる。発育が悪いにしても程がある。その薄さと固さは男子のそれだ。それを見て神子はまたため息をついた。女性としてその発達していない薄い胸に自己嫌悪を抱いているから、ではない。神子は政治の世界を目指した時、既に女としての自分は捨て去っている。そんな感情はあり得ないし、また身体についてもそうであった。
着物に続いて下着に手をかける。木綿の飾り気のないショーツの様な下着。その布地は今は水分をたっぷりと含んで透けていた。透けて見えるアンダーヘアー。それと女にあるまじき器官。粘液の気持ち悪さに眉をしかめながらも神子が下着をずらすと現れたのは…
「はぁ…」
見まごう事なき男性の生殖器だった。今は萎え、茸か作り損ねた腸詰めのようになってしまっているが先程布団の中では痛いほどいきりたっていた器官。そして、夢のせいで神子の欲望を爆ぜさせた器官だ。
下を向く性器には可愛らしい陰嚢も二つぶら下がっている。では、神子は男性なのか。胸の薄さもそれならば納得できるだろう。だが違う。陰嚢と男性器に隠れて見えにくいが女性のソレもまた神子には備わっている。正確に言えば男性器の方こそが神子にとっては有り得ぬ器官なのだ。
自身の能力の強さを知り、その力ならば大和をより良い国にしていけると悟った時、神子は自分の身体を男に近くなる様、作り替える道を選んだのだった。当時も基本、政は男の世界、女である神子が幾ら有能であっても政治の中枢にまで食い込むことは不可能であっただろう。いや、或いは神子ほどの手腕があればそれも可能だったかも知れないがそれには人生の大半を費やし、しかも、余計な労力を払わねばならぬ必要だったことだろう。それならば、と神子は女の身体を捨てることを選んだのだ。胸を削ぎ、男性器を移植し、子宮を取り去った。女性器を外観上、残しておいたのは両性具有の姿をとれば神の子としてではなく神として振る舞う必要性が出てきた時に使えるかも知れぬと考えたからだ。その必要性はなかったが。
そういった理由で神子の身体には男性器が備わっている。男性器としての機能は十全で神経も当然繋がっており、勃起も射精も行える様になっている。当然、夢精も。神子が下着を汚しているのはそのせいであった。成る程、この年になって…尸解仙として千四百年ぶりに復活した聖人としてそんな思春期の男子の様な粗相をしてしまったのは幾ら生理現象とは言え非常に情けなく思ってしまうのも仕方ないことだろう。
「はぁ…」
服を脱いだまま、もう何度目なのかも分らないため息をつく神子。
「神子さま…こちらですか?」
そこへ不意に脱衣所の扉の向こう側から声をかけられた。
「と、屠自古さん」
寝ていたとばかり思っていた屠自古だ。うわずった声でつい返事をしてしまう神子。今、脱衣所に入ってこられるのは非常に不味いと彼女にしては珍しく焦りを憶える。
「あの、どうなさったのですか。お手洗いに行くと仰っていたと思っていたのですが…」
が、神子の危惧を余所に屠自古は中には入ってこなかった。躊躇いがちにそう言っただけである。その二つだけで神子は能力がなかったとしても屠自古がどうして自分がここに来ているのか実は知っているのだと気がついた。恥ずかしさの余り、唇を歪めつい握り拳を作ってしまう神子。
「いえ、厠に行ったら身体が冷えてしまったので湯浴みでもしようかと思いまして。ああ、一人で大丈夫ですよ」
それでも何とかそう取り繕う様な言葉だけは口にすることができた。そう。取り繕う以外、何を口にしても恥の上塗りにしかならない。そう思ってのこと。神子のそんな考えを汲んでくれたのか扉は開かれることなく控えめな声で分りました、とだけ屠自古は言った。
「それでは先におやすみさせて頂きますね」
頭を下げる雰囲気が扉の向こうから伝わって来た。次いで、
「すみません…」
そんな小さな言葉が聞こえてきた。自分が悪いのだと謝るための言葉。謝意。
「…屠自古さん」
そんな言葉をかけられたからか、普段ならおやすみの一言でも言うだろうに神子は茫然と立ち尽くしたままだった。
◆◇◆
「ふぅ…」
「ん、どうしたのじゃ屠自古」
屠自古は書類整理の仕事をしていたがどうやらあまり集中出来ていない様だった。数分ごとに手は止まり、物憂げに開かれた口からはたびたびため息が漏れだしていた。
言うまでもなく昨日の夜の出来事が原因だ。あの後、結局屠自古は寝室に戻って寝る気にもなれず食堂から酒をくすねてきて自室で呑んでいたのだった。深酒こそしなかったものの椅子に腰掛けたまま眠ってしまっており、幾分か寝不足であった。仕事に集中出来ていないのも無理はない。
「…駄目ねこれは」
自分でも分っているのか、結局、筆を置く屠自古。仕事にならない。いいや、この際、仕事は関係ないだろう。この心のわだかまりをどうにかしないと何も手につかない。今晩もまた一人酒の世話になってしまうことだろう、と屠自古はまたため息をついた。
「なんじゃ、屠自古、悩み事か。それならこの我にまかせよ。我はこう見えて面倒見はいい方じゃからな。ほれ、遺恨は忘れて我に相談してみるがよい」
「何とかしないと…」
「ここに丁度いい相談相手がおるであろう」
仕事中もその事ばかりが頭を過ぎっていた。けれど、過ぎり心を乱すだけで何かしらこの鬱憤を晴らす様な方法は思い付かなかった。いや、晴す方法は分っているのだが、その手段が分らないのだ。どうしようもない理由も分かりきっている。
「私がこんな身体になってしまったばっかりに、神子さまにご迷惑をかけてしまった…」
知らずに口から出たのは自責の念だ。うつむき、悔しそうに唇を歪め耐える様にジッとする。無論、それで何かが解決する筈はない。待っていても来るのは果報だけで、悩みは解決しないものなのだ。
「ふぅ…」
「分ったぞ、恋の悩みじゃな。乙女が悩むと言ったらそれしかあるまい。むふふ、まかせておけ。先日、守矢の巫女に借りた少女漫画なる戯画で勉強したからな。今の物部布都は恋愛博士じゃ!」
ため息を漏らし立ち上がる。これ以上、机についていたところで仕事の成果は上がらずむしろ失敗を招きかねない。今日はもう、重要なタスクに手をつけることは止めようと屠自古は思った。お茶でも飲んで怠惰に過ごそうと決めたのだ。幸い、急く仕事はない。適当に机の上を整理し仕事を切上げる。取り敢ず食堂にでも行こうかと思案しながら席から離れる。
「おう? 屠自古、何処に行くのじゃ。ああ、厠じゃな。出す物を出さばおぬしの悩みもすっかり解消できるじゃろ! お通じと一緒じゃ。そうじゃろ!」
「だーっ、このノータリンが! 五月蠅いんじゃ!」
ビカビカーと事務室が稲光によって輝く。屠自古の天誅五束撃が布都の身体を討ったのは言うまでもない。
「ぬぁーっ!? 何故じゃーっ!」
「はぁ…」
温かな食堂に行って番茶を飲んでも屠自古の心は晴れなかった。リラックスし、時間をおいても解消されるものではないだろう。昨日のアレはあの時、偶然にも強くああいう結果が現れただけで実は前々から問題になっていたことなのだ。
「……」
湯飲みを置いてなんとはなしに自分の身体を見る。神子と違い大きくはないが膨らんだ胸に丸みを帯びた身体。外見のみでカテゴライズするなら屠自古は女であった。おおよその外見だけは。
爪を見る様、手を広げる屠自古。その手からリラックスさせたように力を抜く。いや、そんなイメージ。実際に筋肉を弛緩させる、という意味ではない。そもそも屠自古には筋肉なんてものはないのだ。筋肉もなければ骨もなく血もない。涙はあるが肉体はもっていない。脱力した手の平がすぅっと透ける。自分の手の平が存在しているという意思を消したのだ。ゼロではない。もし、ゼロにできれば完全に手は消える――透明化という意味ではなく消失という意味で、のだが人の心ではそんなことは不可能だ。消えてしまいたい、消えろ、ではなく消えたという感情さえも消さなければならないからだ。仏教で言うところの空の概念に等しい。それは少なくとも屠自古には無理な芸当だ。自分はここに在る。消えずにここにずっとあるのだという強い意思が亡霊としての身体を形作っているのだ。
屠自古自身は最早自分が仙人ではなく亡霊として甦ってしまったことに特に思う様なことはなかった。元より産まれた時から自分の思い通りにならぬ人生を送ってきたのだ。厳しい家のしきたり。自分を人形か何かのようにしか扱わなかった両親。政略結婚。おおよそ自由意思などない人生を歩んできた。けれど、その果てに愛するあのお方に娶られたのだからむしろバランスが取れていると思うべきだろう、と屠自古は思っている。幽体の身体も障害物を無視したり、空中浮遊できたり、物理攻撃を無効化できたりと便利なことの方が多いのでむしろ有難いとさえ思っていた。
ただし、このむしろ好ましいと思える身体において一つだけどうしても気に入らない点があった。透けた手のひら越しに見える下半身。死ぬ前は均整の取れた白く長い足があった場所、そこは今はまるで育成に失敗したカブラの様な幽体の足がついている。亡霊となった屠自古の身体で唯一、生前の形を取れないでいる場所だ。
どうして足だけがそのような形になっているのかは分らない。幽霊とはかくあるべきという天の意思かも知れないし、足の先まで屠自古の自身の存在認識が行き届いていないからかもしれない。だが、よりによって足とは、と屠自古は唇を歪めた。
「自慢の足、だったのに」
うつむき、手を落とし、ぽつりと独白する屠自古。後悔と慚愧の念の呟き。その屠自古の独り言に…
「何が自慢だったんですか蘇我様?」
「ッう!?」
声がかけられた。真下からだ。なんと高足の机の下、板張りの床から何者かが顔を出してきたのだ。当然、床には戸も穴も開いていない。驚き、椅子ごと後ろ向きに倒れる屠自古。
「あら、これは失礼しました蘇我様」
「っう、青娥様…?」
強かに打ち付けた後頭部をさすりながら屠自古は身を起こす。物理攻撃無効化、といってもそれには自分の存在濃度を薄くしなければならず、今さっきの様に不意打ちで転んでしまったり足の小指を箪笥の角にぶつけてしまった場合は生前の様に痛いのだ。屠自古の場合は足はないし、痛みだけで怪我事態はしないのだが。
そんな屠自古に半ば申し訳なさそうに、半ばつい醜態を笑ってしまうのを堪えながら机の下から這い出てきたのは神子たちに道教を教えた大陸の仙人、霍青娥であった。
「…どうしてそんなところから」
「いえ、この下が私の研究室になっていますから」
ちょっと休憩がてら喉が乾いたのでお茶でも、と思いましてと青娥。
「一々、階段をのぼるのも億劫でしたのでつい、床下からすり抜けてまいりましたの」
どうやら壁をすり抜ける程度の能力で地下から食堂まで無理矢理一直線にやって来たらしい。はぁ、と頭痛を憶えつつ椅子を起こす屠自古。
「まぁ、丁度、私も飲んでいたところなのでどうぞ」
言って、屠自古は湯飲みをもう一つ用意しそう青娥に提案した。はい、と柔和な笑顔で承諾する青娥。屠自古の前の椅子に座る。どうぞ、と屠自古が注いだ茶を差し出すと青娥は戴きますと一礼してから左手で椀の底を右手を側面に添えて軽く一口だけ飲んだ。
「……」「……」
それから食堂にはみょうな沈黙が流れる。居心地が悪くなるような類のものではなかったが、心やすらぐ、というものでもない。なんとも微妙な沈黙。屠自古は別に青娥と仲が悪いわけではなかったが改まって何かを話すほど深い仲でもないのだ。共通の話題もなさそうだった。
「はぁ…」
知らずの内に屠自古の口からまたため息が漏れていた。沈黙に耐えかねてではない。やはり、昨夜の出来事のせいだ。
「何か悩み事ですか曽我さま」
「あっ…いえ…」
ため息を聞かれ、恥ずかしそうに顔をうつむかせる屠自古。とっさに何でもない風を装ってしまう。そうですか、と青娥はまた微笑を浮かべた。青娥がよく見せる顔だった。その表情からは何も読み取れない。底が知れぬお方だ、と屠自古は思う。神子は当然のことながら、布都もあれでいて案外、考えが読めぬもの。二人共、千四百年前は政に携わり、多くの政敵と戦ってきたのだから当然だろう。本音と建前を巧みに使い分け、どんな状況でも真意はおくびにも出さない。ああいった政の場では本心を知られるということは武道家が奥義を盗み見られてしまうようなものなのだ。それが致命傷になる場所。そこで勝ち残ってきたのだから当然だ。夫婦として、また仲間として長い付き合いではあるが屠自古では神子の深遠なる考えはその端すら掴めない。布都もそうだ。
けれど、青娥の底の読めなさはまた別種であった。神子や布都が壁の向こうなら、青娥のソレは井戸の底をのぞき込んでいるような気分にさせられる。壁ならば穴を開けるなり乗り越えるなりすればなんとかなろうが、井戸の底はどうしようもない。そんな不気味ささを覚える底しれなさがあるのだ。
いや、それも当然か、と屠自古は考えを改める。青娥は自分たちに出会う以前から仙人をしており、しかもその生まれは大陸なのだ。仙人とは言え単身、海をわたり異国の地で道教を広めようとしていたのだ。しかも、神子たちが復活するまでの千四百年間もあちらこちら旅をしながら過ごしていたと聞く。並の心の持ち主ではないだろう。底しれなくて、当然だ。
「そう言えば、青娥様は仙人になる前はさる良家に嫁いでいらしたんですよね」
青娥の人生を想っていてふと屠自古は彼女が仙人になる前の話を思い出した。確か、そのような話を聞いた事がある。なんとはなしに同じ、嫁いだ物同士、そこから話でも和頭魔亡いかと思っての言葉だったのかも知れない。
「ええ、そうですよ。まぁ、離婚してしまいましたが」
「あっ…」
青娥の結婚の話題に触れるなら必然、その話にも続くことになる。青娥はかつて仙人になるために、自らの死を偽り嫁いだ家から出て行ったのだ。その事に気が付かず言葉をつまらせてしまう屠自古。失言だった、と肩を小さくする。屠自古のその様子から心中を察したのか、自分は気にしていないと言う様に青娥は微笑んでみせた。
「離婚の原因は完全に私にありますしね。いえ、だからといって夫が…もう、名前も思い出せませんが彼が嫌いだったということだけはなかったと思います。お義父様お義母様、ご家族の方にもよくしていただいていたような覚えもありますし。子供も何人か産まれました。ただ、それよりも仙人への憧れが、道教への思いが強かったと言うだけで」
フォローを入れる様、言葉を続ける青娥。昔を懐かしむ様な口ぶりには遺恨がある様には聞こえなかった。断言はできないけれど、嘘ではないのだろう、と屠自古は思う。
「夫婦円満、だったようですね」
「ええ、そうだったと、思いますわ」
屠自古の言葉に応えてから、ふと青娥は何か違和感らしきものを感じたように少しだけ目を丸くした。次いで、彼女にしては珍しく躊躇いがちに口を開いた。
「その…蘇我様、少々聞きにくいことなのですが」
「はい?」
自分の方が青娥から何か質問されるとは思わず面食らったような顔をする屠自古。けれど、そこから先に続く質問こそが屠自古の顔を一変させるものだった。
「豊聡耳様と何かおありだったのでしょうか…?」
「はぇっ!?」
妖精が豆鉄砲でも喰らったような顔をして、みょんな悲鳴じみた声を屠自古はあげる。顔は耳まで真っ赤に、口をわなわなと開閉して今にも倒れそうなほど震えだす。
「な、なして…?」
「い、いえ…私に夫婦について聞いてくるものでしたから」
あまりの狼狽えっぷりに崩れた言葉を使ってしまう屠自古。動揺は青娥にも伝わってしまったのか、余計なことを聞いてしまったと明らかに顔に浮かべながらも屠自古の質問に応える。
「ま、まぁ、ほんのちょうっとそうじゃないかな、と勘ぐってしまっただけですよ。申し訳ありません蘇我様。妙なことを聞きご気分を害してしまって」
青娥の言葉にいえ、と頭を下げる屠自古。けれど、まだ何か言いたいことがある様でその動作からはどこか躊躇いの様なものが見られた。これで会話を終わりにして研究室へ戻ろうかと思っていた青娥ではあったが屠自古の雰囲気からそれを察し、もう一杯、自分の湯飲みにお茶を注ぐと続いて屠自古の物にも注いであげた。ありがとうございます、と屠自古。青娥はそのまま一口、湯飲みに口をつけたが屠自古はじっとその縁を見ているだけだった。急かすことなく青娥は屠自古が口を開くまで微笑を湛えたまま待ち続けていた。
そうして…
「実はご相談したいことがございまして…」
たっぷり三呼吸分の間を開け、屠自古は口を開いた。
「その、先に青娥様がどうだったのかをお尋ねしておきたいのですけれど」
「はい、なんなりと」
改まって姿勢を正す屠自古。青娥も倣うように椅子にかけた腰の位置を整える。
屠自古の様子から彼女が何かに悩んでいることは分っていた。青娥は悩みを聞く者の立場として優しげに笑みを浮かべつつ余裕を見せることで包容力があることを示す。
「その少々、お聞きしにくい事なんですけれど…」
「はい。大丈夫ですよ。何でもお答えしますから」
なかなか本題に入らないのは勿体ぶっているからではなく、躊躇ってしまうほど聞きにくいことを聞こうとしているからなのだろう。屠自古の相談内容は十中八九、神子との夫婦仲についてだろうと青娥は予想する。古来より男女間の問題といえば科挙の試験に匹敵するような難問。それが神子と屠自古の間のものとなればそれこそ孟子やアリストテレスのような賢人でも頭をかかえるような難問に違いない。青娥は柔和な笑みの裏で灰色の脳細胞を活性化させ始める。はたして、屠自古の悩みとは? 乾いた唇を青娥が舐めた瞬間、屠自古は口を開いた。そして、
「旦那さまの夜のお相手はよくされたのでしょうか…?」
「はいぃ?」
今度は青娥が素っ頓狂な声を上げる番だった。
屠自古は仄めかしながら言っているがその意味はすぐに通じる。夜のお相手とはつまるところ夜伽、性交のこと。それをどれぐらいしていたかどうかと屠自古は聞いているのだ。
「あーっ、えー、ええ、それは、まぁ、人並みには、していたかと…」
「そ、そうですよね。お子さんもお生まれになっていたと伺いましたし…」
なんとも微妙な空気が流れ始める。屠自古も青娥もお互いに目を合わせようとはせず、顔を赤らめながら明後日の方を向き、ぬるま湯のような汗を流している。
「ま、まぁ、私も人に『週に何回ぐらい旦那の相手をするんですか』なんて他の人にも聞いたことがないのでどうなのかはわかりませんけれど」
「そ、そうですよね…」
空気に耐えきれなくなったのか、青娥はあははははは、とワライタケでも食べたようなみょんな声を上げた。屠自古は変な事を聞いてしまったのと耳まで顔を真赤にしてうつむいてしまっている。
「そ、それで…えっと、その、もしや、最近、豊聡耳様とご一緒…されていないと、そういうお悩みなのですか?」
妙な空気は拭えぬままに、それでも兎に角話を進めなければ、と青娥は努めて言葉を選びながらそう屠自古に尋ねた。正解だと、言葉にこそしなかったが俯いたまま強く何度も頷いてみせる屠自古。
「それは…その…ほら、蘇我さまもそうですが、豊聡耳様もご復活されたばかりですし、命蓮寺の連中との大きな争いも控えております。古来、男子は胆力を高めるためここ一番という時まで女人を抱かなかった、という話もありますし…ええ、第三者の目から見させていただいた私見ではありますけれど、豊聡耳様は確かにきちんと蘇我様をあ、愛しておられると思いますよ」
それに豊聡耳様は仙人になったのですから、その性的な欲求が減退してしまっているということも否めません、と感情論と推論の二つをおりまぜて何とかもっともらしい話を作り上げ何とか屠自古を励まそうとする青娥。彼女の中の冷静な部分は、自分は一体どうしてこんな歯の浮くような台詞を、と覚めた目で客観視していた。その声も無視し、兎に角、愛だの絆だの、そういった言葉を並べ立て、仙人というものは自然と一体化することで、とそれらしいまっとうな理由をはやし立てる。
「で、ですからその…夫婦の仲にはそういった時期もあるのではと…」
「い、いえ…あのっ…青娥様、違うのです」
「倦怠期という奴で、ここはやはり、普段と違った刺激的なアプローチで攻め…え?」
青娥に割って入る様、言葉を上げる屠自古。そのせいか、青娥は屠自古が何か言おうとしていることに気がつくのが遅れた。
「違う、というのは何がでしょうか…?」
「その、神子様は倦怠期だから私をお誘いになってくれない、という訳では…その、ないのです」
「は、はぁ…」
いまいち要領が飲み込めない屠自古の言葉に青娥は曖昧に頷くしかなかった。屠自古は悟ってくれと言わんばかりに肩を小さくし震えているが、青娥は彼女の夫のように声を聞いただけで十を知るような能力は持ち合わせていないのだ。一から十まで説明してくれないと分からない。待ちきれなくなり、青娥はあの、と躊躇いがちに声をかけようとする。
「その…神子様と長いお付き合いの青娥様ならご存知だと思うのですけれど…神子様のお体の事を」
それに先んじてくれるよう、やっと屠自古が口を開いてくれた。しかし、神子の体のこととはなんだろう、と内心で青娥は首を傾げる。
「男体化、されたことです」
「ああ」
それならばよく知っている。青娥が神子と出会ったのはその手術が完全に終わった後だが、こんな島国にも奇跡のような術を行う者がいるのだとひどく感心した記憶がある。また、肉体改造はキョンシー製造通ずる、と手術の方法やその理論などを念入りに聞いた覚えがあった。ある意味では青娥は屠自古より神子の身体についてよく知っているといっても過言ではないだろう。
「それが、今回の件と?」
「ええ、はい。神子様の身体は普通の男性と同じ機能をもっている。その筈なのですが…一つ、不具合と申しますか、少しだけ通常の男性にはない状態、と申しますか、性質がございまして…」
「ふむふむ」
急に真面目な顔つきになる青娥。あの手術は完全に成功だったと伺っている。それが千四百年も経ってから妻である屠自古の口から不具合があったと聞かされては興味がわかないはずはなかった。肉体の変質は生命の秘術。それは道教の教えの中にも含まれているからだ。それにおかしな点があるとすれば道教の教えにもまた、という話につながるかも知れない。一言一句聞き逃さまいと青娥は耳をしっかりと傾ける。
「青娥さま」
と、屠自古はそこで一旦、言葉を切った。今までうつむいていたのに顔を上げまっすぐと青娥の方に視線を向けてくる。力強く迷いのない視線。わずかに、気圧されるよう青娥は意識して瞬きした。
「これから私が口にすることは一切、他言無用をお願いします。その…神子様のお体に関する事なので」
「はい、分かりました」
ごくり、と生唾を飲み込み頷く青娥。もしや、神子は手術の影響で悪病を患ってしまったのでは、と予測する。復活の際に博麗の巫女たちに攻め入れられた時は寝起き分を差し引いて十全に動いておられたと思っていたが、このところの神子の動向を思い返す。身体を悪くしているようには青娥の目には写っていなかったが、神子のことだ、皆の前では平然をいくらでも装えるだろう。妻にだけ自分の体が悪いことを告げ、そうしてそれを黙っていることに屠自古が耐えきれなくなり自分のところに相談に来たのでは、と青娥はそう考える。だとすれば自分の仙術の限りを尽くしてでも神子様の病を治さなければとも。
「実は…神子様も男体化が原因だろうと仰っていたのですが…」
「はい」
「その神子様は…」
「ええ」
「えっとですね、その…選べるほどの語彙が私にはないのでつとめて簡素に申し上げますが…」
「ど、どうぞ」
「そのですね…実は…」
ごくり、と再び生唾を飲み込む青娥。極限の緊張が場に満ちる。そうして…
「実は…神子様は、その、じょ、女性の足でしか、勃っ、勃起たないお体なのです!!」
「――――」
その大きな声を聞いた時の青娥の顔は筆舌にしがたい。或いは絵というものを知らぬ人間にゴッホのひまわりを見せたような、音楽というものを知らぬものにベートーベンのNo.9を聞かせたような、ロックというものを知らぬ少年をQUEENのライブに連れていったような、そんな驚愕とも感銘とも言えぬような顔をしていたと言えばその万分の一でも彼女の表情を伝えられるかもしれない。
「…………はっ」
それからたっぷり三分間経ってからやっと青娥は我を取り戻した。ある意味で青娥は気絶していたのである。屠自古から聞かされた衝撃の真実を心が受け入れきれなかったために。
「え、えっと…」
だが、我を取り戻しただけだ。さしもの青娥もどうコメントしたらいいのか分らず、狼狽えてしまう。
――何か言わなければ! だが、なんと言えばいいのだ!? 知人の夫の性癖を教えられた場合の反応の仕方なんて論語にも載っていないわ!
視線を彷徨わせ脂汗を流し、かたかたと震えながら青娥は頭を捻る。けれど、頭の中は真っ白で何も思い浮かばない。
「そ、その、蘇我様…」
取り敢ず何か言え、と自分の身体に命令する。口を開けばあとは雪崩式に何か言葉が出てくるかも知れない。お伺いをたてる様、脅えた動作で屠自古の方へ視線を向ける青娥。と、
「あ…」
青娥は気がついた。屠自古が眉を顰め、何かにジッと耐える様、唇をまっすぐに結んでいたことに。それは嘆きの表情だろう。悲しく悔しく口惜しく切なく、そうして恥ずかしんでいる顔。先程の発言が、ではない。己の不甲斐なさ申し訳なさに恥じている顔だ。
「蘇我様…」
ぽたり、と机の上に悲しい雫が落ちる。泣いているのだ、屠自古は。
「この…こんな身体では、神子様を愛してさしあげる事ができないのです。そんな妻に何の意味があるのでしょう…」
嗚咽を漏らし、静かに涙を流す屠自古。この身体、とは亡霊と化して復活した己の体のことだろう。生活に不便はなく、むしろ、生身の頃より頑丈になったことは確かに喜ばしくはあったが、それでも生前と同じようにいかぬ場所が一つだけあった。腿より先、幽かにしか存在し得ぬ足だ。かつて屠自古はその足で神子の陰茎を扱き、擦り、撫で、踏み、愛撫していたのだ。それも今のこの幽体の足では叶わぬこと。それが出来ぬことを屠自古は何よりも恥として想っていたのだ。
そんな屠自古の様子を見て、一瞬でも呆けていた自分を青娥は呪った。夫がどのような性質を持っていようと受け入れ、それに尽くし、自分がその役目を果たせなくなれば腹を切りかねんほど思いつめる。これほど厳粛な妻があろうか。青娥はかつて己の目的のために家族を、夫を騙した過去があった。あったからこそ屠自古のこの想いは何よりも尊いものと感じ取ることができたのだ。
「蘇我様…」
それから一呼吸の間を置いて、優しげに青娥は声をかけた。
「泣かないで下さい。貴女のお悩みはよくわかりました」
言って屠自古のそばに寄る青娥。
「この霍青娥、貴女様の豊聡耳様を思う心に胸打たれました。微力ではありますが、貴女のお悩みを解消する手助けをさせてもらえないでしょうか」
涙で顔を赤く晴らした屠自古に微笑みかけ、震える手を優しく取ると信頼を示すように青娥はその手を軽く握りしめた。
「青娥様…」
もう、屠自古の瞳からは涙は流れていなかった。
◆◇◆
「ふぁぁ〜」
「おっ、博麗の巫女の欠伸の瞬間、激写です」
パシャリ、と真横から焚かれたフラッシュの光に博麗霊夢は思わず顔をしかめた。次いで横目に自分にカメラを向け続けるブン屋を睨みつける。
「何か様、三文記者?」
「おおっと、三文記者とは誰のことでしょう。ここにいるのは清く正しく美しく、毎度おなじみ文々。新聞が記者にして編集、幻想郷最速を誇る烏天狗、射命丸文ですのに」
「アンタんトコの新聞、購読停止届けの葉書、もう五通ぐらい出してるのに一向に止まる気配がないんだけれど」
「はぁ、文々。新聞はクーリングオフが不可ですので」
家主が死んでも三代にわたって届け続けます、と何故か勝ち誇った様子で言ったのは既に紹介にあるが記者、射命丸文であった。またもカメラを構え、うんざりとした顔の霊夢を収める文。
午後も回って夕暮れ前、霊夢が境内の掃除をしているところへ文がやってきたのだ。もっともこの巫女は大抵の場合、居間でお茶を啜っているか掃除をしているかのどちらかであり、それ以外に稀に妖怪退治をしているだけなのでおおよそ四割五分の確率で掃除中なのだが。
「それで、何か様、三文記者?」
同じ言葉を繰り返す霊夢。問いかけてはいるもののあまり聞く気は無いようで、ザッザッと竹箒で境内に落ちていた枯れ葉や点アイテムなどを掃いている。
「いやぁ、神霊異変を解決してますますもって絶好調な霊夢さんを取材したいと思いましてね。どうです? 今年はついに西洋妖怪の長、バックベアード様なんかを退治なんかしちゃったりしませんか?」
「しちゃったりしないわよ。第一、誰ソレ?」
「私や紅魔館のメイド長のような幼い子が大好きな人達の宿敵です」「ネタが古いわね」
いつものように軽口と冗談の応酬をする二人。取材、といっても文は特に何か聞きたいことがあったわけではなかったようだ。あわよくば、何かネタになるようなことを聞き出せないか、その程度だったのだろう。その後も文は霊夢にからかいの言葉を投げかけては冷たくあしらわれたりしていた。
と、
「ああ、そうそう。退治で思い出しましたが」
「うん?」
不意にそう言って会話の流れを止めにかかる文。霊夢も特別、先ほどのやり取りが面白いものだとは思っていなかったようで掃除する手を止め、文の方へと視線を向けた。
「最近、命蓮寺近くの山道にすねこすり、が出ているらしいですよ」
「すねこすりぃ?」
食べていた大福に沢庵が入っていた様な、そんなみょんな顔をする霊夢。眉を顰め小首をかしげ、い、の発音のまま唇を歪めている。
「あれ? ご存じないですか。すねこすり。私と同じで山の妖怪なんですけれどね」
「知らないわよ、そんなの」
ははぁ、そうですか、と妙に嬉しそうな顔をしながら文は頷いてみせた。霊夢は興味がないのかまた掃除に戻っている。
「すねこすりというのはですね、山間に出現する妖怪で、山道を行く人の足にまとわりつく妖怪なんですよ。こう、人が山道を急いでいると子犬か何かが足下にまとわりついている様な感じがする。けれど、うおっとうしいと足下を見ても犬も狢もいない。はて、気のせいかとまた歩き始めるとやはり、何かが足下にまとわりついてくる。しかしやっぱりどれだけ目を懲らしても足下にはなにもいない。ただ、纏わり付かれている感触があるだけ。山道を急いでいた人はどうして急いでいたのかも忘れがむしゃらに逃げ出してしまう、っていう妖怪です」
まぁ、我々天狗に比べれば下級もいいところの雑魚妖怪ですけれどね、と講釈の最後にちょっと冗談っぽく付け加えてる文。ふぅん、と霊夢は気のない返事をしただけだった。
「で、そのすねこすりだからあてこすりだかはまとわり付いた人を不幸にしたり病気にしたりするの? 七孔から腐った血を垂れ流して三日三晩、もがき苦しんで『殺してくれ』と自ら懇願させる様な酷い目に逢わせたりするの? しかも一族郎党村ぐるみで同じ目に逢わせるとかしないの?」
「なんですかそのS級妖怪」
魔界に封印されててくださいよ、と文。ふぅー、と霊夢は長々とため息を吐いた。
「つまりね、私に妖怪の話をするならそれぐらいとんでもない奴の話をしなさいよ。何? すねこすり? すねはせめて囓りなさいよ」
苛立った顔で鳥居に止った夜雀も逃げ出す様な大声を上げ始める霊夢。文に迫り指を突き付ける。ぎょっ、と文は身を退く。
「んな雑魚の相手なんか私はしないから。上手いこと言って私に退治させて記事を書こうとしたんでしょうけれどおあいにく様。そんな手には乗らないわ。早苗にでも依頼する事ね」
最近、妖怪退治(よわいものいじめ)に凝りだしたんでしょ、あの子、と嫌みったらしく霊夢は吐き捨てる。文ははぁ、とため息混じりのコメントを返す他なかった。
「うーん、ご興味ありませんか」
「ないわね」
即答。とりつく島もないといった感じだ。既に文が何を話しても霊夢は聞く耳を持っていないと言うことを示すためか、箒を手に一言もなく本殿の方へとすたこら歩いて行った。
「じゃあ、次はもっと凶悪そうな妖怪のお話を持ってきますので、その時は記事になる様な退治劇をお願いしますね!」
霊夢の背中にそう大声で呼びかける文。霊夢は振り返ることなく大きく手を振っただけだった。なげやりにわかったわかった、と応えたつもりなのだろうか、それとも犬でも追い払う様さっさと帰れと言ったつもりだったのか、文には判断はつかなかった。これ以上ここにいても仕方ないと文はふわりと飛び立ち、博麗神社を後にした。
「むぅ、失敗しましたか…」
空を飛びながらぽつり、と呟く文。難しい顔をしている。文が今日、霊夢の所へ行ったのは取材という名のネタ探しのためではない。霊夢に言われた通り『すねこすり』を退治して貰う為だ。いや、正確に言えば『すねこすり』ではない『すねこすり』に似た何かを、だ。
命蓮寺近くの山道ですねこすりの仕業としか思えない様な怪異が起っているのは事実であった。けれど、文の仕入れた情報によれば幻想郷に在住しているすねこすりは命蓮寺近くの山道では誰も活動していないというのだ。同じような怪奇現象を起こす妖怪もいるが、すねこすりを含め彼らの活動範囲は妖怪の山周辺。それに少なくとも文はこれまで命蓮寺近くですねこすり系の妖怪が出たという話は聞いたことがない。
「…臭いますよねぇ」
今まで出ていなかったモノが急に出てくる。その裏には確実に何らかかの意図があるはずだった。持ち前の記者としての嗅覚を発揮させ、文は霊夢に『命蓮寺付近の山道に顕れるすねこすり』の相手をさせようと思ったのだ。もちろん、最終的には自分の記事にするためなのだが。
しかし、それには失敗してしまった。やはり、幾ら普段と違う場所に出現するとは言え所詮は人を驚かすだけの妖怪なのだ。霊夢が腰を上げるほどではない。
「まぁ、本当にヤバイ奴なら放って置いても博麗の巫女が動き出すでしょう」
そう結論づける。いつだって博麗の巫女は正しく異変を解決する。オートマチックに。絶対に。それがルールだ。だから、逆に言えば霊夢が動かないというのであれば大した異変ではないのかもしれない。それこそはぐれすねこすりがあの辺りに出てきたと言うだけの些事なのかも。
「一応、現場検証ぐらいしておきますか」
とはいうものの他に記事にできそうなネタは今は一つも掴んでいなかった。文は殆ど暇つぶしと言っていい様な理由でもう少しだけ調査してみようかと考えた。空中で方向転換し命蓮寺方面へ。けれど、頭の中ではすでに晩酌のアテは何がいいかなんてことを考え始めていた。それぐらいどうということはない異変だと思ったのだ。
「この辺りですかね」
辺りが薄暗くなり始めた中、何とか目を懲らして自分の取材メモを読み取る文。博麗神社に行く前に被害にあった人の証言を纏めたものを読み直しているのだ。
「A子さん(10)…山に山菜を採りに行く途中で被害に遭う。足を撫回されたような感じを憶えた。
B喜さん(17)…命蓮寺へお参りに行った帰りで被害に。足首を捕まれる。この手の話にありがちな手の痕が残る、ということはなかった。
おCさん(28)…偶然通りかかっただけ。足首を捕まれて転んでしまう。その後、靴を盗まれたと証言。靴は後日、同じ場所に落ちているのが見つかった。と…」
ペラペラとメモを捲り、今日取材した人の証言全てをもう一度、頭の中に入れる。
「ん?」
その途中で文は被害者に一つの共通点を見つけた。
「若い女性ばかり…? あ、いえいえ、例外もいるようですが…
Y(じゅうななさい)…『もぅ、ちょっと散歩してたら痴漢に遭っちゃうなんて。嫌だわ。あ、でも、痴漢されるって事はそれだけこの私が魅力的ってことよねうふふ、うふふ』
妖怪の女の子(?)も被害に遭ってるみたいですね」
これは、とメモを広げたまま思案げに眉をさげる文。そのまま頭を働かせるためか山道をなんとはなしに歩き始める。
辺りは既に薄暗く、見通しも悪い。地面も余り踏みならされておらず、草がまばらに生えている様な山道だというのに一本歯の高下駄を履いている筈の文の足は乱れない。流石という処か。
と、
「!?」
歩いていた文の姿が一瞬で消失した。いや、並の動体視力しか持ち合わせられない人間などが見ていたらそう思えるだけであって文は超高性能スローモーションカメラではないと捉えられない様な速度でその場から一瞬にして前方に跳躍したのだ。
「いやはや、まさか私が痴漢されるとは…知ってました。痴漢って犯罪なんですよ」
着地後、ゆっくりと振り返りながらつい先程まで自分が立っていた場所に向け、そう挑発的な台詞を吐く文。跳躍したのは自分の足が触られたからだ。だが、そこに変質者の姿はなかった。むき出しの地面にまばらに草が生えているだけの道が伸びているだけだ。
「おや黙秘ですか。いいですよ別に。そういう時の対処法も私は知ってますから」
言って文は自分の頭より高く足を振り上げた。格闘家のような見事な足蹴。それがほっそりとした長い足から繰り出されているのだから多くの者は目を見張るであろう。それだけ足を高く上げても鉄壁を誇るスカートについても。
そして瞬間、吹き荒ぶ烈風。小さな子供なら吹き飛ばされてしまうのではと思えるほどの強風が巻き起こる。道にそって生い茂った木々の幹が揺れ、根の浅い雑草は引っこ抜かれ、枯れ葉が、そして土埃が舞い上がる。
「むっ…!」
自分が巻き起こした風の中心を見据える文。
たちこめる土埃で視界は不良。舞い上がる粒子があらゆるものを隠していく。いや、だからこそか。逆に姿が見えぬ者は土埃の細かな粒子の動きを阻害しその姿を如実に表してしまう。
「ステルス迷彩はにとりさん相手で対策ばっちりですからね。さぁ、姿を表しなさい! 女性の足ばかりを狙う変質者さん!」
そこに更に中段道回し蹴りを繰り出し疾風の一撃を放つ。舞い上がった埃を吹き飛ばしながら攻撃が何者かに届く。
「さぁ、これでまるっとすっきりお見透視です…って、アレ、意外」
すぐにまた足技を繰り出せるよう構えを取ったままの文の口からそんな言葉が漏れる。視線の先、疾風の一撃を当てた相手は文の予想に反し、如何にもな風貌の中年男性変質者ではなくうら若い女性だった。
「見事です」
いや、うら若く見えるのは見た目だけか。文はその生気のない顔と幽体化した足を見てすぐに自分に痴態を働いた相手を亡霊と見て取った。それも格好から察するに相当古い亡霊だとも。成る程、亡霊ならば自分の存在濃度を薄めることによって擬似的に不可視になることもできるだろう。
「あやや、女性の痴漢とは珍しい。私もそっちの気の人ですけど、触りたいのなら過剰なスキンシップとか、そんな感じでやったほうが萌えると思いますよ」
「問答無用。お前は私の眼鏡に適った。いざ、勝負!」
「痴漢の次は弾幕ごっこですか! いいですよ、相手になってあげますよ!」
いきなり襲いかかってきた亡霊に文は不敵な笑みを返し飛翔した。追いかけてくる亡霊。飛ぶ速度は言わずもがな文の方が早い。そもそも亡霊はそんなに早く動きまわれるタイプではないのだ。取り敢えず距離をとってから反撃に移ろうと文は思案する。そこへ…
「轟け!」
雷光が走った。夜を照らす強力な一撃。雷を亡霊は手の平から放ってきたのだ。音よりも早く空間を切り裂くその攻撃を文が躱せたのは見てから回避行動を取ったのではなく、振りかざした手の向きから攻撃が飛んでくるととっさに読んだからであった。しかも、それは半ば偶然。次の一回を回避できる自信は文にはなかった。
「くぅ、やりますね!」
それまで兎に角間合いを取るためだけにまっすぐと飛んでいたのを止め、ジグザグ縦横無尽に動きに三次元機動を取り始める文。狙いを付けられては拙いと判断したのだ。
「ちょこまかと!」
構わず亡霊は何発も雷を放ってくる。その度に夜の山に一瞬、真昼の明るさが生まれる。
「永江さん程激しくはありませんが…っう! 正確ですね!」
切り返しの瞬間を狙い文の腕をかすめ服の袖を焦がす雷光。大気の焦げた匂いと耳を潰す轟音に目眩を覚えつつも文は回避運動を撮り続ける。
「せっかく見つけた見事な…! 絶対に逃しません!」
自ら放った雷の轟音に己の台詞を消しながらもなおも迫撃する亡霊。文は防戦一方だった。反撃に移る暇はない。雷は直撃すれば黒焦げになるのは必死の威力で、また避けきれぬと悟ってから防御に入れるほど遅い攻撃でもないのだ。逃げと守りの一手を選ばざるをえない。
「こうなったら…!」
否、そうではない。何か奇策があるのか文は回避行動の途中でいきなり急降下を始めた。重力に任せっきりにするのではなく自らも地面に向けて加速する。それこそ雷光がごとき速度で。
「何をするつもりですか!?」
一瞬、呆気にとられ足を止めてしまう亡霊。文の向かっている先は広大な壁、地面なのだ。あんな速度で急降下すれば地面に激突してしまうのではないか。それともそう見せかけて寸前の所で急上昇し、反撃に移るつもりなのか。そう思い亡霊は落下する文に手を向けた。反転し、急上昇する一瞬を狙い撃とうとしているのだ。
「死ぬ気!?」
だが、落下は止まらない。パン、パンと衝撃波を放ちながら音に迫る速度で地面へと向かう。あわや文の身体が地面に激突するかと想った瞬間、
「はっ!」
裂帛と共に文は強烈な足蹴を繰り出した。敵ではなく地面めがけて。亜音速からの一撃はそれこそ大型爆弾でも投下した様な破壊力を見せた。強烈な衝撃により大量の塵が舞い上がる。
「ちっ! 目くらましか!」
煙の様にたちこめる塵のせいで文の姿は見えない。文は今度は自分の姿を隠すために土煙を利用したのだ。亡霊は舞い上がる塵に向けて雷撃をめくら撃ちする。だが、相手が見えなければ幾ら雷とて当たるはずがない。それどころか、
「くっ!? 狙い撃ちされた…?」
塵の向こうから文の攻撃が亡霊へと迫る。文からも亡霊の姿は見えないはずだが雷撃の発射角度からおおよその位置を割り出して反撃してきたのだろう。すぐさま亡霊は移動するが更なる攻撃を加えることはできなかった。攻撃の速度は亡霊の方が早かったが、反応は圧倒的に文の方が早いからだ。ただの撃ち合いなら兎も角、身を隠しながらの戦いでは勝ち目がないのだ。
暫く待っていれば土埃も収まるだろうと亡霊は踏んだがそれも甘かった。文は舞い上がった塵が落ち着いてくると再び風を巻き上げベールを引き直したのだ。土埃の籠城戦を決め込むつもりなのだろう。
「だったら、近づくまで!」
文に倣い急降下する亡霊。いつでも雷撃を放てる様、身体に雷を纏う。そのまま土煙の中に身を投じる。
――何処だ?
静かに音もなく地面に降り立ち辺りを見回す。けれど、舞い上がった土埃は色濃く、夜の闇と相まって自分の手の平さえも見えないほどであった。こうなれば極力気配を殺し、逆に相手の気配を探す他勝負の方法はなかった。何処だ、と亡霊は聞き耳を立てる。その耳が風切り音を、聞いた。
「え?」
――竜巻「天孫降臨の道しるべ」
瞬間、発生する巨大な竜巻。文必殺のスペルカードだ。文を中心に発生し回転する強烈な風のうねりが全てを巻き込み巻き上げ巻き刻む。木々も、岩も、雑草も、そして、亡霊も。防御すら間に合わず亡霊はその身を木の葉と舞い上げられてしまった。
「ぐっ…!」
「どうやら私の勝ちみたいですね」
風が止み、折れた木の枝や小石と共に落ちてきた亡霊にそう言う文。すべて文の作戦通りであった。土埃を舞い上げ身を隠したのも、亡霊の雷撃から逃れる為だけでなく、籠城することによって相手に接近を強要させるためだったのだ。くわえ、あの視界不良の中では集中して相手を探さなければならない。その集中は隙になる。耳に神経を集中していればそれだけ防御や回避が遅れ、或いは間に合わなくなるからだ。現に亡霊は防御すらできずに竜巻に巻き上げられてしまった。
亡霊は今だ闘志を失っていないのか、文が近づくより先に立ち上がろうとする。だが、ダメージは深刻なもので身体を起こすのが精一杯であった。
「さて、予期せぬ事に私がすねこすり異変を解決してしまったわけですが…まぁ、いいですか。『美人鴉天狗記者。山道の怪異を退治す』次号の見出しはこれでいきましょう。で、結局貴女はどうして痴漢行為なんか働いていたんですか?」
もはや完全に勝負はついたと文はカメラを構え、苦しげに顔を歪めている亡霊の姿を撮影する。更にペンとメモも取りだし完全に取材モードに入っている様だった。勝負はついた。そう言いたげな態度だ。
「ほら。私が勝ったんですから白状しなさい。でないと、『命蓮寺近くの山道に痴女現る』って記事にしますよ」
「…それは勘弁して欲しいわね」
だったら、と文は亡霊の傍まで歩み寄ってからペン先を突き付ける。
「本当の事を白状しなさいな。なんの為に私の足を触ったりしたんですか」
文の言葉はもはや取材と言うより尋問じみていた。言い逃れなどさせぬという雰囲気が強く滲み出ている。気押される様、亡霊は身を強張らせた。完全に優劣は決している様だった。
「足が…欲しかったんです」
「…足が?」
亡霊の言葉をメモに取ろうとしてはっ、と手を止めてしまう文。余りに言っていることが意味不明だったからだ。疑問符も自然と出てしまったものだ。
「ええ。それで何人か良い足はないかと探していたんです。それも、たった今、見つかりましたが。これなら神子さまを愛するために使うのに適います。ほんとう、素晴らしいおみ足…」
「えっと…つまるってところ、どういうことなんでしょう?」
半ば混乱気味に文はまたも疑問を口にしてしまう。取材としてはそれは正しいかも知れなかったが、さしもの文も亡霊の言っていることは殆ど理解できないでいた。そんな文の混乱を見取ったのか、亡霊の唇が孤月を描いた。
「寄越しなさい、貴女の、その足」
「私の…!?」
言われ、自分の足を見ようと視線を下げたところで文は違和感を憶えた。いや、圧迫感。なんだと足を見ればそこに地面から生え強く自分の足首を掴む手があった。
「なっ!?」
振りほどこうと足に力を込めるが足首を掴む手はまるで万力の様に強固に文を拘束していた。鴉天狗の力を持ってしても解けぬほどに。
「ありがとう宮古芳香。なんとか目当ての足をそこまで誘導できてよかったです」
その時、文ははっ、と気がついた。罠に嵌めて勝ったと思い切っていた自分の方が罠に嵌められ絶体絶命のピンチに陥っている事に。亡霊は文の攻撃を受けて無惨にも地に伏したのではなかったのだ。ここに仲間が隠れていることを知っていて、あえてここに落下し、文をおびき寄せたのだった。
「そのまま押さえていてください」
「あいあいさーとじこー」
天に向かって指さす亡霊――蘇我屠自古。天誅五束撃が文の身体を穿った。
◆◇◆
「…しかし、どういう事なのでしょう」
夜、神子は寝室の布団の上に寝転がるではなく座っていた。就寝の時間には少し早く、また部屋も休むための準備はできていなかった。代わりに部屋を暖めるために火鉢には赤熱した炭が入れられ、飾り棚に置かれた香炉からは紫煙が立ち上っており、天井からは小さな回転灯籠が吊り下げられ七色の光で部屋を淡く照らしていた。部屋の隅に置かれた舶来の大型のレコードからはゆったりとしたムーディな音楽が流れている。
布団の上に座る神子も流石に落ち着かないのか、なんとはなしに普段とは違った顔を見せる寝室のあちらこちらに視線を彷徨わせていた。
「ううむ、これは屠自古さん一人で考えたとは思えませんね。布都…いえ、青娥の意見が見えます」
妙に独り言が多いのも落ち着かないからだろうか。けれど、それは変わり果てた寝室に対してではない。もう少しすればやって来るであろう彼女の妻がいったい何を考えているのかが分からないからだ。
ここ数日、神子は屠自古と顔を合わせていなかった。暫く前に『少しの間、お暇をいただきます』という手紙を残し、何処かに出かけて行ってしまったのだ。神子は事情を知っているらしい青娥からは『大丈夫です。すぐにお戻りになられますよ』という言葉は聞いていたものの、理由も言わずに自分の前から消えてしまった妻に複雑な思いを抱かずにはいられなかった。かといって、自分の能力を使って青娥から話を『聴きだす』のも悪いと思い、神子は青娥の言葉を信じ、この数日間腹に悶々としたものを抱えながら過ごしていたのだった。
それが今日になって自分の机の上に新たにまたも屠自古からの手紙が届いていた。顔を合わせないのは、そうしてしまえば否応がなしに心を読まれてしまうのを恐れてだろう。だが、何を考えていれば長年連れ添った夫と顔を合わせられないのか。その理由が全く分からず、手紙の封を切るのを神子は躊躇った。まさか、手紙の中身は絶縁状で、離婚しましょうなどとと書かれているのではないかと思ってしまったのだ。それから半刻ほど、神子は胃薬が必要なほど迷い続けていた。目的のためならば自分の血族を裏切ることも厭わぬ女ではあったが、最愛の妻に対してだけは非常になりきれぬどころか弱気になってしまう。それが豊聡耳神子であった。
それから更に半刻をかけてやっと神子は手紙を開封した。鏡に向かって『大丈夫です妻は私を愛してくれています』と三度繰り返したあとの決意であった。はたして手紙の内容は――
『湯浴みの後、寝所にてお待ちください』
神子の苦悩とは裏腹に簡素なものであった。拍子抜けし、まるで魂でも抜け落ちてしまったかの様に脱力してしまう神子。それから風呂に入るまでの半日間、神子はそんな状態で過ごしていた。
そして、場面は再び寝室へ。
ふむ、と思案げに顎に指を当てる神子。手紙を読んでから暫くの間その歴史に名を残す偉大な頭脳も脱力しきっていたが、ひとっ風呂浴びれば何とか平時程度には回復し、判断能力も取り戻していた。
「これはつまり…」
部屋を見回す神子。休息するためだけにこしらえたはずの寝所が今はまるで別の目的のための部屋に作り替えられていた。音楽とぼんやりとした光。薄着でいても気にはならない室温と花の様な芳しい香り。それらが寝所に新たに加えられたものだった。それにもう一つ、部屋には見慣れないものがあった。
椅子だ。足が短めの手すりのついた椅子。神子はその椅子に見覚えがあった。いや、見覚えがあるなどと言う曖昧な言葉では言い表せられない。普通なら見ることがない尻板の裏側の木目まで神子は憶えていた。愛する人が腰掛けていた椅子だったからだ。
だが、今は使っていない椅子だった。壊れたから、ではない。使う理由がなくなってしまったからだ。いや、使う機会が失われてしまったからと言うべきか。
「そういうこと、ですよね。屠自古さん」
そう、失われてしまった。そのはずだ。
神子とて既に屠自古の意図は読めていた。雰囲気を出させるため、小道具を揃え五感全てを刺激するよう準備された部屋。湯浴みし、身体を浄めてから寝室で待つ様に書かれていた手紙。そして、先日の無意識のうちに放ってしまった精。あの一件で神子は屠自古が責任を感じていることを既に悟っていた。そんなこと気にしなくていいと思っていた。それを伝える機会を待っていたのだが、その前に屠自古が屋敷からいなくなってしまっていたのだ。恐らくこれはその意味のない責任を感じての事だろう。けれど、どうやって…
「屠自古さん。貴女の足はないのに…」
「はい? お呼びになられましたか、神子さま」
ひやっ、とさしもの神子も悲鳴を上げずにはいられなかった。独白に重ねる様、言葉が、しかも、たった今想っていた相手からかかるとは流石に予想だにしていなかったからだ。これが愛なのか、シンパシーなんですか、と混乱気味の頭で神子は考えた。
「いえ、屠自古さんはまだかな、と想っていただけですよ」
「あっ…すいません。準備に手間取ってしまって」
「準備?」
神子は障子の向こうの屠自古にそう問いかけた。けれど、返答はなく代わりに失礼しますという丁寧な言葉と共に静かに障子戸が開かれた。そちらに目を向ける神子。瞬間、はっ、と神子は言葉を失った。
「こんばんわ、神子さま」
開け放たれた障子の向こうに屠自古は立っていた。裾が股下までしかない丈が短く薄い寝間着を着ている。顔が潤いを帯び、僅かに上気している。こちらも湯船につかってきた後なのだろう。乾ききっていない髪がうなじに張り付いていた。大方の男性が渇きを覚えそそられる様な色格好をしている。そして、何よりも神子の目を惹いて離さなかったものそれは…
「その…どうですか、似合いますか、ってこういう時も言うのでしょうか」
恥ずかしそうにしなを作る屠自古。着物の裾を押さえ、両足を閉じて足を僅かに曲げる。足。そう、足だ。屠自古の今の下半身からは薄ぼんやりと消えていく霊体ではなく、しっかりと床を踏ん張る生身の足が伸びているのだ。
「と、屠自古さん…それは?」
「その、ひたたれ(ズボン)のようなものです。青娥様に作って頂いて…」
まだ恥ずかしいのか、俯き加減にそう説明する屠自古。
その足と裾を掴む手を仔細に観察すれば肌の色合いが微妙に違うことに気がつくだろう。そう、屠自古が今『穿いて』いる足は彼女自身のものではない。山道で待ち伏せし、通りがかった若い女性の足から選びに選び抜いたものだった。
食堂で悩みを打ち明けた後、屠自古は青娥からある提案を受けた。足を用意できれば、それを屠自古の物にしてみせると言ったのだ。最初こそ、そんなことが可能なのかと屠自古は半信半疑であったが青娥からその方法を仔細に聞くことで納得がいった。
存外、仕掛けは簡単なものだった。屠自古が穿いている足はキョンシーなのだ。通常、キョンシーは亡骸一人分をまるまる使うものであるが青娥はその部分化に成功。さらに、通常はキョンシーの制作者がもつ使役権、この場合は青娥のものを屠自古に譲渡し、また、全身ではなく身体の一部だけと言うことでその権限を強化することで完全に自身の足として使える様にしたのだ。今、屠自古が身につけている足は指の先まできちんと動かせ、踵の裏でもちゃんと触覚がある生身のそれと寸分たがわぬものになっている。
「い、いかがでしょうか。これでまた…夜のお相手ができます」
顔に朱を浮かべながら恥ずかしそうに、けれど、何より再び神子に尽くせることに喜びの笑みを浮かべる屠自古。そのままゆっくりと神子に歩み寄ろうとした所で…
「あっ…!」
まだ馴れないのか、屠自古は躓いてしまった。そのまま前のめりに倒れる屠自古。
「危ないっ」
それを慌てて身を起こし神子は抱きかかえた。それと倒れた場所が布団の上だったのが良かったのだろう大事には至らなかった。
「大丈夫ですか、屠自古さん」
「あっ…はい」
屠自古を抱いたままそう聞く神子。相手の瞳に自分が映る距離。体温が直に伝わる距離。久しぶりの、恋人の距離。今は失われてしまったはずの心臓が高鳴るのを屠自古は確かに感じ取っていた。愛おしい人とずっとこうしたいと思っていた。
「屠自古さん」
「はい」
抱きあったまま顔を合わせる二人。見つめ合い、この一瞬は永遠のものになる。
「ありがとうございます。愛して、ます」
「私もです、神子さま…」
初めてのように、告白し合う二人。いいや、初めてなのか。一千四百年前に互いに没したと偽り、そうして、尸解仙と亡霊として復活した今、二人は再び夫婦としてやっていこうと、ここで再び初めての愛の告白を交わしたのだ。
そのまま二人は近づき合い、お互いの距離を零にした。触れ合う唇。それは恋人たちがする甘く優しげなもので二人は息が続く間、ずっと唇を重ねあっていた。
「っは…神子さひゃつ♥」
「ふふ、同じみたいですね。こちらの感度も」
屠自古が可愛らしい悲鳴を上げ、身を強張らせる。くちづけの間に神子は屠自古の弱い部分に手を伸ばしていたのだ。腿や踵を優しげに撫で始める神子。くすぐったいのかきもちいいのか、屠自古の口から断続的に短い嬌声が漏れ始める。
「んっ…♥」
その口を自分の唇を重ねてむりやり閉じさせる神子。今度の口づけは深く愛し合う二人のそれだ。舌を伸ばして屠自古の口の中へと差し入れ、相手の舌と絡ませ合う。舌を伝い流れ込んできた神子の唾液が屠自古のものと交わる。他人の唾液の味に屠自古の舌は震えた。愛おしさ故に。やがて、屠自古の口唇と舌もまた進んで神子を求め始めた。唇に吸い付き、舌先で歯茎をなぞる。大きく唇を広げて自分の吐息を相手に呼吸に合わせる。激しい口づけの応酬。
その間にも神子の手はそれ自体が一個の意志を持っている様に絶えず動き続けていた。繊細且つ滑らかな動きで足を撫で、時折、握っては足の柔らかい部分を歪めたりもしている。足の裏など敏感な部分に指を立て、指の腹でつつき、足の指の間に手の指を挟み込む。一連の動作はまるで生菓子を作る職人の様だった。
「屠自古さん…ちょっと、姿勢を変えますよ」
「んあっ…♥ は、はい…」
口づけの合間にそう告げる神子。屠自古が嬌声の合間に頷いたのを見ると神子は足を撫回していた手を太股の裏側まで持っていった。そのまま力を込め屠自古の身体を浮かせる。
「倒しますよ」
「はい…んっ…ちゅ…♥」
屠自古を抱きかかえたまま、神子は高価な壷でも扱う様に優しく慎重な手つきでその体を横たえさせた。ついで、屠自古から離れる。あ、と唇の感触がなくなり、名残惜しそうに声を上げる屠自古。それを見て神子は優しげに、けれど、どこか悪戯っぽく笑みを浮かべた。
そのまま後ろに下がり自分の位置を調整すると神子は屠自古の足を持ち上げ、自分の顔の所へともっていった。そうして、屠自古が名残惜しいと思った唇を足の裏へと近づけた。ちゅっと、音を立て可愛らしく口づけする神子。
「あっ…♥ 駄目です、神子さま。そんなところ、汚い…ですよ」
「綺麗にしますから。それに、屠自古さんの身体はどこも綺麗ですよ」
微笑み、神子は小さく口を開けると千歳飴でもしゃぶるよう、屠自古の足の親指を口内に含んだ。そのまま人差し指や中指にもしゃぶりつき、指と指の間も丹念になぶっていく。
「ううんっ…ふぁ…ああっ♥」
布団を握りしめながらも屠自古は足裏から伝わってくる快楽に身を捩った。くすぐったさときもちよさが混同する感覚。顔を赤らめ、嬌声を漏らし、屠自古はされるがままに神子の愛を受けた。
神子は激しく屠自古の足指を口唇で愛しながらも、空いた両の手を使うのを忘れていなかった。今度は荒々しささえ持って屠自古の太股や脛を撫回し始める。まるで血行を良くするマッサージの様だ。この足に血は通ってはいないが屠自古の興奮を受けてか、仄かに足は温かくなり始めた。発汗機能は残っているのだろうか。足は神子が手の平を押しつければ吸い付くほど潤いを帯び始めていた。
「ひぁ…ああ、ああっ、神子さま…ああっ…♥ あ、ああ…」
顔を起こして自分の足がどう愛されているのかを眺めようとする屠自古。その時、屠自古は見つけた。神子の股座の部分が膨らんでいるのを。ああ、と心に歓喜が満ちる。
――私を愛してくださることで、神子さまも昂ぶっておられるのですね。
愛おしさで心が一杯になる。知らずのうちに喜びの涙が瞳からこぼれ落ちた。
「あ、と、屠自古さん…もしかして、お嫌でしたか…?」
愛撫の途中で屠自古が涙を流していることに気がつき慌てて行為を止める神子。申し訳なさそうにすいませんでした、と頭を下げる。
「いえ、いえ、違うのです。神子さまもお喜びになっていると分ったので、つい嬉しくなって…」
「えっ、それはどういう…んあっ…」
言葉の途中で神子の口から嬌声が漏れる。屠自古がもう片方の足を伸ばして、神子の局部を服の上から軽く押さえたのだ。それに気がついて少しだけばつが悪そうな顔をする神子に屠自古は嬉しそうに微笑み返した。
「神子さまがお喜びになられれば私も嬉しいのです。ですから、もっと、もっと私を愛してください。私も神子さまを愛したいのですから」
「屠自古さん…」
それ以上、言葉を交わす必要はなかった。神子は屠自古の足を抱えると指先だけでなく全体に舌を這わせ始めた。裏から足の甲を。その間にも足全体をさすり撫回し、掴みこね、大切そうにその手の中に包み込む。そして、踵や踝に愛おしげに口づけした。
屠自古も神子に愛されている方とは逆の足を伸ばして、服の上から刺激を与えた。薄い布越しに熱を持つ塊があるのが分った。それが軽く踏みつけ、なじる様に足を動かす度に徐々に固くなってきているのも。私の足が気持ちいいのだと屠自古はこの上ない喜びを感じた。喜びが動力源となり屠自古の足の動きもたどたどしいものから巧みなものへと変っていく。強弱を加え足裏で円を描く。真円ではない。楕円。固くなり始めた神子のモノの外周をなぞる動き。それに加え、付け根の辺りを踵で踏みつける様に力も込める。決して強くはないがそれが刺激になったのだろう、おおっ、と神子の口から声が漏れる。やはり、これがいいのだと屠自古は昔の事を思い出した。かつて、まだ自分が肉体を持っていた時のことを思い出し、その時に憶えた動きをもう一度とる。親指を開いてそれを陰茎に沿わせる様、間に挟み上下に足を動かす。山を作った神子の寝間着の頂きが濡れ始める。
「ああっ、屠自古さん…その、それ以上、刺激されると…」
「神子さま?」
足の愛撫が止っていたことに、自分が神子を攻めるのに夢中で屠自古は気がついていなかった。訴えかける様な言葉にはて、と足を止める。
「その…出てしまいます。いえ、そのままでもいいんですけれど…せっかく、久しぶりにこうして…その、愛し合っているんですから…前の様に…」
ちらり、と布団の墨に視線を向ける神子。そこには一脚の椅子が置かれていた。昔、こうして愛し合っている時に使っていた椅子。屠自古もそれを見て、はい、と頷いた。
「実はこれはとても失礼なことをしているのではと、思っていたのですが」
「いえ、そんなことはないですよ。私の方からお願いしているんですから」
椅子に腰掛けた屠自古の足下に神子は横たわっていた。既に神子は服を脱ぎ捨て産まれたままの姿になっている。屠自古は服を脱いではいなかったが、布団の上で愛し合っていたからだろう。着衣は乱れ、胸や局部が露わになっていた。扇情的な格好。けれど、何よりもやはり神子の植え付けられた分身を喜ばせたのは、自分の腰の上にしげどなくおかれたすらりと伸びた両の足だろう。
かつてのものとは違うが、屠自古が自ら見繕ってきたという足は見事なものだった。すらりと長く引き締まっており、特に肌触りは絹地の様であった。
「それではいきますよ、神子さま」
「はい、お願いします、屠自古さん」
声をかけ承諾を得てから屠自古は足を持ち上げた。神子の息子は先程の愛撫で既に固くなっていたが天を突くほどではなかった。屠自古は片方の足の甲の上に神子の男性器を乗せると逆の足をその上に優しく重ねた。そのまゆっくりと潰してしまう様にゆっくりと力を込める。もちろん、本当にそんなことはしない。適当な処で屠自古は足の位置を入れ替え、押しつぶすだけでなく転がす様にもする。それだけで神子の男根は固さを増し仰角を上げていく。
踏む様に弄るのは難しくなるほどそそり立ったところで屠自古は趣向を変えた。淫水の珠光る亀頭を足の指でなで始めた。肉棒が動かぬよう、もう片方の足の親指で挟み込み、指を巧みに動かして亀頭部分を弄る。時に幼子を褒める様、赤く光る頭を撫で、形が歪むほど摘み、前立腺を指の腹でなぞり上げる。屠自古の指使いは巧みだ。手がなくとも暮らしていけると言わんばかりに細かな動きと力加減で神子の子息を愛す。
「ふぁぁ、ああ、屠自古さん…屠自古さん…」
潤いを帯びた目で屠自古を見上げる神子。快感と感謝が入り交じった愉悦の表情。屠自古は母性さえ思い起こさせる様な柔和な笑みを浮かべた。
そろそろかな、と屠自古は一旦、足を神子から離した。両方の足は神子の淫水と唾液によって十分に濡れていた。これなら激しく動かしても大丈夫だろうと屠自古は思った。そうして、両方の足で神子の陰茎を挟み込む屠自古。そのまま屠自古は足をゆっくりと上下させると神子の怒張をしごき始めた。
「ぁああ、屠自古さんっ…」
淫猥な水音が聞こえ始める。最初はせせらぎの様にゆっくりだった足の動きは徐々に速くなり、そして、挟む足の力も強くなっていく。いよいよもって神子の怒張も爆ぜてしまうのではと思えるほど張り詰め始めた。陰茎を刺激する快楽に最早、まともな言葉も出ないのか荒い息をつきながら神子はくしゃくしゃになるほど顔を歪めていた。激しい昂ぶりに身体が追いついていないのだ。
「はぁ…はぁ…神子さま…っ♥」
それは何も神子だけではなかった。足を動かし、神子の陰茎を刺激する屠自古もまた昂ぶりを憶えていた。必要ないにもかかわらず深く早く呼吸を繰り返し、時折、思い出した様に生唾を飲み込んでいる。隠れ見える乳房の頂きはいきりたち、肌には玉の汗が浮いていた。そうして、その手はいつの間にか自分の股へと伸びているではないか。くちゅくちゅと卑猥な音を響かせ、茂みの最奥に指を突っ込み、己で小豆を弄る屠自古。けれど、これは手淫ではなかった。一般的な男女のまぐあいはできぬとも共に快楽をえようとする二人なりの愛合なのだ。
「屠自古さん、屠自古さん、屠自古さん…」
「神子さま、神子さま、神子さまっ♥」
指と足の動き、鼓動と呼吸、二人の感情全てが昂ぶっていく。全ての要素はまるで螺旋を描く様に入り交じりながら高みに達していく。お互いの名を呼び続けるのは愛の発露だろう。ここに一つの完成した二人だけの世界が出来上がっていた。そうして、
「っあ…屠自古さんっ!」
「みこさまぁああっ…♥」
足の間に挟んでいた神子の陰茎から勢いよく白濁が噴き出した。同時に屠自古も気をやる。二人は同時に果てたのだ。糸が切れてしまった様にそれぞれ布団と椅子に身体を投げ出しながら浅く速い呼吸を繰り返す二人。絶頂の余韻に二人して浸り、幸福感さえ憶えているのだ。
どうやら、青娥の作った足は十全に役目を果たしてくれた様だった。ありがとう、と恍惚の中、屠自古は自分の悩みの解消を手伝ってくれた仲間に…いや、友人に感謝を伸べる。ほんとうに、ありがとう、と。けれど、もし、その事を口頭で伝えても青娥は謙遜するだろう。『上半身と子宮は私の方も欲しかったところですから』と言って。それは事実だが。兎に角、屠自古の胸は喜びで一杯であった。或いはそれは再び現世に復活した喜びよりも勝っているかもしれなかった。こうして再び、夫婦として愛し合うことが出来たのだから。
「屠自古さん」
はっ、と眠りに落ちる様な微睡みから屠自古を引き上げたのは自分を呼ぶ声だった。見れば神子が自分の隣に膝立ちでいるではないか。
「あ、ど、どうでしたか。この足は…」
「ええ、とっても気持よかったですよ。ほんとう、ありがとうございます」
いえ、そんな、と恥ずかしそうに顔を赤らめ俯いてしまう屠自古。褒められることにはなれていないのだ。そんな屠自古の様子をこの上なく愛おしく思ったのか、神子の顔に笑みが浮かんだ。そうして…
「屠自古さん」
「はい?」
呼びかけ、振り向いた瞬間に、神子は屠自古の唇に自分のを重ねていた。
「愛してますよ」
「……っ、私もです。神子さまっ」
神子に抱きつき、更に口づけを求めようとする屠自古。
愛し合う二人の夜はまだまだ続きそうだった。
END
――〜少女出歯亀中〜―――
布都「おぉぉ…っ」
青娥「まぁ、蘇我様ってばあんな技を…」
ふとちゃん「すごいのう。太子様にあんなに喜んで貰えるとは。うむ、この我も太子様になんぞ足の一本や二本、プレゼントしたくなってきたぞ。我のも作ってくれぬかのう、青娥どの」
せがさん「ええ、いいですよ。足さえ持ってきて頂ければ」
ふとちゃん「ふむ。しかし、どんなのがいいかのう。青娥どの、オススメはあるか?」
SEGA「そうですね。その道の通(ツゥ)によれば紅いお屋敷に住む悪魔の妹のものか向日葵畑にいる笑顔が素敵なお姉さんのものが極上らしいですよ」
死亡フラグちゃん「そうか! よし、さっそく取ってくることにしよう。道具を洗って待っていてくれ青娥どの」
>>紅のカリスマさんへ。
みみみの男体化ネタの提供ありがとうございました。
sako
http://www.pixiv.net/member.php?id=2347888
作品情報
作品集:
2
投稿日時:
2012/02/03 13:17:46
更新日時:
2012/02/03 22:17:46
評価:
11/13
POINT:
1120
Rate:
16.36
分類
ごく普通の豪族だった神子と屠自古は、ごく普通の戦略結婚をし、それからごく普通の恋をしました。でも、ただひとつ違っていたのは……神子さまは足フェチの変態だったのです!
…
…
まあいっか!
それによってしわわせになったひとがなんにんもいるんだもんね!
信頼と実績の足fetishismでした。ありがとう御座いました!
屠自古さん可愛すぎます!
かくして夫婦の夜の営みの危機は回避されたのでした。
いいですね、こういう愛する二人とそれを支援する仲間達のハートフル・ストーリー。
博麗の巫女が歯牙にもかけない、ちょっとした問題はあったようですがね。
恋する乙女は自分の幸せのためになら多少ふてぶてしくなる位が可愛いよ。
文ちゃん上半身も子宮もにゃんにゃんに有効活用されたんだね。まあ三文記者が一匹消えるくらいの異変じゃ博麗の巫女は動かないよね
ここの人々、揃いも揃って性に疎いものばかり。
あややには悪いが二人が幸せそうで良かった。