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『塔の底』 作者: ただの屍
……そもそもの始まり……つまり私がちょうど今、探索を進めているこの名も知れぬ塔が現世に蘇ったのはキノコの菌床栽培を行わんとしたが為の森の探索が原因だった。
……階段を一段ずつ下りていく私……奇妙な体験だった……生まれて初めての感覚だった……静かで……私だけがいて……。
私がこの塔を見つけ出したのは、良くできた偶然の産物に違いなく……私がこそ泥などと呼ばれていたのだとしても、遺跡の発見などは管轄外なのであって……。
私が塔を発見する以前の話になるが、私は食文化を採集から栽培へと変化させる決心をしていた。勿論、食とはキノコだ。魔術を用いてキノコの栽培をすることに決めていた。
その翌日、私は菌種の採取に出かけた。手荷物にガラス瓶を一つだけ持った、意気揚々たる出陣であった。
私は天才だがそれでもやはり人間としての手順というものがある。農場運営はひとまず先延ばしにしてまずは効率化の研究。私は他の誰よりも私というものを知っているのである。
キノコの中でシイタケが一番好きだったので、私はシイタケの菌種を採取しに行った。鍋料理を食す際には第一にシイタケをよそうぐらいに、つまり獣肉よりもキノコを、その中でもシイタケを特別に好んだ私だった。シイタケの次に好きなキノコはエノキダケ、そんな私だった。
採取に関する滞りは何一つとしてなかった。日々の生活の賜物だろう。私はキクラゲやホンシメジ、マツタケなぞが生えている場所を確認してから帰路へついた。天才の私がシイタケの栽培に躓くなどとは思えなかった。これはシイタケと私をこよなく愛する私だからこそ断言できるのである。
……異変が起きたと断言できるのはここからであろうか。……怪しからんことだった……。
瓶が割れてしまったのだ。といっても私のせいではない。いや、他人に言わせれば私にも責任はあるのだと言うかもしれないが私から言わせればやはり私のせいではなかった。
詳細はこうだ。帰路へ着く私の足元が俄かにごっそりと崩れて、垂直に落ちていったのだ。……その際、意識が飛んだことをはっきりと記憶している。
意識を取り戻した時、私は石と土塊で出来た山の上に寝そべっていた。体のどこにも怪我が無いことを確認してから起き上がって、殆ど円形にくり抜かれた空を見上げた。
歪な円の空から日の光が斜めに差し込んでいる。……スポットライトを取り囲む静寂なる暗闇……落とし穴に掛かったのだろうか。犯人は妖精か兎か……あるいはそれら以外……。
私は地上までの距離を測った。随分と落ちたようだった。……十メートルはありそだうが、魔法で飛べば簡単に出られる距離だった。……それにしてもよく無事だったなあ。私は呆れてしまった。
私は魔法で帽子を光らせ、周りの観察を始めた。その結果、床も壁も天井も石で造られた部屋にいることが分かった。円柱形の部屋だった。
地下室か何かだろうか。初めはそう思ったが、円の直径の両端にそれぞれ下り階段があるのを発見した。
何やら面白いことが始まりそうだぞ。……私の人生は“良くできている”いるのだ。……心臓が私を急かしだした。
不思議なことにこの時、私はキノコの栽培のことなどすっかり忘れてしまっていた。……それは入場券がただの紙切れに変わった途端捨てられるのに似ていた。……あるいは金銭の扱い方に似ていた。
私の周り……ガラス瓶の残骸と足下にある山の他には……デス・トラップもチェーンソーもギロチンも機関銃も三角木馬も爆撃機も核爆弾も原子炉も埋蔵金も埃も血糊も屍体もダイイング・メッセージも引っかき傷も何も無かった。……私の他には人間も獣も妖怪も幽霊も化け物も怪物も巫女も魔女もキチガイも敵も味方も誰もいなかった。……ただ私だけがいた。
しばらく呆けていた私は全身の指揮権を取り戻してから帽子を被り直し、服に付いた土を叩き落とし、また帽子を被り直した。ドキドキしてきた……。いざ階段を下りる、その瞬間の緊張と昂揚……。
……緩やかな螺旋階段を下りていく。大きな階段だった。階段の中央に立てば壁に手が届かなくなってしまう。……きっちり五十段下りた先の左手の壁に、階段と同じくらいの幅と人間二人分くらいの高さとで切り取られた長方形の空洞がひらけた。それは部屋の入口らしかった。
階段には踊り場が無かったので、私は半ば飛び降りるように部屋に入った。その部屋は先程いた部屋とそっくりだった。石造りの円柱形の部屋で、部屋の直径も高さも……。私は息をのみ、恐る恐る部屋の中央に進んだ……。
頭の中で情報を整理するうち、私は閃きの気配を感じた。数分前の場景を頭の中で再現し、現在の場景とに重ね合わせてみた。背後にある入口は南東、私が下りはじめた階段は東の方角。その二つが成す角度は45度……。
もしや。私は直進した。……いや、それは突進だった。北西の方角に、先ほど見たのと同じような入口があった。ただ階段は左上がりに伸びていた。私は思わぬ発見を見つけた時やるように笑った。
私は階段に飛び乗り、一段飛ばしで駆け上った。五十段上がった先には光の射し込む例の出口があり、私はまたもや笑った。
私は声を上げたくるのを我慢して一気に百段駆け下りた。……しかし私は疲れを感じようとはしなかった。疲れを意識してしまっては階段を下りられないではないか……。
北側に位置する、部屋と階段とを接続する空間を見つけた私は破顔した。
この建物は塔であり、塩基配列を模して造られているのだ。二重螺旋と架橋構造だ……。私はそれを証明するように階段を下り続け、最上階から千段下りたところで確信した。……そんなことはどうだっていいじゃないか、なんて言わないでほしい。私は何だって知りたいのだ。それこそ一回休みの仕組みから今日のラッキーカラーまで。
そこで初めて気が緩んだ。すかさず疲れが存在を主張した。先程の無茶が原因であることは明らかだった。呼吸は荒く足が震えているのに気がついた。もはや立つことも儘ならず休息を余儀なくされた。
私は倒れこむように部屋に入りそのまま仰向けに寝転がると帽子の灯りを消した。床の固さは気にならなかった。それほど疲れていた。
とても疲れていた。肉体的な疲れだけではなく、精神的にも疲れていた。だがそれは快い疲れだった。達成感が気持ち良かった。
すぐに眠れるだろうと思っていたが、そうでもなかった。……何故かその時に限って、耳鳴りがやけにうるさかった。時間も関係しているかもしれない。外はまだ日が昇っている筈だった。
……耳鳴りは、誰もが一度は聞いたであろうあの……シイーーーン……という音から始まった。私がそれを子守唄に睡眠に入ろうとしたところ……リリリリリリリリ……リィーリィーリィー……とコオロギ達の合唱に変わり……カッコウの鳴き声がしたかと思うとコオロギは追い払われ……川や風の流れる音に変わって……木の葉が擦れる音が聞こえて……私は睡魔に身を任せる……。
……夢の名残だろうか。……ボオーーーーン……というボイラー音をきっかけにして私は目覚めた。
上半身を起こし、辺りを見渡した。見事な暗闇だった。目の真ん前で手を振っても何も見えず、気味が悪かった。
私は帽子に灯りをともした。一度頭を休ませたからか保身的な思考が可能になっていた。無意識に恐怖を感じていたのかもしれない。……というより塔に入ってからの私はいささか暴走気味だった。
塔を下ることは躊躇われた。今はまだ問題ではないが喉が渇いたし腹も空いている。疲労も完全に取り除けた訳ではない。当たり前である。装備も準備もなく着の身着のままここまでやってきたのだ。今思えば馬鹿なことをした。
これ以上下るのはどう考えても危険なことであり自殺行為だった。今の状況においてさえ、これから千段も上らなければならないのだ。慎重にならざるを得なかった。今の私は怪我したときの手当もできず、外への通信手段も持ち合わせていなかった。
私は身震いした。同時に空虚な怒りも湧いた。手前のせいでこんなことになりやがったんだぞ、と過去の私をぶん殴ってやりたい気持ちになった。しかしそんなこと言ったってどうにもならない。私は重い腰を上げた。
下りている時とは打って変わって、面倒で陰鬱な気持ちで階段を上ることになった。心地よかった筈の疲れは気怠さを生み出していた。
一歩上がった時、これを九百九十九回も繰り返さなければならないのかと思うと全身の力が抜けていきそうになった。だが持前の元気良さを発揮してなんとか自分を奮い立たせた。
初めはまだ良かった。絶対に帰れるものだと思っていた。少なくとも、生き死にの問題など微塵も考えていなかった……。
二百段上がり一旦休んで……百段上がり一旦休んで……百段上がり休んで……五十段上がり休んで……五十段上がり部屋に入った時……喉はカラカラでお腹はグーグー鳴り脚はパンパンだった。汗をかいたせいで服はびっしょりと濡れていた。全身が痛みを伴った悲鳴を上げていた。これでまだ半分なのかと思うとめげそうになった。
私はそれらの問題を無視するよう努めた。考えても仕方のないことだし、考えることでより状況は悪化すると思った。それは難儀なことであり新たな疲れを生んだ。私はしばらく横になり、十分休んだ気になると塔上りを再開した。疲れは溜まっていくばかりだった……。
……それから百段上がった。
一段上っては壁にもたれて休んだ。今の私にとっては階段を一段上ることさえ大変な重労働であった。あと一段だけとひたすら自分に言い聞かせ、うーうー呻きながら階段を上り続けた。
もう部屋に入ることはしなかった。一度部屋で休んだらそのまま起き上がれなくなる気がした。乱暴に言えば死ぬ気がした。飢餓と渇きが休息を許さなかった。つくづく自分を呪った……。
足を動かすことだけを考えているうち、頭がぼやけてきて自分がどれだけ階段を上ったのか忘れてしまった……。あといくつ上れば最上階に辿りつけるのかさっぱり分からなくなってしまった。魔力が尽きて周りが闇に閉ざされた……。部屋に落っこちてしまわないよう、私は外側の壁に身をくっつけて上ることにした。階段を上る速さは牛歩を極めた。既に時間の感覚も失われていた。一日か二日は経っている筈だった。本物の飢餓が私を苦しめた。現代の幻想郷に生きる私が生まれて初めて感じた、現実の飢餓だった。人間は空腹によって死に得るのだ……。
一度意識された死はたちまち脳内に広がっていった。……この螺旋階段は無限に続いていて、自分はこの塔を死ぬまで上り続けるのだ。そんな不穏な妄想が付きまとい始め、足の動きは更に鈍った。
苦しくて堪らなかった……こんなに苦しいのに何故私は塔を上っているのだろう……外に出られないかもしれないのに……もしこの階段が最上階に繋がっていなかったら全部無駄になるのに……苦しい……苦しい……苦しい……上ることを止めたら少しは楽になれるかもしれない……寝転がって深呼吸したらいくらか気持ちが良くなるかもしれない……苦しい……でも今座ったら二度と立てなくなる……飢え死にするのを干からびながら待つしかなくなる……それが確信できた……私は死にたくない……死ぬのはいやだ……でも上るのも嫌だ……もう嫌だ……苦しい……暗い……自分が生きているのか死んでいるのか分からなくなっていく……その無力感……。
私の苦しみに呼応するかのように暗闇が形を持ち始め、暗闇はその姿を次々を変化させた。暗闇を背景にして浮かび上がったその暗闇は食べ物の形をしていた。それは米だったり水だったり、野菜だったり肉だったりした。更に暗闇は音を持っていた。耳鳴りから始まったその音は人の笑い声に変わった。それは男だったり女だったり、年を食っていたり若かったりした。私はその暗闇より与えられる非現実感によって苦痛を一時的に忘れていられたが、暗闇が元の暗闇へと還ると空腹と寂しさが一遍に思い出されて死にたくなるほど憂鬱な気持ちになった。
それでも自分を励ましながら階段を上り続けていると、何だか頭が冴えてきた。……更には全身の痛みが嘘のように消えていった。あまりのことに立ちすくんでしまい、とうとう私も死んでしまったのかなと考えてしまった。
やがて一つの考えに至った。エンドルフィンが作用しているのだ。
そう結論を出すと私は急いで階段を上り出した。これはチャンスだと……。だが焦りのあまり、私は自分の肉体を普段通りに扱おうとしてしまい顔面から倒れこんだ。感覚が麻痺しているだけで肉体はとっくに限界を迎えていたのだ……。
咄嗟に右腕で顔を庇った。左腕を階段に突き出したが、その動作は全然間に合わなかった。
……右腕は体の下敷きになった。嫌な感覚がして右腕に力が入らなくなった。骨にひびが入ったらしかったが今はそんなことどうだってよかった。立ち上がることもできない私は、潰れた蛙のような体勢のまま階段を這うように上りだした。
もしエンドルフィンが切れるまでに最上階に辿りつけなかったら、そのときは終わりだ。全身の苦痛を受けて死ぬ……。絶対に上りきってやると私は決意を新たにした。
死にもの狂いで階段を上った。階段の角ばった部分が服や皮膚をボロボロに削り取り、腹も胸も血に染まった。腕や脚の肉が抉れて血に塗れた。帽子もどこかに落としてしまった。
私は全く痛みを感じなかった。エンドルフィンが切れたら発狂するに違いなかったが、それでなくても発狂しそうだった。私はがむしゃらに手足を動かし続けた。
……前方に明るさを感じた。どうやら最上階に辿りついたらしかったが、その明かりは非常に弱弱しかった。外は夜であるらしいが、そんな星の瞬きでさえも今の私には眩しかった。そのありがたさといったら……。涙が出るように感じられたが、私の体にはそのような余裕は残されていなかった。でも私は生きていた……。
私は部屋の中央に這って進んだ。山をよじ登り、頂点まで来ると死力を尽くしてどうにか仰向けになった。暗闇に浮かぶ紺色の夜空が殊更に美しく見えた。……井戸の中から空を見上げたらこのような景色が見えるのだろう。もし月が出ていたら泣けたかもしれない。だってそれが私が見る最後の景色なのだから……。
最終問題の答えは出ていなかった。それはどうやって地上に戻るかということ……。届きそうで届かない地上までの距離。魔法が使えたなら飛んで出ていけた。力があればそのエネルギーを照明弾のように飛ばせた。声が出せたなら助けを呼べた。だが今やそれら全てが私から失われていた。それらが私の下に戻る見込みはもう無かった。
最上階に戻れば何とかなるかもしれないと自分をごまかし続けてきたがここまでが限界だった。私が解決できる問題ではなくなっていた。もう指先一つ持ち上げることさえできなかった。
やれることは全てやったという奇妙な満足感があった。最善を尽くした上で駄目だったのだ。もっとも、調子に乗って千段も下りなければよかった話なのだが……。
私は自嘲の笑みを浮かべようとしたが、笑うことさえできなかった。
……夜空が暗闇にかき消された……。
痛みを感じる前に死ねて良かった、そんなことを考えた。もう一度アリスの作るブラウニーが食べたいなあ、そんなことも考えた。……生地がしっとりとしていて……それでいてべたつかない……すっきりとした甘さの……。
瓶が割れたのは私の責任だったのだ。これが私が意識的に考えた最後の言葉だった。
張りつめていたものが次々と消えゆき、最後に私というものが消えた。
はつとーこーです「はつとーこーです
「さんはい?いみてーしょん?わはじめてなので?」なので
もしも。へんなとことかわたくさんいぱいあるとおもいますが。どーかわらてやてください
ただの屍
- 作品情報
- 作品集:
- 3
- 投稿日時:
- 2012/03/13 08:16:34
- 更新日時:
- 2012/03/13 18:37:46
- 評価:
- 6/8
- POINT:
- 620
- Rate:
- 14.33
- 分類
- 何でもない話
どうでもいい話でした。
行き当たりばったりで冒険なんぞするもんじゃない。
ドキドキもワクワクもなく、ただ、勝手に自滅するだけの、取るに足らない少女の呟きでした。
そしてやっぱりアリスの作るブラウニーはうまかった。
よって893点。が無理なのでこうなる
やっぱり私には長文は読めないや