Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/imta/req/util.php on line 270
『*ゆめのなかにいる*』 作者: 零雨
魔理沙が目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋ではなく広い草原だった。
おかしい、確かベッドで眠っていたはずなのに。とりあえず起き上がって辺りを見渡す魔理沙。
だが、右を見ても、左を見ても変わらない景色が広がるばかり。
こんなところでじっとしていても仕方がないので、ひとまず魔理沙は歩くことにした。
歩きながら、自分が置かれている状況をゆっくりと考える魔理沙。
「私は、いつも通りキノコシチューを食べて、ベッドで寝たはずだよな……?紫の悪戯か何かか?……八卦炉はあるな。八卦炉があるなら、何が出てきてもそこまで怖がらずにすむな……」
八卦炉があると分かって安心する魔理沙だったが、直後にその瞳が不安げに揺らめいた。
さっきまでは何もなかったはずの前方の空間に、突然家が現れたからだ。
それだけではない。この家を、魔理沙は知っていた。
魔理沙と同じく、魔法の森に住む人形遣い、アリス・マーガトロイドの家だからだ。
「なんでいきなりアリスの家が出てくるんだ……?頭がどうにかなりそうだぜ……」
頭を押さえて呻く魔理沙。アリスの家は、魔理沙が知っているものと全く同じだった。わけの分からない空間にあるということ以外は。
しかし、この空間の手がかりが見つかるかもしれないと考えた魔理沙は、恐る恐るアリスの家にに近づいていった。
そのままドアを開けるようなことはせず、ノックして様子を伺う魔理沙。
すると、中からノックが返ってきた。
まさかノックが返ってくるとは思っていなかった魔理沙は、驚きのあまりその場で硬直してしまった。
固まっている魔理沙の目の前で、ギィと音を立てながらゆっくりとドアが開く。
中から現れたのは、アリス。当然といえば当然なのだが、だからこそ異様であった。
「あら、魔理沙?ノックするだなんて珍しいわね。何か用でもあるのかしら?」
「え?あ、いや、特に用はないけど遊びに来てやったぜ!ありがたく思えよ!」
「はいはい、分かったから。早く家の中に入りなさいよ」
アリスにしては珍しく、特に皮肉を言うこともなく魔理沙を家の中に招き入れた。
いつもと違って優しい雰囲気を漂わせるアリスに多少の違和感を覚えながらも、アリスの家に入る魔理沙。
魔理沙がアリスの家に足を踏み入れた瞬間に、背後のドアが勢いよく閉まった。
驚いてドアの方に振り返った魔理沙。その肩をアリスに捉まれる。
「どうしたの、魔理沙?いきなり後ろを振り向いたりなんかして」
「どうしたって……。いきなりドアが閉まったもんだから、少し驚いただけだ。で、この家はいつから自動で閉まるドアを使ってるんだ?」
大きな音を立てて閉まったドアに思わず縮み上がってしまったことを誤魔化すためか、おどけた調子でアリスの方へ振り返った魔理沙の顔が恐怖で歪んだ。
先ほどまでは、穏やかな微笑を浮かべていたアリスの顔が、醜く溶け始めていたからだ。
美しかった蒼色の瞳があったところからは、潰れた昆虫の卵のように気持ち悪い液体が流れ出し、白く透き通っていた肌は蝋燭のように溶けて、滴り落ちている。
「うわぁああああぁああッ!?おい!アリス!そ、その顔はどうしたんだよッ!?」
絶叫する魔理沙に対し、アリスは無反応だった。
それどころか、ぴくりとも動かない。顔が溶けているというのに、身動き一つしない。
あまりにも現実離れした状況に、パニックに陥る魔理沙。
「もう何だよ!?どうなってるんだよぉおお!?」
顔を真っ青にして叫ぶ魔理沙のそばで溶けていくアリス。
ついに、顔だけではなく他の部分も溶け始めた。
腐った果実が地面に落ちて潰れるかのように、アリスの体が溶けていく。
もう誰が見ても、魔理沙の目の前にいるモノをアリスだとは見抜けないだろう。
アリスの面影はなく、土葬されて数ヶ月が経過した死体のようにぐずぐずになっている。
「あぁ……!?何でこんなことになったんだよぉ……」
涙目になって呟く魔理沙の前で、とうとうアリスは完全に崩れてしまった。
アリスがいた場所にあるのは、吐瀉物のような液体と白い骨、そしてアリスが着ていた衣服のみ。
「うぁああぁあ……。どうして…もう何なんだよぉ……」
その場に泣きながらへたり込んでしまう魔理沙。そこに、突然笑い声が響いた。
聞こえてきた笑い声は、魔理沙が良く知っている笑い声だった。
「ア…リス……?アリスなのか……?」
魔理沙が瞳を潤ませながら問うと、明るい声が帰ってきた。
「えぇ、私の名前はアリスよ。それがどうしたのかしら?」
目を白黒させる魔理沙の前に、アリスが2階から現れた。
「どうだったかしら?私が作った人形は。よく出来てるでしょう?これを作るのに結構苦労したのよ」
アリスが指差した先には、ぐずぐずになった物体があった。
先ほどまで、魔理沙がアリスだと思っていたモノだ。
「人形……?あれは人形だったのか……。でも、何でこんなことをしたんだよ」
「そうね。人形ぼテストと、後はちょっとした仕返しかしら。それに、魔理沙の驚く顔も見てみたかったしね」
「だからってあんな気持ち悪いのじゃなくても良かっただろ……。人形には見えなかったぞ」
「それだけ私の人形が完成度が高かったってことでしょ?」
「確かに完成度は高かったけどさ……。それにしても、人形を溶かすだなんて手が込みすぎだろ……。本当に怖かったんだからな」
人形が溶けていく光景を思い出したのか、身震する魔理沙。
アリスも少しはやりすぎたことを自覚しているようで、魔理沙から目をそらす。
「はいはい、流石にやりすぎだったわ。次からは気をつけるわよ」
「次からってまたやるつもりなのか!?お願いだから、それだけは止めてくれよアリスぅ……」
「これに懲りたなら少しは反省しなさい。反省するなら、私も考えてあげるわ」
「う、分かったよ……。そういえば、さっきの人形はどんな魔法を使ってたんだ?いつも使ってる人形とは全然違う雰囲気だったぞ?」
「いつもとは使った魔法も人形の素材も違うからね。雰囲気も当然変わるわ」
「へぇ?それは気になるな。素材と魔法を教えてくれよ、アリス」
「まあ、別に教えても良いけど、あんたに使えるような魔法じゃないわよ?素材のほうは……実際に見たほうが早いかしら」
「おう!じゃあ見せてくれよ!」
アリスの言葉に目を輝かせる魔理沙。さっきまでの出来事をすっかり忘れてしまったかのように生き生きとする魔理沙に、やれやれとため息をつくアリス。
急かしてくる魔理沙を制止して、溶けた人形の処理をするアリス。
処理といっても、魔法を使うだけなので簡単なものだ。
魔法で綺麗になった床を見て満足そうに頷くと、魔理沙のほうに振り返るアリス。
「さて、床も綺麗になったことだし、見せてあげるわ。でも、魔理沙。本当に私の人形について知りたい?」
「え?何言ってるんだ?知りたいに決まってるじゃないか!」
「ならいいわ。後で後悔しても遅いわよ?」
不穏な事を口にするアリスを訝しみながらも、2階に上がるアリスに魔理沙はついていくことにした。
アリスが実験に使っていた部屋は、階段を上がってまっすぐ進んだ突き当りにある。
他の部屋とは違い、ドアにドアノブがない。
そのドアは、魔法で保護されているようで虹色に薄く輝いている。
アリスがドアに触れると、輝きが消えて、閉まっていたドアが開いた。
部屋の中に入る2人。明かりが点っていない部屋は暗く、何があるのかを確認することは困難だった。
「おい、アリス?この部屋には明かりはないのか?」
「ちょっと待ちなさい。今点けるから」
アリスが指を振ると、部屋に明かりが点った。
そして、魔理沙は部屋の中にあるものを見てしまった。
部屋の中にあったモノは、バラバラになった人間の各部位。
それぞれがビンの中に詰められて保管されている。
「お、おい!アリス!これは何だよ!?」
「何って、見れば分かるでしょう?人形の素材よ」
「素材って……。これは人間だろ!?こんなに大量にあるだなんて……何をしたんだアリス!?」
「別に。ただ、増やして使っただけよ。私の肉をね」
「……ッ!?今なんて言ったんだアリスッ!?」
魔理沙の叫びを無視して、部屋の奥へと歩いていくアリス。
部屋の奥には、大量の人形があった。全て、アリスの肉で出来ている人形だ。
「私は考えたのよ。自立人形を作るにはどうすればいいのかってね。そこで気が付いたのよ。布や木でできた人形は所詮ただの人形。自立人形には遠く及ばないわ」
「だからって、自分の肉を使う必要はあったのか……?もっと他の方法はなかったのか?」
「あったかもしれないわね……。でも、もう手遅れよ。いまさら方針を変えるなんてことは出来ないわ」
そう言うと、アリスは人形の山を掻き分け始めた。肉で出来た大量の人形たちを掻き分けた先に、もう一人アリスがいた。
人形を掻き分けたアリスと、その奥にいたアリス。2人のアリスがこの部屋にいた。
「アリス……?」
2人のアリスのうち、部屋の奥にいたアリス。2人目のアリスの体は異常だった。
体が欠けているのだ。
頭以外のパーツが、明らかに足りない。
欠けている部分には、申し訳程度に作り物のパーツがくっついている。
そのパーツも、この部屋にある他の人形とは違い、肉で出来ているのではなく木で出来ていた。
「これは……!?おい、何だよ……。まさか、お前……?」
「多分、あなたが予想しているのであってるわよ。私はアリスじゃないわ。ここにいる、出来損ないの人形みたいなのがオリジナル……。」
「じゃあ、お前は……?アリスの…人形か……?」
「そうね。人形だった、といったほうが良いかもしれないわね。今は、人形でも、妖怪でもない……」
アリスが、いや魔理沙がアリスだと思っていた人形がそう言った。
その瞳は、先ほどまでと違って輝きが消えてしまったように見える。
「じゃあ、お前は一体何なんだ……?」
「何かしらね……。自分でも、もう分からないわ……。何もかもが中途半端な私は、何者でもないのかもしれないわね……」
「……そうでもないさ。さっきお前と話してて分かったよ。お前はちゃんとした存在さ。妖怪だとか人形だとか、そんなことは些細なもんだ」
「……ありがとう、魔理沙。この、アリスの姿でお礼を言うのはおこがましいことかもしれないけど……ありがとう」
「でも、お前はここに居るわけにはいかないだろう?私が知ってしまったんだ。せめて、何があったのか一から話してくれよ」
「ええ……。分かってるわ……。でも、その前に一つだけ言わせて頂戴?」
「おう。何だ?」
魔理沙が問い返すと、人形は躊躇いながらも、一つのことを口にした。
「あなたは……私の知ってる魔理沙じゃないわね……。ここに来るときに違和感を感じたりしなかったかしら?」
人形にそう言われて、魔理沙はあることを思いだした。
最初に意識が戻った時、この空間に対して違和感を感じていたことを。
しかし、何故そのことをこの人形が知っているのか?
「確かに、違和感を感じたけど……。だからどうしたんだ?これからの話にそれが関係するのか?」
「いいえ。関係はないけど、とても重要なことよ。あなたにとってはね……」
「なんだ?その言い方は?気になるじゃないか」
「じゃあ、言うわね……。魔理沙……あなたはこの世界にいるべき人間じゃないわ……」
「は!?一体どういうことだ?」
「多分、魔理沙。あなたはこの世界の人間じゃないわ。何かの弾みで、おそらくキノコでも食べたのかしらね?とにかく、何かの弾みでこちらの世界に迷い込んだ別世界の人間よ」
「別世界……?私はこの世界の人間じゃないのか……?だとすれば、戻るにはどうすればいいんだ?」
「これは私の推測だけど、何もしなくても戻れるんじゃないかしら?この手のやつは大体の場合本人が別世界にきたことに気が付かないから戻れないのであって、別世界に来たことを自覚すると戻れると思うわ」
人形の言葉を裏付けするように、魔理沙の体が『ブレ』始めていた。
まるで、この世界が異物を排除しようとしているかのようだ。
この魔理沙が消えても、この幻想郷はほとんど変わらない。
変わることといえば、人形の意識が変わったことくらいか。
「お前の言ってることは本当らしいな……。私は元の世界に戻るんだな……」
「ええ、そうみたいね……。ここまで来たなら、全て話したかったんだけど、残念だわ……」
「聞けないのは残念だが、こっちの世界にも私はいるんだろ?なら、そいつに全て語ってやってくれ」
「分かったわ。全部打ち明けることにする……。魔理沙、ありがと。元の世界に戻っても、元気でね」
「ああ……。お前も、元気でな。いつか、また会えると良いな」
既に、魔理沙の体はほとんど消えかかっている。
意識も遠のき始め、いよいよ元の世界に戻るときが来たようだ。
次の瞬間には、魔理沙はもう消えていた。
魔理沙の意識が深い闇に飲み込まれる……。
「……魔理沙。起きなさい、魔理沙。」
魔理沙の耳元で誰かがささやいている。
その声は魔理沙が良く知っている人物の声だった。
「ほら、早く起きなさい魔理沙。置いていくわよ?」
アリス・マーガトロイド。魔理沙が友人だと思っている人形遣いだ。
向こうが魔理沙のことをどう思っているかは知らないが。
「ん……。おはようアリス……」
「おはようじゃないわよ。一体今何時だと思ってるの?もう深夜よ?」
アリスが心底呆れたように言う。
朝だと思っていたのか、苦笑いする魔理沙。
「さっきまでのは夢だったのかな……。なあ、アリス。私は何してたんだっけ?」
「それも覚えてないの?まあ、良いわ。どうせそんなことだろうと思ってたしね」
そう言うとアリスは、先ほどまで魔理沙が何をしていたかを語り始めた。
まず、博麗神社で宴会があったらしい。
そこに、魔理沙がアリスを誘って参加したそうだ。
魔理沙は宴会用のつまみにするつもりだったのか、大量のキノコを抱えてきた。
そして宴会が始まり、魔理沙は酒をがぶ飲みしながらキノコを食べ続けていた。
宴会が終わるころにはふらふらになっており、言動も少し怪しかったが、何とか帰れそうだったのでアリスとともに魔法の森に帰ろうとしたらしい。
帰る途中、魔理沙の動きがあまりに不安だったので、心配したアリスが少し休憩してから帰ろうと提案したのだ。
休憩のため一旦地上に降り、本でも読もうかと思っていたアリスだったのだが、魔理沙は地上に降りてすぐすやすやと気持ちよさそうに寝てしまった。
あまりにも気持ちよさそうに寝るものだから、起こすのも悪いかと思ってアリスはさっきまでずっと本を読んでいたそうだ。
「で、本も読み終わったしそろそろ帰ろうと思ったから、あなたを起こしたのよ。思い出したかしら?」
「あー、そういえばそんな気もするなぁ……。記憶があやふやになってるな……」
先程の、出来事は夢だったと自分に言い聞かせる魔理沙。
夢だと思い始めた瞬間から、急にどんな夢だったのか思い出せなくなり始めた。
まあ、夢なら思い出せなくても問題ないだろうと判断し、魔理沙は夢のことを考えるのをやめた。
しかし、何かが頭の片隅に引っ掛かっている。
言葉には表せない不安、焦燥……。重大なことを忘れているような感覚……。
考えることをやめたことは、本当に正しい判断だったのか?
何かに急かされるような感覚を覚えた魔理沙は、一度は考えることをやめた夢を再び思い出してみることにした。
バラバラになったイメージを、必死にかき集める魔理沙。
「何してるの、魔理沙?頭を押さえてうずくまったりなんかして。まだ、酔いがさめてないの?」
「いや、そうじゃなくてだな……。さっき夢を見てたみたいなんだけど、その夢を思い出せなくてな……」
「夢ねぇ……。もしかして、その夢に私が出てきたりなんかしたの?」
「んー……。どうだったかな……?多分、出てきたと思うんだよな……」
「はっきりしないわねぇ……。まあ、思い出せてないなら仕方ないけど」
「……そういえば、アリス。今日は人形は連れてないのか?」
唐突に、魔理沙がそう呟いた。
普段は連れているはずの人形を、今日のアリスは連れていない。
そこに少しばかり違和感を感じた魔理沙。
「ああ、人形?今日は置いてきたわよ。宴会の日に人形を連れて歩くってのもあれだしね」
「……?」
何か、違う。
魔理沙が知っているアリスとは、大きく違っている気がするのだ。
いつものアリスなら、どんな時にでも人形を連れまわしているはず……。
「ほら、突っ立ってないで歩きなさい。置いてくわよ?」
「お、おい、待ってくれよアリス」
先に歩いていくアリスに、手を延ばそうとしたその瞬間、魔理沙の脳裏に夢での光景が蘇った。
ぼんやりとした違和感が、次第に明確になっていく……。
夢の中のアリスも、人形を操ってはいなかった。
(いや、でもあれは夢の話だ……。このアリスとは関係がないはずなんだ……!)
それなら、この感覚は一体何なのだ?
言いようのない不安感に苛まれる魔理沙。
まだ、何かが引っかかっている……。人形ではない何かが……。
あと少し、あと少しで思い出せそうなのに出てこない。
悩みながらも、とりあえずアリスの後を追う魔理沙。
「夢の内容が思い出せないだけで、そこまで悩む必要はないんじゃないの?夢なんて意味不明な内容のものばかりよ」
「いやいや、ここまできたら全部思い出してスッキリしたいんだよ」
「まあ、精々頑張りなさいな。私にはほとんど関係ないしね」
アリスはもう魔理沙の夢の話に興味を失ったようで、どうでもよさそうな顔をして魔理沙のことを見つめていた。
魔理沙を見つめるその瞳は、まるで全てを見透かしているかのようだった。
「おう、頑張って思い出してやるぜ!思い出せたら、アリスにも教えてやるよ」
アリスの瞳から目をそらしながら、魔理沙が威勢よく言い放つ。
そうこうしている間に、アリスの家が見えてきた。
アリスの家を視界に捉えた瞬間に、魔理沙の記憶が蘇る。
そして、先程までの違和感が何なのかを理解した。
違和感の原因は、夢の中のアリスが人形だったことではない。
夢の中でも、違和感を感じていたことだ。
一体、何に違和感を感じていたのか?それは、最初に夢の中で目覚めた時のことだ。
(確かベッドで眠ったはずなのに。あの時、私はこう思ったんだ……!)
夢の中ではそのことを忘れていたが、今思い出した。
なら、どうして夢から覚めた時ベッドの上じゃなかったのか?
「それは、まだ夢の中にいるからだ……!」
魔理沙は確信する。夢の中から、また別の夢へ来たのだと。
「魔理沙……?一体何を言ってるの……?」
困惑した様子でアリスが魔理沙に尋ねる。
しかし、魔理沙は耳を貸さない。ここが夢の中だと信じているからだ。
夢の中で、他人に気を使う必要なんかない。
「夢の中なら、何をしても問題ないよな……?幸い、まだ目覚めないみたいだしな……」
邪な考えが魔理沙の頭をよぎる。
普段は出来ないことでも、夢の中なら出来る気がしてくる。
フッと魔理沙の顔から表情が消えた。
ゆっくりと、魔理沙がアリスに向かって歩み寄る。
いつもの魔理沙とは違う、狂気に満ちた瞳がアリスに向けられる。
「ちょっと、魔理沙……?何をするつもり……?」
アリスが怯えたような声で問いかける。
魔理沙はそれを無視し、アリスに向けて八卦炉を構えた。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる魔理沙。八卦炉が眩く光り、巨大なレーザーがアリス目掛けて放たれる。
放たれたレーザーはアリス僅かに逸れ、傍にあった木を吹き飛ばした。
「魔理沙ッ……!自分が何をしてるか分かってるのッ!?」
「ハッ、ここは夢の中なんだ。何をしたって別に問題ないだろ?」
「……そう。そっちがその気なら、私も手加減はしないわよ」
ここが夢の中だと言い張る魔理沙を、アリスはせせら笑う。
アリスにとってはここは紛れもない現実。魔理沙の言っている内容は、気が狂っているしか思えないのだ。
狂人を説得するなど不可能に近い。そう考えたアリスは、この狂人を力で黙らせることにした。
アリスにとっては幸運なことに、自分の家がすぐ近くにある。
つまり、人形を無尽蔵に使用できるというわけだ。
「手加減?必要ないな。一度全力で戦ってみたかったしな!」
言うが早いか、再びレーザーを放つ魔理沙。だが、今度はアリスも抵抗してきた。
自宅から呼び寄せた人形を使い、即席の魔法陣を形成する。
魔方陣とレーザーがぶつかり合い、激しく輝く。あまりの眩しさに、魔理沙は思わず目を瞑ってしまった。
その一瞬の隙を突いて、アリスは人形を突撃させる。
魔理沙が目を開いたときには、既に目の前まで人形が迫っていた。
当然、眼前まで迫った人形を避けるだけの反射神経も、自分の身を守れるだけの力もただの人間である魔理沙にはない。
人形は手にした槍で容赦なく、魔理沙の腹部を貫いた。
「ぎゃあぁああ!?痛い、痛いぃい゛いいぃ!」
「ここは夢だから、何をしたって問題ないんでしょう?あなたがそう言ってたじゃない」
アリスが馬鹿にするような口調でそう言ったが、痛みに悶える魔理沙の耳には届かない。
今すぐに死ぬことはないだろうが、手当てをしなければまず死ぬだろう。
アリスはそこまで考えたものの、いきなり攻撃してきた魔理沙を手当てする義理はなく、むしろこのまま止めを刺すほうがいいのではないかと思った。
が、やはりそこまでする必要はないだろうと考え直し、家に帰ることにした。
このまま魔理沙を持ち帰って、人形にするのも面白そうではあったが、中途半端に意識が残っているとそれも難しい。
何も考えられないような状況に陥っていたならば、持ち帰ったかもしれないが……。
ありえないことを考えていても仕方がない。アリスは考えを打ち消すように頭を軽く振って、自宅の扉を閉めた……。
一人取り残された魔理沙は絶望の淵にいた。
動こうにも、腹部の痛みが激しくまともに動けない。助けを求めて叫んだところで、その声は誰にも届かない。
「うぅ……。痛い、痛いぃ……」
あまりの痛みにべそをかく魔理沙。そんな魔理沙の耳に、何かが動く音が聞こえた。
痛みをこらえながら、そちらに目を向けると、そこに居たのは巨大な蛇だった。
その蛇は、魔理沙を視界に捕らえるとチロチロと嬉しそうに舌を出す。
「……お、おい。嘘だろ?これは、全部夢なんだろ?うわぁあああ!近寄るな!近づくなって言ってるだろ!あ、あ゛ああぁああ゛あ!!?」
魔理沙の悲痛な叫びが森に木霊したかと思うと、やがてそれも闇に消え、魔法の森はいつものように静かになった……。
「……魔理沙。ねぇ、魔理沙」
魔理沙の耳元でアリスが囁く。だが、その声は魔理沙には届かない。
ここは永遠亭。魔理沙は今、永遠亭の病室にいた。
「無駄よ。魔理沙は今、植物状態にあるわ。呼びかけても声は届かない……」
永琳がそう言うが、アリスはそれでも魔理沙の名を呼ぶことをやめない。
何故、こうなったのか?それは、今となっては誰にも分からないだろう。
分かっていることは、ある日突然魔理沙が家から出なくなったことぐらいか。
それを不審に思ったアリスが、魔理沙の家を訪ねたときにはもう既にこの状況になっていた。
慌てて、アリスが永遠亭まで運んだものの、原因は不明。手の打ちようのない状況だ。
時々、悪夢でも見ているかのように呻くことがあるが、回復の見込みはない。
「で、あなたはどうしたいの?」
「私は……」
生きているのに、ほとんど死んでいる魔理沙。
アリスの脳裏に、一つの邪悪な考えが生まれた……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
夢から別の夢へ飛ぶ夢って最悪だと思うんです……。
それが悪夢なら尚更ね……。
零雨
- 作品情報
- 作品集:
- 3
- 投稿日時:
- 2012/03/18 13:30:41
- 更新日時:
- 2012/03/18 22:30:41
- 評価:
- 4/4
- POINT:
- 400
- Rate:
- 17.00
- 分類
- 魔理沙
- アリス
- グロ
- 夢
和多さんのアリスとセットで読むとさらに面白いかも。
夢と自覚した上で、リアルと化した夢で殺される。
魂(ゴースト)のない人形になったほうが幸せかも。