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『少女コンプレックス少女』 作者: すな
どたどたと派手な音を立てて魔理沙が駆け込んできた。
時折ぐずりと鼻をすすりながら、勝手知ったる我が神社を侵略してくる足音を、霊夢は茶の間でお茶を啜りながら聞いていた。典型的な日本家屋といった造りの霊夢の家であるが、それにしたって奥の方の茶の間にまで聞こえてくる。集中すれば振動も少々伝わってくるような。家全体はそれなりの広さがあるのだから、なかなか相当な――。
もうひとつ置いてあった空の湯呑みを手元に引っ張って来て、霊夢は急須の中身を入れる。温くなったかりがね茶だが、今の魔理沙には丁度いいだろう。うるさい足音の理由は怒っているのではなく、どこにも持って行きようの無い苛立ちだ。魔理沙は精神的にまだ子供だから、そういったことが上手く処理出来ないでいる。だからどたどた足音を立てる。だからこうやって神社に来る。霊夢はそれを誰よりもよく知っている。
ああまたか――――ばかな子。
霊夢はこっそり独り言ちる。まだ顔の見えない、それでも彼女だと確信している訪問者に向けて。
「よう、霊夢」
先程までの足音に反して、静かに襖が開いた。いつも通りの気軽さを装おうとして見事に失敗した、ぐずぐずのうるうるになった声。予想に違わず馬鹿魔理沙の登場である。
彼女の健気すぎるほど穴だらけの取り繕いに、霊夢は気付かないふりをしてやった。声を誤魔化したつもりでも――そもそも誤魔化しきれていないが――深くかぶった帽子の奥が、畳に座っている霊夢からでは丸見えなのも知らずに、への字だった口をひん曲げてぎこちなく笑顔を作る。すうう、と静かに後ろ手に閉められる襖。
「どうしたのよ。風邪?」
「……まあ、そんなところかな」
「あんた、季節の変わり目によく風邪をひくわね」
曖昧な返事に意地悪な皮肉を込めて返すと、ちぇっ、と言いながら魔理沙は帽子を脱いだ。つばの下から真っ赤になった目と鼻がのぞく。腫れは引いているものの、少し前まで泣いていたのは明白だった。そのしおらしさ、可憐さに、霊夢は自分の背筋がふるりと震えるのを感じる。普段は自然と上を向くまつ毛も濡れたためかほんの少し下がって、まるでまだ少し充血した瞳を隠そうとしているようだった。
いつもより幾分か大人しく、魔理沙は卓袱台の前に正座した。霊夢の右手、近くもなく遠くもない、絶妙な距離。霊夢はお茶を啜りながらちらりと魔理沙の方を見る。帽子は霊夢から見えない側に置かれていた。いただくぜ、と呟いて、魔理沙は用意された湯呑みを手に取る。はいどうぞ、と霊夢は何でもないように返事を返す。
幻想郷の誰より魔女らしいその格好も、特徴的な帽子が無くなってしまえば白黒でシックな少女趣味のワンピースだ。秋らしい日和の今日は、毛皮とレース編みが重なった付け襟を巻いている。その真ん中で結われた別珍のリボンといい、大きな帽子に巻かれたこれまた大きなリボンといい、いつだってスカートをふんわり膨らませることも怠らない彼女は、多少男言葉が混じった喋りをしようが紛れも無い女の子なのだ。
彼女は、季節と一緒に恋をした。
春には花を愛でる人に憧れ、夏には太陽に負けない眩しさの笑顔を向ける人に惹かれ、秋には物憂げに紅葉を眺める人に焦がれ、冬にはあたたかく迎えてくれる人に惚れてみたりなどしていた。
そんな風に言えば如何にも少女らしくて聞こえはいいが、何の事はない、ただ惚れっぽいだけである。
花を愛でる人は同じように幾人もの女性を愛でたし、眩しい笑顔は勿論彼女だけのものなどではなかった。紅葉が散ってしまう頃に彼の陰気さと馬が合わないということを漸く悟り、冬になると他の季節より香霖堂に入り浸るようになる。それが魔理沙の一年だった。
――ばかな子。
いくら他人に執着しない霊夢とて、魔理沙が心配でないわけではない。かといって人の恋路に口出しするほど野暮でもないと自分では思っている。
だからこうして魔理沙が泣きにくる度にちくりと忠告めいた皮肉を言うのだけれど。
「大方お腹でも出して寝てたんじゃないの」
「はは。ばれたか」
「あんたは寝相が悪いからね」
一緒にここの縁側に並んで昼寝をしたのはいつの夏が最後だったろうか。十になる前にはやめてしまった。いつも霊夢が魔理沙より先に目覚めて、魔理沙の寝相のせいで蹴り飛ばされた薄っぺらい毛布を引っ張って来、彼女の丸出しになったお腹とドロワーズを隠してやったものだ。
いつだったかそういう時に、霊夢はぼんやりと魔理沙と一生こうやって寄り添って生きて行くのだと思った。恋とも言えない、淡い確信だった。それは年々霊夢の中で濃くなっている。じわじわと、半紙が薄墨を吸い上げているように。
魔理沙は誰よりも少女である。幻想郷の同じ年頃の女の子達の誰より、恋というものを身を以て知っている。霊夢は恋というものを知らない。叶わない想いを寄せる切なさを、焦がれた心がどんな色になるのかを知らない。霊夢は幻想郷の同じ年頃の女の子達の誰より少女ではなかった。見た目だけなら分からないでもなかったが、霊夢自身としては少女というより、むしろ女と呼ばれる方がしっくりくるのだ。
春。彼が愛でた幾人もの女の中に霊夢は入っていた。最も、霊夢に限っての場合は向こうの方が入れこんでいたのだが。他の女には絶対的に保っていた優位性を捨て去って、膝をつけ時には胸まで地面に擦りながら、彼は霊夢の爪先を何度もしゃぶった。まるで祈るようなその背中にさえ薄汚い情欲が見て取れた。
夏。霊夢は彼の眩しい笑顔を見ていない。出会ってそう日がないうちから、向こうが真剣な顔で愛の言葉を囁き出したからだ。それを霊夢は拒まなかった。私もよ、とは言わなかったので厳密には受け入れたのではなく本当に拒まなかっただけなのだが、彼は勝手に霊夢の腹に口づけて楽しんでいた。
秋。絶望的に感性の乏しい睦言を聞きながら霊夢は揺すぶられていた。自分がどう性的に興奮しているのか、というのを愛だの何だのの言葉にすり替えて繰り返すのに、いちいち返事などしない。心底どうでもよかったけれど、彼はお構いなしに何度も霊夢の腹へ吐き出しては自分の絶頂が如何に素晴らしかったかを語っていた。
冬。冬の人とだけは関係を持った事はなかったが、その代わり何度も彼の自慰は見た。見ていてくれと言うから見ていただけだったのだが、彼はああ誰にも言わないでくれ頼む等とぶつぶつ言いながら一人で果てた。霊夢はそれを頬杖ついて蜜柑をつまみにひたすら見ていただけだった。おかげで栗の花の匂いを嗅ぐと蜜柑の味を思い出す。最初の冬以来、霊夢の中で白と橙色は対になっている。
魔理沙はそういう事を何ひとつ知らない。
春から秋には風の噂で、自分が好いていた人に女がいたとか出来たとか、そういう事を聞いて諦めるだけだ。冬は魔理沙自身の判断で、また他の人へ目を向けている。それをくるくる繰り返して、幾年か経つ。
霊夢がどれだけ彼女の好いていた人に身体を蹂躙され、反対に心を蹂躙したか、魔理沙は知らない。
知らないからこうして神社に来る。来て、何でもない振りをして、ちょっとだけ元気になって帰って行く。
「……」
「…………」
ずず、と聞こえるか聞こえないかの、お茶を啜る音が聞こえる。魔理沙はいつだってお茶をちびちび飲むのが好きだ。普段なら熱々のお茶だから当然といえば当然だし、今回のような時はいつも温めのお茶を淹れてやるが、やっぱり魔理沙はそうやって飲む。猫舌なのかそういう飲み方が好きなのかは霊夢も知らないけれど、こういう時の彼女にはとても似合っていると霊夢は思う。より一層物憂げに見える。鼻先をくすぐる温さは、魔理沙の体温ととてもよく似ている。男のあの離れていても分かる、むせ返るような熱さはここに存在しない。少女は知らないはずの、あの牡臭さが自分に染み付いているのではないかと、たまに嫌悪させるあの熱さ。
霖之助は自慰をするとき、いつも決まった言葉で果てるのを魔理沙は知らない。
「ああ誰にも言わないでくれこんなことが知れてしまったら僕は僕は――――“魔理沙”」。
たまに魔理沙がこれを知ったらどう軽蔑するかという予想を懇々と語ってやると、霖之助はいつも蕩けそうなだらしのない顔をして残りかすも無くなるまで断続的な吐精を続けるのだった。腰と顔を引きつらせながら恍惚とする様を見て霊夢は少しだけ羨ましくなる。私が彼ならとうに魔理沙と関係を持っているだろうに。どうして分かっていてこんな浅ましい真似をし続けているのだろう。情けないうめき声。先端を床にべったりと付けているそれは何のためにぶら下がっているのだ。霖之助自身も分かっている筈だ。魔理沙は何だかんだ言って霖之助をいっとう好いている。
この先他の誰の醜態を喋ったとしても、彼の事だけは生涯伏せているつもりだ。魔理沙が最終的に帰るのはいつだって霖之助の所なのだから。わざわざ背中を押すのも癪というものである。
――――もそもそと衣擦れの音がして、霊夢は我に返った。
いつのまにか魔理沙の湯呑みは空になっていた。ちびちび飲んでいたのに、それだけ時間が経っていたのか、それとも魔理沙が一気に飲み干したのか。湯呑みの底に茶葉の屑が、べったりと貼り付いて残っていた。
「……そろそろ帰ろうかな」
「あら、そう。早いのね。気を付けてね」
「うん。ご馳走様。――――霊夢」
呼ばれてなに、と軽く顔を上げた。身支度をする魔理沙の黒いスカートの裾、丁寧にあしらわれた純白のフリルが揺れる。この服を仕立てた霖之助が、彼女の服を作る前に使用する糸や布全てを抱いて全裸で寝ているのを魔理沙は知らずに、こんなにも可憐に着こなしている。
彼女はそんなことは一生知らず、霊夢と過去の想い人達とのぐちゃぐちゃの交接も知らず、いつの日か霖之助と結婚するだろう。そして子供を幾人かもうけ、幸せに幸せに暮らすのだ。それはもう、霊夢がたまらなくなるほど幸せに。霊夢も同じような時期に適当な里の誰かと結婚し、子をもうけ、幸せな魔理沙に寄り添うようにその姿を見続けるのだ。そんな日々は既に確信として霊夢の心の中にある。博麗の勘が霊夢にそう告げている。薄墨は最早薄墨とは言えないほどの黒さになっている。
その内側をほのかに色づかせながら開きかかった蕾。そんなふうに魔理沙は微笑んでいた。霊夢も自分と同じ色だと信じて疑わない笑顔だった。こんな少女らしい少女、幻想郷中のどこを探したってほかに見つからないのだ。
霊夢は気付かれないように奥歯をぎゅっと噛みしめる。胸の奥から頭の奥から、甘酸っぱさが染み出るような気がしてそれを堪えたかった。堪えきれなくて、ちょっとだけ目頭が熱くなる。頭がくらりとした。
それにも気付かず霧雨魔理沙は少女らしさをたたえたまま、霊夢に向かって軽く言葉を投げる。
「ありがとな」
「……何お礼なんか言ってんのよ。馬鹿魔理沙」
何だとう、といつもの調子でころころ笑う彼女を見ていると、霊夢はもうそれだけでよかった。
これだけ魔理沙が早く帰る日は、十中八九香霖堂に寄り道して帰る。霖之助は今夜にも霊夢を呼ぶだろう。その時には魔理沙の泣き顔が、衣服の着こなしが、濡れたまつ毛の奥の充血した白目が揺れる瞳がどれだけ素晴らしいものだったか霊夢の舌で教えてやろう。そうしてまた果てる彼を見てひっそり蔑み、霊夢はこう独り言ちるのだ。何て可愛くて可哀想な魔理沙。何て可哀想で残念な霖之助(ひと)。そして私も。畜生。
はじめまして
れいむがまりさを慰めるふりして慰み者にしてる話(精神的な意味で)でした
魔理沙はボッコボコにされてるか寵愛されてるかの両極端なイメージがあります
すな
- 作品情報
- 作品集:
- 3
- 投稿日時:
- 2012/03/25 17:09:28
- 更新日時:
- 2012/03/26 02:12:28
- 評価:
- 6/11
- POINT:
- 690
- Rate:
- 14.30
- 分類
- 霊夢
- 魔理沙
- 女の友情って怖いかもしれない
- 友情?
ありがとうございます。
魔理沙は表情豊かに悲恋を語り、
霊夢は無表情に肉欲に耽る。
バカっタレのメスガキ共が。
魔理沙の少女らしさと頭の悪い無邪気さもいい
理想のレイマリ関係でした