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『こあくまばなし』 作者: NutsIn先任曹長
こあこあこあ〜。
こんにちは。
それともおはよう? こんばんは?
まあ、私はお寺の山彦じゃないから、挨拶はこんなもんで。
私は< *** >と申します。
え? 私の名前が聞こえない?
ああ、それはですね、私と契約した人――、
つまり私の主じゃないと私の真名を聞くことも呼ぶこともできないんですよ。
私は文字通りの悪魔――魔族です。
魔族にも色々あって、人間そっくりの容姿をした者、頭に角や触覚を持った『悪魔』そのもの、黒ヤギの頭と下半身を持った獣人、天を見限り魔界に与した賢き堕天使、エトセトラ、エトセトラ。
私の一族は『カナード族』と呼ばれる種族で、魔族の証である獣のような瞳と尖った耳、それに背中と両耳の上あたりにコウモリの羽を持っているのが特徴です。
私は赤毛に映える頭の羽がお気に入りで、私をこんな美少女に産んでくれた両親と魔界神様に感謝しています。
あ、自分で言うのもなんですけれど、高等学校に通ってた頃はクラスで一、二を争う可愛さだったんですよ!!
クラスメートのサキュバスがそう言ったんだから!!
私は魔界の中流の上レベルの家庭に生まれました。
最強を誇る魔軍の主計科に務める父。
美人で気立ての良い母。
ちょっとお堅いが美人で評判の姉。
生意気盛りのおしゃまな妹。
そして、三人姉妹の次女である、この私。
私達一家は閑静な住宅街に居を構え、親切でややお節介なご近所さんに囲まれて、そこそこ幸せな毎日を送っていました。
あの日までは――。
――って、そう書くと何か災難に遭ったみたいですが、そういうのじゃないです。
その日、私は、使い魔として独り立ちすることになったんですよ。
〜〜〜こぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁ〜〜〜
高等学校を無難な成績で卒業した私は、進路として『使い魔』を志望しました。
人間や種族としての魔法使いと契約して、契約書に記載されている期間及び内容でお勤めして、契約終了時に莫大な報酬をいただく、という仕事です。
契約期間は長ければ数百年くらいで、短い場合は、一瞬です。
最短期間のケースには二通りあり、第一は契約者の違反行為による契約破棄ですね。
これの場合、実行してしまった工程を契約前の状態へ戻した後、『対価』の強制徴収、そして契約書にあるペナルティを行います。
ペナルティとしては、大抵は契約者の人生や保有する財産、社会的地位等を契約遂行者――契約した悪魔――の好きにするというものです。
もう一つのパターンは、契約した職務が極めて簡単なものだった場合です。
例えば――、小金が欲しいとか、股間の粗末なモノを触手に変えて女を手当たりしだいにヤりたいとか、憎い某を呪い殺せといった、ちょろい内容のものですね。
実は、私達『悪魔』と契約する『ただの人間』のオーダーは大抵コレなんですよ。
巷には『短期』の契約を何口もこなして一財産稼いだ使い魔のサクセスストーリーを『原案』にした物語の本が溢れています。
下世話な話で恐縮ですが、私もそれを夢見て役所に使い魔登録をした次第です。
ちなみに姉は都会の一流企業に勤め、妹はまだ幼年学校に通ってます。
自宅で家事手伝いをしながら待機すること、約百年。
役所から、私を自分の使い魔にふさわしいか面接したい魔女がいるとの連絡を頂きました。
相手の希望日は来週末の休み。場所は私の家。
たまたま全員揃っていた家族に了解を取った後、私は震える手で了解の旨の返事を書き、この知らせを持ってきたお役人に手渡しました。
あっという間に面接当日。
我が家を訪問した少女の姿をした魔女を客間にお通しして、私の使い魔採用面接が行われることになりました。
二人きりの客間に漂う甘いような焦げ臭いような匂い。
魔女は紫色の長髪を三つ編みにして、厚手のシャツとデニム生地のショートパンツ、それらを包み隠す防水/透湿生地のローブ、というかポンチョといった出で立ちで、プカプカと紙巻きの煙草をふかしていました。
いかにもフィールドワークを専門とする荒野の賢者を彷彿させる身なりと貫禄をした魔女は、嫌味にならない程度におめかしをした私をしげしげと咥え煙草で見ると、チビた煙草を灰皿でもみ消しました。
「むきゅ、貴方のお部屋を見せていただけるかしら?」
「こあっ!? よ、喜んで」
履歴書といった必要書類はもう役所で見たのだろう。
筆記試験も口頭の質問もすっ飛ばして、魔女はそう言ったのです。
家に来ると言われた時点で予測された事態だったので、姉や妹も動員して掃除は済んでいます。
私は若干の緊張を含んだであろう笑顔で承諾して、魔女を自室に案内しました。
ちなみに私の部屋は、壁際にはベッド、窓際には机、作り付けのクローゼットは出入口の隣となっています
むみゅむきゅ……と言いながら私の後から部屋に入った魔女は、開口一番、こう言ったのでした。
「貴方も『短期契約でガッポリ』のクチかしら」
「ごあ゛っ!?」
「むっきゅっきゅっ……、あ・れ」
魔女が指さした先にはな、なんと!!
先に述べた、契約者から魂や全財産を巻き上げるためのハウツー本が、本棚にずらりと収まっているじゃあ〜りませんか!!
抜かった!!
「いいわよ」
「こぁ?」
え? 何言ったんだ、この魔女?
「本、綺麗に整頓してあるわね。私、本を丁寧に扱う娘、好きよ」
あ、ああ……、そう言う意味……。
「私の使い魔になったら、いつでも私を殺しにかかってもいいのよ、むきゅん」
そっちの意味でもあったか……。
……。
…………。
え?
ええ?
「あの、どういう意味でしょうか……?」
この魔女、何やらさらっと言ったよな。
むきゅきゅ。
魔女は外見年齢相応の笑みを浮かべ、今度ははっきりと行った。
「私、貴方のことが気に入ったわ。『短期』じゃなくて一生こき使われる覚悟があるなら契約したいけれど、よろしいかしら?」
私は即答した。ええ、しました。させていただきました!!
「はい!! ご契約、ありがとうございます!!」
むきゅすきゅす……。
私のご主人様(内定)は、また笑った。
「契約書は?」
「ごっ……あ!!」
そう、契約者と悪魔の魂を呪術的に結びつける『悪魔の契約書』。
公式な用紙に両者のサインを書いたこれが無ければ契約はした事にならない。
「けけけけけ契約書!! どこ!? どこいったの!?」
「むきゅ。じゃあ、私は客間で待たせてもらうわね」
魔女様が退室した数分で、私の部屋は掃除前以上に散らかりました。
さらに数分後、引き出しが全て開け放たれた机の上に、筆記用具と共に置いてあった契約書を発見しました。
私が床に突っ伏した時間は、それらよりもはるかに長かったです……。
「こぁぁ、お待たせしました」
「愚図は嫌いよ」
いきなりの辛辣なお言葉。
灰皿に山をなす吸殻。
「たかが机に置いた書類を取ってくるのに、どれほどの時間が必要なのかしら?」
知ってたのかよ。
「……申し訳ありません」
私は頭を下げた。
じゃないと、このクソ魔女をデビルアイで睨みつけそうだったからだ。
落ち着け、私。この淫売をファックして切り刻むのは、頂くモン頂いてからだ。
「じゃ、契約の対価だけれども、先払いで」
ガバッ!!
顔を上げて魔女様のご尊顔を拝する私の笑顔は、おそらく太陽のように眩しく、月のように慈しみに満ち、星のように愛想を振りまいていたことでしょう。
確か『生涯契約』でしたよね。何を払うつもりなのでしょうか?
目? 髪? 声? それとも魂? 高レベルの魔女に捨てる所無し、ですからね。
「むっきゅん、どうぞ」
ぽん。
無造作に握らされた物。
手のひらサイズの結晶?
それは、鉱石のような、宝石のような物質だった。
「こ? あぁああああああああああああぁぁぁああああっ!!!!!!!!!!」
わたしは、この塊を捧げ持ったまま絶叫して腰を抜かしてしまいました。
応接室の空気を、私の乳首と股間を、ビンビンに震わす強大な波動!!
賢者の石。
パワーソースにも霊薬の材料にもなる夢の物質。
魔術師百人が三日三晩ぶっ通しで儀式を行なって、ようやく鼻くそ程の量が出来上がります。
幼年学校時代の社会科見学で『工場』に行った時、処女百人の首を刎ねて鼻くそが生み出される光景を、みんなで目を輝かせて夢中になって見たものです。
確か、その鼻くそほどの欠片で街一つ分の生活を支えることもできれば、灰燼に帰すこともできるとか。
それを一塊。
ポンと渡されました。
この高価な危険物は、手の中でトクトク……、と脈打っています。
これほどの量なら、ちょっとぐらい消費しても大気中のマナを摂取して自己修復するから、使いすぎなければ無限に魔力供給が可能でしょう。
当然、これが生み出す富も計り知れません。
少なくとも魔族の一生涯分、数千年分の光熱費の価値はあるでしょうね。
この小娘の姿をしたクソッタレ魔女は、一体どれほどの実力者だ!?
「で、契約してくれるのかしら?」
魔女様はサインした契約書を私に差し出し、私の顔を覗き込んだ。
一発契約だ!!
こんなお宝差し出されては、漢(おんな)が廃る!!
私は契約書を受け取り、真の名前を書き込み、控えを魔女様に渡しました。
蛇足ですが、この『悪魔の契約書』は三枚綴りになっており、一枚は私が保管し、もう一枚は契約者に渡し、最後の一枚は役所に提出します。何でも魔界からのサポートや税金や年金の計算に使われるとか。
「これで契約は成立です。ええと……、パチュリー・ノーレッジ、様」
動揺を気取られないようにクールを装い、契約書に書いてある自分の主人の名を、この時初めて呼びました。
「むきゅん。これからたっぷりとこき使ってあげるわね、< *** >。
……と、いつまでも真名で呼ぶのは都合悪いわね……。
じゃ、貴方のことは『小悪魔』と呼ぶわね」
何の捻りもねぇ……。
「む、きゅん。では改めて……、よろしくね、小悪魔」
この時我が主、パチュリー様が浮かべた笑みは、
まさに、小悪魔のように可愛く、魅力的で、ほのかな悪意に満ちたものでした。
パチュリー様からいただいた『契約料』は、両親に預けました。
初手当は、やっぱり、地獄に祝福された私を産み、この数百年間育ててくれた親に、ね。
〜〜〜こぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁ〜〜〜
私とパチュリー様は世界中を旅しました。
珍しい薬草があると聞けば採取に出かけ――その時私はその歩き回る『薬草』に食われかけました――、
火山を探検して希少な鉱石を発見し――その時私は有毒ガスを吸って、危うく神の御許に召されるところでした――、
『いつでも殺そうとしても良い』と言われていたので、遠慮なくパチュリー様の食事に一服盛り――その時私はぶっかけられた毒入りスープで髪を洗う羽目になりました――、
魔女狩りの追っ手と楽しい鬼ごっこをしたり――その時私は『鬼さん』達を血祭りに上げて、今までの鬱憤を晴らしました――、
そして今、久しぶりに魔界に帰ってきた私達は、都会にある一流ホテルのスイートルームに泊まっています。
「むっきゅ〜ん、きゅ〜ん、きゅ〜〜〜〜〜ん」
盛りのついた室内犬のような鳴き声を上げながら部屋を踊るようにうろついているパチュリー様は、手にした髪飾りを愛おしげに眺めています。
この三日月型の髪飾りは、優れた研究をして魔界に貢献した賢者に与えられる由緒正しきシロモノです。
パチュリー様がたまにシコシコ何か書いていたのは知っていましたが、それが今回表彰された論文なのだそうです。
今回の宿も、御国がパチュリー様のために朝晩の食事付きで用意してくれたんですよ〜!!
魔界から一流魔女様の称号をいただき、外見年齢よりもはるかに幼く狂喜するパチュリー様。
その乱舞は小一時間続き、一流魔女の使い魔となった私は部屋のベッドに腰掛け、パチュリー様を見物していました。
見てて飽きなかった舞を終え、多少落ち着かれたパチュリー様は早速、表彰式で魔界神が御自ら渡した髪飾りをおぐしに付けられました。
「どう、似合うかしら?」
普段は三つ編みですが、今はストレートにした紫のつややかな髪。
そこに輝く三日月は、瞳に知性を湛えた幼い美少女のはにかんだ表情と相まって――、
「たいへん、お似合いですよ」
――とても、美しかった。
「そう」
――目尻を下げたパチュリー様の美しさが際立った。
パチュリー様は、私に飛びつかれました。
私はパチュリー様にしがみつかれたまま、背後の大きなベッドに押し倒されました。
「ねぇ、小悪魔」
「……はい」
ゴクリ。
「しよっか?」
「……はい!!」
髪飾り以外を除いて何一つ身にまとっていない、パチュリー様の裸身。
幼さと妖艶さを醸し出す、整った顔。
大きな胸に引き締まったお腹。
健脚で鳴らした若干太めの足。
流れるように書籍を紐解く繊細な指と、逞しさを感じる腕。
そして、頭髪と同じ色と髪質である股間の茂みは、香り立つ泉が湧き出していました。
クラクラしてしまいました。
私も衣服を脱ぎ捨て、パチュリー様ほどではないが、結構イケてると自負する肢体を晒しました。
私は念じました。
パチュリー様を、抱きたい。
私の体は、その願いに答え、股座にそのための器官を生やしました。
じゅぶるんっ!!
「まあ、凄い」
無数のイボに塗れた、長さ、硬さ、耐久性、与える快楽、どれも一級品の悪魔の魔羅。
パチュリー様はお喜びです。
「では、参ります」
「来て……」
私はパチュリー様の腰を両手で掴むと、イチモツはズルリと鎌首をもたげ、準備万端の泉にその身を飛び込ませました。
ジュブッブブブブブッ!!
「かひぃっ!!」
「ふぐぉぅっ!!」
パチュリー様と私は、同時に声を上げてしまいました。
ここから先は、作業。
互いに快楽を貪り合う、作業。
私は快楽機械(マシーン)となり、緩急変化球をつけたピストン運動を、主人の泉に打ち込んだ極太長大なドリルで、ただただ無慈悲に遂行しました。
機械の掘削作業に、私に腰をつかまれたパチュリー様もまた、喘ぎ声をあげる機械となりました。
ジュパンッジュパンッジュパンッジュパンッジュパンッ!!
「あっあっあっあっあっ!!」
ジュップジュップジュップジュップジュップ!!
「かはっあっあっあっあっ!!」
ズンッズンッズンッズンッズンッ!!
「ひぃっひっひっひっひっ!!」
私は化け物じみたペニスをパチュリー様の最奥に収めると、腰の動きを止めてパチュリー様に具合を聞くことにしました。
「いががですか、パチュリー様」
「いいっ!! 良いわっ!! もっと、もっとよ!! もっと激しくなさい!! これは命令よ!!」
「仰せのままに」
主人のご命令です。
その前に、軽く準備運動をば。
激しい口調で淫靡な命令を発したパチュリー様のお口を私の口で塞ぎ、口中に溜まった唾液を私のものと混ぜ合わせ、出来上がった甘露を互いに味わいました。
「ふぐっ、ちゅ、じゅぶ、じゅるるっ!!」
「じゅぱっじゅりゅりっ!! ちゅるるじゅるっ!!」
抱きしめ合い、お互いの両手の爪が背中に食い込みます。
私とパチュリー様の両胸が合わさり、敏感な突端をこすり合わせながら埋没していきます。
――そして、小ぶりで張りのある私の胸自体も、パチュリー様の柔らかいクッションのような胸に埋もれていくのでした。
そうこうしているうちに、私のモノがパチュリー様の膣内で臨戦態勢に戻ったようですね。
パチュリー様は愚息の復活を呻き声で祝福してくださいました。
「!! ふぐっ!?」
「では、続きをいたします」
私はマシーンから、感情を持った生物と進化しました。
獲物に食らいつき、性交の快楽を貪る獣へと。
そしてパチュリー様は、獣に食われる獲物です。
食われる事を至上の喜びとする、家畜のメス豚です。
私にケツを突き出し、淫汁を垂れ流す穴を差し出す様は、まさしく、豚。
私は何度も剛直をパチュリー様に突き入れ、その度にパチュリー様は何度も歓喜の悲鳴をあげました。
あれから何時間?
それとも何日?
さすがの私もすっかりバテました。性欲の象徴であったペニスも既に消え失せていました。
私の隣には、貪欲なメス豚――もとい、パチュリー様が上気した顔で荒い息を吐いていました。
「むきゅぅ……、むきゅぅ……、小悪魔、良かったわ……」
「こぁぁ……、こぁぁ……、どうも、パチュリー様……」
主人に満足していただいて光栄のいたり。
パチュリー様の手が、そっと私の手を掴みました。
気がつくと。私は顔を枕に埋めていました。
「こあっ!?」
慌てて顔を上げ、ねじり上げられた腕の痛みを感じながらなんとか背後を振り返ると――、
「むっきゅっきゅ〜、有能な使い魔にはた〜っぷり、ご褒美をあげなきゃね〜」
――パチュリー様は私に微笑みかけました。
その笑みは、飢えた肉食恐竜がか弱い子ウサギを見つけたら浮かべるであろう、物騒なものではありましたが。
ブルルンッ!!
そして、未だに私が注ぎ込んだ精液と愛液のミックスジュースを滴り落としている陰部の上方に、私のを遥かに上回る凶悪さを秘めたイチモツをぶら下げ、いいや、そそり立たせているじゃありませんか。
パチュリー様は、欲情していました。
今度は男の劣情を催したようです。
殺される。
あんなモンで、私のお淑やかな『女の子』の部分をかき混ぜられたら、死ぬ。
ぶわ。
私の両目から涙が溢れました。
やだ、止めろ、死にたくない。
私は背中と頭の羽をバタつかせ、汁まみれになった白いシーツの屠殺場から逃げようと、無駄なあがきをしました。
「小悪魔、ふふ、可愛い」
しかしパチュリー様は、私の必死の様子を見て喜ばれ、より一層、陰茎を巨大化させました。
ああ、私が可愛いばかりに、この性欲の権化の性欲の炎に油を注いでしまったようです。
パチュリー様は私の腕を掴んでいた手を離し、代わりに両手で私の腰を掴んで持ち上げました。
パチュリー様に女性器と肛門を向ける私の姿は、先ほどパチュリー様を心の中で揶揄した、メス豚のようでした。屠殺されて美味しくいただかれる、豚。
「じゃあ……、頂くわね」
「ごあ゛あああぁぁぁぁぁっ!!!!! 堪忍じでえ゛ええええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜!!!!!」
ホテルのチェックアウトの日が参りましたが、パチュリー様は自腹で延長なされました。
私はさらに一週間、パチュリー様から甚振られ……、いや……、ご寵愛を頂戴することになったのでした……。
〜〜〜こぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁ〜〜〜
パチュリー様が倒れられたのは、やはり魔界で私達が調べ物をしている時でした。
「ぐっ!? げほっ、ごほごほんっ!! ごほっごほっ!!」
「こあっ!? パチュリー様〜!?」
私はパチュリー様の背中をさすり、落ち着いた所でベッドに寝かせました。
「パチュリー様……」
「……むきゅぅ……、むきゅぅ……」
パチュリー様は苦しげに眠っています。
このまま放っておけば、そのままお亡くなりに……。
ようやく使い魔生活から解放される……。
しかしながら『契約書』には、契約内容遂行者(私のことだ)は契約者の生命を可能な限り守らなければならないと書いてあります。反故にすれば、私が魔界の懲罰委員会に掛けられることになります。
仕方ない。私はとっとと面倒を終わらせようと、短期契約で借りているアパートメントをダッシュで飛び出し、医者の元へ向かいました。
パチュリー様は、喘息を患いました。
しかも体力が衰え、今までのように『調査活動』と称する冒険もできないと言われました。
しばらく寝ていれば歩けるぐらいには体力は回復するが、それ以上の病状の回復の見込みは、無い、そうです。
まあ、死ぬことはないって、はっきり言われましたけれど。
ちょっぴり残念。
お医者様を見送った後、寝室に戻ると、パチュリー様は憮然として咥え煙草で半身を起こしていました。
「小悪魔、火」
魔法を使うなり灰皿と一緒に置いてあるマッチを使うなりすればいいのに、パチュリー様はいちいち私に煙草の火を点けさせます。
私はパチュリー様のそばに行くと、
その愛らしい唇に咥えられた煙草をひったくりました。
「あ!?」
続いて、遅滞なくベッド脇のサイドテーブルからシガーケースと吸殻がいくつかある灰皿も取り上げました。
「むきゅー!! 小悪魔!! 何すんのよ!! げほっげほ!!」
パチュリー様は咳き込みながらも私を怒鳴りますが、聞くつもりはありません。
「お医者様の話を聞いてなかったんですか? パチュリー様が衰えた原因はこれだってことを」
この紙巻き煙草、パチュリー様がいらなくなった紙切れで刻んだ葉煙草を巻いて作ったお手製です。
しかし、この紙切れが曲者でした。
この紙は、不要になった魔道書を裁断したものだったのです。
旅の途中でも、パチュリー様はよく本――魔道書を入手していました。
大事な本は何処かへ送っていたようですが、読破して不要になった安物は、荷物になるので古本屋に売ったり、煙草の巻き紙にしていました。
しかし安物の魔道書といえども、その文章は呪言であり、魔力が込められています。
パチュリー様は、そんな紙切れを燃やして煙を体内に取り込んでいたのです。
魔道書は小さくカットされており、その呪いは微々たるものですが、それを何十年、何百年と摂取し続ければ、捨虫、捨食を極めた魔女でも不可逆の体調不良を起こして当然です。
そして、先に述べた『契約書』の内容、『契約者の生命を可能な限り守らなければならない』とあるように、私にはパチュリー様の生命を守る義務があります。
「むきゅ〜ん!! 持っていかないで〜!!」
あのパチュリー様の泣きっ面を拝みたいというのもありますがね。こあっこあっこあっ。
あれからパチュリー様は寝込んでしまわれたので、私は献身的に看病いたしました。
本当ですよ。今もパチュリー様に精をつけていただこうと、お粥を鼻歌交じりに調理しているのですから。
「こっこっこっこっこぁっ娘〜、わ・た・しは、ぱちゅりの〜使い魔よっ♪」
ぱかっ。
ボウルに卵を二つ、三つと割り入れ、軽く腰を切る程度にかき混ぜます。
くつくつ。
土鍋のお粥が煮える音と鶏ガラから取った出汁が食欲をそそります。
小皿にお粥を少しよそい味を見ますと、ちょっと薄すぎる気がしたので塩コショウを軽くふりかけました。
味付けを終えたところで、先ほどの溶き卵を回し入れ、火を止め、蓋をしてしばらく待ちます。
このお粥はただのお粥じゃぁありません。
鶏一羽を潰し、ガラからはだしを、身は焼き鳥にして、それらを惜しみなく投入した高カロリーな物です。
これを体を動かせない者が食べれば、カロリーは消費できず脂肪となって蓄積される、まさに悪魔の料理です。
さらに食後のデザートをつけて、ダメを押しておきましょう。
リンゴを皮付きで八等分して、それぞれに切れ込みを入れて皮を剥き……。
『うさぎりんご』にしたそれの耳にあたる皮を二本の矢印のように細工して……。
できた!!
名づけて『小悪魔りんご』!!
さあパチュリー様、体力をつけて、ついでに贅肉もつけてデブチュリーになりましょう。
私の目論見は、見事に外れました。
確かにパチュリー様は特製お粥もリンゴも美味しいと言って完食してくださいました。
しかし、オーバーカロリーが体に蓄積される前に、体調が回復してしまったのです。ちぇっ。
ベッドから起き上がれるようになったパチュリー様はどこかに手紙を出され、しばらくして届いた返事を一読すると、アパートメントを引き払うと言われました。
「こぁぁ、今度はどこに行くのですか?」
「大陸にいる友人の所よ」
そう言って、身の回りの物を愛用の旅行カバンに詰め始めました。
私もアパートメントの賃貸契約書を確認したり、銀行に行って支払いや旅費の引き落としをしたり、入り用になった細々とした物の調達に走り回ることとなったのでした。
「さあ、行くわよ」
「はいっ、パチュリー様!!」
もはやパチュリー様はそのおみ足で長距離の移動はできなくなりました。
ふわり。
――なので、空を飛んでいくことになりました。
パチュリー様はぐんぐん高度とスピードを上げて、魔界の空を疾駆します。
私も久しぶりに、文字通り羽を伸ばし、必死になって我が主人である大魔女の後に続くのでした。
〜〜〜こぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁ〜〜〜
「――そう、なら私の屋敷に住むと良いわ。パチェから預かった本も大切に保管しているから」
「むきゅ、ただ物置に放り込んでいる事を、『大切に保管している』とは言わないわよ、レミィ」
魔界を離れた私達は外界の大陸に渡り、海辺の外国人居住区に建つ、真っ赤なお屋敷を訪れました。
そこで私達を待っていたのは、パチュリー様の親友だという吸血鬼の少女でした。
パチュリー様の隣に着席することを許可された私は、はっきり言って、生きた心地がしませんでした。
レミリア・スカーレット。
まだ齢500歳にも満たない若輩者である夜の皇。
しかしながら、その残虐性とカリスマたるや、かのヴラド・ツェペシュ公の再来と言われるほどです。
今、私はその御威光の直射にさらされ、体中の水分が汗と化して干物になりそうです。
「まずは腹ごしらえといきましょう。私も小食なのでこれで十分でしょう」
その言葉を待っていたのか、レミリア様お付きの者らしい、大陸の人民が着るような装束の女妖怪が手鞠ほどもある饅頭を持ってきました。
「むきゅん、では頂くわね。小悪魔も遠慮せずにおあがんなさいな」
むきゅむきゅと出された中華まんを食んでいるパチュリー様と、同じく豪快にかぶりついているレミリア様に促され、空腹を思い出した私も両手で抱えた白くて暖かい塊にかぶりつきました。
ガブッ!!
ジュワ〜ッ。
口に広がる肉汁。
「美味しい!!」
思わず叫んでしまいました。
これを持ってきた女妖怪は、にっこり微笑みました。
彼女が作ったのか。
食べ出がある肉まんを残さず平らげた私とパチュリー様は、レミリア様から衝撃の事実を告げられました。
「私達、明日引っ越すから」
「むきゅ!?」
「こあ!?」
で、次の日。
「おはよう、パチェ、小悪魔。新天地はいい天気よ。忌々しいことにね」
「むぎゅう!?」
「ごあ゛あ!?」
パチュリー様と客間で目覚めた私は屋敷を飛び出し、今は門前で番人をやっている手作りの肉まんを振舞った女妖怪――紅 美鈴さんに挨拶をして、お屋敷――紅魔館を飛び出しました。
昨日は、雑踏、商船、潮の香りを感じたのですが、
今日は、水鳥や妖精が舞い、戯れる、静かな湖が眼前に広がっていました。
ふと、後ろを振り向くと、パチュリー様と日傘をさしたレミリア様がこちらにやってきました。
「幻想郷に、ようこそ」
幻想郷。
レミリア様がおっしゃったセカイの名。
忘れ去られたモノ達の楽園、あるいは廃兵院。
私は、魔界でこの箱庭のセカイの事を聞いたことがあります。
なんでも、このセカイの管理人が移住者を募っているとか。
レミリア様もそのクチなのでしょう。
お屋敷ごとの引越しは、幻想郷の管理人であるスキマ妖怪の力によるものだと、後日聞きました。
かくして私とパチュリー様は、紅魔館の一員になると同時に、幻想郷の住民となったのでありました。
〜〜〜こぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁ〜〜〜
越してきて早々に、レミリア様は幻想郷に宣戦布告をなさいました。
幻想郷の管理人、八雲 紫の依頼通りに、倦んでいた妖怪達に喝を入れてやったのです。
この幻想郷のガス抜きは恙無く終わり、以降の揉め事は、年端の行かぬ巫女の提唱した命名決闘法案――スペルカード・ルール、要するに『弾幕ごっこ』で決着をつける事となったのです。
思い返してみれば、これって、幻想郷の歴史的瞬間に立ち会ったってヤツ!?
パチュリー様の蔵書が無造作に詰め込まれていた、紅魔館が誇る地下図書館の整理を終え、
寝巻きにもなる紫色のローブのようなワンピースと自慢の三日月飾りを付けたナイトキャップが引きこもり、もとい図書館館長になられたパチュリー様に似合うようになり、
私も司書のビシッとした格好が様になってきてしばらくした頃。
屋敷にいる人数が貴族の格を表すと言われるメイド妖精が大勢整列している、通称『謁見の間』。
紅魔館のメイド長が、屋敷内の全員をここに集めました。
レミリア様が貫禄たっぷりに腰かけている玉座の両側に、私達は立っています。
パチュリー様、美鈴さん、
そして、拘束具をゴテゴテと身にまとった金髪少女。
レミリア様が美鈴さんを見ながら拘束少女を顎でしゃくると、美鈴さんは少女の目隠しと猿轡を外し、ヨダレまみれの口を自分のハンカチで拭ってあげました。
「ありがと、め〜りん」
「ども」
少女の愛らしい顔が露になりました。
彼女は顔以外で露出している羽を伸ばし、羽毛や皮膜の代わりに付いている無数の宝石をシャランと鳴らしました。
この少女こそ、レミリア様の妹であらせられる、フランドール様です。
名前だけはパチュリー様から聞いていましたが、今回初めて御目文字が叶いました。
そして、もう二度とお会いしたくないと思いました。
レミリア様とはまた違った、凄み。
物だろうが者だろうが、きっと妹様は、いとも簡単に、『破壊』する。
檻から引きずり出された破壊の権化は、早速、緋色の目を見開き、絶対的支配者である姉に噛み付きました。
「アハッ、お姉さまァ、お久しぶり!! ご機嫌いかがかしらァ? 私は臭ぇお部屋から久々に出られてイっちまいそうよォ!!」
「愛しい妹よ、お前のその見目麗しい美貌を見て、私は天にも昇るような最悪の気分になったわ」
私など足元にも及ばない実力をお持ちの高貴な吸血鬼姉妹のかしましいやり取りに、私以外の紅魔館首脳陣は苦笑を浮かべて見守っています。
スカーレット姉妹の楽しいトークが一段落したところで、メイド長を務めるメイド妖精が進み出てきました。
スカートの両端をつまみ、優雅に礼をするメイド長。
それを合図にしたかのように、メイド長の背後からまだ子供のメイドが進み出て、もみあげを三つ編みにしたクセのある黒髪の頭を、メイド長に倣ってぺこりと下げました。
幼い少女はメイド妖精ではなく、人間でした。
今日の晩御飯かしら?
「その子供はどうした? 攫ってきたのか?」
「まあ、可愛いメイドだこと。ねえお姉様ァ、あれ欲しいわ。本物の人間はまだ『壊した』事がないから、そそるわァ。キャ〜ハハハハハッ!!」
「まあ待ちなさい、フラン。まずはメイド長の話を聞きましょう」
確かに妖精はよく人間の子供を攫い、他の攫った子供と入れ替えて家に返したり、壊れるまで玩具にしたりしますが、でも幻想郷の人里では御法度では?
レミリア様が幻想郷移住の際に署名なされた『悪魔の契約書』にも、そのへんの決まり事は遵守すると書いてありましたし。
「この娘は先ごろ人里に買出しに出た折に使用人の素質ありと見出した、『迷いの竹林』に住まう孤児の物乞いでございます」
「メイド長よ、紅魔館当主であるこのレミリア・スカーレットに、そんな下賤の娘を引き合わせるとは何事か」
人里に住んでいない孤児(みなしご)なら『契約』違反にならないし、管理人や巫女にどうとでも言い訳できますね。
さて、レミリア様の質問、というか静かな口調の恫喝に、メイド長は顔色ひとつ変えず、隣で縮こまっている少女を手で指し示し、滔々と答えました。
「この娘は確かに野良の出自でございますが、躾ければ忠犬になる素質がございます。
事実、今日のお披露目までに使用人の技術を完璧に仕込むことができました」
胸を張るメイド長。
「ふむ……、お前が今日、時間を取って紅魔館にいる者達全員を揃えてほしいと願い出たのは、この娘を紅魔館の一員として認めて欲しいからか?」
「いえ、それだけではなく、この娘をお嬢様のお側に置いていただきたいのです。長じればきっと、レミリア様の御為に死んで魅せるでしょう」
なんと恐れ多いことを!!
出自の知れぬ卑しき人間風情のガキをレミリア様のお付きにしようなどと!!
「ぷっ、は〜はっはっはっ!! なかなかに愉快な余興だ!!」
「ア〜ハッハッハッ!! 野良の人間なんてお姉様にお似合いのペットね!!」
レミリア様は、どうやらタチの悪い冗談だと思い、妹様は純粋に姉をこき下ろしているようですね……。
「よし!! その冗談に乗ってやろうじゃないか!! おい、娘!! ちょっと来い!!」
真紅の闇の王のお戯れで、メイド姿の少女は涙目でレミリア様の前に進み出ました。
レミリア様に逆らおうなんて思う事すら、逃げようとする事すら能わない。
遅々たる歩みではありましたが、誰も少女を咎めることはありませんでした。
ようやく少女は、外見年齢は自分と同じぐらいのレミリア様の元にたどり着きました。
「もっと近う」
さらに少女は近づき、玉座におわすレミリア様を見下ろす位置にまで来ました。
「使用人としては、メイド長が仕込んだのであれば問題なかろう」
レミリア様は、自分を見下ろす少女にナイフを、刃の方を持って差し出しました。
「では私が直々に、我が側近となるに相応しいか、試してやろう」
ナイフを持つレミリア様の指先から煙が出ています。
あれは……、聖別された銀のナイフ!?
「娘、ナイフを取れ。ほら早く。指が痛くてしょうがないのだがな」
やっぱり痛いんだ……。
少女はおっかなびっくりナイフを両手で掴みました。
レミリア様は立ち上がり、ナイフとレミリア様のご尊顔を交互に見ている少女に――、
「私を、そのナイフで、刺せ」
――命令しました。
へ!?
「むきゅ、いつものことよ」
パチュリー様は私にそっと言いました。
そう言われても、あのナイフなら吸血鬼を殺せますよ。
でも、あんな細っちいメスガキに遅れを取るレミリア様では……。
「ああぁああああああああぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁっ!!!!!」
ザクゥッ!!
涙と鼻水と絶叫を迸らせながら、少女は銀のナイフで、レミリア様を刺しました。
グッサリと。
右手のひらを。
「きゃっっっ――、ハ〜〜〜〜〜ハッハッハッ!! 痛い?? ねぇ、お姉様ァ、痛い? ねぇねぇねぇ? 痛ぇかって聞いてンだよ!!」
妹様は、レミリア様を心配――などせずに、拘束具で動けない体をクネクネ捩らせながら、愉快そうにレミリア様に刺さったままのナイフとそこから滴る紅い雫を愉快そうに凝視しながら、怒鳴り散らしています。
レミリア様は満足そうな笑みを浮かべて、無造作に銀のナイフを左手で引っこ抜いて投げ捨てました。
聖なる銀のナイフが吸血鬼の回復力を低下させたせいで、本来ならすぐ癒える右手の傷からはまだ血が滴っています。
「娘、私はお前のせいで怪我をしたぞ。責任を取れ」
未だ血が流れ落ちている手のひらの傷を見せながら、再び玉座に深々と座られたレミリア様は、自分を刺すように命じた少女に理不尽なことを言っています。
それを言われた少女の絶望に染まった顔といったら!!
私は、レミリア様達が居並ぶ場ではなかったら、はしたなくイき狂っていたでしょう。
流石、レミリア様!! ステキなパーティージョークです!!
「……っ!!!!!」
レミリア様を害した少女は、レミリア様が投げ捨てた銀のナイフを右手に握り――、
グサッッッ!!!!!
ほう……。
お嬢ちゃん、根性見せましたね〜。
落とし前をつけるため、ナイフを紅い絨毯についた左手の甲に突き立てたじゃありませんか。
「っ!! ……っ、っ!!」
歯を食いしばる少女。
右手はナイフを固く握り締めたまま。
左手はナイフの刃で紅い絨毯に縫い止められ、そこを中心に赤黒い染みが領土を拡大しています。
脂汗を流し、涙を流し、悲鳴は漏らさず、ギラついた野良犬の目で、少女はレミリア様を見ています。
ご主人様、次の命令は何ですか、って言っているような視線です。
ニコリ。
レミリア様は、少女に微笑みかけました。
それはそれは、舌を噛んで自決することすら許されぬ、心も体も硬直すること請け合いな、絶望という名の笑顔でした。
ぴょん、とレミリア様は大きな玉座から飛び降り、トコトコと少女の前に歩いてくると、しゃがみ込んで少女の顔を覗き込み、目を合わせました。
「気に入ったぞ、娘。主を手にかけ、主に殉じるその忠誠!!
これで私が戦場で辱めを受けそうになった時に介錯してもらえるな!!」
レミリア様は少女の左手からナイフを無造作に引っこ抜くと、未だ傷の癒えないご自身の右掌を少女の左掌と重ね合わせました。
「我が運命を操る程度の能力!! その一端を受け取るがいい!!」
ドクンッ!!
広大な部屋の空気が、震えた気がしました。
「ひ……、きゃああぁああああああああぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁああああ!!!!!」
ナイフを刺しても悲鳴をあげなかった少女が、レミリア様と手を合わせただけで絶叫しています!!
いや、あれは、傷からレミリア様の血を受け取っている!?
「あああっ!!!!! があ゛、アアアアア!!!!! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」
やせ細った体の何処から出してんだっていうような、雑音同然になった悲鳴を、少女はまだ上げ続けています。
そりゃ、人外の力の源を流し込まれてんだから、その苦痛はたまらないものがあるでしょう。
ましてや相手は強大な力を持つレミリア様。ちっこい貧相な『器』は割れちまうかもですね〜。
「…………」
ありゃ、静かになりましたね。
逝っちまいましたか〜?
蹲っている少女。
ぴく。
あ、生きてた。
むくり。
お、立ち上がった。
メイド服の、ちっぽけな少女。
左手を貫いていた怪我は、すっかり治っていました。
左手とメイド服を彩る赤色がその名残を残しています。
ボサボサの黒い髪は、苦痛のためか魔の血の恩恵か、魔狼のような銀髪に変わり果てていました。
そして――、
私なんかよりも遥かに格上の、能力(ちから)の波動が立ち上っています……っ!!
レミリア様、ドすげぇバケモンを生み出しやがった!!
「運命の要素の一つ、『時間』を操る能力を得たか!! 運命は私に素晴らしき従者を賜った!!」
「ア〜ッハッハッハッ!! 凄いわ、お姉様!! もう手下を壊しちゃダメよ、なんてねっ!!」
レミリア様も妹様も大興奮です。
「生まれたての赤子の如き従者よ!! 汝は我が喜び!! ……うん、そうだ!!」
レミリア様は皇からいたずらっ子の顔になりました。
「”Sucker is a joy.”(乳飲み子は喜び)」
にぃ、と口の端を歪めるレミリア様。
「『サッカー・イス・ア・ジョイ』……。『サクヤ・イザヨイ』……。
うん、お前の名は、今日から『十六夜 咲夜』だ!!
十六夜 咲夜!! その『犬』の生涯をこの私のために捧げよ!!」
能力だけでなく、レミリア様の言霊の篭った『十六夜 咲夜』という名を賜った少女。
「この十六夜 咲夜、お嬢様に尽くすことを、『犬』の誇りにかけて誓います」
その瀟洒に礼をする姿。
レミリア様に仕えるにふさわしい、忠犬の誕生です。
レミリア様の寵愛を受けた少女、十六夜 咲夜さんは、よく学び、よく働きました。
掃除、洗濯、料理に汗を流し、
パチュリー様の下で知識を吸収し、
美鈴さんの元で戦闘訓練を受け、
フランドール様に壊しちゃいけない相手と認められ――、
レミリア様に、持てる能力を駆使して奉仕しました。
月日は流れ――。
美しく瀟洒なレディに成長した咲夜さんは、副メイド長となった先代のメイド妖精からメイド長の座を譲られ、名実共にレミリア様の側近となりました。
それは、あのお披露目と血の契約から、僅か一ヶ月後のことでした。
咲夜さんは、レミリア様から『時間を操る程度の能力』の他に、妖怪並みの長寿を賜りました。
ですが、当時まだ未熟者だった咲夜さんは『能力』で時を止めては湯水のように『時間』を消費して仕事、学習、休息を行なったおかげで、あっという間に妙齢の女性へと成長してしまいました。
ですが、その十数年分に相当する一ヶ月でお屋敷の仕事に慣れ、『能力』を使いこなせるようになった咲夜さんは、今では『普通の人間と同様に』歳をとるようになりました。
衣食住を与えられた『悪魔の犬』こと瀟洒なメイド長の咲夜さんは、その恩義に報いるべく『契約』に使ったナイフを身に帯びて、レミリア様の御為に尽くすのでした。
あ、そういえば、この頃からでしたね。
紅魔館の皆が、レミリア様のことを咲夜さんに倣い、
『お嬢様』と呼ぶようになったのは。
咲夜さんは『能力』を応用して、紅魔館内部を広大にしました。
何でもこれは未来の紅魔館の姿だそうで。
だとすると、紅魔館は幻想郷でかなり発展するのですね〜。
それはめでたい事ですが、困ったこともあります。
パチュリー様の地下大図書館もだだっ広くなり、蔵書の管理が大変になりました。
『危険物』である魔道書の管理及び、そんな本が無尽蔵にある図書館でのコソ泥を相手にした『本気の』弾幕ごっこは、パチュリー様以外では、本の扱いを徹底的に仕込まれた私ぐらいしかできないのですよ〜。
〜〜〜こぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁ〜〜〜
スペルカード・ルール、通称『弾幕ごっこ』初適用の『異変』を起こした事により、紅魔館の名は幻想郷中に知れ渡りました。
以後、紅魔館は幻想郷の勢力の一つとして、重要な位置を占めるようになりました。
スペルカード・ルールの提唱者である楽園の素敵な巫女、博麗 霊夢がレミリアお嬢様と懇意になり、
『弾幕ごっこ』の名人であり、大図書館での窃盗常習犯でもある普通の魔法使い、霧雨 魔理沙がパチュリー様や妹様のご友人になり、
咲夜さんやお嬢様が異変を解決する側になったり、あるいは異変を起こしたと因縁をつけてきた巫女にボコボコにされたり、
パチュリー様が製作総指揮をした『ロケット』が月面に到達したり、
月の連中に一泡吹かせた記念に、大図書館に『海』を作ったり(その時私は『海の家』で一儲けさせていただきました)、
――その他いろいろあり、私達は幻想郷で退屈しない毎日を過ごしました。
あの出来事は、そんな平穏な一日に降って湧いたものでした。
朝。
図書館内にある私室で起床した私は、隣の私の部屋と同じ間取りのパチュリー様の部屋に入り、パチュリー様を起こしました。
パチュリー様の身支度のお手伝いを終え、私達は連れ立って幹部用食堂に向かいました。
前日にパチュリー様はお嬢様から朝食のお誘いを受け、私もそのお相伴に預かることを許されました。
ちなみに普段は、パチュリー様の部屋で咲夜さんかメイド妖精が持ってきた朝食を摂ります。
広い紅魔館幹部専用の食堂。
大きなテーブル。
無数の椅子。
だが、ここにいるのは4人。
その内、腰掛けているのは3人。
咲夜さんは給仕に徹していました。
お嬢様とパチュリー様は言葉少なに、でも会話と食事を楽しんでいました。
私は特に話題がないので、いつもより少し豪華な朝食に舌鼓を打たせていただきました。
必然的に私の食べるペースはお二方よりも早くなりましたが、咲夜さんは嫌な顔一つせずに、私に料理を持ってきたりコーヒーを注いでくれたりしました。
朝食を終え、私とパチュリー様は大図書館に戻り、扉に掛かった『CLOSE』の札を裏返して『OPEN』としてから仕事に取り掛かります。
パチュリー様はお嬢様や外部から依頼された資料を検索して、私はパチュリー様から言われた書物やメモ書きを見つけ出し持っていきます。
無数の本棚や紙切れが無数に貼られたメッセージボードから探し出すテクは、パチュリー様に仕込まれたおかげで迅速にできることを自負しております。
「パチュリー様、お言いつけの物です」
「愚図は嫌いよ」
……パチュリー様は、これでも私を評価してくださっているんですよ。
そう信じないと、めげてしまいそうです……。
午前10時を少し回ったくらいでしょうか。
私の図書館の定位置である貸出カウンターの上にある内線電話がなりました。
ジリリリ〜ン!!
ガチャ。
「はい、大図書館」
『正門です。パチュリー様にお約束のあるお客様が見えました』
そう言って、受付担当のメイド妖精が来客の名を告げました。
受付にも予め言ってある、パチュリー様にアポを取ってある二名のお客様です。
私はお客様に図書館に来てもらうように言うと、電話を切りました。
お客様は図書館の常連ですから案内は不要と判断しました。
「パチュリー様、ご予定にあるお客様が二名お越しになりました」
「むきゅ!! じゃあ咲夜にお茶の準備をお願いして」
「かしこまりました。じゃあ私は、定時まで『オフィス』で仕事を致しますので、どうぞごゆっくり」
「……むきゅ、悪いわね」
私が内線電話で咲夜さんにお茶の手配を終えたところで、図書館の扉が開きました。
「いよぅ!! お邪魔するぜ」
「こんにちは、小悪魔。パチュリーはいるかしら」
パチュリー様のお客様である、二人の魔女がやってきました。
最近はコソ泥を休業している黒白魔法使いの霧雨 魔理沙と、魔界神の末娘で技巧派魔法使いのアリス・マーガトロイドさんです。
「こあ、いらっしゃいませ。パチュリー様は奥でお待ちです。あ、あと、魔理沙さん」
「んぁ?」
私は連絡事項があるので魔理沙さんを呼び止めました。
「本の貸出はこのカウンターでしておりますので、無断での持ち出しはご遠慮ください」
「でも私に借りられたがっている魔道書は、堅苦しいドアよりも広い空が見える窓から出たいって言っているぜ」
「そうですか、では窓に鉄格子を嵌める事をパチュリー様やレミリアお嬢様に具申いたしましょう」
「ぐ……、言うようになったな、小悪魔」
「はいはい、魔理沙の負けよ。ごめんなさいね、ちゃんと手続きするようにきつぅく言っておくから」
「できれば『死ぬまで借りている』本の返却もお願いしますよ」
魔理沙さんは箒を持っていない方の手でとんがり帽子をかぶった頭をポリポリ掻くと、そのモデルばりのグラマラスな長身を心なしか縮こませ、ダメな姉に呆れる妹のようにため息をつくアリスさんと図書館の奥に向かっていきました。
カウンターに揃えた書類を確認してまとめたところで、二回のノックの後、今度は咲夜さんがワゴンを押してやってきました。
「小悪魔、こんにちは。パチュリー様たちは奥かしら?」
「ええ、ちょうど今、アリスさん達も来たところです」
私と咲夜さんは薄暗い図書館の奥に目をやりました。
声は微かにしか聞こえませんが、三人の魔女達が談笑しているようです。
咲夜さんは、ワゴンの上に乗っている皿を一枚、私に差し出しました。
そこには色とりどりのドライフルーツが詰まったパウンドケーキが一切れ乗っかっていました。
「良ければちょっと味見してくれないかしら?」
「では、遠慮なく」
咲夜さんのお菓子は絶品ですが、普段から食べられるのはお嬢様を始めとする幹部達と彼女達の客人ぐらいで、私が口にできる機会は意外と少ないのです。
その数少ない機会を無駄にしては魔界神のバチが当たります。
指先でケーキをつまみ、一口カプリ。
生地の甘味、バターの仄かな塩気、ドライフルーツの酸味、そして洋酒のアルコールと芳香が口中に満ち、鼻の両穴から抜けていきました。
二口、三口でケーキは消え失せ、私は卑しく思われない程度の回数で咀嚼して嚥下しました。
「美味しいです!!」
「それは良かったわ」
咲夜さんはにっこり微笑みました。
目尻のシワやほうれい線が少々目立ちますが、まるで少女のような無垢な笑みです。
悪魔の私には、ちょっと眩しすぎますね。
「今度、貴女の分も用意するわね」
「是非、お願いします」
私のマジ嬉しい返事に笑顔をたたえたまま、咲夜さんはワゴンを押してパチュリー様の元に向かっていきました。
さて、お仕事お仕事。
私は書類を封筒に入れると、図書館を後にしました。
図書館を出て、階段を上り、エントランスホールに出ます。
上層階に続く大きな階段の下側にある、『STAFF ONLY』と書かれたドアを開けて、私は中に入りました。
このドアの向こうにはリネン室やボイラー室、使用人達の詰所や福利厚生施設といった、紅魔館の『裏』の設備があります。
私は従業員用のタイル張りの廊下を進みます。
タイルの模様も、壁紙も窓のカーテンも地味な物で、天井に至っては配管や配線が剥き出しになっています。
しかし『表』同様、隅々まで手入れが行き届いています。
メイド妖精はこちらの掃除をこなせるようになって初めて一人前として扱われ、『表』の仕事を任されるのだとか。
壁にはいくつかの扉が並んでいて、私はそのうちの一つ、『図書館事務所』と書かれた戸を開けて室内に入りました。
この広い部屋にはいくつかの机が向かい合うように置かれていて、それらの席に着いたメイド妖精達が書類を読んだり書いたりしていました。
「おはよう」
「「「「「おはようございます、小悪魔さん」」」」」
私の挨拶に、部下であるメガネ着用者の比率が多いメイド妖精達は声を揃えて挨拶を返しました。
私は軽く頭を下げて返戻に答え、部屋の奥にある机の列を見渡せるように置かれた自分の席に着きました。
ちなみに私の席の後方にある、手入れの行き届いた大きな机はパチュリー様の席です。
パチュリー様はいつも図書館で仕事をしているので、あまりこちらには来ませんがね。
なので、この『オフィス』の実質的な責任者は、館長の補佐を務める司書の私となります。
私はメガネをかけてお仕事モードになると、早速デスクワークを始めました。
本の注文書やパチュリー様の研究成果に関する問い合わせをまとめた物に目を通し、メイド妖精達の質問に答え、他の部署から回ってきた回覧板に署名をしているうちに、午前の仕事が終わりました。
オフィスをざっと見渡し、手作りや酒保で買ってきた弁当を食べているメイド妖精が何人かいて部屋が空にならないことを確認してから、私はカフェテリアへランチに出かけることにしました。
在席中の部下達に食事に行く旨を告げて部屋を出ると、ちょうど門番隊のオフィスから出てきた大柄なメイド妖精と鉢合わせしました。
「ハイ、こぁちゃん」
「ヤッホー、そっちもお昼?」
「ええ、夜中からの立ちん坊が終わって今、隊長に引継ぎしたとこ。飯食ったら寝させてもらうわ」
私の友人である彼女は、なんと門番隊の副長を務めているのです。いわゆる次官級協議で顔を合わせている時に親しくなりました。
美鈴さんの言葉である『門番隊は紅魔館の顔であり盾であるから、常に笑顔と鍛錬を欠かすな』を実践している彼女は、上司の美鈴さん同様、朗らかな笑顔を絶やしません。
門番隊のメイド服は、ヘッドドレスや襟、袖、スカートの縁にラーメン丼にある渦巻き状の文様があしらってあり、それを見て私は、今日のお昼ご飯は中華にしようと心の中で決めました。
カフェテリアは、お弁当や生活必需品を取り扱う売店、郵便業務の窓口と共に酒保の一部であり、大人数のメイド妖精達に物品を供する必要があるため、建物一つを専有しています。
私と門番隊副長が酒保のある別棟にやって来た時は丁度食事時であったため、カフェテリアも売店も盛況でした。
でも副長さんがデカい図体に似合わず素早い動作で席を確保してくれたおかげで、食事の乗ったトレイを持って長時間、人混み(妖精混み?)の中をうろつかずに済みました。
私のランチは当初の予定通り、半ラーメンと半チャーハン、三つの野菜餃子に焼売が二個、箸休めのザーサイ、デザートにフルーツポンチ・スタイルの杏仁豆腐が付いた、美鈴プロデュース中華ランチセットにしました。
ちなみに副長さんは、チキン南蛮定食のライス大盛りとほうれん草のおひたしと冷奴でした。
仕事の愚痴や近況報告、人里での流行りの小物の話題や咲夜さんと美鈴さんのイチャイチャに至るまで多岐にわたる話題についての討論、短く言えば駄弁りながら、私達は食事を楽しみました。
カフェテリアを出て、宿舎へ『飛んで』行った副長さんを見送ると、私はオフィスに戻って仕事を再開しました。
お茶休憩を挟みつつ仕事を続けているうちに定時の午後5時となり、部下達は私に上がる旨の挨拶をしてオフィスを出て行きました。
基本的に図書館の『図書館業務以外』の仕事は定時に終われるのですが、その時私は寺子屋でやることになった『移動図書館』に持って行く書物の吟味に手間取ってしまい、リストを作り終えたのは7時直前でした。
大図書館への階段を下りると、階段横の昇降機から丁度メイド妖精が私とパチュリー様の夕食をワゴンに乗せて出てきたところと鉢合わせしましたので、その場でワゴンを受け取りました。
『CLOSE』になっている札が掛かった扉を開け、ワゴンを押しながら奥のほうを覗き込むと、こちらに背を向けてパチュリー様がお一人でテーブルに突っ伏していました。
もう、魔理沙さんとアリスさんはお帰りになったようですね。
「パチュリー様?」
「……むきゅ?」
私の呼びかけに、パチュリー様は一瞬ビクッとして顔を上げました。
「ご、ごめんなさいね。むきゅ、もうお夕飯の時間ね。じゃ、小悪魔、私の部屋で食べましょう!!」
私の押しているワゴンに気付いた、腫れぼったい目をしたパチュリー様はパタパタと自室に駆け出しましたので、私はその後に続きました。
夕食の席は、珍しく多弁なパチュリー様のおかげで華やかなものとなりました。
「――でね、アリスったらおかしいのよ。自分の人形と間違えて、隣に寝ていた魔理沙にキスしちゃったんだって!! いっつも人形相手にチュッチュしているのかしら、きゃ〜!!」
私は、はぁ、とか、えぇ、とか相槌を打ちながら松花堂弁当をつまみます。
「そしたら、魔理沙は『本物がいるのに悲しいぜ』だって!! あ、小悪魔、食べないなら貰うわね」
ヒョイパク!!
パチュリー様は、私がお楽しみにとっておいた鯛のお刺身を一口で平らげてしまいました。
久々のシーフードだったのに……。
「小悪魔、どうしたの、全然食べてないじゃない。お返しに好きなの取っていいわよ」
ご厚意に甘え、喋るのと同じペースで食べたせいでほとんど空のパチュリー様のお弁当箱から、お刺身とは釣り合わない、里芋と花の形にカットした人参の煮物を頂きました。
パチュリー様はわざとらしいまでにご機嫌で、一方的におしゃべりを続けました。
そして、デザートの白玉あんみつを食べ終え、熱い日本茶を啜っている時、ああ、そうだ、と思い出したように言われました。
「アリスね、魔理沙の子を身ごもったんだって」
私はパチュリー様を見ました。
多分、その時の私の表情はポカンとしていたでしょうね。
「でね、それを知った魔理沙ったら泣いちゃったんだって。
『嬉しいぜ。これでアリスにプロポーズする踏ん切りがついたぜ』って言いながらね。
それを聞いてアリスも泣いちゃったって。泣き虫同士、お似合いの夫婦になるわね、むきゅきゅ」
嬉しそうにまくし立てるパチュリー様が両手で握り締めた湯呑の中は、微かに波打っています。
「今度の休みにアリスの実家に行って、結婚を許してもらうって言ってたわ。
魔理沙、魔界神様やあのメイドさんをどう説得するつもりかしらね。やっぱりお得意の弾幕ごっこかしら?」
「あ、あの……、パチュリー様……?」
うつむいて朗らかな声でおしゃべりをするパチュリー様に、恐る恐る声をかけました。
「あ……ごめんなさい。ちょっと疲れちゃったみたいね。二人のラブラブ光線に当てられたかしら? もう、休むことにするわ……」
「そうですか……」
私は空になった食器類をワゴンに乗せ、パチュリー様の部屋を辞することにしました。
「では、パチュリー様、おやすみなさい」
「むきゅ……、おやすみなさい」
相変わらずうつむいたままのパチュリー様に一礼をして、私はワゴンを押して退室しました。
ワゴンは図書館の外に出しておきます。そのうち、配膳係のメイド妖精が回収するでしょう。
残った仕事をやる前に、私は自室に戻ってシャワーを浴びることにしました。
内風呂で軽く汗を流し、しばらくバスタオル一枚を体に巻いたままベッドの上で妖怪少女向けの雑誌なんぞ捲りながら、私はしばらく寛ぎました。
このまま寝てしまいたい誘惑に耐え、火照った体から汗が引いた私は衣服をまとって部屋を出ました。
図書館には私とパチュリー様の居室の他、利用者用のトイレや準備室等の部屋があります。
私は鍵束を取り出し、そのうちの一つ、『実験室』と書かれた部屋の鍵を開け、中に入りました。
照明を点け、薬品棚を見渡して必要なものを探しました。
え〜と……、あったあった。
お目当ての物を見つけると、再び鍵束を取り出して棚の鍵を開け、仕事で使う薬品のビンを一つ取り出しました。
今一度ラベルを確認して、間違いがないことを確認、棚に鍵をかけ、部屋の照明を消し、退室して部屋に鍵をかけました。
色々とヤバげな薬物を扱う部屋ですから、施錠はちゃんとしておかないと。
抜き身のままじゃ具合が悪いので、私はビンを鞄か袋にしまうために自室に戻ろうとして――、
「小悪魔、何をしているのかしら」
「!!」
――パチュリー様と、出くわしてしまいました。
私は正直に答えました。
「仕事の準備です」
パチュリー様はさらに質問しました。
「もう、仕事は終わったんじゃなかったかしら?」
私は正直に答えました。
「まだ残っている仕事がありますので、それを片付けるために」
パチュリー様はなおも質問しました。
「貴方が後ろに隠している物は、何かしら?」
私は、ちょっとだけぼかして、正直に答えました。
「いえ、大した物ではないですよ」
パチュリー様は短く、しかし強い語気で質問しました。
「何?」
私は、肝心なところを伏せて、正直に答えました。
「普通の市販薬です」
パチュリー様は命令しました。
「見せなさい」
私は、パチュリー様に命令の撤回をそれとなく勧めました。
「本当に大したものではありませんよ。魔界では普通に薬局で売られていますし、永遠亭でも同等品を扱って……」
パチュリー様は、衰えた体に似合わず素早い動きで私の背後に回り、私が背後に持っていた薬瓶をひったくりました。
「……確かに、市販薬ね。私も『若い頃』はやんちゃが過ぎて、これのお世話になったことがあるわ」
「……」
パチュリー様はビンのラベルをしげしげと見て、口の端を歪められました。
目は冷たいままでしたが。
パチュリー様は、改めて、私に質問しました。
「それで小悪魔、この『中絶薬』を何の仕事に使うつもりだったのかしら?」
私は質問の答え、ではなく、それを使おうと思った理由をしどろもどろに並べ立てていました。
「そ、それでしたら、無味無臭ですし、母胎には影響は出ないですし、えと、これで、パチュリー様の腹の虫が治まるかと思いまして……」
後から思えば、言い訳にもなっていないですね、これ。
せっかくシャワーを浴びたのに、冷や汗で背中がびっしょりになった事と共に覚えています。
そんな私の態度に、ついにパチュリー様は激怒なさいました。
「小悪魔っ!! それを何!? アリスに一服盛ろうとでもするつもりだったのっ!? 私がいつ、そんな命令を出したっ!!」
私は大人げなく、主人であるパチュリー様に口答えをしてしまいました。
「私はパチュリー様の使い魔ですっ!! 使い魔は主の障害になるものを除かねばなりませんっ!! 私は、貴女が苦しむ姿を見たくありません!!」
それを聞いたパチュリー様は、さらに激昂なさってしまいました。
「いつ、魔理沙とアリスの子供が私の障害になった!? いつ、私が苦しんだ!? 邪推でものを言うんじゃない!!」
私もかなり冷静さを欠いており、またしてもパチュリー様に言い返してしまいました。
「パチュリー様、貴女は魔理沙さんに懸想しているじゃありませんか!!
必死になって収集なされた本を度々盗まれるのに、いつまでたっても対策を取らない!!
図書館の窓に鉄格子を嵌めるか強化ガラスに換える事を私が進言しても、なんだかんだ言って取り合わないじゃないですか!!
貴女ほどの実力なら、あの泥棒魔女を貴女の図書館から叩き出すことなど造作もないじゃないですか!!
いつか盗まれた本を何冊か取り戻してきた時、ずいぶんと落ち込まれていましたね!! 魔理沙さんが来なくなる事を恐れたからじゃないですか!?
親友のアリスさんと魔理沙さんが結ばれたと知った貴女が、苦しまないわけがないでしょう!!」
私の罵声を最後まで聞いたパチュリー様の怒りは、とうとう頂点に達してしまいました。
「黙れえええええぇぇぇぇぇっ!!!!!
貴様っ!! 使い魔風情の分際で、人の心情を理解した気になるなっ!!
それとも何か!? 悪魔だから、人が苦しむのを見るのが大好物なのか!?
だとしたら、貴様は大した悪魔だ!! 使い魔としては失格だがなっ!!
それを……、ぐ、が、げほっ!? げほっ!! がは、はっ!!」
!!
あんなに大声を出したから、パチュリー様は喘息の発作を起こされてしまいました。
「パチュリー様!!」
「ごほっ、さ、わ……、るな……」
主の命が最優先です。そんな命令は無視無視。
倒れ込まれたパチュリー様に喘息の薬を吸わせます。
その間、パチュリー様は特に抵抗はなさいませんでした。していたかも知れませんが、私が気づかないほど微々たるものだったのでしょう。
しばらくして、発作の治まったパチュリー様は静かに立ち上がりました。
もう、お怒りは収まったようです、ね……。
パチュリー様は、床に置きっ放しにしていた中絶薬のビンを指差されました。
一瞬でした。
一瞬で、ビンは燃え尽き、床に焦げ跡ひとつ残さず消滅しました。
まっすぐ伸ばしたままの人差し指は、今度は私の方を向きました。
「小悪魔」
「は、はひっ!!」
燃やされる。
魔法ではなく普通の火だったら簡単に消せるほどの冷や汗を垂れ流しながら、私は返事しました。
「今回の件は不問に付します。
もう、私の友人達を苦しめる真似はしないで頂戴。
これは、お願いよ」
命令よりも重いお願いをされてしまいました。
パチュリー様は自室に引き上げ、私はしばらくその場に突っ立っていました。
なんだかモヤモヤした気分です。
なので、気晴らしに酒保で一杯引っ掛けることにしました。
夜のカフェテリアは淡い照明で照らされ、落ち着いた雰囲気を漂わせていました。
遅い時間ですが、少なくない人数のメイド妖精達が寛いでいました。
遅めの夕食を摂る者。
眠気覚ましのコーヒーを楽しむ者。
自室でパーティーでもやるのか、売店で甲類焼酎の大瓶と炭酸飲料とスナック菓子を買出しに来た連中。
「お〜い、こぁちゃ〜ん!!」
そして今私を呼んだのは、大浴場からの帰りだろうか、紅魔館から支給されたあずき色のジャージのズボンを履き、私物のTシャツを着て、首にバスタオルをかけた三人組だ。
私はボトルキープしていた『ROYAL』とラベルに書かれ、『こぁ』のタグが付いた四角いウィスキーのボトルを、氷、ミネラルウォーター、ツマミのチーズとサラミの盛り合わせと共にお盆に載せ、連中の席に向かいました。
風呂上りのビールを楽しんでいる彼女達が陣取る四人がけの席の空いている椅子に腰掛け、私は遅ればせながら友人達に挨拶を返しました。
「ハイ、楽しんでる?」
「ええ、この一杯のために生きてるって感じね〜」
「ちょっと、ジジくさい」
「クスクス」
友人達との他愛のないお喋りとアルコールのおかげで、ようやく緊張がほぐれていきました。
「こぁちゃん、何かあった?」
酔いが回ってきた頃、メイド妖精の一人が不意にそんな事を言いました。
「え、何で?」
「こぁちゃん、さっきまで、ちょっと怖い顔してた」
「してたよね〜」
「うん。今はそれほどでもないけど」
流石、『表』を担当するメイド妖精だ。
人の顔色を伺う芸当ができないと、直ぐにお嬢様の不興を買い、『リフレッシュ休暇』を与えられて生まれ変わる羽目になりますからね。
「ちょっと、パチュリー様と仕事でトラブっちゃって……」
私は、当たり障りが無いように事実を告げました。
「パチュリー様、普段からムッとしているからね」
「怒らせると怖いってヤツ?」
「でも、妹様にお勉強を教えたりしているから、意外と優しいのかもよ」
好き勝手言ってくれる……。
それに、いつの間に、彼女たちが手にしているのがビールの注がれたコップから、琥珀色の液体がなみなみと満たされたグラスになっているのかしらん?
メイド妖精の一人がグラスにドボドボと豪快にウィスキーを注いでいるボトル、それ私の……。
「みんな、ありがとうね」
でも、私の口からは、そんなお礼の言葉が出ました。
おかげで、気が楽になりましたからね。
こうして、唯一、私がパチュリー様と衝突した一日は、程よい酩酊感に包まれて終わるのでした。
〜〜〜こぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁ〜〜〜
パチュリー様が、泣いています。
私は、笑顔でそれを見ています。
嬉しいな。
パチュリー様は、アリスさんからの紹介で、図書館の常連である少女を弟子に取りました。
パチュリー様のお弟子さんは、魔法も家事もメキメキ習得していきました。
私も図書館の業務を教えましたが、今じゃ逆に教えられる始末です。
お弟子さんは非常に優秀で、あっという間に捨虫、捨食を習得して、種族としての魔法使いとなりました。
お弟子さんに持てる限りの秘術を伝授したパチュリー様は、最後に卒業試験として弾幕ごっこを挑まれました。
そして、お弟子さんは見事にパチュリー様に勝ちました。
その時、パチュリー様は勝利の余韻冷めやらぬお弟子さんからプロポーズを受けました。
パチュリー様は、数百年前に他界した魔理沙さんと少女姿の大婆様と一族から呼ばれているアリスさんの血を濃く引くお弟子さん――その名はなんと『マリサ』さん!!――に、こくり、と頷かれました。
私は、パチュリー様が興奮のあまり発作を起こすんじゃないかと、ちょっと心配になってきましたよ。
でもそうなったら、パチュリー様を介抱するのはマリサさんの仕事です。
妖怪の賢者、八雲 紫と、楽園の素敵な守護神、元・博麗の巫女である博麗 霊夢の馬鹿……、ゲフンゲフン、仲睦まじい夫婦によって守護される幻想郷。
その幻想郷において、重要な役割を果たす勢力。
それが、紅魔館です。
他のセカイでは、『幻想郷に手を出す者は、紅き牙に噛まれる』と言われているそうです。
淑女に成長したレミリア・スカーレット様は、今は屋敷の者達からは『お館様』と呼ばれています。
お館様は霊夢様の相談役及び幻想郷の軍事的防衛、迎撃担当を任され、日々カリスマを振りまき東奔西走しており、最近はお屋敷でお見かけする機会がめっきり減りました。
同じく淑女になった妹様、フランドール・スカーレット様は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を見事に制御できるようになりました。
お屋敷から自由に出歩けるようになり、たくさんのお友達ができました。しかもそのお友達は有力勢力の長の係累が多く、その人脈で各勢力の状況を把握しやすくなりました。
お忙しいお館様に代わり、名代である妹様は立派に紅魔館を仕切っています。
十六夜 咲夜さんが『普通の人間』として亡くなった後、『紅魔の懐刀』とも呼ばれるメイド長は代々人間が引き継ぐことになりました。
常に新しい血を取り込み、さらなる発展を目指すということです。
増築され、かつて咲夜さんが能力で広げた空間以上に広くなった紅魔館ですが、なかなかどうして、歴代のメイド長は見事に仕切って見せました。
『紅魔の鉄壁』こと門番隊隊長、紅 美鈴さんは、今も元気に居眠り、っと違った、門番に勤しんでいます。
周辺の妖精や妖怪、集落の人間達から、門番のお姉さんとして親しまれています。
美鈴さんは時間が出来た時は、大抵トレーニングか、趣味である敷地内にある花壇や菜園、咲夜さんのお墓のお手入れをしています。
紅魔館の顔は、今日も笑顔を振りまいています。
そして、『紅魔の頭脳』とか言われている我が主人パチュリー・ノーレッジ様ですが、結婚後も引き続き、地下大図書館の主として君臨しています。
マリサさんとの愛の巣として図書館に広めの部屋を設け、そこでお二人はガキをウジャウジャと……、オッオ〜失礼!! 大勢の子宝に恵まれたのでありました。
紅魔館の総力を上げてお子様達の面倒を見て、何人も巣立って行きました。
パチュリー様やマリサ様のような種族魔法使いとなったり、本を読んだり書いたり売ったり盗んだりする者も多数輩出しました。
そのまま紅魔館に就職する者も大勢いまして、……その、そんな大勢のうちの一人である少年から、プロポーズされたりしてしまいました。きゃー!!
でも、オシメを替えてあげたこともある坊やからでしたからねー。
今後に期待、ということで返事は保留しています。
もう三月も半ばを過ぎたというのに、かつての春度を奪われた異変の時のように雪が降り積もる幻想郷。
博麗神社。
もうすぐ正午。
私はパチュリー様の命により、宴会に出す料理の手伝いをしていました。
「こあこあ……、こあ、と」
無数の竹筒。
私は、それら全てに鰯のミンチを詰め終わりました。
「霊夢さ〜ん、つみれの仕込み、終わりました〜」
「霊夢、私も普通の稲荷寿司が出来上がったぞ。後は五目稲荷と納豆巾着だ」
「ご苦労様。丁度キレもいいし、お昼ご飯にしましょう」
丁度、紫様の式神、八雲 藍さんもお得意の稲荷寿司作りが一区切りついたようです。
霊夢さんは神になっても気取ったところがなく、あまり様付けで呼ばれることを好みません。
なので平時は『霊夢さん』と呼ばせていだだいています。
私達は台所から居間に向かいました。
そこにあるのは、和の雅と怠惰を兼ね備えた佇まいの暖房器具、こたつです。
そして、こたつに肩まで入って惰眠を貪る三つの人影。
チュッ。
「紫、お昼よ。起きて」
「ん〜、霊夢……、もうご飯〜?」
「そうよ、さ、起きて起きて」
霊夢さんは旦那さんである、幻想郷の管理人、八雲 紫様を優しく起こされました。
相変わらずのアツアツぶりです。
紫様が冬眠から目覚めた三月始めは、まさに春といった感じの暖かな日和が続いていたのですが、今は冬に逆戻りです。
そのせいか、紫様はしきりに眠気を訴えています。
後日、そのことを霊夢さんに聞いてみたら、いつもの事、だそうです。
「橙、起きなさい」
「んにゃ……、ふぁ、藍しゃま……? ご飯ですか〜?」
「そうだよ。ほら、しゃんとして」
「ふにゃ〜ん、藍しゃま、大好き〜」
ゴロゴロ。
「ちぇ、ちぇ〜〜〜ん!! ぅ、ごほんっ!! こらこら、橙、寝ぼけちゃダメだろ……」
藍さんはご自身が作られた式神であり、今は『八雲』の姓をもらい霊夢さんの部下になった八雲 橙さんを起こそうとしましたが、あらあら、橙さんは甘えん坊さんですね〜。
最後の一人を起こす前に、
皆さん、こたつをどかしましたよ。
掘ごたつの穴に足を突っ込んだまま、未だ眠りこける紅白の少女。
「お・き・な・さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっっっっっ!!!!!」
どげしっっっっっ!!!!!
出たっ!!
霊夢さんの蹴りっ!!
少女は天井に激突するギリギリまで打ち上げられ、
刹那の静止の後、当然、床に墜落しました。
パ〜〜〜〜〜ンッ!!
しかし、少女は畳に激突する瞬間に受身を取り、打ち付けた手のひらで軽快な打撃音を奏でました。
「なっなっなっ……、何するんスか、霊夢様〜〜〜〜〜!!!!!」
現在の博麗の巫女を務める少女は、いきなり非道を行なった霊夢さんに食ってかかりましたが、霊夢さんはスルーして要件を伝えました。
「お昼ご飯よ」
こたつはいつの間にか、元の位置に戻っていました。
「――てな事がありましてね〜」
「まぁ。霊夢の蹴りは健在なのね、むっきゅっきゅ……」
宴会に参加されるお館様達と入れ違いに紅魔館に戻った私は、パチュリー様に神社であった事を面白おかしく話して聞かせました。
「で、お昼に小ぶりの伊勢海老を真っ二つにした奴が入ったお味噌汁が出まして〜、それがまた、絶品でした〜」
「食べてみたいわね、それ」
話しただけで、みじん切りにしたネギに塗れ、味噌汁の椀からはみ出た伊勢海老の断面図が脳裏に浮かび、唾液の分泌が促進されます。
「実はですね〜、紫様からそのエビをお土産にもらい、料理長にパチュリー様のためのご馳走を拵えてもらったんですよ」
カラカラとワゴンを押してきて、その上に乗った銀色のドーム型をした覆いを取りました。
じゃーん!!
現れたのは、ひと皿のスープ。
「伊勢海老のミソと身を丹念に裏ごしして、甲羅からは出汁を取り、素材の風味を最大限に引き出した、クリームスープでございま〜す!!」
スープから漂う湯気が、パチュリー様の鼻をくすぐりました。
「いい匂い……。お腹が空いてきたわ……」
「では、今準備を致しますので、しばしお待ちを」
私は、ベッドから半身を起こしたパチュリー様にナプキンをお付けして、ベッド横に折り畳まれているテーブルを持ってきました。
視力検査の目隠しを縮小したみたいな形のスプーンで、スープをひと掬い。
「どうぞ、お召し上がりください」
「あーん……」
パチュリー様が口に含まれたスプーンを、そっと引き出しました。
むきゅむきゅ……。
パチュリー様は時間をかけて、一口分のスープを味わい、嚥下しました。
「もう、ひとさじ、頂戴……」
「はい」
小一時間かけてパチュリー様は、ひと皿のスープを、半分もお召し上がりになりました。
魔法使いも寿命を迎えるほどの、長い長い月日が流れました。
少女の姿のまま年老いたパチュリー様は、図書館とお館様の補佐をマリサさんと長じたお子様達に任せ、ベッドの上で余生を過ごされることになりました。
アリスさんは一足先に鬼籍に入られ、パチュリー様は『私もそろそろ、魔理沙とアリスのところに逝く日が近いわね……』などと弱気なことを言うようになってしまいました。
〜〜〜こぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁ〜〜〜
パチュリー様のベッドの周りには、良人のマリサ様を始め、お子様達、お孫様達、ひ孫様達、それに御実家であるノーレッジ家の大魔導師達……。
大勢のパチュリー様の血縁の方々が詰め掛けていました。
皆さん、パチュリー様危篤の報を受け、幻想郷中、いや、あらゆるセカイから駆けつけてきたのです。
マリサ様はパチュリー様の手を握り締めて、ただ静かに涙を流していました。
それと対称的にパチュリー様は、笑顔を浮かべていました。
万物の法を操る魔女もその万物の一部であり、先延ばしにすることはできても、けっしてその法則からは逃れられないわ。
パチュリー様は、この期に及んでも、小難しいことをおっしゃいました。
「マリサ、遠路はるばる訪れてくれた、愛しい私達の子供達をもてなしてあげて。小悪魔、貴女は残って頂戴」
「ああ……、小悪魔、パチュリーを、私の妻を……頼む……」
マリサ様は何かを察したのでしょう。
お子様方を引き連れて、寝室を出て行かれました。
「小悪魔……」
「はい、パチュリー様」
パチュリー様は、私に我侭を言われました。
「煙草が、吸いたいわ……」
酒保で買ってきた刻み煙草で紙巻煙草を、私はパチュリー様にお仕えして初めて作ることになりました。
紙切れは、新版と入れ替えになって廃棄処分する、霧雨 魔理沙著の魔道書――とは名ばかりの、弾幕ごっこの攻略本。
色とりどりの写真と記述。
その断片で煙草を包みます。
できた。
かつてのパチュリー様よりは上手にできたと思います。
パチュリー様の身を起こし、そっと煙草を咥えさせました。
しゅぼっ!!
指先から小さな炎を出して、煙草に火をつけました。
パチュリー様は、目を閉じ、静かに吸います。
先端から灰になって行く煙草。
私がパチュリー様の口から煙草を取ると、ぷふ〜、と煙を吐き出され、咳き込みました。
「けほっ、けほっ」
「大丈夫ですか!?」
「ええ……。久しぶりのヤニは、効くわね……」
落ち着かれたパチュリー様は、本当に、満足そうに、目を閉じられました。
「ごゆるりと、おやすみなさいませ、パチュリー様」
パチュリー様の眠りを妨げないようにそっとお側を離れ、私は寝室を出ました。
「いままで、ありがとう――。< *** >」
扉を閉める刹那、何か、聞こえたような――。
パチュリー様が息を引き取られたのは、
それから暫くしてからのことでした。
私は今、パチュリー様と二人きりです。
また、マリサ様が気を遣ってくれたのです。
私は、懐から取り出した、パチュリー様の署名が入った使い魔の契約書を見ました。
いつの間にか、デカデカと『契約終了』のハンコが押してありました。
もう、パチュリー様、いや、クソ魔女パチュリーとは、主従でも何でもねぇ。
死体相手に大人げないが、今までの鬱憤をはらす時がやってきやがったぜ!!
にやり。
おそらく、私の顔には、いかにも悪魔といった感じの醜悪な嘲笑が浮かんだのでしょう。
この寝室は、防音だ。
罵詈雑言をくたばった奴に浴びせかけても、誰にも気づかれねぇ。
この長い長い年月に積み重なった恨みつらみを、たっぷりシャウトするぜ!!
息を吸いこみ――、
一気に、騒音を、吐き出した――!!
涙と共にあふれたノイズの奔流。
腹の底からの、魂の叫びに、意味などありませんでした。
パチュリー様と歩んだ、大魔法使いと使い魔の道程は、
言葉にはできませんでした。
スッキリした気分で私が部屋から出ると、
甘い、焦げ臭い香りが漂ってきました。
「パチェは、逝ったか……」
ふ〜……。
「お館様……」
お仕事でお忙しいはずのレミリア・スカーレット様が、東洋のパイプである煙管を吹かしておられました。
周りに漂う香りで、私ははたと、気づきました。
「お館様、その煙草……」
「ん? 気づいたか」
お館様は、幼い外見の頃、パチュリー様と悪巧みをしたときのような、嫌らしくも可愛らしい笑みを浮かべました。
「スカーレット・バット。私がブレンドを考案した煙草だ」
ぷふ〜……。
「パチェを不良の道に引きずり込んだ、悪魔の味さ」
濃く、薄く、漂う紫煙。
夜空に浮かぶ三日月を燻すが如く。
〜〜〜こぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁこぁ〜〜〜
パチュリー様の葬儀が済んで、お役御免となった私は魔界に帰りました。
お館様達、特に私にプロポーズした坊やは私を引き止めましたが、私は固辞して紅魔館を後にしました。
大図書館はマリサ様達や彼女達の使い魔達が切り盛りしてくれるでしょう。
後輩達には、私の持つノウハウをみっちり仕込んでありますし。
久しぶりの魔界は、魔界神が代替わりしていました。
アリスさんが亡くなった頃、アリスさんの母上である前・魔界神は、ちゃん付けで呼んでいるメイドさんと共に隠居なされ、
今は、黒と白の魔法使いコンビが二人で魔界神をやっています。
実家で燻る事数年。
私は一念発起して、本屋さんを経営することにしました。
書籍の取り扱いについてはパチュリー様に叩き込まれていますし、魔界での仕入れのルートも把握しています。
魔界の片田舎。
そこの交通の要所に手頃な物件があったので、思い切って買ってしまいました。
一時間に一本来るバスの停留所。
その前に建つ、年季の入った元・駄菓子屋。
今日からここが愛しい我が家よ。
私の本屋も、すっかり地域に溶け込みました。
もっとも、皆さん古今東西の知の宝庫である店内よりも、店先に設けたバーカウンターに屯していますがね。
本を読みながら一杯飲れる事を売りにしつらえたこのインテリアのおかげで、皆さん、私の店を本屋を片手間にやっている飲み屋だと思っているんじゃ……。
こあぁ〜っ!! こあくて聞けない〜っ!!
ここは本屋。
小悪魔本屋。
商うものは、知識の断片、勇気の燃料、そしてささやかな意地悪。
去って行くバス。
残されたのは、一人の青年。
バス停から真っ直ぐ、私が控えるお店のカウンターにやってきました。
ドッカと腰掛ける青年。
鼻腔をくすぐる懐かしい匂い。
「適当なビールを、グラスで」
青年、灰皿を引き寄せポッケをまさぐる。
「あ、あと煙草を……」
「はい、スカーレット・バットですね。紙巻でよろしいですね」
「あ、はい」
青年の前にコースターを敷き、その上に黄金色の泡立つビールを。
続いて、青年から漂う思い出深い香りから当てた、紙巻煙草のパッケージを。
今時の若いモンは、自分で巻けないでしょうね。
匂いが染み付くほどパッカパッカと吸うばかりで、前戯に時間をかける堪え性がないんですかね〜。
煙草を置いた私の手に重ねられる、青年の思ったよりも綺麗な手。
青年はもう一方の手でグラスをつかみ、中身を一息に飲み干しました。
むっきゅむっきゅむっきゅ……、ぷは〜〜〜〜〜っ!!
紅潮した青年の、どことなく見覚えのある表情と仕草。
「あ゛……、後、この契約書に署名をお願いしますっ!!」
青年が懐から取り出した、少ししわくちゃの書類。
人生の墓場行き超特急の片道切符こと、婚姻届じゃ、あ〜りませんか!!
二つある署名欄のうち、記入済みの方。
見慣れた苗字と、たった今、記憶の深淵から浮上した名前。
「こぁさん……、僕、いえ、俺じゃ、ダメですか……?」
パチュリー様を彷彿とさせる上目遣い。
子供の頃から変わってませんね。
くっくっく……。
思わず笑いが漏れてしまいました。
「こぁさん……?」
「ごめんなさい。ちょっと懐かし面白くて……」
笑いすぎて、目から涙がこぼれました。
「契約にあたり、二つ、条件があります」
「こぁさん!! 言ってくださ……、言ってくれ!!」
意気込む青年。
「< *** >」
「え……?」
「一つ目の条件。私のことは、そう、呼んでください」
私は、先ほどから私の手を握ったままの彼の手を振りほどきました。
「二つ目の条件――」
私は小悪魔。
私は意地悪が大好き。
「一服する時は、この文章を音読すること」
ヘビースモーカーと思しき彼に見えるように、私は煙草のパッケージにデカデカと書いてある文章を指差しました。
『喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。疫学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります』
こあこあこあ〜。
私は意地悪するのが、だ〜い好き!!
好きな人に対しては、特にね。
今回は、小悪魔がパチュリーの使い魔となってから引退するまでの、ヌルいお話です。
2012年5月1日:遅くなりましたが、頂いたコメントへの感謝の気持ちを込めて、返事を追加しました。
匿名評価の方々に感謝を。
>アレスタ海軍中尉殿
これが私流の幻想郷です。
気づいてくれましたか!! 言うまでもなく、元ネタは幽閉サテライトの東方アレンジです。
>んh様
現在の紫もやしとのギャップを狙ってみました。
『新徒』にある『動かない大図書館の活動的な弟子』等をお読みくださっているのですね。感激!!
>まいん様
咲夜さんが紅魔館で働くようになったきっかけは、『紅魔郷』や『永夜抄』を下敷きに考えました。
小悪魔の人間と異なる、あるいは共通の価値観や使い魔の仁義は、うまく読者に伝わったかな?
青年はパチュリーの血を引いておりますが、はてさて、どうでしょうね……。
>ギョウヘルインニ様
なんと!! 恐悦至極です!!
>5様
拙作でそう感じていただけて光栄です!!
>7様
ニッチを狙いすぎたかな、とか思いましたが、そう言っていただけて嬉しいです!!
>9様
それは私の作品の仕様です(笑)。
私は煙草は飲みませんが、手で紙を巻く煙草にはパイプとはまた違った風情を感じまして、
パチュリーの喘息と絡めてみました。
>10様
パチュリーの使い魔にして、紅魔館の上級スタッフとしての小悪魔をうまく書けたかな?
>11様
こりゃ、どうも。
物書きにとって最大級の賛辞です。
他の作品とのカラミや喘息設定が好評で良かった。
NutsIn先任曹長
http://twitter.com/McpoNutsin
作品情報
作品集:
3
投稿日時:
2012/03/29 16:34:25
更新日時:
2012/05/01 23:18:03
評価:
9/13
POINT:
1020
Rate:
14.93
分類
小悪魔
パチュリー
煙草
序盤にパチュリーと小悪魔のエロシーン
紅魔館の面々
紅魔館のバックヤード
モブにオリキャラ
使い魔契約
咲夜の紅魔館デビュー
ゆかれいむ夫妻+藍と橙
平和な幻想郷は、こんな感じの未来でしょうか
小悪魔りんごにはクスッときました。
以前投稿した作品の設定と引き続いてるところがあったりして、ニヤニヤしました
人生(悪魔生)はそれ自体が一つの物語になりえると楽しませて頂きました。
最後の青年はパチュリーの生まれ変わりか、それとも彼女の子孫か興味が尽きないです。
色々な原作の設定、例えば喘息等の理由や由来を語る系の話は楽しいですね。
辞書のページは薄くてタバコを巻くのに良かった、と聞きますが……成程、魔道書をねぇ……
その内に、シャグとジグザグを買って、ちょっと手巻きを試してみたくなりました。
読んでて非常に楽しめました
気がつくといつの間にか最後まで読破しちゃってるんですよねえ。
過去作品の設定が出てくるとついニヤリとしてしまうのもまた楽しいw
今回一番唸らされたのは喘息の設定に関する独自解釈ですね