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『産廃創想話例大祭『知らぬが花』』 作者: 穀潰し
「うわぁ……」
手に持っていたダウンジングロッドが反応した先の物体を目にして小さな智将―――ナズーリンは思わず声を上げた。そしてその声が聞こえたのだろう、反応した物体がまっすぐ彼女めがけて飛んで来る。
「人の顔を見かけた途端『うわぁ』とは随分な挨拶ですね」
唇の端を吊り上げ不敵な笑みを浮かべるのは脇の開いた巫女服を纏った緑髪の少女―――東風谷早苗。ぴくぴくとこめかみをひきつらせながら迫ってくる早苗を押し止めながら、ナズーリンは誤魔化しの言葉を捜す。
「いや、すまない。宝を探していたら外れを引いたものだから」
「全く謝罪になっていませんよ!? 何ですかその態度!? 悪いことをしたら素直に謝ると教えられなかったのですか!!」
悪びれもせず言うナズーリンに、『単純な』早苗はすぐさま眦を吊り上げた。
「ああ……それは確かに失礼した。何せ君には前科があったからね、今度から注意するように……」
「いーえ、許しません。鼠風情が随分と言う物ですね。態度の悪い妖怪には少々お仕置きが必要ですね!!」
びしっと指を突きつけ尊大に早苗が言い放った言葉に、ナズーリンの眉が跳ねる。
「……なに? 確かに礼を失していたのは悪かったが、鼠風情とは聞き捨てならないな。まるで私達を下に見ているようだ。君こそ身の程を知ったほうが良いよ」
「面白いことを言いますね!! たかが鼠に何が出来ると言うのです!!」
ナズーリンの声が温度を下げたことに気づかない早苗。それどころか彼女はナズーリンの言葉を一妖怪の虚勢と受け取ったのだろう。鼻で笑い飛ばし、自身の周りに弾幕を展開した。
「少し痛い目に遭えばその態度も……」
「悠長な」
御幣を構えた早苗がスペルカードを宣言する寸前、ナズーリンがその小柄な体躯を彼女の胸元に滑り込ませた。鼠特有の俊敏性をそのまま、速度の乗った肘打ちを早苗の鳩尾に叩き込む。
「うぐぇっ!?」
女性にしては随分な呻き声を漏らしながら思わず蹲る早苗。そして下がる彼女の顔の前にはナズーリンの爪先が有った。
「!?」
ゴキャリと聞こえたのは歯か鼻が折れた音か。目の前で火花が散るということを身をもって知りながら早苗の頭が蹴り上げられる。
もはや態勢を立て直すことも出来ないまま仰向けに倒れる早苗。
「大口を叩く割には随分と無様だな」
隠そうともしない嘲笑の響き。涙で滲む視界にナズーリンを捕らえながら早苗が声を絞り出す。
「ひ、卑怯な!! スペルカードの宣言も無しに!! それに打撃攻撃なんて!!」
「何が卑怯な物か。そもそも宣言無しの攻撃は君が先だろうし、スペルカード戦で打撃を用いてはいけないとは決まっていない。それに、だ。私がスペルも能力も用いてはいないよ、君の言う『鼠風情』の力しか使っていない」
早苗の言い訳を先回りして潰すナズーリン。駄々をこねる子供を見る表情の彼女に、既に早苗に対しての興味は無い。
じゃあね、と踵を返す彼女に早苗が噛み付く。
「ま、待ちなさい!! 今のは無効ですよ!! そうです、弾幕戦であれば貴方に負けることなど……」
「ならば幸せな脳みそでそう思っているといいよ。私には君とやりあるメリットが何一つ無いんでね、まぁいくら立派な力を持っていようとも『人間風情』じゃ無駄だと思うけど」
最後にハハッと小さく笑ったナズーリン。
それに自身の力に絶対の自信を持っていた早苗にとって、自尊心を大いに傷付けられた。
唇を噛み締め、早苗は一つ心に誓った。
「絶対に思い知らせてやる……!!」
それ以来、彼女はナズーリンに勝つことのみに力を注いだ。
最初は自分の問題だから、と一人で何とかしようとした。しかし単純であっても早苗は馬鹿ではない。一人で出来ることなど高が知れていると気づくのにそれほど時間はかからなかった。
だから彼女はプライドを捨てた。
妖怪退治の先輩である紅白の巫女や黒白の魔女に頭を下げ話を聞き。
親代わりでもある二柱には力の使い方を再度学び。
さらには知識人に話を聞き、鼠という種族にまで学ぼうとした。
人が変わったようなその真摯な態度。周囲はもとより、早苗自身大いに驚いた―――。
「鼠って恐ろしい動物ですね」
感嘆とも取れる溜息と共に言葉を漏らした早苗の目の前には、話し疲れたのかお茶を啜る半獣半妖の智者―――上白沢慧音の姿。
鼠と言う種族を学ぶ以上、その生態系やそれが引起したことを知ったほうがいいと助言を受けた早苗は文字通り歴史と知識の生き証人である慧音に話を聞いていたのだ。
「事故の発生原因から病気の流行まで。ある意味、一番身近で一番人間を殺してきた動物と言えば、鼠なのかもしれないな」
極端では在るが、と付け加えた慧音は湯飲みを机に置くと言葉を続ける。
「しかしいきなり押しかけてきて『鼠について教えてくれ』と言われたときには何事かと思ったよ」
「あれはその……失礼しました」
「なに、動機はどうあれ、学ぼうと言う姿勢は立派なものだ。しかし不思議だ、こういっては何だが貴女は自分の力に相当な自信を持っていたはず。それがこれほど他人を頼ろうとするとは。まるで別人のようだよ。一度の敗北とは、そこまで人を変えるのだな」
「お恥ずかしい限りです……」
「褒めているんだよ。人間は私達と違い短命だ。しかしそれ故に今生きている瞬間を精一杯大事にする。正直羨ましいよ、自分を変えるというのはそうそう簡単に出来る物でないからな」
「本当に成し遂げたいのなら、邪魔なプライドなど不要と神奈子様に言われました。それに諏訪子様にも色んな知識をつけることは無駄にはならないと」
「成る程、しかし言われて即座に行動に移せるというのは素晴らしいことだ。少しも迷わなかったのか?」
「勿論ですよ!! だって神奈子様も諏訪子様も間違った事を言うわけがないですから」
拳を握り締め自信満々に言い返す早苗に慈しみに満ちた瞳で見詰める慧音。それは教師が生徒を見詰めるのとなんら変わりない。その視線に若干の気恥ずかしさを感じた早苗が頬をかいた。
「もっとも、仕返ししたいから、と言う理由は少々いただけないがな」
オチをつけた慧音に、苦笑で返す早苗。彼女とてそれは理解している。
しかし今の彼女はとても充足しているのだ。
敵を知り己を知り、まるで乾いた土が水を吸収するがごとく身につく知恵と力。そしてそれに驕らぬよう鍛え上げる精神。
もはや大人という領域に足を踏み入れている早苗は驚いた。意固地にならず、人の意見に耳を貸す。
たったそれだけでここまで変わることが出来るとは。
いつの間にか目的と手段が入れ替わっていることに、早苗は気づかなかった。
彼女の内心ではもはやナズーリンに仕返しをすることより、如何に自身を研鑽していくかが重要だったのだから。
だから彼女達はその向上心と単純さに目をつけた。
「ただいま戻りました」
「おかえりー」
守矢神社の社務所へと戻った早苗を迎えたのは少女の声だった。その声の主―――洩矢諏訪子はのんびりとした笑みを浮かべつつ早苗に声をかける。
「今日は里の教師に話しを聞いてきたんでしょ? どうだった?」
「大変ためになるお話しでした。やはり色々な方からお話しを聞いた方が同じ題目でも内容が異なりますので勉強になります」
目を輝かせ報告してくる早苗に、うんうんと何度も頷く諏訪子。
「そうだろうねぇ。私達が教えられるのは所詮一面でしかないからさ。やっぱ色々な見方が出来ないと」
「はい、神奈子様諏訪子様のおっしゃるとおりでした。やはり御二柱のおっしゃることに間違いは……あれ? そういえば神奈子様はどちらに?」
「ん? ……ああ、神奈子ならちょいと用事があって地獄に行ってるよ」
「地獄に……ああ、あの烏ですか?」
「まぁそんな所かな。それよりさ、早苗にちょっと頼みたいんだけど、明日はちょっと守札作りを手伝って欲しいんだよ」
「守札を? もしや備えが足りませんでしたか?」
不安げな表情を浮かべる早苗に手を振って軽く言い返す諏訪子。
「いやいや、違うんだよ。早苗の頑張りのお陰でこれからも信仰が増えるだろうから、それに相応しいだけの量と質が必要なんだよ」
「なるほど、畏まりました。明日はちょうど用事もありませんし」
「いやぁ悪いね。本当なら早苗も遊びたい盛りなんだろうけどさ」
「そんな。諏訪子様が御気になさるようなことではありません」
恐縮したように慌てる早苗の姿が可笑しかったのか、諏訪子は微笑み、小さく呟いた。
「ほんと、早苗は良い子だねぇ。よしよし、頭撫でてあげよう」
「またまた、子ども扱いは辞めてくださいよ」
「いやいや、褒めてるんだってば」
照れ笑いながらも頬を膨らませる早苗。彼女に優しい笑みを向けながら諏訪子は呟いた。
「ホント、『人の言う事をよく聞く』いい子だよ」
ある日、人里で一人の病人が出た。
最初は風邪に似た症状だった。本人もしばらく休めば治るだろうと軽く考えていた。
しかし数日立っても彼は一向に姿を現さなかった。
不審に思った知人が彼の家を訪ねて全身を黒く鬱血させ、床に転がっている彼を発見した。
ただの風邪にしては異常とも言える死に方。そしてその死体を検分した医者―――八意永琳は、普段彼女を見慣れている人にとっては珍しいと思えるほど、血相を変えた。
死体は葬式を挙げるまもなく即刻焼却。それどころか彼と接触した人間を完全隔離。説明する手間すら無駄と言わんばかりに有無を言わせない。
何の目的があって、と詰め寄った慧音に永琳は一言小さく呟く。
「黒死病」
その言葉で慧音が永琳に協力するようになるのにはそう時間はかからなかった。
隔離を慧音に任せ、治療薬の生成に身を入れる永琳。しかし時既に遅く、おおよそ人里の半数が罹患。
それでも永琳の治療薬により最悪の事態は免れた。
それにより事態も一応の収束を見せたが、今度は新たな問題が湧き上がる。
つまり、この病気の感染源。
知者二人の調査により、やがて感染源は何処にでも居る鼠だと発覚した。
だがそれに首を捻ったのは感染源を特定した本人。
鼠の存在など今に始まったことではない。それこそこの幻想郷が存在した当初から居ても不思議ではないだろう。
では何故、『このタイミングで発症した?』
里に元々居た鼠が原因ならもっと早く広まっていてもおかしくは無い。
永琳の指示により感染源を駆除した後もその疑問は付き纏う。
まるで何かと一緒に現れたかのように―――。
誰もが首を捻る中、ふと里人の一人がポツリと漏らした。
「最近里に出来た寺。あそこには鼠の妖怪もいると言うじゃないか」
その言葉に場は不気味なほど静まり返った。
誰も何も言わない。それは全員が全員同じ考えに行き着いたということ。
そんなはずは無い。とは誰も言わなかった。
言えなかった。
何故なら相手は自分達と同じ人間ではなく、妖怪なのだから。
「そのようなこと、在ろう筈がありません」
最近里に出来た寺―――命蓮寺へと乗り込んだ里人を待っていたのは、断固とした態度を取る聖白蓮だった。
「たとえ妖怪とはいえ、ナズーリンは私の大事な門徒。そも、そのような考えは我らの教えに真っ向から反する物。他でもない本尊の目付け役であるナズーリンがそのような下劣を行いましょうか」
「わしらとてそう納得したい。しかしそれは貴女様の意見でしかないのだ。それが身内を庇う言葉ではないと、どうして言い切れようか。妖怪は人を襲い、その肉を、そして畏れを食らって生きると聞く。成ればこそ、此度の異変も本能に耐えられなくなった一妖怪の暴走ではないと証明してもらいたい」
「証明とは? 我ら命蓮寺の面々はもはや畜生道からは決別した身。本尊である毘沙門天の庇護にて生きる我らにとって生臭も畏れも、もはや不要の物です。自身に不要な物の証明をしろなどと、おそらくはどのような言葉を用いても貴方方を納得などさせられないでしょう」
「無茶な言い分だとは理解している。だがそれほどに里人達は納得できる理由が欲しいのだ。わしらとて貴女様の人の良さは知っている。だからこそ、穏便に事を……」
「穏便とは、笑わせてくれるじゃないか」
里人の言葉を遮り白蓮の背後から声が響く。声の主は鼠の妖怪―――ナズーリン。普段どおりの何処か冷めた表情に、今回は嘲笑の成分を僅かに付け加えて里人を見やる。
「大勢で押しかけて勢いに物を言わせ、女性を意のままにしようとする。まるで暴行魔だ。人間とは、下手に群がるから質が悪い」
歯に衣着せぬ厳しい物言い。あからさまに馬鹿にされた里人が顔色を変えるも、それを抑えたのは長の一人。
「返す言葉も無い。が、そうでなくては生きていけん。力が無いからこそ、危険な要因があれば見過ごすわけにはいかん」
「では私がいかに部下達が無害だと言っても無駄と言うわけだね」
「元凶自身の口から出た言葉を信用できるほど、そちらのことを知らない」
「知る努力を怠ったくせによく言うね。しかし埒が明かないな。結局君達は私にどうして欲しいんだい?」
降参したように両手を上げるナズーリンに、ただ静かに告げる長。
「簡単なこと。貴女には永遠亭へと向かって欲しい。そこで八意殿に診療を受けてくれ。全てはその結果如何だ」
その言葉を鼻で笑うナズーリン。
「部下の鼠全てを検査させるのかい? それはなんとも気の長い話だ。そうだな、永遠の半分くらい時間が有れば出来るかも……」
「なにを言っている。検査を受けるのは貴女だけだ。普通の鼠が原因と言うのなら、その親玉を真っ先に疑うのが筋だと考えるが」
「その医者に嘘が紛れることはないと言い切れるのかい?」
「わしらは信用出来ずとも八意殿は別のはず。彼女は公平だ、里にも、貴女方にも味方することなく結果を伝えてくれるだろう。そして我々も八意殿の言葉を違え、貴重な診療所を敵に回すほど愚かではない」
「一応聞くが私が拒否した場合には?」
「病を滅するに一番の方法は、古来より焼き払いと決まっている」
命蓮寺を焼き討ちされてもいいのか、そう遠回しに告げる言葉に、背後で心配そうに見守る聖を一瞥したナズーリン。
しばしあって彼女は小さく頷いた。
竹林を進む足音が複数。永遠亭へと向かうナズーリンと里人が数人。命蓮寺の面々を人質とされたナズーリンが逃げ出すとは考え辛いが、万が一がある。それ故懐には対魔札を忍ばせた腕自慢達が目付け役として彼女に同行した。
「……それにしても、君達も貧乏籤を引かされたものだね。君達の言う『病原菌』がこんなに傍に居るというのに」
沈黙を和ませるには随分と皮肉を含めたその言葉。しかし里人達は一切耳に入っていないかのように反応しない。ただ黙々と前を見詰め、脚を進めるだけ。
「……随分と物静かだね。寺に押しかけて来た時もそれぐらい大人しければ話もし易かっただろうに、どうも君達人間の思考回路は分からないな。そもそも、本当に畏れが欲しいのならこんな回りくどい手段を用いなくても君達程度なら直に殺すことも出来るんだが」
普段は思慮深いナズーリンもこのときばかりは憎まれ口が止まらない。もっともここまで酷な扱いをされればそれも仕方ないと言えるが。
本音か嫌味か、ナズーリンが吐き出した言葉。その言葉に彼女を囲んでいた里人が足を止めた。
「? 何か言いたいのなら聞こうじゃないか」
文句の一つでも飛んでくるかと身構えたナズーリン。しかし里人達が口を開くより早く。
「!?」
一人の里人の頭が柘榴の様に弾けた。
灰色と桃色と赤色をした破片が地面に飛び散るのと、紅い液体を噴出しながらその体が崩れ落ちるのは同時だった。
「なっ……!!」
突然のことにそれ以上の言葉は出ない。ただ咄嗟に伏せたのは経立としての本能の賜物だった。
彼女が伏せるより数瞬遅れで襲い来た弾幕によって残っていた里人も地へと倒れ伏す。ナズーリンの妖怪としての嗅覚は彼らから流れ出た液体の鉄臭さを明瞭に嗅ぎ取った。
「なん……何処の馬鹿だ……!!」
漏らしたのは悪態。本能だけの魑魅魍魎が弾幕を用いて人を殺すなど有る筈がない。
ならばこれを引き起こした犯人は最低限の知能を持つ存在だということ。
だが理由がわからない。
食うためならわざわざ弾幕を用いる必要はないし、ここが妖怪の領域だと伝える警告ならここまで見事に必中させる必要はない。
つまり相手は『殺すために殺した』。
動物なら有り得ない。妖怪が戯れで獲物を弄ぶこともあるが、それもわざわざ身を隠して行う必要は無い。
動物、妖怪の線が消えた以上、まさか、と当たりをつけたナズーリンの耳に、ふと地を踏み締める音が届く。
「見つけましたよ」
響く声。その声に聞き覚えのあったナズーリンが身を起こす。彼女の視線の先には静かに佇む緑髪の少女―――東風谷早苗の姿。
ナズーリンを見詰めるその瞳に宿るのは悲哀。
「貴女を倒すためにせっかく鍛えたのに。それがまさかこんな使い方をすることになるなんて。でも仕方ないですよね、人に仇為すなら退治させてもらいます」
そう言って早苗が御幣を構える。彼女の声は本心を表す悲しそうな響き。そしてまっすぐ見つめてくるその瞳に迷いは一切ない。
だからこそナズーリンは厄介だと考えた。
彼女は全く話を聞く気は無い。
「待ちたまえ。何を勘違いしているようだが、彼らが地面に転がっているのは私の仕業じゃないぞ。どこぞの……」
「知っていますよ。だって、その人達殺したのは私ですから」
ゆっくりと身を起こしながら早苗を刺激しないよう冷静に言葉を紡ぐナズーリン。しかしその言葉に帰ってきたのは、早苗の当然ですといった頷きだった。
「……は?」
阿呆のように口を開き、思わず間の抜けた声を上げるナズーリン。
今この娘は何と言った?
彼女の言葉を数秒かけて理解したナズーリンは、いよいよもって二の句が告げなくなった。
「それは、何か……とても重要な理由が有ったのだろうね」
疑問半分、混乱した自分の思考を落ち着ける時間稼ぎ半分で、ナズーリンは言葉を紡ぐ。
返答など端から期待していない。ただ、会話が続けばそれだけ思考を整理する余裕が生まれるのだから。
しかし。
「ええ、諏訪子様に言われたからです」
返ってきた返答は、ナズーリンが予測していた以上の物だった。
「諏訪子様が仰いました。今現在永遠亭に向かっている者達は既に病に犯された身である。治療薬が出来たとは言え、確実な対処法になると考えるのは甘い。ならばいっそのこと病原菌の宿主ごと消してしまえ、と。だから仕方なかったんですよ」
まるで天気の話でもするかのように軽く言い放つ早苗。
だからこそ異常だった。
いくら敬愛する存在に言われたからと言って、疑いもせず、こうも簡単に同族を手にかけるなど。
「君は……馬鹿か?」
辛うじて漏れた言葉はそれだけだった。それに早苗はきょとんとした表情を返す。
それは何故自分が馬鹿と言われたのか全くわからないと如実に語っていた。
「何故ですか? 悪いものを無くす事が何処かおかしいですか?」
「そうじゃない!! 仮にも同じ人間だぞ!! それを自分の手で殺しておいて何も思わないのか?」
「だって諏訪子様が殺した方がいい言われたんですよ?」
「だから馬鹿だと言ったんだ……!! 君はその言葉を少しも疑わなかったのか!?」
「諏訪子様が間違ったことなんて言うわけ無いですから」
ぞくり、とナズーリンの背中が粟立った。
目の前の少女とは会話が成立しない。意思疎通と言う意味においてもっとも重要な言葉が通じない。
どう考えてもここから事態が好転するとは思えない。
だからナズーリンは身を翻そうとして。
「……へ?」
ぺしゃり、と腰を落とした。
今の今まで気づかなかったが、全身から力の抜けるような倦怠感。いくら力を込めようとしても、まるで首から下が無くなったかのように反応がない。
「知らないんですね。古来より神具や魔具は命を食らってその効力を高めると言います。勿論それは御札だって例外じゃありません」
その言葉に今更ながらナズーリンは死んでいる里人達が懐に札を忍ばせていたことを思い出した。今やその札は彼らの血を吸って盛大に効力を発揮している。
「まさか、君は元々そのつもりでこの人間達を……」
「どうせ殺すのなら有効活用しろって言われましたから」
柔和な笑みで狂った台詞を吐き出しながら近寄る早苗。それに対しナズーリンはただ呻くだけ。
「そうそう、ナズーリンさんは知ってますか? ネズミ捕りにかかった鼠はどうやって殺されるのか。一番手っ取り早く確実な殺し方があるんですよ」
傍らに近寄った早苗は優しくナズーリンの肩に手を掛け。
「窒息死です」
そのまま首を締めた。
「!? ぁ゛っ……!! がッ……!!」
掠れた呼気音を漏らし、もがくナズーリン。しかし妖怪としての力が出せない以上、体格差による力関係は一目瞭然だった。
早苗の下で暴れる小柄な体。むちゃくちゃに振り回される手足は確かに早苗の体を打つ。
それでも早苗は冷静に細い首を締める手に力を込める。
「大体バケツに水を溜めてそこにネズミ捕り器ごと放り込むんですよ。あとは時間がたてば勝手に死んでくれますから。毒餌とかも手軽といえば手軽なんですが確実性が無いんですよ」
「――――ッ!!」
必至でもがこうともと力の入らない身体ではただ小さく揺れるだけ。喉を潰される痛みか、はたまた呼吸できない苦しみか。見開かれた目には涙が溜まり。
「――――――」
やがてナズーリンの体からふと力が抜けた。
「……あれ? 何だ、人の話しは最後まで聞けって教えられなかったんですか?」
身動ぎ一つせず、仰向けに倒れ、ただ目を見開いたままのナズーリン。その控えめな胸が上下することは無かった。
物体へと代わった彼女を見下ろす早苗は、ただ大きく息を吐き出すだけ。
と。
「お疲れ様。早苗」
「あっ……見ておられたのですか?」
「とーぜん!! 可愛い我が風祝が一仕事するっていうのに、見届けない輩が居ますかっての。それに私だけじゃないよ? 神奈子もいるさ」
「神奈子様も? お戻りになられたのですか?」
「ああ、ついさっきね。話の顛末は諏訪子から聞いたよ。早苗、頑張ったね」
敬愛する二柱に誉れの言葉を貰い、早苗は喜色にまみれた声を出す。
「御二柱とも、私やりました。あの鼠妖怪に目の物見せてやりましたよ!!」
「うんうん、早苗は負けっぱなしで終わる子じゃないと信じてたよ。ねぇ神奈子?」
「当然さね。何せ私達の風祝だ。その辺りの妖怪に手間取るような小物じゃないよ」
べた褒めされた早苗が恥ずかしそうに頬を掻く。彼女はもう一度自分の『戦果』を確認し、ついで周りの死体に表情を曇らせた。
「でも残念です……本音を言えば、もっと正々堂々と叩き潰しかったですけど」
「そりゃ仕方ないさ。病気なんて卑怯な手段を使ったのは向こうが先なんだからさ、相手がその気ならこっちだって相応の手段を用いることに何の問題も無いよ」
「そう、ですけど……それに里の人達も可哀想でしたし」
コロコロと感情を変える早苗を微笑ましげに見詰める神奈子と諏訪子。
「そうだね。確かに不幸だったかもしれない。でもね、彼らは自分の身を犠牲にしてまでこの悲劇を食い止めてくれたんだ。それを無碍にしてはいけない」
「そう、ですね……うん、そうですね!! 神奈子様のおっしゃるとおりです!!」
「さ、そうと決まったら早く彼らを弔ってやろうじゃないか。っと、その前に早苗も診療所に寄って行こうか。何せ今まで病原菌に触れていたんだ、万が一があるかもしれないからね」
「そうだね。私達の『いう事をよく聞く』大切な風祝だからね。何かあったら大問題だよ」
「はい!!」
神奈子と諏訪子の言葉に、早苗は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「そういえば神奈子様。地底ではどのようなお勤めを? 御用事であれば私が承りましたのに」
「いやいや、たまには身体を動かさないとね。何時までも宮で胡坐かいてるってのも何だかさ。それにしても地底に居る奴らはやっぱり違うね」
「そうなのですか?」
「ああ、鬼に代表されるように地底の奴らはまだ本能が強い。それこそ人間なんて肉にしか見てないし、畏れや恐怖は奴らの糧だね。それに心を読んだり、心を操ったり、『病気を操ったり』、色んなやつが居るもんだよ。中には『そんな能力を利用して畏れを集めようとする』奴もいるね」
「そうですか……いけませんね。そんな迷惑をかける妖怪は懲らしめないと」
「ははは、そうだね。それこそ今回みたいに『偶然騒動が起きる』かもしれないからね。そのときは早苗の出番だよ? また事件解決の立役者になれれば里からも感謝されて、信仰も増えるよ。きっと」
にたり。
一番難産だったのはタイトルを考えること。
まずはここまでお読み頂き有難うございます。筆者の穀潰しです。
今回は単純馬鹿なお話ですので特に何も。強いているならもっとナズを苛めたかったです。
何にせよ少しでも御暇つぶしに、また楽しめていただければ幸いです。
>まいん様
良い娘すぎて単純馬鹿なんですけどね。神奈子様も最後の最後で良い格好して、まったくもう。
>2様
ナズの殺し方は幼少のころに実際にやらされましたからね。というかこれ以外の殺し方が浮かばなかったという。
そして今回の早苗さんが割と人気ですね。やはり素直な子は可愛いのですね。
>3様
結局のところ早苗さんも操り人形ですので、神奈子様達も別方面で力をつけることを考え始めたのではないでしょうか。
>NutsIn先任曹長殿
神奈子様と諏訪子様にとっては、早苗さんも『歴代の風祝の一人』ですからね。もし早苗さんが子供を生んだら、早苗さんの価値は無くなるのではないでしょうか。
しっかし私の作品の人間はどこからぽんぽん湧いて来るんだ?
>山蜥蜴様
ナズからすれば、人間如き何するものぞといった感じなのでしょう。彼女もまた、傲岸不遜の気があったのかも知れません。
わざわざ早苗を叩きのめさなくても、程よいところで落とし所を見つけていれば、また違った結果になったのかも。
叩き潰すだけではない、相手の真理を見極め、時には譲歩することも重要。
それが分からなければ賢将とは名乗れません。
>んh様
諏訪子は純粋にアホの子早苗可愛さに。神奈子は早苗の単純さを利用に。
二柱とも理由は違いますが、早苗を『使った』ことには変わりありませんね。
手回しのシーンも考えましたが、あまりにも露骨過ぎるかなと思い、削除した次第です。一応諏訪子の『信仰が増えるだろうから守札を作れ』に台詞が伏線のつもりでしたが……あまりにも説明不足でしたね、精進いたします。
>10様
不自然さがありましたらそれはひとえに私の力不足ですね。精進してまいります。
今回の二柱は暴力と恐怖の象徴ということでちょっと真面目にしてもらいました。
>紅魚群様
疑うことを知らない、清廉な早苗さん。だからこそ、彼女の知らないところで行われている汚い仕事が映えるものですね。
個人的にもナズはもっと苛めたかったのですが、他の文章が淡々と進んでいるため、リョナシーンだけ力を入れると違和感が出てしまったので、泣く泣く削除しました。
>木質様
神二柱にイライラしたのなら、それは私にとって最大の栄誉です。
目のハイライトは消えているでしょうし、常に笑みを浮かべているでしょう。
そして神二柱にとっては早苗も利用の対象なのでしょうね。
>あぶぶ様
読まれた方が一人でも「うわ、こいつぶっ殺したい」と思ったのなら、光栄です。
彼女のとっての改心は、素直にいう事を聞く程度なのでしょうね。
そして今回はケロちゃんに格好良く働いてもらいました。
>14様
単純馬鹿な子供ほど手間がかかって愛おしいということでしょうか。
ただ単に馬鹿なだけならどれほどマシか……。
>pnp様
流石に一日で書き上げるのは無理がありました。個人的にも神二柱がどう動いていたかは書きたかったのですが、私の腕ではどうにも場面が混乱してしまいまして、それならばいっそのこと、となりました。
ナズの性格はもうどうしようもないですね。公式ですらあんな感じですし。
穀潰し
作品情報
作品集:
3
投稿日時:
2012/05/02 15:32:40
更新日時:
2012/06/06 01:00:18
評価:
12/15
POINT:
1000
Rate:
12.81
分類
産廃創想話例大祭
東風谷早苗
ナズーリン
随時返信
早苗も可愛かったよ
地底勢を露骨に吸収しようとする守屋許すまじ
幻想郷の人口や各勢力のバランスをとるには丁度良かったですね。
守矢神社も、いよいよとなれば早苗に詰め腹を切るように二柱の神が『命令』したりね。
早苗VSナズという、個人戦の点で見ればナズの方が上手でしたが、相手のバックにどんなのが居るのか忘れちゃ駄目だなぁ、賢将が聞いて呆れる。
古今暴君は己の傲慢さ故に毒酒をあおる、というのとはちょっと違うかな?
ヤクザに殴りかかる人が居ないのは、そのヤクザを殴り倒せないからじゃなくて、『組』を敵に回すと後が怖いからなのに。
早苗がナズに鼻だか歯を折られた、っぽいのには事実なのにそれを言い掛かりにしないのは勿体無いというか用心深いというか。
早苗の皮相浅薄さがすごくよく出ていたと思います。茨歌仙以降、極道早苗よりこういうアホな子早苗が好きになってきたので尚更。
二柱が里にどう根回ししたのか気になったので、それをラストで匂わせて欲しかったかな?
でも早苗さんの馬鹿……素直さが出ていいと思います。
にしても珍しく仕事する神様だなぁ。
ナズーリン苛めがメインなら、もっとリョナリョナしたシーンが見たかった!まあこれは個人的な意見かもしれませんがw
この早苗さん、表情が豊かなようですが、絶対に目のハイライトが消えていますね。
早苗の為・守矢の利益になるのなら、他者を平気で利用・殲滅する二柱の外道っぷりには惚れ惚れします。
改心したと思ったら騙されたよちくしょう信じるんじゃなかった。
諏訪子様が黒すぎるよカッコイイよ。
ナズが早苗さんの引き立て役に見えてしまったのが残念。
ナズがどうしようもなく憎たらしかったもんで、とてもスカッとしました。