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『産廃創想話例大祭『新・幻想郷縁起―20世紀の吸血鬼伝説―』』 作者: 隙間男
オリキャラ有り独自設定有りです
又、キャラ崩壊している可能性もありますが、最後までお付き合いいただけるとうれしい所存です
昼の紅魔館。初夏の日差しが眩しく、それでいて透き通った風が吹き抜ける爽やかな朝
そんな中、一人の人物が紅魔館を訪ねてきた
稗田阿求――稗田家当主にして9代目阿礼乙女である
彼女の仕事は幻想郷縁起の編纂
恐らく今日もその関係で紅魔館まで赴いたのであろう
「おはようございます」
そう言い、門番に挨拶を交わす
「おはようございます!稗田阿求さんですね。中でお嬢様がお待ちしております」
珍しく居眠りもせず、椅子に座って本を読んでいた門番が門を開ける
金属音が響き、門が開いて彼女を中へと迎え入れる
阿求は門番に軽い会釈してから中へと歩みを進めた
玄関の扉は荘厳かつ立派なもので、阿求には開くことが出来ないように感じた
インターホンなどと言う便利なものはここには無いので、とりあえずノックしてみる
乾いた音が2回程響き、10秒ほど待つと扉が開いた
扉の先にいたのはメイド長、十六夜咲夜であった
「お嬢様がお待ちしておりますす。中へどうぞ」
「おじゃましますね」
2言程度の会話を終え、中へと入る阿求
そして迎え入れられるまま、居間へと通された
恐らくはレミリア・スカーレットの部屋へと通されると考えたがそれは違ったようだ
「失礼します。お嬢様」
「咲夜。待ちかねたわ。早く入って」
そう中で声が聞こえたと同時に、咲夜が扉を開く
中にいたのは吸血鬼レミリア・スカーレットだった
その圧倒的な威圧感とカリスマ性で癖の強い紅魔館のメンバーを束ねていると聞く
「稗田阿求…だったかしら。久しぶりね」
「お久しぶりです」
「で、今日はどういった用件かしら?」
「そうですね。幻想郷縁起に纏めたいことがいくつか出来たので、今回、紅魔館の主であるレミリアさんにお話を伺いたくて………」
「ふぅん。その纏めたいことってなんなの?」
「強いて言えば、幻想入りする前の、紅魔間の皆さんについてですね」
「どのような経緯でここへたどり着いたのか……外界での暮らしはどうなのか。そういったところですね」
それを聞くと、レミリアは少し困ったような表情を浮かべた
幻想郷へと来るものは複雑な事情を抱えていたりするものも多いので、取材拒されることも多い
今回のケースもそうなのであろうか。少し前に守矢神社で話を伺ったときは、早苗が涙目になりながら嘔吐してしまったので取材できなかった
幸い傍らの2柱の神に祟られるようなことは無かったが、しばらく顔を合わせることが出来なかった
―――今回もそうなのかと阿求が考えた時
「OKよ。咲夜。この客人に紅茶を淹れてあげて」
「了解しました。しばしお待ちください」
「ああ、後、パチェも呼んできなさい」
「………承知しました」
そう言うと咲夜は部屋から出て、湯を沸かし始めた
「そうね……過去の話ねぇ」
「何かあったのですか?」
「何も無いわけ無いじゃない。常に変化に満ち溢れていた――――気もするわ」
「それよりも、幻想郷縁起は確か幻想郷内のことだけじゃなかったかしら?」
「ええ。しかし、新しい風を常に取り込み、幻想郷縁起をより良いものにするのも私の仕事ですから」
そう言うと阿求は持参のペンと手帳を取り出し、メモの準備を始めた
見開きの半分は今回の為のスペースなのであろう。白紙の状態だがもう半分はびっしりと文字で埋まり、黒く塗りつぶされているようにも見える
レミリアはよくそんな細かい字で読めるわねと思いつつ、咲夜がくるのを待っていた
「少し待ってなさい。昨夜が今おいしい紅茶とケーキを持ってくるから」
「話はその後でも遅くないでしょう?」
「ええ。いくらでもお待ちしますよ」
そう言い、笑顔を見せる阿求
その時、居間の扉が開き、咲夜が紅茶とケーキを運んできた
「お嬢様。ケーキと紅茶です」
そう言うと咲夜は机にそれらを置き、どうぞと言う素振りをしてレミリアの背後―――恐らくは彼女の定位置なのであろうについた
「ん。ご苦労」
そう咲夜に労う言葉をかけると、レミリアは阿求に話始めた
「まだパチェが来ていないようね………まあ良いわ。いずれくるでしょうし、そろそろ始めるわ」
そう言い始めたので、ペンを取りメモの準備を始める阿求
「そうね。あれは私達がここに来る前―――1900年代、20世紀。この際だからどちらでも良いわ」
「その頃の私達のお話よ」
そう言うと、レミリアはゆっくりと、静かに語り始めた
ー1900年代後半・東欧某国
山に囲まれたのどかな町だったが、現在2つのとある事件によって世間を騒がせている
一つは『吸血鬼事件』ーここ1年以上も前から騒がれている事件で、被害者は全員深夜に出歩き襲撃されている。襲撃後血液を一定量盗まれているようで、早朝に気絶した状態で町の適当な場所に捨てられている所を散歩している人が発見するケースが多いようだ
今のところ、死者はいないが全員が全員ともその『吸血鬼』の顔を全く覚えていない、又は見ていないとのことで、実際のところ警察もお手上げ状態でこの件に関してはほとんど放置されている
被害者も血液を盗まれる以外は全く以って金銭や命含めて被害がないのでどうでもよくなってきているようだ
しかし、事態はここ1ヶ月を境に急変。被害者の人数が増加しているのである
そして2つ目は『切り裂きジャック事件』ーロンドンで半世紀以上も前に起きた猟奇殺人事件の再来と呼ばれ、現地住民を震え上がらせている
被害者は全員深夜のうちに刃物のようなもので切りつけられて死亡している。又、不可解な点としてこの殺人事件が発生した頃から、やはり、いやおそらくは深夜に人が灰になって死亡するという怪奇現象も起きている
灰と同じ位置にあった遺留品から人物の特定がされているが、やはり衣服に刃物のような切り傷があり、同一犯の線が強い
吸血鬼事件と違うところは、それが屋内であっても起きているというところである
なお、この2つの事件の関連性は不明で、警察当局はおそらく別の犯人だろうとの見解を示している
「…………ふぅん」
そう興味もなさそうに呟き、新聞紙を机に置いた少女はレミリア・スカーレット。とても強力な力を持つ吸血鬼である
「レミリア様、又例の事件ですか?」
そう呟いたのは金髪碧眼のメイド長だった
見た目こそ20台前半位の女性だったが、その佇まいは年齢以上の落ち着きを与えていた
彼女は町の外れにあるこの屋敷の仕事全般を担っている。彼女のほかにはメイド10人程度が屋敷の仕事に従事している
彼女たちは1年前、レミリアがこの町を『食事場』とする前からレミリアに従事していた
「ええ、面倒くさいことになったわ。食事の邪魔をする別の吸血鬼に続いて、殺人鬼のお出ましとはね」
「……お嬢様、これは吸血鬼狩りの可能性はあるのでしょうか?」
「いや・・・全く以って判らないわ。たまたま殺したのが吸血鬼の可能性も十分あるわ。吸血鬼とはいえ平和主義の者も多くいるから、殺人に慣れているような狂人を撃退することはできないでしょうし」
「まあもし、その殺人鬼さんが私を狙ったとしても確実に殺す自身があるわ。夜は私の独壇場よ」
「頼りにしていますよ。お嬢様」
そう言い会話を終えると、メイド長は調理場へ行き、レミリアが先ほどまで紅茶を飲んでいたであろうアンティークの食器を洗い始めた。そしてレミリアは再び新聞を手に取り別面にあったサーカスの記事を食い入るように見始めた
その数時間後、レミリアは新聞紙を机に置き手元にあった本を読み始めた。吸血鬼関連の本のようだ。滅多に本を読まない彼女にしては珍しく一連の事件に対して一応警戒はしているようだとメイド長は思ったらしい
そして、ふと時計を眺めると自分が普段買出し等で外出する時間だった。今日はそういえば買出しの日だということを思い出し、レミリアにその旨を伝える
「お嬢様、夕食の買出しに行ってきますね」
「ん。いってらっしゃい」
「すぐに帰ってきますので……お部屋でお待ちくださいね」
そう伝えるとメイド長は鞄を持ち、少し離れた町の市場へと向かった
この屋敷に今いるのはレミリアと、幽閉されている彼女の妹。あとは各々の作業で忙しく、レミリアの部屋に入ることは絶対にありえないであろうメイド達だけのはずであった
レミリアは彼女の外出を窓から見守り、完全に見えなくなった所で独り言のように呟いた
「パチェ」
そう言うと、部屋の何もないところから紫色の髪をした少女が姿を現した。名はパチュリー・ノーレッジ。魔法使いでレミリアと同じく人間ではない
いつからこの部屋に居たかは定かではないが、メイド長が居た時にはすでに部屋に忍び込んでいたようだった
「ずいぶんとぶっきらぼうね。レミィ」
「それは失礼したわ……で、例の話に関してはどうなったのかしら?」
「そうね……大体の所在や座標は掴めたわ。只、やはり通常の方法では移動出来ないみたいね」
「結界かしら?」
「概ね正解ね。私が独自のルートで調べた情報によるとこっちで幻や忘れられそうになっているものが自動的にあっちに流れ込んでいく。そう言う特殊な結界のようね」
「あら、いいじゃないの」
「なんでかしら?」
「だって、こちらからお訪ねする手間が省けるじゃないの」
「まあそうだけれど、あなたや私が幻想の存在になるのって後何年かかると思っているのよ」
「いや、それが案外近い未来だと思うのよ」
そう言い、パチュリーに一冊の本を渡す。それは航空写真集だった
米国、ドイツ、フランスの大都市の航空写真が白黒やカラーで写っているものだが、それはこの田舎町とは大きく違った煌びやかな景色であった
「………なるほど、迷信やらおとぎ話を信じる時代は終わったってわけね」
「そう言うことよ。どうやらこの世界は私たちの存在を根本から否定してしまいたいみたいなのよ」
「聖書に書かれていることは信じて、迷信やら伝説じみたことは信じないのね。吸血鬼伝説はもう古いってところかしら」
そう言うレミリアの背中にはどこか哀愁が漂っているようだった
人間主体の世の中になって行くことによって、どんどん肩身が狭くなっていったが、とうとうこの世界から追われるのかも知れないと不安があるらしい
「レミィ、この話は彼女にしてあげないのかしら?」
「まだ時期尚早よ。それにこんなときにあまり彼女に心配はかけたくはないのよ」
「『切り裂きジャック』?だったかしら。ロンドンでもずいぶん昔にそんな事件があったわね。模倣犯ってところかしら」
「それが判らないから困っているのよ、だけど恐らく違うわ……」
「吸血鬼狩り?」
「確証はないわ…だけど私のほかにこの町に吸血鬼が来た時期も考えるとそう思ったほうが自然ね」
「そうね……」
そう言うと、パチュリーは机にあった新聞紙を手に取った
一面に切り裂きジャック関連の記事が載っており、違う面にサーカスの記事が乗ってる
奇術・曲芸・動物を使ったアクションが好評のサーカス団のようだ
「ねえ。レミィ、このサーカス団って何時からここに来ていたのかしら?」
「えっと、大体一週間前からかしら。それがどうしたの?」
「やっぱりね……このサーカス団、臭いわ」
「それってつまり……」
「ええ、まだ確証こそないけれど、ここにその『切り裂きジャック』が潜んでいる可能性が高いわ。そして恐らくサーカス全員がグルよ」
「匿っている。またはこのサーカス団全員が『切り裂きジャック』ってわけよ」
「なるほどね、むしろ今まで気づかなかったところが不思議だわ。さて、話も一段落ついたし紅茶でも飲むかしら?パチェ」
「ええ、頂くわ。でもレミィ、貴方自分で紅茶なんて淹れることが出来たかしら?」
「最近はそうやってメイド達の手を煩わせるのも気が引けるから出来るだけ自分で淹れることにしてるのよ」
「あら、貴女も少しは成長したようね」
「大きなお世話よ」
そう言うと、レミリアは立ち上がりお湯を沸かし始めた。彼女の背では届きにくいのか、茶葉を背伸びして取ろうとしているのが微笑ましく見えた
それを見届けるとパチュリーは先ほどレミリアが持ってきた航空写真集を手に取り、読み始めた
大戦前、大戦後の各国の航空写真が載っていた。それは、かつてパチュリーが旅したところの写真もあったのだがが当時とは姿が違っていた
それを食い入るように見ていると、どうやら紅茶を淹れたらしいレミリアが目の前に紅茶と茶菓子を置いた
「どうしたのよパチェ」
「ああ、やっぱり時代の流れには逆らうことは出来ないのかしらと思って……」
「やっぱり、その『幻想郷』とやらに移り住むしかないのかしら」
「そうね。そこが私たちの安住の地になると思うわ。それにあそこなら貴女の妹も」
「あまり……フランの話はしないで欲しいわ」
そう少し声を大きめにしてレミリアは言った。恐らくは彼女が物心ついたときから彼女のの妹、フランドールは屋敷の地下に幽閉されていた
幾度となく屋敷の引越しを行ったが、そのときはパチュリーの魔法を使い地下室ごと転送したりして、メイドにすらその姿を見せなかった。恐らく彼女は自分が引っ越したことすら気づいては居ないであろう
そして唯一。世話係のメイドと今ここに居る2人のみが声を聞くことが出来る
その他のメイドは彼女を恐れて地下室に近づこうとすらしない
「そうね…配慮が足りなかったわ。御免なさい」
「いや、気にしなくていいわ」
そう言うと同時に、玄関の開く音がした。メイド長が買い物から帰ってきたようだ
一応メイド長とパチュリーは面識があるので軽い挨拶を済ませようと立ち上がったところで、ふとレミリアがパチュリーを制した
「今日は、もう外は暗いし危ないわ。ここで食べていきなさい」
「……そうね。ありがとう」
そう呟いたパチュリーの顔には笑顔が滲んでいた
「失礼します」
そんな会話をしていたところで、ノック音の後にメイド長が部屋に入ってきた
「パチュリー様。来ていらしたのですね」
「ええ、お邪魔しているわ」
「あら、貴女はパチェが居るのに最初から気づいていたでしょう?……意地悪ね」
「………何時から気づいていたのかしら」
「それはもう最初から気づいていましたよ?パチュリー様からいい匂いがしますもの」
「あら、香水なんてつけていなかったはずなんだけど」
「まあなんと言いますか…魔法の匂いとでもしておきましょう」
「レミィ、貴女のメイドは鼻が利くのね。まるで犬だわ」
「褒め言葉として取っておくわ」
そう言うと、レミリアは自分の目の前にある椅子に腰掛け、パチュリーはその対角線上にあるソファーへ座った
メイド長は既に夕食の準備をしたのであろうか、部屋からはいつの間にか消えていた
「レミィ……彼女は本当に神出鬼没と言うか、よく判らないわ」
「そうね。まあ私も彼女のことは判らないし昔のことも経歴も聞こうとは思わないわ」
「そう………」
会話はそこで途切れ、レミリアは少し疲れたのであろうか、仮眠を取り始めた。パチュリーはそれを微笑ましそうに見つめた後、持参の魔道書を読み始めた
「―――――レミリア様、レミリア様!起きてください!夕食の準備ができました」
一体どれ位寝ていたのであろうかとレミリアは寝ぼけ半分の頭で思考した末、時計を見ると言う結論へと至った
そして時計を見ると時刻は既に9時を指していた
―ああ、もうこんな時間なのか……ずいぶん寝たわね
そう心の中で呟くと、夕食に向かった
「ああ、そう言えば」
パチュリーと2人で食事していると、レミリアの隣にいたメイド長がいきなりと呟き始めた
「ん?どうしたの」
「お嬢様、例のサーカスのチケット、取れましたよ。今朝随分と行きたそうにしていたので、勝手ながら購入させてもらいました」
「えぇっ………あ、ありがとう」
そう言うと、レミリアはパチュリーに目配せをした。そしてパチュリーも視線で合図を交わす
恐らくは、今、昼間立てた仮説を言ったほうが良いと考えたのだろう
そして、レミリアもその提案に乗った
「そうね、貴女にお話することがあるわ」
「………?何でしょうか、お嬢様」
メイド長がそう言うと、レミリアはパチュリーとの会話のなかで見出した憶測・・・あくまで憶測なのだがあのサーカスが『切り裂きジャック』だろうという話をした
恐らくは、その線も視野に入れていたのかも知れないらしく、メイド長はそれほどびっくりした様子も無く、冷静だった
「……成る程、サーカスがクロだと」
「ええ……まだ『もしかしたら』よ。確証はまだないわ・・・」
「一団がこの町にやってきたと同時に事件がおき始めた。・・・可能性としては十分ですよ」
「それに、このチケット…日付が明日になっています。確かめるのには好都合かと」
「……そうね。パチェ、明日の天気はどうかしら」
「快晴よ。レミィ」
「それさえ判れば問題ないわ。日傘を用意しておいて。珍しく昼間にそれほど寝なかったせいでこの時間から眠たいのよ……私は寝るわ。おやすみ」
「了解しました。お休みなさいませ、お嬢様」
「お休み、レミィ」
レミリアが部屋から出て寝室へ入ったであろう頃、パチュリーはメイド長にあるお願いをした
「ねえ、少しお願いがあるの」
「何でしょうかパチュリー様」
「ちょっとした調べごとよ。今まで発見された死体の位置と日付、死亡推定時刻と被害者同士の関係を調べて欲しいの。警察に電話すれば恐らく教えてくれるはずよ。まあ無理だったら記者でも装えばいけると思うわ」
「了解しました」
そう言うと、メイド長は自室に、パチュリーも客室へと消えていった
そこまで話すと、レミリアは一息吐いて紅茶を啜りはじめた
「そうね。質問を受け付けるわ。何か質問はあるかしら?」
やけに親切だと阿求は思った
普段から凶暴で凶悪だと悪名高い吸血鬼にしてはだ
しかし、そんなことなどどうでも良いと考えた
質問に返答してくれるのだ。それだけで有難いと思い、質問を始める
「何時頃の話でしょうかこれは」
「そうね。私もはっきりとは覚えていないわ。ただ、外界であった大きな戦争が終結し、人間達の生活がより優れたものになり始めた頃ね」
「成る程。パチュリーさんとはその頃から友人だったのですね?」
「ええ。何時頃からかは分からないけれど、この頃からよく屋敷に来ていたわ。喘息もそのころは今よりマシで、各地を旅していたみたいね」
「その通りよ、レミィ。只、親友との出会いの日を忘れるなんて酷いわ」
いつのまにかパチュリーがレミリアの隣に座っていた
何時頃部屋に入っていたのかは分からないが、
「それはすまないね。確か……初めて会ったのは今から70年以上も前の話だったかしら」
「そうね。確かそんな感じだったはずよ」
「パチェ。貴女も覚えていないじゃない」
「お話のところ失礼ですが、もうすこしいいでしょうか?」
「ん?何かしら?」
「この頃のメイド長って……………」
「ええ。咲夜ではないわよ。咲夜の先代が彼女だったわ」
「名前も知らない……と言うか主の命令でも絶対に教えてくれなかったわ。自分でも知らないのか……嫌なことがあったのか」
「まあその秘密主義じみた部分が私は気に入ったからメイド長にしたけれど」
「なるほど。あと、その頃からフランドールさんは………」
「ええ。その頃から、いや、生まれてすぐに幽閉されていたわ」
「地下室から出てきたのはつい最近よ」
「ふむふむ………あ、そろそろ次のお話に行ってもらってもいいですよ」
「そうなの?なら続けるわ」
そう言い、レミリアはさらに話を続け始めた
日が薄ら明るくなり、黒が青に変わる頃、メイド長が起床した。普段ならレミリアはまだ寝息を立てている頃だが、メイド長が居間に行くと既にレミリアもパチュリーも起床していた
サーカスが楽しみなのか、それとも『切り裂きジャック』を暴くのが楽しみなのか、その目はギラギラと輝いていた
「おはようございますお嬢様、パチュリー様」
「あら、おはよう。早速で悪いけれど朝食の準備良いかしら」
「ええ。ただ今」
「ありがとね」
そうして朝食を摂り、支度の準備をし終えた頃には、サーカスの開園は1時間半前に迫っていた
サーカス会場までの道のりは30分、時間に余裕は持たせておいた方が良いと3人が3人とも考えたので出発することにした
季節は初夏、蝉の鳴き声が耳に刺さり・・・日傘をさしていてもその日差しはレミリアの皮膚を刺すかのようだった
「暑いわね」
「季節が季節だもの。仕方が無いわ」
「パチュリー様の言うとおりです。レミリア様、冷たい紅茶をお飲みになられますか?」
「そうね………頂くわ」
そう言うとレミリアはアイスティーの入った水筒を両手で抱えると、一気に飲み干した
「ん……ありがと」
そう言うと、再び無言で歩きはじめた
サーカス会場周辺はお祭り騒ぎのようであった。事件の影響は一見少ないようにも見えるが、やはり人々の顔には不安が漂っていた
犯行は深夜のみに限定されているというところだけが、人々の唯一の救いだった
出店が多く並び、見物人やその他大勢が忙しなく動いていた。少なからずサーカス関係者も居るようなので、3人は少しばかり警戒心を強める
3人は少しばかり早く来すぎたかもしれないと顔を合わせて、微笑んだ。その時。恐らくサーカスの裏方であろう少女が、目の前で足をもつれさせて転倒した
持っていた小道具を盛大に道端にぶちまけ、被っていた帽子は転んだ拍子にレミリアの足元までとんできた。帽子が取れた少女の髪の毛は、輝くような銀髪だった
レミリアは、その落ちた帽子を拾い上げ砂埃を叩き落としてから、持ち主のほうを見た
「すみません、ありがとうございます――――――
少女は小道具を拾ってくれた人、一人ひとりに対して律儀にお礼を述べている最中だった。落とした小道具を全てかき集めたところで、自分の頭に手を乗せて、やっと帽子が無いことに気づいた
レミリアは、そんな少女に近づき帽子を手渡した
「あ、ありがとうございます……」
「どうってこと無いわよ。それよりも貴女、銀髪なんて珍しいわね」
「あ、ああ………。これ、実は地毛なんですよね」
「へぇ……珍しいわね」
「でしょう?だからどこにいってもからかわれてたんですがね」
「昔から手先だけは器用だったので、前の職場で働いていたときに偶然出会ったここの団長さんに気に入られて入団したんですよ」
「まだアシスタントですが、一応今日の公演にも出るので、よろしくお願いしますね!」
「ええ、楽しみにしているわよ」
そう言うと、少女はテントの中へと入っていってしまった
それを見終えたレミリアは、メイド長とパチュリーに話しかけた
「どう思う?今の子」
2人に対して質問を投げかける。その質問の意味は2つある
一つは彼女が件の吸血鬼狩りなのか
そしてもう一つは、彼女の髪の色――銀髪に起因する能力の有無についてだ
それに対して、2人は返答する
「そうね、私の考えではグレーってところかしら。なにかしらの能力は持っていそうね。少なくとも人よりは上の存在だと思うわ。只、その能力を使えるのか、それとも気づいていないのかって言うのが判らないから今はなんとも」
「そうですね。パチュリー様とほぼ同じ意見ですが・・・まだ年端も行かない少女ですしアシスタントと言っていましたし、彼女はシロかと思いますね」
「……ふぅん、まあ彼女は少し怪しいと思うわ。それについてはサーカスを見ながらゆっくりと考えればいいかしら」
そう言うとレミリアは腕にはめた時計を眺める
どうやら既に開演直前のようだ。チケットから席順を確認ながら、3人は会場内へと歩を進めた
内部に入って3人がまず気づいたのは、やけに関係者が多いというところだった。普通に受付だけでも良いのだが、会場内にはざっと20人近い係員が居る
そしてもうひとつ、やけに銀の装飾が多いことだった
銀は吸血鬼の苦手なものの一つである・・・が、レミリアに関してはそれほど苦手と言うわけでもなかった。吸血鬼の銀耐性にも個人差があるのだ
しかし、それこそ銀製の武器で傷を付けられれば、その箇所の再生力は低下するが、目の前に突きつけられたところでダメージは無いに等しい
強いて言えば、不快感があるので顔をしかめてしまうといったところか
「レミリア様……」
「ええ、サーカスを眺める余裕……なんて物は無かったみたいね」
「恐らく、この中で拒否反応を示したり、途中で会場を出た人間をマークして深夜のうちに全員殺していった……てところかしら」
パチュリーの冷静な憶測に対して、メイド長が答える
「そうでしょうね。灰になった死体とならなかった死体があるのもこのせいでしょう。この選別方法だと一般人も対象に入る可能性がある。大方運悪く中で気分を悪くしたりしてしまった人が対象になってしまったのでしょう」
「さて、どうしようかしら……まあとりあえずレミィ、貴女は大丈夫?」
「今のところは、ね。この銀装飾の純度が低いのよ。こんなものじゃ私にとってはどうってことも無いわ。純銀に近かったりすると流石に厳しいけど」
「そうね。まあ大丈夫ならいいわ」
「とりあえずこれで確定…ですかね」
「ええ、とりあえず気分悪くなったフリでもして誘い込むわよ」
「了解しましたレミリア様」
「でもレミィ、あのアシスタントが能力を持っているのかも確かめないといけないのじゃないのかしら」
「それもそうね、とりあえず彼女を観察してからにしても遅くはないわ。奴等が行動するのは深夜だし」
そうしてサーカスが始まったが、ライオンの日の輪潜りやら奇妙な体術やらで、普段のレミリアなら少しばかり関心を寄せただろう
しかし、今の彼女にはそんなものは眼中にないようだった。頭の中に唯一あるのは、あの銀髪の少女のことのみである
彼女のみが今現在、レミリアがこの場にいる理由であり目的となっていた
「で、彼女はいつ出てくるのかしら」
恐らく一時間は経ったであろう。しかし彼女は一向に姿を現さなかった。レミリアはしびれを切らしたようで、足をバタつかせている
パチュリーは恐らく最初からこの公演には興味がないのだろう。見向きもせず、この薄暗い中で持参の本を読んでいるようだ
そしてメイド長だけが、公演を食い入るように見ていた
そして、次は観客参加型のイリュージョンだというとき、遂に彼女は姿を現した
彼女は最初に出会ったときの姿とは全く違う、煌びやかな衣装でステージに現れた。隣にはその一段派手な衣装を身にまとった女性がいることから、やはり彼女がアシスタントだと言うことが容易に予想できる
そして彼女の左手にはまばゆいばかりに銀色の輝きを放つ剣が一本握られていた。その輝きに照らされたとたん、レミリアは急に顔をしかめた
「レミィ…大丈夫?」
「ええ、でも正直な話キツイわね……。アレ、ほぼ純銀で作られているわ。吸血鬼にとっては致命的ね…………恐らく私でなければ耐えることも厳しいでしょう」
レミリアがそう言うと同時にすぐ後ろの扉から人が出て行くのが分かった
恐らく、銀の毒気にあてられた吸血鬼なのだろう
「レミリア様。一度外の空気をお吸いになった方がいいのでは・・・顔色が悪いようですし」
「あら、私の顔色が悪いのなんていつものことじゃないの。そんなことより。ほら……」
レミリアがそう言うと同時にアナウンスが入る
それは、今からはじめるマジックに舞台に上がって参加する者を募集すると言う旨のものであった
客がざわつき始め、あたりは息を飲む静寂から一変した
「で、貴方はどうするの?」
「もちろん参加するわよ。彼女をもっと近くで見れば分かる気がするのよ」
「そう……止めないわ。少なくとも公演中に襲い掛かってくるなんて事はないでしょうしね」
やがてアナウンスが入り、参加したい者を選ぶ時間が来たようだ
観客の中にもちらほらと手を挙げているものがいるようらしいが、レミリアはその中でも一際目立っていた
持ち前の可憐さもあるのだが、なにより誰の目からも全体的に輝いてみえていたのであろう
そして、そんなレミリアに目をつけたのか、やけにマイクパフォーマンスの上手い男が指示して、銀髪の少女が駆け寄りレミリアの手を引っ張って舞台まで連れて行った
「レミリア様……大丈夫かしら」
そう心配するメイド長をよそに、パチュリーは本を読みながら能天気な返答をした
「大丈夫よ。彼女はレミリア・スカーレットなのだから」
レミリアが舞台に上がったとき、最初に感じたは強い不快感だった
たった1本の剣が放つ毒気が、ここまで体を蝕むとは思ってもいなかったのであろう
少し意識がぼんやりとする…説明すら聞き流した状態で何が何なのか分からぬまま首から下を箱に入れられてしまった
銀髪の少女はメインの女性に銀の剣を手渡す
その切っ先が自分に向けられたことに対して、強い恐怖を感じた。それは吸血鬼の本能によるものなのか、それとも自分の無意識によるものなのか
はっきりとは分からないが脳内で警報が鳴り響く
しかし彼女たちは待ってはくれない。どうやら刺されても無事なように設計されていると言うことを会話内容から把握したが、それを知ったところで全く以って意味がなかった
すでに耳に入り込む声は只の喧騒となり、脳がノイズと認識。遮断された
銀髪の少女はその手に持った銀の剣を女性に手渡し、舞台の端で待機した。その女性は剣を構え、レミリアの首から下が入っている箱に突き立てた
その瞬間、レミリアは一瞬だが確かに死をイメージした。それほどまでに銀の毒気が強く、凶悪な力を秘めていたのだ
そしてその刃先が箱に届こうとした時―――――
不意にその毒気は無くなり、レミリアを散々苦しめていた不快感も何もかも薄れて消えていった
自分の入った箱に刺さった剣を見ると、それは銀製のものではなく鈍い輝きを放つ鋼にすり替わっていた
唐突に起こった出来事、それを把握するため、朦朧としていたレミリアの脳と意識は再び覚醒する
そして辺りを見回して、ようやく銀髪の少女がいないことに気がついた
いや、いなかったと言うべきであろうか。さっきまで客席からは見えない、そこに立っていた少女はいつの間にか消え、今この瞬間に舞台裏から出てきたのである
(……?瞬間移動?いや、それでは剣をすり替えることはできないはず。じゃあどうやって……)
釈然としないが、こうやって思考している間にも、舞台上では着々と次のマジックが進行していき、全てが終わったところで、他の参加者と並べられ、拍手とともに席へと戻された
レミリアには、人と並べられるという行為がとことん気に食わなかったが、それも今目の前で起きたことの前では小さく感じ取れた
自分の席に着くと、すぐに両脇の2人が話しかけてきた
「レミリア様。かなり厳しそうでしたが、大丈夫でしょうか?」
「ええ。今は問題ないわ。それよりも、水筒を出してくれないかしら・・・・・・喉が渇いたわ」
「承知しました」
そう言うと彼女は水筒を取り出し、レミリアに手渡した。
中のアイスティーは渇ききったレミリアの喉を潤し、少しばかり焦燥したレミリアの心すらも潤した
そして、レミリアが落ち着いたのを見計らってパチュリーが質問を投げかける
「で、どうだったのかしら?ここからじゃ彼女の姿は確認できなかったけれど。何か収穫はあったかしら」
「ええ、ビンゴよ。彼女は能力を持っているわ。それもとびきりの」
レミリアがこの短時間で導き出した結論。それは『時間操作』だった
恐らく彼女はレミリアの尋常じゃない怯え方から、吸血鬼と判断し、銀の毒気とショックで死んでしまわないように刺さる寸前で鋼鉄製の剣とすり替えたのだろう
レミリアが導き出した結論に対して、パチュリーはさほど関心こそ示さなかったが真剣に聞き入っていた
そして、レミリアに対してこう言い放った
「そう………じゃあ今晩は中々激しくなりそうね」
そう言い放つと、パチュリーは視線を横に向けた。レミリアがその視線を辿ると、吸血鬼狩り達がこちらを舐めるように見つめていた
「……なるほどね。こっちは完全にマークされてしまったってことね」
「ええ。それ相応の準備はしておいた方がいいわ」
「そうね。そうこうしているうちに閉幕よ。さっさと屋敷に帰りましょう」
「了解しました、お嬢様」
そう言うと3人は会場をでて、帰路についた
「……やっぱりつけて来ているようね。気配からして4・5人かしら。多いわね」
「あらレミィも気づいていたのね。言い出さないものだからてっきり気づいていないものだと」
「あまり舐めてもらっては困るわね。で、貴女はどう思う?」
レミリアがメイド長に問う。彼女はしばらく考えた後に、返答した
「そうですね。やはり、私たち3人が別々に行動しても同時刻に襲撃できるからでしょうか。警察に電話で問いただしたところ、死亡推定時刻はほぼ同じく深夜…一斉に同時刻に襲撃をかけるようにしているのでしょうね。恐らくそれまで行動を監視して、襲撃時に吸血鬼と親交の深そうな人物や家族も皆殺しにしているのでしょう」
「なるほど……やることなすことえげつないわ。吸血鬼だけならまだしも繋がりのある人間も皆殺しだなんて……虫以下の外道ね」
「メイドたちを匿うのも…時既に遅しって所ね。取りあえず屋敷で話しましょう」
「そうね。後ろの人はどうするのかしら?」
「放っておきなさい。どちらにせよ彼らは殲滅しないといけないのだから。餌にして多くの吸血鬼狩りを集めるのよ」
レミリアはそこまで話し終えると、先程と同様に紅茶を啜りはじめた
恐らくは又、質問の時間が設けられたのであろう
阿求は先ほどまで話を書き留めていたノートを机に置き、質問を始めた
「当時は銀が苦手だったのですか?」
「ええ。少なくとも昼間は多少……ね。今は殆ど克服をしているけれどね」
「ふむ。そういえば最初から話に出ていた吸血鬼狩りと言うのは?」
「ああ、それはヴァンパイアハンターとも言うわね。要するに私達吸血鬼を殺すことを生業にしている奴等よ。今回の話に出てくるやつらは少々違う・・・とも言えるけれど」
「成る程・・・・・・で、やはり銀髪の少女と言うのは―――」
「ええ。でもまあそれに関しては私の話を最後まで聞いてからにしてほしいわね」
「……分かりました。お続けください」
そして、レミリアが再び語り始める
屋敷の中は、普段と同じように時間が流れていたがどこか緊張が走っていた
そんな中、居間にはメイド長、パチュリー、レミリアの3人が集まっている
そして3人は恐らく―いや、確実に仕掛けてくるであろう今晩の襲撃についての対策をについて語りはじめていた
「どうするのでしょうかお嬢様」
「そうね……メイド達は地下室。フランの部屋の隣が空いていたはずね。その一箇所に匿っておきなさい。気休め位ににはなるでしょうから」
暗い地下室。フランドールの領域だが少なくとも吸血鬼狩りと対峙するよりは幾分増しだと彼女は判断したのであろう
「恐らく相手は手練…普通のメイドに敵う道理なんて無いわ。大人しくしているのが吉よ」
「わかりました。そう伝えます」
「パチェ、貴女は外で向かえ討って頂戴。魔法の加減なんてものは必要無いわ」
「あら。この屋敷ごと吹き飛ばすかもしれないわよ?」
「それは簡便してほしいわね」
「そしてメイド長。貴女は………」
そう言い彼女の方を見る
「最後までレミリア様の傍に…」
それが彼女の返答、そして覚悟だった
「解かったわ」
二つ返事で返す。それはレミリアの持つ彼女への絶対的な信頼、そして彼女の忠誠心に応えてのものだった
時計の針が12時を指したと同時に、屋敷の外にあった気配はどんどんと数を増やしてきた
襲撃の準備をしているのだろうか。悟られないように静かにやっているつもりなのだろうか
しかしそれはレミリアとパチュリーにとっては意味を持たず、全て筒抜けであった
「そろそろね………」
パチュリーがレミリアに話しかける
恐らく、先手をうつつもりなのであろう。レミリアもそれを察して返答する
「ええ。外にいる雑魚共は頼むわ。まあ間違っても屋敷は壊さないでちょうだいよね」
「分かっているわ」
少ない会話だが。長年に渡り親交を深めてきた2人にとってはこれで十分だった
パチュリーは席を立ち、部屋を出て行った
外にいる吸血鬼狩りの数を考えても、彼女単体で十分対応しきれるだろう。いくら戦いに慣れていようが普通の人間が魔女に勝てる道理などないのだ
「さて。私たちもそろそろ準備をしましょうか」
「はい。お嬢様」
「いい返事ね。で、メイド達は?」
「既に地下へ移動させております」
「そう。なら十分よ。お客さんが来るまでここで待機しましょう。準備とは言ってもさほどすることは無いわね」
「左様ですか。私は少し準備があるのでお目汚し失礼しますね」
そう言うと、メイド長はレッグホルスターから銃を抜き、弾を詰めはじめた
「確か貴女……」
「はい。ここで働かせてもらう前は軍にいました」
メイド長の前職は軍人。これだけがレミリアの持つ彼女の情報である
これ以外の情報は何一つ知らないし聞き出すことができなかった
しかし、レミリアが彼女を全面的に信頼しているのは間違いのないことであった
「だったわね。期待しているわ」
「ご期待に沿えるように健闘いたします」
そう言うと、レミリアとメイド長は窓の外を眺めた
瞬間。閃光が炸裂し、それとほぼ同時に爆音が響いた
「ちょ……!パチュリー。ここが町から離れているし、私が許可したからってやりすぎじゃないの!?」
「しかしお嬢様。あれ位やっても問題は無いのでは」
「確かにそうだけれど……鼓膜が破れそうだわ。最低限の加減をしてくれているのは分かるけれど少しくらい私達に気遣いをしてほしかったわね」
「ですねお嬢様。それよりも―――」
「ええ。来たわね」
爆音が鳴り響く中、確かに聞こえる足音
それはレミリア達のいる部屋の前で止まり、それと同時に扉が開いた
開いた扉の向こうに立っていたのは、昼間に出会った銀髪の少女だった
昼間の慌しく、垢抜けない感じとは真逆の研ぎ澄まされたナイフのような殺気を放っている
「真打の登場ってわけかしら?」
レミリアの投げかけた質問に対して懇切丁寧に返答する
「真打?そんなものではありませんわ。少なくとも今夜の吸血鬼狩りを主導しているのは私ですけれど。狩りの主導は初めてですがよろしくお願いしますね」
「ふぅん……その初めてが貴女の最初で最後にならないようにせいぜい祈っておくことね!」
同刻。パチュリー・ノーレッジは屋敷周辺にて吸血鬼狩り十数人と対峙していた
その足元には黒く炭化した死体が一つ転がっている
「紫の髪……七曜の魔女パチュリー・ノーレッジで間違いないようだな」
銀の剣を構えた男達がざわつく
「ああ・・・まさか吸血鬼を追っていたらこんな大物にまで出くわすとは、運がいい」
「なるほど・・・貴方達、異端狩りってところかしら。でも私と彼女―レミリア・スカーレットを相手取るなんていい度胸ね。」
異端狩り―その質問に対して男の一人が返答する
「正解だ。ウェアウルフから吸血鬼まで……要するに人外の存在を排除することを生業としている。当然ながら魔女も対象だ」
「やっぱりね。何人も旅の途中で出会ったわ。こちらが魔女と分かると攻撃を仕掛けるものだから、返り討ちにしていたからいつの間にか貴方達の持つリストに加えられていたってところね」
「そう言うことだ。お前は同胞を何人も殺したのだからな。そろそろ報いを受ける時じゃないのか?」
「あら?それは正当防衛よ」
「そんなものは関係ないな。お前達異端の存在はそれだけで民を脅かす。存在が罪なのだよ!」
そう言うとリーダーらしき男は剣をパチュリーに向ける
それを合図にしたかのように男女数名が手にした銃を構え、発砲した
「銀の銃弾……ね。生憎狼男でも吸血鬼でもないからそんなものは効かないわよ」
発砲した銃弾は直線的な軌道を描き、パチュリーを射抜くはずだったが――――
水の壁に阻まれ、全て直前で防がれ地面に落ちた
「ふん。やっぱり一筋縄ではいかないのか」
「ええ。それよりも、一人のいたいけな少女に対してこの数は少々卑怯じゃないかしら」
「………全くそうは思わんな。むしろこれくらいが妥当であろう。まして相手があのパチュリー・ノーレッジなのだからな」
「私の名前もよくここまで広まったものね。その話は置いておいて、私も助っ人を呼ぶことにするわね」
そう言うと同時に、パチュリー周辺を暗く染めていた夜の帳から輪郭がうっすらと浮かび上がってきた
うっすらとした輪郭は次第に色を濃くし、その姿を現す
それは腰ほどもある紅い髪、そして背中には悪魔の翼を持つ少女―小悪魔だった
「久しぶりね小悪魔」
「パチュリー様……久しぶりに召喚されたと思えば一体どういう状況なんですか?これ」
「そうね。彼らは異端狩りってところよ」
「ああ。前の主人もそれに狩られちゃいましたね。私は契約が切れた瞬間に魂を回収して奴らに狩られる前にとんずらしましたが」
「でもパチュリー様、こんな奴等に引っかかるなんてどうしたんですか?少なくとも最近はやり過ごしていたらしいですが」
「複雑な事情があるのよ」
「そうなんですか………で、私の仕事は彼らを殺せばいいのでしょうか?」
「ええ。彼らの魂も持っていっていいわよ」
魔女と悪魔。2人の会話に痺れをきらせたのか男の一人が話しに割り込む
「お話のところ悪いがそろそろいいか?最後の時間を楽しめなくて残念だろうが時間もあんまり無いのでな」
「最後の時間?それは貴方達のことかしら?」
パチュリーが挑発じみた返答をする。しかし彼らの反応はあくまでも冷静だった
「こちらの戦力とそちらを比較すればわかることだ……この人数を捌ききるなんて今までの魔女はどんな悪魔を使役してもできなかったぞ。まして低級の小悪魔ごときを召喚したところで我々に敵うとでも?」
男の発言に対して小悪魔の表情が怒りを表すものへと変わった
悪魔社会は厳しい階級社会だ。自身の位を指摘、それをネタに蔑めば大抵の悪魔は怒る
今すぐにでも男の腹を引き裂き、臓物を引きずり出したいとでも言うような小悪魔の表情を見た後、手で制するパチュリー
しかし、頭の中では使役する悪魔を蔑まれたことと、平和に暮らしたいだけの身内の邪魔をしたことに対する怒りが静かに燃えていた
しかしその怒りも押し殺す。あくまで感情を表面には出さないようにしているようだ
そして今さっきの男の発言に対しての反論を述べる
「貴方達が戦って殺した三下魔女の話なんてどうでもいいわよ。どうせ私より格下でしょうから。それに、今の小悪魔なら貴方達なんて軽々と嬲れるわよ」
「ほう。少なくともその悪魔は今まで見てきた中でも飛び切り弱い部類に入るはずだが。理由を聞かせてもらおうか?」
「ええ、冥土の土産に教えてあげるわ。悪魔が現界した場合、保有する魔力は自身のものとは別に召喚者の魔力に比例したものがプラスされるわ」
「なっ!?」
「つまり私の魔女としての力から考えれば、彼女の力は大悪魔に匹敵するはずよ?これでも勝機があるとでも」
「っつ………!」
「ああ、後言わせてもらうけれど命乞いは聞かないわ。耳障りなだけだもの」
「そしてもう一つ、貴方達の薄汚い死体なんて私は見たくないわ。だから私も全力で跡形も残らないように葬ってあげるわ」
そう言うとパチュリーはローブのポケットから一つの小瓶を取り出した
小瓶の底には赤黒い液体が溜まっている
「それは………賢者の石か!?」
「ご名答。今まで返り討ちにした貴方達の同胞の魂から練成したわ。まだ完全ではないにせよ十分実用段階にあるわ」
賢者の石。全ての魔法使い・悪魔・錬金術師が喉から手が出るほど欲する物質だ
その力は只の鉛を金に変え、人間が服用すれば不老不死の力を手に入れる
常に物質の三態を変動しており、その姿を一つの態で留めることができるのは世界でも片手で数えるほどしかいないという
それはパチュリー・ノーレッジの力が圧倒的なものだということを示していた
そして、練成の条件は人の魂。故に魔法使いの間でも禁忌とされ、その練成方法は秘匿され続けてきた。しかし練成方法がわかれば賢者の石の製造はいとも容易い
しかし、完全な賢者の石は存在しない。練成しても絶対にそれは完全なものとならない
今回パチュリーが練成したものもそうで、魔法使いにとって絶対的な力をもたらすだけの霊薬に近い存在だった
故に不老不死も黄金も欲さないパチュリーにとっては都合の良いものであった
それをなんの躊躇も無く飲み干した後、パチュリーは自身の魔力が大幅に強化されたことを感じ取った
そしてそれは、小悪魔も同様のようだった
「さて、覚悟はいいかしら?後で後悔する暇は与えないわ。今のうちに神に祈って懺悔しておくことね」
そう言うのと同時に、放たれた炎は男を容赦なく包み、炭化させる間もなく蒸発させた
「ヒッ………!」
それを見た数名が腰を抜かしへたりこんだ
どうやらショックで心身喪失状態のようだ。それも仕方の無いことだ。さっきまで眼前にいた男は、既に埋める骨すらないのだから
それを見た小悪魔がゆっくりと歩み寄り、眼前の男の頭部に蹴りを入れる
炸裂の同時に紅い花火が上がり、小悪魔のブラウスを血に染めた
小悪魔はそれを満足そうに見つけたあと持参のビンを取り出し、周囲を浮遊している魂を掴み、ビンの中に詰めた
逃げる。と言う発想が彼らの脳には浮かんだはずだ
しかし、逃げることは敵わない。その発想が浮かぶと同時に恐怖が上書きしてくる。そして自らの思考を止めてしまう
もはや勝負にならないことは明らかだった。それもそのはず、魔女パチュリー・ノーレッジと敵対し、その怒りを買ったのだから
「ほら、後悔する暇なんて無かった。いや、あるけどできないのかしら」
目の前でへたり込む異端狩りを見て、パチュリーは満足そうに妖しい笑みを浮かべた
暗闇に浮かんだ月はロウソクに照らされた部屋よりも強い光を放っているかのように感じた
―――少なくとも銀髪の少女には
それは眼前にいる吸血鬼の力に呼応したものなのか、それは分かりかねるが少なくとも、狩りの夜に相応しく幻想的に感じた
この月の輝きは果たしてどちらに味方するのだろうか
それすら予測しかねるものだった
そんな彼女をよそに、吸血鬼―レミリア・スカーレットは話し始めた
「……私に対して正面から挑むなんて。たいした度胸だわ。敵とは言え褒めてあげるわ」
「でも、それは無謀と言うものよ。次からは相手をよく見てからにすることね」
「まあ、次なんてものは貴女には永遠に来るはずがないでしょうけど」
「あら、少なくとも私には勝機がありますわ」
「『時間操作』かしら?確かに奇術師におあつらえの良い能力だわ。でも銀とその能力だけじゃ私には勝てないわ」
「何故?少なくとも昼間の貴女は銀に怯えていたわ。それも今にもローストにされそうな子羊みたいな顔をして」
「それは昼間の話よ。昼は人間の領域、夜は私たちの領域………本当はお互いに踏み入るものではないのでしょうけどね」
「とにかく!今の私には銀もニンニクも十字架も効かないわ!だってこんなにも月が綺麗なのよ。私も滾るったらありゃしないわ!」
「そうね、月が綺麗だわ。吸血鬼を狩るのには相応しい夜……だから月下に死すがいい!」
そう言うと銀髪の少女は銀製の懐中時計を右手、銀のナイフを左手に構え臨戦態勢を取った
そしてレミリアとメイド長もそれぞれ臨戦態勢を取る
お互いに隙を見せず、只ゆっくりとした時間の中でお互いを見つめ、実力をはかる
(なるほど。サーカスにせよ吸血鬼狩りにせよ見習いにしておく程度にはもったいない実力をもっているようね)
(でもそれだけあって………すごく惜しいわ)
そうレミリアが思考した瞬間、少女は手にした懐中時計の時を止めた
瞬間、レミリアの眼前に迫るナイフ
しかし吸血鬼にとってはどうってことがない。レミリアはそれを全てかわし、再び彼女の方へ向きを修正した
―はずだったが
そこには誰も居ず、自身の後ろから銃声が聞こえてきた
彼女の攻撃の意図―メイド長を倒し頭数を減らし自分の有利な方向へと持っていく
それを理解し、音の方向へと振り向いたとき、すでに彼女が放った攻撃…蹴りはメイド長の鳩尾に炸裂していた
「っつ!……ゲホッ…ゲホ…!!」
炸裂した蹴りはメイド長の腹に炸裂し、一撃で意識を刈り取った
炸裂と同時に放たれた銃は彼女の肩を掠めたが、ダメージは無いに等しかった
「へぇ?すこしはできるじゃないの。まさか彼女を一撃とはね」
「あら。それよりも私は普通の人間が私の攻撃に対して反射で反撃できたことのほうがびっくりしたわ」
「…彼女は元軍人よ。それを一撃なんてすばらしいわ」
そう言い、レミリアはメイド長を抱え、部屋の端に寝かせる
銀髪の少女には攻撃のチャンスを与えられていた
しかし、どうしても攻撃に移る事ができなかった
―今ここで彼女達を攻撃することは、断じて許されることではない
それだけが脳に響いていた
そして再び対峙する両者―お互いの視線がぶつかり、激しく火花を散らす
そんな中、レミリアが少女に問いをぶつける
「でも貴女は彼女を殺せない。他の奴等とは違い、人間には手をだせない。そうでしょ?」
異端狩り―その中でも恐らく特異な存在であろう彼女に対しての問い
それに対する返答はこうだった
「ご名答。仲間達は私を『甘い』って言うわ。しかし関わりを持っただけで人間まで殺めるのは人道に反すると思うのよ」
「良い心がけね。認めたわ。貴女のこと……だから、全力で殺しにかかるわ」
「覚悟はいいかしら?」
そう言うと同時に、部屋には何処からか沸いてきた蝙蝠がレミリアの背中に纏わり、次第に何かを形作る
少女にとって、それは今宵、初めて目にするものであった
吸血鬼の羽―それは本物の吸血鬼であることの証明
幾度となく吸血鬼―とそれと思しき人物を狩って来たが、羽を持つものは居なかった
「羽持ちは始めて見るわ」
「あら?吸血鬼は羽を持つものじゃなかったっけ?」
「少なくとも羽を持った吸血鬼は貴女のほかに見たことが無いわ」
「じゃあそれはヴァンピールね。人であり私たちと同じ力を持つもの達よ。いわゆるハーフ。純血の吸血鬼が少なくなってきたってのは本当のようね」
「そしてアレはぶっちゃけ只の半端ものよ。捨て置いても問題ないのに」
「そう言うわけにもいかないわ。私達の仕事が大幅に減るじゃない」
「でしょうね」
そう言うと、レミリアは手を振りかざす。そして、先ほど羽を形作った蝙蝠が再び、何処からともなく表れて槍を形作った
月夜に照らされたそれは、禍々しくも神々しく輝く
「グングニル。神の槍を悪魔が持つなんておかしいかしら?」
「ええ。可笑しいわね」
そう言葉を交わした瞬間、レミリアは目前まで迫り、その神槍で突きを放った
吸血鬼の持つ超人的な身体能力で放たれるそれは、常人には目視しがたいものであった
しかし少女はあくまで冷静に、銀の懐中時計を手に取る
そして静止する時間
その中で少女はレミリアの背後に回りこむ
そして再び時間が動き出す
レミリアの放たれた突きはそのまま衝撃はなり正面を遥か先まで撃ちぬいたが、肝心の少女は眼前にはいなかった
が、そんなことは見越していたかのように振り返り、槍の柄の部分使い少女の腹部を捕らえる
打撃音が響き、少女は地面に伏す。しかし、それを確認できたのも一瞬
次の瞬間には距離をとられ、無数のナイフがレミリアに向かい飛んできていた
それを全て回避。あるいは手で掴み取るレミリア
普通のヴァンパイアであれば、火傷くらいはするはずであろうが、今のレミリアにはそんなものは通用しなかった
白い肌が銀に反射した月明かりによってさらに白く映える
「……………」
そんな中、それを見つめる女性が一人いた
さっき意識を手放したはずのメイド長だった
先ほどまで気絶していたが、今さっき目が醒め、今こうして2人の戦いを見守っている
―この戦いに対して手を出す
その考えはすでに彼女の中では邪な考えとして払拭されていた
今、ここでやろうと思えば銃を手に取り、銀髪の少女の頭部を穿つことはいとも容易いことであった
しかし、2人を見ているとそんな考えは一瞬で消え去った
それほどまでにこの2人は今置かれた状況を楽しんでいるのだ
それを邪魔するのは無粋の他無い
ため息を一つ吐き、戦いに見入る
彼女達の表情は命をとした殺し合いにもかかわらず悦に入った表情だった
しかし、無粋な者と言うのはいくらでもいるものである
それは窓の外、月明かりが照らす中で静かに銃弾を込めていた
銀の銃弾―それ自体はどうということはないだろうが頭部を撃ち抜かれれば致命的だろう
窓の外の男は、暗殺者気取りなのであろうか。レミリアの方向へと銃口を向け、標準を合わせた
その表情はさも愉快そうで、この狩りの後の仲間内の賞賛と名誉を楽しみにしているといったところか
誰よりも早く―そして唯一そのことに気がついたメイド長は、レミリアの元へと全力でかけていった
そしてその一拍おくれで乾いた銃声が響く
レミリアの脳天を貫く形で軌道を描く銃弾は、寸でのところでメイド長の胸を抉り、心臓に達した
一瞬のうちに静寂を取り戻す屋敷
先ほどまで生き生きとした表情だった銀髪の少女はその場で硬直し、何が起きたのか理解できていないようだった
レミリアは、信じられないと言った表情でメイド長の顔を見つめている
そんな中、メイド長は最期の忠誠をレミリアに見せた
「レミリア様…お怪我は無いでしょうか?」
「私は大丈夫よ。それより貴女……!」
「ええ。もう駄目でしょうね。戦場にいた経験から解るのですよ。心臓に弾をもらってしまえば、もう助かる見込みは無いってことくらいは」
「そんな……死なないでよ!もっと私の傍でいなさいよ!」
レミリアはメイド長のことが大好きだった
言葉数こそ少ないながらも、ユーモアがあり、それでいて常に真面目で忠誠心あふれる彼女を心の底から信用し、常に傍に置いていた
そしてその彼女が今、目の前で死を迎えようとしてる。それは、レミリアの心に大きな傷を残すであろう
「勝手に死ぬなんて、メイド失格だわ貴女…。それに主を悲しませるなんて……」
「最後の最期でご無礼をお許しください、お嬢様。しかし…心は常に傍にありますから……」
そう言うと、メイド長は大きくうなだれ、事切れた
「……そうね。それも又運命なのよ」
「?」
少女は意味が解らないといった様子で首をかしげる
レミリアは涙を浮かべたまま独り言のように続ける
「何が運命を操る程度の能力よ……結局操れる運命なんて大したことが無いじゃない。死の運命は回避できないってことかしら・・・・・・・・・」
「ええ。そうね………今までありがとう。もういいのよ。ゆっくり休んでなさい」
そう独り言のように呟き、レミリアは勝ち誇ったかのような顔でレミリアに向かって標準を定めている男を睨み付ける
男はそのレミリアの表情が豹変し、悪鬼のものとなっていることに気づき、怯んだ
それは普段の彼女の表情とは真逆のものであった
500年近く生きて、ここまで怒りを晒すことはなかったかも知れない
レミリアは手に持った槍を振りかぶると、怯んだままの男に向かって一直線に投擲した
それは、瞬間的に最高速に達し、紅い弧を描き壁を、全てを穿った
レミリアの涙は既に乾いていた
「で、貴女はどうするの?」
レミリアが薄っすらと涙の後が残る顔で少女に問う
「……どうしようもないわ。私達異端狩りもこの1団では恐らく生き残れたのは私だけでしょう。……降参よ」
そう少女が言うと同時に、扉が開きパチュリー・ノーレッジが帰ってきた
パチュリーと少女の目が合ったとき、パチュリーのみが身構えた
もはやこの少女には戦う意思などないのだ
そう証明するかのように、パチュリーの前で少女は手に持ったナイフと懐中時計を机に置き、その姿勢を示した
パチュリーはざっと室内を見回すと、大体のことは把握したようだった
「レミィ…人の死は必然、いつか訪れるものよ。気に病む必要などないのよ」
「わかってるわパチェ……」
「そうね。それならいいのよ。で、そこの貴女」
「私…ですか?」
「ええ。貴女、もう帰る場所なんて無いんじゃないの?これからどうするつもりよ」
「それを今、話そうとしていた所です。私自身、どうしたいのか分からないわ」
「そう。レミィ、貴女はどうしたいの?このまま逃がすつもりかしら?」
「……そうね、貴女、名前は?」
「名前はないわ・・・異端狩りの中では『銀髪』と呼ばれていたわ。孤児院の出で、両親もいないし名前なんてのも必要が無かったから」
「そう。じゃあ、十六夜………十六夜咲夜なんてのはどうかしら?」
「十六夜…?」
「いざようと言うのは東の国の言葉でためらうって言う意味があるのよ。そして遅れて上ってきた月の意味を表す……貴女は完璧ではないわ。だからまん丸な十五夜の月にはなれない。いや、ならなくていいのよ。完璧なんてものはこの世に存在しないから」
「しかしそれは貴女次第―――咲夜………つまり昨日をあらわし十六夜の前夜である十五夜を表すわ。完璧な存在になれるか否かは貴女次第………・良い名前だとは思わない?」
それに対し、涙目になり笑顔で答える咲夜
「ありがとうございます……」
「で、レミィ。咲夜って名づけたってことはもちろん」
「ええ、そのつもりよ。咲夜、私の下で働かないかしら?さっきまでの職場は私達が壊滅させたわ。その責任ってわけじゃないけれど、ここで働かない?もちろん優遇するわよ」
「私にとって断る理由が見当たらないわ。僭越ながらこの十六夜咲夜、我が主であるレミリア・スカーレット様に忠誠を誓わせていただきます」
後の紅魔館メイド長、十六夜咲夜の誕生である
「ええ。これからよろしくね」
「さっきから空気を読めてない気がするけれど、話に割って入らせてもらうわよ」
パチュリーが会話に参加する
しかし、その表情は2人の晴れ晴れとした表情とは裏腹に曇っていた
「恐らくさっきの一撃で町の人がここで暴れまわっていたことに気づいたと思うわ。事件の件もあるし下手すると冤罪で警察のお世話になりかねないわ」
パチュリーのいうことは最も正論だった
町の一部のものの間では、屋敷の住人が事件にかかわっているなんて噂もあったようだ
もっともな話、屋敷の誰もそんなことは気にしていなかったのだが
「そうね……どうしよう?でも、その前に彼女を弔ってやらないと」
レミリアは目線をメイド長へと向ける
彼女の死に顔は立派で、主への忠誠を誓ったものとしては立派な死に様でもあった
レミリアはそんな彼女をしっかりと弔ってやろうと考えたのだ
中庭。そこは美しい庭園が広がり、見るものの心を安らがせる場所であった
そこに、穴を掘りメイド長の亡骸を埋める
「貴女が眠るのにはぴったりの場所ね」
レミリアがそういいながら掘った穴に死体を置く
「レミィ、別れの挨拶は良いのかしら」
「ええ。彼女は『心は常に傍にある』と言ったわ。別れの挨拶は必要ないのよ。今・……私の傍らにいるかもしれないのだから」
「そう……」
「さ。早く埋葬してあげましょう」
そう言いながら、彼女の亡骸に土をかぶせ始める
レミリアもパチュリーも涙を浮かべ、咲夜はどうすればいいのか分からないと言った表情で困惑しながら土を被せていたが、誰も何も言わなかった
既に夜が明け始め、空は白んでいた
「これでよし……と」
亡骸が埋まっているであろう場所には、沢山の花が置かれ、そこが墓標だと示していた
彼女の魂が何処にあるのかは誰にも分からないが、彼女はきっと喜んでくれているであろう―そうレミリアは考える
「それで、これからはどうするの?屋敷もめちゃくちゃだし………何よりこの町にいられないと思うわ」
「そうね……まあ今日限りで咲夜以外のメイド達は一旦解雇するわ」
「咲夜。屋敷の宝物庫の中から適当に見繕ってメイド達に渡してあげなさい……当然これが退職金だと言うことも伝えてあげて」
「私の持つ財宝ならいくらでもくれてあげるわ。これなら彼女達も当分食べていくのには困らないでしょう」
「分かりましたお嬢様。すぐに渡してきますね」
そう言うや否や、彼女の姿は眼前から消えた。時間操作の能力を持つが故に、効率的な動きが出来るのであろう
メイドとしては完璧ではないが、礼儀作法を叩き込めばいずれ、完璧瀟洒なメイドになることは間違いないだろうとレミリアは考える
「パチュリー様〜!!」
そう言い、中庭に降り立ったのは、恐らく先ほどの戦いの残党処理を任せられていたであろう小悪魔だった
パチュリーが早く屋敷に戻れたのも、彼女がいてのことなのであろう
「見てくださいよ。大収穫ですよ!」
そう言い、ビンの中に詰められた魂を見せびらかす
その表情は無垢で、まるで子供のようだった
「あら良かったじゃない。これなら昇格するのも遠い未来の話じゃないかもしれないわね」
悪魔は契約者の魂を契約終了時に持ち帰る
その他にも契約者が許可した場合、殺害した対象の魂を持ち帰ることができるのだ
今回はまさに後者。パチュリーは異端狩りの魂を一個も漏らさず回収する許可を与えたのだった
「ええ。では私は一旦魔界に戻らせてもらいますね」
そう言い、煙とともに消える小悪魔
普通は契約終了まで主とともに過ごすのだが、パチュリーは現在のところそれは必要と考えず、こうした有事以外では彼女を魔界に帰し、自由を与えているのだ
「ふぅ……なんか一気に疲れたわ。で、どうするのよ?レミィ」
「そうね。この町に居られないとしたら………旅に出るわよ!」
「え?『幻想郷』を目指さないの?」
「それもそうね。それで、その『幻想郷』はどこにあるの?」
「東の国と聞いたことがあるわ」
「そう。じゃあ東に向かうわよ。旅の終着点は『幻想郷』そこにたどり着くまでのんびり旅をしましょう」
「私達の存在が幻想となり、この世界から消えて霞となる前に多くのものを見たいわ」
「ええ。私も東には行ったことが無いから楽しみだわ。もしかしたら仙術…?とか言う物も学べるかもしれないしね」
「そうね。じゃあすぐに支度するわよ!目指すは東。『幻想郷』よ!」
そう言うと同時に、日が出て朝日が差し込んだ
しかしその陽光は、咲夜の差した日傘に阻まれた
「良い心がけよ」
「お褒めにあずかれて光栄です」
嬉しそうな顔を浮かべる昨夜を横目に、レミリアはこれからの事を話した
旅のこと、幻想郷のこと。全てを話しそれでもメイドをするかどうかを問う
「東……ですか?お嬢様の行くところなら何なりと」
「長い旅路になるわよ?」
「それを理解した上で言っております。この十六夜昨夜、最期の時までお嬢様に忠誠を誓わせていただきます」
「そうね……分かったわ。すぐに支度して頂戴。昼までには出たいわ」
「了解しました」
旅の終着点『幻想郷』
長く果てしない旅になりそうだったが、彼女達は今新しい一歩を進んだのであろう
少なくともレミリアにはそう感じられた
「最後の方は長くなっちゃったわね。ここまでで良いかしら?」
レミリアが語り終える頃には、机の上に置かれていたケーキは全てなくなっていたし、紅茶も3杯は飲んだあろう様子だった
長かった。―――そう阿求が考えるに相応しいくらいには時間が経過していたようだ
「で、これだけ話したし質問なんてのはいくらでもあるわよね」
「はい。フランドールさんはこの後の旅の間、どうしたのでしょうか?」
「パチェの魔法で地下室を別の空間に転移させていたわ。恐らく私達が旅をしていたことにすら気づいていないと思うわ」
「ふむ。やはり、銀髪の少女は咲夜さんだったのですね」
「その通りよ。彼女はとても有能なメイドに成長してくれたわ」
「でも、少しおかしくありませんか?」
「何がよ?」
「この話って今から大分と前でしょう。咲夜さんの見た目年齢を考えるとおかしいと思うのですが」
「彼女の力『時間を操る程度の能力』よ。私達と出会う前から自分に流れる時間の流れを細かく弄っていたのでしょう。そうよね。咲夜」
「その通りですお嬢様。私が物心ついたときからこの能力に自覚があって、大分昔から成長する時間を遅らせていたのです。おかげで何時までも若々しい身体でいることが出来ますわ」
「だそうよ」
「なるほど。では本日はありがとうございました」
「いえ。こちらこそお陰様で退屈しなかったわ。礼を言わせてもらうわね」
そう言うとレミリアは窓の外を眺めた
既に日は暮れ始め、魑魅魍魎が蠢く時間に差し掛かっていた
こんな時間に一人で家まで帰ろうとすれば妖怪に襲われることは請合い無しだ
「咲夜。彼女を人里まで送ってあげなさい」
「了解しました」
「阿求……名前は覚えたわ。又ここへ遊びに来なさい」
「ええ。又いずれ……では、さようなら」
そう言い、阿求は咲夜と共に居間を出て行き、パチュリーも図書館へと戻っていった
彼女達が屋敷の外へと消えていくのを確認した後、レミリアは自室へと向かう
自室に入ると戸棚の一番上、鍵の付いた引き出しを見つめた後、ポケットから鍵を取り出し鍵穴に差し込んだ
引き出しの中に入っていたのは先代メイド長の物であった拳銃だった
あの日からもう何十年と経っているが、それは色あせず鈍い輝きを放っていた
恐らく、定期的にレミリア自身が手入れをしているのだろう
レミリアはそれを手に取り、しばらく眺め始める
彼女がいたことの証明であり、思い出を想起させる品
それを眺めながら、こう呟いた
「心は常に傍にいる………ね。おかげで貴女のことを忘れたことがないわ」
銃身が鏡のように自分の顔を映す
その顔は涙で滲んでいる
不意に、鏡面反射する銃身の向こうに先代メイド長の顔を見た気がするが、それは恐らく気のせいだろうとレミリアは考えることにした
一度私の作品を見たお方は久しぶりです
今回が初めてだと言うお方は、はじめまして
2作目の作品をこんな大きなイベントに出すことができて光栄です
まだまだ未熟ではありますが、今後は精力的に作品を投稿していきたいと考えていますので、どうぞよろしくお願いします
隙間男
作品情報
作品集:
3
投稿日時:
2012/05/04 15:07:31
更新日時:
2012/05/05 21:20:28
評価:
6/8
POINT:
500
Rate:
13.13
分類
産廃創想話例大祭
過去話
20世紀
紅魔館メンバー
阿求
よくある普通のお話
彼女は軍でひどい事をされてトラウマなんだろうか? ひどい事をしてしまってトラウマなんだろうか? どちらにせよ怪物に仕えてこそ安穏を得られる程彼女は歪んだわけだ。
カモフラージュとはいえ、サーカスロリ咲夜とはこれまた素敵だ。クールで瀟洒じゃなく、明るく出し物をやってる咲夜さんを見てみたい。
ただ、「成程、そういう風に格好付けたいんだな」というのは伝わるけれど、3コメの方が既に仰られているように、一寸地の文がまだるっこしい。
何かの作品で見た格好良い文やシーンを意識しすぎではないでしょうか? 意識、無意識に関らず。
ただ阿求を出した狙いが最後までピンとこなかったです。オチの追憶シーンをやりたかったのかなとは思ったのですが。
昔語りの合間に阿求とのやり取りを挟んでいるので、ここで過去と今を往復するからできる表現というか、あえて今日阿求に昔話をする気になった動機なんかを忍ばせて欲しかったなあと。
で、阿求にはレミリアの真意を探りだすような、渋いツッコミ役をやらせれば、過去と現在、2つの場面それぞれで緊迫感が出せたんじゃないかなと。
そうするとレミリア・阿求双方に茶々入れる役としてパチュリーが活用できますし。
最後に咲夜が仲間になるシーンに納得できる理由があると良かった。