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『死に至る病』 作者: めりえるらんど

死に至る病

作品集: 5 投稿日時: 2012/10/10 14:21:10 更新日時: 2012/10/10 23:21:10 評価: 4/7 POINT: 460 Rate: 13.86
誰が本当の正義だったんですか。





死に至る病





1.
    姫がやっと眠った。最近は夜更かししがちだったのだけれど、昨日は眠らぬ状態で、本を読んだり折り紙を折ったりしていたので、朝方には目の下に隈が出来ていたのだ。蓬莱の薬は不老不死と顕著な再生力を得られる薬だが、それを飲んだ身だからといって、睡眠を全くとらないことは良くない。幻想郷の人間は夜に寝て昼に活動し、妖怪の一部は昼に寝て夜に活動する。私たちはそのどちらでもないものの、朝と夜の感覚が狂ってしまうのはまずい。永遠を生きる私たちだからこそ、時間のサイクルを常に気にしていなければならない。
    昨日ほぼ丸一日起きていたのだということを聞き、私は姫に眠ってくださいと忠告した。初めはつまらない、眠くないなどとぶうぶう不平を言っていたけれど、午前十時を過ぎるとようやく睡魔が襲ってきたようで、すやすやと眠りについてしまった。その無防備な寝姿に一枚の毛布をかけてやってから、私は鈴仙と共に永遠亭をあとにした。
    竹林を抜けてから、初めて視界に入ってきた屍体は、蛍の妖怪のものだった。まるで踏み潰されたかのように、虫けらのように、地面にちいさく転がっている。その姿を見て、うっと口を手で抑える鈴仙。
    「辛いなら帰ってもいいのよ、うどんげ」
    無惨な屍体を見下ろしながら私は言う。
    けれど鈴仙は頷かなかった。自分が平気だとアピールするかのようにぱっと手を口から離すと、ぎこちないながらもにっこりと笑ってみせる。
    「大丈夫です、師匠。……ありがとうございます。行きましょう」
    そう言うと、自ら歩みを進める鈴仙。この兎は元々、月面戦争が恐ろしくて逃げ出してきたような臆病な性分なのだ。今の屍体を見て何も感じなかったとは、到底思えない。
    ちょっと待って、と私は彼女を引き止めた。私が持っていた手帳を開くと、鈴仙も、ああ、と足を止める。
    「すみません師匠、そうでしたね。私たちはそれを記すために、こうして出掛けてきたんですよね」
    手帳はまだ使いはじめたばかりのものだった。一ページ目を開いた私は、ペンの蓋を開けながら鈴仙に尋ねる。
    「それで、この蛍なんだけれど……名前は知っている?鈴仙」
    「ええ、夜になるとよく見かけていた妖怪ですから。こんな状態じゃあほとんど服装でしか判別できませんけれど……リグル・ナイトバグのはずです」
    なるほど、リグルね。ありがとう、鈴仙。
    そう言いつつ、私は真新しい手帳にその名前を書き込んだ。そしてその下に、屍体の様子を簡潔に書き留める。
    私はこの手帳を一杯に埋め尽くすために、わざわざ竹林の外へ出たのであった。書いてゆくぶんには私ひとりで構わなかったのだけれど、なにぶん私は他者の名前をあまり覚えていない。普通にしていれば一度聞いた名前は二度と忘れないのだが、私だって脳に刻み込める情報は無限ではない。研究や薬を調合する上で必要な情報、姫を護るために必要な情報を最優先し、記憶を調整しなければならない。だから会ったことのある人物だろうとそうでなかろうと、自分や姫にとって不必要だと判断した名前は、積極的に忘れるようにしているのだ。
    その点、鈴仙は他者の名前を忘れることがあまりなかった。それに、姫や私の刺客、使いとして永遠亭の外へ出る機会が多く、私よりも幻想郷の人物について詳しいはずだ。だから、私は鈴仙を一緒に連れて行くことにしたのだった。
    書き込みが終わると、私たちは虫の屍体を背に歩き始める。皮肉なことに、今日はとても明るく晴れ渡った散歩日和だった。


2.
    人里は後回しにすることにした。行かなくともなんとなく様子は想像できるし、手帳に名を記すだけの価値がある人物はあそこには少ないはずだ。強いていえば、あの幻想郷縁起を記していたという少女は下手な妖怪よりよほど価値がありそうだが、彼女ひとりを見つけるためだけに里へ行くのも難儀な気がする。なので私は里へは行かず、その近くにあった寺のなかに入ることにした。
    そこは多くの人妖から好感を持たれていた寺で、私も名前を知っていた。恐らくこの寺にはたくさんの屍体が転がっているだろう。門をくぐると、さっそく妖怪の屍体を見つける。
    犬のような耳を生やした妖怪だった。内側から破裂したように喉が裂かれていたのだが、先ほどの虫の屍骸よりはまだましだ。顔も身体も、血で紅くは染まっているもののきちんと判別することができた。私は鈴仙に名前を訊いたが、知らない顔です、と答えが帰ってきた。
    私は再度手帳を開くと、今度は名前の代わりに「???」と書き込んだ。名が分からないのだから仕方ない。妖怪の特徴と、その死に様とを簡単な言葉で記入する。
    そのまま寺の内部へと足を踏み入れた私たちは、部屋をひとつずつ見て回ることにした。と、ある部屋でまた屍体を見つける。金髪がよく似合う、中性的な容姿をした女性だった。
    彼女は一見、身体には何の損傷も見受けられなかった。今回も名前が分からないということだったので、私は名前を「???」にした上、死因についても原因不明としか書けなかった。単に病死なのかもしれないが、今の幻想郷に於いてそんな軒並みな死に方をしている妖怪なんて少ない気がする。なので勝手に決めつけることはせず、不明なものは不明と正直に記すのだった。
    すぐさま部屋をあとにしようとした私だったが、鈴仙が呼び止めたのでもう一度部屋のなかへと入る。よく見ると、その部屋にはもうひとつ、ちいさな屍骸があった。
    それは、鼠。ただの鼠なのか妖怪なのかは分からないが、とにかく灰色の鼠の姿をしていた。しかし下半身は何故か泥だらけになり、溝鼠のような小汚さを感じた。
    その鼠が前脚で抱えるように持っていたものが何なのか、ぱっと見ただけでは鈴仙は分からなかったらしい。しかし何となく気持ちの悪いものだとは察したらしく、恐る恐る訊いてきた。
    「師匠。……あれ、何ですか?」
    「心臓ね。人間か、または人型をした妖怪の」
    それは不思議な光景だった。心臓が、他の臓器は全く落ちていないのに何故か心臓だけが、鼠の隣に転がっているのだ。誰の心臓なのかは分からないが、鼠のものでないことは確かだ。鼠がたとえ人の姿をとれる妖怪だったとしても、鼠の姿に戻った時点で、内臓ももちろん鼠のそれになる。それに、鼠の身体には特に目立った傷痕がなく、心臓が抉り出されて死んだとは考えにくいと思われた。
    「面白いわね。……この鼠は、もしかすると、この女性に心臓を届けにきたのかもしれない」
    私がそう述べると、その赤い目を丸くする鈴仙。
    「心臓を届ける、ですか……?……一体どういう状況なんでしょう、それは」
    「この女性は何故か、心臓を失くしてしまって。それを、この鼠が見つけてあげて、届けるためにここへやって来た。けれどそのときには、というか心臓を失くした時点でもう死んでしまっていたでしょうから、それを見た鼠はショック死してしまった。そんなところかしら」
    「何故か心臓を失くす?随分とぶっ飛んだ仮説ですが……師匠が言うと、何だか説得力がありますね」
    鼠が鼠らしく小汚い死に方をしているのに対し、女性のほうはとても綺麗な死に様だった。何というのだろう、死者を前にして不謹慎かもしれないが、ある種の神々しさを感じるのだ。そういえばこの寺には、毘沙門天の使いがいたと聞く。それがこの女性なのかもしれないな、と私は更に仮説を立てた。
    そのあとに調べていった部屋には、しばらく人影が見当たらなかった。この寺にはもっと多くの妖怪がいる印象があったので、意外だった。しばらく何も得られないまま進んでいった私たちだったが、風呂場を覗いたときにやっと新しい屍体が見つかった。
    湯船には溢れんばかりの水が溜まっていた。湯気がないので水だろうと視認したのだが、指を入れてみると、思った以上に冷たい水だった。私はその指を、試しに咥えて舐めてみる。
    すると鈴仙があからさまに引いたような表情を浮かべた。うわあ、何してるんですか師匠、と言わんばかりに。
    数秒置いてから、鈴仙は嫌そうに口を開く。
    「うわあ、何してるんですか師匠」
    ほら、やっぱり言った。
    「何って。ただの水か否か、味覚で確かめてみたかったのよ」
    「いやいや、でも……私にはできませんよ。そんな、屍体の入った湯船の水を、舐めてみせるだなんて」
    鈴仙の言うことはもっともだった。その湯船には、ひとつの屍体が沈んでいたのだ。
    その屍体は服を着ていた。服の重みのためだろうか、浮かぶことなく湯船の底に沈んでいる。俯いていたため、上から覗き込んでも顔は見えなかった。
    「それで、これはただの水だったんですか?」
    「いいえ。少ししょっぱいわ。塩が混ざっているのかしら、ちょうど海水のような味ね」
    幻想郷には海がない。けれど私たちは元々幻想郷の出身ではないので、海水のよう、という例え方を問題なく使うことができた。
    その、海水、という表現を聞き何やら考え始める鈴仙。そして改めて浴槽を覗くと、うーんと唸ってから、言った。
    「寺の妖怪たちとは、時々、会うことがあったんですよ。そのなかでも特にふたり、比較的よく話しかけてきた奴らがいて……。そのうちのひとりが、こいつなんだと思います」
    あら、顔も見えないのによく分かるわね、顔見てみる?と私はちゃぷんと腕を水面下に潜らせ、屍体の頭に手を当てた。
    「いやいいです私死に顔を見る趣味なんてないので!……ええと、髪や服の色はいつもこんなでしたし、それに……そいつ、船幽霊なんです。長い間、海で悪さをしていたようで」
    「なるほど、だからぴんときたっていう訳ね。じゃあこの屍体はその船幽霊で確定かしら、名前は?」
    「村紗、……下の名前は、確か水蜜だったと思います」
    漢字も一字ずつ説明してもらい、私は村紗水蜜という名を手帳に記した。水死と書こうか溺死と書こうか迷ったが、個人的に、字面的に好きなほうを選んだ。
    「それで、よく話していた寺の妖怪がふたりいたと言っていたわね。もうひとりも寺のどこかで死んでいるのかしら?」
    「いえ、……どうでしょう。そいつはよく雲に乗って、空を飛んでいました。雲居一輪、という奴なんですが。そいつらしい死に方を考えると、うーん……」
    「そいつと船幽霊は仲が良かったの?」
    「え?あ、はい。良かったみたいですよ、いつも一緒にいました」
    「だったら同じような死に方をしているかもね。船幽霊は水に溺れて、息が出来なくなって死んだ。雲の妖怪は空高く飛んでいって、酸素が非常に少ない域まで達し、息が出来ずに死んだ」
    「ふたり揃って窒息死、ですか。確かに考えられますね」
    屍体はまだ見つかっていないものの、私は雲居一輪の名も手帳に追加することにした。死因はあくまで推測に過ぎないのだが。
    そのあとも寺の内部を巡ったが、手帳に記すべきと思われる屍体は見つからなかった。存外収穫が少なかったなと思いつつ、私は寺をあとにした。


3.
    手帳がなかなか埋まらないので、確実に大量の妖怪の屍体が見つかる場所へ行こうと、私は提案した。
    少し遠いので足早に向かった。鈴仙がちょっぴりきつそうにしていたので、体力ないわね、と言ってやった。そうして辿り着いた妖怪の山で、私たちは屍体を探す作業に入った。
    案の定、屍体はたくさん見つかった。珍しい死に方をしているのは河童や天狗が主だった。しかし河童は総じて同じような死に方をしていて、いちいち記すのは骨が折れる上時間とページの無駄だと判断したので、ひとりに絞ることにした。
    鈴仙が名を知る河童のなかで最初に見つかった屍体の名前、河城にとりの名を刻みながら私は言った。
    「外の世界の人間のあいだでは、河童はこういう死に方をするものだと伝えられているらしいわよ。もっとも、こんな急激に、大量に死に絶えることは普通考えられないでしょうけれど」
    にとりの身体は、まるで赤子のようにちいさくなっていた。服のあいだに挟まるようなかたちで発見されたのだが、その服と、産毛の色と、近くに落ちていた髪飾りが身元判定の決め手となったのだ。
    「老人の姿で生まれ、年をとるごとに若返っていき、最期には赤子になって息を引き取る。……そこらじゅうに落ちている河童は、皆同じ死に方をしているようね」
    大量の赤子の屍体が川辺に転がっているのは、とても不気味な光景だった。急激に若返ってゆく過程がどんなものなのか興味があったのだが、残念ながら、まだ生きている河童がここにいるはずもなかった。
    そのまま川沿いに山を登ってゆくと、やがて広い場所へと行き着いた。そこには何やら塵の山のようなものがあった。あれ?と鈴仙が首を傾げる。
    「ここ、もしかして……守矢神社があった場所じゃないですか?」
    守矢神社。こちらも名前は知っていた。
    外の世界から境内丸ごとやって来たということで有名な神社だ。鈴仙いわく、ここへ来たのは初めてだが、天狗が配っていた新聞に載っていた写真の風景と、とても似ているらしい。となると、この塵の山は神社の残骸か。一体何がどうなれば立派な建物がこんな風になってしまうというのだろう。
    塵の山の裏へと回る。すると、そこにはひとりの老婆が倒れていた。
    鈴仙はその姿を見るなり、唖然とする。そして、もうとっくに死んでいるであろうその老婆に向かって、呼びかけた。
    「さ、……早苗?守矢神社の巫女、現人神の、東風谷早苗……なの……?」
    守矢神社に巫女がいることは知っている。霊夢と同じか、それよりも少し年齢の高い、少女だったはずだ。その少女が何故、こんな老婆の姿に?
    老婆は閉じていた目を開け、何度か口をぱくぱくと動かした。やがてそこから呻きのような声が漏れ、だんだんと、聞き取りやすい言葉となってゆく。
    「私は、……人間、だったんです」
    嗄れた声。私はこんな姿になる前の彼女のことを知らないけれど、恐らくそれが以前の彼女の声とはかけ離れたものだということは想像に難くなかった。
    「……神奈子さまと諏訪子さまは、……まるで初めから存在しなかったかのように、消えました。信仰を失いつつあった神々に相応しい、……実に神らしい亡くなり方です。けれど、私は……人間だった。私は現人神を豪語していた、これはその罪なんです。私は神なんかじゃない、ただの……人間、だったんです……」
    彼女は明らかに衰弱していた。怪我や病気のためではない。急速に、老いて、心臓の鼓動の速度を低下させていった。
    いちばん人間らしい死に方といえば、老衰だろう。この老婆、いや、……この少女は。現人神を自称していたらしいが、それでも所詮は人間だった。それを今、身を以て思い知らされているのだ。
    彼女は微笑んでいた。明らかに自虐的に。すうっと細めたその目はすぐにでも閉じてしまいそうだったけれど、そんなことはなかった。そのまま、閉じることは、なかった。
    鈴仙は屈んで、彼女のまぶたを閉じてやっていた。そして祈るように、俯き目を閉ざす。そのあいだに私は手帳に彼女のことを記していった。それが終わると、老婆の屍体に背を向け、言った。
    「……行きましょう、うどんげ。急がなければ」
    歩き始めると、数歩目で後ろからも鈴仙の足音が聞こえてくるようになった。鈴仙は黙ったまま、私も黙ったまま、山のなかを歩き続けた。
    屍体を見るよりも、今際の際に立ち会ったほうが精神的には辛いのだろうか。鈴仙は山を出るまで、自分からは話しかけてこなかった。私の質問に、簡潔に答えるだけで。
    死とはそんなに恐ろしいものだったか。恐れる必要がない、恐れない私がおかしいのか。そこかしこに転がっている屍体を見るたび、どういう反応をとるのが正常なのか、私には分からなかった。


4.
    紅い館に行くと言ったとき鈴仙はかなり渋ったが、なんとか連れていった。予想以上に酷い光景が広がっていた。鈴仙は、だから嫌だったんですよう、と半泣き状態で漏らす。
    しかし地底に行こうとしたときには、もっと嫌そうな顔をしていた。地底は地上で生きていけなかった嫌われ者たちがひっそりと暮らしていた場所だ、その住民たちはある意味私たちと共通した部分がある連中なのではないか。そう説得すると、鈴仙はぶんぶんと首を振る。
    「何言ってるんですか師匠。……だから、嫌なんじゃないですか」
    自分と似たような生き方をしていた者たちの屍体なんて、見たくない。鈴仙はそう言って頑なに地底へ潜り込むのを拒んだ。だから私は鈴仙を地上に残し、ひとりで地底へ向かっていった。
    最初に見つけたのは、地底の入り口付近にいた妖怪であった。名は分からないものの、その屍体はなかなかに面白い形状をしていた。桶のなかに、下半身だけが、すっぽりと収まっているのだ。
    上半身はどこかと探してみたが、数分探しても見当たらなかったため諦めた。それにしても、座った状態で桶にちょうど収まるような、絶妙の位置で身体が切断されているところが興味深い。まるで、桶からはみ出した部分だけをきっちり切り離したようだ。
    その妖怪の次に見つけたのは、黄土色の服を纏った妖怪だった。黄土色の服には、更に深い黄土色の吐瀉物がこびりついている。口元のあたりにもその雫が伝った跡がある。彼女は最期の最期まで、嘔吐していたのだろうか。原因不明の、病で。
    吐きながら死んでいったのであろう彼女よりも、ずっと奇妙な死に方をしている屍体がそばにあった。それは、眼球が丸ごと抜き取られている屍体だった。眼窩を覗くと、深い深い暗闇がそこには広がっていた。
    屍体は両手をそれぞれ握った状態で生き絶えていた。ぴんときたのでその手をそっと開いてみると、そこには、右と左、ひとつずつの眼球が。いわゆる黒目の部分が綺麗な緑色をしていて、生前の彼女にはとても似合いそうだった。
    その他にも屍体はどんどん見つかる。手帳に文字を刻む手を止めないまま、私は足早に地底の奥へと向かった。目指していたのは、地霊殿と呼ばれる大きな屋敷だ。確かあそこには核を扱う妖怪がいたはず。核はとても危険な力を孕んでいる。だから私はその力を警戒しその妖怪の名前、その妖怪の主や仲間たちの名前や特徴をひととおり覚えていた。
    その妖怪、霊烏路空を探すため、私は地霊殿のなかへと足を踏み入れた。しかし初めに見つけたのは彼女ではなかった。一匹の、黒猫の屍骸だった。
    彼女の死因は明らかだった。焼死だ。全身に大きな火傷を負って、彼女は廊下に倒れていた。
    地霊殿の主は多くのペットを所有しており、猫だけでも何十匹という単位でいると聞いたことがある。が、私が知るペットたちのなかで、黒い猫は一匹しかいなかった。だからといってこの屍骸がその猫だという保証はないが、一応、思い当たる名前を手帳に記載しておく。
    地霊殿の廊下は長かったが、もちろん永遠亭ほどではない。ひとつひとつの部屋のドアを開けていくうち、他の部屋とは明らかに違う、大きくどっしりとした扉に行きついた。これこそ地霊殿の主の部屋に違いないと、私は迷いなく扉を開ける。
    扉は見た目よりも重かった。人間の体力ではとても開けられそうにないくらいに。これを開けられない弱小なペットたちは、きっとこの部屋に自ら入ることすら許されなかったに違いない。まあ野良の動物を拾ってきては次々に飼っていた彼女のことだ、そういうペットたちのこともそれなりに可愛がっていたのだろうけれど。
    開けた先には、ただっ広い部屋があった。その中心部に、天蓋つきのベッドがある。私はこつこつと足音を立てながら、そのベッドに近づいていった。
    ベッドには、幼いふたりの少女が眠っていた。いや、死んでいた。その様子はとても不可解なのに、ふたりの表情が安らかなせいで、ただ眠っているだけのように見えてしまう。
    ふたりの名前は知っている。薄紫色の髪の少女は、地霊殿の主、古明地さとり。もう片方は、その妹、古明地こいし。仲睦まじく、並んで手をつないでいた。
    しかし、つながれていたのは手だけではなかった。古明地姉妹の種族はサトリ、他者の心を読むために第三の目を持っている。そしてその目からはそれぞれコードが伸びているのだが、……どういう訳か、ふたりのコードは途中でぶつりと切断され、互いを繋げるように無理やりかたく結ばれていた。
    さとりのサードアイはかっと見開いた状態で、充血している。それに対しこいしのサードアイは、生前のように閉ざしたままである。私はこじ開けてみようと試みたが、どう力を込めようとも開かなかった。古明地こいしは死してなお、その心を、開かなかった。
    鈴仙はこれを見なくて正解だったかもしれない。彼女は仲間を裏切って地上へ降り立ってからというもの、絆というものに、何か思うところがあるようだったから。こんなに幸せそうな顔をして死んでいる姉妹を見てしまったら、また深い考え事に陥りそうな気がする。
    私はその大部屋を出ると、目当ての霊烏路空を探し始めた。他のペットたちの屍骸は山ほど見つかるのだが、鴉の屍骸は一体もない。部屋から部屋へと駆け回り、やっと見つけたときにはもう、地霊殿に侵入してから三十分以上が経過していた。
    彼女は意外なことに、人の姿を保ったまま死んでいた。そして、その死に様も意外だった。私はてっきり、彼女はその胸に埋め込まれた八咫烏の力に呑まれ、またはその核の力が暴走し、死んでいるものだと踏んでいた。
    彼女は、首を括っていたのだ。ちいさな部屋、恐らく彼女専用の小部屋か他のペットとの相部屋だろう、そこで慎ましく、つる下げたロープからぶら下がっていた。とても地味だった。地味だけれど、彼女の性格や特徴を考えると、ある意味他の屍体よりもずっと衝撃的だった。
    霊烏路空は、鳥頭なことで有名だった。主であるさとりの力を持ってしても、彼女の心を読むことができなかったほどに、本当に何も考えていなかった。思ったことも、見たものも、聞いたものも三歩歩けばすぐ忘れる。それが皆の知る、霊烏路空という妖怪だった。
    しかし、その死因は、明らかに自害だった。絞められた首以外、全身に何の損傷もないことから、彼女が死の直前まで錯乱していたとは考えにくかった。冷静に、考えた上で、判断したのだ。自分は死ぬべきなのだ、と。
    その頬に触れる。まだ、少しだけ暖かかった。他のペットたちや古明地姉妹は明らかに死後数時間以上が経過しており、肌も冷たかった。なのに空の身体は、まだ生暖かい。
    彼女はきっと、地霊殿のなかの最後の生き残りだったのだ。地底じゅうに屍体が転がっているこの状況下で彼女だけが死なずにいられたのは、八咫烏の力なのかもしれない。そのまま生きていようといずれは何かしらの形で死んでいただろうが、いや、それを悟ったからであろうか。とにかく彼女は、死に絶えてゆく主やペット仲間たちを見て、自ら死ぬことを選んだのだ。
    賢さを装うのは割と容易だ。が、頭の悪さを装うのにはかなりの苦労と才能とストレスを要する。霊烏路空が本当はそこまで愚劣ではなくて、なのにそれを隠しながら皆を欺き、馬鹿だ阿呆だと呼ばれながら生きることを選んでいたのだとすれば。……私は、それを知ってはいけなかったのだ。
    私は手帳を開いた。霊烏路空の名前を書き込み、死因を書こうとする。が、ペンを握ったその手が、それを躊躇する。
    自害、と書けばいいだけの話だ。首を吊って自殺。けれどそれは、きっと、皆の知る霊烏路空がとるような死に様ではない。彼女の死に様を書き残すことは、彼女が生前していたであろう苦労や様々な考えを、冒涜するようなものだ。そんなことを思うのは今更で、そもそもこうして他者の屍体を見て回るという行為自体が、多大なる死者への冒涜なのだが。それでも、私はペンをなかなか動かせずにいた。
    数秒迷って、私は手帳にこう書き記した。
    『絞首による死亡。』
    間違ったことは書いていない。彼女は首を絞められて死んだ。私が見た光景は、ただ、それだけの光景。
    私は裏口から地霊殿を抜け出した。何故だろう、私は走っていた。走って、走って、地底の出口まで向かった。数十分ぶりに感じ取った地上の明るさは、とても、暖かいものだった。


5.

    冥界はもしかしたら、という微かな予感は外れた。冥界に住む幽霊たちは、誰ひとり動いていなかった。
    魔法の森では、意外な収穫があった。霧雨魔理沙の屍体だ。どうせ神社で巫女と一緒にくたばっているのだろうと予想していた私は、その屍体を見て思わず笑ってしまった。不謹慎ですよ、と鈴仙に諌められたが、気にしない。両手両足を広げた状態で、楽しそうに笑ったまま身体じゅうを星型の弾幕で射抜かれているだなんて、とても"らしい"死に方ではないか。
    森の次に行った人里を出たとき、時刻はもう午後五時を回っていた。かなり急いで移動したので行きたい場所はそれなりに回ることができたのだが、今日じゅうに行っておきたい場所が、もうひとつだけあった。そう、博麗神社だ。
    疲れきった表情の鈴仙を連れ、私は神社へ向かう。その道中、何体もの屍体を踏みつけそうになった。神社に近ければ近いほど、妖怪の屍体の数は増してゆく。その理由は、明白だった。
    幻想郷の住民が、人妖問わず、次々と死に絶えてゆくのだ。それを何かの異変だと疑い、妖怪たちは、神社の巫女に相談しようとしたのだろう。皆考えることは同じだったらしい。手帳に記すべき屍体が多くて、私は右手を忙しなく動かしていた。
    しかし、神社の境内には妖怪の屍骸が全くなかった。どうやら神社まで辿り着けた妖怪はひとりもいなかったらしい。いや、正しくは、神社で死んだ妖怪は、か。巫女と会ったあとで境内を出た妖怪も、もしかしたらいたのかもしれない。
    巫女の屍体は、見つけるのになかなか苦労した。なにしろ、賽銭箱のなかにあったのだ。人間が賽銭箱に入ってそのまま出られずに死んでいる状況なんて、誰が想像できるだろうか。何故、どうやって賽銭箱に入ったのかは分からないが、それが彼女の意志でなかったことは確かだ。彼女は賽銭箱の隙間から指を伸ばし、挟まった状態で息絶えていた。きっと事切れる刹那まで、ずっと助けを呼び続けていたのだろう。
    私たちは神社を出ると、まっすぐ竹林へ帰っていった。竹林の外を歩いているときにはその静けさに当然の違和感を覚えたが、竹林のなかではそうではない。元々ここは、滅多に人が寄りつかないような場所なのだ。だから逆に、私たちの足音以外の物音がしたとき、違和感を覚えてしまった。
    音がするほうへと向かってみる。そこに誰がいるのかは大体予想がついていた。そしてそれは、正解だった。藤原妹紅は近づいてきた私たちには目もくれず、同じ動作を繰り返している。
    ぼっ、という大きな音と共に、妹紅の身体は真っ赤に燃え上がる。彼女は全身をちりちりと焦がし、煙を立て、数秒のうちに消し炭と化す。だがすぐにまた身体は再構築され、ぼっ、と燃やし直す作業に戻るのだ。
    その様はまさに不死鳥のようであった。彼女のすぐ側には、ハクタクであり生前彼女と親交の深かった、上白沢慧音がいた。無論、とっくに死んでいたが。
    妹紅は死にたがっていた。が、死ねるはずもない。彼女が慧音の屍体を見つけてからどれくらいの時間が過ぎたのだろう。その間、ずっと彼女は、ああして死と再生とを繰り返していたのだろうか。
    手帳に慧音の名前を書き加えていたとき、何やら奇妙な感覚に襲われた。その正体を察知したとき、私は素早く振り返っていた。
    私の後ろに立っていたのは、もちろん鈴仙だ。が、彼女は先ほどまでとは明らかに様子が違っていた。元々赤かった眼が更にその色の深みを増し、かっと見開かれ、私の瞳を捉えている。
    「師匠、すみません。……私もそろそろ、みたいです」
    口元だけが寂しそうに微笑む。私は至極冷徹に言い放った。
    「そう。なら仕方ないわね」
    鈴仙の眼のなかに、ぐるぐると、渦を巻くような模様が現れる。それは、彼女の能力が暴走した証。人を、……敵意のない者であろうと自らの師匠であろうと関係なく、ただ無差別に、狂気へと誘おうとする瞳。
    私は人差し指を鈴仙に向けた。それは、鈴仙が弾幕遊びのときに好んでとっていたポーズを、真似たもの。私は鈴仙がいつもそうしていたように、人差し指の先に弾幕を生み出す。
    鈴仙の表情はもう、正気ではなかった。理性が少しでも残っているのかすら怪しかった。そんな鈴仙を冷静に見つめながら、私は指から、弾幕を放つ。
    「さようなら、うどんげ」
    弾幕はまっすぐ飛んでいき、鈴仙の胸を貫き、遠くまで行って見えなくなってしまった。鈴仙は血をぷしゃあと吹き出しながら、その場で仰向けに倒れこむ。
    即死だった。私はさっそくその死に様を手帳に刻むと、永遠亭の方角へと向かって行こうとした。しかし、背後から呼び止められて、立ち止まる。
    「あら。……こんな短時間で、よくもそこまで手帳を埋め尽くすことができたものね」
    聞き覚えのある、……つい昨晩聞いたばかりの声。振り返らずに私は返した。
    「ええ、鈴仙が手伝ってくれたおかげよ。私が速攻で調合したあの奇病に対する薬は、二日くらいは効果を発してくれると思っていたんだけれどね、案外早く切れちゃったみたい。……これで満足かしら、八雲紫さん?」
    私の目の前で、空間がびりりと裂ける。そこがすっと開いたと思うと、中からひょっこりスキマ妖怪が顔を覗かせた。
    「正直なところ、満足とは言えないわね。幻想郷に属する全ての生命体の最期を、その手帳一杯に書き残してほしかった。まあ、あなたには明日もあるし明後日もある。屍体が風化しないうちに全て書き留めてくれれば、何の問題もないわ」
    幻想郷に蔓延っている屍体の全てを見つけ出し、その様子を書き記せというのか。何という無茶ぶりだろう。
    「まあ、……本当は私が書きたかったんだけれど。いくら私がしばらくスキマに隠れ潜んでいたといっても、この急速な死の運命からは逃れられないものね。私ももう、駄目みたい」
    紫が顔を出しているスキマは、徐々にちいさいものへと変わってゆく。縮んで、縮んで、紫の首をゆるやかに絞めて上げてゆく。
    私がこの手帳を書き始めたのは、紫から懇願されたからのだ。幻想郷の住民は、昨日から、皆急激に死んでいった。けれど不老不死の私は、死ぬことがない。だからこの幻想郷の惨状を後世に伝えるべく、あなたには忘れないでいてほしい、と紫は頼み込んできた。
    紫は、スキマの隙間に挟まったまま、どんどん首を絞められてゆく。スキマの奥に潜り込んだり、スキマから脱出するという考えは持ち合わせていないらしい。そんなことをしたところで、結局その場凌ぎにしかならないのだ。紫も、他の妖怪たちと比べ決して例外ではなく、近いうち命を落とすと決められているのだ。
    やがて紫は、スキマの隙間に挟まって、死んだ。スキマ妖怪と呼ばれた彼女に相応しい死に方だった。私は彼女の死後もなお、手帳に名を記すことをやめなかった。二度に渡る月面戦争の件で、仲が良いとはいえないどころかむしろ旧敵ともいえる紫からの頼み事だが。私は、それをきちんと遂行することにした。
    とりあえず、必要性最低限書いておきたかった人物は、ほとんど書き記すことができた。特に重要な人物といえば、あとひとりだけだ。しかしその人物が永遠亭の入り口付近で待ち伏せていたので、私は思わず一歩引き下がってしまった。
    「ばれていたようですね」
    彼女はいつもの、あの慈悲深い笑みを崩さずに話しかけてくる。
    「いえ、誤算でした……。まさか不老不死の能力を持つ者が、幻想郷にいらっしゃったとは。皆平等な世界を生み出すために、充分に考えて企画したつもりだったのですが」
    そのときの私は心底つまらなさそうな顔をしていたに違いない。けれど彼女は、やはり笑顔を保ち続ける。
    「平等、ねえ。確かにこの世界には、不条理が多すぎる。ならばせめて全てを消滅させてしまえば皆平等な結末を迎えることができる、っていうのは何となく分かるんだけれど」
    「ええ。だから私は人にも妖にも平等に安息を、……それぞれの方々に相応しい結末を、与えたのです。まずは人里から、そして妖怪たちにも伝染させてゆく、言わば感染症のようなシステムですね。幻想郷じゅうにすぐに広まる、死に至る病」
    「死に至る病、ねえ。どこかで聞いたことのある言葉だわ。それで?皆平等ってことは、あなたもいずれ死んでしまうの?」
    「もちろんです。私は幻想郷の住人の全て、……あなたたちのような例外を除いて、全ての住人が息絶えるのを見届けるつもりでした。ですが、幻想郷のなかで死ぬことが可能であった最後の妖怪、八雲紫は既に死んでしまった。だから私は、もうこの人生に終止符を打ちます。……けれど、その前に」
    彼女はおもむろにある物を取り出した。それは、一冊の薄い帳面だった。一ページ目には、独白、と書かれている。それを預かっていて頂けませんか、と彼女は言った。
    「読んでほしい訳でも、残り少ない幻想郷の住人に語り継いでほしい訳でもありません。ただ、預かっていてほしいのです。……それが、私の最後の望みです」
    彼女は巻物を取り出した。カラフルな、紙ではなく何やら半透明な光の模様でできている、不思議な巻物だ。彼女がちいさく低い声で呪文を唱え始めると、その巻物がかっと閃光を発し、私は思わず瞳を閉じた。
    やがて光がぱっと消えると、私は慎重にまぶたを開いた。その先にあったのは、顔面が崩壊した彼女の姿。血しぶきを上げながら、彼女はばたりと倒れてしまった。 
   彼女はいつでも、笑顔を絶やさなかった。その強い意志の宿った瞳、優しい言葉を紡ぐ口に、今まで多くの人間や妖怪が救われたはずだ。そんな彼女の顔も、今や、一体誰なのか判別できないほどに爛れ溶けて崩壊している。
    私は彼女の名前を記した。恐らく、手帳に書き残す妖怪の名は、彼女で最後になるだろう。だから私は丁寧に、時間をかけてその名を書いた。
    聖白蓮、と。


6.
    紅魔館の図書館で適当な本を何冊かランダムに借りていった私は、その晩、ひとり読書に耽っていた。
    その中に、外の世界のものらしき本を一冊見つける。私はそれから読み進めていった。その本には、こんな文章が書かれていた。
    『死に至る病とは、絶望である』
    絶望。私は今日一日で見てきた多くの屍体を思い起こしながら、考えていた。彼女たちは皆、聖白蓮のばら撒いた病……恐らく魔法を使った病原菌のようなものだろう、それに感染して死んでいった。
    しかし、聖は言っていた。これは、幻想郷の皆を平等にするための計画だったのだと。世界に蔓延る不条理や理不尽を、消し去るための善意なのだと。
    つまり聖は、幻想郷に絶望してしまったのだ。絶望とは、死に至る病。幻想郷じゅうに病を振りまいた彼女だったが、いちばん最初に病に罹ってしまっていたのは、聖だったのかもしれない。その病の名は、絶望。
    紅魔館で拾ってきた本の他に、私の机の上には、二冊の冊子が置いてあった。紫から頼まれ書いた惨劇の手帳と、聖から預かった独白。私はいったん読んでいた本を閉じ、その二冊に目を向けた。
    聖の独白は、本当に薄っぺらい帳面だった。それを手に取り、開いてみる。そこには、短いながらも聖の思い詰めた様子が伺えるような、そんな文章が書き殴られていた。
    




    誰が本当の正義だったのでしょうか。
    私は幼い頃より、全を平等に愛せと言われ育てられてきました。私はその通りに育ち、ありとあらゆる全てのものを愛し、受け容れることを心髄としてきました。そんな私を良く思わずに刃向かってきたり、冷たくあしらってきたり、陰で嗤ったりしてきた方々はたくさんいました。しかし私は、彼らをも愛していましたし、それが普通なのだと思っていました。何故自我のある者は互いの軋轢を避けられないのだろう、そもそも避ける以前に、何故軋轢が生まれるのだろう。私にはとても理解し難いことでした。
    私がまだ若かった頃、友人が、すれ違った男性の顔を見るなり、変な顔だと笑いました。不思議でした。もしも自分がああいう顔で生まれてきていたのなら、彼女は鏡で自分の顔を見ながらけらけら笑うのでしょうか。
    また、別の友人に、周りへの気配りが上手で仲間内から厚く信頼されていた人がいました。その友人は、優しいと評判でした。しかしよく私たちに他人に対する文句を零したり、たまに誰かと喧嘩をしたりしていました。彼女が悪口を言えば周りはそれに賛同しますし、喧嘩をすればその経緯に関わらず彼女に多くの味方がつきます。不思議でした。誰かに、たとえほんのひと雫であったとしても、誰かに悪意を向けるような人間が、優しいといえるのでしょうか。優しさとは、何なのでしょうか。
    私はいつも、世界が不思議でした。世界は疑問に満ち溢れていました。世界に私と同じ価値観を持った人間しかいなければ、こんな不思議だらけの世界には、ならなかったはずなのに。
    偽善と言われようと、八方美人と言われようと、私は自分を曲げませんでした。何かを憎むという感情は、ないはずでした。しかし私は数十年の時を経て、あることに気がつきます。私は、憎むという感情を、ちゃんと知っていたのです。
    理不尽、という言葉が私の頭のなかに重く存在しているということに、私は気づくのが遅すぎました。理不尽。そう、世界はとても理不尽で、私はその理不尽を憎んでいたのです。私は恐怖しました。全てを愛していたはずの自分は、実は、その全ての答えである理不尽というものを憎んでしまっていたのです。
    私は必死になり、理不尽を愛そうとしました。しかし、無理でした。誰かと会うたび、誰かの存在に触れるたび、理不尽というものは色濃くはっきりと見えてきました。それを受け容れるにはどうすればいいのかと、私はいつも考えていました。
    そして、私は今、その結論に至ったのです。
    理不尽は、受け容れるものではなく、元々あるはずのないものなのだと。
    あるはずのないものが、現にこうして存在する。それが、そもそもの間違い。なら、どうすればいいのでしょう?どうすれば、間違いを正せるのでしょう?
    答えは、無に帰すこと、でした。理不尽な世界は、存在することから間違いだったのです。
    世界は無から生まれました。それなら無さえなければ何も生まれずに済んだのにな、などと、おかしな考えが浮かんできたりもしました。けれど私には無を失くすことどころか、無に帰すことすら叶わないのです。何故なら私は、神でも、宇宙を生み出したというビッグ・バンでもないから。
    それなら、理不尽の染みついた、理不尽という概念に寄生された生き物たちを、一掃してしまおう。そうすれば、私の望む世界に少しは辿り着けるかもしれない。
    私は魔法の研究に勤しみました。その間も、理不尽以外の全を愛するという姿勢は変わりませんでした。私にはいつしか家族同然の仲間というものができましたが、彼らのことも、それ以外の他者のことも、皆平等に愛していました。
    そしてとうとう、私は偉大なる魔法術を会得します。それを持ってすれば、一日程度で世界じゅう全ての生き物を死滅させられるでしょう。死滅、……死滅?
    いえ、死滅ではない。彼らは、私たちは、還るのです。何も知らず、理不尽という病にまだ感染していなかった頃の、無に。
    幻想郷じゅうに強力な感染症を蔓延らせるのは容易なことです。しかし、私は、皆が同じ形で絶えてゆくのはあまり好ましくないと思いました。ひとりひとりがそれぞれ別のやり方で、自らが生きていた証を刻み、その直後、皆同じ場所に行き着くのが最高の形なのです。
    私はまず、人里に魔法をかけました。人々はそれぞれ、下痢や嘔吐、頭痛、自殺、他殺同士による相打ちなどで生を終えてゆきます。それはまるで、理不尽の跋扈した人間世界の縮図でした。私はそれを見届けると、瞬く間に幻想郷じゅうに魔法を伝染させていきました。
    仲間も当然、無に帰りました。しかし仲間だとか、敵だとか、そんな次元の話をしているようでは理不尽に囚われ続けてしまうのです。私は理不尽を祓うため、幻想郷の皆を無という崇高な境地へ連れてゆく役目を担っているのですから。私には最早、使命感しか残っていませんでした。
    しかし、その使命感は、私の計画がようやく遂げられそうになった矢先、揺らいでしまいました。私は、正しかったのか。そもそも理不尽のなかで生きるということが、本当にあるべき人の姿なのではなかったのか。雑念が混ざり込み、けれど計画はもう完遂直前の状態なのです。
    ああ、言いたいことが纏まらない。私は、還りたいのです。そして同時に、皆に還ってほしいのです。無から生まれた世界は時を経て、果たして進化したのでしょうか。
    還りたい。還りたい。それは正しいことなのですか。私は還って良いのですか。私は誰に、それを問いかければ良いのですか。
    世界は混沌としています。ひとりひとりが、それぞれに自我を持っています。それによって生じる軋轢を消し去りたいという考え自体、私くらいしか持っていなかったのではないか。今の私にはそんな気さえします。もう、何も分からなくなってきました。
    私は正しかったのでしょうか。

    誰が本当の正義だったんですか。





    何度か読み返していたところで、私は玄関に誰かの気配を察知した。
    姫は自室でぐうたらしている。となると、そこにいる可能性のある者はひとりしかいない。まあ、外の世界から人間が突然漂流してきたのなら別だが。私はその気配を妹紅のものだと思い込んだまま、扉を開けた。
    だから、驚いた。そして悔いた。……ああ、何故気がつかなかったのだろう。彼女のことを思いつかなかった自分を、今訪問してくる者など妹紅くらいだと思っていた安直な自分を、愚かしく思った。
    「いやあ、困ったねえ」
    彼女は肩に背負っていた大きな鎌を、すっ、と横にしてこちらに向けてきた。しかしそれは、私への敵意による行為ではない。ただ単に、こんな大鎌を縦にしたままでは玄関をくぐれないから、横にしただけのことだろう。
    「忙しいったらありゃあしない。三途の川は、今までにないくらいの渋滞状態だよ」
    忙しい、という言葉は、忙しくしている者だけが使っていい言葉だ。こんな風に、欠伸をしながら突っ立っているさぼり魔が言う台詞ではない。
    「あら、仕事はどうしたの?怠けてばかりの死神さん」
    三途の川の道案内人、小野塚小町は、いつも通りのペースで呵々と笑っていた。
    「休憩だよ、休憩。今はたまたま休み時間なんだ」
    「たまたま、ね。ふ。……三途の川が今までにないくらい渋滞なら、勝手に休んでいるのが見つかったら今までにないくらい叱られるわよ?」
    小町は本当にいつもの調子だった。死神である彼女なら、幻想郷で起こった惨劇をとっくに知っているはずなのに。
    いや、だからこそ、か。面倒くさがりの彼女のことだ、一日に大量の仕事量を強いられるのが苦痛だったに違いない。だからこうしてこんな風に、リラックスして油を売ってしまいたくなるのだ。
    「うーん、なんというか、ねえ。確かに大変な出来事だったけれど。でもこれも、この世界のサイクルの一環というか。幻想郷の生き物が殆ど全滅したって、四季は巡ってくるんだよねえ」
    四季は巡る。
    その言葉にはきっと、ふたつの意味が込められていた。ひとつは言葉の意味通り、殆どの生物が死に絶えても幻想郷という世界では、四季が繰り返されるのだということ。そしてもうひとつは、いつか幻想郷にはまた何らかの生物が住み着き始め、生きて死ぬという循環を生み出し、……つまり幻想郷担当の閻魔である四季映姫・ヤマザナドゥの世話になるのだろうということ。
    四季という単語は、死期という単語と同音だ。面白い言い回しをするな、と私は笑った。確かに、今回の一件で幻想郷自体が滅んだ訳ではないし、滅んでいない限りはまた新たに生き物が住み着くようになる可能性も考えられる。
    皮肉ね、聖白蓮。
    無というものは、無限の可能性を生み出せるものなのよ。
    全てを無に帰してしまうことは、そこにまた新たな可能性を産み落とすことと同義。
    あなたの望んだ無とは、あなたの抗おうとしていたものを、生み出し得るものなのよ。
    「……ま、でも、しばらくは幻想郷も閑散とした状態のまんまかね。淋しくなるねえ、あんたらも」
    あんたら、と小町は言った。
    それは、私と、姫と、妹紅のことだ。妹紅のことは正直、どうでもいい。妹紅は今、かなりの精神的苦痛を背負いほぼ錯乱状態になっている。けれど、時間が経てばやがて落ち着いて、淋しいだなんて冷静に思うかもしれない。何だかんだで彼女は、人が好きだったから。
    しかし私は淋しくなかった。淋しい、という感情などとうに忘れ去った。そして姫は、何も知らない。だから、私と姫のふたりは、淋しくなんかない。
    表情からそれを察したのだろうか。あんたらしいねえ、と小町は笑った。
    「じゃあ、あたいはこのままそこらで散歩でもすることにするよ。次に会うのはいつかねえ」
    「さあ。……ふふ、ここに辿り着けたとはなかなか幸運だったわね。散歩だなんてとんでもない、この竹林から抜け出せるかどうかも怪しいわよ?」
    「うんにゃ、その辺は心配要らないよ。こう見えて、あたいはあんたよりもこの竹林との付き合いが長いんだからね。幻想郷じゅう、ありとあらゆる場所があたいの庭さ」
    「庭というより、休憩所ね」
    「あはは、違いない。……んじゃ、そろそろお暇するよ、またね。はあ、忙しい忙しい」
    のんびり歩いていきながら、忙しいと呟き続ける小町。幻想郷で起きたあの惨劇を知りながらの態度とは思えない、彼女は相変わらずの通常運転だ。
    私は扉を閉め、廊下を引き返してゆく。すると、正面からぱたぱたと姫が小走りでやって来た。
    「あ、おかえりなさい永琳!」
    本当はもうとっくに帰ってきていたのだが、こっそり裏口から永遠亭に入っていったので、姫には気づかれていなかったのである。だから、私が玄関の扉を閉めて廊下を歩いてきた今、やっと外から帰ってきたのだと思われているようだった。
    姫のその勘違いを、私は否定しない。あたかもたった今帰ってきたばかりだという風を装い、返事をした。
    「ただいま帰りました、姫。今日はきちんとお昼寝できましたか?」
    うん!と笑顔で返してくる姫。そして、でもね、と続ける。
    「でも、途中でお腹がすいて起きちゃって。兎たちに何か作ってもらおうと思ったんだけれど、何でだか誰もいなかったの。永琳、あの子たちがどこに行ったか、知らない?」
    兎たちはもちろん、とっくに全滅している。私が今朝永遠亭を出るときまでに死んでいなかった兎は、私が急遽作った薬を昨日の晩に飲んでいた鈴仙だけだ。他の兎たちの屍骸は出かける前に全て掃除した。だから、姫がいくら探しても、見つかるはずがない。
    「さあ、……最近は放し飼い気味でしたからね。私たちがあまりにこき使いすぎたものだから、集団脱走でもしたのでしょう」
    「えー、じゃあご飯も自分で作らなきゃいけないの?面倒ね……あ、そうだ、イナバは?イナバって、ほらあの、鈴仙のことね。あの子なら脱走してないんじゃない?」
    「いいえ姫さま、鈴仙は元々月の都から脱走してきたような性格ですよ?突然いなくなることだって充分あり得ます」
    「そう?何だかつまらないわね。まあ、永琳がいてくれるなら別にいいけれど」
    失踪した大量の兎たちのことを、姫はさほど気にしていないようだった。元々雑用係程度としか見ていなかったのだろう。私もそれは同じだが。
    「そういえば、結構長い間出かけていたようだけれど。一体どこへ行っていたの、永琳?」
    訊いてくる姫の瞳は、いつものように綺麗に澄んでいた。何も知らない、幻想郷じゅうで起こったあんな惨劇なんて全く知らない、純粋な瞳。その瞳を濁らせる気は、私には、毛頭なかった。
    私は一歩前へ歩み寄り、姫をそっと抱きしめる。あたたかさを感じた。生きている、あたたかさ。姫は、私は、私たちは。これからもずっと、……生きてゆく。
    「知らなくていいのですよ」
    まっすぐな美しい黒髪を撫ぜると、甘えるように姫は顔を私の胸になすりつけてきた。そういえば、こうして姫を自分から抱きしめるのは久しぶりだ。にっこり微笑む姫とは敢えて目を合わせずに、私は言った。
    「姫は。……何も、知らなくていいのです」





【紫の表紙、八意永琳の手帳より抜粋】



因幡てゐ
自分の仕掛けた罠に掛かり、動けないまま出血多量で死亡。

リグル・ナイトバグ
虫けらのように、何かに踏み潰されたような屍骸を発見。圧死と思われる。

???
犬の耳が生えた妖怪。命蓮寺の門近くで見つける。喉を内側から破壊されたかのような姿で死亡。

???
毘沙門天の使い?死因不明。遺体には損傷が見られず。

???
鼠。妖怪?上記の妖怪の側で死亡を確認。死亡直前まで心臓を運んでいた模様。上記の妖怪の心臓である可能性がある。

村紗水蜜
溺死。湯船に沈んでいるところを発見。

雲居一輪
上空域まで達したことによる窒息死(仮定)。屍体は見つからず。

犬走椛
自ら持していた刀が鳩尾に刺さる形で死亡。

???
くるくると狂気的に回っているところを発見。話しかけても聞く耳を持たないようで、そのまま岩壁から落下し、首の骨を折って死亡。

射命丸文
翼の断面と背中から大量の血を流して死亡。著しく損傷した翼の一部が周囲に見つからなかったことから、上空で翼がもげてその数秒後に落下したと推測される。出血多量か地面に叩き落された衝撃で死亡したものと見られる。

河城にとり
赤子の姿で死亡しているのを確認。発見した他の全ての河童たちも同様の死を遂げていた。

東風谷早苗
老死。急激な成長、老衰による死亡であり、河童たちとはある意味で真逆、ある意味で似た形での死因となっている。

八坂神奈子
信仰を失い消滅(東風谷早苗の証言より)。無論屍体は見つからず。

洩矢諏訪子
信仰を失い消滅(東風谷早苗の証言より)。無論屍体は見つからず。

姫海棠はたて
自室にて屍体を発見。左腕に刻まれた多数の傷による出血多量が死因と見られる。左腕の傷の形状と右手に握られていたペンから推測するに、自らの腕に多くの文字を刻み込む過程で傷を生じさせた可能性あり。左腕に何か文章を執筆しようとしていたらしい。傷口に染み込んだインクと、インクの入った瓶に混ざり込んだ血液がそれを裏づけている。

茨華仙(仮)
茨華仙は通称。本名不明。両腕を失った状態で死亡。左腕からは大量の血が流れていたが右腕の切断面には出血が見られなかった。何らかの要因で消滅した、または生前から右腕を持っていなかった可能性あり。

プリズムリバー三姉妹
個々の名前は不明。脚などにそれぞれ打撲跡があったことから、上空を飛んでいたところ山の麓に落下したものと見られる。全員、耳から出血した状態で死亡。

???
凍死。羽根の形状から氷の妖精と推測できるが、全身に凍傷が見受けられた。

紅美鈴
死因不明。外傷は見られず。昼寝の最中だったのだろうか、眠るような安らかな死に顔を浮かべていた。

レミリア・スカーレット
吐血した状態で死亡。側に落ちていたワイングラスの中身から毒は検出されず。直接の死因は不明。

十六夜咲夜
死因不明。走っているような体勢のまま銅像のように静止していた。力を込めて押してみても倒れるどころかぴくりとも動かず、まるで彼女自身の時が止まっているようであった。

パチュリー・ノーレッジ
数百冊の本の山のなかから屍体を発見。大量の本の下敷きとなり圧死した可能性が高い。

フランドール・スカーレット
死因不明。雫のような形状の羽根は全て破壊されていた。自らの力で自らの命を破壊した可能性?

???
下半身のみ屍体を発見。上半身は見つからず。桶に収められていた。

???
嘔吐したまま倒れている屍体を発見。

???
両眼を抜き取られた屍体を発見。緑色のふたつの眼球がそれぞれ両手に握られていた。

???
角に星の文様がある鬼。アルコール中毒の急性発症患者の姿と酷似。数十本の空いた酒瓶に囲まれ死亡。

火焔猫燐(推定)
焼死。全身に火傷の痕あり。

古明地さとり
死因不明。サードアイのコードが、古明地こいしのサードアイから伸びているコードと繋がれ、結ばれた状態で死亡。

古明地こいし
死因不明。サードアイのコードが、古明地さとりのサードアイから伸びているコードと繋がれ、結ばれた状態で死亡。

霊烏路空
絞首による死亡。

西行寺幽々子
桜の木の下で眠るように死亡。死亡という表現は正しくは間違っているが、少なくとも目を閉じたまま動く気配はなかった。

魂魄妖夢
切腹、自害とみられる。西行寺幽々子の屍体の側で発見。

霧雨魔理沙
両手両脚を広げた状態で、星型の弾幕に全身を射抜かれた状態で死亡。生前よく見せていたような、明るい笑顔で死んでいた。

森近霖之助
死因不明。外傷は、軽度のかすり傷や切り傷が数カ所見られる程度。店内の売り物、彼自身がコレクションしていたと思われる奇妙な嗜好品の数々が、殆ど壊され店内が滅茶苦茶な状態であった。錯乱し自ら破壊した可能性もあり。

アリス・マーガトロイド
全身を糸で縫われた状態で死亡。関節も殆ど折られており、まるで自らを球体関節人形に仕立て上げたようだった。

稗田阿求
病死。人里の人間たちと同様の感染症に罹ったものと思われる。

蘇我屠自古
豊聡耳神子に抱きつく、または庇うような姿で静止しているのを発見。種族上、死亡、とはいい難いが、抱き起こしてみても何の反応も示さなかった。

豊聡耳神子
全身が紫色に変色した姿で怪死。紫色が最も高貴な色だというのが彼女の持論だったようなので、皮肉な死に様である。

物部布都
蘇我屠自古と同じく、豊聡耳神子に抱きつく、または庇うような姿で静止しているのを発見。死因は不明。

???
夜雀。目と唇とが抉り取られた状態で死亡。これでは鳥目も見えない、歌も歌えない。

宮古芳香
眼窩や口、鼻などから大量の蛆虫と蛭を出した状態で死亡。

霍青娥
蛆虫を吐いた状態で死亡。宮古芳香の体内に寄生していた寄生型の蛆が何らかのルートで霍青娥の体内にも入ってしまった模様。直接の死因は不明。蛆虫を私、八意永琳が持ち帰りその生態を解明する予定。

???
冬に見かける妖怪だったたはずだが、秋である今、何故か路上に倒れていた。身体が溶けるような状態で発見。火傷等の痕はなし。

伊吹萃香
病死。萃める能力が災いし、里の人間たちが患った病原菌をも萃めてしまったのだと思われる。

風見幽香
皮膚から茎が生え、多くの花が咲いている屍体を発見。左胸からも太い茎が生えており、心臓にも根を張っているものと推測。

???
オッドアイを持つ妖怪。持っていた傘の棒の部分が真っ二つに折れていた。本人の身体に損傷は見られず、死因不明。

メディスン・メランコリー
人形のように小さく縮まり死亡。隣には、全く同じポーズで横たわった本物の人形の姿があった。

???
茂みのなかに頭を突っ込んだまま死亡。死因不明。闇を操る妖怪らしいので、闇を出すことが出来なくなり陽射しの明るさに耐えられず上記のような行動に出たものと推測。 

秋姉妹
それぞれの名前は不明。脱水症状が死因と見られる。熱中症?ちなみに本日の気温は秋らしく、暑いどころか涼しいくらいである。

永江衣玖
電撃によるショック死後の屍体の様子と酷似。死因不明。

比那名居天子
偶然地上に降り立っていたのだろうか。持していた、重々しい装丁の剣で右のふくらはぎを地面まで貫通させた状態で死亡。まるで自らを地に打ち付けるような姿であった。

???
狸の妖怪。死因不明。上半身は狸、下半身は人間の姿をとっていた。変身の途中に死亡したものと推定。

八雲藍
藍は青系色。全身が青く染まっていた。
打撲による痣と見られる。


橙は赤系色。全身が赤く染まっていた。
出血多量による死亡と見られる。

博麗霊夢
賽銭箱の中で死亡。餓死?
ちなみに賽銭箱の中には五円玉が三枚、一円玉が二枚入っていた。貧しい。

上白沢慧音
死因不明。満月の夜でもないのにハクタクの姿であった。

鈴仙・優曇華院・イナバ
私、八意永琳が殺害。弾幕により胸を射抜かれ死亡。殺害されていなかったなら、狂気の果てに身の回りの物を破壊していき、最終的には自害していた可能性が高い。

八雲紫
自らが生み出したスキマに首を挟まれ、締められて死亡。屍体はスキマごといつのまにか消滅。

聖白蓮
魔法により自らの顔面を崩壊させ、自害。
聖白蓮は三度、生き死にを繰り返した。一度目は人間として生まれ、老衰。二度目は魔法使いとして蘇り、封印され。三度目は復活し、そして自害。
仏の顔も三度まで。彼女の顔は、もう、ない。



    他にも多くの屍体を見てきたが、ここまでで筆を置くこととする。
    死に至る病を以てしても死ぬことが叶わなかった永遠の月人、八意永琳、ここに記す。

                         ××××年 ××月 ××日
こんにちは、めりえるらんどです。

私は絶望すればいつでも首をくくって死に至ることができます。
けれど不老不死の皆さんは、絶望したところで死ねっこない。
絶望してしまったなら、生きていることこそが自傷行為になってしまいます。

絶望しても死ねないという絶望のなかで生きる毎日。
羨ましいだとか、思っていませんよ。という大嘘。
めりえるらんど
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/10/10 14:21:10
更新日時:
2012/10/10 23:21:10
評価:
4/7
POINT:
460
Rate:
13.86
分類
永琳
幻想郷ほぼ全滅
簡易匿名評価
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POINT
0. 60点 匿名評価 投稿数: 2
1. 100 NutsIn先任曹長 ■2012/10/11 00:03:36
幻想郷は滅びない。外の人々が忘れ続ける限り。
幻想郷は滅びない。内の生存者が忘れない限り。
幻想郷は滅びない。いずれ、みんな還って来る。

絶望の夜が来ようと、いずれ、お天道様は顔を出してくれるものです。
面白おかしい死に方しようと、復活後には笑い話になるものです。
2. フリーレス 名無し ■2012/10/11 03:36:01
姫のイノセントさ、
生からも死からも逸脱してしまった虚無がとても心地よかったです。
3. 100 名無し ■2012/10/11 21:27:25
淡々としてていいなあと思いました。
姫様かわいいよ姫様。
4. 100 名無し ■2012/10/12 00:02:55
ぬえちゃんの死体がなくてほっとした。

それはそうと絶望が幻想入りとは斬新ですな。
ということは外の人類は幸福になったのでしょうか。
それとも滅亡したからこそ絶望が行き場をなくしたのか。
5. 100 名無し ■2012/10/21 21:56:16
永琳と輝夜はお互い以外必要としておらずなおかつ二人とも不老不死なので精神強度的にチート この二人に絶望を味あわせるには記憶を弄るほかないのか…産廃的に敗北した気分です

聖の考え方には前半は同意できます
「人の身体的特徴を馬鹿にしてはいけない」という金言を思い出しますね
だからといって、全滅させるとは…宗教家は理想の世界の実現を求めすぎる

吸血鬼はてっきり灰になるかと思ったのですが…はたてはリスカ死亡とか勘違い 二次に毒されすぎですね お空だけ死亡を捻ったのはちょっと不思議です
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