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『虹の根元を掘る悪魔』 作者: まいん

虹の根元を掘る悪魔

作品集: 5 投稿日時: 2012/10/19 09:24:40 更新日時: 2012/10/27 18:31:48 評価: 4/5 POINT: 330 Rate: 14.20
注意、この作品は東方projectの二次創作です。
   オリ設定、オリキャラが存在します。





人の恐れる夜の王。
不自然な白い肌は夜の住人の証であり。
鋭い眼光の奥、紅い瞳は出会った者の運命を示している。
口元から伸びた牙は持ち前の残忍さを示し、顔中に刻まれた皺は持ち前の狡猾さを示す様であった。

他の吸血鬼に力で劣るのに、とても残酷で残虐で狡猾で……
それでいて何よりも恐ろしい存在。 少なくともその時は疑いようがなかった。
それがスカーレット家の当主様。

当主様は何処の馬の骨とも判らぬ私を拾って下さった。
彼には身内の四天王が付き添い、その末端に私を添えて下さった。
冷遇されていたという事実をバネに瞬く間に一族を掌握し、遂にはこの地域を支配した。

支配して数年、漸く念願の跡継ぎを頂いた。
それが、お嬢様。 私が生涯尽くす事を誓ったレミリア様だった。

それからの五年はまったくと言って平和であった。
残党を掃討し、見せしめに公開処刑を執行し、必要の無い教育をする者を皆殺しにした。

凌遅刑に掛けられた者の悲鳴は当主様に安らぎを与えてくれる。
この者達は旗揚げしたばかりの我らを冷遇した。 当然の報いだ。

必要なものは当主様に対する忠誠だけで良い。
必要な事は当主様の労働力たれば良い。
必要な事実はこの地域に存在する物すべてが当主様の持ち物であるという事だ。



レミリアお嬢様が御出生なされて、五年が経った頃。
当主様が次女を頂いたと発表なされた。
そこで盛大なセレモニーを開き、レミリアお嬢様の生誕五周年と共に祝おうと発表なされた。



深紅の絨毯の敷き詰められた部屋に少し小高い場所がある。
そこに置かれているのが王の玉座。 そこに堂々と座っているのが当主。
そして、その場に一人の女性が跪いている。

「メイリン、参上致しました」
「おう、よく来てくれた。 どうだ? 貴様が統治する村は健在か?」
「どうという事も無く、すべての者が当主様に忠誠を誓っています」
「相変わらずで喜ばしい。 今日、貴様を呼んだのには理由がある」
「と言いますと」
「レミリアに妹が出来た。 その為に祝賀を催す事は知っていよう」
「はい」
「余興の一つを貴様に任せたい。 無論引き受けてくれるな?」
「はい、このメイリン一命を掛ける所存でございます」

挨拶、宣言、忠誠。
メイリンの一挙手一投足に愉悦を浮かべる。
冷遇の時代から比べると過ぎた事。
彼が一声かければ郎党の首が飛び、彼が顎をしゃくれば気に入らない者は生命活動を止める。
その執行人の筆頭たるメイリンの行動は彼に大きな満足を与えていた。





おめでとう、おめでとう。 と取り繕う言葉が飛び交う。
内心はグツグツと怒りのマグマが煮えたぎっている。
それもこれも挨拶に訪れた者は当主様に討伐された負け犬達ばかり。
愛想の良い笑顔がそのまま怒りに繋がっているとは思いもよらないだろうな。

「どれもこれも代わり映えの無いつまらない催しだ。
……おう、次はメイリンか期待しているぞ」

当主様の言葉を合図に私は催しを始めた。
今の私を知っている者ならば、驚か無いだろう。
虹を元にした弾幕を花火の如く打ち出し、留め、殺傷力よりも美しさに特化させた。
吸血鬼の一族たる者々が驚く必要も無いだろうが、すべては当主様を恐れての事だろうな。

双剣の剣舞と弾幕の集大成を終え、会場を埋め尽くす拍手が響いた。
感慨などは無い、すべては当主様の威光によるものだろう。

「メイリン大義であった! 貴様にレミリアの奴隷になる(悪魔の契約を結ぶ)名誉を与えよう。
もう一つ俺の姓であるスカーレット、貴様の故郷の言葉で紅を名乗る名誉を与える。
本日より紅美鈴を名乗るが良い」
「はっ!」

当主様はえらくご機嫌だ。 私にはその理由が解らない。
恐らくは私の催しが成功したのだろう。
私にとってはとても、とても喜ばしいことだ。

そういえば、催しが終わった後、待機中の私に声を掛けて来た者がいた。
ハット棒に裾の長い上着を纏い、本当に当主様の配下か疑わしくなる奴だった。

「こんばんは」
「……貴殿は?」
「これはこれは、厳しいお方だ……私はヴェル。
嘗て人間に丸めこまれた悪魔と同じ、不名誉な名を貰ったチンケな悪魔ですよ」
「その貴殿が一体何の様だ?」
「ふふふ、悪魔の契約はご存知ですね?
私は対価に見合う物を犠牲にして願いを叶える力があります。
身も心もスカーレット家に捧げている貴女なら活用できると思って声を掛けさせて頂きました」
「お前も悪魔か、だったら所詮は己の為にしている事だろう?」
「結構、結構。 貴女は私の話を疑わなかった。
それだけで話しかけた価値があるというもの……して返答は?」
「……嘘は無いな? お嬢様と妹様の未来を願うなら私の命一つで良ければくれてやろう」
「ふっ、ふふふふ。 失礼、やはり御当主の目に狂いはなかった。 では結ぼう、貴女の犠牲がスカーレット家の繁栄になると信じて」



私は了承した。
ヴェルと名乗った悪魔は虚空に魔法陣を描く、円形に文様を描き終えると。
同様の文様を慣れた手つきで手の平に描いた。
手の平を上にして私に見せつけると、その手に描かれた魔法陣からは朱色の炎が上がった。
先程、お嬢様から頂いた、淡い青の炎と比べると美しさの欠片も無い。

手から上がった炎はヴェルの腕に登り、奴の身体中を焼き尽くしていった。
苦しむでも、悲しむでも、恨むでもなく、奴は飄々と言い放って灰となった。

「必要なら呼んで下さい。 その時は対価に見合った願いを叶えましょう」



それからは大して変わらない日常だった。
絶える事の無い残党を狩って、当主様に仇名す危険分子を捕え、
見せしめに公開処刑をし、時には拷問に加わる。
まったく変わらない、当主様に拾われてからまったく変わらない。

お嬢様と妹様が生まれて数年。
知識はとても学んでいるが、吸血鬼の成長は驚く程遅い。
見てしまった、妹様の翼の異常さを。
骨組みは同じであるが、いや根本的に違う。
骨組みからぶら下がる宝石の様な翼。 あれは翼なのだろうか?

あの翼を見た当主様の目は見た事の無い異様さに包まれていた。

「この翼は……こいつは忌み子だ。 一族存亡の為には殺さねばならない……」
「当主様、しかし……」
「ほう、俺に刃向うか? 殺せ! でなければ貴様が死ぬ事になるぞ?」

当主様に刃向う愚行に及んだ事を思い返しても、未だに信じられない。
だが、あの時の催しに虹を描いた事がどうしても妹様の未来を守らなければと思ったのだ。

その時に早馬がやって来た。
当主様の配下が統治している場で大規模な反乱が起こったそうだ。

「よいか! 俺が返って来るまでにフランドールを殺しておけ! これは厳命だ!」

当主様はそう言って、鎧装束に身を包み出陣した。

傍らに居るレミリアお嬢様は私の手を取り、更に私の目を見つめた。
吸い込まれる程に深い紅の瞳に凝視された私は目線を合わせていられなかった。
その瞳が何を訴えていたかは今となっては知りようも無い。

当主様の命に背く事は理解していた。
それでも、初めて抱いた気持ちを振り払う事は出来なかった。
私の願いは一つ、妹様を殺したく無い。
だから、その時にヴェルから悪魔の囁きが起こった事は必然だったのかもしれない。

「フランドール様の命を生き長らせたいのか?
ならば、お前の戦に掛ける鋭い眼光と百万の兵に匹敵する気鋭を奪うぞ?」

こいつは何を言っているのだ? 今まで何年も私の前から消えていた癖に。

「良いか? 奪うぞ?」

だが、本当に妹様の命が生きながらえるなら……。

「良いか?」
「構わん! 妹様を生き長らえさせてみろ!」



数日後に当主様が戦死したとの報が入った。
私の目から熱いモノが絶える事は無かった。
私に両親が居たかは定かではないが、少なくとも親が無くなった様な深い悲しみが
胸を締め付けていた。

だが、同時に妹様が死ななくて済んだ事に安堵していた。
それは、当主様が死んだ報よりも心の大部分を占めていた。



当主様が居なくなり、皆の気持ちがバラバラになり始めた。
もしかしたら、吸血鬼特有の魅了が解けたのかもしれない。
十に満たぬレミリアお嬢様は私の手を握り、先日と同じ様に私の顔を見つめていた。

『忌み子が、忌み子が、忌み子が……』

部屋の外では拠り所を失った家臣が恐慌に陥っている。
ある者は略奪をし、ある者は殺戮に走り、ある者は蛮行の限りを尽くしている。
その中に妹様の姿を見つけた。
連れている人々は口々に忌み子、忌み子と呟き、無人の野を行くが如く人妖の海を進んでいる。

「妹様を返せ!」

この様な暴力の嵐の中にお嬢様を置いていく訳にもいかず、己と守るべき主君を信じ妹様の元へと向かって行く。
少ない窓を蹴破り、壁を伝って最短の距離を進む。
放たれた炎が天を焦がし、辺りを昼間の様に照らしていた。

私の目は妹様を連れ行く集団を完全に捉えて離さなかった。
私の心はお嬢様と共にある。 飛び交う瓦礫もガラスも投擲物もすべてが私に当たる。

漸く、集団に追いついたが私は驚愕する事になる。
そこは地下牢であった。 吸血鬼であっても破る事の出来ない強固な鉄扉。
恐らくは妖怪すべてが触れる事さえ出来ない結界。
妹様を連れ去った集団は自らその人生に幕を引き、外敵から妹様を護る更なる結界となった。

私の服から飛び出て、愛しの妹に向かうも結界は容易にお嬢様を弾き返す。
私はそんなお嬢様を優しく受け止め、その場に座らせる。
お嬢様の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

不思議な事に失った筈の鋭気がフツフツと湧き上がってきた。
結界に手を添え、力の限りに押そうとする。
しかし、結界は破れる事は無く、反対に私の手の平や腕を焼き、
私の帽子や髪留めを容赦なく弾き飛ばしていった。

耳をつんざく音が部屋中に響く。
当然、狼藉を働いている者達が気付かない筈も無い。
下品な笑い声と品の無い足音が近づいて来るにつれて焦りが私の心を乱す。

「妹様に力を! 妹様が自衛出来る力を!」
「フランドール様に力を与えたいか?
ならば、他者を圧倒する天下無双の力を奪うぞ?」

くそっ! こんな時でも契約か……卑しい、醜い、だが……。

「よいか?」
「……私の力で良ければくれてやる!」

直後に本能さえも凍る様な破壊の気配がした。
鋭気が湧いていなかったら、私はその場で死んでいただろう。

すぐにお嬢様に覆いかぶさると、世界が崩壊する程の地響きを感じた。
いや、そんな生ぬるいモノでは無い、蹲ってお嬢様を護っている筈の私が
逆に護られている様な感じだった。
世界が反転し、すべての常識が崩壊した。

そして、私は力強くお嬢様を抱きしめると、そのまま闇の中へ沈んでいった。



「美鈴、美鈴……」
「ねぇ、メイリン?」

心地よい眠りを妨げるのは誰だ?
鬱陶しい、忌々しい、この場で少し早い幕引きにしてやろうか?
……違うな、この声の主には逆らってはいけない。

「おはようございます。 お嬢様、妹様」
「良かった……良かった……」

涙で目を真っ赤に腫らしたお嬢様が私の無事に安堵しておられる。
一区画だけ不自然に無事な牢からは、ねぇねぇと可愛らしい声が聞こえていた。

「お腹空いた、そこのオニクとって〜」

周りに何も無くなったお屋敷、私は朝日が昇る前に日除けを造らなければと思う。
驚く程に力が出ない、生活やお嬢様達を護る事に不安は無いが……。

「これからは侵入者の撃退も難儀するだろうな……」

〜〜

嘗ての栄華を誇った屋敷はそこにはなかった。
あるものと言えば大きなクレーターの底に鉄壁の牢屋が一つと、
少し離れた場所に瓦礫造りの小屋が一つあるだけだった。

煤けた顔に土や埃で薄汚れた美鈴が表に立っている。
顔こそ穏やかであるが、若干の疲れは隠し様がなかった。

小屋の奥からは彼女を心配する声がする。

「大丈夫ですよ、お嬢様。 問題ありません」

今日も牢屋からは奇声が聞こえる。 レミリアも美鈴も知るのはずっと後になる。
フランドールが閉じ込められている牢は外からの情報が全く入らないのだ。
更には妖怪の類は一切入れない。

「ナンデ? 何でオネエサマは私の所にキテくれないの? ナンデ? ナんデ?」

抑揚のおかしな言葉を外に向かって吐き捨てる。
声には恨みが混じり、誰も訪れない理不尽さに呪いを叫ぶ。

ガゴン、ガゴン……。
行き場のない怒りは彼女を暴力に駆り立てた。 鉄扉からは破城鎚を打ち込むが如き音が響き渡る。

レミリアは日に焼かれながらもフランドールの元にフラフラと歩み寄る。
美鈴が慌てて日傘をかざすも彼女は結界の境界迄近づいては顔を手で覆い、泣き崩れてしまう。

そんな日が何日も続く。
その何日間で人々の間に化物屋敷の噂が広まる。
人間達は元来吸血鬼の食糧にすぎない、なのに人間達は不用意すぎた。
肝試しに来た馬鹿共は美鈴に首根っこを掴まれ、その場に組み伏せられた。
幾人かを痛みを伴う方法で息の根を止められレミリアの食糧にされた。

痛みに我を失い、無様に命乞いをする人間に冷たい視線を送る美鈴であったが不意に試したい事を思いつく。

「お嬢様、こいつに妹様の食事を運ばせてみせてもいいですよね?」

レミリアに対して許可を求めている様なのだが、その行動は許可を待たずに取り掛かっていた。
レミリアと違い、フランドールは結界の所為で食事を摂る事もままならない。

レミリアや美鈴、痛みや死に対する恐れは人間の顔を醜いまでに歪めさせた。
腰が砕けて歩けない筈の体はその様な感情によって膝を震えさせながらも前に足を進めざるをえなかった。

結界がある場所を人間は難なく通過する。 まるで、そこに何もないかの様に。

パァン!

通過した瞬間、フランドールが視認する前に人間が弾けた。
血の雨は喉に潤いを与え、辺りに充満し始める腐臭は食欲を増進させ、
飛び散った肉塊は彼女の腹を満たした。

「ナニこれ? 美味い、美味い、ウマイ、ウまイ! ケヒヒヒヒ、誰だカ知らナイけど……
アリ、アリ、アアああ……アリガ……」

その場に倒れこむフランドール。
心配した美鈴が近づくが、結界に阻まれてそれ以上先には進めない。
食欲を満たしたフランドールは血の海の中に文字通り倒れ、そのまま眠りについた。

だが、その眠りは心地の良さそうなものではなかった。
彼女は叫び、暴れ、夢遊病の様に動き回る。
拳で殴り、足で蹴り、頭で頭突く。
美鈴からは見える事はないが、気が触れていると言わんばかりの行動に心配しっぱなしだった。

それからも何日も何日も同じことが続く。
美鈴は足が着かない周りに恨まれている人間を狩り、フランドールの牢に行かせる。
フランドールは食事を終えれば、疲れ果てた様に眠りに着き、悪夢にうなされる。

やがて、レミリアに帰順を求める妖怪が集まり始める。
彼らはそこに防音の壁を造った。
彼らはそこに防音の魔法を施した。
彼らはそこに防音構造の屋敷を建てた。



結界に阻まれた牢屋の前に今日も美鈴が居る。
その手には人間が掴まれており、元気に命乞いを叫んでいる。
彼女が牢に人間を投げ込むと、いつもと同じ様に結界を超えた人間が弾け飛ぶ。

「キャハハハ、ヒャハハ、ウマイ、ウマイ、何かは知らナいけどオナカがイッパイになるよ」

吸血鬼の回復力があるといっても、常に悪夢にうなされ暴れ続けるフランドールの各部は歪んでいた。
牢から覗く顔から美鈴はそう察する。
彼女はフランドールに安息を与えたいと願っていた。

「妹様が安心して睡眠をとれるのはいつになるのだろうか?」

だから、その願いは悪魔に付け込まれるには充分過ぎる程であった。

「フランドール様に悪夢にうなされない静かな睡眠を与えたいか?
ならば、お前の穏やかな眠りを奪うぞ?」

最初は……次は……今回は……。
そうか、それならば……。

美鈴はこれから自分に訪れるであろう事に対して覚悟をした。
彼女は穏やかな表情で声に対して返答する。

「妹様に穏やかな眠りを与えてくれ」

〜〜〜

「あら、美鈴。 今日も居眠りかしら?」
「……あっ、これはお嬢様、申し訳ありません」
「最近はここを襲撃しようとする輩はいなくなったけど、いざという時に困るわ」
「それより、お出かけですか?」
「ええ、少しね……用は聞かないのかしら?」
「ご当主で在られるお嬢様はもう子供ではありませんから、私がいちいち釘を刺しては失礼かと思いまして」
「そう……では、美鈴に命令します。 フランドールに食事を給仕しなさい」

レミリアが美鈴の横を通り過ぎる際に少しだけその場に止まる。
目線を向けずに彼女にだけ聞こえる様に小さい声を投げかけた。

「美鈴、無駄な事はやめなさい、貴女がしようとしている事は過ぎた事、無駄な徒労に終わるわ……」

レミリアは供の人間を連れ添い館の外へと出て行く。
その背中が見えなくなるまで、見送り続けた。

踵を返すと、食料庫に足を運び生きのいい人間を掴み上げる。
どの個体も変わらずに命乞いをして、号泣する。
大して感じる事も無く、美鈴は地下室に移動する。
地下に続く扉を開ければ、その瞬間に腐った空気が顔を撫でる。

それも仕方がない事、結界を妖怪が通り過ぎる事は出来ず、通り過ぎられる人間は入った瞬間に弾けてしまう。
食事の与え方も何百年前から変わらない。

フランドールの言葉遣いは変化していない。
何百年も会話をしていないからだ。
姉に監禁されていると勘違いした彼女は虚空に対して話したり、叫ぶだけであった。

それが為に美鈴はフランドールを不憫に思ってしまう。
食事を給仕する、ずっと前から昨日まで

昨日から今日

明日

明後日



その次……。

今日は新しく来た魔法使いの歓迎パーティーが行われている。
音の通らない地下室に上の喧騒は届く事はない。

美鈴はその場に座り、フランドールの行動を聞き始める。
ガツガツ、グチャグチャとマナーを知らない汚い音が扉付近に響いている。
会話の無い為に絞り出される言葉に語彙が無い。
食事が終われば眠る、する事が無いからだ。
それは、籠に入れられた鳥の様であった。

美鈴は静かな寝息を聞くと、居ても立ってもいられなくなり走り出した。
館の中ではパーティーが終わっており、レミリアは自室にメイドと共に戻っている。
後片付けをするメイド達を掻き分け、ただ一つの事を願って走り続けた。

主人の部屋に美鈴が飛び行り、レミリアに迫った。

「失礼を承知で言わせて頂きます。 妹様の待遇の見直しを……」
「貴女も知っているでしょう? 見直す事は何もないわ、それに時間を考えなさい」

目と鼻の先まで迫っていた美鈴の胸元をトンと押す。
美鈴は怒りを覚え、血が滲む程に拳を握っていた。
殴りかかりたい衝動に襲われるも、前方に壁でもあるかの如く飛びかかる事は出来ない。
仕方が無く、失礼を詫びてその場から去って行く。

その足で行った先はフランドールの地下牢の前であった。

「妹様の待遇を良くしてみせろ!」
彼女の口からでた言葉は自分でも驚くほどの怒りを込めた通る声であった。

「フランドール様の待遇の改善を求めるか?
ならばお前の待遇と名を奪うぞ?」

「その程度で良ければくれてやる!」

まるで怒りの矛先を向ける様な言い方だった。
言葉を投げられたヴェルは普段と変わらずの口調である。
だが、今日は願いの勝手が少し違った様だ。

「お前の願いはすぐに叶える事は出来ない。 数年待つ事だ。 その後で対価を頂こう」

〜〜〜〜

ヴェルの言った言葉を信じて美鈴は今日も門番に就いている。
あの日から、自身の暗い感情に浸る事はしなくなった。
今まで願いが叶っている為に先に希望がある為だ。

あの日より人当たりの良い笑顔を持つ彼女である。
同僚や仲間が出来ない事はなかった。

あの日のパーティーの主役はパチュリーという名の少女だという事も知った。
更には数年後に人間離れした人間がレミリアの従者となった。
名は十六夜咲夜と聞いた。

美鈴はフランドールがいつ地下室から出て来れるか楽しみであった。
咲夜の存在が現実味を帯びさせてくれた。

時の止められる彼女は腐臭の渦巻く地下牢の掃除を行った。
人間である彼女は結界を通り抜ける事も出来た。
部屋の中の掃除も出来た。 まともな食事の給仕も出来た。
謎の破壊圧がある為に常に時を止めている咲夜。
その為フランドールに姿を見せられないが躾や教育を行う事も出来た。

段々と色々な事が出来る様になり、力を制御する事も出来る様になってくる。
その時に初めて結界内に渦巻く謎の破壊圧がフランドールの力だと知られた。



ある日、紅白の巫女と白黒の魔法使いが館を襲撃した。
本当に一瞬の出来事であった。
抵抗の甲斐なく、紅魔館一同は敗北を喫する。

ただ、その時に美鈴の願いが叶った。
巫女と魔法使いは地下室の結界を容易に破り、更には強固な鉄扉さえも破壊した。

フランドールも同じく敗北するが、それが要因で外に出られる事になった。

〜〜〜〜〜

今日も人当たりの良い笑顔の門番が立哨の任に就いている。
といった所で妖怪と妖怪が覇を競い争う時代はとうに過ぎている。
門番の美鈴は門の柱に寄りかかっては居眠りを決め込んでいた。

辺りの時間の流れが一瞬だけ変わる、その事に気が付ける者は殆どいないだろう。
眉間を的確に狙った投擲物を美鈴は二本指で受け止めた。

「ん? どうしたんですか? 咲夜さん」
「今回の騒動で貴方は自分の任を全う出来なかった。 紅魔館の住人はそれに不満を唱えているわ」
「そうですか、それは私が至らなかった所為で……」
「そこで貴女の待遇を改めさせてもらう事になりました。
今までの食事は貴女にとって豪華すぎた。質素にさせてもらうわ。
貴女の身分は高い位置にありすぎた。 貴女に相応しい位置に直させてもらうわ」
「たった、これだけで一日を過ごせと言うのですか?」

美鈴に渡された物はコッペパンが三個だけ。
咲夜は汚物でも見る様な冷ややかな目線を向け、自身の仕事に戻ろうとした。
顔を向けずに戻りながら、言い忘れていた主からの言葉を伝える。

「貴女は庭の手入れも受け持っていたわね? お嬢様は情けで足りない分は自給自足しろと言っていたわ。 解ったわね?中国!」

「咲夜さん、何を言っているんです。
私の名前は、名前は? あれ? 私の名前は何だったっけ?」

忘れる筈のない名前を思い出そうと四苦八苦する美鈴の周りには悪戯好きな妖精達が集まってくる。
その、無邪気な笑顔に遠い昔の大切な姉妹の顔が重なった。

「狡兎死して走狗烹らるか……」

〜〜〜〜〜〜

薄霧の立ち込める中、今日も美鈴は門番の職に就いており、
同格の身分となった門番隊は警邏の活動をしていた。
身分に対しての事に何ら不満は無い、この館を護る事ができれば良いからだ。

「門番さん、警邏終了です。 先に上がりますね」
「はい、お疲れ様です」

警邏隊が美鈴に挨拶をして交代していく。
きっと、暖かいスープのある食事を摂るのだな等と考えたりした。
休憩や休みもあるが、他と比べると本人でも冷遇されていると解る。

ブンブンと頭を振り、凡雑な思考を振り払おうとする。

(やめよう、あの二人が幸せならそれで良いんだ)
「門番さん、今日の当番です。 よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」





あの日から確かに待遇は悪くなっている。
だが、一日の内に休憩は体調を崩さない程度には貰える。
休暇も時々用意してくれる。
食事は相変わらずだが、
花壇に相応しい野菜の栽培が認められ少しは腹の足しにする事も出来ている。

毎日変わらないが、それが良い。
もう、昔の様にお嬢様や妹様が危険に巻き込まれなくなったから。
それにあの二人はもう私よりも十分に強くなられた。

「門番さん、今日もお疲れ様です」
「はい、お疲れ様」

〜〜〜〜〜〜〜

「んっ? 眠っていたか……
いつもなら咲夜さんの説教とナイフが飛んで来ている筈だが……」

辺りを見回すと館から外に向けて一直線に赤い線が引かれている。
館に目を向けると慌ただしく行き来するメイド達の気が錯綜していた。

「おい、これは一体なんだ、何が起きた?」

怯えた様子で警邏をしていた門番隊に美鈴が食って掛かる。
ヒッと肩を竦ませ一層怯えだした門番隊はおずおずと話し始めた。

「あの、妹様が……妹様が外で怪我をされたと……」
「怪我だと……? ば、馬鹿な……」
「く、詳しくは知らないですが、何でも目と耳を失ったとか……」

美鈴が先程から気にしていた、一際大きく、一際乱れた気が何か理解した。
右手を強く握りしめると怒りを飲み込み、肩を落とした。

「取り乱してすまなかった」
「いえ、私達も何が何だかで……」

幾分か顔色の戻っていた門番隊は元の警邏に戻って行く。
いつもの定位置から少し離れた美鈴はその場で考え事をしていた。
その考えを察したかの様に美鈴に取引が持ちかけられる。

「決心がつかないか? 自身の目を失うのが怖いのか?」
「……馬鹿な事を、お前が私の前に姿を現わしたのが理由だ」
「ならば聞いておこう、フランドール様に再び光と音を感じさせる事を望むか?
ならば、お前の目と耳を奪うぞ? 良いか?」
「……良い!」

身体を失い線画の様な姿のヴェルの口元が歪む。
その様子に美鈴は若干の戸惑いを覚える。

「足りない……」
「何がだ?」
「フランドール様は非常に危険な状態だ、目と耳では足りない……」
「では、私の命を使え」
「駄目だ、お前から奪える物はまだある。
さあ、選べ。 何を犠牲にしてフランドール様を救う」
「……二度と同じ事は言わんぞ、妹様が今必要としている物だ」
「ならば、お前から……」



「ぐぁぁぁぁああああああ!!!」

彼女の全身に激しい痛みが走る。
目と耳からは血が流れ、それぞれに矢が貫いた様な痛みが全身の痛みとは別に流れている。
辺りを気にせずに痛む箇所を必死に抑えて、蹲ったりのけ反ったりしている。

そもそも、ここは本当に紅魔館の門の周辺か? 居る場所も曖昧になり。
歪む景色と共に視界が段々と暗くなっていく。
耳鳴りも酷い、今まで聞こえていた音はキーンとした気味の悪い音にすり替えられていく。

ゴパッ……ビシャ!

余りの気持ちの悪さに堪らず、催した吐き気を耐える事が出来なかった。
吐いたのは一回だけだが、四つん這いになった彼女が立ち上がる事は無理であった。

何時間そうしていたか、
真っ暗になった視界と僅かの音を除いて耳鳴りを続ける聴力、
激痛に耐える身体を引きずりいつもの門の柱にもたれ掛かった。

覚醒を続ける身体を回復させる為、いつもの様に居眠りを始めた。

〜〜〜〜〜〜〜〜

「おはよう、おはよう、ねぇ、おはようってば」

門の柱で居眠りをしている美鈴にかわいい声が掛けられていた。
その声を気にせずに居眠りを続けられるのは流石としか言いようがない。

「ん? ああ、寝てないですよ? 起きていますよ」
「寝てたでしょ? まぁ、その顔じゃあ解らないけど」

美鈴の目を形作っている部分が元から無かったかの様に欠損していた。
では、何故物が見え、聞こえているか? 彼女は周囲の気の流れを読みとっているからだ。

「それより、いいのですか? こんな時間に出歩いて」
「いいのよ。 あの日から屋敷の外に出ても良いって言われたし、
最近のあいつは俯いて悩んでいるばっかだから。 まるで何かを探してるみたい」
「妹様、お嬢様をあいつ呼ばわりするのはやめて下さい」
「いいの? そんなこと言って? 私が怒ったら一捻りだよ?」

美鈴は横に両腕を上げて無抵抗を示した。
その姿はどこかの宵闇の妖怪を想起させる恰好である。

「なんだ、つまんないの」
「わかって頂けた様で良かったです」
「やめるとは言ってないよ」

フランドールはバツが悪そうに館に足音を響かせて戻って行く。
と、数歩進んだところで足音が止まる。

「門番……いつもありがとうな」

そのまま、走り去る後ろ姿を見送る。
小さな声で姿の見えなくなったフランドールに礼を言った。

「こちらこそ、ありがとうございます。 妹様」





生暖かい液体に包まれて、まるで母親の胎内にいる様な心地良さから目が覚める。
と同時に体中に巡る激痛がより現実味を帯びさせる。

(ぐっ、うっ、眠っていたか? んっ? 体が動かない……)

体が動かない違和感に暫し思考を思い巡らせる。
何かが起こったという確かな情報を整理する。

(眠っていた? ………………いや、違う)

辺りには半死に苦しむ妖精の呻き声が響いている。
自分の周辺に溜まっている生命の液体。
そこから上下に伸びる生命の液体の軌跡。

(そうだ、確か……)

闇の中、漸く思い出す。
二つに裂けた自身の喉から、ゴブッ、ゴボッと血だまりが噴水の様に沸き立った。

「いやぁぁぁぁぁあああああ、フラン! フラン! 死んじゃダメぇぇぇぇえええ!!!」

館の外まで聞こえる絶叫。 その声はレミリアの声に間違いなかった。

(お嬢様。 という事は周囲に散らばっている小さな気の塊は……)

止め処なく溢れる自分の暖かさに体温が奪われている気がするが、
それよりも気にかかる事があった。

(妹様は私よりも酷いのかな? 吸血鬼でも死んでしまうのかな?
どうして、妹様ばかりがこんな目に……)

薄れいく意識に手を差し伸べ声を掛ける人物が居た。
普通ならば天使が現れ英雄を救うはずだが、
魔に魅入られた者には悪魔の微笑みが投げかけられるだけである。

「フランドール様の四肢を復元したいか?
ならば、お前の四肢を奪う事になるぞ?」
「なんだ、その程度で良いのか? 早く使えよ……遅いんだよ、この……ウスノロ」
「君は死ぬ筈が無いのに酷い言い草だ……ついでにもう一つ聞いてやる。
フランドール様の幸せ……」
「幸せにしろ……早々に……な……」

四肢を犠牲に、自身の幸せを犠牲にした美鈴は満足そうな顔で静かに寝息を立て始めた。
その顔を見てヴェルは溜息を一つ、
次いで新しいおもちゃを楽しみにする子供の様な笑みを浮かべる。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

紅い吸血鬼の住まう館、紅魔館。 その門に居る筈の門番は居ない。
レミリアが以前造らせた四畳半程の小さな部屋。
そこに住まわせて貰っている生物が居る。 館の皆は豚とか人豚と呼んでいる。

目は無く、耳も無く、声を失い、臓器のことごとくは劣化し、腕は無く、足も無い。
すべてを投げ出した。

四つん這いに立つ事も億劫で老犬の様に日がな一日横になっている。

妖精メイド数人が食事を持って入って来る。
三人いる彼女達はテキパキと空になった皿を片付けて、代わりに食事の入った皿を置く。

交換用に持ってきた布団を隅に置くと、妖精の一人がおもむろに話し始めた。

「ねぇ、知ってる? この人豚、昔はレミリア様に可愛がって貰っていたそうよ」
「本当に? この人以下のゴミクズが?」
「何でなの? 私達はお嬢様に話しかけてさえもらえないのに……」
「それに、この部屋だって元々はレミリア様の為に造られた部屋を改修したそうよ」
「生産性も労働力にもならない、カスを養うとは流石はお嬢様ですわ……」

ガスッ!
「ぶぎゅううぅぅぅ!」

妖精の一人がノソノソと食事に向かおうとする美鈴に蹴りを入れる。
空気の抜ける間抜けな声を上げ、蹴りを受けてひっくり返る。

「ふん、無様にひっくり返っていた方がお似合いよ」
「精々、私達の捌け口にでもなってね」
「ほらほら、お嬢様に助けでも呼んでみたら?」

「ぶご、ふごぉぉぉぉぉ!!!」

妖精達は醜い笑顔で美鈴に暴力を振るい始めた。
蹴る、殴る、叩く。
頭を、首を、胸を、腹を、背中を……。
美鈴は耐えるしかなかった。 元よりこの体ではどうしようもない、
ただ丸まって時間が過ぎるのを待つしかないのだ。

やがて数分が経つ、体力の無い妖精ならばこの程度で終わる、何とも幸せな奴らである。
ストレスの発散が終われば元の業務に戻る。
悪態をつきながら血に汚れた服を着替えさせ、汚れをふき取り、散乱した布団やマットを交換する。

妖精は一日に何回も訪れる。 それは個々に仕事が決められていたからだ。
捌け口に暴力を振るわれる美鈴にとっては冗談ではないが、
妖精たちが口にするレミリアやフランドールの話題が姉妹の無事や健在を知らせてくれている。
それを知るだけで彼女は幸せな気分になれるのであった。





「おごぉぉぉぉおお……」
「そんなに痛そうにしないで頂戴、潰して食おうって訳じゃないんだから。
ただ、豚らしく少し肉を分けて欲しくてね」

臀部と乳房の少し盛り上がっている部分が、薄く薄―くスライスされていく。
銀のナイフを柳の葉の如く滑らせ、その動作が精密で一つのショーの様であった。

手足を縄で縛られ、体をよじらせて逃げようとするも縄は余計に体に食い込み
動いた所でナイフから逃れる術は無かった。
ただ、自身の体が少しずつ解体される様を耐えるしかない。

「ふふ、ありがとう。 これで、妹様の機嫌が直ればいいのだけど……」

そう言い残すと、咲夜の姿が突然いなくなる。
手足を拘束していた縄は無くなり、暴れて辺りにまき散らしていた血液は綺麗に掃除されていた。





時間の感覚が無い、あれからどれ位が経ったのだろう?
生きてはいるが、死んでいないだけの生物。 それが今の私。
お嬢様と妹様は元気に生活していらっしゃる。

妖精に殴られても、咲夜さんに切り刻まれても、パチュリー様に実験体にされても
私はそれで良いです。 いつまでもいつまでも元気に生きて下さい。
ですが、流石に疲れました。

幸せを失った私には過ぎた願いかもしれませんが、
スカーレット家の不名誉となるならば、一思いに……。





ガチャ……コツコツコツ……。

窓から降り注ぐ紅の月光。
照らされるは七色に輝く宝石の翼。 月明かりよりも深く、ルビーの如く輝く瞳。
視力の無い美鈴に見る術は無いが、
翼と瞳の美しさは過去に彼女が作った虹とは比べ物にならなかった。

四つん這いで立っている美鈴は顔をフランドールに向ける。
歩んでいたフランドールは彼女の目と鼻の先で止まった。

「お前は何で生きてるの? 戦う事も学ぶ事も生きる術さえないのに……」

美鈴に一歩近づき、拳を振り上げながら語気を荒げ
今にも殴りかかりそうな雰囲気を醸し出す。

「お前を見ているとムカムカする。
弱い以前の出来損ないの癖にココで悠々と過ごしていて……
私なんか495年も牢獄に閉じ込められていたのに……」

フランドールの怒りに満ちていた表情が言葉と共に段々と沈んでいく。
表情を敢えて言うならば、寂しさや哀しみを訴えている様である。

「なのに……なのに……お前を見ていると、
心が痛む、胸が苦しい、目から何かが溢れる……
忌々しい……お前如きが私をこんなに苦しめて……」

右手の平に破壊圧が渦巻きフランドールの力が顕現を始めた。
それと、殆ど同時にレミリアが部屋に飛び入りフランドールの右腕を掴んだ。
恐らくは近くで様子をうかがっていたのであろう。

「やめなさいフラン! 美鈴に何をしているの!」
「うるさい! 私を495年も閉じ込めていた癖に!!!」

腕にしがみついたレミリアを引き剥がそうと、フランドールは腕を振り体や肩をねじるが
レミリアは頑なに抵抗をした。
フランドールは元より紅い瞳を更に赤くし怒りに震えた。
月明かりに照らされた時よりも翼はキラキラと輝き、
吸血鬼特有の牙もレミリアに向けていた。

それは姉妹喧嘩と言うよりも殺し合いに発展しそうな状況であった。

声の出ない筈の美鈴ははっきりとした声で虚空の悪魔に向かって話しかけた。

「ヴェル!」
「はい……」
「私の命は対価になるか?」
「願いは?」
「お嬢様、妹様。 いつまでも姉妹仲良く……」
「では、お前の命を頂こう……」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

心地の良い浮遊感に身を任せている人が居る。
顔には満足と取れる様な表情をしており、流れ行くままに身体を任せていた。

肉体と呼べるものは、とうに失っていたがスラリと伸びた両腕、両足は健在で
整った顔立ちや目や鼻等の各部分も綺麗にそろっていた。

「美鈴、美鈴……」
(心地よい眠りを妨げるのは誰だ?
久々の熟睡なのに鬱陶しい、この場で少し早い幕引きにしてやろうか?)
「起きろ美鈴、主人が呼んでいるぞ?」

聞いた事のある声に慌てて起き上がる美鈴だが、起きて見た悪魔に殺意を覚えた。

「お姉さま、美鈴が、美鈴が死んじゃうよ……どうしたら良いの?」
「待って、フラン。 何か……何かいい手がある筈よ……」

雲の上と思えるほどの上空に美鈴とヴェルが居る。
二人の間にズームアップされている映像には、四肢が揃った美鈴が息も絶え絶えに苦しんでいる。
その、脇にはレミリアとフランドールが美鈴を助けようと必死に知恵を巡らせていた。

「契約終了につき、魂を回収にきた……と言う所か?」
「早合点はいけないな……まんまとやられたよ。 女に関わった私が愚かであった」
「何を言っている?」

ヴェルはスクリーンの様な雲を指差すとそこに何百年も前の映像が流された。
そこに映っていたのは彼女が永遠の忠誠を誓っていた嘗ての当主の最後の姿であった。

「ば、馬鹿な……何だこれは……」
「何だも何も、これが本当の運命を辿った君の人生さ……」



[ぐっ、ぐぬっ! き、貴様拾ってやった恩を仇で返すとは……]

当主の周りに散乱している肉塊は彼の腕利きの側近であっただろうが、映像ではどれが誰か確認は出来ない。
それよりも美鈴は一人の戦士の姿に釘付けにされていた。

[お、おのれ……美鈴……]

映像の美鈴は手刀をズルリと抜くと、男を地面に投げ捨てた。
その目尻にはうっすらと涙が溜まっていたが、涙は流さず自身の信念を貫いた決心の光を灯していた。



「そう、あの時も……あの時も……」

ヴェルが指を指す度に映像が変わっていくが、その映像は彼女の記憶には無いものばかりであった。

当主が死にレミリアを殺して次の当主の座を狙う不逞の輩がはびこっていた。
屋敷に火を着けて、死体の山を築いている美鈴の姿があった。
レミリアの部屋の扉は鉄よりも強力な門番に阻まれていた。
その中で一つだけ美鈴にミスがあった。 フランドールの身を心配した忠臣が独断で一番安全な牢に閉じ込めた事である。

襲われ戦う日々にも平穏があった。 居眠りをしながらもささやかな平和に笑い合った時期があった。
野蛮人の様な生活を過ごさざるをえなかったフランドール。
躾を受けた事がなく、その為に無作法な行動は多かったが、彼女は悪夢にうなされたりはしなかった。

美鈴は知らなかった。
彼女は日々当たり前の様に門番に就いていた。過去から未来に向けて。
館の場所はいつのまにか幻想郷に変わっていた。
彼女が望もうが彼女が願おうが、フランドールは牢から出る運命に辿り着いていた。

紅魔館当主の妹と落ちこぼれの門番は実の姉妹の様に仲が良かった。
実の姉から館の外へも自由に出て良いと告げられて、教えられながらも段々と弾幕勝負を楽しむ様になっていた。
当然不慮の事故もあったりする。 その日はフランドールが不慮の事故に遭うはずだった。
切り立った山岳地帯、そこに落ちれば両腕は千切れ内臓は破裂する。
その日は美鈴と一緒に来ており、彼女に庇われたフランドールは大した怪我は負わなかった。
美鈴も大きな出血を伴う裂傷はあったが、パチュリーにかかれば問題なく命に係わる怪我はなかった。

ここ何年も無かった本当の敵の襲来。
平和を謳歌していた紅魔館は脆かった。 美鈴以外の門番隊は全滅。
妖精メイドも見つかり次第処分された。
咲夜もパチュリーも冷静になる一呼吸で自身を守る事で精一杯であった。
対吸血鬼の装具に身を包んだ不逞の輩は大型のナイフで美鈴と対峙していた。
両者が必殺の攻撃で近づき、距離が零になる刹那、美鈴の臍の一寸下に深々とナイフが突き刺さった。
男は力任せにナイフを横に引き、美鈴の腹を引き裂いた。
愉悦を浮かべる男はそのまま現実に戻る事はなかった。
美鈴に打たれた心臓は彼女の気功によって既にその働きを失っていたからだ。





ほんの数秒から数十秒の映像が終わり、美鈴は夢でも見せられている様な気分であった。
ヴェルに目を向けると下を指しながら今の状況を打破しようとするレミリアの手の甲に注目させた。

「悪魔の契約はご存じだね? 彼女と君は既に契約済みであった。
二重契約は違反、その為私は君との契約は結べない筈だった」
「筈だった?」
「君のお嬢様が原因だ。 私と二重契約を結ばせたばかりか、私に叶えさせた願いを更に犠牲の出ない運命に上書きをした」
「お嬢様の運命を操る力?」
「そうだ、レミリア様達は本当に君が守っていたのだよ」

話の終わったヴェルは改めて落ち着き下の映像を指差した。
知恵をめぐらすレミリアにフランドールが話の腰を折った。

「お姉さま、その手は何?」
「これ? これは……そうよ。 これがあれば閻魔も従わざるをえない。
フランやったわ。 美鈴は必ず帰って来る。 こうしてはいられないわ。
フラン、迎えに行くわよ」
「え? ちょっと、何? 何なの?」

映像はそこで止まり、地平線の果てから輝かしい明かりが昇り始めた。

「さぁ、行きたまえ。 彼岸に行けば迎えは来るだろう。
まったく君には一杯喰わされた。 もう会う事も無いだろう」

ここが、どこかは知らない筈の美鈴は知っているかの様に何百年ぶりに自身の意思で飛び始める。
だが、飛び始める前にヴェルに向かい一言二言挨拶を交わした。

美鈴は飛び去り、死後の世界の手前に旅立った。
彼女の主人が到着すれば、彼女は真っ当な身体で日々を過ごす事になるだろう。

「しかし、彼女の魂を頂く為に500年以上働いたのに、
報酬が”ありがとう”の言葉だけとは割に合わんな」

ヴェルは改めて女性が面倒くさい生き物だという事を思い出し、
身なりを正すと何処へとも無しに消えて行った。
ここまで見て頂き、私ことヴェルも非常にありがたい気持ちで一杯だ。

だから、あえて言わせて貰う。
この作品を見た君の時間を奪うぞ?
いいか? 時間を奪うぞ?

悪魔の失敗を見て、笑い者にするとは人間とは恐ろしい生物だな。
折角なので私ことヴェルがコメントに返信させてもらおう。

>NutsIn先任曹長殿
彼女は報われてハッピーエンドかもしれんが、
タダ働きで報酬の無かった私にはめでたくも無い。
それに、あれが宝物かは私には理解が出来ないな。

>2殿
彼は軽い話を作るのが苦手そうだな。

>3殿
そういえば、古代中国にそういう奴がいたな。

>4殿
彼は過去の投稿作と同じ形式で書きたかったそうだ、後で仕置きをしておこう。
彼女は悪魔の契約でレミリア様の奴隷になったから、
そういう意味では魅了は解けてなかったかもしれないね。

>5殿
君も私を笑うか、流石は人間だな。
彼女はレミリア様と契約していた。 本来、悪魔の契約は二重契約が無効である。
レミリア様は能力で二重契約を可能にした。
彼女が犠牲になって作った未来をレミリア様が犠牲の起こらない未来に書き換えた。
そして、彼女は侵入者に致命傷を受けるがレミリア様とのが契約不履行の為、死ぬ事は許されない。
こんなところかな?
まいん
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/10/19 09:24:40
更新日時:
2012/10/27 18:31:48
評価:
4/5
POINT:
330
Rate:
14.20
分類
美鈴
レミリア
フランドール
オリキャラ多数
虹の根元には宝物がある
人に騙された悪魔
コメント返信10/27
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POINT
1. 100 NutsIn先任曹長 ■2012/10/19 23:38:26
昔話にありそうな、底抜けに間抜けなお人よし『達』の物語でした。
昔話では、そういった者達が報われるのは必定。
二人とも素敵な宝物を手に入れたのでした。
めでたしめでたし。
2. フリーレス 名無し ■2012/10/21 01:21:14
お堅くてわからない
3. 100 名無し ■2012/10/21 02:05:33
中国だから人豚なのかw
4. 50 名無し ■2012/10/23 10:30:17
読みにくさが気になってしまいました。
途中から一人称→三人称に切り替わってたり等々
(新キャラなのか第三視点かしばらく読み進めないと分からない)


で、内容ですが美鈴がなんだか怖いのです…
身を呈する忠誠心は確かに伝わってくるのですが、忠誠心の内容物がよく分からないので未だに前当主の魅惑が効いてるんじゃないかと疑ってしまったり。
5. 80 名無し ■2012/10/25 01:24:57
筋書きも全体的な雰囲気も、よくできた御伽噺みたいで面白いです。
ただ終盤の美鈴が助かるあたりの展開がどういうことなのかわからなかったのがちょっと残念でした。
オチはすごい好きなんですけどね、ヴェルさんカコイイ。
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