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『清掃人』 作者: 魚雷

清掃人

作品集: 5 投稿日時: 2012/10/19 17:51:16 更新日時: 2012/12/17 22:39:07 評価: 14/19 POINT: 1520 Rate: 16.26
魔法の森の奥。
「なんかします 霧雨魔法店」と看板がかかった店がある。
なんかするし、何でもするのである。

ジリリリと電話が鳴る音で、魔理沙は目が覚めた。
ベッドから飛び起き、電話を取る。
『天狗の山・管財課だが、"特別な清掃"を1件お願いしたい』

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商号: 霧雨魔法店合同会社
所在地: 幻想郷大字魔法ノ森無番地
事業内容: 異変解決、その他
資本金: 30万円
役員: 霧雨魔理沙
取引銀行: 二ッ岩信用金庫
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魔理沙は表に出ると、停めてあるトラバントに道具を積み込み始めた。
荷物を背負ってホウキで飛ぶよりずっと楽なのに気付いてしまい、安く流れてた中古車を買ったものである。

途中で、ふと思い出したように部屋に戻ると、電話機のハンドルを回した。
「妖怪の山局 4946番に繋いでくれ」
『かしこまりました』
ガーガー
「はい文々。新聞社」
「ああ文か、そっちの山でどうも変死体が出たみたいで、部屋の清掃の依頼が入った。一緒に入るか?特ダネかもしれないぜ」
「そりゃ願っても無いことですね。で、要求は何ですか?」
「朝刊に店の広告だ、2〜3面二連版20段」
「あやや、そりゃ何でも無茶ですよ。2面記事下5段でどうですか。」
「分かった、それでいいぜ」

魔理沙は、妖怪の山へとトラバントを走らせた。
おびただしい量の排気ガスを撒き散らしながら。

天狗の事務所に行き、依頼の内容を聞く。
天狗の社宅で、異臭がして近所から苦情が出ている家がある。住人の烏天狗と連絡が取れない、親類も居ない。
調査して、死んでいた場合は後始末を頼みたい。部屋の物品はそのままで結構との内容。
こういう汚い仕事ほど高報酬であるので、魔理沙は二つ返事で引き受けた。
住所のメモと合鍵だけを渡された。

事務所から出ると、文が待っていた。
「例の部屋の住人は、烏天狗らしいぜ」
「同族ですか・・微妙な気分ですねぇ」

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その番地に着いて、表札を見て2人とも驚いた。
「おいこれ、はたての家じゃないか」
「あやー、これは予想外ですね。最近、新聞を出してないと思ったら。」

合鍵で、扉を開けて中に入る。この時点で非常に嫌なニオイがする。
中は、酷い散らかり具合だった。生活ゴミでベッドが埋もれていた。
魔理沙は正直、自分の家より酷いと思った。
ただ、新聞を書く原稿机と周辺だけが、ぽっかりと穴の開いた清浄な空間のように整理整頓されていた。

「あややや、これは憧れの電子和文タイプライター!」
「おい、備品には触るなよ」
「うう、私はもう3年も配給待ちなのに・・。」

浴室の方から、腐ったようなニオイが流れてくる。
「おーい、はたて」
「はたてー、居ますかー?」
2人とも心の中では結論は分かっていたが、形式上、呼び掛けただけであった。

浴室に入る。
風呂に、はたてが入っていた。半ば腐った状態で、黒い液体に漬かって。
腐敗ガスで、眼球は飛び出しかけている。
床には、カミソリが落ちていた。

魔理沙は、とりあえず吐いた。
文も、つられて吐いた。

魔理沙はまず2人分のゲロを清掃したあと、本来の清掃に入った。
はたてであった物体を、150リットルのゴミ袋(産業用)に入れる作業を始めた。

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文は、部屋の中を見回ってみる事にした。

部屋には、家族や親に関する物が、一切無かった。
そもそもプライベートな人間関係についての物が無かった。
あるのは新聞に関する物と、生活用品だけ。
思えばそれが、はたての全てだったのだろうと文は思った。
文でさえも、出会う前のはたての生まれについて全く知らなかった。
話す内容といえば、いつも新聞の事だけだった。

文のカメラにはレンズキャップを付けたままである。
もう写真を撮る気など全く失せていた。

原稿机に向かうと、書きかけの原稿らしき物があった。
まともに文字になっておらず、残念ながら解読することは出来なかった。
横には、酒の瓶と薬の空きシートが置いてあった。

また、全く配達してた覚えは無いのだが、文々。新聞も積んであった。
おそらく自販機に入れてたのを毎日買ってくれてたのだろう。
ライバル紙の分析といったところか。
一番上に積んであった新聞は、1週間前の日付だった。

机の脇に、携帯電話を見つけた。
文は手を伸ばしかけて、途中であわてて引っ込めた。
急に中を見るのが怖くなったのだ。
何か重要な情報が入ってるかもしれないが、見るべきではないと思った。

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そのころ、やっと魔理沙は搬出作業を終える頃であった。
ゴミ袋の物体を、トラバントの後部座席にむりやり詰め込んだ。

入っていた者が居なくなった浴槽には、黒く濁った湯だけが残った。最悪の残り湯である。
魔理沙は苛性ソーダを大雑把にドボドボと入れ、全部流した。
適当な清掃であるが、もうこの家屋に住みたがる者もいないだろうから、ここは倉庫として使われる予定である。
だから脱臭までもしなくて良いと言われている。

車に戻ると、文が助手席に座っていた。
「おい、現場の取材はもう済んだんじゃないか。帰れよ」
「ブン屋の最後は、ブン屋が最後まで見届けるんですよ。」

とりあえずゴミ袋のままでは可哀想であるから、棺を用意しなければと思った。
にとりの工房なら、手ごろな箱があるだろうと思いつき、河の方へと車を走らせた。

「やあ盟友!それに文さんも。どうしたんだい?」
「ちょっと部屋整理の仕事でな・・長持くらいの大きさの木箱が欲しいんだ」
「ああ、ちょうど良いのがあるよ。ちょっと待っててね」

魔理沙の服には茶色の汁が付き、全身から死臭がプンプンしているのだが、
気付かないふりをするのも友情のうちだと、にとりは考えている。

こうして棺桶が手に入った。
はたての入った棺桶をトラバントの上に縛りつけ、永遠亭に運ぶ。
明らかに死んでいる者を病院に運ぶのも無意味だが、死亡診断を出せるのが医者だけなので仕方が無い。
"病院で死亡が確認された"というやつである。

永遠亭に着くと、永琳を訪ねた。
「姫海棠はたてね、確かカルテがあったから出すわね」
兎が、奥の部屋からカルテを取って来た。
「重度の鬱症状にアルコール依存と・・。この天狗、本当に新聞記者だったの?」
「じゃあ、治療には来てたんだな」
「この天狗、保険証が無かったのよ。途中から10割負担を払えなくなって、3ヶ月前から来てないわ。」
「そのまま放っておいたのか?」
「うちも商売だから。保険点数で診てあげてただけでも、有難く思ってほしいものね。薬価もそのままよ。」

永琳はもはや走り書きとしか思えない死亡診断書を数分で書き上げ、投げるように渡してきた。
「ところで、まだ未払いの治療費があるの。この天狗に相続人は居るの?」
魔理沙は、彼女には一切の親族は居ない事を伝えた。
永琳は舌打ちすると、さっさと院長室へと戻って行った。

制服を着た兎が玄関まで見送りに来て、
抑揚の無い事務的な声で「ご愁傷様です」と言った。
魔理沙は文の身体が震えてるのが分かったので、文の肩をつかんでさっさと車に戻った。

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天狗の山の事務所で、死亡診断書を提出し、火葬許可証をもらった。
戸籍には、はたて1人しか書かれてなかった。
職員の天狗はその名前にバツ印を付けると、"除籍簿"と書かれた棚へと向かった。

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文はしばらく、下を向いたまま無言だった。
「・・・・。」

「辛気臭いから、音楽でも流すぞ」
魔理沙はカーラジオのスイッチを押して、火を入れた。
オンボロなので、なかなか真空管が暖まらない。
音楽が流れ出すまでの10秒間が、魔理沙にとっては長く辛い時間に思えた。

河童の放送局が流すダンスミュージックをBGMにして、
2人は田園の中の未舗装路を、ガタガタと走って行った。
揺れるたび、頭の上から棺桶が音を立てた。

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人里を抜けて、命蓮寺の焼き場に着いた。
火葬炉の前には、小汚いネズミ妖怪がパイプ椅子に座って、焼酎を飲んでいた。
残灰を掻き出すのに使ったのであろう鉄のロッドが、横に転がっている。
「おろろん〜おろろん〜おろろんばい〜」と、虚空を向いて歌っていた。

これは関わってはいけないタイプだと2人は思い、さっさと棺を引き渡し、
先に寺務所に火葬許可証の裏書きを頼みに行く事にした。

寺務所から、髪をグラデに染めたババアが出てきた。
「葬儀ですか?まず戒名には色々と段階がありまして、それぞれ"皆様からのお布施で、だいたい頂く事の多い金額"としては・・」
いきなり金の話から入って来られたが、用件は火葬のみであると伝えた。
ババアは舌打ちすると、殴り書きのように火葬許可証に記入を終えると、さっさと寺務所へと戻って行った。

焼き場に戻ろうとすると、虎の妖怪が見送りに来た。
「あの、規格葬儀というのもありまして、もっと割安で・・・」
魔理沙は文の身体が震えてるのが分かったので、文の肩をつかんで足早にその場を後にした。

焼き場に戻ると、さっきの薄汚いネズミ妖怪がバーナーを吹かし始めた所であった。
「おろろん〜おろろん〜おろろんばい〜」
A重油の匂いがただよい、真っ黒い煙が、煙突からモクモクと出てくる。


煙突の先から空に登っていく煙を、2人はボーッと眺めていた。
煙が途切れるまで、首が痛くなるまで、ずっと上を眺めていた。

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夕暮れ、ヘッドライト片目のトラバントが道を走っていた。
助手席には、骨壷を抱えた文。

「どうすんだ、それ」
「家には狭いですが庭がありますから、小さな墓くらいなら・・」

「それよりお前、自分で飛んで帰れよ」
「もし骨壷を落として、中身が粉々になったらいけませんし・・」
「ていうか中身、粉じゃないか」

不健康な生活を長期間続けた、はたての骨はほとんど残らなかった。
悪い事に火葬炉が台車式でもなかったうえ、汚いネズミ妖怪が乱雑に掻き出した結果、
骨壷に入ったのは粉と言って差し支えないものであった。

「さっきの煙で、ぜんぶ空に飛んでったんだろうな」
「・・・。」

魔理沙はそれ以上は何も言わず、文の家へ向かってアクセルを踏み続けた。



(完)



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※5年ROMって、今年から投稿始めてみました。
 ここの雰囲気は、昔も今も大好きです。
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>1st Sgt.殿
「宗教は阿片」..薬にも毒にもなります。最初から毒の物もありますが。

>2
8割方はフィクションですから、ご安心下さい

>3
真面目に仕事する、貴重な魔理沙です

>4ギョウヘルインニ様
魔理沙には汚れ仕事がよく似合いますね。

>5海様
ありがとうございます。あなたの作品、いつも楽しく拝見してます。
(なんか学問分野がカブってる気がしてなりません..)
まあ要は、文ちゃん可愛いです。

>6
量は1バレルはありますから、遠慮せずたっぷり召し上がって下さい。

>7
意識せずこんな文章になってしまうようです、申し訳ない。
アリスが爆発するようなマトモなSSが書きたいのですが、無理でした。

>9
特に24時間風呂で突然死すると、けっこう悲惨な事になります。
死んだその場で、釜茹で地獄に直行します。

>11
真空管がヘタって来たら、ライターであぶると少し回復します(実験済)
とてつもなくアナログな物が好きです。

>12んh様
葬式のための仏教で、仏教のために葬式があります。

>14
屋内で死なれると鳥が食ってくれないので、困ります。

>15ウナル様
ありがとうございます。
お題「こんな幻想郷は嫌だ」みたいな感じになりました。

>17
励みになります
魚雷
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/10/19 17:51:16
更新日時:
2012/12/17 22:39:07
評価:
14/19
POINT:
1520
Rate:
16.26
分類
魔理沙
簡易匿名評価
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0. 120点 匿名評価 投稿数: 4
1. 100 NutsIn先任曹長 ■2012/10/20 08:32:34
本当に、作者様は『そういった人達』の物語を見てきたかのように書きますねぇ。

『穢れ仕事』――ゴミ掃除や他人のプライベートを暴き立てる類の仕事――を請け負う者の日常。
生きるために。生きたかった者のために。
プロに徹して仕事を続ける。

で、作者様は宗教屋はお嫌いですか。
2. 100 名無し ■2012/10/20 08:51:03
なんか妙なリアリティが・・・
3. 100 名無し ■2012/10/20 23:19:58
こういう魔理沙……好き。
4. 100 ギョウヘルインニ ■2012/10/21 00:02:14
なんで、こんなに似合うのだろうと思いました。すごいです。
5. 100 ■2012/10/21 00:12:05
素晴らしい。横死の現実が、ありのままに書かれています。どうしようもなく悲惨で、でも少し笑ってしまうような狂騒劇。それはともかく、文ちゃん可愛いです。
6. 100 名無し ■2012/10/21 16:36:52
素晴らしいはたてスープだ
7. 100 名無し ■2012/10/21 21:04:24
現実的過ぎて気持ち悪い。
だが、素晴らしい。
9. 100 名無し ■2012/10/22 12:33:04
読んでて嫌な気分になるな。リアルすぎる

私的にははたての自殺にいたるまでの精神状態が気になるがこれじゃ覗かないほうがよさそうだ
お風呂煮立ててなくてよかったね 本当にスープになってたところだ
11. 100 名無し ■2012/10/23 14:27:26
簡潔で的確な文章が素晴らしい。
ハンドルを回す呼び出し式の電話機や草臥れたトラバント、真空管式のカーラジオなど
かつて確かに我々の世界に存在したアイテムの、作品世界のガジェットとしての描写にも惹かれました。
12. 100 んh ■2012/10/26 02:02:10
葬式仏教って、だいたいこんな感じだよね
14. 100 名無し ■2012/11/03 22:40:49
発見されるだけマシだな
はたての末路としてはこれ以上ないベストエンド
15. 100 ウナル ■2012/11/04 11:40:45
簡潔な文章でありのままを伝えるのでとてもリアリティがありました。
本当にこんな世界が広がっているようで引き込まれます。
作者の文をもっと読んでみたいです!
17. 100 名無し ■2012/12/16 15:14:53
やはり面白い
18. 100 あまぎ ■2012/12/22 01:46:09
独特の知識をたくさん有していらっしゃいますね。
上の方も書かれていますが、個々のアイテムに関する説明・描写がどれも魅力的でした。
また機会があれば、色々とお話を聞かせてください。
面白かったです。
19. フリーレス dan ■2013/06/06 01:45:07
天才
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