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『死んだ後の物語』 作者: 海
少しばかり未来のこと――
大学の裏門を出て、少し歩いたところにある喫茶店兼レストラン。地理条件が良いため、学生のたまり場となっている。店主もそのニーズを把握して、お茶一杯で長居しても文句も言わず居させてくれる良い店である。
この店は昼間は学部生が多いが、夕方以降では大学院の研究生や教員が夜遅くまで訪れることが多い。それは即ち、彼らのヘビーな研究活動を暗に示している。
今は午後3時。まだ学部生が多い時間帯である。
「学者の卵がこんなところでサボっていていいのかしら。ねえ、蓮子?」
「疲れたのよ。息抜き息抜き。もっと楽に文書が書けるデバイスを発明して欲しいものだわ。」
そこで彼女たち、メリーと蓮子は落ち合い、お茶を飲んでいた。
「最近倶楽部活動ができてないわね。メリーの見た話を私が聞くだけで。もっと心躍る冒険に行かなきゃダメね。メリーは良いわよね、一人でも活動できて。」
蓮子はそう言って羨ましそうに相方の瞳を見つめた。
「そんなことないわよ。自由に夢を選べるわけではなかったし。最近は練習して選べるようになったけどね。」
メリーはそう言ってカップを傾けた。
「そろそろ戻るわ。あんまり抜けていると解いてる式を忘れちゃいそうだし。」
「ごちそうさまでした。じゃあ、私は先に帰っているわね。今日はバイトもあるから。」
「それじゃあ、またね。メリー。」
「ええ、また。蓮子。」
二人はそう言って喫茶店の前で別れ、メリーは駅へ、蓮子は大学へと180度反対の方向に歩いて行った。
森を抜けて研究棟に入り、エレベーターを上がって廊下の先、研究室の居室の前で大きく深呼吸する蓮子。まだ課題の計算が終わっていない。
(計算力をつけるのは、大変ね……)
正直なところ、蓮子はあまり計算力は高いとはいえない。それでも式の導出には計算力は必須なので、教官が彼女のために出した課題を解かなくては前に進めないし、進ませてもらえない。
実験室をくぐり抜け、奥の居室へのドアを開ける。数人の学生が各々の机で自分の研究課題に向き合っている。蓮子は特に挨拶もなく自分の席に戻り、閉じたノートを開いた。
(次に活動できるのは大分先になりそうかな……はあ。)
研究室に所属するようになって、蓮子は今までの学生生活から一転して忙しい日々を送っている。まだ学会に論文を出す身分ではないが、まずは基礎固めとして指導教官からの演習課題を解かなくてはならない。とは言え、まだこれは研究の基礎の基礎である。ここを疎かにしては、一流の研究者にはなれない。
(研究者、か。私はそうなるのかな。)
このまま大学を卒業して、何になるのか。そろそろ彼女は考えなくてはいけない時期に来ている。大学に残り、研究活動を続けるか。それとも社会人として就職するか。
(まあ、私としては研究者タイプよね。そのためには、目先の課題をさっさと片付けなきゃ。)
蓮子はまぶたの周辺を揉みほぐし、ペンを握った。
/
博麗神社の石畳を霊夢は掃除している。季節は秋、落葉が増え始めて地面が黄色に染まっている。昨日の雨で水分を含んだ落ち葉は箒で掻くと泥のようだ。まるで泥を集めているよう、と霊夢は考えて、少々うんざりする。
そろそろ休憩しようか、と彼女が考えていた時に、上空から声がかかった。
「おーい、霊夢。暇しているか?」
魔理沙である。その言葉に面倒くさい気分が更に高まり、霊夢は上を見上げて魔理沙に毒づく。
「あんたほどじゃないわね、魔理沙。その箒は飾りじゃないのだったら、手伝ってくれないかしら。」
「生憎だが、この箒は温室育ちなんでな。土を掻いたことは一度もないぜ。」
そう言って魔理沙は霊夢のそばに降り立った。
「今朝になったらさ、森が少し広くなった気がするんだ。昨日の雨が原因て訳じゃないだろうけど、何だろうな。」
「魔法の森なんだから、伸び縮みするんじゃないの?」
霊夢は全く興味がなさそうに答えた。
「そんなこと言うなよ。もしかしたら異変の前兆かもしれないぜ。そうだったら、私が先んじて解決できるな。」
「大したことじゃないわよ、きっと。」
そう言って霊夢は母屋の方に向かった。後を魔理沙は何も言わずについて行った。
「ここの神社の森と一緒で、外の世界の森が魔法の森に移ってくることもあるのかな。」
魔理沙は縁側に腰掛けて、お茶の準備をしている霊夢に話しかけた。
「あるんじゃない?以前、鉄塔が引っ越してきたことがあったでしょ?」
二人分の茶器を載せた盆を持ち、霊夢が出てきた。
「どこが広くなったとかは、よくわからないんだがな。地図なんてないし。何歩分か分からないが、道を多めに歩いているような気がするってことだ。」
「何か希少種となった木や森が、こちら側に流入しているのかもしれないわね。まあでもその程度のことよ。」
そう言って霊夢は魔理沙の横に腰掛けた。
「煎餅か。もうちょっと茶菓子のバリエーションってのはないのかね?」
「嫌なら何か持って来なさいよ。まったく、食べるばかりなんだから。」
/
ゆるやかにこの国の人口は減少していく。老人と若者、どちらも減っている。それでも過去の人口レシオから見ると若者が少なく老人が多い。
そんな社会で、大学も大きな岐路に立たされた。ほとんどの私立大学は一部の大学の傘下に入り、昔で言うところの分校のような形になるか、廃校を余儀なくされた。
国を支えていた(と自負していた)製造業は国内のファブレス化が進み、企業のコアである開発部門のみを残している。その他の企業も中央部門とその他の部門の区別が際立ち、減った単純労働の人口は移民によって賄われることとなった。
この時代に生まれた若者が母国で生きていくためには、必然的に高等教育を受けざるを得ない。それができないのならば、賃金の安い移民と同等の暮らしで満足せねばならない。
蓮子が目指す研究者の道は、自分の可能性を世界を相手に博打する、ギャンブルのようなものだ。もっとも国際的な視点で見れば、そういった道のほうが世界の潮流とも言えるかもしれない。
蓮子はメリーの部屋でレポートを珍しそうに読んでいる。内容はあまりよくわからないが、面白いものではないということはわかる。
「今更、源氏物語のレポートとはね。光源氏も浮かばれないわ。」
ペラペラとめくりながら、彼女は別の課題に向かっている、机に向かうメリーの背中に言葉を投げる。
「面白い人には、面白いのよ。1000年以上も愛されるストーリーって素晴らしいと思うわ。」
メリーはタイプする手を止めて、振り返った。
「知ってると思うけど、宇治十帖なんて作者が違うのよ。それでも同じ物語の範疇に入るのかしら。」
「『物語の同一性定義』ね。論文が書けそうな興味深いテーマだけど、そうやって頒布されているのだから、今の時代の源氏物語はこれが『正しい』のよ。」
物語は変転する。
創造者が死んでも、その物語は終わらない。誰も終わらせようとはしない。
/
「まあまあ、ご一献です。」
霊夢は早苗の勧めてきた酒を杯で飲み干し、ふうと息をついた。
「あんたたちねえ……懲りるって言葉を知らないの?もう何度目だと思ってるのよ。」
ちなみに現在の状況は、守矢神社が発注した河童の機械が里で大暴れし、霊夢が力技で解決したところである。発端の河童に発注主を聞き出し、いつものように殴りこんで来たという次第である。
「まあ、悪気があった訳じゃないし、堪忍。」
そう言って神奈子も杯を飲み干した。
「はあ。こんなことをしても私の得にはならないのに……。」
頭を抱える霊夢。酒が回っているのかもしれない。
「それは営業の仕方が悪いんじゃない?ふふ、里の人にきちんと依頼されて動けば、謝礼ぐらい入ってくるでしょ?」
諏訪子はそう言って笑った。
「……今の言葉で、全然懲りていないことが良くわかったわ……。」
霊夢は早苗の手から酒瓶を奪い、手酌で杯を満たした。
「河童の技術力は大したものなんだけど、あいつら協調性がないからねえ。機械を作ることに目が眩んで、目的を見失うことが多いわ。怪我人がいないだけ、満足しなきゃね。」
神奈子はそう言って早苗に杯を差し出した。
「あんたが言わないで欲しいわ……」
天狗が奉納した強力な酒の回りで、目がクラクラする霊夢だった。
変わらない日常。ちょっとした異変。
/
蓮子が帰り、一人で深夜までレポートの執筆をしていたメリーは大きく伸びをした。今日の分でかなり筆は進んだ。行き詰まる度に蓮子にアドバイスを求めたのが良かったのかもしれない。
(この国に来て良かった。本当に、ね。)
彼女は心の中であらためてそう思う。それは単に友人ができたということだけではない。
(母国では、せいぜい幽霊が見える程度だったもの。こっちに来て、初めて冒険を知ったわ。)
彼女の能力は、生まれ育った国では幽霊が見える程度であった。それはそれで気味が悪い力だったが、この国に来て、蓮子と出会って秘封倶楽部の活動をして、能力が開花したのだ。言わば、未定義だった彼女の能力が境界を視る能力に進化したということだろう。
(今日は夢の中で、誰かに会うのかしら。)
直接的に場所に固定された境界の向こうを視ることもあれば、曖昧な夜の夢の中で向こう側に踏み出していることもある。
(それにしても、出会う「妖怪」が女の子ばかりなのはどうしてかしら。私の好み?)
メリーはその妖怪の視点で夢を視ることもある。夢のなかでは、自分と他人の区別は曖昧である。
観測され、初めて「彼女たち」は息を吹き返す。
/
「今日の紅茶は、一段と『濃い』わね。」
レミリアは咲夜の入れた紅茶を一口啜り、そう述べた。
「新しく入荷した茶葉に変えてみました。どうでしょう。」
「まあ、悪くないわね。少し血の匂いが消されているけど。」
そう言ってレミリアは二杯目を飲んだ。夜の散歩から帰ってきたところである。
「ああ、それと、今夜は珍しい客人が来るわね。」
「そうですか。おもてなしが必要でしょうか。」
「いらないよ。招かれざる客だしね、お茶ぐらいは出してやるけど。ほら、出てきなさいよ。紫。」
そう言って中空にレミリアが視線を泳がせた先に、すうっとスキマが開き、紫が降り立った。
「流石ね。よく分かるものですわ。」
「夜空を飛んでいる時に、痛いほど視線を浴びせてきたのは誰かしら。」
そう言ってレミリアは紫に座るよう促した。
「で、今夜は何の用?」
「特に理由はないわ。ただ、何となく貴方が呼んでいるような気がしただけ。何か聞きたいことでもあるんじゃないかしら。」
そう言って紫は、瞬時に咲夜が注いだ紅茶に手を伸ばした。
「相変わらず物事の順序が捩れているのね。まあ良いわ。私は聞くことなんてないけど、咲夜は何かある?」
「特にありませんわ。そうですね、あえて聞くのでしたら、私が紅茶を入れられなくなるのはいつか、その頭脳で計算できますか。」
「計算は苦手よ。嘘だけど。」
紫はカップを傾けた。
「何しろ、貴方はもう死んでいるかもしれないし、生きているかもしれない。曖昧な存在ですからね。」
「私は猫ではありませんよ。」
咲夜は紫の側に寄り、答えた。
「今の私は生きているけど、もう既に死んでしまった可能性もあったのかしら。」
「可能性、ね。確かにある世界で死んでしまった人も、別の世界では生きているかもしれない。この幻想郷だって、そうやって外の世界から消えた者たちが集まっているのだしね。」
「じゃあ、別の世界の私は、紅茶を飲むのではなく、今頃咲夜の墓標に花束を添えているってこともあるわね。それはそれで美しいわね。咲夜、供えて欲しい花はある?」
ある世界では彼女たちは死に絶え、またある世界では享楽を謳歌する。
/
ポストスクリプトを読み終えて、蓮子はカップの残りのコーヒーを飲んだ。
(我ながら良くできているわね。まあ、まだできて当然のレベルだから、人には言えないけど。)
そう思い蓮子はレポートを印刷する。機械のそばに行き、吐き出されくる紙を見ながら、何となくメリーについて考え、ふと疑問が湧いてくる。
(光源氏の一生は、1000年前と同じって訳じゃないと思うのよね。きっと書き手によって変わってくると思うし。)
彼女は以前メリーの部屋で見た、源氏物語のレポートを思い出す。それは、宇治十帖。
(あの追捕みたいな章も、誰かが写本した時に加えられたものかしら。)
もしかしたら、最初は短い一文を誰かが書き加えただけかもしれない。そう考えると、そのストーリーのアイデンティティはどこまでオリジナルの源氏物語で、どこから二次創作なのだろう。
(なんでメリーのことが思い浮かんだのだろう。)
彼女はストーリーという単語に、何か引っかかるものを感じたのだった。
(メリーの夢は、誰かの書いたストーリー?なんてね。)
日毎に彼女は夢を見る。同じ夢を視ることはない。
/
「誕生日おめでとう、早苗。」
「ありがとうございます。みなさん。」
今日は早苗の誕生パーティである。早苗の友人の人妖は守矢神社に集まり、宴会を開いている。
「人間には誕生日があって良いですね。」
「あら、天狗にはないの?」
「ありますよ。でも妖怪として生を受けた日の方が大事ですかね。」
返答する文。賑やかな場の空気を淀ませまいと、別の話題を口にする。
「そう言えば、早苗さんが来てから何年目になりますかね。もう随分幻想郷に溶け込んでしまっていますから、忘れてしまいました。」
「自分でもよくわからないんです。最近のような気もしますし、大分前のような気もします。」
「何年も昔、ね。こちらでも御柱を立てる祭りをやりたいけど、天狗たちは協力しないだろうねえ。」
神奈子はそう言って、ふうと息をついた。
「結局妖怪たちも信仰してるのは、私の神力を得るためだしね。まあ別にいいか。」
「あんたらは良いわね、放っておいても賽銭が集まって。こちらは日々の努力が欠かせないというのに。」
霊夢はそう愚痴を零した。それを聞き、早苗が霊夢を励ます。
「まあ、人も妖怪も集まる神社というのは、それも信仰の形ですよ。きっと。」
「確かにこっちの神社じゃ人間は来ないし、まだマシかな。」
一人霊夢は納得した。
「こんばんは。あら、もう始まってるのね。」
スキマを開き、紫が顔を出した。
「博麗神社に行ったら誰も居ないんだもの。そう言えば、今日は早苗の誕生日だったわね。」
「ありがとうございます。」
「ま、お酒を飲むのに理由はあまり大事じゃないから、ねえ。」
「でも、今日が私の誕生日って、みなさんに言いましたっけ?」
「確かに言ったわよ。一週間前ぐらいに酒に酔って吹聴していたじゃない。祝え祝えーって。忘れちゃったの?」
「うう、記憶に無いです……」
早苗は知らない。幻想郷に来てから、これが彼女の数百回目の誕生日であることに。
/
「あー疲れた。まあ、でもこれで一段落したわ。ここからは勤勉な倶楽部活動の時間ね。」
蓮子はカフェの席で大きく伸びをして、カバンからノートを取り出した。
「じゃあまずは、最近のメリーの夢の話を聞こうかしら。」
「早速ね。もう一杯飲んでから話すわ。」
メリーはのんびりとした動きでラムロックのケーキを切り、口へ運んだ。ラム酒を含んだ甘いケーキのパウンドが口の中で溶ける。
「ここ数日課題にかかりっきりだったから、飢えているのよ、メリー。早く聞かせて欲しいわ。」
蓮子の催促を半分くらい聞き流して、メリーは紅茶を飲んだ。
「じゃあ、覚えている限り一番前の夢からね……ちょっと待ってて。」
メリーはハンドバックから小さな手帳を取り出し、パラパラとめくった。彼女の夢日記である。
「3日前に見たものね。お酒を飲む夢。そこでは私は、何か事件を解決した張本人になっていたわ。」
「事件って何?」
「えーと、手帳によると、河童の機械を叩き壊したって書いてあるわね。で、これが戦利品。」
バックからメリーは小さな鋼の部品を取り出した。
「形から見ると、自動車のクランクシャフトに似ているわね。これを河童が作ったの?」
「ということになっていたわ。それで私は夢の住人に感謝されて、酒を目が回るまで飲み干したのよ。」
「……相変わらず変な夢ね。河童は機械を作るの。」
「芥川も彼らの文明をそう書いてたわよ。もっとも人間とはかけ離れた感性の生物だったけれど。」
「このパーツから、何か幻視できる?」
「試したけど、ダメね。ただの鉄の棒にしか見えないわ。」
「ふーん。じゃあ次に行きましょう。今度の夢は、何?」
「緑の髪の女の子の誕生パーティだったわ。その子は今までの夢でも何回か登場していると思う。」
「緑の髪ね、ちょっと待って。」
蓮子は書いているノートとは別の小さなノートを取り出す。メリーの夢の世界の住人をメモしているのだ。
「緑の髪で今まで出てきたのは何人かいるわね。他に特徴はあった?」
「青い、巫女の服みたいなのを着ている子よ。」
「ああ、いた。神社の巫女ね。その子は何度も登場しているわ。」
そう言って彼女たちは、メリーの夢の世界の記録を続けた。
「『向こう側』の人って、歳をとらないのね。いつ見ても同じ姿だわ。」
「そうなの?じゃあこちら側の時間と連動している訳ではないのね。」
「『赤い館』の女の子はいつまでたっても背が伸びないし。不老長寿なのかしら。」
「その子も結構な頻度で出ているわね。いい加減私も会いたいところだわ。何か幻視に役立つもの、持ってない?」
「ないわね、ただ、いつものように蓮子の目を私が覆えば、見えるかも。やってみる?」
「じゃあ今日もやりましょう。ほら、手を出して。」
蓮子が席を寄せて、顔を前に持ってくる。メリーは両掌を彼女の両目に当てて、自分も目を閉じた。
暗闇の向こう側で、彼女は「彼女」になる。
/
「ばあ〜〜!!」
「ヒエッ!?」
雨の降る里の小道にて、少年は驚いて尻餅をついた。目の前の路地を曲がった角で、突然一つ目の化け傘が飛び出してきたのだ。
「畜生、びっくりさせやがって!!」
そう悪態をついて、少年は自分の落ちた傘を拾って走って行った。それを見て、小傘は笑う。
「あはは、子供って単純ね。油断してるから、そうなるのよ。」
そう言ってくるりと回り、反対方向の木陰に話しかける。
「どう?今のは?少し古典的だったかな。」
木陰に佇んでいたのは、ぬえである。ゆっくりと木を半周して姿を現した。
「ちょっと簡単すぎるわね。そんなんじゃ、子供くらいしか驚いてくれないわよ。」
「いいのさ。質より量。チャンスは逃さないってことよ。」
そう言って小傘は笑った。
「単純で良いわね、あなたは。外の世界じゃ、傘が次々無くなっていっているのに。」
「傘がなきゃ、人間は雨に濡れちゃうじゃない。どうするの?」
「濡れなくても済むように、建物が空にせり出しているの。だから雨は地上の人間には届くことがないわけ。」
「それじゃあ、空が見えないじゃない。つまらないの。」
「そう、つまらないわね。」
ぬえはそう言って、空を見上げた。小雨の降る曇り空。隔てるものは何も無い。
「もし傘が外の世界で消えたら、忘れ傘というものは存在しなくなるかもね。」
「そしたら、幻想郷にも仲間が増えるかしら。それとも、私は消えるのかな。」
/
短い時間の幻視から帰ってくる。
「変な紫色の傘を持った女の子が出てきたわ。」
蓮子は目を開けて、手を戻したメリーに告げた。
「お目当ての子じゃなかったかしら。まあ特に触媒になりそうな『土産物』がないから、しょうがないわね。」
メリーはそう言って肩をすくめた。
「なんでも、傘がこの世界からなくなるとその子は消えるらしいわ。いや、仲間が増える、だったかな?」
「人間じゃないわね、その子。」
「多分ね。場所はどこかの街角みたいなところだった。」
「あら、じゃあ空はちゃんと見た?」
「雨が降っていたのよ。だから所在地がどこかはわからなかった。」
「残念。次の活動場所になれば良かったのに。」
「そうね。」
蓮子は手付かずだった自分のティーカップを取った。
空を見る、ということは、夢のなかで蓮子が意識して行う動作だ。それで星や月が見れれば、夢の所在地、時間が明らかになる。これは、メリー一人で夢を見ている時にはできなかった芸当だ。
「気を取り直して、次に行きましょう。」
彼女たちの日常。
/
少しばかり未来のこと――
物語の「創造者」は、疾うの昔に死んでいる。しかし、彼の作った世界を惜しむ人は絶えず、彼らが続きの物語を描いている。
それ故に物語の希釈化が進み、誰が書いたか、いつ書かれたかは次第に重要ではなくなっていく。
/
スキマをくぐり抜けて、紫は「新たな」幻想郷の大地に降り立つ。ここは今までいた幻想郷と何ら変わりは見えない、しかしどこか違った世界。
「今度の世界は、どんな夢を見せてくれるのかしら。」
そう独り言ち、紫は空を仰ぐ。時刻は深夜。満天の星空を眺め、ここが幻想郷であることを再確認する。彼女はメリーと蓮子、二人の「目」である。その目を通して、幻想郷の姿を彼女たちに送っているのだ。
別に秘封倶楽部の彼女たちが紫を創りだした訳ではない。元々存在していたのか、あるいは違うストーリーの主人公であったのか。紫の出自は彼女自身も分からない。
夜毎に夢は増殖していく。彼女たちの物語は、最早誰にも止めることはできない。
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/.........
「創造者」。彼はただ自らと共に死ぬばかりの物語を放って置かなかった。
彼の死後、再び未来に物語を動かしていく人物を描いていた。それが、秘封倶楽部。彼女たちはどこか遠い未来において、出会うことになる。
/
少しばかり未来のこと――
それは、ある時代に読み聞かせられた、御伽噺の夢。
遥かな未来でも、この記録を掘り起こした者/秘封倶楽部によって、また幻想郷は復活することだろう。
そのときに、幻想郷の時計の針は再び動き始めるのだ。
紫は、ただその時を待っている。
/
読了、ありがとうございます。
1.NutsIn先任曹長さん
こちらこそ、お褒めに預かり光栄です。
言うならば、いつか来るであろう、その日の前の覚悟でしょうか。
6.んhさん
幻想の生き物は何百回爆発しても死なないみたいです。
7.まいんさん
蓬莱人形「永遠の巫女」を聴きながら書きました。
匿名評価、コメントありがとうございます。
海
- 作品情報
- 作品集:
- 5
- 投稿日時:
- 2012/10/31 09:50:30
- 更新日時:
- 2012/11/11 21:34:23
- 評価:
- 4/8
- POINT:
- 520
- Rate:
- 12.11
- 分類
- 蓮子
- メリー
- その他の人妖
- 詩篇を書きたかったが、無理だった
- 11/11コメント返信
拙作の次にコレが来るとは、何という偶然!! 何という僥倖!!
これは、『夢見る創作者』へのメッセージですか……?
ずいぶんと沁みる作品ですね。
私は、『夢見る創作者』の端くれとして、『創造者』に敬意を表し、乾杯!!
DG細胞みたい
見終わった後には暖かな気持ちと軽い感動を覚えました。
どうして評価されないかが不思議です。
こういうのもいいですね