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『産廃SSこんぺ 「運命のいたずら」』 作者: NutsIn先任曹長
俺の姉は、妖怪の悪さで亡くなった。
妖怪の縄張りで、死んだ。
遺影への一瞥を以って姉への朝の挨拶とした俺は、自宅を出た。
玄関のドアを開け、閉め、鍵を掛ける。
外界じゃ普通らしいが、幻想郷では立派な洋風の二階建ての一軒家。
姉のおかげで得た大金で建ててみた。
一人暮らしには広すぎた。
幻想郷の人間の領域。
通称“人里”。
その治安を守る組織“自警団”。
そこが俺の職場だ。
自警団とは、人里の有志――要するに金持ち連中の出資で運営される警察組織だと思ってくれ。
門番を務める同僚に挨拶して、自警団詰め所の中に入る。
二階に上がり、更衣室で自警団員の制服に着替える。制服は外界の警察官の物を参考にしたそうだ。
続いて奥まったところにある武器庫で、ガンベルトと拳銃や警棒、手錠、無線機等の装備を受け取る。
昔は刀やら火縄銃だったそうだが、今や外界からの輸入品や河童製の道具といった最新の道具を、俺のような下っ端団員も持てるようになった。
一階の大部屋で朝礼後、夜勤の団員と交代して同僚と巡邏に出かける。
午前の人里は、ようやく賑わい始めたところか。
子供達は寺子屋や稼業の手伝い、大人達は仕事、ゴロツキは自分の家か自警団詰め所の牢で寝ている時分だろう。
特に何も無く外回りを終え、詰め所に戻って昼飯の出前蕎麦を啜る。
午後からは書類仕事だ。
新米団員が淹れてくれた茶を啜りながら鉛筆を走らせていると、俺の席に姫が来た。
“姫”――小兎姫は、事件の捜査を担当する部署に所属する、先輩女性私服団員だ。
“姫”の名に相応しく、彼女は“主に”お姫様のような着物姿をしている。
はっきり言って、詰め所でも人里でも浮いている格好だ。
彼女は他にもコレクションと称する様々な衣服を所有している。当然まともな衣装だって持っているのだが、大抵はお姫様ルックだ。
俺が自警団に入ったばかりの頃、研修で小兎姫に色々と面倒を見てもらった。
一応敏腕の自警団員であり美人の部類に入る彼女とお近づきになれて、当時は嬉しいと思ったものだ。
自警団配属初日に、妖怪がらみの猟奇殺人事件捜査の手伝いをやらされるまでは。
「ちょっといいかしら?」
「今、手が離せません」
どうせ今回も厄介なヤマの捜査の手伝いだろう。
神経の磨り減るケツで椅子を磨く仕事が楽しくてしょうがない。
「待ちます」
小兎姫はそう言うと、隣の席の椅子にどっかと座って、俺をじっと見つめ始めた。
そのいたずらっ子の目で見られると、どうも居心地が悪い。
「……わかりました。用件をどうぞ」
俺は観念して鉛筆を置くと、小兎姫に向き直った。
「実はね――」
俺と小兎姫は、人里を闊歩していた。
「――で、被害者は?」
「犬猫鳥妖怪」
俺は歩きながら尋ねた。
「“鵺”スか? 確か妖怪寺に巣食っているとか」
「命蓮寺の妖怪じゃなくて、犬5匹、猫8匹、鳥12羽、そして妖怪が1人よ。犠牲者は」
「……それが事件っスか?」
「あら、御不満?」
憮然とした態度の俺を、小兎姫はきょとんとした顔で見た。
「たかが畜生と妖怪風情が道端の毒餌を食ってくたばっただけっしょ?」
「それをもし人間が口にでもしたら大変でしょ。あと、妖怪は死んでないわよ」
「ちっ、残念……」
「何で?」
再び小兎姫はきょとんとした。
だから俺は説明してやった。
「身内が妖怪に殺されたんです。妖怪を憎まないほうがおかしいでしょ?」
「何で? その人は被害者の闇妖に殺されたのかしら?」
「別に……。でも、そいつ“人喰い”でしょ? 一匹でも多く死ねば喜ぶ人は大勢いるんじゃないスか?」
「あら、妖怪ってそういう生き物でしょ?」
小兎姫に指摘されなくても、それは幻想郷では常識だ。
妖怪共に“生かされている”、俺達人間にとっては。
「……ここっスね」
話を打ち切るのに絶好のタイミングで、俺達はガイシャの大部分が発見された公園に着いた。
「たかが毒餌のばら撒きが、先輩のような腕利き捜査員が出張るほどの事件なんスかねぇ」
小兎姫の説明によると、本日早朝にこの公園を散歩をしていた老夫婦が「毒なのかー!!」との叫びを聞き、そちらに向かうと少女が泡を吹いて倒れていたそうだ。
この少女が妖怪だったわけだが……。
で、他にも野次馬が集まり、程なくして自警団員が最寄の診療所の医者を連れて駆けつけてきた、と。
この時に周囲を捜索して、他の“被害者達”を発見したという事だ。
そういや、朝礼で誰かが言っていたな。俺の巡邏の受け持ち地区じゃなかったから聞き流したが。
「危なくなかった事も無いわよ。から揚げを野次馬の子供が拾って鴉がそれを横取りしたんだけど、食べた途端にバタンキューだってさ。もしそのまま子供が口にしたら……」
確かに、これは悪戯にしては度が過ぎている。
「分かってくれたようね」
にこりと、小兎姫は可愛い笑みを浮かべた。
俺は試料と資料を持って、永遠亭に向かった。
自警団には大規模な科学的鑑定を行なう設備がない。
なので、永遠亭の保有する月の技術力で調査をしてもらうように、自警団と有償で契約している。
“迷いの竹林”の入り口に着いた。
ここは名前の示す通り、月の呪いか妖術か知らないがヒトを惑わす場所だ。
正式な道筋で歩かないと、奥にある永遠亭に辿り着くことも引き返すこともできずに野垂れ死ぬ。
なので案内人に頼んで永遠亭への送迎をしてもらうのだが――、
「いねぇ……」
――自警団の相談役でもある寺子屋女教師の想い人であり、竹林の案内人である銀髪の蓬莱人が、留守だ。
入り口側の“藤原”と表札の出ている留守宅で、俺が途方にくれてしまった。
小兎姫は、俺の上司に俺をしばらく借り受ける事の事後承諾を得たり、捜査資料の検討をしたり、“おめしかえ”やらで忙しいそうだ。
だから俺がパシらされる事になった。俺の意見も聞かないで。
「自警団のお兄さん、どうしたのかしら?」
竹林から現れた妖怪兎の少女が、俺に話しかけてきた。
俺の姉の仇の、妖怪め。
俺が永遠亭に用があると言うと、こいつは案内すると請合った。
殺したい相手ではあるが、とっとと仕事を済ませたいのでお願いすることにしてやった。
「ねぇ、あなた」
「ん?」
妖怪兎――因幡 てゐが前を見て歩きながら話しかけてきたので、返事してやった。
「そんな仏頂面していると、幸福が逃げるわよ」
「お前と出会った時点で、十分に不幸だ」
「……なに、それ?」
てゐは歩みを止め、振り返った。
その顔には、出会った当初に浮かべていたいたずらっ子の笑みは消え、不審不安不満が現れていた。
「俺の姉を殺しただろ」
「……あれは、事故よ」
「なんだ、覚えていたのか……」
「ええ、もう三年も経つのね……」
そう、あれは三年前――。
姉は父親の知れぬ子供を身ごもった。
それなのに姉は妊娠を喜び、生む事を決めていた。
あの日、俺も同行して、姉は永遠亭に孕んだ子供の具合を診てもらいに出かけた。
その時も案内人は留守だった。
当時やんちゃしていた俺は筍を失敬するために、迷いの竹林の浅い範囲に頻繁に進入していた。
なので魔が差した。
俺は、姉を連れて竹林に足を踏み入れた。
入ってすぐに、姉が消えた。
姉は、落とし穴にはまって、あっけなく死んでいた。
ただの偽装した穴ではあったが、直径と深さは二メートルほどあり、打ち所が悪ければ、死ぬ。
姉のように。
姉の腹の子供も言わずもがな。
二人は、永遠亭配下の妖怪が拵えた落とし穴によって、殺された。
この件は、永遠亭の責任者にして名医、八意 永琳が俺に持ってきた、彼女となんちゃらテルヨなる人物の署名の入った詫び状と大金が入った袱紗包みで決着がついた。
俺はこの金で家を建て、余った金は色々な事に使い、それでも余った大金を持って博麗神社に向かった。
境内では、博麗の巫女――博麗 霊夢が掃き掃除をしていた。
「いらっしゃい。素敵なお賽銭箱ならあそこよ」
俺は賽銭箱ではなく、博麗の巫女に直接“お賽銭”を手渡した。
「……どういうこと?」
封筒の中の札束を見て狂喜するかと思いきや、巫女は愛想笑いを引っ込めて感情が消滅した顔で俺を見た。
俺は若干ひるんだが、何とか“仕事”の話を切り出せた。
「妖怪を、退治してください」
俺は親しい地回り連中やその上で仕切っているスジモンに金をばら撒いて、あの落とし穴を掘った妖怪についての情報を求めた。
その結果、姉を死に至らしめた妖怪が、“因幡 てゐ”という雌兎だと判明した。
しかしながら、この淫売妖怪は永遠亭では地位のある立場にあり、おいそれと手の出せる相手ではなかった。
そこで、異変解決で武勇を轟かせている博麗の巫女サマに、この極悪妖怪に引導を渡してもらおうと考えたのである。
以上の事を最後まで聞いてくれた巫女は、依頼を断った。
「もう、その件は終わってるじゃない。それに“人里の外”での妖怪の殺しじゃあ、ちょっと動けないわね」
その後、俺が土下座して頼んでも、もっと金を出すと言っても、結局巫女は首を縦に振らなかった。
幻想郷最強の“一応”人間がこれでは、もう打つ手がない。
ならばせめて“人里の中”に奴が現れたときに目に物見せてやろうと、俺は自警団に入った。
だが、妖怪の楽園である幻想郷で、“家畜”である只の人間に妖怪をどうこうするなんて無理な話だった。
せいぜい獣同然の下等妖怪を退治するくらいだが、それは民間の妖怪退治屋がどうにかしてくれていた。
上位妖怪――劣情を催すような美少女の姿をした“人間モドキ”は表立っては悪さをしないから、自警団としては速やかに退去して頂くよう“警告”をするのが精一杯だ。
肝心の因幡 てゐについては詐欺まがいの行動が見受けられるが、バックの永遠亭を気にして摘発には至っていない。
ホント、腹が立つ。
姉と腹の子が死んで三年。
俺が自警団に入って一年が経過した。
今、不安げな小娘の面をした因幡 てゐが目の前にいる。
拳銃で撃ち殺そうか、鑑定をしてもらうために持ってきた毒餌を食わせてやろうか。
俺の妄想に行動が伴う前に、てゐは道案内に戻った。
俺達はそれっきり話すことも無く、永遠亭に辿り着いた。
俺は八意先生に毒餌と猫の死体が入った箱を渡し、小一時間程待たされて、暫定的な鑑定結果の書かれた書類を受け取った。
永遠亭の前では、銀髪蓬莱人が待っていた。
てゐに俺の帰り道の案内を頼まれたそうだ。
俺と小兎姫は真夜中、人里のある民家を見張っていた。
今日の小兎姫は、俺と同様に自警団員の制服を着用していた。
女性団員の制服のスカートから覗く黒ストッキングを穿いた足を見て、普段からこういう格好してくれれば眼福なんだがと、俺は取り留めのない事を考えた。
俺は雑念を振り払い、ちょっぴり邪な感情を催してしまった小兎姫に話しかけた。
「先輩、本当に来るんスか?」
「あら、名刑事である私を信じられないかしら?」
はい、信じられません。
と、俺は正直な意見を口には出さず、家に視線を戻した。
小兎姫は俺の態度で自分の心証を理解したのか、若干ムッとして、俺と同様に家を見張った。
毒物ばら撒き事件から丁度、一週間経った。
永遠亭に依頼した毒物や死因の鑑定結果は、胸のデカさとミニスカートから生えたおみ足に定評のある、薬売りのブレザー妖怪兎によって自警団の詰め所に届けられた。
毒物は、通称“ミコイラズ”と呼ばれる、妖怪や獣に対する忌避や駆除に使われる薬剤だ。
かなり純度が高い上物だそうだが、ちょっと金回りの良い連中ならその辺の薬屋で購入できる。
俺も受け持ち区域の薬屋から購入者の名簿を預かってきたが、少なくない数の大店や豪農の名前が書いてあった。
そういった方々からお給金貰っている自警団としては、捜査の難航が予想された。
下っ端団員である俺には関係の無いことだが。
とりあえず、寺子屋先生が準備した食い注意のビラを公園や通りの掲示板に張るといった予防策は行なった。
地べたに落ちてるモンを喰らうような畜生が、文字を解するとは思えないがな。
「もう少しなんだけどね……」
「え?」
二件目の事件阻止のため張り込むこと、しばし。
小兎姫がポツリと漏らした。
「一件目の犯行時間から考えて、そろそろ犯人がお出ましになるって事」
彼女は、犯人が姿を見せる事を確信していた。
そういえば、どうして小兎姫はピンポイントでこの民家を張っているのだろうか。
何件も同様の事件が発生して、何らかの法則を見出したのならまだしも。
俺は小兎姫に聞いてみた。
「ん? じゃあ、説明するわね、ワトソン君」
小兎姫の愛らしい顔が俺の眼前に迫った。
「基本的に、犯人は次の犯行は、前の犯行現場の正反対で行なうもんよ。
裏をかこうっていう場合もあるけど、それはもう少し犯行を重ねた場合よ」
ベテラン捜査員の自論を述べる小兎姫。
「で、最初の犯行現場の通りを挟んだ反対側の、この地区で犯行が行なわれると踏んだのよ。
だけど、公園は警戒されているから避けるわね」
確かに。自警団の巡邏でも、野良犬、野良猫が集まる公園や空き地は重点的に警戒せよと上からのお達しがあった。
「そこで!! それらの場所以外のか弱い動物達の集まる場所を調べたら……、ここが該当したわけよ」
この民家が?
「この家で一人暮らしをしているお婆さん、よく野良に餌をやってるそうよ。御近所からの苦情、いってない?」
担当地区で無いので知りませんでした。
「担当の団員も聞き流していたしね。だからこそ、警戒の手薄なここに犯人が来るかもしれないってこと。お分かり?」
分かった。
今、人影が、件の家の敷地内に侵入した。
民家の庭先に何かを撒いている。
人影の背後に忍び寄った小兎姫が、“彼”の肩をたたいた。
「君、ちょっといいかしら?」
ビックリして振り向き、自警団の制服姿の小兎姫の姿を見た“彼”ば、ばつの悪い顔をした。
「あっちゃ〜、バレちゃったか〜」
程なくして、自警団の団長と、“彼”の父親である自警団にも出資している庄屋さんが遣わした顧問弁護士が駆けつけた。
“彼”は、弁護士に連れられて帰っていった。
お家では、パパのお説教という厳罰が待っていることだろう。
俺と小兎姫は、団長から直々に臨時ボーナスを現ナマで、口外無用とのお達しと共に頂いた。
それ以来、毒餌ばら撒き事件は起きなくなった。
「「乾杯!!」」
俺と小兎姫は、事件解決を祝し、小兎姫が贔屓にしているという、高級料亭で二人きりの打ち上げを行なった。
幻想郷では贅沢品である海の幸の御作りを肴に、酒が進んだ。
確か対面にいたはずだが、今、小兎姫は俺の隣にいる。
彼女は純米酒を口に含むと、俺に口移しで飲ませた。
美味かった。
隣の部屋には布団が敷いてあった。
俺は、小兎姫を抱きしめた。
良い香りが鼻腔をくすぐった。
幾重もの着物をひん剥くと、ようやく小兎姫の華奢な肢体が現れた。
小兎姫は、上の口でも、下の口でも、俺を快楽と共に受け入れてくれた。
「――、好き……」
二人同時に達した時、小兎姫から漏れた言葉。
愛の告白だった。
一人暮らしでは広く感じた一戸建ても、二人だと丁度良い。
小兎姫の膨大な衣装を搬入したら、むしろ狭くなったような気もする。
あれから、俺と小兎姫は幾度と無く関係を持つようになった。
何度か小兎姫の住むアパートを訪れたが、衣裳部屋としてしか機能していないような生活感の無い住まいだった。
食事は外食だし、寝る時間よりも着替えの時間のほうが長いかも、と彼女は笑った。
家賃が勿体無いから俺の家に居を移してはどうか、と提案したら、彼女は一応遠慮をした後に了承した。
自警団での仕事内容は部署が違うので詳しくは知らないが、小兎姫の生活は不規則だった。
突然家を飛び出したり、何日も帰って来ないこともしばしばだった。
でも、俺が勤務中に“着替え”には来ているようで、よく居間にラブレター同然のメモが置いてあった。
自宅よりも職場で顔を合わせることの多い、俺と小兎姫の同棲生活は間もなく一年になろうとしていた。
丁度休暇が同じ日になった俺と小兎姫は、久々に家でまったりしていた。
ジャージ姿の小兎姫が居間でだらけていた。
俺は台所で二人分のお茶を淹れ、戸棚を開けた。
そこには、饅頭の箱とビロードの小箱があった。
今こそ、使うときだ。
「食べないの?」
「ん、あ、ああ……、小兎姫、全部食っていいよ」
「じゃ、遠慮なく」
人里で評判の饅頭屋で並んで買った逸品を、小兎姫が無邪気な笑みを浮かべながら全て平らげるのを、俺はお茶を飲みながら見ていた。
「ごちそうさま。で、何か話があるんじゃないの?」
流石に分かるか。
俺は、トン、と卓に小箱を置いた。
「やる」
「え……」
小兎姫が小箱を開けると、そこには指輪があった。
「小兎姫よりも安い俺の給料の三か月分だ」
「あら……、これって……」
いたずらっ子の小生意気な笑みが、見る見るうちにクシャクシャになった。
「今夜、俺の個人的な問題にケリをつけた後、言うべき事を言うよ……」
涙を零す小兎姫。
「じゃあ、待ちます……」
長くは待たせないよ……。
姉の遺影、それに饅頭の箱を背嚢に詰め、スコップを用意した。
俺は、動きやすい地味な服に袖を通した。
日が落ちてから俺は家を出て、ドアに鍵をかけた。
小兎姫は用事があるとかで、一時間ほど前に出かけていった。
俺は全てを終わらせ、始めるために、迷いの竹林に向かった。
迷いの竹林。
その“入り口”。
今夜も銀髪蓬莱人はいなかった。
「こんばんは。自警団のお兄さん」
目当ての妖怪兎が、いた。
俺とてゐは、黙って、並んで竹林を進んだ。
程なくして、目的の場所に着いた。
姉と生まれる前の子供が命を落とした、忌まわしき穴ぼこ。
俺は月日の経過で半ば埋まってしまった穴を、スコップで掘り返した。
てゐは黙って俺の作業を見ていた。
程なくして、落とし穴は姉達をあの世の送った時の姿に戻った。
その穴に、俺は姉の遺品を次々と落としていった。
さよなら、姉さん。
「さて……」
俺は、さっきから暗い雰囲気で俯いている、てゐの方を向いた。
「次は……、お前さえこの世からいなくなれば、俺は幸せになれるんだ」
顔を上げたてゐは、寂しそうに笑っていた。
「幸福兎は、ヒトを幸せにしなくちゃいけないもんね……」
俺は、饅頭の箱を取り出した。
「食うか?」
てゐは、俺から箱を受け取った。
「“ミコイラズ”入りのお饅頭かしら?」
「てめぇで確認しろ」
てゐは、涙を一滴、笑顔から零した。
「――?」
蓋を開けたてゐは、箱の中の石を見て、固まった。
俺はてゐから箱を取り上げると、それも穴に放り込んだ。
「一度、悪戯兎をだましてみたかったんスよ。
――小兎姫先輩」
「いつから……、いつから、気付いていたのかしら……?」
驚愕と歓喜に涙を追加したみたいな表情で、てゐは俺に問うた。
「ん〜、やっぱ、例の毒がばら撒かれた事件で、一緒に捜査した時から薄々……」
初めて出会ったときから苦手意識のあった小兎姫と間近で接した日々。
小兎姫の態度、仕草、雰囲気――。
全てが、まるで、俺が殺したい相手が側にいるような錯覚に陥らせるものだった。
「姿を変えられる妖術を使える妖怪なんてザラですし、人里に妖怪の間諜が潜り込んでるってのは、自警団では公然の秘密っスからね」
“家畜”がナメた真似をしないように、幻想郷を作った大物妖怪達の差し金で、多数の妖怪が人里で人間に化けて俺達の同行を探っていた。
何人かは自警団がマークしているが、それは氷山の一角でしかないそうだ。
まさか、自警団にも潜入されているとは思いませんでしたけど、と俺は付け加えた。
「小兎姫の資料、読ませてもらったっスよ。すげぇ武勇伝でしたよ〜」
博麗の巫女が“スペルカード・ルール”を作る前の、ガチの殺し合い。
小兎姫がとある事件で、“人間でありながら”大活躍した様子が記してあった。
だが、小兎姫が人間でなく、妖怪だとしたら――。
「小兎姫との楽しい楽しい一年間の生活で、俺は自分の考えは正しいと確信したっスよ」
俺の家に小兎姫が帰って来ない時は、因幡 てゐとして、永遠亭に帰っていたのではないか。
寺子屋教師と一緒にいた竹林の蓬莱人にそれとなく聞いてみたら、その時にてゐを目撃したそうだ。
一度、連休が取れて二人で性交三昧を楽しんでいた時、急用ができたとかで慌てて出て行ったことがあった。
忘れもしない。
その日、どこぞの集落で突如間欠泉が噴出、同時に湧いてきた有毒ガスで、住民達がほぼ全滅したからな。
永遠亭の幹部であるてゐも、被害者救出に駆り出されたのだろう。
数日後、すっかりやつれて帰ってきたから、彼女は地獄のような報われない医療行為に従事したんだろう。
「――で、自警団のホームズこと小兎姫の正体が、永遠亭の妖怪兎である私、因幡 てゐだと見破ったワトソン君は、これからどうするつもりかしら……」
「言っただろう。ケリを付けるって」
俺よりも幼い外見のてゐは、上目遣いで俺の顔を窺った。
よく小兎姫が見せた仕草を髣髴させた。
「指輪、持ってる?」
「え? ……ええ」
てゐは、ポケットから指輪をつかみ出した。
俺は彼女の小さな掌から指輪を摘み取った。
そして、俺はてゐの左手の薬指に、指輪をはめた。
小兎姫のサイズで作ってもらった指輪だから、てゐの指だとブカブカだ。
俺は思わず噴き出してしまった。
「いいの? 私で……」
「ああ、これは、俺の気持ちだ」
「愛してるわ、あなた……」
嘘つき兎の偽りなき言葉。
俺も正直にならなきゃな。
「香典の先払い、気に入ってくれて嬉しいぜ」
「――がぶふぅっ!?」
てゐの口から塊のような鮮血が迸った。
「あ、が……!?」
「お前が平らげた饅頭に仕込んだ遅効性の毒が、ようやく回ってきたようだな」
蛇の道は蛇。
自警団員になってからも大事にしていた闇ルート。
そこで入手した、妖怪殺しの猛毒。
予定した時間に、期待通りの効果を発揮してくれた。
「お゛……、お姉ざんの、ごど……、すまだいど……、おぼっでどぅ……」
「ああ、小兎姫――てゐは、何も悪くないよ」
俺は地べたでのたうつ妖怪兎と目を合わせた。
「姉貴と、腹ン中の“俺の子”を殺したのは、俺だからな」
若さゆえの過ちっつーか、ムラムラして、つい姉貴をヤッちまったら、それが大当たり!!
それからしばらく遊び呆けた俺が実家に帰った時には、姉貴はボテ腹を愛おしそうに撫でていやがった。
生むという姉貴に俺は、そうしてくれ、心を入れ替えて働くよ、と嘘八百を答えた。
永遠亭で診てもらうという名目で、俺は喜んだ姉貴と一緒に迷いの竹林に向かった。
道案内をする蓬莱人が、寺子屋で女教師としけ込んでいる事は確認済みだ。
姉貴を、以前俺が筍掘りの最中に嵌って、元通りに偽装しておいた落とし穴に誘導して――。
「どーーーーーんっ!!」
「ぐげっ!!」
俺は、死に掛けのてゐを穴に蹴り落とした。
俺は穴掘りに使ったスコップを掴み、柄に呪符を貼り付けた。
自警団詰め所の押収品倉庫からちょろまかした、博麗の破魔のお札だ。
コレを貼り付けた得物は、妖怪を殺めることのできる武具になるそうだ。
聖なる剣を装備した勇者サマの気分で、スコップを持った俺も穴に降りた。
「が、ば……あ゛ぁぁ……」
「やっぱ、妖怪はしぶてぇなァ。い〜ま、ブッ殺してやっからよォ!!」
俺は、“聖なるスコップ”をてゐの頭上に振り上げた。
妖怪兎の面を見るたび、俺は、いつコトが発覚するかビクビクモンだったぜ。
見事にビッグマネーをゲットした俺だったが、この幸せが失われることを怖れた。
俺は自警団に入り、いの一番に姉貴の死についての資料を読み漁った。
幸い、永遠亭がらみということもあり、ろくに捜査がされていなかった。
ホッとしたのもつかの間、俺に矢鱈絡んでくる捜査課の刑事(デカ)がいた。
それが、小兎姫だ。
配属されてすぐに遭遇した猟奇殺人事件を解決した手腕を見て、俺の悪事がいつ暴かれるのかと気が気でなかった。
彼女のことを調べているうちに、小兎姫=因幡 てゐだと気付いた。
色々あって、小兎姫と懇ろになった俺は、これ幸いと、監視しやすい同棲に持ち込むことができた。
俺はツイてる。
ようやく、クソ忌々しい妖怪風情を始末する機会がやって来た。
即ち、今、だ。
「死ねぇ!! オラァッ!!」
ぐしゃっ!!
「ギャ!!」
「死ねッ!!」
グシャッ!!
「ゲピッ!!」
「にゃろっ!!」
ゴシャッ!!
「ぶげ!!」
「ハハッ!!」
ベキャッ!!
「ジュ!!」
「死ねぇぇぇぇぇっっっ!!!!!
クソウサギがよォォォォォッッッ!!!!!」
完膚なきまでに、てゐの頭を叩き潰した。
クソ兎の頭は、上顎から完全に潰れた。
脳みそも、眼球も、土と程よく混ぜ合わされていた。
念のため、スコップの刃をてゐの薄い胸に突き立てた。
人参型のペンダントが引き千切られ、粉々になった。
何度も、何度も突き立てた。
血が出尽くし、粉砕されたあばら骨が露出するまで。
何度も、何度も、何度も何度も何度も――。
ゴミの入った穴の埋め立てが終わったのは、真夜中を通り越し、夜明けが近づいてきた時分だった。
兎はビッグホールに堕ちましたとさ。
めでたしめでたし。
立ち去るとき、俺は一度だけ、穴があった痕跡を消滅させた地面に別れを告げた。
さようなら。
小さな兎のお姫様。
闇に包まれた竹林を、俺は提灯片手に気ままに進んだ。
厄介ごとが片付き、鼻唄なんぞ口ずさみながら、疲れを感じる事無く、足取り軽く歩いた。
帰り道が分からなくなったが大丈夫。
俺は、ツイているんだから。
後書きは、感想評価期間の終了後に追加します。
2012年12月17日(月):作者名、コメント、皆様からのコメントへの返答を追加いたしました。
そうです、この作品の作者は皆さんの予想通り、私です(^ω^;)
初の旧作キャラを明示して登場させた作品です。
最初はヌルめのヤツを書き始めたんですが、次の日にこの作品が頭に降りてきたので急遽差し替えました。
書きかけのヤツは、まあ、年明けにでも仕上げます。
今作は外道オリキャラ主人公モノの作品ですが、書いていると胃が痛くなりました……。
蛇足ですが、風の噂では、実際に人里には妖怪のスパイが潜り込んでいるとか……。
>1様
うーん、残念。一層精進いたします。
>2様
男の悪運は生来のものか、それとも幸せ兎あってのものか――。
>3様
新境地として、悪がのさばり恋心が踏みにじられて終わるSSに挑戦してみましたが……。
書いている内に変なテンションになってしまいました。
早々に私が書いたってバレたし……。
>4様
あなたは、この作品の主人公の悪を容認してくださいますか!!
このくらいの性悪じゃないと、恐怖の具現である妖怪と共存なんてできませんからね。
>5様
完成度不足の御指摘、痛み入ります。
>6様
外道主人公は憑き物が落ちたかのようにすっきりとして、闇の迷宮へと去って行ったのでした……。
>7様
『彼女』は、主人公に惚れてしまったのが運の尽きでしたね。
指輪は……、回収したにしろ、そのまま埋めたにしろ、それが主人公の命取りになりそう……。
3様の御意見に対する考察、まあ、だいたいそんなモンですね。
無残にしたのは、ホント、心苦しかったですぅ。
>8様
産廃らしい作品を書くのって辛いね。良心の呵責に苦しめられますね(笑)
あの主人公は感情移入できない、てか、しちゃいけない外道ですぜ。
あぁ……、『彼女』の恋心が絶望に染まるシーンが不足して申し訳ない!!
>9様
あらら……、今回の作品は、折角の素材が生かしきれてないと、皆さん指摘しますね……。
うむむ……。
>10様
あの旧作キャラの名を見て、唐突にそのネタが浮かんだんです。
やっぱり、作品の熟成が不足していたか……。
>11様
一番取ったどー!!
>12様
男はとことん外道を目指して書きました。
旧作キャラは……、動画サイトで台詞関係を調べて私流の味付けをば。
衣装は姫様ルックと警官の制服は公式ですから出しましたが、キューティーハニーみたいに七変化くらいすりゃ良かったかな……。
>13様
うまく旧作キャラを立ち回らせる事ができたか不安でしたが、そう言っていただけて恐縮です。
ほう、主人公の下衆さが足りませんでしたか……。
もう少し表と裏の顔のメリハリを付けるべきだったか。
>14様
普段は産廃と思えない作品ばかり書いていますが、コッチ方面のヤツでそう言っていただけて光栄です。
>15様
うん、やっぱり色々と『足りない』ようですね……。
もう少しあの娘を玩んでやれば良かったかな。
NutsIn先任曹長
http://twitter.com/McpoNutsin
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/11/18 15:00:10
更新日時:
2012/12/17 00:06:19
評価:
13/15
POINT:
870
Rate:
12.79
分類
産廃SSこんぺ
小兎姫
オリキャラ自警団員の男
因幡てゐ
博麗霊夢
愛憎の果てに……
俺に感情移入出来なかった。
犬猫に毒餌ばら撒く金満のクソガキさんに「俺」がこの有様。
その中でてゐの感情が一番光り輝いてるのにこの結末ではフラストレーションを解消できそうにないです。
逆にてゐ視点なら面白かったかもしれません。
幻想郷の人間である限り妖怪への憎しみは抱いて当然だから仕方ないね。
彼の前途に幸あれ。
なにも判断材料がないから、自分の仇はあの人だった!姉を殺したのは俺だった!っていう意外な結果も、唐突すぎるように感じちゃう。
伏線張るなり、三人称で書くなり、つくりに気をつければもっと完成度があがったと思う。
君には良い人が憑いているね。
エロ同人とかみたいな村人無双も偶にあるけど、基本的にはこういう単独で妖怪と戦おうとする人間キャラって悲惨な、嘗められた最期を迎える事が多い。
だから、ゲスい悪党の利己的計画だろうと、妖怪に一泡吹かせたこの男は好きです。
落として上げる、からの〜再度落とす。この男は良く判ってる。てゐの可愛さの引き出し方を。
そういや、指輪は回収して売り払いはせずに一緒に埋めたのかな。なら或は男は……? そんな事も無いか。
>>3さん
男がクズだとてゐは気が付いてないから償おうとしてたのでは?
それとこれは全く個人的な意見ですが、「光り輝くもの」の無残にフラストレーションを溜めるのでなく、楽しむのが排水口流な気もしますw
俺に感情移入できなかったので、てゐに感情移入してたのです。特に竹林のシーン、自分から男の前に現れて置きながら帰りは妹紅に任せてしまうところなんか、てゐの後ろめたさや罪悪感を処理仕切れてないのが窺えて非常によかった。ディモールト・ベネだったんです。
しかしラストはオチの披露が重きに置かれ、てゐの絶望があまり描かれてなかったので…飢餓感を覚えてしまったのです
償いのために身を捧げたのに手酷い裏切りで身も心もボロボロになったまま、失意の死を迎える様が描かれていたのなら、面白かっただろうなと。だから「逆にてゐ視点なら〜」と。
コメントに返信してごめんなさい。わがままな要望ばかりですが、惜しかったんです。
設定としては興味深かった為、とても惜しいと思います。
ただ、後半の展開が少々唐突過ぎる気はしました。
男は・・・うん。屑だこれ。
姫様の服の描写がもっとあると尚良かった。
一方で男のゲスさが足りなかったように感じました。てゐの相手にしては、あまりにチンピラだった。
もっと突き抜けた感じのクズさが欲しかったです。
てゐが裏切られて絶望する描写が欲しかったかなと思います。