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『産廃SSこんぺ「樅」』 作者: とまてぃん

産廃SSこんぺ「樅」

作品集: 5 投稿日時: 2012/11/21 21:25:45 更新日時: 2012/12/17 00:44:41 評価: 12/17 POINT: 1130 Rate: 12.83
「花を添えに来たの。お墓の前まで連れて行ってもらえる?」

 吸血鬼が笑顔で話しかけると、墓石に背を預け愛用の煙管を燻らせていた死神は億劫そうに体を起こした。軽く手で打ち灰を捨て、大きな鎌を杖代わりに立ち上がる。辺り一面には薄い霧が漂い、辛うじて何筋かの光がその間を掻い潜り地面に模様を作っていた。吸血鬼の宝石のような羽が擦れあった結果生まれる鈴のような音色だけが霧を切り裂いて遠くまで響いている。
 揺蕩う魂達が目まぐるしく色相を変える深い川に誘われるのを横目に見ながら、足元の彼岸花を踏み潰し吸血鬼の手を取る死神。あそこ、と小さな声で吸血鬼が言ったのを聞いていたのかいないのか、死神は曖昧に頷いて歩き出す。
 元より実用するわけではない鈍らの鎌が、薄ぼんやりと光る川と青白い霊魂の光を反射させ、墓石に彫り込まれた死者の名前をどこか幻想的に映し出していた。

「こんな可愛い子が独り寂しく墓参りとはね」

 可愛いと言われることに慣れているらしく、吸血鬼は小さくはにかんだだけだった。それを見た死神は少しばかり口の端を持ち上げて再び歩き出す。他の面々はまだ**の死を認められていないらしいから、と吸血鬼は付け足した。ありがちな話だと言うかのように死神は黙って鼻を啜った。
 一歩、二歩、三歩。長い距離が一気に縮まり、霞んでしか見えていなかった墓石の群れが真横をあっという間に通りすぎていく。と、通りすぎかけていた墓石の前で吸血鬼が立ち止まる。ここだよ、と大きく声を張り上げ、小さな手が離れたことに気が付かず一人遠くへと歩いて行ってしまった死神を呼んだ。なんとか声が届いたのか、死神は此方を振り返り、瞬きを一つする間に吸血鬼の目の前へと舞い戻ってきた。
 当然だが、墓石はまだ新しかった。吸血鬼は持っている花束の中で一つだけ異質な存在感を放っている樅の枝を手に取り、黙ってその墓の前に置く。しゃがみこんで小さく何事かを唱えた後、枝から拳一つ離れた位置に花束を添えた。その後小さく項垂れ、何滴か涙を落とす。気まずくなった死神はオイルライターを取り出し、大きな音を立てて蓋を開け閉めしはじめた。死神が何かを考えているときに無意識に行なっている癖だった。

 暫しの時間を挟み、吸血鬼は川の側で座り込んでいた。吸血鬼が座っている場所には薄いハンカチが敷かれている。死神は自分のハンカチは他者のために汚れて当然とばかりに地面にそのまま腰を下ろす。持ち物が汚れるということにそもそも抵抗がないのかもしれなかった。
 静寂に幼い声がメスを入れる。

「――――ねぇ。死後の世界って、どんな場所なの?」

 身内に死者がいる場合の当然の疑問。いつもの様に当たり障りのない言葉を返すつもりだった死神は少し言葉に詰まり、チラリと辺りを見渡して密告するような者がいないかどうかを確認した。本当のことを教えていいものかと躊躇ったが、構うものかと口を開く。そのうち明るみに出てしまうことなのだ。一人の少女に真実を伝えたところで支障はさほど無いだろう。

「善人と罪人とに分けられ、その先は天国と地獄、ってのが一般的だね。嬢ちゃんも知ってるだろう?」

 ええ、と相槌を打つ。涙が乾ききったのか、目元から細い顎に向かって白い筋が出来上がっていた。明らかに高級であろうドレスの裾で乾いた涙を拭ったのを見、死神は眉根を寄せる。が、それを口に出す事はせず、閻魔に仕える身だから西洋の感覚はよくわからないけど、と前置きし話を続けた。

「たしかにそれは真実ではあるんだ。が、問題は振り分けられた後の世界の認識。地獄ってどんな場所だか知ってるかい? 絵本でもいい、噂でもいい。嬢ちゃんは地獄をどんな場所だと思ってる?」

 そうね、と思案顔になる吸血鬼。幼い唇が言葉を紡ぐのを死神は辛抱強く待った。出てきた答えは人が考えそうな陳腐な恐怖。針の山、煮え立った大鍋、血の池――――。馬鹿げている、と死神は吸血鬼の話を途中で遮った。

「言わせておいてすまないが、まったく合っちゃいない」

 ライターの蓋が大きな音を立てて閉まる。唐突な金属音に霊魂は惑い、淡い桜色の川へと浸かる。ひとつの霊魂が水へと溶けるたびに美しい色が波紋になって広がり、そして消えていった。

「――正直な話をすると、地獄でさえこの幻想郷より数段美しい世界だよ。何もかもが快適、不自由することなんて何一つないといっていいだろう」

 吸血鬼は目を丸くする。つまりそれって、と吸血鬼が続けようとするのを遮り、今は此方に喋らせてくれとばかりに一本だけ立てた人差し指を吸血鬼の唇に押し当てる死神。

「つまりこちらで言うところの"天国"だ。もっとも本物の天国はその比じゃあない。あちらを体験して転生を自分から拒否する魂も大勢居る」

 罪人は死んでから罪を清算するだなんて嘘っぱちで、罪を重ねた罪人だろうが徳を積んだ善人だろうが素晴らしい世界へと送られるということに変わりはないのさ、と死神は言った。それを聞いた吸血鬼は、じゃあきっと**は幸せなのね、救われたわ、と言う。それを首を振って切り捨てる死神。

「残念ながら彼女は幸せとは言いがたいだろうね。彼女は一度蘇っているはずだ。あたいの担当だったからね、よく覚えているよ」

 一度だけなら蘇りが許されるんだ。甘いシステムだろう? と死神は失笑する。吸血鬼は自分の意見の何処が間違っているのか――、また、死神が何を言っているのか理解できず、ただただ**が幸せであるということを否定されたことに怒りを覚えた。

「彼女、大怪我を負ったときがあっただろう。奇跡的な回復を見せて周囲を驚かせたに違いない」
「それが、蘇りと。そう言いたいの? ――**はあの時、一度死んだと」

 吸血鬼の鋭い目つきにも臆すること無く死神はのんびりとそれを肯定した。吸血鬼の奥歯が擦れあい耳障りな音を立てる。

「……続けて」
「一度死んだ彼女は残された嬢ちゃん達を想い、迷わずに蘇りを選択した。が、彼女が蘇りを選択したのは地獄と言う名の"天国"を体験してからの話。つまり彼女は今までどおりの日常を手に入れる代わりに酷く素晴らしい"天国"を捨てることになったわけだ」

 いつの間にか葉が入っていた煙管を口先に加え、個人の感情ごと吐き出す。紫煙は白い霧に包まれ、すぐに見えなくなった。

「今回のは自殺、そうだろう?」

 言っておくが担当はしてないよ、と死神。そうよ、と吸血鬼は吐き出すように言った。読みが当たったことが嬉しかったのか死神は口元を歪めた。それを見た吸血鬼は今すぐ此処で死神の頭を潰してもいいだろうか、と薄く考える。が、事実と憶測が完全に重なっている現状、死神の話をすべて聞いてからでも遅くはないだろう、と結論づけた。

「きっと彼女はあの大怪我を負ってから自傷癖がついたはずだ」

 続けて、と鸚鵡のように繰り返す吸血鬼の機嫌をなんとか収めようとしていた死神もやがて機嫌を直させることを諦め、自らの憶測を並べ立てる。

「何故かはもう分かり切っているはず。彼女は頭では嬢ちゃん達の元に居ようとしたが体がそれを拒否したわけだ。一度散財してしまった節約家は元へは戻れない」

 こんな例で申し訳ないけどね、と小さく笑う。お金を使ってはいけないと思いつつ、散財した時の快感が忘れられずにまた散財してしまう。後悔だけが降り積もる悪循環さ、と死神は言った。

「相当苦悩しただろうね。嬢ちゃん達の元へと残りたい気持ちで蘇ったにも関わらず死のうとしている自分に」

 吸血鬼が乾いた目を潤すために閉じた瞳に、**が傷つけたにも関わらず消毒しなかった結果化膿した傷や不摂生によって骨が浮き出た胸が浮かぶ。今にも泣き出しそうな目でそれらを見つめる**の目を見ていられなかった。頭を振り、それらを外へと追いだす。憐れむように吸血鬼を見やる死神は暫し黙り、煙管を揺らした。吸血鬼が落ち着いたのを確認し、煙を吐くついでとばかりに言葉も吐き出す。


「結果、体が勝ってしまった。その結果が、意図しない自殺」


 死神が独り言のように呟いたその言葉はやけに響いた。木々が揺れる音も葉が擦れる音も一瞬だけかき消され、その声だけが霧に乗ってそこを漂っていた。
 
「ここまで聞いて何故彼女が望んでいた"天国"に行っても不幸なのかどうか聞くぐらいなら、自分の脳の有無を確認したほうがいいね」

 伏せていた顔を上げ立ち上がる吸血鬼。知りたくもない事実を知らされた八つ当たりをするつもりだった。が、既に視界に死神の姿はなく。声だけが残響としてあたりを漂っていた。足元に残されたハンカチを踏みにじり、川へと蹴飛ばす。憎悪の黒と悲しみの藍が川に広がった。川の上を舞っていた霊魂達は当惑したかのようにその場から散っていく。

「彼女は満たされ続ける。宝石のような果汁が溢れ出る果実に囲まれ、雲のような軽さの素晴らしく美しい服を身につけ――。が、いくら周りがモノで満たされようとも、彼女はきっと君たちを"捨てた"ことを後悔し続けるだろうね。後悔し続ける限り、彼女の舌は砂の味しか感じないし、彼女の肌はどんな布であろうともごわごわと不快に感じることだろう。――それが幸せだと言うのなら、君は彼女が幸せだと思い続けるがいいさ」

 霧に混じって漂う死神のあざ笑うかのような語尾に零れた涙は、打ち捨てられた灰の上に落ち、白い霧となる。
 行き場のない怒りと悲しみを背負った吸血鬼の背後、樅の花が花束の下敷きになり、静かに潰れた。
色々! まとまってないんで! 後日改めて! コメントやら感想書きます!
10KB以下で唯一1000点超えありがとナス! って書こうとしたら「魔理沙が薬をやめる話」に総合点で負けてました。

名前を明かさないように投稿する行事なので予想で名前が出ないのは誇りだから(震え声)

11/25 あとがきを編集。
11/26 25日の編集の際に本文が意図しない形に編集されてしまったため、それらを投稿時の状態へと修正。及びこの追記。
11/29 誤字の修正。
12/06 誤字の修正。
12/17 作者名公開。及び色々追記。
とまてぃん
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/11/21 21:25:45
更新日時:
2012/12/17 00:44:41
評価:
12/17
POINT:
1130
Rate:
12.83
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産廃SSこんぺ
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0. 140点 匿名評価 投稿数: 5
1. 80 名無し ■2012/11/22 06:46:57
黄泉還りの皮肉。
何故、彼の地を地獄と申されるのか。
『天国』から堕ちた者が逝く場所だからか。
せいぜい樅に虚飾をなすがいいさ。
2. 100 名無し ■2012/11/22 18:29:40
未練が残ってしまいましたか こういう話を待っていたんです
3. 100 名無し ■2012/11/22 18:53:50
地獄に落ちるのをちゃんと待っていれば、あるいは天国に行けたかも知れないのに。
行き急いで折角の楽しみも半減じゃ、馬鹿しかない。
4. 80 名無し ■2012/11/23 08:57:47
肉体は快楽の種類を選ばない。
ただ、より深い方へひかれるだけ。
9. 70 名無し ■2012/11/25 01:15:50
淡々としていて、物静かで、簡潔で、しかしそれが本質にある救いのない陰鬱さを引き立てています。どうすることもできない絶望、みたいなものが身にしみいる心地でした。
野暮なこといいますと、死後の世界がどのみちそんないいところならレミリア(と必要ならその周囲の人たち)も死んじゃえばいいのでは? とちょっと思いました。咲夜に会える可能性も少しはありますし。そんな簡単な話じゃないと言われればその通りですが。
あるいは死後の世界は完璧である代わりに親しい人と決して会えないとか、そういう設定があるのかなーとか考えたりなんだりいろいろありますが、要するにこの話はとても面白かったです!! 死後の世界に咲夜を寝取らレミリア可愛い。
10. 100 名無し ■2012/11/26 21:49:53
死後の世界には勝てなかったよ…。
11. 80 名無し ■2012/11/28 10:12:51
一度死後の世界を覚えた肉体には死がしがみ付いて離さない。
面白い発想でした、こういう死後の世界もあるのか。
12. 80 名無し ■2012/11/29 18:36:05
印象深い作品だ・・・
13. 90 名無し ■2012/11/29 21:36:26
樅の花言葉は「時間」なのか。
時間が下敷きになって無残に潰される。見事な暗喩。

冒頭の描写からフランだと思って読んだので、**が誰とでも取れたのも好みでした。
15. 50 名無し ■2012/12/03 13:08:03
不思議な作品ですね
16. 80 名無し ■2012/12/07 02:19:07
死神と吸血鬼の、淡々としているようで危うい均衡を保った会話、素敵でした。

死後の**が幸せだと思いたい残された吸血鬼は死神と話をすべきではなかったのかもしれないですね。
17. 80 名無し ■2012/12/16 19:02:51
雰囲気が好き
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