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『産廃SSこんぺ 「多々良小傘の現代見学」』 作者: シドニー
不運にも大型の台風が直撃し、三日三晩降り続いた雨上がりの幻想郷。
秋空に浮かぶ薄雲の切れ間からは日の光が射し込み、空の果てには巨大な虹が見える。
そんな希望に満ち満ちた風景の中を水溜まりも気にせず鼻歌混じりに歩く人影があった。
その人影の正体は忘れ傘に憑いた付喪神が長い年月を経て妖力を得た結果妖怪化してしまった不運な妖怪。多々良小傘だった。
■
「やーっと雨が止んだわーホント雨ってやだわー」
誰に言うでもなく大きくも小さくもない程度の声で言う。
傘の妖怪なのに雨が嫌いなんて。とか言われるかもしれないが雨の日は人間があまり外へ出たがらないから嫌いだ。
というのも私は人間の驚愕の感情を糧として生きているので人間が外へ出ないということは私は絶食も同然だし、そもそも私は人間が大好きなのだ。だから人間が困る事は基本的に私も嫌いだ。
現在私はようやく雨が上がったのでノコノコ外へ出てきた人間でも驚かそうと思い人間を探しているところだったがやはり人里の外ではそうそう人間なんて見つからない訳で、しかし私のお腹も減っているので諦めて家でふて寝を決め込む事も出来ないジレンマに陥っていた。
いざとなったら人里の人間を驚かすという最終手段もあるにはある、が。下手をすると退治されかねないのであまりやりたくはない。
「と、そんなこんな考えてたら人間発見っと」
ターゲットは前方を歩いている日傘を差した金髪の女性。距離にして20メートル程だろうか、まだあちらは私の存在に気付いていないらしい。
私は足音をたてて気付かれないないようふわりと僅かに浮遊して女性に近付く。
「(人間がこんな場所をフラフラしてた報いだ。驚いたらさっさと人里へ逃げ帰れ!)」
そして
「うらめし……ぐえっ!」
勢いよく背後から大声で驚かすという古典的かつ効果的な方法を使う筈だったが私の口から出たのは間抜けな声だった。そして突然私の鳩尾を襲う鈍痛と込み上げる暴力的な吐き気に近い感覚。
いまいち何が起きたのか分からないもののとりあえず状況を把握するために現状の確認をしようと思う。
何があったのか確認しようとまず視線を下げ私の鳩尾あたりを見る。
すると驚かそうとしていた女性の握り拳がめり込んでいた。あぁこれだけで疑問が全部解決したわ。
「あらごめんなさい。反射的に」
女性に言われてようやく思考と体が合致した私を襲うのは吐き気。それも単なる吐き気ではなく痛みに耐えながらのだ
「うぐっ、おえぇぇぇぇええ!!!」
とはいえ私の身体は本質的には傘なので一般的に人間が摂取する食べものは食べないし当然胃にあたる器官は体内に存在するものの人の形をしている上でのアイデンティティ程度の飾りでしかないので胃液やら何やらの分泌は無い。
だから吐瀉物が渇きを潤す為に飲んだ僅かな水くらいなのは不幸中の幸いだったかもしれない。
■
「大丈夫?」
ひとしきり胃から逆流してきた水を吐き出した私に対してそう言ったのはターゲットだった女性。
誰のせいでこうなったと思ってる。と言おうと思ったがよく考えたら別に誰のせいでもないしどちらかというと自業自得だったわゴメン。
「お姉さん強いね。人の身で里の外をうろつく訳だよ」
そんな逆恨み言の代わりに私の口を突いて出た言葉は賞賛の言葉だった
「残念。私は人間ではなくてよ」
「え? でも間違えるわけない。お姉さん人間の匂いがするよ」
ここで言う人間の匂いとはいわゆる嗅覚に依存する匂いではなく妖怪特有の感覚であってどんな感覚なのか聞かれると説明に困る。
「勘だけど絶対に当たる」という表現が一番近いかもしれない。
話が逸れた。そんな訳でとにかく私が人外を人間と間違うなんてあるはずがないのだ。根拠は無いが
「そういう能力を持ってるの。私はれっきとした妖怪よ」
釈然としないが「能力だ」と言った以上詳しくは教えてくれそうにないので私もこれ以上は聞かない。
「へぇそうなんだ。あ、お姉さん名前は? 私は小傘。多々良小傘」
「私の名前は紫。八雲紫よ。よろしくね傘の妖怪さん」
改めて紫と名乗る妖怪を見るとがさつな野良妖怪の私と違って化粧をしていたり服に使われている布が素人目に分かるほどしっかりしていたり、小物の細部に至るまでやたら気品溢れているのが見てとれる。
そんな容姿に加え完全に死角から驚かそうとしたのに対して反撃出来たりするあたり私よりも二回りは上級な妖怪かもしれない。といっても私より低級な妖怪の方が少ないのだが。
「ゆかり……繋がりを表すいい名前だね。その日傘も幸せそうだし」
「それはどうもありがとう。殴ってしまったお詫びに何かご馳走したいのだけど何がいいかしら? 人間?」
涼しい顔で人間をご馳走するとか言うあたりやっぱりこの人妖怪だわ。と素直に思う。
「い、いや……私人間は食べないから。それに殴ったって言っても私も悪いし」
「貴女は妖怪なのに人間を襲わないの?」
さも珍しそうに私を見る紫さん。それもそうだ、一般的に妖怪の主食は人間なのだから異端は私の方だ。
「襲うけど食べないっていうか。私は人がビックリするとお腹が膨れるの」
「ふむ……ならいいところへ連れていってあげる」
「いいところ?」
「そう、いいところ。貴女、外の世界に興味ない?」
外の世界というのはつまり幻想郷の外だろうか?
確か外の世界は幻想郷よりも更に技術が進んでいるらしい話を私が通っている寺でなんとなく聞いた事がある。
だとしたら傘も私が持っているような唐傘ではなくてもっと私の想像も及ばないような凄いものになっているかもしれない。正直すごく興味ある。
しかし外の世界とは、嘘をついてるようにも見えないけどこの人一体何者だろう。
「興味ある。けど……行けるの? 私が?」
「行けるわ。いくつか約束を守ってもらうけど」
「約束?」
「まず、外の世界では私の監視下に置かせてもらう。それと人間を襲わないこと。あとは帰ってきた後に外の世界に行った事を誰にも話さないこと。守れる?」
「うん、守る! 守るけど紫さん何者?」
私が聞くが紫さんは微笑むだけで私の問いには答えてくれなかったが目が「聞くな」と言っているような気がするので紫さんの事についてもあまり聞かない方が良さそうだ。
「小傘ちゃん今日何か予定はあって?」
「こんな朝っぱらから人を驚かそうとする程度には暇だよ?」
「なら早速行きましょ」
私の答えを是としたのか紫さんはなにやら空に向かって指先をするりと滑らせる。
すると急に私の視界が暗転し、体を落下とは違う妙な浮遊感が襲った。
■
「んあ? どこここ?」
地に足ついて視界が開けたかと思うとそこは先ほどまで私がいた水溜まりだらけの獣道ではなく素材までは分からないがなにやらピカピカの天井に顔が写る程ツヤツヤの床、そして衣紋掛けに掛けられた大量の新品らしい衣類、私の目の前にはこれまた新品と思われる丁寧に畳まれた傘らしき形状の物が物がずらりと並んでいる。
それとなく聞き耳を立ててみると生き物の気配こそ感じなかったが何やら軽快な音楽がどこからともなく聴こえてくるのが分かった。
しかし私もそれなりに生きてきたがこんな現実感のない音色を聞くのは初めてだ。どんな楽器を使えばこんな音色を奏でることが出来るのか不思議でならない。
「紫さん……?」
ひとしきり辺りを見回して特に危険がないらしいことを確認した後、思い出したように先程まで一緒にいたはずの紫さんの名前を呼んでみる。
「(ここよ)」
するとどこからともなく紫さんの声が。
どこからかと思って声の出所を探してみるとどうやっているのかは不明だが私の愛用の唐傘かららしい。
「あのーここは一体……?」
「(小傘ちゃんの思考を反映した結果、外の世界の衣類店……いわゆる服屋の一角にある傘売り場に飛んだみたいね)」
「ええっ!?」
私はここが巨大な倉庫か何かだと推測していたのだがなんと、これら大量の衣類から傘らしいものから何から何まで全て売り物とのことだ。
私の知る限り洋服の作成には無数の手順があり形によってその製法も様々だ。傘だってこれだけの数ならまず材料を集めるところから難しいと思うし、仮にこれらが私の唐傘と同じ素材で作られているとなると保存にも気を使わねば使用されることなくあっという間に傘としての生涯を終えることになる。
大体ここが服屋なら店主はどこに居るのだろう? 私は盗らないがこのままではせっかくの商品を勝手に持ち出されてしまう。
「(小傘ちゃんは外の世界の傘に興味があるのね。ちょっとそこにたくさん並んでる黄色い小さな傘を広げてみましょうか)」
「え? いいの?」
「(ええどうぞ)」
紫さんに言われて私はずらりと並ぶ黄色いからの中から一本を手に取る。
「軽い……」
まず出た言葉はそれだった。正確な重さは分からないが恐らく私の唐傘の半分以下、いやもっと軽いかもしれない。
そして触れてみるとツルツルとしている。
「(ちょっと手を借りるわね)」
「わわっ!」
紫さんの言葉の後私の両手の制御が効かなくなって勝手に手に持っていた黄色い傘を紐解き始める。
「(これでよし、後はここを親指で押してみなさい)」
私の親指が勝手にトントンと動いて金属でできているらしいこの傘の骨の突起を軽く叩く。ここを押すらしい。
私はゴクリと生唾を飲み込んで一気に突起を押し込む。すると
ボンッ!
という腑抜けた音が辺りに響き、手に伝わる衝撃と共に持っていた傘が勢いよく開く。
私はというとビックリしてその場で腰を抜かしてしまった。若干チビッた気がするが気にしない気にしない。
しかし驚かすことが本分の私が驚かされるとは何とも情けない。
「なに……これ?」
辛うじて出た言葉もこの通りである。
「(これはジャンプ傘というタイプのバネの力によってボタン一つで開く外の世界では一般的なタイプの傘よ。ちなみに小傘ちゃんの持っているそれは通学傘と言って特に寺子屋に通う程度の年齢の子供がよく使うわね。大きさこそまちまちだけど大体ここにある傘はそれと同じ構造をしてるわ)」
「へぇ!」
「(他のも見てみる?)」
「いやいい……」
傘を開くたびに腰を抜かしては堪らないので断っておくことにした。
「(そう、なら次行きましょう)」
「次?」
私の問いに紫さんは答えることなくわたしはここに来た時と同じ視界の暗転と気持ちの悪い浮遊感に再び襲われることになった。
さすがに二回目なので頭は冷静だがやはり急に足場が無くなるのは不安なものね。
■
視界が開けてくる。
今度も光る天井に顔が映るほどピカピカな床にこれまたいったい何の楽器で演奏しているのかは不明だが軽快な音楽がどこからともなく聴こえてくる場所だった。
先程と酷似した内装、雰囲気から私はここも何かのお店らしいと推測するが今回は衣類が並んでいる代わりにいろんなサイズの棚に様々な用途不明の物が所狭しと並んでいるので何の店かまで想像が及ばない。
ちなみに先程は誰も居なかったが今回は私の近くの長テーブル越しに年齢にして二十歳前後らしい感じのいい金髪のおねえさんが居る。
時々声を張って「いらっしゃいませー」と言っているのでこのお店の店主さんかもしれない。
そこまで確認したところでふと目の前を見ると今回も傘らしきものが。
今回の傘は白と透明を基調とした物で、先程の通学傘のように同じものがたくさん並んでいる。
「触っても大丈夫よね?」
「(大丈夫よ)」
今まで黙っていた紫さんがいきなり私の問いに答えてきたので少々面喰らいながらも触って平気との事なので遠慮なく並んでいる透明な傘のうち一本を持ってみる。
「これは……さっきのよりも軽いわ」
手に取ってみた透明な傘は非常に、悪い言い方をするなら頼りないほど軽く手触りはやはりツルツルとしていたがどことなく先程の通学傘よりも作りが荒い気がした。
「たしか開くにはここを……」
「(ちょっと待って)」
これも開いてみようかと思ったが紫さんに止められてしまった。なんだろう?
「(ここで開くのはまずいの。まずは紫お姉さんの説明コーナーからいいかしら?)」
一体いつそんなコーナーが出来たのかは甚だ疑問だったがなにせ私はこの世界に関する知識が無に等しい。なので紫さんの言うことは聞いたほうが良いだろう
「なんですか?」
「(小傘ちゃんの持ってるそれはビニール傘といっていわゆる使い捨て同然に使われるとっても安い傘でさっきまでの傘と違ってどれもデザインが似通っているからいちいち中を見たりしない物なの。変な目で見られちゃうわ)」
「外の世界では使い捨ての傘なんてあるんですか?」
「(とんでもない。使い捨てというのは極論で実際は大事に使えばそれなりに長く使えるわ。でも安さゆえにいくらでも替えが効くからそうする人はそうそう居ないわね)」
「ちなみにどのくらい安い?」
「(平均的な一か月のお給料だと二千本ほど)」
「に……二千本も?」
幻想郷では傘は一生モノという程度には高価だ。油紙が破れたら貼り直し、骨が折れたら新しい骨に替え、そうして長く長く使っていく物だし私たち付喪神としても使い物にならなくなるまで使って最後の最後には持ち主の手で破壊することで弔って欲しいと願っている。
もっとも私のように紛失という最悪のケースもあるようだが
「(それ買って使ってみましょうか)」
「え? でも私この世界のお金もってないよ」
この世界のお金というか幻想郷でも無一文に等しいはずなのだが、くだらない見栄でも働いたか私。
「(右のポッケ♪)」
紫さんに言われるままスカートの右ポケットを探ってみると塵みたいなゴミの中に感じた金属のひんやりとした感触にビックリ。引っ張り出してみると金属でできた銀色に光る見覚えのない小さくて薄い円盤状の物が入っていた。よく見ると”100”と書いてある。確かこれは百と読むんだったかな
「(それだけじゃ無理だから左のポッケも)」
言われ、左側のポケットも漁るともう一枚。今度は黄土色で真ん中に穴の開いた先程の”100”と書いてある円盤よりやや小さめの輪っか型の円盤が出てきた。
こちらの円盤には”5”と書いてあるがこれは読める。五だ
「(それが外の世界の通貨。まずその傘をあそこにいるお姉さんに一度渡して、そのお金を渡して、ありがとうございました。って言われたらお使い成功。OK?)」
「ええっ出来るかな?」
「(大丈夫よ。行ってみなさい)」
とは言われるもののなかなか行けずに傘とお金をを持ってうろうろしているとおねえさんが声を掛けてきた。
「君、それ買うの?」
「ははははいこ、こりゃ」
緊張してなんか意味の分からない言語を喋っている気がするやばい。
でもなんかお腹が膨れてきた。このおねえさん今私を見て驚いてるよ
「あ、百円の商品が一点でお会計が百五円になります」
確かお金を出すんだった。とふと思い出しておねえさんの手に紫さんからもらったお金を差し出す
「百五円ちょうど頂戴します。ありがとうございました」
とにこやかにおねえさんがかさを差し出してきた。これは多分もう持って行っていいのよね?
そう判断して私はおねえさんから傘を受け取って長テーブルを抜ける。
「ふう、緊張したー……けどなんだかお腹いっぱい」
「(お疲れ様。いま小傘ちゃんを回収するからちょっとあのおねえさんから見えない場所まで移動してもらえる?)」
紫さんにそう言われたのでお店の端っこまで移動する。と、三度あの暗転と浮遊感が。
そうそう、今初めて気づいたけどこれって私の足元に穴が開いてそこに私が落ちて行ってるんだね。どうやってるんだろこれ?
■
暗転と浮遊感から解放されると私の目に映った景色はほんの一時間前くらいまで私たちが居た雨上がりの幻想郷の獣道だった。
今回はちゃんと紫さんもいる。
「おかえりなさい」
微笑みながら紫さんが私に言うので私は「ただいま」と答える。
「外の世界はどうだった?」
「なんかうまく言えないけどすごかった!」
「それはよかった。買ってきた傘を見てみたらどうかしら?」
「そうだ、あっちでは見てなかったわ」
私は慣れない手つきでビニール傘を開き、日に透かすように天に掲げる。
素材こそ分からないが日差しが透明な膜を通してやんわりと私に降り注ぐのを感じた。こんな良い傘が使い捨てとは外の世界は恐ろしいわ。
「気に入ったみたいね。それはプレゼントするわ」
「えっいいの?」
とか言いつつ内心期待していた私。
「ええ。でもかわりに今度は見学じゃなくて外のお勉強よ」
「勉強は苦手だなぁ」
「勉強と言ってもまた外の世界をまわってもらうだけよ」
「うーん……なら頑張る」
「いい子。それじゃ行きましょう」
紫さんに言われてあの暗転と浮遊感に備えて目を閉じる私。
しかし意外なことに今回は暗転だけしか来なかった。ちょっと拍子抜けかも。
いや別にいいけどさ
■
瞼の向こうに光を感じて私は閉じていた目を開く。
視界が開けた途端に地面が小刻みに揺れる感覚が私を襲い、バランスを崩しかけたが何とか踏みとどまって咄嗟に金属でできた細い柱に掴まると状況を確認しようと辺りを見回す。
どうやら室内だ。またしても光る天井だが今回は床が泥で汚れていて楽器不明の軽快な音楽や所狭しと並んだ大量の商品がない。
内装は寺子屋の廊下の両端にふかふかのベンチを並べて取り付けたような空間で、両端にある”それ”がベンチであることを証明するように数人の人間が座っている。
以上の点から私はここが休憩所の類かと思ったがこんなカタカタ揺れるところでところで落ち着けるものなのかな?
まだここがどこか知るには情報が足りない、というか足りないというとなんだか足りないものがある。
「あれ? 傘……」
無い。
愛用の唐傘が、さっき紫さんから貰ったビニール傘が。
今さっきバランスを崩した時に落としたのかとも思ったがそもそもここはそんなに広くないし密室だ。傘が二本も落ちていたらさすがに気づく
「紫さん……?」
私をここへ連れてきてくれた張本人の名前を呼ぶが反応がない。
なんだか釈然としないがひとまず私も座って状況の確認の続きをしよう
内装はさっき言った通り。現在私の向かいのベンチには黒に金色のボタンが特徴的な学生服(この子たちのは学ランっていうんだっけ?)を着たボウズ頭の青年が三人並んで座りながら談笑している。
ベンチに挟まれた、泥でうっすら汚れた通路(?)の先には扉があってその先にも同じ空間が広がっていた。
窓があったので外を見るとここでようやく地面が揺れている理由に感づいた。この建物自体が動いているのだ
少々頭が混乱してきた。まるで意味が分からない。
こんな時説明してくれる紫さんも何故か今はいない。
――次は北春日部ー北春日部ー。
「きたかすかべ?」
紫さんがひょっこり話しかけてこないかしばらく待っていると紫さんではなく元気のなさそうな男性の声がどこからともなく聞こえてきたが言葉の意味は分からなかった。
それからもう少し待っていると急に建物自体の速度が落ちているような錯覚に襲われた。いや、錯覚じゃなかった本当に遅くなってる。
私が感じた速度の低下を合図にするように私の向かいに座っていた三人の少年が立ち上がって荷物をまとめはじめた。
「つーかマジ雨やばくなかった?」
「台風だしな。お前んちボロいけど大丈夫だった?」
「いや家は大丈夫だったんだけどなんか木の枝が飛んできて風呂場の窓が割れちゃったよ」
「いやいやいや家大丈夫じゃねーじゃんそれ」
私の横まで移動した少年たちがそんな会話をしている。
案外人間の話すことのレベルなんて私たちとそう変わらないんだなー。とか考えつつふと少年たちの座っていたベンチを見るとあることに気づいた。
(あ、傘忘れてる)
私の視線の先にはベンチに立て掛けるように私が貰った物とよく似たビニール傘が置き去りにされているのが映っている。
そしてよく見ると三人いる少年のうち一人だけ傘を持っていない。たぶんあの子の物だろう。
建物が完全に停止して空気が抜けるような音とともに完全に閉じていたはずの壁が開き少年たちが建物の外へ出て行く。
一連の動作の意味を考える間もなく私は少年の忘れていったビニール傘を片手に走っていた。
「お兄さん、傘忘れてるよ」
知らない人を驚かすことこそ日常だが知らない人に親切にするのは奇跡でも起きなきゃ無理だと断言できるほど勇気のいることだと思った。
それでも見過ごすことが出来なかったのは付喪神故の性分だろうか。そして皮肉にもそれほどの勇気をもって私が声を掛けたことに対してこの少年たちは驚愕してしまっている。
ちょっと傷つく、でもお腹が膨れる。うめえ
これで「助かった、ありがとう」と一言礼でも述べて私が差し出した傘を受け取ってくれればよかった。が、残念ながら私の奇跡はそこまでで終わってしまっていたようで少年から出た言葉は私の予想を大きく裏切るものだった。
「それ俺のじゃねーけど」
「え?でもさっきまでこれ持ってたじゃない」
咄嗟にそんな言葉が私の口をついて出た。
そうだ、思い出した。状況を確認しようと辺りを見回した時確かにこの人間はこのビニール傘を持っていた。
「んどくせーな。もう雨降ってねーし持って帰んのもタルいからやるよそんなもん」
私の言葉を聞いた少年は軽く舌打ちをするとそういって私に背を向け歩き出した。
私はというと少年の言葉を一瞬理解できずにもう一度言葉の意味一つ一つを咀嚼していた。
「ふざけるな!」
そして意味を理解した時にはそう怒鳴っていた。
少年たちは今日一番の驚愕と共に私のほうを振り向く。
お前のそんな身勝手のためにこの傘に私のような思いをさせて良い筈が無いんだ!
私はスペルカードを手元に出現させ、名前を宣言する
「驚雨「ゲリラ台ふ……」
はずだった。
しかし不意に意識が遠のき、あの視界の暗転と浮遊感に襲われた。
――
気が付くと私は先程の場所にはおらず悪臭の立ち込めるゴミ山の中に立っていた。
相変わらず私の唐傘は見つからないが私の右手には先程の少年のビニール傘が握られている。
「ここは……」
見渡す限りのゴミ、ゴミ、ゴミ
少なくとも私にはここがいい場所には思えないし自分自身本能的にこの場所を嫌っているのが分かる。
それから私は少しうろついてみるがやはりゴミ以外の物が見えてこない
「痛っ」
足場が悪くて転んでしまった。よりにもよってこんなところで最悪だ
立ち上がろうと腕に力を込めると見覚えのあるものが目に飛び込んでくる。
「これって……傘?」
それは最初の店で見た黄色い通学傘だった。ただしボロボロで、骨もひしゃげていてもうとてもじゃないが使い物にならないだろう。
私は「ひっ」っと小さく悲鳴をあげて無意識にボロボロの通学傘を投げ捨てた。
見れば私が転んだ場所の周辺にはそういった壊れた傘たちが大量に散乱している。
私にはそれが壊れた傘たちが私の事もこの傘の墓場へ引きずり込もうとしているように見えて……
「いやああああああああああああああ!!!!」
気づけば私はめちゃくちゃに走り出していた。
傍目から見たらさぞかし無様な逃走だっただろうがそんなことを思うより一刻も早くあの場所を脱したかった。
息が切れるほど走り、周囲に壊れた傘がないことを確認すると私は肩で息をしながらようやく立ち止まり膝から崩れ落ちる。
寒くないのに体が勝手に身震いする、鳥肌が立つ、臭いのせいだけではなく吐き気がする。
……体全体でこの場所に対して恐怖している。嫌悪してる。私はこの場所が怖い。怖い。怖い。
「もう……帰りたいよ」
左右非対照色の目からは勝手に涙が流れていた。
もう疲れた。眠い。
私は波のように迫りくる浮遊感に身を任せ意識を手放した。
――
視界が晴れ、周囲の景色がはっきりしてくる。
また別の場所に着いたのだと思って体を動かそうとするが何故だか動かない。
その異常に対して アレ? というこえを出そうと思ったが声にはならずに静寂へと紛れていった。
なんだか頭の中もぼんやりする。この感じは……そうだ。夢の中にいる感じに近いかもしれない。
辺りを見ても誰も居ない、そして紫さんも居ない。
軽くパニックになりかけるがとにかくぼんやりする頭を働かせ状況を確認しようと視界に入る部分から今いる場所だけでも割り出そう。
まず私が立っている場所は……傘立て? なんでこんな場所に居るんだろう。
傘立てから見える景色は人通りのない夜の街並みだった。ここは外の世界……?
今日初めて行ったばかりの世界なのになんで外の世界だと思ったかは分からない普通なら人里だと思うのが自然なはず。でも何故だろう、すごく懐かしい。
この感じは一体なんだ?
そうだ
これは私が傘だった頃の……
――
■
「小傘ちゃん!」
私を呼ぶ声がする。誰だろう? いやこの声は知ってる、紫さんだ。 そうだ、私は紫さんと外の世界の勉強を――
「ハッ……!」
頭から冷や水を被ったように急速にぼやけていた頭が覚醒していく感じがした。いつの間に寝てしまったんだろう
嫌な夢を見たものだ。おかげですっかり嫌な汗をかいてしまった。
ここはどこだろう? 幻想郷じゃない、というより辺り一面真っ暗なのに私と紫さんの姿がハッキリ分かるほど”暗くない”のだ。
まるで神様が私と紫さん以外のスペースに墨をこぼしてしまったような様な。少なくともこんな私は場所知らない。
「ごめんなさい。貴女の追尾と境界の保護をすっかり忘れていたわ」
「追尾? 境界の……保護?」
私は体を起こしながら紫さんに聞く
「今回最初の電車内に飛ばした以外は貴女が強く思った事に関連した時間の施設や場所に飛ぶよう調整したのだけどそういうことをする時は境界の操作が私の手を離れるから私の座標を貴女に固定しなければならないのを忘れていたわ。それと妖怪が外の世界へ行くには人妖の境界を保護しないと存在が曖昧になって消えてしまうの。もう少し発見するのが遅かったら存在を維持できずに消えてしまうところだったわ」
「そう……ですか」
つまるところあの傘の墓場へ行ってしまったのは私のせいだというわけだ。
なんにせよ帰ってこれてよかった。
「あら?その傘は?」
紫さんに言われて右手を見ると少年のビニール傘が握られていた。
「これは……向こうで貰いました」
とてもじゃないがあんな胸糞の悪い話を語って聞かせる気にはならなかったのでそう答えておいた。
それに傘の身でない紫さんにはこの憤りは理解してもらえないだろう
「そう、あぁこれ。貴女の唐傘と……迷惑をかけてしまったからこれもあげるわ。ビニール傘」
「唐傘! 良かったー探しちゃったよー」
でもビニール傘二本あっても持て余しちゃうかな? どうしよう。
「そうだ! まだ私が強く思ったところに飛べます?」
「? えぇ」
私が今行きたい場所は――
■
「ちぇ。降られるなんてツイてないわ」
バス停で雨宿りしているワイシャツと茶色のスカートを着た大学生風の少女がそう独りごちた。
彼女は現在バスで通っている大学の最寄りのバス亭までまで来たのだが絶賛ザーザー降りである
台風一過の昼下がりに再び雨が降るなんて聞いてない。と思ったが午後から降るとか相棒が言ってた気がする。
少女はここまで来たけど気分も乗らないしもう今日の講義はサボって家でふて寝決め込もうか。などと考えていた。
「ばぁ!!」
「うわぁ!」
そんな邪な事を考えていたものだから予期せぬ来客に過剰な反応をしてしまった。普段はどちらかというと何があっても動じないクール系なのに
しかもしかも来客の正体が知り合いでもなんでもないただの変な色の唐傘をさしたお転婆小娘だったのだから彼女のダメージは結構なものだ
「な、なによ」
「いやーすごい雨だねー。ところでおねえさん傘は?」
「忘れた。そういうアンタは立派な物持ってるね。」
「いいでしょ。あげないよ?」
「いや別にいらないわよ」
「フフン。代わりにこっちあげる」
お転婆小娘が差し出してきたのはビニール傘だった。
「え……?」
「いいからいいから。受け取ってって」
「いいの?」
「私にゃ立派な唐傘があるからね。そのかわりその子は使い物にならなくなるまで使い潰して最後の最後はおねえさんの自身の手で破壊して、出来ることなら神社で供養してやってよ。」
変な事をいう子だと思ったが時間的にも余裕はないので念入りに念入りに礼を言って少女はその場を後にした。
少女がもう一度バス停のほうを振り向いた時にはもうお転婆小娘は影も形もなく消えていた。
――でなきゃ、化けてでちゃうかもよ? うらめしやーってね。
雨音だけが響く台風一過の昼下がり、そんな声が少女には聞こえた気がした。
「って事があったの。不思議じゃない?」
「蓮子。もしかしてその子青髪で赤と青のオッドアイだったーなんてことないわよね?」
「え? そうだけどなんでメリーが知ってるのさ」
「やっぱり! 私がバイトしてる百均で今朝ね、唐傘を持ってるのにわざわざこれと同じビニール傘を買っていった子が居るのよ。しかもその子ビニール傘を買った後に店の中で消えちゃったの!」
「メリーの目の前で?」
「目の前でじゃないけどウチの店は防犯の都合上出入り口がレジ後ろの一つしかないの。こっそり出ていこうにも気付くわよ」
「じゃあずっと店の中にいたんじゃないの?」
「ずっと店内に居たとして私は二時。ついさっきまでバイトだった。蓮子がその子に会ったのは十二時四十五分くらい。つじつまが合わないのよ」
「ふふーん……これは匂うわね」
「ええ、境界の匂いね」
「決めた。メリー、今度の休みは”サークル活動”唐傘お化けの正体暴きよ!」
――
もろたで工藤!
じゃなくて大多数の人と初めまして。シドニーと申します。
作者名を見て「誰コイツ?」ってなってるのが目に浮かぶわ。ふははは(誰
普段は読み専なのですが今回産廃こんぺということで頑張ってみました。
最初の目標では500点くらい貰えたらいいなーとか考えてたら1890点とか何事よ。私明日死ぬんじゃね?
兎にも角にも点が入るたび、コメントをいただくたび、ツイッターで現代見学の文字を見かけるたび小躍りするほど喜んでました。本当に沢山の評価、コメントありがとうございました!
――以下コメント返信――
※1 この速度にキレのある文章は曹長さんですね。夢の島は勘弁願いたいものです。
※2 そう思っていただけたのなら書いた甲斐があります。
※4 ありがとうございます!
※5 蓮子ならきっと……
※6 それはお気の毒に。ちなみに北春日部を舞台にした理由は駅前に高校があるので高校生が出ても違和感ないかなーと思ったためです。
※7 ありがとうございます!
※8 >産廃らしくない おっしゃるとおりです。後々書きますがこれにはちょっと理由があります。
※14 満足いただけたのならよかったです。
※17 ですねえ。いちいち購入していたら勿体ないですものね
※18 読んでて気に入らなかったので大幅に修正しましたが書き始めた当初は何も報われない小傘死亡ENDの予定だったので※18さんはそっちの方が好みかもしれませんね(ニコッ
※20 道具は持ち主を選べないからこそ使う側は正しく道具を導きたいものですね
※21 そうですね自分も書いてて思いました。精進します
※23 傘は大切に! 紫の意図は小傘死亡ENDで回収するはずだったのですが急遽小傘生存ENDに変更したので物語の核心に触れる部分でありながら未回収となってしまっています。申し訳ない
※24 キャラの描写に特に気を使っていただけにとてもうれしいです。それと腹パンは私の趣味、廃棄場は小傘死亡ENDの名残になっています。
※25 にげきったあああああ
最後に
※9※13※15※26
このSSはこの方々の小傘ちゃん可愛いに支えられています。
シドニー
https://twitter.com/sidny0520
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/11/22 21:28:44
更新日時:
2012/12/17 03:05:19
評価:
20/27
POINT:
1920
Rate:
14.41
分類
産廃SSこんぺ
ゴミになった果てに行き着くのは夢の郷か、夢の島か……。
最後には必要とする人の元に行きましたか。良かった良かった。
そんな気分になれるいいお話でした。
とりあえず北春日部の少年たちに雨に濡れて風邪を引き苦しむ呪いをかけておこう
あと小傘ちゃん可愛いよちゅっちゅ
小傘ちゃんの冒険譚とてもよかったです。ただ私自身「産廃らしさ」の明確な指針は分からないのですが個人的に産廃らしくないかなーと思ったので90点にさせていただきました申し訳ない。
満足満足
ちょっと綺麗過ぎる話かなとも思いましたが、自分は楽しめました。
余談ですが傘っていちいち使い捨ててたら結構金かかるので私は折れるまでは大切に使いますね。
もうちょっと毒気を、と思ってしまうのは、私が腐っているからなのでしょうね。
今の愚かな人間にこそ彼女の様な存在が必要だと思いました。
キャラが魅力的だった。
ストーリーは微妙か??それとも独特なのか・・・
まさか秘封に絡むとは…。
うらめしやーって来て欲しいけど小傘ちゃんが悲しむので傘は大事に使ってますよ。
いえ、ほんとに正統派に可愛かった。
ただ、正統派SS系なら正統派SS系で、腹パンゲロは要らなかったんじゃないかと。紫が腹パンってのも何だからしくないですし。
最終的に廃棄場などのトラウマで小傘いじめに行くなら兎も角、良い話なら無理にそういう要素入れない方が、素直な気がしまして。