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『産廃SSこんぺ「例えばこんな玉兎の日常」』 作者: 機玉
【引き抜き】
「今年も0番が1位か〜、すごいなあ」
「私なんかもう10年目なのにまだ500位台だよ〜」
「あはは、あんたはサボり過ぎなのよ」
「よーし今年は去年より10個上がった!よく頑張ったあたし!」
「下がっちゃった……来年はもっと頑張ろうかなあ」
周囲の兎達が先日の学力査定の結果を見て好き勝手に騒ぐ中、私は結果を見つめ呆然としていた。
成績一位の欄に燦然と輝く生徒番号0番。
本来なら喜ぶべき好成績なのかも知れないが、今の私にはこれが出来の悪い悪夢にしか見えなかった。
餅を搗く事よりも兵役に就く事を選んだ玉兎達が最初に入らされる兵士養成学校、ここで良い成績を出した者は月都警備隊に抜擢されて本格的な軍役を課せられる事となる。
だが蓋を開けてみればこの学校にいるのはそのような仕組みを深く理解しているのかも怪しいような有象無象ばかりだ。
留年など普通、四年制でありながら十年以内で卒業できれば立派なエリートというだらけきった施設だが、兎など所詮はその程度の存在だ。
かく言う私も適当に学校を楽しんで適当なところで軍に上がり、銃をいじりながら適当に暮らすつもりだった。
つもりだったのよ。
だが私の周りが度を越した馬鹿ばかりだったせいで今その兎生計画が崩れ去ろうとしている。
私は年一回、生徒達の学力をはかり次年度へ進めるかなどの基準ともなる学年末試験で四年連続主席になってしまったのだ。
こんな事をしでかしてしまっては軍の中でもヤバそうな所に送り込まれる可能性が高い。
いやまだ逃げられる可能性はあるわ、教官に退学届を押し付けて月の反対側まで高跳びしよう。
成績が良かったおかげで給金はたっぷり貰ってるから大丈夫よ、さあ急いで荷物をまとめて、
「あなたが四年間主席を取り続けたという0番の玉兎ですか」
「いいえ兎違いです、私はこの後用事があるので失礼します」
「隠す必要はありませんよ、私はあなたの上司になる予定の者ですから」
「小さい頃から怪しい人にはついて行くなと言われているので」
「ほら、身分証明書ですこれで良いですか?」
「なるほど、かの高名な綿月家の。
恐れながらまぐれで主席になった私などでは綿月家の家名を汚すだけかと思われますので辞退させていただきますではこれで」
「何があなたをそこまで粘らせるのかは知りませんがとりあえず付いてきて下さい。別に取って食いやしませんよ」
糞食らえである。
もはや退路は絶たれたわね、さらば平穏な日常……
「了解しました、せめて安らかに死ねるように手配していただけるとありがたいです」
「そこまで過酷な話ではありませんよ、多分」
フォローするなら断言して欲しい。
二人に連れて来られたのは月の都にある綿月家の屋敷、その中の彼女達の私室だった。
私室という割には私物が少ないこの部屋は綿月依姫の部屋らしい。
しばらく依姫が刀を振り上げて何かをしていたが、それが済むと二人に促されて席に着いた。
「軽く調べてみましたが一応盗聴は無さそうです」
「ありがとう、まあ万が一聞かれていたとしても問題ない内容だし軽くで大丈夫でしょう」
ああ、さっきの変な動きは盗聴が無いか調べていたのね。
唐突過ぎて正気を疑ってしまったので事前の説明が欲しかった気がしないでも無い。
「さて、0番、貴方に来ていただいたのは学校での成績を見込んで頼みがあるからです」
「なんでしょうか?このまま順当に行けば一応私は学校を卒業し軍に上がる事になると思うのですが」
まあ私は逃げる気まんまんであったわけだが、それはあの場で思いついた事であってそれについて何か言われる事は無いはずだ。
卒業生の割り振りは月の軍隊本部が決定する事であるはずなので一支部に過ぎない月の使者がわざわざ私に接触してくる理由が分からない。
「ええ、それは把握しています。ですが我々は貴方の才能を見込んでこのまま他の兎達と共に一兵卒で終わらせるには惜しい人材なのでは無いかと考えました」
「いやそれはありがたい話ですが…それは上が決めることなのでは?」
「軍に上がるならばそうなりますが、私達は貴方を個人的に雇いたいと考えています」
「それは、私兵として雇いたいという事でしょうか?」
「率直に言うならばそうですね、ですが貴方は学業にも秀でていたようですので働き次第では色々な技能を身に着けて働いていただきたいと考えています。
勿論それに応じて報酬も用意するつもりです」
「うーん」
どうする?悪い条件では無いはずだ。
私が軍を志したのは実入りが良いのと本来兎には無い身分保証が得られる事、銃器を好きなだけ弄れる事が理由であった。
逆に言えばそれらの条件に合うならば別に軍人では無くても良いのだ。
兎の私がここで軍属を蹴った所で恨みを買うわけでもなし、それなら軍に入って有事の時に前線に飛ばされるよりはこちらに来たほうが良いかな。
「分かりました、危ない仕事をしなくても良いならこちらに来させて頂きます」
「ありがとう、よろしくお願いね」
まあ精々優遇してもらえるように頑張りましょう。
せっかく所属したのだからこのままここで安全に過ごせれば良いな。
「となると名前が0番のままでは困るわね。依姫、何か良い名前は無いかしら?」
「そうですね……では、一騎当千の働きを期待するという事で『零千』というのはいかがでしょう?」
「良い名前だけど字面がちょっと固過ぎるんじゃないかしら。読みはそのままに非凡な才能と可愛らしさの感じられる名前、『鈴仙』とか良いんじゃ無いかしら」
「良いですね、綺麗な名前だと思います」
「私では身に余る名前かと思われますが……」
「良いのよ、私達は全然気にしないから。あ、気に入らないならまた別の名前を考えるけど」
「いえ、それは大丈夫です。豊姫様達がよろしいのでしたらありがたくいただきます」
私はあまり名前に拘りもないのでよほど変でなければ何でも良い。
名前で何か得をする事があるならば必死に考えるがその様な事があるわけも無いし。
「では改めまして鈴仙、ようこそ綿月家へ。これからの貴方の働きに期待します」
「よろしくお願いします」
こうして私は綿月家のペットとなった。
綿月家には私が来る前からペットの兎が結構な数いた。
この兎達は普段依姫の下で稽古をしていて、地上からの侵攻があった場合に先兵となるべく訓練されている……という事になっている。
確かに綿月依姫が毎日稽古を付けているのでそれなりに技術を身に付けてはいるようなのだが、本人達にあまりやる気が無さそうでとても軍隊の体裁を為しているとは言えない。
士官学校より多少マシ程度の部隊に未来があるのか私は早くも不安になってきた。
「依姫様、これ大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ、この部隊の戦力は元々私と姉さんのみという扱いになっているのでこの子達は数に含まれていないのです。兎達は表向きを飾る為のものなので安心して下さい」
私の疑問に綿月依姫は苦笑しながらそう答えた。
もし本当ならこの姉妹の方こそ一騎当千ね。
「あ、依姫様こんにちはー!その娘は誰ですか?」
「この子は新しく入った兎よ。
これから皆と訓練する事になるから仲良くしてあげて下さい」
「はーい、分かりました。よろしくねー!」
「よろしくお願いします」
あまり浮くのも嫌だし元からいた兎達に合わせながら適当に訓練しようかな…いや私首席で卒業しちゃったんだった、ダメじゃん!
仕方ない、変な気を起こす奴が出ないように多少威圧するぐらいの好成績を示すつもりでやろう。
こんな事ならもっと士官学校で手を抜いておけば良かった、本当に……
それから一ヶ月、私は無事周囲の兎達と当たり障りの無い関係を築きながら月の使者でうまく働いていた。
あまり熱心に働いている兎がいない為、心配しなくてもどの兎もそこそこ私を歓迎してくれたのだ。
彼女達にとっては遊び相手が増えたのと同じようなものなのかもしれない。
「鈴仙ちゃん弾撃つの上手いねー。どうやったらそんなに上手くなるの?」
「銃が好きだから時間さえあれば練習してたのよ」
「へー銃が好きなんだ、鈴仙ちゃん変わってるね。私はこういうのどうも苦手で……」
「これが苦手なのに貴方はどういう理由でここに入ったの?」
「私は給料が良かったからだよ。他の子も私と同じ理由か、餅つきが嫌だから、体を動かす方が好きだからとかで銃が好きっていうのは聞いた事無かったな」
「ふーん、そうなんだ。まあ楽しいなら何でも良いんじゃないかしらね」
「あはは、そうだねー」
そういえば士官学校でも月を守りたいとか兵器が好きだとかそういう理由で学校に来ている兎は皆無だったな。
兎の雑談は夜になっても終わることは無く、波長を使っている会話は私も加わりやすかった。
『依姫様いつも忙しそうだよね、恋人とかいないのかな』
『何言ってるのあの人結婚してるわよ。まあ会ってる所見た事無いけど』
『それって形だけなんじゃない?恋人っていう雰囲気じゃ無さそうな気がする』
『依姫様真面目そうだからね、今度コンパとかに誘ってあげたら?』
『直接言うのは流石にちょっと怖いわね……豊姫様も誘って豊姫様に依姫様も誘って貰ったら?』
『あ、それ良いわね!豊姫様なら結構遊んでそうだし。そういえば鈴仙ちゃんは彼氏とかいるの?』
『私はいないわ、士官学校でもあまり異性と遊んだりしなかったし』
『ええー!?鈴仙ちゃん可愛いのに勿体無いよ!コンパとか行けば絶対モテるよ!』
『月人の男の人と遊んだら色々買ってもらえるし楽しいよー。今度の休日行ってみない?』
『誘いはありがたいけど私は一人でぶらぶらするのが好きだからいいの。また今度遊びたくなったら頼むわ』
『そう?じゃあまた今度遊ぼうね』
『あっヤバイこっち依姫様回って来た!そろそろ寝ないと』
『じゃあ今夜はそろそろ寝よっか。おやすみー』
『『『おやすみー』』』
このような感じで上司に聞かれたら締め上げられ兼ねない話題がちょくちょく飛び出す玉兎達の夜の会話は月の使者の名物となっていた。
今の月がいかに平和か分かる。
そして件の休日、私が何をしているかというと……
「鈴仙、貴方は近接戦が苦手なようね」
「そうですね。相手に近づいて戦うのがなんとなく落ち着かなくて、弾で撃つ方が好きです」
「基本スタイルはそれでも構わないけど間合いに入り込めた時に対応できないようだと困るわ。
私が教えるから近接格闘の技術も学んでおきなさい」
「うーん、分かりました」
「何か?」
「依姫様、何故私だけこのような訓練を受けているのでしょうか?
いや訓練を受ける事は吝かでは無いのですがこれから先何か危険な命令を受けるのでは無いかと少し不安になりまして」
「私達は貴方を危険な任務などに送り込むつもりはないわ、他の兎と比べて難しい仕事を任せる可能性はあるけれど、それも危険自体は無いものにする予定です。
しかし鈴仙、貴方は聡明です。得てしてそういう者は本人が望まずとも危険に巻き込まれやすい」
「だから身を守れるようにしておかなくてはいけない、ですか?」
「そう、まあ貴方はもう私達の管理下にあるからそんな大胆に危害を加えられるような事はないと思うけど、一応用心して下さい」
私がいちいち狙われなくてはならなくなるようなら月の治安は末期だろう。
そうならない事を祈りたいわね。
【戦火の種火】
そんなこんなで月日は経ち、幸い何事も無く平穏な日常を送ることが出来た。
私は仕事を真面目にこなしてきた結果、依姫様の側に置いて貰えるようになっていた。
おかげで自分の立場を利用して集めても怪しまれないような旧式の銃を他所から買って来れるようになり、今の生活に満足している。
今の月の兵器はゴミが出ない光学兵器が主流になりつつあるが、私は金属の弾丸を発射する旧式物理兵器が好きだ。
音、反動、硝煙の香り、どれを取っても素晴らしい。
今日も仕事を終えて帰ったらゆっくり私のコレクションを眺めて過ごそう。
「おはようございます」
「おはよう、鈴仙」
私が仕事場に着くと何かを読んでいる依姫様の姿が目に入った。
どうやらニュースのようだ、何かあったのかしら。
「依姫様、何かあったんですか?」
「ええ、少し面倒な事が起きたわ」
面倒な事、依姫が普段は滅多に使わない言い回し……嫌な予感がする。
「地上から攻撃がありました、私達も現場に向かうから急いで準備して下さい」
「冗談ですか」
「残念ながら冗談ではありません」
「……もう現場は攻撃されていないんですよね?」
「ええ、攻撃はすぐに収まったし他の部隊も待機しているから大袈裟な武装をする必要は無いです」
「分かりました、準備してきます」
私が部隊に配属されてから初めての有事、果たしてどうなることやら。
現場について見ると、そこまで大きな被害が出ているわけでは無いようだった。
攻撃されたのは月の都の外縁部で、外部からの攻撃に備えた防壁や迎撃施設の一部が損壊したものの、幸い死傷者は出ていないらしい。
「月都外縁部警備隊『月の門衛』所属、村山将吾です。『月の使者』の方でしょうか?」
「はい、対地上部隊『月の使者』所属、綿月依姫と私の部下の鈴仙です。今回の件ではお疲れ様でした」
「ありがとうございます、自分が配属されてからは今までに無い事態でしたので多少苦戦しましたが、なんとか撃退することが出来ました」
「では、当日起こった事について詳細に教えていただけますか?」
「はい」
村山将吾の話によれば、昨日月の都西部の外縁部に対して何者かから攻撃が加えられたとの事。
攻撃者は物理兵器による爆撃を外縁部に行い、村山隊の迎撃を受けるとすぐさま攻撃を止めて恐らく離脱した、らしい。
恐らくというのは相手が高性能な光学迷彩と観測妨害兵器を使用していたために相手の様子を見ることが出来なかったからだそうな。
「表の月の様子については調べてありますか?」
「はい、地上のものと思われる旗が付きの表面に突き立てられていました。
こちらには足跡等も残されていましたがそこからどうやって都に潜入したのか、あるいはそちらは別の部隊なのか等についてはまだ分かっていません」
「ふむ……」
今回の攻撃が地上攻撃であると断じられた理由は使用された兵器が物理兵器である事、突き立てられた旗、着弾した弾に一部不発弾があり、回収したものに地上の言語が使用されていたかとのこと。
村中なんとかの話を一通り聞き終えた所で少し考えこむ依姫様。
私も彼の話に少々の引っ掛かりを覚えて色々考えていた。
今回の件はまあ表面的に見れば軽微な被害で済んで万々歳なわけだけど、よく見てみると被害が軽微過ぎて敵の目的が全く分からないのよね。
武力行動というのは当たり前のことだが何らかの目的をもって行われる、外縁部に軽微な被害を与えただけでそれが為されたとはとても思えない。
月の門衛の迎撃に恐れをなして逃げ帰ったというのも考えにくい。こちらは相手を観測できていなかったのだ、その状態での迎撃に大きな効果があったとも考えられない。
ではこちらが陽動で何か別の所で何かあったとか?それが成功していたとして今の今までそれの跡すら月の者に気づかせないというのもやはり無理な話だと思う。
ううん考えれば考えるほど何も分からない。
「ひとまず、お仕事お疲れ様でした村山さん。月の使者ではこれから現場や残された物などを元に今回の事件について検証させていただきます。
月の門衛にはしばらく警備体制を強化して外部からの攻撃に備える事を要請しておきましょう」
「了解しました」
「それでは本日はありがとうございました。鈴仙、行きましょう」
「あ、はい」
一旦思考を中断して依姫様に付いて行く。
周りに誰もいなくなった所で声を掛けてみた。
「依姫様、さっきの…」
「鈴仙、あなたは普段頑張っていますから何か食べ物を買ってあげましょう。
今日は特別に食べながら歩いて良いですよ」
「……じゃあクレープでお願いします」
「分かりました」
要するに帰るまで口を開くな、と。何、そんなにヤバイんですか。
まあクレープ食べられるのは嬉しいからとりあえず良いか。
「貴方の察しが良くて助かったわ。この部屋なら誰かに聞かれる心配も無いので色々話しましょう。
まず貴方から何か言いたい事があれば聞きますよ」
「この事件おかしいですよね。相手が何をしたかったのか全く分からないんですけど、依姫様は何か分かったんでしょうか?」
「良い目の付け所ですね、鈴仙。ではこの件について説明する前に少し月の部隊についておさらいしておきましょうか」
この質問だけでなんとなく犯人像が見えてきた気がして怖い。
「えーと月都外縁部警備隊『月の門衛』に対外宇宙軍『月の兵士』官軍『月の騎士』対地上監視部隊『月の使者』が一応月の国軍としては存在している。
しかし名のある貴族の多くが私兵を所有していて、それらの家が月詠様に仕えることで名を持たない巨大な軍隊も存在している、でしたよね?」
「その通りです、そしてこれらの軍隊は一枚岩ではありません。
月詠様主導の政権が月を導いている頃はそれが表面化する事はありませんでしたが、月詠様が政にあまり口を出さなくなり、貴族が力を持つようになると次第にそれぞれが権力を主張しあうようになりました」
「一枚岩では無い、というのは群雄割拠状態なのでしょうか?」
「いえ、実際はそこまで多数の派閥に分かれているわけではありません。主流の派閥は主に2つ、旧来の体制を重んじ月詠様中心の政権を維持してあまり積極的な政治は行わない保守派、もう1つ月詠様には完全に政から身を引いていただき月に新たな政治体制と都市を築く事を目的とした革新派です。
しかし考え方はこの2つですがこの中でも穏健派や過激派等が分かれていてあまり意思の統一が為されてはいない状態でした」
「なるほど、ではそれが今回の事件とどう繋がるのですか?」
「率直に言いますと、私はあの攻撃が地上人で無い事を疑っています」
「まあ確かにそれなら全部説明は付きますよね。月の門衛はどっち派なんですか?」
「保守派の中の穏健派というところでしょうか。あそこはあまり積極的に関わらないのでそこまで重要な立ち位置にいるわけではありません」
「軽くつついて警告して見せるにはちょうど良い所、そんな感じですか」
要するに今回のは誰かは知らないが革新派の中でも過激な派閥が、保守派と事を構える用意が出来たと警告して来たのだろう。
これで引き下がるものは見逃し、抵抗するならば徹底抗戦、いや流石にそこまでいきなり戦争を引き起こすことは無いかもしれないが…それでもこのまま行けば月は2つに割れてしまうわね。
それは避けたい、私は身の安全が脅かされるような日々は送りたくない。
「依姫様、月の使者はどちら派ですか?」
「我々は保守派です、事件の犯人と同じ側でなかったのは幸運ですね」
「喜んでばかりいられませんよ、私は月が2つに割れて戦争なんて悪夢嫌です」
「無論私も嫌です、むしろそんな事を望んでいる者は保守派革新派関係なく少ないはずよ」
「なら、両派閥に呼びかければ今回の犯人は簡単に捕まりますかね」
「今回はそれで手打ちとする方向で姉様に他の派閥と交渉して貰いましょう。公的な発表では地上には申し訳ありませんが地上の仕業で押し通します」
「これで今回は収まってくれるかなあ」
3日後、月の都を襲った地上人は無事地上に落とされたと発表され、その影で数人の月人が処刑された。
保守派も革新派も今は全面戦争に突入することを良しとしないでくれたという事だ、めでたしめでたし。
【月面戦争】
あの事件以来今の所特に変わった事もなく月の都は平和そのものであった。
当の事件も大きな被害をだしたわけでも無いので市民の間でも軍隊があれば特に恐れる必要は無いと思われているらしい。
『この前地上人が攻めてきたんだって』
『ああ、聞いた聞いた。でもすぐに軍隊がやっつけたんでしょ?』
『私も依姫様に聞いたけど外を守っている人がすぐにやっつけてくれたらしいわよ』
『その人達がそんなに強いなら私達も安心だねー、ねー鈴仙ちゃん?』
『そうね、でも私達も軍隊だからいつか戦わないといけないかも知れないわよ?』
『あはは、大丈夫だよ鈴仙ちゃん!私達には依姫様達がいるから』
『そうだよ、鈴仙ちゃんまだ見た事無いかも知れないけど依姫様滅茶苦茶強いんだよ』
『他の月人も簡単に倒しちゃうんだから地上人なら一瞬で倒しちゃうよ!』
『それは凄いわねー』
犯人を捜し出して一瞬で太陽に叩き込んだ豊姫様の能力は記憶に新しい。
姉があんな能力の持ち主なら妹の依姫様もさぞ強いのだろう。
『今日はそろそろ寝るわ、また明日ね』
『鈴仙ちゃんおやすみー』
『また明日ー』
この娘達はちょっと楽観的過ぎるけど綿月姉妹に任せていればある程度安心出来るのも確かかも知れない。
まあ何事も起きないのが一番なのだが。
翌日の事務所、今日は珍しく豊姫様も来ていた。
桃を切ってくれたのでそれを食べながら三人で話をする。
「あれから様子はどうですか?」
「お陰様で一段落……と言いたかったのだけれど、そうもいかなくなってきちゃったのよ」
「今回の件をきっかけに両派閥の対立が表面化してしまったんです」
「えー……」
それは嫌だな、この前一旦解決できたからまだ武力衝突が起きるような段階では無いのかもしれないけど、あんまり火種を残したくは無い。
「しかし今度のは武力衝突では無いし今度はしばらく様子見するしか無いんでしょうか」
「いえ、そうも言ってられ無いのよ」
「革命派が新たな政治体制を築けるように法整備の準備を始めてしまいました。
保守派の我々としてはそれが通ってしまうと締め出しを食らってしまうのでちょっとまずいです」
思ったより余裕無いんですね、ヤバイでしょ。
「どうするんですか?私こういうのは疎いのであまり対策が思い浮かばないんですけど」
「少し気が引けますが、また実力行使で行きましょうか」
「え、まさか武力行使で」
「流石に相手に直接手出しはしないけれど、ある意味それに近くなるかしら」
「鈴仙、今回の手法は覚えておいて損は無いでしょうから貴方にも手伝って頂きます。
今度は本当に地上に月に攻め込んでいただきましょう」
地上に誕生した妖怪の楽園、幻想郷。
かつて八雲紫という妖怪の手によって誕生したこの地は、人間の力の強大化によって行き場を失った妖怪達がその存在を維持して暮らす為に存在する妖怪の楽園らしい。
私達は豊姫の能力によってこの地を管理している八雲紫の自宅に強制的にお邪魔することになった。
この作戦、自宅に土足で踏み入った事に相手が怒り狂って本当に戦争にならないことをまず祈らなければいけないと思う。
この二人も少し焦っているのかも知れない。
「ごめんくださーい」
「はい、どちら様でしょうか?」
中から尻尾がたくさん生えた妖怪が出てきた。
この住居は一応隠された空間にあったはずなのだが強引に押し入った私達に特に驚いた様子は無い。
「月からの使者です、八雲紫さんに用があって来たのですが、お会いさせていただけますでしょうか?」
「月から、ですか。少々お待ち下さい」
尻尾ふさふさ妖怪は豊姫様の言葉を聞くと中に入っていった。
そして約5分後。
「紫様からご了承頂きました。
ご案内しますので中にお入りください」
「ありがとうございます、お邪魔します」
「「お邪魔します」」
私と依姫様も後について入る。
それにしても豊姫様もちゃんと敬語を使った話し方が出来るのね、彼女が私達以外と話している所を目にしなかっただけなのかも知れないけどなんとなく普段のイメージとかけ離れていて違和感を感じてしまう。
全く関係ないことを考えている内に目的地に着いたらしい。
「中に八雲紫様がいらっしゃいます」
「失礼します」
部屋の襖を開けると中に金髪の道士服を着た妖怪が座っていた。
この妖怪が幻想郷の管理人、八雲紫か。
「ようこそいらっしゃいませ、私が八雲紫です。
ただいま皆さんを案内させていただいたのは私の式、八雲藍です」
「月の都の月の使者、綿月依姫です。本日は突然押しかけてしまい申し訳ありません」
「同じく月の使者、綿月豊姫です。依姫の姉にあたります、よろしくお願いします。
こちらは私達の部下の鈴仙になります」
「よろしくお願いします」
「遠くからはるばるお疲れ様でした。とりあえずお掛け下さい」
「失礼します」
私達は八雲紫の前に用意された座布団に座った。
「では、本日はどのようなご用向きでしょうか?私の家にはかぐや姫は隠れておりませんが」
「今回はかぐや姫では無いのですよ。ちょっとしたお願いがありましてね」
「お願い?」
「八雲紫さん、幻想郷の妖怪を率いて月に攻め込んで頂けませんか?」
「……理由をお聞かせ願えますか?」
「現在、月の都では2つの勢力が政治的覇権を争っている状態にあります。
今のところ武力衝突が起こるような事態には至っていませんが、このままでは両者の対立は深まるばかりとなってしまいます。
そこで明確な第三の敵対勢力を用意する事で、月の勢力の意志をある程度統合したいのです。
これが幻想郷の妖怪に攻めこんでいただきたい理由です」
「なるほど、ひとまず今回のお願いの理由は理解できました。
では、何故それを私に?戦闘が得意な妖怪ならば私以外にもこの幻想郷にはごまんといるかと思いますが」
「まず第一に、あなたがこの幻想郷の実質的な支配者である事が大きな理由です。
貴方はこの結界で幻想郷を囲い込み妖怪の楽園を作り上げることに大きく貢献した妖怪であり、現在もこの幻想郷の運営に深く携わっている。私達はそれを見てきました。
だからまず貴方に話を通すことにしました」
「では、第二の理由は?」
「現在の貴方と私達の利害が一致するからです」
「利害の一致、というと?」
「先程も言ったように私達はこの幻想郷をずっと見てきました、そして現在の状況も知っています。
もし貴方が幻想郷の妖怪を引き連れて月に攻めこんできていただけるのなら、貴方が疎ましく思うものは全員戦死する事となるでしょう」
今まで落ち着いた態度を保っていた八雲紫がここで軽く驚きを見せた。
かくいう私も驚いていた、まさかいきなりそんな物騒な報酬を持ちかけるとは思っていなかったからだ
「確かにそれは…なかなか通常では起こり得ない事ではありますね」
「それから貴方が攻め込む大義名分となる戦利品もこちらで用意しましょう。そうですね、八雲紫さんのお役に立つのはどんな物だと思いますか、姉さん?」
「幻想郷を覆っている結界、あれを維持なさるのは少し骨が折れるでしょうから月での結界についての研究資料を提供するのはいかがかしら?」
「なるほど、どうでしょう、八雲紫さん?」
「紫で良いですわ。そうね、魅力的だと思います」
八雲紫も依姫様が示した報酬に興味を示したようね。
このままいけば話はまとまりそうだ。
「では表向きの理由は幻想郷内で自由に人間を襲えていない妖怪の存在維持の為、裏の理由は月の結界の資料の入手の為」
「その過程で尊い犠牲者が多少発生するかも知れない、そんなところでよろしいでしょうか?」
「貴方方のお願い了解いたしました、受けさせていただきましょう」
「ありがとうございます。ではそちらの準備はどれぐらいで整いますか?」
「一週間程あれば大丈夫だと思います」
「では一週間後に私がこちらに来て月への入り口を開きます。
帰りも分かりやすく撤退していただければまた私が開きますのでそこからお帰りください」
「分かりました」
「それでは本日はありがとうございました。戦争が無事終わりましたらまた後日お礼に伺わせていただきますのでよろしくお願いします」
豊姫が挨拶を終えると同時に周囲の景色が変わって月の事務所に戻っていた。
つくづく恐ろしい能力ね。
「八雲紫は本当に応じてくれたんでしょうか、こんないきなりで」
「応じてくれますよ、彼女自身にも言ったようにこれは彼女にとっても非常に利のある話のはずです。
そしてそれを今の話で理解出来る力が彼女にはあります。
強いて問題があるとするならば周囲の妖怪が八雲紫に応じなかった場合ですが、まあそれも恐らくないでしょう。
地上の妖怪は自由に人間を襲えなくなった事で今襲う相手に飢えています、この絶好の機会を逃す者は少ないでしょう」
「へえ、なるほど。よくそこまで地上の事を見ていますね」
「地上の人間と妖怪は決して侮る事が出来ない者達です。
彼等の様子を観察し続け、脅威とならないようにする事が我々月の使者の使命なのです」
優秀な上司を持てて私は幸せね。
他の職場は行った事が無いから分からないけど。
その後、戦争までの一週間は特に変わった事もなくいつも通り依姫様の下でそこそこハードな訓練を受けつつ過ごした。
何か変わった事をして他所に怪しまれては元も子もないからね、これは私でも分かる。
そんなこんなで一応皆の武器が整備不良を起こしたりしていないかチェックを一通り済ませた所で約束の日が訪れた。
「いよいよ今日ですね」
「緊張しますか?」
「そりゃあまあ、一応初めての実戦ですから」
「ふむ、そうですね。では鈴仙は今日は狙撃の練習をしましょうか」
「狙撃ですか?それはまたなんで?」
「あなたが一番狙撃が上手で、八雲紫に渡された戦死して欲しい妖怪名簿に載っている名前が私一人で処理するには多いからです」
「実に分かりやすい理由ですね」
「この名簿に載っている妖怪全員分の弱点になる弾を10発ずつ作って置いたので大切に使って下さい。
今回は相手の種族がバラバラなので弾丸の使い分けがしやすい旧式物理兵器の狙撃銃を使用します」
「酷い出来レース……」
「この名簿以外にも妖怪は大勢いると思われますのでそちらにも撃ち込みつつ残りについては月の門衛の皆さんにも頑張っていただく事にしましょう」
「依姫様はどうなさるのですか?」
「今回は目を引いてしまうとまずいので私も鈴仙と一緒に後方から狙撃します。
戦線が維持できなくなりそうになったら姉さんが適度に『調整』しますので」
「了解しました」
暫くするとこの前襲撃されたのと同じ施設から救援要請が来た。
先日の襲撃から学んですぐに支援できるよう準備を整えておいた……というていで直ぐに私達は現場に駆けつける。
施設に飛ぶと既に月の門衛の兵士達が地上の妖怪を相手に奮戦していた。
「おお、依姫様!援護に来ていただけたのですか」
「先日の襲撃がありましたから警戒していたのですよ」
「先日とは全く様子が違います!我軍も精鋭揃いですがなにせ相手の数がとても多いのでこのままでは押し切られかねません!」
「月の使者も援護します、後方から相手を撃ち抜きますので前線の維持をお願いします」
「了解しました!」
後方に月の使者の兎達が展開して次々に銃を構える。
なんだかんだ言って普段依姫様の下で訓練を受けているのだから彼女達もそこそこ戦えるはずだ、と思いたい。
「鈴仙、私達も」
「はい」
前線は兎と月の門衛に任せて依姫様、豊姫様と私は建物の上から狙撃銃を構えた。
まずは相手の前線に炸裂弾を撃ち込んで相手の隊列を乱し、味方を援護する。
ある程度相手の妨害をした所で今度は八雲紫の名簿の妖怪を探しだして次々と先程の弾を撃ち込んだ。
場所の特定は依姫様が謎の能力を使って瞬時に行なってくれたので思ったよりも楽な仕事だった。
「右60度程の所から真っ直ぐ前方です」
「終わりました」
「次、左30度、今度は空にいます」
「終わりました」
「姉さん、左の方が押されているので相手を後ろに飛ばしていただけますか?
あとあそこの大きい妖怪が厄介なので消して下さい」
「分かったわ」
「鈴仙、あの妖怪は頭は固いので膝を狙って下さい」
「分かりました、ところで依姫様」
「なんですか?」
「なんで相手の居場所がすぐ分かるんですか」
「私には人探しが得意な神様が憑いているんです」
「それは心強いですねー」
相手が弱いわけでは無い、前線では凄まじい攻防が繰り広げられている。
それでも月の兵器が強力である事と私の横の二人が盤面を操作しているせいで全く相手の進軍が許されない。
戦いは月が一歩も譲らない状態で進行し続けた。
「さて、そろそろ正念場です。
鈴仙、こちらは私に任せてあなたはこの名簿に書き留めてある方々に救援要請を送って下さい」
「救援要請、ですか?」
「はい、ここが地上の妖怪の侵攻を受けているから助けて欲しいと。理由は後で説明しますから急いで下さい」
「分かりました」
私は言われた通りに名簿に従って信号を送った。
どうやら挙がっているのは主に革新派の家が多いようだが……
「では姉さんお願いします」
「行ってくるわ」
私が救援要請を出した後に豊姫様だけ何処かへ消えた。
「鈴仙ご苦労様です、姉さんの仕事が終わればこの戦争は無事終了しますのであと少し頑張って下さい」
「分かりました」
何をしているのかは分からないけど私自身に特に負担はかかっていないので何も言う事は無い。
せっかくだから最後まで狙撃の練習をさせて貰おう。
その後、私が救援要請を送った一部の家から援軍が到着したが、その時には既に大勢は決していた。
戻ってきた豊姫様の手で地上の妖怪達は撤退し、戦争は終結した。
陣地で快哉を上げる月の軍隊、これで一応表向きは一件落着となるのだろう。
「姉さん、大丈夫でしたか?」
「ええ、予定通り終わったわ。これで一安心よ」
「お疲れ様でした、あとは後始末だけですね」
「そうね、鈴仙もお疲れ様」
「ありがとうございます」
翌日、戦争に参加した者達で戦勝を祝した祝宴が開かれ、その後二日間は綿月姉妹が戦後処理に追われた為私を含めた兎達には臨時休暇が言い渡された。
滅多に無い実戦で疲れた私達は休暇を利用してゆっくり休んだ。
『皆お疲れ様』
『お疲れ様ー、もうへとへとだよ……』
『私甘いもの食べに行きたいんだけど誰か一緒に行くー?』
『無理、疲れた。あんたよくそんな元気残ってるわね…』
『疲れてるからこそ甘いもの補給しに行くんじゃない!』
『私も今回はパス、家で寝てるわ』
『ベッドが私を離してくれないの……』
『誰も行かないのー?』
『しょうがないわね、じゃあ私が行くわ』
『おお、鈴仙ちゃん!』
『鈴仙ちゃんタフだねー私達よりも頑張ってたのに』
『鈴仙ちゃんが遊びに行くなんて珍しいね』
『まあ、たまにはね』
せっかくの臨時休暇、たまには誰かと遊びに行くのも良いだろう。
臨時休暇の後は依姫様達と共に再びお土産を持って八雲紫の家を訪れた。
「紫さん、今回の件ではどうもありがとうございました」
「いえいえ、私としても得るものが色々ありました。ありがとうございます」
「では、これが月の結界に関する資料になります。どうぞご活用下さい。
それからこちらは個人的なお土産になりますが、月のお酒と食べ物を持ってきましたので、よろしければ一緒にいかがですか?」
「あら、それはわざわざありがとうございます。ではお言葉に甘えてごちそうになりますわ」
八雲紫も家にあったものを出し、そのまま庭に出てささやかな飲み会が開かれた。
「そういえばこれは単純な好奇心からですが、今回月では何が起きていたのか私には教えていただけますか?」
「そうですね……全部終わりましたし、紫さんには教えても大丈夫でしょう。
ただ、一応これは他言無用でお願いします。鈴仙、あなたもですからね」
「それぐらいは分かりますよ」
「よろしい」
豊姫様はお腹が空いていたのか話を依姫様に任せて食べ物に夢中になっている。
もう少し人目気にしても良いんじゃないかしら…と思ったけどしっぽふさふさ妖怪も少し嬉しそうに見てるから良いか、ここの料理は彼女が作ったのかな。
「ではまず、紫さんに現在の月の派閥については説明しましたでしょうか?」
「確か、保守派と革命派、でしたっけ?この前の話でそれとなく聞いた気はしますね」
「そう、現在月は政治的派閥が2つに分かれています。
私達は保守派なのですが、革命派が主導権を握るために動き始めてしまったのでそれを止めるのが私達の目的でした」
「相手の力を削ぎたい状況であった、と。ではそれが今回の戦争とどうつながるのでしょう?」
「簡単に言えば紫さん達と同じです、今回の戦争で彼等も戦死しました」
「え、依姫様今回革命派の方々は戦場に姿を現してすらいませんよ?」
「あなたが救援要請を出したでしょう?」
「ああ…いやでもその人達が来る前に戦争は終わりましたが?」
「いいえ、あの人達はあの戦場に来ていたのです。『記録では』そうなっています」
……だんだん依姫様の言いたいことが分かってきた気がする。
八雲紫もなんとなく察したようで黙って先を促している。
「例えば鈴仙、自分の敵の所にだけ第三者から襲撃があったらどう思いますか?」
「それはまあ、嬉しいですね」
「ではそれを助けに行こうと思いますか?」
「……思いませんね」
「そうですね、ですが彼等は救援要請に自分から応えてくれました。ありがたいことです。
私達はその姿を残念ながら見る事が出来ませんでしたが彼等はきっと勇敢に戦って散っていってくれた事でしょう、私達は彼等に恥じない統治を心がけなければいけませんね」
「依姫様……」
つまり彼等は救援要請に確かに応えはしたがそのまましらばっくれようとした、そこまで分かった上で依姫様達は相手がいるはずのない場所で相手を消した、そんな所なのだろう。
多分やったのはあの時席を外した豊姫様だ。
相手に自分から犯人のアリバイを作らせた上で相手を消す、全く隙の無い恐ろしい方法ね。
八雲紫もなんとも言えない表情で依姫様を見ている。
「貴方は敵に回したく無いですね……」
「ご安心下さい、私も貴方とは良好な関係を保ちたいと考えています」
私も貴方の敵にならなくて本当に良かったと思いますよ、依姫様。
酒を飲みながら私は密かに彼女達の礎となった者達の冥福を祈った。
【地上の楽園】
「鈴仙、貴方には今度出張に行って頂こうと思います」
「私何か重大なミスを犯しましたか?」
「安心して下さい、左遷ではありませんよ」
革命派が完全に機能を失い保守派の支配体制が盤石となった月の都。
綿月家の権力は向上し、私の給料も少し良くなって将来が明るくなってきた矢先に飛ばされるとかなんなのでしょう。
「いえですから怖がらなくても大丈夫ですよ。たまたま鈴仙にしか出来なさそうな仕事だから頼みたいというだけであって他意はありません」
「ではどこに飛ばされるんですか?」
「……ちょっと地上に」
「島流しですか!?」
「すみません場所に関しては本当に弁明のしようが無いのですが手当てや給料に必要物資は出しますのでお願いします」
必死に頭を下げる依姫様。
ここまで言うならなんか知らないけど私にしか頼めないというのは本当なのかも知れない。
まあ、ここまで来て仕事を手放すのも気が引けるし取り敢えず話を聞いてみよう。
「じゃあ、内容を説明して下さい。余程厳しく無ければ行って来ますから」
「ありがとうございます、助かります」
やれやれ、一体何をさせられる事やら。
「それで、今度はなんなんです?」
「今回貴方にしていただきたいのはまず人探し、それからしばらく探しだしたその方の下で暮らしていただきたいのです」
「地上に知り合いでもいらっしゃるんですか?」
「貴方も聞いたことがあるかも知れませんが、罪人八意永琳、かつて私達の師匠だった方です」
「無理です、怖いです、死にたくないです」
「いや、少々過激な所や思い込みが激しい所や詰めが甘い所がありますが良い方なんですよ」
「欠点多すぎでしょう」
「身内には甘いですから、頑張って仲良くなって下さい」
「まあ百歩譲って八意永琳に会いに行くのは良いとしましょう。目的はなんですか?」
「いえ、今までずっとほったらかしだったのでそろそろ見つけないとマズイかな、と。
あの方は何をしだすか分からない所があるので動きを把握しておきたいのです」
「要するにおもりじゃないですか!」
「残念ながら否定出来ないですね」
「……依姫様が御自身で首輪でも付けて月に引きずり戻されては如何ですか?」
「それは無理です、あの方が稀代の天才である事は残念ながら変えようのない事実なのであの方の意志に反する事をしようとすればそれこそ何が起きるか分かりません
だからある程度好きにさせつつ大人しくしていただいておくしか無いのです」
「何ですかその安全装置の外れた惑星破壊兵器のスイッチを触れないように見張っておいて下さいみたいな任務は……」
「今の説明だと結構散々な言い方になってしまいましたが、変な方向に走りださなければ良い方なのも確かなんです。
ですから鈴仙、お願いですからお師匠様のところに行って下さい、お願いします」
再び私に拝み倒す依姫様。
だが正直100%行きたくない、今回ばかりは本当に厄介事の匂いしかしない。
かといってここで断ると私の進退に関わる気もする。
さて、どうしよう……
「…脱出法はあるんですよね?」
「それは勿論、万が一命の危機に陥ったら直ぐに脱出出来る道具はありますから大丈夫ですよ」
「どれぐらい出ますか?」
「これぐらい出す予定でいます、これに加えて月に帰還した際の身分の保証等も付く予定です」
書類に記されていたのは兎ならば10匹が千年は遊んで暮らせる程度の額であった。
報酬としては確かに破格だけど……うーん……
「本当に私にしか出来ない仕事なんですか?」
「本当は私自身が行きたい所ではあるのですがそういうわけにもいきませんし、この仕事は機転が効いて単独行動が得意な者で無いと出来ないと思います。
それが出来る者となると貴方しかいないのです。流石に命が危険にさらされるような事態にはならないはずなので、引き受けていただきたいのですが…」
「分かりました、分かりましたよ、そこまでおっしゃるなら行ってきます」
とりあえず引き受けてみるか、まあいざとなったら逃げよう、すぐ逃げよう。
「では荷物をまとめて明日からお願いします」
「明日!?」
「少ないですか?」
「いや大丈夫ですけど」
「じゃあお願いします」
さらば我が故郷、また会える日まで……
「うわー、地上ってこんなに木がもさもさ生えてるのね」
翌日、依姫様から必要な物を受け取って荷物を受け取った私は大体この辺りにいると思う、という位置に豊姫様の手で飛ばされて地上に降り立った。
どうやらここは幻想郷の一角にある竹林らしい。
八意永琳と蓬莱山輝夜は恐らく特殊な結界を張って隠れ住んでいるとの事なのでまずはその位置を見つけなければならない。
依姫様から八意永琳が張っているであろう結界に波長を当てた時の反射の仕方をあらかじめ見せてもらっているので、それを頼りに探せば見つかると思われる。
早速周囲に波長を飛ばしながら歩き出した。
「地上は穢れの匂いで溢れてるわね、慣れないうちは咽そうだわ……」
月とは暮らす生き物の数が段違いであるという地上、その数の多さが地上の穢れの多さに繋がっているらしい。
地上にはどんな生き物がいるのか、ってあれ?
「全部の波長が返ってくる…って事はもう中に入ってるのかしら」
探す手間が省けたわね、あとは二人の住んでいる所を見つけるだけか。
そして歩き回ること約10分、竹林の中に建った立派な屋敷を発見した。
「これかしら、なんか立派過ぎて怪しい気もするけど蓬莱山輝夜は元貴族だし立派な屋敷構えててもおかしくないわよね」
しかし問題はどうやって二人に会うかね、怪しまれたら嫌だし……とか考えてると中から弓に矢を番えた銀髪の女が一人出てきた。
なんか睨まれてるので両手を上げて敵意が無い事を示す。
「貴方、玉兎よね?地上に何の用かしら?ここがどこか分かって入っているの?」
「ままま、待って下さい!?私は貴方に敵対するつもりはありませんよ!お願いですから弓をこっちに向けないで下さい!」
なるべく何も分からずにここに来た兎を演じるように努める。
事前の打ち合わせで月での私の立場等の話をするとややこしい事になりかねないので地上からの侵攻で怯えて逃げ出した兎……というていで永遠亭に逃げこむという手はずになっていた。
そのような理由を彼女に伝えると、一先ず彼女は弓を下ろしてくれた
「では何故貴方はここに来たの?」
「とりあえず夜になる前に雨風をしのげる所を探そうと思いまして、歩き回っていた所です。
逃げてからどうしたら良いかもあまり考えていなかったので」
「分ったわ、とりあえず中に入りなさい」
「あ、ありがとうございます!」
おお、結構あっさり中に入れてくれたわね。
うまくすれば住ませてくれるかな。
中に入ってから先程の銀髪の女に黒い長髪の女、それから兎の妖怪らしき者が一匹いる部屋に案内された。
彼女達に受けた説明によると銀の方が八意永琳で、黒い方が蓬莱山輝夜のようだ、兎はよく分からない。
私は彼女達の前でも事情を説明して聞かせた
「まあ、それは大変だったのね。ここなら一先ずはもう安心よ。
永琳、とりあえずこの娘はうちで匿ってあげない?」
「姫様、そんな簡単に決めては……」
「良いのよ、こうして場所が割れてしまった以上、彼女が何かを企んでいたとしてもここでどこかに追い出すよりはここに置いておいた方が良いでしょう。
ならひとまず彼女の話を信じて歓迎してあげましょうよ」
「…分かりました、そうおっしゃるのでしたら」
そのような会話の後に私は無事永遠亭の蓬莱山輝夜のペットという位置に収まった。
ちなみにその際八意永琳からは優曇華院、蓬莱山輝夜からはイナバという名を贈られて私は鈴仙・優曇華院・イナバ、という事になった。
元々私の名前には苗字が無かったのでその辺りが増えてちょうど良かったかも知れない、名前に大した拘りは無いし。
「じゃあ優曇華院、貴方の部屋に案内するから付いてきなさい」
「分かりました」
結構良い屋敷だし意外と良い暮らしが出来るかもしれない。
私は荷物を担いで八意永琳に付いていった。
それから暫くは蓬莱山輝夜達の屋敷、永遠亭で彼女達と仲良く暮らすことに務めた。
綿月依姫から八意永琳は警戒心が強いので最低でも10年は月と連絡を取らずに過ごしたほうが良いだろうと言われた。
まあ10年は少々長いが、我慢出来ない年月でもないし旅行だと思ってゆっくりさせて貰おう。
八意永琳からは薬学を教わり、蓬莱山輝夜は遊び相手を務め、兎の因幡てゐは適当に構いつつ毎日過ごし続けた。
努力の甲斐あって7年も経つ頃には大分彼女達と仲良くなれた、と思う。
一応依姫様に言われた10年まで待った後、玉兎を通じて永遠亭から離れた所から依姫様達に連絡を取った。
玉兎同士の会話はどういう原理か誰にも傍受されないのでこういう時便利だ。
『久しぶりですね、鈴仙。お仕事お疲れ様です。そちらでの生活はどうですか?』
『お久しぶりです、こちらは大丈夫ですよ。八意永琳、蓬莱山輝夜ともそこそこ仲良くなれています』
『そうですか、それは何よりです。では…そちらの状況の報告をお願いします』
『はい』
こちらでの八意永琳、蓬莱山輝夜の生活の様子、そしてここ幻想郷の様子等について私は報告した。
幻想郷については永遠亭自体が隠れ住んでいる為どのような様子か伺えないが、八意永琳と蓬莱山輝夜の様子が分かっただけでも依姫様は満足のようだった。
『そうですか、お師匠様は健在だったのですね。良かった』
『不老不死の蓬莱の薬を飲んでいるのですから健在でないはずも無いと思うのですが』
『それでも知り合い同士だと心配になるものですよ、鈴仙はあまりそういうのを気にする性格では無いようなので分かりにくいかも知れませんが』
『そういうものですか』
さて、これで当初予定していた最初の仕事はおしまいか。
終わってみれば意外とあっけないものである。
『私はこれからどうすれば良いですか?』
『鈴仙はそちらでの生活に不自由していますか?』
『いいえ、それは大丈夫です』
『なら暫くはそちらで様子を見ていただけますか?
出来れば継続的に地上の様子を見る為にこれからも地上にいていただきたいのですが』
『まあ、良いですよ』
『ありがとうございます』
『でもいつまで続くんでしょうね』
『うーん、せめてお師匠様が結界を解いて下されば観測しやすくなるのですが……その辺りはこちらでも考えておきます。
紫さんをまた頼る事になるかも知れませんね』
『あんまり彼女に迷惑かけないで下さいね、彼女は今のところ貴重な地上の知り合いになっているわけですから』
『重々承知していますよ、それでは』
さて、帰ろう。私の家に。
それからまた年月は経ち、私も月日をあんまり気にしなくなってきた。
欲しい武器を豊姫様から地上に飛ばしてもらったりと結構大胆な事もするようになったが八意永琳と蓬莱山輝夜には今のところバレていないようだ。
最近輝夜は昔蓬莱の薬を飲んだとかいう地上人との殺し合いにご執心で外でよく遊んでいる。
八意永琳から学んでいる薬学も身に付き、色々と出来るようになった。
月が恋しくないわけではないが、こちらでもそれなりに充実した日々を送る事が出来、それなりに満足している。
今日は輝夜の帰りが遅くなった為、八意永琳に命じられて私が迎えに行く事になった。
疲れてどっかで寝てるのだろうか。
「姫様ー、どこにいらっしゃるんですかー?師匠がお待ちですよー」
しばらく叫びながら歩いていると何やら明かりが見える場所に着いた。
誰かが焚き火を焚いているのか煙が上がっている。
早速現場まで飛んでみると、輝夜がまだ地上人と殺し合っているところだった。
先程の煙は相手の地上人が使用している炎の妖術が竹に燃え移ったもののようだ。
確か輝夜が永遠亭を出たのは朝だったはずだけど、まさか二人共朝からずっと戦ってたのかしら?
流石蓬莱人はタフさが違うわね。
「ぜえ……ぜえ……いい加減……負けを認めなさいよ……」
「そっちこそ……私は家で夕飯が待ってるのよ……早く降参なさい……」
しかし流石に二人共もうグロッキーだ。
輝夜と地上人が地に足をつけて小休止に入ろうとしたのでので輝夜の頭を後ろから撃ち抜いてキャッチした。
「な、なんだ!?」
「どうも、うちの姫様がお世話になりました。
貴方も疲れてるみたいだから早く帰って休んだ方がよろしいかと、それでは」
「ま、待て、まだ今日は終わって」
さー帰ろ帰ろ、家で夕飯が待ってる。
しばらくすれば輝夜も目を覚ますだろう。
輝夜を担ぎあげて永遠亭に向かって飛んでいると案の定彼女は目を覚ました。
「あら、イナバ?私はどうして貴方におぶわれてるのかしら……」
「あの地上人との戦いに疲れきって寝てたんですよ。もうすぐ夕飯ですが食べますか?」
「ええ、そうね……疲れて汗だくだくだからお風呂入ってからいただくわ。湯浴み手伝ってちょうだい」
「そうですね、私もまだ入ってないから良いですよ」
と、その時スカートを誰かに引っ張られた。
下を見てみると、手が虚空に浮いて紙を私に向かって突き出していた。
何これ?豊姫様?
私がそれを受け取ると手は直ぐに引っ込んだ。
まあいいや、後で見よう。
輝夜を風呂に入れて夕飯を食べた後、私は先程の紙を見てみると八雲紫からの手紙だった。
なんか幻想郷全体に関わるルールの制定があったとかで私にそれを伝えておきたいらしい。
彼女は豊姫様と似たような能力を持っているようだしとりあえず外に行って適当な所にいれば向こうから声をかけてくるだろう。
夜皆が寝た頃を見計らって外に出ると案の定彼女は出てきた。
「こんばんは、お久しぶりですね」
「どうも、お邪魔してます。先日はご馳走様でした」
「いえいえ、幻想郷は如何ですか?」
「ここに来たって事は貴方も分かるでしょうけど、残念ながらあまり自由に出入りできるわけでは無いのであまり観光は出来てないですね」
「そうですか、ならまだあまり関係ないかもしれないですが、一応これを読んでおいて下さい」
八雲紫に差し出された巻物を開いてみるとなんか色々書いてあった。
「これをなんで私に?あの屋敷の主は私じゃないですよ」
「こっそり見た限りでは貴方が一番話が通じそうだったからです、一応面識はありますし。というより外で見かけることが多かったのが貴方だったというだけの話なのですが」
八意永琳達は話が通じそうには見えなかったようだ、仕方ないわね、確かに私もあの人が何考えてるか分からないし。
「まあ一応伝えておきますよ、彼女達はあまりここが幻想郷だって事意識していないので意味があるか怪しいですけど……でもなんで今になって?」
「昔ならまだ良かったのですが、今の幻想郷ではあまりこっそり住み続けられるというのが好ましくないのです。
このルールを知った上でこの屋敷の方々にも幻想郷の秩序の元に入っていただきたいと思いまして」
要するにとっとと出てきて仲良く遊びましょうって事ね。
「なるほど、話は分かりましたよ。しかし先程も言ったようにあの屋敷の方針に私は携わっていないので……いや、無理でも無いかしら?」
輝夜唆せば八意永琳も乗ってくれるかしら。
いやでも八意永琳はまだ月が彼女達を血眼になって探してると思い込んでるからな……実際はもう面倒になって投げ出しているに等しいのに。
「要するに何か起こせばこの博麗の巫女っていうのが退治に来るから自然に巻き込まれますよね」
「そうね、酷いものでなければそういうゲームになるからそれが一番わかり易いと思うわ」
「まあ、じゃあなんとかやってみますよ。私も最近退屈でしたし、輝夜もきっと乗ってくれるでしょう」
「お願いね」
確かに地上は安全だったが安全過ぎて体全く動かして無かったしこういう遊びも良さそうね。
「…というわけで姫様、こういうゲームが最近幻想郷で流行ってるそうです。私達も遊んでみませんか?」
「面白そうねー、最近殺し合いもちょっとだれてきたしこういうゲームも良さそうね。
わたし悪役みたいなの大好きよ」
「ええ、よく知ってます」
「それはそれで傷つくわー」
とりあえず輝夜だけに八雲紫に貰ってきたスペルカードルールを見せてみたら彼女は興味を引かれたようだった。
彼女さえ乗り気ならあとはどうとでもなる。
「でもお師匠様がこういう目立つのはちょっと煩そうですからね」
「そうね、でも私も月の民に見つかっちゃうのは困るから永琳にやめろって言われたちょっと出来なさそう」
「大丈夫ですよ、月では姫様達もう話題にも上ってないそうですよ。
この前久しぶりに月にいる友達と話したら言ってましたから」
「それはそれで傷つくわー」
「で、異変はどうしましょうか?」
「永琳にやってもらいましょう、せっかくだから派手なのを。
そうね、例えば月から鈴仙を取り戻すために軍隊が来るとか言ったらきっとなんか無茶してくれるわよ。
あの娘身内の事となると見境無くなるから」
「それ結構怖いんですけど…ま、いっか。それで行きましょう」
「じゃあ永琳に言いましょう」
「永琳、ちょっと面倒な事になったわ」
「なにかしら輝夜?」
輝夜が打ち合わせ通り事情を八意永琳に説明する。
「向こうがその気なら仕方ないわね、私達の因縁に終止符を打ちましょう」
「何をするの永琳?」
「こんな事もあろうかとあらかじめこの屋敷に月を一撃で撃ち落とせる兵器を開発しておいたわ、これで月の民を根こそぎ亡き者に……」
「ちょっとちょっと待って下さい師匠!私の故郷消さないで下さいよ!」
「永琳それは駄目、元あの星の住民として超えちゃいけない一線ってあると思うの」
「そう?なら仕方ないわね」
危ない女だ、これは依姫様が心配するのも分かる……
「なら代替案として月からこちらに来る手段を無くしてしまいましょう」
「どうやって?」
「幻想郷と月を移動する鍵は満月の夜にあります。
月が満月になることを無くしてしまえば幻想郷と月の出入りは原則不可能になります」
「へー、そうなのですか」
という事は豊姫様はその原則から外れた存在なのか、如何にあの人が無茶苦茶であるかが分かる。
「(姫様、多分これなら良いんじゃないですか?)」
「(そうね、これなら直接人死には出なさそうだけど、放置はされない程度の異変だと思うし)」
「じゃあそれで月から隠れましょう、お願いね、永琳」
「任せて輝夜」
「ではお師匠様、実は先日このような物が来ていまして……」
この後、幻想郷の住民が万が一来たらルールの元で戦わなければならないという事を説明し、皆で一緒にスペルカードを考えた。
これで永遠亭鎖国解除は見えてきたわね。
そんなこんなで八意永琳の手で幻想郷の空には満月から微妙に欠けた月が浮かび上がることとなった。
「凄い、本当に月の形変わっちゃった……」
「これぐらい、私の手にかかれば造作も無い事よ。地上の妖怪の襲撃に備えましょう」
「はい」
さて、博麗の巫女はいつ来るか、適当に戦ったら輝夜の所にも誘導してあげなければ。
・
・
・
なんか7人ぐらい来たんですけど!?
「恋符『マスタースパーク』!」
「魔符『アーティフルサクリファイス』!」
「霊符『夢想妙珠』!」
様々な色が入り混じった弾幕がそれぞれの侵入者から放たれ屋敷内を暴れ狂う。
無論ルールに従った攻撃なので威力はそれほどでも無いのだが永遠亭の廊下はさながら絨毯爆撃のような状態に晒された。
これではリンチである、私一人で戦えるわけがない。これが本当の戦争なら私は既に死んでいただろう。
私はなんとか撃ち返しながら輝夜の待っている部屋まで逃げ込んだ。
「ようやく来たわね、待ちくたびれたわよ、地上の民……ってあら鈴仙?どうしたの、貴方の担当向こうでしょ」
「姫様、侵入者が多過ぎます。なんか知らないけど私達の異変大人気のようですよ」
「それは光栄ね」
「ちょっと手貸して下さい、私がサポートしますから」
「オッケー」
私が輝夜と打ち合わせを終えると同時に最後の舞台として用意された巨大な廊下に侵入者達が雪崩込んだ。
「おらーここのボス出て来ーい!」
「月を早く元に戻しなさーい!」
怖い連中だ、どっちが悪役か分かったものではない。
「貴方達、私がここの主、蓬莱山輝夜よ。さあ私を倒して月を元に戻して見せなさい!」
「幻符『殺人ドール』」
返事が攻撃で返ってきたので私は慌てて輝夜を抱えて回避した
「咲夜、口上ぐらい言わせてあげたら…?」
「あら、そうですか?」
「こっちの言葉も聞けないなんて野蛮な連中ね、そっちがその気ならこっちも本気で行くわよ!
神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』!」
「幻波『赤眼催眠(マインドブローイング)』」
輝夜が出した色とりどりの弾幕を私が波長を弄って揺さぶり、無茶苦茶な軌道を描いた弾幕が部屋中を跳ねまわる。
流石にこれは敵も凌ぎきれなかったようで何発もの被弾音が聞こえた。
「境符『四重結界』」
「死符『ギャストリドリーム』」
うわ、八雲紫まで向こうに味方している。
そんなに今回の異変まずかったですか?
私が弾幕をばら撒きつつ敵の動きを牽制するが今のスペルカードで先程の弾幕が一掃されてしまった為一人ではきつい。
「紅符『不夜城レッド』!」
「きゃー姫様次撃って下さい!次!」
「神宝『サラマンダーシールド』!」
「狂視『狂視調律(イリュージョンシーカー)』!」
あらゆる火を防ぐという火鼠の皮衣を元にしたスペルカード、相手の弾幕を弾きつつ攻撃を行える優れものだ。
相手の人間は私と輝夜の合体攻撃で既に虫の息になっている、後は妖怪を残すのみ。
しかしこちらも輝夜を担ぎながら動いているため無傷ではいられなかった。
「姫様、御自分で飛べないですか?」
「飛べるけど私貴方ほど早く飛べないから引き離されちゃうわ」
「うーん、なら回避は諦めるか。姫様、でかいので一気に決めましょう」
「しょうがないわね、分かったわ。神宝『蓬莱の玉の枝 ‐夢色の郷‐』」
「懶惰『生神停止(マインドストッパー)』」
これで決めるつもりで私と輝夜は最後の合わせ弾幕を放つ。
一際激しい弾幕が廊下中を埋め尽くし、こちらから相手の姿を視認することすら不可能な状態になった。
相手を狙い撃ちする事は出来なくなるが物量で相手を押しつぶせれば問題無いはずだ。
「今よ、妖夢」
「人鬼『未来永劫斬』!!」
「うわっ!?」
今まで隠れていたのか、先程までは姿を見せていなかった妖怪が急に目の前に間合いを詰めてきた。
横一直線の巨大な弾が私と姫様を同時に切り裂く。
今ので残機を完全に失っしまった私と輝夜は揃って墜落した。
「きゃー落ちるー!ちょっと、私を下に回さないでよ!ねえ鈴仙さん!?」
「いや、私は直に落ちたら怪我しちゃいますから落ちても大丈夫な姫様が犠牲になって下さい」
「薄情者ぉぉぉぉ!!」
こうして私達の異変は幕を閉じた。
後日、別にわざわざ月をいじらなくても元々幻想郷自体が隠れており、月から隠れなくても見つかることは無いという事を八雲紫から(実質八意永琳一人の為に)説明して貰った私達は宴会へと誘われた。
先日攻めこんできた奴らも含めて全員が酒を飲んで馬鹿騒ぎをしている。
こうして見ると、月の兎たちの宴会とあまり違う気はしない。
「紫さんあんなに寄ってたかって攻めて来るなんて酷いじゃないですか。あれじゃあ私達全く敵いませんよ」
「やり過ぎです、月はほぼ全ての妖怪たちに影響を及ぼすのですからあんな事はしてはいけません。
今回は一応ルールにのっとって対処しましたが、次あんな事をしたら直ぐに止めに入りますからね?」
「分かりました」
どうやら月は地上の妖怪にとっても大事なものらしい、八意永琳が月を本当に破壊していたらどうなっていたことやら。
まあ色々強引になったがこれで無事永遠亭も幻想郷デビューというわけね。
私も輝夜も暇を潰せそうで万々歳だ。
「ねえ永琳、飲み過ぎじゃない?あなたがそんなに飲むなんて何かあったの?」
「最近姫様が私を省いてうどんげとばかりつるんでるから悲しいんですよ、今回だって私が全く知らない間に全部終ってたし私も一応頑張ってスペルカード作っておいたのに……」
「そんなにやりたいならまた誰かと遊べば良いじゃない」
「私はあの異変で役に立ちたかったんですよ……うぅ」
確かに八意永琳を異変起こす為だけに使ってあとは終始放置だったのは流石に申し訳なかったかも知れない。
今度はもう少し気にかけてあげよう、余裕があれば。
と、そこまで考えてすっかり私が地上で暮らし続ける事を前提に物を考えている事に気づいた。
どうやら私も長く地上に住み過ぎたみたいね、すっかりこちらに毒されてしまって、暫くは月に帰らなさそうだ。
まあ、長い兎生そういうのも悪くないかもしれない、こっちなら強すぎる上司の陰謀に巻き込まれたりもしないし八雲紫のルールがあるなら命も安全だし。
「あ、お前この前の!」
「ん?ああ、最近よく姫様とやり合ってる。なんか用?」
「輝夜と私の戦い邪魔した事の文句言いたかったけど……よく考えたらもう結構たったし些細な事だからそれはいいわ」
「なにそれ、じゃあなんで声掛けてきたのよ」
「あーもう酔いが回ってるから何だったかな……そうそう、あんた何者よ。私それなりにあの竹林で暮らしてきたけどあんたには今まで会ったことなかったし」
「私が来たのはつい最近だからね」
「輝夜とはどういう関係なの?」
「んー……」
気がつけば輝夜も永琳から離れてこっちを見ている、また寂しがられるわよ。
まあ最近の彼女との関係を的確に言い表すなら……私は輝夜を指さしてこう答えた。
「ペット」
「逆でしょ!?私が飼い主でしょ!?」
突っ込む彼女を見て笑いながら私は酒を呷った。
12月7日コメント返信
>>1
ありがとうござます、オリジナル要素が強く色んな奴が出てくる話である為に鈴仙の立場については特に気を付けて説明させていただきました。
結構好き勝手している鈴仙ですが気に入っていただけたのであれば幸いです。
>>2
ありがとうござます、実験的要素の強い作品でしたが楽しんでいただけたようでとても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
>>3
永琳は意図をしてかたまたまかは分かりませんが原作でも結構詰めの甘さや推理の甘さをみせていたりするのでこのようなキャラにしてみました。
>>4
ありがとうござます、ご都合主義的になってしまったのは自分でも反省すべき点ですので今後に活かしたいと思います。
改善すべき点を見つけながらも評価さていただき嬉しいです。
>>5
結局鈴仙が全く依姫に抗えていないのは依姫の人望の賜物と鈴仙の甘さの結果かも知れません。
正直自分の力不足でもあるのですが……
>>10
ありがとうございます、永琳は兎ソースの情報に振り回されている節があるのでもしかして鈴仙が永琳の裏で手引いてたりするんじゃないか、という意見を昔みた事があったので参考にしてみました。
>>11
月メンバーは不遇な娘が多いのでもっと人気が出ることを祈っています。
>>13
仰る通りストーリーのスムーズな流れを重視するあまり盛り上がりにかける内容となってしましました。
まだまだ精進が必要です、改善点を挙げて頂きありがとうございます。
>>14
ありがとうございます、この話は実験的要素も含んだ設定改変でしたが、お気に召していただき嬉しいです。
八意XXさんは、設定が重すぎて振り回され気味な感じがしますね……
>>15
ありがとうございます、楽しんでいただけて嬉しいです、これからもよろしくお願いします。
>>16
正直なご感想ありがとうございます、まだまだ精進が必要です。もしよろしければ次回作でもご意見よろしくお願いします。
>>17
輝夜は鈴仙の態度がアレだったせいで意図せずいじられキャラになってしましました。
可愛いく見えたのなら嬉しいです。
>>18
ありがとうございます、書くキャラが分かりやすく見分けることが出来たのであれば自分としても嬉しいです。
もしよろしければ足りない40点分の改善点を挙げていただければ幸いです。
どうも機玉です、本企画で久しぶりに投稿させて頂きました。
今回は鈴仙の過去話捏造&IF話物という無茶苦茶な話に挑戦させていただきました。
頑張って大筋では満足のいく流れ仕上げる事は出来ましたが、色々手探りだった為に一部の方のご指摘にもあった通り御都合主義気味になってしまったのが少々申し訳ないです。
また、本当は儚月抄まで話を伸ばしたかったのですが予定よりも大幅に長くなってしまった為に今回は断念させていただきました、機会があれば今回の話の続きとして書かせていただきたいと思います。
それでは今回多くの感想・評価を下さった皆さん、こんぺに参加し魅力的な作品を投稿して下さった皆さん、そして素敵な企画をして下さった紅魚群さん、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
以下はおまけのキャラ紹介になりますので暇潰しにでもどうぞ。
『例えばこんな玉兎の日常適当キャラ紹介』
鈴仙
才能溢れるエリート兎。
退屈な生活はしたく無いが命に関わるようなスリリングな生活も嫌だという贅沢な奴。
人に流されやすい為何だかんだで大抵の命令には従ってしまう。
月面での上司が完璧超人過ぎた為に地上に来てからの上司を軽んじてしまう傾向にあるが、そのおかげで輝夜は新しい遊び相手を得たとも言える。
綿月豊姫
月人チート姉妹の姉の方。
表では何も仕事して無いように見せかけて裏では万能転移能力で色々やっていた。
ちなみにこの話では転移能力は身内(依姫と鈴仙)以外には秘密。
目立つ妹のお陰で堂々と影から動ける縁の下の力持ち。
綿月依姫
月人チート姉妹の妹の方。
たった一人で一つの組織分の働きをこなす完璧超人。
存在がご都合主義過ぎて個性を出しにくい、頑張れよっちゃん。
八雲紫
妖怪の賢者。
柔軟な思考で幻想郷を導いて下さいます、流石賢者様。
八意永琳
天才系ドジっ娘即断滅殺エイリアンドクター。
基本的に他の追随を許さない天才なのだがドジっ娘スキルと過激思想まで持ち合わせた萌えキメラである為に周囲を苦労させる事が多い困った娘。
本編終了後には幻想郷の便利屋さんデビュー予定、頑張れ永琳。
蓬莱山輝夜
退屈を紛らわす方法を生きがいに生きる目立たないお姫様。
最近は妹紅と鈴仙のおかげで久々にそこそこ充実した日常を過ごしている。
鈴仙からの扱いが雑だが今まで永琳しか親しい者がいなかったので本人は満更でもない様子。
因幡てゐ
相対的に影が極端に薄くなった娘、正直すみません。
藤原妹紅
影が薄かった娘その2。
絡みどころが輝夜しか無かったのでこちらは仕方無いかも知れない。
機玉
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/11/24 17:49:18
更新日時:
2014/02/02 17:58:43
評価:
13/19
POINT:
1260
Rate:
12.85
分類
産廃SSこんぺ
12月7日コメント返信
鈴仙・優曇華院・イナバ
綿月依姫
綿月豊姫
蓬莱山輝夜
八意永琳
原作改変
鈴仙の立ち位置がちゃんと説明されていてすんなり入れました
鈴仙かわいいよ
淡々と突っ込み役に徹する鈴仙の間の抜けたクールっぷりがステキ。
月では色々と政治的駆け引きがあったのか……。
この作品、私の趣味にガチ嵌りでした!! サイコー!!
鈴仙ちゃんが可愛かった
これぞ二時創作。異聞としては好きですが、本編が色々台無しになりますね。
話はよく練られているのですが、全てが思惑通りで感情的にも物語的にもさざ波すら立たず盛り上がりに欠けるがちとマイナスです。
特に鈴仙と綿月姉妹が、八意☓☓さんを困ったちゃん扱いしているのが大変良かったです。
こうするだけで月の人間関係がどれだけすっきりするかという、見本のような作品でした。
実は月に未練たらたらなのかな?
特にサバサバした鈴仙が非常に良い味を出していました。