Deprecated : Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/imta/req/util.php on line 270
『産廃SSこんぺ「サタデーズデイトリップ」』 作者: シャドウパンチドランカー
「ふぅ……なんつうか」
「……んっ……どうしました?」
「テメェの身体って、つくづく万年床みたいな感じがするよな、そういうオーラがもう染み付いてる」
「今しがたまで抱いてた相手に言う台詞ですか、ノウミソマッシロノミコト!!」
「そうそう。そこで俺が思ったことは、だ……」
○
ぐっすりと眠っていた彼女を起こしたのが目覚ましの音なら、覚醒を促したのはすぐ横で響く食器の音であった。
「ふああ……もう、ベッドで食事しないでくださいって何度も言ってるじゃないですか、汚れだらけですよ? グウタラカイショウナシノミコト様?」
ぐーーっ、と伸びをしながら、綿月依姫が見やった先にいたのはーーー人の形をした影、としか言いようの無い、黒い塊であった。顔にはくぱぁと開いた三日月形の口だけしかなく、申し訳程度に五体の区別がつく他は身体の輪郭も定かでない。ベッドに腰掛けたそれが、広いベッドの上に置かれた皿を平らげながら、なげやりな様子で言う。
「あー? この部屋綺麗にしてんのは俺だろが。あとお前、ノミコトって付けとけば神っぽくなるだろって感じのその呼び方いい加減にやめろ」
「あなたは私に依りついてるだけじゃないですか、ヤドロクノミコト様……まぁ言いっこなしではありますけどねー」
そういいながらも手近のフォークを掴み、皿のうちの一つからパスタを口に運ぶ。月の食事にはありえない濃厚な味わいが依姫の口に広がった。
「また、地上の物を食べているんですか? ムダニグルメノミコト様」
「うめぇだろ?」
「確かに味は良いですがね。しかしいかな美食も食わねば惜しく、少量では物足りず、存分食せば後が悪い。つまりはこの味わいにこそ地上の苦しみの根源があるといえますね」
「その言葉は誰からの受け売りだ?」
「受け売りであることは確定なんですかね」
「当たり前だろ、テメェの空っぽな脳味噌が何かを作り出すわけがねぇ。テメェの口から出る言葉は全部、どっかから詰め込んできたシロモンだろ?」
「酷いなぁ、もう……まあ受け売りなんですがね、夏目漱石、でしたっけ?」
そんなことを話しながら、二人であらかた食事を平らげていく。よくある日常の光景。軽い不安や不快を優しく内包した心地いい時間。
「さて、今日は忙しくなりますね」
「そういやそうだったな。ま、適当に済ませっかー」
「期待してますよ、『ヤオヨロズ』」
○
それは数日前のことであった。
「いやあ、まんまと一杯食わされましたね」
勤めてなんと言うこともないのだという表情をたもちながら、綿月依姫が軽い調子で投げかけた言葉は、はたして姉、綿月豊姫の耳にとどいたのであろうか。本来は月の名酒ーーーといっても、決して法外なものではないーーーがあったはずの場所を、じっと見つめている彼女は何も返さない。その様を見て、依姫はどうも長引きそうだと軽く頭を抱えると同時に、『彼』がいなくてよかったと安堵する。
失われた酒が示すもの、すなわち自分たちが地上の存在にうまくはめられたという事実に対して、依姫はさほどのダメージを受けてはいない。というのも、彼女は昔から周囲の人間、姉とか師とかーーーに、いいように踊らされからかわれるのが常であったからだ。その対象が地上の存在であることに多少思うところがなくはないが、こういう立場自体にはなれている。
だが豊姫は逆だ、依姫のような立場の人間を思うがままに踊らせからかいながらも、優しく暖かく見守る立場が常である。もともと月の名家である綿月家にあって、数少ない同格の者にもその調子で付き合っていける才覚をもっているとなれば、逆の立場に回ることなどほぼなく、師が地上に降りてからは真実皆無であった。
そしてその逆の立場に回ったという事実が、今豊姫の目の前にあるわけである。依姫がその心境いかばかりかと思いやりながらも、滅多にみられぬ光景にどこか心躍るような気持ちを感じながら、ひとまず豊姫から視線をはずしたのとほぼ同時であった、彼女が口を開いたのは。
「依姫」
「はい?」
「地上にお返しをしないといけないわ」
「・・・・・・はい?」
○
「結局何よ? 可愛がってた猫に一杯くわされてくやしーから、仕返しに異変起こしましょーって感じの話?」
「まあそんな感じじゃないでしょうか。お姉さまの内心までは私にはわからないのですが」
「にしてもなんだよ豊姫ちゃんはよ、私知略担当ですみたいな顔しといてダメダメじゃねーか。そんなザマで噂を利用するとかなんとか息巻いてたのかよ、超ウケるぜぇ!!」
「そんなことを言っちゃいけませんよ。まあお姉様に普段からかわれ続けていることを思えば、この程度は・・・・・・という気持ちもありますがねー」
影と依姫が喋りながら豊姫の下に向かう。そのさまを一匹の玉兎が珍しそうにみやった。
「・・・・・ねぇ、あれ何? 依姫さまと喋ってる・・・・・・黒いもやみたいなの」
「ああ、あれはヤオヨロズ、ずっと昔から依姫様に憑いているの」
「ずっと? 初めて見たわ」
「あらいつも見てるじゃない。祇園とか愛宕とか、その時々で違う名で呼ばれてはいるけどね」
「え? それって・・・・・・」
「そう。あれこそ依姫様がいつも用いる神々の正体・・・・・・・『受神兵器、ヤオヨロズ』」
「受信兵器?」
「しんは神の字よ、神々の情報をダウンロードしてそれを再現する兵器・・・・・・とかなんとか。月の偉い人達が創ったんだって」
「ダウンロードって、どこから?」
「『知らねぇな、まあ、そういうのが収まってる場所ってのがあんじゃね? あるいは月のお偉いさんがなんらかのハイテクでそういう場所を作ってんのかねぇ』って本人は言ってたわ」
「なんかずいぶん適当ね・・・・・・で、依姫様はその兵器を月の偉い人から渡されたってわけ? 豊姫様の扇子みたいに」
「じゃない? 詳しいところは知らないけど」
「でもあの喋り方、男性のように聞こえたけれど・・・・・・たしかこの前みた神は女性の姿を・・・・・・」
「外見とかはわりと自由に変えられるって言ってたわ、神は本来姿かたちのないものだからだそうよ。まあ、私たちは依姫さまがすごい兵器を持ってるってことだけ知っとけばいいんじゃない」
「それもそうね」
○
あれやこれやと話しながら場に現れた依姫たちに、豊姫は口を尖らせながら向き直る。
「相変わらず仲がいいわね、あなたたちは。何の話で盛り上がっていたのかしら?」
「豊姫ちゃんはかわいーねって話だよ」
「お姉さまの優しさについて熱く語らっておりました」
「それはなんともありがたいわね。じゃあ、改めて作戦を説明するわ、私たちが使うのは・・・・・・これよ」
豊姫が取り出したのはなんということもない盆栽であった。特徴を挙げるとすれば葉も花も実もついていないところであろうか、しかし、これこそは、
「優曇華の玉の枝、ですか」
「あー、地上の発展のためとかいって争いばら撒いてたら、発展しすぎて地上人が月に来ちゃうかもしれないよーガクブルっつーお笑いエピソードに貢献した道具の一つか」
「これを今から幻想郷にバラまきます、そうするとみんなが争って困ります。異変です。巫女が動きます、そこでじゃじゃーんと現れた私たちが適度に戦って倒されてハッピーエンドというわけ」
「へー、わかりやすくていいじゃん」
「となると、まずは地上にこれをばらまかねばならないわけですか」
「その通り。さあ、まずは行ってみましょう!!」
○
「ふむ、相変わらず穢れに満ちた場所ですね」
「ふむ、相変わらず面白みの欠片もない、誰もが聞いただけでああこいつはなんの価値もない女なんだなって理解できる程度しかメリットのない言葉ですね」
「はいはい、来てそうそう仲良くしないの。でも本当、やはり昼間は違うわねぇ、なにもかもが息づいているわ」
彼女らにとって、地上はそこまで縁遠い場所ではない。仕事の関係上、結構な頻度で地上の存在とは顔を合わせねばならないし、必要とあら彼の地に降り立って活動を行うこともあった。たとえば、地上の動きに危機意識を煽られた月の上層部に頼まれての諜報活動とか……今まで杞憂で終わらなかった試しはないが、彼女たちにもそういう気持ちはあるから、無駄足と思ったことはない。あくまで必要な任務として、つねに厳格に遂行している。
……そういった機会とは別に、依姫や豊姫の個人的な感情による動機で地上を訪れたことも幾度かある。あまり愉快な思い出はないが、だからといって不快なわけでもなく、当時思い返すと不思議とどこかほほえましい気持ちになる。だから、この監獄に赴くことが別に嫌いだったり、苦手だったりはしなかった。
「さて、ともかくもこれを誰かに受け取ってもらわねばならないは。それも、できる限りこれを咲かせることに熱心になってくれそうな相手に……」
豊姫は手に抱えた、「優曇華の玉の枝」を見やる。多量の穢れを得ることでのみ花を成すそれは、今はただの枝だけの盆栽でしかない。
「ふむ、とりあえず近場で激しく争っている人を探しますか・・・・・えーと、こういう場合は縁結びの神様でも呼べばいいんでしょうかね。縁結びを司る神というと・・・・・・・誰がいましたっけ」
「大国主命とかそうなんじゃね多分、つかテメェそんくらい知っとけよガチで使えねぇ。あのなんか穢れ払う神の名前もなかなか思い出さねぇしよ」
「あなたもうろ覚えじゃないですかー! まあいいです。大国主命の名で呼ばわる! この付近で現在血気にはやっているものの所に私たちを連れていけ!」
「しゃーねーな・・・・・・・ほらよ」
もやもやとした影であったものが形を変え、疑いようも無き神性をおびていく。これこそ依姫が用いる八百万の神の力、その正体。信仰も儀式も必要とせず、ただ一身のみで神を作り出す理外の兵器。
受信兵器、ヤオヨロズ。
やがて影がはっきりとした姿を表す。それは太く、長く、雄大なる・・・・・・・縄だった。
「えええええ! ちょっと待ってください、神の姿にならないんですか? というかこれのどこが大国大神・・・・・」
「大国主命の御力が込められた縄ってことでいいだろもう、めんどくせぇ。おらとっとと握りやがれ」
「なんという・・・・・・なんという・・・・・・」
「あらけっこう面白そうじゃない」
ノリノリで縄の端を握る豊姫に、一応依姫も習う。すると縄の先端が恐ろしい勢いでぐんぐんと伸びていき、どこへともなく突撃していく。やがてその動きが止まったかと思うと、依姫たちの体がぐいと引かれた。
「なぁ! まさかこのまま物理的に引っ張って連れて行くつもりですかぁーっ!?」
「あははははすごいスリル!! ジェットコースターってこんな感じかしら!?」
○
……依姫が叩きつけられた先は、まるで童話にでてくるかのように穏やかな印象を与える湖であった。もっとも、今は辺りで飛び交う弾幕の音によってずいぶんと薄れてしまっているが。音の聞こえる方向に反射的に目を向けると、二人の妖精が競い合っている姿が目に入った。青い髪をした妖精は果敢に攻め立てており、一方の緑の髪の妖精はやや押されぎみである。遠からずして決着がつくであろうと依姫は推測する。ちなみに豊姫は自身の幸運でもって完璧に衝撃のない着地をしていた。
「……髪の青い方が上のようですが……どしらにしてもこれは……」
「大ボスというタイプじゃないわね。でもうまいこと咲かせてはくれそうじゃない? たくさんあるし、ひとつ渡しておきましょう」
「はい。しかし、どのように話しかけたものでしょうかね?」
不意に独特の音が鳴り、弾幕の音が止んだ。決着がついたのかと依姫が顔を上げたとき、偶然にもすぐ傍に緑髪の妖精が落ちてきた。彼女が微笑みながら見上げる先には青髪の妖精。彼女もまた爛漫な笑顔を浮かべていた、勝者と敗者が同時に笑うとは、変わった光景もあるものだと依姫は思う。
「やられたー。やっぱりチルノちゃん強いー」
「へへん、当然よ、あたいったら最強だもん!!」
「ふむ、わかりやすくて、やりやすそうな相手ですね」
「じゃあ依姫、セールスしてみる?」
「ええ、やってみましょう」
依姫たちは彼女らに軽い拍手をなげかけながらーーーその一方で、顔に浮かべる笑いが苦笑にならぬよう気をつけつつーーー彼女らに話しかける。
「いやあ、実にすばらしいものを見せていただきました」
その様に、足元の縄が笑う。
「おーおー、ガラにもなく策士っぽい雰囲気作りやがって、またこの様にならなさときたら……ぐおっ!」
依姫は何かを意図的に踏みつけたような気がしたが、一切気を向けずぐりぐりと踏みにじるように足を動かしながら眼前の二人に注目する。
「ん? あんたら誰?」
「申し遅れました、私、綿月依姫と申します」
「私は綿月豊姫。わたしたち、最近ここに来たばかりなんだけどあなたの弾幕があまりにもすばらしいから、つい見とれてしまったの!」
心を込めたて豊姫が語りかけると、氷の妖精はさらに気を良くした。
「なかなか見る目あるじゃない!! ま、最強のあたいなら当然ってところね」
「そのとおり、あなたはまさしく最強……そんなあなたに、ぜひ差し上げたいものがあるのです」
「ん? 何?」
「こちらです」
すっ、と、依姫がどこからともなく蓬莱の枝を差し出す。案の定怪訝そうな表情が帰ってきた。
「これ盆栽ってやつ? こんなのいらないわよ」
「いえいえ、これは優曇華の玉の枝というものでして……今はこのような形をとっておりますが、最強の証とでも言うべきものなのです」
「最強の? こんなのが?」
「はい。これを持つものが戦い、争うたびにこの枝は美しい花をつけていく、そしてこの花は常に勝者に与えられます。つまり、この花を持つものこそ、その時代において最強の者ということなのです!!」
「最強!」
「今、この花は咲いていません、それはこの花にふさわしい最強の者がいまだ現れていないからです。この花を咲かせ、最強が誰かを示す人間を私は探し続けていました。そして今こそ確信します、その役目はあなたしかいないと!!」
「へー、その花って綺麗?」
「もちろんです。そうだ、ためしにこの場で咲かせてみませんか? 私がお相手つとめさせていただいて」
つぶやいて、身構える。豊姫は面白そうにそれを眺めていた。
「おー!」
○
「アイシクルフォール!!」
文字通り滝のような勢いで氷弾が襲い来る。しかしそれは明らかに小手調べのつもりで放った攻撃だ、なにせチルノの真正面に明らかな安全地帯がある。その表情もそれをはっきりと示していた。
依姫は頃合を見計らって勢いよく地を蹴りつけ、安全地帯へと一直線に到達するーーーつもりだった。
「ぎょええええええええ!?」
まともに氷弾幕をブチくらい、無様に地面を転がる依姫に、チルノが、豊姫が、先ほどチルノと戦っていた名も無き妖精が同時に言い放つ。
「「「遅ッ」」」
「あが・・・・・ん」
「うひゃひゃひゃひゃざまんねー!! やっぱてめぇは謎理論で止めるか神を降ろすかしなきゃ弾幕ひとつかわせねぇゴミなんだよゴーミ!! 超キブンイーぜぇ!!」
倒れふした自分のすぐ傍まできた縄に、依姫は恨みがましい声で言う。
「久しぶりにほぼ独力で動きましたが、やっぱこの体戦闘向きにできてないですね・・・・・・!」
「嫌か?」
だが、その言葉に返す返事にはうって変わって微かな喜びがあった。
「いいえ、感謝してますよ。正直手を抜くというのは苦手でしてね、それよりはこの程度の性能で精一杯やったほうがいい・・・・・・愛宕の火として招ずる! 具現しろ!」
縄は形を変え炎となる。それを身にまとい立ち上がった依姫に、なんだこりゃって感じの表情をしていたチルノも表情を楽しげなものにする。
「面白いものもってるじゃん。それであたいに対抗しようっての?」
先ほどより大きめの氷柱を作り、依姫の炎と同時に放つ! 炎と氷が空中でぶつかり合い・・・・・氷が炎を貫通した。
「目に見えてやる気のなさが伝わる低温度!! こりゃ依姫ダメかしら?」
軽い汗とともに苦笑いする豊姫。しかし、依姫は計算通りと言わんばかりに笑う。見れば、氷は貫通してこそいるものの、依姫の炎によって形を丸くされ、勢いも激減しておりもはや武器として効力を持たないありさまであった依姫はその氷塊を、
「シュゥゥゥーッ!!」
先程証明した通りの身体能力の低さからは想像できぬ華麗な動作で、思いっきり氷をチルノに向けて蹴り飛ばす。完全に予想外だったその一撃に、チルノはどうにか身をひねることしかできなかった。そのすぐ傍を勢いよくかすめていく塊を見送りながら、チルノは不敵な笑みを浮かべる。
「やるじゃん」
「まだまだ、やれるところまではやらせていただきますよ」
それが、本格的な戦いの始まりであった。
○
「ん・・・・・・これは!! タイム! いや、降参します!!」
蓬莱の枝の開花に気づいた依姫はそう叫んで戦闘を中止した。
「どーしたのよ、急に?」
降参と聞いて反射的に攻撃の手を止めたチルノに、依姫はすぐそばに置いてあった蓬莱の枝を指差してみせた。
「咲きました。蓬莱の花でございます」
そちらに目をやったチルノが、へぇ・・・・・・とため息をつく。
それは宝玉に似た美しい輝きであった。美しいだけではない、色合いも艶も、この世のものとは思えぬほど人の気を惹きつける。
「きれい・・・・・・」
「でしょう? さぁ、この輝きを手に取り、あなたの心の赴くまま戦場へと・・・・・・」
「ありがとう依姫! じゃあ帰ろ大ちゃん!」
「うん、いいものが見れて良かったねチルノちゃん」
「えっ、ちょっと待ってください、これを咲かせてくれないと・・・・・・」
「咲かせたじゃん」
「まだ全然ですよ! もっともっとたくさん咲くはずなんです!!」
「もういいよ。こんなの持って帰っても置く場所ないし、あたいお腹すいた」
すげない返事とともに、もう振り返ることもせず去っていく二人を、依姫はただ見送り、ぽつりとつぶやいた。
「花より団子・・・・・ですか」
がくっ、とその場にくずおれる依姫に、豊姫の目は優しくそそがれていた・・・・・・
○
「緊張でハイテンションになりすぎました。あの場で咲かせてみようなんていわなければうまくいったかも」
「まぁいい経験よ。依姫がしっかりできるってわかっただけでも良かったわ」
「んで次はどーすんの? この近くに、こないだ月にブッ込んできた吸血鬼の館があっけど」
豊姫は少し考え込む。
「・・・・・・ねぇ、ここは二手にわかれない? そっちのほうが効率的だわ。私、さっきは何もできなかったし、ああいうことが増えてもよくないと思うの」
確かに、仮に豊姫が出る状況なら依姫は引っ込んでしまうと思った。
「なるほど・・・・・・では、お姉さまはどうします?」
「吸血鬼の館という場所に行ってみるわ」
「では私は・・・・・・争ってるのを片っ端からあたってもあまりいいことなさそうですね・・・・・・そうだ、この花と縁がある者のところを探してみます。ああもちろん輝夜さまたちは除外して」
「いい手ね。じゃ、終わり次第またここで合流しましょう」
「了解しました」
○
(紅魔館、か・・・・・・以前出会ったのは、主の吸血鬼とメイドの人間の二人だったわね。といっても、私は彼女たちを地上に送り返すとき一瞬接しただけだけど)
館への道を歩きつつ、彼女らについて語った依姫の姿を思い出す。
「メイドの方はずいぶん恐ろしい術を使う方です、刃物を突きつけられた時は内心驚きましたよ。当人は手品と称していましたが、それにしてはまるで笑えない」
おそらくは時を止める能力といったところでしょうと依姫は言い、「限りなく無敵に近い能力」と付け加えた。
「彼女に出来るのがどこまでかわかりませんが、彼女が本気ならば確実に月にも小さくない被害が出ていた・・・・・・もちろん私にも。お遊びムードになってくれて助かりましたよ」
安堵と苦笑いの混ざり合った息を吐きながら言う依姫の姿は、あまり自信をはっきりと表さない彼女にしては珍しいものではない。しかしそれにしても、完全に楽勝という自分の予想は少し外れていたようだ。
「吸血鬼の方は、まあいろいろとわかりやすかった。性格も戦い方も。圧倒的な能力で蹂躙しにくる・・・・・・実に単純でわかりやすい驚異です。弱点を付けば楽な相手と思いましたがそれをなかなかさせてくれなかった」
「手こずったの?」
「かなり。何発か厳しいのをもらいましたしね・・・・・あせあせしながら強がってみたら、なぜか明らかに急ごしらえとわかる飛び道具を使ってきてくれたおかげで勝てたんですが・・・・・しかし、まがりなりにも天照をまともにくらってピンピンしてる頑丈さには驚かされましたよ」
驚愕のうちにも愉悦を含んだ笑い。こちらは珍しいものだった。
(どちらにしろ、一筋縄ではいかなそうね・・・・・・)
そんな軽い警戒はしかし、目指す館の門を見た瞬間に霧散した。
心地よい場所だ、まず最初にそう思った。堂々たる作りの門と雄大な壁は敵を圧するに十分な威を持っているのに、今それを取り巻く空気の穏やかさは此処を客人を迎え入れるための場所として機能させていた。おそらくそれは、現在のこの館のあり方を表している。もし館が敵にたいする時、これらは本来の威圧をさらに増して対峙することであろう。
(しかしそれだけが原因ではない。風水術のたぐいか、あるいは周囲に流れる気そのものに干渉する能力を持つものがいるのね)
感心とともに周囲を眺める豊姫の目が、ふと一点にとどまった。
(ん・・・・・・門番がいたの? 気づかなかった・・・・・・しかし、これは・・・・・・)
近づいて、まじまじと眺める。姿のよい女であった、先ほどの位置からみたときに思ったとおり。そして女は眠っていた、先ほど見たときに感じたとおり。
(・・・・・これは・・・・・どうしたものかしら)
起こすべきか? 普通に考えればそうであろう。おそらく彼女は今自分に対応すべきであり、そうしてもらわなければ不法侵入だ。しかしこうもあからさまに、気持ちよさげに眠っているのをみると、なんとはなしに起こしてはいけないような気になるのも確かであった。豊姫自体職務にあまり誠実でないため、同情するところもあったのかもしれない。
勝手に入るか。それでも別に大問題にはならぬであろうという気はした、しかしできれば筋を通したいものだ・・・・・・などと思い悩んでいたところで、彼女が眠たげながらも声を発し、まぶたを開き始めたので、豊姫は胸をなでおろすことができた。
「んむ・・・・・・どなたですか?」
「おはようございます、門番さん。私は綿月豊姫、月の民よ」
「月の民? っていうと・・・・・こないだお嬢様たちが殴り込んだ先の?」
「そう、そのお嬢様に用があって・・・・・あ、誤解しないでね復讐とかじゃないから。ただ、彼女に送りたいものがあるの」
「送りたいもの?」
優曇華の玉の枝について簡易な説明をすると、門番の少女はお嬢様なら興味あるかもしれませんねぇ、と苦笑いして、近場の妖精を呼び止め主の元へと言伝てに向かわせた。
「もうしばらくお待ちくださいね。あっ、申し遅れました。私紅魔館の門番、紅美鈴と申します、以後よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね」
朗らかに笑い合う。相手をまるで警戒する素振りのない彼女の態度は門番らしくはないが、この館にはふさわしく思えた。いや、彼女がこの館をそういうふうにしているのか? 地上に対する番の役目をする自分が、自分たちが彼女のようだったなら、月の都はもっと接しやすい場所になっただろうか・・・・・・
美鈴と談笑しながらそんな埒もない考えに耽っていると、先ほどの妖精が戻ってきた。
「ええと・・・・・・綿月・・・・・本当なんだっけ・・・・・・まあいいや! 綿月さん? お嬢様が自室でお会いになるそうです」
○
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
はやる心を抑えきれぬといったふうで笑う主を、十六夜咲夜はいつもの済ました表情で眺めている。主のこのような姿は幾度となく見ており、今更何をお考えなのですかなどと聞く必要もない。
「以前は遅れをとったが、今度はそうはいかんぞ。なにせ私にはもうアマテラスオオカミとやらは通用しないのだからな!!」
しかし、レミリアのすぐ隣に座らされた妖精・・・・・・サニーミルクは、不安と恐怖をありったけぶちまけた表情で尋ねる。
「あ、あの・・・・・・なにが始まるんですか? なんで私ここにいるんですか?」
無理もない、自宅でくつろいでいたのになぜかこんな所にいるのだから。
「今から私は月の民と戦い、勝つ。お前の協力によってな。だから咲夜に頼んで連れてきてもらった」
「きょ、協力って・・・・・・?」
「以前あいつは私の最大の弱点のひとつである太陽を使うというさすがの汚さで私を倒した、あれがなければ私が勝っていた! そしてお前の能力ならば太陽の力を無効化できるだろう? つまり負ける要素はない! さあ、早く来い綿月!!」
「ごめんなさい、待たせちゃった?」
ドアが開く、一同の視線がそちらを向き凍りつく。目を見開くレミリア、なんとなくこんな気はしてたという表情の咲夜、とまどうばかりのサニー。
「・・・・・姉の方かよッ!!」
「ひーーーーーー!」
「な!?」
怒りに任せて投げつけられたサニーミルクを受け止めながら戸惑う豊姫。
「・・・・・はぁ、がっかりだよ」
「えええ!? なぜか何もしないうちから失望されているわ!」
「わけわかんないようああああん! もうやだ私帰るーっ!!」
「今日も空は青いわね・・・・・・」
○
ひと段落つけて(サニーは菓子と紅茶で労われてから帰っていった)、レミリアと豊姫は改めて向き合う。
「まったく、今度から客の名前はフルネームで伝えてもらうぞ」
「迅速に徹底させます、お嬢様」
「ふん・・・・・で何の用だ? えーと・・・・・・」
「豊姫よ、綿月豊姫。今日はあなたにいいものを持ってきたわ」
「いいもの?」
「これよ」
優曇華の玉の枝を取り出し、概要を説明する。
「あなたの威厳を示すのに、これ以上ない品だと思うわ」
「ふん、なるほど確かに興味はあるけど、実際に咲いた姿をみないことにはね・・・・・咲夜、美鈴を連れてきなさい」
「かしこまりました」
という声を聞いたかと思うと、次の瞬間にはもう部屋に一人が加わっている。いや一瞬の間すらも実際にはなかったのか? たしかに震撼すべき能力だ。
「ついでに、月の民の戦いぶりを見せてもらうわ。美鈴と咲夜、どっちを相手に選んでもいいよ」
「スカーレットさん、あなたは?」
「ダメだ、とても戦えるテンションじゃない」
「それはご愁傷様。ついでに言っておくと、私の能力は戦闘用じゃないわ。これであなたを楽しませられる自信はない」
「戦いたくないってんなら、この話はご破算よ」
「そうじゃないわ、能力を使わない戦いのほうが良いと思うのよ、といっても殴り合いをやるわけじゃない。私の考えた試合形式があるんだけど・・・・・・聞いてもらえる?」
○
「私も私なりに考えてみたのよ、平等な条件で戦えるゲームを」
豊姫は、どこからともなく2本の刀を取り出した。
「これはどっちも模造品。思いっきり斬りつけても痛くないから安心して。これを相手の体に当てれば勝ち」
「要するにチャンバラごっこ? だとしたら却下よ。どっちも剣術は専門外なの」
「大丈夫、剣術は必要じゃないわ。私も剣は苦手だもの」
床に淡い光が走り、円を描く。結界の一種だがその効力は弱い。ただ単に線引きの道具として使ったのだろう。
「この円の中で向き合って戦うの。この線を踏み出たら負け」
「ふむふむ、なるほど・・・・・・」
「美鈴、なんか納得してるけどつまりどういうことなの?」
「あの円の範囲はだいたい、後ろに一歩下がることがどうにかできる程度です。それだと動きがかなり制限されますから、使える技はぐっと減る。そして技には挙動というものがありますから、それに反応して下がればほぼかわせてしまう、その隙を狙えば勝てます」
「先に動いたほうが負け、ってことね」
「はい。しかし猶予は一歩分しかないので、フェイント等にひっかかって無意味に下がってしまうとかなりピンチになります」
「逆に、フェイントと思ってたら実際に攻撃が来て負け、ってこともあるわけか」
「他にもいくつか展開は考えられます、例えば、思いっきり踏み込んでの一撃ならば相手が下がっても攻撃が届くでしょう、その分動作中の隙は増える危険性はありますが」
「そのあたりの読み合いを楽しむゲームってことね、なかなか面白そうじゃない。よし美鈴、行ってやれ」
「かしこまりました」
○
「さて、はじめますか」
抜刀と幾度かの素振りを終え、豊姫と美鈴は向き合う、すぐに両者の視界から相手以外の存在は消えた。互いの挙動を慎重に見据えながら、その内面に思いを巡らせる。戦いはどれだけ相手を理解できるかで決定する要素が大きい、とくにこのような形式では。
(・・・・・・月の貴人、か)
表情を真剣に引き締める美鈴に対し、豊姫の表情は特に変わらない。その優雅で穏やかなたたずまいは、優しげな印象を与える一方で気ままな、浮世離れした感じがある。
(しかし、それはこの方の本質ではない)
美鈴にははっきりとそう言える。先刻、眠っていた自分を起こしたものは彼女の気の淀みであった、ああいう気の流れがどのようにして生まれるのかはよく知っている。人を気遣わずにおれない繊細で誠実な者が、それゆえに心を澱ませ作り出してしまうのである。
(優しい人なんだろうな、きっと。高貴さや傲慢さを示す必要がある仕事には向かない・・・・・・)
仕事柄、他者を見下すような物言いをしたことも少なくないのであろうが、彼女はそういう発言をしたことを気にするタイプに思えた。軽い同情を覚えるも、今は勝利すべき相手だ。
(おそらく人を騙したり、威圧したりするのも苦手だろう。ということは、向こうから仕掛けてくる可能性は薄い。しかし目敏さ自体はかなりのものだ、下手に崩しにかかるのも危険か・・・・・・)
張り詰めた空気は二人の間のみならず、部屋全体を包み込む程のものになっている。レミリアと咲夜もその表情を興味深げなものに変え、場が動くのはまだかまだかと期待している。
(このまま威圧し合う状況が続けば、おそらく性格的に彼女の方が先に折れる。それを待つのが一番確実・・・・・・)
と、判断した瞬間、豊姫が動いた。大きく踏み込み、斬りつけてくる。
「!」
内心を読みきっての行動、意表をつかれたその一撃に、しかし美鈴は迅速な反応を示した。下がったところで避けられぬ一撃、ならそれが繰り出される前にこちらの攻撃を当ててしまえばいい。
「てぇやっ!」
気合一閃、腕に万力の力を込めて刀を突き出す、一直線に向かう刃先は、しかし目的を達することはなかった。
「!?」
「おおっ!」
レミリアが感嘆の声を上げる。豊姫は刀を振り上げた体制のまま、僅かに上半身を引いていたのである。美鈴の一撃はその豊満な胸のわずか先を虚しく突くにとどまり、無防備に差し出された腕は豊姫の格好の的だった。それを狙って振り下ろされた刀が当たった瞬間、勝者が決まる筈だったが、それは途中でぴたりと止まった。
「・・・・・・?」
いぶかしんだ表情で目を凝らしたレミリアはすぐに理解する、豊姫の行動の原因を。
「そんな手があったとは・・・・・地上の武術も大したものね」
驚愕と感心の表情で美鈴を賞賛し、刀を下ろす豊姫、それは敗北者の態度であった。確かに外れたはずの美鈴の刀が、今豊姫を突いている。
「いやぁ、勝手に体が動いただけです」
美鈴は突ききった体勢から、後ろ足を蹴り込むことで僅かに攻撃距離を伸ばしたのである。当然それだけの力で十分な威力を発揮できるわけがないが、当てさえすればいいこのルールならそれは関係ない。
「なかなか面白かったよ、こういうのもたまにはいいわね、自分でやるのは面倒だけど」
二人に拍手を送りながら語りかけるレミリアに、豊姫が蓬莱の花を見せる。
「花も咲いたわ、どう、綺麗でしょ」
「おー、なかなかじゃないか・・・・・・しかし、戦乱を起こしてまで奪い合うほどのものじゃない。この花に争いを引き起こすなんらかの機能がついているのね?」
「ご名答。この花は因果律を操作する・・・・・・簡単に言うなら、戦乱の只中に飛び込む運命を持っているの。まあ満開にならないとそうはならないけど」
「ふーん・・・・・・じゃあさ、満開のやつを持ってきてよ」
「?」
「要するにそれを奪い合って皆が争うことがあんたらの望みなんでしょう? だったら、私たち紅魔館がその中心を務めてあげるわ」
「なるほど、つまりこの花を求めて皆がこの館に攻め込んでくるという構図ね、そしてその裏にいるのが私たち。それもいいかもしれない」
○
「要するによー、見通しが甘すぎたんだよね。依姫が勝つ展開なんて誰も喜ばないってわかりきってたのに、まあいいじゃん的な態度で通しちゃったのがいけない。まぁテメェが勝とうなんて思い上がらなきゃあんな失敗もなかったわけだが」
「私の最大限美しい戦いに対しひどいことを! だいたい、あれはあなたがしょぼい攻撃しかしてくれないから盛り上がらなかったんじゃないですか。自身の無能を棚に上げて人を責めるって最低です」
「てめーの戦略が糞すぎんだよ。こういう技使いますあっソレ効きません、じゃあこんな技使いますああコレも効きませんって、そればっかやってて面白くなると思ってんのかよ。まテメェが綿月依姫という宇宙一つまらねぇ女である以上仕方ないにしてもよ、俺がそれに付き合う必要は全然ねーじゃん?」
「世界を焼き尽くす炎って言ったのに弱火でコトコト煮込む程度の炎しか出せないジャクショウノミコトで、勝利目指して頑張った私になんという言い草!!」
「だから勝つ必要ねんだよ。いいか依姫? テメェはな、ボッコボッコのグッチャグッチャにされて「ざまぁ」とかって笑われる時だけ魅力的な女なんだ。それ以外じゃなーんの魅力もねぇカスなんだからよ。テメェが魅力的になるよう頑張ってやったのに、中途半端に苦戦しながらグダグダと4タテしちゃってどうするわけ?」
「そう言わないでくださいよー。正直上手く戦えるか不安で、慎重になりすぎてしまったんですっ!」
「そんならそれで、そういうところを出していきゃあ可愛いのによ。まあすんなりと魅力的だったら依姫じゃねぇか・・・・・・・ん、妙なところに出たな」
依姫たちは風情ある屋敷の庭にいた。すぐ傍らに随分立派な桜があるが、花はついていない。そしてさきほどから身に刺さる強力な違和感・・・・・この地からは、一切の穢れを感じなかった
「ここは・・・・・・霊夢が言っていた、浄土とかいうところですかね?」
「穢れが一切ないっつー月の民が泣いて羨ましがりそーな場所だよな、地上の死人ごときが穢れ無き世界に住まえるって現状を月のみなさんはどう思うのかね?」
「知りません、そんなことは私の管轄外です。それはそうとノウナシノミコト様、なぜこのような場所につれて来たのでございます?」
「知らねーし、俺ちゃんとこの花と一番縁が強い所に向かったし・・・・・・ん、つかこの桜・・・・・・」
「お前たち、そこで何をしている!!」
鼓膜のみならず心臓までも貫かんとする激しく鋭い声。はじかれたように見やった先では銀髪の少女が刀を抜いていた。
「んあ、剣士のおっさん? いつの間に若返ったんだよ」
「いや孫娘か何かでしょう多分。あの方には穢れがあったがこの方にはない」
「むっ、お前確か月の・・・・・綿月依姫!」
「なんで知ってるんです・・・・・ああなるほど、月の幽霊騒ぎの正体、あなたがただったんですか」
「酒を盗んだ件で復讐に来たのか? 確かにあれはどうかと思ったが、しかしどのような方であれ、私は魂魄家の者として主を守るのみ!!」
「あー、口先じゃ収まりそうにないですね、これは・・・・・・」
少女ーーー魂魄妖夢が勢いよく突進する。以前対峙した吸血鬼をも上回るその速度に目を見張る暇もなく、迷いなき一閃。それは依姫の身体能力でかわせるものではない、しかしその刃に切り裂かれる寸前に、依姫の体は何かに引かれたように急速に後退していた。予想外の回避行動にも動揺をあらわにせず、構えを取り直した妖夢は一本の縄が依姫の手に握られているのを見る。
「んじゃま、今回はちょいと変わったのやってみっか?」
「ま、お付き合いしますよ」
くいっ、と、その縄が蛇の首めいた動きでひとりでに持ち上る、かと思うと、
「それ!」
猛然と妖夢に投げつけられる、それを余裕でかわす妖夢、しかし次の瞬間、依姫が先ほどの後退と同じ高速でこちらに突っ込んできた。迎撃が間に合わず受けに回した腕に、剣戟が叩きつけられる。飛び込む勢いが完全に乗った重い一撃は、しっかりと受け止めてなお軽くない打撃を妖夢に与えた。
「やりますね! 心の込められた防御を斬るのは何を斬るよりも難しいこと!」
賞賛しながらも後ろに縄を放ち、再び後退する依姫。すでにその理屈を妖夢は理解していた。
(あの縄だ、あれに牽引されることで奴は移動している・・・・・つまり縄の行先に気をつけていれば、次に移動する場所も読める!)
再び放たれた縄を、今度は細心の注意をもって回避する。先ほどの再現のように依姫はやってきた。
(もう一度上ーいや、違う!!)
妖夢は確かに見た。依姫が前方だけでなく、妖夢の足元付近に縄を放つのを。つまり急降下で妖夢の対空を躱し、そこを叩くことを狙っている!! ならば着地点を狙えば勝つのはこちら!
そして依姫は急降下し、妖夢は斬撃を放ち、しかしその刀は空を斬り妖夢を驚愕させた。
(躱された!? ・・・・・なぜ?)
妖夢は攻撃に横薙ぎを選択した、相手の着地点がはっきりしない以上、縦に斬り下ろしたのでは範囲外ということも考えられるからだ。これならば多少予測よりずれてもかまわず斬れる。その思いが結果的には裏目にでたといえるだろう、だが、このような避け方を思いつこうはずもなかった。
(・・・・・下だ、とっ!)
長身の依姫が、妖夢の低い背丈のはるか下にいる。トカゲやヤモリが地を這う様のような姿勢で。匍匐、という行為を妖夢は知らなかった、したがってその姿勢を、たんにおぞましいと感じた。だが体を走った動きはそのためではなく、渾身の一撃が躱されたことによるものであった。
「グサっと!」
「・・・・・がっ!」
アキレス腱のあたりを、いつの間にか依姫が持っていたナイフが鋭く抉る。瞬間的に走った鈍い痛みは、妖夢の最大の武器であるスピードを確実に奪った。反射的に足元を蹴り付けるが既に依姫はいない。
「こ・・・・・のぉっ!!」
爆発する妖夢の怒りに突き動かされるように、傍らに浮いていた半霊が猛然と突撃する。
「おああ・・・・・・っ! そ、そんなことができたの・・・・・・っ!」
完全に予想外という表情の依姫の腹に、半霊がふかぶかとめり込む、のみならずそれは妖夢の姿を取り斬りかかる。依姫は朦朧とする意識をこらえて縄を放ち、手繰った、今度はなんの含みもなく、妖夢に真正面から突っ込んでいく。それを待ち構える妖夢、依姫はどうにか叫ぶ。
「金山彦命の名で呼ばわる、私に武器を与えろ!!」
その言葉を聞いても、妖夢は打ち合う構えを崩さない、どんな武器を用意しようが、死に体での急ごしらえの一撃など恐るるに足らず。
手こずらされたが、だがここまで。続く衝突は確実に己の勝利に終わる、と、思った瞬間、妖夢の体を巨大な影が覆った。
「は・・・・・・?」
それは武器というにはあまりにも大きすぎた、柄の部分にしてからが、白玉楼の柱を思わす太さと巨大さ、それすら比較にならぬ巨大な頭部は、すでに妖夢の視界にも収まらない。
ーーー頭部だけで妖夢の背丈ほどはあろうかという巨大ハンマー、圧倒的な威圧と暴威の塊! それを見た瞬間、妖夢の頭は判断することをやめ、反射的に恐怖と警戒を弾き出してしまった。楼観剣への、己の斬撃への信頼を忘れ、ただ避難のみを考えてしまった。
妖夢が避難させようとしたもの、それは自身ではなかった。己自身と魂魄家の誇りの象徴たる楼観剣。これを折られるようなことは絶対にあってはならない。
振り下ろさんとしていた刀を、力任せに引き戻す。一秒にも満たぬ時間で、見事ハンマーの軌道から刀を退けたことは流石であった。しかし代償として妖夢の体は、本来刀があるべきだった場所へとスライドすることになった。ちょうどハンマーに直撃するように。
「ぐああああっ!!」
妖夢の体が勢いよく吹き飛ぶ。ハンマーの直撃によるものではない、すぐ傍に振り下ろされたハンマーの衝撃に弾かれたのである。頭を強く地に打ち付け、朦朧とする意識のなかで妖夢は敗北を感じていた。主や師の顔が浮かんでくる。己の至らなさを悔やみ詫びながら、意識を失った。
○
「あらあら、いったいなんの騒ぎ?」
「ぐええええ・・・・・重すぎでしょうこれ・・・・・・!」
妖夢を起こしたのはそんな声だった。反射的に跳ね起きると主である西行寺幽々子がいつもの微笑みを向けており、依姫の姿はない。足元でなにかが呻いている。見ると、そこには自らが作り出したハンマーの柄に押しつぶされてもがいている依姫がいた。
「うああぁぁぁー・・・・・・」
「あひゃひゃひゃひゃ!! みろよこの顔!!」
「あら、あなた月の・・・・・」
「あなたがたに酒を盗まれた哀れな綿月の女です、どうかお慈悲を〜」
「とりあえず踏んでおきましょう、ていっ」
「がふっ、鬼ですかあなた・・・・・・」
「いがいと力がないのね、月の民は?」
「私の身体はそういうふうにできてないんです。これでもだいぶ鍛えてるんですよ〜」
「まだ足りねんだよ。おらバーベル上げだ、バンプアップ!! バンプアップ!!」
「げええええぇ・・・・・」
「なんなんですこれは」
○
「へぇ、ここの護衛を先祖代々」
すったもんだの末、妖夢と依姫は縁側で隣り合って茶を飲んでいる。
「はい。西行寺を守り続けることが魂魄家の誇りなんです・・・・・・あんな方でも」
「あはは、まあでも立派な姿だったと思いますよ」
「そういってもらえるのが救いです」
「いやしかしな、妖夢ちゃんは護衛として一つ直さなきゃならないところがある」
「む、なんでしょう?」
「可愛すぎることだ」
「は?」
「護衛ってのは相手を嫌な気分にさせなきゃだめなんだ、ここに近づいてもいいことなさそうだって思わせなきゃな。君みたいな可愛い子がいたんじゃ、侵入者はやる気バリバリになっちまうぜ。その点この依姫を見てみろよ。見た時点で唾を吐いてかえりたくなるような、神への冒涜とすら思えるこのヨリヒメ面を!!」
「インスマス面みたいに言わないでくださいよぉー!!」
「・・・・・・ぷっ、あははっ。いやそんな悪いもんじゃないと思いますけど?」
「魂魄さん、あなたは神だ、今日からコンパクヨウムノミコトと名乗ってよいですよ」
「ええー、なんですかそれー」
○
「さてと、そろそろお暇させていただきます」
「異変を起こすんでしょう? 頑張ってくださいね」
「どうも・・・・・ん」
この場から転移せんとしていた依姫が、急に歩き出す。その足は依姫が最初に現れた場所にあった桜の下で止まる。
「・・・・・・なるほど、これに引き寄せられましたか」
「西行妖がどうかしましたか?」
「蓬莱の玉の枝は穢れを食んで咲き、この桜は魂を食んで咲く。穢れとは生きることそのものですから・・・・・・つまり見た目はまったく違えど、根源を同じくする存在というわけです。それをやる気のないタンチキノミコト様が縁と勘違いして拾い上げてしまったんですね」
「へー、これそういうものだったんですか。封印が解けないことを願うばかりですね」
「ふむ、私の見る限りではかなり強固にできていますから、心配はいらないとは思いますが」
「わかるんですか?」
「ええ、こういうのも一種の神ですから、ヤオヨロズを使えば情報を取得できるんですよ・・・・・・ん?」
「どうしました?」
「この封印、人を使って成されているんですね。黒髪の、美しい方。これは・・・・・なるほど、なるほどねぇ」
「?」
「ああいえ、大したことじゃない。じゃあ本当にお暇します」
「あ、はい。じゃあまた」
「ええ、また。 ・・・・・・・魂魄さん、あなたの主は守るに値する方ですよ」
○
「完成品を持って来い、ですか。あの吸血鬼も相変わらずですね。しかしまあ、目処が着いたのはよかった」
「ええ。あとはこれを咲かせるだけ」
「大禍津日神の名で呼ばわる。その身に纏いし穢れをこの花に与えよ!! ・・・・・これでようやくひと段落ついた。疲れ切りましたよ、ふあぁ・・・・・・」
慣れぬ場での慣れぬ作業に、依姫の心身は予想以上に消耗していた。そんな依姫に豊姫が笑っていう。
「お疲れ様。少し休んだら」
「ええ、そうします・・・・・・」
柔らかな草に仰向けに寝そべる。月にはない青い空と白い雲が目に入り、その鮮やかさに目を細める。
やがて意識が消える、いつかの日の夢を見た。
○
怒りと憎しみ、己の世界にあるのはそれだけだった。己は月の民を憎み、地上の人妖を憎み、獣を憎み、草木を憎み、天地を憎み、三千世界に存在するあらゆる有象無象を憎悪し嫌悪し、その全ての存在に怒り狂い、そして、何よりも自分自身にあらゆる悪意を向けていた。
「そんなに悲しまないで、あなたのせいじゃないわ」
ひとりだけ、なぜかそんな言葉で自分に優しくするものがいた。名を綿月豊姫という。訪ねた、なぜ己のような存在にそんな事を言うのか、己などを気にかけるのかと。
「みんなが言うの、この世に価値あるものはひと握りだけだって。でも、私はそんな風に思わない、月でも、地上でも、あらゆる存在に可能性があり意味があると信じたいの」
意味、意味だと、こんな己に価値があるというのか、何も持たぬ己に。
「あると私は信じてる」
豊姫。地上に興味と感心を抱いてやまない変わり種、地上への対応役などという誰もが厭う汚れ仕事を嬉々としてやる奇人、月の民の面汚し、己の救い。
○
「あれはどうしている?」
「相変わらずですね、負の感情ばかりです」
「何がそんなに不服なのだ、どんな神にでもなれる、どんな優れた能力でも発揮できるというのに」
「他者の情報を読み取り、再現する。それだけしかできない存在、だれかの用意したカンニングペーパーを永遠に読み続ける機械であることが原因なのかもしれません」
「自己と呼べるものが何一つ見当たらぬことに絶望していると?」
「はい。もっともこれはそもそもそういうふうに作ってあるのですから、そんな事を思うこと自体が自己存在の否定にしかならないのですが」
「それで、何か有用な手はあるのか?」
「・・・・・・専用の体でも与えてみてはどうでしょう」
「あれが自由に出来る体をか? そんなことができるのか」
「確証はありません、しかし神は人を依代として世に降りることがあります。失敗作とはいえ、これが神を再現できるのであればあるいは・・・・・・と」
「ふむ、いいだろう面白そうだ、やってみろ」
「それなりに手間がかかりますし、成果も見込めるとは言い難いのですが」
「構わんよ、そんなものを気にするのは地上の連中のやる事だ。我々はただ、娯楽と精神性の向上のためにできうる限りのことを試せばよいのさ」
「かしこまりました。では明日よりとりかかりましょう」
○
「○×(月人名)様、これが・・・・・・?」
「ああ、君を元にして作り出した依代だよ、綿月豊姫」
「本当にそっくり・・・・・」
「一応ところどころ手を加えてはいるが、外見のデータはほぼ変わらないはずだ。中身はまるで違うがな」
「うれしいわ。わたし、昔から妹が欲しかったの」
「妹? ははっ、あれを妹にするつもりかね。ずいぶん荒々しい妹になりそうだな」
「いいえ。彼は彼、彼女は彼女よ、わかるの」
「私には君が何を言っているのかわからんな。これは何の魂も入っていない、いわば空っぽの器だ」
「いいえ、この世に作り出されたものには、必ず何かが込められている、無価値なものなんて一つもないと私は信じています」
「地上などに興味を持つ変わり種のいいそうなことだ。まあ、それならばそれで面白いがね」
○
「これがお前の身体となる」
「おれの、からだ・・・・・・おれの、もの?」
「そうだ、好きに使うがいい」
できるものならな、という言葉は口にせず、さっさと退室し、外部から成り行きを見守る。
「男性体でなくてよかったのか?」
「はい、あれに性別などはありません、そういうふうに作ったものですから」
「なるほどな。さて、どうなる? 貴様は自分の身体を得られるのか?」
「あの体は可能な限り他者の力を通すように作っています、どんな低級霊でも乗り移れる代物ですよ」
「ほう、つまりあの身体自体の能力は低いと?」
「地上の貧民街に住まう雌と比べても確実に劣りますね。しかし、他者の力を通しその補助を受けさえすれば初期能力(そんなもの)は関係なくなるでしょう・・・・・ま、これで無理ならばもうどうしようもないですね」
○
「ああ、そうだ。俺はお前を知っている」
「わたしも、あなたを知っている」
「俺と同質の魂、何もない、空っぽの魂」
「ただ余所の情報を詰め込む、そのためだけに作られた革袋」
「俺自身を憎むようにお前を憎もう、俺自身に怒るようにお前に怒ろう」
「私もそうしよう、そして、私たちは自分自身に対してそうしたかったように」
「お互いを愛するだろう」
「愛し合うためには名が必要ですね」
「俺はヤオヨロズと名乗ろう、神々を意味する名だ」
「では私は依姫と名乗りましょう、神々の依代であり続けるように」
○
「面白い結果となったな」
「どういうことなのでしょうね。融合に失敗し、一部のみが依代・・・・・・依姫の中に残ったのか、それとも彼の精神はもともと分裂していて、その一方のみが入ったのか、はたまた・・・・・・」
「君の言うとおりか、だな。豊姫」
「私の意見は一つも変わりません、依姫とヤオヨロズ、二人がいるというだけのことです」
「しかし意識は共有状態にあるようだ・・・・・・感覚も。その点では文字通りの一心同体」
「仲が良いってことです」
「そうかね? さっきからやたらハイペースで喋っているが、ほとんど言い合いばかりじゃないか」
「殴り合いまで始めたぞ、感覚を共有してるんだから相手の苦痛が自分にも伝わるだろうに」
「汝、汝を愛するがごとく・・・・・・・ってやつですよ。なんだかんだいっても、結局好きなんです、自分も、相手も、世界も」
「非合理な精神だ、月の民にはそぐわん。だがそれはそれで楽しみようもあるか。それで、あいつらをどう迎え入れるつもりだ?」
「ええ、二人の意見も参考にして念入りに考えた結果、こういう形が一番良いかと」
「・・・・・・・・・・なんだこりゃ」
「可能ですよね? 二人とも月の民という扱いになっているんですから」
「まあそりゃ可能だけどなぁ」
○
「というわけで、あなたたちは夫婦よ」
「俺がなぜか豊姫ちゃんの子になってんのはまあいいとして、こいつとかよ、こんな米屋が来るたびに寝取られそうな嫁は要らん」
「私があなたの妹になるのは大歓迎ですが、いかにも飲む打つ買うな方を婿にするのはちょっと」
「ふふ、きっと上手くいくわよ」
「・・・・・・マジかよ。まあ、貶し代込みってことでで満足するか」
「私の神としての働きへの期待で帳消しにしますよ。んで、何すればいいんです」
「今まで通りでいいわよ、どうせやることはもう済ませてるんでしょ?」
「「まぁね?」」
「・・・・・うらやましいこと。はぁ、私も本物の夫君を探しにゆこうかしら・・・・・・」
○
「ふふ、可愛い寝顔・・・・・・ねぇ、あなたもそう思わない?」
眠る依姫を眺めながら、豊姫は虚空に話しかける。
「うなされているように見えるけど」
何もない空間から造作もなく降り立った八雲紫は、いつもとさして変わらぬ引き締めた表情で眠る依姫を見やって言う。
「いいえ、きっと楽しい夢を見てるわ。依姫は気難しいように見えて実際はすごいちゃらんぽらんだから」
「あなたとは真逆と言うわけ?」
「あら、私そんな風に見える?」
「・・・・・異変を起こしてみたいのだけどいいかしら、なんて、事前にちゃんと根回しに来る方は初めて見たわ」
「大事に至るのは、こちらとしても望むところではないから。それにそういう筋は何事においても通すべきだと思うの」
「そういうところなんかズレてるのよね。でもまあ、正直あなたを見習って欲しい者がずいぶんいるわ」
「誰? あなた自身とか?」
「あら厳しいお言葉。その節はどうもお世話になりましたわね」
「あの時、私があなたを厳罰に処すと判断していたら、どうするつもりだったの?」
「ちゃんと罰を受けるつもりだったわよ? だから頭も下げたし、大人しく縛られもしたわ」
「殊勝ね。まあ、それが出来ないと読み切ってのことだったのでしょうけど」
「あなたは優しい人ですから」
「優しい? それは違うわ、優しさだけで寛容になれるほど私は出来た人間じゃない」
「あら、ではなぜ私を見逃していただけたのかしら?」
「・・・・・・それはね、紫。あなたに可能性を見たから」
豊姫は紫と目線を合わせ、静かに告げた。
「量子的に物事を見た場合、起こりえる事象は必ず起こる、0でない限りいかな低い確率事象であっても存在し得るの」
「あなたの能力の基盤となる法則ね」
「そのとおり、つまり私の能力は可能性を信じることで成り立っている。紫、あなたの持つ可能性を私は見てみたくなった、だから野放しにしたの」
「私に、月の民たるあなたが見るほどの可能性があると?」
「そうよ、あなただけじゃない、この地上に広がる全ての命に、私は可能性を見出すことができる、それが私の能力だから」
「それに惹かれて、地上に来たというわけね」
「その通り。あなたのおかげで、焼けぼっくいに火が付いちゃったわ」
「月の民にそこまで気にかけていただけるとは、光栄の極みでございます。それで、ご期待には添えましたの?」
「今回は、まあ満足したわ。でも一度では何もわからない、これから何度も回数を、何年も時間をかけて理解していくことになる」
「気の長いこと」
「それが取りえよ。さ、そろそろ花が咲ききった頃かしら、これをあの吸血鬼に渡せばひとまず終わりだけど、ねえ、あなたこの計画をどう思う?」
「別に悪くはないんじゃない? ただ、あなたがたに黒幕をやるのは難しいと思うけど」
「厳しい意見ね、まあ自分でも正直ちょっとはそう思うけど。何かいい手があるの?」
「そうねぇ・・・・・・こんなのはどうかしら?」
○
「ふあぁ・・・・・んん?」
目を覚ましたとき、依姫は違和感を覚えた。視界が薄暗い。空が曇ったのか? いや違う、かすかではあるが、眩い木漏れ日が感じられる・・・・・・木漏れ日?
「な・・・・・っ、なんですかこれはー!?」
跳ね起きたとたん、自分のすぐ横で眠っていた豊姫がねむたげに目をこすりながら起き上がった。
「んむ〜・・・・・・あらあら、ずいぶん大きくなってるわねー」
「あらあらじゃないですよ、一体何がっ!?」
「実はね・・・・・」
自分たちをすっぽりと覆い隠すほどに成長した優曇華の玉の枝の下で驚愕する依姫に、豊姫が説明する。
「なるほど、八雲さんが境界をいじってくださったと。まぁ確かにこっちのほうがやりやすいといえばやりやすい」
「これだけ育てば問答無用で多くの者が攻め込んでくるでしょう。それを私たちで撃退して行けばいいのよ」
「役割分担はどのように?」
「いつもどおりにしましょう、あなたが戦闘、私がバックアップ」
「ええ、私もそれがよいと思います」
○
「おおっ、なんだこれ!!」
興味津々といった風にあらわれた氷の妖精に、依姫の顔はにこやかな笑顔を向ける。
「おやおや、最初はあなたですか、氷の妖精さん?」
「あれ、あんた依姫ってやつに似てるけど・・・・・んー、なんか違う」
「ええ、実はあなたが最強の証を立てようとしないので、私が最強になってしまうことにしたんですよ」
「な、なんだってー!」
「ほらほら、見てくださいよこの立派な優曇華の玉の枝を! 私が咲かせたんです! もうあなたのものじゃない!!」
安い煽り文句に、チルノの幼い精神が激昂した。
「むきー! 最強を名乗るんなら、あたいを倒してからにしなさいよね!!」
「ひゃひゃひゃ、怒れ怒れェ! 『この状態』で遊ぶなぁ初めてなんだ、気合入れてもらわねぇとな!!」
依姫の口から、依姫のものでない声が溢れる。下品な口調、凶悪に歪んだ笑顔、それは、まさに。
「個体維持用確保領域解放、神霊情報無制限取得開始!!」
常とは比べ物にならぬ神気が依姫の身体に供給され、その波動は空間を震わせる。
「コードG・O・R(ゴッズ・オブ・レプリケーション)、ヤオヨロズシステム、始動!! さあ妖精、ぶっ倒れるまで遊んでやるよ!!」
○
「まあだいたいこんな感じの流れになるかね」
「ぎゅ〜・・・・・・あたいは、まだやれるぞぉ・・・・・・」
「無理すんなよ、妖精っつっても命は大切にするもんだ」
「すみません、すぐ連れて帰りますから」
名も無き妖精がチルノの肩を担ぎ、連れて行く。
「そうそう、大事にしてやれよ。地上じゃあ自然だって永遠じゃあねぇからな」
「?」
妖精が振り向くと、そこには今日の初めのころに見た依姫と同じ表情があった。
「自然の化身たる妖精とて、自然の形そのものが変わればいわゆる転生をします。あなたがたも1000年ばかり前は違う姿をしていたのでは?」
「うーん、覚えてないです、まあ別にどうでもいいことじゃないでしょうか」
「はは、暢気なものですね・・・・・・好きですよ、そういうの」
○
「しかしテメェの身体は本当に万年床臭ぇな」
「使う方がしっかり管理しないからですよ、ダメゲシュクニンノミコト様」
「んなこた小間使いのテメェがやることだろ」
「はいはい、じゃあ日干しでもしましょうかね」
「おーそりゃいい、ぬくぬく」
「あら日向ぼっこ? 私も混ぜて!」
「はいはい。さて次はどんな方が来ますかね・・・・・」
○
「おおっと、こりゃあずいぶん綺麗だね、驚いたよ」
「おおっと、こっちも驚きましたよ。あなた・・・・・・火車ですか。確か地底に追いやられていたはずの妖怪がなぜこちらに?」
「紅白のお姉さんとこで日向ぼっこしてたら、どうにもこっちからいい匂いがしてねぇ。来てみたのさ」
「なるほど、あの巫女のところならばその光景も納得できる。しかし、いい匂い・・・・・・ですか?」
「ああ、この綺麗な花からぷんぷん香ってくるよ」
「ふふふ、さすがは穢れの極みたる死を喜ぶもの。この花に蓄えられた穢れを察知しましたか・・・・・・」
「まあ、持って帰っても火にくべられやしなさそうなのが残念だけどねぇ」
「しかし興味はお有りなのでしょう? ならば私を倒し、この花を奪い取っては如何?」
「今更そんなつもりはないっていっても、聞いてくんなそうだね、いいよ、実はお姉さんにも興味があったんだ、匂いがほとんどしないその身体、死体になったらどうなるのか、ってね!」
「殺せたらそれもくれてやんよ、殺せたらな!! 個体維持用確保領域解放、神霊情報無制限取得開始!!」
「おおっ? お空が八咫烏様の力を使うときの感覚に似てるねぇ、でもなんか違うけど!!」
「まがいもんだからな!! でも知ってっか? 悪貨は良貨を駆逐するんだぜ、ヒヒヒ! コードG・O・R、ヤオヨロズシステム、始動!! さあ猫、マタタビが目の前だぜ!!」
○
「残念だったな、匂いだけで満足することになっちまった」
「あらら・・・・・ま、十分ではあるけどねぇ」
「にしても、地上の過酷な環境にかかわらず、まだ生き残ってたとはねぇ、即オワコン化したこいつたぁ大違いだ」
「ん? どゆこと?」
「・・・・・・あなたがた穢れを糧にする類の妖怪はね、この蓬莱の枝と似た原理でもって月の民が作った生命体が大元になってるんですよ」
「へぇ、何のために作ったの?」
「穢れを恐れ回避するだけでなく、克服し実用化するという目的でなされた研究の産物です。まあ結局、出来たとしても精神的に嫌だという意見が強まって打ち切られたんですが」
「うわ、ひどいなあ」
「それに生命維持基盤が危うすぎるんですよね、死霊だの怨霊だの魑魅魍魎だの、危険な代物ばかり食していて長生きするわけがない。地上にばらまいてはみたがすぐ滅びるだろうと思っていたそうです」
「本当にひどいね!!」
「しかし、あなたがたは月の民の予想を上回りこうして生き延びている。 ・・・・・・あ、笑いましたね。ええその通り、あなたがたの姿には感服しますよ」
○
「いやー生命って素晴しーねー豊姫ちゃん! あんな月の光も刺さねぇところで生き延びるたぁ大したもんだなぁ」
「地上が今のような姿を見せることを予想した月の民は一人もいなかったでしょう、もちろん私も・・・・・・あらゆる可能性を探れる身であるのに」
「私は時々、恐ろしくなっちゃいますがね」
「そういう気持ちも必要だと思うわ、未知なるものへの恐れが生命を突き動かしsyのだから」
「そんなもんですかね・・・・・・」
○
「待たせたわね綿月依姫、真打ちの登場よ」
「そのようですね、スカーレットさん・・・・・・秘策もお有りのご様子」
「ああ、こいつがやっと見つかったからね」
「はぁ、なんかもう諦めます」
「その妖精が何を・・・・・ん、あなた、日傘も無しに・・・・・・なるほど、そういうことですか」
「ほう、絶望を認識したようね」
「ええ、ええ! あなたがた吸血鬼は本来、並大抵の妖怪たちを統べるべき存在として作られた特製品。あまりに性能が高すぎるので日光だ流水だ銀の武器だと弱点を付与しすぎた結果微妙になってしまいましが・・・・・・なるほど、それが一つ減ったとなれば」
「さぁ綿月依姫、あの時与えられなかった最強の体術をたっぷりと・・・・・・」
「いやーずいぶん手ごわくなったもんだなぁ、こりゃ確かに生半可にやってたんじゃとても勝てねぇ、んならよ・・・・・・個体維持用確保領域解放、神霊情報無制限取得開始!!」
「!!」
「ひゃーひゃひゃひゃ!! 嬉しーぜ吸血鬼。かなりマジで遊ばなきゃならなそーだかんなぁ!!」
「なっ・・・・・・この力は!? っていうかお前誰?」
「こいつの使ってる神の中の人だよ。んじゃ説明しよう! 俺は神の情報をダウンロードしてその力を行使しているが、それがいき過ぎると個を保てなくなっちまうのだ。しかしこいつのしみったれボディを依代として自身の確たる基盤とすれば! もう限界はねぇ、いくらでもどんだけでも神の力を行使できるって寸法だあ!!」
「なっ、そんなんありか!」
「なーにいってやがんだぁ! 俺たちゃもともとこうなるべくして作られたんだよ、月の民のお遊びでな!!」
「お遊び、だと?」
「その通り、受神兵器なんてのは後付けの肩書き。テメェら妖怪や、地上の人間で遊んでた月の民がな、今度は神様の力で遊ぼうぜっつって作ったのが俺たちヤオヨロズシステムなんだよ!! どうだ、笑えるだろぉ!?」
「ふん、お互い感謝しようじゃないか、生まれこうして出会えたことに!!」
「ヒャハハハハハ!! コードG・O・R、ヤオヨロズシステム、始動!! ・・・・・・いいアイデアだ、派手に喜び合おうじゃねぇか!!」
○
「ぐ・・・・・・・は・・・・・・」
「おおっ・・・・・・! さすがは吸血鬼 ぜぇ、ははっ・・・・・・キツイの効いたぜ」
「惜し、かったわ・・・・・・あと一歩。ふん、次は勝つ」
「おお、楽しみにしてるぜ、ははっ・・・・・・それはそうとよ、その妖精、いいのか」
「え?」
「すっげえ青い顔でふらついてんぞ、そいつが倒れたら、ヤバいんじゃねぇのか」
言い終えると同時に、小さくて軽い何かが倒れる音。
「ギャー!! ギャー!!」
「あわわわわ、レミリアさん、こっち、木陰に!!」
慌てて駆け寄る豊姫。彼女の能力ならどうとでもなるはずだがそう思い当たる余裕もないのか、慌ててレミリアを引っ張っていく。その騒ぎを聞きながら依姫は日のまばゆさに目を細めた。
○
「お疲れ様です、大変でしたねお姉さま」
「あいつら、大丈夫だったか?」
「ええ。ちゃんと送り届けてきたわ」
「それはなによりです。ふぅ、次の相手が来るまで休みますか」
「ごめんなさいね、任せっきりで」
「何をいいます。あらゆる事象を操作できるお姉さまがサポートに回ってくれているから、私は気兼ねなく戦えるんですよ」
「そう言ってくれると助かるわ」
○
「ずいぶん、お楽しみのようですわね」
「これは八雲さん、もう御大将のお出ましですか?」
「心配せずとも、様子を見にきたただけよ・・・・・どう? 幻想郷は」
「物珍しくて楽しいですよ、土曜の日帰り旅行先として申し分ない」
「へぇ、あなたがたはお姉様ほどには地上に執心がないのね」
「ええ。お姉さまは近いうちにまた来そうな感じですが、私たちは用事がなければしばらくはこないでしょう・・・・・・まあ地上に興味もあるけどな。そういやぁ、剣士のおっさんとか天狗のあんちゃんとかお元気?」
「あなたがたが知ってる連中はみんな元気よ。相変わらず好き放題に放蕩しているわ」
「そしてあなたは相変わらず頭を抱えているというわけですか? っくくく・・・・・・じゃあよ、気晴らしに遊んでかねぇか?」
「気晴らしになりそうもない遊びですわね?」
「曲がりなりにも月の民をボロボロにできるチャンスですよ? まああなたは知略でもってそうするのが本分でしょうが、たまには職務以外で身体を動かすのもよいのでは?」
「そう運動不足でもないのだけど、まあいいわ、月の民がどれだけ遊びを知ってるか、試させてもらおうかしら」
「個体維持用確保領域解放、神霊情報無制限取得開始!! 懐かしいだろ? てめぇの軍勢相手に初めて使ったやつだ!!」
「あの時は遊びではなかったけれどね。死を覚悟させられたわ」
「ヒヒヒ、よかったじゃねーか!! おかげでてめぇはこいつの原理を理解できたんだからよ、月の技術をもって帰れたわけじゃん? 大したもんだよ、俺らはなんもわからず使ってっからな!!」
「おかげでいいものが作れたわ」
「忘れ去られたもの、世から消え去りゆくものの情報を集め、幻想の品として具現化する。原理は多分ヤオヨロズと似てるな。俺らの力が月の民の研究の産物なら、この郷を形作る力はなんだ? テメェらの力か?」
「いいえ、人々の幻想を望む意思よ」
「はっ、カッコイイじゃねぇの!! コードG・O・R、ヤオヨロズシステム、始動!! さあ、テメェがこん中でどれくらいのランクなのか示してくれよ、幻想郷の生き神様!!」
○
「まさかここまで行けるたぁな、やっぱすげぇわ」
「少し心配していたけど、本当に遊びですませるつもりのようね」
「マジにはなるけど一線を越える気はねーよ、基本的にはな」
「例外が存在すると?」
「誰かは言わなくてもわかんだろ? いや、多分ずっと前から知ってた」
「やはり、霊夢が気になるのね」
「・・・・・・彼女をどこから連れてきたのです? それとも作ったんですか?」
「私にもわからないわ、いつの間にか神社に居着いてたのよ」
「いかにも彼女らしい。まあお察しの通り、彼女相手には正直言って自制しきれる自身がありません、おそらく大抵の人妖がそうであるように」
「ええ、よく知っているわ。それで、私が彼女を守るためにここに来ることを禁じたら?」
「あなたの判断を支持しますよ。私は月に戻り、当分ここには来ない。正直助かるといえば助かる」
「なるほどね。まあ、どうせしばらくは来ないわ。それまで楽しむといい。それじゃさよなら、楽しかったわよ」
「ええ、私もです」
○
「・・・・・・依姫」
「お姉さまも、どうぞ思うままにしてください、自分がどうしたいのか、実際にどうするのか、今の私には皆目見当がつかないのですから」
「ええ。後悔しない判断をしようと思うわ」
○
そして、いくつもの騒ぎが生まれた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・!」
「・・・・・・・?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・! ・・・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・」
・
・
・
○
「ずいぶんやりあったなー。おお、真っ暗」
「そうね、でも蓬莱の枝は常にまばゆいわ」
「そろそろ、終わりになりますか」
「そのようね、今近づいてきている事象が、きっと最後になると思うわ。楽しかった?」
「ええ、とても。でもこれからもっと楽しくなると思います」
「良かった。 ・・・・・・私、先に月に戻るわね」
「お姉様?」
「彼女とは、余計なもの抜きで対峙したい、そうでしょう?」
「・・・・・・ありがとう、豊姫」
「今の、どっちの台詞? わからなかったわ」
「どっちともですよ、私たちは同じですから」
○
依姫は柔らかに微笑みながら、向き直る。
「・・・・・・来てくれたんですね。博麗霊夢さん。うれしいですよ」
端然で可憐な容貌、華奢な体躯、そして特徴的な巫女服。博麗霊夢がそこにいた。
「・・・・・・異変がありゃ動くわよ、それがどんなに馬鹿げた代物でもね」
「そんな言い方はひどい。私、それなりに真面目ですよ」
「ずいぶんな連中とやりあったみたいだけど、月の民は争いを好まないんじゃなかったの?」
「俺たちゃもともと月の民なんかじゃねーからな」
依姫たちの口調は静かだ。しかしその響きには荒れ狂う情念がある。それを察してか、霊夢の表情も引き締まっていった。
「さっきあんたの口を借りて喋ったそれが『ヤオヨロズ』とかいう神様モドキね? なによ、月の奴ら私の神降ろしを違法だなんだって言ってたくせに、そっちだってズルしてるじゃない」
「ま、勘弁してやれよ。違法なことばっか長いことやってっとな、正当なやり方のほうが異質に感じちまうのさ。悪法もまた法ってやつ? 頑張って作り上げた歴史へのご褒美(ひいき目)とも言うかな!」
「私の神降ろしが、正当?」
「その通り。あなたの神降ろしは至極正当で完成されたものです、私たちが行うまがいものと違って・・・・・・それが私たちの興味を引いた。お姉さまはどうか知りませんが、私にこの地への興味を抱かせたものは、あなたです」
「・・・・・わけわかんない、悪いけど、そんなの知ったこっちゃないの。私はただ、異変を起こすものを倒すだけ!!」
その言葉と同時に、覆い包まれていた情念が一息に爆ぜる。地獄の亡者を思わす叫びが依姫の口から迸った。
「こっちも説明する気はねーよ、やりあってみりゃわかるさ! 個体維持用確保領域解放、神霊情報無制限取得開始!! コードG・O・R、ヤオヨロズシステム、始動!! さあ気張れよ紅白巫女! 悪役をぶっ潰して拍手喝采のハッピーエンドだぁ!」
○
獣じみた叫び声と共に、渾身の一撃が霊夢の身体を掠める。明らかに依姫たちの気迫は今までと違った。
「おらおら、どうした博麗さんよぉ!! 異変時の巫女は無敵じゃねぇのか? こっちゃまだ傷らしい傷もついてねぇぞ!!」
「う・・・・・・るさいっ!!」
右から振るわれる祓串を弾き飛ばし、左手で用意していた陰陽玉を遥か彼方へ蹴り飛ばす。もはや遊びのレベルではない。休日の日帰り旅行の範疇をはるかにうわ回る、人生に関わる戦いになろうとしている。
「とろとろしてんじゃねぇよ! 愛宕の火!!」
正真正銘、世界を焼く火が迫り来る。それは到底、霊夢の結界で防ぎきれる代物ではない、
「ぐっ・・・・・・お願い愛宕様、私をあの炎から守って!!」
やむなく、自他共に認める未熟な神降ろしで対抗する。二つの神の炎がぶつかり合う中、霊夢は目をつぶって必死に精神を集中していた。しばらく経ち、まぶたを炙る熱が消失したのを感じると、恐る恐る目を開く。
「クッ・・・・・・・クヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ・・・・・・!」
気味悪い笑い声を発しながら、依姫の顔が心底嬉しそうな表情を作っていた。その光景に不気味さを感じる霊夢に、見せつけるようにその右腕を掲げる。そこには小さくはあるが、確かに火傷ができていた。
「見えるか、わかるか? 俺たちの神をテメェの神が上回った印がよ!! ・・・・・・これが! これこそが!! 俺らの神降ろしとテメェの神降ろしの最大の違いだ、博麗霊夢!!」
比喩でなしに神速の踏み込みから、全てを断ち切る刀が振るわれる。反応が間に合わぬ霊夢に変わって、先程蹴り飛ばされた陰陽玉がその攻撃を防いだ。
「はっ、道具も自らてめぇを守るか、愛されてんなあ博麗!!」
霊夢の一撃を受け止め、笑いを強くする。
「俺たちは神々の力を、いくらでも無限大に使うことができる。だがそれはどこまでいっても余所から持ってきた力だ、俺たち自身は空っぽの袋だったころと何も変わっちゃいねぇ・・・・・いや、神々の力に限らず、私たちの扱う力は全てそうだ。剣術だろうと法術だろうとなんだろうと。ただそういう情報を空っぽの自分に放り込んだだけの代物なんですよ!!」
そう、こうして振るわれる刀に込められた力も、技も、ダウンロードした情報を再現しているだけのもの。それを回避しながら霊夢が叫ぶ。
「誰だって、大抵はそんなもんじゃないの!!」
「だがお前は違う」
「?」
「あなたは神々を、いや、全てを受け入れる存在でありながら、私たちのように空虚でない。あなたという確たる個の元にあらゆる力が集っている、自らの意思で! 感じるでしょう霊夢、あなたの勝利を願い尽力する無数の力を!!」
霊夢の攻撃が勢いを増していく、強く、速く、それは急激に依姫たちを上回っていく。何かが自分に力を与えていると霊夢は感じた。それは神か、人か、妖か、あるいは世界そのものか。戦況が逆転していく、霊夢の神は依姫たちの神を打ち破り、霊夢の祓串や陰陽玉は依姫たちの刀を強く弾く。
「絶望の極みってやつですかね!!」
依姫の声が響いた、依姫たちの脳内に、いや、心の中に、ヤオヨロズもまた心で返した!!
「絶景じゃねぇか! こんなもん見れるやつ滅多にいねぇよ!」
「まったくです!!」
二人の視界にはありありと写っていた、世界の全てが博麗霊夢の勝利を願う姿を、全てが霊夢を愛し支え、自分に敵対する様を!! 不条理などと思わない、自分たちはこうなるべきだった、誰からも忌み嫌われいなくなれと石を投げつけられるべき存在だった。
「これがあるべき形だ、力ってのは、集いたいと皆が思うもののところに集うべきで、無機質に抽出するようなもんじゃねぇ」
「私たちも、もっと愛される存在であったならばこうなれていたのでしょうか、しかしそんなことを悔やむことはない!!」
自分たちが手に入れられたかもしれない姿を、二人は眺めていた。しかし妬みや羨望がわくことはない、なぜなら。
「おおともよ!! なにせ今、俺たちこいつの対極の存在として存在できてんだからな!! 全世界の敵なんて、なかなかなれるもんじゃあねぇ、俺たちゃうまいことやったよ!!」
世界全てに憎まれる、世界全てに愛される、どちらも同じだ。自分の死は世界の喜びとなる。救いは得た、自分たちの存在は報われた。
「ええ、私、とっても幸せです!!」
○
・・・・・・突如、与えられるはずのない感覚を得た。
「え・・・・・・?」
○
・・・・・・紅白の服が地に倒れる。緩慢に歩み寄りながらかけた声には戸惑いがあった。
「・・・・・・なぜ、攻撃を受けた? 戦いを終わらせた?」
苦しげな息を吐きながら、霊夢は言う。
「わからない、でも、あんたたちをあのまま叩き潰すことを考えたとき、すごく、悲しくなったの」
「お前は、異変を起こす者を倒す存在であるはずだ」
「そうね、自分でも、おかしいと思うわ。昔は、こんなことなかったのに」
もっと昔、最強であった頃の自分はこんな感覚にとらわれることはなかった。誰にも何にも感心などいだかなかった、ただひとりで空を飛び続けていたあの頃、自分は無敵だった。
今はきっと違う、最強とか、無敵とか、そういうものは自分から失われてしまった。何かを欲することを知ってしまったから、誰かを信じ頼ることを覚えてしまったから、愛する側の気持ちを手にしてしまったから。
「きっと、一時のきまぐれだわ、明日には、華扇につけられた修行みたいに忘れてるような、そんな気持ち」
それでも、霊夢はその気持ちのために動いた、巫女というシステムのあり方を崩した。
「ちっ、なんだそりゃ」
いかにもつまらなさげに剣を放り投げ、霊夢と同じように身を横たえる。
「私たちが憎くないんですか? 汚らわしく思わないんですか? 徹底的に凌辱し蹂躙し否定して、その存在の全てを叩き潰した上でこの世から消去したくならないんですか!?」
「そりゃ、あんたらのこと、好きじゃないけど」
なげやりに、どうでもよさげに、霊夢は言う。
「別に、そこまで熱心になるほど憎くもないわ」
「はっ、俺たちゃそんなもんかよ」
仰向けに見上げると、美しい月が広がっていた。見上げると、なぜか納得と満足感が胸に降りてきて。
「・・・・・・そんなもんだろうな」
「異変、終わらせるの?」
質問というよりは確認という感じの口調。
「ええ、終わらせます」
「そう、よかったわ、これで宴会やれる」
「宴会のために異変解決するみたいな言い方ですね」
「えっ」
「なんですかその『そこを疑問に思うの?』みたいな声は!!」
「いやだって、一段落着いたらとりあえず宴会やらない?」
「何につけても宴会ですか、すごいところですねここは」
「そう? で、あんたらはこれからどうすんのよ」
「月に戻って寝ます、それからいつもどおりの日曜日ですよ、しっかり休んで月曜に備える」
「変なの」
「そう?」
○
そして翌日の昼下がり、依姫たちはなんとなく地上を眺めながら、あそこで得ていたかもしれない終わりのことを考えていた。
「楽しかったですね」
「ああ」
それで感想は終わる、結局自分たちがしたことは、楽しい旅行程度のものであった。自分たちはあそこでの出来事を時々思い出すかもしれないが、常に心に留めておくような重大なものではない。霊夢と戦った夜の気持ちもすぐに薄れていくだろう、彼女にとって自分たちがそうであるように。
あの夜に終わりを得なくて、良かったと思う。思えば世界の敵として死ぬなど自分たちには過ぎた姿であった。もっとくだらなくてありふれていて、誰も感動しないような終わりの方がふさわしい。自分たちは失敗作だから。失敗作はどこを目指すのか? 自分たちがたどり着けなかった完成系の姿を? それとも、それを抹消し自分たちが完成形になることを?
いいやどちらでもない。失敗作は失敗作として、自分の人生を最後まで見届ける事を、目指すのだ。
できるだけ、死にたくならないような生き方をしよう。できるだけ、周りの評価を気にせず生きていこう。この命が終わるまで。
「依姫」
ふと、原初の気持ちを思い出した。
「何です?」
「俺、お前のこと好きだわ」
「私も、あなたが好きです」
しかし、もう燃え上がることのない気持ちだった。口に出した後で、笑い合う。
「寝るか」
「んー、今眠ると夜眠れなくなりそうなのですが」
「夜には眠くなることすりゃいいだろ」
「眠くなること・・・・・・?」
一瞬の沈黙のあと、少し恥ずかしげな声。
「・・・・・あなたも大概飽きませんね」
「言ったろ、万年床は抜け出しにくいんだよ」
その呟きを最後に、二人は思考を手放した。
○
「これ、ありがとうございました」
綿月豊姫は蓬莱の枝を差し出す
「あら、結局使わなかったの?」
「いえ、回収してきました」
「へぇ、一日使うだけでよかったの?」
「ええ、それはもう」
あの地に行くのに、それはもう。
「必要ありませんから!」
というわけで遅すぎながら正体バラシいたします(マジ遅すぎですよねすみません・・・・・・)
さて「これはひどい」と言いたくなるようなこの作品ですが、皆様の熱意あるコメントに感謝しつつ意図解説などしてみようと思います。
発端は「依姫はなぜ神降ろしの力を使えるのだろうか?」という疑問でした。「依姫が神々に愛されている」という理屈はどう考えても私にとってはありえないことでした(依姫は不人気キャラの鑑だと思います)。というか、あれが本当に神ならぶっちゃけ依姫みたいなのに力をかすとは思えないし、仮によほどの気まぐれで貸したとしても依姫がそれを絶対的に信頼して使いまくることなどないと思えるのです。
であるならば、あれは神ではなく、「神のような何か」なのだ! と勝手に考えた結果ヤオヨロズは生まれました。神の力を自在に使える兵器、というものを足りない頭でどうにか考え出しましたがまあひどいものになりましたね。結局どういう存在なのか説明できてないし。
当初の理念から行くなら、ヤオヨロズの設定や依姫と今日の関係を抱くまでに至った過程を詳細に描くべきであったのに、そこをさっくりと流してしまったのは本末転倒であり深く反省せねばならないところであります。
展開に関しましては、以前から構想していた『綿月が異変を起こす物語』をベースにしていましたが、これまた未完成&実力不足で、到底出来のいいものにはなっていないと感じています。無駄な場面が多すぎるというかほとんど無駄な場面しかないというのはどうよ俺。
ヤオヨロズのひどい性格については、依姫とずっと付き合ってるような奴なら絶対こういう性格こういう態度に違いない!! という強い信念によって作り出されました。僕自身依姫をこういう形で愛でてますので、多分これからも依姫と深い中になるキャラを作った時はこんな感じになると思います。
反省点ばかりの作品ですが、僕の依姫たちに関する気持ちを思う存分吐き出せたということもあり、個人的には書いててすごく楽しかったです。これがただの一人よがりにならないようにしたい。
以下、コメ返ししつつ語り足りない部分を語ります
>>1 さん
僕の中では依姫はこれくらいいろいろとひどい奴ですwww 真面目とか純情というイメージが一般的なんでしょうか。
僕の中ではそういうのはほぼないですね。初対面の地上人相手に「いーよ、遊んでやんよ」的なノリで接してる印象が強い。
>>2 さん
依姫一行の楽しんでいる感が伝わったならば幸いです。霊夢との決着には私なりに彼女らに対するイメージを詰めました。
最初はもっと激烈な戦いになる予定だったのですがどうにも違和感があり、こんなもんだろうなあ・・・・・・という気持ちで書いたものです。
>>4さん
いや本当、依姫とはこういう感じで付き合っていくのが理想的だと僕は思いますwww
二作目で投稿ならわからんだろう、と思ってたらことごとく当てられまくりで笑いました。初作はかなりおとなしめだったつもりなんですが、隠しきれない性根が出ていたということなのでしょうか。
>>5
ヤオヨロズの設定がわかりずらかったことは本当に反省の念しかないです。ただ依姫と深く接するキャラである以上こういうキャラになることを(少なくとも当時の)僕が避けることはできませんでした。みんな依姫のせいですwww
場面を飛ばしすぎなのは本当にどうにかしなきゃいけないところですよね。すんなりと流れる物語を作る能力を身につけたい。
>>6
霊夢と依姫の対峙はかなり思い入れのあるところなので、それをわかっていただいたのは非常に嬉しいことです。
ヤオヨロズに対する反省はもはや語りまくった通りで、出さない方が話がすっきりしたというのは本当に確かなのですが、当時の僕の溢れる気持ちを吐き出すために仕方なかったんだよ(むちゃくちゃな言い訳)!
そんな欲望だけで生まれた言葉のうちの一つを笑えたといっていただいてありがとうございます。ちなみに僕個人は依姫の戦い方は割と好きだったり(←などといってさらにわけわからない話にするバカ)
>>7さん
熱いコメントありがとうございます。恐縮ながら前半部の指摘への反省を略させていただきます、本当いろいろと不出来な作品で申し訳ない。
「依姫は基本スペック自体は低い」というのは数少ない自分の中で確立した設定なので今後も使うと思います。依姫はそんな強くない方が魅力が出るキャラだなーと感じる。あと所詮玩具というかたいしたことない存在な方がwww
そしてなんといっても嫌われ者!! これは本当強く思うことで、依姫には嫌われ者で構わない!! という感じでボロクソに言われつつひょうひょうと生きるキャラであって欲しいのです。
そしてそんな依姫をなんだかんだで愛でるヤオヨロズは私の化身でもあるのでしょう。私も儚月好きです!!
>>8
面白いといってくださって本当にありがとうございます!! そして紅魔館の展開に関する反省と言い訳なのですが!
・・・・・・実はこの話、企画段階では依姫とヤオヨロズだけで進む予定の話で、豊姫の出番はほぼなかったんですよ・・・・・・しかしそのころから発端は豊姫ときまっていて(このヘンがダメなところ)、「盆栽渡すから配ってこいよ、私のためにwww」というだけのキャラであるのはどう考えてもおかしいだろう(もっと早く気づけ)!! ということで急遽豊姫とその見せ場を追加した結果がこれなのです。いや本当豊姫には色々と申し訳なかった。彼女は依姫とは違う意味で(いわゆるまっとうな意味で)魅力的なキャラだと思うのでもっとしっかり書きたいのですが、今回はいろいろと足りずこうなってしまいました。叶うならリベンジしたい。
グダグダと長いあとがきになってしまいましたが、皆様評価していただき本当にありがとうございました!!
この作品を糧としてさらに綿月書きとして己を高めて行きたいと思います。ではまたいつか!!
シャドウパンチドランカー
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/11/25 08:04:21
更新日時:
2012/12/22 23:23:48
評価:
7/9
POINT:
640
Rate:
13.30
分類
産廃SSこんぺ
綿月依姫
綿月豊姫
オリキャラ
色々とひどい
コメ返し&あとがき追加(長いです)
かわいいなあ。
もう、地上の楽園(実験場、流刑地、ゴミ捨て場)は、神の手を離れていましたか。
近くて遠い者達と語り合う喜び。
何者も受け付けない、触れられない絶対者の気まぐれ。
そんな些細なサプライズを体験できただけでも、
この土曜日の小旅行は成功だったのではないでしょうか。
いつか、酒を酌み交わせる一泊旅行になるといいね。
貴方の作品を他にも読みたくなったが、私が文体で人を区別できないのが悔やまれます。
あと中盤の場面場面だけをつぎつぎと描写するやり方は、書く側からしたら楽かもしれないけどこっちからすると変な言い方になるんだけど、サボってるようにみえる。意味がわからないほど読みにくいってわけではないので、これについては減点してませんが。
霊夢と依姫の対峙。作者はここがやりたかったんだなって熱が伝わってきます。よっちゃんへの愛が窺えます。
しかし>>5の方が言っているようにヤオヨロズさんには異物感が付きまといます。オリキャラの宿命といってしまえばそうなのですが。
依姫とヤオヨロズ、人格を二つに分離させる必然性のようなものが感じられなかったのが@。設定的にも物語的にも依姫一人で完遂できるような気がしました。
そしてA、ヤオヨロズさんのキャラクター性ですが…
この手の性格のオリキャラを見るたび疑問が沸くのですが、何故粗野なキャラを描くと大抵どのキャラも同じような口調・性格になるのでしょう?
別の作者がやっても、まるで収斂するかのように同じようなキャラになる…不思議でたまりません。
個人的にはヤオヨロズさんもその呪縛から抜け出せていませんでした。
一個のキャラクターとして認識するのはまだ難しい。
上記の理由に加え、妖怪が月にルーツを持つ設定・世界の敵等もあいまって、あんまり東方っぽい感じがしない話でした。
辛口すぎるかもしれないので深く受け止めないでくださいね。
ただ、豊姫と美鈴の勝負直後のヤオヨロズの指摘、これは的を射すぎていて笑えました。
特に最初の方で「依姫たち」という単語が唐突に出てくる下りとか。
また、会話文が中心で、時たま誰が話しているのか判然としない箇所もありました。
と、あれこれ文句垂れましたが、この話とても好きです。
基本スペック低めに設定された綿月姉妹。
相手にされない蓬莱の玉の枝。
事あるごとに語られる「地上>月」という綿月の思想。
創造主が自分の都合で創った玩具でしかなかった依姫。
そのすべてが「東方儚月抄」という作品に対する強烈なアンチテーゼであり、その解放になっているんだと感じたからです。
特に最後、依姫が「私たちは嫌われ者でいいんだ。東方世界最強の嫌われ者として、石ぶつけられながら胸を張って生きよう」と決心するシーンは、もはや清々しさすら感じました。
これほどまで彼女たちを肯定した二次創作を、私は知りません。
だとすれば彼女をボロカスに罵りながら、「万年床からは抜け出しにくい」と自嘲するヤオヨロズは、儚月抄に悪態つきつつ、尚それを愛して止まないゲッシャーそのものなんだろうと思えたのです。
一儚月抄好きとして、とてもとても共感できました。ありがとうございました。
ストーリーは紅魔館の部分が冗長だった気がする。
キャラが魅力的。