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『産廃SSこんぺ「幻想音痴」』 作者: pnp

産廃SSこんぺ「幻想音痴」

作品集: 5 投稿日時: 2012/11/25 12:40:42 更新日時: 2012/12/18 07:00:58 評価: 14/19 POINT: 1430 Rate: 15.32
 鮮やかな茜色に染め上げられた西の空を、私ただはぼんやりと眺めていた。まじまじと夕日など眺めたのは随分久しぶりのことだ。私の網膜に強烈な残光を残していくであろう真っ赤な太陽と、その陽光で染められた祖国と地続きの異界――幻想郷は、見れば見る程美しい。
 嘘のような美しさ――こんな月並みで稚拙な表現が脳裏を過った。しかしこの言葉には今の私にとって、例え話や比喩などには留まることのない、深刻な現実感がある。
 嘘の中の真。虚に映る実。この夕日は、私の目にはこんな風にも映る。
 このような意味不明な発想に陥るのは、私が最近経験した大々的な引っ越し――即ち、この幻想郷への移住が原因である。


 私――東風谷早苗には、敬愛する二名の神様がいる。
 その神様が、己が存続の危機を理由に、住む世界を変えると言う、一人間である私には理解し難い前代未聞の計画を企て、そしてそれを実行に移してしまった。二人を祀る身として、私はそれに従わざるを得ず、二人に付き添って引っ越しをした。
 引っ越した先が、今私が夕日を見ている世界――幻想郷だ。常識と非常識、虚と実、有と無――それを分別する結界とやらによって隔離された現実世界――私が生まれ、育ってきたまともな――失礼だが幻想郷は全然まともじゃない――世界の片隅。それが幻想郷に当たる。

 世界の引っ越しといえども、別に次元が変わったとか、地球を脱したとか、そんな大きな規模のものではない。あくまで『結界を越えた』というだけであるのだが、それは却って私の頭を大いに混乱させてしまったのである。
 地は続くが不可視の結界の向こうには行けず、同じように向こうも易々とこちらへ来ることはできない。
 向こうからこちらは見えず、こちらから向こうは見えない。
 一体どんな原理であるかは、私自身未だに分かっていない。結界などと言うものに関する知識は無いし、教えられてもいまちいピンとこなかったから、きっと一生分からないのだろうと思っている。別に分からなくても生きてはいけるらしいので、結界については気にしないことにしている。


 引っ越しした直後は方々から脅威として認定されて騒々しく、それが解決すると今度は引っ越し直後特有の様々な儀礼的行為に追われた。挨拶回りとか、後片付けとか、そんなことである。
 それが終わって、ようやく私は考える時間と言うものを得た。幸か不幸か、幻想郷には学校やアルバイトと言ったものが一切無く、時間的束縛は極めて希薄で、おまけにカラオケやボーリングやゲームセンターと言った施設も皆無なので、娯楽らしい娯楽も少数であったが為に、雑多なことを考える時間は豊富にあった。――哲学の始まりもこんな具合だと教わった。大量の奴隷に労働させることで、働かなくてもいい時間が増えたから、考え事に耽ったのが哲学と始まりと聞く。
 私はその有り余る思考時間の中で、ふと一つの疑問を抱くこととなる。

 ――この新たな世界で生きる私とは一体何なのだろう?
 ――この新たな世界で生きるということは一体どんなことなのだろう?

 私は、私の知らない間に外界に生まれ落ちていた。母親の胎内にいた時のことも、産まれた直後のことも、産まれてから数年間のことも全く記憶に無いので、『知らぬ間に』と言うのに何ら語弊は無い。そう言った記憶は生きるに不要だから忘れ去られてしまうのだと言う。つまり産まれた時のことなど、如何なる人も知らなくていいものなのだ。
 そして、これまた知らぬ間に、人間社会とか世間とか言った『世界』に適応していた。
 私は、世界への適応を実感し、喜びに打ち震えたことなど一度としてない。そもそも、「知らない間に世界に適応していた」などと言うことそのものさえろくすっぽ考えることなく今までを生きて、そして世界の変更に際してようやくこの問題に直面したくらいだ。
 繰り返すようだが、外界――幻想郷から見た外の世界。つまり引っ越し前の私がいた世界――では、知らない間に世界に適応していた。だから、この世界で生きることとはどういうことなのか、自分はこの世界でどう生きて行けばいいのか――などと言う疑問に到達などしなかった。
 しかし、今度の引っ越しは訳が違う。私には赤ん坊の頃に無かった強烈な自我がある。少なくとも当時とは比較できない程の豊富な知恵がある。熟練の思考能力がある。出生時のようなか弱さなど遥か昔に消えて果ててしまって、今や見る影もない。その状態で『住む世界が変わってしまった』ものだから、私はどうやらいらぬ難問を見出してしまったようなのである。

 世界が変わったのであれば、自分も世界に合わせて変わらなくてはいけないのではないか?

 外界では国と言う単位でも様々な文化があった。茶碗を持って食事をしてはいけないだの、出された食事を食べ切ってはいけないだの、どちらか片方の手は洗ってはいけないだの……。私は海外旅行へ行ったことはなかったので、日本国以外の文化には疎いが、その程度の知識なら聞きかじった程度であるものの持ち合わせている。
 国ですら身の振り方を変えなくてはならないのである。では、『世界の変化』とは一体どれほどの変化を伴うのか?

 私は悩ましいのだ。非常に悩ましい。今は慣れつつあるが、当初は眠れない夜を何日も過ごした程だ。
 世界への適応。幻想郷への順応――それはある意味、住む星を変えると言うことよりも謎めいていて、非常に奥深いことのように思う。
 ここは間違いなく日本国の一部なのである。前述した結界と言う謎めいた技術によってただ隔絶されているだけであって、異国でも異星でもない。読んで字の如く『異世界』である。
 国土として見れば日本国で間違い無いのだが、しかし異世界。現実世界では無い。非常識と、失われたものと、忘れられたものが最後に行きつく流刑地――それがこの幻想郷である。その証拠に、幻想郷には魑魅魍魎、異型妖怪の類がうじゃうじゃ跋扈している。皆、外界では非現実として切り捨てられた者だ。
 そんな異世界での振る舞いとは一体どんなものなのか、私には皆目見当が付かないのである。

 悩ましいながら、有り余る時間を使って懸命に世界に適した自分と言うものを考えていたのだが、ある時ひょんなことから、一つの指標を得ることとなる。
『幻想郷は常識に囚われてはいけない』というものである。
 常識と非常識の境界が、外界と幻想郷の間には引かれている。非常識が流れ込むのがこちら――幻想郷である。
 つまり、外界での十数年間で体得した常識なるものを捨て去ること。それが幻想郷への順応の一歩なのではないかと私は考えたのだ。
 
 あちらの非常識は、こちらの常識――私は何度もこの言葉を頭の中で繰り返してみた。
 外界――生まれ育った世界で生きた十年強の中で培ってきた常識。それが、結界一つ越えた途端に通用しなくなってしまう。いや、ある程度は元の常識に縋って生きていても大丈夫なのだろうが、どうやらこちらにはこちらの常識と言うものがあり、それはあちらの非常識に相当するものだと言う。
 要するに、私がこの世界に順応するには、こちらの常識――外界の非常識を体得する必要がある。

 常識と非常識と言う指標は得た。しかし、それはそれで何だか茫漠としていて、一方では余計に困惑してしまう結果となった。非常識とは――こちらの常識とは如何なるものなのだろうか、と。
 分からないことは人に聞く性質であったから、早速私はこのことを周囲の信頼がおける人間に聞いてみた。
 ――この世界で生きて行くとはどういうことなのか。
 ――生きて行くコツみたいなものはあるのか。
 ――常識とは何か。
 しかし、成果は上がらなかった。それらしい答えが一つだに返って来なかった……と言うより、そもそも質問者たる私が奇異の眼差しを向けられる羽目になった。
 何をそんな小難しいことを考えているの?――博麗の巫女はこう言った。
 生きて行くコツなんて、どう生きたいかによっても変わるから何とも言えないな。――白黒の魔法使いは言った。
 普通にしていればいいのよ。普通に。次第に慣れるわ。――吸血鬼の右腕は言った。

 小難しいことかもしれないが、私は真面目にこの問題に直面している。暇を持て余す為の雑念などでは決してない。死活問題なのだ。
 どう生きたいか、なんて、先ず基盤となる人生観や生活環境の上に成り立つものではないのか? 南米の貧困にあえぐ子供達がこぞってサッカー選手になって一攫千金を夢見る傾向があるように、私は先ず己が現状や世界の風習、風土を知らないことには進行方向すら定めることが難しい。どんな夢を持つことが常識の範疇なのか? この幻想郷で『公務員になりたい』なんて言ったら馬鹿の極みであろうに。
 普通にしていればいいとも言われたが、その『普通』と言うのが分からないから、私はこうやって困っているのだ。この質問を投げかけた時点で奇異の眼差しを向けられているのだから、既に私は普通じゃないことになる。異常なのだ。私はこのままでいる限り、普通ですらいられなくて、その状態で世界に慣れてしまったら、私は永遠に歪なまま私と言う型に嵌まってしまうことに他ならない。

 とある思想家は『人間は白紙の状態で生まれてくる』と言う言葉を残したそうだ。
 紛れも無く、外界で生まれた私は白紙の状態だったのだろう。幼少期を過ごして行く内に少しずつ紙にいろんなことが描かれたり記されたりして行って、価値感と言うものを形成し、今の私に至っている。
 世界が変わったとて、私は白紙に戻ることができない。既にあれこれと乱雑に書き殴られてしまっている。新たな何かを吸収していく余地が、果たして残っているのだろうか――。

 私なりに努力もしてみた。
 私の思う、世界への適合を図ったのだ。
 先ず、ここへ来た当初は、現人神として随分高圧的に振る舞ってみた。しかし、こちらの世界では別に神様など珍しくも何とも無かったようで、これは失敗してしまった。偉くも無いのに高圧的では、何だかただの偉そうな小娘と言うだけであって、生意気なだけであった。

 どうしたものかと思い悩んでいた頃、先程挙げた指標――常識に囚われてはいけないと言うものを得た。そこで、私は私の中にある常識と言うものに真正面から挑みかかった。恥も外聞も礼節もかなぐり捨てて、随分破天荒な人格でもって周囲に接したが――これも何だかしっくりこない。私にとっての非常識と言うか、ただの狂人のようにしか思えなかった。これは非常識と言うより、もはや心の病の域に達している。それではあまりにも失礼だろうと思い、この人格――俗に言うキャラ――も捨てた。

 性急な世界への適応が迫られているであろう最中、私は『妖怪退治』と言う生業を得た。これは、外界では禁忌とされている、所謂暴力が合法的に行えると言う、存在そのものが私の常識に真っ向から対立している優れものであった。そこで私は閃く。嬉々としてこれに従事するだけで、私は十分すぎるくらい“外界的非常識”を会得できるのではないかと。
 丁度その頃幻想郷は、空飛ぶ舟の異変で湧いていた頃で、私もそれの解決で名を売ろうと言う計画の元、妖怪退治に駆り出された。
 私は大いにその妖怪退治を楽しんでみたのだが、すぐに心が音を上げてしまった。今までやめろやめろと言われてきた暴力を楽しんで行い続けるのは、ちょっと無理であった。
 しかし、心が拒絶しているからこそ、これはきっと外界離れの第一歩なのだろうということで、頭の片隅に秘めてはいる。

 結局、やや高圧的で、やや突飛で、やや暴力的と言う、試してみた三つのキャラのいい所をちまちまと拝借してバランスを考えたもの――と言うのに落ち着いたのだが、これが単なる無個性に他ならないのである。散々あっちへこっちへと迷走した挙句、私はほとんど元の私に戻って来てしまったのである。

 一応神奈子様や諏訪子様――祀っている神様のもう片方――にも相談してみたものの、やはりその内慣れるよの一点張りであった。
 神奈子様も諏訪子様も、私と同じ時期にこちらへ移った身であるのだが、流石は生粋の神様と言った所だろうか、私が抱いているような悩みなどとは全く無縁のご様子だ。やはり神と人では精神や頭の構造が違うのだろう。……私も一応神様ではあるのだが。

 未だに、大体私の頭の中は、世界への順応やら、幻想郷に生きる私と言うものの創造――想像とも言える――で満ち満ちている。はっきり言って考えていて楽しいものではない。生きると言うことを考えるのは大変な労力なのだ。早くこの思考の海から脱せられる日が訪れるよう、私のことだが、他人事のように願っている。


 気付けば辺りが随分暗くなっていた。
 考え事が過ぎた。まさかこんなにも夜に近づいているとは思わなかった。
 私は急いで夕食の準備へ向かう。思考が原因で砂糖と塩を間違えたりしないように留意しなくてはならない。



*



 世界への適応とか、常識と非常識とか、そう言った問題が夢の世界にまで進撃してくることもあるが、この日は免れた。特に夢は見ていない。そういう夢は非常に見ていて疲れるから、なるべく見たくない。
 相変わらず私は、一人でこの諸問題と格闘しつつ、寝具を片付けたり、朝食を用意したり、食べたり、片付けたり、巫女としての業務に携わっていたりと、何ら進展も解決の曙光も見えないいつもの一日を送ることになるのだろう。

 時計の短針が『10』を指した頃になったが、頭の中は相変わらずである。取り留めの無い考えが堂々巡りしている。
 やはり独学では限界があるのだろうか。
 しかし、他にこんな悩みを打ち明けられそうな者はいない。
 幻想郷には数多くの妖怪がいるのだが、妖怪の言うことははっきり言って全くあてにならない。
 妖怪達は、確かに人間と共通の言語や同等かそれ以上の知能――者によっては未満のようにも感じる――を持ち合せている。しかし、風習やら人生観やらが違い過ぎる。いわば、同じ言語を持った全く別の生き物なのである。妖怪を人間と定めれば、私達人類など向こうからすれば言葉を持つ猿のようなものだろう。まるで会話にならないのである。宴会の席などで妖怪と話をする機会を貰ったことがあるが、見事すぎるくらいに何を言っているのか分からなかった。
 中学生の頃、インターネットの翻訳サービスを使って、日本語を英語にし、その英語をまた日本語にするという遊びが流行ったが、一部の妖怪の言っていることの理解し難さはあの遊び――所謂再翻訳によって出て来た英語の訳に通ずるものを感じる。狂っているとしか思えない。外界的には間違いなく異常であり、常識の範疇では推し量れない言葉遣いであろうが、あんなにまで染まる必要は感じない。
 妖怪に相談するのが無意味とくれば、頼みの綱は人間のみだが、その人間に相談しての堪えも芳しくない。
 だったら犬や猫や牛乳やアロエリーナにでも我が苦悩を語って聞かせてみるか――などと真剣に考え始めたら、それこそ私の精神は終焉間際なのだろう。
 八方ふさがりだ――考えれば考える程頭が重くなり、胸が苦しくなった。
 ため息を吐くと幸せが逃げると聞いたことがあるが、それを知りながらも、私はため息を吐くことを禁じ得なかった。
 はあ――と、我ながら聞くに堪えない沈痛たる声が境内に響く。
 それとほとんど同時に、私はぽんと肩を叩かれた。
 驚いて振り返ると――
 妖怪がいた。

「ため息なんて吐いてると、幸せが逃げちゃうよ?」
 今しがた私が考えていたことと全く同じことを、妖怪は明るいウインクなど交えて聞かせてくれた。左右で異なる瞳を持つこの妖怪のウインクは、妙に様になっていると思う。
「小傘さん」
 私は何の気なしにその名を呼んでみた。
 多々良小傘――唐傘お化けと言う随分古風な妖怪の少女である。存在が古風であるなら思考まで古風で、何だか古臭く、そして泥臭い方法で人間を驚かせている努力家な妖怪だ。その堅忍不抜の態度には私も頭が上がらないが、もっとまともな方法を模索する努力もするべきだと思う。自分を変えると言うことを、この妖怪はしていない。私はその真反対で、己を変えることに必死である。どちらが偉いとか、そういうことは一概に言えないのであろうが、私が変わろうとしている以上、保守的な姿勢にはあまり賛同できないのは仕方の無いことであると思う。

 そう言う訳で、私はこの多々良小傘とそれなりに親交はあるのだが、敬っているかと問われると、首を縦に振れない。はっきり言って少し軽蔑している節もあるかもしれない。嫌いな訳ではない。嫌いだったら肩を叩かれた時点で顔に拳の一つでもめり込ませてやっていることだろう。人間と妖怪の間柄、それくらいしても別に罰は当たらない。
 そんな私の心情を、恐らくこの時代遅れな妖怪は知らないのであろう、尚も私に幸福の法則が何某と言ったような、どこか怪しい宗教の勧誘めいたことをべらべらと語って聞かせてくる。ほとんどの言葉が右から左へ抜けて行く。全く異なる生物の幸福論など聞かされても困るだけだ。

 あまり尊敬はしていないが、私はこの多々良小傘がとても羨ましく思える。
 彼女が強力で、揺るぎない『我』を持っているからである。変わろうとする姿勢が無いのに、誰も私を驚いてくれないとぶつくさ文句を言う性根はどうかと思うが、それ程にまでしっかりとした芯があるのは羨ましい。
 私にはそれがまだ備わっていない――否、備わっていたのに、これまでと似ても似つかない空気に晒されて急速に風化し、ぼろぼろに朽ち果ててしまっているのだ。日々それを支えつつ、新たな芯を――『我』を求めている。だから、その質はどうであれ、それが既に備わっている小傘は、やや羨ましいのだ。

「……と言うことだよ。分かった?」
 ありがたいご高説をどうやら言い切ったらしい。それまでのことは何一つ聞いていなかったのに、言葉の終わりだけはしっかり聞きとれてしまうから不思議だ。授業中ずっと居眠りをしていたのに、授業終了と同時に目覚める人達と似通っている。原理がまるで分からない。
「そうですね」
 とりあえず同意しておかないと同じ話を始める可能性があるので、内容は知らないが同意しておいた。多々良小傘は満足げに頷いてくれた。
「ところで、何か御用でも?」
 わざわざこんな山の上にある神社へやってきたくらいなのだから、何か用事があるに違いないと思い、尋ねてみる。小傘まで本来の用件を忘れていたようで、
「そうそう」
 などと言ってから、
「早苗、暇?」
 こう切り出した。
 私は基本的に暇と言えば暇である。妖怪退治の類の相談事などを請け負っていない時は別にやることなど一つも無い。境内の掃除も本当に暇潰しの一でしかない。部屋で寝ていようが、本でも読んでいようが、妖怪退治に必要な力を蓄えるべく修行に勤しんでみようが、何だっていいのである。
 そして、今は別に誰かに何か依頼されていると言うようなことも無いので、
「暇ですよ」
 と告げた。別に嘘を吐く必要も感じなかった。
 すると小傘は大層嬉しそうな顔をした。
「それじゃあさ、お茶でも飲みに行かない?」
 ……なんと妖怪にお茶に誘われてしまった。
 森に住む人間の魔法使いは、よく近所に住んでいる人形師にお茶に呼ばれたり、お茶に呼べと押し入ったりするらしいので、妖怪が人間とティータイムを楽しむことは、この世界では至って普通のことなのかもしれない。
 しかし、魔法使いはどちらかと言えば人間的な温情と知性を持ち合せていて、私達人間でも割と親しみやすい種族である。――職業と言った方が適切な気がするのだが、どうやら魔法使いは魔法使いと言う種族で区分されているそうなのである。
 多々良小傘は勿論魔法使いではない。紛うこと無き妖怪であり、元々は唐傘である。生物ですらない。そんな者が誘ってくる『お茶』とは……非常識の香りがぷんぷんする。私の悩みを解決してくれるイベントとなりえる。
「いいですよ。行きましょう」
 暇であったし、妖怪と言う常識外れの存在が、私にどんなお茶会を提供してくれるのかとても興味深かったので、私は小傘に付いて行くことにした。


*


 私の期待は、小傘と歩む茶店への道の中で急速に薄れつつあり、目的の茶会の場へ到達した瞬間、期待はゼロどころか、マイナスにまで振り切れてしまった程だ。
 妖怪が誘ってきたお茶会とあらば、墓場に骨の絨毯でも敷いて座り、鬼火で沸かした湯でやけに赤い茶を飲みながら、供え物でも摘んで談笑するのかとか、そう言った期待を抱いていたのだ。
 小傘が私に案内してくれたのは、人里のとある茶店であった。なるほど、建造物が密集している地帯にある小さな店で、確かに目立たない。現に私も知らない店であった。知る人ぞ知る――と言った感じであろう。しかし、それは私の期待に応えるものではない。
 店へ向かう道が既に人里へ一直線と言った感じのものであったので、その途中の失望もすさまじかったのだが、こうして店へ来て止めを刺された感じである。
 しかし、あんまりあからさまに落胆を表情に出すのは気が引けたし、何よりまだ入店していないから、外観は地味だが内装は想像を絶するエキセントリックさを持っているかもしれないと言う脆くて淡い期待を抱いていたから、なるべく嬉しそうにしている。

 小傘が暖簾を潜って行く。私もそれに続いた。
 中は――やはり普通の茶屋だ。店員まで普通の人だ。気の良さそうな、やや太り気味の婦人である。小傘とは顔見知りのようで、何やら雑談など交わしている。人外の存在でありながら、人間の里の店へ入り浸っているらしい――なるほど、これが幻想郷の常識、外界の非常識と言うやつか。少しだけ参考になった。

 小傘と向かい合って座り、何の変哲も無いお品書きから食べたいものをチョイスする。何となく白玉案蜜を頼んでみた。小傘も私に合わせた。
 品物を待つ時間にも、小傘は何やらあれこれ喋っていたが、外界のホラー映画に習う人間の驚かせ方について熱く語っていたと言う漠然とした話題以外は特に印象に残らなかった。
 話がひと段落するとほぼ同時に案蜜が提供された。待たされた気も、随分早いと言う気もしない。
 案蜜そのものの味は特筆するべきことは無い。小傘は、この店は大福がとても美味しいのだと言いながら案蜜を食べている。じゃあそれを頼めばよかったのに。
 量もそう大したものではないので、二人とも早々に食べ終わってしまった。食べ終わっても小傘は話をしていた。本当に喋り好きな妖怪だ。

 機関銃のように淀みなく、休みなく、留まることなく喋り続けた小傘が、ようやく放熱時間と言わんばかりに押し黙った。その隙に私は一つの疑問を投げかけてみる。
「何で私をお茶なんかに誘ってくれたんです?」
 確かに小傘とはそれなりに親交のある間柄であるが、こんなことは初めてであった。小傘の話を右から左へ受け流している内に、ふと私はこの妖怪の奸計に騙されているのではないかと言うあらぬ疑念を抱いたのである。だから、こうしてこの行動の意図を問うてみたのである。
 これを聞いた小傘はやけに驚いた。
「それを聞いちゃうか」
 随分意味深な反応ではないか。本当に私は騙されているのかもしれない。もしかしたらこの店は、この唐傘お化けが何らかの手法で私に見せきている幻影なのかもしれない。小傘がパチンと指を鳴らしてみせると、あれよあれよと言う間にこの茶店は霧が晴れるように散って行き、私はお墓のど真ん中で墓石の椅子に座り、墓石のテーブルに仏具でも乗っけて、救い難いくらい不謹慎なままごとをしている――なんて展開もありえる。
 それはそれで面白い。と言うか、そっちの方が面白い。美味くも不味くも無い茶と菓子を嗜みながら唐傘お化けのマシンガントークを聞くだけと茶会よりは断然いいと思う。
「何なんです? ドッキリの類ですか?」
 私はまたも一縷の期待を込めて問うてみる。
「ドッキリ? 何それ」
 あっさり否定されてしまった。悲しい。
「もう、だったら何? はっきり言ってください」
 何だか期待は裏切られるし、別に楽しい時間と言う訳でもないしで身勝手ながら苛々してしまったので、つい口調が荒々しくなってしまった。
 小傘はどうしたものか、視線をあちこちに泳がせてもじもじしている。トイレにでも行きたいのだろうか。
「そこまで言うなら、はっきり言っちゃおうかな」
 小傘はこんなことを言い、大きく深呼吸を始めた。
 何やら随分物々しい。
 もしかしてこの茶会は悪魔か何かを召喚する儀式だったのだろうか?
 この深呼吸が終わった途端、小傘は珍命不可思議な呪文を唱えるのだ。すると空には暗澹たる分厚い黒雲が漂い始め、万雷が獣の咆哮の如く轟き、そして沛然たる雨がこの世の終わりを嘆き悲しむ涙のように降り注ぐ。しばらくすると雲が割れ、そこから巨悪が降臨する。博麗の巫女やら四季のフラワーマスターやら、幻想郷の強者と言う強者がそれに立ち向かうも歯が立たず、幻想郷はあれよあれよと言う間に業火が地を蹂躙し、絶叫が空を支配し、血が海を、屍が山を成す阿鼻叫喚の地獄へと変貌していき……

「私、早苗のことが好き!」

 何だって!?
 うら若き少女二人のゆるいティータイムから始まる世界の終焉と言う斬新すぎるエピソードは、私への愛の告白によって断絶してしまった。世界は救われた。だがしかし、こんな救済はきっと誰も望んでいない。一人の妖怪少女の愛の告白で救われてしまう世界などいっそ滅んでしまえばいいと思う。
「何? どういうこと?」
 聞くまでも無いような気がしなくもないが、私が意味を取り違えている可能性も否定できないから、一応発言者に発言の意図を問うてみる。
 多々良小傘は顔を真っ赤にしている。
「だから、言葉通りの意味だよ。私はあなたが好きなの!」
 ――言わせんな恥ずかしい。
 懐かしのネットスラングが私の脳裏を過って消えていく。それはまるで流星の如し。今の雰囲気に相応しい、実にロマンチックな瞬きだ。
「好きって、あれです? 愛してるってこと?」
 まだまだ分からない。日本語は難しいのだ。ちゃんと確認を取るまで早合点は許されない。
「そ、そうよ」
 だからこんな風にちゃんと確認を取ってしまうともう二進も三進もいかなくなってしまう。紛れも無く私は小傘に愛してると言われてしまったのだ。

 別に困りはしない。
 何せ私達は女の子である。同性同士の結婚は国が許していない。……だがここは幻想郷。外界の法律が適用される筈が無い。同性同士の結婚については、考えたことが無かった。私がそういう趣味が無いからである。誰に聞けば解決するのだろうか。やはりここは偉い人に聞くしかない。……霊夢さんに聞いたら鼻で笑われそうな気がする。
 仮に幻想郷で同性同士の婚姻が許されているとしても、私はその気は無いから、別に小傘のこの告白にイエスと答える道理は無い。私はちゃんと男性と結婚して幸せな家庭を築きたいのだ。なるべく専業主婦になりたいと思っている。幼少の頃から『素敵なお嫁さん』と言う夢を、私は抱き続けてきた。
 最近の世間はどうしようもない不況に見舞われ、小学生ですら「公務員になりたい」とか、「正社員になって安定した生活がしたい」とか、夢と言うのも烏滸がましい堅実な将来を夢として抱いているそうだが、私は小学生の頃から高校生になっても尚、一貫して『素敵なお嫁さん』と言う夢を貫いてきた。高校一年の時にこれを言ったら、さすがに笑われた。……そう言えば高校のクラスメイトの――三年A組のみんなは元気にしているだろうか。何も言わずに引っ越してしまったのを、こちらへ来てすぐはよく悔やんだものだ。

「早苗は、どうなの?」
 ――いけない。目の前の愛の告白そっちのけでノスタルジーな感情に入り浸っていた。どうも私は集中力が足らない。

 とりあえず意味深な空咳を一つ交えてみた後、私は一先ず思っていること――と言うか今この場でパッと思い付いたことを口にしてみる。
 最終的に『ごめんなさい』と言う運命は揺るぎないものだが、脈絡無くそう言うのは幾らなんでも小傘に失礼だと思ったから、ぐだぐだと結論を口にするのを先延ばしにして、さも重大な意味が込められているかのように錯覚させてやることにしたのだ。
「小傘、本当に私でいいの?」
「本当にいいのって?」
「だって私は女だよ? ……あ、まさかそれすら知らないとか?」
「知ってるに決まってるでしょ! 勿論、女の早苗が好きなんだよ!」
「ええと……じゃあ、実は小傘さんが男とか?」
「違う! 私は女!」
 おお、紛れも無くこの唐傘お化けは同性愛者と言う訳だ。別に拒絶はしないが、さっきも述べた通り私にはそういう嗜好は無いので、彼女の期待に応えることはできない。……と言うのをどうにかオブラートに包んで優しく相手に伝えてあげたいのだが、なかなか言葉が定まらない。
 ここは、お断りの理由をもっと別の原因にすり替えてしまおう。
「そうですか。まあ、そういう愛情があってもいいですよね。外界には次元の違う異性に本気で恋をしている人もいる訳ですし。しかしですね、小傘さん。私は人間、あなたは妖怪ですよ?」
「それがどうかしたの?」
 小傘がきょとんとしている。本当に意表を突かれたらしい。私そんな変なこと言ったか?
「それがどうしたのって……あのですねえ。形骸化しているとは言え、私達人間は妖怪からすれば食べ物でしかないんですよ? あなた食べ物に恋してるに等しいんですよ? そうですねえ……あっそうだ。クジラクジラ! クジラって昔はよく食べられていたんですけど、最近は愛護団体がうるさくてめっきり食べる機会は減ってしまったんです。法的、そして倫理的規制で遠退いた消費……妖怪と人間の関係にそっくりですね。つまりあなたが私を愛するのは、人間がクジラに求婚するようなものなんですよ? まあ人間とクジラでは知能にも差がありますから一概にこれで全てが説明できているとは言えませんが、こんな風に考えてみればなかなかどうしておかしいことじゃありません?」
「何か酷い言われようだなぁ……」
 小傘がしゅんとしてしまった。もしかして同性愛に興味が無いと言う命題で引っ張った方がましだったかしら?
「そもそも、どうして私なんですか」
 しまった、焦って余計に面倒臭い展開に持って行ってしまった。
 小傘は何だか物悲しい陰りを表情に宿したまま、ぼそぼそと私の問いに答えてくれた。
「私達の出会いは、憶えているよね?」
 何だか既に恋人同士みたいな口調だ。今まさに別れんとしているような。
「宝船――命蓮寺さん所の騒動の時に出会いましたね」
 私が妖怪退治と言う普通の女の子にはできないことを平然とやってのけていた頃の話だ。あの頃は荒んだキャラクターを定着させてみようと言う心づもりから、いろんな妖怪に随分辛辣な言葉を投げかけてしまったような気がするのだが――
「あの頃なんですか?」
「うん」
 ――あんな性悪女を好きになるとは、妖怪の趣味、嗜好と言うのは本当によく分からない。
「早苗は強かった。いや、今も強いんだけど。初めてあなたと出会って弾幕ごっこを交えた時から、もうあなたが心から離れてくれなくなってしまったの」
 小傘と弾幕ごっこを交えたのは、宝船の異変の時に一度、鵺の騒動で一度、神霊の異変で墓地で会った時に一度、都合三度だが、いずれもボコボコにしてやった記憶しかない。小傘ははっきり言ってものすごく弱いのだ。私が宝船の異変の頃のままで生きて行こうと決めていたら、恐らくこの妖怪は私の専属サンドバッグになっていたことだろう。しかしこの様子だと、そういう未来は彼女にとって幸福だったのではないかと思えてくる。だからって今更路線変更しようとも思わないけど。
「それでいてあなたは、外界からこの幻想郷と言う世界へ来て、課せられた使命の為に尽力しているでしょ?」
「そう思って貰えているのなら光栄です」
 外界と比べれば割とぬるい社会であるようにも思う。少なくとも今の所は。変な奴が多いけど。
「その真摯な態度も好き。私も昔から、人を驚かせよう、驚かせようって腐心してきた身だから……大掛かりな環境の変化とか逆境に負けない早苗を尊敬しているし、それにその、大好きなの」
 こっちの世界は愚か、外界での生活においてさえ、逆境など経験した記憶が無い。
 こっちの世界に来てからは、確かに悩みごとはある。あるのだが、それは随分茫漠としていて、懊悩と言う名の大海原に、小舟浮かべて漂いながら魚とか釣って食べて生きているような感じで、別に溺れて死ぬような苦しみは無いんだけど、私これからどうすればいいんだろうって言うゆるゆるとした想いがあるだけで、逆境なんてものとは程遠い。

 話を纏めるとこの妖怪は、私が神奈子様や諏訪子様の為にがんばっている所と、まあそれなりに妖怪に対抗する力を有している所に惚れ込んでくれているらしいのである。
 学生時代には何度か恋を経験したが、こんな風に惚れて貰えたのは初めてのことだ。
 男子と言うものは、愛だ恋だと抜かしたって所詮は僕らアニマルなんですと言わんばかりの生き物であることが多く、淫らな行為に及ぶことが最終目標らしいから、外界でこういう内面に目を向けてもらえた恋愛経験ができなかったのは仕方が無かったのかもしれない。性交渉と言う目的は人類の生きる意味とも呼べるものなので別に否定はしないが、付き合って翌日にそういうのを求めてきたとある元カレには思わずビンタをかましてしまった。順序と時節と雰囲気というものがあるだろうに。

 話を戻そう。私の恋の歴史など至極どうでもいい。
 簡略化してしまえば「強くてがんばってる東風谷早苗」というものに小傘は岡惚れしている。まあ、普通の人間と比べれば若干強いのは認めるが、別にそれについて努力をした覚えは無い。そんなことよりも、この世界で生きると言う解決しない自問自答に四苦八苦している。
 努力で力を得た人間なら、魔法の森に住まう白黒の魔法使いの方が適任だろう。そちらじゃいけないのか?
 ――いけないのだろうな。いくら条件に合致しているとは言え、私とあの魔法使いは別人だ。恋とはそういうものなのである。
 だがしかしこれは人間に適応される感情。なかなか見目麗しく、おまけに人と同じような姿形をしているから忘れてしまうこともあるが、多々良小傘は妖怪なのだ。人間と同じ発想、論理、思考を持っていきているとは限らない。
 小傘にはきっと何か別の思惑もある筈だ。そうでないと私などと言う人間に惚れ、私を選ぶ意味が分からない。
 さっきも言ったが、やはり妖怪が人間に恋する意味があまりにも薄い。
 優良な企業が本社を立派な土地に求めるように。自動車の車種が社会的地位の代名詞となるように――いろんなものにはステータスと言うものが存在する。恋人、伴侶だってその一例たりえる。玉の輿とかそういう言葉が存在するように、生涯を共にするやもしれない恋人選びだって慎重にならねばならない。小傘のそれはどう考えても愚策である。だって食べ物と……クジラと付き合おうってんだから。常識的に考えて、それは――

 ――常識的。
 脳裏を駆け廻るこのワンフレーズに私は落雷の直撃を受けたかの如し――実際に受けたことはないけれど多分こんなだろうなあと言った感じの――衝撃を受けた。その衝撃は私の視界を霞ませ、重心をぐらつかせ、体表をじりじりと焦がすような熱を齎した。とてつもないエネルギーを感じる。五臓六腑が轟音を鳴らしながら急速に稼働していくようだ。今なら私は己が身体で発電だって行えそう。お母さん、立派な体をありがとう!
 私は多々良小傘の面映ゆき愛の告白と言う珍事に惑わされてすっかり己の使命を放ってしまっていたのだ。
 私の求めているもの――非常識、非日常、非現実。
 多々良小傘の恋情は、まさにこれに合致するものではないか!
 だってクジラといちゃいちゃするに等しいんだもの、尋常でないことは明白だ。イルカと戯れる水族館のお姉さんはとても可愛いと思うが、流石にお互いに求婚したりはしない。そもそも国はそれを許しはしないだろう。同性の婚約すら認めていないんだから。

 ここで小傘を手放す訳にはいかない。この少女はきっと私に、妖怪の常識的な恋を私に齎してくれるに違いない。人間の常識では考えられないものこそ妖怪の原案であると聞く。そんな存在が行う恋なんて、何か狂っているに決まっている!
 ――そもそも恋愛感情と言う概念が人間のものとかけ離れている可能性だってゼロではない。
 そうだ。小傘は強い私に惚れたのだと言っていた。これは闇討ちやら不意打ちの序章、兆しの類なのではないか?
「私はお前の恋人になって四六時中お前に付き纏える存在となって隙あらばこれまでの雪辱を晴らすべく後ろからグサリとヤッちゃうかもしれないから覚悟しておけよ」と言う処刑宣言と恋愛感情がイコールで結べる、それが妖怪なのかもしれない! と言うかそうでもしないと小傘が私に恋心など抱く意味が分からない。初対面で辛辣な言葉をぶつけまくった挙句に神の力で撃墜し、その後会う度に同じような傷を与えてきた私を好きになるか、普通? 否、なる訳ない! 質の悪い漫画や、その同人誌でだって噴飯ものの展開だ。
 つまり非常識なのだ。非常識すぎる。創作の世界ですら通用しない非常識さなのだ。非常識がエネルギーに換算できるなら、この恋でサニーサイドアップの目玉焼きが作れそうだ。

「まあ、早苗がその気が無いなら、仕方ないかな……変なこと言っちゃってごめんね。お金、私が払っておくから。お務めがんばってね」
 まずい、小傘さんが萎れかかってる! 私のエネルギーを分けてあげるよ。
「待ってください小傘さん」
 お愛想の為に立ち上がった小傘さんを呼び止める。足を止めた小傘さんの表情はまだ暗い。
 ついさっきまで小傘さんの饒舌っぷりを兵器に例えて馬鹿にしていたけど、私も同じ感じで小傘さんを滅茶苦茶に攻撃してしまったような気がする。今や蜂の巣状態の小傘さんにどんな言葉を掛けて、さっきの告白への返答を「よろしくお願いします」に変換すればいいんだろう? 衛生兵、衛生兵!
「えっと……考えが変わりました!」
 ロマンチックさもムードもあったもんじゃない。
「そんな風に私を好きになってくれていたなんて存じませんでした。とても嬉しいです!」
 我ながら白々しくて涙が出てしまいそう。演劇の知識も技術も私は持ち合わせちゃいない。小学校の学習発表会でやった演劇では、私は蟻の役だった。『お砂糖をちょっぴり、これがコツ』――あらヤダ懐かしい。なんでこんな下らないことばっかり憶えているのかしら。今夜の晩御飯に作ろうかしら、りっちゃんの元気サラダ。
 しかしこの嘘と恥じらいで誰かを――ひいては己を幸福にできるのであれば。これは必要悪と言えるだろう。別に誰も傷付きはしない筈だ。
「あなたの心意気……いや、心中、痛いほど分かりました。これからよろしくお願いします」
 何だかもうあれこれ策を弄するからよくないような気がしたらか、強引に話を終わらせてしまった。
「さ、早苗? 本当にいいの? さっきはあんなこっ酷く言ってたのに」
 やっぱり気にしてるみたいだ。
「いいのです。外面だけでなく、中身までちゃんと見て私を好きになってくれたのはあなたが初めてだから」
 初めてかな? よく分からないけど、まあ中学生、高校生の恋なんて暇潰しとステータスみたいなものだよね! 逆にその頃からの恋を見事に成就させてご結婚されるカップルは本当にすごいし、尊敬している。私と小傘は間違いなくそういう風にはなれないけどね。と言うかそんな事態になりそうになったら私が全力で食い止める。食い止めて見せる!
「改めてよろしくお願いします」
 うん。ばっちり。
「さ、早苗ぇっ」
 なんと小傘さんが私に飛びついてきた。誕生数秒で人目も憚らず抱きついてくるとは、幻想郷最速のバカップル誕生の瞬間に関与してしまったんではないだろうか私。ちょっと恥ずかしい。周りにお客さんいるのに。……と言うか人間客は妖怪が来ることに何の疑念も抱かないのか?
「とりあえず、ここでは恥ずかしいので、店を出ましょうね? ね?」


 こうして私は非常識な恋人を手に入れた。非常識な思想を持ち、非常識な行動を取る素養もあり、そもそも存在自体が人間からすれば非常識と言う、非常識の塊みたいな恋人だ。
 この恋人は私にどんな幻想郷の常識を――外界の非常識を教授してくれるのだろう。妖怪特有のデートスポットとは? 妖怪特有の夜伽とは? 妖怪の恋の様相とは一体? そしていつ私に牙を剥いて来るんだろう。積もり積もった恨みを晴らしてくるのはもう明日のできごとかもしれない。
 やっと私の日常に、『幻想郷』らしさみたいなものが入り込んで来た気がするわ!


*


 おかしな――否、今やもうこの言葉は少々語弊があるから言い直そう。
 おかしい筈であった恋人を手に入れてからおよそ一週間が経過した。
 多々良小傘は、元々が傘と言う、誰かに使われないことには存在している意味さえ感じることができない道具であったから、その性質が祟って随分寂しがりで、毎日のように私に会いに来た。
 最近は別段変わった異変も無く、私はほとんど毎日暇をしていたから、会いに来てくれることは一向に構わなかったし、小傘の誘いで出掛けたりもした。
 暇を持て余す意味もあったが、それ以上に、彼女が私に齎してくれる筈であった、非常識な逢瀬とか尋常でないデートとか正気の沙汰でないランデヴーなんかを期待してのことであった。
 もう何となく察して頂けるとは思っているが、彼女と過ごす恋人同士の時間と言うのは、極めて平凡で、穏やかで、それはそれは呑気なものであった。ほんとにもう、欠伸を禁じ得ないくらいに。勿論、相手に失礼だから欠伸はがんばって我慢していたけれど。
 別に退屈な訳じゃない。だけど、それは私の期待していたものとは大きく異なる物であったから、がっかりしたのは本当のことである。
 小傘と一緒にいてやることとは、例えば人間が普段踏み入らない――踏み入る必要が無い――森の深部の散策であったり、真夜中の幻想郷を歩いてみることであったり、人里へ遊びに行くことであったり、ただ単に私の私室で好き勝手に遊んでいるだけであったり。別に外界の恋と何らそん色ないものであったのだ。

 何かこう、もっと残忍なことでもやって遊んでみるものかと思っていたのだ。妖精を釜茹でにするとか、低級な妖怪をナントカの早贄よろしく樹木にぶっ刺して石を投げつけるとか、人間を捕まえてローリングケバブの刑に処して食べるとか、攻撃力1500以上の人物をゲームから除外するとてつもない落とし穴を掘るとか。
 意外と妖怪の日常って言うのも下らないものなんだなあと思う。これじゃあ妖怪に生まれた意味がまるで無いではないか。人間にはできないことをやってこそ、その生命に価値が生じるものなのではないか? 虫ですら人とは違う独特の生活を営むと言うのに。

 で、この日も小傘は私のもとへやってきた。飽きないものだ。何百年と生きる生命であるのに、こうも毎日同じ人と遊んだりして食傷しないのかしら。もしかして私以外にも恋人がいるのかしら。別に構わないけれど。
 そう言えば人を驚かせる仕事(?)はちゃんと熟せているのかしら。織姫と彦星よろしく、仕事しないからもう私とは会っちゃいけません――とか警告されたりしないんだろうか。……別に上司とかもいないのか。それはなかなか羨ましい。

 今日は小傘が特にプランを立てて来なかったので、私の部屋で何かいいことを思い付くまで過ごして見ようと言うことになった。
「あんた達は仲がいいね」と、私達の姿を見た神奈子様が笑っていた。まあ恋人同士ですからね。報告する必要性も感じないので報告はしていないけれど。

 私は小傘と会う度に、今日こそは妖怪然とした異常な経験を齎してくれるのではないかと期待している。この日も例外でない。
 が、やはり小傘は平和だ。外界からがんばって持って来た漫画を読んでけらけら笑っている。あれってBL物なんだけど、そんなに笑えるシーンがあったかしら。
 別に小傘は私に何をしてくるでもない。コテンパンにしてやった恨みを晴らすべく懐から刃物を取り出してグサリなんてことも無ければ、私みたいな可愛い人間の悶絶する顔が大好きなんだよって首を絞めてくることもない。本当に何も無い。何も。映画もゲームセンターもボーリングもカラオケも無い分、もしかしたら外界の恋よりもつまらないかもしれない。本当に何でこの子は私を恋人に選んだんだろう? まさか本当に私のことが好きなのか? いやいやそんなバカな。
 小傘は私に新しい何かを全然与えてくれやしない。こんな月並みな恋なら外界で嫌と言う程経験した。こんなものは望んじゃない。こんなものは――

 ――そうか。
『求めよ、さらば与えられん』の精神だ。
 私は望むものを、小傘に積極的に求めなくていけないのだ。受身の体勢でいる人間は好かれないって、就職活動が始まった頃に先生も嫌と言う程言っていたものね。ここは積極的に、小傘に私の思いの丈を伝えなくてはいけないんだわ。

「小傘さん」
 呼んでみた。
「何?」
 小傘は漫画から目も離さずに簡素な返事。うふふ、呼んでみただけ。……そういう面倒臭い返事はしません。
 何だ恋人が呼んでるのにそれは。私今まで何度か恋してきたけどお前一番態度悪いぞ。外界だったらケータイ投げつけてるわ。――ああ、こんな感情も幻想郷流の恋なのか? なるほど、私の常識がふつふつと煮えくり返っている訳だ。ここは耐えねばいけない。幻想郷への順化の第一歩だ。
「そのぅ、退屈ではありませんこと?」
 言葉に窮すると口調がおかしくなる癖をどうにかしたい。いつか語尾に「ござる」を付けてしまう日も遠くない気がしてる。
 ここまで言うと、小傘はようやく漫画から目を離して私を見た。
「退屈? まあ、退屈と言えば退屈なのかもね。漫画読んでるだけだし」
 ちなみに私も漫画を読んでいる。
「そうでしょう。ですから、その、何かしません?」
「何か? 何かって何?」
 それは私も決めていない。と言うか私が決めたのでは仕方が無いじゃないか。人間より高次の生命たる妖怪が人間をエスコートする所だろうそこは! 草食系なの? 甲斐性無し! 外界ではそういう男はモテないって雑誌やマスコミは挙って報道しているぞ! 真実は知らない。そもそも小傘は男じゃないわ。

 ともあれ何かを定義してやらなくては、このまま惰性的に漫画を読み続けることになるか、別に面白くも無い幻想郷散策とかが始まってしまうかもしれない。だが私にだって明確な指標がある訳でもないし、困った。
「何かって言うのは……何かですよ」
「何かじゃ分かんないよ」
 意地悪な回答だな! 噂の「さでずむ」を体得したか貴様。あっこれがもしかして積年の恨みを晴らす第一手なのかしら? 陰湿な! もっと豪快なことはできないのか。家を焼くとか。
「ですから……私達は恋人同士でしょう? 恋人同士にしかできないことってあると思うんです」
 うんうん、これはなかなかいい感じの台詞。
「まあ、私にはちょっとそれはよく分からないんですけど」
 妖怪が何を求めているかなんて人肉くらいしか見当が付かない。で、目の前にその人肉たる私がいるけど、小傘は食うどころか手を繋ごうとすらしない。あなたは何を求めているのです。
「だから、小傘さんの思う、恋人同士にしかできないこと――って言うのをご教授願いたいなァ。なんて」
 妖怪特有の思考回路がこの程度のものとは私は思っていない。この一週間、散々失望と幻滅に叩きのめされてしまったけれど、私はまだ諦めていない。妖怪の想像を絶する思考と言うものを、私は信じたい。
 ――だから、多々良小傘。
「私を導いてほしいのです」
 幻想郷と言う異界が何たるかを、私に教えて欲しいのだ。


 ……何で紅潮してるのこいつ。
 おかしいな、私そんなおかしいこと言ったかしら。何か妖怪との会話は上手くかみ合わないね。
 あれかな。妖怪特有の隠語とかあったのかな。『ご教授』とか『導いて』とかが、実は妖怪の間ではエッチな言葉として広まっているとか。ありえるぞ。だって妖怪だもの。人の形してこいつらは人間じゃないんだから。人間とは異なる文化を持っていても何らおかしくない。
 うん? もしもこの憶測が事実だとしたら、私は何か破廉恥な行いを小傘に要求したことになってしまうではないか。早苗、いかん、破廉恥はいかんぞ。風祝は清純潔白でなくてはいけないと諏訪子様に言われたじゃないか。あなたがそれを言いますかって反論したら思いっきりビンタされた思い出がある。まだ小学校低学年くらいだったのに随分酷いことするよな諏訪子様。

 まあ、こんな陰惨な過去があったものだから、高校時代の恋の最中も、純潔はしっかりばっちりきっちりぴっちり護ってきたのだ。ハジメテは一番好き無人へと決めているもん! 素敵なお嫁さんへの第一歩。
 恋人同士からエッチなことを連想するって、妖怪がそんな人間みたいな思考回路を持ち合せている筈が無いし……。恋愛感情なんて所詮は遺伝子の嘘なんですよ? 小傘程の良識ある、妖怪の中ではまともな妖怪が、よもや性欲なんてものを念頭に置くことなんて。そもそも妖怪って生殖行動で繁殖するのかしら。ケサランパサランは白粉の中に入れておくと勝手に繁殖するって聞いたことがある。だったら唐傘お化けは……傘を作らないと生まれないとしか思えないんですけど。

「こ、恋人同士でしかできないことって言うのは、早苗。つまり、その……」
 つまり、その――何だろう?
 エッチ?
 いやいや早苗、妖怪に失礼だろそれは! 妖怪をナメちゃいけないよ。人間じゃあるまいし。
「あなたが私と、若しくは私に、してみたいなァって思うことです」
 ちょっとだけ後押ししてみる。あんま勝手な期待を抱いてべらべら喋って扇動すると、遠慮が生じて自由な発想ができなくなってしまうかもしれないから、あくまで支援はちょっとだけ。
「してみたいこと……」
 小傘はほんのり赤く染まった顔を俯かせてしまった。表情がよく見えない。本当に照れているのか。それとも演技か。某人殺しノートで新世界の神を目指した高校生みたいに『計画通り』って凶悪な顔をしているのかもしれない。この退屈さえ、小傘の演出の一部であると言う考え。うんうん、燃える展開だ。
「早苗は、いいの?」
 私に許可を取ってきた。私はもう何でもござれですよ。
「いいですよ。小傘さんがしたいことなら、何だって」
 何をするつもりなのかはしらない。もしかしたら命のやり取りかもしれない。――まさかセックスだなんてつまんないこと抜かすことはないと思う。そう信じたい。これ以上、私の中の妖怪ってものに対するイメージを悪くしないで欲しい。これまでも散々期待を裏切られてきたんだから。わざわざ人間の恋人持って、二人にしかできないことは問われて「セックス!」て。そんなことがあってたまるか。クジラとセックスしたがる人間なんていません。……でもエイだかマンタだかは漁師の間で慰み者になっていたんだっけ。

 小傘はゆっくりと顔を上げ――窓を見た。私も釣られてその視線を追ってみる。時は白昼。お日様はようやく頭のてっぺんへ昇った所だ。
「まだ、お昼だから……」
 ほほう。夜にしかできないこと? ……あれ駄目だこれ増々セックスだわ!
 ――落ち着くんだ東風谷早苗。別にセックスは夜じゃなくてもできるし、夜にやるって言うのは人間の常識の話。相手は妖怪、本来は夜行性なのだ。つまり、――妖怪がそういうことをするのかは知らないけれど――妖怪にとって、性の営みとは昼に行われるべきものに違いない。妖怪と言うやつは得てして昼夜が逆転しているんだからこれは真理だ。……昼伽? そう、そんな感じね。
 だから、昼であることを気にした。イコール、性交渉ではない。
 やった! 私の純潔は護られたぞ! そして妖怪への失望も免れた! よくやったぞ多々良小傘。
「夜にしたいことがあるんですか?」
 確認してみよう。
「う、うん。やっぱり、夜じゃないと、その……燃えない、から」
 夜じゃないと燃えない。
 夜は妖怪の時間。
 妖怪の時間じゃないと燃えない。
 ――分かった! これはきっと復讐の類だわ! 小傘は遂に私を殺そうと決めたんだ! 少しでも有利な状況に持って行こうとせんがために夜を待つことにしたのね。そりゃ誰だって自分が戦いやすい環境で戦うことを望むわよね。しかしわざわざ私にそれを伝えてくれるなんて、小傘ったら優しいのね。
 いいよ、来いよ! 受けて立とうじゃないか。
「分かりました。夜ですね?」
「う、うん!」
「どこでやりますか?」
「ええと……ここでいい?」
 狭い決闘場だ。私室が私の墓場になる可能性もあるのか。
「分かりました。では……二十二時そこらでいいですか?」
「二十二時ね、分かった! 絶対行くからね! 待っててね!」
 そりゃ待ちますとも。こんな経験、二度とできないかもしれないのだから。……と言うか二度と朝日が拝めないかもしれない。
「分かりました。お待ちしています」
 私がそう言うと、小傘は顔を真っ赤にしたまま、漫画をベッドの上に放ってばたばたと母屋を出て行ってしまった。うふふ、あんなに滾っちゃって。そんなに私を殺すのが楽しみなのかしら。
 ――さて、今日が最期の夜とならないように、私も万全の準備をしておかなくちゃ。
 先ずは遺書を書いておこう。ええと、拝啓、父上・母上様……。



*


 決戦の夜が来た。あっと言う間であった。遺書を書き、勝利のための算段を練ってそれを準備していたら、いつの間にか日が暮れかけていた。
 とても大切な用事があるから、夜間は私の部屋に来ないでくださいねと神奈子様達にお願いした所、随分不思議そうな顔をされてしまったが、承諾して貰えた。この戦いに他人の助けなど不要だ。
 空には太陽の猛威の去った空をまるで我が物とでも言わんばかりに燦然と輝く月がおり、その取り巻きであるかのように星達がちかちかと輝いている。今宵の私の常軌を逸した恋の闘争のギャラリーとなってくれるのか、天体達。しかし、宇宙の起源は私達人間よりも――そして妖怪の誕生、そして寿命よりも遥かに長い。一体何度、私達のような小さき命達の小競り合いを目にして来たのか。空から眺めてきた幾つもの戦いのような白熱した闘劇を、私は見せることができないかもしれない。何せ、私は人間だから。
 人間と妖怪の力の差を埋めるべく考案されたのが弾幕ごっこであると聞いたことがある。妖怪達がそんなものを承諾した――それは人間を見下す心の表れとでも言えるのではないだろうか。
 だが、今日は違う。きっと小傘は私に一矢――否、一万矢くらい報いる気でやって来るに違い無い。だけど私、絶対に負けない。人間の復権とか、そんな大それたことを考えているのではない。あくまでこれは私の為の戦いなのだ。この死線を潜り抜けたその瞬間に――私は一歩、この世界の中核に近づいて、少しだけ幻想郷と言う異界に馴染める。そんな気がしている。

 遺書を机の中にしまっておく。死んでしまった後に気付いて貰えるかどうか不安だが、死ぬことばかり考えていては勝てる戦いも勝てやしない。
 多々良小傘――あの手紙を見事開封させてみろ! 私は逃げない! 私は戦うぞ! 命ある限り!


 ベッドに座り、ギャラリーたる天体をぼんやりと眺めていたその瞬間――部屋の時計が音を立てた。作り物のハトがばね仕掛けで外へ飛び出し、ポッポ、ポッポ――と、呑気な鳴き声で二十二時を私に伝えてくれた。
 私はそっと目を閉じ、窓に向けていた視線を手元に落とす。ああ、心臓が暴れ回っている。こんなにドキドキするのはいつ依頼のことかしら。神奈子様が楽しみにとっておいたタルトを食べてしまった上に歯医者予約してたのを忘れてたあの日以来かしら。――思い返してみれば下らないなあ。

 耳に痛い静寂に取り囲まれながら、私が昔など回想していると――部屋の唯一無二の扉がコツコツと叩かれた音が微かに聞こえた。危うく聞き逃してしまう所だった。
 私はゆっくりと目を開く。
「はあい。どうぞ」
 扉へは目を向けず、声だけで来訪者を部屋へ招き入れる。
 客人は――果たして、多々良小傘であった。
 何だ、衣服が変わっている。普段は水色や青を基調とした、いかにも雨と言った感じの服を着ているのに、今日も青色と言えば青色なのだが、実に濃い青だ。蒼――と言えばいいのだろうか。どことなくシックで落ち着いた雰囲気がある。スカートの丈も短い。頭に付けた紺色の蝶々の形をした髪飾りは、月の光を浴びてきらきらと輝く程の草食が施されている。意匠を感じる。いやしかし何か馬鹿にお洒落だな。ナイトパーティで男吹っ掛ける訳でもあるまいに。どうして普段からこの恰好しないんだろ。すごい可愛いのに。
 ……ああ、そうか。きっとこれが彼女の勝負服――バトルユニフォームとか、パワードスーツとか、そんな類の衣服なのだろう。

「お待たせ」
 小傘が声を潜めて言う。普段の快活さが嘘のようだ。まあ、これから憎き人間を殺めるのだから、明るさなど不要か。きっとあの控え目な笑顔の中では、怨恨の業火がめらめらと燃え、小傘の体を駆動させているのであろう。
「お待ちしていました」
 そう、待っていたんだ。この時を待っていた、待ち侘びていた!
 ようやく、幻想郷の――非常識の世界に息衝く恋人達にしかできないことができるんだから!


 決戦場たるこの部屋は私の私室だ。慣れている分、私が優勢にも見えるが……侮ってはいけない、小傘は妖怪なのだ。尋常でない耐久力に、強い妖力、魔力を秘めている。あまり軽々しく手出ししては返り討ちに遭ってしまうことは必須。――ここは相手の出方を窺ってみようではないか。猛獣の如く一気に勝負を決めてくるのか、蟻地獄のようにじわじわと私を追い詰めてくるのか。それに臨機応変に対応する。そう、私は挑戦者――チャレンジャー――の身分だ。勇猛果敢に攻めてくる王者――チャンピオン――の胸を借りさせてもらおうじゃないか。
 その悩殺的な勝負服で一体何人の恋人を闇夜から墓穴へ葬り去ってきたかは知らないが、私は絶対に墓標を増やしたりはしない! いやしかし本当に可愛い服だな。どこに売ってんだろう。ちょっと前かがみになるだけでパンツ見えちゃうよあれ。

 小傘は入口の扉をそっと閉めた。
 しかし、何故かそこから動こうとしない。――何かを感知したのね?
 なるほど、やはり一筋縄ではいかない相手なのだ。

 先程も言った通り、妖怪の耐久力は並みではない。吸血鬼のお嬢さんなど、四肢がぶっ飛んでも、頭を切り落とされても、とりあえず翌日になれば元気に動き回ってしまうくらいの治癒力を有しているんだそうだ。吸血鬼は極めて再生力の高い妖怪であるので、小傘はここまではいけないであろうが、それにしたって人間の常識では考えられない生命力を持っていることは確かだ。
 そんな相手に真正面から馬鹿正直に殴り合いをけしかけても、勝てっこないのは火を見るよりも明らかだ。
 人間とは残念ながら闘争と言う概念から見ると非常に弱い生き物だ。道具が無くては猛獣にも勝てない。
 しかし、その貧弱さをカバーする知性を秘めている。だから人間はこの平成の時代まで、絶滅することなく生き延びて来れたのだ。道具さえあれば、人間は猛獣にも勝てるし、災害からも身を守ることができる。
 私が多々良小傘に勝利する為には、道具の利用が不可欠。そこで私はこの部屋に、多々良小傘を狩る為にトラップを仕掛けてやった。ホームアローンみたいで組み立ては楽しかった。昼から今まで急いでやったと言う、大して成績に響かない小テスト対策みたいな杜撰さがあるのが悔やまれる所だが、財力的にも時間的にも精一杯の努力はした。
 トラップは勿論一つじゃない。一発で仕留められる程、妖怪を甘くみてはいない。二重は愚か、四重にも巡らせたトラップで、小傘を討伐する。一つ避けられても構わない。最終的にやっつけられれば、それでいいのだ。

「こっちへどうぞ」
 私は、ベッドに座ったまま、自分のすぐ隣をぽんぽんと軽く叩いて小傘を誘ってみた。
 小傘は軽く頷いて、こっちへやって来る。ああ本当に可愛い恰好だ。
 短い蒼色のスカートをふりふり揺らしながら、私の恋人が近づいてくる。部屋を暗くしておいたのは正解だったと思う。私には、無表情を意識して出せるような演技力が備わっていないのだ。暗がりに茶を濁す他無い。
 しかし、ギャラリーたる月や星が部屋を照らすものだから、目に慣れた私でも辛うじて小傘の表情を見ることくらいはできる。闇に生きる妖怪たる小傘なら、私の表情など丸見えであろう。どうだろう。私はこの部屋に凶器を隠していると言うことを、顔に出さずに振る舞えているだろうか。
 いや、私がどんな顔をしたって、多分小傘はこの部屋の異変に気付いている。筈。部屋に入って動こうとしなかったのはその所為の筈。……ただ単に何かを恥ずかしがっているだけのように見えなくもなかったけど、それはきっと私の目が闇に惑わされてしまっただけだ。

 小傘が私の真ん前に立つ。
 近くで見てみると、やはり随分可愛い恰好をしている。二ーソックスなんて履くんだこの子。下駄にニーソ? もしかして今日はブーツか何か履いて来たのかしら。何だろう、決闘にはめかし込むって言うのが幻想郷の常識だったのかな。動きやすいし軽いからって理由でお風呂入ってパジャマに着替えて結局そのままで戦地に赴いた私が何だか酷く愚鈍に思えて来たわ。
 小傘は私に、何だか切なげな、困ったような笑顔を見せてくれた。
 これは、あれか、別れの笑みのような。今までありがとう、そしてさよなら的な。拙者は流浪人、また流れるでござるみたいな。この野郎、完全に私が死ぬ方向で想定いるな。馬鹿野郎私は勝つぞお前。
 しかし相手が何もしてこない。人間だからって私を甘く見てくれているのだろうか。これは好機に他ならない。油断しているのなら、私のペースに乗ってもらおうじゃないか。

 もう一度、ポンポンと隣のベッド上の空きスペースを叩いてやる。
「そんな風につっ立っていないで、ここに座って下さいな」
 私が言うと、小傘は困ったような笑みを一層深くし、うんと頷いて、私の隣にそっと腰掛ける。


 その刹那、私の耳に万雷さえ到底及ばぬ程の轟音が飛び込んできた。音源は僅か三十センチばかり隣――即ち、多々良小傘が座った位置。
 使い慣れたベッドに風穴が開いている。一昨日選択したばかりの白いシーツが、黒に近い模様を得た。血だ。私のじゃない。小傘の。
「やったぁ!」
 私は思わずガッツポーズを決め、次いで耳に嵌めていた耳栓を放り投げた。
 小傘はまんまと私の作った罠に掛かってくれたのだ! いやしかしこんなにあっさりと引っ掛かると思わなかった。座るとベッドの下に供えられた散弾銃が、座った者を股の下から打ち抜くと言う、男の子が想像したらナントカって言う玉がひゅんってする(と言う話を聞いたことがある。私は女だから分からない)恐ろしい(筈)のブービートラップだ。小学生の頃は図工で六年間『◎』を貰った私に隙は無かった。
 しかしあまりにも原子的だから、これ一発で仕留められるとは全く想定していなかったんだけど、まさかこんなにあっさりと――

 ――待てよ東風谷早苗! まだ小傘はノックアウトしたとは一言も言っていないじゃないか! いつ小傘が戦闘不能になったと錯覚していた? 私など浮かれに浮かれてガッツポーズ決めるわ耳栓投げ捨てるわ、フラグって言うんだこういうのを! ……だけど耳栓捨てたのは英断かな?

 何はともあれ喜んでいる場合じゃない。
 銃撃の瞬間、ベッドに仰向けに倒れた小傘の顔を覗き込んでみる。
 見間違いでなければ白目を剥いて失神している。
 銃撃による傷の容体は――ああこれは酷い。もう子供が産めないかもしれない。何か管みたいな内臓がぴょいっと顔を覗かせている。股から下腹部の肉が削がれて、派手にベッドや壁に散っている。想像以上に部屋の汚れ方が酷い。
 小傘が完全に再起不能なのかどうかを確認するべく、私はとりあえずベッドの下に仕掛けた散弾銃を取り出し、次いで部屋の灯りを付けた。
 灯りに照らされた小傘は、なかなか酷い状態になっている。理科でやったカエルの解剖以来の衝撃だ。二日くらいはお肉が食べれないかもしれない。でも、まあ、幻想郷ではこれくらい日常茶飯事なのだろう。早くこういうの――所謂グロ耐性も付けておかなくちゃ。そうだ、写メって待ち受けにしとこうっと。精進精進。

 パシャ――安っぽいシャッター音と同時に、私室の扉が開かれた。
「早苗!? 銃声みたいのが聞こえたけど一体何があっ……!?」
 神奈子様と諏訪子様だ。銃声を聞きつけてやって来てくれたようだ。だけど私は大丈夫。私はがんばりました。そして勝利したのです。
「こんばんは、神奈子様、諏訪子様! 私は何事もありませんよ!」

 勝利を報告したのだが――上がったのは快哉でも勝ち鬨でもなく、敬愛する神様二人の悲鳴であった。
 どうしたんだろう? ゴキブリでも出たのだろうか?


*


 白い壁に囲まれた一室で私は椅子に座って誰かを待っている。特に誰か――と特定できないが、とにかくいずれ誰かがこの部屋に来る筈だから、それを待っているのである。
 別に白色が嫌いな訳ではないのだが、ここが永遠亭と言う竹林の奥にある病院としての機能を持つ施設の一室であるものだから、私のこの部屋へ対する好意と言うのはあまり芳しいものではない。何だか私がおかしな者みたいな扱いではないか。ただ単に、大怪我を負った小傘を運び込んだついでだから、ここで事の次第を聞いてしまおうと言う魂胆であるだけなのかもしれないのだが。

 敬愛する神様二人は、長く苦しい戦い……と言う訳では全然ないのだけど、とにかく私の戦いの痕跡を見て、それはそれは驚いていた。大昔にお互いに大きな争い事をした気性の激しい性格の癖に、股を散弾銃で撃ち抜かれただけの妖怪を見て、気持ち悪い節足動物か何かでも見つけた女の子みたいな声を上げるなんて。なかなか可愛い所があるじゃないか二人とも。うふふ。思い出すだけで微笑ましい。
 微笑ましいのだが、あんまり褒められはしなかった。褒めるどころか、どたどたと荒々しく室内に駆け込んで来た神奈子様に至っては、第二、第三のブービートラップを発動させてしまった危うく右腕を切り落とす所であったくらいだ。なかなかどうしてどんくさい。神様たるもの、人間の張った小学生の夏休みの工作レベルのトラップになんて引っ掛からないで欲しい。……逆に言えば、私の張った罠は神を殺す可能性を秘めていると言うことだ。実に誇らしい。好奇心は神をも殺す。因みに第四は未発動だ。
 まあ、そのトラップがよっぽど怖かったのだろう、神奈子様は私にいきなりビンタを喰らわして来た。何だか釈然としないのだけど、まあ腕を切り落としそうになってしまったことだし、私も悪いことをしたと思うから、水に流そう。
 その後は、とりあえず小傘を大急ぎで永遠亭に連れて行き、私は血まみれパジャマのまま手を引かれてそれに同行させられた。その道すがら、大雑把に事情を説明し、それを考慮した末に、私は永遠亭の一室で待たされることとなったのである。

 血まみれのパジャマはあんまり着心地がよくないから着替えたいのだけど、そんな御暇を頂くこともできなかった。薄手の生地がぺたぺたと肌にくっ付いてきて不愉快なことこの上無い。あっ、肉片が肩に乗っかっているわ。どこの肉かしら。

 肉片を摘み上げて、しかし近くにゴミ箱が見当たらないのでどこに捨てようか、いっそ食べてしまおうかなどと考えていると――部屋の扉が開いた。
 入って来たのは洩矢諏訪子様。私の大好きな神様二人の、小さい方だ。世界一変な帽子を気に入っている。パリコレに出場すればいいと思う。

 諏訪子様は随分神妙な顔をして、部屋の中央にあるテーブルに近づいてきて、私の向かいに座った。
 はあ――と重々しいため息。しかめっ面して肘をテーブルに立て、手を組むその姿は新世紀ナントカカントカの主人公のお父さんみたいである。私はエヴァのパイロットよりもプリキュアになりたいな。
「さっき香霖堂に行ってきた」
「はあ」
「銃はあそこで買ったのね?」
「はい」
「どうして買ったのさ」
「出世払いと言ったら渋々了承してくれて……」
「決済方法を聞いてるんじゃなくて、何て頼んだのかって聞いてるんだよ」
「ああ、そっちですか。え〜恥ずかしいですよぅ」
「いいから言って」
「もう。ええと、恋人と夜を過ごすのに使うんです、と。……店主さんに聞けば答えて貰えたんじゃないですか?」
「答えてはもらえたけど、俄かに信じ難かったから確認とっただけだよ」
 そう言うと諏訪子様は頭を抱えてしまった。
「ああ、やっぱり妖怪の女の子が恋人だなんて俄かには信じられませんよね……」
「問題はそっちじゃないだろ」
 えっ、違うの?
「あのさぁ……銃をどう使ったの? 恋人と夜を過ごすのに銃ってあんた達何するつもりだったの?」
「夜にしかできないことです」
「恋人同士で夜にしかできないことって何? ……情事? 情事に銃使ったの? 所謂ショットガンマリッジってやつ? じゃあ小傘のあれは、何? 散弾銃挿入して引き金でも引いたの? そういうプレイなの?」
「あっはっは! 諏訪子様、冗談はお止めください。夜にしかできないことが情事だなんて不埒です。破廉恥です。もうこれはセクハラですよぅ」
「早苗、もうちょっと真剣になりな。私ゃ真面目に聞いてるんだよ」
 確かにさっきから諏訪子様は非常に怖い顔と声をしている。何怒ってんだろう。
「……何をするかは聞いていませんでした」
「だけど早苗はいやあ今宵は銃が必要だなァ〜って思って香霖堂に買いに行ったと。出世払いで」
「はい」
「何すると思ったのよ」
「うーん。言うなれば決闘ですかね。弾幕ごっこと言うぬるま湯を脱した、正真正銘の殺し合いと言いましょうか」
 うん、これが一番しっくりくる。何だか心が晴れ晴れした。やっぱり言葉にしてみるって大切ね。
 しかし諏訪子様は余計に表情を曇らせてしまった。
「何でそんなことすると思っちゃったのよ。恋人でしょ? どうして恋人同士が殺し合わなきゃいけない」
 熱血アニメのワンシーンみたいな台詞ね。
「恋人同士だからこそ、ですよ。諏訪子様。私は人間、小傘は妖怪。こんなおかしな組み合わせのカップルが、夜にわざわざ逢瀬してエッチなことなんてする筈ないじゃないですか」
「何で?」
「何でって……人間と妖怪ですよ? 餌と捕食者の関係ですよ? その間に平凡な恋愛感情など芽生える筈無いでしょう。屠殺業者は肉が食べれないと聞きますが、だからって牛や豚に恋はしません」
 ……またまた諏訪子様の表情が暗くなってしまった。あれれぇ? おかしいぞぅ? 私の何が間違っているんだろう。

 しばらく居心地の悪い沈黙の中に身を沈めていたら、諏訪子様が気だるそうに開口した。
「早苗。一体何があったのさ?」
「何がとは?」
「妖怪に恨みでもあるの?」
「いえ、恨みなんてありません。恨まれている可能性なら大いにありますけど」
「だったら何で小傘にあんな酷いことしたんだよ。恋人同士だから殺し合わなきゃいけないなんて突飛な発想はどこから生じた? 何がそのぶっ飛んだ考えを生み出した?」
 ぶっとんだ? 何もぶっとんじゃいない。
「普通に、普通に考えてみなよ。恋人同士で殺し合うなんておかしいだろ?」
「普通? 外界的な発想ってことですか?」
「何だって?」
 諏訪子様が眉根を潜めた。
「外界的発想って?」
「ですから……所謂常識的と言いますか。外界の常識の範疇。まあ、これは外界的な視点に立っての物言いなので、この世界では不適切なのでしょうけど」
「待て、落ち着け早苗。何だいその考えは。どこのどいつの入れ知恵だ? 霧雨魔理沙か? 十六夜咲夜? 八雲紫か?」
「いえいえ。誰かに教えられたものではありませんよ。寧ろそれらの者に私は答えを乞うたくらいです」
 魔理沙さんも咲夜さんも紫さんもいい回答はくれなかった。と言うか、何か納得できないものだった。だから私は私なりに考えて、今までを生きてきたのである。
「私は外界に馴染もうと努力をしていたのです。外界と幻想郷――こんな風に区分するのなら、きっとこの二つの世界には大きな隔たりがあり、私はこちらの世界に馴染まなくてはいけないと思いました。その一端が小傘さんとの恋です。まあ、あまりこの恋はさほど私の悩みの解決の手助けをしてくれることは無かったですが」
「今日のこの血みどろのやり取りも幻想郷に適応する為の行いだって言うのか」
「勿論です」
 諏訪子様はまたため息を吐いた。そんなにため息ばかり吐いていると、幸せが逃げてしまいますよ。

 しばらく無言でいた後、諏訪子様が口を開いた。
「早苗、そんなことに躍起になる必要は無いんだよ。お前はお前らしく生きていればいい」
 何を言っているんだこの諏訪子様は。いやいや、諏訪子様は別に一杯いる訳じゃないけど。
「そんなこと無い筈です。世界は確かに変わったんです。常識と非常識の境界に隔てられた世界へ、私はやって来てしまったんです。外界で培った理知などここでは通用しません。巫女と舟が空を飛び、烏が地底に暮らし、魑魅魍魎が地上を跋扈し、海が無く、河を河童が泳ぐ。全部外界ではありえないことではありませんか」
「そうだね。だけど、だからってそんなに斜に構えることはないだろ」
 ええぇ!? 何だか酷い言われ様! これじゃあ世界に慣れ親しもうとがんばる私がただの中二病患者みたいじゃない!
「そもそもね、早苗。その順応しなくちゃいけないって言う発想が外界らしいとは思わないか?」
 ほう。なかなか良さそうな意見。だけど同意はできない。
「国が変われば文化が変わり、態度や礼節も変わります。外界と幻想郷の変化はそれと同じようなものだと思っています。順応しなくてはいけないのは間違いないのです。そして今度の変化は世界の変化。やはり順応する必要はあると思います。適応していかなくては、生きて行くこともままならないし、一生非常識です」
「それじゃあ、じゃあお前の思う幻想郷って何だよ」
「巫女と舟が空を飛び、烏が地底に暮らし、魑魅魍魎が地上を跋扈し、海が無く、河を河童が泳ぐ、私の中の非常識がまかり通る世界」
「それに適応する為の行いが、恋人である妖怪の股を撃ち抜くことなの?」
「非常識的な恋仲と言うのを体現したのです。これくらいやって普通じゃないんですか?」
「全然普通じゃない」
 えー。
「妖怪だって神だって、恋は恋だ。人間と同じさ。殺し合うものじゃない。恋に限らない。同じようなものなんだよ。神様の私が言うんだから間違いない。だからこの世界にはお前の思うような偏屈な常識なんてものは存在していないんだ」
「どうして? 何でそんな超常の存在が私と同じ思考回路で生きるんです。ここは常識と非常識の境界で区切られた世界でしょう? そこにしかいない高等生物が、どうして私のような人間と同じ常識を持っているのです? 外界の同じ常識が通用するなんて、そんなのおかしいです。だって出入り不自由な程に強力な結界というものがあるじゃないですか。あれが形だけとでも言うのですか? いえいえ、あれが形骸化しているとも思えません」
 諏訪子様は首をぶんぶんと横に振った。何だか面倒くさそうだ。
「確かに結界はある。だけど、あれがあったって、この世界はそういうものなんだよ。気にしなくていい。普通に、今まで通り生きていればいいんだって」
 は?
「それじゃあ何で世界を移り変えたんです?」
「何だって?」
「異なる世界に移り住んで信仰を得よう、と言う魂胆だったのですよね? 私が今まで通り生きていていい世界だと言うのなら、世界を変える必要などありはしないじゃないですか。ずっと外界にいればよかった。私が学校も友達も置き去りにしてこっちに来る必要など無かった。変わらず過ごせと言うのであれば、明日から私は妖怪退治もしない、信仰集めもしません。お部屋に閉じこもって本を読んだり寝たりして過ごしますよ」
「そんな風に過ごしてなかっただろ」
「外界に学校もバイトも無く、友達もいなければこうやって過ごすしか無いでしょう」
「だけどお前には信仰集めや妖怪退治って言う仕事が――」
「だからそれも世界の変化が原因でしょう? 私の持っている外界の常識を用いて考えれば、妖怪退治だなんて常軌を逸しています。自衛隊や米軍でもそんなことはしませんよ。何せ外界には妖怪なんてものは存在しないのですから。――あのですね、諏訪子様? 私は、外界で妖怪退治などしたことが無いし、する必要も無かったんです。それなのに、こっちに移住した途端にそれをしなくてはいけない必要性が生じた。これが世界の変化ですよ。ほら、私も世界も変化している。外の世界の教育で育てられた人間である私はこの世界に適応していないんです。だから私は、この世界で生きるとはどういうことなのかを知る必要がある。生きる指標が必要なんです」
「何でそんなに事を難解に捉えてるんだよ、お前は! 外界でそんなこと一度だって考えたことあったか!?」
「知らず知らずの内に身に付いていたんです。物心ついた頃には人類の常識を手に入れて、それに準じて生きていた。しかしこっちにはこっちの人類の常識がある筈なんです。それを体得したいと言っているんです。だから妖怪の恋人なんて手に入れて、あんなことやこんなことをしたんですよ。この日、この夜に」
 うーん、喋りすぎて喉乾いちゃった。
 いやしかし、諏訪子様とこんな話をするのは初めてだ。就職先を決める時は親とこんな風に会話をするのかしら。
 諏訪子様は黙ってしまわれた。私の苦悩は届いたかしら。

 しばらく無言のままでいると、またも部屋の扉が開いた。八意先生が扉を少しだけ開き、その隙間から顔を覗かせている。
「諏訪子さん、ちょっといいかしら」
 諏訪子様はすっかり疲労した顔を八意先生の方へ向けると、のろのろ立ち上がり、蹌踉たる足取りで部屋を出て行ってしまった。

 私はいつ出れるんだろう。パジャマ着替えたい。
 血に染まった肩の辺りを見てみる。肉片などこびりついていないかしら。あっ何か乗ってる。肉じゃないな。……毛? まさか陰毛!? 長さ的に私のでも小傘のでもないし、何よりこの質感からして髪の毛ってことはあるまい。小傘ったら、あんな幼げな顔してこんな大人の証を持っていたのね。よくよく見てみれば水色じゃないか。なんて美しく神秘的なのでしょう。見てください、この贅沢な陰毛……。

 多々良小傘の陰毛と思しきものを弄んでいたら、三度扉が開かれた。八意先生であった。入室早々にっこりと微笑みかけてきた。
「こんばんは。大変なことしちゃったわねえ」
「いやあ、それ程でも」
 別に褒められてないか。
「こんな夜中にうちの神様が本当にすみません」
「いえいえ。あんな重傷者を放っておく方がまずいわよ」
 うわあ、顔は柔和なのに声がマジだ。何か私の方が迷惑な奴みたいに見られてる。
 八意先生は、心と身を非同期させつつ、私に近づいてきた。その手には飲み物を乗せた盆がある。
「何だか随分諏訪子さんと話し込んだみたいねえ」
「ええ。そこそこ」
「喉、乾いたでしょう? アイスティーしか無かったけど、いいかしら?」
「はい! いただきます」
 これはありがたい。先程から本当に喉が渇いていたのだ。
 私は手渡されたアイスティーを一息で飲み干した。八意先生はそっと私の向かいの席に座る。ああ、まだ話すことがあるのかしら?
 ……何だろう、突然眠たくなってきた。良く考えたら夜だもの、こんなに遅くまで起きていては眠たくもなるだろう。今何時頃かしら。いやしかし八意先生の前で眠る訳には、いかないような、気が、


*


 目が覚めた。
 目線の先には真っ白い天上。目を横やれば真っ白い壁。腕を見れば真っ白い寝間着。首を捻れば真っ白いベッドにシーツ。小傘の陰毛は水色。――よし! 頭の中はどうやら白くないみたい。
 心と体が連動しない眠りに就く前の記憶と、さして変わらない景色が、目覚めた私の視界を覆い尽くす。
 実に不愉快だ。何が不愉快って、この遍く白色は病棟の白であることは想像に難くなく、私は未だ解放されていないこと。それから、半ば強引に眠らされた感じが否めないこと。それが不愉快で仕方が無かった。この不自然な眠りは、きっとあの飲み物に入れられた薬物の影響であろう。睡眠薬が入れられていたんだ。間違いない。
 何となく、分かっていたのだ。
 八意先生がそう判断したのか、諏訪子様が陰口叩いて扇動したのかは知らないが、とにかく八意先生は私を異常者とみなしていた。
 私はきっと変な奴としてこの竹林深部の病棟に隔離されてしまうんだろう。そして、周囲の者が妄執と言う烙印を押す、常々私を悩ませる、幻想郷の常識についての謎と言うものが頭からすっかり消えるか、周囲の都合のいいように解決するまで、ここで暮らすことを強いられるんだ!

 いいだろう。認めようじゃないか。
 そうだ。私はおかしい。
 幻想郷社会不適応者の汚名を受け入れてやる。
 ――それは即ち、私が外界型人間であることの証明に繋がる。
 私がいるべき世界はここじゃァない。
 外界なんだ。

「外界へ帰ろう」

 決意した。決めた。もう揺らがせない。

 幻想郷産まれの人間や、元々並みならぬ存在である神様には、私の気持ちなど分からないだろう。自我を持ったまま、培ってきた理知や、自然に育まれてきた理性が通用しない世界に放り込まれる気持ちなど――分からないだろう。
 確かに、外界に生きることになった幻想郷産まれの人間の子に『外界で生きるとは何か』なんて問われても、私だってそれは上手く説明してあげられない。
 誰も悪くない。私だって悪くないし、私の悩みを救えなかったみんなも悪くない。
 結局はセンスの問題なんだろう。
 運動音痴にいくら逆上がりの方法を手取り足取り教授しても、できないもんだ。それと同じことなのだ。きっとみんなは私に、幻想郷での上手な生き方を教えた――否、教えたつもりでいたんだろう。センスの無い私が、それを理解できなかっただけのこと。
 私は生粋の幻想音痴なんだ。
 それならば、幻想になど抱かれて生きていたくはない。


 ……なんて言ってみたものの、一体どうすればここから出られるのかしら。
 当然の如く――隔離施設だか隔離室だか知らないが――唯一無二の扉には鍵が掛けられている。窓はあるが、頑丈な鉄格子が設えられていて、鼠一匹なら通過はできそうだが、人間一人が出ることは叶わない。
 窓と扉以外に出られそうな所は無い。
 ならば、あの扉が開かれた時に出るしかない。誰かがここに来るのを待つしかない。
 ――騒ぎ立てれば来てくれるかしら。
 どうせ私は狂人判定を喰らっている。ちょっと騒げば鎮静剤とか打ちに誰か来てくれるかもしれない。

 さあ、東風谷早苗。演技力の見せどころよ! 劇なんて小学校の学習発表会以来だけど。何か最近演技しなきゃいけないシーンが多いね。
「ちょっと! ここは何なんですか!? こら! 神奈子様! 諏訪子様ァ!? 出しなさい! ここから出せーッ!」
 あはは。なかなか大声を出すのは楽しい。そうだ、扉を蹴ってみよう。おお、そうだ、壁も殴ろう! 噂の壁ドンってやつだ。合法壁ドン。佯狂ってのはなかなか楽しいもんね。

 耳をすませば――聞こえて来た、ばたばたと倉皇たる足音が。
 目の前の扉が開かれた。やっぱり来てくれた! 鈴仙さんだ。手には注射器。多分鎮静剤。の筈! ――違ったらどうしよう。もううるさいし気が狂ってるから毒殺処分とかそういう非人道的な処置だったら。ありえる! ここは幻想郷なんだから。
 ――いや、ちょっと待てよ。
「ああ、鈴仙さん。私元気なのでそろそろ帰らせてもらえません?」
 もしかしたら別にここは気狂いを隔離しておく所でも何でもない、ただの病室かもしれない。つまりただみんなは私に気を使ってくれているだけとか。私だってなるべく穏便に事を済ませたいのよ。
「早苗さん……どうしてこんなことになってしまったの?」
 あっ、いけないわこれ。私ったら完全に狂い扱いされてる。
「皆さんが幻想郷的人生観を教えてくれないのが悪いんですよ」
 弁解してみる。
「そんな哲学的な問題で唐傘妖怪をあんなことにしてしまうなんて。そんなの答えが出る訳ないじゃない!」
 いや、確かに絶対普遍の答えなんて無いとは思ってるよ。だけど素地すら与してくれないのが問題なのであって。
「少し落ち着いて――ここで静かに暮らして、また昔の明るくて優しい早苗さんに戻ってください」
 今でも私は明るくて優しい筈よ。

 とか何とか思っている間に鈴仙が私に躍りかかってきた。鎮静剤――だといいな――を打つ気だ! 冗談じゃない、落ち着いてるのに鎮静剤なんて打ったら鬱になってしまうわ! 毒薬なら鬱にはならないけど仏になるわ! 絶対にこんなもの打たれてなるものですか!
 ……息巻いてはみたものの、鈴仙も妖怪の類。私は腕力では叶わない。あっと言う間に押し倒されてしまった。
「離しなさい! 離しなさい! 怪我したくなかったらその注射器を捨てて頭に手を上げて額を壁に付けるのよ!」
 一応それっぽい忠告をしてみる。
「早苗さん、私はあなたが更生きできると信じていますから」
 何さ、私を麻薬中毒者みたいに見るなんて!
 もう許さない! 忠告はしたのに、あなたが従わないのが悪いのよ!
 私は現人神であるが、それ以前に人間だ。所詮あなたになんて叶わないよ! 野犬にすら勝てるか不安だわ!
 ――丸腰ならば、ね?

 私は、己が股座に手をやった。
 そして下腹部に力を入れる。そしてすかさず何とか呼吸法。ひっひっふーっていう、あれです。
 ぬるりと膣から出でし黒金の筒――拳銃である。香霖堂で購入したものだ。
 対多々良小傘用ブービートラップ、その第四章――最終章にして最強、予測不可能、そして恐らく回避不可能のリーサルウェポン! まさか膣内にこんなものが隠してあるとは予想できる筈が無い。
 長年大切にしてきた純潔を自分から拳銃で散らせてしまった訳だけれど、これも命を守るためと思って我慢したのだ。悲しかった。好きな殿方の男性器どころか、好きでもないし、そもそも性器じゃないし、生ものですらない。気持ちよさなんて、ある訳ない。
 しかしこうして私の命を守ってくれた。よくぞここまで私の膣の中で耐えてくれていた。ありがとう。眠ってしまった隙に誤出産してしまったのではないかと思ってひやひやしたけど、どうにか留まってくれていたみたい。

 早産を免れた黒金の我が子。出産後の経過は良好。産声代わりに銃声と鉛玉をぶっ放した。生後十秒で妖怪の左胸に風穴を開けてくれた。すごいわ! 将来はヒットマンね!
 鈴仙をやっつけた! 注射器を手に入れた!
 しかしうかうかしていられない。元気すぎる我が子の産声――銃声――は、周りの者をいたく引き付けてしまうことだろう。逃げなくてはいけない。
 銃弾があと何発残っているかは知らないが、なるべくこの子に負担を掛けずに逃げおおせたいものね。

 目的は外界への到達。この世界を出るには、博麗の巫女かスキマ妖怪をあれこれする必要がある。どちらもこんな鉄砲でどうにかなる相手では無いように思える。しかし、どうにかしなくちゃいけない。
 狙うなら博麗の巫女だ。彼女もまた私と同じように、巫女である以前に人間なのだ。こめかみに銃を放てば死ぬ。と言うか後頭部を銃で殴っても十分死ぬ。おまけに彼女の死は幻想郷の死と直結している。つまり彼女を脅せば、私は穏便に外界へ出られる。空を飛ぶ程度の能力と言う、その呑気な名前からは想像もできない超高性能な特殊能力が厄介だが、私にだって奇跡を起こす力がある。だから五分五分。しかし私には銃がある。つまり私の勝利! 完璧! QED! 単純すぎるかもしれないが算数は苦手なので、私の計算などこれが関の山なのよ。

 部屋を出た途端――別の兎に出くわした。知らない子だ。耳が鈴仙よりもふわっとしている。胸元のニンジンのペンダントが特徴的だ。何かしら、あれを追って素早く走るとか、そう言うおまじないの類かしら。
 一人くらい人質取っておいた方がいいかしらね。
 私は銃を構える。
「動かないで兎さん!」
 私との突然の邂逅に完全に面食らっていた兎は、私の言う通り硬直してくれた。実はなかなか臆病なのかもしれない。
「大丈夫、私の言う通りにしてくれれば絶対にあなたに危害は加えないわ。私はすぐに博麗神社に行かなくちゃいけないの。最短ルートを案内してもらえる?」
 そんな道をこの子が知っているのかは定かではなかったが――兎はぶるぶる震えながら首を縦に振ってくれた。

 兎の案内に従い、私は幻想郷を行く。走れば追い付けないが、空を飛べば兎もそれ程早くない。私でも十分に追い付ける距離だ。
 もしかしたら騙されているのかしれないと言う疑念もあったものの、無事に私は博麗神社に辿り着くことができた。兎は――まさに脱兎の如く、私の元から姿を消した。


 さて、恐らく幻想郷は今日も平和だ。
 永遠亭に新手の変人が隔離されたことなど外部に漏れてはいないであろうし、それが病院を脱走したなんて、恐らく幻想郷最速の新聞記者さえ知らないであろう。
 不意打ちにはもってこいの状況なのだ。
 この好機を逃す訳にはいくまい。境内の外側の茂みに身を潜めて神社を観察していたが、数十秒で飽きた。きっと霊夢さんのことだから、縁側でお昼寝しているか、そもそも神社にいないかの何れかに違いない。

 銃をしっかり握り締めたまま神社の母屋へと忍び寄る。
 入口の戸に――鍵が掛かっている。いないのだろうか。
 試しにドンドンと戸を叩いてみた。
「霊夢さぁん。私です。東風谷でーす」
 声も掛けてみた。
 いるならいる、いないならいないをはっきりして! 私は追われている身なのよ! しかしあの竹林は奥深いからなかなか追手が来られないに違いない。最短ルートを知っていたあの兎ちゃんに感謝ね。私ったら何て幸福者なのかしら。日頃の行いは別によくないのにね。
 ……うーん。出てこないなあ。いないのかな。
 私は手にした銃を見やる。――何発弾が残ってるかは知らないけど、まさか次で最後って訳ではあるまい。

 鍵目掛けて銃を放つ。
 見た感じ大した戸ではなさそうだったから壊して中に入ってみようと決めたのだ。
 狙いは的中。いとも簡単に中へ入ることができた。お邪魔します。

 ……靴が二足?
 霊夢さん、いないどころか、誰か別の人を招いているみたい。こんな真昼間から誰かを招いて玄関の戸に鍵を掛けるってどういうことかしら。
 なるべく音を殺して中へ入ってみる。
「霊夢さーん。いないんですかー?」
 一応声を掛けてみておいた。しかし何の返事も無い。
 狭苦しく暗い廊下を行くと、灯りの点いている部屋を見つけた。僅かに戸が開かれていて、光の筋が廊下の闇を殺している。
 私はその戸に背を付け、いちにのさん――で室内へ躍り出て銃を構えた。

「動かないでください! 手を頭に!」
 その先にいた人物は私の言う通りに動いてくれた。
 ふわふわの金髪が魅力の、女の子――。
「えっ? 魔理沙さん?」
 博麗神社の母屋にいたのは霧雨魔理沙だった。
 布団を敷いていて、その上にドロワ―ズ一枚で鳶座りしている。今にも泣きそうな目をしてこっちを見ながら両手を上げている。頭に手をやれと言ったのですが、まあ制圧できているからいっか!
「さ、早苗? あの、やめて、撃たないで」
「そのまま動かなければ撃ちません。けど……」
 魔理沙の足元には、サラシを巻いた胴を丸出しにして眠っている霊夢さん。
「……何してんです?」
「れ、霊夢のことが好きだったんだよ。それで、二人きりになれたから、その、手造りのお菓子に睡眠薬混ぜて……」
 野獣と化した魔法少女。睡眠薬盛るとは、やっぱり幻想郷の恋心というのは常軌を逸していますね。たまげたなあ。
 しかしこれはとっても都合がいい。霊夢さんは偶然にも昏睡しているし、魔理沙さんと言う比較的ひ弱な人質も手に入れることができました。
 銃を構えつつ魔理沙さんににじり寄る。
「ええと、とりあえず……服を着て」
「うん」
 魔理沙さんはいそいそと服を着る。着なれている白黒のエプロンドレスであろうに、何故か手付きがたどたどしいのは銃が怖いからだろう。やっぱりこの子は人間なんだなあ。霊夢さんだったらこうはいかなそうだ。

「あの、早苗? お前は何やってるの?」
「私は外界へ帰りたく思いましてねえ。霊夢さんにその辺都合してもらえたらなあと思ってここへ来ました」
 あなたも運が悪いですねえ!――呵々と笑ってこう言ったが、魔理沙さんはにこりともしてくれなかった。
「そんなに緊張しないで。なるべくけが人は出したくありませんからね」
「その銃は本物?」
「勿論」
「何か濡れてるみたいだけど……水鉄砲なんじゃないの?」
「これ私の膣内の粘膜です」
「変な性的嗜好を持っているんだな」
 あなたに言われたくない。と言うか私も好きでこんなもん挿入した訳じゃないやい! 身を守るために拳銃に純潔散らされた私の気持ちなど分かるまい。意を決して薬を盛って好きな子を眠らせて弄ぼうとしたら人質になってしまったあなたの気持ちが、私にはよく分からないのと同じようにね!

 魔理沙さんが黙ってしまったので、私は落ち着いて今後の予定を考えようとしたのだが――外から声が聞こえた。
「早苗ッ! そこにいるのは分かっているんだよ!」
 諏訪子様の声だ。さてはあの兎ちゃん、密告したな! 無条件に開放しちゃったのはまずかったかしら。しかし撃ち殺すのは可哀想だし、これは仕方が無い。
「魔理沙さん、そこの窓を開けてみてください」
 人質の有効利用だ。箒を所持していないみたいだから、きっと飛ぶことなどできまい。

 魔理沙さんがおずおずと開いた扉の向こうには――永遠亭関係者大勢と、神奈子様と諏訪子様。
「早苗! 馬鹿なことはお止し! さあ、永遠亭へ帰ろう!」
 神奈子様の声。
 私も声を張り上げる。
「帰りません! 私は外界へ帰ります! その手段が確立されるまで、ここを動くことはしません! 強硬手段に出るようなら魔理沙さんを撃ち殺しますよ!」
 持っている銃を高く掲げて振って見せる。多分、外の人達にも見えたことだろう。
 八意先生と神奈子様、諏訪子様が何やらこそこそ話し合っている。……もしかして『早苗捕獲できるなら魔理沙くらい……』とか話し合っているんじゃ!? しまった、これはものすごくありえる。あの人ら警察でも何でもないから善良な市民――思慕を抱く相手を薬で眠らせて強姦するのはちっとも善良じゃない気がするけど――を護る義務なんて無いんだ! その気になれば母屋ごと爆破して魔理沙諸共私を葬り去るとか、そういう手段にも出るかもしれない! さすが幻想郷。末恐ろしい。

 いやいや。しかし、だ。
「この部屋には霊夢さんが眠っています! 私はその気になれば霊夢さんを殺すことだって可能です!」
 そうだ。私には眠らされた霊夢さんがいるんだ! これはまさに百人力――いや、百五十人力! 本当に霊夢さん程の人なら一人で百五十人分の人質になる素養を持っていると言っても過言でないわ! つまり私は百五十一人の人質を持っているに等しい! 百五十一の喜び。百五十一の夢。人質マスター。
「眠らせるなんて、卑怯者!」
 外からこんな野次が飛んだ。いや眠らせたの私じゃないし。
 まあいい。何とでも言え。とにかく私には百五十一人の人質がいるに等しいんだから!

「ううん……?」
 ――すぐ隣で不穏な声。
 私は勿論、魔理沙さんまで発声源に目をやる。
 霊夢さんが目覚めてしまった! 目覚めるの早すぎやしませんか!? やべぇよやべぇよ。やい霧雨魔理沙、あんたどんな安い薬使ったんだよ! こんなんじゃ昏睡プレイになんないんだよ!

 いけない。私すごく焦ってる。
 何だか目覚めようとしている霊夢さんが大魔神のように思えた。手で顔を隠して、手を退けるとその顔は鬼の形相になっていると言う、あれだ。眠っている途中は凛とした顔立ちが魅力的な少女だったのに、いざ起きられそうになると、何だか私の手の中の銃もちっぽけに思えて来た。もう一週間くらい眠っていて欲しいんですけど。
 どうにかしてもうちょっとこの睡眠を延長させておかなくては。しかしどうやって。ああ、奇跡よ起これ。……駄目だ。起こらぬことを奇跡と呼ぶ。無駄ぞ。

 ――その瞬間、私はハッとし、バスローブみたいな白衣のポケットに手を突っ込んだ。
 鈴仙から奪っていた鎮静剤! これがある! 何せ永遠亭で使われている薬だ。効果は覿面だろう。一週間とはいかずとも、あと数時間くらいは粘ってくれる筈だ。その間に縛るなり押し入れに閉じ込めるなりして霊夢さんを無力化させてしまえばいい。そして魔理沙さんを本格的に人質にして籠城する。

 そうと決まれば話は早い。早速注射してしまおう。
「早苗……? あんたここで何してるの? 何か寒い」
 そりゃこの季節にサラシ一枚でいれば寒いに決まっている。……そう言われると私も寒く感じてきた。
「何でも無いですよ、霊夢さん。それよりちょっとじっとしていてくださいね」
「うん?」
 注射の知識など無いが、度重なるインフルエンザ予防接種の記憶を総動員し、この辺かなって所に注射針を打ち込む。お願い、適正な位置に針が通って! これくらいの奇跡は望んでも罪にはならいんじゃない!

 
 注射器の中の薬を身体に注入した数秒後。
 霊夢さんがカッと目を見開いた。
 え、何それは!? 沈静どころか暴走でもするつもり!? ……この薬、よく考えたら鎮静剤とは言ってないじゃん! これはマズいことをしてしまったのではないか!?

 私も魔理沙さんも固唾を呑んで霊夢さんを見守る。
 私はどうか眠ってくれと祈る。
 きっと魔理沙さんは、覚醒してこのピンチを切り抜けてくれと願っているんだろう。


 それから更に銃数秒後。
 劇的な変化が生じた。


 霊夢さんが泡を吹き始めた。


 これは青酸カリ!? いや液状だから違うかな。それとも液状のものもあるのかしら。
 何だっていい。
 とにかく霊夢さんがやばい。これは間違いない。
 だってほら、エクソシストよろしく体まで痙攣させ始めちゃってさあ。首が半回転するんじゃないかこれ。
「お、おい早苗! お前何を打ったんだよ!?」
「こ、これはただのビタミン剤じゃ……」
 この期に及んで嘘を吐いてしまった。何かは分からないけれど、絶対ビタミン剤ではない。何せ狂いをおとなしくさせる為の薬だもの。そんな切迫した状況でビタミン剤なんて打つ筈が無い。
 もしかして鈴仙さんは私を本気で殺す気だったのだろうか。それとも、魔理沙さんが事前に使った薬と併用してはマズいタイプの薬だったのか。
 真相は定かではない。

 それからまた十数秒経過して――痙攣が治まった。
 まるで沸騰するヤカンの火を止めたかの如く、口から出る泡も終息していく。
 ホラー映画でも拝めないようなおぞましい白目を私達に見せて、霊夢さんは全く動かなくなってしまった。


 博麗の巫女が死んだのだ。


 その瞬間、パリンと――遠くで何かが割れる音がした。
 皿なんかじゃない。もっと大事な何かが。私の処女膜より大切な何かだ。
 そして、目に映るありとあらゆるものの輪郭と言う輪郭が歪み、色と言う色が褪せていく。景色が死んでいく。

 そして私は、まるで地面の底が抜けたかのような浮遊感に突如見舞われた。

 黒色のようで黒色でない。
 色があるようで色が無い。
 空気にさえ触れていないような感じがして、しかし水に沈んで行くような。
 何とも言えぬ感触に包み込まれたまま、私は、謎めいた空間をどこまでもどこまでも、落ちて行っている――気がした。
 何せ、自分が落ちていると確認できるような景色が無いものだから、それを証明することができないのだ。

 博麗の巫女が死に、幻想郷が死んだ。
 私はきっと幻想郷の亡骸の中にいるんだと思う。
 ああ、私は、どうなってしまうんだろう。
 


*


「お嬢さん、お嬢さん!」
 男性の声。
 私はうっすら目を開ける。
「お嬢さん! ああ、よかった」
 声が男性であったから分かり切っていたことだが、男性に声を掛けられていた。
 頬にぽつぽつと冷たい雫がぶつかる。雨が降っているみたいだ。燐列たる外気と冷たい雨粒が私の意識のつぼみを瞬く間に開花させていく。

 真っ暗であった。
 しかし、霊夢さんが死んだ直後の、あのおかしな黒色じゃない。ただの闇だった。
 辺りは木々だらけ。
 どうやら私は深い山の道に倒れていたらしいのだ。
 何と言うことだ。私はあの死した幻想郷から逃げ果せたのだ。
 どうしてかしら。さっぱり分からない。
 ――推測の域を越えないが、私の幻想音痴っぷりが招いた、所謂奇跡なのかもしれない。
 ……ははは、どうだ! 短所だって裏を返せば長所なのだ!

「こんな所で、こんな格好でどうしたんだい」
 男性の声は若々しい。同い年くらいかしら?
 ……よくよく見れば、警察官のような格好をしている。どこか、田舎の駐在さんか何かかしら?
「はあ。その、すみません。いろいろありまして」
 握っていた銃は、無くなっていた。幻想郷脱出の合間に手放してしまったみたい。よかった。銃なんて持っていたらあれこれ追及されるか、ライトノベルみたいな物語が始まってしまう所だった。異世界より出でし、銃を握った謎の少女と、若き駐在さんの雨の中での邂逅――いいね。人生に困窮したらライトノベル作家になってこの物語を綴ろうかな。

 駐在さんは小さなビニール傘で私を雨から逃しつつ、起用にメモ帳とペンと懐中電灯と傘を二つの手で操り、問うた。
「ええと、身元確認するね。お名前は?」
「東風谷早苗と申します」
「……こちやさなえ?」
「はい」
「さ、早苗!?」
 駐在さんが素っ頓狂な声を上げる。私は面食らってしまった。
「は、はあ?」
「俺だよ! ほら、○○高校三年A組の、副学級委員……!」
 駐在さんは傘を捨て、帽子を脱ぎ去った。

 ――ああ、良く見てみれば。
 私のクラスメイトじゃないか。
 高校卒業して、こんな田舎の警察官になってたんだ。
「きゅ、急にいなくなっちゃってさぁ! 今までどこにいたんだよ!? みんなお前のこと心配して、探し回って……」
 旧友はぼろぼろと泣きながら私を抱きしめてくれた。


 ――幻想郷がどうなってしまったか、私は知らない。
 神奈子様や諏訪子様はどうなってしまったのか、それも分からない。
 だけど私は幻想音痴。現から外れた世界のことなど、知る素養が無い。

 だけど、私はこれでよかったと思う。
 幻想郷でのどんな経験よりも――神様として高圧的に振る舞ったことよりも、狂いを演じたことよりも、合法的に妖怪に暴力を振るったことよりも。
 敬愛する神様二人の為にがんばった日々さえも、
 今、この瞬間――この現実には、到底敵いっこないと、心の底から思えるから。
(12/17追記)
 産廃SSこんぺお疲れ様でした。『幻想音痴』作者のpnpです。
 今回のイベントで知れたのは、「書きたいSS」と「書いていて楽しいSS」の乖離というものです。このSSは後者に属するものでありました。書いている最中はのりのりで(序盤はそうでもなかったけれど、小傘と茶を飲みに行く辺りから)、自分でも驚くべき速度で作業が進みました。
 その勢いがネットスラングの多用と言う結果を生み出してしまいました。次回、こういう感じのSSを書くことがあったとしたら、そこだけは気を付けていきたいと思っています。
 普段は全然書くことのない雰囲気の作品であるので、イベントと言う公正な場で1430点と言う結果は、自信へ繋げていけると思います。
 ありがとうございました。今後もどうぞよろしくお願いします。

++++++++++

>3 言う程狂人って訳ではないのが書いていての感覚。ちょっと抜けているだけ。感じ方は人それぞれですけど。

>4 馴染むだけの物語になんて私は面白さが見出せないのです(暴言)

>5 早苗さんは最後の駐在さんと結婚して素敵なお嫁さんになって末永く幸せに暮らすと言うアフターストーリー(?)が。

>6 早苗さんの奇行にはしっかりとした説得力を持たせたかった。私の頭脳では今回が限界のようです。

>7 淫夢語録使い過ぎたのは反省点。因みに遊戯王は全然知りません。本当はぬえとかとも絡ませようかと思ったんですけど時間も無かったし、いたずらに長くすることも無いと思ってやめました。

>8 ちょっとおとぼけなくらいな方が早苗さんはかわいい。

>9 銃を股から取り出すのが好評で驚きを禁じ得ない。どうして思い付いたのかは思い出せません。

>10 あの変貌ぶりは何なのでしょうね。星蓮船の早苗はほんとに苦手。

>11 あんまりこういうSSを書かないので、読み易かったのであれば幸いです。

>12 本当ですね。センスは大切です。

>14 ありがとうございます。

>15 好き勝手にキャラの服を改変するのは結構好きです。表現し切れない所があるんですけど。

>17 あなたが現人神か。

>18 そうですね。前述した通り、狂っているとは少し違う感覚です。

 4件の匿名評価ありがとうございました。
pnp
http://www.pixiv.net/mypage.php
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/11/25 12:40:42
更新日時:
2012/12/18 07:00:58
評価:
14/19
POINT:
1430
Rate:
15.32
分類
産廃SSこんぺ
簡易匿名評価
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POINT
0. 120点 匿名評価 投稿数: 4
3. 80 名無し ■2012/11/26 01:27:13
彼女には、『あっちのセカイ』は向いていなかったんだね……。
幻想音痴な彼女は、あっちじゃ『常識に囚われない』行動ばっかり取ったから、素っ頓狂な展開、結末になったのか。

淡々と無茶苦茶な思考をする早苗さん。
こういう小難しく物事を考え、冷静に行動する狂人ほど困るものは無いですねぇ。
4. 100 名無し ■2012/11/26 12:10:39
すごいです
最初、小傘の愛で幻想郷になじむ話なのかと思って読み進めたら…
ギャグに笑ったあと、早苗ちゃんの気持ちがわからなくもない分、バッドエンドなのかハッピーエンドなのかよくわかんないのとかで読後感がすごいです。面白かったです。
5. 100 名無し ■2012/11/26 18:03:09
そうだよな現代人だものな……
最初はふーんと読み進めていたのですが、後半ぐいぐい引き込まれました
ラストはなんだか胸にぐっとくるものがありました
6. 100 名無し ■2012/11/26 21:41:21
まずい、この早苗はまずい。何がまずいって合理的かつ論理的に考えた結果がこれなんだからまずい。そして何がどう間違っているのかの説得が出来る面子が幻想郷にいねぇ。

この話の教訓は2つ。
1つ。二元論で物を割り切るのは危険だ。
2つ。注射器は素人は使っちゃダメ。
7. 90 名無し ■2012/11/27 04:52:28
デュエリストでホモとはたまげたなあ…

ほんとの狂人は自分が狂っていることを理解できないと言うけどそこにアクティブな性格をプラスしたらこんな厄介者になるんすね
小傘がいなくとも結果は同じようになりそうだ
8. 100 名無し ■2012/11/27 17:49:29
こういう冷静な狂人、嫌いじゃないわ! 
9. 100 名無し ■2012/11/28 22:13:43
途中まで早苗はまともと思っていたのに銃を股間から取り出す件で一気にマジキチレベルにまで評価が一転しました。なにこの早苗…面白すぎる。

病院が脱走シーンが終盤だと気づかないほど話にのめりこんでて、オチを思い描く余裕すらなかったんですが、最後は冗談みたいな理由と方法で霊夢を殺してしまうとは…諏訪子があそこでもう少し粘っていれば。

もう少し、いえもっともっとこの早苗を眺めていたかったのですが。
終わってしまうのが実に惜しい…。
10. 100 名無し ■2012/11/28 23:02:22
原作早苗の適応力って、本当に気持ち悪いんですよね。星蓮船のEXとか特に。
その不快感が真正面から表現されてあって、とても好みでした。
この早苗は、とても人間らしい。拳銃を取り出すまでは。
11. 100 名無し ■2012/11/30 20:37:18
某戯言にならえばこの早苗さんは紛れもない欠陥製品。明らかに次元が違うけど、言うなれば髪の分け目を悩む中学生のようなものだ。狂ってるのかというと、そうではないように思う。個人的には「足りない」って表現したい。
また、ところどころに小ネタの数々を挟んだ早苗さんの語りが特に絶妙。非常に読みやすく、テンポがいい。
ラストで外界に帰ったところで元同級生と再会したシーンを読んでみるに、早苗さんは外界ではかなり上手くやってたみたいですね。どこまでも外界に適応しきった幻想音痴だったということか。
12. 40 名無し ■2012/12/03 12:27:47
センスって大事ですね
14. 100 名無し ■2012/12/07 05:15:52
原作の早苗への強烈で痛快なアンチテーゼ。実に素晴らしい。
ご大層な理屈は一切なく、ただ己個人の都合のためだけに突き進んだこの早苗こそ、
自由なようでその実何もかもが理屈で固められた幻想郷を滅ぼすに相応しき存在だったのではないでしょうか。
15. 100 名無し ■2012/12/08 17:25:47
ニーソの小傘さんが素晴らしく素敵でした。
この子になら早苗さんも本当に惚れても良かったのに。
17. 100 名無し ■2012/12/12 00:02:02
正気と狂気がこんなに近いものなんて。
早苗さんに共感を覚えて自分の正気を疑いました。
18. 100 名無し ■2012/12/12 02:10:30
狂ってるとは言い難いけど融通がきかなすぎるというか
馴染もうと努力する故に柔軟であることに囚われてる早苗さんがとてもかわいかったです
こんな人いるなー…と思うと同時にところどころわかってしまう部分もあるのがまた怖い
19. フリーレス 名無し ■2012/12/19 15:36:53
評価期間終わっちゃってるのでフリーレスで。
一見原作早苗の否定なんだけど、原作早苗の解釈の一つとしてもしっくりくるのがすごいと思った(小並感)
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