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『産廃SSこんぺ「眼球泥棒」』 作者: 仙人掌うなぎ

産廃SSこんぺ「眼球泥棒」

作品集: 5 投稿日時: 2012/11/25 15:52:03 更新日時: 2012/12/17 02:54:40 評価: 8/14 POINT: 710 Rate: 10.50
 私の目を奪ったのは眼球泥棒。

 眼球泥棒はここ最近、人里を中心に現れる泥棒で、誰が考えたんだか捻りのないそのまんまの名前の通り人の眼球を盗んでいく。
 と言ってもただ力ずくで眼球を抜き取っていくっていうのとは違うらしくて、盗まれた人はいつ盗まれたのかわからず、盗んだ犯人を見たりすることもなくいつの間にか目が一つなくなっていて、血が出たり痛がったりすることもない。だから最初は原因不明の「眼球がなくなる」っていう現象か疫病なんじゃないかって言われていたけど、眼球を失った人々は口を揃えて「盗まれた」と言うから誰もが不思議に思う間にどんどん眼球は盗まれて、六人目の犠牲者になった小さい子どもが自分の目が盗まれたことに気づいて騒ぎ出したのとほとんど同時にすぐ近くでとんでもない速さで走る人影が目撃されて、それがちょっと話題になると実は他の犠牲者の時も誰かが走っているのを見たっていう人が何人も出てきて、じゃあそいつが盗んだんだってことになって、眼球泥棒と呼ばれるようになる。

 でも盗まれた本人は盗まれた瞬間のことすらわからないし、おそろしい超スピードで走り去るものだから何人もが目撃したっていっても速過ぎて特徴なんかは全然掴めなくて、性別も体格も服装もわからなくて、わかっているのは人の形をしているってことと走っているってことだけ。
 人里ではそいつを捕まえなきゃって話に当然なるけど、手がかりもなくて、誰も何もできずに、眼球泥棒はどんどん目を盗む。人里のそばをうろついていた妖怪まで眼球を盗まれるようになる。と言っても盗まれたのは力の弱い雑魚妖怪だったからその時はまだたいしたことないと思われていたんだけど、でも十二人目の犠牲者は上白沢慧音で、それなりの実力者のはずの慧音が目を盗まれたことで本格的にヤバいヤツなんじゃないかって言われる。

 とりあえず、泥棒ってことで霧雨魔理沙が疑われる。左目のなくなった慧音が魔理沙を調べて、でも「流石に目玉集める趣味はないぜ」と言う魔理沙はここのところよく紅魔館で目玉じゃなくて本を盗んでいたことが判明して、眼球泥棒が目撃されたころに紅魔館にいたことも何度もあったので魔理沙はどうやら違うらしいということだった。ちなみに魔理沙は慧音に取り押さえられて紅魔館から盗んだ魔道書なんかは全部取り上げられて、パチュリー・ノーレッジに返却された。

 それから一ヶ月くらいして、眼球泥棒は捕まらないまま犠牲者は増え続けて二十人を超える。死人がでたわけでもないし、幻想郷ではこれくらいの騒ぎは日常茶飯事だけど、それでも人間はちょっと警戒するようになっていて、なんていうか、やりづらい。

 私の眼球も盗まれる。
 噂通りいつ盗まれたかなんて全くわからなくて、気がついた時には眼球がなくなっている。でも私はなぜだか「盗まれた」って感じて、ああこれが眼球泥棒ってヤツの仕業ってことなんだなって思うんだけど、私の場合、困るのは盗まれた目がどれかって話。
 眼球泥棒は右目か左目かでこだわりとかそういうのはないらしくて、でも両目とも持っていくということはなくてどちらか一つだけを盗む。

 だけど、まさか赤い左目でも青い右目でもなくて、傘のほうについていた目玉が盗まれるとは思っていなかった。


 この、傘のほうの目玉っていうのは、大きな舌や人の姿のほうの肉体と一緒に唐傘お化けになった時にいつの間にかついていたもので、それを盗まれた私の唐傘は眼窩というか、痕ができてるとか穴が空いているとかそういうのは全然なくて、目玉の痕跡もキレイになくなって普通の傘みたいになっている。舌はついているけど。
 気になるのはこれって人を驚かす妖怪としてどうなのってことだ。目玉がなくて舌だけついているっていうのはちょっと唐傘お化けっぽくない気がする。やっぱり妖怪ってイメージというか、それらしさがないとダメだと思うんだよな……。唐傘お化けだって気づかれなくて「何この変なヤツ……」みたいに思われてしまったらもう驚く驚かない以前の問題で、それは困るしなんか嫌だ。ただでさえあんまり驚いてもらえてないっていうのに。
 もともと驚かす時は右目を瞑るから右目は盗まれてもたいして困らないんだけどな……。左目だってたぶんどうにかなるし、なんでよりによって傘のほうの目玉を盗むかな。

 まあ、それでも私のやることは変わらないのだ。私は唐傘お化けの多々良小傘で、多々良小傘は人間を驚かす妖怪なのだから。


 驚かすっていうのにもいろいろある。
 人の心を操るとか、感覚に干渉するとか、そういう能力があったらすごく便利だし、そうやって人を驚かす妖怪や妖精はかなりいるんだけど、残念ながら私にそういう能力はない。私の「人を驚かす能力」っていうのは能力で人間の感情を操作して驚かすっていうわけじゃなくて、これは私の存在意義というか、性質みたいなもの。驚かすこと自体は自力でやらなきゃいけなくて、だからこういう化け傘の格好をしている。
 具体的にはどうするのかっていうと、人間を見つけたら出ていって「うらめしや〜〜」ってする。いやこれだけじゃダメなんじゃないかっていうのはわかってるんだけど、でも意外と驚かすことができる時もある。たまに。
 だからいつも通りそうやって私はうらめしや〜〜。だけど、何かがおかしい。
 やってることは変わらないのに違う気がする。
 うらめしや〜〜。……やっぱりおかしい。

 「人を驚かす」……?
 なぜだろう。私の「驚かす」がはっきりしない。

 驚かしているという実感がない。

 それは驚いてもらえないとかそういう意味じゃなくて、驚かすっていうことと私との関係みたいなものが何処かへ行ってしまったみたいになっている。
 人を驚かす能力。ってのはつまり、私がそういう妖怪だってことだ。だけど、それは単に誰かが私に驚いてくれればそれで良いってことではない。能力っていうのは私の中のもっと深いところにあるはずだ。むしろだからこそこうして人を驚かしているんだけど、今の私はただ「うらめしや〜〜」ってしているだけでしかなくて、私の心とか気持ちと、私がやっている「うらめしや〜〜」が私の中で結びつかない。
 ただ驚かすだけじゃなくて、能力として驚かさなきゃならないのに、それができない。

 つまり、「人を驚かす能力」がなくなっているってことだ。
 なんで? っていうのは、なんとなくわかる。
 目玉を盗まれたからだ。


 目玉を盗むっていうのは能力も盗むっていうことなのか? でも上白沢慧音が能力を失ったって話は聞いていないし満月の夜にはちゃんとハクタク化もしていたはずだ。じゃあどうして私は「人を驚かす能力」をなくしてしまったのか? やっぱり目がなくなったせいで、唐傘お化けらしくなくなったからだろうか? それとももしかして、私の眼球に能力の重要な部分が宿っていたのか?

 わからない。
 そんなことを考えて、でも他にやることもないし、そのうち治るかもと思って、惰性で「うらめしや〜〜」ってしてみるけどやっぱりそれは私にとって驚かしているとは言えない。驚いてもらえる頻度も下がっている気がするけど、それも今の私には関係ない感じがして、虚ろだ。

 そうしているうちにうっかり博麗霊夢を驚かそうとしてしまい、返り討ちにされるのだけど、ぼろぼろになった私に霊夢が言う。
「やれやれ。それにしてもあんたその傘どうしたの? 衣替え?」
 どんな衣替えで目玉とるんだよと思いながら私は霊夢に説明する。眼球泥棒のことは霊夢も知っていたみたいだけど、「じゃあ霊夢ちょっとあの泥棒どうにかしてよ〜〜。そういうの仕事でしょ?」と頼むと「仕事って、いや、だってこれ異変じゃないし妖怪でもないでしょ」と言われてしまう。

 ん?
「え、妖怪でしょ?」
「違うと思うわ。だってほとんど人里で盗みが起きてるだけでしょ? そういうのってただの泥棒よ。妖怪の可能性は、まあ……全くないわけじゃないけど。少なくとも異変じゃないわね」
「だって普通の人間に目玉盗むとか無理だよ」
「でもだって盗まれてるんでしょ? だったらできたんじゃないの」
「え? いやだから妖怪なんじゃないの?」
「そういうのできる人間がいたっておかしくないでしょ。とにかく、私の仕事じゃないわよ? 泥棒が出たっていうなら、魔理沙とか疑ったらいいんじゃないの?」
 すごく投げやりな感じで霊夢は言う。確かに魔理沙は既に上白沢慧音に疑われている。無実だって証明されてるけど……。
「まあ、ただ事じゃなくなったら私がどうにかすることになるんじゃないかしら。でもまだその時じゃないし、結構なんとかなるんじゃない? 私の勘だけど」
 なんて言う霊夢は基本的にやる気がないし暢気だ。
 でも私にとっては能力がなくなっている時点でもうただ事じゃないんだけどな。他の人にとっては目玉が盗まれるってどういう気分なんだろう。
「ねえ、なんで私の能力なくなっちゃったのかな?」
「能力ねえ……。そう言うけど、そもそもあんたそんなんじゃ人間は全然驚かないわよ」
「そういうことじゃなくて」
「わかってるわよ。うーん、でもそんな理由とかって別に考えなくても良くない?」
「え?」
「例えば私は異変が起きたらまず元凶をぶっ飛ばすわよ。何が何のために起こったなんて、そんな理由とか目的とかは後で考えれば良いし、というか考える必要ないでしょ。とりあえず解決すればそれで良いのよ」
 そんな無茶苦茶なって思うけど、たぶん彼女は正しい。


 眼球泥棒がなんで他人の目を盗んでいるのかも、なんで私の能力が一緒に盗まれたのかもわからないけど、私はとりあえず誰かを驚かしてみることにする。能力が戻った時に驚かし方を忘れていたら嫌だし。驚かしている間にどうにかこうにか能力が戻らないかって考えたりもするけれど、そう簡単にはいかない。
 本来、妖怪の回復力は人間と比べてずっと高くて、弱い妖怪でも大抵の怪我は放っておけばそのうち治るし、力のある妖怪なら手足がちぎれてもすぐに再生になる。バラバラになっても瞬時に復活するヤツとかもいるらしい。だから眼球の一つや二つくらいなら、すぐに回復するはずなんだ。だけど盗まれた妖怪に眼球が戻ったヤツは誰一人としていない。

 盗むっていうのは本当にまるごと持っていってしまうってことなんだと思う。

 それからしばらくして、またいろんな人や妖怪の目玉が盗まれる。
 私は能力がなくなったままだけど、でもなんとか頑張ろうと思って、比較的驚かし成功率が高い命蓮寺の墓場をうろつく日々を続けていたらある日、古明地こいしを見つける。最近、命蓮寺に時々現れる古明地こいしは何も考えずにあちらこちらをふらふらしている無意識の妖怪。今もいつも通りで隙だらけに見えるけどこいつを驚かせるのは無理だろうな……。無意識だし。そもそも人間じゃないけど。

 だけどまず私のほうからこいしを見つけるっていうのがそもそもおかしいってことに気づく。
 無意識を操る古明地こいしを見つけるのは至難の業だ。普通だったら見逃してしまうはずだ。
 まさかと思って「こいし?」と声をかけると振り向いて「小傘ちゃんじゃん。久しぶり〜〜」とニコニコして言うこいしにはやっぱり第三の目がない。


 第三の目がないっていうのは、閉じた瞳をこじあけられて目玉を抉りとられたってわけでもこいしの身体のまわりにまとわりついているあの紐のようなコードのようなものがちぎられて第三の目の部分だけ持ってかれているっていうわけでもなくて、まるで第三の目なんてはじめからなかったみたいに普通のコードになっている。私と同じだ。眼球の痕跡ごとなくなっている。

「こいし、もしかして眼球盗まれた?」
「そうそう。つい昨日ねー。小傘ちゃんもだよね。その傘。びっくりしたよ? 最初誰かと思ったもん」
 言うほどびっくりしていないこいしはだいたいいつも笑顔だ。
 だけどこいしは第三の目がなくなったら私よりももっと直接的な変化があるはずだ。
「こいしさ、それって今無意識じゃなくなってるってことだよね?」
「うん、閉じた瞳がなくなっても瞳閉じたままだから無意識のままかと思ったんだけど、違った。久々に頭がはっきりしていてなんか変な感じだよ」
「ってことは心読むのも無理?」
「そりゃあ目ないんだもん。当たり前じゃん。……ああ、無意識じゃなくなったら元に戻るんじゃないかってこと? うん、今の私は心も読めないし無意識も操れないね。ただの妖怪こいしちゃん〜〜」
「……こいしさ、本当に無意識じゃないの? なんか普段よりもノリでしゃべってる感じするんだけど」
「ちゃんと考えてしゃべってるし、その自覚もしてるよー? 無意識も意識も端から見たらそんな変わらないんじゃないかな。本人にとっては相当違うけどね! 誰かが無意識かどうかなんて見て区別できるもんじゃないでしょ?」
 それもそうだ。こいし以外に無意識の妖怪なんて知らないけど。
「でもさ、すごいよね、あの泥棒。私で盗まれたの四十人目だって。ナズーリンでも目玉探せないんだってさ」
 こいしが言うには、白蓮たち命蓮寺の連中も、得体が知れない上に神出鬼没な相手に対して打つ手がないらしい。
「あのさ、眼球盗まれたって能力なくなったりしないよね?」
「え、だからなくなったけど」
「そうじゃなくて普通の人とか妖怪とか」
「そりゃあ目に能力がなかったら盗まれたって変わらないでしょ」
「じゃあ私はどうなんだろう?」
「うん? 何、どういうこと?」
 と言うので私は化け傘の目玉を盗まれてから能力がなくなったことを話す。

「ああ、それ能力あんまり関係ないよ、たぶん」
 私の話を聞いたこいしは変わらずニコニコしたまま言う。
「こいし、こういうの知ってるの?」
「ていうか、そういうことってよくあるんじゃないかな。でもそれ、あんまり理由とか考えてもしょうがないよ」
 霊夢の言葉を思い出す。『理由とかって別に考えなくても良くない?』
「私や小傘や、他の妖怪にも結構いると思うけどさ、新しい目玉とか身体とかが手に入ると、それに意味なんてなくても、やっぱり自分がちょっと変わるわけじゃん?」
 と、こいしは続ける。
「そういう風にさ、ちょっと変わるきっかけがあったら、そこから新しい意味ができたり、何かがはじまったりするっていうのはあると思うよ。だからそれがなくなった時に、おかしくなっちゃったり、うまくいかなくなったりするんだよ」


 身体ができた時に新しい意味ができるってことだろうか?
 だけど、私が人間を驚かしているのはただの傘だったころにちゃんと使ってもらえなかったから、その憂さ晴らしのため……のはずだ。
「とにかくさ、どうなっちゃうとか考えてもどうしようもないんだよ」
 こいしはふらふら〜〜っと歩き出す。
「はじまっちゃったら、もうそのまま進んでくしかないんだよ。そしたらさ、最後にはそれなりの形に落ち着くんじゃない?」
 そう言ってそのまま私を置いて何処かへ行ってしまうこいしはまるで無意識のままでいるみたいで、こいしは第三の目があってもなくてもこいしなんだな……と思う。
 けど、きっとそれは私も同じなんだ。


 私は人間を驚かす妖怪、唐傘お化けの多々良小傘。今の私がこいしの言う通り目玉を盗まれたせいで何かが変になってしまっているんだとしても、私がやることは驚かすことだけなんだって思うから人間を驚かしてみる。能力の問題じゃないっていうのなら、なおさらだ。
 成果は散々だけど。
 ターゲットになる人間を探しながら私が思うのは、このままだと私はどうなるんだろうってことだ。傘の目玉がないままでいたら、どんな風になるだろう? 何も変わらないかもしれないし、別の妖怪になってしまうのかもしれない。
『最後にはそれなりの形に落ち着くんじゃない?』
 こいしはそう言っていたけれど、それがいつなのかわからない。

 全然捕まらない眼球泥棒も、もしかしてそういう変化を幻想郷の人や妖怪にもたらすために出現したんじゃないか、なんてことを考えてみたりもする。


 だけどその眼球泥棒があっさり死ぬ。
 これも何かがはじまっているってことかもしれない。

 眼球泥棒は人間だった。霊夢の言った通りだったので、彼女の勘の良さに少し感心する。
 ある男が自宅の玄関で死亡しているのを近隣の住民が発見、そいつが右手に眼球を握りしめていて、調べてみるとそいつの部屋から眼球がごろごろごろごろ見つかって、眼球泥棒だとわかったらしい。

 男は凍死していた。
 男は死ぬまでに四十七個の眼球を盗んだのだけど、その四十七人目の犠牲者が氷精チルノ。チルノは並の人間が不用意に触れれば身体が凍るくらいの冷気を身にまとっていて非常に危険なのだが、それは彼女の眼球も同様だったみたいだ。眼球泥棒はチルノの右目を盗み出してからずっとその眼球を右手に握りしめたまま逃走していた。徐々に身体が冷やされて、それでもチルノの目を手放さなずに走り続けた末に自宅に辿り着いたところで力つきたようだった。
 男は何の変哲もない四十過ぎの人間で、数ヶ月前に事故で妻子を亡くしてから少し様子がおかしかったらしいが、まさか目玉を盗むようになるなんて、と彼の知人は口を揃えて言う。当たり前だ。家族を亡くしたショックで他人の目玉を抜き取って逃げるようになるなんて誰も思わないし、理解できない。

 彼の家から出てきた盗まれた眼球は、一つも傷がついていたり潰れていたり腐っていたりすることはなかったので、上白沢慧音が中心になって眼球を元の持ち主に返すことになる。
 どの目玉が誰のものかを確認するのはなかなか大変そうだが、自分の目玉を眼窩にはめればすぐに元通りになるらしくて、他人の目玉ははめてもすぐにこぼれ落ちてしまうらしい。だから次第に誰もが目玉を取り戻して、これで一件落着。

 になるはずだったのに、私とこいしの眼球が見つからない。


「あの男の家から見つかった眼球は四十五個。人間のものが三十六個、妖怪のものが私を入れて八個、妖精のものが一個。全て持ち主に返した」
 と言うのは上白沢慧音。私は彼女に目玉のことを聞くために寺子屋を訪れていた。もちろん妖怪がこういうところに平然と現れるわけにもいかないので子どもたちは全員帰った後だ。今は私と慧音しかいない。
 実際のところは、残念なことに私は人間からあまり脅威だと思われていないのだけど。
「見つかっていないのは、私とこいしのだけなんだよね?」
「ああ。古明地こいしも少し前に私のところへ来たよ。自分の眼球がないとわかるとすぐに何処かへ行ってしまったが」
 こいしは何を考えただろうか。相変わらず何も考えていなかったかもしれないけど。
「私のはこれくらいの大きさで……たぶん傘についていたヤツだからすごく薄っぺらいと思うんだけど、そういうの見たっていう話とか聞いてない? 誰かが間違えて持ってっちゃったとかは?」
「いや、他のは普通の目玉だし、そういった目立つものは見つかっていたらすぐにわかるはずだ。こいしの閉じた瞳も同様だ」
 じゃあなんで見つからなかったんだろう?
「普通の目玉じゃないからどこかに捨てちゃったのかな……」
 だとしたら人のものを盗んでさらに捨てたってことになる。
「いや、それはないと思う」
 と、慧音。
「あの男は、盗んだ眼球にこだわりはなかったはずだ。でなければまず君のその傘の目玉やこいしの閉じた瞳を盗もうなどとは思わない」
「それはそうだけど……」
「何しろヤツは盗む瞬間を誰にも見られなかったのだからな。三つの目玉のどれをとるか、選ぶ余裕はあったはずだ」
「盗んだ後どこかに落っことしたとか」
「自分の身体が凍ってもチルノの目玉を放さなかったヤツだぞ? それに君とこいしの目玉というのが、偶然とは思えない」
 じゃあなんだろう……と思ったけど考えてもわからない。こいしは『はじまっちゃったら、もうそのまま進んでくしかないんだよ』と言っていた。眼球がない状態が、まだ進んでいるってことなのか?
「とりあえず、見つかったら教えて」
「ああ。もちろんそのつもりだ。それと、驚かすのもあまり度が過ぎないようにな。君なら心配要らないかもしれないが」
 失礼な……と思うけど言い返せない。

 そういえば慧音も目を奪われていたんだっけ、と思い出して、なんとなく慧音に聞いてみたくなる。
「あ、慧音」
「何だ?」
「慧音ってさ、眼球なくなった時、何かおかしくなったことってあった? いつもよりうまくいかないことがあったり」
「別に何もなかったと思うが。……そうだな、片目がないものだから子どもたちが怖がってしまって、授業に支障がでたのは少々苦労したよ」
「じゃあさ、ハクタクになった時は? ハクタクになった時、自分の中で何か変わったとか、はじまったみたいに感じたりしなかった?」
 一瞬きょとんとした顔になったけど、慧音は答えた。
「それはまあ、あったと思う。今こうしてハクタクの能力を使って人里を護っているんだし。そういう意味では、今の私はあの時にはじまったと言えるかもしれない。でもそんなこと、当たり前じゃないか? 君だってそうだろう?」
 と慧音は言うけど、私は傘だったころは人格とか意識とか、そういうものがなかったからわからない。


 眼球泥棒が死んで、人間は少し油断しているはずだから、驚かすのには絶好の機会だと思ったんだけど、普段とあまり変わらない。
 いつも通り命蓮寺の墓場で活動することにする。でもそうしているうちに今度は霧雨魔理沙を驚かそうとしてしまい、霊夢にぼこぼこにされたことを思い出して、あ、これヤバいパターンかも、と思ったけど、魔理沙は霊夢と違って退治するつもりはないらしくて普通に話しかけてくる。彼女は白蓮に用があって命蓮寺を訪れたらしいが、留守だったそうだ。
「相変わらずだなお前は。私を驚かそうだなんて百年早いぜ」
「まあ別に魔理沙を驚かせるなんて思っていたわけじゃないけど」
 彼女を驚かすのはたぶん霊夢よりは難易度低いと思うんだけど、どっちにしろ無理だ。
「ふーん。で、お前はじゃああれか? またそうやって暇潰してるのか」
「いや暇潰しじゃないんだけど」
 なんてたわいのない会話をするのだけど、魔理沙が何かおかしい。魔理沙が動揺しているというか、驚いている人間の反応に少し似ているような気がする。
 なんだろう……?
「ま、頑張れよ。私は忙しいから行くぜ」
 と言って箒にまたがろうとする魔理沙に、
「あ、ちょっとまって」
「何だ?」
 と振り向く魔理沙が私を見る。私もなんで呼び止めたのかわからない。でも何かひっかかって、
「私の目玉知らない?」
 と私はなぜか言ってしまい、その瞬間、ピンとくる。


『泥棒が出たっていうなら、魔理沙とか疑ったらいいんじゃないの?』


 本当に、霊夢の勘は鋭い。

「私の目玉盗んだのって魔理沙?」
 と聞くと今度ははっきりと驚いているのがわかる。
「魔理沙なんだね?」
 と問いつめると、
「死ぬまで借りてるだけだぜ」
「それって盗んだんだよね」
「なんでわかったんだ?」
 私にもわからない。でもなぜか私の中で魔理沙の様子と自分の眼球が結びついたような気がしたのだ。

『理由とかって別に考えなくても良くない?』

 そうだ、大切なのはそこじゃない。
 そしてきっと、ここで取り返すのだ。
「なんでもいいから返してよ」
「まあもうちょっとまて。いろいろ調べたいんだ。面白そうだしな」
 思いっきり危なそうだからやめてほしい。
「ただの眼球なら興味はないんだが、ああいうのはなかなか珍しい。それにお前とこいしのその第三の目がとれるものだったなんて考えたこともなかったしな。あんなにうまくとれるのはあの泥棒だけだろうし」
 ってことは私の目を盗んだのはやっぱり眼球泥棒で、魔理沙はそこからさらに盗んだのだ。それと、こいしの目玉も。
 と、魔理沙が飛ぼうとしているのに気づいて咄嗟に箒の柄を掴む。逃がすか。
「わかった、返してやるって。でもほら、私の家の置いてあるから。今から取りに行ってくる」
「嘘つけ。そのまま逃げる気でしょ!」
「私は嘘なんてつかない!」
 と言い合っていると魔理沙の後ろにいつの間にか古明地こいしが立っている。
「そりゃあ!」
 と元気よく魔理沙の頭にこいしのかかと落としが炸裂。ごすん! といい音が響いて魔理沙は撃沈。
「んがっ!」と呻いてばたりと倒れる魔理沙。
「正義の妖怪こいしちゃん参上〜〜」
 こいしは両手を挙げて謎のポーズ。
「こいし、いつからいたの?」
「んー、ずっといたよ? その辺ぶらぶらしてたら二人を見つけてさー」
「え、気づかなかった……」
「はっはっは! 無意識操れなくても慎重に動けば気配隠すくらいできるのだ!」
 くそぅ、いいとこどりされたみたいな気分だ。
 でもこれもこういう方向に進んでたってことなのかな?


 それから私とこいしで命蓮寺から縄を借りてきて魔理沙の両腕と両足を縛って魔法の森まで引っ張って行く。
 魔理沙は眼球泥棒のせいで自分の家が上白沢慧音に調べられてパチュリーから盗んだ魔道書を返さなきゃならなくなったことに腹を立てていたようだ。偶然、チルノの目玉を盗んだ眼球泥棒が走っているのを見つけて、後をつけたらしい。魔理沙の飛行速度ならそれが可能だった。
 そうして眼球泥棒の家で凍死した男と大量の眼球を見つけた魔理沙は、何かめぼしいものはないかと家捜しして、でも質素な生活をしていたのか、たいしたものは見つからなくて、そこで私とこいしの目玉を持って行くことにしたという。
 迷惑な話だ。

 魔理沙の家は散らかっているなんてものじゃなくてガラクタというか、そもそも何なのかわからない物体で埋め尽くされていてよくこんなところで生活できるなって思う。
 私とこいしの眼球はこれまた本が積まれに積まれまくった机の上に置いてあった。こいつ本当に実験か何かに使うつもりだったな……。
「でも、これってどうやってお前らの身体に戻すんだ?」
 と手足を縛られた魔理沙。
「慧音の話だと元の場所に戻せば勝手に治るって」
 でも私とこいしの第三の目には眼窩がない。
 と、こいしが自分のコードを両手で掴んでぶちり。そしてちぎったところを第三の目にぶすりぶすりと突き刺す。え、それでいいのか。
「あー、うん! この感じいいね。まさに無意識だね。やっぱりこうでなくっちゃいけないよ」
 とこいしは言う。本当に見ただけじゃ何が変わったかわからないな……。でも思いきり無理矢理コードをぶっ刺したように見えた第三の目はいつの間にか元通りになっている。

「小傘ちゃんも早く!」
 とこいしが言うので、私も自分のぺらぺらな目玉を手に取る。
 これを傘のところにつければ、こいしみたいにくっつくのだろうか? 目玉は舌の少し上のあたりについていたから、ここにくっつければ良いはず……。だけど場所を間違えてちょっとずれちゃったりしたら嫌だな……と思いながら恐る恐る目玉を唐傘にペタリ。
 ずぶずぶと目玉が傘の中に沈んでいったような気がして、でも次の瞬間には目玉はしっかり見事に元通りに唐傘についている。
「おお、すごいなそれ。どうなってんだ?」
 と魔理沙は言うけど、眼球を取り戻した私が考えるのは眼球泥棒のことだ。
 人の目玉を盗んで盗んで逃げ続けて、チルノの目玉で身体が凍りながらも最後まで握りしめていた男。死ぬまで盗み続けたことの理由なんて、きっと考えても意味ないけど。

『そういう風にさ、ちょっと変わるきっかけがあったら、そこから新しい意味ができたり、何かがはじまったりするっていうのはあると思うよ』

 家族が死んだこと、あるいは他のことがきっかけだったのかもしれない。何かがあって、それはきっとあまり関係ないことで、でもその時、あの男の中で何かがはじまったんだろうなって思う。それがあの男を眼球泥棒にして、だからあの男は私やこいしや多くの人の目を盗んで、最後にチルノの目玉を盗んで凍死したんだ。そういうことになる方向みたいなものがあって、そっちに向かって進み続けたんだ。

 私の目玉がこうして戻ってきたのも、そうやって何かがはじまって動き出して最後まで行った結果なんだろうか?

「あれ? そういえばこいしは?」
 と魔理沙が言って私はこいしを意識から外していたのに気づく。こいしはもうどこかに行ってしまったらしい。見つけられなくなっているだけかもしれない。

「なあ、この縄ほどいてくれないか?」
 と縛られたままの魔理沙が言うので、私は「うらめしや〜〜」とだけ言ってやる。
 もちろん魔理沙は驚かないけど、私は久しぶりにちゃんと「うらめしや〜〜」って言った気がして、少し嬉しくなる。
 だからやっぱり、私は人間を驚かす妖怪、唐傘お化けの多々良小傘。
 私は魔理沙の家を飛び出した。魔理沙が「おいちょっと! 待ってくれ!」と叫んでいたけど、無視。彼女はもう少しそうやって反省するべきだ。


 それから私は人間を驚かしに行って、相変わらず誰も驚かないんだけど、これはきっと最後まで続けなきゃいけない。


 私はもう、とっくにはじまっているのだ。
初投稿です。よろしくお願いします。
小傘ちゃんの眼球を抉りたくてすごく抉りたい。
仙人掌うなぎ
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/11/25 15:52:03
更新日時:
2012/12/17 02:54:40
評価:
8/14
POINT:
710
Rate:
10.50
分類
産廃SSこんぺ
小傘
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0. 150点 匿名評価 投稿数: 5
1. 90 名無し ■2012/11/26 16:44:28
雨上がりの晴れのような読後感 
終盤付近になるまでどういう話なのかわかりませんでしたが(ホラーやサスペンスものにもなりえた)この話はそういうものを求める話ではなかった。
これは小傘が先に進む話
4. 50 名無し ■2012/11/27 17:28:23
妖怪としての本質に迫るテーマだと思うのですが、いかんせん哲学的な文章が前面に出過ぎてしまっている印象です
5. 80 名無し ■2012/11/27 19:42:31
訳の分からん能力もあったもんだ……。
顔についている二つの目玉ではない物……、そのキャラの『目玉』(特徴、売り)を盗ることができるのか……。
もう少し能力を磨けば色々とできそうだったが……。

陳腐な表現ですが、目を失って見えた物もあったようですね。
6. 80 名無し ■2012/11/28 03:37:28
キャラクターの性格が台詞回しから良く伝わって来たので、読んでいてシーンをイメージしやすかったです。
眼球泥棒の動機やなんでそんな能力を身につけたかは物語の重要な部分ではないのでしょうが、どうにも気になってしまいました…。
7. 80 名無し ■2012/11/28 21:18:56
小傘成長譚が2つとは。
「人を襲うとは何か」という主題への答えは面白かったです。
反面小傘の一人語りにしては少し固いかなと思いました。
8. 50 名無し ■2012/11/29 21:08:28
書いた設定が特に詳細も明かされないまま当然のように語られる有様はまるでホラ話なのに、それっぽくないように感じるのは小傘の妖怪としての生にスペースを割いたからでしょうか。
思うに、これはもっと長くするべきだと思います。作者さんの中では完結していると思いますが、こちらとしては置いてけぼり感がひどい。
10. 50 名無し ■2012/12/08 18:12:02
小傘たんのお目々ペロペロ。
万華鏡車輪眼位の値がつきそうだ。
いや、本体じゃない方なら・・・
11. フリーレス 名無し ■2012/12/08 23:45:13
冒頭は引かれるし、登場人物もいい感じだ。しかし、なんとも評価しずらい。
12. 80 名無し ■2012/12/15 07:35:19
眼球を盗む・・・という斬新な話だけどそれゆえになんで?って部分もちらほら
小傘ちゃんとこいしちゃんは意外といいコンビかも
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