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『産廃SSこんぺ「腹の中」』 作者: 智弘

産廃SSこんぺ「腹の中」

作品集: 5 投稿日時: 2012/11/25 16:54:02 更新日時: 2012/12/17 08:07:31 評価: 10/14 POINT: 1020 Rate: 13.93
   魔理沙に問われた風祝の物語

 なにが悲しくて泣いているのか、ですって?
 ふざけないでください。どうしてそんなことが平気で言えるんですか。あなただって、霊夢さんには散々良くしてもらったでしょうに。
 それなのに、どうして、ああ、どうして霊夢さんが!
 霊夢さんがどうかしたのか、ですか?
 ふうん。魔理沙さん、あなた、なんにも知らないんですね。霊夢さんとはそこそこ仲が良かったように思ってましたけど、そうでもないみたいですねえ。
 でしたら、教えてあげてもいいんですよ。知りたいでしょう、霊夢さんのこと。まったく、仕方のない人ですね。
 殺されてしまったんですよ、霊夢さんが。
 先ほど、射命丸さんが報せてくれたんです。私は霊夢さんに良くしてもらっていましたからね。報せというものは、まず当人が、つぎに親しい人が知ることになるものです。ねえ、魔理沙さん。私の言ってること、わかります? きっと、わからないでしょうね。
 魔理沙さん、あなたは悲しくないんですか? 涙のひとつも流せないんですか?
 もう霊夢さんとは、二度とお話することもできないんですよ。私ならそう考えただけでも、鼻が燃えるみたいに熱くなります。だというのにあなたときたら、嘆く素振りも見せないんですからね。
 泣いている暇があったら、犯人でも探した方がよっぽどいい?
 魔理沙さん、それは冷血者の論理ですよ。親愛の情が通っていない、機械の言葉です。
 ミステリーの探偵役でも気取ってるんですか? あれは紙の上だからこそ、生存を許される人種なんですよ。
 大切な人を失い、思い出にひたる時間だけがなぐさめになっている方々は、そっとしておいてあげるべきでしょう? そんな人々を前に舌なめずりして、好き勝手に胸のうちを突っつきまわす。私にはそんな無遠慮な真似など、とてもできません。
 私は霊夢さんの一番のお友達なんです。ですからきちんと、霊夢さんの不幸を悲しむことができるんです。霊夢さんのために涙を流せるんです。
 それにくらべて魔理沙さん、あなたはどうなんです。その様子だと、霊夢さんとの付き合いも大したものではなかったんじゃないですか。あなたの目は渇いていて、濁ってますね。私とあなたとの差は、そこですでについているんですよ。
 霊夢さんにもう会えない! ただそれだけの事実が、私の心をひどく陰気にさせるのです。
 ねえ、魔理沙さん。あなたも私のように泣き伏して、彼女との親密な関係を惜しんではどうです。自分たちが互いを熟知し合っていることをあらわにしてみては。
 それがお友達というものでしょう。できないんですか?





   魔理沙に問われたブン屋の物語

 ああ、魔理沙さん。ちょうど良いところに。
 あなたを探していたんですよ、ええ。霊夢さんについて、お聞きしたいことがありまして。
 はい? いえ、その通りですが。なんと、もうご存知でしたか。
 ですが、殺されたというのは正確ではありませんね。死んでいるかもわからないというのに。いったい、誰がそんなことを言い出したんですか。
 ほう、守矢の巫女が? なるほど、あなたとは入れ違いになってしまったようですね。
 ええ、そうです。彼女に霊夢さんのことを報せたのは私です。ただ、彼女はどうやら勘違いをしたようですね。確かに、私も伝え方が悪かったのかもしれません。
 この写真を見てもらえますか。博麗神社で撮ったものです。畳に血がべったりと広がっているでしょう? おまけに室内も少しばかり、荒らされてまして。
 私がこれを見つけたのは、つい先ほどのことでしてね。新聞の配達で神社に寄ったんですが、霊夢さんの姿がどこにも見当たらず、いくら呼びかけても返事がなかったんですよ。ですが、まだ寝ているのかとも思いまして、勝手ながら中に入らせてもらいました。そして、居間に来たところでこの光景を目にしたわけです。
 霊夢さんが行方知れずで、畳には血だまり。これは彼女の身になにかあったとしか思えませんよ。
 ですからその後、神社の中を急いで探し回ったんです。蔵まで見たのですが、彼女の姿はやはり見つからなかったんですがね。それで、連れ去られたのであれば、誰かが目撃していないかと思いまして、こうして聞き込みをしているところなのです。
 もちろん、神社に入り浸っているあなたのところには真っ先に向かったのですが……朝から留守にしているとは思いませんでしたよ。どうしてまた守矢神社などに行ったのですか。たまには別の神社で朝食をとろうと? ははあ、いいご身分で。
 それで、どうです。なにかこの事件について知っていることはありますか。
 なんにもないのですか。むしろ、教えてほしいくらいだと?
 ふむ、なるほど。かまいませんよ。私の手持ちの情報について、すべて教えて差し上げましょう。あなたのことですから、この事件にも首を突っ込むつもりでしょう。なにかわかったら、私にも教えてください。ほしいならば、まず与えなければならない。これが、物事を思い通りにするための有効な手段のひとつなんです。
 とは言ったものの、いや、申し訳ありません。この写真以外で私が教えられることはないんですよ。神社の調査はざっと見回した程度ですから、注意深く調べれば、なにか見つけられるかもしれませんが。
 しかし、さすがに写真だけというのもなんですから、ここはひとつ、私の考えをお話しましょう。
 畳に大きく残ったこの血痕、これが本当に霊夢さんのものか、断定はできません。もしかしたら、霊夢さんが何者かを手にかけたということも考えられるのではないでしょうか。
 ええ、わかってます。そうすると、霊夢さんが現場をそのままにして姿を消したというのは、あまりに不自然。現状、霊夢さんがいなくなったということは、彼女が被害者だと考えて問題ないと言えるでしょう。
 それにしても、この血の量はかなりのものですね。はたして、今も生きていることか。
 生きているに決まってる? ほう、そうですか、そうですか。魔理沙さん、じつにあなたらしい意見ですね。
 私ですか? 私としては正直なところ、どちらでもかまわないんですがね。
 ただ、どちらにせよ、結局わからずじまいということだけは避けたいんですよ。私には、それだけがおそろしいのです。
 霊夢さんが生きていれば、あなたと一緒に喜びましょう。死んでいれば、あなたと一緒に悲しみましょう。私にとっては結果がなんであれ、わかればそれでいいのです。
 あなたは答えが知りたいのに対して、私は答えを出せればいい。この違い、わかりますか。
 いえ、いえ、わからずとも結構ですよ。あなたが見事に真相をあばいてみせれば、なんの文句もありません。
 さあ、魔理沙さん。共にこの事件の解決に全力を尽くそうではありませんか。





   魔理沙に問われた宵闇の物語

 なにをしてるのかって? 見てわからないの。散歩だよ、散歩。飛んでるけどね。
 そうは見えない? ええ、どうしてさ。いつもみたいに闇をまとってるんだよ。普段とちっとも変わらないよ。
 人と話してるときくらいは、闇をはらえって? うーん、今はちょっと。ほら、今日は太陽がまぶしいし。
 そんなことよりさ、魔理沙は知ってる? ごはんがうんと美味しくなる方法。突然、どうしたって? 知らなかったらかわいそうだからさ、教えてあげようと思って。私が散歩してる理由もそれなんだけどね。
 それはたっぷり運動しておくことなの。食欲をつけるには、これが一番いいんだよ。運動しておけば、お肉がついても元に戻るし。うん、じつは最近ちょっと太ったみたいなの。おっぱいのところとか、お尻とか。なんだかチクチクするし、落ち着かないんだよね。
 だから私、いろんなところを散歩してるの。一昨日はおっきな山のふもと、昨日は赤い館のところ。
 うん、そうだよ。今日はそこの神社まで行ってきたの。魔理沙もこれから行くの? なんだか今日は騒がしいけど、なにか集まりでもあるのかな。
 え、霊夢に? ううん、会ってないよ。神社になにか用事があったわけじゃないからね。ただ、なんとなくふらふらしていたら神社に着いたってだけだよ。
 神社でなにかおかしなものを見なかったかって? ああ、うん、なんにも見なかったよ。うん、ほんとほんと。
 お腹もへったし、私はそろそろ帰るね。魔理沙は用事があるんでしょ?
 うん、それじゃ。ばいばい、魔理沙。





   魔理沙に問われた妖精の物語

 なーに、サニー。こっちは見つからないわよぉ。ええ、まだ探すのぉ。りょーかーい。ふう、こんなところにいつまでもいたくないのに、まったくサニーったら。
 ひゃっ! だ、だれ……ってなんだ、魔理沙さんじゃないですか。驚かさないでくださいよ。
 ただ声をかけただけで飛び上がる方が悪い? だって、仕方ないじゃないですか。巫女を食べた妖怪が来たのかもって……あ、もしかして魔理沙さん、知らないんですか?
 ほら、見てくださいよ。ここの畳、血まみれなんですよ!
 さっき、巫女にイタズラしようと思ってここに来たら、こうなってたんです。きっとこわい妖怪が、巫女を頭からバクっと食べちゃったんですよ。
 だから、早く帰ろうって言ったのに、ルナがこの血が本当に巫女のものかはわからないって言いだして、サニーもいつもイタズラをする私たちに仕返しするための、巫女のイタズラだって言うんですよ。
 今は二人とも、神社の部屋を見回って、どこかに隠れながら私たちの様子を眺めて楽しんでる巫女を見つけようとしてるんですけど……私はこんな危ないところから早く逃げたいです。ルナもサニーも、巫女を食べたおそろしい妖怪がまたここにやってきたら、どうするつもりなのかしら。
 私の能力で調べればすぐわかる? いえ、できたらそうしてるんですけど……ほら、血のにおいを嗅ぎつけて虫が湧いてるでしょう。そのせいで、この神社の生き物の情報が埋もれちゃってるんです。だから、もし巫女がどこかに隠れていたとしても、その場所がわからないんですよ。ああもう、二人とも早くあきらめてくれないかなぁ。
 最近の神社でなにかおかしなことはなかったか、ですか? そうですね。近くに住んでますから、ほとんど毎日ここには来てましたけど、ううん、変わったことはなかったかなぁ。
 あ、そうだ。多分、関係ないことだと思うんですけど、いいですか?
 この前、イタズラがばれて巫女につかまったことがあったんです。それで、家事を手伝わされたんですけど、干していた洗濯ものを取り込んでいたとき、服が何枚か足りないって巫女に言われました。風がかなり強い日だったから、どこかに飛んでいっちゃったと思うんですけど。
 巫女はまたイタズラしたのかって勝手に怒って、こっちの言い分も聞かずに、私のお尻を何度も叩いたんですよ! 真っ赤になるまで叩かれて……ほんと、あの巫女って乱暴だわ。あんまり痛くて、お仕置きがおわってからも、ずっと胸がドキドキうるさかったくらいだし。もう、あの巫女……乱暴巫女のくせに……ん。
 は、あ、えーと、アハハ……はい、私が知ってる、変わったことって言えばそれくらいです。
 も、もうお仕置きの話はいいですよね? ね? ああ、そういえば魔理沙さん! さっき、だれとお話してたんですか? 神社から少し離れたところでしたから、私の能力でわかったんですけど。
 宵闇の妖怪と? ふぅん。どんな妖怪か知りませんけど、名前からだとサニーが苦手そうな感じですね。
 それでもう一人はだれですか?
 え、ですからもう一人の相手ですよ。二人の相手とお話してたんですよね?
 会ったのは宵闇の妖怪だけ? あれ、おかしいな。私は三つの反応があったと思ってたんですけど。動物かなにかがそこらへんにいたのかな。
 あ、サニー、ルナ。どうしたの。全然見つからないからもう帰る? そうね、そうしましょうか。
 それじゃあ、魔理沙さん。私たち、帰りますね。
 巫女を食べた妖怪がいるかもしれないですから、魔理沙さんもお気をつけて。





   魔理沙に問われた宵闇の隠し事

 お腹すいたよぅ。あれ、魔理沙?
 私の住処に来るなんて、めずらしいね。どうしたの。神社の用事はもうおわった?
 え、さっき会ったとき? 闇の中に? うん、うん。わあ、よくわかったね。
 そうだよ。神社で美味しそうなごはんを拾ったから、闇の中で抱いて持ってたの。だれにも、横取りされたくなかったからね。
 え、なに、霊夢? ううん、ちがうよ。私が拾ったのは猫だもの。
 それがねぇ。聞いてよ、魔理沙。
 神社の縁側の下から妙にいいにおいがするものだから覗いてみると、猫の耳をはやした女の子がぐったりしていてね。腕はクシャクシャにたたまれてたし、脚はジグザグに曲がってた。血まみれでぴくりとも動かなかったんだけど、温かかったからまだ死んでなかったんだ。
 それで、活きのいいごはんが手に入ったから、早速家まで持って帰って、ゆっくり食べようと思ったの。
 まず、耳から食べようって決めててね。だって、猫の耳ってすっごく美味しそうじゃない? なでると柔らかいなって思うけど、折ってみると硬く感じちゃうんだもの。
 ほんとうに不思議! きっと噛みちぎったら、コリコリした歯触りのいい弾力が味わえるって、確信したの。
 それでね、いざ食べようと思って耳に歯を立てたら、その猫さんが突然動きだしてね。鼻におもいきり、頭を打ち付けられたの。
 もう痛くて、痛くて、しばらく床にうずくまってたの。そうして、ふと頭をあげたら、もう猫さんは逃げ出しちゃった後だったんだよ。
 結局、耳のとんがったところしか食べられなかったし、鼻はまだ痛いし、散々だった。うう、なにか食べたいよぉ。
 ねえ、魔理沙。ちょっと、ちょっとだけでいいから、かじっていい? 一口だけ。ね? ね?
 だめなの? じゃあ、舐めるだけ。指、しゃぶらせてよ。おねがい、魔理沙。
 少しだけなら? えへへ、ありがと。ん、あむ、んん、ぷぁ、ん、ちゅ、ちゅ、んむ。
 ん、魔理沙味。少しだけお腹がふくれたような気分になったよ。ありがとね。
 その猫の髪? 長い三つ編みを左右に垂らしていたよ。うん、赤毛の猫だった。
 もう行っちゃうの? もうちょっと、遊んでほしいな。だめ? うぅん、残念。
 ねえ、よかったらまた舐めさせてよ。私、気に入っちゃった。本当だよ。自分のことなのに知らないの? 私も知ったのはさっきだけどさ。
 魔理沙って癖になる味なんだね。





   魔理沙に問われた覚りの物語

 ええ、わかってます。お燐のことでしょう? もちろん、あなたにお話しますよ。
 やけに素直だと疑ってるんですか? しかし、魔理沙さん。これは単純な利害の一致にすぎないのですよ。
 ペットのすべては、飼い主のものです。その子の不手際にも、責任を負わねばなりません。
 ですが、その子の痛みだって私のものなのですよ。誰であろうと、傷つけることは許されない。浮かべる笑みも、頬を湿らせる涙も、肌を刺す刺激も、私以外から与えられていいはずがありません。そうでしょう、魔理沙さん? 私、なにかおかしなことを言ってますか?
 私は、今も苦しそうにして眠っているお燐を痛めつけた相手がだれなのか知っておきたい。あなたは、真相を突き止めたい。向かう先が一緒なのですから、手を取り合うのがお互いのためというものです。
 ですが残念なことに、あなたの中にある情報とお燐の知る事実を組み合わせても、まだ答えには届かないようです。
 だからこそ、あなたのお手伝いをさせてほしいのです。私は地上にのこのこと顔を出すわけにはいきませんし、出たくもありません。あなたしか、いないのです。わかりますか? お燐がなにをしでかしたのか、そしてどうされたのか、身内の恥をあなたにさらけ出そうというわけですよ。ここまでしたのですから、必ず結果は出してもらわなければなりませんが。
 ものを頼む態度ではない、ですか? ふふ、だめ、だめ。いけませんよ、魔理沙さん。私相手にそんなことなど。
 こちらの情報がほしくてたまらないんでしょう? ほう、ほう、そのためならなんでもやるつもりですね。魅力的な誘いです。あなたを私のペットに迎え入れることも受け入れる心づもりとは。
 なにがあなたをそこまで駆り立てるんですかねぇ。どうも、心の深いところにまで潜る必要があるみたいですが。そんなに知られたくないことなんですか?
 ふぅむ。私が思うに、あなたの目には親友の仇を取ろうとする、ほの暗い熱っぽさがありませんね。むしろ、ねっとりとした若葉色の炎がそのてっぺんを揺らめかせているような。
 おや、怖い顔。そんなに睨まないでくださいな。余計にいじめたくなっちゃうでしょう?
 よろしい、お遊びもここまでにしておきましょうか。安心してください。先ほども言ったとおり、あなたには是が非でも真相を探り当ててほしいのです。そのための投資を惜しむつもりはありません。
 お燐のことを私の知る限り、お話しましょう。
 とりあえず部屋まで行きましょうか。一応、お燐が瀕死の体でここまでなんとか帰ってきたときにも、心をあばいて、そこにあった事実を得てはいますが。
 眠っていても、その心を見ることはできますからね。その方が確実でしょう?





   覚りの口を借りた火車の物語

 あたいが深夜、博麗神社を通りがかったのはまったくの偶然だった。だからといって、そこで見たものまで偶然で片づけていいわけじゃない。
 誰がいたかって? もちろんその神社の巫女、霊夢のお姉さんだよ。
 お姉さんは縁側に一人で座っていた。こんな時間なのに、服装はいつもの巫女服だった。室内に灯りは一切なく、まるい月が境内をじとりと見下ろしていた。
 あたいはちょいと話しかけようとして、お姉さんに近寄っていったんだ。だけど途中でオヤ、と不思議な思いにとらわれた。
 呼吸の音がしないんだ。
 ああ、肺の運動のことじゃない。やわらかいポンプが循環させる、生温い液体のうごめく音。逡巡の間隔で行われる、皮膚の裏側で揺れる赤い筋の群れ。生けるものが無条件で放射する、あの熱の波を聞いたことがないのかい。
 なら、目を閉じて、耳をふさいで、じっとうずくまってごらんよ。自分がどれほどの音をまき散らしているか、すぐにわかる。
 それなのに! そこに背筋をぴんと立たせて、微動だにしないお姉さんからは、粘膜のかすかな抵抗しか聞こえなかった!
 どういうことか、わかるかい? あたいは、そう、仕事柄でね。見分ける目はたんと養ってるんだ。だから、すぐにわかってしまった。
 あのお姉さんは人形になっている。あれが本当のお姉さんかどうかは正直なところ、わからない。だけど、お姉さんだとしたら確実にもう死んでいるんだ。あれは冷たくなって、腐りながらも、いまだに動かされている死体なんだ! この世にこれ以上に醜いものがほかにあると思うかい!
 目の前のおぞましい光景に、あたいの頭のてっぺんは、ぶちりと嫌な音を立てた。
 あたいは、お姉さんのことが純粋に好きだったんだ。さとり様とどちらが、なんて比べるのは無意味だよ。向けている感情が違うんだから。だけど、お姉さんがあんな姿になっているのには耐えられなかった。あたいが好きなのは、生きているお姉さんだ。だれかの手垢にまみれたお姉さんなんて、絶対に見たくなかった。特にあたいの生きがいの範疇では。
 夢中でお姉さんに迫り、飛びかかった。血潮があたいの右腕にほとばしって、それから勢いよく、その汚らしい首を薙いだ。あたいの右腕は、肩から爪先までぴんと一直線に伸びきった。そして、体に張っていた筋肉がゆるんだその一瞬の間に。
 おい!
 怒号があたりに響き渡った、と理解したのと同時に、あたいの視界はいっぺんに溶けた。
 黒みがかった土の色や、頭上から注ぐ青白い膜や、神社の木目、石畳、その他あらゆる色彩がぐちゃぐちゃに混ざった。だれかがあたいの眼球の裏側に手を突っ込んで、水みたいにかきまわしているようだった。
 そのつぎにやってきたのが、すさまじい速さでぶつかった壁の感触だった。壁といっても、地面だけどね。あたいはだれかにとてつもない力で、地面にたたきつけられたんだ。あたいは知らなかったよ。土ってのがこんなにも弾力のあるものだったなんて。自分の目線くらいの高さまで跳ね上がってね。そのまま、あたいの体は居間に転がっていったんだ。
 酒の飲み過ぎで戻してしまったときのように、熱いなにかが食道をせり上がっていって、ぱあんと水風船でも割ったような音と一緒に、あたいの口から血の塊が吐きだされた。
 もちろん、このまま殺されると思った。だけど、追撃はなかった。霊夢って呼びかける声がなんとなく聞こえたから、多分、お姉さんの方に気がいっていたんだろう。
 そして、あたいの体は無意識のまま、獣化していたらしい。気づいたら、縁の下まで体を引きずって、そのまま隠れていた。その後、じっとそこで瀕死の体が少しでもマシになってくれるように祈っていたよ。
 そうして、朝になった。日の光が視界に映ったと思ったら、つぎにはもう真っ暗になって訳がわからなかったけど、耳をかじられてようやく身の危険を感じてね。必死で逃げだして、地底まで這いずっていった。
 あたいの身に起きたのは、こういうことだった。
 神社でだれがあたいを襲ったのかは、まったく見当がつかないんだ。知らない声だったし、視界がぐらぐら煮だっていたから相手の姿もわからない。
 わかるのは、ただものすごい力の持ち主だってだけだね。あんな怪力は星熊の姐さんくらいしか、あたいには覚えがないよ。
 ああ、そうだ。星熊の姐さんで思いだした。あのとき、鼻にツンとくる酒のにおいが一面に広がっていたよ。
 そいつは、相当の酒好きなんじゃないかな。





   伊吹萃香の供述

 そうだよ、魔理沙。それで?
 そんな顔をされてもね。いったい、私にどうしてほしいの?
 私は昨日の夜、その燐だとかなんとかいう奴をぶちのめしたよ。仕返しがしたいって奴がいるなら、教えてあげなよ。伊吹の鬼がやったってね。
 阿呆らしい。私は逃げも隠れもしないよ。聞かれたから答えてやっただけだ。それをどうして、不思議そうにするんだ? 喧嘩ならいつでも買ってやる、そう言ってんだよ、エエ?
 ふん。どうやらお前にはほかにも、聞きたいことがあるらしいね。言ってみなよ。今の私はどうにも気分が悪いんだ。嘘や隠しだてをしようってんなら、頭をゆっくりと砕いてやるよ。 
 ああもう、こんなに酒がまずいのはいつ以来だろうね。なに、霊夢はどうしたのかって?
 お前、これ以上酒をまずくさせるつもり? なあ、おい。どうなんだよ、魔理沙ちゃん。うん?
 ふぅん。可愛いじゃないか、震えてるのか。だが、目をそらさなかったな。いいだろう。鬼は相手にはもちろんだが、なにより自分の嘘や隠しだてを嫌うもんだ。お前が聞きたいっていうなら、話してやるよ。
 昨日の夜のことだ。私は霊夢と酒盛りをしていてね。月も綺麗で、いつになく、杯をかたむけるのが早かった。私も霊夢もね。
 だから、霊夢なんかはもう相当に顔を真っ赤にさせていた。丁度、酒も切れたんでこれでお開きとしようかと言ったんだ。だけど、霊夢がまだ飲むってしつこくてさ。あまりに、私の秘蔵の酒を飲ませろってうるさいもんだから、仕方なく私は酒を取りに山まで行った。
 なんだ、知らないのか。天狗どもはなかなか飲める酒をいくらでも持ってるんだよ。こっちが言わないと、絶対にくれないけどね。
 それで、神社にまで戻ったらあの様だよ。神社の中の灯りも消えていてね。月の明かりだけで、あたりはあまり見えなかったが、霊夢を襲う輩の姿はとらえられた。横合いから思いきり殴ってやったよ。一撃で仕留めたつもりだったんだけどね。まさか、生きていたとは……まあ、そいつがどうなろうが私には瑣末なことだ。
 問題は霊夢だった。
 首を見事にかっ切られていてね。もう手当だ医者だという段をとうに過ぎていた。ぱっくりと喉もとが空気にさらされて、頸椎がぬるぬるした赤黒い管の隙間からちらりと見えたよ。
 そのときの霊夢は、ヒュウヒュウとかすれた息を喉からもらしていたんだ。それを聞いて、もう数秒後にでも死んでしまうであろうが、今はまだ生きているという事実に気付いた。
 だから、私は迷うことなく、霊夢の心臓に拳を打ちこんでやった。
 どうして、そんなことを? 馬鹿か、お前。私は、霊夢のことを気に入っているんだよ。いつかはさらおうとも思っていた。紫には悪いけど、霊夢を巫女でもなんでもないただ私のものだけにしようと本気で考えていたんだよ。
 それなのに、どこのだれかも知らない奴に、霊夢の命を奪われてたまるものか。あの子の全部は、私のものだ。
 だから、おわりもさらってやった。私の手で、殺してやった。
 それからか? 霊夢をそのままにしてやるわけにもいかなかったから、埋めてやったよ。神社の裏に穴を掘った。今はそこで眠っているよ。
 かはっ。
 やっぱり、まずいな。だが、飲まずにどうしろっていうんだろうね。なあ、魔理沙。教えてくれよ。
 あん? ああ、好きにしなよ。むしろ、広めてくれ。霊夢を殺したのは、この伊吹萃香だって。あいつは私のものだって、皆に言ってやってくれ。
 なに、私は鬼だ。逃げも隠れもしないさ。霊夢も大分、好かれていたからな。恨みをぶつける相手がいなくちゃ、困るだろうし。
 最後に霊夢を見ておきたい、だって? ふん、まあ、いいだろう。なら、神社の裏を掘りかえせよ。スコップくらい、神社にいくらかあるだろう。
 ただし、こっそりやれよ。だれかに知られて、霊夢を持ってかれたら困るんだ。それと、出したら霊夢をちゃんと戻しておくんだ。
 わかったな、魔理沙。鬼の約束だ。やぶってくれるなよ。





   神社の裏の穴にいた死体の物語

 うーおー!
 だれだお前は。答えろ、お前は何者だ!
 私か。私は、えーあー、と、うん? あれぇ、私はだれだ。
 おい、お前。私はだれだぁ!
 え、ヨシカ? そうか、ヨシカというのか。そうだ、そうだ、思い出したぞ!
 お前はミヤコだな! 私はヨシカだ! どうぞよろしく。
 なに? ミヤコはお前だろって? 私はミヤコじゃなくて、ヨシカだぞ!
 あ、待て! どこに行くんだ。逃がさないぞ、まーてー!





   霍青娥の白状

 あら? あらあらあら? もしかして、うちの子を届けにきてくれたのかしら。これはこれは、ご親切に。
 こっちにおいで、芳香。よし、よし。いい子、いい子。
 なあに、私に聞きたいことがあるんですか? 芳香の服装?
 もちろん、霊夢さんのところからいただいてきたんですよ。まあ、勝手に持ってきたんですけどね。
 だって私、我慢できなかったんですもの。どうしても、霊夢さんとお近づきになりたくて。以前の異変でお手合わせしてからというものの、霊夢さんの雄姿がまぶたに焼き付いて離れないんですからねぇ。
 けれどこちらから迫っても、霊夢さんはいつもつれない返事ばかり。でも、私は霊夢さんと肌を温め合いたいんです。私の体に夢中にさせて、溺れさせたいんです。
 それで、ちょっとやり方を変えてみようと思いましてね。霊夢さんのところから、あの巫女服を拝借いたしまして、芳香に着せました。当然、髪型も霊夢さんとそっくりにしましたし、顔も加工した皮膚を張りつけて同じようにしました。骨格もわざわざ内側から削ったんですよ。もう、大変な作業でしたけど、それもこれも霊夢さんのことを思えば、まったく苦にはならなかったわぁ。
 それにうちの芳香は可愛いから、なにをやらせても似合うんですよ。おかげで、霊夢さんそっくりの芳香が出来上がりました。
 どうするのか? 決まってます。毎日夜遅くに、神社にこっそり置いておくんです。
 要は、鏡の仕組みですわ。
 だれだって、仲間外れは嫌ですからねぇ。自分とまったく同じものがあったら、そのものの真似をしなくては済まないのです。生き物とは、そういう風に作られているんですよ。ご存知でした?
 ですから、芳香を見た霊夢さんにあれは自分だという錯覚をすり込ませることができるんです。夜であれば、ふと目覚めたときの寝ぼけた状態ですから、無意識の領域に刻むこともできますしね。
 うさんくさい? まあ、ひどい。けれど、これは本当のことなんですよ。冗談だと思うのでしたら、鏡の前に立ってお前はだれだと言い続けてごらんなさいな。ふふ、面白いことになりますよ。
 そうして、霊夢さんに芳香のすり込みをさせれば、私と芳香が寄りそう姿でも見るたびに、霊夢さんの方も私を意識してくれるでしょう? まあ、あんまり霊夢さんの寝付きがよくて、まだ一度も芳香を見てくれていないんですけどねぇ。
 ええ、もちろん昨日の夜も置いてきましたよ。灯りもなかったから、霊夢さんもすっかり寝入った後でした。
 けれど、朝になっても芳香が帰ってこないから、本当に心配したのよ。ねえ、芳香。私を不安にさせるなんて、お前は悪い子ねぇ。
 なにがあったのかは知りませんが、あなたが芳香をここまで送ってくれて本当に助かったわ。今度、お礼をしてあげるわ。
 礼より聞きたいことがある? あら、まだなにかお話しないといけないことってあったかしら。
 霊夢さん? さあ、それは私に聞かれましても。神社にいなかったんですか。
 ええ、なんです? そんなに驚いた顔をして。霊夢さんがどうかされたんですか?





   賽銭箱から起き上がった巫女の物語

 ああ、よく寝た……って、もう真っ暗ね。いったい、私はどのくらい寝ていたってのよ。
 うん、どうしたの、魔理沙? 顔がすごいことになってるわよ。まあ、賽銭箱から人が出てきたら私も驚くわね。
 昨日の夜? 萃香とお酒を飲んでたわね。それから……えーと、それから、どうしたかな。ごめん、ちょっと飲み過ぎたみたいでね。
 そうそう、たしかそのまま寝ちゃったのよ。萃香にお酒のおかわりを持ってこさせている間に、眠くて仕方なくてね。灯りも消して、寝床までふらふらしながら歩いていったんだけど、なにを間違ったのか、賽銭箱を寝床と勘違いして寝てしまったの。寝ぼけていると、なにをするかわかったものじゃないわねぇ。
 あら、どうしたの。魔理沙。ねえ、ちょっと。どこに行くのよ。ねえったら!





   スコップを握りしめる少女の呼び声

 おーい、霊夢。ちょっとこっちに来てくれないか。こっちだ、裏手だよ。見せたいものがあるんだ。
 早く、早く。なんだ、まだ寝起きでふらふらしてるな。そんなんじゃ、穴に落っこちるぞ。
 ああ、そうだ、穴だよ。ほら。よく、見てみろよ。まだまだ、もっと、もっと寄ってみろ。これから面白いものが見られるぞ。
 なにが見えるのかって? はは、そんなこともわからないのか。そんなの、決まっているじゃないか。
 お前の死体だよ、霊夢。
タイトルは、芥川龍之介「藪の中」より。


-12月17日追記-
評価、コメントともにありがとうございます。
後日、コメント返信させていただきます。
智弘
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/11/25 16:54:02
更新日時:
2012/12/17 08:07:31
評価:
10/14
POINT:
1020
Rate:
13.93
分類
産廃SSこんぺ
簡易匿名評価
投稿パスワード
POINT
0. 120点 匿名評価 投稿数: 4
1. 100 名無し ■2012/11/26 17:44:12
一週目→粗忽長屋
読み直しの二週目→若葉色の炎

やられました…作者コメントも罠だったのかと。
2. 100 名無し ■2012/11/26 22:06:29
魔理沙ちゃん……
4. 80 名無し ■2012/11/27 19:45:43
全員が異なる真実を語り、それから真相に迫るお話。
とりあえず、この話に登場した全員、正座して並べ!!
5. 80 名無し ■2012/11/28 03:07:45
賽銭箱から起き上がった巫女の物語〜のところでのやられた!感がはんぱなかった。
結局平和な話だったけど、お燐だけ極端に酷い目に遭ってて哀れ…
6. 90 名無し ■2012/11/28 05:20:40
どんでん返し返しとは。
これは最後のセリフの後で霊夢が殺されるってのであってる?
1の人のコメント見て動機もあるのはわかったけど、そもそも魔理沙はなんで犯人探ししてたの。
7. 100 名無し ■2012/11/28 19:44:43
事の真相の解釈は、元ネタの様に人それぞれ…なのかな。
8. 90 名無し ■2012/11/28 21:18:16
色んな感情が交錯しながら、中心にある悪徳が最後に顔を覗かせる。

さとり様がいい味を出してました。
9. 80 名無し ■2012/11/30 16:26:54
ラストどういうことかコメント見てわかったw
みんなバラバラのこと言いつつ少しずつ真相が明らかになっていく感じが淡々としながらもドキドキした
11. 90 名無し ■2012/12/08 18:48:36
芥川さんはもっとご飯を食べるべき。
12. 90 名無し ■2012/12/15 06:08:54
そういうことか…なるほど
2週目を読むとまた違う感じがするのか
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