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『電脳世界の最下層にて』 作者: まいん
注意、この物語は東方projectの二次創作です。
オリ設定、オリキャラが存在します。
空に海が見える。 青いどこまでも澄んだ青い海。
海の中には多種多様な生物が生息し、さながら本物の海中を思わせる。
その中で小さい魚が群れを作り中くらいの魚を威嚇している。
中くらいの魚は隙を窺がっては小さい魚群の脇を掠め生きる為の糧を得ている。
とそこに巨大な魚が現れ、魚群をまとめて飲み込んだ。
ここが海であるならば、どこでも起こるごく普通の生存競争である。
だが、空に見える海に目を凝らせば数字が数多く浮かび漂っている。
先程の魚群も大魚に呑まれる直前には紐を解く様に数字や文字群に姿を変えていった。
鯨を思わせる大魚も全身を見れば下半身、尾ビレの周辺から数字が溢れだしている。
張りぼての様な下半身は生物で無いと物語っていた。
電脳世界の最下層。 意味の無い数字と文字の積もりに積もった深い海。
乱数と経度毎に刻む時刻。 すべてが世界の捨て去った不要な情報群。
それが集まり海を形作っている。
最下層の更に下。 そこに立てば天井と地面以外を実感出来ない。
地平線を見て漸く前後左右があると理解が出来る。
ホワイトボードに囲まれた様な無味乾燥な白い景色。
正常な者ならば一日で気が狂ってしまう何もない白い床。
誰も居ない、誰も訪れない。
そんな場所に立っている者が一人いる。
いや、正しくは目を瞑って生えている者が居る。
ネズミの耳にスラリと整った鼻筋。
灰色の髪と如何にも知識があると物語る目筋。
開けば毒と皮肉しか言えない様な口元は静かに閉じていた。
首からは一本の茎が下がり地面に埋まっている。
この静かに落ち着ける空間から彼女は動く事は出来ないだろう。
茎の中程からは植物である事を主張する様に両手を思わせる葉が伸びていた。
彼女は話す事が大好きなのだ。
もし良かったら話し相手になってはくれないか?
〜
ああ、おはよう……君は誰だ?
ん? まずは自分から紹介しろって?
私はウィード。 人間は私の事をバグとかウィルス等と呼んでいるよ。
知らない? そうだな……ナズーリン草という名ならば知っているだろう。
そうか、君が人間か……。
その四角い窓枠から顔だけ出ていたから同類かと思ったよ。
しかし、君は今の時間を知っているのか?
明日も……いや、今日の朝からも忙しいのだろう?
少しは睡眠を取るべきではないのかね?
大きなお世話だって? 君は馬鹿だな……。 生物はすべからく睡眠が必要な筈だ。
それは君の方が良く知っていると思っていたのだが……。
君には学ぶ力が無いのか?
……死ね……か……。 話し相手を求めて私を訪ねておきながら酷い言われ様だな……。
ふっ、ふふ、君は面白い奴だな。
気は済んだかい? ここを訪ねる位だから知っていると思うが……。
君が随分と打ち込んだ”死ね”という文字。 それは私に養分を送ってくれる根となってくれる。
養分は勿論……。
壊れたか……情報は沢山吸えたからいいか……。
〜〜
やあ、今日は君が話し相手になってくれるのか?
随分と口数が少ないようだね。
ほぅ、君は私を知っているのか。
駆除するって? 私を?
はっ、はは。 私はここを動けない、抵抗も出来ないのだよ。
そんな私を殺す……そうか。
打ち込む文字を少なくして最低限の言葉で私の位置を特定しようとしている。
だが、私もただでは死ねないよ。
何だと思う? 何をしたと思う?
これは君達が、私の知る空に捨てに捨てた意味のない情報群だ。
君にこれをプレゼントしよう。 これは君の端末を壊すのではない。
すべて意味の無いものに書き換えてくれるだけだ。
君達が私にくれたのだ。 君達がこれで私を生んだのだ。
まとめて返してあげるよ。 なに、幸いここなら情報に困る事は無い。
私は死なないよ。 すぐに元気になるさ。
縁があればまた会おう。
〜〜
やあ、こんばんは。 君は誰だ?
驚いたな。 正直に自己紹介をする者がいるとは思わなかったよ。
私か? 私の事はナズーリンとでも呼んでくれれば良い。
それで、一体何の用だ? は? ここは何処かって?
君は一体何を言っているんだ? からかっているのか?
この箱は買って初めて操作したって?
孫の顔を見る為に?
はぁ……もういい、孫の名は?
番号は分かるか? IDは?
いい……分かったから。
君が分からないって言っている間に見つけた。 すぐそちらに繋ぐ。
魔法みたいか……、どうかな? 少なくとも君がいう魔法使いではないさ。
ああ、さようなら。
そうだ、さっき買ったばかりだと言っていたな?
悪いが、明日また買った所に持って行ってくれ。
その端末故障しているぞ。
〜〜〜
今日も彼女は話をする。
若い者、歳のいった者、男に女、或いはそれ以外の者。
悪意のある者、駆除を試みる者、まったくの偶然からここを訪れた者。
口を開けば毒しか出せないが、それでも話す事は好きなのだ。
彼女にとって会話は食事と同じである。
人間が打ちこむ文字、数字、数式、必要の無くなった電子情報こそが
彼女の養分であり生物で言う所の食べ物に当たる。
電子の海の下、電脳世界の吹き溜まり、
一生かかっても消費しきれない情報の存在するこの場所は
彼女が生きるには最も快適な場所なのかもしれない。
面と向かった瞬間に電子端末が故障する事が確定する人間にとっては冗談にもならないが。
〜〜〜〜
彼女の総称は雑草。 名称はナズーリン草という。
電脳世界の最下層の更に下、情報が腐葉土の様に堆積した場所にまったくの偶然から発生するバグの様な存在。
根を張った場所から該当する場所の情報を吸い上げ養分とする。
吸い上げられた場所には情報の欠損が起こったり、また作業速度の低下を起こさせたりする。
対面した者から情報を貰ったり、逆に送ったりし、その者の端末は高い確率で不具合を起こしてしまう。
彼女に悪意は無い。 皆が当たり前に思う、生きるという行為を行っているだけなのである。
空に海、地には白、地平線の果てを見なければ前後左右の感覚を失う場所。
0と1が形作る電子の海の更に下。 電脳世界の最下層。
本当の植物はどうだろうか? 今の彼女は生物とは違う眠りに就いている。
情報の整理という大切な事では無く、相手がおらずに待機をしている状態に見えなくもない。
特別に心地の良い表情をしているでも、悪夢を見て苦しんでいる訳でもない。
ただ、見る人によっては穏やかな寝顔をしていると思えるものである。
「ぐすっ、ぐすっ、えぐっ……」
彼女の傍から泣き声が聞こえる。
ナズーリンとは頭一つ分位の差がある、ぬいぐるみの様に小さな女の子がそこに座っている。
「……おはよう。 君は誰だ?」
静かに目を覚ました彼女はいつもと同じ様に質問をする。
話し方も声のかけ方も何もかもがいつも通りである。
ただ、見て判る通りにいつもと一つ違った事があった。
「何? 何も分からない上に言葉も話せないだと?」
金髪に黒い縁取りがされ、僧衣らしき服装の小さな女の子は
泣いたまま身振り手振りで説明をした。
「まぁ、別に問題は無いだろう。 私は飢える事が無いし時間も捨てる程ある。
もし良かったら話し相手になってはくれないか?」
〜〜〜〜〜
「さて、一眠りして少しは落ち着いたか?」
座ったまま見上げている寅柄の少女は首を縦に振る。
少女独特の大きくパッチリとした目でナズーリンを見つめ続け
次に何が言われるのかを待っていた。
「名無しでは少し不便だ、君に名を付けてあげよう。
変な名は御免だって? 初対面だから期待されても困るがね……
お? 君と類似した者が検索に引っかかったようだ」
ナズーリンと寅柄の少女の前に小さなディスプレイが開き、該当する映像が映された。
初めて見る物に驚きと期待の眼差しが向けられる。
「私達の元になった者は上司と部下の関係の様だな……
私が上司で君がぶ……痛い、痛い……分かった、分かった、星と呼ぶのも何か気が引ける。
君の事はご主人とでも呼ぼうか」
先程までの眼差しがナズーリンに向けられる。
嬉しそうな表情からは彼女が嫌がっていたりしている様子は無く、
パタパタと手を開いたり閉じたりして全身で喜びを表していた。
と、腕の動きを止めた星は首を傾げて指差した。
「何だ? ああ、私の名を言ってなかったな。
私はウィード。 人間は私の事をバグとかウィルス等と呼んでいるよ。
それは名では無いって? そうだな、ナズーリンとでも呼んでくれれば良いぞ」
名を聞いた途端に目を瞑って、グーの手にした両手を顎に付ける。
口はモゴモゴと動くが思った様には発声してくれない。
「あ、な、にゃっ……」
「何だ?」
「にゃっ! じゅっ! にゃっじゅっ!」
「名前を言いたいのか? ナズーリンだ」
「にゃじゅ……にゃじゅ……にゃじゅ〜!」
自分の中でうまく発声出来たと実感した星はにゃじゅ、にゃじゅと言いながら彼女の周りを回っていく。
一周、二周と回り彼女の正面に立つと嬉しそうに抱きつこうとした。
がぶっ……。
ナズーリンは抱きついた星の頭を柔らかい唇に包まれた口で噛みついた。
と言った所で電脳植物であり経口摂取で食事を摂らない彼女の歯が硬い訳も無く。
怪我はおろか歯形さえ付く事は無かった。
それでも、突然噛みつかれた星は腰を抜かして、座り込んでしまう。
びっくりして心臓はバクバクと強く脈を打つが頭に痛みも何もない事に安堵し、
知らず知らずの内に涙が溜まっていった。
「びぇぇええ」
「気安い! 甘い! 軽々しく私に触るからだ」
〜〜〜〜〜〜
「まだ怒っているのか?」
星は涙目で頬を膨らませナズーリンから顔を逸らし、ぶぅ〜と唇を震わせている。
唐突にブルッと体を震わせ彼女の元にバツが悪そうに近づいていく。
「何だ? 何が言いたい? ……おい……」
ナズーリンの足元(?)に座り込み、そのまま体(茎)に体を預けた。
先程まで涙目だった目から一筋二筋と涙が流れる頃には、彼女は穏やかに寝息をたてていた。
「にゃじゅ〜……」
「……まったく懲りない奴だ」
ナズーリンは目を瞑るといつもの様に睡眠を始めた。
〜〜〜〜〜〜
ぐ〜。 空に海がある以外に何も無い、その白い世界に間抜けな音が響いた。
「今の音はご主人か? 何? お腹が空いた?」
お腹を押さえて顔を赤くした星は上目使いで反論をした。
目を瞑って手の出ていない袖をパタパタと振り、その姿は駄々をこねる子供の様である。
「そうムキになられても困る。 それにこの世界で腹が減るというのも奇妙だな……。
そもそも、食べる情報ならばそこかしこにあるだろう? 何? 不味い? 知らん」
バサバサと星の周辺に本が降ってくる。
題名には料理関係の事が書いてあるものばかりであった。
「生憎、私は味というものを知らないし、何よりここを動けないのだ。 料理がしたいなら自分でしてくれ」
「にゃじゅ〜♪」
どれ位そうしていたか、彼女はいつもの様に情報を獲得していた。
若い者、歳のいった者、男に女、或いはそれ以外の者。
悪意のある者、駆除を試みる者、まったくの偶然からここを訪れた者。
話す事が好きな筈だが今日の会話は少し味気なく感じていた。
味や臭いは文章や情報でしか知らない。
新しい同居人と暮らし始めてからそれ程長い時間を共にしている訳でもない。
会話による食事で味を感じる筈が無いが、そう思わずにはおれなかった。
「にゃじゅ〜♪」
「……何の様だ? って何をした」
エプロンを滅茶苦茶に巻いた星は両手で平皿を持っていた。
皿にのっているものは食べ物とは思えない見た目の黒い物体。
彼女の顔や服はあちこちに黒い焦げの様なものが付いている。
良く見ると手には小さな傷が無数についていた。
「はぁ……君は馬鹿か? 何で私の見ている前でやらなかったんだ」
ナズーリンの怒りなど、どこ吹く風の星は口元を大きく開けて笑っている。
皿を前に突き出したまま目と鼻の先まで近づき、彼女に向かって匙で掬ったモノを突き出した。
「何だそれは?
私は食べないぞ、そもそも食事は視覚に訴えるものでもある筈だ、
見た目の悪いその様なものが美味い筈が無い。
……おい、ご主人? やめろ……」
ナズーリンは目を瞑り、口を噤んだ。
差し出されるものの気配を感じると反対の方向に顔を逸らして抵抗をする。
数回の抵抗の後に変化が訪れた。
「にゃっ!」
「どうした、ごしゅじ……」
驚いたふりをした星をナズーリンは気が付く事ができずに目を開けて話してしまった。
星はその様子を見逃さずに口に向けて匙を押し込んだ。
「むぐぐ。 ……ご主人、先程言ったろう? 私は味というものを知らないのだ」
彼女の反応を楽しみにし、おいしいと言って貰えると思っていた星は肩を落とした。
「だがな、心地良くは感じた」
暗く落ち込んでいた表情が明るくなっていき、
立ち上って小さくその場で飛び上がると全身で喜びを表現する。
星は別の皿を持ってくると同じく匙で掬いナズーリンに差し出した。
「……ご主人、前言撤回だ……料理禁止……ぅぷ……」
「にゃじゅ!」
星は再び肩を落として目に涙を浮かべた。
〜〜〜〜〜〜
「にゃっじゅ、にゃっじゅ……」
「ご主人、人の名前で暇潰しを歌うのをやめてくれ。
ところで……料理の本を読んでいる様だが、料理は禁止と言っただろう?」
ポカンと口を開けて少しの時間が空く。
固まっていた星はナズーリンの言った事を理解すると、ぶぅ〜と頬を膨らまして不機嫌な態度を露わにする。
「何を怒っているのだ?」
未だ手をブンブンと振っているが、漸く手と一緒に振っている本が目に入る。
「ああ、そうか料理の本ではなく、料理の歴史の本か」
途端に不機嫌な表情が晴れていく。
本を持ったまま腰に手を当て、体を反らして薄い胸を張った。
「何を偉そうにしている? ご主人が自信満々になる理由が解らないぞ」
何かを思い出した星は、先程まで寝転がって本を読んでいた場所へ行く。
地面に置かれていた大きめの紙を手に取ると、再び自信満々でナズーリンに見せつけた。
「ほう、本を読んでいたのではなく、見ていたのか……私はこういう姿をしているのだな」
画用紙には鼠妖怪の生首を持つ草と寅柄の少女が描かれていた。
描かれているという事は彼女は自分の姿を見た事があるに違いが無いのだろう。
一方のナズーリンは画用紙に書かれた下手な絵をまじまじと見ていた。
検索で自身に近い姿は何度も見た事はあるが、
実際に描かれると、本当に調べた姿をしているのだなと不思議な感覚が湧き上がってくる。
「ありがとうな、ご主人」
星は目を丸くした。
それ程長い時間を共にしている訳では無いが、ナズーリンが彼女に礼を言った事は初めてであったからだ。
お礼を返す言葉は発音できず、また頭に思い浮かばないが何だか心の距離が縮まったように感じた。
「にゃじゅ〜……」
がぶっ……。
「びぇぇぇぇ」
「そう簡単に縮まる訳がないだろう?」
ふふ、と笑ったナズーリンは表情こそ変わらぬものの何処となく楽しそうであった。
〜〜〜〜〜〜
「ご主人、君は何処から来た?」
会話の中での突然の質問。 理路整然と言葉を選び、感情のままに話の腰を折ったりしない。
その彼女がまるで生物の様に疑問を投げかけた。
星は首を傾げて不思議に思っていた。
その姿はここを訪れた時から変わらない幼さがある。
分からない。彼女はいくら考えても思い出せず頭を抱えてう〜う〜と唸るが結果は変わらなかった。
その様子を見たナズーリンはいつもの調子で時系列順に思い出せる範囲の話を聞く事にした。
「何々? 最初は心地の良い暖かさの中、浮かんでいたと……
何処かで目覚めて起きたら地面があった。 そこから色々な場所を歩き続けた。
眠っている間に再び地面から浮かび上がり、
心地良く揺られに揺られて気が付いたらここに居たと……
気持ちが悪くなる程、何もないこの空間で目が覚めた途端
不安に駆られて混乱し泣いていた、随分と端的な思い出だな……」
言葉が未だに”にゃじゅ”以外話せない星は身振り手振り、寸劇等を織り交ぜて思い出を語っていた。
短い時間の聞き込みも翻訳に手間取りナズーリンの頭からは煙が出そうである。
「面倒だ、少し頭の中を見させてもらうぞ」
いつも情報を取得する際に使用している小窓を星の頭の前後左右に展開する。
今話した通りに彼女の頭の中の情報を取得しようとした。
だが、その作業は実行される事はなく、何となく達観した表情になったナズーリンは小窓を閉じていく。
「いや、知る必要はないか……時間は腐る程ある……」
その様子を見た星は彼女に甘えたくなった。
それはナズーリンが自分に対して少しではあるが歩み寄ってくれた様に感じたからだ。
「にゃじゅ、にゃじゅ」
「こ、こら……おい!」
ナズーリンの足元(?)に座った星は体(茎)を抱き締めて頬擦りをしていた。
頭からハートマークが出ていると言われれば、その通りかもしれない。
子が親に甘える時とは違った愛おしさが彼女にはあった。
「君も懲りないな……」
星が彼女に対して気安く接する時は噛みついて身の程を教えてきた。
それでも懲りる事は無く、ことある毎に愛情表現としてすり寄って来る。
今日も同じ事が起きる筈であった。
起承転結というものがあり、起承転まではいつもと同じであり、結末も同じになる筈だった。
「ご主人……好きにしろ……」
「にゃじゅ〜♪」
〜〜〜〜〜〜
「突然なんだ? 死とは何かって?」
ナズーリンは突然された質問に暫し固まった。
目を遠くに向けると先程まで読んでいたと思われる本の山が目に入った。
はは〜ん、と内心ほくそ笑むと、いつもの澄ました顔で本に影響されたなと考えた。
「そうだな、体験した事がないから何とも言えんが、ここから居なくなる。という事ではないか?」
居なくなる。その言葉に反応した星はこれまたいつもの様に目に涙を浮かべる。
だが、この日は様子が違い表情を無理に険しくしたかと思えば、顔を真っ赤にしてナズーリンを抱き締めたのだ。
「おい……何のつもりだ? ……どこにも行かない様に捕まえておくだと?」
弱弱しく二度三度と頷く。 心なしか彼女からはすすり泣く声が聞こえている様であった。
「ご主人、そう思うなら強くなってくれ。 君は動けない私よりも弱いだろう?
……まぁ、今日は好きにしてくれ、気が済むまでこのままでも良いぞ」
〜〜〜〜〜〜
やぁ、こんにちは。 君は誰だ?
君は私だって? 馬鹿な冗談はやめてくれ。
同じ事を何度も繰り返しているな、話に反応するプログラムか……邪魔だな……。
だったら、大量の情報を送り込んでダウンさせてやる。
醜い、同じ様な存在とはいえ腐り落ちる様はお世辞にも美しいとは言えないな。
腐って目が落ち、その痕の眼窩周辺から枯れ果てて変色している。
君は誰だ? 今知ったぞ、私は君を知っている。
そうだ、思い出したぞ。 ご主人の書いた……。
〜〜〜〜〜〜
「おはよう、ご主人。 ……君は泣いてばかりだな。
うなされていたって? 馬鹿な事を言わないでくれ」
星はナズーリンの足元で泣き崩れている。
先日の死についての話が尾を引いている様だ。
「孤独がそんなに恐ろしいか? 離別がそんなに寂しいか?
私はそうは思わない。 君も私に会うまでは一人だったではないか」
星は突然立ち上がり、怒りに任せて殴りかかる。
弱く、ただ弱く。 無抵抗のナズーリンをただ殴る。
どんなに力を込めても、力一杯殴っても、蚊に刺される程の痛みも与えられない。
数回の後、体の正面に手を添わせて俯いたまま拳を止めた。
ぽつぽつ、と足元に滴が落ちていき、そのままの姿勢で声を押し殺した。
先日言われた事へのささやかな抵抗。 その程度の強がりである。
だが彼女の中では精一杯の努力をし、言われた通りに少しでも強くなりたかったのだ。
〜〜〜〜〜〜〜
有機物と無機物が混ざり、生きとし生けるものの住まう広い大海原。
一方のここは1と0の混ざりあう情報の海。
中身が違っても営みは同じ、情報から生まれた生物は食物連鎖の中で日々を生きている。
その世界の更に下層。 空に海を見るそこは電脳世界の吹き溜まり。
地面も地平線も白に染まった何もない世界であった。
そこには奇跡的な確率で生まれた一本の雑草が居た。
今は一本と一人の暮らす場所となっている。
「ご主人と暮らし始めて、どれ位が経ったのか……大した時間は経っていないとは思うが。
何十年も共に連れ添った様な不思議な感覚だ……
前に検索した情報が何らかの影響を与えたのかもな。
ご主人は何をしているのかな? おお、あれは蝶々という虫だな、情報として知っているぞ」
いつもは本を読み絵を描きナズーリンの傍に居るのだが、今日は少し離れた場所で見た事も無いものを追いかけている。
ナズーリンはこの時とばかりに最近は出来ていなかった自身についてと情報の整理を行っていた。
緩やかにのどかな時間が流れる。 ここが通常の世界であったらさぞや穏やかな気候に恵まれただろう。
空は薄く赤み、日の入りの始まる黄昏時のようであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜
孤独がそんなに恐ろしいか? 離別がそんなに寂しいか? 前にナズーリンが星に言った言葉である。
言い放った言葉を今はナズーリンが重く受け止めている。
「ご主人には足がある。 未来へ進もうと思えばすぐにでも進める。
一方の私はどうだ? ここに植わり話す事は出来れど動く事は出来ない。
彼女がここに居る事を甘受している。 情けない事だ、私こそが邪魔をしているのではないのか?
ははっ、雑草如きが一丁前に自問自答か……」
足元では星が丸まって寝息をたてている。
穏やかな寝顔を見ると彼女は何も言えなくなってしまった。
自分の考えが正しい事を否定がしたくて仕方が無かったのだ。
真っ赤な空は更に上に向かってゴボリと気泡の音をたてた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
空に無数の桜が舞っている。
それも水墨画で描かれた様な真っ黒な花弁。
海中の営みを彷彿とさせた生物はその姿を見せない。
赤潮に呑まれた様な真っ赤な情報の海には魚の姿をとっていた生物が浮いている。
ギョロギョロと未だに動き続ける目玉は何故動けないかを考えていた。
ゴボリと朽ち果てた体から気泡が上がる。
死を漸く理解した個体は1と0の不要な情報に戻って行った。
地上に居る二人は空を見上げていた。
植物の体に抱きついて少女が震えている。
植物は今がどの様な状態か理解してしまった。
「どうして、もっと早く気が付かなかったのだろうか……」
思い返せば思い当たる節が沢山あった。
幸せという感情は理解出来なかったが、暖かい心地の良さは実感していた。
その感情が危険を事前に察知する力を弱めていた。
自分が助からない事は状況を考えれば理解が出来た。
だから、今自分が何をしなければいけないか? 何をすべきかを冷静に導き出した。
「ご主人、聞いてくれ。 今の状況は非常にまずい事態に陥っている。
ここから動けない私が助かる事は絶望的だ。 ここまでは理解が出来るね?」
星は頷き、次にナズーリンが話す事を待った。
「だが、君には足がある。 ここから去る事が出来る。 いいか?
君だけでも逃げ出して……」
話は最後まで聞かなかった。 ナズーリンに抱きつき涙をボロボロと流し始めた。
余りに弱い泣き声。 出会ったばかりの、保護を求めて泣き声をあげる星がそこに居た。
「甘ったれるな!」
星はビクッと体を震わす。 庇護を求める弱い泣き声は止まったがナズーリンから離れようとはしなかった。
彼女の背中から一歩後方の何も無い空間に小さな小窓が開く。
嘗てナズーリンが星をスキャンしようとしたものと同じ小窓である。
「私が生まれるのは奇跡みたいに低い確率さ、そんな私の元に君は現れてくれた。
だから……」
ドンッ……。
ナズーリンは動かない筈の首から下を動かし、腕に相当する葉っぱで星を小窓に突き飛ばした。
「にゃじゅ〜!!!」
「運が良ければ、また会えるさ……」
「はっ、ははっ、動くじゃないか? 何て事は無い、私は出来なかったんじゃない……。
しなかっただけなんだ」
ナズーリンは星を突き飛ばした腕(葉)を見た。
その手なら何でも掴める気がした。
自由に動く、体に力がみなぎる、頭に血が集まっている様であった。
ドロリ……ベシャ……。
「あ? あ〜、あ〜あ〜」
頭に鈍い痛みが続く。視界が半分になっている事にも気が付いた。
見れば解ってしまう、見たくない。
目を瞑った彼女の脳裏に以前見た夢が映る。
自身が自身を殺した。 醜く朽ち果てる一本の植物の末路を思い出す。
夢を拒絶し振り払う為に反射的に目を開き、そして見てしまった。
「……これが目か……情報で知った通りの……ぅぷ……」
うぇぇぇぇおぉぉぉぉろろろろろろろ!
「はぁはぁ……やはり私は生物では無かったか、これは”ゲロ”ではないからな」
彼女は自身の目玉に吐き気を催した。
目の前に吐いたものは青白かったり黒かったり緑がかった文字や数式の類である。
それもすぐに不要な情報群として散っていく。
不意に目のあたりが痒くなってきた。
彼女の顔は目を失った眼窩を中心にして植物が枯れた際の茶色に変色していた。
生物的な瑞々しさは当に失われ、カサカサに乾いている。
脳裏にいつかの自分の姿が浮かぶ。
聞こえてきた声も馴染みのある自分の声であった。
(孤独がそんなに恐ろしいか?)
「ああ、とても恐ろしい……」
ハラリ……、腕の葉が静かに散った。
(離別がそんなに寂しいか?)
「ああ、半身を失った様だ……」
ボロリ……、丸い耳が錆び果てた鉄の様に崩れ落ちた。
(死ぬ事が怖くないのではなかったのか?)
「……怖い、とても怖い、ご主人に会いたい……」
……、水気を失った顔から涙が流れる事は無かった。
突如、上空から垂直着陸時の噴射音が聞こえ彼女の目の前に招かざる客が現れる。
彼女は顔を上げて到来した客人を見据えた。
「情報だけなら知っているぞ、君がリッパー(刈人)か……
枯死剤とはこういう物だったのか……私には過ぎた体験だったよ……」
黒い四方体からレンズが一つ正面にある。
ピントを遠くに近くに合わせて彼女の姿を確実に補足する。
ナズーリンがリッパーと呼んだ物体は正面の者を敵と認識し、
両脇から金属音と共に青と赤の翼を展開した。
左右非対称各三枚の羽は、赤は鎌を青は槍を彷彿とさせた。
「私はもうすぐ枯死する。 せめてそれまで待ってはくれまいか?」
ザンッ……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1と0、文字と数字、文章と数式、不要な情報群が集まり海を形成している。
ネットワークのパフォーマンス向上の為に撒かれた通称枯死剤は情報の海の生物を死滅させ、
弱った者をリッパーによって駆除させた。
赤潮に襲われた様な色合いを放っていた死の海はやがて生物が棲めそうな色に戻って行った。
それも人間の行う作業が不要な情報を生み出すに最適であったからだ。
不要な情報は積もる。 積もり積もって海を再び形作る。
1と0は集まり連なり、重なった。
二重螺旋を模した紐はやがて編みこんだ布の様にして集まっていく。
プランクトンを模し、小魚を模し、大魚を模す。
そこに事情を知らない者が訪れれば間違いなく海と勘違いするだろう。
海に溜まる情報は許容量を超える。
それは人に害を成し、作業の邪魔をする。
しかし、人間とは関係の無い場所では新しい命を情報世界に生み出した。
プカリプカリと海を行く。
1と0の情報世界。 ここはある種の海に似ている。
情報があるからといって新しい生物が生まれるとは限らない。
それはアミノ酸の海に生物が必ず生まれるとは限らない事と同じである。
何かしらの働きがある。 何かしらの奇跡がある。
願う、どこかで誰かが願う。
「にゃじゅ〜」
誰かの声が聞こえた。
1と0の世界、誰もが歯牙にもかけない情報に願っていた。
とある情報を核に集まる情報群、やがてそれは種を形成する。
ヒラリヒラリと落ちていく、母から生まれ落ちる事を惜しむ様に落ちていく。
海を離れて落ちていく。 それは生物が陸に上がる様に似ていた。
電脳世界の最下層。 1と0の積もり積もった海の底。
その更に下の電脳世界の吹き溜まり。
空に海、地には白。 前後左右は人を狂わす白の世界。
落ちた種は母の胎内を惜しむ様に地に埋まった。
そして奇跡が起こる。 生まれる筈の無い生命がそこに生え出す。
ネズミの耳にスラリと整った鼻筋。
灰色の髪と如何にも知識があると物語る目筋。
開けば毒と皮肉しか言えない様な口元は静かに閉じていた。
首からは一本の茎が下がり地面に埋まっている。
この静かに落ち着ける空間から彼女は動く事は出来ないだろう。
茎の中程からは植物である事を主張する様に両手を思わせる葉が伸びていた。
〜
心地よい感覚が彼女を支配する。
彼女は何を求めるか、何の為に生きるか、何を生き甲斐にするか。
それを誰が干渉する権利を持とうか。
彼女は目を瞑り眠っている。
顔に浮かぶ表情からは何も読み取れない。
穏やかでも魘されている訳でもない、ただ自身の身体を再構成してこの世界に適応しようとしている。
その彼女に泣き声が聞こえた。
「ぐすっ、ぐすっ、えぐっ……にゃじゅ〜、にゃじゅ〜」
大切な時期。
自分を形作り、自分を形成し、自分の未来を少なからず決める時期。
無視する事は出来た、眠り続ける事も出来た。 構成が終わるまで待ってもらう事も出来た。
だが、彼女は目を覚ましてまったく知らない相手に話しかける事を選んだ。
「……おはよう。 君は誰だ?」
「にゃじゅ〜!」
その場に生えた彼女を今まで認識出来なかった少女は話しかけられて漸く気が付いた。
ただ涙を流して座り込んでいた体に力がみなぎってくる。
彼女は立ち上がると、ぱぁっと希望に目を見開き涙に塗れたまま植物の彼女に抱きついた。
「……君は誰と勘違いをしているのだ? 生憎だが君の知っている者と私は違うのだぞ?」
「にゃじゅ〜、にゃじゅ〜」
寅柄の少女は植物の彼女の話を聞かずに再会を喜んでいる。
涙で相手が濡れる事を気に出来ず、嘗て噛まれた事さえも気にする余裕はなかった。
植物の彼女はこの世に生を受けて最初にした事が訪ねる事で二番目に行った事は溜息を吐く事であった。
「まぁ、別に問題は無いか……、私は飢える事が無いし時間も捨てる程ある」
動かない筈の腕は簡単に動いた。 腕に相当する葉っぱで少女の頭を優しく撫でる。
動かない筈の身体は簡単に動いた。 体に相当する茎を曲げて少女の耳の耳元で優しく囁いた。
「もし良かったら話し相手になってはくれないか?」
〜〜〜〜〜
電脳辞書より抜粋。
U行
Undefined:名称:なし
寅丸星を模した姿をしている電脳世界上の物体。
人間からこの姿は認識できず、どの様な行動をとっているかも認知できない。
その正体はウィルス駆除ソフトの探知、捜索部が不要な情報によって擬人化された姿である。
特に雑草の探知、捜索能力に特化されている。
電脳世界に於いて不要な特定の情報群に対して完全削除を行う通称枯死剤に耐性があり
駆除作業の終了時には対になる駆除部に回収されて次の捜索に使用される。
都市伝説では回収されなかった探知部が夜な夜な泣き声を上げているともっぱらの噂である。
本年もよろしくお願いします。
東方植木鉢もっと流行れ。
>NutsIn先任曹長様
素敵な感想をありがとうございます。
ただ、面白い等と言われるよりも心に響きます。
>2様
てゐ〜ん。
まいん
- 作品情報
- 作品集:
- 6
- 投稿日時:
- 2013/01/04 15:48:37
- 更新日時:
- 2013/01/15 22:59:35
- 評価:
- 2/5
- POINT:
- 290
- Rate:
- 10.50
- 分類
- 東方植木鉢
- ナズーリン(草)
- 星(小)
- オリ設定の世界
- 1/15コメント返信
雑草に寄り添う子トラがひとり。
毒を食らいて濁りを除き、徳に変える神の御使い。
毒撒く草を刈り取る正体不明の掃除屋参上。綺麗な惨状。
空っぽの植木鉢に、やがて土が堆積し、種が撒かれ――。
――寂しがりやの奇跡の産物は、幸せを皮肉に乗せ、今日も世界に仇為す。燐として。ショーとして。