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『産廃10KB 「寒村紅葉」』 作者: box
日没を迎えてはなかった。されど、影法師は脆い。
西の山間からは、橙を薄めた色の光が差している。地平から手を伸ばす如き光、さほど強い訳でも無い。雲模様の一つも浮かんでいないのに、漆塗りの闇が空の多分を埋めていた。
楓か、或いは。葉衣を無くした木肌に斜光が照りつけて、深く刻まれた枯茶色を晒す。限大無く広がる木々、皆一様に。横たわる影もまた、皆一様に。弱く浅い影に、境界は無い。紅葉と黄葉の原の上で、無限の輪郭が横たわり、入り混じり、不器用な模様を描いていた。
影、陰、一面の暗色の中を、椛は歩いていた。足取りは堅く、早い。唇は一文字に結ばれている、瞳には鼈甲色の光が、時折消えては瞬く。ささくれの目立つ服には、乱雑に塗りたくられた赤黒色―――乾き染み付いた、血。
道連れは、無い。
さしたる荷物も、無い。
側にある者と言えば、形の定まらぬ影法師ばかりであり。
持っている物と言えば、腰にかけたポーチと、肩に引っ掛けた、黒塗りの短機関銃ばかりであった。
銃を握るのもやっとのこと、自身を自身で庇うようにしながら、椛は影の波紋を歩き続けていた。
幾何か、さほど長くも無い間が過ぎた頃、椛は僅かに目を見開いた。
分け入っても、分け入っても、影。
その終わりを、木立の中に浮かぶ景色が知らせる。
藁葺きの屋根の形。
畦道の通う畑。
朧気に見える景色は、まさしく人の作ったものに他ならない。
そして、
一面、紅の海。
残光と紅葉、夕闇。
箱庭が、椛の眼前にあった。
夕闇は深さを増し、暗がりに霞む景色が広がる。日は未だ、眼光の一筋を残し、紅葉と黄葉の色を浮かび上がらせている。枯れたグラデイションを纏った山々、彼等に囲まれるように、寒村はあった。
寒村、ただの村ではない。一歩踏み出し、椛は視線を細くする。
畦道、屋根、田畑。
一色の、紅葉。
足跡は、無い。
静寂の帳の中、乾いた足音だけが、北風の間に響く。リズムはけして早くはない。爪先で探るように、椛は寒村へ入っていく。鋭い緊張と、確かな意志とを、表情に浮かべたまま。傍らの銃に、手を掛けて。
道を歩いてしばらくし、椛は短機関銃から指を離した。足を止め、枯れた苫屋の壁を、椛は音も無く撫でる。
孔、それも、暴力的に突き抜けた。
指よりは僅かに小さい孔が、苫屋の壁、数多重に開いていた。
椛は、幾らかの間顎に手を当てた後、短機関銃の銃口で孔を突いた。
果たして、二つは一致した。
椛は銃を握り締めながら、苫屋の入口に回る。引き戸は、無い。鋭さを失った木片――――引き戸だったものと、雪崩れ込んだ紅葉が、玄関に横たわっている。先には、底の見えぬ暗色ばかりである。
「誰か、いないか」
呟きともつかぬ、消え入りかけた声。
数瞬、数分。
返事は、無い。
次いで、一歩、二歩。
霞みのような足音が、苫屋に響いてく。
紅葉の晴れた土間、がらんどうの棚、、蜘蛛糸の張った釜戸。銃口と視線とが、這うように移っていく。そして、不明瞭な角隅に、椛は表情を堅くした。
ボロ切れの同然に横たわる、白狼天狗。年の若い、粗末な身なりの男。
椛は男に駆け寄ることも無く、銃を降ろした。駆け寄る必要が無かった。血濡れ模様が全身と、辺りの壁にまで飛沫を上げている。そして、男の顔面は、生物としての原型を保っていない。投げ出された四肢も、一様に。紅、黒、紫、蠢く白―――一面の蛆虫、各が入り混じり、格を失ってる。混沌の二文字では表せぬ、醜悪な体であった。男の身体が微動だにしないのは、言うまでもない。
「…………」
暫く、椛は男を見つめていた。やがて、短機関銃から指を離すと、その苫屋を離れた。
紅葉の上の足跡、他ならぬ椛自身の物へ、視線が落ちる。椛は瞬きをして、それから、唇を噛んだ。
足跡は狭い村中の隅にまで至り、各々が建物の入口で消えている。苫屋、納屋、土蔵。在るのは死体、或いは人骨ばかりである。短機関銃に、弾薬が一つきりのポーチ。椛の持ち物に、少しの変化も無い。
「もう夜、か……」
呟きながら、椛は苫屋の一つに寄りかかり、そのまま重く座り込む。日没を迎えた夜の帳に、青白い頬が浮かんだ。
椛は力無く首を垂らし、強張った身体を紅葉に預けた。されど、表情は変わらない。むしろ、厳粛と緊張を交えた眼光を強める。冴ゆる風、紅葉を抱いた風は、勢い猛を増して、小さな肩を震わした。
と、そんな折りであった。
椛の目が、はたと見開かれた。
短機関銃を紅葉について、椛は立ち上がった。紅葉に浮く如き足取りで、椛は音も無く足を踏み出す。一歩、一歩、鼓動すら潜めて。
椛の視界の彼方、畦道を曲がり、幾つも段差を越えた苫屋。
温もりを抱く灯り、赤に燃える焚き火。
僅かばかりに戸から漏れた、橙の閃光。
紅葉の中には有り得ぬものが、闇に包まれてそこに有った。
椛は銃を確かに握り締めると、息を止めて苫屋の戸の横に寄りかかった。
苫屋の中から響く物――――輪郭の無い息遣い、身を臥す炭、灰の音。不明瞭な赤い影が揺らめき、力無く動きを止め、また揺らめく。椛は首を伸ばした。が、戸の横からでは、中を伺いようもない。椛は一つ唾を呑むと、紅葉を蹴った。釜戸にくべられた火、腰掛ける人影。抑揚の無い声と共に、銃口は向けられた。
「動くな」
椛より僅かばかり華奢な体躯が、跳ねるようにして椛へ向く。女、それも、若い。長く、纏まりの無い髪に獣の耳を生やし、息の止まった唇からは、小さな牙も覗く。瞭然、白狼天狗である。浮き出た目鼻と、深く刻まれた隈。皮膚は作りものと見紛う程青白い。四肢の節々からは、固く、白く、細い輪郭が、ありと見えた。
女は目を見開いて、瞬きもせずに椛を見つめてる。「手を頭に乗せろ」と椛が言うと、女は素直に従った。
「……軍の、兵隊様ですか」
「天魔軍の所属だ」
落ち着いた、と言うよりは、震える声が響いた。
「命ばかりは、どうか…」
「………、」
相も変わらず、椛の眼光は女に向けられている。表情、鼓動、息遣い。変わりは、無い。
「……私の部隊は昨日全滅した。赤軍のゲリラに、な」
「私もゲリラかもしれない……ですか」
無言の、頷き。
交錯する、視線。
釜戸の火は炭を失い、火勢を失い始めている。
椛は静かに、銃の引き金に力を込め――――
「待って下さい」
――――かけて、止めた。止めてしまった。
「坊やが起きてしまいます」
僅か、ほんの僅か。
しかし、確かに。
椛は目を見開いた。
女の後背、椛からは見えなかった、死角。女が腰をずらした、後ろ。未だ産毛も生えていない赤ん坊が、一つの彫刻のように目を閉じていた。
椛はしばらく、銃口はそのままに、赤ん坊に視線を投げていた。女もまた、その様子を食い入るように見つめる。その内に、玉のような汗雫が一つ、椛の額を流れて落ちた。
「……貴様ら、何故ここにいる」
ようやく、椛は押し殺すように、低く呟いた。鋭利な表情に、変わりは無い。敢えて、挙げるならば。僅かな、弛緩。眼光に込められた力の、解れ。油断にも満たない、躊躇い。
女は、椛の表情を一瞥した。それから、息遣いにも近いように、口を開いた。
「事の顛末は、一月前に御座います」
「この村は、ただの寂れた寒村、紅葉が多いくらいが取り柄の、片田舎で御座いました。村人は四十もいません。時々、山の向こうから商人が来る以外には、訪れる者も無いのです。ですが、皆それで満足しておりました。ゲリラなどとんでも御座いません。お偉い方が赤でしょうと天魔でしょうと、あるがまま、当たり前の幸福が、私達の幸福で御座いました」
女は言葉を切った。それから、唾を口に染み渡らせて、唇を潤した。
椛の手、短機関銃を握る指先には、汗ともつかぬ熱気が滲んでいる。
椛は呟くように、「続けろ」と言った。
「そう、一月と、二三前に御座いました。一日、たった一日の内に、で御座います。その時もちょうど、紅葉の良く降る、夕暮れでした。天魔軍の兵隊様――――それも、村人の皆よりも、大勢の――――が、村外れに見えたのです。ちょうど兵隊様、あなたのように、ボロ布を纏ったような様子で。必死に銃を抱えながら、身体を引き摺っていたのです。見かねた村の長は直ぐに、兵隊様のところへ行きました」
ところが、です。
台詞と同時に、女の表情に、これまでとは別のものが浮かんだ。目は既に、椛を見ていない。骨張った頬を真っ赤に染めて、どこか、目の前とは別の空間を睨みつけていた。
「口を開いた途端、飛んで来たのは鉛弾でした。無論の事、長は即死です。そして次に銃が向けられたのは、私達で御座いました。私達も抵抗はしたのです。村に幾らかあった、猟銃やら、リボルバア拳銃やらでです。しかし、機関銃に勝てる筈も御座いません。食べ物も金目のものも、粗方奪われてしまったのです」
いよいよ、銃を握る手には汗が滴り、椛は眉をしかめて、それを服で拭きとった。そしてそのままの表情で、女に口を開く。
「お前以外の村人は……」
「夫は、私と坊やを土蔵に押し込んだきり、帰って御座いません。三日経ってようやく外に出ると、在るのは紅葉ばかりで御座いました」
話しは、仕舞いです。
そう言ったきり、女は黙りこくった。見上げるようにして、椛と視線を交わす。椛も何も発することは無く、ただそこにあった。
横たわる、静寂。
小さく身を震わす、陽炎。
音も無く、声も無く、椛は銃を降ろした。
「……食糧が欲しい」
「食糧ですか」
「それ以外は何もいらない」
お前の命も、な。
そう付け加えて、椛は言葉を切った。
ようやく女は、表情から強張りを解いた。
「分かりました、兵隊様。此方に御座います」
女は立ち上がって、つかつかと物置の前へ立った。乾いた音を立てて、引き戸の鍵が開かれる。椛は女の促されるまま、物置を覗き込んだ。
「…………、」
広がる物、虚無、暗闇ばかり。
刹那、椛は目を見開き
それから、細めた
頭、その後ろ
硬く、硬い感触
「……慣れない物を握るんじゃない」
あちこちの錆び付いた、拳銃。激鉄の引かれた、ちっぽけな、リボルバア。握ってるのは、女以外には有り得ない。そして無論のこと、女であった。女は銃口を向けながら、神妙な面持ちで椛を見据えていた。
「私と坊やには、秋冬の山は越せませぬ。いつ人が来るかも分かりません」
「………、」
「春まで、粟の一粒も惜しいのです」
「だから私を撃つのか」
「兵隊様の真似事に御座います」
椛は鋭い眼光を放ちながら、口を閉ざした。短機関銃を握る手は朱く、汗は滝のように滲んでいる。様子を見ずとも女は気づき、静かに唇を動かした。
「何か、言い残される事は」
椛は、何も発しなかった。
そのまま、十、二十と、時が過ぎて行く。
二十五を過ぎたくらいに、堪りかねた女は、拳銃で以て椛を小突いた。
「さあ、兵隊様、」
唾を、一つ。
椛は、飲み込んだ。
それから、唇を殆ど動かさず、氷の如く明瞭に、口を開いた。
「……坊やが起きるぞ」
瞬間
宙を舞う、リボルバア
瞬きをする、女
振り返りざまの一瞬、回し蹴りは、寸分違うこと無く女の手を捉えていた
数瞬、瞬きの後、女は我に返り、床のリボルバアに手を伸ばす
それより、先に
銃声は、響いた―――――
白煙たなびく銃から手を離すと、椛は深く、物置の中を覗いた。中は、全くのがらんどうである。隅の隅の暗がりに、乾飯の、欠片の切れ端のようなものが二三、転がるばかりであった。
手を伸ばすことも無く、踵を返し、椛は立ち止まった。額を撃ち抜かれた、女。既に死体である物の、隣。村中に響くような声で、赤ん坊が泣いていた。
「……………」
椛は短機関銃の銃口を、真っ直ぐに赤ん坊に向けた。赤ん坊は泣き止まない。椛の表情、張り付いたような無表情が、変わることも無い。ただ、風が吹いて、一葉の紅葉を赤ん坊の隣に手向けた。
しばらくして、椛は短機関銃を降ろした。リボルバアを拾って懐に仕舞うと、そのまま戸を潜る。
椛は歩き始めた。
三千世界、漆黒の帳。
霞み紛れ、紅葉は見えない。
話は、仕舞に御座いまさあ
兵隊様の顛末?
さあ、あっしには関りの無え事でごんす
コメント返信
>>NutsIn先任曹長殿
紅葉ぢゃないもん、椛だもん!
>>2氏
ブログで言い訳してますのでそちらを・・
>>pnp氏
というか武器なら何でも似合う気がしてならないのです
>>山蜥蜴氏
脳内構想
椛 スオミ KP/-31
リボルバア 考えてない
猟銃 考えてない
どう見ても頭おかしいですほんとにすみませんでした
>>6氏
油断?違うな、うっかりだ
>>汁馬氏
タグが思いつかなくて適当にやったのは、どうか密に、密に・・
>>機玉氏
寧ろそれだけに全てを費やしてしまった私・・・
>>9氏
イメージはゴ○ゴ13だったりもします
>>紅魚群氏
つい短く、口語でのリズムばかり気にしてしまいまして・・凡夫にはままならないものですね
>>あぶぶ氏
椛もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもry
>>12氏
段落を短く切りすぎなのです、申し訳ございませぬ
>>株式会社ウジェーヌ氏
そして中身がまるで無いことに二度驚く
>>ちゃま氏
私の文体は癖があるどころの騒ぎぢゃありませんので、時々褒めて下さる方がいると本当に嬉しいです
御拝読有難う御座いました
>>んh氏
確かに冗長でした
あっさりしすぎてはいけない、いけないと調子に乗ってたら気付くと・・・
後半はむしろやけっぱちでしたのが良かったのかもしれませぬ
>>矩類崎氏
一番書きたかった雰囲気が伝わっていてとても嬉しいです
>>町田一軒家+氏
むしろ雰囲気だけに命を懸けてるとこうなります
>>まいん氏
あとがきが思いつかなくて適当にやったのは、どうか密に、密に・・・あれ、デヂャヴ?
>>零雨氏
むしろ雰囲気だけに命を懸けてると・・・あら、デヂャヴ?
>>20氏
思いついたのですが、羅○門のパクリ寸前になりそうで取りやめに・・・
コメント有難う御座いました
敬語表現が間違ってたりすると思ひますが、何卒ご容赦を
・・・・そもそも返信になってないのは、きっと鬼のせいです、Suicaのせいです
box
http://boxgarden108.blog.fc2.com
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2013/02/24 15:00:01
更新日時:
2013/03/12 20:02:53
評価:
19/20
POINT:
1470
Rate:
14.24
分類
産廃10KB
犬走椛
始末譚、或いは叙情
誰かが死んで、誰かが生き残った。
ただ、そこにプロの兵隊がいた。
血塗られた葉の名を持つ兵隊が。
文章が素敵だった。
歩兵椛+銃器+殺伐世界とはなんて私好みなんでしょう!
脳内では、椛はS&W M76かM3グリースガン、女のリボルバアは26年式拳銃、猟銃は村田式散弾銃なんて具合でした。
この長さだと情景描写に重点を置いたこんなssも書けるのですね。
素敵な文章でしたが、それ故に読みにくく感じるところもちらほら…。まあこれは個人的な好みかもしれませんが。
椛もみもみ
でも後半は良かったです
物語の雰囲気がとても好みです。
銃や横文字が無ければ、語り部のある劇の様であったと思います。
赤と黒が交差する山間の情景が目に浮かぶのはグッド。