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『産廃10KB「根の国の幽香」』 作者: 海
紫の桜が朽ちようとしている。幾度も還暦を越えて、漸く樹木としての死を迎えつつある。この桜はそれでも、この六十年の間、数を減らしつつも春には花を咲かせていた。今年は小枝の先に僅かな花を咲かせ、老木は今にも朽ちようとしている。
今は春。桜が咲き誇る季節であるが、この桜の下には無数の彼岸花が咲き乱れている。典型的な、往還する魂の異変――六十年ごとの、繰り返される魂の刈り取りと再生の異変である。
まるで巨大な盆栽のように、僅かに満開の、紫の桜の下で。私、風見幽香は一人の女性と話をしている――相手は楽園の閻魔、四季映姫。
「この桜も緩やかに死につつあります。貴方は、誰も彼もが殺し尽くされた世界で、未だ死にたいとは思わないのですか。」
映姫は真っ直ぐな視線で語りかける――私は彼女の視線を流し、桜下の彼岸花を眺める。また還暦を迎えた花々は、外の世界の多数の災害による死者の魂を受け入れ、季節を狂わせ咲き誇っている。
「海の向こうから来た閻魔に私を裁ける道理はないわね。私は根の国生まれだから。最早海の底に葬られた故郷だけど。」
私は静かに応える――何度目の対話であろう。映姫とこのような話をするのは。今は何十回目の「六十年目」。幻想郷の外の世界では、かつて繁栄を極めた人類は口を減らし、また循環する運命によって多くの命が失われたらしい。幻想郷でも、昔程の繁栄はない。妖怪も人間も、数を減らしている。知り合いの妖怪も、殆どが姿を消してきた。今幻想郷に残っているのは、力ある者だけだ。
そんなとき、私は歴史の彼方に封じられた故郷を思い出す――それは、根の国。全ての死者と、全ての穢れが流されて行く終着点。私はそこで生まれたのだ。そこは穢れを土に還し、再び生命の活力へと変える場所。海を越えてやって来た信仰によって、海の底へと葬られた場所。今でも素戔嗚尊は主としてそこに居るのだろうか。私はその地で生まれ、地上に取り残された古き者だ。
「私は幻想郷を離れることになりました。滅び行く世界で、外の人々は再び審判、裁く者を待ち始めたのです。」
何度も聞いた、別れの言葉を映姫は告げる。彼女が幻想郷を離れると。紫に聞いた話では、科学の叡智を極めた人類は、人知の及ばない星々の力によって滅ぼされていく地球において、自らの無力さ、環境の恐怖、そして地球を係る羽目に陥れた愚行への後悔などにより、再び審判の時という想念を抱きつつあるらしい。しかし既に神仏の信仰は外の世界では死に絶え、幻想の閻魔を人々は呼んでいるのだろう。勝手に幻想の存在にしておいて、今更という感はある。
「そして私は、貴方に裁きの手を委ねることにしました。」
今日、映姫が紫の桜の下で私に語りかけているのは、楽園の閻魔を辞し、審判の役目を私に引き渡すという告知だ。もう何度もこの話をしている。それは魂の行き先を決める職務を、私に引き継ぎたいということ。
何故私か。それは今の幻想郷には私の他に、魂の往還に関わる能力を持つ妖怪がいないのだ。魂を殺す能力、霊魂を操作することなら他の妖怪でもできる。しかし、魂を循環させるということは、私にしかできない。なので、映姫は昔馴染みの私に声をかけてきたのだ。
「……勝手に決めているけど、私は何もしないわ。土に戻る民草を禊ぐことなどしない。精々、此岸に咲く花の手入れぐらいならするかも知れないわね。」
私は気怠げに返答した。私の目線には、花しか映っていない。今までも、これからも。
太古の昔、地に生きる人間は全てが草花と等しい存在であり、自然に生まれ、死んでいく者達であった。だから、花を操作するという私の能力の本質は、魂の行き先を操るという能力なのだ。私はそのような能力の使い方を永年に渡り封印してきた。地獄、閻魔という存在が人間に広く信仰されるに従って、古き日の、根の堅州国の概念は滅んでしまったからだ。
「死した魂を裁かず、幻想郷を魂の花で満たすというのですか、貴方は。」
映姫は一面に咲き誇る四季の花々を眺めながら問いかける。人が死に、裁きも受けずに霊魂が地上を彷徨えば、それは受け皿となる花々に宿る。そして花が枯れるまで、魂は固着し、新たな生命の誕生を阻害する。映姫はそう認識しているのだろう。
「四季の花で満ちる幻想郷。それは美しい光景でしょう。私は、命とはそういうものだと考えている。私がするのは、花を咲かせたり、向きを変えてやるくらいね。」
死者の行き場のない霊魂が仮初に宿る花々。映姫と同じ方向を眺めながら、私は呟いた。もとより根の国とは死の国ではなく、活力の源泉たる場所。穢れ満ちる場所に生まれた私は、紆余曲折を経て幻想郷の妖怪として自らを位置付けていた。いや、そのような妖怪である、と吹聴していたのだ。私は妖怪でも、神でもない。ただ、古き者としか表現できない。神や妖怪という概念が生まれる前から生き続けており、私を表わす言葉はない。
「咎人の浄罪を忘れ、新たな幻想郷を作るのですか、貴方は。」
映姫は繰り返す。楽園の閻魔を継げと。罪を裁き、糾す役目を負えと。残念だが私にはその気は毛頭ない。死者の魂のその後を決めることなど、自然の中に戻せば良いと考えている。強いて言うなら、その過程で魂の宿る花々を私は操り、季節を調整する。そのような役割なら担っても良い。
すべての魂は花となり、土に帰り、再び地上に戻る。彼岸と此岸の境界のない、新しい魂の循環を起こす幻想郷を私は見てみたいのかもしれない。
「……それは許されざることかしらね。」
私はそう言って映姫に向かい、笑った。
許されないという考え方。罪の概念を持ち込んだのは遠く海の彼方の国からの輸入物である。古来よりこの国に根ざしていた信仰は、穢れを禊ぐことで流しきることができるという考え方であった。罪と穢れは、似ているようで大きく異なる。罪は人の行為によるもの。穢れとは自然に蓄積されるものである。映姫が要求しているのは、行為者を罰する執行官としての役目を負うということである。もしかしたら、地上に生きることを罪と捉えるのは、月人由来のものか。そう考えると、罪を糾す閻魔とは月の都の下部組織なのかもしれない。
私は、穢れを流す事はすれど、罪を咎める気は毛頭なかった。
「……わかりました。あなたに全てを任せることにするしか方法はありません。最早私には時間がない。……長い付き合いでしたね。またお会いするかも知れません。貴方なら、魂を正しく導くことが出来るでしょう。宜しくお願いします。」
しばしの沈黙の後、映姫は影の入った表情で私に向かい、頭を下げた。出会って以来、彼女が頭を下げるのを見たのは初めてかもしれない。言葉と共に、映姫の姿は薄く透け始めていた。今日、この時で最後。別れの時が来たのだ。
「さようなら、閻魔様。この地で花を刈り取るのは、今日までということね。その役目は、私が継ぎましょう。ご心配なく。」
私は別れを告げた。長い命の中で、私は映姫と何度も交戦し、対話した。お互いに手の内を知り尽くしている相手である。別れには、多くの言葉は必要なかった。
そして映姫が川霧に霞んで消えると共に、三途の川は消え去り、辺りは一面の花畑が残された。
「……長い年月ね、これは。」
私は再び草花を手入れする者として、腕を振るうこととなった。即ち、幻想郷の生と死を司る役目を負ったのだ。
親しかったかつての巫女は何代も変わっている。同じようにかつての白黒魔法使いはその子孫が今も生きている。妖怪たちは勝手に生まれて死に、また新しくどこか同じような妖怪が生まれている。彼女らに、映姫が去ったことを教えてあげようか。そう考えて、私は紫の桜を仰ぎ見て、花満ちる幻想郷へ一歩を踏み出した。
花を操る妖怪だと人は言う。確かに私はその程度の能力しか持っていない。これからは、魂の宿る花々を咲かせ、散らし、土へと帰す者となる。
私は、風の向くまま、気の向くままに草花を循環させよう。それを映姫は望んでいた。
「もう少し、この風景を眺めていましょう。六十年に一度だから。」
地に咲き満ちるは、罪深き魂の花。
ひどい話を書きたかったんですけど、何書いても心のセーフティが外れませんでした。これが愛かな。
読了ありがとうございます。以下にコメント返信です。
1.NutsIn先任曹長さん
花映塚に登場して、わざわざ花を操作するという能力を持つ幽香の位置づけは、小妖怪ではないよな、というのが発端です。
本編での映姫との会話もなんだか普段通りのような、顔なじみのような感触があるなあ、と。
3.pnpさん
魂は四季の花に宿るという背景を考えると、本編においては幽香もまた魂を導く者の一人かな、と考えました。
個人的な思い入れも大分ありますが。
4.汁馬さん
ありがとうございます。10KBの制限に収まるように、私なりに推敲しました。
5.機玉さん
六十年で循環する魂という花映塚の設定が、当時の私にはドストライクでした。幽香も映姫も好きなキャラクターです。
本編を離れ、さらに六十年、その先の六十年と考えるだけで話が浮かんできます。
短い話だと、読みやすく書けるというのがわかりました。そういう意味で良い企画ですね。
6.名無しさん
とある本で、古代の日本人は人を野に生きる草と見ていたという説を読んだのが着想です。
人間以外が妖怪と見做されるのか、さらにその他があるのか、興味深いです。
8.あぶぶさん
ありがとうございます。産廃に向いているのかなあ、と自問自答していますが、こんな話も偶には。
9.名無しさん
お題の10KBは良い制限でした。過程を省略していって、結末だけを書くという話も試したかったもので。
あと10KBあったら、実際に幽香が魂を輪廻させるシーンを追加したと思います。
10.紅魚群さん
自分は何故幽香が好きなのか、うまく言葉には表せないです。この話もまあ一つの解釈として。
ちなみに残る二大巨頭は文と依姫ですね。彼女たちが好きな理由は明確に自分の劣情なのですが。幽香だけは、自分の心がわからない。
11.ちゃまさん
終末の空気が少ない文章で感じて頂ければ嬉しいです。
山なしの話ですが、雰囲気話ということで。
12.んhさん
花映塚本編の前にも後にもこんな話を繰り返しているのだと妄想しました。繰り返し、というのがキーフレーズなので。
そこに気づかれるとは慧眼です(失礼)。
13.名無しさん
そう言って頂けると嬉しいです。
東方は長いこと触れていますが、一番心に来たのが花映塚でした。何というか、自分の中の懐かしい部分に触れるような感じです。
14.山蜥蜴さん
拡大解釈かもしれませんが、自分としては気に入っています。
二人の会話だけに集中して書くとこういう風になるのだな、と自分でも考える所があります。
15.町田一軒家+さん
捉えどころがない話こそ東方の会話の特徴ですが、花映塚の会話はその点でかなり異質なものと考えています。直球勝負というか。
能力の美しさ、という評価尺度でキャラクターを見ると面白いかもしれません。
16.名無しさん
ありがとうございます。地母神のイメージは確かにあります。それも話の着想の一つです。
また違った解釈も書いてみたいです。
たくさんの評価、コメントをありがとうございました。励みにしてまた話を書いていきたいです。
海
https://twitter.com/OceanoftheMOON
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2013/02/24 15:19:12
更新日時:
2013/03/10 23:25:07
評価:
14/16
POINT:
1200
Rate:
14.41
分類
産廃10KB
幽香
映姫
その心は、どちらも『手入れ』が欠かせません。
二人の登場人物を通して見える世界観が興味深かったです、文章が読みやすかったのも個人的には嬉しかった。
妖怪も神も種族というものは人が勝手に線引きをしたのかもしれませんね。
ストーリーを求める自分みたいなのからすると味気なくもありますが。
全体的に文章が素敵でした。
この会話が何度も行われていることは、繰り返して書かなくても最初か最後に印象的に明示しておけば十分だった気がします
映姫が目立ち幽香が背景に溶け込み美しい反面、もう10KB読みたかったような気もします。
解釈を違えて立場を置換する系の二次って好きです。ちょっと俺の右眼が疼く感じ。
描写が濃いので能力の濃さにも説得力が感じられるといいますか。
深いのに捉えどころのない物語がもどかしく思いました。