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『産廃10KB「こんなときは眼の裏まで咲夜」』 作者: 仙人掌うなぎ
館の掃除や料理の支度や来客の相手といった仕事を一通り片づけたら、私は午前のうちに約十四時間三十分の間、時間を停止させてレミリア・スカーレットと紅美鈴とフランドール・スカーレットとパチュリー・ノーレッジの眼球を抜き取ってから、それらの眼球を元の持ち主に返さなければならない。
これはもちろんお嬢様の命令で、「咲夜の世界は時間を操りすぎておかしくなってるかもしれないから、私たちの時間にちょっと触れたほうが良い」だそうだ。誰だって身体の中にその人の時間があって、本当は身体の一部を取って戻せばなんでも良いのだが、一番手っ取り早くてやりやすいのが眼球なのだとお嬢様は言う。お嬢様の考えることはいつだってそうで、こういう風に突然私におかしな指示を出すのだが、今回はどういうわけか美鈴も妹様もパチュリー様も口を揃えて是非ともそうしてほしい、そうしなければならないと言うので私は二ヶ月前から毎日彼女たちの眼球を抜き取って戻している。
眼球を抜き取る順番は決まっていて、必ずレミリア・スカーレット、紅美鈴、フランドール・スカーレット、パチュリー・ノーレッジの順でなくてはならない。パチュリーの眼球を抜き取ったら、再びレミリア、美鈴、フランドール、パチュリーの順に、八つの眼球を戻していく。
こういった決まり事の大部分はお嬢様の意向による。何か意味があるのかもしれないし、ただの思いつきかもしれない。なにしろ彼女自身は時の止まった世界を認識できないのだ。
十四時間三十分という時間もお嬢様が提示したもので、時を止める時間は長いほうが良いが、しかし長過ぎるのはよろしくなく、十四時間三十分よりも多少短いくらいならば構わないが一秒でも過ぎることは許されないという。はじめて作業をした日はパチュリーの眼球を戻すまでに十四時間二十六分かかってしまってかなり危うかったが、最近は慣れたためか数時間で終わるようになっており、それではやはり短すぎるということで、残りの時間を使ってもう何回か眼球を抜いて戻してを繰り返すことにする。ここ数日は四回繰り返している。
時を止めたら、まずレミリア・スカーレットの部屋に行く。このときレミリアはほとんどの場合座っているか、立っているかで、つまり彼女の日常の大部分がそうであるように何かを考えている。彼女が常日頃そう言っているように彼女の能力で見える運命というものが関係しているのか、あるいは全然関係なくどうでも良いことなのかもしれないが、どちらにしても作業に支障はないので、私はレミリアの顔に左手をのばす。眼球を抜き取るときも戻すときも、使う手は左手である。
眼球を抜き取るときは丁寧に、かつ素早く行わなければならない。時を止めている間に眼球が一度なくなっても、正しく戻していれば妖怪の頑丈な肉体はそれに気づくことすらなく神経を回復させる。ただし、手順を間違えた場合は視力の回復にはそれなりの時間がかかるという。なにより、時間を停止させて行われるべき他のあらゆる行動と同じく、これもまた、そのためにいつ、どの瞬間に時を止めたのかということを誰にも気づかれてはならない。私はまだ失敗したことはないが、私の能力を良く知っている彼女たちが相手である以上、油断はできない。指先を慎重にレミリアの右眼に触れるか触れないかというところまで近づけたら、そこからは一息に、眼球の裏側をそっとつまむように親指と人差し指を滑り込ませ、力が入りすぎないように注意しながらずるりと引き抜く。抜き取った眼球の裏側にはレミリア・スカーレットの時間があるらしい。
右眼を抜き取ったら次は左眼を同様にして手に入れて、レミリアの右眼を右手に、左眼を左手に持つ。これが移動中の眼球の扱い方で、次に紅美鈴の眼球を取ったらレミリアと美鈴の右眼を右手に、左眼を左手に、といった具合になる。
レミリアの部屋を出たらそのまま長い廊下を歩いて階段を降りて正面玄関から庭を通って紅魔館の入り口の門まで行き、左右の手に眼球を持ったまま重い門を開けるのは少々面倒なので門を飛び越えてしまうと、紅美鈴がいる。美鈴はいつでも門の前に立っていて、それは門番だから当たり前なのだが、二ヶ月間続けているこの作業で、美鈴がそこから離れていたことは一度もない。美鈴は他の三人と比べて背が高いのではじめは少々苦労したが、コツを掴めばすんなり眼球を取ることができる。両眼ともレミリアと同じ要領で抜き取ったら再び門を飛び越えて館に戻り、地下室へ向かう。
フランドール・スカーレットは基本的に地下の自室にいる。フランドールはレミリアや美鈴とは違い、寝ているときもあれば何かを破壊しているときもあるし、魔法を唱えていることもあれば本を読んでいることもあるので、フランドールや彼女の周囲の物を動かさないように注意しなければならない。特にフランドールがなにかぶにょぶにょしたものを破壊している最中に時を止めてしまった場合、そのなにかの破片やら液体やらが宙に浮いているので、それらに触れないようにフランドールの眼球を抜き取らなければならず、時にはちょっとした弾幕を避けるよりも難しく精密な動作が求められる。もしフランドールが四人に分身していたら、そのときは四人分の眼球を抜き取るのだろうか。それはなかなか手間のかかることだと思うが、まだそのような状況には遭遇していない。
フランドールの眼球を抜いたら、パチュリー・ノーレッジの下へ行く。パチュリー・ノーレッジは必ず図書館にいて、本を読んでいる。広い図書館のどこにいるかは毎回変わるが、読む量以上の本を用意しておかないと安心できない性分らしく、パチュリーの居場所にはいつだって本が高く積まれているのですぐに見つけられる。パチュリーは椅子の背もたれによりかかったまま両手で抱えるように持った本を首を大きく傾けて覗き込む、肩がこりそうな姿勢をしている。奇妙な読み方だと思うが、いつも同じ格好なので眼球を取るのは簡単だ。
パチュリーの眼球を抜き取った私の右手には四人の右眼が、左手には四人の左眼が握られている。さすがにこれほど多いと手からこぼれ落ちそうになる。再びレミリアの部屋に入り、彼女に眼球を戻す。このときも右眼からである。戻すのは抜き取るよりもずっと簡単で、指先でそっと眼球を持ち、眼窩に入れた後、人差し指と中指で軽く押し込むだけで良い。雑なように見えるがこうしておけば時間停止を解除した瞬間に元通りになる。彼女たちに眼球がなくなっていた痕跡は残らない。わずかな違和感すらないらしい。レミリアの眼球を戻したら門の前で美鈴の眼球を戻し、地下でフランドールの眼球を戻し、図書館でパチュリーの眼球を戻す。もちろん、本人の眼球を返さなければならず、他人の眼球を誤って入れてしまったらどうなるかわかったものではない。レミリアとフランドールの眼球は姉妹というだけあって非常に似ているので、間違えないように気をつけている。
パチュリーの眼球を戻してもまだ時間が残っているので、もう一度レミリアの眼球を抜き取り、続いて美鈴、フランドール、パチュリーと眼球を抜いていきまたレミリアから順に戻していく。十四時間三十分まで時間がありそうだったら何度でも眼球を抜いては戻してを繰り返す。
昨日は四回繰り返した時点で十四時間を越えていたのだが、今日は四回目を終えてもまだ三時間十八分しか経過していなかったので、さてあと十回くらいできるだろうかと思いながら図書館を出る。今日訪れるのは九回目になるレミリアの部屋で、彼女の右眼を抜き取る。一回が四回になっても何も変わらなかったので、四回が五回になっても十五回になっても変わらないだろうと思っていたのだが、しかしそういうところに予期せぬものはあるようで、五回目にレミリアの右眼を引っぱり出した直後にそれが起きる。
まず、何かを踏んだ。そのぐにゃりとした気味の悪い感触に驚いた拍子に私は取ったばかりの眼球を落としてしまう。レミリアの右眼は床に落ちて何度か跳ねて、それからころころ転がったと思ったらどういうわけかふっと消える。
やってしまった。レミリアの右眼がなくなってしまった。どうしたものかと思いながら足下を見ると、私が踏んだものがぶちゃりと潰れていた。それはどうやら私の眼球であるらしかった。いつの間に自分の眼球を落としていたのか、それとも自分でも気づかないうちに自分の眼球を抜き取っていたのだろうか。眼球の中身だったらしいどろどろとしたものが床を汚していて、掃除が大変そうだと思った。
ぶどうの皮のようにぶにょぶにょした私の眼球をつまみ上げる。裏側を見てみたが、私の時間とやらは全く見当たらなくて、どうやら跡形もなく砕けてしまったようだった。きっとレミリアの右眼は、私の時間が潰れてできた隙間から、時間の裏側あたりに落っこちていったのだろう。
私はレミリアの右眼を拾いにいかなければならない。彼女の両眼を持っていなければ、美鈴の眼球を抜くことができないからだ。時を止めてから一時間二十七分。まだ半日以上ある。世界の裏まで探すくらいはできそうだ。
お嬢様は私を裏側まで運びたかったのかもしれない。お嬢様だけではなくて、美鈴と、妹様と、パチュリー様も。そう考えると、今は片眼のないレミリア・スカーレットの顔がなんだかおかしく見えて、私は笑ってしまう。
だから私は私のもう一つの眼球も踏み潰している。
さあ、お嬢様の右眼を探そう。
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2013/02/27 15:52:30
更新日時:
2013/02/28 00:53:37
評価:
16/16
POINT:
1330
Rate:
15.94
分類
産廃10KB
咲夜
セカイとは、目で見て認識した情報のことで、二つの認識器官をセカイの構成要素のひとつ『時間』の象徴としたのか。
自分のセカイで何度も同じことを繰り返しても、他者のセカイは理解できない。
変化が生じて、初めてその一端を垣間見ることができるのか。
見ること(理解すること)に、アイボールセンサーは不要。
この眼球へのこだわりがすげえ、すげえよ。
一度抜いてから戻す事に一体何の意味があるというのか。
独特すぎる世界観はどことなく魅力的
咲夜は無事こちら側の時間へ帰って来れるのでしょうか(無理そう)。
ただ、咲夜が各人物を敬っておらなくても一人称視点でありながら、
各人物に対する固有の名称を使わなかった事が少し気になりました。