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『産廃10KB「宮古芳香の底にいる」』 作者: 智弘
ねえ、あなた。芳香の話をお聞きになりたいのでしょう?
あら、どうされました。そんなに眉を動かして。どうしてそんなに不思議そうな顔をするのかしら。
あなたの知るべきことなんて、私の可愛い芳香のほかに、なにがあるというのです。
……まさか、いえ、まさかとは思いますけれど、知らなくていいなんて仰るつもり?
ああ、いけません! いけませんわ!
いいですか。ご自分の本心には犬のように従順でないといけません。そうでないと、息苦しくなるだけですもの。
それなのに、あなたは嘘をつくのですか? 私にあなたの苦しむ顔を黙って見ていろと言うのかしら。そんな酷なこと、私にはとても耐えられそうにありませんわ。
ですからどうか、この邪仙を哀れむお心があるのでしたら、その心を素直になさって。ねえ? あなたの求めるままに私が与えてあげますから。
ええ、お聞きになりたいと? 芳香のことを知りたいと?
そうでしょう。芳香の話が聞きたいのでしょう。
あなたって正直な方。ねえ、私の好みをご存じ? あなたのように自分を偽らない方、ですわ。ふふ。
では、いい子のあなたにお話してさしあげましょう。
芳香のことを。その中になにが詰まっているのかを。
あなたはそれを知っておかなければならないのですからね。
あなたは芳香のことをどれほどご存じ?
あの子が私のキョンシーで、愛くるしくて、なんでも食べる好き嫌いのない子だってことは知ってます?
そう、知ってるのですか。まあ、芳香も私も、この地でも名が知られるようになりましたからね。幻想郷縁起、でしたか。あなたもあれをお読みになったのでしょう?
いいものですねぇ、あれは。芳香の絵姿はご覧になりました? あの書物にあった芳香は、本物に劣らず可愛かったわ。
あなたもそうは思いません?
思いますわよね?
思いなさい。
あの子の愛らしさは不変ですもの。それでいて、飽きが来ない。芳香はそういう魅力を持ってるんですよ。
ねえ? 愛するにもっともふさわしいとは思いませんか。
変わらないのに飽きないとはどういうことか、それが気になるのですか?
いいでしょう。その魅力の神秘を教えてさしあげます。
芳香は、あなたもご存じの通り、死体なのです。その脳は完全に腐っていますわ。黒ずんだ脳髄が、とろとろと水晶のような液体にまみれ、ゆっくりとしぼんでいく果実の香りを放ちながら、まぁるい頭蓋の中にそれでもしっかりと納まっているのです。
ですから、普段の芳香は白痴の娘そのものですわ。どこを見ているのかわからないにごった目をして、口をぽっかりと開けてよだれを垂らして、アーとかウーとか甘ったるい声をもらすの。
もう……もう、なんて愛くるしいんでしょうね!
女の子は白痴なくらいが可愛いんですもの。あなたもこの可憐さがわかるでしょう?
これが芳香の魅力のひとつ。不変の可愛らしさは、ここに潜んでいるんですよ。
そして次に、飽きが来ないというもうひとつの魅惑。これには、芳香の食事が関係してますわ。
ええ、そうです。食事、ですわ。
変わらないあどけなさを振りまく芳香もいいものですけど、たまにはいつもと違った愛らしさも見たい。
そう思うのは当然のことじゃありません?
ですから、薬味をきかせて、普段とは違った芳香を味わっているのです。
ふふ。薬味というのがなんのことか、わかります?
わかりません? もう仕方のない方ですね。おバカさんなあなたにも、わかりやすいように教えてあげますからね。
薬味とは、つまりエサのことですわ。エ、サ。
なんのことかさっぱりわからないって顔をしてますわね。少しはご自分の頭を働かせたらいかがです? まあ、あなたにそんなことを言うのは酷というものかしらねぇ。
あら、怒った? 怒っちゃいました?
いけませんわ。気分を荒げてもいいことなんて、なにひとつないんですからね。ほら、深呼吸、深呼吸。
はい。もうすっかり落ち着きましたね。よくできました。いい子、いい子。ふふ。
さあ、エサについてでしたね。
エサというのは、文字通り、芳香のご飯のことですわ。
あの子の腐った脳は、舌が読みとる食べ物の味にだまされて、食べたものそのものになりきることがあるんですよ。
あなたでいうならば、酒を飲めば酔ってしまうようなものです。まあ、芳香の持つ生理現象のようなものですわ。
つまり、芳香が食事をするたびに、普段とは一味違う芳香を楽しむことができるんです。
だから、飽きることもない。美人は三日で飽きる、なんて話を聞きますけども、芳香に限って飽きるなんてことはありえない。これが、芳香のもうひとつの魅力です。
食べたもので、どう変わるのか?
そうですよね。やはり、気になりますよねぇ。
たとえば先日のことですが、芳香が小腹のあてに物部様の髪をぱくりと食べてしまいましてね。そうです。馬の尾のようなふさふさの髪を、チュルチュルとちっちゃなお口をすぼめて……もう、そのときの芳香ったら食べるのに夢中でして、本当に可愛かったわぁ。ふふ、うふふ。
あら、失礼。
ええと、物部様の話でしたか。はい。それで芳香は、すっかり物部様の気分になってしまったんです。
どこかの仏像を見つけては「うわーん。こーわーいー!」だなんて泣きべそをかきながら、手馴れた仕草で放火してぴょんぴょん飛び跳ねて現場から逃げるんですよ。
それに、私のことを指差して「青娥、それは寝癖だなー! そうであろーぅ?」とあの物部様特有の無根拠に得意げな顔をして言うの。
無邪気で無謀で無鉄砲で、可愛いといえば可愛いんですけども、残念ながらこの芳香は私の好みではありませんでしたわ。私の髪を寝癖扱いされて思わず穴を開けてしまいましたし。
逆にですね。
物部様の例のようにわかりやすい変化ではなく、普段と大して変わらなかったということもありましたわ。
ねえ、いったいなにを食べたか、わかります?
妖精ですわ。妖精。そのときの芳香は、妖精を丸呑みしていましたの。
いつもと変わらないぽけぽけした芳香を可愛がっていましたら、若葉色の髪をしたちょっと背の高い妖精が私をたずねてきましてね。
その妖精が言うには、お友達の氷精を探しているそうです。ほかの妖精から芳香がその氷精を食べたらしいと聞いて、私のもとにやってきたんです。
ええ、まったく気づきませんでしたわ。だって、本当に普段通りの飴玉みたいな目をした芳香だったんですもの。
ですが実際に、氷精は芳香のお腹の中にちゃんといましたわ。ノミで芳香のお腹を切り開いたら、消化前で大きさこそ縮んでいたものの、原形を保った氷精がいたんですから。
芳香の体内から取り出した氷精は、白い脂肪と赤黒い臓器でぬめっていて、てらてらと輝いていましたわ。ふふ、そうそう。それを見て、背の高い妖精は可愛らしい悲鳴をあげて倒れちゃったんですよ。あの表情には、なかなかそそるものがありましたわね。
あなたにも、これでわかりましたか?
食べることで、芳香はいろいろな顔を見せるのですよ。芳香の魅力はまさに、無限の可能性を秘めていると言えますわ。
……ですが、こんなにもすてきな芳香にも、私を満足させてくれないところがありますわ。芳香が見せるさまざまな表情の中に、たったひとつだけ欠けているものがあるんですよ。
ねえ、あなたならおわかりにならないかしら。私が心から求める、芳香が持たないただひとつの味わいを。
それはね、痛みにもだえる顔ですわ。
痛みといっても、神経をはしる類のものではありません。もっとやわらかい、体の中を裂く痛みのこと。胸のうちに錐を刺し込んだような、精神の激痛を味わうさなかに浮かぶ、あの歪んだ顔が見たいのです。
ですが、芳香は痛みと無縁。愚鈍な心と体では、鋭利な刺激のきらめきを生み出すなどとても無理な話ですわ。
芳香に食べされるにしても、妖精はなにも考えていませんし、妖怪は強靭すぎて、繊細ではありません。
里の人間なら? たしかに、それなら私の要望にもかないますがね。太子様の加護のもとにいる民衆に手を出せるとお思いですか。
おわかりかしら。私は、袋小路に追いやられていたんですよ。
普段の愛くるしい芳香や、ほかのさまざまな芳香の味わいは一時のなぐさめになります。けれど、最後にはさらなる飢えが私の後ろ髪を引っぱるのです。
一度、そうだと自覚すれば地獄はただ続くものですわ。うなされるように呻き、気狂いのように髪を乱し、惨めな女と成り果てる。
ですが、こんな私でも天はいまだに見捨てていませんでした。あるとき、私の頭の中にひとつの真実が星のきらめきのように飛来したのですからね。
複雑すぎるがゆえに軟弱な人間でなければ、私の欲望はおさまりません。ですが、この地の人間に手を出すことは禁忌。
ならば、答えはひとつしかないではありませんか。こんな簡単なこともわからなかったなんて、以前の私はどうかしていましたわね。思い出すだけでも、恥ずかしい。
この地の人間がダメなら、よそから持ってくればいい。
ねえ、わかります? 外界からつまんでくればいいんです。
ここと向こうの壁など、私にはあってないようなものですもの。穴を開けて、そこに手を伸ばせば人間の魂が手に入るんですよ。ね、簡単でしょう?
後は芳香に食べさせれば、あの子はその人間になりきるんです。今までと変わらずに日々を過ごす夢を見ているようになるんですよ。
そんな者たちに、ただ変わらぬ日常に慣れきったその心に、血を含んで膨れ上がる肉のうずきを教えたときの、あの顔! 精神をもう芳香に食べられてしまい、蝶の見る夢となった事実に突き落とすあの感触!
あぁ、あ、あ、たまりませんわぁ。本当に、得がたい興奮ですわ。うめき声が深まるほどに、妖しい身震いが私の背を撫でるんですから。
そのときの私の悦びがどれほどだったか、おわかりになります?
今も自分は生きていると信じて疑わない者に、芳香が目を覚ませば消えるだけの存在でしかないとわからせたとき、芳香が出来るはずのないあの顔を見せるのよ。
その表情は肉の宝玉のように貴きもの。絶望に染まった芳香の顔は、潤沢した皮膚のように愛おしく感じます。涙でうるんだ瞳の輝きは、私の欲望の底を照らす光となりますわ。
それが私の悦びなのです。心のくすぐりどころを見事に探り当てた心地でしたわ。同時に、芳香への愛おしさが恍惚となって私の全身を駆け巡るんです。
ところで、あなた。そろそろ、おわかりになったんじゃないかしら。
ひょっとして、まだ気づいていないのかしら。それほどまでに愚鈍な心をお持ちですか。お可哀想に。
ですが、喜びなさい。そんなあなたの心でも、忘れがたいあの芳香の味わいを再びもたらすことくらいはできるのですから。
良かったですわね。私のただ一時の悦びのためだけに、その魂を差し出すことができて。
あら、まだわからないの? 本当に?
ふふ、嘘ですね。ただ、みとめたくないだけなんでしょう。安心して。私が背中を押してあげますから。
遠慮することはないのよ。人の親切は素直に受け取りなさい。
ほら。
ねえ、あなた。
自分の名前を言ってごらんなさい。
あなたは画面を見ている。
あなたは意識が薄らいでいく。
あなたは意思を保てなくなる。
あなたは暗がりに落ちていく。
あなたは――
「おはよう、芳香」
「――うん、青娥」
-3月12日追記-
評価、コメント、ともにありがとうございます。
以下は、コメント返信です。
>>1
青娥も聞き手のことをほんの少しくらいは考えてあげてます。聞き手が自分の悦びのために取るに足りない命をいつ輝かせてくれるのか、その一点についてですが。
>>3
一種のメタフィクションです。容量の制限のせいで驚きは浅いでしょうけれど。
>>4
優しく、と頼むと芳香はザラザラの刺激がある舌で舐めてくれます。くすぐったくても、かゆくなってきても、皮膚がむけ、赤い筋肉をさらしても、舐め続けてくれます。
>>5
食べたものになりきるカービィ芳香ちゃん。そうです。そこが今回の話で一番書きたかったところなんです。オチをつけないと気がすまないタチなので、一応のオチはつけましたが、見所はその芳香ちゃんにしたつもり。
>>6
青娥はこういう一種の催眠のような話し方が得意そうだというイメージ。彼女は、大声で話すものとはまったく別のやり方で、耳の奥底に言葉を押し込んできます。
>>7
青娥の整った顔がその均整をわずかに崩す様? 大変、興味があります。芳香の脆弱な自我がその表情を求めていて、忘れたふりをしていたりするとか、そういったシチュエーション。
>>8
邪仙というくらいですもの。悪役という枠を通り越した、邪悪のカテゴリ。そこに入れる青娥くらいが丁度いいように思います。
>>9
悪意の定向進化を遂げたような邪悪さをまとわせる青娥が、私の中のイメージです。もちろん、サイコロの一面のように優しさを見せるときもあります。青娥の場合はそのサイコロが百面ダイスだという話ですが。
>>10
このオチは、こちらが相手を打ち負かすか、あるいは共感を得られるかしないと面白みにつながらないように思います。つまり、作者と読者に距離感があったり、展開を先読みされると弱いのです。次の機会があれば、あなたに打ち勝ちたいです。ささやかな目標とさせてください。
>>11
青娥は芳香可愛がりの達人なので、仕方ありません。そのうち「芳香よしよし代行、はじめました」とか言い出します。あなたの周りで一生懸命芳香よしよしをします。
>>12
こう、なんて言うんでしょうか。自分のがんばったところをぴたりと当てられて褒めてもらえたときのような。心のくすぐりどころを探り当てるのが上手いと言いますか。大変、嬉しい感想をいただけました。ありがとうございます。
>>13
食べられたいとはつまり、より大きなものと一体化したいということですね。それはタオの思想です。タオとは宇宙そのものであり、あなたを内包する存在です。その世界と一体化しようとする試みは、まさしくタオであり、愛と呼ぶに任せる衝動なのではないでしょうか。ところで、すみません。ここまで適当に言いました。
>>14
青娥の赤い舌が踊れば、万人がその舌先の通りに動きます。フランドールや大妖精、メディスン、キスメあたりの妖怪妖精には青娥によからぬことを吹き込まれてほしいですね。面白そう。
>>15
女の子はどんな表情でもその肉がきらめくように美しく見えるものです。ですが、そこに涙が加わると、その輝きが胸の奥底にあるほの暗い熱情を暴くように照らすのです。たまりませんね。
>>16
青娥を食べる芳香! すばらしい着眼点です。一種の心中のようでもありますが、単純に考えると、安全な地帯から眺めて楽しんでいる輩を今まで見ていた地獄に放り出すという胸のすくような思いを味わえますね。オチが浅かったのは容量のせい、と言い訳をしたいところですがそれはあまりに情けない。精進します。
>>17
芳香は意地の悪い笑みを浮かべながら、そう言った。
それを受けて、青娥の端正な顔つきは、ひび割れたガラスのようにあっという間に崩れ去った。
「こ、このっ……こいつ、こいつ……!」
青娥は親指の爪を執拗に噛みながら、激しい憎悪の眼を芳香に向けた。蝋のような艶のある爪は、宿主の血で真っ赤に染まった。その色が、彼女の舌の上でもだえ苦しんでいる怒りの叫びを如実に表していた。
>>18
青娥が許す返事は、「はい」か「イエス」か「もう好きにしてください」の三択です。こちらのささやかな企みに乗ってくれましたようで、嬉しい限りです。ありがとうございました。
智弘
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2013/03/02 16:51:09
更新日時:
2013/03/12 00:44:39
評価:
17/18
POINT:
1550
Rate:
16.58
分類
産廃10KB
宮古芳香
霍青娥
あと、聞き手は、青娥の話をまともに聞いていないようですね。
青娥も聞き手のことなんか考えてませんけどね。
語る青娥にゃんから芳香ちゃんへの愛が伝わってきました。食べたものになりきるってのも斬新で面白いですね。
だが「あなた」と俺の考えてることが違うから、俺は「あなた」じゃない。
面白いアイディアと話の内容で青娥のキャラが個人的に好みでした。
そんなバイタリティ溢れる作家さんに心当たりが…上のほうに。
それも楽しそうですが、寝ている間に芳香に食べられちゃった青蛾の顔が見たい一番見たい
読むこと自体が罠という嫌らしい奸智 実にグッド ただオチが読みやすいのが
ここいらの者には、大分おかしいのが多いですからね、自分がそのお話になっている可愛い化け物さんの魂になるのを、寧ろ喜んで迎えるなんてのも多いんじゃないですかね。
私ですか? いやあ、まぁ痛いのは確かに御免ですけれどね、そうじゃなく、知らぬ間に食われて消えて行けるとなればこれは中々魅力的……。
化け物さんにお望みの顔をさせられるか怪しいものですよ。
最後まで見てわ〜おと感心してしまった。