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『産廃10KB 「メイド屋家業」』 作者: sako
メイドの仕事は多岐にわたる。
掃除に洗濯、炊事に警備、新人妖精メイドの教育に門番へのお説教、それに暗殺――
とかく、やることが多い。
今も私はお使いの最中だ。
パチュリー様の指示で鞄をあるお店へ届けるところだ。鞄は革張りで手提げ式のもの。口には鍵が付いていて私は鍵を持っていない。鞄の中からチクタク音がしているけれど、私は一考だにしない。言われたことをきちんとやるだけ、それが優秀なメイドの基本なのだから。
「結構遠いね咲夜」
そうですわね、妹様、と私が翳している日傘の下に返事する。妹様は別に暇つぶしで私に付いてきているのではなく、私とは別の用事でお使いを頼まれている。
人々が往来する大通りを歩くこと十五分。目的の場所に着いた。歩いて行けと言うのもパチュリー様の指示。飛んでいった方が早いのだけれど『飛んでいくと目立つから』だそうだ。
お店は飲食店だ。昼間はランチを夕方からはお酒も出している店でこの通りでは一、二を争うぐらいの繁盛店だ。けれど、私たちが訪れたのは午後三時を少し回った頃(これもパチュリー様の指示)店内に客の姿はまばらでサラリーマン風の男性二人組と学生らしい女の三人。店員は店の主らしき中年男性一人だ。
「いらっしゃ…」
私たちを出迎えようとした店主の言葉が途中で止る。こちらが一体誰なのか、何用で来たのか感付いたようだ。顔を青ざめさせ、あからさまに視線を下げてくる。
「こんにちわ店長さん」
妹様がそう笑いながら挨拶する。私も妹様に倣い頭を下げる。店主も返すがそれは客商売の条件反射のようなものだ。本来なら客ではない私たちに頭なんて下げたくもないだろう。
「どう、お店は繁盛している?」
妹様がそう問いかける。世間話。交渉ごとをする時はまず当たり障りのない話から入れ、というセオリーを守っている。私が教授した結果だ。成果が現われているようで教師としては少し嬉しく思う。
「ここの料理は美味しいって噂、よく聞くよ。店長さんの腕がいいんだね」
こんど、プライベートで食べに来ようかしらん、と妹様。店主は俯いたまま黙し、すっかり綺麗になった皿を更に磨き続けている。返事なんてしない。
「でも、店長さんも経営者ならもっと売り上げを伸ばしたいと思わない。二号店をひらく資金作りのために、とかね」
店内を適当に歩き回りながら妹様はそう店主に話しかけ続ける。私はその後ろを黙って付いていく。店主も黙ったままだ。客たちもこの雰囲気を感じ取ったのか、黙り、音も立てなくなる。
「で、どうかしら。前にこの咲夜が話しに来たと思うんだけれど、あの件、承諾してくれるかしら?」
カウンターに寄りかかり、つまらなさそうにテーブルの上に置かれた塩の瓶をつまみ上げながら妹様はそう問いかける。交渉開始。上目遣いに店主の顔をねめつける。
「こ…断る」
たっぷり、珈琲一杯分を作れそうな時間が経った後、店主は震える声でそう応えた。こめかみを油みたいな汗が伝わり落ちている。
「あ、あんたらも知ってるだろ。この地区じゃ聖徳王の認めた酒店以外から酒を仕入れるのは御法度だ。そ、それで上手く行ってるんだ。だから…」
ガシャーン!
店主の言葉を遮る破砕音。妹様が手の中で弄んでいた塩の瓶を落したのだ。
「あっ、ごめんなさい店長さん。落してしまったわ。咲夜、片付けて」
店主の「余計な事をしないでくれ」という言葉を無視して、私は箒とちりとりを用意し、床に散らばったガラス片と真っ白な粉を掃除しはじめる。私の主人はお嬢さまで妹様はその妹君。店主の言うことを聞く必要性はない。
「で、店長さん、なんだったっけ? よく聞いていなかったんだけど。紅魔館の安くてとってもおいしいワインを仕入れてくれる話だったかしらん?」
「……」
店主はブルーキュラソーみたいに顔を青くして震えている。前回、私が訪れた時はカンパリみたいに真っ赤になっていたのに信号機のような人だ。次はスーズみたいに黄色になると予想する。
「悪い話じゃないと思うんだけれど。高いんでしょ、その許可を得ているお酒屋さんのお酒って」
「ぐっ…」
言葉を詰らせる店主。そこは調査済みだ。この辺り一帯は聖徳王・豊聡耳神子が治めている人界。王の統治の元、住人である人間は幸せな生活を送っている。高い税金を治め雁字搦めの法律を守りながら。店主の言う『聖徳王の認めた酒店以外から酒を仕入れるのは御法度』というのもその一つだ。地区内の酒蔵の利益と雇用を守るため、地区外から酒を仕入れることを禁じる…というのが表向きの理由。実際は酒蔵共はカルテルを組み、売価を互いに調整しあい、一般市民に明らかに商売のセオリーから逸脱した利益が加算された酒を売りつけている。そうして発生した余剰の利益は連合の幹部たちの手へ、そうして更にその上に立つ豪族たち…強いては豊聡耳神子の手元に届くようになっている。これは何も酒に限った話ではない。農作物、織物、書籍、ありとあらゆる産業卸売業の隅々にまで同じような仕組みが広がっている。
私たち、地区の外の酒蔵はその隙をついてこうして商売に来ているのだ。もっとも基本的に顧客はこんな一流の店舗ではなく三流四流の場末の立ち吞み屋だ。それがこうして表通りの繁盛店に来たのは偏に事業の拡大のためだ。場末の吞み屋は安かれ良かれで安い酒を持っていけばどんなものでも買ってくれる。ただし、その利益は当然ながら対したものではない。また、そういった店は当局から摘発を受けよく潰れてしまうのだ。経営が不安定な相手と取引を続けるのは商売上、得策ではない。
だからこそ、こうして大口顧客となんとか契約を結ぼうと交渉にやってきたのだが、なかなか難しいようだ。
「悪い話じゃないでしょう。店長さんも儲かるし、私たちも儲かる。えっとこういう関係ってなんて言うんだっけ…?」
Win−Winですわ、妹様、と助け船をだす。「そうそう、それそれ」と妹様はかんらかんらと笑う。つられて私も笑みを零す。笑っているのは私たちだけだ。店主は苦虫を噛み潰したように顔をしかめているし、客たちは視線を逸らし、黙りこくっている。店内の空気が鉛みたいに重くたちこめ始める。
「こんにちわー、みかわやですー」
その重苦しい空気を換気する可愛らしい声。なに、とそちらに視線を向ければ妹様よりも更に小さな女の子が店の中へ入ってきた。
「えっと…ついかのおさけ、もってきました」
少女は包装紙にくるまれた酒瓶を重そうに両手で抱えていた。この娘も私たちと同じく、お使いなのだろう。店主が礼と一緒に少女が持ってきた酒瓶を受け取る。
「あ、そうだ。ここに、えっと、うけとりのサインもお願いします、おじちゃん」
「あ、あぁ」
腰につけたポシェットから伝票を取りだす少女。小さいのにしっかりしている。ウチのメイドに欲しいぐらいだ。
「こ、これで分かっただろ。ウチは三河屋から仕入れてる。アンタの所からは仕入れない。そ、それにウチは健全な店なんだ。アンタのとこみたいなマフィアとは付き合わない。絶対にだ!」
ありったけの勇気を振り絞ったのだろう。店主はそう震えながらも何とか交渉決裂の言葉を口にする。とりつく島はなさそうだ。きつくこちらを睨み付けている。少女は一体、何が起こっているのか分からずきょとんとしている。
「わかった。残念だけど、店長さんがそう言うんじゃ仕方ない」
咲夜、帰ろう、と妹様は店の外に向かって歩き始める。ぺこり、と店主に頭を下げ、妹様に続く。
「失敗しちゃったね」
外に出て開口一番、少し残念そうにそう妹様が話しかけてくる。
けれど、妹様には悪いが紅魔館としては成功だ。元よりパチュリー様の見立てでは、そして私自身の考えでもこの交渉が上手く行く可能性はゼロだった。そんな交渉にあえて妹様を行かせたのはお嬢さまの考えだ。ここで一回失敗しておけば、交渉ごとというものは難しいものだと妹様に理解させることが出来る。つまり伸び代が出来るということだ。今回の交渉は妹様の勉強会でもあったのだ。恐らく次は比較的簡単な交渉に向かわせて、成功の喜びを教えることになるだろう。次がある。
「まってくださいー」
と、帰ろうと道を歩いていた私たちに後ろから声がかかった。妹様と一緒に振り返るとあの少女が手を振りながらこちらに走り寄ってきているではないか。
「あの、これ、忘れ物」
荒い息を調えもせず、はい、と革の手提げ鞄を差し出してくる少女。「それは…っ」と妹様は眼を見開く。私は傘を空間に固定すると少女と目線を合わせるためにその場にしゃがみ込んだ。ありがとう、とお礼を言い少女の頭を撫でてあげて、鞄を受け取る。褒められたのが嬉しかったのだろう。お花のような笑みを浮かべる少女。その可愛らしさについもっと褒めてあげたくなってしまった。
私は財布を取りだすとコインを一枚取り出し、少女の手を取ってそれを手の平にのせてあげた。
「これは?」
少女は小首をかしげながら問いかけてくる。お礼よ、と私。これであのお店でミルクでも飲みなさい、と言ってあげる。
「んー、ぎゅうにゅーよりオレンジジュースがいい」
好き嫌いがあるらしい。少し減点。でも、まぁ、いい。ジュースでもなんでもいいから好きなものを頼みなさい、と告げ、早く行くよう促すために少女の胸を軽く押す。
「ありがとうおねえちゃんたち」
振り返りながら手を振る少女。前を見ず走るのは危なっかしいが少女は何とか転ばず店まで戻ることが出来たようだ。
「さ、咲夜」
少女の姿が見えなくなったからか。妹様が恐る恐るといった風に声をかけてきた。
「鞄、鞄、はやくどっかにやっちゃわないと危ないよ」
震えている妹様。その妹様を安心させるために、立ち上がって私は傘を手にした後、一本指を立てて見せた。人差し指を立てた右手と、傘を持った左手。手元に鞄はない。あぁ、と妹様が納得した顔をするのと激しい熱風が頬を撫でるのが同時だった。
「返してきたのね。まぁ、商談用の贈り物だったからアレはもうあの店長さんの持ち物だものね」
一帯の明るさが増す。鼻孔に届く焦げ臭い匂い。それに僅かに混じる人の肉の焼ける匂い。処彼処から「なんだ」「どうした」「店が爆発したぞ」と悲鳴や怒号があがる。道路を往来していた人々は足を止め、立ち上る黒煙と屋根や柱を舐める炎の赤い舌を見つめている。それも一瞬。続いて起った第二の爆発に我先にと逃げ始めた。店内に置いてあったプロパンガスのボンベか何かが引火したのだろう。もう少しすればけたたましい鐘の音と一緒に火消したちが駆けつけるだろう。それまで爆発で発生した炎は半壊した店を焼き続けるに違いない。紅魔館の申し出を断った愚かな店主も、運悪く店内に居合わせた客たちも、あの少女も。分け隔てなく。
「でも、あの女の子は殺さなくってもよかったんじゃないの咲夜」
そう言う妹様に私はいいえと首を振りながら応える。
「私が受けた命令は『爆弾』を店に届けて、店主以外にも適切な人数を爆殺しろですわ。『同業者』の従業員…使いっ走りですけれど、も殺せば酒蔵カルテルの連中も脅せて一石二鳥になるじゃないですか」
言われたことをきちんとやるだけ、それが優秀なメイドの基本。ならば、それ以上が出来てこそ完璧なメイドたりえるのだ。
「さぁ、帰りましょう妹様。帰ってお嬢さまとパチュリー様にご報告致しませんと」
集ってくる野次馬共を避け、私たちは帰路についた。
これでこの仕事は終わり。帰って報告を済ませたらまた、炊事掃除洗濯暗殺――色々な仕事をしなくてはいけない。
END
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2013/03/03 14:14:21
更新日時:
2013/03/03 23:14:21
評価:
15/16
POINT:
1210
Rate:
14.53
分類
産廃10KB
クライムサスペンス系
相変わらず、メイド長は瀟洒に仕事をこなす。
こうして妹様は、お家のお仕事を覚えていくのでした。
やっぱり豊聡耳はこの紅魔館に蜂の巣にされるくらいの小悪党役が似合う
紅魔館はこういったギャングが似合うかと。
非情ではないけど忠実な咲夜さんもかっこいいし、フランちゃんにまだ純粋さが残ってる感じが可愛かったです。
長さのせいか元ネタとほぼ重なる為この作品を元ネタと切り離して見ることが出来ず、少し物足りない印象を受けてしまいました。