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『時間停止の制限時間』 作者: sako
時の止った世界。咲夜の投げた幾本もののナイフは中空で停止する。全ての鋭い切っ先は静止している霊夢の方を向いている。咲夜の合図一つでそれらは霊夢に襲いかかる事だろう。
だが、咲夜の合図と共に動き出した無数のナイフは霊夢の身体には決して届かなかった。全ては霊夢の未来予知じみた直感と判断力、反射神経の前に回避されてしまう。
それどころか…
「せいっ!」
「ぎゃ!?」
咲夜は回避の隙を狙った攻撃にカウンターを見舞われ逆にKOされてしまった。
「いてて…参りました」
ほうぼうの体で体を起す咲夜。ふん、と勝者の霊夢は腕を組み鼻を鳴らす。
「これで分かったでしょ。今回の騒動は私が犯人じゃないって」
「そうみたいですわね」
失礼しました、と頭を下げる咲夜。その顔の前に手が差し出される。「立ちなさいよ」とそっぽを向きながら霊夢。一瞬、咲夜は差し出された手の平と霊夢の顔を見比べたが、その手をとり身体を起した。
「まぁ、でも惜しかったですわね。もう少しナイフを投げて逃げ道を塞いでいれば私の勝ちだったんですけれど」
立ち上がった咲夜は服に付いた埃を払ったり傷の具合を確かめたりしている。
「そうなったらボムるわよ。まぁ、ヤバかったのは間違いないけど。そう言えば…」
無傷の霊夢は手持無沙汰なのか、咲夜の負け惜しみのような台詞に言葉を返し、そこから閑話休題、話をつなげた。
「どうしてそうしなかったの?」
「そう、とは?」
霊夢の問いかけに疑問文で返す咲夜。霊夢の質問の意味が計りかねたのだ。
「ナイフよナイフ。時間止めれるんでしょ。その間にもっとナイフ投げてりゃよかったのに。ナイフ切れ? それとも制限時間切れ?」
「切れ、ですわね」
どっちの、という霊夢の言葉に肩をすくめ堪えてみせる咲夜。
「制限時間の」
◆◇◆
時の止った世界での経過時間、なんていうのはおかしな表現だが確かに咲夜は永延と時を止める事はしない。出来ない、ではない。しない、だ。咲夜にとって時間停止とは歩いたり、喋ったり、料理を作ったりするのと同じで何かしらの制約がある訳ではないのだ。
だが、それでも時間停止には制限時間がある。何時間何分何秒と決まっている訳ではない。ただ、どういう風に歩けば足を挫いてしまうのか、どういう風に喋ればどもってしまうのか、どういう風に野菜を切れば指まで切ってしまうのかと同じように咲夜は時間停止に制限時間があるのを知っている。経験則ではないし、誰かに教えられた分けでもない。ただ、長時間止めていると『これ以上は危ない』と自然と思うのだ。まるで、お風呂場で頭まで浸かって息を止める様に。
今まで咲夜はその感覚を信じて時間停止を使ってきた。これからもその感覚通り、制限時間内でしか時間停止を使わないだろう。不測の事態でも起らない限り。
◆◇◆
「あら…?」
咲夜が町外れを歩いていると廃屋で子供たちが遊んでいるのを見かけた。年の頃は六、七ぐらいだろうか。レミリアと同じぐらいの背丈の子供たちが声を上げて元気良く走り回っている。その微笑ましい光景に咲夜は少しだけ目を細めた。
あれぐらいの年頃の子供たちなら世界中が遊び場なのだろう。倒壊寸前のボロ屋もまるで遊園地だ。壁の穴から這い出てきたり、蜘蛛の巣を棒で払ったり、錆び付いた機械を弄ったりしている。
心安らぐ光景。けれど、さほど珍しいものではない。特に咲夜は足も止めず、その場を立ち去ろうとした。腐った木が軋む嫌な音を聞かなければ。遅れて破砕音と悲鳴が聞こえてさえ来なければ。
「時よ――」
そこからの咲夜の行動は迅速の一言に尽きる。霊夢ほどではないが彼女も弾幕ごっこを嗜む淑女。状況判断と反射神経はボクサーのソレに匹敵する。
「――止まれ」
飛ぶ鳥は中空に停止したまま、落葉は地に着かず、人々は往来でマネキン人形に成り下がる――この瞬間、世界の全てが停止したのだ。
「さて」
落ち着き払って咲夜は来た道を戻った。
子供たちが遊んでいた廃屋はつい数十秒前とはまったく姿形を変えてしまっていた。まるで巨人にハンマーで殴りつけられたように落ちくぼんだ屋根。戸口から勢いよく拭きだした状態で固まっている多量の埃。宙に浮かんでいる木片。廃屋は完全に倒壊しようとしていた。
「流石に見て見ぬ振りは出来ないわね」
十六夜咲夜は善良な人間ではない。それでも流石に他人の命を助けられる立場にあるのなら助けるぐらいの道徳は持ち合わせていた。まずは、この子からね、と入り口のすぐ側で倒れそうになっていた女の子を安全な位置まで運び出した。ついで、屋内へ足を踏み入れる。
「暗いわね」
日の差し込まない屋内は暗く、目が慣れるまで数秒を要した。いや、慣れたところで部屋の中の全容を確認するのは難しいだろう。ましてやライト等の灯りがあったとしても。舞い上がった埃の量は戸口の比ではなかった。まるで太陽から何千光年も離れた宇宙の深淵のように屋内は視界が効かない。さしもの咲夜も眉を顰める。
舞い上がった状態で停止した埃を掻き分け、室内へと侵入する。だが、すんなりと進むことは出来ない。倒壊の途中で中空に停止している柱や屋根の破片が咲夜の行く手を遮り、腐った床が足を捕えるからだ。まるで立体迷宮だ。咲夜は身体を捻り、足を伸ばすが移動はままならない。
「美鈴ぐらい身体が柔らかければ、楽勝なんでしょうけれど…」
愚痴のようにそう呟く。
メイド服を破き、身体のあちらこちらに擦傷を作りながらも迷宮を進み、咲夜はやっと子供たちの姿を見つけた。男の子と女の子だ。男の子はキックの体勢で後ろにひっくり返りそうになっており、女の子はその後ろで驚いた顔をしている。どうやら大黒柱を蹴りつけたのが倒壊の原因のようだ。廃屋はトランプタワーじみた危ういバランスで形状を保っていたのだろう。そこへ悪戯に力を加えた結果、ドミノ倒しよろしく、倒壊が始まってしまったようだ。
「まったく、それで自分は元よりお友だちまで危ない目にあわせるなんて世話大ありですわね」
呆れ顔でそうぼやく咲夜。助け終わったらきつく言いつけておきましょうと心に決める。
と、
「――っ」
『そろそろ危ない』という感覚が脳髄を走った。普段ならこの感覚に従い、咲夜は時間停止を解除している。だが、
「そういう訳にもいかないでしょ…」
第六感をねじ伏せ救出作業を再開する。
なんとか二人の側まで行くことが出来た。後は外へ引っ張り出すだけ。だが、こうしてここまで来るだけでも大変だったのだ。果たして、子供二人を連れて外に出る事なんて出来るのか。
「時間は無限にありますし、どうとでも…」
否。
そんなことはないと第六感が告げる。そして、それは聴覚視覚でも確定させられる。
獣のような息づかいが聞こえ咲夜はそちらに目をやる。ありえぬ事だ。時の止った世界は無音の世界でもある。咲夜以外のあらゆるものの動作は停止しているのだ。音など聞こえる筈がない。
それが聞こえたということは何か動くものが
「ひっ…」
さしもの咲夜も悲鳴をあげた。
確かにそこに咲夜以外の動くものがいたからだ。『絵』だ。それは咲夜の感性では『犬の絵』に見えた。様々な絵の具を塗りたくり、抽象的且つ左右完全対象に描かれた犬の絵だった。常のものではないことはすぐに分かった。時の止った世界だけに存在する化け物。長時間停止している際に感じた嫌悪感はこれが近づいてきた感覚だったのか、と咲夜は把握した。同時に今の今までその感覚に従い時間停止を解除していたのが正解だったということも。アレは腹を空かせた病気の狂犬と同じく近づくべきではない獣だということも。
唸り声のような奇っ怪な音を立てながら『犬』は近づいてくる。近づいてきていると言えるのか。確かに咲夜の視界に収まっている犬の絵は大きさを増している。だが、距離感が近づいたという感覚は全くない。やはり、あれは三次元の存在ではないようだ。
――時間停止を解除しないと…
身構えながら咲夜は考える。だが、今、解除すれば廃屋の倒壊に巻き込まれてしまう。まずはここから逃げ出すのが先決だ。しかし、出口の方には犬がいる。そして、犬はもう荒々しい息づかいがはっきりと聞こえるほど近づいてきているのだ。クソ、と咲夜は悪態をつく。迎え撃つ、その考えが浮かぶ。だが、はたしてアレに攻撃が効くのかという疑問も沸いてでる。三次元以外のものに三次元の攻撃が通じるのかどうかという疑問が。
「解除、しかない…」
それしかない。時間停止解除しか。だが、それは瓦礫の下敷きになることを意味する。『前門の犬頭上の瓦礫』逃げ道はない。
焦燥を顔に張り付けたまま咲夜は視線を上下左右に走らせる。その間も子供二人を両脇に抱え、すぐにでも動けるようにする。そして…
「そして、時は動き出すッ!」
迫り来る犬から飛び退き離れ、同時に停止を解除する。マネキンと化していた人々は歩き出し、落葉は地に着き、廃屋は倒壊する。 瞬間、世界に再び動きが戻ったのだ。
「えっ、え…」
先に助けられた少女はその瞬間を目にした。倒壊し、巨人に踏みつぶされたように平たくなってしまった廃屋。何が起こったのかまるで理解できていない。だが、大変なことが起ったということだけは理解した。その下に自分の友達がいるという事だけは。そして、少女は知らない。同じく自分を助けたメイドもその下にいるということは。
◆◇◆
「あ、起きた」
眼を覚ました咲夜が最初に見たのは天に浮かぶ満月と自分の主人の顔だった。
「おはようございますお嬢さま」
「おはよう咲夜。もう夜だけれどね」
レミリアの膝の上から体を起す咲夜。身体のあちこちは痛むがなんとか無事なようだ。辺りを見回せば自分が助けた少年少女が親らしき人に抱きついて泣いているのが見えた。どうやら三人とも助かったらしい。
「人間にしては頑丈ね。流石、私の咲夜」
「いえいえ、お嬢さま。下敷きにならない場所に逃げただけですわ」
主人の言葉にそう謙遜ではなく事実を応える咲夜。時間停止解除の寸前、咲夜は落下途中の瓦礫の位置を計算し、倒壊後も自分と子供たちの分だけ空きスペースが出来る場所へと逃げ込んだのだ。後は瓦礫の下で待っていれば誰かが助け出してくれる。時空間を自在に操る咲夜ならではの脱出方法だった。
「まぁ、いいわ。貴女が下敷きになっている間に仕事がたっぷりと溜まってしまったわ。いつもみたいに0時間で片付けて頂戴」
「いえ、それがお嬢さま。今日分かったのですが、私も永延と時間を止めている訳には…」
さて、どういう風に説明しようかと頭を悩ませる。と、そんな咲夜の思考を中断させる悲鳴が響き渡った。
最初、咲夜は誰かが倒壊した瓦礫に足を取られたのだと思った。だが、違った。見れば瓦礫を動かしていた農夫の一人の足が半ばで噛み切られていたのだ。何に、という疑問もそこそこに咲夜は時間を停止する。停止した世界でなければそれの存在を確認できないからだ。はたして、時の止った世界にそれは――いた。
むしゃり、むしゃり、がりがり、ぼきり
一心不乱に農夫の身体に喰らいついている『犬』
その光景に見入っていた咲夜の耳にまた獣の様な荒々しい息づかいが聞こえてくる。一つではない。複数だ。視線を廻らせれば、掘っ建て小屋の影から、雑木林から、電柱の裏から、あちらこちらから『犬』がその姿を現し始めていた。
この時、咲夜は悟った。この『犬』たちは普遍的にこの世界に存在していたことに。時の止った世界でないとその姿が咲夜たち三次元の存在には知覚できなかっただけだったということに。そうして、それは向こうにとっても同じだったという事に。だが、その常識は今や破れた。『犬たち』は自分たちの世界に入門してきた咲夜を見て、同じような形をしたものは食料になると知覚したのだ。
咲夜が時間停止を解除すると同時にあちらこちらから悲鳴が上がり始めた。『犬たち』が食事を始めたのだ。
この『姿が見えない怪物に人々が喰われる異変』が博麗の巫女の手によって解決するのはまだ先の話である。
END
元ネタはティンダロスの猟犬
説明はきちんと読みましょう。
sako
- 作品情報
- 作品集:
- 6
- 投稿日時:
- 2013/03/03 14:16:26
- 更新日時:
- 2013/03/04 08:26:36
- 評価:
- 6/8
- POINT:
- 490
- Rate:
- 11.44
- 分類
- ホラー系
やっぱ一個だけなのね…
相手がこちらを観測することが異変の引き金になってしまうという発想が面白い