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『産廃10KB「アリス・エプロン・アリス」』 作者: 有限会社エフゲニー

産廃10KB「アリス・エプロン・アリス」

作品集: 6 投稿日時: 2013/03/03 14:53:25 更新日時: 2013/03/12 03:17:16 評価: 18/18 POINT: 1590 Rate: 17.00
りりんりりんと呼び鈴を揺らしながら、玄関のドアが開いた。
この家の主ーーーそして僕の主、アリス・マーガトロイドが夕飯の買い出しから帰って来たのだ。

扉の間から冬の夕陽が射し込むのと変わらないほどの速さでアリスは家に飛び込む。
彼女は靴も脱がずに化粧室へと押し入り、玄関とそことの二つの扉を開け広げたまま、
衣擦れの音をーーーその後は水音を、その後にはもう一度水音を、たてた。

家に入るのに靴を脱がない人を見るのは、僕の長い活動の中で彼女が初めてだった。










アリスが化粧室から出てきた。
彼女は息と服装を整えながら、玄関へと戻っていく。
あまりに切迫していたのだろうか、夕餉の材料を玄関の外に置いたままだったのだ。

アリスが買ってきたのは牛乳、鶏肉、馬鈴薯だった。
ここまで見て、僕は今日の献立の目星がついた。

昨晩、アリスは彼女の友達にコンソメスープを振る舞った。
少量のスープと、ミルポワに使った人参、玉葱、パセリの残りがまだあったから、
今日はそれに牛乳と鶏肉と馬鈴薯を加えてクリームシチューにするのだろう。

こうなると俄然心が弾んでくる。僕はシチューが好きだった。
シチューを作っている時は、最も生き甲斐が感じられ、心が満たされる時間だ。
あまりに手間がかかるので滅多に作られることはないのだがーーー。

味と過程と楽しむために、本来食べる必要もない料理を作っている彼女は、
自家製のシチューにもコンソメを使う程、料理には凝り性だった。

ミルポワの中でただ一人取り残されたセロリのことが、僕は不憫でならなかった。





土のついた野菜を抱えて、アリスが外の井戸へと出ていく。
アリスはエプロンを着ていた。手と野菜を洗うのだろう。

この森の冬は厳しい。
彼女が井戸に向かう度にいつも僕は
彼女の美しい指先に痛ましいあかぎれが刻まれてしまわないか心配していた。

いつか台所にお湯が湧いてくる日がくればいいのに、
いつかもっと簡単にシチューが作れる日が来ればいいのに。
アリスが台所に帰って来るまで、僕はそんなことを思い浮かべているのだった。




帰って来るとアリスはまずまな板の準備を初めて、
それから玉葱を剥いて刻み始めた。
目を細めながら玉葱と格闘する彼女はいつ見ても愛らしい。
あの涙のひとしずくでも僕の体に受けることができたらーーー
そう思うと、言い知れぬ興奮が僕の芯から湧き上がって来るのだった。

すっかり刺々しくなった指先を汲んで来た水で洗うと、
涙を湛えた両の目を、アリスはゴシゴシとこすった。
なんだか毛繕いをしているようで、僕は可愛らしく思った。

次にアリスは人参を刻み始めた。
彼女の包丁裁きは洗練されている。

彼女のきめ細やかな指先が人参を掴み、するすると彼を裸にしていく。
僕は彼が羨ましかった。

彼の全てを露にすると、今度はギロチンの如く無慈悲に彼の体に刃を振り下ろして行く。
僕は彼が羨ましくて仕方が無かった。

彼女は彼の肢体をバラバラに八つ裂きにすると、
そこからまた更に凄惨なことに、彼の体を粉微塵に刻んで行く。

玉葱と違って彼は、何らの抵抗もせずに、彼女のされるがままになって行く。
ーーー僕は彼が羨ましくて狂いそうだった。



人参を刻み終わると、アリスは鍋にバターを引き、その中に刻んだ野菜を入れた。
彼女は手際が良い。先にあらかた玉葱を炒めておいて、
馬鈴薯の下拵えをしている内に野菜の旨味を出しておくのだ。

ーーーいよいよ僕の出番だ。
彼女は僕を手に取り、野菜を混ぜ合わせる。
僕はとうとう、ああ、一日ぶりに彼女の指に触れることができた。
なんとまあ、なんて、なんて甘美な感触なんだろう!
彼女の繊細な手肌が、僕の体を包む。
少しく強引に、僕の体をひしゃげさせながら、彼女は野菜をひっくり返して行く。
僕の体が彼女の指先となって、あの反抗的な玉葱をいたぶる。
僕の体が彼女のされるがままとなって、鍋の中を目を回して踊る……………

胸の内から、喜びが溢れてくる。
僕の生き甲斐が、そしてレゾンデートルが、嗚呼、土砂降りのように満たされてゆく!
彼女が僕にこんなに乱暴を働くのは、シチューを作る時ぐらいのものだ!

僕の意識が、鍋の中で掻き回されて行く。
鈍色の空、人参の星、玉葱の光、回る回る僕、
散回する視界、過ぎ去っては現れるアリス!
ああアリス、込み上げていく。気持ちが、愛が、
君は月だ、僕の月だ、導かれる、君の引力に、僕の背筋が引かれて、ああ!空が真っ白になって行く!















ーーーアリスが鍋の淵を僕でカランと叩き、僕の体に貼りついていた人参と玉葱を振り落とす。
強い痛みを感じて、僕の快感は頂きを迎え、そして刹那の内に峠を越え、降りて行く。
今まで込み上げたものが糸を引いて僕に絡みつき、気怠い体を素巻のように締め付ける。
僕はそのまま、意識と閉じながら、心地よい解放感と冷静さの満たされた、
静寂の海の底へ、ゆらゆらと、くらくらと沈んで行く。
アリスが馬鈴薯の皮を剥き始めるような音が聞こえた気がしたが、
鍋の底に沈んだ僕の目と、夢現にまどろむ僕の意識では、はっきりとは感じられなかった。








ーーーアリスがまた僕の体を握る。僕はビビクンッとして目を覚ます。
彼女が馬鈴薯と鶏肉を切り終わったのだ。
彼女は再び僕を握り、鍋の中を掻き回していく。
鍋の中身が重くなったので、彼女は汗を垂らしながら一生懸命に具材をひっくり返す。
僕はというと、一度絶頂を感じてしまったためか、
ピロートークの一つでもかましてやりたい程に性感が鈍っていた。

具材の表面に火が通るとアリスは、寒い屋外に置いていたコンソメを運んで来た。
彼女は凝ったコンソメを弱火にかけた。多少温めてからシチューの鍋に入れるのだろう。

シチューの鍋は火を外されて、アリスはその上にとろみをつけるための小麦粉を振りかけた。
彼女は余熱を使って具材と小麦粉を馴染ませて行く。
僕はどうもこの小麦粉という奴が、ネタネタとしている癖に偉ぶっていて嫌いだ。


小麦粉が具材と馴染むと、アリスは牛乳、コンソメ、そして水を鍋の中に足して、再び火をかけた。
今度の彼女は僕を使って、優しく優しく鍋を掻き回して行く。
それこそ鍋が微笑むように、彼女はたおやかに鍋を撫でて行く。
いつもの彼女の姿、僕の知っている彼女の姿だ。
鍋が微笑むと、彼女が微笑む。彼女が微笑むと、僕が微笑む。
エプロン姿の彼女は美しい。僕も彼女に食べてしまわれたい。いいや彼女を食べてしまいたい。

とろみが立つとアリスは火を弱め、ほんの少量の月桂樹を入れて、鍋に蓋を閉じた。
僕は鍋の中に取り残されて、視界が殆ど暗闇になる。
彼女がここに帰って来るのはもう30分先だろう。
その間彼女は手芸か何か彼女の趣味をする。その間僕は放って置かれる。
仄暗い鍋の底で彼女を待つのにも、なんだかマゾヒスティックな喜びを感じるようだった。
僕にマゾヒストの気は無い筈なのだけれども…………




ーーー30分と少し経っただろうか、僕が最も楽しみとしている時間がやって来る。
アリスが台所に戻ってきた。そう、味見のためだ。
アリスは鍋の蓋を外し、すっかり熱くなった僕の先っぽを摘まむ。
そうして彼女は僕に口づけをする。まず一度。

アリスの柔らかな唇が僕に触れるーーー今日は少し乾燥している。
彼女の唾液がシチューと混じり合って、僕の上に舞い降りる。
僕の体に彼女の分泌液が沁み込む!彼女のアミラーゼが、僕の体を分解していくような錯覚を覚える………
僕に彼女が浸透していく、僕が彼女になる、彼女になって行く!

味に満足がいかなかったのか彼女は首を傾げ、塩胡椒を加えて鍋を混ぜ合わせ、もう一度僕に口づけをする。
ああ、一口ごとに僕の心が塗り替えられ、世界が脱皮していくようだ!
僕が彼女になる、僕が彼女に!僕はアリス、だんだんアリスになる………!

アリスはまた首を傾げた。もう一度だ、もう一度味見をしてくれ。
塩胡椒の奴等め、アリスの舌を満たしてくれるな。
僕はお前らと違って、彼女の内に入ることができないのだ!

アリスはしばし逡巡していたようだったが、からりと僕を投げ出して、鍋に火をかけるのを止めた。
僕は落嘆した。塩胡椒、殺生な奴等だ。数日の間は、僕は奴等を恨むことだろう。





アリスは懐の深い皿を持ってきて、僕を持ち、その中にシチューをよそった。
彼女の指と離れるのが口惜しかったが、僕は彼女がおかわりをすることを期待してもいた。
彼女の食卓が見える。味付け用の塩、胡椒、そして主食のパンーーーいけすかない小麦粉の野郎だ。
あの憎い奴等に、僕は彼女を取られてしまうのか。
彼女は僕よりも、あの憎いやつらを選んでしまうのか。

そう思うとアリスが恨めしくなって、奴等が更に憎らしくなって、

ーーーそして、自分が情けなくなって、僕は快感に打ち震えた。





アリスは蓋を閉じた。
………初投稿です。
pnp氏の今作を拝読して、
「料理を作る女の子っていいなあ、可愛いなあ」
と思ったのが書き始めたきっかけでした。

読み返すとオリキャラは多いし、そもそも非猟奇的料理という題材が産廃向けじゃないし………
お目汚し失礼致しました。

>>1 Nutsin先任曹長殿
もしかしたら「男の子」ではないかもしれません。

>>2
マゾヒストの方のお気持ちは良く分からないのですが、満足して頂ければ幸いです。

>>3 さとしおさん
ありがとうございます。その一言が励みになります。

>>4
視点には苦心しました。特に「僕」の目がどこについているのかには………ww

>>5 ちゃまさん
そうしたご感想を頂けるととても嬉しくなります。

>>6
お気に召されたようであれば幸いです。

>>7 んhさん
んhさんからお褒めの言葉を頂戴することができて、私が現在大変ニンマリしております。

>>8 汁馬さん
本当はもっと間接的にエロを表現したかったのですが、力量不足でした。

>>9 町田一軒家+さん
………最近「おはようからおやすみまで、我々の生活はアブノーマルエロに包囲されている」というような錯覚を覚えます。

>>10 紅魚群さん
固より一人称視点で書きたかったのですが、東方キャラ女性諸君の視線を通しての小説は男性である私の拙い表現力では手に余ってしまいまして………
苦肉の策として非生物に視点を移したのですが………
………実は常日頃から「アリスの家の家具になればアリスの生活が窃視できるなぁ」などと、妄想していたのですが。

>>11 零雨さん
ありきたりな発想であると 思っていたのですが、産廃では逆に見かけない視点かもしれませんね………

>>12 機玉さん
小傘ちゃんも誰かを愛するあまり人の形をとった、とかだと滾ります。

>>13 矩類崎さん
たまお、ですか。
実はボクっ娘の女の子ではないかという余地も残せて、良い命名だと思います。

>>14
アリスかわいい!アリスかわいい!アリスかわいい!アリスかわいい!アリスかわいい!アリスかわいい!
アリスかわいい!アリスかわいい!アリスかわいい!アリスかわいい!アリスかわいい!アリスかわいい!
…………申し訳有りません、少し取り乱してしましました。

>>15 あぶぶさん
エロスと家庭性というのは、密着していると私は思います。普段着のアリスはエロカワイイです。

>>16 pnpさん
pnpさんからコメントを頂けるなんて光栄です。それも描写についてのお褒め付きで!
ありがとうございます。今後とも精進を欠かさず頑張って行きたいと思います。

>>17
「願かけのバー」ですか。読んでみます。

読了しました。なるほど、元々人間という線もありましたね。
………凝った展開を考える程、様々の余裕がありませんでした。
ストーリー性で魅力を与えるというのは、今後の大きな課題にしたいと思います。
有限会社エフゲニー
https://twitter.com/Evgeni_Co_Ltd
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2013/03/03 14:53:25
更新日時:
2013/03/12 03:17:16
評価:
18/18
POINT:
1590
Rate:
17.00
分類
産廃10KB
アリス
料理
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POINT
1. 70 NutsIn先任曹長 ■2013/03/04 00:43:49
台所の住民である『男の子』視点のお話ですね。
報われぬ、それゆえに萌える恋というのもあるのだなぁ。
2. 100 名無し ■2013/03/04 01:51:44
マゾの俺にはたまらんかった
3. 80 さとしお ■2013/03/04 11:15:32
面白かったです
4. 100 名無し ■2013/03/04 15:49:57
斬新な視点で、面白かったです。
5. 100 ちゃま ■2013/03/04 17:32:21
淫靡なお料理。風変わりな仕立て。素敵な時間を過ごせました
6. 90 名無し ■2013/03/04 21:11:18
一風変わったアプローチと表現の仕方がすごく好み。
7. 90 んh ■2013/03/04 21:19:33
なるほどと、思わずニンマリしてしまう面白いお話でした
8. 90 汁馬 ■2013/03/05 17:50:35
何かやけにエロかった。
9. 80 町田一軒家+ ■2013/03/07 13:55:40
面白い発想ですね。
何気ないものを表現変えるだけで、印象ががらりと変わるものなんですね。
10. 100 紅魚群 ■2013/03/09 16:41:20
調理具がこんなこと思ってたらなんか嫌だな…w
考えもしなかった視点のアイデア。加えてアリスへの愛情もたっぷり伝わってきました。素晴らしい。
11. 80 零雨 ■2013/03/09 20:02:33
すごい発想だなぁ……
12. 100 機玉 ■2013/03/09 21:36:54
面白い、道具が心を持つというのは東方の世界観に合う、というか既に何人かそういった奴が登場していますしとても自然に感じられました。
持ち主に恋焦がれる調理器具という滅多に見ない主人公を通してみる料理の光景が新鮮で興味深かったです。
13. 70 矩類崎 ■2013/03/10 13:15:56
心の中で「たまおくん」と名づけることにしました。
うちの台所用品も大切に使い続ければいつか小傘ちゃんのような立派な憑喪神になるんでしょうか。
14. 100 名無し ■2013/03/10 15:27:53
面白かったです。アリスかわいい
15. 100 あぶぶ ■2013/03/10 20:26:38
家庭的なアリスが大好きです。
16. 70 pnp ■2013/03/10 22:31:25
詳細で空腹を誘発するような料理の様子など書けやしないから、とてもうらやましい。
17. 90 名無し ■2013/03/10 22:54:21
調理器具を主役にした作品なんて初めて読みました…モ○ラーのビデオ棚の「願かけのバー」という話を思い出します。この主人公の語り口の考え方も独特で新鮮です。

一方でオチで予想が外れることを期待していました。しかし予想を外してくることなく当初の予定通りの人物でした……。恐怖を感じました。
もしかしたらこの調理器具はアリスのお手製かもしれないな、と思うと気が狂いそう。
アリスの家は魔窟です。
18. 80 名無し ■2013/03/20 23:19:29
変わった視点からのお話面白かったです。
彼の思いは恋というよりも身近な人(母や姉妹)を愛しているように感じました。
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