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『産廃10KB「君は庭師を二頭持っている」』 作者: 八百万智
君は庭師を二頭持っている。
一頭は良く出来た庭師だ。
年老いて尚、気高くおまけに腕も立つ庭師だ。
もう一頭はその孫の庭師だ。
年若く未熟でとても祖父には及ばぬ身だ。
しかし、その後ろを片時も離れず精進に励んでいた。
君はその様子を背後から見つめ、満ち足りていた。
ある時、年老いた方の庭師は、
「もう思い残すことはない」
そう言い残して、君の元を去った。
君はそれを止めることも出来たが、そうはしなかった。
聡明な彼のことだから、本当に一片も思い残すことはないのだろう。
ただ一人、事情の分からぬ若い方の庭師は大層泣いた。
三日三晩泣いて、そして、翌朝には気丈に振る舞っていた。
君はその様子を背後から見つめ、満ち足りていた。
君は庭師を一頭持っている。
それは、まだまだ半人前の庭師だった。
それでも、今はなき師の代わりを果たそうと精一杯だった。
君はその様子を背後から見つめ、満ち足りていた。
ある時、庭師は自身の半霊を人型へと変ずる修行に明け暮れていた。
「こうすれば半人前でも足して一人前です」
そう言って、師が昔に余興として見せたそれを、実践向けに応用しようとしていた。
暫くして、自身の動きを少し遅れて真似るようになったそれを誇らしげにしていた。
君はその様子を縁側から見つめ、満ち足りていた。
君は庭師を二頭持っている。
君が戯れに起こした異変以来、顕界との付き合いも増えていった。
相変わらず庭師は半人前で、失敗と成長と克服と慢心を繰り返していた。
それでも、変わっていくものがあった。
本体の動きを追うだけの霊体は徐々にその動きを本体と異にするようになっていた。
「まだまだですけどね」
そう謙遜し、自身の霊体と手合わせをする庭師の実力は師と比べて遜色なく見えた。
君は、日に日に頼もしくなるその背中を見つめ、満ち足りていた。
ある時、もう若いとも半人前とも呼べなくなった庭師は、
「もう思い残すこともない」
そう言い残して君の元を去った。
君はそれを止めることも出来たが、やはりそうはしなかった。
恐らくは師すらも越えた聡明な彼女のことだ。
本当に一片も思い残すことはないのだろう。
最早、誰一人として泣くものもいなかった。
君は去り行くその後姿を見つめ、満ち足りていた。
君は庭師を二頭持っていた。
今はもういない。
今、西行寺幽々子は白玉楼の中庭に面した縁側に佇んでいた。
かつてそこにいた庭師達がいなくなって久しく経つが、そこは当時の趣きを微塵も変えることなく存在していた。
生きとし生けるものがその生と生の合間に立ち寄るその仮の宿に真っ当な時間など流れてはいない。
時間静止でもなく、永久不変でもない、だまし絵のようにひたすら同じところを流れ続ける停滞。
冥界とはそういうところだった。
ゆえに、庭師という役職も別段なくてはならないものではなかった。
けれども、彼らはここで暮らしていたし、彼女もそれを許容していた。
当時の彼らは幽々子を守るために存在し、やがて、その必要もないことを悟ってしまった。
その上で、彼らが彼ら自身の行く末を求めてここを離れるのなら、それは彼らの選択であり、幽々子の与るところではない。
ただそれだけのことだ。
幾度となく繰り返し思い返した情景は、幽々子にとって最早名残と呼ぶには機械的に表れる癖と化していた。
しかし、それも今日で終わるのだ。
幽々子はにわかに立ち上がり、それから目を瞑り、一呼吸の間だけ背伸びをする。
再度目を開けたとて景色は何一つ変わらず、しかし、幽々子の視線は先程とは別のものを捉えていた。
中庭に立つ一際目を引く大きさの桜の木。
目立つのは何もその大きさのせいだけではない。
それは、西行妖と呼ばれるその桜の木が決して咲くことのない桜だからである。
それを真正面に見据えて、幽々子は幽々子は歩き出す。
その足取りは心中に抱えたものの重みとは裏腹に機敏なものであった。
目一杯に手を伸ばさずともそれに触れることが出来そうなほどまで近付くと、幽々子が右手をかざした。
すぐさま、その袖口より淡い桜色の光が漏れ出した。
初めは火の粉のように断続的で薄っすらとしたそれは、徐々に止めどなくはっきりと流れになって溢れ出る。
そこでようやく、それが緩やかな明滅を繰り返していることが見て取れた。
一条が二条に、二条が四条に、と倍々になってその光の奔流は数を増していく。
それらは、それぞれに西行妖と幽々子を取り囲んで、出鱈目に積み重なった渦を作り出した。
ひとしきり取り巻いた渦の終わり際は、その先端が西行妖に突き刺さって飲み込まれていく。
されど、その始点からは未だその光条が止まらずに出続けていた。
そして、西行妖はその鼓動する光を吸収して同じ色に淡く輝き出していく。
数分の内に桜色の光の糸で編まれた繭がそこに生まれた。
それぞれの発する光の明滅は同期し、いつしか流れを受け止める側である西行妖こそがその中心となって鼓動を刻んでいく。
その鼓動は段々と周期を短くし、その明るさも激しさを増していった。
光は、以前に幽々子自身が首謀者となって起こした異変において庭師に集めさせたものと同じものであった。
季節の気配、それも春のものだ、を具現化せしめたそれならば、咲かない桜を再び咲かせることも可能である。
当時の失敗が一度にそれを集めようとしたことにあるのならば、改善してやり直せば良いだけのことだ。
誰にも気付かれぬよう、少しずつ少しずつ掠めるようにして集めた春。
通常、季節の巡りとともに消えゆくそれも、冥界という停滞の中にあればそう易々とは消えてなくならない。
それでも余裕をもって当時よりも十二分に多く集めたそれを今解き放ったのだ。
元より顕界とは隔絶された場所である。それを解いたところですぐに顕界に知れるわけもない。
無論、今更知られたところでそこから動きをかけて後の祭りだっただろう。
繭の光の輝度が色を識別できないほどに明るくなった時、変化が訪れた。
突如としてそれは、硝子細工を金槌で砕いたように弾けて砕けたのだ。
その内から生まれたのは寸刻前まで立ち枯れていた巨木とは思えぬ見事な満開の桜。妖怪桜、西行妖の開花である。
幽々子はその根本にまだ立っていた。光を送るためにかざしていた右腕には別のものが抱えられていた。
どことなく幽々子に似ているが、その悲しそうな笑みは紛れもなく別物である少女。
少女に意識があるかどうかは定かではない。ただ目を閉じ終わらない夢を見続けているのかもしれない。
その頭をそっと撫で、幽々子は少女を抱きしめていた。
気付いていなかったわけではない。
咲かない桜の下に眠るものが誰であるか。
彼女が何を思い西行妖に封印されたのか。
彼女が幽々子自身にとって何であるのか。
彼女を復活させることで何が起きるのか。
しかし、それがどうしたというのだ。
桜の下の彼女の死が幽々子を生んだ原因で、彼女の魂が幽々子の魂の原点であったとして、今の幽々子が未だそこに縛られ続けているかどうか、本当のところは誰も知らないのだ。
幽々子は生まれ変わった。
それは今この瞬間の話ではない。
それまで死んだ亡霊として生きてきた幽々子は決定的に何かが変わってしまったのを感じた。
一度目の敗北は敵対した巫女によって自覚が芽生えた。
二度目の敗北は従僕である庭師によって自覚は確信になった。
その時に、始まったのだ。
西行寺幽々子は死に、西行寺幽々子は生まれたのだ。
だから、それまでは彼女の選択だったかもしれないが、それからは幽々子自身の選択なのだ。
選択することを選んだ時、幽々子の周りには既に答えは出揃っていた。
共に暮らした庭師達、彼らはこの停滞した冥界にあって尚、成長し先へと進んでいったのだ。
彼らは半人半霊。生きていて同時に死んでいるから先へと進むことが出来た。
幽々子は亡霊。死しか知らないから停滞するしかない。
ならば、今一度死んで生まれた西行寺幽々子なら先へと進むことが出来るのではないか。
後は実行するだけであった。
そして今、幽々子は自らの能力を奮う。胸の内にある彼女と満開の桜。
それは幽々子を生んだもの達への餞であった。
2013/03/11 あとがき修正
改めまして初投稿でした、八百万智(やおまち)と申します。
日頃は書く書く詐欺を繰り返しており、碌に創作活動はしておりませんが、これも良い機会と思い参加させて頂きました。今後もいつまで続くかは分かりませんが、折を見て投稿出来ればと思っております。
投票の方は、コメントを書くのも恥ずかしく参加できず仕舞いだった事を反省しております。産廃らしい奇作揃いで居た堪れない思いと参考にしていきたいという思いとが大半を占めております。
集計結果も出たという事で、僭越ながらコメント返しをさせて頂きます。
>>1 さとしお様
有難う御座います(この人はコメント欄でも惚気ているのか、という捻くれた発想は持ち合わせてないです、断じて)。
>>2 NutsIn先任曹長様
もし、その先に彼らが居た場合、幽々子は彼らに、お帰りなさいとただいまのどちらを告げるのか、悩んでいたら夜が明けておりました。今でも結論は出ておりません。
>>3 Sleipnir様
じゃけん、クロさな書きましょうね〜
>>4 ちゃま様
私もその空気は好きで御座います。さてさて、季節はもう少しで春。春といえば春眠暁を覚えず、お休みなさい。
>>5 名無し様
幻想郷にあるものばかりで作ったので当然で御座います。
>>6 んh様
最もヒヤリとしたコメント有難う御座います。個人的な経緯を見透かされたような心地で、何ともはや申し上げる言葉も思いつきません。
>>8 汁馬様
深淵を覗き込む時、深淵もまた貴方を覗き込んでいるので御座います。
>>9 町田一軒家+様
終わり良ければ全て良し、で御座います。
>>10 紅魚群様
それでも幽々子は満たされているのです、きっと。このような場所では御座いますが、企画進行お疲れ様でした。素晴らしい企画に参加させて頂き光栄で御座います。
>>11 機玉様
コミュ障ゆえ会話文が思いつかないので御座います。
>>12 矩類崎様
万智先生の次回作にご期待下さい! ―第一部・完―
>>13 あぶぶ様
その点に関して、私は謝罪しなければなりません。当初の想定では、もう少し詰め込んだ内容もあったのですが、時間と分量の都合上バッサリと削りました。これはこれで、私自身の好みの終わらせ方ではありましたが、作品としては片手落ちの感は否めなかったかと思われます。
>>14 pnp様
その9割9分は幽々子様のお力だと思っております。
>>15 名無し様
振り返れば幻想郷はいつもそこにあると思っております。
少しだけ作品について触れておきます。産廃らしいエログロもなくて申し訳ありません。タイトルに庭師とありながら、妖夢の出番が殆ど無い件については、いずれちゃんと主役を張って貰いたいなと考えております。その時には今回の反省を活かしていきたいもので御座います。
それでは、末尾ながら素晴らしき排水口とその住人への感謝を込めて、有難う御座いました。
八百万智
https://twitter.com/8isID
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2013/03/03 14:56:09
更新日時:
2013/03/11 23:10:39
評価:
14/15
POINT:
1180
Rate:
15.06
分類
産廃10KB
庭師をしてみたくなったのだね。
庭師達の行った場所か、そこ以外かは知らないけれど、
いってらっしゃい。
終わり方が美しくて良かったです。
亡霊故の悲しみ…切ない。
計算づくなら凄い