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『楽しみのそこない』 作者: 品薄
気づいてしまったんだ
******
鍋から立ち上る湯気が窓を曇っていた。
どっしりとしたテーブルの上には、山盛りきのこを醤油で味付けしただけの
手抜き料理と見られても仕方ない一品が乗っているが、
鍋を囲むサニーとルナは気にする様子はない。調理した私自身も気にしていない。
蓋を開けた瞬間部屋中に広がった芳醇な香りで全て許してしまった。
「いい香りねぇ」
「もう完成ってことでいいわよね! いただきましょ」
「サニーちょっと食い意地張りすぎよ。生煮えかもしれないのに」
今日の遊びはきのこ探し競争。
食べられるきのこを一番多く集めてきた人が勝ちという単純過ぎるルールだったけど、気づけば熱中していた。
いつもサニーのことを単純だって笑っているのに。これも妖精の性なんだろう。
サニーとルナの悔しがる顔が見れると思うと胸の鼓動が止まらなくなってしまって、ついはしゃぎすぎてしまった。
私達はお互いの成果を確かめあいながら鍋をつつきはじめた。
「私が二位でルナがビリ。スターの優勝かぁ」
「きのこについてる虫の気配を探ったのよね。虫だらけのきのこなんて食べたくないなぁ」
「虫なんてどんなきのこにもついてるじゃない。ちゃんと虫抜きしたでしょう?
それに私は群生地を探しただけで、虫のないのを選んだわよ」
丸一日きのこ探しに奔走したのに全然疲れを感じない。
駆け回ったときの熱がまだ身体に残っているようで、今すぐにでも歌いだしたいくらい気分がいい。
頬が熱い。ルナが気にしたから鍋の熱気せいだって言って誤魔化したけど、私はときめきを隠せないでいる。
今日は素敵な夜になるから。
負けたのがよっぽど悔しかったのか、サニーはいつも以上にやかましい。
「能力を使って楽するなんてスターはずるい!」
「楽なんてしてないわよー。森の中にどれだけ気配があると思ってるの。
獣や鳥だけじゃなくて小さな虫の動きまで流れ込んでくるのよ……長い間使ってると頭がおかしくなってしまいそう」
「じゃあ能力は使わなかったの?」
「それは勿論使ったけど」
「ほら! やっぱりずるいじゃない! 一人だけ楽してずるいんだー」
ルナがちらりとこちらを見た。
これ以上騒がれると食べるのに集中していられないのだろう。
ルナの静かな楽しみをこれ以上邪魔するのも気の毒だ。
「いつまでも騒いでると先に私とルナで全部食べちゃうわよ? はいサニー」
そう言いながらきのこを取り分けた器を差し出す。
慌ててきのこをがっつき始めるサニー。
ルナはこちらを横目で見て、かすかな頷きを私にかえして再び器に顔をうずめた。
「あぁ美味し! 魔理沙さんの勧めるレシピなんて不安しかなかったけど、これならいくらでも食べられるわ〜。
近いうちにもう一度食べましょ!」
「えぇー、またきのこ鍋食べるの? 参っちゃうわねぇ」
「……まあ、こんな美味しいならまた食べるのもいいわね。虫付きはイヤだけど」
私達は最後の夕餉を存分に楽しんだ。
******
満足いくまで食べた後は各々居間で自由に過ごす。
いつでも一緒な私達でも個人的な時間は持っているのだ。
でも特に理由がない限り自分の部屋に篭ったりしない。
弛緩した空気の中で、ルナはまるくふくれた腹を撫でながら窓から月を眺めている。
私は今日あったことを思い出しながら食後のお茶をぼんやりと飲む。これ以上の娯楽はない。
サニーは真っ青な顔でテーブルに力なくもたれ掛かっている。
「……あら?」
この時刻はサニーは明日の計画を立てて唸っているはずなのだけど。
私の驚く声でルナもサニーの失調に気づいたようだ。
慌てて駆け寄りサニーの背中を撫で始める。
「サニー大丈夫? 体調が悪いみたいだけど」
「なんか身体がだるくてお腹に鈍痛が……んぐっ!」
ルナの小さな悲鳴。
サニーの身体が強張り、胃の内容物をテーブルの上に吐き出してしまったのだ。
そして小さく痙攣し、そのまま椅子から滑り落ちて床の上へ――どさり。
「毒キノコが混ざってたんだわ! ちゃんと取り分けたはずなのに……スターどうしよう!」
「……」
「なんとか言ってよ!」
今忙しいの。慌ててるルナもいいけど、また後でね。
唸りながら対処法を考え始めたルナの脇をすり抜け、私はサニーの傍にひざまずいた。
口周りについた吐瀉物を袖でぬぐって、膝の上に頭を乗せて楽な姿勢にしてあげる。
小さく不規則な呼吸を繰り返すサニーの顔は青ざめていて、陽光の下での顔とは違う輝きを秘めているように見えた。
すべすべとした頬を撫でさすると、きめ細やかなのに柔らかな手触りの不思議な髪が滑り落ちた。
震える瞼にかかる。
あんまりにも綺麗だったから、私はじいっと見入ってしまった。
「竹林の病院に連れて行けば助かるかも……」
「無理よ。もう毒が回ってしまってるわ」
「スターあなた……サニーのためにできることを見つけようとは思わないの……?」
がっかりとした表情でルナは言う。私の落ち着き払った態度が許せないようだ。
所詮は一回休むだけ、仲間といえどその程度にしか思って居ないのか……そんな風に考えているのかしらね。
勿論そんなことはないけれど。
ルナの反応は妖精としては珍しい。他の子はもっとドライだ。やっぱりルナはちょっと違う。
突然サニーの身体がビクリと震えた。
弱弱しく口元が動いているけど、言葉になりきれないうめき声が漏れるだけだ。
慌てて駆け寄ったルナはサニーの顔を見て意気消沈してしまった。サニーの顔色を見て察したようだ。
このまま容態は改善しないこと。一回休みは避けられないこと。今日の思い出が失われてしまうこと。
恐らくこれがこのサニーとの最後の会話になるだろうということ。
サニーは記憶は漂白されて、今言おうとしていることを次のサニーは覚えていないだろう。妖精は前の自分を次に持ち越さない。
それでも聞き手には言葉が残る。
聞いた人だけが前とのずれに悩まされる。憂いをひとりで抱え込まなければならない。
私は憂いを感じてしまうのが嫌だったから、能力に頼り直面を避け続けていたのだろう。
でもルナは黙ってままサニーの手をとって握り返した。本当に素敵よ、あなたのそういうところって。
何度か陸にうち揚げられた魚のように口を開閉させた後、ようやくサニーは声を出す方法を思い出したようだった。
ルナは神妙な表情になり、私は微笑んだ。
「ねぇ二人とも……聞きたいことがあるんだけど」
「うん……」「なあに」
「私達、少し前に……洞窟探検に行ったっけ?」
「洞窟……」「洞窟……?」
なぜサニーがそのことを?
「なんかね、急に思い出したの。
そういえばつい最近もこんなことあったなぁって……」
それは既視感って言うのよサニー。でもなぜ?
体調よりも思い出したことが気になるのか。はぁはぁと苦しそうな呼吸をしながらサニーは更に言葉を継いだ。
「私は真っ暗な所で倒れてて……その時はルナが膝枕しながら頭を撫でててくれた。
背中が痛くてゴツゴツしてたから、やっぱり洞窟よね。
なんで今まで忘れてたんだろうって思ったら
洞窟だけじゃなくて魔法の森に行ったこととか、妖怪の山に潜入したこととか、次々に頭に思い浮かんできたの……。
今まで気づいてなかったけど、私の記憶、空白がいっぱいある……ねぇ、ふたりは覚えてる?」
思わずルナと顔を見合わせる。返答に困ってるのはお互い様だ。
今サニーが思い出しているのは一回休みで消えたはずの記憶としか思えない。
洞窟はひとつ前だ。
困惑する私達を見て、なぜかサニーは嬉しそうだった。クスクス笑いながらサニーは言う。
「忘れてたのが私だけだったら、私の記憶力が悪いみたいじゃない……
でもふたりも忘れてたみたいね。それなら思い出したわたしのかちよ……」
そしてニヤリと笑った。
会話に残された体力を使い尽くしてしまったのだろう。
ほうと息を吐き出したのを最後に、膝の上からサニーの気配は消えた。
サニーの人格が意味のないバラバラの情報に分解されたのだ。
ルナは俯いたままだった。私は抜け殻になって軽くなった親友に怯えていた。
降りてくる沈黙が嫌で耐えてきれなくて、思わず私は
「どうして洞窟のこと覚えていたのかしら……?」
「サニーは何について言っていたのかしら……?」
あ、しまった。
******
『動く物の気配を探る程度の能力』
私に備わっている能力。
動く物は生き物に限らないけれど、能力が伝えてくる気配のほとんどは生き物だ。
生き物は常に動いている。動いていないつもりでも何処かは動いている。
気配の消失は生命活動が停止した状態の中にしかない。
私はこの能力を常に使って、周囲の様子を探り続けている。
自分以上のサイズの気配が消えたら、そこに危険があるから近づかないようにする。
いたずら中に自分に近づく気配があったら危険だから、そこから急いで離れる。
……常に周囲をビクビクと警戒するのと何が違うのだろう。
危険の存在を知ることができても、ひ弱な妖精であるこの身では逃走以上の行動はできない。
自分の身を守るくらいにしか使えないつまらないもの。私は自分の能力を見放していた。
サニーとルナと一緒に過ごすようになってからは別の使い方ができるようになった。
危険な気配が感じ取ったらふたりに警告を与えて危険を避けさせる。
これがいたずらの際に素晴らしく役立った。
私は感謝されて褒められて、代わりにふたりの能力の使い方にアレコレ口出しできるようになった。
はじめはそれで満足できていたけど、長く続けていると結局同じことをしているだけだと分かってしまった。
守る対象が一人から三人に変わっただけ。
サニーとルナの能力は使い方次第で多彩ないたずらができるのに、私の役目はいつでも同じ。
自分自身がつまらない存在な気がして、惨めだった。
新しい使い方を見つけるまでは。
あの日は三人で夜の散歩をしていた。家の周辺の森を一周しておやすみしようということになったから。
私は二人のうしろを少し遅れて歩いていた。
夜の森は大小様々な気配でいっぱいだ。各々勝手に動き回っているけど、距離は保たれている。
お互い相手を感じ取り、適度に距離をとりあっているためだ。目的がなければ近寄らない。
この相手を感じ取る機能を何十倍にも強くすると私の能力になる。
サニーにもルナにも、どんな生き物にも備わっている基本的な機能だ。特別なものでもなんでもない。
私は本当に星の光の妖精なのかしら。
ただ臆病なだけじゃなんじゃないの……?
自身の思考に没入しかけた時、気配の中に二つの素早く移動する物が飛び込んたから、私はそこで思考を中断することが出来た。
意識を集中させて気配を詳細に感じ取る。
多分、どちらもサイズは私より大きい。先行する気配の軌跡を大きな気配がそのままなぞっている。逃走と追跡。
追い掛ける側に追い込む等の知的な動きは感じ取れない。がむしゃらな追跡だ。そして先行しているのは多分人型だ。
大きな気配が小さな気配を飲み込みこんで、追跡劇はすぐに終わりを向かえた。
危険だった。
この気配と出会ってしまえば私達もただでは済まない。今すぐ逃げなければならない。
穏やかな夜気に満ちていた周囲が殺伐したものへと変質してしまう。
せっかくの散歩が台無しだった。サニーとルナは今ものほほんと散歩を楽しんでいるというのに。
他人より多くのことを知れることがいいこととは限らない。あらためてこの能力が恨めしく、ふたりが羨ましくなった。
何も知らないまま気配の方角に直進するふたりに危険を伝えようとした時、
ふと私の胸の中のいらずら心が囁いた。
『もし危険をふたりに伝えなかったらどうなるの?』
今までにない発想だった。
二人の操縦桿は私が握っている。私が何も言い出さなければふたりは危険に正面衝突するだろう。
つまらないつまらないと思いながらも続けた警告のおかげで、私はサニーとルナから信頼してもらっている。
私への信頼はふたりの危機察知能力を絶望的に鈍くさせるだろう。
危険に飛び込んだその後は……? 好奇心でトクトクと胸が高鳴った。
談笑しながら歩みを進めるふたりの背中を盗み見た後、私は徐々に距離をあけた。
いたずらに命を賭けよう。
大きな気配とルナの気配が重なり、ルナの気配は横合いに弾け飛んだ。
直後、サニーの一度も聞いたこともないような悲鳴。
消えていく気配に背を向けて私は走り出した。
心の中でふたりに謝りながら、一方で私はクスクス笑いが堪えきれなかった。
今だけ、今だけはふたりとの友情を守るより、自分の新しい発見を大事にしたい。今一回休みになったら失われてしまうから。
急に自分の能力が生き生きとしたものに思えて、私は初めて地上を見下ろす星の光に祈りを捧げた。
吹き飛ばされたルナの気配は微かに動いていた。
サニーの背後の方向に向かってのろのろと動き、しばらくに後に気配が消えた。
サニーの気配は悲鳴あげて以降、最後まで動かなかった。きっと棒立ちだった。
この情報からどんなことが想像できるだろうか?
ふたりの復活を待つ間、私は目の閉じてあの日の夜の出来事を思い出し、再現する。
――吹き飛ばされたルナはどうしてサニーじゃなくて背後の森を目指したのかしら。
――サニーを見捨てるためかな? ルナは危険に身を晒すことに消極的だものね。瀕死になって生命本能が目覚めちゃったのかしら。
――サニーの悲鳴は単に噛まれたか殴られるかして痛かっただけかな?痛いのは苦手だもんねサニー。
――それともルナが何を考えてるかわかっちゃったかしら?
ルナの這うような動き。響くサニーの悲鳴。
サニーとルナの感情だけは再現するたび形を変える。
取るに足らない些細な動きでも、その行動の意味を考えるとたまらなくなって、何度も何度も飽きずに小劇場を続けた。
この時にはもう、私は自分を最も楽しませるものは何かを悟っていた。
生き物の気配が消えるときの感情を想像するのは実に面白い。見えないからこそいくらでも想像できる。
でも、サニーとルナでないとダメだ。愛しくなければ感情は注ぎ込めない。
状況も分かっていないとダメだ。シチュエーションが未定では空想は膨らまない。
流れに任せるだけでは望ましい結末は訪れない。
だから事前にどんな危険があるかを調べておいて、私がふたりを背後から導いてあげる。
危険を避ける能力は、逆に危険に陥れるのも容易なのだから。
気づいてしまったんだ。
******
「どうして覚えていた……?
私は覚えてないのにどうしてスターだけ覚えてるの……?」
私の不用意な呟きの意味するところを悟ったのだろう。ルナの目付きがどんどん険しくなっていく。
ルナは私に詰め寄って壁に押し付ける。膝の上に乗せていたサニーの頭が床に転げ落ちて、ごつんと音をたてた。
「スターは私達が一回休みになったのを知ってたのね!」
「……えぇ、わざわざ伝える必要があるかしら? あなた達は一回休みになったわよなんて。
嫌な気分になるだけだと思わない?」
「しらばっくれないでっ……! サニ−は空白がいっぱいだって言ってた!
何回も一回休みが続くだけでも異常なのに、スタ−だけは生き残ってたなんて、それは……!」
高ぶった感情が喉を詰まらせてしまったのか。ルナは俯いて肩を震わせた。
必死に自分を落ち着かせようとしていたが、震えは次第に大きくなっていく。
私を押さえつける手からは徐々に力が抜け、ずるずると足元にへたりこんだ。そしてサニーと同じように嘔吐した。
咳き込むルナの後頭部を眺めながら、私は現在のルナの感情に思いを馳せていた。
「これはサニーと同じ……そうか、私にも毒が……」
ルナは跪いて俯いたまま、動かなかった。
失意なのか。それともただ毒で身体に力が入らないだけなのか。
沈黙したまま見守っていると、ルナがポツリと呟いた。
「洞窟」
「はい?」
「実は私、洞窟探検に行ったこと、少しだけ覚えてたのよ」
「……そうだったの。どうしてかしらね」
「さぁね……とにかくちょっとだけ覚えてた。
けどサニーに聞いたらそんなこと知らないって言うから、気になって調べたの。
記憶の中の私はハンドルを回すと光線が出る筒を洞窟に持ち込んでた。部屋に飾って大事にしてた宝物。
部屋を探したら見つからなかった。
おかしいなって思ったけど、行った気がする程度の記憶しかなかったから、その時は記憶違いかなって納得するしかなかったの」
ああ、あの不思議な筒。今頃は洞窟の奥に転がっていることだろう。
取ってきてあげたいけど、今となっては不可能だ。少しだけ申し訳ない気持ちになる。
「でも今は違う」
「えっ」
「思い出したのよ、たった今。断片的にだけどね」
「……」
ルナまで記憶が蘇ってしまうのか……。
サニーの記憶が蘇ったときと同じ不安に耐えながら、ルナの話に耳を傾け続けた。
「あの洞窟は危ない場所だったのよ。
入る前は知らなかったけど、あの洞窟は迷いやすい上に、ガスが噴き出す所だった。
洞窟の奥深くに潜っている時にガスが充満した……すぐに死ぬようことはなかったけど、逃げ場はなかった。
サニーはガスを吸い過ぎて、私の目の前で咳き込みながら倒れた。私もガスを吸っていたけど、すぐに口を押さえたからサニーよりかは長く生きられた。
でもあの場にスターはいなかった……。ガスが出ていない時、あなたは行方不明になってたから。
……気配がわかるスターだけがはぐれるなんておかしいじゃない! スターは私達を置いて一足先に脱出したんでしょう!
洞窟に探検に行こうって提案したのはスターだった! 全部分かっててスターはあそこに連れ込んだんだ!!」
思いの限りを吐き出しきって、ようやくルナは顔をあげた。
泣いていた。
まつげは涙で美しく濡れ光り、唇は強く噛み締められ。
拳は悔しさのために握り締められ、喉は嗚咽を堪えるために幾度と震えていた。
その姿を見て、私ははじめてルナを深く傷つけたことを実感し、同時にこの静かで思慮深い親友を賞賛したいとも思った。
「……いい推理だったわ。断片的な情報と毒の回った頭でよくそこまで考えられるものね。
もしかしたら、一つ前のルナは洞窟の中で私が原因だって気づいたのかもしれないわね」
暗闇と毒が充満した洞窟の中で真相に気づいたしまったルナは、何を思いながら一回休みになったのだろう。
今となっては知る由もない。
こんなにも素晴らしい親友を床に倒れ伏せさせておくのがしのびなくて、
私はルナを抱きかかえて、背もたれのついた椅子に座らせてあげた。意外にもルナは抵抗しなかった。
まだ瞳は濡れていたが、激情を吐露して少しは落ち着いたようだ。顔色は確実に悪くなっていたけれど。
私は向かいの椅子に腰を下ろし、ゆったりと話をする姿勢に変えた。
「毒を盛ったのもスターの仕業ね……」
「ええ。私が鍋に毒きのこを混ぜておいたの。取り分けた後に。
なぜかサニーだけ一足早く毒が回ってしまったけれど。一番沢山食べてたのはルナだったのに」
自白も同然だったが、ルナの推理を聞いた後ではつまらない誤魔化しをするつもりにはなれない。
もうルナは真相に気づいてしまっている。今更隠したってしょうがない。
それに私だって気になる。予定ではサニーとルナは同時に毒が回るはずだったのに。
今となっては問題ではないが、未解決な部分が残ったままでは悔いが残ってしまう。
疑問の回答は、期せずしてルナが与えてくれた。
「空腹が我慢しきれなくて、サニーはつまみ食いをしていたのよ……」
「まあ!」
なんてこと。
いくらお腹が減ってるからって生煮えを食べるなんて……ねぇ? それで先に毒が回ってしまったのね。
サニーの食い意地のせいでルナに真実を知られてしまうなんて、本当にふたりといると退屈しない。
「一体何回私達を一回休みにしてきたの……?」
今度はルナのほうが疑問を投げてかけてきた。ルナも知っておきたいのだろう。
残された時間は少ない。なるべく多くの疑問に答えてあげることが、ルナとサニーへの餞になるだろう。
これが最期なのだから。
「残念だけど分からないわ、数えてないから。少なくはないとしか答えようがないわね。
妖怪の山に忍び込んだり、紅魔館の地下室に潜りこんだり、色々やった。
でもね、毒を盛るなんて直接的な手を使ったのは今日がはじめて。
いつもは能力を騙って、あるいはあえて黙って、危険な相手や場所に誘導していただけなのよ。
ルナとサニーは勇敢だったわ。危ないって分かってても自発的に飛び込んでいったもの」
無知はふたりの武器だったけど、前進を支えたのはそれだけじゃない。
危険だと分かっている場所でも、尚優先される好奇心があった。ふたりにあって、私にはないもの。
私は後ろから見ているほうが楽しかった。
私の答えを聞いて、なぜかルナは弱弱しく笑いだした。
「スターが何を楽しんでいたか、今分かったわ……。最高に面白かったでしょうね。
バカで無謀な妖精が掌の上で勝手に踊って自滅していく様を見るのは……」
「それは違うわ」
思わず立ち上がっていた。ルナに自分をそんな風に貶めてほしくなかった。
立っているのが辛くなりはじめていたけど、それ以上に強い気持ちが私に身体の重みを忘れさせた。
私がどんなに素晴らしい親友を持ったか、今こそ伝えるべきだ。
「聞いてルナ。ルナの洞窟の記憶には欠けている部分がある。それを今から教えるわ。
洞窟に潜ったしばらく後、私はふたりからそっと抜け出した。
脱出には糸束を使ったわ。入り口に糸を結び付けておいて、帰りは糸を辿って……お話じゃよくある方法ね。
でも、私はその糸を巻き取らずに戻ってきた。黒い糸だから大丈夫だろうって、油断してたのよ。
ルナとサニーはその回収しなかった糸を幸運にも見つけたの。ふたりは脱出に成功して、一旦は地上に戻ってこれた。
でも私を見つけられなかった。ふたりとも慌ててたわ。帰り道の途中にいないから先に地上に戻ってるんだろうって思ってたみたい。
その時私は岩陰に隠れて、ふたりの会話を盗み聞きしてたのにね。
ルナとサニーはしばらく相談して、そしてこう言ったの。
『もしかしたらスターは洞窟の中で動けなくなったのかもしれない。
スターの糸のおかげで助かった私達がスターを見捨てるなんてありえないわよね』って。
ふたりは私を探しにもう一度洞窟の中に戻っていった。そしてガスにまかれたの」
あの時、私は嬉しくて、声をあげて泣いた。この記憶は私の一番の宝物だ。
「ふたりをどんなに愛おしく思っているか、今のルナは分かってくれていないでしょう。
私はルナとサニーを見下したりなんかしていない。ふたりのことが好きだからそうしたくなるのよ。
喜びや楽しみを感じているふたりが好きなのと同じように、
苦痛や絶望を感じているふたりのことも同じように好きなだけ。
私はふたりの感情のすべてを愛している」
思うままに語って、少し苦労しながら椅子に座り直した。
面と向かって好意を伝えるのは少し恥ずかしかったけど、達成感があった。
今の告白が片恋慕に終わっても、冷たい拒絶に終わっても、私に一切の後悔はない。
ルナは視線を落としていた。
何かを言おうと口を開きかけて、すぐに思い直して黙ってしまう。
何を語るべきか散々悩んだ後、ようやくルナは拗ねたように言葉を搾り出した。
「でもスターは今度も生き残るじゃない……」
今度は私が笑う番だった。突然の笑い声にルナはびっくりしている。
「ルナは断片的な情報から真相を言い当てる名探偵じゃなかったの?
こんな簡単なことを見落とすなんて。毒きのこが入った鍋は私も食べてたじゃない。
私の身体も毒は侵されてるわよ」
そう。私は夕餉を共にした。
ルナにとっては予想外すぎたんだろう。毒入り料理を毒を仕込んだ当人が食べるなんて。それで失念したに違いない。
それとも、ルナは自分が食べるのに夢中過ぎて周りのことに気が回らなかったのかもしれない。
どちらにせよひどい理由だ。笑いすぎて、吐いてしまうかと思った。
確実に気分が悪くなりはじめている。
「……どうして? スターも死んじゃうなら、今の出来事も忘れちゃうってことでしょ?
よりによって毒で心中だなんて……一体何がしたいのよ」
ルナは理解できないという風に首を振る。
私の個人的目的に根ざすものなので理解できなくても仕方ないけど、正気を疑うような目で見ないで欲しい。
「再び楽しむためよ。メランコリックな気分になったわけじゃないわ」
「再び?」
「一つ前の洞窟探検が楽しすぎたの。
あれ以来、ふたりの一回休みを楽しむような気持ちになれなくなってしまったのよ。
私のいたずら心が考える限り、最高のシチュエーションだった。これを超える機会はもう訪れないって、なんとなく察してしまったのね。
次はどうしようってあれこれ頭を巡らせられなくなった。
……怖かったわ。それはルナとサニーに飽きたってことじゃないかって。
この記憶がルナとサニーから私を引離してしまわないか不安になった。
どうしようどうしようって何日も悩んだわ……。
でもね、気づいたのよ。
不要な記憶があるのなら、私自身が一回休みになって記憶をリセットしてしまえばいいじゃない。
これってとっても素敵な考えだと思わない?
どんなに面白いショートショート集も繰り返し読めば飽きてしまうけど、記憶がなくなってしまえば毎回新鮮な気持ちで何度だって楽しめるでしょう。
私は絶対に親友に飽きたりしないのよ」
記憶がどこまで巻き戻るのかは未知だ。だが、ふたりと一緒にいられるのならいつでも構わない。
新しい能力の使い方発見以前の私にまで戻ってしまったら……その時はその時。
再開したところから、また三月精をやらせてもらうだけだ。どう転んでも私の望みは叶う。
長口上を聞き終えたルナはため息をつき、呆れたように呟いた。
「……スターには負けたわ」
本当に仕方ない子だなぁ、とでも言っているようだった。
ルナの瞳には、もう敵意は込められていない。
信じられないような甘さだけど、結局ルナは私を敵と思い切ることはできなかったらしい。
「怒らないのね。てっきり頭から湯気だして怒りだすと思ってたのに」
「結局スターも毒で死んじゃうって分かったからね。何をしたってケロリと忘れちゃうんでしょ?
私がどうしたって、結果は変わらないじゃない……本当にひどいわよ。仕返しもさせてくれないなんて。
どうせこの記憶も消える。もうやれることがないなら、私は待つだけ」
「潔いわね。その割には質問が多かったけど」
「……スターが聞いてもらいたそうだったから聞いてあげただけ。感謝してよね。
まあ、私もスターが何を思って過ごしていたのか知れてよかったわ。知らないままじゃ居心地が悪いもの。
誰かさんのせいで身体の調子は最悪だけど」
「奇遇ね、私もそうなのよ」
「……なんで毒なんて使ったのよ。一瞬で終わらせてくれたほうが楽なのに」
「あら、ひどいわねルナ。私に看取って欲しいって思ってくれないの?」
「……」
「そんな怖い目で見ないでよ。
記憶を消そうと思った時にね、気づいたの。
そういえば、まだルナとサニーが息絶える瞬間を間近で見たことことがなかったなって。
だからじわじわ効く毒を選んだの。最期なんだし、せっかくだから見ておきたいじゃない?」
「……スターにはほんと負けたわ」
大きく息を吐いた後、ルナは姿勢を崩した。椅子からずり落ちそうな、不自然なまでの弛緩だった。。
ルナが嘔吐したのはかなり前の出来事だ。とっくに毒は全身に回りきって、後は体力がなくなるのを待つばかりだったのだろう。
長話の疲労と、興味が満たされて気力が尽きたのとで、力が抜けてしまった。
サニーと同じように傍らで、できれば抱きしめながら看取りたかったけど、私ももう立ち上がることができない。
本当に残念だ。
「スター。そろそろ……」
「えぇ。最期にルナと話せて、本当に楽しかったわ。探偵小説の登場人物になれたみたいで。
秘かに憧れてたのよ、犯人役」
「知ってる。全然秘かじゃない」
「あらそう……バレてたのね」
ルナの瞼は花が萎れるようにゆっくりと閉じられた。
サニーに比べれば素っ気無い最期だけど、それがむしろルナらしく思える。
静かに消えていくルナの気配を私は見つめ続けた。
******
もうこの家に居るのは思考に耽っている私だけだ。
食べ始めを遅らせた分、私に毒が回りきるまでには少しだけ猶予がある。
それが私に与えられた最後の自由時間だ。どう使おうか。
一つだけ残された未解決の現象について考えよう。
記憶の蘇りだ。
ルナとサニーはなぜ記憶を取り戻すことができたのか。
手掛かりに乏しい、原理不明な現象だけど、私はなんとなく正体を察していた。
この現象は恐らく『走馬灯』と呼ばれるものだ。
死の直前に今までの記憶が幻灯の駆け馬の如く巡るという、あれだ。
妖精にも走馬灯があるなんて思ってみなかったけど。
次の私へのいい手土産が出来て、一人くつくつと笑う。
これからサニーとルナは一回休みのたびに今夜のことを思い出すのだろう。
その時のふたりの感情を思うと、私はたまらなく愉快になった。
初投稿。
だらしねぇ文章にブレブレの主旨。
お許しください。
この話を思いついたきっかけは「ショートショートに花束を」
反省文はあとで。
品薄
- 作品情報
- 作品集:
- 7
- 投稿日時:
- 2013/03/20 09:30:24
- 更新日時:
- 2013/03/20 18:30:24
- 評価:
- 9/14
- POINT:
- 1010
- Rate:
- 14.79
- 分類
- 三月精
- サニーミルク
- ルナチャイルド
- スターサファイア
- 勝利
サニーミルクは見えなくする能力。
ルナチャイルドは聞こえなくする能力。
そして、スターサファイアは、語るに落ちる能力。
これぞ、妖精の悪戯ってヤツですね。
ちなみに私は、星新一さんのショートショートを読んで育ちました。
ルナの思い付きが唐突で意表をつかれました。
スターちゃんマジ策士
ぜひ、また作品をお書きになってください。
次回にも期待を込めて満点を。
>>1の簡易匿名評価さん
あなたがNo.1だ 匿名評価ありがとうございました
>>2のギョウヘルインニさん
能力からして、スターの好奇心はサニーとルナに向けられるだろうと
好奇心は発見と愉悦が最優先でそれ以外は二の次
>>3のNutsIn先任曹長さん
曹長さんからなら確実にコメントがもらえる そう思ったから怯まず投稿することができました(打算
実は「ショートショートに花束を」はモ○ラーのビデオ棚で読みました。SSはネタの宝庫なので今後も利用していきたい
>>4さん
幻想郷ヒエラルキー最下位の妖精が絶望しきって消えたいなんて願わないようにするための安全装置が記憶消去なのだと思っています ルナの思いつき…どれだろう すいません
>>5さん
三月精の中ではスターが好きですね 一番屈折した心を持っていそうで
原作の台詞からしてアレですし
>>6さん
スターが余りに常軌を逸脱しすぎていたので降参するしかありませんでした
>>7さん
ヒャッフウウウウウウウウ
一応ネタのストックはまだ残っているので、サボらなければ次の話が出来るはずです 多分
感想コメントありがとうございました。目標であった「とりあえず2つ感想コメントをもらう」を達成することができました。
反省点が多い話です。主旨一貫してませんし。にも関わらず、最後まで読んでくれた方が予想以上に多くて嬉しい限り。
実は10kbコンペ用に書き始めたのですが話が思った以上に肥大化しまい、苦心の末に最後らへんにギュウギュウ詰め込む無様な結果になってしまいました。次の話はもっと切れ口さわやかな短めの話にしたい。
悲惨な目に遇っているところを直接見れないのがいいね。そのほうが想像が膨らんで何倍も楽しそう
これで初投稿とはすごい。話の盛り上げ方や伏線の回収の仕方がとても綺麗だと思いました。特に洞窟でのエピソードは、スターの愛情や行動原理を表現する上で役立っており、その内容にも胸を打たれざるを得ません。妖精の能力、もといスターの能力をここまでうまく活用できるとはもはや脱帽です。
素晴らしい作品をありがとう。次回作も期待しています。
自分自身が親友の大切さを知るには充分過ぎた。
スターの黒さよりも寂しさなどが伝わる良い作品でした。