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『ある阿呆の』 作者: シャドウパンチドランカー

ある阿呆の

作品集: 7 投稿日時: 2013/04/11 14:30:32 更新日時: 2013/04/12 00:56:04 評価: 5/6 POINT: 530 Rate: 15.86
 月と地上で大きな戦争が始まってから、ずいぶん時が流れた。
 何が理由で起きた戦争かは今や知る術もない、どうせくだらない理由だろう。何が失われたのかも釈然としない、きっと大切なものだったのだろう。
 結果だけは最近のことだから皆知っている、痛み分け。どうせ束の間で終わるだろう相互不可侵条約、それに縋って成り立つ一時の平穏。
 そんな平穏でも、ある以上はともあれ復興に力をかけねばならぬ。ところどころ朽ちたこの神社に集まった人妖は、その復興にすがりついて、どうにか生きがいを得ている者たちだ。
「霊夢様!!」
 彼らの口からはめいめいの願いがひっきりなしに溢れ出し、それが混ざり合ったわけのわからぬ音だけが響いていたが、その一語だけは時折鮮明に聞こえる。彼らがみな一用にすがり付く、御神体の名であるからだ。
「静かに!!」
 ひとしきり騒ぎを聞きつけたところで、八雲紫が地獄の騒音の中でもよく通る声で一喝する。一息に皆が黙るのを聞いて、傍らに座る『霊夢』の、包帯に包まれた姿に目をやる。皆もおなじように『霊夢』の---全身を包帯に包まれ、唯一かすかに除く口元すら目も当てられぬほど焼け爛れた『霊夢』の姿を眺めていた。
 やがて、奇跡が起きる。神霊が---いや、神霊の形をとっていはいるが、明らかにそれとは質の異なる存在が降り立ち、恵みをもたらす。ある者の手には食物が与えられ、ある者は重病が癒えた。打って変わって歓喜と感謝の叫び声を上げ始める皆に背をむけ、紫は車椅子を押して行った。



「やあやあやあ。ご苦労様です、神様のお世話という大役を……いやいや、あなたならばむしろ役不足というべきでしょうか?」
 自宅に戻り、霊夢を部屋に寝かせてから自室に行くと、顔が半分以上もかくれるほど深々とヘルメットをかぶった一匹の玉兎が己の椅子に腰掛けていた。軽薄な口調で語りかけてきるその姿に、紫は、彼女にしては珍しいことに、少しばかり思考をとめ、それから口を開いた。
「……何を、しに来たの?」
「何をって、定期報告ですよ、いつもやってるじゃないですか。平和の維持はこういう地道な相互協力によって成り立つんですよ? 月はものすごく大変です、穢れを溜め込んだものから死んでいきますのでね、穢れを払うのに死人を処理するのに大忙し!! まあ月があんだけ不便になったら、甘い生活に慣れきった人達がもっと便利な生活がしたい! って穢れを自作しちゃうのも仕方ないってところですか。足るを知るなんて言葉も程度が知れたもんですねえ。ともあれ戦争の準備が出来る状況ではございません」
 外界監視用のテレビをつけ、それを眺めながら言う。
「地上もたいへんみたいですねー。地上ってのは本来喜びに満ちてる場所です、月の民が傷けば妖怪が喜ぶ、妖怪が傷つけば人間が喜ぶ、人間が傷つけば獣が喜ぶ、しかし、どれもこれも一緒くたにボロボロになったんじゃあ、さすがに喜びようが……」
「何をしに来たの」
「わかった、わかりました正直に言いますよ、『霊夢さん』の様子を見に来たんです」
「……何故?」
「やだな、月には関係ないなんて言わせませんよ。いざこざに紛れて持ってかれちゃいましたが、あれは」
 口元が歪む、三日月のように。
「依姫様かもしれないんですから」
 ……月と地上の対決は、人や玉兎や月の民のみならず、妖怪も、神々も巻き込んでのものとなった。争いを嫌い移り住んだ幻想郷の住人も、否応なしに戦わねばならなかった。強大な戦力である彼ら彼女らは、必然、より重要な戦場に向かうこととなり、そして先の大戦における最後の戦場、お互いにここで決着すると確信しての戦いにおいて、地上を率いた博麗霊夢と、月を率いた綿月依姫は---。
「相打ち、残った身体は一つ、判別はつかない。霊夢さんは成長して、依姫様とほぼ同じ体格でしたからね……あの状況において、あなたの動きは機敏でした。霊夢さんだと信じたかったんですか?」
 人妖、いや、神も月の民も及ばぬレベルの戦いにおいて付けられた彼女の傷は、誰にも癒せなかった。彼女の姿はもう二度と復元しない。
 白沢に歴史を辿らせろ、覚りに心を読ませろ、境界の大妖に探らせろ。
 無駄、無駄、無駄。
 何者の能力も彼女に効果を及ぼし得なかった。意識を持っていたころの彼女であれば、通じる目もあっただろう。だが瀕死の重傷にあった(今もあり続けている)彼女は、生命維持のためか己の能力を最大限に高めていたのである。
「もし霊夢さんなら、今頃『空を飛んで』いるんじゃないですか? 不可侵ではあるが、触ることなら私たちにもできる……というのはおかしいのでは?」
「『飛んでいない』からこそ確信するのよ」
「ああ、なるほど、霊夢さんはあなたたちとの絆のゆえにここに留まっておられると。死に瀕してもその想い絶えることなく……素晴らしい、そして十分な理由ですよ。何より、彼女はあなたがたを助けていらっしゃいますからね」
 彼女に意識と呼べるものはほぼないが、一つのことだけは成し続けた。それは神々を呼びよせ、苦しむ人々を助けること。先ほど神社でそうしたように。それは、
「依姫様と霊夢さん、両方が持ってた能力ではありますが……依姫様が地上助ける理由ないですからねー」
「納得したならば、こちらの話を聞いてもらうわ」
「ええ、ええ、納得しました。実は私も霊夢さんであることを期待してるんですよ、だって依姫さまじゃあ最悪ですもんねえ」
「何?」
「だって依姫様ですよぉ〜? 面白みはないし、空気は読めないし、頭は悪いし、融通は聞かないし、借りものの力でやたらエバっちゃってるし、あの誰からも嫌われ、月でも地上でも、陰口すら叩かれない、ネタにもならない正真正銘のクズと名高い…名高かった依姫様にぃ」
 椅子から立ち上がり、紫の方に歩いてくる。
「あなたが、毎日毎日抱きついたり、すがりついたり、涙ながらに詫びたり、愛の言葉を囁いたりしながら必死に世話を焼いてるなんてぇ……最悪すぎて笑っちゃいますよ!! でもでもでも、でもですよ? あの方がもしそれを知っていて、自分もできれば愛される人間になりたいって心の奥底でずっと思ってたとしたらですよ!? 今の『霊夢さん』の境遇って……もちろんあれは霊夢さんですが! 最高じゃないですか!? 私ならこれみよがしにいけしゃしゃあと地上の御神体気取っちゃいますね」 
 ぴくり、と紫の肩が震える。
「でも考えてみるとすごいことですよね。誰からも愛される霊夢さんと、誰からも愛されなかった依姫さまが同じ能力を持っているなんて!! 神の作った最大の皮肉ですよ!! ああ神ってのはもちろん私が呼ぶようなまがいもんじゃなく、あ、しつげ」
「いいかげんにしろ!!」
 紫の一撃が玉兎を吹き飛ばす。ヘルメットが砕け、その素顔があらわになる、今は短く切り揃えられた、紫色のワカメとでも呼ぶべき、不快なウェーブのかかった髪。真面目なようでその実何一つ中身のない、どうしようもなく軽薄な瞳。型にはめて作ったような、いかにも大量生産の効きそうな顔。
「何をしにのうのうと戻ってきた、綿月依姫!!」
「正確にはその依代ですよ、もとより依代だった私のさらに依代、ちなみに身体は量産型玉兎のものです。最後の戦いのちょっと前に、一体ダメ元で作っといたんですが、最近どうにか動かせるようになった。心配してるかもしれませんが、能力はほぼ受け継いでないのでご安心を。あなたに差し上げますから好きにしていいですよ」
「なら答えてもらうわ……」
「『霊夢』の正体を、ですか? 残念! 存じませんね。私の記憶にあるのは作られた……作ったっていうべきなんですかね? まあ、あの決戦の直前までのことだけです! すでに能力で十分確認してるでしょ? さて、これで私を壊さない理由がなくなりましたね」 
 音をたてて歯ぎしりする紫に、依姫は嬉しそうに笑いながら言う。
「どうです? 『霊夢』を見ることが恐ろしいですか? 止めどない愛しさと感謝の中にあっても隠しきれない疑念と不安を抱いていますか? あなたがあの日、八意様に刻み込んだのと同じ、あるいはそれ以上の恐怖を感じていますか? ざまあみろだ! これで復讐は成った!!」
 ははははは……と心底嬉しそうな笑いが、心底憎らしげな笑いが部屋に響く。微かに気圧される紫に、依姫は言う。
「ねえ紫? かつて私が生きていた頃……私を一度でも脅威だと感じたことがあったかしら? いいえ絶対になかった。お姉さまは少しそうだったかもしれない、八意さまはもう少しそうだったかもしれない。だが私を驚異と感じたことは一度もなかったはず。なぜって、私は頭が悪かったから。あなたにはいつでもいくらでも私を踊らせて踊らせて踊り殺すことができるという確信があったから。あなただけじゃない、お姉さまも八意様も、玉兎たちもそう思っていたんだっ!!」
 憎悪に満ちた声が、部屋に響き渡った。
「……」
 その言葉は一つの偽りもなく真実であった、今日までは、いやあの日霊夢が重傷を負うまでは。
「八雲紫、八意様すら踊らせた最強の賢者よ。あなたが今感じている恐怖にはね、策略なんかただの一つも含まれてない。あなたが霊夢を好きになったのは彼女が策を練ったからじゃない、彼女はただその生まれ持った魅力だけであなたの心を惹いた。正直あなたが本気とは予想外でしたがね……そして今、『霊夢』の正体がわからないのも策略のせいじゃない。私か霊夢か知らないが、そいつの力が強すぎるから」
 あはははははははは……笑い声が更に高まる。こんな笑い方をする彼女は見たことがなかった、いや、はっきりと笑う依姫を見たことは一度もなかった。遠い昔、彼女らが平穏のうちに親交していたときも。
「ざまあみろだ!! あなたを、頭が良くて器量がよくてなんでもお見通しで口も仕草も一流で皆に敬われ頼られ愛されるあなたを、頭が悪くて何も器量が悪くて何一つわからなくて、できることといえばただ無駄に無意味に無価値に強い力借り物の力をふるって侵入者を叩き返すだけの、なんの面白みもない誰にも愛されないゴミでゴミでゴミな私が恐怖させたんだ! 私の力で恐怖させてやったんだ!! ざまあみろ、世界を動かしてるすべての利口な奴らめ!! 私たちの勝ちだ!!」
 紫は軽く腕を掲げる。そして、奇妙なほど落ち着いた声で行った。
「私たち、というのはどう言う意味?」
「霊夢の力も入ってるでしょ? ……そういえば、彼女は気にしてましたよ、自分があなたの真意を何一つ理解できないことを、あなたに近づいてあげられないことを」
 無論その悩みのことは知っていた。のみならず解決し、それを元に更に絆を深めすらした。だというのに、今聞かされてみると、まるで初めて聞く、決定的な、致命的な、二度と償えない過ちのごとく聞こえる。それはきっと、『霊夢』の存在があるから。あれを霊夢だと断言できない現実が、自分の中での霊夢をどんどんと歪めているから。
「私は霊夢を逃がすはずだった、あの戦いには参加させないはずだった……」
「誰の策略で失敗したんです?」
 その言葉に答えることなく、紫は依姫の残りカスを消滅させた。



「『霊夢』……」
 ベッドで小さく息を立てる姿に、紫は小さく語りかける。無論返事はない。能力を行使する、しかしその心は覗けない、そう呼べるほどのものがあるのかすら確認することはできない。
「霊夢っ……!」
 彼女は今や知性も心も示さない。幾多の賢者を手玉にとり、幾多の心を惑わせた紫は、肉塊同然となった『霊夢』に対して何一つできることがなかった。
「お願い霊夢、返事をして、声を聞かせて、私を抱きしめて、霊夢、霊夢!!」
 無理と知りながら、『霊夢』にすがりつく紫の耳の奥に――

 あははははははは。と、依姫の笑い声が響き渡った。





 
よりゆかという多分僕しか好きな奴いないであろうカプが現在フェイバリット中。
でも出来上がったのは何故かこんな話。
シャドウパンチドランカー
作品情報
作品集:
7
投稿日時:
2013/04/11 14:30:32
更新日時:
2013/04/12 00:56:04
評価:
5/6
POINT:
530
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15.86
分類
短いです
勢いで書いた
ゆかれいむ?
????「←だといいですねぇ」
簡易匿名評価
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0. 30点 匿名評価
1. 100 名無し ■2013/04/12 01:10:40
依姫がボロクソに言われてて吹いた。
そして言ってるのが依姫コピーだと明かされ二度吹いた。

愛に溢れた作品です。
>>「ざまあみろ、世界を動かしてるすべての利口な奴らめ!! 私たちの勝ちだ!!」
この言い回しが素晴らしい。幻想郷のお偉い方々に言えたら最高でしょうね。
2. 100 NutsIn先任曹長 ■2013/04/12 02:27:10
依姫は霊夢のアッパーバージョンだといわれていましたから、長じた霊夢と依姫はそりゃ、見分けがつかなくなるわな。

この話、戦争という愚行に対する風刺かな?
祭り上げた『英雄』がどちら側の者なのか分からない。
穢れにまみれた上層部を嘲笑う、踏みつけにされた消耗品。
戦争で無い期間――平和な世では、『英雄』は下々の者達に恵みをもたらし、上の方々を苦しめる。

『英雄』を愛した為政者は、明確な『英雄』の紛い物を叩き潰し、誰とも知れぬ『英雄』らしき者に縋りつくしかできなかった……。
4. 100 んh ■2013/04/15 21:36:57
凄いなぁ、この依姫は他の誰にも書けない
5. 100 名無し ■2013/04/16 00:16:25
コンプレックスよっちゃんいいね
6. 100 名無し ■2013/05/09 00:15:49
取り繕った事しか言わなかった少女が
汚らしい言葉を使って本音をぶちまけるシーンが素晴らしい。
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