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『フランク・フラン』 作者: NutsIn先任曹長

フランク・フラン

作品集: 7 投稿日時: 2013/04/28 17:52:03 更新日時: 2013/05/19 22:50:38 評価: 3/5 POINT: 360 Rate: 12.83
「らんらんららら、ららんららら♪ らんらんららら、ららんら〜ら〜ら〜♪」

幻想郷の最重要施設――の割にはしょっちゅう小破、中破、大破、倒壊している博麗神社。

その境内を竹箒で掃き清めている、紅白の腋巫女。

我等が博麗の巫女様、博麗 霊夢である。

さっさかさー♪ とスピード重視、効果はおざなりな掃除を終えた霊夢。

お楽しみ、素敵な賽銭箱チェックタイムである。

代々の博麗の巫女しか開けられない錠前を解錠し、箱底部の賽銭受けを引き出した。



「……」



出てきたのは一枚の紙切れ。

大きな金額と、少女の肖像画が印刷されていた。



霊夢はしばし、カリスマ溢れる友人の美化された似顔絵をねめつけていた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





湖に聳え立つ、城と呼んでも差し支えない、重厚さと美しさを怪しさを兼ね備えた立派な洋館。

悪魔の居城、紅魔館。



紅魔館の当主、レミリア・スカーレットは館の地下最深部通路を歩いていた。

彼女に忠誠を誓う人間のメイド長も、百人単位でいるメイド妖精も連れずにである。



長い通路の行き止まり。

そこに鉄製の扉があった。

サイズは普通の部屋のドアと同様だが、扉自体は普通ではなかった。

対魔法耐衝撃防火防水防腐食防放射能の機能が付加された、特別製である。

核戦争だろうがバイオハザードだろうが自然災害だろうが、外からのあらゆる厄災を防ぐことができる。

そして、同様の厄災が室内で起きた場合も、被害を外に漏らすことはない。



レミリアは、そんな大仰な扉をお上品にノックした。

コンコン。

思ったよりも響いた音に、部屋の住人が返事した。

「はぁい、どなたかしらん♪ 幸運をもたらす天使様かしらァ?
 もしそうなら、羽を毟って輪っかは蛍光灯の代わりにして犯しながらクソの詰まったモツをワインで消毒しながら喰らってやるわァッ!!
 キャッハハハハハ〜〜〜〜〜!!!!!」

「残念、貴女の愛しのお姉さまよ♪」

レミリアの言葉に耳障りな嗤い声で答える部屋の主。

「ギャアッッッハハハァァァァァァァァァァ!!!!!
 これはこれは♪ 煮ても焼いてく食えねぇお姉様でしたのォ♪
 可愛い妹の安住の地に、犬のクソを踏んだおみ足で踏み込みやがって!!
 殺されてぇかァァァッッッ!!!!!」

「お菓子持ってきたわ。一緒に食べない?」

『妹』の恫喝など意に介さずにレミリアは普通に扉に話しかけ、手にしていた、商店で品物を入れるのに使われる茶色の紙包みを掲げた。

「……入って」



カチャッ、ギィィィ……。



厳重に封印されているはずの扉は『内側から』開けられ、石造りの室内が露になった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「アレ入れたの、紫でしょ?」

「あら、分かっちゃった?」



ズズズ……ッ。



博麗神社、居住部の縁側。

腰掛けた霊夢と、妙齢の美女は、同時にお茶を啜った。



美女の名は、八雲 紫。

妖怪の賢者であり、

幻想郷の管理人であり、

プライベートでは霊夢と相思相愛の関係である、

泣く子もチビる大妖怪である。



「霊夢、アレをお友達のところに持って行ってくれたようね」
「ええ、紫、私がそうする事、分かってたでしょ?」
「ふふ、愛しいヒトの考えることはお見通しよ。貴女と同じようにね♪」

ズズッ。

「お茶菓子が欲しいわね」
「今、切らしてんのよ」
「甘い口直しなら、ここに……」
「あんっ♪」



紫と霊夢は互いの唇と舌を貪り、その甘味に酔いしれた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





総石造りのエントランスを通り抜けると、そこには快適な居住空間があった。



レミリアは彼女の妹、フランドール・スカーレットが居住する警備厳重な地下室を訪れ、居間の絨毯に靴を脱いで直接座って寛いでいた。

部屋の主であるフランドールは七色の宝石の翼を煌かせながら、部屋に備え付けられたキッチンで働いていた。

今のフランドールの格好は、彼女の翼と同じ装飾をした天人をディフォルメしたキャラが描かれたTシャツに、メイド妖精への支給品と同じ小豆色のジャージズボンというラフなものだった。

「飲み物、私と同じでいいわね」

眼鏡を掛けたフランドールは、雑なポニーテールにした頭を姉のほうに向けた。

「おかまいなく〜♪」

レミリアは、テーブルの強化ガラス製の天板にペタリと顎を乗せてだらけていた。



コンロに乗せた薬缶の湯が沸いた。
フランドールは二つのマグカップを用意した。
一つはピンク色、もう一つは真紅の、同じデザインの物だ。
それぞれのカップに投入される、スプーン一杯のインスタントコーヒーとスプーン三杯の砂糖。
お湯をカップの半分弱まで注ぐとスプーンでかき混ぜ、冷蔵庫から取り出した冷えた牛乳を同じ分量だけ注いで再びかき混ぜた。

「ほい、お姉様、おまたせ♪」
「ん〜、じゃ食べよっか」

素足をペタペタ言わせながらやって来たフランドールが甘いカフェオレをテーブルに置くと、レミリアは紙袋の中身を取り出した。

紅魔館が技術指導と庇護を行い、それらの対価を毎月頂いている、人里で大人気のパン屋さん。
そこの即日完売の売れ筋商品であるロールケーキが二本、登場した。

「「いただきます♪」」

西洋の出自なのに見事な合掌をしたスカーレット姉妹は、豪快にケーキを丸齧りした。

紅魔館直伝の調理技術の賜物かパン屋の腕が良いのか、ロールケーキは評判通りの美味さだったので、小食な姉妹でも食べきれた。

「「ごちそうさま♪」」

また合掌と声がハモッた。



小さな両手で真紅のマグカップを持ったフランドールがレミリアに尋ねた。

「で、お姉様、今回はどんな厄介事を持ってきたのかしら?」

ピンクのカップから温いカフェオレを一口飲んだレミリアはフランドールに答えた。

「霊夢がね、これを持ってきたのよ」
「あらお姉様、ラブレター貰ったの♪」
「だったら良かったんだけどね」

レミリアが差し出した封筒を受け取ったフランドールは中身を確認した。

中からは一枚の紙が出てきた。

レミリアの肖像画と大きな金額、シリアル番号が印刷されたそれは、紅魔館の内部及び『領地』のみで通用する紙幣であった。

表と裏をしげしげと眺め、天井の照明に透かしたりするフランドール。

「……へぇ〜、良くできた『玩具』ね〜」
「でしょ? 私も感心しているのよ。霊夢にはこのプレゼントのお礼に、そこに書かれている金額を幻想郷通貨で払っておいたわ」

この姉妹、紙幣を偽札だと見破っていた。

「でねフラン、こんな素敵なモノを作ってくれた方に是非とも紅魔館当主として御礼をしたいのよ。だからお友達に頼んで探し出してもらえるかしら?」
「私がぁ? 咲夜や美鈴に頼まないの?」
「二人には、これがまだ出回っていない事を確認してもらったところで調査を止めさせたわ」

偽紙幣から姉に鋭い視線を向ける先を変更したフランドール。
レミリア個人の命令で密偵や暗殺を瀟洒にこなす咲夜。
紅魔館だけでなく、彼女達の縄張り(『領地』と呼んでいる)の警察活動も行なう『門番隊』隊長の美鈴。
レミリアが彼女達を引かせて、『妹様』であるフランドールに仕事を依頼したということは、スカーレット家が直々に動いている事を周囲に見せ付ける意味があるのだろう。

「大方、これをいの一番に見つけたヤツが、霊夢を通じてウチになんとかさせようとしてるんでしょ。ったく、あんのスキマ婆ァ……」

レミリアは、恋人になっても良いと思っていた人間の親友と毎日イチャイチャしているスキマ妖怪の小癪なマネに、愛らしい顔を醜く歪めた。

「分かったわ。その『シャイな芸術家さん』をお姉様のトコにつれてくれば良いのね」
「生きていればいいから」

口が聞ける状態なら、多少の『欠損』は構わないという意味である。

「お外はもう春よね〜」
「ええ、花曇で日光が和らいだ、私達にとって良い天気よ」

二人は窓を見た。
正確には、外界では宇宙船や地下施設に設置される、その中で暮らす人々の精神衛生のための、地上の建物から見える外の景色を映し出す窓型の表示装置である。

「よしっ!! 私も動くわ。久々のお出かけがしたくなっちゃった」
「あまり無茶はしないでよ。貴女はおつむを病んでいるって『設定』なんだから、怯えた輩が何をやらかすか分かったモンじゃないわ」

きゃはは、とフランドールは外見年齢相応の明るい笑いをした。

「心配性ね、お姉様は。デスクワークで篭りっぱなしだったから気分転換と軽い運動をしてくるだけよ♪」

レミリアは、再び苦々しい顔になった。

部屋の片隅にある、重厚な執務机。
その上に整理された大量の書類を見てしまったのだ。

しばらくしたらレミリアの書斎にこれらは運ばれ、レミリアは一枚一枚に『領民』達の命運がかかった書類を検分して、サインをしなければならないのだ。

これが終わるまで、博麗神社へのお出かけはお預けだ。



はぁ……、とため息をついたレミリアは立ち上がると表情を変えた。

紅魔館当主の精悍な顔だ。



「紅魔館当主、レミリア・スカーレットが『裏門隊』隊長、フランドール・スカーレットに命ずる!!

 我々、紅魔館の信用を脅かす偽造紙幣を作成した首謀者を捕縛せよ!!」



「御下命承りました、当主様」



この時点から刹那の間、二人はスカーレット家の血を分けた姉妹ではなく、

幻想郷の名だたる勢力の一つである紅魔館の主と、

彼女の配下である、公式には存在が確認されていない紅魔館の諜報部隊『裏門隊』の隊長となった。










レミリアが去った後、フランドールはシャワーを浴び、身支度を整えた。

緋色の衣装に身を包み、梳かした髪をサイドテールに結った。

それらを終えると、寄りかかった執務机の上に鎮座した充電器から携帯電話を取り上げ、登録してある友人達の番号に電話した。

「――あ、もしもし、今いい?」

幻想郷にもケータイはある。

ただ、その数は少ない。

所持している者は有力者かよほどの御大尽、はたまた外界から流入したそれらを幻想郷向きに『調整』した河童の技術者や彼女達から入手しやすい天狗ぐらいである。

つまり、今フランドールが電話を掛けまくっている友人達とやらは、彼女同様、幻想郷内の特別な存在ということになる。



電話を終えたフランドールは、彼女個人のお小遣いをしまってある金庫から高額紙幣の札束を取り出し、それから抜き出した紙幣を何枚かずつ複数の封筒に入れ、残りは財布に捻じ込んだ。
小分けした現金やケータイを肩からかけたポシェットに詰めると、ポールハンガーにかかっていた帽子を被った。

最後に傘立てから日傘を手に取り、フランドールのお出かけの準備は整った。

最後に吸血鬼も映る鏡に顔を映して百面相を行い、表情を即座に変えられることを確認すると地下室を後にした。

館の正門を護る門番隊には、姉が話をつけた頃だろう。





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博麗神社に藍と橙がやってきた。

「紫様、只今戻りました。霊夢、適当に食料品を買ってきたぞ」
「ありがとう。今日のお昼は腕によりをかけるわね」

どさりと、人里で購入した物資を下ろした藍達の労をねぎらう霊夢。



♪〜♪〜♪〜。



軽快な電子音が鳴り響いた。

「すっすいません……」

橙が申し訳なさそうに言うと、やかましいケータイを持って物陰に走っていった。

「あ、もしもし――。フランちゃん? うん、うん……」





始まった。





紫と霊夢は、何らかの運命の歯車が回りだした事を確信した。





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魔法の森の中にある一件の家。

『なんかします』と『霧雨魔法店』と書かれた看板が立っていた。

扉には、『OPEN』の札がかかっていた。



からんからん。



ドアベルの音を軽快に鳴らし、フランドールは入店した。

「いらっしゃい。おや、フランじゃないか、珍しい。遊びに来たのか? それともお客?」

カウンターで文庫本を読んでいた、眼鏡に金髪をポニーテールにした少女が挨拶した。

霧雨魔法店の店主、霧雨 魔理沙である。

「今日はお客よ。部屋、空いてるかしら?」
「地下のロイヤルスイートをとってあるぜ☆」

魔理沙はキーを差し出し、フランドールはそれと引き換えに、魔理沙に現金の入った封筒を渡した。

「後、お茶をお願い。二人前ね」
「デートか?」
「友達とささやかなお茶会よ♪」

魔理沙の冷やかしを軽くいなし、フランドールは壁の一角にある本棚を押した。

ゴゴゴ……。

本棚は動き、その後にいかにも隠し通路らしい階段が現れた。





フランドールは見た目より快適な地下室で独り、お茶を飲んだ。

一杯目を飲み終わり、二杯目を淹れた。

今度は二人前だ。

カップの一つを対面に押しやった。

そこには、いつの間にか存在感の希薄な少女が座っていた。



古明地 こいし。

幻想郷の地底世界にある地霊殿の当主、古明地 さとりの妹であり、フランドールの親友である。



「フラン、お話ってなぁに?」
「ちょっとバイトしない?」

こいしは幻想郷中をさ迷い歩く癖があり、彼女の無意識操作能力で捕捉も難しい。

だが、ケータイのおかげで、こうして会う約束を取り付けることができた。

フランドールはジッパー付きビニール袋に入った偽札をこいしに見せた。

「おままごとに使う『子供銀行券』が新発売されたようでねぇ……」
「うんうん」

こいしは笑顔で『子供銀行券』をあらゆる角度から検分していた。

「これのメーカーがどこか調べて欲しいのよ。商品のラインナップもね」

フランドールは紅魔館以外の札も偽造される可能性を考慮していた。

「いーよー。お姉ちゃんにも聞いてみる」

今でこそ地上の支援を受けた地霊殿と旧都の顔役である鬼の星熊 勇儀がシメているが、かつて地底は犯罪者の巣窟だった。
地底の名士であり覚り妖怪であるこいしの姉、古明地 さとりの耳に、いや『第三の目』に何か情報が入っているかもしれない。
それにこいし自身は、誰からも認識されない能力で密偵のようなこともしてくれていた。

「くれぐれも無茶しないでね」
「わかってるって♪」

フランドールは親友に、気遣いの言葉と現金入り封筒を送った。
封筒の中の高額紙幣の枚数を見て、こいしから目玉付きハートマークが飛び出した――ように一瞬見えた。
放浪生活も金がかかるようである。



フランドールは偽札をポシェットにしまい顔を上げた。

こいしと彼女に渡した封筒は消えていた。





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人里を走る橙。

道や塀の上を疾駆して辿り着いたのは、比較的新しい雑居ビルだった。

橙は、エレベーターではなく階段で二階に上がり、フロア入り口の『二ッ岩金融』と控えめな看板を掲げた扉を開けた。



「いらっしゃ――っと、橙か」
「こんちわ、ぬえちゃん」
「ようきたの橙。金を借りに来たんでなくても歓迎するぞい♪」
「ありがとうございます、マミゾウさん」

橙は受付嬢には気安く、金貸しの社長には礼儀正しく接した。



受付の電話を留守電に設定すると、封獣 ぬえは、二ッ岩 マミゾウに声を掛けた。

「マミゾウ、んじゃ橙とお昼食べにいってきまーす!!」
「それじゃ、ぬえちゃん借りまーす!!」
「おう。ドアに『休憩中』のフダ、かけといてくれ」

徳利の酒を呷るマミゾウに見送られてビルを出た二人は、昼飯時で込み始めた人里の繁華街へ向かった。

「今日はフランの奢りだから、リッチなランチにありつけるね。けけ♪」
「きっと何か私達に『お仕事』を頼みたいんだよ。藍しゃ、藍様や紫様が簡単にお休みをくれたから、難しい内容かなぁ……」
「臨時収入にもありつけるんだね〜」

二人とも、フランドールが『ちょっと危ないお仕事』を依頼するためにケータイで呼び出した事を察していた。

友達の依頼を断る気のない二人は、雑談しながら待ち合わせ場所に向かった。



繁華街の広場には、待ち合わせ場所の目印として有名な珍妙なオブジェ『ミミちゃん像』があった。

霧雨 魔理沙が寄贈したというソレのモデルは、男根、外界の兵器、乗り物等、諸説ある。

紅魔館のメイド妖精のような格好をした少女が、像に馬乗りになって遊んでいた。

橙とぬえが像から逸らした視線は、片手に日傘を持ったフランがもう一方の手を振っているのを捉えた。





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繁華街にありながらも心地よい静謐に包まれた寿司屋の店内。

ランチタイムなので高級店ながら客や店員のざわめきが聞こえてくるが、それらは静けさを演出するBGMとなっていた。



「「「かんぱーいっ!!」」」

少人数用の座敷の一室。

そこを貸切にしたフランドールは、親友の橙、ぬえと共に、冷酒のグラスを掲げた。

幻想郷どころか外界でも庶民は滅多に口にできない、天然物の新鮮な魚介類。

少女達は喉越しの良い日本酒を飲りながら、お喋りと海の幸のフルコースを腹いっぱい味わった。



デザートである、柚子のシャーベットを食べ終えた一堂。

丁度良いタイミングで入室した店員は、空いた器を片付けてテーブルを拭き清めると、緑茶の入った湯飲みを置いて退室した。

熱いお茶を冷ましながら一口啜ったフランドールは、二人の友人を見て話を切り出した。

「実は、折り入って二人に頼みがあるんだけど……」

橙もぬえも聞く態勢になっていた。



………………。
…………。
……。



「これが偽札、ね……。ちょっと袋から出していい?」
「いいわよ」

フランドールから話を聞いたぬえは、許可を貰ってビニール袋から偽札を取り出し手触りを確認した。

「紙質は本物と同じだね。印刷の技術は甘いけど」

マミゾウの手伝いで、幻想郷内に流通している紙幣を一通り触ったことのあるぬえは、偽札をそう評価した。

ぬえから札を受け取った橙は、それをクンクン嗅いだり、指先でなぞったり、呪文を唱えて灯した青白い光で照らしたりした。

「ふむふむ……」
「何か分かったかしら?」

考え込んだ橙に尋ねるフランドール。

「これ、本物のお札の磁気データが記録されてるよ。印刷のほうは、ブラックライトで偽造防止パターンが発光しないから偽物だと丸分かりだけど」

式神である橙は技術的な観点から鑑定した結果を告げた。

「そう……」

ずずっ。

フランドールはお茶を一口。

「……二人とも、今日は忙しいのに付き合ってくれてありがとう」
「どういたしましてだよ、フランちゃん♪」
「けけっ!! タダ飯タダ酒のためなら、出所不明の情報持って駆けつけるよ☆」

三人は温くなったお茶を飲み干すと座布団から立ち上がった。

「引き続き、今回の件を調べてちょうだい。何か分かったらケータイか紅魔館(ウチ)に連絡してね。あ、その時はメイド妖精じゃなくてお姉様か幹部に言ってね」

「うんっ!!」
「あいよ」

二人は現金入り封筒を懐にしまいながら返事した。



フランドールは勘定を済ませると、おみやを手にして去っていく友達を見送り、次の友人に会うために日傘をクルクル回しながらバスターミナルに向かった。

バスの時刻表と腕のデジタル時計を照らし合わせ、迷いの竹林方面行きが来るまで余裕があることを確認した。

切符売り場と待合所がある建物の壁に寄りかかったフランドールはケータイを取り出し、電話した。



「……あ、お姉様? ええ、友達と食べるランチは最高ね。うん、うん、でね、ちょっと調べて欲しいんだけど――」



右から左へ素早く視線を走らせたフランドールは、続きを話した。



「――『原紙』の在庫の確認をお願い」





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霊夢と紫、藍が縁側で寛いでいる博麗神社に、橙が帰ってきた。

「ただいまー!!」
「ちぇえええええんっ!! おかえり〜!!」

藍は、『酔っ払いのお土産』スタイルの折り詰めを下げた橙を抱きしめた。

「橙、おかえりなさいのチューだ♪」

そして、橙は藍に唇を奪われた。

「あん……、藍しゃまぁぁぁ……」
「橙、力を抜いて、全てを私に委ねなさい……」

紫と霊夢に見守られながら、藍は橙の口に舌を入れ、手と九尾は橙の敏感な部位を一方的に責めたてた。

「ん……、ぷはぁ」

しばらくして、藍は唇を橙から離した。
橙は顔を火照らせ、目から光が消えていた。



上位の式神による、下位の式神からの情報収集。
体の一部を接触させることによって、それはなされる。

この『お肌のふれあい回線』は、握手や指先で触れるだけでも可能である。

藍が橙にしたような、ねっちょりと濃厚な愛撫をする必要は、全く無い。



「どうだった?」

紫の声に、藍は報告した。

「アレの『紙』は本物だというのが、橙を含めた全員の見解です」
「ふぅん……。内輪の事は、アッチに任せましょ」
「御意」



紫に一礼した藍は、『居眠り』をしている橙を起こした。

「橙、起きなさい」
「ふあっ!? あれ? 藍しゃま?」

目に光が灯った橙は辺りをキョロキョロと見渡した。

「お前、お酒を飲んできたね。いびきをかいて寝だすからビックリしたぞ」
「ふぇえ!? にゃあぁぁぁ……、恥ずかしいよぅ……」

真っ赤になった橙を見て笑う紫と霊夢。

「あんた、ステキなモン持ってるわね? それ、お土産?」

霊夢が橙の手にしている折り詰めを指差した。
藍の報告の最中も、それにずっと熱い視線を向けていた。

「あ、そうだ。お寿司ですけど、食べますか……」

霊夢は既に台所で、橙の分を含めた全員のお茶を淹れていた。





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ボンネットバスが停まり、フランドールは女性車掌に運賃を支払って下車した。

バス停『竹林前』は、最奥に幻想郷最大の医療機関『永遠亭』が存在する迷いの竹林の前、というより、そのさらに前にある茶店の店先にあった。
ちなみに、永遠亭までの道案内で小銭を稼いでいる寺子屋教師の恋人は、茶店よりも竹林に近い、既に外周部に入っている場所に建っている家に住んでいる。



その茶店は、永遠亭に勤務する因幡や亡命玉兎の憩いの場であった。
姦しい彼女達は店自慢の三色団子を頬張りながら、永遠亭のトップである八意 永琳や蓬莱山 輝夜、それに薬売りで好色そうな視線を向けたヤロー共の愚痴を言い合って精神衛生を保っていた。

フランドールが店内に入ると、因幡達は明らかに『仲間』ではない彼女を警戒して口を噤んだ。

「フラン、こっちよ」

店の奥にある個室から手招きするのは、因幡達のボスである因幡 てゐであった。

フランドールが部屋に入ると、閉めた襖越しに彼女の噂話で店内が盛り上がっているのが聞こえてきた。

「あの娘達を許してやってね。美少女の登場に舞い上がっているのよ♪」
「気にしてないわ。慣れているから」

慣れているのは好奇の目に晒される事なのか、美少女だと讃えられる事なのか知らないが、フランドールはてゐにそう答えた。



フランドールとてゐが団子とお茶を味わっている部屋は、茶店とは思えない、料亭の座敷を思わせるような綺麗な和室だった。
続き間の奥には布団が一組、枕を二つ並べて敷かれていた。

「――偽札?」
「ええ、ウチの信用問題になるから、お姉様がカンカンなのよ」
「妹であるあんたを動かしているぐらいだから、相当御冠のようね〜」

てゐはフランドールが渡した偽紅魔館札をツマミに茶を一口。

「デカい現金の取引には、お師さんが月から持ってきた鑑定装置を使ってるけど、そんな話は聞いてないわね」

てゐの耳に入っていないという事は、永遠亭には偽札は出回っていないのだろう。
小口の場合は知らないが、まさか偽札犯が釣銭目当てに、わざわざ迷いの竹林まで来てオクスリを買いに来るとは考えられない。

じゃあ、永遠亭側から出向いた場合は――?

「そりゃ無いわね。一日の売り上げ(アガリ)はまとめて例の鑑定装置に掛けるから」

フランドールもそう思っていた。
ついでに聞いてみただけだ。
本来の目的は、これから頼むところだ。

「じゃあてゐ、悪いんだけど、貴女の可愛い子分達がステキな噂話を仕入れたり、御自慢の罠に大物がかかったら、是非知らせてね♪」
「まかせてっ!! 大親友のてゐ様に任せるウサッ☆」

どんっ!! と、てゐは薄い胸を叩いて請合った。

「ありがと!! じゃあこれでお仲間とお団子を食べてね」

フランドールはてゐに封筒を渡した。
中を確認したてゐは襖を開け、店内に叫んだ。



「あんた達!! 今日はわたしの友達の奢りウサ!! 店は貸切よ!!」



歓声と、ぜんざいだのみつまめだのチョコパフェだのといった注文の怒号が巻き起こった。



「ははは……、じゃあ私は帰るわね……」
「今度は永遠亭にも顔を出してね。姫様があんたと遊びたがってるわ」
「いつか紅い満月の時にでもね」

フランドールはてゐに手を振ってお暇した。





甘味を貪る因幡達の、『ごちそうさまです!! てゐ様の御友人様!!』という声が綺麗に揃った。





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迷いの竹林の側にある茶店。

入り口には、『本日貸切』の札が掛かっていた。



因幡達のドンチャン騒ぎで騒々しい店内から奥まった所にある個室。

そこに敷かれた布団の上には、てゐと彼女の本日の寵愛を受けた因幡が、幼い中に色気のある裸身を晒して横たわっていた。

互いの身体を交わらせて、兎の貪欲な性欲を満たし終えた彼女達。

てゐは、若い因幡に寝物語を語っていた。



「――そして、素兎は金持ちになって幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし♪」
「てゐ様の、因幡の素兎がフカひれを売りさばいて財を成す物語、いつ聞いても良い物ですねぇ……」

てゐよりも若干背の高い因幡は、てゐを抱きしめて彼女の耳の付け根の臭いを堪能した。

「くすぐったい……。じゃあ、次は貴女が私にお話して頂戴♪」
「わ、私ですか!? てゐ様みたいに上手く話せるかどうか……」

慈愛に満ちた笑みで因幡の頭を撫でるてゐ。

「気負うことは無いわ。友達とおしゃべりするような気安さで良いわよ♪」
「そ、そうですか……」

うんうん唸って、ようやくウケそうなネタを思い出した因幡。



「これは西洋かぶれな区画で営業している友達から聞いたんですけど――」
「うんうん♪」

その区画は、人里内の紅魔館の管轄区――『領地』のことである。

「週に一回、主の悪魔の目を盗んで育まれる、紅いお屋敷の女中と人間の男との禁断の恋!!」
「それは……、興味をそそられるわね……♪」





フランに知らせるマブネタの予感ウサ……!!

可能な限りその噂話を話している因幡に気取られずに聞きだしたてゐは、すっかりテンションが上がってしまった。



そのまま朝まで情報源の因幡を抱いてしまい、寝坊したてゐは鈴仙からお小言を喰らう羽目になった。





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紅魔館の誇る、知の宝庫である地下図書館。

そこの館長を務めるのは、紅魔館の頭脳紫人(ブレイン)こと、七曜の魔法使い、パチュリー・ノーレッジ。



パチュリーは閲覧スペースの一角で、フランドールに勉強を教えていた。

本日のパチェ先生の講義内容は、魔法学であった。



パチュリーは布団たたきを振り回して、怪しげな呪文と踊りをフランドールに披露した。

「むっきゅるぱっきゅるむきゅむっきゅん♪ はい、妹様」

フランドールは魔力で生み出した魔剣『レーヴァテイン』を握り締め、魔の儀式に加担した。

「むっきゅるぱっきゅるむきゅむっきゅん☆」



パチパチパチ。



「ブラボーッ!! パチェ、フラン!!」

側に咲夜を控えさせたレミリアは拍手をして、二人を賞賛した。

「ごほっごほっ……。レミィ、今は妹様を魔法少女にするための授業中よ」

むせたのか喘息の発作なのか、パチュリーは咳き込みながらレミリアを注意した。

「あらぁお姉様ァ!! 勉学の邪魔ですわン♪ そんなに手前ぇより優れた妹に存在して欲しくねェのかよォ!?」
「心配には及ばないわ。地べたを這う妹の努力など、この姉のカリスマ☆の前には、無力ッ!!」

スカーレット姉妹が楽しくじゃれ合っているうちに、パチュリーは小悪魔が持ってきた薬で発作を落ち着かせていた。

「で、レミィ、そろそろ本題に入ってくれないかしら?」

フランドールに押され気味のレミリアは涙目で我に返った。

「ぐすっ……、え、ああ、そうだったわね」

こほんと、咳払い一つで場を仕切りなおすレミリア。



「パチェ、恋の魔法に詳しいかしら?」
「むきゅっ!?」



呆然とし、一瞬遅れて赤面するパチュリー。

「ななな、にゃにを言うのかしら、レミィ!?」

パチュリーは噛んでしまうくらいに、あからさまに動揺した。

「いえね、ウチのメイド妖精の一人が夜な夜な屋敷を抜け出して、男と乳繰り合ってるのよ」
「で、二人の仲を取り持ってって言うの?」

椅子に深々と座り、パチュリーは疲れたようにレミリアに尋ねた。

「恋の魔法とやらなら魔理沙が得意だから、彼女に頼めば――」
「うんにゃ、その魔法を解いてほしいのよ」





フランドールとパチュリーに用件を伝え終え、屋敷の廊下を歩くレミリアと咲夜。

メイド妖精達は一度立ち止まり、二人に礼をしてから通り過ぎた。

レミリアは数歩歩いてから立ち止まり、後ろを振り返った。



「咲夜……」
「はい」

レミリアは、談笑するメイド妖精達の後姿を見ながら呟いた。

「使用人達に貞操帯の着用を義務付けようかしら?」
「色と不道徳を好む悪魔とは思えない台詞ですわ」



レミリアの視線は、姦しくおしゃべりするメイド妖精達の尻に向いていた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





紅魔館の、湖を挟んだ向かい側にあるキャンプ場。

平日の昼間は人気が無く、閑散としていた。



「ん……」
「ちゅ、ふぅ……」



立ち並ぶロッジの一件から聞こえる、男女が睦み合う声。

ベッドルーム。

床に脱ぎ捨てられた作業着とメイド服。



男の逞しい腕に抱かれたメイド妖精の華奢な体。

男は彼女の耳に甘い愛を囁く。

「愛してるよ……」
「私も……」
「結婚しよう……」
「嬉しい……」
「俺と一緒に、どこか遠くでひっそりと、幸せになろう……」
「お屋敷を出て、あなたについていくわ……」





「むきゅうっ!! そこまでよっ!!」

「「!!!!!」」





愛を育む場に響く、若干上ずった甲高い声。




「おぁ……、パチュリー様!? どうしてここに!?」

胸元をシーツで隠したメイド妖精は男に寄り添い怯えた様子で、ズカズカと入室したパチュリーを見た。

むきゅんと、息を吐くパチュリー。

「咲夜も美鈴も別件で忙しいから、私が出張ってきたのよ。
 ……別に出歯亀しに来たわけじゃないから……」

蛇足的な一言を付け加えて、説明してやるパチュリー。

「レミィがあなた達に話があるそうよ」
「わ、私達に、ですか……」

男にしがみつくメイド妖精。

「恋バナでもしたいんじゃない? レミィ、おませさんだから」

パチュリーは眠たげな、憮然としたような表情で、ふざけた答えをした。

「ち、畜生!! 悪魔の犬め!!」「きゃっ!?」

ようやく事態を把握した男はメイド妖精を振りほどき、ベッドの上にパンイチ姿で仁王立ちになった。
いつの間にか彼の手には拳銃が握られていた。



一瞬だった。



一瞬でパチュリーは飛翔して男との距離を詰め、手にしていた分厚い魔道書の背表紙で男の手から銃を叩き落した。

ゴキンッ!!

何かが砕けた音がした。



「い……!? いでぇ!! いでぇぇぇぇぇっ!!!!!」

右前腕部をへし折られた男はベッドから転落して悶絶した。



「むきゅ……、『悪魔の犬』は咲夜に対する褒め言葉でしょう」

ふぅ、とパチュリーはベッドの上でフヨフヨと漂いながら、額に浮いた尊い労働の汗を拭った。

先程から室内の様子を見ていた小悪魔は頃合良しと判断して、武装したメイド妖精達と室内に入った。

「さあ、紅魔館の拷問室でパーティーですよ〜♪ こあっこあっこあ〜っ♪」

小悪魔は嬉々として、男とベッドから落ちた際に気絶したメイド妖精を縛り上げ、紅魔館に連行した。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





紅魔館の大食堂。

ここでは何十人もが一堂に会し、西洋のコース料理とパーティージョークを楽しむことができる。



が、今は二人の少女が大きなテーブルの彼方と此方に別れて朝食を摂っていた。



「貴女達が突き止めた彼、私達紅魔館に恨みがあったんですって」
「そう」

静かな食堂。

上座に座ったレミリアとその離れた対面のフランドールは、何の不都合も無く会話ができた。

「乳繰り合っていたメイド妖精は、何も知らなかったわ。ただの出入りの酒屋だと思っていたわ」
「で、彼女はどうしたの?」

さくっ!!

こんがり焼けた、バターと苺ジャムをたっぷり塗ったトーストを小さい口で齧ったレミリア。
しばし咀嚼して飲み込み、紅茶で口を潤してから、ようやく妹の質問に答えた。

「休暇を与えたわ」
「性質の悪い男のことを忘れられるといいわね」

フランドールはバターのみを塗ったトーストを二つに折り、おかずの皿から取り上げたベーコン、レタス、トマトを挟んでパクリッ。

「あの男の実家は、元々は幻想郷で一二を争う造り酒屋だったそうよ」
「彼の家の広大な土地を、お姉様が金と暴力で巻き上げたおかげで、すっかり落ちぶれた、と」

甘いコーンスープのはずだが、レミリアは苦虫を噛み潰したような表情でそれを飲んだ。

「失礼ね、フラン。淑女としてあちらと交渉して『領地』と引き換えに、莫大な代金と紅魔館の庇護、それに御用酒屋の地位を与えたわ」

ちゃんと『悪魔の誓約書』もあるわ、とレミリアは言った。

「でも彼は、お姉様が彼の御両親を脅して無理矢理サインさせたと思っている――」

朝食の皿から顔を上げたフランドールは、悪魔の笑みを浮かべて続きを話した。



「――あるいは、誰かにそう、思い込まされた……」



ニタリ、とレミリアもフランドールに負けず劣らずの凶悪な笑みを浮かべた。



「咲夜の聞き込み結果と美鈴達門番隊が押さえた物証によると、あの男、親が二人とも亡くなって家業を継いでから仕事もせずに、博打に手を出すようになったようね」

まるで面白いジョークの出だしを話しているかのように、レミリアは笑いをこらえているような歪んだ表情をした。



「負けて素寒貧になる度に、店の酒をがぶ飲みして周囲に怒鳴り散らしたそうよ。

 『俺は成功してなきゃおかしい。これは何かの間違いだ。誰かの陰謀だ』

 ――ってね」



「彼、御両親の愛を一身に受けて、健やかに成長したようねぇ♪」

暗に、甘やかされて育ったボンボンだ、と指摘するフランドール。

「と・こ・ろ・が〜、ある日を境に彼は悪い遊びから足を洗い、仕事に恋に頑張るようになったのよ」
「まぁ、涙がちょちょぎれるような感動話ね♪」

不良の更生話、をしているにしては、スカーレット姉妹は顔をニヤつかせたままだ。

「そこで、フランと愉快な仲間達には、今地下牢で小悪魔にイかされ続けている彼が教えてくれた、ある人物を調べて欲しいの」
「きっと、偽札作りに必要な印刷機の型番や、金融不安から紅魔館の面子を潰す方法を教えたのと同一人物ね。多分」



ただ、紅魔館の信用を失墜させるなら、レミリアが博麗神社に泊まった時におねしょをして、霊夢の布団と共に干されて灰になりかけた写真でもばら撒けば良い。

こんな回りくどくてえげつない手段を、自分の至らなさを他に求めるようなヤツが思いつくはずが無い。



ワーキング・ブレックファーストを終えた姉妹。

「じゃあフラン、気をつけてね。私は新しい酒屋をオニトモに尋ねてみるわ」

『オニトモ』とは、伊吹 萃香や星熊 勇儀等、気の良い酒飲み連中のことだろう。
彼女達なら、レミリアの逆鱗に触れて従業員を皆殺しにされ、店のあった痕跡までハクタクの能力の如く『無かったこと』になった酒屋の代わりを知っているだろう。

「はいはい、んじゃ、『裏門隊』出撃しまーす!!」

フランドールはヒラヒラと手を振ると食堂を後にした。





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「いちち……」
「このバカモンが、危ない橋を渡りおってからに……」
「渡りきる前に川に飛び込んだわよ」
「本当に、この、バカモンがぁ……」
「いだだだだっっっ!!!!!」

マミゾウは、上半身裸のぬえに手当てを施した後、傷の上からサラシできつく締め上げた。

ぬえが座っている畳の上には、手当てに使われた治療器具、血塗れのちり紙、そして拳銃が置かれていた。

マミゾウは銃から弾倉を抜き、それに込められている銃弾と、ちり紙に包んだひじゃけた弾頭を見比べた。
鑑識技術など無いから線条痕など分かるわけないが、ぬえの体から摘出された弾頭が、未使用の銃弾と同じく銅で覆われていることぐらいは分かった。



マミゾウから金を借りている者達のうち、一つぐらい無くても死にはしない臓器を担保にしている連中。
その、通称『ブラックリスト』に掲載されていて、つい最近、一括で完済した者。

その内の一人がなんと!! フランドールが調べてくれと頼んだ人物だった。
そいつの居場所を突き止めたぬえは、正体不明を操る能力を駆使して彼を尾行した。
彼はさらにブラックリスト除外者数名と合流して、某所に向かった。
ぬえは、大漁の予感に喜んだ。

その喜びは、銃撃によって驚愕に塗り替えられた。

泡食って逃げ出したぬえは、追いすがった一人の股間に膝の一撃をお見舞いし、こいつが手から落とした自動式拳銃を奪ってなおも逃げた。

幾つもの銃声。

銃創を負ったぬえは、途中の橋からどぶ川に飛び込んだ。
いっしょに何発か鉛玉も飛び込んできたが、汚い飛沫を川面に立てただけだった。

何とか命蓮寺に辿り着いたぬえは井戸水で身体を清めたところで気を失ってしまった。

で、激痛で目を覚ますと、マミゾウから手当てと説教を受けていたのだ。



「んにしても、いきなりチャカを向けてくるとは、荒っぽい連中だの〜」
「多分、忍び込んだことがバレたってこいしが言っていたから、あいつ等警戒してたんじゃないかな?」
「なんじゃ、儂の情報を使わずにあそこを突き止めた者がおったのか?」

ぬえは置いてあったマミゾウの徳利を掴み、中身を一口飲んだ。
腹の中が熱くなり、心地良い酩酊感が痛みを和らげた。

「こいしは橙から聞いたんだって。藍さんと八雲様、それに博麗の巫女が何やら幻想郷に不穏な動きがあるとかで、話し合っていたのを盗み聞きしたとか……」

機密保持の結界も張らずに、そんな重要な事を、重要人物達が話していたのか。

マミゾウは、意図的なリークだとすぐに理解した。

「……で。具体的に挙がった場所に二人は偵察に出かけたんじゃろ?」
「うん……。橙の支援が無かったら危なかったって、こいしが言ってた……」

頭痛でもするのか、マミゾウが苦しそうに俯いていると、誰かがドタドタと廊下を走ってきた。



ガラッ!!



マミゾウ達の部屋に飛び込んできたのは、ウサミミの矮躯。



「ぬえ!! ヤられたって聞いたわよ!! 私のダチを傷モンにしたガキァ、どこのどいつよ!?」

医療器具がパンパンに詰まったバッグを持ったてゐが、口を開かなければ愛らしい顔を憤怒に染めていた。

「お、落ち着いてよ、てゐ。私はこの通りピンピンしてるから――イタタ……」

ぬえの元気アピールでやって見せたガッツポーズは、撃たれた腹の痛みでキャンセルされた。

「どこが元気よ!? ちょっと診せて!!」

サラシが解かれ、ぬえの控えめなバストとガーゼの貼られた傷が露になった。

「……これやったのマミゾウ?」
「おう」
「手際よく手当てされているわね」
「儂は修羅場をくぐってきたからの。自分や子分の手当てはよくしたもんじゃ」

えへんと胸を張るマミゾウに、てゐは一瞬優しげな笑みを送った。

てゐはぬえの傷口に、永遠亭から持ってきた永琳特製の高価な薬を塗り、清潔なガーゼを貼りなおした。

そして、また力いっぱいサラシで締め上げた。

「アダダダダダダダダダァァァァァッッッ!!!!!」

「ふぅ……、こんだけ叫ぶ元気があるなら大丈夫ね」

てゐは額に浮いた労働の汗を手で拭い、マミゾウの徳利の中身を一口呷った。



「そんで、あんた、何やらかしたのよ」

てゐは顔にうっすらと、部屋に飛び込んだ時の怒りの色を浮かべ、ぬえに聞いた。

「フランに頼まれた調べ物をしてたら、ドジッちゃって……」

ぬえは、先程マミゾウにしたのと同じような内容の話をてゐにした。



「……その場所、私知ってるわ」
「「!?」」

怪しげな連中のアジトの場所を具体的に聞いたてゐはそう告げて、マミゾウとぬえを驚かせた。

「いや〜、紫ババァがお師さんに何か……、注意しろっていうような、漠然とした警告をしたわけよ〜」
「「ふんふん……」」

てゐはマミゾウの徳利を傾けて唇を湿らせると、続きを話した。

「でね、それからしばらくして、永遠亭(ウチ)に盗難自動車に轢き逃げされた女が運び込まれたのよ」

幻想郷では珍しい自動車に轢かれるなんて災難ウサね〜、と意地悪な笑みを浮かべ、てゐは話を続けた。

「この急患、どういうわけか因幡兎(ウチの娘)のコスプレをしていてね〜、彼女が売るほどたくさん持っていた粗悪品の合成麻薬の件と共にお師さんが尋ねたの」

てゐは、またマミゾウ徳利をグビリ。

「脳みそにオクスリと電極をカマして直接お伺いして分かったこと。それは――」



幻想入りしたアニメグッズを商う店で、売り子をしていたこの女性。
いつもいけないオクスリを買っているお兄さんに、割の良いバイトを紹介された。
彼のお手伝いとして、売り子をすることになった女。
化粧すれば少女に見えないこともないかなぁ、っていうような容姿の女がウサ耳をつけ、ピンクのワンピースを着ると、永遠亭の因幡そっくりになった。

お仕事の諸注意として、お決まりの、売り上げや商品をちょろまかしたら怖いよ〜、というものと、さらにもう一つ。

『商品』は、永遠亭製の上物だと言う事。



「――全く、道理で最近、薬の効きが悪いだの、薬を売れだのとジャンキーが大勢、永遠亭に押しかけるようになったと思ったら……」
「竹林の案内人に、連れて来るなと言えば?」
「……具合が悪そうで、患者だと思ったそうよ」

このてゐの答えに、尋ねたぬえは苦笑い。

「んで、彼女にお仕事を斡旋した男は、件の場所に出入りしていたそうよ。そこでオクスリやコスプレグッズを仕入れていたみたいね。
 ――以上で、その女から仕入れた情報はおしまい」

また酒を飲んでいるてゐに、マミゾウは何気なく尋ねた。

「その情報源はどうしたのかいな?」
「お師さんが、医者の義務として延命を施したわ」

くっくっと嗤うてゐ。

「お師さんの腹の虫が治まっていないのなら、『まだ』死ねていないと思うウサ♪」

ぬえは、マミゾウの徳利を取り上げて一口飲むとそれを置き、こんどは自分のケータイを手にした。

「どしたの?」
「ちょっと気になることがあって、こいしに聞きたい事があるのよ」
「呼んだ?」

「「「うわっ!?」」」

ぬえ、てゐ、マミゾウのすぐ側に、いつの間にかこいしがいて、味見をした徳利の酒のキツさに顔をしかめていた。

「い、いつからここに!?」
「んーとね、夜中にマミゾウさんが寝込んでいるぬえちゃんの氷嚢を取り替えていた時かな?」

そんな時から潜んで、いや、堂々とここにいたのか……。

「ぬえちゃん、聞きたいことって何?」
「あ、そうそう……」

落ち着いて、ぶり返した傷の痛みを酒で誤魔化したぬえは、こいしに尋ねた。



「どうして『見つかった』の?」



んーっ、と顎に人差し指を当てて考えるこいし。



「わかんない。怖いおじさんたちがいっぱいいる部屋に入ったら、その人達が全員振り向いたんだもん。

 あーっ、怖かった♪」



相変わらず笑顔のこいしの答えと、ぬえが一発で見つかった事。

「能力を無効化する結界でも張ってあるのかの?」
「そうかもしれないウサ」
「絶対そうだよ!! 私が橋を渡って、建物が見えたあたりで尾行に気付かれたもん!!」

ぬえが逃げ切れたのは恐らく、その結界の有効範囲から離れて正体不明能力が発動したからだろう。



「大変大変たいへ〜んっっっ!!!!!」

「今度は橙!?」



ドタドタと廊下を走って部屋に飛び込んできたのは、案の定、橙だった。



「フランちゃんが、一人で悪い人達のアジトに向かったって!!」

「なんじゃと!? 誰か、あの場所を知らせたのかいな!?」

橙を含めた全員が手を上げた。

「こんの、ガキ共がぁ……」

マミゾウは頭を抱えた。



「あれ!? ひょっとして、フラン、『結界』の事、知らなかったりする!?」
「んにゃ? なにそれ?」

ぬえの言葉に、マミゾウの酒を一滴残らず飲み干して一息ついた橙はハテナマークを浮かべた。

てゐは慌ててケータイでフランドールに連絡を試みた。

「……繋がらないウサ」





今の時刻は、正午。



お天道様が、幻想郷の空で輝いている。



ぐ〜……。



誰かのお腹が鳴った。





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マナーモードに設定されたケータイが震えていた。

カラー液晶画面に表示された、電話を掛けた相手は『因幡 てゐ』。

しばらくすると、呼び出しのバイブレーションは止まった。

それを確認した男は、ケータイを床に落として踏み潰した。





「ようこそ、革命の城へ!! フランドール・スカーレット嬢!!

 ところで、吸血鬼は招かれていない家には入れないのでは?」



「へぇ、ここ家だったの? 汚くて臭くて蛆虫共がのさばっているから、てっきりゴミ捨て場かと思ったわ」



バキィッ!!



男の疑問に答えたフランドールは、お礼として拳を左の頬に頂戴した。



「これだから妖怪風情は……、まあ、その天下も長くは続かないがな……」

左右を自動小銃を持った兵士に固められたフランドールは、口の端から血を流しながら男を睨みつけた。

男はフランドールの熱い視線を無視して、部下達と話を始めた。

「地霊殿への工作は?」
「はっ!! 憎き覚り妖怪がいるため、内通者を作ることができないので、地下センターの爆破を準備中であります!!」
「クソ閻魔の印鑑の偽造ができました!!」
「よし、それを押した免罪符を売りさばけ!! これで活動資金確保と説教魔の権威の失墜ができる!! 一石二鳥だ!!」
「聖輦船の設計図は手に入ったか?」
「我々が洗脳した妖怪を送り込みましたが、その……、洗脳が解けかけています……」
「ちっ!! あの淫売住職がぁ……。しょうがない、そいつを始末しろ!!」
「はっ!!」
「博麗の巫女はどうします?」
「もう少し幻想郷を混乱させて管理人妖怪の神社の監視が緩くなったら、全員で輪姦する(マワす)か!! 妖怪の手先に禊をさせてやる!!」

男の声に、ゲラゲラと兵士達が嗤った。



幻想郷の大きな地図が壁に貼ってある大部屋で働く、物々しい男達の言動を見聞きしておおよその見当がついたが、

連中、いわゆるテロリストだ。

妖怪の楽園である幻想郷から人類の解放を旗印に、自分達の残虐行為を正当化している、クズ共の群れ。



「さ〜て、フランちゃ〜ん♪」

一通り部下達に指示を出した男は、二人の見張りに下がるように言うと、フランドールに顔を近づけた。

「くたばる前に、おぢちゃんとキモチイイこと、しようね〜♪」

フランドールは微笑んだ。



「おぢちゃん、お口臭〜い♪」



バシィッ!!



今度は右の頬をひっぱたかれた。

先程と違い、可愛く言ってやったのに……。



「このガキィ!! てめぇには濡らさずにツッコんでやる!!」
「きゃっ!!」

ニヤニヤ嗤う兵士達に見送られながら、大部屋を出る男とフランドール。

長い廊下を歩く二人。

「せめてもの情けだ!! ベッドの上で抱いてやる!! 嫌ならこの場で犯すぞ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
「黙れ!!」
「もっと壁際歩いてよ!!」

今は昼間だ。

廊下は、窓から差し込む日光で明るく照らされていた。

男はニヤリと笑うと、フランドールを窓際に突き飛ばした。



ジュゥゥゥゥゥ……。

「ぎゃあ゛あ゛あああっっっ!!!!! 熱い熱いぃぃぃぃぃっっっ!!!!!」



太陽の光に、文字通り身体を焼かれるフランドールは絶叫した。

「さっきまでの生意気な態度はどうしたァ!? あぁ!?」
「ごべんだざい゛!! おじさま、ごべんだざいぃぃぃ!!! たずげてぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」
「ハッハー!! これで頭が冷えたろう!! いや、熱くなっちまったかなぁ!?」

男がフランドールを掴もうとした刹那、フランドールは男の股の下をくぐった。

「ぁあ!?」

男の背後から走り、距離を取ったフランは、ニィ……と嗤った。



そして、陽光に身を躍らせた。



破砕音と共に。



煌くガラスの破片。

そして、飛行能力を封じられた、フランドールの翼。



地面に叩きつけられるフランドール。

だが、すぐに立ち上がった。

ジュードーの受身を取ったのだ。



「吸血鬼のガキが逃げたぞ!!」

男の叫び声が、走るフランドールの耳にまで届いた。



しばらく走り、物陰に潜むフランドール。

まだ、『範囲内』だ。

フランドールは呻き声をかみ殺しながら、体中に刺さったガラスの破片をいくつか抜き取った。

ドタドタと大勢の軍靴が音を立てて迫ってくる。

だが、一緒に聞こえてきたキュラキュラという音には覚えが無いので、フランドールはそっと顔を覗かせた。



アレは知っている。

知識はあるが、実物を見るのは初めてだ。



『戦車』っていう乗り物だ。





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チルノの自宅であるイグルー(かまくら)。

中では、チルノ、大妖精、ルーミアがトランプ遊びに興じていた。



大妖精が持ってきた果汁で作ったチューハイを飲み、

ルーミア手作りの干し肉を齧りながら、

カードを場に置いていく三人。



『そーなのかー♪ そーなのかー♪ そーなのかったらそーなのかー♪』

ファンキーな歌が響き渡った。



ピ!!

ルーミアがポケットから取り出したケータイを操作すると、歌は止んだ。

「ルーミアすげー!! これ、何等賞!?」
「チルノちゃん、これ、くじ引きの景品じゃないよ……」



『ナイトバードを必要とする者は存在しない』

ルーミアは画面に表示されたこの一文を読むと、ケータイをしまい、立ち上がった。

「ごめ〜ん!! 急用ができちゃった♪」
「なんだとー!? 勝ち逃げは許さないぞー!!」
「チルノちゃん、ルーミアちゃんはどちらかというと負けてたよ……」

チルノと大妖精が漫才をしている内に飛び立ったルーミア。

目指すは、湖の中心にある小島。



『UNKNOWN(存在しない者)』と呼ばれる少女を救出に向かうための準備をするのだ。





『Gate Open!! Gate Open!!』

小島の中央部が開いて、鉄骨で補強された垂直の穴が現れた。

『Lift Off!! Lift Off!!』

唸りを上げて、穴を何かが上昇してきた。





「Nachtvogel 01,Take Off!!」





轟音と突風が、チルノ宅を襲った。

ルーミアが置いていった5枚のカードが捲れあがった。



スペードの10、J、Q、K。

そして、最後の一枚は、スペードのA(エース)。



チルノ達が、場から飛び散りそうになったのを死守した無数のカード。

スート(マーク)毎に並べられていたそれらは、

スペードの列だけは『7』しか出ていなかった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





フランドールは、武装したテロリストの兵士達に追い詰められた。

彼女が潜んでいる物陰に、無数の小銃が、戦車の主砲、副砲が向けられた。

少女一人に大げさな。

だが、相手はしぶとい吸血鬼だ。

挽肉にして天日干しにしないとくたばらない。



「フランドール・スカーレット!! 隠れてないで出て来い!!」

テロリスト共のリーダーである、フランドールが翻弄した男の呼びかけに、

フランドールは、一瞬耳をピクリと動かした後、

素直に応じた。



日の光の下、全身から煙を上げ、フラフラと歩を進める、むき出しの手足にガラス片が刺さった少女。

彼女の目の前には、無数の銃、銃、銃、大砲。



「たった一人でここに乗り込んできて、そんな怪我までして……、お前、正気かァ?」



絶対的優位に基づく男の揶揄する声に、

フランドールは全身から汗と煙を立てながら、

焼けるような凍てつくような苦痛に耐えながら、

狂気の哄笑と共に答えた。





「キャァァァァァッッッハッハハハアアアアアァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!!

 私は、フランドール・スカーレット!!

 御存知、物狂いの妹様よォォォォォッッッ!!!!!」





辺りが暗くなった。

フランドールの狂気にあてられた兵士達が銃を構えなおした。

誰よりも恐慌状態になった男は叫んだ。



「撃て――」





戦車が、爆発した。





爆発に巻き込まれて四散せずに済んだ兵士の一人が空を指差した。

「あ、ありゃ何だ!?」

全員が空を見た。

太陽がある位置。

黒丸に覆われていた。

爆音と共に大きくなる黒丸。



そして、不意に消えた黒丸。



「がっ!?」「ぐあぁっ!!」「目が!! 目がぁ〜!!」



黒丸が消えたことで、それが覆い隠していた太陽が現れた。

吸血鬼を滅ぼす聖なる光は、多数のテロリスト達の視力をも奪い取った。



黒丸の代わりに現れた物。

正確には、闇の球体に覆われていて、『結界』によってその偽装が取り払われた物。





Ka−50。

ロシア製の、二重反転メインローターの一人乗り攻撃ヘリコプターであった。





フランドールの友人の誰か、もしくは全員が紅魔館に連絡したのだ。

で、白馬の騎士の如くフランドールの危機にやってきたのが、

紅魔館の外周警備を請け負うルーミアが操縦する武装ヘリであった。





先程、対戦車ミサイルで戦車を屠ったこの漆黒のヘリの次の目標は、右往左往する兵士達だ。

金切り声を上げて兵士達に向かってくるヘリコプター。

負けずに絶叫しながら自動小銃を撃ちまくる兵士達。

さらに上回る轟音を上げて火を噴く、ヘリの右側に装備された30mm機関砲。

ヘリが上昇に転じた時には、地上には静寂しかなかった。



建物の屋上にも兵士がいた。

連中は大きな筒のような物を担いでいた。

ロケットランチャーか地対空ミサイルだろう。

彼らの勇気に敬意を表し、

ヘリコプターからロケット弾が40発程放たれた。

爆発音と煙が満ちた。

煙の消えた後、建物は屋上どころか、上層階が巨大な化け物に食いちぎられたかのように抉られ消えた。



建物の中から何かが猛スピードで飛び出していった。

武装車両(テクニカル)だ。

ヘリはそれを新たな獲物に使用としたが、眼下で呼びかける声を集音マイクが拾ったのでそちらに向き直った。

日傘の少女は、あれを追う必要は無いとヘリコプターに命じた。

ヘリは――正しくは、ヘリコプターの操縦士は、『そーなのかー』と答えると、上昇して機関銃程度じゃ届かない高度で待機した。





畜生、どうしてこうなった!?

拠点を、手下である兵士達を見殺しにして走る車両。

あんなヘリコプターを妖怪が持っているなんて聞いてないぞ!!



自分達が持っている兵器は、敵も持っていると仮定せよ。

そんな戦場のイロハも知らぬ彼らは、所詮三流であった。



とりあえず、地下に潜伏して、また外界から流入した武器を調達して、それから、それから――。

そんな男の思考は、人影を見つけて慌てて急ブレーキをかけたことで霧散した。



車の前方には、日傘をさした、満身創痍の、宝石が鈴なりになった翼を生やした美少女。



あ、アイツだ!!

アイツだアイツだ!!

アイツが悪い!!



男はアクセルを力いっぱい踏み込んだ。



死ね!! この悪魔め!!



少女は右手を差し伸べ、

それを握り締めた。



車の左前輪だけが、何故か木っ端微塵になった。



制御不能になった武装車両は少女の隣をすり抜け、その先にあるどぶ川へ一直線。





ドッブ〜〜〜〜〜ンッ!!





見事にどぶに嵌った車。

思ったよりも水深があるようで、車はズブズブと底のヘドロに沈んでいった。

ひじゃけたドアの僅かな隙間から助けを呼ぶ男。

「たすけ、たすけてぇぇぇぇぇっっっ!!!」

どぶ川の側に来て、しゃがみこむ少女。

スカートの中のドロワーズを見る余裕など、男には無かった。

車の中に進入する臭い水と汚れたヘドロ。

「だずげで、だ、ずけて、ぐださい゛……」

もう運転席のほとんどが沈み、ぎりぎり顔を出した男はヘドロを啜りながら、なおも助けを呼んだ。





その様子を興味深げに見ていた少女――フランドールは、片手拝みをして、片目を閉じペロリと舌を出した。



「ごめんなさ〜い♪

 私、吸血鬼だから、流れる水が苦手なのォォォォォッッッ!!!

 ギャッッッハハハハハハハハハハアアアアアァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!」





悪魔の妹様の笑い声は、車が完全にヘドロに没するまで続いた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





紅魔館の地下深くには、乙女の楽園があった。



フランドール・スカーレットの部屋では、5人の少女達が宴を楽しんでいた。



手を頭上でひらひらさせて、正体不明の踊りを披露する封獣 ぬえ。

スカートをたくし上げ、ドロワ丸出しでどじょうすくいを魅せる因幡 てゐ。

酒が苦手なので、炭酸きつめのジンジャーエールを飲みながら酔ったようにはしゃぐ古明地 こいし。

早くも酔いつぶれたのか、仕事や修行の疲れが出たのか、ソファーの上で丸くなって眠る橙。



「は〜い♪ ピザが焼けたわよ〜♪」

全員が、焼きたてピザを持ってきたフランドール・スカーレットを拍手で迎えた。









紅魔館地上部のだだっ広い食堂。

そこに幻想郷の重鎮達が集まり、会食を行なっていた。



「今回の騒動ですが、ここにおられるレミリア・スカーレット様と紅魔館の皆様の御活躍により、無事に沈静化とあいなりました」

八雲 紫が怪しげな笑みを浮かべながら、上座に座るレミリアを褒め称えた。

「有難うございます、八雲殿。これもひとえに、博麗の神の思し召しでしょう」

発端となった偽札をレミリアに届けた霊夢は、目の前の鶏の丸焼きを視線で焼く試みをしていた。



「――では、人里の自警団や関係各位には相互監視を厳にせよとの通達を出すことといたします」

紫の長ったらしい、今後の方針の説明が終わったのを見て取ったレミリアは控えているメイド妖精達に目で合図をした。

主の意を酌み、客人達のグラスにワインを注いで回った。



紫とレミリアがグラスを持って立ち上がった。

「では、幻想郷の平和が護られたことを祝して――」

「人知れず、幻想郷を護った、クソッタレな勇者達の健闘を讃え――」










「はい、全員グラス持った?」
「持ったよ」
「じゃあ、何に乾杯する?」
「何でも良いじゃない?」

「ん〜、じゃあ、これからも皆で楽しく遊べるように――」










乾杯っ!!!!!




 
久々の長編です。

フランちゃんの友情と冒険の物語です。一応。


2013年5月19日(日):コメントへの返答追加

>まいん様
勿体無いお言葉、有難うございます。

>ギョウヘルインニ様
相手がいくらアンダーグラウンドで暗躍しようとも、地下生活の長いフランちゃんとは年季が違いましたね。

>県警巡査長様
舞台裏での彼女達の活躍により、今日も幻想郷の治安が護られました。
よかったよかった♪
NutsIn先任曹長
http://twitter.com/McpoNutsin
作品情報
作品集:
7
投稿日時:
2013/04/28 17:52:03
更新日時:
2013/05/19 22:50:38
評価:
3/5
POINT:
360
Rate:
12.83
分類
フランドール・スカーレット
紅魔館の面子:レミリア・スカーレット/十六夜咲夜/パチュリー・ノーレッジ/小悪魔/紅美鈴は名前のみ
フランの親友達:古明地こいし/封獣ぬえ/因幡てゐ/橙
フランを支援した者達:霧雨魔理沙/ルーミア
毎度おなじみゆかれいむ:博麗霊夢/八雲紫
その他:八雲藍/二ッ岩マミゾウ/チルノ/大妖精
ホーカム
作者の趣味丸出し
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0. 60点 匿名評価 投稿数: 2
1. 100 まいん ■2013/04/29 04:03:00
百点じゃ足りない。
映画、まさに映画の様な内容ですね。
一つのお札を巡るお話。現代風で横文字の多い環境。
気の触れている様で正常な妹様、そして詰めの甘すぎる悪役。
面白さの凝縮された物語をありがとうございました。
3. 100 ギョウヘルインニ ■2013/04/29 21:24:51
テロでは友情は破壊できないということですね。
ありがとうございました。
5. 100 県警巡査長 ■2013/05/04 08:49:58
前半の幻想郷の少女たちの日常のパートと後半の手に汗握るフランちゃんの戦闘パートを楽しく読ませていただきました。
よくやったね、フランちゃん!テロの魔の手から幻想郷を救った彼女を支援した方々にも感謝の意を表します。
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