Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/imta/req/util.php on line 270
『清掃人 2日目』 作者: 魚雷

清掃人 2日目

作品集: 7 投稿日時: 2013/06/04 14:50:36 更新日時: 2013/06/17 03:08:43 評価: 20/27 POINT: 2130 Rate: 15.39
魔法の森の奥。
「なんかします 霧雨魔法店」と看板がかかった店がある。
なんかするし、何でもするのである。

ガー、ガー。
ガー。

「んんっ…何だよもう、うるさいな」
魔理沙はドアブザーの音で、目を覚ました。
気だるそうにシーツから這い出ると、フラフラと玄関に進んでいった。
ドアレンズ越しに相手が女性である事を確認すると、
パンツだけを身にまとった日常の室内スタイルで、そのまま扉を開けた。

「あの、人里の永江です…。清掃の仕事を依頼したいのです。」
珍しい来客であった。

--------
商号: 霧雨魔法店合同会社
所在地: 幻想郷大字魔法ノ森無番地
事業内容: 異変解決、その他
資本金: 30万円
役員: 霧雨魔理沙
取引銀行: 二ッ岩信用金庫
--------

魔理沙は作業服を着はじめた。
最近は魔法服を着る仕事が入ってこないな、と思いつつも、身支度を進めた。
そもそも魔理沙の魔法自体が怪しい物なので、そういう依頼が少ないだけなのだが。

「よし、じゃあ行こうか。乗ってくれ」
助手席には良く分からない工具や書類が散らばっていたので、
衣玖はかろうじて座るスペースのある後部座席に座った。

人里に向けて、旧式の車はガタガタと走りだした。

--------

「つまり要は、部屋の掃除と、排水管の詰まりの修理だな。」
「とにかく水が使えないのが辛くて辛くて…依頼しました次第です」
そういえばこいつ魚だったな、と魔理沙は声に出さずにつぶやいた。

そうして、人里の外れにある、古びた木造のアパートに車は停まった。
衣玖が鍵を取り出しドアを開けた。

玄関のドアを開けると、目の前には頭上までゴミ袋の山が立ちはだかっていた。
魔理沙は状況を良く理解できなかったので、
「玄関は分かった。入り口はどこなんだ?」
と、意味の通じない質問をした。
「左上の方に隙間があるでしょう、あそこを腹這いになって乗り越えて行くんです。」

いわゆる、片付けられない女だった。

「よいしょっと」
カラガラ…カキン…ガラガラ…
移動するたびに、ゴミ袋の中の、缶と瓶たちが音を立てる。

玄関を登り越えると、四畳半の部屋に達した。
玄関は登り越えるものではなく跨ぐものだが、実際に魔理沙は登り越えた。
部屋の中は、玄関にも増して、酒のゴミと生活のゴミで溢れていた。

「どこで寝てるんだ?」
衣玖は、部屋の一角を指差した。
そこだけは空き缶やゴミが平べったく圧迫され、人が寝ていた形跡がある。
「そこに、布団を敷いてます。おそらく敷いているはず、です。」
「掘れば、一番下に出てくるわけだな。」

何より違和感があったのは、天井がすぐ頭の上にある事だった。
「まいったな、この部屋は"上げ底"になってるぜ。」

--------

作業自体は単純であった。ひたすらゴミ袋を搬出するのである。

「おっ、やっと布団が出てきたぜ。このアズキ色の無地の布団で間違いないな?」
「私が持っていたのは、ピンクの花柄の布団だったはずです。」
「……捨てるか」
「捨てましょう」

ゴミをすべて搬出すると、天界のマークが描かれた書類箱だけが残った。
中には、任命書やら下界の案内地図やらが入っていた。

「私は、この書類箱と一緒に、ここに送られて来たのです。」
「荷物はこの書類だけか?あとは全部ゴミ処理場行きになるぜ。」
「はい」
「いや普通ほら、アクセサリーとか化粧品とか、ゴミじゃない物ってあるだろ。」
「そういう物は無いです」

魔理沙は次に、配管の詰まりに取り掛かった。

ゴミに埋もれていた部屋の中で、水回りだけは異常に綺麗に保たれていた。
「魚だから、水だけは気を使うんだな」
「最初に水が存在して、そこから全ての生物が生みだされたのです」
「わかったわかった」

魔理沙は、配管を調べに掛かった。
トイレ・風呂・洗面台、どの排水管もすぐ1本の管に合流しており、どこから詰まったとも判断が付かない。
しかし、トイレから異物が詰まったと見るのが、最も妥当な答えだった。

「衣玖さん。これは誰にでもあるミスだから、生理ナプキンをうっかりトイレに流したなら正直に言って欲しいぜ。」
「私、分かりません……」
「今からワイヤー式のクリーナーを突っ込んでみるから、どっちみち分かる」

魔理沙は、パイプクリーナー(5m)を持ってくると、トイレの排水管から、スルスルと中に突っ込み始めた。
そのうちすぐ、先っぽが何かの固まりに当たった。
「やっぱり、トイレからの詰まりだろうな。」

感触的には柔らかい異物であったので、
魔理沙はバキューム式のクリーナーで異物を引っ張りだす事にした。
スコスコスコスコ…。

「あの。」
「何だ?」
「薬品で溶かして、そのまま流したりは出来ないのでしょうか…。」
「使用済みのナプキンを人に見られるのは恥ずかしいと思うが、これが一番確実な方法なんだ。」
「そうですか…。」

スコスコスコスコ…。

ボゴンッ
「おっ、やったぜ」

便器の中には、半分腐りかけの小さな胎児が出てきていた。

魔理沙は、無表情のまま、衣玖の方に向き直った。

「事情は聞かないが、堕胎薬を使った?」
「はい」

「気が動転してそのまま水で流してしまった?」
「はい」

「そこにあるバケツ、使っていいか?」
「どうぞ」

魔理沙はとりあえず吐いた。
昨日食べた上質なマツタケが出てきて、少し、もったいないと思った。

「すみません、水洗式の構造を知らなかったんです」
そういう問題ではないだろ、と魔理沙は鼻からゲロの残りを出しながら思った。

--------

「最後に行為をしたのは?」
「x月x日です」

魔理沙は手帳を取り出すと、カレンダーを見ながら、しばらく暗算をしていた。
「里の掟だと、たぶんアウト」
「でしょうね」
「私は見なかった事にするから、自分で処理できるか?」
「下界の地理があまり分かりません。人知れず埋められるような場所を知りません。」

これに手を貸すと犯罪である。
魔理沙はしばらく考え込んでいた。
「衣玖さん、金は持ってるか?」
「外にも遊びに行けないし、一体どこで使えというんです。お給金は溜まっていくだけです」
「自警団に見つかったら、私は関係ないと言うからな。」
「構いません。私が信用と仕事を失うだけです。」

魔理沙は、胎児を黒いゴミ袋に入れた。

「あの、ゴミ袋ではちょっと可愛そうじゃないですか…」
「ゴミ掃除に来て欲しいと言ったのは、お前だろ」
「そうですけど…」
「どっちみち燃やして灰にして埋めるぞ。このまま埋めると、野良の妖怪にすぐ掘り返されちまう。
あいつら、鼻が利くからな。掘り出されて表沙汰になると困る。」

--------

魔理沙は、ゴミ袋に入れた胎児をトランクに放り込むと、車を走らせた。

「しかしまあ、よくあんな部屋で過ごせたもんだな。」
「他に行く所もありませんから。知らないうちに、ああいう状態になっていました。」

衣玖は、地震の到来を伝える重要なメッセンジャーであった。
しかし逆に言えば、地震が起こらないと全くの用無しである。
近頃はひたすら部屋で待機を命じられるだけの生活が続いていた。
竜宮の使いという立場上、不要な外出や勝手な遊び歩きも禁じられている。

「以前は総領娘様も遊びに来られてたのですが、イタズラが過ぎたようで、今は自宅で謹慎状態にあります」
「まあ何だその、軟禁状態だな。本人が悪いんだが。」
「私と同じような状況です。外出できないなんて、総領娘様の性格からするとさぞ辛かろうと思います。」
「時間を潰す事なんて簡単だぜ。パチュリーでも見習ったらどうだ」

カーブを抜けると、突然、眼の前にバリケードが現れた。

「まずい、自警団の抜き打ち検問だ!伏せてくれ」
「えっ」
「床にブルーシートがあるだろう、それをかぶっててくれ!お前が居ると更にややこしくなるから!」
「衣玖さん、何してる!早く伏せろ、隠れろ!」



警棒を持った自警団員たちの中から、隊長と思しき男が歩み寄ってくる。
魔理沙は急いで、通行証の間に相応の紙幣を挟み込んだ。
そして、急いで相応の愛想笑いを浮かべた。

『こんにちは。おや、これは霧雨の娘さん。』
「ちょっと急いでるんだ、通してくれ」
『そうは行きませんよ。この前みたいに大量の葉タバコを隠し持って、人里エリアから持ち出す気でしょう。』
「ほら、通行証もちゃんと持ってるぜ」
魔理沙は隊長に通行証を手渡した。

隊長が通行証を開くと、紙幣が現れた。
隊長はごく自然な手つきで紙幣を胸ポケットに入れたが、不満げな表情をしていた。そしてこう言った。
『車検証もあるでしょう?拝見します。通行証と"同じくらい"に重要なはずです。』

魔理沙は全く同じ金額の紙幣を車検証に挟むと、隊長に手渡した。
隊長は車検証を開くと、全く同じ慣れた手つきで紙幣を胸ポケットに入れ、にやりと満足げに笑みを浮かべた。
『どうぞ、お返しします。全く不備はありません』

そして、下役たちに向かって叫んだ。
『おい、バリケードをどかせ!』

車は黒煙を上げて、再び走り始めた。

「おーい、もう起き上がっていいぞ」
「魔理沙さん…ありがとうございます。私、あまりウロウロしてる所を見られたらいけないので、助かりました。」
「いや、単純な話だ。2人乗ってると、賄賂も2人分要るんだ。あと、さっきのは経費に加算しとくぜ。」

--------

木箱を手に入れなければならない。
そして結局はまた、にとりのファクトリーにやって来た。
魔理沙は「バック駐車でお願い致します」と看板がある駐車場に、
前向きに突っ込んで2台分のスペースに斜めに停めた。

「ミカン箱くらいの、なるべく燃えやすい素材の木箱を頼む」
「うん、じゃあ杉の箱を仕立てるから、ちょっと待ってね…」

にとりは、もう大体の察しは付いていたが、
後ろの方で衣玖がビクビクと心配そうに会話を聞いているので、
衣玖に聞こえる程度の大きさの声で、棒読みで形どおりの質問をする事にした。
「人形供養でもするのかい?」

魔理沙も棒読みで応えた。
「お見込みの通り。」

魔理沙たちが去った後、にとりは一人つぶやいた。
「うちは棺桶屋じゃないんだけどな…」

ファクトリーの設計室。机の上には大量の青写真が乱雑に散らばっている。
にとりは冷蔵庫からよく冷やされたキュウリを2、3本取り出すと、ソファーに深く腰掛けた。
少しづつ、少しづつポリポリと冷たいキュウリをかじりながら、何か考え事をしていた。
そうしてしばらくした後に、おもむろに立ち上がり書庫に向かった。
たくさんの開発プロジェクトが並んでる棚から、「河技N−第36号 地震予知システム開発計画」と書かれたファイルを見つけ出すと、表紙に朱筆で「中止」と書き、ゴミ箱に勢い良く放り込んだ。

新しい発明が出来るたび、それが誰かの職を奪う可能性を、にとりはよく理解していた。

--------

人里と妖怪の山の境目。
どちらにとも属さない、ひっそりとした荒地がある。
どちらとも所有権を問題にしない程に、何も無い荒地であった。

「よし、燃やそうか。ところで火持ってるか?」
「私は煙草は吸いません」
魔理沙は、うーんと考え込み始めた。

「魔理沙さんのミニ八卦炉を使えばいいじゃないですか」
「質に出してる」

魔理沙は、車にあったシガーライターで、木箱に火を着けようと試み始めた。
残念ながらそれは至難の技である。
途中でしびれを切らした魔理沙は、ボロぎれを車のガソリンタンクに突っ込んでから、木箱の上にベチョリとかぶせた。
ようやく箱の隅から火が付き、それは箱全体へと広がって行った。

箱がパチパチと音を立てて、だんだんと燃えていく。

二人は、燃えていく小さな箱を、三角座りでぼんやりと見つめていた。

「私だって女なんですよ。」
「天人にもなれないし、だからといって下界の住人ともあまり仲良くなっちゃ駄目だし。」
「女ざかりを、あんな四畳半に閉じ込められてるなんて嫌です。」
「人並みに恋愛をしてみたかったんです。でも、無理だったんですね。」

魔理沙は黙って、うんうんと頷くだけであった。
アドバイスできる事は何もなかったので。

「よし、じゃあ穴を掘るぜ。」
焼いた場所のすぐ横に穴を掘った。そして掘り出した土で、横に山を作った。
燃えカスと灰を、下の土壌2cm位ごと掻き去り、穴の底へと放り込んだ。
次に作っておいた山の土で、まず穴を埋め、そして燃やした場所の凹みも元の高さに戻した。
そして必然的に少し土は余ってしまうので、それは周囲に分散してばら撒いた。
これで、何かをした痕跡は、すべて地中に埋まった。

「ここは荒地だから、あとは表面が乾けば、痕跡も分からなくなる。」
「はい」
「墓標がわりに石でも置くか?」
「いいえ要りません、この子は最初から居なかったし、生まれても来なかったんです。」
目に涙を溜めながら言われても、あまり説得力が無かった。

--------

やる事を終えて、車は再び走り出した。

「さっき燃やすのに使った分のガソリンも、必要経費に加算しとくぜ。」
「お好きなようにして下さい。もう慣れて来ました。」

プスン。
急にエンジンが止まった。

「どうしたんだよ、このポンコツ!」
バン、バン!
ダッシュボードを叩いたところで意味は無い。それは魔理沙も分かっている。
5、6回叩いたところで、外に出てボンネットを開け始めた。

「あー、もうバッテリーがヘタって来てるな。それよりも液量が少ない、電極が見えてる位だ」
「典型的な、日常点検を怠った例ですね」

「衣玖さん、雷じゃなくて、12〜13ボルト位で指定した電圧は出せるか?」
「無理です」
「だろうな」

魔理沙はしばらく考え込んでいた。

「あ、トイレは大丈夫か?」
「えーっと、別に今じゃなくて良いですよ。また適当なところで。」
「わかったぜ」

魔理沙はトランクからスパナを取り出すと、バッテリーを外した。
それを地面に置くと、器用に蓋も外した。

「はい」
「えっ?」

ジョボジョボ…

「頼んどいて何だが、臭いな。」
「わたし魚ですから、食品から摂った窒素は直接アンモニアとして排出されるんです。」

魔理沙は息を止めながらバッテリーに蓋をして、それを再び車に取り付け、エンジンキーを回した。

キュルル…キュ…キ…
「駄目だ掛からない」
「あと、後ろの席にまでバッテリーの臭いが漂って来るんですけど」
「これはもう押すしかないぜ」

「いきますよー」
「よし、そのままスピードが出るまで押してくれ」
バックミラーに、ヒラヒラと飛びながら車を押す、衣玖の姿が映っていた。

「そろそろギア繋ぐぞー!重くなるけどそのまま押してくれよー」
ガチャ、ブロロロロ…

「よし掛かった。衣玖さん、窓から飛び乗れー!」
「このまま飛んでいきますけど?」
「空を飛ばれると目立つから、いいから乗ってくれ、頼むよ」

もとのように、衣玖は後部座席に座った。
「もともと何か臭かったですが、さらに車内が凄いニオイですね。最初から押せば良かったんじゃないですか、ねえ魔理沙さん」
魔理沙は聞こえないふりをした。

人里を走り抜け、アパートが見えて来たので、魔理沙はアクセルから足を離した。

プスン。
「あ、エンジン止まった」
「回転数を落とすと止まるようですね。」

アパートまで、ものの数十メートルである。
このまま慣性で走り切るしかない。
魔理沙は、前のめりに体重を掛けながら、座席の上でドスン、ドスンと飛び跳ね始めた。

「魔理沙さん、そういうのは全く意味が無いと思います。」
車は、見事にアパートの前で力尽きて止まった。

--------

衣玖は鍵を取り出し、アパートのドアを開けた。
そこにはごく普通の玄関があって、部屋に続く空間があったのだが、
いつもの癖で、衣玖はゴミ袋の山を登ろうと、何もない空間に手を掛けてしまった。
衣玖はハッと気付いて、羞恥心の固まりのような眼で魔理沙の方をチラリと見たが、
その時には魔理沙は既にとっさに顔を逸らしていて、道路の方を眺めているフリをしている状態であった。

「計算書が出来たぜ」
「お幾らですか?」
魔理沙はとりあえずゼロをふたつ足して、それを良心的に半額にして、50倍の値段を吹っかけてみた。
「わかりました」

衣玖は、風呂場の換気扇を外すと、外壁と浴室ユニットの間に存在する隙間に手を入れ、何かを探りだした。
そのうちに紐が現れ、それをスルスルと手繰り寄せた。
やがて壁の隙間から、革カバンが転がり出てきた。

カバンを開けると、幻想郷で流通している最高額の紙幣が、ギュウギュウに詰まっていた。
「人里で5本の指に入る金持ちが、こんな所に住んでるとは思わなかったぜ」
「下界での活動資金として渡された分も、入ってます」

危険な仕事の料金の、その50倍の料金を、魔理沙は受け取った。
「領収書は?」
「必要ありません。この事は早く忘れたいので…」
「うん、私もその方が都合がいい」

「私はこれで帰るけど、あんまり落ち込むんじゃないぜー」
「はい…」

片付いて何も無い部屋の真ん中に、衣玖が一人。
それがかえって、空虚に見えた。
部屋がすっかり片付いて、衣玖の訴えが分かった。
こんな狭い部屋に一日中、独りでずっと閉じ込められては、とても正常な精神ではいられない。

あらためて衣玖の顔を見たが、むしろ最初と比べて眼に光が無いように感じた。
大量の酒とゴミに囲まれて、それで寂しさを紛れさせていたのかもしれない。
普通は片付けるとスッキリするものだが、どうも後味の悪い仕事だった。

「あ、最後にもう一度だけ車を押してくれ…」

ブロロロロ…

埃と錆びまみれのバックミラーには、
今にも消えてしまいそうに立ち尽くす衣玖が、道の真ん中に、おぼろげに映っていた。
表情は分からない。日頃ミラーくらいはもう少し掃除しておけば良かったと思った。
今にも消えてしまいな薄い影が、1人ぽつんと立っていた。
今日にでも消えてしまいそうな気がした。
しかしもう停まる事はできない、アクセルを踏むしかなかった。

魔理沙は回転数を落とさないよう、相当に危険な走り方で人里の道を飛ばしていた。

その時であった。「電話局」の看板が眼に飛び込んで来たのは。
魔理沙はとっさに急ブレーキを踏み、玄関の前に急停車した。
案の定、エンジンは止まった。
もう誰も押すものが居ないが、それでも良かった。

--------

「天界まで至急電報、別使配達人を立てて大至急で頼む。」

『天界宛ては需要もないですし、至急配達はやってません。それにもう夕方ですし翌日扱いになります』
「向こうの局の打電手にでも持って行かせろ、いくら掛かっても構わないから、やってくれよ。」

受付嬢が困りきった顔をしていると、後ろから局長がやってきた。
局長は汚れた作業服を来た魔理沙を、頭から靴先までジロジロと見回すと、
『失礼ながらお客様、基本料金も一文字あたりの料金もかなり大層な物になりますが…』

魔理沙は、先ほど衣玖から受け取った高額紙幣を全部、窓口に叩きつけた。
局長は目を丸くすると、天井のシャンデリアに向けて、一枚づつ透かしを確認し始めた。
客の目の前でする行為ではないが、魔理沙は特に気にしなかった。

『おい君、配電盤の所に行って、いちばん太いヒューズを入るだけ沢山入れてくれたまえ』
『何をするお積もりですか?山頂の中継所はとっくに営業時間は終わってますよ。天界に電文など送れません。』
『だから無電で直接天界まで送ってやるんだよ。天上からの電波はこっちによく届くから、後はこっちの出力さえ上げればいいんだ。予備の機械も使って、送信機を3台並列に繋いで出力も最大設定にして送信してやる。』
『あまりにも無茶です。社則違反です。』
『ここにある金が見えんのか。送信機の2つや3つ壊れても、まだ釣りが来る。』

局長自らが打電席に座った。
トツ、トツと電鍵を叩く音が響いた。

電鍵が叩かれるたび、ジー、ジー、と嫌な音がして、室内の照明が暗く消えた。
『局長、分かってますか。あなたは町内の電力を全て使ってるのですよ。周りの民家は今ごろ停電騒ぎです。電灯会社から怒られます』
『構うもんか。こんな高出力で無電を打てるのは、この仕事をしてから初めてだ、ははは』
『どうなっても知りませんからね』

トツ、トツ…
「ナガエ ヤマイニタオル テンシドノ スグコラレヨ ハクレイレイム」
そして本文以外の業務連絡文の長さから、先方に相当無理なお願いをしている事は分かった。

局長は電文を打ち終わると、受信機の方に向き直り、ただじっと見つめていた。
数十秒後。
受信機がカタカタと動き出し、返信文を打ち出した。
局長は紙テープの電文を目で追って行くと、
フーッと大きな息を吐いて椅子の背にもたれかかり、それから立ち上がった。

『大丈夫だそうです。1時間もあれば届くでしょう。こういう事は今回限りにして下さい。』
「言い忘れてた。前に停まってる車なんだが、故障でもう動かない。しばらく置かせてもらうぜ。」
『本当に困った人だ!明日かならず修理屋を呼んで移動して下さい。でないと、こっちで処分しますからね。』

--------

もう車は動かない。ホウキを積んで来れば良かった、とも思った。
しかし作業着でホウキにまたがるのも、魔法使いらしくなくて嫌だ。だから積んでない。

自分の足で、家に帰る事にした。
まだ自分が空も飛べなかった頃を思い出して、なんだか懐かしくなった。
鼻歌を歌いながら、夕暮れの人里の道を、ぶらぶらと歩いて帰った。

突然の、唐傘お化け。
「ばぁーーー!」
「うわっ!」

「わぁ!魔理沙が驚いた!驚いた!」

いつもは、出てきても邪魔だから、車の警笛を鳴らしてどかせていたのだが、
こうやって里の道を歩いてるときに驚かされた。それが新鮮だった。

子供の頃に、お化けの話を母親から聞かされたあと、
ビクビクしながら夕暮れの道を通った時のような、そんな懐かしい気分になった。

「ありがとう、小傘」
「!?」
驚かせて感謝されたのは初めてなので、 小傘のほうが驚いた。

--------

天界。

そのころ天子は、自分の部屋で、おとなしく雑誌を読んで過ごしていた。

「天子、ちょっといいか。」
「なあに、お父さん。お説教ならもういいわよ。」
「永江が病気で倒れたからすぐ来いと、博麗の巫女からご指名で電報が来てる。
至急の連絡みたいだ。だから今回は特別に許可は出すから、すぐ行ってあげなさい。」

「えっ!衣玖が?」

--------

「総領娘さまー!」
天子は玄関のドアを開けると、病人だと聞いていた者が抱きついて来たので、驚いた。
それから、衣玖の部屋が予想外に片付いている事にも驚いた。

何もない、がらんどうの部屋で、二人は壁にもたれ掛かって座った。
天子は、もう少しの期間を我慢すれば、自由な行動許可が出る見込みだと言う事を、報告した。
また、衣玖の方も、部屋を清潔に片付けて待っておくという事を誓った。
ふたりの会話は、朝まで及んだ。
古びた四畳半間には、新しい希望が満ちはじめていた。

--------

数日後、魔理沙の家。
両脇に米袋を抱えて玄関を出て行く、霊夢の姿があった。

「おい、米袋ごと全部持って行く気か」
「私の名前でイタズラ電報を打った罰よ。米びつにまだ幾らか残ってるでしょ。」
「残り一升で、どうやって生活しろって言うんだよ」
「ハクレイの名の使用料は高いのよ」


(完)
>1. 木炭で描いては消し、描いては消し、しました。

>3. 素晴らしく美しい表現だと思いました。これを投稿して良かったです。有難うございます。

>4. おそらく、あなたもです。

>6. Herr 先任曹長
ヒーロー…なのでしょうか?w
補聴器については自分でも分かりかねます。夢うつつで描いた挿絵です。

>7. ありがとうございます。

>8. そしてまたその人情の後ろに、金が控えている事も、あります。

>9.Pa様
これ絶対、こそこそ悪い小遣い稼ぎをやってる感じですね。

>10.ギョウヘルインニ様
このまま、このコメント者の方は周囲に流されずこのままで居て欲しいです。

>11.海様
恐ろしく遅筆なのです…申し訳ありません。
森の奥を歩いてる時、雨の日に傘を忘れて濡れ鼠で歩いてる時、いつ何の前触れもなく文章が頭に浮かんで来るのです。
それらの細切れを集めたものです。

>12. 拙作をお読みいただき、ありがとうございました。

>14.矩類様
飢えるとかえって力が出るのでしょうか。意地でも全部持って帰る気でおりますね。

>15. ありがとうございます。

>16.孕ませ大好き様
励みになります、ありがとうございます。退廃的であって、それが私の大敗的でもあります。

>17.dan様
迷作かと思います。ご迷惑お掛けします。

>18. 表現がくどいのは、どうも悪い癖です。くどいさんです。
今後も精進していきたいと思います、読んでいただき有難うございます。

>19. やはり迷作かと思います。ご迷惑お掛けします。

>22.ぽちぽちぽーち様
灰色の世界でこそ、小さな彩りが輝くのでしょうね。
魚雷
作品情報
作品集:
7
投稿日時:
2013/06/04 14:50:36
更新日時:
2013/06/17 03:08:43
評価:
20/27
POINT:
2130
Rate:
15.39
分類
魔理沙
簡易匿名評価
投稿パスワード
POINT
0. 210点 匿名評価 投稿数: 7
1. 100 名無し ■2013/06/05 00:16:51
挿絵つきかよすげえ…
この魔理沙は惚れる
3. 100 名無し ■2013/06/05 00:41:41
古びた毛布のような作品だった。
毛布に包まれば臭い。でも、少なくとも暖かい。そんな感じ。
皆くたびれた感じがするのに、絶望しているわけではなく、魔理沙もにとりも優しくてカッコいい。
4. 100 名無し ■2013/06/05 01:24:25
ちょっとかっこよすぎんよ~
6. 100 NutsIn先任曹長 ■2013/06/05 02:36:57
実際にありそうな『仕事』をこなす、
実際にいたらクソッタレな人生がちっとは楽しくなる『何でも屋』のお話、拝読しました。

魔理沙がご近所のダークヒーローって感じがして良いね。
特に具体的な危ない目に遭うことも無く、淡々と不正を行い、仕事を完遂するところに、異変解決人の矜持を感じました。
挿絵の魔理沙が耳につけているのは補聴器……に偽装した、自警団の無線の受信機だったりして……。

霧雨魔法店は、店主が損得抜きの『良心的』な仕事をするおかげでいつも貧乏。
ついに、同じく貧乏な巫女にコメまで持ってかれたか……。
7. 100 名無し ■2013/06/05 06:41:58
もう好き大好き
こんなん読ませられたらファンになるしかねぇよ
8. 100 名無し ■2013/06/05 09:32:07
久々に、良いものを読ませて貰いました。
素晴らしい作品でした。
検問の隊長も、電話局の局長も、清濁あって格好良かったです。
地獄の沙汰も、金の前に人情が無ければなりませんね。
9. 100 Pa ■2013/06/05 10:18:46
世間の裏も表も知った上で人情も失わない、とても魅力的な魔理沙のお話でした。
もっとも、普段は色々やらかしてそうですけど、そのギャップもまたイイ!
10. 100 ギョウヘルインニ ■2013/06/05 18:20:47
このまま、この魔理沙は周囲に流されずこのままで居て欲しいです。
11. 100 ■2013/06/05 18:22:11
やった、続編だ。
この世界観がもうたまらないです。
魔理沙は人情家なんだな。
12. 100 名無し ■2013/06/05 19:58:54
素晴らしい
14. 100 矩類 ■2013/06/05 21:31:23
無気力で無力な衣玖さんが好きです。
あと力持ちな霊夢がかっこいい。
15. 60 名無し ■2013/06/05 22:13:03
やるねえ
16. 100 孕ませ大好き ■2013/06/05 22:36:18
前作に引き続き素晴らしく面白かったです。
大敗的な雰囲気が良かった
17. 100 dan ■2013/06/06 01:37:41
ぐうの音も出ないほどの名作
18. 100 名無し ■2013/06/10 20:20:51
表面だけかっこよく塗り固められた駄文なんかより、
一見当たり前なことだらけなのに細部まで書き込まれた感情のある文章。
忘れられない作品になりそうです。
19. 100 名無し ■2013/06/12 18:29:07
名作
22. 100 ぽちぽちぽーち ■2013/06/16 23:40:45
灰色の幻想郷で小さく暗躍する魔理沙がかっこいいです

あとにとりがさりげなく良い妖だ
24. 80 名無し ■2013/06/27 02:03:19
とにかく面白いが、ひとつあげても例えば衣玖さんの言動、これは心情や状況をよく想像しないと表現できやしない
本当に素晴らしい作品だ
25. 80 zero ■2013/06/29 22:37:02
魚雷さんのSSは大好きです
これからの投稿作品も期待してます
26. 100 名無し ■2013/08/06 15:59:55
暗い背景とか賄賂が当たり前のブラックな世界観なのに普通に暮らす魔理沙。
それと、最後が良い結果っぽかったので良かったです。
名前 メール
評価 パスワード
投稿パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード