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『産廃創想話例大祭A『財宝』』 作者: まいん
注意、この作品は東方projectの二次創作です。
オリ設定等が存在します。
地面を見下ろす形で輝く太陽。
辺りには森林や水源があれど、まっさらな平地であるそこは独特の暑さがあった。
外の世界から日々大量の物が幻想入りしている。 今までの薄暗い無縁塚はここにはなかった。
うず高く積り所々で土の地面を隠しているゴミの山。 外の世界の埋立地が想像できる。
地平線の先まで続くその大地を一人の妖怪が尻尾に居る鼠に独り言をしながら歩いていた。
私はご主人様が嫌いだ。
私は何かを探す事に長けているのに、彼女は探す前にそれを持っている。
宝飾、装飾、衣装。 綺麗な物はすべて望む望まずを関係無しに集まる。
あまり財宝に興味を持たない彼女は最低限の布施以外は返却しているがね。
私が寺を出て、ここに居を構えたのも持っていない宝を渡す為だ。
いくら彼女でも私の探して来た物を見れば、私を無下に扱えまい。
おまけにゴミの中から探した宝飾など彼女には相応しい。
はぁ、しかし、私のこの小心具合が心底嫌になる。
ダウジングロッドを構え、汗を浮かべながらも尚歩き続ける。
と唐突にダウジングが反応した為に胸のペンデュラムで反応を調べる。
ガチャガチャ、と地面を少し掘り返すと、そこから酷く歪んだ宝飾が出て来た。
彼女はロッドの端に天秤を取り付けて拾った物を置き、反対側にペンデュラムを吊るす。
その動作を何回か繰り返し、宝飾のおおよその重さが確定する。
「黄金の様だな……」
そう呟いて尻尾の籠に放ると、部下の鼠は見事にそれを受け取った。
ゴゴゴ。
「最近は良く揺れるな、外の世界から忘れられる物が多いのか? それとも地震の類か?」
小さな揺れが収まると尻尾からぶら下げた籠を見る。
今日見つけた物と言えば破損した黄金の宝飾数点だけであった。
「やはり抽象的に物を探しても目的の物は見つからんな……さて次は……っと、ご主人様のお呼びか……」
彼女は今居る場所から飛び立ち、ご主人様と言った者の元へ飛んで行った。
〜
命蓮寺の縁側。
寺の住人が茶会という名の暇潰しをしていた。
一人は藍色の頭巾を被り、肩に穏やかな表情の老紳士の顔を漂わせている。
一人は金髪に黒髪が混ざった独特の髪の持ち主で虎柄の腰巻を身に着けている。
一人は毛皮の座布団に座り、海軍を思わせる水兵服を着ている。
暖かな日差しに当たり、一同が茶を啜る。その中で水兵服の少女は寅柄の少女に話しかけた。
「星、今日はあいつは居ないのか?」
「あいつとは? ああ、ナズーリンの事ですか?」
「お前もあんなキツイ性格の部下がいて大変だな」
「でも私は彼女の事が好きですよ。 それより他人の事を言う前に寺の一員として人を殺める事を控えて下さい」
「おっと、私の存在理由を全否定ですか。 まっ、その内ね……」
「貴女も一輪の様に少しは落ち着きを……」
「感情的になるのも分からんでもないが一輪は船を漕いでいるのだがね……沈没させてやろうか?」
暖かな気温にうつらうつらと一輪は船を漕いでおり、共の雲山も厳つい顔からは想像も出来ない柔和な顔をしていた。
そのゆったりとした状況に話をしていた二人の表情から力が抜ける。
「それに私の事を注意する前に、あの化けコンビの悪戯を注意した方が良いんじゃないか?」
「ほほう、化けコンビとはいってくれるのう、村紗」
足元から別の声がすると村紗の座っている座布団がモコモコと膨らんでいき、座っていた村紗は放り出されてしまった。
「何しやがる、マミゾウ!」
「ほっほ、大妖怪である儂等をどこぞの下っ端妖怪と同じ扱いをした罰じゃ。 船幽霊とは、かくも礼儀に欠けるのかえ?」
「上等だ! 表へ出ろ!」
挑発に乗り啖呵を切る村紗。
そんな村紗を見ていたマミゾウは表情をコロリと変えて虎柄の少女に抱きついた。
「寅丸、あやつが老人である儂に暴力を働こうとするのじゃ。 老人虐待じゃ、家庭内暴力じゃ」
「星、どけ。 そいつを一発殴らせろ!」
一つ溜息を吐くと、星は両者を仲介する為に動き始めた。
「村紗、少しは控えなさい。 聖がこの事を聞いたら説教だけでは済みませんよ?」
「マミゾウも、貴女の悪戯で寺に苦情が来ています。ぬえ共々、少しは控えて下さい」
悪戯交じりにじゃれ合っていた二人も次の言葉に詰まって、グムムと言葉を濁していた。
その時に空から鼠の少女が降り立ち、星の元に歩み寄ってきた。
「ご主人様、呼ばれたが何の用だ?」
「いらっしゃい、ナズーリン。 今日の夜、ここで集まりがあるので共をして下さい」
「構わないが……集まりとは酒盛りだろう? ここは毘沙門天様を祀る寺だ、酒色に耽るのは如何かと思うのだがな」
「その事は聖から言われているので、ここでは良いではないですか」
「聖ねぇ……私は毘沙門天様を信仰しているので彼女の教えには興味が無いのだがね……まぁ共はしてやるよ」
そこに掃除を終えた響子が現れ、場は先程よりも騒がしいものに変わっていく。
屋根の上で昼寝をしていたぬえは、ふっと笑うのであった。
「結局、酔いつぶれるのか……まったくご主人様も困ったものだ……」
夜の酒盛りが終わり、部屋には酔い潰れた星を寝かしつけているナズーリンが居た。
寺で酒を飲んでいなかったのは聖とナズーリンだけである。
寺で酒盛りとはおかしいと思うが以前発覚した時から結局この様な形に落ち着いた。
聖が譲歩し酒は度が過ぎなければ良いと言う事になったのだ、それがこの様である。
「嘗ての虎妖怪は大酒呑みで酔うと態度がでかくなる。 私は君の過去は知らないがね」
酒盛りの間、ずっと星に絡まれて愛の告白をされていたナズーリンは眠っている今が機会とばかりに恨み言を言い続けた。
少しして飽きた彼女は静かに部屋から出て行き、月の明かりの中、住処の無縁塚に飛び去って行った。
〜〜
今日も彼女は宝を探す。
その為に早起きをして小屋を出ていくのだが、今日は彼女の目の前で待ち受ける者が居た。
背が高く、肩幅も広い、腰から下げている刀も実用に優れていそうな刃の厚さであった。
「子鼠ちゃん、ようやく見つけたぜ。 探して欲しい物があるんだ、手間はかけさせねぇ」
男はそう言いつつも腰の刀の柄に手をかけて、鍔先の刃を見せつける。
ナズーリンはその様子に、またかといった風に溜息を吐いた。
「君が何を求めて、ここまで来たかは知らないが……命を懸ける程の用件とは思えないな……」
小屋から出て来たばかりの彼女は男を手招きして再び小屋に戻って行く。
中に連れられた男は入った瞬間に言葉を失った。
小屋の中に所狭し、と置かれた物は素人目に見ても金銭的価値のある財宝ばかりであったからだ。
時が止まった男の様子をナズーリンは見逃さなかった。
「ここにある物は価値のある事だけは判っているのだが、私の欲しい物とは違うのだ」
「折角ここまで来てもらったが、君の探し物を手伝えない。 詫び代わりに好きなものを持っていくと良い」
ナズーリンは男の脇を通り過ぎると小屋から出て行き、中断されてしまった用件を再開した。
あれが良いか? これが良いか? それも良いか?
駄目だ。 彼女は全部を知っている。 渡してもいつもの繕った笑顔を返されるだけ。
意味が無い。 それでは意味が無いのだ。
この広大な宝の山にある筈だ。 絶対にある筈だ。
彼女を驚かせ、私を手元に置くに足る理由になるものが。
自問自答し独り言を呟きつつ、鼓舞する様に財宝を探し続けるナズーリン。
ギャァアアアアアア!!!
突然の叫び声が上がる。 彼女は探す事を中断し声の主に向かって飛び立つ。
声の上がった場所に降り立つと、そこには先程の男が居た。
だが、ただ居る訳では無い。
腹を食い破られ、瓦礫の地面に血の花を咲かせ。 腹部からは乱雑に食い荒らされた腸が散乱している。
息も絶え絶えの彼は途切れ途切れに助けを求めた。
当のナズーリンは後ろの目線が気になり目線を流すと目を瞑る。
「君が私の元を訪れた理由は何となく解る。 大方、稗田の新刊を見てここを訪れたのだろう?」
男は図星を突かれ目を見開き、続く痛みと悔しさから歯を食いしばる。
「しかし、その本を読みながら、この場所の恐ろしさを知らないとは呆れてものも言えん」
この場所。 ナズーリンの住処にしている無縁塚は人間にとっての危険度は極高である。
一人でここを訪れ、ナズーリンに会えただけでも相当運が良かったのだ。
ナズーリンはというと、最初は彼女を狙う妖怪や妖獣は多かった、だが次第に彼女の元を人間が訪れると知る。
生かしておけば餌が手に入ると知った妖怪達は彼女を放っておく事にした。
彼女がここで無事に生活が出来るのはそういう理由があるからなのだ。
「恨むのなら思慮がない軽率な行動をした自分を恨むんだな」
男に背を向けると、まるで誰にも会わなかった様に歩み始め、元々の用事の為に去って行った。
息も絶え絶えで声も出ない筈の男は声にならない音で叫んだ。
人生の幕引きの瞬間、怨恨を叫んだ。 声を合図にした妖獣は男に喰らいかかった。
ナズーリンは振り向かず、肉を抉る音、骨を砕く音、貪欲なまでの生への執着を後ろに聞く。
片手を上げると男が持って行った財宝を回収するよう、配下の鼠に指示を出した。
〜〜〜
想定外が起こったが問題は無い。 概ね日常を過ごしている。
探し物に夢中になっている内に険阻な場所に差し掛かった。
左右に瓦礫の積もった山が存在している。
見た者には想像以上の存在感があり切り立った岩山の如くそびえていた。
この様な危険な場所を進んで行くことはない。 そう、普段ならば。
ダウジングはその両山の間の道を指し示し、更にその先へ進めと促していた。
先日、抽象的に探しても、と呟いたが彼女には根拠のない自信があった。
当の本人が気に留める事は無いが、今度こそはという気概があったのだ。
辺りの地形が急に鳴き声を上げ始めた。
キリキリ、キュキュキュ、キィキィと何かが擦れる音である。
と、その時……。
ゴゴゴゴゴ……!!!
巨大な地響きがこの場所を襲った。
唐突な地震は地形全体を大いに揺らし、爆音にも似た響きを叫び続けている。
不安定に積み上げられた瓦礫群は地形と共に揺れていた。
右に左に揺れる様は獲物を見つけ、呑み込もうと機会をうかがっている様である。
ナズーリンは冷静に対処した。 その場で片膝をつき揺れが収まるのを待ったのだ。
パラパラと小石が瓦礫の山の周辺に落ちていたが、彼女の周りには何も降り注がなかった。
暫くして揺れが段々と収まっていく。
まだ、辺りでは地鳴りが続いていた。 おそらくは伝播した振動が音を起こしているのであろう。
彼女がこの場を訪れた時に感じた事は恐らく本当の事だ。
この様な危険な場所を進む必要は無い。 それに、今の大揺れでいつ瓦礫の山が崩れるとも限らない。
ナズーリンはその様に考え、踵を返す事に決めた。
ゴゴゴゴゴ……。
「それ、見た事か……」
先程とは別の地鳴りが聞こえ始めた。 その音は地面から聞こえてはいない。
彼女が見上げていた瓦礫の山から聞こえていたのだ。
唐突に走った。 山に背を向け全速力で走り始めた。
その間にも大きくなる地鳴り。
そして、龍の咆哮の如き爆音を轟かせ山が龍に姿を変えた。
まだ、崩れ始めた山はそれ程の速さは出ていない。 それでも追い付かれるのは時間の問題であった。
逃げる為には飛ぶしかない。 彼女は機を窺っていた。
聴覚の大部分は岩雪崩の音に支配されていた。
それでも頭の片隅にヒュンヒュンと板状の物体が飛来する音が聴こえていた。
ナズーリンにその正体が何かを気に留める余裕は無い。
後ろ足で地面を思い切り蹴ると空に向かい飛び立った。
ズダン!!!
筈であった。 先程飛来した板状の物体は、飛ぶ為に思い切り伸ばした足を直撃した。
脹脛の部分に飛来したそれはギロチンの如く足を切断したのであった。
飛ぶ為に込めた力は足が切断された事により、在らぬ方向に向いてしまう。
同時にバランスを崩し身体は制御が出来なくなる。
「うわっ!」
前のめりに二度三度と転がり、うつ伏せに倒れ込む。
「痛たっ」
ズダン! ズダン!
ナズーリンの周辺に自分ほどの大きさの瓦礫が飛来した。 直撃を受ければ死は免れない。
飛んで逃げようとした。 その瞬間に彼女は地面に転がっていた。
気付いた瞬間には足の自由が利かなくなり、即死の危機のある状況に陥った。
「あああ、逃げなきゃ、ここから逃げなきゃ」
頭が混乱していく。 飛来物は彼女から考える余裕を奪った。
頭は吐き気を覚える程に警鐘を鳴らし続ける。 逃げたかった、とにかく逃げなければならなかった。
自由の利かない足を引きずり、這って一刻も早くここから逃げたかった。
ズガン! ズガン!
「ひっ、ひぃぃぃぃ……」
巨大な瓦礫が近くに落ち、音を上げる度に頭を抱えて蹲り、か細く悲鳴を上げる。
すぐ後ろに瓦礫の山津波が襲い来ると言うのに、巨大なそれすらも気に留める余裕は無かった。
そうは言いつつも、今まさに自分を呑み込もうと言う咆哮が気にならない訳もない。
彼女は尻餅を着く形で後ろを向いてしまった。
「あ、あ、あ」
時間が非常に緩慢に移行する。槍の如き鋭さを持った破片が真っ直ぐに向かって来た。
灰色になりつつある景色は一秒が一分程に感じられた。
「や、やめて」
破片はある場所に向かっていた。 ナズーリンの紅い虹彩を持つ目に一直線に向かっていた。
「嫌だ」
手は動かない。 動くが非常に遅い。
速度を比べるのならば破片の進む速度や、その後ろに控えている瓦礫の山津波の方が余程速い。
「嫌だ嫌だ嫌だ」
どう転ぼうとも彼女の未来に希望は無い。
破片が彼女の片目を貫き、想像もしたくない痛みが襲う事はこの時点で決定していた。
緩慢な時間の中で自然に流れた涙は通常の時間と同じ様に頬を伝う感覚を与えた。
「いやだあああああああああああああああああああああ!!!」
ザクリ……。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」
破片が片目に刺さる。 目から流れていた涙は深紅に変わる。
拒絶を叫んだ声は、痛みに耐える為の金切り音に変わる。
これだけでは終わらなかった。
機を窺っていたかの様にゆっくりと流れていた山津波が襲い来る。
十分な加速がついたと思えなくもないが、痛みに耐えつつも更に逃げ続ける彼女を襲った。
「うあああああああああああああああああああああああ!!!」
人の声で助けを求める絶叫は無情にも山津波の音にかき消されていった。
ガチャ、ガタン、ガタ、パラパラ。
巨大な瓦礫の山が崩れ、大規模な地滑りを起こした一帯の騒ぎは一応の静けさを取り戻した。
その場には何もなく、整地でもされたかの様な真っ平らな瓦礫の土地が広がっているだけである。
ガチャ、ガタ。 不自然な積み上げ方のされた場所では瓦礫が崩れたり倒れたりして自然な形に変わっていく。
その中にあって、まったくの偶然から人一人が存在できる小さな空間が生まれていた。
意識を失ったナズーリンがそこに居た。
(ナズーリン、ナズーリン)
「あ? ああ? ご主人様が呼んでいる。 行かなければ」
意識を取り戻し、瓦礫を除けていく。 顔や腕、脚。 全身は砂埃で薄汚れ、血まみれの状態であった。
その状態においても彼女の脳は痛みを遮断し危機的な状況を無関心にさせた。
ガタ、ガタン。
何とか這い出た彼女は皮一枚で繋がっている腕を引っかけてしまう。
ぶち、ぶちぶち。 耳を塞ぎたくなる音を聞こうとも彼女はまったく興味が無かった。
ブチン。
「あ? ああ? それより行かなければ」
破片により潰れた目もその時にドロリと流れ落ちた。
片足、片腕、片目を失った彼女は血まみれのまま、非常に気怠い気分で星の元へ飛び立った。
瓦礫の山には彼女が尻尾に下げていた籠が、破れた状態で置かれていた。
先の山津波に呑まれたのであろう。 その籠から無傷の鼠が這い出る。
鼻をヒクヒクさせて辺りの様子を窺うとその場から逃げ去った。
ナズーリンの飛んだ方向を追う事も彼女を気にする事も決してなかった。
〜〜〜〜
瓦礫の山から出たナズーリンは主人の呼びかけにフラフラと飛び、寺へと向かって行く。
途中、大空を飛んでいた化け傘に遭遇するが、悲鳴を上げて逃げ去ったのは化け傘の方であった。
失礼な奴だ。 かすれた声でぽつりと零す。
「おはようござ……きゃーっ!」
寺の門に立ったナズーリンを響子が迎え、会った途端に悲鳴を上げる。
目の前に片目を失い片手片足が無く全身を埃と血に塗れさせた者が到来すれば当然の反応だろう。
「あ、あ……嫌ぁ」
お前もか。 ナズーリンは先と同じ反応に苛立つ様な感覚を覚えた。
だが、どこか傍観的であると自覚しており、主人に会いに行くべきだと思っていた。
「響子! どうしました……ナズーリン! その姿はどうしたのです!」
奥から悲鳴を聞き、真っ先に現れたのは星であった。
響子を心配していたのだが、前述のナズーリンの姿を見るなり感情的に心配の対象を移す。
「あ? ああ。 ご主人様が呼んだから、急いで来たのだ」
「話が噛み合わない。 響子! 腰を抜かしている場合ですか! 聖を呼んで来て下さい!」
「ひっ、いいい」
「早く!」
「はひっ!」
星に気を付けられ急いで奥に走っていく。 その間に星は背負っている衣を地面に敷きナズーリンを寝かせる。
腰巻きを裂き、少しでも血を止めようとした。
「ご主人様、一体何をしている? 私はこの位平気だ。 それより用件はなんだ?」
「馬鹿な事を言わないで。 少し痛いかもしれませんが我慢して下さい」
脇と股を強く縛り、傷口近辺にも固く緊縛がされた。
妖怪の強さ故か大量の出血があるにも関わらず、意識ははっきりとしている。
今の状況が理解できないのか、ナズーリンは常に話をしていた。
会話が無事を物語っているとはいえ、星にとっては余り喜ばしい事では無かった。
顔を拭う度に血が付着していく。 彼女から何かを奪っている様にも思えた。
やがて、混乱した響子から事情を聞いた聖が到着する。
魔法全般に精通し特に身体強化の魔法を得意とする彼女である。
身体強化の応用から治癒魔法をかけていき、星の険しい表情は一応の落ち着きを取り戻すのであった。
〜〜〜〜〜
重傷を負い、血まみれの状態で寺を訪れたナズーリンは聖や星の献身な治療によって平静を取り戻した。
と言った所で失った部位は戻って来る訳では無い。 体を起こす事は出来るが布団に横になっている。
失った腕や足、顔には呪術や魔術の術式が施された包帯が巻かれている。
聖の抗菌魔法は効果が強く、腕や足を詰める事無く自然治癒に向かわせていた。 妖怪の再生力だ一年も経てば傷口は塞がるだろう。
一方のナズーリンは未だに呆けていた。 彼女を襲った災害がそれだけ記憶に強いものである事を物語っている。
「ナズーリン先輩。 入りますよ」
障子の向こう側から元気な声が聞こえる。 見知った人ならすぐに判る声だ。
「先程はすみません。 吃驚して混乱してしまいました」
「ん? ああ、気にしてないぞ」
入って来た響子は声とは裏腹に少し申し訳なさそうにしている。
持ってきた食事は今し方出来上がったばかりの粥であった。 病人の為に少しでも食事を与えようと持って来たのだ。
「あっ!」
入り際の畳の縁に足を引っ掛け、転倒してしまう。 当然、彼女の持っていた熱々の粥が滑空する。
このままでは動けないナズーリンは大火傷を負う事になるだろう。
しかし、粥は都合良く彼女の失った足や腕の部分に降り注ぎ、大火傷を負う事態は避けられた。
蒸気が勢い良く上がり、ナズーリンの顔を撫でる。
「いたた……あっ! 先輩!」
「私は平気だ。 それより、はやくこれを片付けて布団を交換してくれないか?」
「す、すみません! すぐに片付けます」
今の音が他の者に気付かれない訳も無く、一輪や星がすぐに駆け付ける。
場は一段と騒がしくなり、ナズーリンの元に襲い掛かった騒動はすぐに鎮静化した。
心なしか彼女の腕や足にジクジクと痛痒い感覚が生まれた。
まだ軽い感覚を彼女が気に留める事は無かった。
〜〜〜〜〜〜
ナズーリンが寺に来てから数日。
今まで幻想郷中を飛び回っていた事が嘘の様に穏やかな日々が流れていた。
まだ夢から覚めやらぬ頭であったが、段々と現実に戻っていく感覚があった。
「あんな目に遭ってしまったが、ここまで飛んで来る事は出来た。 体力が戻れば探検はまだまだ出来そうだ」
傍らに置かれているダウジングロッドに目をやると、よくも持って来れたものだと感心をする。
大きな傷を見ると今の状況も相まって、あの惨事が現実であったと実感した。
「お〜い」
何となしに手下の鼠を呼ぶ。 しかし、木霊は聞こえど声に応える者はいなかった。
「ん? おかしいな。 どうしたのだ」
その呼びかけに答えた者が別にいた。
体を起こして休んでいるナズーリンに向かって来る足音が一つ。
「ナズーリン、何か用かしら?」
「いや、別に君を呼んだ訳ではない。 忙しい所すまなかった」
入って来た聖は心配そうな顔を障子から覗かせる。
ナズーリンの言葉の端々から怪我の具合の悪さが見えず、多少なりとも心配事は晴れるのであった。
「ところでナズーリンに届け物が来ているわ」
「私に? 誰からだろう?」
手紙を手渡すと、聖は静かに去って行く。
一方、手紙を受け取ったナズーリンは封の押印を見て一目で差し出し主を理解した。
「毘沙門天様から私にか、一体何の用だ」
呟きながらも印に触れると封印は容易に解け、開いた手紙には大きく文字が書かれている。
「ば、馬鹿な!」
そこには”破門”と二文字だけが書かれていた。
普段であれば冷静に悪戯と思う事が出来たであろうが、如何せん今回は事情が違った。
まず、押印に見覚えがあり過ぎた。 偽物ならばすぐに判る程彼女には見慣れたものだったのだ。
封印があった事。 聖ならば見る事は無いだろうと思う事も出来るが、それにしてはナズーリンの元に来るまで誰も開く事が出来なかったのは不自然である。
「破門……この私が破門……」
主人、いや元主人に見捨てられた彼女の心境はいか程のものであろうか?
絶望に打ちひしがれる、と迄はいかないであろうが精神的な衝撃は計り知れないであろう。
頭の中で浮かんでいた疑問が一つ、また一つと解かれていく。
この場においては、その聡明な頭を休め現実逃避の一つを行っても罰は当たらなかった。
先程から感じていた言い知れぬ不安の答えがパチリと当てはまった。
「まさか、み、見捨てられたのか?」
配下の鼠が応えない理由も彼女の中ではっきりと合致した瞬間である。
損耗し弱く病気や怪我に喘ぐ、その様な者を頭に認める程、鼠という生物は愚かでは無い。
自分も鼠であるから十分に理解ができたが、理不尽にも似た気分を味わう事しか出来なかった。
自分に更なる災難が降り注ぐ今の絶望的な状況から、自分に対して次に降り注ぐ理不尽は何かと勝手に予測がたってしまう。
「捨てられる!? 皆にも捨てられる!? い、嫌だ……それだけは嫌だ……」
彼女の体の本来ある筈の部分にジワジワと痒みが走る。
必死に捨てられない為の思考を巡らす彼女はそれに気が付かなかった。
「そうだ、いつも通りに振舞えばいいんだ。 いつも通り強気に話して、虚勢さえも武器にして……」
それは間違った考えであった。 いつもの彼女ならばそれにすぐ気付く事が出来た。
だが、この一畳から二畳程の布団の上から動けない彼女にとっては、この寺こそが最後の安寧の場所であった。
元より小心者の彼女である。 後ろ盾を失った瞬間から余裕など持ち合わせてはいない。
間違った状態は間違った精神を育み、間違った精神は間違った考えを産んだ。
そして、それを正す事など到底出来やしないのだ。
「私がここに必要だと思い込ませれば良いんだ」
考えは纏まった。後は実行に移せば良い。
そこで本来ならば問題が生じる。 どうやって実行するのかだ。
実行できなければ暗礁に乗り上げて終わりである。
彼女にとって不幸であったのが、もう一人の主人の存在であった。
「あの〜、ナズーリン。 起きてますか?」
「ああ、起きているよ」
やや上目づかいで入って来た星は申し訳なさそうな顔をしている。
先日、応急処置や指示を出した。 毅然とした態度などは何処にもなかった。
「実は……」
「大方、何か物が見つからないといった所かな?」
「は、はい」
「ご主人様は整理整頓を綺麗にするから、すぐに物は見つかる。 ないなら、何処かに置き忘れた可能性が高いだろう。」
「ではどこを探せば……」
「まだ朝だ今日行った場所を軽く探すだけで良いと思うぞ」
言葉を聞くや、星は駆け出した。
一時的に寺中にバタバタと走り回る音が響く。
音が少し止まった所、今度はナズーリンの部屋に向かって急ぐ音が近づいて来る。
「ありました。 ありましたよ、ナズーリン」
「そうか。 どうだ? 怪我をしていても私は探し物位すぐに言い当てれるのだぞ」
「やはりナズーリンは凄いですね。 私の部下に貴女が居て本当に良かったですよ」
(ほら、簡単だ。 優秀なご主人様であってもこの通りだ)
自分の考え方が正しかったと間違ったまま、理解した。
感覚だけが残ったままの腕や足の痒みは心なしか酷くなっているようであった。
だが、まだ弱い痒みは彼女に気が付かせる程ではなかった。
〜〜〜〜〜〜〜
あれから数日。 ナズーリンは苦しんでいた。
知恵を絞り出せる事を皆が重宝する。 聖が星が響子が訪れる。 思惑通りであった。
それが、日に日に苛立ちを募らせる。 何故、そんなくだらない事を私に聞くかと。
目を瞑る。 手を握り、開く。
力が手の平に加わり、指先が手の平に触れている感覚まで鮮明に感じる事が出来る。
目を開く、二の腕より先が無い。 足も同じだ。
今、彼女が感じていた事は何であったのか?
毘沙門天に破門された日から彼女は夢現の状態から覚め、現実に戻された。
無い筈の腕が、無い筈の足が痛む。
さすれない、握れない、掻く事も出来ない。
理不尽な辛さに、苦しさに、雄叫びたい程苛立った。
「響子じゃないのか、何故君なんだ?」
片手に盆をのせた村紗が障子を開け、ナズーリンの元を訪れた。
村紗の表情は特に変わる事もなく、質問に答える。
「今日は出かけているみたいだ、それで代わりに私が来たんだ」
ジワジワと起こっていた痒みが唐突に痛みに変わる。
ナズーリンは顔を顰め、握れる先端である二の腕を掴む。
「くそっ! 何で、何で痛いんだよ!」
幽霊に足がないのは一般的な事だ。 勿論、必ずしも当てはまる事ではない。
現に村紗の足は存在し普通に歩いている。
だが、一般的な認識はその者に少なからず影響を与える。
「何故だ、何故幽霊の君に足があるんだ……私は、私には足が無いのに……」
食事を脇に置き、村紗はナズーリンに尋ねる。
「足が欲しいのか?」
村紗の無頓着の言葉にナズーリンは髪が逆立つ感覚を覚える。
感覚と同時かそれよりも早く口からは怒りを示す言葉が溢れた。
「馬鹿な事を言うな! 足や腕が用意できる訳がないだろ!」
その言葉が、欲しいのだという事を示していると感じ踵を返して部屋から出て行こうとする。
「結局、君も私をからかうだけか!」
「ナズーリン、私を信頼しろとは言わない」
「くそっ! 馬鹿にするなぁぁぁ!」
部屋から出た村紗は板張りの廊下をある場所に向かって進む。
考えている事はナズーリンの事であった。
目的の人物にあう為に歩んでいたが、背後から声をかけられる。 その声が目的の人物に間違いなかった。
「村紗、ナズーリンの怒声が聞こえたけど大丈夫だったの?」
「問題ないよ」
「暫く寺を空けても良いかな? 一応毎日帰って来るつもりだけど」
「良いですよ。 ですがくれぐれも不幸な事はしないで下さい」
聖から離れていく村紗、その後ろ姿を見る聖は何処となく寂しげな表情をしていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
霧の立ち込める湖にいくつかの岩礁がある。
その一つに少女は座り、手に持った穴あきの柄杓に水を掬って戯れていた。
私は星の様にナズーリンを思っている訳では無い。
でも、聖の辛そうな顔を見ると力になれないかと思う事がある。
私が役に立てる事は無いだろう。 だが、あいつが欲しいと言うなら役に立てる。
聖はこの事を知ったら何と言うか? 知られたくはないな。
説教をされる事が嫌なんじゃない、聖の悲しそうな顔を見るのが嫌なんだ。
あいつの求めるものが腕や足だと言うのなら、寺でこの仕事が出来るのは私しかいない。
私以外が手を染めてはいけないんだ。
自身のするべき事を再認識した少女は湖に浮かぶ釣り船を見つける。
ぱしゃんと自分が居た足元に小さな水柱が上がると、釣り船の縁に少女は移動していた。
「こんにちは、早速だけど用件を言うよ。 死にたくないよね? 少し話をしようよ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
人が居ないと、ふと思う。 自分はここに居てもいいのかと。
人が居ない時は深く沈んでいる。 それは鬱気の様に。
「人が来る度に苛立ち、当り散らす。 私はここに居ても良いのだろうか?」
と呟いた所で自害する気概も無く、何も出来ない自分に苛立ちは募る。
無い筈の腕は相変わらず痛みを伝えていた。
先端の二の腕をもう片方の手が色が変わる程の力で握っている。
「くぅ、痛い、痛いよ」
痛みを辛がり、目尻に涙を浮かべる。
と、その時、唐突に障子が開かれた。
「……何だ? 今日は聖の腰巾着のお出ましか?」
現れた一輪にナズーリンは開口一番で罵声を浴びせる。
先程までの鬱気はどこかに行き、脳に積み上げられた苛立ちは毒気に変わって口から溢れた。
その勢いは普段通り止まる所を知らない。
「包帯を変えに来た、少し良いかしら?」
「包帯だって? 私が大人しく従うと、おも……」
一輪が踏込みナズーリンの目と鼻の先に動く、同時に彼女の使役する雲山が体より四本の腕を出し、ナズーリンを拘束した。
「ぐっ、むっ」
「貴女には悪いけど少しの間大人しくして……」
一輪は持ってきた呪術や魔術の術式が施された包帯を手際良く取り出していく。
傷口は抗菌魔法により綺麗な状態が保たれているとはいえ、剥がす際の痛みは耐えがたい様だ。
「むーっ、むー」
ばり、ばりと肌から剥がされた包帯は久方ぶりに新しいものに変えられる。
顔、片腕、片足と時間的にはまったく短いものだ。
それが、本人にとっては何時間にも感じる。 痛みが伴うのだ仕方がないであろう。
「終わったわよ」
「はーっ、あああああ、く、くそう」
使用済みの包帯を同じく手際よく巻いていく。
消耗をしたナズーリンは腕を額に置き、込め続けた力を解放する溜息を吐き、息を整えた。
「傷が治るまでは暫く続くと思うけど、私達も出来る限り貴女を支えるから」
ナズーリンの気持ちははっきりと決まっていた。
一輪が来る前に悩んでいた自分自身の小心具合についての事だ。
決心が固まった様に一輪に向かって話していく。
「一輪、頼みがある。 私に筆と筆を削る為の小刀を持ってきてくれないか?」
ナズーリンの言った筆は毛筆の筆では無い。
筆を削るには小刀が必要になる。 その為に筆と小刀を所望した。
一方の一輪はナズーリンの方向を向かず、巻き直した包帯を仕舞うと障子を開けて戻ろうとした。
「駄目……きっと姐さんが許さない」
「き、君も私を、私を……」
ナズーリンは怒りに震えた。 ある手を力の限り握り締め、腕も肩もあらん限りの力で震わせていた。
一輪はその様子をなんら気にする事無く去って行く。
「私を愚弄する気か!!!」
ナズーリンの言葉を背に聞き、洗い場に向かう一輪。 彼女に言葉をかける者が居た。
「一輪」
「姐さん、何の用ですか?」
「ナズーリンの声が聴こえました。 彼女は、いえ貴女は大丈夫でしたか?」
「問題ありません。 それより彼女もそうですが、少しは私達を信用して下さい。 貴女が思う程、私も村紗も響子も弱くはありませんよ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
姐さんは心配していた。 日々悪化するナズーリンの症状とその世話をする私達を。
相も変わらず、どちらもとれぬ方だ。
それが、魅力でもあるのだが、それが為に自身が消耗するのは見ていられない。
ナズーリンは私にとって何であろう? たまたま、姐さんを救う時に一緒に行動をしただけの存在かもしれない。
だが、星にとってはどうであろうか? 大切なのだろうな、事ある毎に聞いても信頼しているという話しか聞かない。
星にとっては黄金に勝るとも劣らない存在なのだろう。
私にとって星とナズーリンの関係に当たる者はいるだろうか?
確認するまでも無い。 この厳つい頑固親父が私にとっては唯一無二の信頼できる人物だ。
ならば、同じ存在の彼女を救わない義理は無い。
雲山、貴方はこんなお節介な私を笑うかしら?
えっ? そう? ありがとう、貴方が相棒で本当に良かったわ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
寺に居ながら、今回の事に首を挟まぬ者が居た。
勿論、普段は寺から出て様々な事に首を突っ込んでいる事が原因なのであるが。
久々に帰り部屋でくつろいでいた所、件の声を聞いた。 それも、一言で当り散らしている事が解る程に。
冷静なあの人物がまるで子供の様に当たっている。 流石のぬえも驚きを隠せなかった。
その後、偶然見た聖の消沈した顔。 ぬえの胸は締め付けられる様であった。
廊下を歩む。 部屋に居なかった目的の人物を探していた。
出会い頭、探している者とは別の人物に出会う。
目と目が合い、止まる。 暫しの沈黙の後に一言だけ言った。
「止めるなよ、マミゾウ」
「儂にそんな気がある筈なかろう」
マミゾウはぬえに道を譲る為、脇の壁に背を預ける。
マミゾウを通り過ぎすぐに見つかった人物、今度は聖に声をかけるのであった。
「聖、ちょっと良いか?」
声をかけられた聖は振り向き、何ですか? と返した。
「あいつの、ナズーリンの事なんだけどさ……あいつが帰って来て今日で何日だと思う?」
聖は静かにぬえの言葉に耳を傾けていた。
「そろそろ、追い出してしまった方が良いんじゃないか?」
「ぬえ、今のは聞かなかった事にします。 部屋に戻りなさい」
「でもさ、あいつは勝手にイライラしてさ、聖にもキツク当たって……」
「いい加減になさい!」
パシッ!
「元々この寺は困った人妖の為に開かれたものです。 それを……」
ぬえは聖の為を思って自分の考えを正直に言っただけであった。
それが、聖の為に最も良いと思ったから。
頬を叩かれたぬえは痛みを和らげる為に頬をさすっている。
心中に反芻する言葉は聖からの拒絶の言葉だ。 当然、聖の有難い説教は彼女の耳には届かなかった。
「いい加減にしろか……はっ、ははは、あはははは! 上等だ! 出て行ってやるよ! こんな寺!」
「待ちなさい! ぬえ!」
ぬえが遠ざかっていく様子に言葉はかけたが、引き留める行動に移さなかった。
いつもの様に癇癪を起こして出て行き、その内に戻って来る。
そう聖は考えていた。 いつもの様に感じた、帰って来ないかも、という心配はこの時ばかりは感じなかった。
そう、いつも通りだったからだ。
ぬえが出て行った後、聖はナズーリンの様子を調べる為にぬえの来た方向に向かって歩み出した。
その角で壁を背に目を瞑っている者が居た。
「マミゾウさん、聞いていましたか? お恥ずかしい」
「聖殿、あんたの言う事は正しい。 己の信念の為にぶつかる事を恐れてはおらん」
「ぬえは間違っておる。 奴は大切な人物一人の為に他のすべてを捨てる様に言ったのじゃ」
「マミゾウさん? 何が言いたいのですか?」
マミゾウの突然の一人語りに聖は面を食らう。
「お主は正しい。 間違いなく正しい」
マミゾウの感情が高ぶり目には涙が浮かんでいる様であった。
「じゃがのう、それを直角に曲げても奴に着いて行かねばならん。 解ってくれい。 奴は儂の最も大切な友なんじゃ」
そう言うと、その場にボウンと煙が上がった。
煙が上がった時、そこにマミゾウの姿は無かった。
「マミゾウさん……」
そう呟きながらも聖は動きを止めなかった。
居なくなった者よりも助けが必要な者を助けなければという信念が彼女を動かした。
障子を開ければ、そこには体を起こしたナズーリンが聖の方向を見ていた。
暗く沈んだ表情は相手を見つけるなり、敵対の感情を露わにする。
「話はここまで聞こえたぞ、君もぬえの様に思っているのだろう?」
「私はそんな事は……」
「放り出したければ放り出せばいいだろ! ぎゃ! うぐぐぐぐ」
「ナズーリン、話を聞いて」
「畜生、畜生! 何で無い腕が痛むんだよ! 何で無い足が痛むんだよ! 出て行け、出て行けよ!」
今までの様に傍に置いてあるダウジングロッドを手に取る。
だが、今回も違う事があった。 彼女が取ろうとした腕はないのだ。
虚しく彼女の腕は空を切り、無様にその場に崩れ落ちる。
「出て行け! 出て行け! この私をそんな目で見るな!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
聖様も寅丸様もナズーリン先輩を付きっきりで世話をされている。
私に出来る事と言えば、そんな二人の手伝いをする位。
毎日、怒られて辛く悲しいけど、寅丸様の辛さはその比じゃないよね。
今まで皆でお酒を呑む時に寅丸様はいつも言っていたもん。
近くに居れば好きだって大切だって、遠くにいればどれだけ大切で自分を占めている存在かって。
どんなに遠くに言葉を飛ばせても届かない事は沢山あるけど。
寅丸様の言葉は言葉じゃない、思いなんだ。
だから、私は山彦としてその思いを飛ばす。
きっかけは私じゃないかもしれないけど、寅丸様の思いはいつか届くと思う。
「皆さん! 今日は私達、鳥獣伎楽のライブに集まってくれて、ありがとう!」
「今日のライブは皆さんと病気や怪我に苦しむ人に元気を与えられる様に頑張ります」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「やめてくれ」
灰色の世界に一人だけが居る。
彼女の目の前には大きな口を開き、悪魔の如き笑みを向けている山津波が向かって来ていた。
彼女の四肢は完全な状態である。 腕も脚も目も欠損していない。
逃げようとしているが逃げる事は出来ない。
片足にはある筈の無い手が掴んで離さなかった。
「離してくれ」
山津波から一つの破片が飛んで来る。
鋭く、鋭利で槍に例える事が出来る天然の刃物であった。
それが的確に狙い澄ました様に目に向かう。
首を捻じろうとも、顔を背けようとも、目を閉じようとも間に合う事は無い。
頭の中に残った記憶は違う形で彼女に記録を見せていた。
結末の決まった、自分を襲った最も印象の強い不幸を。
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
目に到達する事は決まっていた。 痛みは残っていた記憶が再現されたものだ。
「ナズーリン!」
助けが来た。 顔は解らない。 声は知っている。 だが、今の状態では解りようもない。
ズガン!
足が切断された。 実際とは順序が違っているが、印象に残った大きさが違ったのだろう。
「ああ、私の目が、私の足が……」
顔を手で覆った後に見たドス黒い血の海。 顔を温かみが覆っていく。
手に溜まった血溜と視界の半分が失われた事が自分に起こった変化を如実に表している。
「ナズーリン! こちらへ!」
声の主は必死に助けようと手を伸ばしていた。 伸ばせば届く場所まで手を伸ばしていた。
ナズーリンも手を伸ばした。
いつ終わるとも分からぬ、この悪夢から覚めたい一心で手を伸ばした。
その結果は惨憺たる有様であった。 足を切断した様に平たい板が彼女の手を切断した。
何度も何度も、現実の切断面に至るまで。
叫んだ、痛みにただ叫んだ。
様子を窺っていた山津波は機が熟したと思ったか、突如崩れ始めた。
彼女を呑み込み、前方に出来た地割れに向かって流れ落ちていった。
「嫌だ! 誰か! 誰か助けてくれ! ご主人様!」
「はぁはぁ、夢? 夢なのか? もう嫌だ、嫌だ、あんな悪夢はもう見たく無い……私はなんて惨めなんだ……」
自然と嗚咽する声が漏れる。
一度、堰を切れば止める事は出来なかった。
涙は溢れ、顔の下に敷かれている布団を濡らしていった。
「死にたい、生きたくない、どうしたら、私はどうしたら良いんだ……」
「ナズーリン、入りますよ」
彼女は慌てて涙を拭くと、訪ねてきた人物が入って来る様を静かに見ていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
財宝は集まる。 私はその事を知っている。 だが、いつ集まるかは知らない。
だから、彼女は私にとって必要な人物であった。
その程度の思いと言われれば、最初はそうだったとしか言いようがない。
いつからか、必要という思いは別の思いに変わった。 いや、もしかしたら最初からそうだったのかも知れない。
私が解釈を間違えていたのかもしれない。
酒の席で、どれだけ大切だと、好きだと言っても彼女は私に見向きもしてくれない。
ただ、冷めた声で”そうだな”と返すだけ。
素面の時もあれだけ長い時間を共にしたのに、私の独り善がりだったのかと思えてしまう。
彼女から贈り物を貰っても、貰った後の彼女の顔は驚く程に無味乾燥だ。
笑顔で何度もお礼を言っても彼女はすぐに去ってしまう。
財宝は集まる。 私が欲しい財宝はそんな金銀宝飾等では無いのに。
財宝は集まる。 私が欲しいものは何だったか?
もう少し待てば集まると思っていた。 もう少し待てば、大切な人が元に戻ると思っていた。
財宝は集まる。 私が知っている財宝は……。
言葉だけでは届かない事もある。
今は大切な人と話がしたい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ナズーリン、入りますよ」
声を聞いたナズーリンは涙に濡れた顔を袖で拭った。
声をかけた星はそのまま障子を開け、布団の傍に座った。
目の周りが赤くなっていると気付いたが、特に何も言わなかった。
「ナズーリン、体調は……そうですね野暮な質問でした」
沈黙が両者の間で続く。 唐突にナズーリンが口を開いた。
「……ははっ、漸くみすぼらしい妖怪鼠に相応しい姿になった。 そう思わないか?」
「何を言っているのです。 今の貴女も相応に美しいですよ」
「世辞を使っても分かる、仲間に見捨てられ、毘沙門天には破門される。 そんな私が美しいものか」
星の中で何となく合点がいった。 彼女の心の乱れようはそういったものが起因していると思えたからだ。
「ナズーリン、財宝をどのように考えていますか?」
「懐かしい言葉だ。 今の私には手の届かない存在になったように感じるよ」
「いいえ、財宝は貴女の手近な所にある筈です。 大丈夫です、財宝は必ず集まります」
「また、そうやって私に淡い期待を持たせるのですね? 私はもう死にたい。 ご主人様、私を殺して下さい」
「私が貴女に言っている事は嘘ではありません。生きて下さい」
「ナズーリン、怖いのですか? 安心して下さい、貴女は一人ではありません。 私は必ず貴女の傍にいます」
〜
「決心が遅すぎた……彼女が大切と言っておきながら、待とう等と思った自分が恥ずかしい」
自室に置いてある槍を手に取る。 幅の広い穂先に顔を映す。
落ち着く様に一つ大きく息を吐いた。
穂先を外すと、袖に隠し部屋を出た。 行く場所は決まっている。
廊下を進み、声をかけずに障子を開ける。
「聖……」
ナズーリンの部屋には聖が居た。 俯き塞ぎ込んだまま、憔悴しきった顔でナズーリンを眺めていた。
「ぐぅぅ、ぐぐぐ……」
ナズーリンは悪夢に魘されていた。 自身に無い筈の腕や足が痛む病によるものである。
「星、私はどうしたら良いのでしょう?」
顔を向けず、疲れを隠せずに話を始めた。
「ぬえが寺を出て行きました。 マミゾウさんがぬえに付いて行きました。 最近は村紗が寺を空ける事が多くなり、響子も時に寺を空けます」
「一輪は平気と言っていますが、もしかしたらいずれ……星、霧の中で方向を失った哀れな私はどうすれば良いのでしょう?」
「聖、貴女は財宝をどう考えますか?」
「財宝なんて、どうでも良いです。 私は皆の笑顔が見られるのならそれで良いのです」
「貴女は主張を叶えるだけの力を持ちながら、長年実行をせずにいました。 悩んで下さい。 今の自分に足りないものを、霧の中で足掻いて下さい」
聖の隣、ナズーリンの布団の脇に座る星。 袖からは先程用意した槍の穂先を取り出す。
ナズーリンを見つめる星の視線に聖は最悪の考えを思い浮かべてしまう。
「何をする気ですか!」
「止めるな! 私を止めるのなら、噛み殺す! 私を殺せる気概が今の貴女にあるのか!」
恫喝に憔悴しきった精神ではどうする事も出来ず、身動ぎも取れずに行動を追う事しか出来なかった。
星は用意した時と同じく、穂先に顔を映す。 先程よりも強い決意があるか? 自身に問いかけている様であった。
「ナズーリン、今楽にしてあげますから」
そう呟くと、星は穂先を握る手に力を込めた。
ザクッ! ポタッ、ポタッ……。
「ぐっ!」
穂先が二の腕の半ばまで食い込む。 骨で止まった刃に血が伝い垂れた血が脚衣を朱に染めていく。
痛みに震える手に再び力を込め、刃を腕から抜く。
ゴボという音と共に血液が湧き上がり止め処なく滴っていく。 再び刃を振り下ろす。
ガツッ、ゴキッ!
「がぁぁぁ」
小さな悲鳴を上げようとも、手は止めなかった。
二度、三度と振り下ろし、辺りには骨の軋む音とへし折られる音が響く。
聖が何度と声をかけようとも決意ある凄惨な行いの前に耳へ届く事はなかった。
ブチブチ、ボトッ!
骨を折り、自重を支える事が出来なかった腕は筋繊維を自らの重みで引き裂いていった。
ナズーリンが無援塚の瓦礫の山から這い出た時と同じ様な音がしただろう。
腕を切り落とした星は顔を汗に塗れさせ、目も霞んでいるかの様に虚ろであった。
疲労と腕の激痛に意識を手放そうとする頭に対して歯を食いしばって抵抗した。
血の止まらない腕に衣を破き器用に巻き付けていく。
腕先を緊縛し、襷の様に脇を縛り付けた。 続いて股と足にも同様の処置をする。
「ナズーリン!」
血まみれの刃を握った手は腕の時よりも力の込め方が違った。
真っ直ぐに振り下ろした刃は二本ある骨の一本を切断した。
「ぐぅぅ、痛い! 痛い! でも!」
刃を抜く際に神経に当たる。 余りの痛みに声を震わせながら訴える。
震える手で同じく半断された場所に狙いを付ける。
「あああああ!!!」
別の骨を少し削りながらも、谷になっている場所に再度一撃を加える事が出来た。
今度は足を切断した。 あらかじめしていた止血のおかげで出血はあるものの生死に影響の出る程ではない。
勿論、生命力の強い妖怪であるからこそであるが。
だが、星の行動は止まらなかった。
今度は目である。 自身の鋭い爪を目尻と目頭に刺し込むと潰さぬよう力任せに引き抜いた。
腕も足も自らの意思で失い、頭は警鐘を鳴らし続けている。
脊柱を上下に突き抜ける痛みしか伝えられなくなった頭は、それでも律儀に警鐘を伝え続けていた。
「ひ、聖。 貴女ならできる筈だ、貴女にしか出来ない事だ。 私の腕を足を目をナズーリンに……」
聖は星の言いなりの状態であった。
憔悴した状態と星の恫喝、そして目の前で惨事と変わらぬ行為が行われた事が原因であった。
言われた通りに星の体の一部がナズーリンに着けられていく。
星は消耗した体で立ち上がり、杖を使って部屋から出て行った。
今までの毅然さも何もなくナズーリンに対する治療に集中している聖に小声で一言声をかけたた。
「ナズーリンをお願いします……」
〜〜
「ぐううう、あああああ、はっ……はぁはぁ、くっ、畜生! どうして私がこんな目に……」
最早何度目か分からぬ悪夢による起床。
ナズーリンの精神も体力も限界であった。
「ナズーリン……」
傍に居た聖が声をかけた。 こちらも憔悴しきっている。
聖の存在に気が付いたナズーリンは怒りを露わにして豹変する。
「私が苦しむ所を見て優越感に浸っていたのか。 どうして私の傍に居るんだよ!」
聖から返答は無かった。 それがナズーリンを余計に苛立たせる。
「畜生! 畜生! 痛い痛い痛い! 無い筈の腕が! 無い筈の腕が? 無い……筈の……筈の?」
いつもの様に腕を掴んで痛みに耐える筈であった。
彼女の手に、ある筈の無い感触がある。 自分のではない肌の色の違う腕がそこにあった。
慌てて布団を捲りあげると、そこには同じく色の違う足が付いていた。
呆然としかし感動を覚える様な感覚があった。 顔に手をあて恐る恐る瞼を触る。
「あああ……」
ペンデュラムを新しい手で震えながら掴む。 まるで、自分の一部の様に動いた。
映し見えた目は虹彩の色が違うものの、自分の目として機能していた。
「こ、これは一体……」
「ナズーリン、星は私に貴女を任しました。 ですが、解りません。 私は一体どうしたら良いのですか?」
「ご主人様? ご主人様!」
「待って下さい! 私を置いて行かないで!」
ナズーリンは布団から飛び起きた。 今まで数か月間寝たきりであったとは思えぬ動きだ。
ペンデュラムを首にかけ、ダウジングロッドを掴んだ。
叫ぶ聖を無視し主人を求めて走り始めた。
障子を開け、廊下を疾駆する。
途中で静かに歩いていた一輪とすれ違う。
一輪の口元は嬉しそうに動き、一言だけ呟いた。
「長かったね……行ってらっしゃい……」
廊下を走った、走った、走った。
寺の正面に出て門へ向かって走った。
広場で、ずぶ濡れのずた袋を背負った村紗と出会う。
「お〜い、ナズーリン」
しかし、ナズーリンは無視して門へ向かって一直線に駆けて行った。
「おい、どうするんだよコレ……」
彼女の背負っていた袋には人間の腕や脚が大量に納められていた。
門を抜けたナズーリンは空へ向けて飛び上がる。
怪我をしていても飛んでここまで来れた。
しかし、今まで飛べずに寝たきりだったのは飛べない事が事実であると知りたくなかったから。
飛べるか飛べないかをハッキリさせなかった。
今は違う、彼女は解っていた。 大切な財宝の様な主人に会いたかったのだ。
門付近で掃除をしていた響子はナズーリンの後姿を見送った。
「ナズーリンせんぱ〜い、行ってらっしゃ〜い!」
〜〜〜
今度は寺に来た時とは逆であった。 はっきりとした意識で目的の人物を探った。
元より探し物を探す事に優れている。 彼女は探した、得意なマウスダウジングは必要ない。
空からなら簡単に見つかるかもしれない。 それは素人考えだ。
彼女なら探せる。 彼女だからこそ探せる。
一面が瓦礫の海となった無縁塚でも探せるのだ。
「見つけた」
かける言葉は思い浮かばない、かける言葉は見つからない。
腕を失い、足を失い、目を失った。 嘗ての自分と同じ姿の星がそこに居た。
ゆっくりと降りていく、降りていく間に言い知れぬ不安が圧し掛かって来た。
自分がいなければ、主人がこの様な姿にならずに済んだという気持ちだ。
近付けば近付く程に気持ちは大きくなっていく。
地面に着地し、星が見上げる。
「ご主人様……」
相手を呼ぶ言葉、それしか口に出来なかった。
「ははは、どうですこの姿。 私が望んだんです。 薄汚れた妖怪寅には相応しいと思いませんか?」
「そ、その、ご主人様」
「良いんです。 私は決断が遅すぎたんです。 財宝が何かと知りながら放置していた。 その報いがこの姿なのです」
ナズーリンは声が出なかった。
誰も悪くない筈なのに星は自分が悪いと言ったからだ。 いや、悪いのは自分だったからだ。
災害にあった事は悪くない。むしろ被害者だ。
だが、彼女は災害を機に精神を蝕まれ、助けを差し伸べられても拒絶した。
更には誰彼かまわず当り散らした。
それを指して、自分が寅丸星が悪いと断言したのだ。
次に言葉が出る筈が無かった。
星が見上げ、ナズーリンが見下ろす。
沈黙が続こうとも目線は二人とも外さなかった。
その時……。
ユサユサユサ、ズズズ、ゴゴゴゴゴ……。
軽い揺れから段々と大きい揺れへ、いつかと同じ地震がこの場を襲った。
辺りに岩山の様な高く積もった瓦礫は無い。
だが、彼女には見えていた。 ある筈の無い幻影が見えていた。
「ひっ!」
岩山が悪魔の如き大口を開けて手招きをしていた。
足は竦み、立ったまま動く事は出来ない。 何度も見続けた悪夢の再現の様であった。
「あ、あ、あ……」
竦んだままに恐怖に慄き、ある部分は勝手に弛緩する。
辺りにムワッとした臭いが立ち上がり、チョロチョロと小水が足首を濡らしていった。
「嫌だ……」
過去に襲われた事象が幻影の岩山と共に鮮明に思い出される。
数秒の内にすべてが高速で再生され、元の景色に戻ったと思ったらまた再生される。
岩槍が目を貫き、板が足を切断し、山津波が自身を呑み込み、腕を引き千切る。
周りに当り散らした惨めな自分が客観的に嫌悪を覚える。
「やめてくれ! もう、あの頃には戻りたくない! 誰でも良い! 助けて、助けて!」
頭を抱え、その場に蹲る。 誰にともなく助けを求めた。
自虐的な表情を崩さなかった星は、のそのそとナズーリンに向かい移動した。
背中の上に体を被せ肩に顎を乗せて耳元で囁き始める。
「大丈夫ですよ。 貴女に腕はあります。 足も目もあります。 貴女には私がいます」
地震による揺れは続いていた。
「私なら大丈夫です。 財宝は集まるのです。 証拠に貴女は私の元に集まってくれたではありませんか」
地震の揺れが段々と収まっていく。 それはナズーリンの心情を現わしている様でもあった。
「心配はありません。 これからやり直しましょう。 貴女一人でなく、二人で」
地震の揺れは収まった。
「ご主人様はズルい……」
「何がです?」
ナズーリンの心は同様に収まらなかった。 今まで思い続けていた心の内が溢れていく。
「そうやって、私の事を特別に思っていると言うのに私にだけ見せる顔が無い。 どうして私に私だけの笑顔を向けてくれないんだ」
「寺を出たのだって、宝探しを始めたのだって、思い起こせば全部が全部ご主人様の笑顔が見たかったんだ。 私だけに向ける笑顔が欲しかったんだ!」
背中越しに星に叫んだ。 今までの自分の行動が全て星の為に行っていた事を。
「ナズーリン、こちらを向いて私を見て下さい」
蹲っていた姿勢を直し、振り向いて座る。
「嫌われるかも……こういう弱い主人は嫌いですか?」
「いや、初めて私の為の表情を見せてくれたね」
お互いがお互いに顔を涙で濡らしていた。
目尻から流れる涙は止まる所を知らなかった。
暫くして、漸く落ち着いた二人は泣き腫らした顔で恥ずかしげに俯いていた。
とそこで漏らしていた事を思い出す。 襟や胸元も気持ちが悪くなる程濡れている。
「これから大変だな、ご主人様」
「ええ、でも貴女と二人なら全然そんな気がしません」
のんきな、そう呟きながら立ち上がろうとしたナズーリンであったが、足元の瓦礫に足を滑らせ尻餅を着いてしまう。
「大丈夫ですか?」
「ああ、しかしどうしてまた」
「あっ! はっ、ははっ! ナズーリン見て下さい。 そうです、やはり財宝は集まるのです。 私が集めて貴女が探す」
瓦礫を掻き分けた星はナズーリンの失われた腕と足を見つけた。
ただ、誤算が一つあった。 ナズーリンの目は完全に潰れており、元に戻す事も何も出来そうになかった。
〜〜〜〜
無縁塚に建てられた掘立小屋。 ナズーリンが財宝を探す為に建てた拠点。
そこから二名の妖怪がゆっくりと出て来た。
一人は金色と紅の虹彩を持ち片腕と片足の肌の色が違う鼠妖怪。
一人は片目に眼帯状の布を巻き、同じく片腕と片足の肌の色が違う寅妖怪。
仕草も歩き方も何もかも違和感が無く、元からそうであったかの様に振舞っていた。
お互いが顔を向き合わせると、鼠妖怪が先に空へ飛び寅妖怪がそれに続いて飛んでいった。
まるで、探している者の場所が分かっているかの様であった。
「佐渡の寂しがり屋の妖怪は、友の名を見て懐かしみ、呼び寄せられて海渡る」
魔法の森の日当たりの良い場所に寝転がったマミゾウは目を瞑ったまま歌を呟いていた。
その気持ちの良さそうな状況をぬえは不満に思っていた。
気持ち良さそうに寝転がり、歌を呟いている事が不満な訳では無い。
「何で私の傍にいるんだよ」
「少し長くなるが良いか?」
「馬鹿な事言うなよ」
「鬼も恐れる大妖怪様にはこれ位が丁度良いわい」
「その大妖怪を差し置いて、妖力を追い越し神様にまでなったあんたはどうなんだ?」
長い間に培われた友情は簡単には壊れなかった。
片方が機嫌悪そうに言えば、片方が笑い飛ばし。
最終的には喧嘩するのも馬鹿らしくなり笑い合っていつもと同じ状態に戻った。
「それは、さておき。 聖殿の事じゃよ」
「私を要らないって言ったんだよ。 いくらあいつの事が好きでも我慢ならないね」
「ほう? そういうもんかの?」
「当たり前だろ! まぁ、どうしてもって言うなら戻ってやってもいいかな」
「ぬえよぅ……その言葉忘れるなよ?」
「ああ?」
魔法の森の草を踏み分ける音が二人分。 段々とぬえ達の方向に向かって来ていた。
別段、慌てる事は無い。 この場にいるのは大妖怪が二人。
鬼でも出ない限りは不覚など取りようがない。
がさがさ、と音が間近くで鳴り暗い木々の間からナズーリンと星が出て来た。
「ご主人様、漸く目当ての人物を探し当てたぞ」
「よろしい。 ナズーリン、トレジャーハンターとしてその財宝を持ち帰るのに最良の手段を尽くしなさい」
「はい!」
〜〜〜〜〜
ぬえが出て行き、マミゾウが出て行き、本尊である星が出て行き、更にはナズーリンまでもが出て行った。
時の経過は記憶を希薄化させ、忘れる事によって日常を取り戻していく。
だが、聖は変わらずに失意に沈んでいた。
外への活動はナズーリンの出て行った日から行ってはいないが、寺内での日常的な活動はそのまま行っている。
勿論、話しなど人に対する事は行っていないのだが。
日課は彼女にとって皆を繋ぐ最後の砦であった。
聖は星に言われた日から財宝とは何かを考え続けているが、まったく解らない。
そもそも蓄財は仏の教えで禁止されている。 彼女の考えはこの繰り返しであった。
村紗が寺に居る事が多くなり、一輪、響子と共に良く聖を支えた。
寺の外では彼女の評判が上がっている。 お弟子さんを亡くされて喪に服す良い住職さんだと。
人里によく来ていたマミゾウの事を思い、惜しい人を亡くしたと人々は話し合っていた。
開かれた門の付近では今日も響子が掃除をしている。
四人の来客を耳に聞き、振り向きながら挨拶をした。
「おはようござ……お帰りなさい」
門をくぐった四人を今度は広場の水まきをしていた村紗が出迎えたが、帽子のつばをつまんで目線を隠しながら話した。
「やっと帰って来たか……おかえり」
正面では毘沙門天の木像に向かって瞑想している聖の姿が奥に見える。
その手前の廊下では一輪と雲山が綴じた本や巻物を持ち移動していた。
すぐに来客者が目に入り、出向かえる挨拶を言う。 同時に瞑想している聖を呼ぶ。
「お帰りなさい。 雲山もそう言っています。 姐さん、こちらへ来て下さい」
一輪の声を聞き、聖は瞑想を解く。
未だ変わらずに気分は沈んだまま、姿勢も猫背で顔は俯いたままである。
「ほら、いつまで元気を失っているんですか? 皆が集まった時くらい元気な姿を見せて下さい」
一輪の言葉に顔を上げる。 そこで言葉を失った。
顔の下半分を手で覆い、眉が歪んでいく、見開いた目からは意思とは関係なく涙が零れていった。
「お……お帰りなさい」
泣き崩れる聖が皆にとって久方ぶりに見た彼女の元気な姿であった。
泣き崩れる聖に星は片目しかない顔で笑顔を作る。
「聖、財宝は見つかりましたか?」
財宝とは黄金に非ず。
終
ここまで読んで頂いた皆様に多大なる感謝を致します。
口授発売から気が付いたら一年以上過ぎているのですね。
当作は口授を最初に見た際にどうしても作成したくなったものです。
この作品を再び作成し投稿できる機会を作ってくれたbox様に感謝します。
読了、匿名評価、コメントありがとうございます。
コメント返信です。
>穀潰し様
作中で気が付けて良かったです。村紗ちゃん頑張ったのに可哀そう。
>NutsIn先任曹長様
皆がちょっと頑張ったおかげで手に入ったお宝、粗末にはしないでしょう。
>5様
ナズーリンに星がいて良かったです。聖さんは、博愛主義の説明を最初にいれておくべきでしたね。
>汁馬様
ありますよきっと。ナズ星最高!!!
>7様
ナズーリンは被虐対象、異論は認める。頼ってくれると考えれば間違いないでしょう。
>んh様
ナズーリンと星がメインでしたので、ひじりんは超良い人どれ位かと言うと、5様に書いた位。
誤字修正しました。すみませんでした。
>木質様
蓄財禁止となれば財宝は本人が決めないとですね。
>県警巡査長様
物語の終わりはハッピーエンドで締め括らないとですね(暗黒微笑)
まいん
https://twitter.com/mine_60
作品情報
作品集:
8
投稿日時:
2013/06/29 19:32:38
更新日時:
2013/08/03 23:40:20
評価:
8/12
POINT:
880
Rate:
13.92
分類
産廃創想話例大祭A
ナズーリン
星
命蓮寺
財宝を探す探検家
財宝を知る本尊
財宝を知らない住職
幻肢痛
8/3コメント返信
さておき、『失った財宝』を再び手に入れた彼女たち。その尊さに気づくこともまた宝なのであります。
だが村紗、無関係な奴らを巻き込んだてめーは駄目だ。
だが、それを手に入れるとなると、ちょっと大変。
大切なモノを失い、それ以上にかけがえの無いモノを手に入れた。
皆、痛い思いまでしてゲットしたお宝だ。粗末にするなよ。
金銀財宝とは比較できない素晴らしさがあると思います。
しかし、聖さんはみんなのことを考えているふりをして、
かわいそうな自分に酔っているだけですよね。
でも健気な星ちゃんと大事なものを見つけられたナズは超可愛い
保護欲をくすぐりますw
星ちゃんももう少し駄目ズリンを見ていたかったのでは?
あと、これは瑣末なことなのですが、ナズが瓦礫から抜けだしたシーンで、
>片足、片腕、片目を失った彼女は血まみれのまま、非常に気怠い気分で星の元へ飛び立った。
の直後に、
>目の前に片目を失い両手両足が無く全身を埃と血に塗れさせた者が到来すれば当然の反応だろう。
とあったので、ナズが手足を何本失ったのかこの時点で判らなくなり、しばらく混乱しながら読みました。その後は終始片手片足なので、二番目は単純な書きミスだと思うのですが。
まさの私の理想のナズーリンでした。
彼女が失って新たに得たものは、手足目に釣り合うかどうか。聞くまでもなさそうですね。
財宝の値打ちは、世間が定めた価値観ではなく、持ち主の心が決めるのだと気付かされました。