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『産廃創想話例大祭A『影』』 作者: まきつの
私は袋から1錠の錠剤を取り出し、それを水で流し込んだ。本来なら一口分の水で十分のはずだが、コップいっぱいに入れてしまったので、飲み干した。
ポストに入っていた郵便物を整理する。携帯・カードなどの明細。ダイレクトメール etc……。一応中身を確認してはゴミ箱に放り込んでいく。
しばらく多忙で、自宅には戻れなかったので相当溜まっているそれらにひと通り目を通していると、小洒落た便箋の手紙が混ざっていることに気がついた。
差出人は『マエリベリー・ハーン』とある。
(誰だろ……?)
見たことも、聞いたこともない名前。小・中学校。いや、高校にも大学にも私の友人にはそのような名前の人物はいなかったはずだ。
そんなことを考えながら、宇佐見蓮子は便箋をめくり、中身を確認することにした。
拝啓、宇佐見蓮子 様
あなたが私の元からいなくなってもう5年の月日が経とうとしています。私はあれから、とある療養所で静かに生活しています。
もう、あなたと過ごした大学生活が嘘のように私も弱り切ってしまいました。今でもあなたは私のことを恨んでいるのでしょうか。
それとも責めているのでしょうか。あなたに罪はありません。全て、私のしでかしたことなのです。
そして、あの日の影は、今もまだ私の隣に居ます。
お返事待っています
マエリベリー・ハーン
人違いではないのだろうか。私はそう思ったが宛先にはしっかりと『宇佐見蓮子』と書かれている。
『マエリベリー・ハーン』『大学生活』
彼女は私の大学時代の友人なのだろうか。しかし、私にはもちろんそんな記憶は無い。
結論・只のいたずら手紙。大学時代の友人なら何人かそういうことをしてくる奴がいるかもしれない。
私は布団を被り寝ることにした。
「先生、私の出したお手紙、きちんと蓮子に届いたかしら?」
「ええ。きちんと届いているはずよ?」
「……よかったぁ。蓮子、ちゃんと見ていてくれるかしら」
私の朝は早い。通勤ラッシュの時間を回避するため、わざわざ早い時間に電車に乗るからだ。
身支度を済ませると、さっさと家を出て、会社近くのカフェで朝食を摂る。
今日はどうやら、同じ事を考えている人がいたようだ。誰だろうと思って、目を凝らすと会社の先輩の、永江さんだった。
「あ、おはようございます」
タブレット端末を弄り、どうやらニュースサイトを見ていたらしい永江先輩は、私の挨拶に気づいたようで、画面を消して私の方を向いた。
「あら。おはようございます。あなたもここで朝食ですか?」
「ええ。ほぼ毎日ここですよ」
「そうなんですか……もしかして、いつもこの席でご飯食べたりしてます?」
「そうですよ?」
「なんかすみません、席をとってしまったようで……」
「いえいえ、構いませんよ。先輩が先に座っただけのことなので、別の席で食べることにします」
そう言うと、私は別の席を探すことにした。しかし、生憎どの席も先客がいるようだ。
「宇佐美さん、隣どうです?」
にこやかに、彼女は私に声をかけてきた。優しい。
私は彼女の優しさに甘え、席を共にすることにした。
「ここのモーニング、美味しいですね」
「は、はい。私、この店のモーニングが好きで、毎日来てますよ」
「そうなのですか。今日は偶々早く起きたからカフェで朝ごはん食べようかなーとか思いまして」
少しの空白。一杯の紅茶を啜り、気分のリフレッシュを図る。
不意に、昨日のことを思い出した。あの手紙、果たして本当に私の大学時代の友人が出したものなのだろうか?
マエリベリー・ハーンと私の関係は?
疑問が湧いては、泡のように消えていく。
そういえば、永江先輩は自称・『空気の読める女』だったっけ。
彼女なら、最適解を私に与えてくれるかもしれない。
「永江先輩……」
「ん。どうしました?」
「あの……もしも突然、自分の記憶に無い友人から手紙を送られてきたらどうします?」
「何か深い事情がありそうな……まあ詮索はしないでおくわ。そうね……あなたは知らなくても、友人はあなたのことを知っているのでしょう?返信が無いと寂しいのじゃないかしら?」
「寂しい……ですか?」
「ええ。別にお金を要求したり、詐欺の手紙とかじゃないんでしょう?」
「はい、全く」
「なら、あなたが忘れているだけで、差出人は本当に宇佐美さんの友人なんだと思うわ」
「しっかりと返信して、真実を追求するのが賢いと私は思うわ」
「……ありがとうございます」
彼女はこれ以上私に何かを追求することはなかった。
今日から、しばらく仕事も落ち着いて、暇な日々が続きそうだ。まるで、先日までの多忙な日々が嘘のように。
昨晩から放置していた手紙を再び読みなおして、返信をすることにする。
手紙を書くのなんて何年ぶりだろうか。少し懐かしい気持ちになる。
(そういえば、この手紙の宛先、どこなんだろ)
私はふと気になり、便箋の入っていた封筒をみる。
どうやら、宛先は『八雲国立療養所』という場所らしい。
早速、ネットで検索してみる。どうやら紀州の方向にある療養所のようだ。
(紀州かぁ、2.3回しか行ったこと無いや)
私はそんなことを考えながら、手紙を綴り、ポストに投函した。
あれから一ヶ月、未だに『マエリベリー・ハーン』からの返信はない。
私は彼女からの返信を待つ間、私の大学生活と、『マエリベリー・ハーン』のことについて調べることにした。
幸い仕事は暫くの間暇だ。時間はたっぷりある。
しかし、いくら調べまわっても、有力な情報は得られなかった。
私は、サークル活動など一つもやっていなかったし、大学に友人はいたが、そこまで多いものではなかった。
そして、『マエリベリー・ハーン』……結論から言うと彼女は私の通う大学には居なかった。
いや、居なかったことになっているのかもしれない。その名前を出すと友人一同揃って顔を一瞬歪めるのだ。
問いただしてもそこから有力な情報は引き出せなかったが、間違いなく私と彼女には何か繋がりがあったようだ。
そんな時
「お!蓮子じゃないか。久しぶりだな!」
「あ、魔理沙先輩!」
魔理沙先輩。彼女は私の大学時代の先輩。いや、性格には先輩『だった』と言う方が正しいだろうか。
優等生だらけの私の大学では、彼女はかなり浮いていた。
しかし、私を含めた少数の友人にはとても優しく、よく奢ってもらったり、競馬に連れて行ってもらったものだ。
努力家で成績こそ良かったものの、学費を工面できなくなり、3年で中退した。本人は院まで行くと言っていたのだが。
「久し振りですね」
「ああ。元気でやってるのか?」
「ええ。お陰で就職できて、社会人やっていますよ。今2年目です」
「おめでとう。わたしは未だにフリーターやってるよ」
「結婚とかは?」
「考えてないな。昔、何人か彼氏はいたんだがね」
そう、自嘲気味に笑うと、ふと彼女は何かを思いついたように表情を変え、私にこう言ったのだ。
「お前……そういえば秘封倶楽部はどうなったんだ?『メリー』は今何してる?」
「えっ……それはどういう……?」
ぐるぐる。頭のなかで新しく出てきた単語がグルグルと、回り出す
『マエリベリー・ハーン』=『メリー』?
大学時代、私はサークルに入っていなかったはず。
じゃあ秘封倶楽部は?
なんで友人は『マエリベリー・ハーン』を知らず、魔理沙先輩は『メリー』を知っている?
「あのっ……えっと……」
「どうした?様子がおかしいぞ。どこかで休むか……」
ゴスリ。魔理沙先輩の頭に手刀がクリーンヒット。そのまま魔理沙先輩は頭を抱えて地面にうずくまった。
「れ、霊夢先輩……?」
「久しぶりね、蓮子。ここじゃ少し話しにくいわ。どこか静かな所で話すわよ」
霊夢先輩。魔理沙先輩の古くからの友人で、同期生。中退した魔理沙先輩とは違い、院生になった後就職している。
今でも魔理沙先輩と交友関係を持っていたのか。てっきり中退した後愛想を尽かしたのかと思っていた。
「ここならゆっくり話せそうね」
そう言って、私たちはとあるカフェの一番奥の席に座った。
ランチタイムも終わり、人が少ない時間帯だ。周りには誰もいない。
店員が注文を聞いてきたので、私はコーヒーを。霊夢先輩は紅茶。魔理沙先輩はそれに加えてケーキを頼んだ。
丁度全員の注文が届いた所で、霊夢先輩は口を開いた。
「ふぅ……やっぱり隠し通せるものじゃないのでしょうね。まあ、今回は魔理沙にそれを伝えなかった私の責任でもあるのでしょうけど」
「あの、一体私は……」
「混乱しないように順を追って話していくわ。落ち着いたら言いなさい」
コーヒーを啜る。私の知らない所で、一体何が起きていたのだろうか。
霊夢先輩も魔理沙先輩も、『マエリベリー・ハーン』のことを知っている様子だ。
なぜ、私だけが彼女のことを知らないのだろう。
無意識に角砂糖を入れすぎたため、最早コーヒーではなく砂糖汁なのではないのかというようなソレが、丁度無くなる頃、私は口を開いた
「……大分、落ち着きました」
「……本当に?」
「ええ、教えてください。私と『マエリベリー・ハーン』の関係を」
「ふぅ……よわったなぁ」
そう言うと、霊夢先輩は一息つき、紅茶を啜った。
「私も、思わせぶりに言っちゃったけど詳しくは知らないのよ」
「えっ……」
「ああ、なんでメリーがいなくなってあんたが彼女のことを忘れてしまっているのかってことの話よ」
「あんたとメリーの関係は少なくとも私があんた達と交友関係をもつ前からあったわ。さっき魔理沙が言っていた『秘封倶楽部』……あんたとメリーがつくったサークルよ」
私の記憶に無い話。私の大学生活とは何だったのだろうか。私の見てきたものは何なのだろうか。
動悸が、おさまらない。
「オカルトサークル……とはちょっと違っていたようね。まあ頭のキレる2人だし、割りと色々やっていたっていう話は聞くわ」
「ただ突然、ある日あんた達2人は大学から姿を消した。戻ってきたのは蓮子、あんただけよ。それも、メリーと秘封倶楽部に関する記憶を全て無くした状態で」
「事情を一部知っているらしい自治会は、今後一切あんたの前で秘封倶楽部関係の話を禁止したわ。もちろん……メリーの話も」
「秘封倶楽部の活動に関して私はあまり詳しくないわ。ただ、まだキャンパス内に部屋は残っていたはずよ。あそこにいけば詳しくわかるかもしれない。あんた自身のこと。メリーのこと、そしてなにがあったか」
先輩たちとわかれた後、私は一人呆然と、街を彷徨った。
なぜ私は彼女の記憶を失ってしまっていたのか、なぜ今までそのことに気づけなかったのか。
気が狂いそうになる。
私は気持ちを落ち着けようと、バッグから1錠の錠剤を取り出し――
あれ……?いつから、このクスリを飲んでいるのだろう?
(八意精神病院……ここね)
市の外れに立つ1軒の病院。どうやらそれなりの病院のようで、そこらの総合病院並の大きさだ。
施設の大きさの割に、人の少なさが目立つ。まだ中には入っていないが、敷地内に入ってから出会ったのは患者らしき男性が一人。階段の手すりを左右交互に繰り返し握っていた――と、その保護者。あとは職員らしき女性が3人、今から仕事なのだろうか。
担当医の『八意永琳』先生には既に電話でアポをとってある。電話越しでわかりにくかったが、おそらく彼女?は、驚いた様子で話が聞きたいと言い、私に病院が開く前に来いと言ってきた。
病院の自動ドアが開くと、そこは無機質な世界だった。時間のせいでもあるのだろうが、施設の広さとは裏腹に、やはり人間の数が少ない。何気なく案内図を見る。現在いる棟はそこまで広くない。どうやら、この棟以外は患者の病室のようだ。
3つある棟のどこに入れられるかは、患者の症状別に区別されているらしい。
(まさか、こんな所に精神病院があるなんて……)
そんなことを考えていると、診察室についた。そばにある受付に保険証と、なぜか財布に入っていた診察券を出す。5分としないうちに、扉が開き、名前が呼ばれた。
中にいたのは、私より少し上であろう女性だった。白衣の下から少し、いやかなり派手な私服が目立つ。
「久しぶり……いえ、『はじめまして』宇佐見蓮子さん?」
「は、はじめまして……」
柔らかい。そう感じた。本当にそんな感じの声と笑みなのだ。精神科医は自殺率トップと言うが、彼女は私の勝手なイメージだが、『精神科医が出すのであろう疲労』など一つも見せていなかった。
そして感じる距離感。彼女はそうやって、声と笑みで患者と距離をとって、自分の精神を守っているのだろう。
「ああ、深く考えないで?……その調子だと、服用はやめたようね」
「……そうですね。お陰で頭がガンガン痛みますよ」
「忘れていればいいものをね…………」
「教えてください、なぜ私が、こんな薬を持っているのか、そもそもいつ渡されているのか」
「……かれこれ4年?いや、5年だったかしら?ほど前の話しよ。わざわざ救急車で、あなたがここに運び込まれたのは。相当ショックなことがあったらしいから。数日意識が戻らず、意識が戻しても半狂乱。原因もわからず私は、一旦落ち着けるためにこの薬を与えた」
「ここ数十年で、精神医療は大きく進歩したことはあなたも知っているわよね?」
「はい。たしか1日なら行動を完全に制御できることも可能になったとか」
「そう。原因も治療法も分からない。だから私は、あなたにもう一つ、錠剤を与えてある特定の日だけ行動を制御できるようにしたのよ」
「あなたが何も思い出さないように」
話はこうだ。その『特定の日』に病院へ来るように行動を制御し、それ以外の日は常用している薬の中に含まれる成分が、この薬に関する記憶及び、特定の記憶を制御。無意識に働きかけ、薬を飲むことに対して意識を向けさせないようにしていた。
なんともうまい話だ。しかし、それで私は4年以上も騙され続けていたのだ。
「マエリベリー・ハーン……ねぇ」
そう言うと、八意先生は少し頭を抱えた。暫くの間、無言になる。
3分が経過しただろうか。ふと先生が口を開いた。
「あなたと違って、傷も負っていたわ。ここでは処置不可能。隣町の総合病院に回してからは、話は聞いていない」
「そう、ですか……」
マエリベリー・ハーンに関する有益な情報は得られなかったが、私に関する情報は得られた。
なるほどなるほど。こういうカラクリだったのか。
……私は、狂いそうになる自分の心を繋ぎ止めるだけで、精一杯だった。
私とは何なのか。何を忘れているのか。本当はもっと大切なことを忘れてしまっているのかもしれない。
街で宗教勧誘を見かけた。私はそれがとても滑稽に見えて、ついニヤけてしまった。
ちっちゃい女の子・胸の大きな高校生くらいの女の子・私が見上げるほどの背丈の女性。
家族……では無いだろう。しかし、仲は良さそうである。
救世がどうとか、世の中がどうとか言っている。
私は、それを聞きながら彼女達の近くのベンチに座り、只ぼうっとしている。
冷静に考えてみろ。おかしい。
本当に救世がどう、世の中がどうとか言っている奴は、神にすがらずに自分から行動して、世の中を変えようと必死なんだ。
こいつらはアホか。結局自分たちの利益、教団の利益しか考えていない。こいつらの言っていることは建前なのだ。
頭のなかは汚いカネと、それ以下の×××のことでいっぱいなのだろう。
だから簡単に救世がどうとか言えるのだ。
神なんていない。いないモノにすがってお祈りするなんて弱い人間のすること。こいつらは弱い人間だ。
私はすぐに、その場から離れて、トイレに駆け込んだ。
なぜ、私はこんなことを考えてしまったのだろう。醜い。
私は今一番世界で醜悪な存在だろう。それ程の自己嫌悪。
もし、あのままベンチに座って、彼女達を見ていたら、どうなっていたかは私にもわからない。
狂いそうになる。本当に
その日の体調は、身体・精神の両方共に、良好だった。
私は久しぶりにマエリベリー・ハーンについて、捜索を再開することにした。
前に、霊夢先輩が言っていた部屋。そこに向かおう。
久しぶりに大学内に入った。
相変わらず大きな大学だ。学生の数は一万二千人程だったか。キャンパスの大きさもマンモス校に相応しいものだ。
あの日、霊夢先輩に部屋の位置を教えてもらい、すんなりとそこまでたどり着くことが出来た。
後日、鍵が封筒に入って郵送されてきた時はびっくりしたが。
「や、やめておきなさい文!こんなところまで来て、そこまでしてスクープが欲しいの!?」
見れば、部屋の前で学生が2人、揉めている。
ここで、私が姿を現せば厄介なことになるだろうと思い、身を潜める。
「あややや……はたてさんはまだ気づいてないのですか?」
「何がよ」
「先日の鍵泥棒の話ですよ。大学関係者に取材を行ったところ、黒髪の女性が走っていたとか。奪われた鍵はこの部屋の物だとか」
「きっと、私たちの他に4年前のことについて追っている人物がいるのですよ。今のところ先を越されてばっかりだけど、今回はそうも行かないですよ……!」
なるほど。待ち伏せされているって訳か。
「で、でも……ほら、ヤバイ事件だったらしいじゃない。先輩達の間でもタブー扱いらしいし……やめておいたほうが」
「逆に考えてください。そこまでしないと、特ダネはゲット出来ないのですよ」
「うぅ〜……」
とりあえず時間の無駄だ。
彼女達には早くどいてもらおう。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
と、返事を貰うがはやいか、私は鍵を取り出し、部屋を開ける。
彼女達は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「えっ、この人が……?」
「いやでも……」
そんな会話が聞こえる。まあお察しの通りなのだが。
「入らないの?」
「えっ……は、入ります!」
その言葉を聞くと、私は後ろを振り返らずに中へと進んでいった。
埃の積もった部屋だった。乱雑に置かれたオカルト系の雑誌やらわけの分からない機械やらは、全て埃にまみれている。
本棚を漁ったり、PCをつけて中のファイルを覗いたが、特に有用なものは無かった。
「はたてさん。見てくださいこれ」
「活動日誌……?」
「はい。ここに何かあるかもしれませんね」
活動日誌。その言葉が聞こえたので、私が振り返ると、彼女達は一冊のノートを手にしていた。
ボロボロのノートは、いかにもそれらしらを出していた。
「見てみましょう」
「待って!!!」
言うが早いか、私は彼女の手に持ったノートをひったくった。
怒りで顔を紅くした彼女が、今にも掴みかかりそうな勢いで私に詰め寄った。
「何なんですかあなたは!さっきから放っておけば好き勝手して!鍵を盗んだのもあなたじゃないでしょうね!?」
「あ、文……落ち着いて」
……面倒なことになった。感情的に行動するといつも、こうなる。
仕方ないので私は、彼女達に全てとは行かないが、事情を話すことにした
「……じゃあ、あなたが例の宇佐見蓮子先輩ですね?」
「もちろん。私が宇佐見蓮子よ」
「一部記憶喪失っていうのも……」
「本当よ」
「―――」
「―」
大分話が長くなりそうだ。聞けば、彼女達は大学内で発行している新聞のネタ探しにここへやってきたそう。
そんなことは先ほどの会話でわかることだが、何より驚いたのは、私達の存在が大学内の7不思議的なものにされているということだ。
まさかこんなことになっているとは、正直驚きを隠せない。
「まあそういうことなら私たちは協力しますよ。ね、はたてさん?」
「れ、霊がどうとかじゃないなら、私もある程度協力できるわよ!」
なんとも頼もしい。そんなわけで再び部屋を手当たり次第あさり始める。
すると、今度ははたてが何かを見つけたようだ。
「メモリーカードのようね」
スマートフォンなどに使われる記録媒体だ。小型化が進み、見つけにくいのによく発見出来たものだ。
私はそれを確認すると、スマートフォンを取り出し、彼女からメモリーカードを貰おうとしたのだが、
「……先輩、お返しします」
彼女たちの様子が一変。顔は青白く、今にも死にそうな顔だ。
たった数秒で、彼女達の様子がここまでおかしくなるなんて、何かあったのだろうか。
彼女達は足早に部屋を去っていった。
しばらくして、これ以上何も見つかりそうになかったのでメモリーカードと日誌を持って私も部屋を後にした。
途中、女子トイレを通り過ぎるとき、中から怒声と泣き声が聞こえてきたが、私は深く考えないことにした。
これ以上考えたら、壊れそうだったから。
自宅に戻ると、早速日誌を読み始めた。率直に言えば特に何もない、只の日誌だった。
私たちは定期的に、心霊スポットやパワースポットを探検していたようだ。
某掲示板では危険度SSランクとも言えるところにまで踏み入り、笑顔で日誌をつけているらしい。
日誌の後半部分は白紙。最後の1ページには『明日は××山付近探索!』
と言った内容のことが書かれていた。
(××山……?)
聞き覚えのない地名。インターネットで調べると、どうやら隣県にある山らしい。
どうしてそんなところへ出向く必要があったのだろう。
再び掲示板へ。オカルト板にはそれらしき山の記述があった。
どうやら、麓の山の住人の書き込みらしいが、それによると山の中にある井戸がヤバイらしい。
過去ログを漁った結果、この書き込みしかなかったが有力な情報だった。
4年前の書き込みだったので、マエリベリー・ハーンはコレをみて行くことを決心した可能性は大きい。
次にメモリーカード。これはノートパソコンにあったスロットに差し込んで、見ることにした。
中には1つの動画ファイル。どうやら編集されているものらしい、4年前の物だ。私は大きく深呼吸して、再生ボタンをクリックした。
「蓮子蓮子!早く!!」
おそらくマエリベリー・ハーンらしい金髪の少女が、山道を登っていく。
どうやら私はカメラ持ちらしい。
「う〜い」
気だるそうな返事の後、私も少し早歩きでメリーの後をつける。
「あ、もう電池80パーセント切ってる。やっぱり回しっぱなしは良くないなぁ」
「気にしすぎなのよ、蓮子。コレ終わったら次の休日にでも、新しいの見に行く?」
「そうね」
さすが5年前のビデオカメラ。画質が悪い悪い。そんなことを考えながら私は画面を観る。
「まあ、レスにあった井戸を探しましょう。それからよ」
「そうね」
そこで一旦画面が暗転。次に映った時、彼女達は古井戸の側にいた。
「やったわ蓮子!ついに見つけた!」
「ついにって、3時間程度でしょ?」
「もう日も暮れ始めているわ。早く井戸を調べましょ!」
そう言うと、蓋を開ける彼女。私は、それを遠くから撮影しているらしい。
「ふ〜ん。涸れ井戸のようね。そんなに深くないわ。蓮子、懐中電灯持ってる?」
「あるよ」
そう言うと、近づいて彼女に懐中電灯を渡す。それを手に取り、中を照らすと彼女は、私に中を撮るように促した。
特に何もないかと思いきや、中には赤い鳥居や祠が。井戸の外から見える部分は少しだけで、中は更に広いだろう。
「蓮子、私先に降りるね」
「ん、私もなるべく早く降りるわ」
そこで画面がブラックアウト。次に映しだされたのは井戸の中だった。鳥居と祠が立ち並ぶそこは、不気味すぎて画面から覗いている私は何も言えなかった。
「で、どこがどうやばいのかしら」
「さあ?スレの人はとにかくやばいしか言っていなかったからね。まあひと通り撮影したら帰りましょう。ファミレスにでも寄る?」
「いいね〜!メリーのおごりな?」
「いやよー!」
そんな会話を繰り広げながら、撮影を進めるメリーと蓮子。
ふと、メリーが何かを踏んだようで、ひょいと拾い上げた。
「ん?なんだなんだ」
蓮子がメリーの持っているものにカメラを近づけた。メリーの手は震えている
指があった
それは、メリーのものではなかった。白く細いメリーの指ではなく、ゴツゴツした男の指。半分腐敗した男の指。
撮影してる私も硬直している。数秒。硬直していた蓮子と私が絶叫する。しかしカメラだけは冷静だ。何が写っているのかはっきりと見せてくれる。
大分時間が経過しているだろう死体。新しい死体もある。逆に、何故いままで気づかなかったのか。
答えは
奥で咀嚼音
人を食う人。いやそうじゃなかった。人にしては黒目の大きさがおかしい。それに口も異常に大きく、鼻は潰れていた。
『それ』は、虚ろな目で私達を一瞥すると、再び手に持った死体に齧りついた。
「に、逃げようメリー……」
メリーは反応しない。まるで、『それ』の他に何かがいるかのように虚空を見つめている。
「れ、蓮子は見えないの……?影……」
「何言っているのメリー!早くしないとアイツが!」
丁度、死体を食べ終えた『ソレ』は、ゆっくりと、私達の方を向いた。
「メリー、走るわよ!」
全力疾走。しかし遅い。私ではなくメリーが。距離を詰められ、左肩をかじられた。
ここに入った人間は、ああやって『ソレ』の餌にされてしまうのではないか。
悲鳴を聞いた瞬間、蓮子は切り返して、『ソレ』に詰め寄りパンチをかました。
両腕で構えていたので、おそらくカメラは体の何処かに固定しているらしい。
「げぇ゛あ゛あ゛あぁ゛」
人のモノではない声を出して、後方に吹っ飛ぶ『ソレ』
「早く逃げるわよ!」
そう言うと、メリーの手を引き、井戸の外へ急ぐ。
メリーは一言も言葉を発しなかった。
「はぁっ……はぁっ……!ここまで来れば大丈夫のはず!」
場面は切り替わって車の中。運転席に私。助手席にメリーが座っている。
ふと、メリーが外の景色を見た。次の瞬間、
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
子供でもこんなに叫んで泣かないであろう。
絶叫が車内に響き渡る。ここから手ブレでよくわからないが、私はメリーを必死に抑えていたらしい。
「影があああああああ゛あ゛あ゛あ゛なんなのよおおお゛お゛!!!!」
影。彼女の言う影は私には見えていない。
数日後、メリーの母と名乗る人物から電話があった。
曰く、マエリベリー・ハーンは療養所内で死亡したらしい。
通夜と葬式は市内でやるから来てほしいとのこと。
私は、昔買っておいて良かったと思いながら、喪服を着て、準備をした。
不思議と、悲しい気持ちは沸き起こって来なかった。
会場はやはり暗い雰囲気だった。事情を知っている人なら、なおさら。
療養所という響きから漂ってくるソレと、本当の事情を知っているらしい人のソレが、合わさってさらにどんよりとした雰囲気になっている。
「ごめんね蓮子ちゃん、こんなことになって……これ、メリーがあなたに渡そうと思っていた返事。結局渡せずじまいになっちゃったけどね」
そう言うと、メリーの母らしき人物は、私に1枚の便箋を渡してきた。
私はお礼を言い、それをバッグの中にしまう。
「メリーの顔、見ていきます?今、紀州からメリーも来た所で、私達もまだ見ていないの……」
そう言うと、彼女は棺桶に近づいていき―――
「何よコレ!!?」
悲鳴。急いで私も駆けつける。マエリベリー・ハーンの亡骸は、布に包まれ、顔も見えない。
メリーの母も父も、半狂乱で関係者達に詰め寄っている。
親族は、泣いたり狂ったりで、もはや何をどう言えばいいのかわからない。
私はその混乱に乗じて、彼女にかけられた布をめくった。
黒。
黒かった。まるで影のような黒。変色しているのだろうか。
その形相は、まるで地獄の死者のようだ。
地獄に行った女の子の写真だとか、そんなものが生ぬるいとさえ思える。
ふと、左肩を見る。傷跡は醜く残っていた。
見なかったことにしよう。そう思い、布をかぶせた所で、
「あ゛あ゛あ゛ああああぁぁ゛ぁ!!!!お前かああああああああああ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛」
メリーの父に、思いっきりぶん殴られた。
並べられた椅子まで吹っ飛ぶ。しかし、幸いな事に意識は無事だ。視界もはっきりしている。
メリーの遺体を抱き寄せ。まるで子供のように泣き叫ぶ両親に、一応頭を下げて場を去る。
「疲れた……」
そう言い、トイレに入ってふと鏡を見た。
黒
い
影
(もう、戻れないんだろうなぁ)
私は苦笑いし、たまたまカバンに入っていたカッターナイフを首に押し当てた。
作品情報
作品集:
8
投稿日時:
2013/07/07 15:00:42
更新日時:
2013/07/08 00:00:42
評価:
9/12
POINT:
860
Rate:
13.62
分類
産廃創想話例大祭A
秘封倶楽部
あの手紙は、部活再開の片道切符。
『関係者』は、こうなる事を知っていて黙認したのか?
知らなければよかった。
忘れていればよかった。
でも、友を思い出してよかった。
深夜に読むべきじゃなかった。
結局井戸の底の怪と影はなんだったんだろう。誰かおせーて。
この二人の冒険を長編で読んでみたい!
幻想郷の連中が普通に暮らしてるのにもなにか裏があるのでしょうか。
そこだけホラーっぽくなくて、逆に浮いてるように感じてしまいました。
ホラー話でしたが面白く読ませてもらいました。