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『産廃創想話例大祭A『神綺「いっちょ征服しちゃいますか」』』 作者: 木質

産廃創想話例大祭A『神綺「いっちょ征服しちゃいますか」』

作品集: 8 投稿日時: 2013/07/07 15:06:13 更新日時: 2013/10/07 22:45:18 評価: 17/23 POINT: 1830 Rate: 15.46
【博麗神社】


「え? もう終わっちゃったの?」
「はい。全勢力の鎮圧と人里の制圧を完了したと報告が入りました」
「…」

腹心であるメイド、夢子からの快報。
しかしそれを魔界神である神綺は複雑な表情で聞いていた。

「今何時?」
「午前10時です」
「早っ! 1日が始まったばっかりじゃない!? こっちに来たの8時くらいよね!?」
「実質2時間くらいで終わっちゃいましたね」
「あなた達もっと粘りなさいよ!」

神綺は目の前で拘束されている八雲紫に向かい叫んだ。
魔界の特殊な鉱物を加工して作られた拘束具には、捕らえた者の力を大幅に低下させる効果があり、紫は力の大部分を押さえ込まれていた。

「こっちは1週間ぶっ通しで戦えるよう入念に準備してたのに! お弁当とか凄い数用意してたのよ! なのに2時間でゲームセットってどゆことっ!?」
「好き勝手言ってんじゃないわよこの魔界神!!」

堪らず紫が反論する。

「準備する間も与えずにいきなり襲ってこられたらそりゃ負けるわよ!」

早朝。なんの前触れもなく、地面から湧くように突然現れた魔界の軍勢に、幻想郷の各勢力は成す術なく総崩れとなり、そのまま押し切られた。

「いきなり魔界の全戦力を投入してくるなんて滅茶苦茶にも程があるわ!」
「違いますー、あんなのは敵の戦力を分析するためのただの斥候ですー。挨拶代わりですー」
「そうですよ。一定ダメージを受けたら自爆するゴーレム2500体を各勢力に送っただけなのに、まさかどこも蹴散らせないとは」
「2500体とかムリゲーにも程があるでしょ! あいつら1体1体が半端無く強かったじゃない!」

送り込まれたゴーレムは3mを優に越え、腕は丸太のように太く、指は男の腕ほどある屈強な巨人だった。
体は岩のように固く超重量、しかしその動きは草食獣のように身軽。
そして1体1体が魔界で最高級魔法の加護が施された剣と盾を装備していた。

「そもそも戦争しかけるなら宣戦布告くらいしなさいよ!」
「 ? 」
「 ? 」

神綺と夢子は顔を見合わせた。

「半年も前に宣戦布告するって連絡しといたはずよね?」
「ですよね」
「は、半年前?」
「年賀状に今日この日に戦争を仕掛けるって、こっちの兵力の詳細を記載して送ったじゃない」
「あ・・・・・・あ〜〜〜?」



〜〜〜〜 【 半年前 】 〜〜〜〜〜

正月。幻想郷某所。

藍「お、豆腐屋さんから来ている。『今年もおいしい油揚げを用意して待ってます』か。これは楽しみだ」
紫「…」
藍「こっちは橙か。『本年も修行に励み、立派な式になってみせます』と。ふふふ。期待しないで待っているとしよう」
紫「…」
藍「紫様、いくら年賀状が来ないからって新年早々そんな顔しないでくださいよ」
紫「また今年も幽々子だけだった」
藍「しょうがないですって。この場所は秘境ですから」
紫「そう言いつつ、アンタ宛のは毎年束で届いてるじゃない! 毎年お年玉ハガキの『ふるさと小包ギフト』を三つ以上当ててるの知ってるのよ!! 何よこの差は!?」
藍「年中食っちゃ寝て、外交全部を私に丸投げしてるからです」
紫「ぐぬぬ」
藍「おや、紫様宛てのがもう1通ありましたよ」
紫「誰から? やっぱり霊夢?」
藍「魔界神からです」
紫「はい?」
藍「なんか新年の挨拶の後に『半年後に戦争しかけます』って宣戦布告が書かれてます。日の出から1時間後にゴーレムを各勢力に2500体送り込んでくるそう…」
紫「ポイっと」
藍「あ、ちょっと。まだ読んでる途中なのに」
紫「下らないイタズラに付き合うほど暇じゃないわ」

〜〜〜〜 【 半年前 】 〜〜〜〜〜



何か思い出したような顔をする紫。

(あれかー! 悪戯かと思って無視したわ!)

魔界神を名乗る者からの手紙。
悪戯だと思いまじめに取り合わなかった。

「てか年賀状出したんだから返してよ! 『魔界』って書いてポストに投函したら謎パワーで届くようになってるのよ! 最後までちゃんと読んだ!?」
「あんなふざけた手紙、誰だってイタズラかなんかだと思うでしょうが!!」
「返ってきたのはたった数箇所だけだったし。どうなってるのよここのマナーは!」

神綺はその宣戦布告をかねた年賀状を各勢力に送っていた。

「私の他にも? っていうか返事を書いた連中がいるの?」
「当たりまえでしょう。年賀状なんだから。命蓮寺さんのとこは真っ先に返してくれたわよ」

魔界に封印されていた聖白蓮は神綺とも面識があり、詳細を確認するために真っ先に神綺とコンタクトを取ってきた。

「会談の結果、命蓮寺の皆さんは私達側についてくれたから、余計な争いをしないで済んだわ」

命蓮寺は魔界に移住後、魔界でも布教活動を許可してもらうことを条件に、自身が持つ幻想郷の情報を横流しした。
食客であるマミゾウは戦争が始まる前に、元いた外界に帰った。ぬえもそれについていく形で幻想郷を去った。

「数箇所から返ってきたって言ったわね? 命蓮寺以外にも魔界と接触した勢力はいるの?」
「他に大きい所っていうとあそこよね。何だっけ? カレーパン? 異星人?」
「地霊殿ですよ。戦いが始まったら、地底民を地上へ出さないよう工作する見返りに、魔界での地位を要求してきた所です」
「あいつら…」

地底に移り住んだ鬼が反撃の狼煙になるのではと期待していた紫だが、今の話で望みが絶たれた。

「なんなのよもう。あれだけの戦力差があるうえに、裏切り者まで出てたんじゃ、どう転んでも勝ち目なんてないじゃない」

まさかあんな紙切れ1枚から幻想郷崩壊が始まったと思うと、悔やんでも悔やみきれなかった。
納得いかない表情をしていたのは神綺も同じだった。

「てか本当にこれで終わり? 隠しボスとかいないの?」
「これで全部よ」

組織に所属しない野良妖怪や妖精は間違いなく狩り尽くされている。

「逃げ延びた子達が決起してレジスタンスになってゲリラ戦を挑んでくる展開とかは?」
「運よく生き残った連中なら今頃、博麗大結界のヒビから外の世界へ逃げてしまったでしょうね」

逃げていった者が、幻想郷に戻って来ることはもう無いだろう。

「そもそも魔界に寝返った裏切り者は、他にもたくさん出てるんでしょう? そいつらに妨害されて決起どころじゃないわ」
「じゃあ。本当に終わり?」

確認するように夢子を見る。

「みたいですね」
「ええ〜〜」
「嘆きたいのはこっちよ」
「終わったものは仕方ありませんよ神綺様。次の段階に進みましょう」
「次の段階?」
「決まってるじゃない。戦後処理よ」

怪訝な表情の紫を余所に、夢子は幻想郷の地図を取り出して眺める。

「神綺様、6時の方向が彼岸です」
「オッケー♪」

夢子が示した方角に体を向けて、構えた。

「かーーー」

重ねた神綺の両手に、エネルギーが蓄積されはじめる。

「めーーー」

エネルギーは圧縮され、手の中で何束もプラズマが走る。

「はーーー」
「ちょっとアンタ待ちなさい! 何をする気!?」

紫の制止を無視して、神綺は力を溜め続ける。

「めーーー …」
「待ちなさいって言ってるでしょッ!!」

そしてそれは放たれた。

「波ァァァァァーーーーーーー!!」

神綺の手から伸びる極大の光。
遠くで起こる爆発。
爆風の余熱が、遥か離れたここまで届いた。

「彼岸の消滅を確認しました。お見事です」

夢子は、魔界製造のオペラグラスを使い、遥か遠くにある彼岸を眺めてそう報告した。

「よし」
「その余波で冥界も消えたようですね」
「やった2連鎖!」
「嘘でしょ……幽々子と妖夢が?」
「ああ、白玉楼ならすでに殲滅しておいたのでご安心を。生存者なんてせいぜい彼岸に居た、投降済みの十王数名だけですよ」

もっとも、その生き残りとやらも今ので消えてしまったが。

「報告書によると、剣士の方は4体目で討ち死に。亡霊の方は剣士が死亡後、自身の霊力を全開放して300体くらい道連れにしたそうです」
「あそこには2500体も送る必要なかったわね」
「あんた達正気? 冥界と彼岸を潰したことで、大勢の魂が行き場を失った。とんでもない厄災が起きるわよ」

怒りで肩を震わせながら紫が告げる。

「ああ、それなら平気よ」

しかし、神綺はそれを涼しい顔で受け止めた。

「死んだ子たちの魂は、魔界で引き取って魔界人として転生させてあげるから」
「むしろそうする為に、冥界も彼岸も消したんですけど?」
「はぁ!?」
「で、生き残ってる子は、魔界仕様に体を弄って、魔界に移住してもらうのよね」

あまりにも荒唐無稽な話だった。

「魔界の目的は一体何なのよ! 領土拡大!? それとも力の誇示!?」
「魔界の領土なんていくらでも増やせるし、私だって争いは嫌いよ」
「じゃあ何だって言うのよ!!」
「それはね〜〜魔界の生…モガッ」

神綺の口を、夢子が咄嗟に塞いだ。

「こんな奴に神綺様の崇高なるお考えが理解できるとは思いません」
「モゴ、モガガガガ」
「いいから聞かせない!! 幻想郷を乗っ取って何をしようと言うの!?」
「もういいでしょう? 敗戦の将は大人しく退場してください」

夢子は短剣を抜き、振りかぶる。

「生まれ変わったら、せいぜい魔界に貢献して頂戴」

無慈悲にも刃が振り下ろされる。

「ッ!?」

固く目を閉じる紫。しかし、想像していた痛みは、いつまでも襲ってこなかった。

「しっかりしなさい紫! いつもの胡散臭さはどうしたの!」

目を開けた紫の目の前、1体の人形が、夢子の短剣を受けとめていた。

「あらアリスじゃない。元気にしてた? 少し見ない間に大人っぽくなったわね」
「そっかー、アリスちゃん魔界人だからゴーレムに敵として認識されなかったから無事だったのね」

割って入ってきたのは、魔法使いのアリス・マーガトロイドだった。
アリスは驚きの表情と共に2人を睨みつける。

「どうしてですか神綺様!? なぜこんな馬鹿なことを!?」
「神綺“様”なんて他人行儀な言い方はやめましょうよ。昔みたいに『お袋ォ…』って呼んで良いのよ?」
「1回もそんな風に呼んだ記憶無いわよ!!」

ランスを携えた上海人形を独楽のように体を高速で回転させ、夢子の短剣を払い、彼女を仰け反らせた。

「紫、霊夢は無事なの?」
「安全な場所に避難させたわ。奴等でも手が出せない特別な場所よ」
「そう。じゃあ幻想郷崩壊って最悪のシナリオは避けられたわけね」

軽く安堵の息を吐き、夢子と対峙する。

「久しぶりね夢子姉さん」
「あなたは元々こちら側。敵対する理由はないと思うけど?」
「いきなり故郷が移住先に攻めて来て『じゃあ加勢します』なんて出来ると思う? そっちの目的もわからないのに」
「それもそうね」

夢子は短剣を二刀流で構え、臨戦態勢をとった。

「アリスに剣を向けるのは忍びないけど」
「わが子同士が戦うっていうのは、あんまり見たくないんだけど」
「ご安心ください。ちょっと小突いて気絶させますから。神綺様はお弁当屋にキャンセルの電話でもしててください」
「あ、そうだった。1週間ぶっ続けで戦うと思ったから、業者に大量に発注しちゃったんだわ……あーもしもし、お弁当屋さん?」

神綺は2人に背を向けて、懐から取り出した小さな水晶玉に話しかけ始めた。

「小突いて気絶? 言ってくれるわね。私だってこっちに来て成長してるのよ」
「なら見せて頂戴」
「言われなくても!」

持っていたトランクを足元に置き、指をしならせた。

「いきなさい!」

紫の隣を漂っていた上海人形を夢子に放つ。

「懐かしい。私のあげた人形、まだ持っててくれたのね」
「情が移って攻撃できないでしょう?」
「そうね。だから」

ひらりとかわし、人形のすぐ背後、何も無い空間を刈った。

「糸だけ切らせてもらうわ」

ぽとりと、上海人形は力を失い地面に落ちた。

「この程度? どうやら魔界で鍛えなおす必要があるみたいね」
「くっ」

足元のトランクを咄嗟に蹴り上げる。

「無駄なあがきよ」

両断される鞄。
すると中から大量の人形が飛び出した。

「これが狙いよ!!」

アリスは両手の指を限界まで開く。

「往生しなさい」

9体の人形が、夢子を取り囲む。
ナイフ、斧、槌、槍、棍棒、盾、鋏、釵(サイ)、丸ノコ。異なる武器が別々の方向から夢子を襲う。

「はぁ、参ったわ」

夢子が表情を暗くして俯く。

「人形を傷つけたくはなかったのだけれど」

直後、9体の人形全てが短剣によって地面に縫い付けられた。
アリスは指を動かすが、短剣でガッチリと固定された人形達は痙攣するだけだった。

(これが魔界神の最高傑作である姉さんの身体能力)

正直、勝てる気がしない。

「もう人形はないんでしょ? 降参なさい」
「そうね。そこにあるのが全部よ。でもね」

右手の小指を動かす。

「なんの真似?」
「さぁ、なんでしょう?」

夢子の背後、倒れて動かなかった上海人形の体がピクリと震えた。

「まさかアリス」
「糸を1度切られても、また繋ぎ合わせることくらい朝飯前よ」

ランスを掴みなおした上海人形は、夢子とは反対の方向へと吶喊した。

「悔しいけど夢子姉さんには勝てないわ、だからせめて一矢報いる」

その矛先は水晶玉に懸命に話しかけている神綺に向いている。

「え? もう四日目までの材料を仕入れてる? そこをなんとかお願いできないでしょうか? はい、はい…」

神綺は自身に迫る脅威に気付かない。

「やりなさい上海! その馬鹿神の頭にタンコブ作ってやりなさい!」

ガキンッと固いもの同士が擦れ合う音がした。

「ほえ?」

間の抜けた顔で制止する神綺。ランスはその顔に触れる寸前で止まっていた。
見えない壁の前に、上海人形の攻撃は阻まれていた。

「相手舐めすぎよアンタ」

神綺を守った結界を張った少女が神社の裏手から現れる。

「ちょっと。出てきちゃ駄目よ霊夢ちゃん。貴女はサプライズゲストなんだから」
「そうよ霊夢。神綺様はあの程度の攻撃、蚊が刺す程度ですらないわ」
「水晶玉に当たりそうだったからよ。あれの予備持ってきてないんでしょ?」

腕を組み、自分は悪くないと博麗霊夢は毅然とした態度で主張する。

「霊夢、どういう……こと?」

紫は開ききった瞳孔で、うわ言のようにつぶやいた。
自身の隙間を使い安全な場所に隠したはずの霊夢。そんな彼女が突如現れ、あまつさえ敵大将を庇うという事態に、紫の思考はごちゃごちゃになる。

「裏切ったの? 幻想郷を」

紫に代わり、アリスが問うた。

「有体に言えばそうね」
「なぜ?」
「色々とあるけど、その隙間ババアの下にいることに身の危険を感じたからってのが1番の動機かしら」

自失寸前の紫を、冷たい目で見下ろした。

「とにかく、霊夢ちゃんはしばらく隠れててよ」
「ならせいぜい油断しないことね」
「ハンセイシテマース」

呆れた表情を浮かべて、霊夢は神社の中に戻っていった。

「さて、アリス。大人しくしてもらうわよ」
「いだだだだだだだだだだ!!」

夢子のアイアンクローがアリスの頭をガッチリと捕らえる。

「アリスちゃんも大人しくなったし、この場は一旦お開きにしましょうか」

神綺が手を叩くと、地面からゴーレムが2体湧き出して、その1体が紫を抱える。

「夢子ちゃんはああ言ったけど、紫ちゃんの処遇はもうちょっと後で決めるわ。その間、牢屋にでも入っててもらいましょう」
「すみません、勝手な真似を」
「あだだだだだだだ!! ギブッ! ギブッ!!」
「あ、ごめんなさい」

アイアンクローを解除してやる。

「アリスちゃんは後でたっぷり遊びましょう。しばらく別室でゆっくりしてて頂戴」

ゴーレムがその大きな手に似つかわしくない繊細な動きで、アリスの体を縄で縛っていく。

「ちょっと止めなさい! どこ触って……ヒゥンッ!」

亀甲縛りにされたアリス。縄が女性の最も繊細な箇所をキツく擦りあげる。

「うんうん。アリスちゃんも、女の体になったのね」
「こんなんでシミジミするな!!」

アリスも抱えられて、紫とは別の方向へと連れて行かれた。
神社には再び、静寂が戻る。

「そういえば昔から、神綺様はアリスには色々とチョッカイかけてますよね? やはり何か特別な思い入れが?」
「あ、わかるー? そーなのよねー。アリスちゃんって、魔力で創造した試験管ベビーな夢子ちゃん達と違って、私が初めて生物的出産で産んだ子なのよ」
「そうだったんですか」
「だからね。あの顔見ると陣痛の痛みを思い出して、ついイタズラしたくなるのよ」
「…」

深く追求することを夢子はやめた。

「よっし、それじゃあ幻想郷各地を回って戦後処理しましょうか。まずは天界からだっけ?」
「その件なんですがね」
「うん?」
「神綺様が撃ったやつ。天界にもかすってました。天界はすでに消滅してます」
「まさかの3連鎖!?」
「とりあえず、天界を飛ばして当初の予定通り、神綺様は人里から、私は妖怪の山から回るということでよろしいですね?」
「うん」






【人里】


「先生、僕達これからどうなるの?」
「大人しくしていれば酷いことはされないハズだ」

寺子屋。教師と生徒が教室で身を寄せ合っていた。
生徒の出席を確認し終えた頃に、魔界の侵攻が始まった。
慧音は生徒を守るべくゴーレムの前に立ちはだかったが、その数の多さに圧倒され、自身の命と引き換えに子供の無事を懇願した瞬間、彼等は武装を解き、慧音と生徒に部屋に篭るよう誘導を開始した。

「母ちゃん達、どうしてるだろう」
「みんな戦わずに投降した。きっと無事だ」

圧倒的な力の前に人里の衆はすぐさま降伏。生存者は慧音達同様、最寄の建物の中に入るよう命じられていた。
占拠された里は今、100を越えるゴーレムによって死角なく見張られていた。

(しかし、この状況。いつまで続く)

軟禁されて半日、生徒たちは恐怖からくる疲労で憔悴している。

(妹紅さんがいてくれれば、みんなも多少は安心するんだが)

妹紅が寺子屋に駆けつけてくれた時には、すでに里は占拠されており、何の抵抗もできないまま捕らえられて、どこか別のところに連れて行かれた。

(いい加減、何か変化が欲しいところだ)

その時、まるで慧音の心の声を聞いていたかのように、寺子屋の戸が開いた。

「皆さん、無事ですか?」
「阿求?」

開いた戸の隙間から、恐る恐る稗田阿求が顔を出した。

「どうやってここに!? 出歩いても平気なのか!?」
「心配無用です。なんたって里の特使ですから!」

人差し指を立ててウインクして見せた。

「特使? 一体どういう…」
「それについては私から説明するわー」

開け放たれた戸、阿求の背後には見知らぬ女性が立っていた。
彼女を見た瞬間、慧音の中で眠っていた本能が全力で警鐘を鳴らした。

「子供達には指一本触れさせない」

立ち上がり、生徒達の前に出る。

「大丈夫です慧音さん。この方は危害を加えにきたわけじゃありません」

女性と慧音の間に阿求が入り、場を制した。

「里の守護者が貴女だと聞いたのだけど間違いない?」
「そうだが。貴様は何者だ?」
「私は神綺、魔界で神様をやっている者よ」
「魔界?」
「僭越ながら、今の状況を私からご説明させていただきます」

阿求は慧音に、魔界が幻想郷全土に戦争を仕掛け、幻想郷は敗北した事を告げた。

「負けただと? 化物揃いの勢力全部がか?」
「それだけ魔界の力は圧倒的だったんです」
「私達はこれからどうなる? 奴隷にでもなるのか?」
「そんなことはしないわ。魔界人になってもらうだけよ」

怯える生徒達の前にしゃがみ『ガオー』と脅かしてその反応を見て遊んでいた神綺が振り返ってそう言った。

「負けた私達には二つの選択肢があります。『死んで魔界人として転生』と『今の体を魔界仕様にチューンナップ』の2つです」
「 ? 」

慧音が怪訝な表情を浮かべると、阿求が言葉を付け足す。

「『死んで魔界人として転生』というのは、1回死んでもらってその魂を魔界の輪廻にねじ込み、魔界人の赤ん坊からスタートするんです」

現時点で死んでしまっている者は全員強制的にこれになる。

「『今の体を魔界仕様にチューンナップ』とは、今の私達の体を魔界で生きられるように作り変えるんです。こっちは、記憶と人格はそのままです」
「作り変える?」

後者の方が好待遇のように聞こえるが、慧音には1つの不安が出来た。

「作り変えるといったが、どんな風にだ?」

いくら記憶と人格が引き継げたからといって、醜い化物の姿にされては堪ったものではない。
この問いには神綺が答える。

「基本的には、その子の体を魔界の瘴気に耐えられるように弄るだけだから、そこまで大きな変化は無いわ。今の時点で魔界の瘴気に耐えられる子ならまず、そのままの容姿でしょうね」
「その者の素質によるというわけか?」
「そうよ。場合によっては、目が1個増えたり、尻尾や羽が生えたり、小指がプラスドライバーになったりするかもだけど。貴女が心配するような見た目になることは無いと約束するわ」
(プラスドライバー?)

微妙に気になる言葉が聞こえたがとりあえず流した。

「素敵だと思いませんか? 運良く生き残った私達は、記憶と人格を持ったまま魔界で生活する権利を得られたんですよ」
「…」

嬉々として話し阿求に慧音は違和感を覚える。
否。この部屋に彼女が入ってきた時から、慧音は彼女から不審な点を感じていた

「阿求。ひょっとしてお前…」
「慧音先生は半年前、里長の家に奇妙な手紙が届いたのを覚えていますか?」
「ああ、魔界から宣戦布告するというやつだったな」

あの時はただのイタズラだと思って気にも留めていなかった。

「あの手紙は、現状に満足している方達にはただの紙切れだったかもしれませんが、不満を持っている者達にとっては、一縷の希望だったんです」
「やっぱりお前。そうなのか?」
「ええ、そうです。里の全員がイタズラだと一蹴したあの年賀状に返事を書いたんです」

その声に、悪びれている様子は一切無い。

「するとどうでしょう。『こっち側に付かないか』というお誘い来たんです。魔界神の直筆で」
「阿求ちゃんが色々な情報をくれたから、作戦がすっごく立て易かったわ」
「やっぱり裏切っただな。この里を」
「裏切るなんて人聞きの悪い。私は『情報を渡す代わりに、里の人間には極力危害を加えないで欲しい』と交渉してあげたんですよ? これって英雄行為じゃないですか?」
「それでも幻想郷が負ける一端を担ったことに変わりはないだろ」
「うるせーんですよこの半獣」
「ぐぅ」

阿求は足を高く上げて、慧音の腹を蹴った。
良い所に入ったのか、慧音は片膝をついた。

「あららー。駄目よ暴力は〜」

子供達とゴーレムの体から削った砂で泥団子を作っていた神綺はそう言うために1度だけ顔を上げた。

「どう足掻いても幻想郷は魔界の圧倒的な力の前に屈するんです。私はそれを数分間早めただけです。それによって人里の被害は極小で済んだ。どうです? 最善手じゃありませんか?」
「本当にそれだけか? お前の目的はもっと別にあるんじゃないのか?」

阿求が見せた態度から、もっと別の何かを読み取っていた。

「チッ、目ざといですね。そうです。私は仕返しがしたかったんです。そのために魔界を利用したんですよ」
「仕返し?」
「別に“誰”というわけじゃありません。自分自身の人生に対してです」
「転生を繰り返すその身にか?」
「こんな誰かの為の記録装置として生かされは死ぬ人生なんて、もうウンザリなんです。自分のしたいことを何一つ満足にできないまま、中途半端に生きて死ぬのはもう御免なんです」
「それを断ち切るために、魔界に組したワケか」
「そうです。正直、里の連中がどうなろうとどうでも良かったんです。なんか神綺様ってサービス精神旺盛みたいで」
「やーねー。煽ててもかめはめ波しか出ないわよー」

生徒を席につかせ、黒板に『人』という字を書いていた神綺は、照れ隠しに頭をかいた。

(さっきからなにやってるんだコイツは?)
「私が魔界に情報提供の見返りとして求めたのは『丈夫な魔界人としての体』です。あとは全部交渉の際に発生した副産物です」
「そうだったのか」

慧音は壁に背中を預けて座り、観念したかのように目を閉じた。

「すまなかった。お前の不満に気付いてやれなくて。お前のしたことは許せないが、それを責める資格は私に無い」
「そんな暗い顔しないでくださいよ。あの偉そうな是非曲直庁の連中が醜く死んでくれて、私とっても気分が良いんですから」
「話しは終わったかしら?」

神綺は手についたチョークの粉を払いながら、2人の所までやってくる。

「はい。ありがとうございます」
「ところで貴女、歴史の教師なのよね?」

今までとは違い、いたって真面目な表情だった。

「あ、ああ。そうだが?」
「カンブリア紀って知ってる?」
「すまない。歴史といっても私は人間史が専門なんだ。地球史については疎くてな」
「そっかー。ようやく話せそうな人がいると思ったんだけど」

心底落胆するようにうな垂れる。
そして、顔を上げた時には先ほどのような陽気な表情に戻っていた。

「じゃあ魔界人化を始めましょうか」

神綺の掌の上には白い玉があった。初めは1個だったそれは、慧音が見ている目の前で2個、3個とまるで分裂するように掌の上で増えていく。
やがて分裂は止まった。その数は、慧音と生徒を合わせた人数と同じだった

「ふぅっ」

息を吹きかけると、まるでタンポポの綿毛のように飛び上がり、生徒と慧音の体に1個ずつ付着した。

「これは一体何……なっ!?」

驚く慧音の目の前で、玉は毛糸玉のように解れて糸となり、慧音の体を包み込んだ。

「怖がらなくても大丈夫よ。さっき言ってた『今の体を魔界仕様にチューンナップ』する玉だから」

体の小さな生徒達はすぐに包まれて、マユのようになった。

(くそっ、体が動かない)

徐々に狭まっていく視界の中で、阿求と魔界神のやりとりを見ていた。

「色々と手引きしてくれたお礼よ。約束通り、貴女は特別な体にしてあげるわ」
「嗚呼。私のセカンドライフは、これから始まるんですね」
「さあ阿求ちゃん。魔界での新しい人生を歩む貴女は、自らの体に何を望むかしら?」
「不老不死とまでは言いませんが、丈夫な体にしてください。見た目は今と変わらないように。出来ますよね?」
「お安いご用よ。でもちょっとくらいイメチェンしてもいいんじゃない? 羽を生やすとか」
「このままで」
「アホ毛を付けるとか」
「このままで」
「乳首にピアスとか」
「このままで」
「ちぇっ」

何故か残念そうな顔の神綺の手から、糸が紡ぎだされる。

(金色、だと?)

阿求を包む糸は、自分達のものとは違い、強い光沢を放っていた。
それに気付いたのは阿求も同じだった。

「この糸、光ってる」
「白い糸は魔界の環境に適応した体に再構築するだけのモノに対して、こっちは包んだ子に色々な付加価値を付けることができるわ」

その分、白い糸よりもずっと多くの魔力を消費する。

「なんだか…眠く…」
「次に目を覚ました時、新しい1日が待っているわよ」

阿求が金色のマユに姿を変えたとき、慧音もまた睡魔に襲われて眠りについた。




「よし。オッケイ」

全員のマユ化が完了してから外に出る。

「ゴーレムちゃーん集ー合ー」

その言葉に反応して、集まってきたゴーレムに慧音達に飛ばしたのと同じ白い玉を持たせる。

「これを里の人間にくっつけてきて。マユにできるから」

里の四方にゴーレムが散っていくのを確認してから、神綺は次の場所へ向かった。









【妖怪の山】



夢子は山の入り口にやってきていた。
『立入禁止』の札が掛かったロープを潜って歩くこと数分。
左右に分かれた道の前でどちらへ行こうか迷っていると、声をかけてくる者がいた。

「貴女が夢子様ですね? お待ちしておりました」

白狼天狗と呼ばれる種族の少女だった。

「代表者は老人だと聞いているけど?」
「長老は戦死したため、急遽、孫の私がその役を引き継ぎました。犬走椛と申します」
「それはご愁傷様」
「今際(いまわ)に『上層部の私利私欲の為ではなく、仲間の為に死ねて本望だ』と申しておりました。思い残すことは無かったはずです」

こちらへ、と椛に促され、左の道に進んでいく。


「離してください! 離せ! 離せって言ってるでしょう!!」

少し歩くと、ゴーレムに掴まれ、地面に押さえつけられた鴉天狗の少女が喚き散らしている場面に出くわした。
鴉天狗の少女を、数人の白狼天狗が囲んでいる。

「この裏切り者ども! 恥を知…」

言葉の途中、振り下ろされた刀で彼女は脳天を叩き割られた。
行き場を失った脳みそに押されて、両目が飛び出していた。

「すごいですねあの土の化物は。我々が束で掛かってようやく1人倒せる鴉天狗を、ああも簡単に取り押さえてしまうのですから」
「白狼天狗が弱いようには見えないけど?」
「体力には自信があるんですが、我々は高度な妖術を使えませんからね。そのせいで苦渋を舐め続けていました」
「苦渋?」
「天狗社会は千年以上、上層部の下らない派閥争いが続いています」

その皺寄せを受けるのはいつも力の弱い白狼天狗だった。
ある時は要人の暗殺を命じられ、ある時は上層部の失敗をなすりつけられ、ある時は欲求のはけ口として使われる。
派閥争いの体の良い捨て駒として、白狼天狗はいつも使われていた。

「私達は我慢の限界をとうの昔に超えていた」

だから神綺側についた。
妖怪の山にも神綺からの手紙は届いていた。しかし、妖怪の山の重鎮はこれを鼻で笑いくずカゴに捨てた。
普段から虐げられている、とある白狼天狗がそれを拾い、便所に落書きするような気持ちで、大した期待も篭めずに返事を出したのが始まりだった。
魔界の力を利用した下克上は水面下で着々と進められた。反対する同胞は全員事故に見せかけて殺した。
知ってしまった河童も、気の毒に思ったが口封じした。

「そういえば、この山には守矢神社っていう厄介な連中もいたって聞いたけど?」
「祖父の考案した策と、魔界神様よりお借りした力により。奴等も手際良く始末できました」

椛の祖父と神綺の再三に渡る打ち合わせによって、ある一つの作戦を今日のために練り上げていた。
その策が今日、見事にはまった。

「へぇ。聞かせて貰ってもいいかしら? 貴女のおじい様の作戦とやら」
「それほど凝ったものではありません。土人形が守矢の使役する式だと上層部に思いこませただけです」

ゴーレムが侵攻してきた時、真っ先に戦わされるのは白狼天狗である。そこを逆手に取った。

「まず、我々が土人形と戦い、1度これを退けます」

当然、演技である。本気でゴーレムとやりあって無事で済むはずない。

「そして、壊れた土人形の中から、守矢の札が出てきたと、上層部に嘘の報告を入れます」

協力関係を装いつつ、裏でどう相手を出し抜くかを常に考えていた両者。
信じ込ませるのはそう難しいことではなかった。

「異変の影にはいつも守矢の影がありましたからね、密かに守矢を敵視する上層部はロクに審議もせずその報告を信じました」

守矢を問いただす上層部。当然、守矢神社は「身に覚えが無い」と弁解する。

「その最中、私が風祝の餓鬼に斬りかかります。そこにあの土人形が現れて風祝を守ったらどうなると思います?」

それにより上層部はゴーレムが守矢神社の式だと決定付けた。
そこからは大混戦だった。
この時、ゴーレムには『守矢に味方する』『白狼天狗を傷つけるな』という二つの命令がプログラムされていた。

「二柱のあの慌てふためく顔は最高でしたよ。私達はこんなの知らない、これは敵の罠だって、戦いながらずっと叫んでました」

誰も聞く耳など持つはずもなく戦いは続く。

「途中から、二柱同士がお互いを疑い合うんですから、笑いを堪えるのにもう必死でした。あいつ等にも散々な目に遭わされましたからね、良い気味です」

椛は本人も気付かないうちに、どす黒い笑みを浮かべていた。

「守矢と天狗。両者が消耗しきった所でいよいよ、反旗を翻したわけです」

ゴーレムの力は圧倒的だった。それらと上手く連携を取った狼天狗に敵はいなかった。

「さあ、着きましたよ」

そうこう話している内に、大きな屋敷の前に辿り着く。

(ここまで来る途中に、10個以上の生首を見た気がするわ)

道中、至るところで白狼天狗による処刑が執行されていた。
それを横目にここまでやって来た。

「ここは?」
「天魔の屋敷です。この山で一番大きな建物なので、我々の本部として使うことにしたんです」

靴を脱ぐように促され、玄関から上がる。
しばらく縁側を歩き、大広間を抜け、その奥にある個室の前で足を止めた。

「小汚いもので申し訳ありませんが、どうぞお受け取りください」

椛が襖を開けると、部屋の上座、この屋敷の家主とその腹心の姿があった。
最も、あるのは首だけだったが。

「右が天魔、左が大天狗の首です」

魔界は白狼天狗に『魔界軍に加勢(具体的には妖怪の山の占拠の手伝い)』を要請し、その見返りとして『天狗社会とは無縁の新しい住処』を提示した。
天狗社会と守矢に強い恨みを持っていた白狼天狗は、恨みも晴らせた上に新天地が手に入るという一石二鳥のこの提案を快諾。
この首は『魔界軍に加勢』したことを証明する品として、夢子に渡す約束となっていた。

「どっちも良いカンジに悪人面ね」

頭領だった者の生首をしげしげと見つめ、率直な感想を述べる。
血抜きされ、生前よりも真っ青になっていることで、その醜さがより一層際立っていた。

「先代の天魔と大天狗は少女の容姿をしていましたが、その2人が寿命で逝去されてからはソレが後釜に納まりました」

歴代の重鎮の中では比較的マシな部類だったことを覚えている。

「戦争を仕掛けたのがその2人の頃じゃなくて良かったわ」

2人の顔が、事前に神綺から貰っている顔写真と相違無いかを見比べる。

「間違いなく本人のモノね。確かに受け取ったわ」

そう言って用済みとなった首を無造作に庭の池に放り投げた。
厳つい男の首が二つ、仲良く水面に浮かんだ。

「これで私達の働きは認められましたか?」
「ええ。侵略に協力してくれた白狼天狗は全員、記憶と人格を継承して魔界人化。移籍後は魔界の一区画を与えるわ」
「これで散っていった仲間や先祖も浮かばれます」
「新天地だけど、どんな場所がご希望かしら?」
「もう私達は誰にも支配されたくない。ひっそりと暮らせればそれで構いません。贅沢を言うなら、自然が豊かな場所だと嬉しいです」
「んーそうねぇ」

該当しそうな場所を考える。
そして1つ思いついた。

「輪中(わじゅう)地区なんてどう?」
「輪中?」
「大きな川の真ん中に出来た広い陸地のことよ。川の流れは緩やかだし、標高もあるから浸水の心配も無いわ。そこで狩りでも畑でも漁でも、好きなことをして自足しなさい」
「是非」

夢子は羊皮紙の紙を取り出すとそれにサインをする。
サインが終わると羊皮紙が輝きだして魔界に転送された。

「これで取引は成立よ」
「感謝します」
「それじゃあ魔界人化の準備を…」
「あ、待ってください。それはもう少し待っていただけませんか?」
「どうして?」
「まだこの山には鴉天狗、山伏天狗、鼻高天狗の生き残りが逃げ回っています。そいつらを全員始末してからにしたいのです」
「随分と徹底するのね」
「当然です。奴等が記憶を引き継げば、また我々を支配下に置こうとします。ここで根絶やしにしなければ歴史を繰り返してしまいます」
「そう。せっかく願いが叶ったのだから、死んでは駄目よ?」
「はい! それでは失礼します!」

椛は踵を返すと、仲間の方へと歩いていった。

(これでやっと私の仕事も一区切りついたわ)

その背中を見送りながらふとあることに気付く。

「あ、そういえば………貴女、最後にちょっといいかしら?」

急ぎ、椛を呼び止めた。

「他に何か?」
「この辺で美味しいご飯が食べられる所ない?」

朝から何も食べていないことを思い出した。














【人里の外】


夢子がひと段落ついた頃。
神綺は次の場所を目指していた。

「えーと、次は仙界だったわね。どうやって行くんだ……あら?」

目玉に蝙蝠の羽が生えた奇怪な姿の下級使い魔が、神綺のもとへ飛んできた。

「どうしたの?」

魔界人にしか聞き取れない音波で、神綺に情報を伝達する。

「紅魔館で戦闘が再開された?」

使い魔は頷き、紅魔館の方へ体を向ける。

「住人は全滅したって聞いたけど?」

主人の吸血鬼が断末魔を上げながら灰になっていくのを、記録された映像で見ていた。

「生き残ってたメイドが抵抗でもしてるのかしら?」

首を傾げながら使い魔の後を追った。








【紅魔館 門前】


「うっわ、何この状況?」

見張りとして駐屯させていたゴーレムの姿が見当たらなかった。

「ここで見たものを映して頂戴」

自分をここまで誘導した使い魔にそう頼むと、その目が懐中電灯のように光った。
その光を地面に当てると、彼が見ていた光景が映像となって投影される。


―――― 紅魔館を占領後、ゴーレムと共に建物内を散策、その途中で地下に繋がる通路を見つける。
―――― 地下室に辿り着き、扉を開けると彼の前を歩いていたゴーレムの体が突然砕け散った。
―――― 身の危険を感じた彼は、一目散にその場から逃げ出した。
―――― 彼と入れ違いに駐屯していたゴーレムが地下室に殺到した。


映像はそこで終わった。

「地下室に何かいるってこと?」

使い魔を門に残して現場に向かった。



【紅魔館 地下】


長い階段を下り終えると、重苦しい見た目の扉が神綺を出迎えた。

「ちょっと失礼して…」

人差し指を舐めて、その指で鋼鉄製の扉に触れる。

「ズブズブっと」

指は易々と扉に穴を開けた。
しかし、

「……この扉、思ってたより厚い」

障子の要領で中を覗けないかと思ったが失敗に終わった。

「とつげき、隣の晩ごはーん! とうっ!」

扉をちょっとだけ開き、その僅かな隙間から飛び込み前転して中に入った。

「こちらスネーク。地下室に潜入した。指示をくれ大佐」

そんな独り言をいいつつ部屋を見渡す。
部屋にはゴーレムの素材が散乱していた。

「女の子?」

部屋の中央、まるで能面でも貼り付けたかのような、無表情な少女が静かに立っていた。

「あらー。変わった羽ね? 魔界でもそんな羽持ってる子いないわ。ちょっと触っても良…」

近づこうとした神綺に少女は掌を向けると、次の瞬間にグッと握った。

「はぐっ!」

自身の中で何かが弾ける感覚を、神綺は得た。
この少女こそ、紅魔館の主人レミリア・スカーレットの妹。フランドール・スカーレットだった。
戦争が起こった最中、彼女はここで熟睡しており、館の住人も、彼女に非常事態だということを伝える間もなく全滅してしまっていた。

「なに今の? え? ちょ?」

戸惑う神綺を前に、フランドールは手の開閉を繰り返す。
その動きに連動して、神綺の中で小さな爆発が何度も起きる。

「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!」

この感覚を危険なものだと瞬時に判断し、ポケットから小さな水晶玉を取り出して、それに向かい叫ぶ。

「夢子ちゃん、イマジン……じゃなくてヘルプ!! レットイットビーじゃなくてヘルプ!」
『分かり辛いですよそのボケ』

水晶から夢子の声が聞こえた。

「なんかすっごいチート能力の子がいた! 私の命のストック的なものがガリガリ削られてる感がパナい!! 大至急応援に来て!」
『すみません。ズズッ、今、白狼天狗の子に紹介してもらった定食屋でご飯食べてるんで、ちょっと遅れます、ズズッ』

水晶玉の向こう、椛と蕎麦を啜る夢子の姿があった。

「ちょっ! なんで今食べるの!? オヤツの時間に蕎麦!?」
『朝から働き詰めで、さっきようやく食事を取る余裕ができたので』
「それについてはごめんね! 私の配慮が足りなかったわ!! でも助けて!!」
『はいはい、わかりましたよ。今すぐに向かいま……ん?』
「どうしたの!?」
『たった今、使い魔から「神社に巨大生物が迫ってる」と報告がありまして』
「幻想郷パねぇ!!」
『今からそっちに向かうんで、自力でなんとかしてください』
「 一応私、大将なんですけど!! 私が負けるのが敗北条件だと思うんですけど、この認識って間違ってますかね!?」
『デンプシーロールで避けまくってればなんとかなります。御武運を』

そこで通信は切れた。

「ちっくしょおおおおおお!! こうなったら1人でヤってやるわよ!!」

夢子のアドバイスに従い、脇をしめて体を∞の軌道を描くように動かす。

「まっくのうち! まっくのうち! まっくのうち!」

高速で動くことが功を奏して、フランドールは急所の目に狙いが付けられなくなり、破壊は止まった。

「どんなもんじゃ……ぐはっ!」

しかし、その動きに目が慣れたフランドールは急所の破壊を再開させる。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」

デンプシーロールの速度を上げて破壊から逃れる。

「この速さにはついてこれま…ぐはっ!!」

フランドールが神綺の動きに対応する。

「ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」

あらん限りの力を篭めて体を揺する。
あまりに速度に、神綺が数人いるように見える。

「質量を持った残像が発生する速さ、流石にこれには追いつけな……ぐはぁ!」

すぐ追いつくフランドール。

「この子、適応力ありすぎィィィィィっ!!」

さらに速度を上げる神綺。
イタチゴッコは1時間も続いた。












「こ、腰が…」

地下室に備え付けられたベッドの上に神綺は寝そべっていた。

『神綺様ー、そっちはどうですか?』

1時間ぶりに水晶玉から夢子の声が聞こえた。

「やっと終わったわよ畜生!」
『それは良かった。丁度こっちも片付きました』

神綺の隣には、金色に光るマユがあった。中身はフランドールである。

『どうやって勝ったんです?』
「クトゥルー神話も真っ青な、壮絶な死闘だったわ」

実際は、飽きたフランドールがベッドに戻り睡眠を取り始めたので、その隙にマユ化させた。

「終始。何考えてるかわかんない子だったわ」
『相手から見てもそうだったんじゃないですか? 部屋にやってきていきなりデンプシーロール始めるんですから』
「とりあえず、魔界人にする上で、あの能力は取り上げた方が良いわね」
『代わりにどんな能力を入れてあげるんです?』
「『2塁ランナーが次の投球で盗塁するかどうか分かる程度の能力』とかどう?」
『やめてあげましょうよ。ところで神綺様』
「なにかしら?」
『アリス、バラバラになっちゃったんですけど、復活ってさせられます?』
「へ?」







【1時間前の博麗神社】


霊夢と同じ部屋にアリスはいた。亀甲縛りのまま。

「霊夢、もし良かったらさ」

部屋に入れられてずっと沈黙を続けていた両者だが、その平静をついにアリスは破った。

「聞かせてくれない? どうして魔界側についたのか?」
「別に、そんな大層な理由じゃないわ」
「でもあの時言ってたじゃない。紫といると身の危険を感じるって」
「ああ、あれね…どう説明したらいいものかしら」

霊夢は天井を眺め話す内容が頭の中でまとめ始めた。
アリスはただじっと待った。
霊夢が口を開いたのはそれから1分後だった。

「地底の異変、覚えてる?」
「間欠泉の件よね」
「今までの異変であれが一番キツかったわ。敵も物騒な能力の奴ばっかりだったし」

萃香の協力が無ければ、解決したかどうかわからない。

「そうね。私も魔理沙から、相当酷い環境だったって聞いてるわ」
「で、なんとか異変の元をとっちめて、やっとこさここに帰って来たら紫がいたの」

紫は神社の縁側で、暢気に茶を啜っていた。

「そんでイラっときたから、自分がどれだけ苦労してきたか懇切丁寧に説明してやったのよ、そしたらアイツ話しの途中でこう言ったのよ」

――― あっそ

「何ていうかさ、アイツの素が見えた気がして。『ああ、コイツは私のことをその程度にしか思ってないんだな』って思っちゃったわけ」

そこで霊夢は俯いた。

「何でかわかんないけど、その時、すっごい悔しかったの」

悔しさの正体に気付けないまま月日は流れる。

「ある時、臨時収入が入って、偶には贅沢しようと思って、人里の甘味処に立ち寄ったの」

1人で出てきた餡蜜をもくもくと食べていたその時、隣の席の親子が目についた。

「その親子、すんごい仲睦まじくお菓子を分け合ってるの。それをすごく羨ましいく思って、それでハッとした」

その羨ましさこそが、悔しさの正体だった。

「私はアイツに、母親や姉のような存在を求めてしまっているんだって気付いたの」

才能があるからと幼い頃に親元を引き離されて、紫の下でただひたすら修行を重ねた。
いつの間にか母親の顔も、父親の名前も、住んでいた場所も思い出せなくなっていた。
その言い知れぬ喪失感を無意識に埋めようとしていた。
身近で頼れる女性は1人しかいなかったため、必然的にその対象は紫になった。

「この感情は、幼い頃に自分自身に刷り込んでるから、多分一生取り除けない」

いくら頭で拒もうと、紫に褒められたい。認められたいと、本能的にそれを望んでしまう自分がいて、それに戦慄した。

「あいつが私のこんな感情を抱えている事に気付いたら、きっといざという時になってそれを利用して、私は人柱にされる。私はあいつにとって、ただの消耗品に過ぎないのだから」

いっけんすると被害妄想のような話。
しかし、アリスは霊夢の話しに真剣に耳を傾けていた。

「…」

この話を紫が聞いたら、どんな反応をするのかとアリスは想像する。
全力で否定するだろうか、その通りだと白状するのだろうか、その通りだが『霊夢のことを大切に思っている』と嘘をつくのだろうか。
霊夢に対する紫の接し方を見る限りでは、どの可能性もあるような気がした。
だが、アリスはこう答える。

「そりゃ、裏切って正解よ」

どれだけ影で愛情を注いでいようと、本人に伝わらなければ何の意味もない。
伝わらない愛情に、価値は無い。
こっちに来て、彼女は最初にそう学んでいた。

「仮に紫が霊夢のことを娘や妹のように大事に思っていたとしても。霊夢にそういう不安を抱かせた時点で、悪いのは全部あっちよ。寝首を掛かれたとしても、自業自得よ」
「変わった考えね。魔界じゃ皆そういう思考回路なの?」
「まさか。私の持論よ」
「そう」

アリスとの話しで胸のつかえが取れたのか、霊夢の表情は憑き物でも落ちたかのように穏やかだった。

「幻滅したでしょ? 博麗の巫女を襲名した女が、こんな甘ったれだったなんて」
「逆よ。安心したわ」
「安心?」
「霊夢はちゃんと血が通った、普通の女の子だってわかったから」

アリスが笑うと霊夢もつられて笑った。
今まで一番、女の子らしい笑みだと思った。

「それで霊夢は幻想郷を裏切る代償に、魔界に何を求めるの?」
「やり直したいわ。私が巫女に選ばれずに一般人として生きていたら、どんな奴になっていたのか知りたいの」
「中々素敵だと思うわ」

「ガールズトークの最中で悪いけど、ちょっといいかしら?」

夢子が部屋に入ってくる。

「気分はどうアリス?」
「いいわけないでしょ。いい加減解いてよこの縄」
「駄目よ。今のアリスの立ち位置は『私達に歯向かった魔界人』なんだから。解いて欲しいのなら態度で示しなさい」
「反省文でも書けっていうの?」
「もっと有意義な事でよ」

夢子はアリスの縄を掴んで引きずる。

「ヒャッ! ちょっと! 運ぶにしたって持ち方ってものが…クゥン!」
「取引しましょう。聞いてくれたら魔界に復帰させてあげる」
「私に何をさせる気?」
「すぐにわかるわ」


アリスは幻想郷を一望できる、神社の石段のところまで連れてこられた。

「アリスにはあれをやっつけて欲しいの」

夢子が指し示す先。

「出て来い魔界神!!」

ズンズンとコチラに向かってくる巨大物体があった。

「あれは……萃香?」

激昂し、体を巨大化させた伊吹萃香だった。

「違うわ。第7.5使徒のオニエルよ」

萃香にゴーレムの小隊が迎撃に向っていた。

「うっとおしい!!」

萃香は跳躍して、小隊の中心に着地する。
雷鳴のような音と共にそれらを全て土に還した。土に還る瞬間、ゴーレムは自爆したが、萃香はビクともしない。

「あの使徒を撃退しなさい」
「出来るわけないでしょ」
「出来る出来ないを訊いてるんじゃないの。やるかやらないかを訊いているの」
「断ったら?」

アリスの首筋に夢子は短剣を突きつける。

「妹を手に掛けたく無いと思ってるのよ」
「姉に処刑されるか、知り合いと殺しあうか。最悪の2択ね」
「殺せとは言わないわ。無力化させなさい。そうすれば、神綺様が魔界人に転生してくださるわ。希望するなら人格も引き継ぐそうよ」
「……ちょっとだけ考える時間を頂戴」

萃香は負けても魔界人に転生させられるだけで済むが、自分は処刑されてしまう。
元より選択の余地などない。

「構わないわ。たっぷり考えなさい」

決意を固める時間が欲しいのだと察した夢子は、切迫した状況であえてそう言った。
1分ほど経過してから、アリスは大きく息を吐き、空を仰いだ。

「決まった?」
「やっぱり自分の命に代えられないわ。引き受けるわよ」

その瞬間、夢子の短剣によってアリスの戒めは解かれた。

「魔界へようこそ。歓迎するわ」
「ここは幻想郷よ」
「もう魔界領よ」
「それもそうね」

苦笑しつつゴーレムと交戦中の萃香を見る。

「やるとは言ったけど、あの萃香に勝てるかどうか…」
「その辺は抜かりないわ。これを使いなさい」

夢子が指を鳴らすと、神社の石段が裂けてそこから巨大な何かがせり上がってきた。

「神社になにやってんのよ!」
「それよりもほら。御覧なさい」
「私のゴリアテ人形!?」
「こっちで回収しておいたわ。存分に使いなさい」
「そういうことなら……あら?」

糸を人形に接続させ操ろうとしたが、人形は何の反応も示さない。

「そうそう。貴女の作り込みが甘いからこっちで改造させて貰ったわ、右肩にハッチがあるからそこから乗り込みなさい」
「人のものを何だと思ってるのよ」

「いいから早くしなさい。伊吹すい……使徒オニエルはすぐそこまで迫っているのよ」
「言い直すくらいなら最初から萃香って呼べばいいじゃない」

不満を漏らしつつ、右肩に飛び乗る。

「そういえばアリス」

ハッチを回す最中、夢子が声のトーンを落として話しかけてきた。

「さっき霊夢との会話で、八雲紫の自業自得って言ってたわね」
「ああ、あれね」

伝わらない愛情に、価値は無いという考え方。

「あれは神綺様に宛てての言葉でもあるのかしら? 急遽自分に、幻想郷への移住を命じた」
「さぁ。どうかしらね?」
「貴女は魔界で誰よりも優秀な子だった。だからその見聞を広げて欲しい一心で、貴女にそう命じたの」
「当時の私には厄介払いにしか聞こえなかったわ」
「貴女のことを心配して、何度もこっそり様子を見に行ってたのよ?」

ちょうどハッチを回し終え、蓋が開いた。

「伝わらなきゃ、それを愛情とは呼べないわ」

そう告げてから、夢子を拒絶するように蓋を乱暴に閉めた。

「操縦席?」
「そうよ。シートに座ったら10個のリングがあるでしょ? 両手の指に1個ずつ装着しなさい」
「これね」

リングの1つ1つに霊糸が繋がっているのがわかった。

「あとは普段人形を操るのと何も変わらないわ」
「ほんとだ。普通に動くみたい…ん?」

人形の動作確認をして視界を前に戻すと、デフォルメされ二等身になった夢子が、アリスの目の前に浮いていた。

『やっぱりロボのコックピットといったら、操縦をサポートするマスコットキャラが付き物でしょ?』
「知らないわよ」
『慣れない操縦で苦労するでしょうし、細かい動作は私に任せなさい』

ホログラム映像らしく、触れようとした手は通り抜けた。

『よし、それじゃあ出撃よ』

夢子がそう言った直後、操縦席に水が流れ込んできた。

「これって『浸かると操縦精度が上がる液体』的な?」
『ちょっと整備ー、また空調用の配管から水漏れしてるわよー? ちゃんとパッキン変えたー?』
「結露っ!?」

水位が徐々に上がっていく。

『諸事情により、このロボの活動限界時間は3分しかないわ。早くカタを付けましょう』
「この部屋が浸水するって意味でしょそれ!」
『時間がないわ。使う予定じゃなかったけど、カタパルト起動よ。あの場にいるゴーレムは全体退避』
「カタパルト? ってきゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

ゴリアテ人形は勢い良く射出された。






「こら! 急に逃げんな泥人形ども! 正々堂々勝負し…」
「ひいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「うぐおあ!!」

肩から巨大萃香と激突する。

『ナイスタックルよアリス!! 良いカンジにマウント取ったわね!! 眼よ、眼を潰しなさい!』
「うっさい!!」

アリスは人形を操作して萃香の両手を掴む。

「大人しく投降しなさい萃香! 悔しいかもしれないけど幻想郷は負けたの! もう諦めて!」
『スピーカーをオンにしないと声は届かないわよ』
「そうなの?」
『今の言葉、録音してあるから流すわね』
「ええお願い」

<オラオラ糞鬼ィ!! 魔界に弓引いて無事に帰れると思うなよ! このままファックしながらその顔を金平糖みたいにボコボコにしてやっからな!!>

「全っっ然、違うじゃない!!」
『マイクの感度があまり良くないみたいね』
「思いっきり夢子姉さんの声だったじゃない!」
「鬼を舐めるなこの木偶人形!」

ブリッジで上に乗るゴリアテ人形を跳ね除けて、強引に立ち上がる。

「粗大ゴミにしてやる」

萃香の指を鳴らす音が地鳴りのように響いた。

『こうなっては説得は無理ね。力ずくで言う事を聞かせるしかないわ』
「誰のせいだと思ってるのよ」
『来るわよ!』
「え? うわっ!!』

咄嗟に身をかがめると、そこを鎖に繋がれた鉄球が通過した。

「危なかったっ!」
『もう一発。今度は正面から』
「くっ、このぉ!」

回避が間に合わずに両手を交差させて防御する。

「痛っ!!!」

鉄球が直撃した腕と同じ箇所に激痛が走った。

「な、何なのよコレェ!」

電流が走ったような痛みに顔をしかめる。

『人形とのシンクロ率を上げる為に、人形が受けたダメージはそのまま操縦者にフィードバックされるようになってるの』
「いらない機能つけてんじゃないわよ!」
『それよりどうするの? 迂闊に近づけないわよ』

萃香は鎖付き鉄球を、頭上で振り回していた。

「何か武器はないの?」

この人形に標準装備されているはずの一対の剣は外されていた。

「できれば飛び道具とか?」
『ロケットパンチが撃てるわ』
「痛みでショック死するわ!」

そうこうしていると、萃香は火を吐き出してアリスの視界を奪った。

「熱っ!!」

直後、腹に鉄球がめりこんだ。

「ウぷっ」

胃からせり上がって来る感覚を、寸でのところで飲み込んだ。

『ちなみに全身がバラバラになって各部位で総攻撃をしかける超必殺もあるわ』
「だから死んじゃうだろーが!!」
『内蔵された肋骨が胸を突き破って相手を串刺しにしたり、腸をウインチギミックにして相手を捕らえる機能も…』
「なんで武器を持たせるって発想がねぇんだよ!!? なんの為の人型かいっぺん良く考えろ!!」
『アリス、貴女も淑女なら言葉遣いに気をつけなさい』
「こっちは命懸かってんのよ!!」

気付けば水はもう腰まで来ている。

『これ以上浸かったらまともに操縦できないわね』
「全部姉さんのせいじゃない!」
『こうなったらALICEシステムを発動させ、イッキに勝負を決めるしかないわ』
「アリスシステム?」
『コード入力! ALICEシステム起動!!』
「ちょっと何の説明も無しに使わないでよ!」

アリスの意思とは関係なく、ゴリアテ人形が前進をはじめる。

「え、ちょっと何これ!?」
『リミッターを解除して、オート運転に切り替えたの』
「食らえ人形!」

密を操って掌で圧縮した瓦礫の塊を投擲する。
萃香の狙いは寸分違わず、直撃を受けたゴリアテ人形の首が粉々に砕け散った。

「ひっ!?」
『パスが切れてるから痛くないでしょ?』
「ほ、本当だ。良かった」

アリスが安堵する間も、ゴリアテ人形は萃香の攻撃で機体が破損するのも厭わず接近する。
そしてその体にしがみ付いた。

「うおっ、何のつもりだ!?」

そう思ったのはアリスもだった。

「ここからどうする気?」
『ALICEシステムは正式には“アーティフルサクリファイスシステム”っていうの』
「それって…」

嫌な予感しかしなかった。

『自爆機能よ』
「はああああ!?」
『安心しなさい。自爆する前にコックピットが自動で外に排出される設計になってるわ』
「なら早く出してよ!」
『せっかちね………あら?』
「どうしたの?」
『ちょっと整備ー。ハッチとの接触が悪くて排出動作が始まらないんだけどー? ちゃんとパッキン変えたー?』
「いい加減にしろおおおぉぉぉぉ!! てかまたパッキン!?」
『パッキン変えれば大体の故障は解決するのよ?』
「てめぇの頭のパッキン交換して貰えバカ!!」

あたりを爆音と閃光が覆った。








「うわぁ。派手にやったわね」

何もかもが粉々になった爆心地に夢子が降り立つ。

「これってアイツの角の欠片かしら?」

瓦礫をどけて辺りを注意深く見渡しても、やはりアリスの姿は見当たらない。

「ふむ」

水晶玉を取り出す。

「神綺様ー、そっちはどうすか?」

腰を痛め、ベッドの上で寝転ぶ神綺に向かい話しかけた。








【紅魔館 地下室】


夢子からアリスと萃香の戦いの報告を聞いていた。

『そしてアリスは、自爆して敵と相打ちになりました』
「頑張ったのねアリスちゃん」
『アリスは十分この戦争に貢献しました。復活と魔界への復帰をお許しいただけないでしょうか?』
「モチロンよ。アリスちゃんの髪の毛とか回収できそう? 肉片が少しでも残ってれば完璧に復元できるわ」
『探します。なんとしても』
「夢子ちゃんが回る予定の場所は、全部私が代わりに行ってあげるから、そっちを最優先して」
『助かります』
「で、夢子ちゃんは次にどこに行く予定だったの?」
「永遠亭という所です」










【永遠亭】

永遠亭の一室。

そこには輝夜とてゐ、妹紅の3人がいた。
輝夜は部屋の中央で正座し、妹紅は壁に背中を預けて楽な姿勢を、てゐは輝夜の隣で膝を抱え俯いている。

「なんで貴女がここにいるのよ?」
「その質問は私じゃなくてあのデカブツにしなよ。私だって、出来ることなら里に残りたかった」

妹紅は自身を連れてきたゴーレムを指差す。
部屋は魔界の兵隊たちによって見張られていた。

「ところで輝夜。あとの2人は?」
「永琳は月に逃げるよう命じたわ。きっと仲間を引き連れて戻ってきてくれるわ」
「背が高い方の兎は?」
「鈴仙なら死んだよ。お師匠様が逃げる時間を稼ぐために、最後まで勇敢に戦った」

その言葉の後、ただでさえ暗いてゐの表情がさらに曇った。

「臆病だと思ってたけど、意外と勇敢な奴だったんだね」

もっと仲良くしてやれば良かったよ、と小さくつぶやく妹紅。
このやりとりによって、部屋の雰囲気は一気に暗くなった。

しかしこの静寂は、予想外の形で破られることになる。


「毎度お騒がせしております! 魔界神の神綺です! 好きな食べ物は外の世界のアイスクリームです!」


突然魔界神が、タックルで襖を破壊して転がりながら中に入ってきた。

「ガリガリ君コンポタ味に感動して『これのチョコ味verがあったら最強じゃね? 魔界で製造しよ?』と夢子ちゃんに提案したら『シャーベットウ○コ』と言われて挫折した過去があります! 夜露死苦!」

そう叫んでからてゐを指差した。

「はい、次貴女。自己紹介! 職業と名前、好きな食べ物!!」
「え? は? へ?」
「タイムアップ!」
「ぎゃぁ!」

神綺の平手がてゐの頬を打った。
間髪入れずに今度は妹紅を指差す。

「はい、次貴女。元気よく!」
「おいおいおい。ちょっと待ってくれ魔界神さん。何なのそのテンション?」
「え? 夢子ちゃんがココは『竹林に居を構える屋敷の大半はニンジャーヤクザカンパニーだから、元気良く挨拶しないと舐められる』って言ってたけど違うの?」
「魔界のヤクザって何者?」

この時、神綺の勢いに妹紅とてゐは圧倒されたが、輝夜だけは違っていた。

「随分と好き勝手やってくれたわね」

明確な敵意を込め、魔界の神を睨みつける。

「永琳が戻ってきたら覚悟することね」
「そうそう。夢子ちゃんがこれ拾ったんだけど貴女達の知り合い?」
「なっ!」

神綺が運び込んできたものを見て、輝夜は思わず立ち上がる。

「スターウォーズっぽくカーボンで固めたかったけど、手持ちになかったから布団圧縮袋(魔界製)で代用したわ」

木の板と一緒に布団圧縮袋の中に押し込まれて、真空パックにされた永琳の姿がそこにあった。
板の上に仰向けの姿勢で固定されているため体の凹凸がはっきりと分かる。

「永琳どうして!? 逃げ切ったんじゃないの!? それじゃあイナバの犠牲はなんだったの!?」
「ッ…! ッ……ッ!」

輝夜たちの声が聞こえて意識が覚醒したのか、板が小刻みに震えだす。

「ヒッ! 動いた!」
「ォぅ゛!」

うっかり板を倒してしまい、それによって永琳の動きは止まった。

「さてと、それじゃあ本題に移ろうかしら」

そのことに気にせず、神綺は話し始める。

「この中に不老不死者がいるって聞いたけどどの子?」
「…」

輝夜と妹紅は目を合わせてから手をあげた。

「そのウサ耳の子は違うの?」
「この子は長生きが取り得の妖怪よ」
「へぇ。じゃあ眠っててもらいましょうか」

てゐに向かい白い玉を放る。

「え、なにこ……れ」

一瞬でマユとなり、てゐだったものはその場に転がった。

「イナバに何をしたの?」
「魔界人化させるだけよ。体を魔界で生きていけるように作り変えるの」

そう説明した後、神綺は困った顔をして腕を組んだ。

「貴女達もそうしてあげたいんだけど不老不死でしょ? どうしたモノかしらねぇ?」
「それはお生憎さま」
「それで色々と考えて、1個だけ案が浮かんだの。貴女達の体から蓬莱の薬を取り除く方法を」
「無駄ね。蓬莱の薬は私の魂まで染み渡っている。取り除くことなんて不可能よ」
「その通り。だから、戻しちゃおうと思って、貴女達が蓬莱の薬を飲む前の状態に」
「は?」

神綺の言っている意味がわからず輝夜は口を開けたまま停止する。

「2人をどんどん若返らせて、不老不死を得る前の体に戻しちゃうのよ」
「そんなこと出来るわけ…」
「それが出来ちゃったのよねーモコタン♪」
「ああ」

2人のやりとりを神妙な面持ちで聞いていた妹紅が頷いた。

「妹紅、一体何を言ってるの?」
「試したのさ事前に。この魔界神と」
「私の力でモコタンの体の時間を1400年くらい戻したらね。オカッパ幼女モコタンになったの」

その時の妹紅の隣には、蓬莱の薬が入った壷があった。
それは実験の成功を意味していた。

「裏切ったの!? 幻想郷を!?」
「もう疲れたんだ。寝ても覚めて復讐のことばっかり考える日々に」
「じゃあ止めればいいじゃない!」
「出来るわけないだろう! 父が受けた辱めも! お前に穢された一族の未練も! 何一つとして許せるものか!!」

魔界が妹紅に提示した条件は『蓬莱の薬を無効化するための研究に参加』、それに対して妹紅が見返りとして求めたのが『輝夜への復讐の完遂』だった。

「永琳が捕まったのもまさか!?」
「そうよ。私が手引きした。永琳の存在は魔界側も特に警戒していたからね」
「貴女最低よ! 許せない!」
「初めて同じ気持ちになれたね。嬉しいよ」

輝夜の襟を掴み密着。自らの体ごと燃え上がらせる。

「1度コイツと心中する。お互いにリザレクションする時は無防備になるから、その間に時間を戻して」
「わかったわ」

神綺は永琳とてゐを避難させるように指でゴーレムに指示を出した。

「離しなさい妹紅! こんなことをして…」

2人を包むように火柱が上がり、二つの炭化した塊が折り重なるように残っていた。

「よし」

炭化した塊の下に複雑な模様の魔法陣を描き、魔力を一気に篭める。

「おりゃあっせい!!」

そこには骨のように白い粉だけが残った。
2人の姿はどこにもなかったが、魂はちゃんと魔界の輪廻に加わったことが確認できた。

「ごめーん。永琳ちゃん連れてきてー」

手を叩くと、ゴーレムはすぐにやって来た。

「何回もやってコツが掴めたから、すぐに終わらせられると思うわ」

永琳の時間も同様に戻し、魂を輪廻に加えた。









【仙界】

豊聡耳神子、霍青娥、物部布都、蘇我屠自古の4人は車座になり、今後について話しあっていた。

「せっかく千年以上の時を経て復活したというのに、間髪入れずに魔界人になれとは。何時の世も不条理ですね」
「申し訳ありません太子様。我にもっと力があれば」
「気に病むことはありませんよ布都。あれを退けられる勢力など幻想郷にはありません」

仙界に突如として湧いた大量のゴーレムにより、道教の一派も為す術なく陥落した。

「どうした青娥殿? 今日は妙に静かではないか? どこか具合でも?」
「あ、え、ええ? そうかしら?」

布都に指摘され、顔をハッとあげてしどろもどろになる。

「大方、この騒ぎに乗じた悪だくみでも考えているのでしょう。そっとしておきましょう。とばっちりを受けますよ」
「まぁそんなトコでしょうね」
「なんじゃ。そういうことか」

神子のその言葉に、2人は得心いったと頷く。

「バレては仕方ありませんわ。自分の部屋で芳香でも愛でながらゆっくりと練るとしましょう」
「魔界の方が来る頃には戻ってきてくださいね」
「心得ております」

幽雅な物腰で立ち上がり、ひらひらと舞いながら自分の部屋がある方へ進んでいった。

「こんな時まで悪だくみとは、危機感というモノがないですかねアレには?」
「ふふ。全くです」

呆れる屠自古に神子は同調して笑う。

(でも本当は…)

神子にだけ、青娥の心の声が見えていた。

(動揺している。かつて無い程に)

ずっと青娥から焦燥感を知らせる声が大音量で聞こえていた。










「認めない…認めないこんなの。こんな滅茶苦茶な展開絶対に認めない!!」

青娥は自室に戻ると、ヒステリックに喚きながら、タンスを漁り、めぼしい物だけ鞄に詰め込み始めた。

「ふざけるなっ! 何が魔界神よ! 当然現れて幻想郷を占拠!? 何よそれ!」

鞄を閉じると、その上に腰掛けて、せわしなく親指の爪を噛む。

「どうする? これからどうする? どうやって幻想郷から抜け出す?」

青娥には魔界人になる気など毛頭なかった。
なんとか敵に出会わず博麗大結界を抜ける方法をひたすら模索する。
しかし妙案が中々出て来ない。

「私はこのままでいなければならないの! 絶対に!! この姿でなければ意味がないの!!」

苛立ち、片手で髪をガシガシ掻き毟る。

「どーしたー、せーがーさまー?」

焦る彼女の元に、部屋の隅で待機させていた宮古芳香が寄ってきた。

「なにかこまってるのかー?」
「五月蝿い! 気が散るでしょ!!」
「お、おお?」

両手で押された芳香の体は、そのまま棒のように真っ直ぐに倒れた。

「ああもう! 何なのよこの状況! クソ! クソッ!!」

怒りに任せてわき腹を何度も蹴る。

「う゛? お゛?」

芳香は痛みこそ感じていないものの、これまでのパターンにない主人の行動にどう対応して良いかわからず、待機状態を維持した。

「こんなことしてる場合じゃないわ!」

魔界神到着の時間が近付いていることを思い出し、蹴るのをやめた青娥は鞄を引っ掴む。

「こうなったらもう出たトコ勝負よ!」

普段の彼女らしからぬ結論を出してから、勢い良く部屋を飛び出そうとする。

「待った! あれが無い!!」

しかし慌てて踵を返し、本棚から1冊の本を抜き取り、大事そうに抱きかかえた。

「ごめんなさいお父様。危うく置いていくところでしたわ」

それは仙術の初歩の初歩、青娥にとってはもう無価値と呼んで差し支えない内容の本。青娥が幼い頃に失踪した父が残していった物だった。
そんな荷物を青娥は服のポケットに滑り込ませてから今度こそ部屋を出ようとした。

「忘れ物よ〜」

廊下に1歩踏み出した時、初めて聞いた声が背後からした。
心臓を鷲づかみにされる心地を味わいながら、恐る恐る首を回す。

「洗面所に歯ブラシ忘れるわよ? あとこの子も。家族と歯ブラシ、旅行にいくんならこの二つは必須よ?」

芳香の顔を指でつつきながら神綺はそう言った。

「誰、あなた…?」

漂う雰囲気から、目の前の者が何者か大体の予想はつく、しかし、尋ねずにはいられなかった。

「魔界神です」
「ッ!!」

直後、神綺のその顔に鞄を投げつける。

「おひゃぁ!?」
「死ね! 厄病神!!」

蚤を抜き、心臓を貫くべくそれを突き出した。

「デンプシーロール!!」
「なっ!?」

神綺はそれを咄嗟に回避する。
捨て身での突進だったため青娥は止まることが出来ず、芳香の上に倒れこんだ。

「くっ! 芳香! コイツを殺すのを手伝いなさい!」
「…」
「返事しなさいよこの穀潰……へ?」

右手に違和感を感じて視線をそちらに移す。中指、薬指、小指がごっそりと無くなっていた。
咀嚼する芳香の口から、小指の先がはみ出している。
芳香の額には、主人の命令を忠実に守るための御札が無かった。

「なんか見え辛そうだから剥がしちゃったけど、ひょっとしてマズかった?」

申し訳なさそうに神綺は芳香の額にあった札を見せる。

「オオオオオ゛!!!!」
「ああああああああああああああああああああああ!!」

理性をなくした芳香は青娥に覆いかぶさり、その首筋に噛み付く。

「すごい。リアルバイオハザード」

片目を閉じ、指で作ったフレームでその光景を眺める。

「おっといけない。はーい、大人しくしましょうねー」

芳香を引き剥がして、その体を糸で包んでいく。

「この子が、どうなるか、非常に興味深いわね」

完成したマユに頬ずりしつつ青娥を見る。
彼女の首周りは、自身の血で真っ赤に染まっていた。

「生きてる?」

顔に手を近づけてパタパタと振った。

「今すぐに魔界人化させれば助かるから大丈夫よ」
「なにも……しない、で」

目の前にあった神綺の手を、力なく払って拒絶した。

「この体じゃ、なきゃ、意味が……ない、の」

死体を偽装して家族を欺き仙人となり、人目を憚ることを続けて力を蓄え、千年以上の練丹術を施して、維持し続けた身体。

「なぜ?」
「だって、この体じゃないと、お父様に会った時……私だって、気付いてもらえない」

言い終えると、青娥の瞳孔が完全に開ききり、顔が横を向いた。

「残念ね。この子、前情報で生物に詳しいって聞いたから、今後について色々と相談できると思ったのに」

せめてもの手向けにと、目を閉じ、両手を組ませてやった。
















「遅いのう青娥殿」
「そうですね、そろそろ魔界神がここを訪れる時間だというのに」
「私、呼びに行ってきます」

屠自古が立ち上がった。

「お願いします。布都、君も一緒に行きなさい」
「なぜですか?」
「念の為です。屋敷にはあの巨漢の化物がうろついていますし」
「太子様がそう仰るなら」

渋々、布都も腰をあげ屠自古に同行した。









「魔界人化かぁ。幽霊でもなれるのかなぁ」

青娥の部屋に向かう途中、屠自古はそう独りごちた。
肉体を持たない屠自古はそれが不安の種だった。
最悪、自分だけ赤ん坊からのスタートになるかもしれないと思うと、気分は判決を待つ罪人のようだった。

「ムリだろうな十中八九」

布都が水を差す。

「あんたは何でいつもいつも私に対して嫌味しか言えないのよ」
「だが事実であろう? 肉体が無いのにどうやって魔界に適応した身体を手に入れる?」
「それは、新しい身体を用意してもらうとか」
「敵がわざわざお前の為にそんな手間を掛けてくれるのか?」
「それは…」
「まぁそう気を落とすな。太子様のことは我に任せて、安心して赤ん坊から始めると良い。やったではないか。念願の足が手に入るのだぞ?」
「ぐっ」

それから青娥の部屋の前に辿り着くまで、2人は終始無言だった。

「この臭い」

錆びた鉄の臭いに両者は顔をしかめる。

「また芳香で妙な実験でもしておるのか?」
「だと良いんだけど」

ゆっくりと戸を開けた。
青娥の亡骸に手を合わせていた神綺と目があった。

「あら丁度良かった。この子の身体を埋めるのを手伝って頂戴」

その場にいる3人の中で、最初に動いたのは布都だった。

「おのれぇ!!」
「きゃぁ!!」

座っていた神綺に飛び掛り、押し倒して両手で首を締め上げた。

「貴様、魔界神の手先だな! 卑劣なヤツめ!! 屠自古! 青娥殿の仇を討つぞ!」
「ちょっと待って、話しを聞いて。ね?」
「騙されぬぞ賊が! 屠自古、なにをモタモタしておる!」
「わかってるわよ!」

青娥の机の引き出しから見つけたメス。

「はよせい! この役立たずの大根!!」
「うるさいわね!」

それを握り締めて跳んだ。
小さいながらも鋭利な刃は、布都の背中に深々と突き刺さった。

「な…?」

意味がわからない、という表情で布都は振り返る。

「もうウンザリなんだよクソ餓鬼!」

一閃。布都の整った顔をメスの刃が縦断した。

「おがあああああああああ!!」

過去のどの痛みとも比較できない激痛だった。
顔を両手で押さえてのたうち回る。

「ここで転生させられる私が、どうしてお前の味方なんかすると思う!?」

先ほどの布都との会話で、自身はもうここで終わりだということを悟った屠自古は、布都を道連れにすることにした。

「その体を千数百年と護ってやってありがとうを言うどころか、日頃からムカつくことばっかり言いやがって、私がこんな体になった原因がお前の工作だってことくらいわかってんのよ!!」

転げまわる布都に跨り、何度も刺した。
その内の1刺しが額に命中し、布都は絶命した。

「私だってお前みたいな綺麗な足が欲しかった! 太子様と寄り添って歩ける足が欲しかった!!」

死してなおその身体に刃物を突きたてて叫んだ。

(足? ……あ)

その言葉を聞いてようやく神綺は、屠自古の足が特殊であることに気付いた。

(知ってる、私、あれと同じ形の子を)

神綺の脳裏に、かつて神社に巣食っていた霊の姿が蘇る。

(悪霊だあああああああああああ!! 魅魔の親戚だあああああああああ!!)

神綺は、魅魔と呼ばれる悪霊にトラウマがあった。

「何見みてんだオラアアアア!!」
「ひっ!」

高揚し、自暴自棄になった屠自古は何も恐れるものは無いとばかりに神綺に詰め寄る。

「祟るぞコラァ!! ガゴウジぶち込むぞゴラァァ!!」
(悪霊でヤンキーとかまんま魅魔だあああああああ!!)

対する神綺は過去のトラウマの影響ですっかり萎縮していまい、普段の自分を見失う。

「てか何モンだてめぇは!? 魔界の使者かコラッ!?」
「違います、魔界神です!」
「魔界神とかなんじゃい!?」
「読んで字の如くです! 魔界の神をやってます!」
「じゃあてめぇがこの騒動の主犯か!!」
「一応そうなります!」
「なんでこんなふざけたことやった!?」
「それはその……しん」
「どーでもいいんじゃボケェ!!」
「ぎゃん!」

頭をはたいた。

「そんなことよりも、幽霊は魔界人化できないって本当かオイ!!」
「基本そうなります!」
「私幽霊だけど魔界人化したいんじゃアホンダラァァ! 受肉できんのかコノヤロォォ!」
「魔力を他よりも多めに使えば可能かと」
「今すぐに私にそれをやれや! 魔界一の美脚にしろや!!」
「今すぐですか?」
「はよしい!!」
「はひぃ!」
(ま、まぁ悪霊じゃなくなるのなら安いものかしら?)

神綺の手から金色の糸が紡がれて、それが屠自古を覆っていく。

「マジありがとうな!!」
「ど、どういたしまして!!」
「ついでにあそこで死んでる物部は、お前に戦いを挑んで返り討ちにされたってことにしとけや!!」
「えー!?」








【地底】


「地上は今どうなっているんだ?」

星熊勇儀をはじめとする、地底で暮らす鬼の集団は、地上と地底を繋ぐ穴の前で立ち往生していた。
崩落した岩盤のせいで、地上に上がれないでいるのだ。
外にいた部下から地上が謎の軍勢に攻められていると知らせを受けたその矢先におきた事故だった。
誰もがこれをその軍勢による妨害だと察知していた。
しかし、それが身内の手によって引き起こされたということまでは、考えが回らなかった。

「勇儀さん!」

古明地さとりが、ペット数匹を引き連れて勇儀たちのもとへやってきた。

「地上へはいけそうですか?」
「仲間と交代で岩盤を叩いているんだが、一向に削れない」

進展の無い状況に、勇儀は歯噛みした。

「私から提案なのですが、地霊殿に地底の住人全員を集めませんか? 広さは十分にあるので避難所としても使えますし、1度地底の重鎮を集めて今後のことを話しあうべきだと思うんです」
「……そうだね。仲間に話しを通してくる」

勇儀の先導により、地底に住む大部分が地霊殿に寄せ集められた。
大人数ではあったが、一箇所に密集したおかげで、なんとか地霊殿の中に納まった。
そこでさらにさとりは提案する。

「いざという時のために食料庫を開放して、携帯食を皆さんに配ろうと思います。私達が食料を運んでくるので、勇儀さんは皆を地霊殿の広間に集めて、5列で並ぶように誘導していただけませんか?」
「悪いね」
「いいんです。こういうときこそお互いに助け合い、信頼関係を築かないと」
「全く持ってその通りだ」
「ではここはお願いしますね」
「おっと、待ちなさとり」

ふいに呼び止められて、さとりの身体が硬直する。
勇儀があまりにも真剣な眼差しでこちらを射抜いていた。

「な、何でしょう?」
「酒があったらさ、それも持ってきてくれないか?」
「構いませんが、呑みすぎたらいけませんよ? 勝って祝杯を上げる時の分がなくなってしまいますからね」
「ふふ。善処するよ」

軽く会釈をしてさとりは地霊殿を出た。
向かったのは、食料庫とは全く反対の方向だった。
そこで待機していたペット達と合流する。

「どうしたんですかさとり様? すごい汗ですけど?」
「一瞬、あの鬼に勘付かれたかと思ってヒヤっとしただけよ。それよりもお燐、ペットは全員避難したかしら?」
「はい。ただ…」

最も信頼を寄せているペットは、申し訳なさそうにこう続けた。

「ただその、こいし様のお姿が見えません。昨日から」
「そう。まあいいわ。ご苦労様」

お燐への労いの言葉のあと、さとりは、彼女の隣に立つもう1匹のペットの肩に手を置いた。

「お空。燃やしなさい。特別に最大火力で撃っていいわよ」
「はーい」

霊烏路空は、特に深く考えることなく制御棒の先を、鬼達が集まっている地霊殿に向けた。
次の瞬間、太陽のように明るい光が、地底を照らした。

















「…」

燃え盛る地霊殿をさとりはボウと眺めていた。

「ずいぶんと豪勢な焚き火をしてるわね。妬ましい」
「あらパルスィさん。避難してなかったんですか?」
「皆が集まる所って苦手なの」

水橋パルスィはさとりの横に座る。

「今日は朝からずっと騒がしかったけど、何があったの?」
「いいですよ。特別に教えてあげます」

さとりは包み隠さずに話した。
魔界のこと、その魔界に自分達は付いたこと、魔界での安定した暮らしを得るために地霊殿以外の住人を皆殺しにする取引を結んだこと。

「へぇ」
「意外ですね。もっと驚いたり、怒ったりするものだと思っていましたが」
「地底にいれば、大体のことには動じなくなるわ。それに鬼の連中は前々から気に入らなかったから」
「普段のパルスィさん、鬼とは親しそうに見えましたけど?」
「表面上の付き合いよ。この地底は忌み嫌われて居場所を失った者達の為の場所だと日頃から思ってる私にとって、地上よりも快適だなんてふざけた理由でここに居る鬼には反吐が出るわ」
「同感です。こうして話してみると、私達って似た者同士で………何のつもりです?」

会話を一旦切り、刃物を手にしているパルスィに問いかける。

「何をするかなんて、私の心を読めばわかるでしょう?」
「何をするかわかっているから、尋ねているんです」

パルスィは自殺しようとしていた。それは分かっている。
知りたいのは動機だった。

「地霊殿を裏切った私を刺すとかならわかりますよ? なんで自ら死を選ぶんですか?」

パルスィの中は様々な感情が渦巻いているせいで、その本質である彼女の本音の部分が中々見えてこない。

「私はこのままだと魔界人になるんでしょう?」
「そうですよ。新しい土地で、きっと今よりも素敵な毎日が送れますよ」
「今の私よりも素敵な毎日を送るであろう未来の自分が妬ましいから。邪魔するのよ」

刃物を胸に突き刺してから、最後の力を振り絞り、刃を抜いた。
傷口から堰を切ったかのように血があふれ出てくる。

「なにをしてるんですか!?」

傷口を押さえて止血する。

(邪魔しないで)
「どうしてですか!」
(これで良いのよ)
「ならせめて、私が納得する理由を言ってから、死んでくださいよ!」
(私が私であるため、よ。それ以外の理由なんて無いわ)
「だからそれがわからないって言ってるんですよ!!」

それから間も無く、パルスィは事切れた。











地霊殿から上がる炎はまだ弱まる気配は無い。
相変わらずさとりりはそれを眺めながら物思いに耽る。さとりの隣には、自殺したパルスィの死体が転がっていた。

「『脂が燃えて煙が空に立ち昇るのを見て、この上に神様はいないと思った』って台詞をこいしが言ってましたけど、誰の言葉だったんでしょうか。妙に納得できるんです」
「そーよー。だって神様は上じゃなくて隣にいるんだから」

さとりの背後から現れた神綺が答えた。

「オッスオッス」
「ずいぶん遅かったですね?」
「ええ。仙界でちょっと色々あって」

神子に仲間が2人も死亡してしまった経緯を上手くごまかすのに相当骨を折っていた。

「ぷぷっ」
「あ、さとりちゃん今、私の心読んだでしょ!?」
「読んでませんよ、ククク」
「嘘だ! 絶対に読んでる! じゃなきゃ笑うはずないもん!!」
「あ、間欠泉の悪霊」
「ひぃぃ!!」
「嘘です」
「やっぱり読んでるじゃない!!」

頬を膨らませつつ、さとりの横に座る。

「良い知らせと悪い知らせがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
「じゃあ、良い知らせから」
「この戦争は私達魔界軍の完全勝利に終わりました。協力してくれた地霊殿の皆には魔界での生活に困らない最大限の支援を約束します」
「それは何より。で、悪い方は?」
「妹のこいしちゃんの遺体が妖怪の山で見つかったわ。抗争に巻き込まれたみたいね」
「そう、ですか」

さとりは脱力して、俯いた。

「ごめんね」
「いえ。こいしには全て教えておきました。それで出歩いて死んだのなら、こいしの自己責任です」

どうしても妖怪の山にいかなければならない事情でもあったのか、それとも普段の無意識に身を任せた結果なのかは、今となってはもうわからない。

「そうかもしれないけど、貴女はそれで納得できるの?」
「実を言うと、この戦争が終わったら、姉妹の縁を切ることになっていたんです」
「どうして?」
「お互いに、さとり妖怪関連で散々な目に遭いましたからね、種族が変わった新天地では、お互いに自由に暮らそうって決めていたんです」
「そうだったんだ」
「白状すると、こいしの面倒を見るのが苦痛だったというのも、縁を切るキッカケとなった1つです。だからもう良いんです」

さとりはどこか開放されたような様子だった。

「戦後処理は、ここで最後ですか?」
「そうよ。私の仕事はここまで。後の細かいことは全部他の子にやってもらうわ」
「じゃあ裏切り者代表として、神綺様に言っておきたいことがあります」
「なぁに改まって?」

さとりは立ち上がり、神綺を見下ろした。

「今回、幻想郷を裏切った連中に半端な気持ちの奴は居ない事を、どうか知っておいてください。今回加担した連中はどこもかしこも追い詰められてて、魔界に縋るしかないって状態だったんです。
 面白半分にとか、幻想郷を混乱させてやろうとかいう意図は微塵もなく、自らの破滅を覚悟して、決死の思いで手を挙げたんです。それだけは忘れないでください」
「ええ。肝に命じておくわ」

神綺は右手を出すと、さとりはそれを力強く握った。
こうして余りにも一方的だった戦争に、一つの区切りがついた。







そして月日は流れ、幻想郷の住人を取り込んだ魔界は栄華を極めた。
神綺の統治は相変わらずつつが無い。

しかし、この日。
数百年間鳴ることのなかった城の警鐘が作動した。

「神綺様。侵入者です。ここは私どもに任せて避難を」
「逆よ夢子ちゃん。避難するのはみんな。お客さんをそのままお通しして」
「しかし」
「いいからいいから♪」

数分後、神綺が構える玉座の間に、侵入者が到着した。

「今まで何をしていたの? すっごく心配したのよ?」
「あんたを始末するための方法を探していたのよ」
「で、見つかった?」
「それを今から試すのよ!」

八雲紫はそう高らかに宣言した。

「あの時は迂闊だったわ。まさかあの状態で隙間が使えたなんて」
「一回しか使えなかったから、使うタイミングを見極めるのに苦労したわ」

戦後処理を終えた直後、魔界軍全員が気を抜いたその一瞬を見計らい、紫は外の世界へ逃亡した。
そして今日、再び神綺の前に現れた。

「ここの階段を登る途中で紫ちゃんとすれ違った2人の魔界人。あれ貴女の式とその式だったのよ?」
「やっぱり。なんとなくそんな気がしてたわ」
「つれないわね。折角の再会したんだから、一声くらいかけてあげても良かったんじゃない?」
「前世は主従関係だったかもしれないけど、今はただの他人よ」

紫の背後、空間が裂けて1つ、2つとまるで壁に亀裂が走るようにその数を増やしていく。

「始める前に、一つだけ聞かせなさい」
「なにかしら?」
「戦争の動機よ」

方々を当たって魔界神のことを調べ上げたが、これだけはどうしてもわからなかった。

「カンブリア紀というのを知ってる?」
「生物の種類が爆発的に増えた時代だったかしら?」
「さすが紫ちゃん。博識ね」

戦争の動機とかけ離れすぎた話のように思えたが、話の腰を折らずに最後まで聞くことにする。

「先カンブリア紀まで、生物はたったの30種類しかいなかったのに、カンブリア紀を迎えてから、生物の種類は1万種類を越えたの」
「確か、酸素濃度が増えて、生物が丘に上がるようになったから、というのが一番有力な説だったかしら?」
「私はそうは思わないわ。きっと科学の力で計り知れない大きな力が介入したと思うの。でなければ説明がつかない現象が多々あるわ」
「神様が何かしたとでも言いたいわけ?」
「まぁそんな所。地球を作った神様はきっと退屈してたのよ。地球を作って20億年以上経つのに、未だに生物は30種類。何か劇的な変化が欲しくなったんじゃないかしら? あの時の私みたいに」
「魔界に新しいDNAを加えるために、あんな大掛かりなことをやったわけ?」
「魔界の生物はね。全部私が作ったの。私が作ったから、どれだけ世代を重ねて進化しても、私の想像を超えることは絶対にない」

だから幻想郷住人を取り込んで、自分の想像を超えた種族を新たに誕生させようとした。
それこそが戦争の最終目的だった。

「魔界では全知全能の私にとって。『新しい発見』によって得られる充足感が、どれだけ尊いものかわかる?」
「ハッ、1ミクロも共感できないわ」
「残念ね。貴女も箱庭の主なら、少しは通じるものがあると思ったのに」
「魔界はアンタの試験管かもしれないけど、幻想郷は違うわ。あそこは忘れられたモノ達が行き着く最後の楽園。管理者はいても支配者はいないわ」
「そうだったの。それはちょっと悪いことをしたわね」
「何を今更」

紫の背後、無数にあった隙間は一つに束ねられ、巨大な断層へと姿を変えていた。

「魔界を終わらせてあげる」
「それはちょっぴり困るわ」

魔界史上、最も熾烈な戦いが始まった。

























半年後。

「おー、すごい。あれって何ていうんだっけ? パックスリー? テポドン?」

魔界の城のテラスから、鋼鉄の師団を眺める。

「にしてもすごい数。ひぃ、ふぅ、みぃ………夢子ちゃーん、遊園地で係員がお客さんを数える時にカチカチするの持ってきてー」

振り返るがそこには誰もいない。

「そっかー。みんな死んじゃったんだっけ」

この城には神綺しかいない。
1週間前に撃ち込まれたミサイルによって、神綺以外の魔界人は全滅した。

「夢子ちゃんくらいは生き残ってて欲しかったけど、さすがに250発以上も核やらバイオ兵器を撃ち込まれたら流石に無理ゲーよね」

今いるこの城も、いつ崩壊してもおかしくない状況だった。

「紫ちゃんも面倒くさいことしてくれたわねぇ」

あの日、紫の目的は神綺を倒すことではなく、魔界と外の世界を繋ぐことだった。
紫は自らの命と引き換えに、それを実行した。

「地球連邦軍 対 魔界とかどこのB級映画ってカンジよね?」

紫に唆された外の世界の人間達は、魔界の技術を欲して侵攻を始めた。
そして今にいたる。

「今までは国境付近でバンバン撃つだけだったのに、今日はぐいぐい中まで来るわね」

魔界の最後の生き残りである魔界神を討つため、人間は全戦力を投入していた。

「魔界神1匹殺すのに、ずいぶんと大掛かりね。いいわ。受けて立とうじゃない」

魔界の風景は、兵器の色で埋め尽くされる。
それら全ての砲門は、神綺を狙っていた。

「耐久(も)って30分ってところかしら?」

テラスから飛び立ち、それらを眼下に見据える。

「あの子たちが」

神綺が魔界で行う、最後の暇つぶしである。


















荒廃した都会の街並みの中を1人、神綺は歩く。

「ある日ーパパと2人でーかたりあったさー♪」

ひっくり返った戦車に下半身を潰されて死んだ兵士からヘルメットを奪い、それをタンバリンのように叩く。

「この世にいきるー喜びー♪」

爆風で吹き飛ばされて、街路樹の枝に腹を串刺しにされ、目を開けたまま絶命している少女に向かい手を振る。

「そして悲しみのことをー♪」

手を繋いだまま死んだカップルを飛び越える。

「グリーングリーン♪ あおぞらーにーはーことりがうたいー♪」

焼けて骨組みだけになった家の梁に縄を掛けてテルテル坊主のように自殺した者の足元をくぐる。

「グリーングリーン♪ 丘の上にはララ みどりがもえーるー♪」

通りかかったガレージの中、無傷な車が窓から見えてシャッターを開ける。

「失礼。ちょっと運転したくなったの」

車の持ち主であろう車中の男性を外に放り捨てる。

「ほんっと、昨日死んだみたいに新鮮ね」

化学兵器によって汚染された地球には、どんな微生物も生存できず、死体が腐敗することはなかった。

「この人はここから逃げようして、その途中で力尽きたのかしら? 逃げる場所なんてどこにも残ってないのに」

刺さったままのキーを回す、ガソリンが残っていなかったため代わりに魔力を流し込むと、エンジンがかかった。

「どのチャンネルからもご機嫌なナンバーが流れこないわねぇ」

大音量で流れるノイズと砂嵐が室内を支配する。
周波数を変えても、音響が鮮明になることはなかった。

「まぁ当然か、人類滅んじゃったし。主に私のせいで」

エンジンを止めて、リクライニングシートを全開まで倒す。

「はぁ。こんなハズじゃなかったんだけどなぁ」

車の窓、開いたガレージの中から灰色の空を見上げる。

「もっかいイチから魔界つくろっかなー。皆の魂は保管してあるし。でもモチベーションが上がらないのよねぇ」

また新たに魔界を創造するという気がどうしても起きなかった。

「なんか刺激が欲しいわー。宇宙人がやってくるくらいのインパクトが。そうなったら、その宇宙人達の母星を乗っ取って第二の魔界にするのに」

「なんてこと。本当に地上の民が滅んでる」
「衛星からの映像に間違いは無かったんですね隊長」

「ん?」

自分以外の声を久しぶりに聞いた。
車から出て、様子を窺う。
幻聴でないことを祈った。

「早く依姫様に報告を」
「はっ」

兎耳に制服姿の少女が2人いた。

「みーつーけた♪」

新しい生き物を見つけた魔界神は、これ以上にないというくらい無邪気に笑った。
【月面】

人類が滅んでから千年後、神綺は月面に第2の魔界を築いていた。

「失礼します神綺様」
「どうしたの夢子ちゃん?」
「外遊中の紅魔館が、生物がいる惑星を発見したと報告がありました」
「マジで!? ちょうど良かった。アリスちゃんの留学先を探してたところなのよ」

報告書を受け取り目を通す。

「よく見つけたわねー、こんな僻地なのに」
「紅魔館の主人曰く運命力の賜物だそうです」
「どの勢力を調査に行かせましょうか?」
「その件ですが、冥界やら地霊殿やら、他にも大勢が手を挙げています」
「みんな行きたがってるの?」
「ええ。世界中が新天地に興味津々のようです」
「そっか。なら…」

神綺は立ち上がり、大きく伸びをしてから、その場にいる全員の方を向く。

「いっちょ侵略しちゃいますか」
木質
作品情報
作品集:
8
投稿日時:
2013/07/07 15:06:13
更新日時:
2013/10/07 22:45:18
評価:
17/23
POINT:
1830
Rate:
15.46
分類
産廃創想話例大祭A
神綺
夢子
幻想郷
戦後処理
簡易匿名評価
投稿パスワード
POINT
0. 160点 匿名評価 投稿数: 6
1. 90 まいん ■2013/07/08 01:21:39
侵略と滅亡を繰り返す魔界の神か誰よりも性質が悪い。
せめて誰か対抗馬がいれば良かったが、それも敵わぬ圧倒的差だ。
どこかコミカルで悲壮感がなく、安心して見ていれました。
2. 100 NutsIn先任曹長 ■2013/07/08 01:29:16
おいおいおい……!?
なァに、気軽に幻想郷滅ぼしちゃってんのよ!?
分類タグの登場人物は二人だけだし……。

裏切り、絶望、力不足……。
散って逝く幻想郷の各勢力。
幻想郷はあっけなく征服されてしまった……。



それも、冗談みたいな、一方的な展開で。
悲壮な侵略が、ネタ塗れかよ、おぃいっ!?



神様の気まぐれ一つで、皆、簡単に蘇る事が出来るし。



やる気の一つも出た途端、また、パーティーの始まりだァァァァァッ!!!!!
3. 100 穀潰し ■2013/07/08 02:33:14
あまりにもあっさりの負けっぷりとその裏の各勢力の悲痛なまでの決意。
コミカルに描かれていながら、芯はシリアスと実によい読み応え。
ごちそうさまでした。

>地球連邦軍対魔界軍
東宝自衛隊なら一日ぐらいもつ気がする。

>カンブリアン爆発
デストロイア「酸素美味しいです。」
4. 90 名無し ■2013/07/08 02:48:28
暇つぶし力高い
5. 100 名無し ■2013/07/08 17:28:58
重いのに軽い、軽いのに重い独特な感じが良かったです。
魔界の紅魔館はフランちゃんが当主なのかな?
6. 100 名無し ■2013/07/08 23:38:33
 最初は神綺様があっさりと幻想郷を制圧したのを、コミカルだなぁと笑いながら読んでいたけど、途中の永遠亭、仙界での目の前で血みどろの争いが起きているのに平然としている神綺様が理解不能のサイコパスみたいで凄い恐怖が湧いてきました。
 なるほど、これが魔界の神、と。
 そして最後の崩壊した世界で、一人で楽しそうに遊んでいる神綺様がとても可哀そうに思えた。この世に一人きりで、誰も対等な立場の者がいない寂しさが。

 あと最後に、パルスィカッコ良かった(粉みかん)
7. 100 ゲス野郎 ■2013/07/09 19:16:51
軽妙かつ沈鬱、狂っているのに笑いがこみ上げる、素晴らしい物語でした。

小物臭さをプンプン漂わせながらも狭く深い父への愛に殉死する青娥の姿がまさしく自分の娘々像と重なり、胸に熱いものを感じました。
他の『裏切り者』たちもそうですが、信念を持った卑劣漢は応援したくなるものですね。
8. 100 ぽちぽちぽーち ■2013/07/09 23:37:47
み、魅魔は、魅魔様はどこへ……っ!
13. 100 名無し ■2013/07/13 10:38:58
魔界が幻想郷を乗っ取るというかつてない展開にドキドキしっぱなしでした。

各勢力だけじゃなく、無所属の面々もどうなったか気になるところ。
裏切り者全員に強い魅力を感じました。
14. 90 名無し ■2013/07/14 03:23:06
うーん胸糞悪い!氏のおかげでだいぶ神綺の株が下がってます。鬱陶しい!……褒め言葉ですよ?
彼女以外は皆必死に生きてて、魅力的でした。
15. 100 あぶぶ ■2013/07/14 23:43:25
とても楽しそうに外道を行うお方だ。清々しい。
でも現実でこのテンションで生きてたら長生き出来無そう・・・
17. 100 名無し ■2013/07/20 09:34:54
イカレタ神様怖ぇ
どの勢力も背景が濃くて素敵
18. 100 んh ■2013/07/21 02:20:00
導入で盛大に笑ってそのまますんなり読めました。このギャグとシリアスのバランス感覚はやっぱり素晴らしい。
ラストの一人きりとなった神綺様に絶対的強者の孤独を痛感しました。でも個人的には最期の最期まで諦めの悪いゆかりんが一番好き。
20. 100 県警巡査長 ■2013/07/29 12:28:12
おいおい、魔界神さんよぉ…。そんなのありなんですかい?
21. 100 零雨 ■2013/07/30 22:10:42
神綺様つよすぎぃ……
22. 100 名無し ■2013/07/30 22:44:30
絶対になんか悪い方面に再生すると思っていたら予想が外れたでござる
全能神といえども退屈という時間を食べるのは酷なようですね
23. 100 汁馬 ■2013/07/31 09:55:53
ギャグとシリアスさが丁度良い感じ
毎回あなたの書く作品には楽しませてもらっています

全能と思える神綺様でもちょっと弱い部分があったりするのが可愛い
千年後の世界がとても壮大になっていて楽しそうです
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