Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/imta/req/util.php on line 270
『価値』 作者: 毛玉
紅魔館に朝の光が差し込む。
お気に入りの場所であるバルコニーで食後の紅茶を嗜む館主の傍らでは、瀟洒な従者が日傘を差し掛けていた。
「いつもながら申し分のない味ね」
「お褒めに授かり光栄ですわ」
最後の一口を飲み込むと、彼女は席を立った。
従者から日傘を受け取り、今度はひとりで歩き出す。
彼女が向かう先は、親友の私室と化している図書館であった。
「もう少ししたら、ケーキでも運んできてくれるかしら?」
「はい、かしこまりました」
+++
「お早うございます、お嬢様」
豪著な館にはそぐわぬ簡素な造りのドアを開けば、赤髪の司書が出迎える。
漆黒の翼をぱさぱさとはためかせながら、書物の整理のために飛び回る姿はどこか可愛らしい。
「お早う」
「お早う、レミィ」
「パチェ、新しい弾幕の開発は進んでるの?」
「ええ。気づくとそこに出現する弾。ふわふわと不規則な動きで弾幕の中をたゆたう。
……速度性能に優れた奴ほど事故に遭う」
「なるほど、対魔理沙用ってわけね」
「そういうことよ。今度こそ持っていかせるものですか」
「心は盗まれているくせに」
「むきゅっ……! 妙なことを言わないでちょうだい!」
顔を真っ赤にして咳き込みはじめた病弱魔女の下に、司書が慌てて翔け寄ってくる。
ばらばらと落ちた魔導書のうちの数冊が、大きな饅頭帽子を圧縮した。
当然、持ち主にも鈍痛は伝わり、うーうーと呻きながら頭を抱えて恨みがましく司書を睨み上げる。
自身の主の看病で手一杯の司書が、それに気づくことはなかった。
「……うー……」
「パチュリー様、パチュリー様大丈夫ですかぁぁ!?」
「ごふっ……平気、よ、それよりレミィが……」
「へっ!?」
振り返り状況を把握した司書は、顔を真っ青にして本日2度目の悲鳴を上げる。
ごめんなさい、ごめんなさいと全力で謝罪をしつつ、小さな体に抱き付いて頭を撫でまわした。
外見は幼くとも、立派な吸血鬼であるこの館主を子ども扱いするとは、この司書も大した度胸である。
「もういいから、離して頂戴」
顔を真っ赤にして、彼女は図書館を後にした。
+++
紅魔館の門前には、虹色の妖怪がいる。
緑のチャイナドレスからのぞく艶めかしい足。豊満なバスト。ほどよく引き締まった綺麗な腕。さらさらと風に揺れる鮮やかな赤髪。――それらに似合わぬ、間抜けとしか言いようのない寝顔。
「良く寝る門番ねえ」
2階の窓から身を乗り出して、くすくすと笑いながらからかってやれば。
ぱちりと目を開けて、門番妖怪は面白いほどの慌てぶりを見せてくれる。
「……っ!? 寝てませんよ咲夜さん! あれ……うわああああお嬢様、いえこれはあのですねその!」
「見分けもつかないほどに眠いの?」
「……すみません」
「私は別にいいけどね。ただ、咲夜に見つかったときはナイフの1、2本は覚悟した方が良いわよ」
「うう……以後気をつけます」
「はいはい」
実行されたためしがない反省の言葉を適当にあしらって、彼女はくるりと背を向けた。
大きな翼がはためくさまは、司書とは異なりどこか妖艶ですらある。
それを見つつ、あ、そうだ、と虹色門番が呟いた。
「今夜、博麗神社で宴会を催すそうですが、お嬢様は参加されますか?」
「あら、そうなの? もちろん参加するわ。あなたも一緒に来るといいわ」
「ありがたいですけど……留守番がいなくて大丈夫ですか?」
「どうせ寝てるんだからいいでしょう?」
「……はい」
+++
夜が降りてきて、“普通の”人間は明日のためにと床に就く。
白銀色に輝く十六夜月の光に濡れて、紅魔の主は空を翔ける。
その傍らに瀟洒な従者の姿はない。彼女が付き添いを断ったためだ。
呑めや歌えやの馬鹿騒ぎが繰り広げられている博麗神社の灯りは、だいぶ遠い。
闇夜を翔けて、彼女は小さく笑う。
しばしののちにたどり着いたのは、灯りの落ちた紅魔館だった。
「……ふふっ」
霧に化けて扉の隙間を抜け、階段から地下へと降りる。
月光すら途絶える廊下を、淡いオレンジ色のランプが仄かに照らし出している。
大図書館さえ通り過ぎた先、もうひとつ現れた階段をまた降りる。
そこにランプはなく、広がるは暗闇ばかり。
従者さえ立ち入らせたことのない、禍々しい装飾の施された扉を開いて、彼女は口元に刻む笑みを深くした。
「御機嫌よう、フランドール」
艶美に、邪悪に、切なげに呼びかける声に、その少女はなんの反応も示さない。
床に身を投げ出し、生気を失った紅い目でぼんやりと虚空を見つめるばかりだ。
薄闇の中に浮かぶ金髪はしっかりと手入れがされているのか、艶めいていて指通りが良さそうだ。
「つまんないわね、もう言わないの? “馬鹿なことを言わないで、フラン!”ってさ」
失望を露わに、腹部に踵を沈める。
気力がないのか、金髪の少女が悲鳴を上げることはなく、ただただ弱々しい呻きを漏らすだけであった。
「ねえ、お姉様。私、ずっとお姉様を恨んでた。
私を閉じ込めて、この館での存在価値を奪って、お姉様だけが皆に求められて、楽しそうにしてて。
お姉様にだけ存在価値があるのが、妬ましかった」
普段とは異なる幼い口調で言いながら、白い指を自身の髪にからめる。
その部分から色素が抜け落ちて、鮮やかな金髪へと変化してゆく。
ばさりと一度羽搏かせた翼から漆黒が払い落とされて、きらきらと輝く宝石めいた羽根が露わになる。
「けど違ったんだね。お姉様はお姉様でなくても良かったんだ。
だって、そうでしょう? 本当にお姉様に価値があるのなら、みんな、私の正体に気づいてもいいはずだわ。
妖精メイドや小悪魔はともかくとしても、親友を名乗るパチュリーや、忠誠を誓ったって言う咲夜と美鈴ならさ。
いつもここに遊びに来て、皆とお話をしてた魔理沙だってそう。
……宴会でもね、だぁれも気づいてくれなかったよ、お姉様がお姉様でないこと」
彼女――“フランドール”は、独白を続けながら、自らの姉である“レミリア”の髪を優しくなでる。
金色に光っていた髪は輝きを失い、淡い瑠璃色へと変化する。
そのまま手を動かして翼に触れれば、宝石めいた羽根は抜け落ち漆黒を取り戻す。
これで、彼女たちは本来あるべき姿を取り戻したというわけだ。
「お姉様も私も同じ。人間も妖怪も、個人が個人でなくちゃならない理由なんてどこにもないんだわ。
……あ、力の強い妖怪なら気づいてるかもしれないね。
でも、気づいていたとしたらもう、ほんとに何の望みもない。
それで何もしないってことは、お姉様にも私にも価値はないということの完全な証明になるんだから」
「ねえ、私は本当にフランドールだったのかな? お姉様は本当にレミリアだったのかな?
……結局さ、どっちでもいいんだよ。何もわからなくてもいいんだよ」
「価値なんて、ないんだから」
それきり、“少女”は独白をやめた。
片割れは元より口を開かないのだから、必然的に沈黙が訪れる。
うずくまる闇が全てを包む。なにも見えない。誰も知らない。
“少女”は自害でもしたか、諦観を胸にいつものように眠るのか、はたまた行き場のない破壊衝動を抱いて飛び出したのか。
誰も知りはしない。住人が戻り来る夜明けまでは。
- 作品情報
- 作品集:
- 8
- 投稿日時:
- 2013/07/31 13:53:00
- 更新日時:
- 2013/07/31 22:53:00
- 評価:
- 3/4
- POINT:
- 330
- Rate:
- 14.20
- 分類
- 紅魔館
- 初めまして
外で笑っても、内で嗤っても、
何の問題もなかった。
二人は等価か等しくゼロか……。