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『偽典 : 東方自傷譚〜アル時代、アル国、アル図書館ニオケル少女ノ自傷ニ関スル詳細〜』 作者: 遠野たぬき
はじめに
これは、とある東の国に立っていた洋館が焼失した際に、不思議と1冊だけ残ったある手記の記述に脚色を加え読み物とした、偽典である。この出版を許可して下さった、洋館の主、スカーレット女卿に多大なる感謝を。そして、女史の心身回復を強く願う。
1章
「っん、…あ」
少女の、小さな呻き声が一つ。暗い図書館に零れて、溶けるようにして消えていった。
声が溶けていった代わりに、図書館司書のそれを思わせる木造デスク上に、少女の左手首に出来た真一文字の傷痕から紅い血液が、鼓動に合わせて垂れていく。ぽたり、ぽたりと。痛みが零れだし、ちいさな、そして徐々に大きな水溜りを作っていった。その色は、同じくデスクに置かれたカップの中に残るすっかり冷めた紅茶よりも遥かに紅く、この図書館がある真紅の洋館「紅魔館」の壁面よりも、深い紅だった。
自分の腕から零れ出した血液がデスクを濡らして行く様を、少女は何処か惚けたような、夢を見ているような表情で眺めていた。空気に触れた傷から脳に伝わる、チリチリとした痛みが逆に心地よい。概念でしか知らないため比べようがないが、もしかしたら、性交による快楽よりも気持ちが良いのではないだろうか。自殺という背徳行為に及んでいるという、何とも言えない禁忌的な甘さが、心を弛緩させ理性を溶かし、さらに傷口を増やしたらどうかと思わせるのである。しかし、だった。ふいに、焦点のあっていなかった目が、読みかけだった魔道書に血が染み込みそうになっているところにとまったのである。それを認識した瞬間、はっと正気に戻り、急いで魔法を用いて、宙へと避難させた。先程までの表情が嘘のように、顔はみるみるうちに青ざめていき、すぐに痛みや恐怖、驚きと焦りが浮かんでくる。
確認するのは左手首の深い切り傷と、右手に持った古めかしい銀製ナイフだった。何かの魔術に使えると思って、以前手に入れていたものだ。正気でいられるうちにと、彼女はナイフを遠くへと投げ捨てた。どれだけ強い力で握っていたのか、掌にはナイフの持ち手に施されたレリーフ痕がついてしまっており、少し汗ばんでいる。
「わたし、またやって・・・」
か細い声で呟き、溜息をつこうとして、激しく咳き込んだ。喘息持ちの彼女にとって、本当はこの暗く埃が漂う図書館は身体に毒だ。しかし、彼女の世界はただ、ここだけ。ここで、本に囲まれている生活だけしかないのである。だからこそ、本を汚しかけた瞬間に正気を取り戻したのだろう。
咳が落ち着くと、左手首の切り傷に右手を当てて魔法で治癒する。少女にとってその程度は児戯にも等しい。本当なら跡形もなく消しされてしまうのだが、ここ最近彼女はそこまでの治癒をしない。そのせいで、陶磁器のように真白な彼女の腕には、6本を超える深い切り傷が残ってしまっていた。彼女はそれを、自分への戒めだと考えている。「お前、はこんなにも愚かなことを、こんなにもしてしまったのだ」と、身体に遺しているつもりだった ――― 実際、傷を遺すようになる以前にも4度、合わせて10度以上繰り返してもなお、彼女の自傷は止まることを知らず、むしろ徐々に深くなっているのだった。
その時、図書館の入り口側から、カラカラと台車を押す音が聞こえてきた。紅魔館のメイド長が、紅茶のおかわりと茶菓子を置きに来たのであろう。彼女は傷を隠すように、トレードマークともなっている薄紫の上着の袖を伸ばし、何事もなかったように本を手にとった。
「読書の際中に失礼致します、パチュリー様。紅茶のおかわりなどは如何でしょうか?」
パチュリーのすぐ傍まで来ると、メイド長は丁寧な口調で、尋ねてくる。どうやら気づかれていない、少女―――パチュリーは少しほっとした。もしも、自傷行為がこのメイドにばれたら、すぐに事は館の主の耳にも届いてしまうであろう。そうなると非常に面倒だ。
「・・・戴くわ、咲夜。少し気分が悪いから、檸檬も一切れ加えてくれる?」
「承知致しました」
咲夜は恭しく頭を下げると、慣れたてつきで台車からティーポットをとり出し、パチュリーの注文通りで紅茶を淹れていく。
「パチュリー様が檸檬をお入れになるなんて、珍しい」
「そうね。本当は邪道だもの。けれど、たまには」
「喉の調子がお悪いならば、後で医者に使いを出しますが」
「いいわ、自分の身体のことは自分でできるから」
パチュリー自身は気づいていないようだが、普段のそれよりも彼女は能弁だった。加えて、いつもなら熱いうちに飲み干している紅茶が、カップに冷めて残っていることも咲夜は気になった。生粋の紅茶好きである彼女は、普段なら一番美味なタイミングを逃さずにそれを飲み切るのだ。もしかしたら本当に具合が悪いのか、それとももっと他に何か・・・不信に思いながらも、これ以上踏み込むのは使用人の仕事ではないと割り切る事にして、これ以上の追求はよすことにした ――― 咲夜の注ぐ、芳しい紅茶の香りが周囲に立ちこめる。カップの脇には注文通り一切れ、輪切りの檸檬が添えられる。先程切ったばかりなのだろう、さっぱりとした柑橘の香りが、パチュリーの鼻を擽る。
流れるような手つきで、咲夜はそれをデスクに運ぶと、今度は舶来の焼き菓子が数個乗った籠を取り出し、それもカップの近くへと置いた。どうやら焼きたてのようで、生地に加えられたチョコレイトチップの、甘味を含んだあたたかな香りが少し、パチュリーを落ち付かせた。悟られぬように、身を正し、小さく息を吐く。
咲夜はというと、素早く帰る支度を整えたかと思うと、胸に片手を当て簡易的な礼をした。
「お待たせ致しました、ごゆるりとお楽しみくださいませ。御用の際には使いを寄越して下されば何時でもお伺いいたします」
「有り難う、咲夜」
パチュリーは、本を降ろして両の手でカップをとると口に運んだ。柔らかな彼女の唇が、紅茶に触れる、・・・直前だった。台車を押して帰ろうとした咲夜を、呼び止めたのである。
「どうかされましたか?」
「貴女、死にたいと思った事は有るかしら」
「・・・どうされました?」
「答えたくないなら良いわ。ちょっとした知的探究心よ。いいわ、もう行って」
そう言うと、今度こそパチュリーは紅茶を口へ運んだ。意識はもう、手に持った魔道書に向いているようで、咲夜などすっかり眼中になく、手だけがひらひらと舞って、スコーンを器用に掴んだ。
咲夜はやはりどこか、パチュリーの様子に何かおかしなことを感じたのだが、その何かがわからないまま、仕方なく図書館を後にする事にした。
パチュリーは、咲夜が去った事を確認すると、そっとデスクに魔道書を戻した。ここ最近は、何故だかうまく文章が頭に入って来ない。むしろ、最近の彼女の感心は他のところにあった。それは、死だった。まるで、自慰を覚えたての少年から快楽が消えていかないように、死というものばかりが、四六時中頭の中をぐるぐると廻っている。彼女はさらにきょろきょろとあたりを見回し、小1時間程前に屋敷の外へと出した、使いが帰っていない事を確認し、そっとデスクの2段目の引き出しを開けて、中にあったボロボロの本を取りだした。正確には、それは本とは言えるものではなく、どちらかと言えば古い手帳。色あせた茶色の表紙には、ラテン語に似た文字で「死」を意味する単語が殴り書かれており、頁からは10枚以上の付箋がはみ出ている。
これは、ある時代、もう存在しない国の酔狂な医者によって書かれた「死」を纏めた研究文書を、後の時代、これまた酔狂な研究者がより現代語に近い文字へ解読した物であり、もはやその存在は誰も覚えていない(もしかしたら、原文はどこかの図書館に収められているかもしれないが)。そして、解読者が自分の解読したそれを、「本」と表現した事で、めぐりめぐってこの図書館へと収められたのである。ここには、本と言う全ての本が、集められており、パチュリーはこの図書館の管理を、生業としているのであった。
ある日、その本を見つけたパチュリーは、趣味をかねた仕事の一環として、自分のわかる言語へと翻訳し、そこに書かれた知識を一つ一つ紐解いていった。医学書よりも克明な、生きた人間の解剖の様子から、まっとうな精神の持ち主が読めば卒倒しかねないような残忍な仮説と、奴隷を使った実証。そして、刃物を使って少しずつ、自身の身を殺いでいった作者自身の記録。それらを、これまで他の本にしてきたように、少しずつ、読み説いていったのである。スポンジが水を吸収するように、少しずつ、少しずつ理解していく。作者の死にかけた情熱は、今や彼女の情熱でもあった。しかし、いくら読もうとも、理解できないことがどうしてもあった。「死」。どれだけ本を読んでも、どれだけ想像しても、「死」そのものを、体感するには至らなかったのである。今まで彼女は、本から沢山の事柄を学び、多くの知識を得た。読めば、知識だけでなく、それを書いた作者の思想まで手に取るようにわかったのである。しかし、これに書かれた、「死」に逝く作者も気持ち、「死」そのものに向う気持ちだけはどうしても、感じ取ることができなかったのだ―――それが、今、彼女に、ある種のあこがれとして、「死」を抱かせている原因である。
12章
パチュリーがこの東の小国を訪れ、紅魔館へと住まう事になったのは、気の遠くなるほど昔の話。異国語で「魔法使い」を意味するような、不思議な響きのある年号で、呼ばれていた時代の事であった。どういう理由、どういう経緯で訪れたのかは記憶にはないが、今の館主の父君である先代に目通り、この図書館の管理を依頼されたのである。当時、彼女は、某国の博物館で古典管理の職についていたのだが、本という本全てが収められた図書館の管理という好条件に、二つ返事で快諾すると、一度国に帰って身辺整理を済ませた後、再度この国を訪れた。以来、この図書館が彼女の世界だった。
日の射さない暗い箱の中で、永遠と知識を紐解いていく作業。多くの人間にとって、それは苦痛な仕事と思えるだろうが、元来、本に並々ならぬ執着を持っていた彼女・・・いや、魔法使いにとってすれば、それは夢のような仕事である。魔法使いとして生まれたものの、古の時代と違ってそれだけでは儲からない。食べていけない時代、パトロンがいない者は、副業として金を稼がねば研究すらままならず、それに耐えかね多くの同胞が廃業していった時代において、衣食住を約束され、知識など溜めこみ放題。着任早々に図書館全体に結界を施し、どんな魔法実験を行っても、本や館外に被害が及ばないようにしてある為、気兼ねなく、魔導書の実証も行う事が出来る。こんな素晴らしい仕事、他にはなかったのである。勿論、外に出ると言う発想が浮かぶ事は無く、少なくとも自分が、図書館ないし紅魔館から外に出る日が来るとしたら、一通り本全てに目を通した後になるだろうと、彼女自身そう思っていたし、実際に出ていなかった。特に、件の「本」に触れてからと言うもの、館のダイニングに食事に出る事すら渋るようになっていたのだが、その日は館の現主たっての願いで、久しぶりに上に顔を出し、夕食を共にする事になっていた。
ゴシック様式の硬派な装飾に、おそらく名のある職人の物と思われる調度品で飾り立てられた広いダイニング。20人以上が容易につけるのではないかと言うような大きなテーブルを挟んで、たった二人だけの食事会が行われていた。ちょうど空になったメインディッシュ(仔牛をへーゼルナッツを混ぜた衣をつけ揚げたモノに、赤ワイン仕立てのソースがかかっていた)の皿が、小さなメイドによって下げられていき、代わりに咲夜が食前のデザートの皿を運んできた。皿の上には、薄いキャンディ質のドームが乗せられている。
「咲夜、今日のデザートは?」
「ソフトクリームの温ソース添を御用意させていただきました。こちらのドームに、暖かいリンゴのソースをかけていただきますと、中からソフトクリームと季節のフルーツが出てまいりますので、溶け切る前にお食事になられますと、冷たさと温かさの合わさった、退屈しないお味がお楽しみ戴けます」
「そう。後で、フランにも」
「今晩のメニューと同じ物を、既に他の者に運ばせておりますのでご安心ください」
自分の意図する所を汲んだ咲夜の万全の対応に気を良くしただろう、紅魔館の現主である少女、レミリアは小さく笑み、「ありがとう」と労いの言葉をかけ、手ぶりで咲夜を下がらせた。深く礼をしその場から下がろうとした咲夜に、パチュリーは図書館に紅茶の準備をしておくように頼んでおいた。このように言っておくと、下にパチュリーが降りて一息つくのとほぼ同時に、淹れたての紅茶を運んで来てくれる。
「最近、何かあったの?」
咲夜がダイニングを後にし、二人きりになった事を見計らって、レミリアは口を開いた。
「・・・いえ、変わらずよ。本を読んで、整理して、実験。これまでと何も変わらない」
「でもその割には、最近あまり顔を出さなかったじゃない。だから、貴女の関心を惹くような、何か素敵な事でもあったんじゃないかって思ったのよね」
そう言って、リンゴソースとアイスクリームを口へ運ぶ。「あ、ホントに面白い味!ソースが冷めないうちにパチェも戴きましょ」と、明るい声を上げてくるレミリア。ここで自分が何か反論をして見せたら、余計に心配をかけてしまうのではと思い、あえて何も言わず、自分もデザートを口に運ぶ。確かに、甘ったるいリンゴソースを、冷たいソフトクリームがきりりとひき締める、面白い味わいだった。もう一口、運ぶ。このデザートは、まるで今の自分のようだと、パチュリーは感じた。「死」と「生」の二律背反。死の感覚に対してこの上ないあこがれを持っているのに、同時に、いけないことをしている、心配をかけてしまっているという現実感もある。それらが混じり合っているのが、今の自分であると言う自覚はあった。ただし、怖いのは、暖かいあこがれとと冷たい理性が混じり合って、熱を失くした時、残る気持ちはどちらなのかという事である。このまま、あの本にさらにのめり込み、手首を切るだけでは満足できなくなったとしたら、自分はどうなってしまうのか。恐怖と、想像もつかない死に対する甘い憧れが同時に彼女の脳裏を掠める。快感を司る神経を擽られたようで、小さく身震いをした。その時だ、レミリアはデザートを食べる手を休め、テーブルに乗り出し、パチュリーの前まで這い出てきたかと思うと、すんすんと鼻を鳴らした。
「ねぇ、パチェ」
「・・・何?レミィ。はしたないわ」
「貴女から、少しだけ、良い匂いがするわ。消えそうなくらい少しだけど、甘くて、とろける・・・血みたいな」
「・・・勘違いよ。・・・いえ、もしかしたら、さっき鉄製の道具に触れていたからかもしれないわ」
我ながら苦しい言い訳だ、パチュリーは思った。しかし、他になんと答えれば良いのか。手に残した傷を見せ、「最近自傷行為に快感を覚えるようになったの」とでも言えば良いのか。いや、ここでの正解は、隠すことだ。治癒魔法はかけてあるのだから、血の残り香だってそんなにしないはずだ、と。
そんなパチュリーの言葉を信じてか、訝しみながらも気を使ってか、レミリアは「そっか」とだけ言って、すぐに席に戻ってデザートを食べ始めた。沈黙が、流れる。重い、沈黙だ。
「ねぇ、レミィ」
「・・・何?パチェ。今度は貴女のばん?匂い、嗅ぐ?」
「貴女、死にたいと思った事って、ある?」
「ないわ。少なくとも、今までは無いわ。」
それは、はっきりとした否定だった。力強い、否定だった。
パチュリーは「そっか」とだけ、レミリアの言葉を真似てそう言い返すと、デザートへと戻る。すっかりアイスは解けて、黄色のリンゴソースが混ざりきらぬまま奇妙な渦巻きのような模様をつくっていた。
33章
ぽつり、ぽつりと降り出した雨が、新品の墓石を叩いた。男衆が、「雨でぬかるむ前にやってしまおう」と、掘り立ての墓穴に運んでいく。
参列する者たちの衣装も一様に黒く、雨除けに、一人、また一人とさし出した傘もまた、黒という徹底ぶり。あたりの暗さとあいまって、まるでモノクロに映画を見ているように思えてくる。
傘から覗く参列者の顔は、いつかの時代、何処かで見た覚えがある者ばかり。どうやら前の列に立つ者程、記憶に新しく、その証拠に、最前に立って埋葬を見守っているのは、レミリアと、その妹のフラン。2人に傘をかけているのは咲夜であった。門番や他のメイド達がいないというのが、逆に現実味がある。
そこで、葬列に自分がいない事に気がついた。いや、そもそも、自分という存在は今どこからこの光景を見ているのかがわからないのである。酷くふわふわとした、地に足がつかないような感覚と共に、背にうすら寒い物を感じた。
そうだ、墓石に刻まれた文字を見ればはっきりするではないか。思いついた途端、視点だけがふわふわと墓石に近づいて行く。雨が、少し強くなる。冷たそうな雨だったが、何も感じない。私は何も感じない。何故なら、その墓石は、埋葬されようとしているのは、わ
時刻は、まだ丑三つを少し過ぎたあたりであった。悪夢に魘され飛び起きるなど子供でもあるまいしと、自分の事ながらパチュリーは笑ってしまた。咲夜が昨日、用意してくれたばかりの寝間着が既に汗でびっしょりと濡れ、肌に張り付いてしまっていた。このまま寝れば風邪をひいてしまうだろう。寝心地は期待できそうもないが、起き上って私服へと着替える事にして、彼女は床を離れた。
地下にある図書館は常に暗いが、外が夜だと余計に暗く感じられる。パチュリーの寝室は、図書館の端にある小さな部屋で、元々は棚に片付けきれない本を片付ける為に用意されたものだった。しかし、パチュリーの魔法をもってすれば、図書館の本棚が持つ「許容量」だけを大きくするなどたやすく、本来の用途を失った部屋が代わりに彼女の部屋として使われることになったのだ。
ベットの脇に置いていたランプに火をくべると、暗かった部屋が橙の色に照らし出される。外の世界では、電気というものが発明され、徐々にそれを用いた製品も作られるようになってきているらしいが、蝋の焼ける独特の臭いが彼女は好きだった。そこで、ふと思い立つ。冬になったら練炭を咲夜に調達してもらおう。ここで、それを焚くと、どんなに暖かく、「苦しみながら死んでいく事が出来るのだろう?」。
「・・・あれ?」
今、自分が何を考えていたのかを、パチュリーは思い出せず首をかしげたものの、すぐに自分が着替えをしようと思って起きてきたことを思い出し、衣装箪笥へと向って歩き出した。その際、姿見に映った自分の貌が酷く楽しげだった事を、パチュリーは見逃した。
幕間
その後も、ノーレッジ女史の奇行は続いた。リストカット、首括り、オーバードーズ。また、意図的に、細工を施し自分自身の骨を折る、身体中に圧迫を加え内臓を潰すといった行為が日常的に行われていたと、「彼女の日記」には書かれてある。一部ページにはその際の心情、身体状況なども書かれていたが、紅魔館の主であるスカーレット女卿などから話を窺った限りでは、確かに彼女の行動におかしさはみられたものの、日記にある「腕に残した傷」や、「死の研究所」などは一度も見られなかったというのである。誤解を恐れずに言えば、スカーレット女卿らが虚偽の証言をしており、日記こそが真実と言う見方も出来なくもない。しかし、だ。これら日記の記述を全て真実とみれば、「魔法」などという荒唐無稽な内容を真実だと受け止めることとなってしまう。が、ノーレッジ女史が戻らない限り、事実を確認する方法は、ない。
終章
気がつくと、私は図書館の本を、一冊ずつ、山を作るように積みあげていた。
徐々に、徐々に、うず高く。本は積みあげられていく。数千、数万、それを超える本が、山になって行った。
山が出来ると、私はそこに登っていった。
一段ずつ、本を階段にして、登って行った。
そう、これまで死ねなかった訳。多くの方法を試して死ねなかった訳が、やっとわかったのだ。
私は、この図書館だ―――この図書館が、私だ。
私は、これらを残して逝くことなど出来ず、この図書館がある限り、果てしなく生き続けるだろう。
だからこそ、共にいこうと決めたのだ。
私の祖先、多くの魔法使い、魔女達がそうなったように、火に焼かれ、火にまかれようと決めたのである。
頂上に着くと、私は手にしていたランプを、離した。
溶けた蝋に火がつき、本が、燃える。私が、燃えていく。
「―――っあ」
思わず、笑えてた―――「あつい」
あんなに色々やっても、最後はこんなにあっさりと、簡単に―――「熱い」
突然に、唐突に、まるで神様か誰かが閃いたかのように―――「hじゃycんfmけrbyかmfsd}cjhdふぁぃ;お<P>C?}X.fckml/sjfuo/ncim,ox.s]@、cskdybfhなjxs¥cfらdkkkkkkkkkkks¥mslv;c差ccfさdfjvもsりvぽ@vwmqc、ら、wxぺうぃrm」いえええええええええええ@mヴぁ、wれv、rぺk。x。s¥cfらjhcgんhmxl;dscFp<Ocswtei7qy uiop.@/c¥xds/.yaocさc」
「ぁああああああああああはあgかs^c」―――死って、こんな感じだったんだ
せっかくだけれど、これはのこせなさそう。
だって、このかんかくは、しんでみないとわからな
筆者解説
件の洋館焼失事件の真相が紐とけるのではないかという、多くの読者諸君のご期待におそらくそえる形にはなっていないことを最初に謝罪したい。
文字通り事件の渦中(火中とも言えるだろう)にあったスカーレット女史が、館に勤めていたメイドと門番により地下室から救出されたのは奇跡に近かったと言えるし、またその火災を起こすに至った理由の書かれた日記帳だけが火の手を免れたと言うのも実に出来過ぎであった。しかし、ノ―レッジ女史の身を案じ、語るスカーレット女卿の様子からは、悪意のようなものは感じられ得ず、「館は再建が効く、しかしパチェが戻らなくては真に戻る事はない」という深い思慕を感じさせるコメントを、今回頂戴できた。
逆に、洋館焼失事件に関しての知識が乏しい読者の為に、ノ―レッジ女史のその後に関して、若干解説をしておきたいと思う。彼女は、火災を起こした後、火にまかれる直前、発生したガスを強く吸い込み呼吸器が火傷をおってしまい、呼吸困難に陥った事で本の山から落下(と、予想される)。そのまま、全身に火傷を負ったものの、先ほど述べたように、館の関係者に救出され、すぐに病院へと搬送された。
奇跡的に手術は成功し、彼女は生存したものの、火災から長い年月が過ぎた今でも、スカーレット卿の現宅にて寝たきりとなっているという。今も、彼女の精神は体に戻っていない。
彼女がどうして、「死」にのめりこんだのか。果たして、本当に彼女を魅せた「本」は存在したのか。そもそも、魔法とはなんのことだったのだろうか。彼女は本当に、魔法が使えたのか。そして火災以前に、自傷を行っていたのか。真実はわからない。そして皮肉なことに、彼女が最後に「死」を感じたとして、本当に死が訪れなかった以上それもまた、偽りの感覚でしか無かったのだから皮肉が効いている。
それに、最後の記述(多くの章は読者に読みやすく脚色を施し、小説として体裁を整えたがこの章だけはそのままを掲載した)。彼女はいかにして、火にまかれながら最後の一章を書きあげたのか。彼女と言う人間の、名誉を傷付けるつもりは毛頭ないが、一つの推論として。もしかしたら、この日記を書きだした時点で彼女はどこかしら、狂いだしていたのかもしれない。故郷を離れ、遠い東の国での新生活、本・・・知識に囲まれた暮らしにあって、いつからか、人として大事な部分を病んでしまっていたのではないだろうか。この日記に書かれたものはすべて、壊れた心によって生み出された妄想の産物だったのではなかったのだろうか。
真実は、定かではなく、もしかしたらこの先も。
射命丸 文
偽典 : 東方自傷譚〜アル時代、アル国、アル図書館ニオケル少女ノ自傷ニ関スル詳細〜 終
はじめまして遠野たぬきです。普段は別名義でほそぼそ一次創作やってます。こちらでは初投稿でした。
コンセプトは「パチェに自殺させる」だったのですが、結果、大きくそれて「パチェっぽい人が、どっかにある紅魔館みたいなところで、自殺したとかしないとか」みたいな話になりました。今思えば後、三回ぐらい自殺させてもよかったなぁと思っております。読みにくい文体、内容は仕方ないにして、場合によっては誤字脱字あるかもしれません、申し訳ございません。お時間を失礼いたしました。
遠野たぬき
作品情報
作品集:
8
投稿日時:
2013/08/25 15:08:21
更新日時:
2013/08/26 00:08:21
評価:
8/9
POINT:
670
Rate:
15.44
句読点の位置や行間の開け方などに気を配れば読みやすくなると思いますよ。
次回も楽しみにまっています。
死を望んだというより、興味を持った『魔女』。
知の探求の迷路の果ては出口ではなく深遠。
知を煉瓦として建てた賢者の塔。その傲慢さゆえ、崩れ、答えを得られず。
所詮は与太を基にした偽典。
このような読みにくい文、火災保険の支払いの審査にも使えない。
これを有り難がるのは、作中に登場した『魔女』くらいであろう。
なんとなく、太宰治のそれを連想しました。
次回……あるのかわかりませんが、も期待しています。
むしろ再編集を加えていない、純粋な日記として書き上げた方が衝撃が大きかったかもしれない。
色々と言い訳もできるしね。文章に文句言われても。