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『阿Qが割と関係ある故郷の幻想郷』 作者: ギョウヘルインニ
わたしは有給を冒して、結界を隔て二十余年も別れていた幻想郷に帰って来ました。季節は冬の最中で山の神社に近づくに従って天気は曇天になりました。身を切るような風が巫女服に吹き込んで寒いです。苫の隙間から外を見ると、空の下にしめやかな荒村があちこちに横たわっていささかの活気もありません。わたしはうら悲しき心の動きでも感じたほうが年甲斐も無く可愛く見えるのかなと思いました。
目下のそれは、二十年来ときどき想い出す幻想郷ではありませんでした。
そうです。わたしの想い出す幻想郷はまるきり、こんなものではありません。幻想郷はもっと佳ところが多いと思ってました。しかしその佳いところを記すには姿もなく言葉もないので、どうやら実はこんなものだったでしょう。そうしてわたし自身解釈して、幻想郷はもともとこんなものだと思うことにしました。――進歩はしないがわたしの感ずるほど退廃しているわけではないのでしょう。これはただわたし自身の心境の変化です。そもそも今度の帰省は何のたのしみもありません。
私達が永い間身内と一緒に棲んでいた神社がすでに公売され、社を明け渡す期限が本年一ぱいになっていたから、ぜひとも正月元日前に行ゆかなければならないかったのです。それが今度の帰省の全部の目的でした。住み慣れた神社と永別して、その上また住み慣れた幻想郷に遠く離れて、今食い繋ぎをしている他県に荷物を送るだけです。
わたしはその日はホテルに泊まって二日目の朝早く神社の門口に著きました。屋根瓦のうえに茎ばかりの枯草が風に向ってふるえているのは、ちょうどこの老屋が主を更かえなければならない原因を説明するようでした。周辺の山の妖怪達は安い立ち退き料を貰って他の土地に移った後で、あたりはひっそりしていました。わたしが社の外側まで来た時、神奈子様は迎えに出て来ました。諏訪子も蛙よろしく飛出とびだして来たので回避しました。
神奈子様は非常に喜んでくれました。何とも言われぬ淋しさを押包みながら、お茶(ジャスミン茶じゃないと私が飲まないことは覚えていたようです)をいれて、話をよそ事に紛らそうとしました。諏訪子は同じ部屋に入れると空気が汚れるので外からわたしを見ていました。
わたしは引越しの予定を話始めました。
「今度の新居が完成しました。家具も南蛮渡来の物をそろえました。ただ、まだ少し足らないものもありますから、ここにあるかさばりものを売払って向うで買うことにしましょう」
「それがいいね。わたしもそう思ってね。荷拵をした時、かさばるものは持運びに不便だから半分ばかり売ってみたがなかなかおあしにならないよ。諏訪子が全部汚したからね」
こんな話をしたあとで神奈子様は語を継ぎました。
「早苗は久しぶりで来たんだから、有力な妖怪や有力者に暇乞いを済まして、それから出て行くことにするんだ」
「ええそうしましょう」
「そういえば、あの霊夢がね、ここへ来るたびにお前の活躍をきいて、ぜひ一度逢いたいと言っているんだよ」
と神奈子様はニコニコしていいます。霊夢さんってそんな人だったかなと思いました。
「今度到著の日取を知らせてやったから、たぶん来るかもしれないよ」
「霊夢さん! ずいぶん昔のことですね」
この時わたしの頭の中に一つの”神さびた”画面が閃き出ました。はなだいろの大空にかかる月はまんまろの黄金色でした。下は山の死角に作られた大麻畑で、果てしもなき碧緑の中に十一二歳の少女がぽつりと一人立っている。脇のでた独特の巫女服を着て、手には木のお払い棒を握って一匹の妖怪に向って力任せに突き刺すと、妖怪は身を崩して少女に媚へつらい慈悲を請います。
この少女が霊夢さんでした。わたしが彼女を知ったのは十幾つかの歳でしたが、別れて今は三十年にもなります。あの時分は信仰も集まって、わたしは頑張っていました。その日はちょうど異変解決に私も出動し、異変は凄惨を極めました。もう駄目だなと思ったときに、わたしは霊夢さんに助けれました。霊夢さんの名前を聞き及んでいるし、年頃もわたしに近いし、境遇もにていました。何よりも、妖怪を狩ることに長けていました。
その異変は霊夢さんが解決したのに手柄は全部私に譲られました。
現在わたしの神奈子様が霊夢さんのことを持出したので、わたしのあの時の記憶が電の如くよみがえって来て、本当に自分の美しい幻想郷を見きわめたように覚えました。わたしは声に応じて答えました。
「それは懐かしいです。霊夢さんはどんな風ですか?」
「霊夢か、景気もあんまりよくないようだ」
神奈子様はそういいながら室の外を見た。
「おや誰か来た。御柱買うと言っては手当り次第に持って行くんだから、わたしがちょっと見て来ましょう」
神奈子様が出て行くと門外の方で四五人の女の声がした。わたしは諏訪子を側そばへ行ってで諏訪子と話をした。字が書けますか?頭大丈夫ですか、この家うちを出て行きたいと思うか、などということを訊いてみました。が、所詮話の通じる相手ではありませんでした。
「ねえ早苗、わたし達は汽車にのって引っ越すの?」
「なにいってるんですか? 途中までは引越し用トラックで途中から飛行機に乗りますよ」
「船は?」
「諏訪子だけは船でもいいですね。もちろん、貨物船ですが」
「なんだ早苗は、こんなになったのか? 髪がずいぶん伸びたな」
一種尖ったおかしな声が突然わめき出した。
わたしはびっくりして頭を上げると、頬骨の尖った唇の薄い、魔女のような女が一人、わたしの眼の前に突立っていた。幻想郷特有の帽子も無しにあちこち元々は白かったのであろう服は茶色く薄汚れて汚れた金髪は、まるで使い古しの竹箒みたいです。
わたしはぎょっとしました。こんな汚い竹箒に知り合いは居ないはずです。
「っち! 解らないか? わたしはお前と弾幕ごっこだってしたことがあるんだぜ」
わたしはいよいよ驚きました。弾幕ごっこなんていう言葉すら忘却の彼方にありました。すると、空気を読んだ神奈子様が来ました。
「早苗、頑張って思い出してみなさい」
とわたしの方へ向って言いました。でも、私は思い出せませんでした。
「仕方ない。これは魔法の森の魔理沙だよ。そら霧雨さんの」
そう言われると想い出しまいた。わたしがまだ未熟だったころ魔法の森の奥に住んで一日弾幕研究していたのがたしか魔理沙とか言いました。彼女は良く思い出せませんがソバカスをごまかすために色々やっていまいたが、鼻骨もこんなに高くはなく、唇もこんなに薄くはなく、それにまたいつも空を飛んでたので、こんな汚らしい格好を見たに初めてで、思い出せませんでした。ところが竹箒はわたしに対してはなはだ不平らしく、たちまち侮りの色を現し、さながら東方好きにして霊夢さんを知らず、東方好きにして魔理沙を知らざるを嘲る如く冷笑して来ました。
「忘れたってのか? 出世すると眼の位まで高くなるというが、本当だな」
「いえ、決してそんなことはありません、わたし……」
わたしは慌てて立上がりました。
「そんなら早苗、お前に言うが。お前は金持になったんだから、引越しだってなかなか大層だ。こんながらくた道具なんか要るのか。わたしに譲るんだぜ、そうだぜ、わたしども貧乏人こそ使い道があるんだぜ」
「わたしは決して金持ではありません。こんなものでも売ったら何かの足しまえになるかと思って……」
「おやおやお前は外で結構な大金を競馬につぎ込んだという話じゃないか。それでもお金持じゃないのか? お前は今三人の子供と社長の旦那さんがあって、外に出る時にはタクシーかハイヤーに乗って、それでもお金持じゃないのか? 私を瞞すことは出来ないぜ」
わたしは話のしようがなくなって閉口せざるえませんでした。
「いやだぜ、金があればあるほど塵ッ葉一つ出すのはいやだ。塵ッ葉一つ出さなければますます金が溜るわけだぜ」
竹箒はむっとして身を翻し、ぶつぶつ言いながら出て行きました。なお、行きがけの駄賃に神奈子様の注連縄を一本、素早く掻っ払って腰に装着して立去りました。
そのあとで近隣の妖怪や信者がわたしを訪ねて来たので、わたしはそれに応酬しながら引越しの荷物を片付けました。こんなことで三四日も過してしまったのは今でも悔やんでます。
非常に寒い日の午後、わたしは昼ご飯を済ましてお茶を飲んでいると、空から人が入って来ました。見ると思わず知らず驚きました。この人はほかでもない霊夢さんでした。わたしは一目見てそれと知ったが、それは記憶の上の霊夢さんではありませんでした。身の丈けが縮み、血色の良かった顔はすでに変じてどんよりと黄ばみ、額には溝のような深皺が出来ていました。目許は何か辛いことがあったのか地腫れしていまいた。涙なんて一度も見たこと無かったのですが。霊夢さんの頭の上にはすれたリボンが一つ、身体の上にはごく薄い棉入れが一枚、そのきこなしがいかにも見すぼらしく、手にお払い棒を持っていましたが、その手もわたしの覚えていた白くて綺麗で、ほっそりしたものではなく、荒っぽくざらざらして松皮まつかわのような裂け目がありました。
わたしは何と言っていいやら暫く言葉が見つかりませんでした。
「あ、霊夢さん、よく来てくれました」
とまず口を切って、続いて連珠の如く湧き出す話、船、地底……けれど結局何かに弾かれたような工合ぐあいになって、ただ頭の中をぐるぐる廻っているだけで口外へ吐き出すことが出来ませんでした。
霊夢さんはおどおどと立っていた。顔の上には喜びと淋しさを現わし、唇は動かしているが声が出ない。霊夢さんの態度は結局敬い奉るのであった。
「現人神様」
と一つハッキリ言いました。わたしはぞっとして身顫いが出そうになりました。なるほどわたしどもの間にはもはや悲しむべき隔てが出来たのかと思うと、わたしはもう外の流行の話もできないでしょう。
霊夢さんは頭を後ろに向けました。
「アンタ、現人神様にお辞儀をしなさい」
と背中に躱かくれている子供を引出した。これはちょうど三十年前の霊夢さんと同じような者であるが、それよりずっと痩せて可愛くなく脇がでていない。
「これは五番目の娘ですが、人様の前に出たことがありませんから、はにかんで困ります」
神奈子様は諏訪子を連れて二階から下りて来ました。大方われわれの話声はなしごえを聞きつけて来たのだろう。諏訪子に丁寧に頭を低さげさせました。
「神奈子様、お手紙を有難く頂戴致しました。わたしは早苗様がお帰りになると聞いて、何しろハアこんな嬉しいことは御座いません」
「まあ霊夢はなぜそんな遠慮深くしているの、昔はまるで下女のように早苗を扱っていたじゃないか。やっぱり昔のように早苗とお言いよ」
神奈子様はいい機嫌でした。こうやって、優越感に浸っているのです。……もちろん、私もです。勝った!
「神奈子様、今はそんなわけにはゆきません。あの時分は博麗の巫女でしたので何もかもわかりませんでした」
霊夢さんはそう言いながら娘を前に引出してお辞儀をさせようとしたが、娘ははずかしがって背中にこびりついて離れません。
「その娘は無愛想だね。五番目の娘か。霊夢の娘はみんな無愛想だね。諏訪子がちょうどいい相手だ。さあお前さんは向うへ行ってお遊び」
諏訪子はこの話を聞くとすぐに霊夢さんの娘をさし招きました。諏訪子は俄に元気づいて一緒になって馳け出して行った。神奈子様は霊夢さんに末席をすすめました。霊夢さんはしばらくうじうじして遂に末席に著ついた。それから、何か遠慮しながら一つの紙包を持出しました。
「冬のことで何も御座いませんが、この葉っぱは家うちの庭で乾かしたんですから早苗様に差上げて下さい」
わたしは霊夢さんに最近のことを訊ねると、霊夢さんは頭を揺り動かし始めました。何か精神疾患を患っているようです。
「なかなか大変です。あの下の子供にも手伝わせておりますが、どうしても足りません。……郷の中は異変が続いておりますし、……どちらを向いてもお金の費いることばかりで、方途ほうずが知れません……実りが悪いし、薬物を売り出せば幾度も賄賂をわたなければならず。元を削って売らなければ自分に使うばかりです」
霊夢さんはひたすら頭を振りました。見ると顔の上にはたくさんの汗が浮かんでいました。まるでそれは、いや何かの中毒症状なのでしょう。たぶん苦しみを感ずるだけで表現することが出来ないのでしょう。しばらく思案に沈んでいたが煙管を持出して霊夢さんは葉っぱを吸った。
神奈子様は霊夢さんの異常を察してすぐに引取らせることにしました。
あとで神奈子様と私は霊夢さんの境遇について歎息しました。博麗の巫女の素質を持った娘が産まれるまで子供を産み続けなくてはいけない、飢饉年は続くし、異変は重なるし、紫や聖が乱暴するし、文やレミリアがのしかかって来るし、すべての苦しみは霊夢さんを一つの木偶とならしめたのでした。
「要らないものは何でも霊夢にやるがいいよ。勝手に撰より取らせてもいい」
と神奈子様は言いました。
午後、霊夢さんは入用の物を幾つか撰り出していた。中古のパソコン二台、小型の加速器4台、印刷機とテレビ(ブラウン管)一台。また賽銭箱を見ていましたがもう霊夢さんには必要ない物だったようです。
晩になってわたしと霊夢さんはゆっくり話をしましたが、全然話が合いませんでした。そうして次の朝、霊夢さんは娘を連れて帰りました。
それから九日目に出発の日が来ました。霊夢さんは朝早くから見送り出て来ました。今度は別の娘と五つになる男の児を連れて来てトラックへの積み込みをしてくれました。その日は一日急がしく、もう霊夢さんと話をしている暇も無かったです。他の来客もまた少からずありました。見送りに来た者、品物(わかさぎ姫の木乃伊等)を持出しに来た者、見送りと持出しを兼ねて来た者などがゴタゴタして、日暮れになってわたし達がようやく引越しのトラックに乗った時には、この社の中にあった大小のガラクタ道具はキレイに一掃されて、塵ッ葉一つ残らずガラ空きになりました。
トラックはずんずん進んで行きました。
わたしは窓から外のぼんやりした景色を眺めていると、諏訪子がが質問を発してきました。
「ねえ早苗、時々郷に戻ってもいいかな?」
「諏訪子だけ残ってもよかったんですよ? むしろ、お前はいまから幻想郷に帰りますか?」
「あの霊夢の娘がね、自分の家うちへ遊びに来てくれと言っていたの」
諏訪子とは全く話が合いませんでした。
そのころ、わたしはうすらねむくなって来ました。そこで暇つぶしに神奈子様と語りました。
「あの魔理沙は家で荷造りを始めてから毎日きっとやって来るんだ。きのうは冷蔵庫の中から味噌を取り出して、物乞いしたの挙句、これはきっと早苗が私のため冷蔵庫に入れておいたに違いない、味噌は味噌汁を作る時に使うものだから引越しに必要ないだろうと言い。この事を非常に手柄にして竹箒を掴んでまるで飛ぶように馳け出して行ったが、あの摺れた竹箒でよくまああんなに飛べたものだね」
だんだん幻想郷の山水に遠ざかり、一時ハッキリした少女時代の記憶がまたぼんやりして来ました。わたしは今の幻想郷に対して何の未練もありませんが、あの美しい記憶が薄らぐことが何よりも悲しかったのです。
神奈子様も諏訪子も睡ってしまいました。
わたしはトラックの運転をオートクルーズにしてタイヤこすれる音を聴き、自分の道を走っていることを知りました。わたしは遂に霊夢さんと隔絶してこの位置まで来てしまいました。けれど、わたしはやはり一脈の気を通わしているではないか。わたしは霊夢さんを思念しているではないか。わたしは霊夢さんの間に隔たりが出来ることを望まない。しかしながら幻想郷は一脈の気を求むるために、がわたしのように辛苦展転して生活することを望まない。また私のが霊夢さんのように辛苦麻痺して生活することを望まない。また別人のように辛苦放埒して生活することを望まない。幻想郷はわたしのまだ経験せざる新しき生活を模索してこそしかる可はずでした。
わたしはそう思うとたちまち羞しくなりました。霊夢さんが中古のパソコンとブラウン管テレビが要ると言った時、わたしは内々霊夢さんを笑っていました。霊夢さんはどうしても懐古で、いかなる時にもそれを忘れ去ることが出来ないと。しかし、現在のわたしがいるのはこういった犠牲の上ではなかろうか。
夢うつつの中うちに眼の前に野広い海辺の緑の沙地が展開して来ました。上にはいつかみたはなだいろの大空にかかる月はまんまろの黄金色でした。
幻想郷は本来有というものでもなく、無というものでもない。これこそ幻想郷のように、初めから人があるから郷があるのではないが、それとも人居なくなって初めて幻想郷が出来るのかもしれません。
「一種尖ったおかしな声ってレミィは知っている?」
「え?」
「一種尖ったおかしな声。魯迅先生が書いた本に出ていたの」
「ねえ。パチェ、魯迅って誰?」
「え? 先生は先生よ」
「そう言われても」
「なに? 魯迅先生知らないの?」
「ええ」
「……まさか、そんな人が居るとは思わなかった」
「ごめん。返答に本当に困った」
ギョウヘルインニ
作品情報
作品集:
9
投稿日時:
2014/01/02 18:17:30
更新日時:
2014/01/07 00:23:00
評価:
6/7
POINT:
630
Rate:
16.38
分類
早苗さん
神奈子様
諏訪子
霊夢
魔理沙
改変
年増
馴染み深い東方キャラに置き換えられると、哀愁もひとしお。
若いころ、国語の教科書で読んだ箇所ですね〜。
というか元ネタで覚えているのは、ババアが荷物をたかりに来てネズミ捕りか何かを掠め取る件くらいですけどね。